嘆きの探偵 私立探偵カーニー・ワイルド |
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作家 | バート・スパイサー |
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出版日 | 2022年01月 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | |
(2022/04/11 05:28登録) (ネタバレなし) 「おれ」ことカーニー・ワイルドは、フィラデルフィア在住の33歳の私立探偵。実績を重ねて事業を拡張し、現在では12人の所員を雇用する探偵事務所の所長となった。だが事務所の大口の顧客である、百貨店協会の会長イーライ・ジョナスのゆかりの銀行で強盗事件が発生。ワイルドはその犯人で元銀行の出納員チャールズ・アレクサンダー・スチュワートに撃たれて重傷を負い、さらに当のスチュワートをとり逃がしてしまう。百貨店協会から半ば役立たずと烙印を押されて次期の契約を打ち切られかけるワイルドは、退院後すぐさま、今も逃亡中のスチュワートを捕らえて汚名をすすがねばならない。フィラデルフィア警察の警部で、懇意にしているジョン・グロドニックから情報をもらったワイルドは、警察の捜査を支援する形で、スチュワートが乗船、もしくは何らかの接触を見せそうなミシシッピ川縦断の客船「ディキシー・ダンディー号」に乗り込むが。 1954年のアメリカ作品。私立探偵カーニー・ワイルドものの長編第6弾。 本邦初紹介作品でシリーズ第一弾の『ダークライト』以来、数年ぶりの登場。それ自体はと・て・も嬉しいが(論創のハードボイルド私立小説の紹介そのものが久しぶりだしねえ……)、なんでいきなり2~5作目をすっとばして第6作なのか? 物語の序盤でグロドニックの娘ジェーンというのが登場し、この彼女がワイルドと付き合ってたのどーのと語られるが、くだんの経緯もこの辺の未訳分の中でのことだったらしい。 まあそれはまだいいとして、第1作では個人営業だったはずのワイルドの事務所はいつのまにか事業拡張し、十人以上の所員の大所帯になっている。まるでピート・チェンバースか、ネロ・ウルフのとこ、あるいはエリンの『第八の地獄』みたいな賑わいだ(まあウルフのとこは外注メンバーが多いけどね)。 これって1950年代私立探偵小説としては、ヘンリイ・ケインなどと並んでそれなりに珍しい設定のように思えるので、本来なら、ワイルドの事務所が商売繁盛してくるまでの流れを、シリーズの順番どおりに21世紀に追体験したかったな~と強く思ったりした。 (ちなみに訳者あとがきでも、解説を担当の二階堂センセの原稿でも、この大所帯設定についてほとんど言及してないのは何故? 繰り返すが、結構、当時としてはユニークな文芸設定だったと思うんだけれど。) ということで思うのは、なんで二冊目の翻訳(いや、重ねて言うけど、出してくれたこと自体は本当に大感謝なのヨ)に、このシリーズ第6弾を選んだかということ。 ミシシッピ川船上での捜査がドラマの主体というのは確かに印象的な趣向だけど、そういうのがセールスに繋がるのか? と思ったりもした。 特に50年代私立探偵ハードボイルド小説というジャンルの場合。 で、中身そのものの話だけど、ストーリーはテンポいいし、登場人物は色鮮やかに描き分けられているし、何より今回は天中殺(古い)みたいに、次から次へと、やることなすことが裏目になってしまうワイルドの悲喜劇ぶりが実に小説として面白い。特に、所員の今後の給料を払い続けるため、今回の捜査を絶対に失敗できないという文芸が泣かせる。 ただまあミステリとしては最後にどんでん返しがあるにせよ、そんなに入り組んだ謎解きではなく、良くも悪くも佳作クラスか。伏線とフーダニットの興味を踏まえたミステリとしては『ダークライト』の方が数段面白かったとは思う。まあその分、今回は、変化球の主人公ポジションについたワイルドの設定やキャラ描写など、別の面白さが増した感じではあるのだが。 それで前述のとおり、今回の解説は論創の編集部が何を考えたか、二階堂センセを起用。フツーの意味でのハードボイルドファンではないことを前提に、かなり挑発的なものを言いまくっているが、個人的にはまあうなずけるところとそうでないところ、それぞれ。 例のジョン・ロードの『プレード街の殺人』の件以来、実作者としてはともかく、ミステリファンとしての二階堂センセって、どーも眉唾ものだしね(詳しくは本サイトでの『プレード街の殺人』の当方のレビュー、さらにそれに関連される、掲示板でのおっさん様のコメントをお読みください。ネタバレにはご注意。) ただまあ、日本のハードボイルドファンが、実作者を含めて悪い意味で『長いお別れ』に影響を受けすぎていると言いたげな発言があり、そこらへんは完全に同意。ここだけは少なくとも、今回よく言ってくださった、という感じである。私なんか「あー、これは『長いお別れ』のインフルエンスから生まれたな」という国産作品なんか、三つどころかたぶん五つ以上言えるわ。 (正確な数は、数えたことないけれど。) いずれにしろ、一冊の作品としての本書は、ミステリとしてはまあまあ、ハードボイルド私立探偵小説としては結構、面白い。その上で、重ね重ね、順番通り訳してほしかったというところ。 (まあ、一時期のネオハードボイルド作品なんか、律儀に順番通り訳しすぎて、シリーズが面白くなる前に翻訳刊行が打ち切られちゃったシリーズなんかもあるみたいだから、難しいところではあるんだろうけれど。) |