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ミステリの祭典

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人並由真さんの登録情報
平均点:6.35点 書評数:2257件

プロフィール| 書評

No.1637 7点 呪い
ボアロー&ナルスジャック
(2022/10/26 10:00登録)
(ネタバレなし)
 フランスのヴァンデ地方。愛妻エリアーヌを説得して地方の町に転居し、獣医を営む「私」こと30歳のフランソワ・ローシェルはそれなりに仕事が波に乗り、安定した生活を送っていた。そんなある日、外科医フィリップ・ヴィアルなる中年が来訪。彼の知人で未亡人ミリアン・エレールの飼う牝豹の治療を願いたいという。ローシェルはミリアンの自宅を訪問するが、そこは潮の満ち干によって一日のうち、ある時間だけ島への通路が開通する、特殊な島のような半島のような場所にあった。やがてローシェルは40歳前後の貴婦人めいたミリアンに惹かれていくが。

 1961年のフランス作品。
 評判のいい作品なのでそれなりに期待を込めていたが、なるほど面白かった。
 何といっても最大の賞味ポイントは、この物語の舞台装置である、干潮満潮によって孤島にも半島になるロケーションの妙味だろう。
 海水のイメージで水が満ち引きする、可動式の模型ジオラマとか誰か作ってほしい。

 愛妻エリアーヌ側の日常と不倫相手ミリアンの世界を器用に? 二分していたはずが、次第にその境界線がブレ始めていく、ザワザワした描写の積み重ねが緊張感を誘う。
 ことさらミステリにしなくっても、薄闇色のダークな男女関係のドラマとして、この部分だけで面白い。しかし後半ではちゃんとミステリの枠内に物語が流れ込み、そしてその上できちんと成果を出している。

 ラストの意外性の大枠は読めないこともないが、それをこういうひねった形で出してくるのはなかなか。
 作者コンビの諸作の中でも、かなり結晶感と完成度の高い一編ではあろう。一筋縄ではいかなかった反転の構図が決まっている。
 シンプルなアイデアとストーリーを、作者たちの達者な話術で読ませた側面もあるが、秀作といっていいとは思う。


No.1636 8点 豪球復活
河合莞爾
(2022/10/25 16:35登録)
(ネタバレなし)
 驚異の天才投手と評価されながら、左腕を故障していつのまにか失踪した、プロ球団「東京ティーレックス」の矢神大(27歳)。同チームのブルペンキャッチャーの沢本拓(27歳)は出先のハワイで偶然に、記憶を失っていた矢神を発見し、日本に連れ帰る。過去の自分を失い性格も別人のように変貌していた矢神は、なぜか左腕の故障も完治し、以前にも勝る豪速球を投げられるようになっていた。そんな矢神の球界復帰を親身に支援する沢本。だが矢神たちの前にはいくつもの難事が立ちふさがり、そんななか、矢神は記憶を失う前の自分が残していたと思しい、あるノートを見つけた。そこに書いてある、過去の殺人の事実らしき記述。そしてそんな矢神と沢本の前に、ひとりの男が接近してくる。

 厚い! 一晩で読めるかと思ったが? 正に豪速球のような加速感に突き動かされ、数時間でいっきに読了。
 良い意味での昭和の作りこまれた大衆小説的なストーリーテリングの勢いを感じさせる長編で、その辺はシドニイ・シェルドンのA級作品あたりを思わせる(さらに、コレはホメ言葉として使うが『おそ松くん』(少年サンデー版)の後期中編路線とか、アニメ版『アタック№1』のクライマックスとかを随所で連想した)。
 通俗的な悪役も、胸を打つ感涙シーンも盛りだくさんの激熱の野球小説だが、同時にミステリとしてもいくつかの長所において、とてもよく練られた作品である。最高に面白かった!

 実のところ、あ、作者はここで泣かせに来てるな、と思う所も少なくないのだが(汗)、しかしそんなことを考えながらも、結局は、作中の登場人物たちの心の機微や熱誠に屈して目頭を熱くしてしまう。少なくとも評者にとってはそんな作品でもあった。
 そして重ねて言うが、そんな傍らでミステリ要素(特に広義のホワイダニット)の部分で、唸らされたポイントも相応にある。
(ちなみに過去の殺人事件の被害者とか事件までの経緯があまりにも類型的すぎるのは、個人的にはノーカンである。そういうところで減点する種類の作品ではないと思うし、終盤の沢本の視点で、ある種の相対化もなされているので。)

 現実のプロ野球なんてこれまでの人生で通算1時間も観たことのない評者(野球ものの漫画やアニメ、実写ドラマの、それぞれ出来のいいものなら大好き)だが、最後まで実に面白く読めた。
(読後にTwitterで感想を探ると『方舟』よりも良かった、と言ってる人もいるみたいで、それはそれで大きく頷ける。まあ作品の形質はだいぶ違うとは思うが、満足感はともに大きい内容というのは同感。)

 各誌の今年の国内ベストの上位3に入ることはないだろうけど、10位内には絶対に入ってほしいなあ。『燃える水』も『ジャンヌ』も良かったけれど、この数年の河合作品の安定・好調ぶりは嬉しい。9点に近いこの点数で。


No.1635 5点 宿命と雷雨
多岐川恭
(2022/10/24 08:53登録)
(ネタバレなし)
 交通事故での負傷を原因に大学を中退し、その後は実家の薬局を手伝っていた26歳の青年・坂出伊佐夫は、中堅企業「堀野建設」の中途採用に応募した。彼の入社は叶い、社長で55歳の堀野万治の秘書となる。だがその堀野は、20代半ばの美人予言者・及川泉から、今年の8月中旬に何らかの形で絶命すると予告されて精神の平衡を失いかけていた。坂出は堀野から、預言者・泉の霊感が本物かどうかの調査を命じられ、彼女の故郷である山口県に向かうが。

 アイリッシュやカーター・ディクスンの諸作を思わせる、<霊感で予言された死の運命>を主題にしたミステリ。

 物語の途中で当該の人物、堀野社長か、あるいは読者の裏をかいて別の人物が死亡し、そこからオカルトがらみの論理でしか説明できない不可能犯罪ものとかに転調するのだろうと、途中までは期待していた。
 しかしいつまで経っても……(以下略)。なんじゃこりゃ、とあきれ、若干の欠伸を嚙み殺しながら読み進めていくと、ようやく終盤の方で確かに一応はミステリの枠内に収まる。
 
 妙にひねったクセのある作品で、創元の旧クライム・クラブの諸編あたりの雰囲気でもある。
 良くも悪くも定石を外した分、謎解きミステリとしてはお話の組み立てからしてダメダメになってしまったところもあるが、ちょっとぶっとんだ犯罪の動機はなかなか印象に残る(どっかで読んだような気がしないでもないが)。

 登場人物は全部で40人程度。総数はそんなに多くもないんだけれど、名前のあるキャラの6~7割くらいの人物造形がしっかりなされ、みっちり叙述されているから、妙なほどに濃いめの群像劇に付合ったような軽い疲労感を覚えた。
 まあ面白かった、という言葉通りの作品なので、この評点で。


No.1634 6点 魔物が書いた理屈っぽいラヴレター
林泰広
(2022/10/23 16:28登録)
(ネタバレなし)
「君」こと女性名探偵と、その助手である「僕」は異国で殺人鬼と戦う。死闘の結果、敵の毒で危険な状態となった名探偵に特殊な治療を施すべく、「僕」は日本に連れ帰ろうとする。しかし政情の不安定から帰国は困難。「僕」たちは知り合った篤志の者の協力で、 16世紀からの伝説が残る古城に一時的に身を隠した。だがそこは、数百年の時を経て不死の魔物が棲む場であった。
 
 祝! 復活、『見えない精霊』林泰広の新たな著作三冊目。
 評者はカムバック後の二冊目の作品で長編『オレだけ~』は購入したまま、まだ読んでないので(汗)、これが『精霊』以来の久々の林長編作品となる(まあ『精霊』にしても、評者はリアルタイムで読んだ訳ではなかったが)。

 劇中に実際に魔物が登場。ダークファンタジーものの要素と、この作品世界独自の魔法の法則性を推理のロジックの基盤とし、その双方を読者に突きつける、一種の特殊設定パズラー。

 視認される現象の錯覚性(これはネタバレではなく、中盤で前提となる)なども組み合わせた推理の展開と、その流れに絡み合う事態そのものの意外性の組み合わせの妙は、林泰広、またひとつミステリ作家としての奥行きを広げた、という感がある(二冊目の長編を読んでないで、この物言いはちょっとアレかも・汗)。
 平明な文章、閉鎖空間でのストーリーの進行などもあって、リーダビリティはかなり高いが、一方で実質的な探偵役「僕」の思考は、数世紀前の歴史上の魔物がらみの事態にまで及ぶので、そこら辺がほんのちょっとだけややこしいかも。(まあ新本格パズラーの変化球ものとしては、フツーともいえるか?)
 
 弱点は作者の世界と推理の作りこみは感じるものの、そのため説明が理に落ちすぎて謎解きミステリとしてのカタルシスが希薄になってしまったこと。そういう読み方をしてはいけないのだと思いつつも、これだけ本作固有の魔法のロジックを積み重ねられると、受け手側は最後の方は黙って説明を聞くばかりという感じであった(汗・涙)。
 あと、やや特殊な舞台装置なので、城内(城郭の跡)の見取り図を掲載して欲しかった気も……。

 (中略)なオチを含めて、最後までいっきに読ませて、うなずきながら本を閉じられる感覚はあるが、一方で作者に振り回されたまま終わった印象めいた部分もなくはない。たぶん評価は、そこをどうとるか。


No.1633 6点 悪夢の五日間
フレドリック・ブラウン
(2022/10/22 16:28登録)
(ネタバレなし)
 アメリカのどこかの町フェニックス。そこで「ぼく」ことロイド・ジョンソンは、妻エレンの従兄妹であるジョー・シットウェルとともに、株式仲買会社を経営していた。この数ヶ月、町の周囲では謎の犯人による、人妻を狙う営利誘拐事件が続発。最初の被害者の女性は夫が警察の介入を願ったために殺され、かたや二人目の夫婦は犯人の指示通りにしたため、金は奪われたものの、妻は無事に生還した。そんななか、今度はエレンが姿を消し、2万5千ドルを要求するメッセージがある。謎の犯罪者は先の誘拐事件の結果を教訓に、警察に知らせるなと言ってきた。

 1962年のアメリカ作品。
 主人公のロイドはたぶん30代前半。中背なのはともかく、太ってるという描写があり、この手の事件の災禍にあうサスペンスものの主人公にはあまり見られない? その辺の小市民的なキャラ設定がちょっと面白い。
 蟷螂の斧さんのレビューにもあるが、2万5千ドル(ドル固定時代なら日本円で900万円)という身代金を数日内に工面するため、主人公があちこち奔走する図が生々しい。
 そんななか、以前の誘拐事件の関係者とも関わりあい、細かいことはあまり書かない方がいいだろうが、そこからのキャラクター描写なども小説としてなかなか面白い。
 現在の事件、さらには過去の誘拐について、ロイドとごく一部の今回の件を知った者の間で、犯罪の中の意外な仮説を探っていくくだりもあり、意外にミステリ味は芳醇な作品? ともいえるかも。
 でもって、終盤の決着は……もちろん、これもあんまり書かない方がいい。個人的には面白かったが、読者によっては、もしかしたら(以下略)。

 中盤の、愛妻エレンの命を案じての笑えないドタバタ劇からして、どっか赤川次郎の出来のいいときみたいな感じもする一編。まあこれはトータルの評価の良しあしではなく、あくまで作品全体の雰囲気みたいな感触だけど。
 ブラウンのノンシリーズ編としては、中の上か上の下ランクの一冊というところ。評点は、7点にしようか迷う、この数字という感じで。


No.1632 7点 窓辺の愛書家
エリー・グリフィス
(2022/10/21 18:08登録)
(ネタバレなし)
 英国のサセックス地方。老人たちが集うコテージ「シービュー・コート」で90歳の老婦人ペギー・スミスが急死した。高齢ながら頭脳も体も健勝で、大のミステリファンでもあった。そんな彼女は複数の作家とも親交があったが、なぜか「殺人コンサルタント」なる物騒な異名を授かっていた。36歳で独身の女性部長刑事ハービンダー・カーは相棒の中年刑事ニールとともに、ペギーの死に事件性を認めて捜査に乗り出す。さらにペギーの介護士だった27歳のウクライナ美人ナタルカ・コリスニクも32歳のボーイフレンド、ベネディクト(ベニー)・コール、そして年長(80歳)の友人である紳士エドウィン・フッィッツジェラルドとともに、アマチュア探偵チームとして事件を調べるが。

 2020年の英国作品。
 両親がインド生まれの英国二世である女性刑事ハービンダーを主人公とするシリーズの第二弾。

 前作『見知らぬ人』は、日本のミステリファンの間でも評価が割れて、本サイトではやや評価は低め? かくいう評者なども高評の方を先に目にして期待して読んで、なんだこんなものか、ではあった(……)。
 そういう意味では今回はその逆パターンで、あのエリー・グリフィスの次の作品か、ま、読んでおくか、ぐらいだったのだ。
 で、結局、その低い期待値がかえって功を奏したせいか、かなり面白かった(笑)。

 キャラクターにしてもハービンダーの個性や素性が着実に深掘りされる一方で、もうひとつの主人公チームといえるアマチュア探偵団がしっかりと活躍。
 訳ありで英国にやってきた美人ナタルカに対し、まるで高校生みたいな純情な思いを寄せる童貞青年ベネディクトも、元BBC局員で20世紀から同性愛者だった老紳士エドウィンも非常に好キャラで、彼らといっしょに事件や物語の流れに関わっていくのがとても楽しかった。
(素直に恋愛模様を応援したくなった作中の男女としては、このベネディクトとナタルカが、今年の海外ミステリ中でも上位にくると思う。)シリーズ次作以降でもまた、現代のトミイとタペンス的な彼らの再登場と活躍を期待したいところ。

 ミステリとしては例によって、やや長すぎるんじゃない? というところも無きにしも非ず。
 だが、出版界にからむ多様な登場人物の出し入れが自在で場面場面の細かい動きも多いので、意外に退屈はしない。
 <意外な真犯人>に関しては、個人的には前作と違った意味でやや強引さを感じたが、ここが伏線でした、ここに手掛かりがあった、と真相発覚後にアピールしてくるし、まあ良しとしよう。
 いずれにしろ、それなりに楽しめそうなシリーズに今作で大きくシフトした。
 評点は0,5点くらいオマケ。


No.1631 5点 古書狩り
横田順彌
(2022/10/19 21:07登録)
(ネタバレなし)
 幅広い作風のSF作家にして、さらに旧作国産SF(的作品)紹介の名著『日本SFこてん古典』(評者はつまみ食いでしか読んでないが)の執筆刊行や、明治からの野球史の研究などでも知られ、それらの活動にあわせて古書の世界にも造詣の深かった作者による、古書の収集をテーマにした連作短編集。1990~93年の「月刊小説」に掲載された全10本の短編が収められている。

 たぶん家人(今は他界した)が買ったハードカバーの元版、その最初の2~3本だけを以前に読んで、あとは長年放り出していたが、ちょっと前から本の所在に気づいて、日々の行動の隙間を埋める時間(獣医の待合室での待ち時間とか、旧型のセカンドPCの立ち上げ時間とか)に少しずつ読み始め(最初から読み直し)、二週間ほどで読了した。

 共通テーマの連作ものの短編集で、設定も登場人物も完全にバラバラ。日常の謎ミステリ風のものから、素朴なSF短編、ホラー編、古書がらみのちょっといい話風のものまで、相応にバラエティ感のある作品が並んでいる。
 SFやホラー系は、よくない意味で60~70年代でも読めたような、悪く言えばありきたりの作品が多いが、語り口の軽妙さと古書界のトリヴィアへの興味で、まあ形にはなっている。ただし今の新人作家が、短編小説新人賞に応募してこんなのを書いたら、確実に一次審査で落ちるようなもの。
 結局、表題作の日常の謎ミステリ風の「古書狩り」(なぜその老人は、いやいやそうに、何年も同じ本を買い続けるのか?)の真相がいちばん、なるほどね、という説得力があって面白かった。昭和中盤までの出版文化にも目が向く、佳作の小編。

 作者にしても余戯(こんな言葉あるかな?)的に書いた連作ではあろうし、悪い意味ではなく、時間潰しとしては手ごろな一冊ではあった。


No.1630 6点 競争の番人
新川帆立
(2022/10/18 16:01登録)
(ネタバレなし)
 父親と同じ警察官を目指しながら、やんごとなき事情からその道を断念。現在は公正取引委員会の一員として働く29歳の女性・白熊楓。彼女はプライベートでは、フィアンセである大学時代の空手部の先輩で刑事の徹也との微妙な関係に気をもんでいた。そんな彼女の扱った案件の中で、内部情報を提供してくれた男性が自殺する悲劇が発生。傷心の白熊だが、彼女の前に新たな案件が発生し、一方で職場は27歳のヤングエリート係長・小勝負勉を仲間に迎えるが。

 昨年の処女長編で話題作、早くもテレビドラマ化もされた『元彼の遺言状』。その作者、新川帆立による新シリーズの第一弾。こちらも早くもドラマ化され、さらに数ヶ月を経て続編も刊行されている。

 精力的に著作を上梓する活躍ぶりと、帰国子女で東大出の弁護士(今は作家専業)、まだアラサー、でももともと少女時代から小説家を志望していたという作者。その勇名は、黙っていてもなんとなくウワサで聞こえてきていたが、評者が実作を読むのはこれが初めて。
 社会のあちこちに潜む不正を取り締まる立場にはあるが、基本はあくまで一般的な役所の範疇にあり、同じ公務員でも警察や厚生省・麻薬取締官のような捜査権限を持たない組織・公正取引委員会の奮戦と苦闘をリアルに描く職場もののミステリ。
 法規と組織のシステム上、どうしても巨悪に対して強い立場に出られない一面もあり、それだけに悪事の立証に関しては独自の密な調査と戦略を要されるようで、そこも大きな楽しみどころ。
 一方で主人公である白熊の婚約者や家族との、そして新任のバディともなるもうひとりの(準)主人公格・小勝負との距離感も、ストーリーのポイントとなる。

 ミステリ要素は、全体に浅く、時に要所を抑えて広めに散りばめられた感じだが、いかにも才女が書いた器用な作品という印象で登場人物の配置が絶妙。文字通り、当人の立場や善性悪性を二転三転させる複数のキャラクターはなかなか印象的な造形だ。
(一方で、一部の登場人物をこの上なく割り切って物語の駒として使う作劇に、良くも悪くもドライな作風を感じたりもしたが、これ自体はまあ……。)
 なお当然のごとく、現実の社会のなかでの職業全般についてのモラリティのありようにも目が向けられ、作者は規範と理想を謳いながらも、一方で柔軟な考え方も見せている。この辺もまあ、なんというか良くも悪くも敵を作らないように計算されている印象だ。

 ひと晩、フツーに楽しめたが、やはり良くも悪くも、今風の優等生的なエンターテインメントという触感も強い一冊。
 シリーズの今後も読めば相応に楽しめそうな期待値はあるが、一方でほかにもっと面白そうな作品や話題作が、同時期または自分の周辺にあれば、そっちを優先しちゃうような感じと言うか。 


No.1629 6点 風のない日々
野口冨士男
(2022/10/17 15:47登録)
(ネタバレなし)
 昭和の初め。東京の大塚に在住する銀行員で、31歳の鈴村秀夫。彼は実の両親に遺棄され、一方で育ての親とその家族・縁者から相応の愛情を受けて育った身だった。職場では外回りの得意先係を担当し、薄給ながら堅実で平穏な日々を送る秀夫。秀夫は数年前に恋人・須川チヨノという娘と内縁の夫婦になったが、チヨノ側の事情で好き合いながらも別れる。そんな秀夫は今、親しい義兄の仕事関係の相手の長女で8歳年下の守田光子を、本妻に迎えた。そして……。

 毎日芸術賞、読売文学賞、川端康成文学賞、日本芸術院賞、菊池寛賞など複数の文学賞を受賞、晩年には日本文藝家協会理事長も担当した文学者・野口冨士男(のぐち ふじお、1911~1993年)による、広義の犯罪ミステリ長編小説。
 昨年(2021年)、本長編が中公文庫に収録。それも短編『少女』との併録の上、「野口冨士男犯罪小説集~風のない日々/少女」という書名での刊行だったので「犯罪小説」? という肩書に興味を惹かれて読んでみる。
 ちなみに評者が読んだのは、図書館の蔵書(閉架中の書庫)から借り出した元版のハードカバー。一段組の本文が200ページ弱という短めの作品ながら、れっきとした一本の長編。もとは雑誌「文學界」の1980年の号に、八カ月にわたって連載された作品の書籍化だったようである。

 冒頭は、サワリとして本当に少しだけ見せられる、秀夫と光子の毎日の生活の描写から開幕。
 以降は、明治時代の末に芸者のラブ・チャイルドとして誕生したのち実母に遺棄され、人の好い養母とその娘である姉妹からの慈愛を受け、さらにはその義理の姉たちの夫(二人の義兄)からも後見を得て、ソツのない一人前の社会人となる、主人公・秀夫の半生が語られる。
 出自のやや特異さをさっぴけば、基本的にはどこにでもいそうな平凡な人間の軌跡の素描の積み重ねで、そんな彼の人生に異星として介入する二人の女性との逸話の累積で、ほぼ全編が語られる。
 
 読み手が気になりそうなことはとにかく作者の方で先に気をまわして語ってくれる、そんな粘着質ともいえる小説の作り方だが、一方で文章はドライでその分、リズミカルに読みやすい。
 一番近い作風で言えばやはりシムノンのノンシリーズ編あたりだろうが、主人公を軸に登場人物たちにフォーカスを合わせながら、特にドラマチックでもない事象までも日常描写として積み重ねていくその感覚は、どこかそのシムノンの諸作に似て非なるものも感じさせた。この辺はなかなか言葉にしにくい。

 ラストの衝撃的なような、あるいはそういう事態になったのがなんとなく腑に落ちるようなクロージングは、なるほどとにもかくにも鮮烈で印象的なもの。
 ちなみに読後にインターネットなどでの感想を拾うと、ラストの数行に深い意味を求めている人も、さほどの感興も覚えていない人もいるようで、その辺の読み手の受け取り方の差異は自分の感覚も踏まえて面白い。
 もしかしたら作者は、某欧米作家の某連作短編集のなかの変化球的な一編、あのラストに似たものを狙ったのかもしれないが(よし、この書き方なら、双方のネタバレにはならないだろう)。
 
 実は本作は実話をもとに書かれた作品だったそうだが、1980年前後の時勢から半世紀以上前の東京の風俗を仔細に覗く面白さもあり、その辺も味わい深い。ダンス芸者なんて風俗商売、初めて知った。

 心のなかのどこかにしまっておけば、いつか何らかの機会にまた違った趣も自然に浮き上がってきそうな作品。
 評点はとりあえず、このくらいで。悪い数字としてではない。


No.1628 8点 方舟
夕木春央
(2022/10/16 15:35登録)
(ネタバレなし)
 予想をはるかに超えたリーダビリティで、あっという間に読了。
 シチュエーションの求心力もあって、作者のこれまでの長編のなかでは最も早く読み終えた。

 なんも言わない方がいい作品だと思うが、あえてそれでもネタバレにならないように書かせてもらうなら、この閉鎖空間・危機的状況のなかでこの大設定を成立させる細かい文芸そのものも、よく考えてあつらえたものだと、まっこと感服した。
 
 あと、某登場人物の(中略)には、唖然として呆然。

 みなさんおっしゃる帯のネタバレ? に関しては回避。読了してから、ああ……と思う。
(これも120%ネタバレにはならないと思うが、インパクトの方向性では、某・海外ミステリの長編を想起した。)
 ちなみにかの当該人物の心情吐露には、とても共感。(中略)を考えず、首肯したい。

 存分に練られた優秀作で、先にちょっと書いた部分で、こんな(中略)と思わないでもないが、そこはまあとんがったエンターテインメント&フィクションということで了解。

 あちこちの今年の新作ベストで上位に入るのは確実であろうが、最上位ベスト3くらいの範疇になるか、4~10位あたりのどこら辺に落ち着くか、その辺の世間の評価が、今からなかなか気になる。


No.1627 8点 スクイズ・プレー
ポール・ベンジャミン
(2022/10/15 17:16登録)
(ネタバレなし)
「わたし」こと33歳のマックス・クラインは、ニューヨークの私立探偵。そんなクラインのもとに、コロンビア大学時代の学友で弁護士のブライアン(チップ)・コンディニを介して仕事の依頼がある。依頼人はかつてメジャーリーガーの大人気選手だったが、5年前に交通事故で左脚を失った、やはり33歳のジョージ・チャップマンだ。チャップマンは今は別の分野で活躍し、政界入りも考えている最中だが、そんな彼のもとに怪しげな匿名の脅迫状が舞い込んだ。クラインは調査に乗り出すが、やがて彼の前に、事件から手を引くようにと脅しにきた荒事師が登場。そして予期せぬ死体が転がり始める。

 1982年のアメリカ作品。
 日本でも大人気のアメリカ作家ポール・オースターがこの筆名で書いた、実作上の処女長編らしい。本国ではペーパーバックオリジナルで刊行された、直球・剛速球のハードボイルド私立探偵ミステリである。
 恥ずかしながら評者はオースター名義の作品は、これまで気になったものはいくつかあったものの、まったく未読。本作に関してはあくまで、正統派のハードボイルド私立探偵小説でミステリらしいという興味から読んだ。

 怪文書の調査に始まる事件の開幕、本音の見えきれない依頼人、社会階層の弱者の事件関係者、暗黒街の大物、ファム・ファタール、裏のありそうな文化人、遠慮のない荒事師、銃撃戦、窮地からの脱出、微妙な距離感の警察関係者……と、私立探偵小説のスタンダードなメニューをてんこ盛りにした内容はサービス満点。
 そしてそれらのファクターのいくつか(かなり多め)には、定石を踏まえながらも作者なりの「もう一歩の踏み込み」が感じられる仕上がりで、非常に出来が良い。
 さらにユダヤ系の主人公クライン自身も離婚した元妻で音楽教師のキャシーと、彼女に養育権を預けた9歳になる息子リッチーを間に挟んで今なおなんともいえない距離感で愛し合っており、その案件の成り行きも読み手の関心を誘い、そして(後略)。

 終盤に明らかになる意外な真相、犯人に関しても、当時の新作ミステリとして面白い文芸アイデアが導入されており、そして真実の判明と同時に、主要人物の肖像が何とも言い難い味わいで深化していく感触もとても良い。
(手がかり、伏線に関してはやや強引な部分もある気もするが、そこは<この趣向>の上でギリギリだった感もあり、少なくとも評者はそれでけなす気にはならなかった。)

 かなりの満足度でほぼ一気読みしたのち、Twitterなどで先に読んだ人たちの本作の感想を漁ると、大半の人がオースター名義の代表作と比較してあれこれ言っていて、門外漢の当方としては苦笑。
 なかには、一応は本作の面白さを認めながらも、作者がこのベンジャミン名義での路線を続けずに、オースター名義の諸作の方に行ってくれてよかったと言っているヒトなどもいて、ああ、そうでっか、それはそれは、という現在の感じ(笑)。
 その見識の真偽? のホドは、いずれ自分でいつか縁があったオースター名義の作品を読んでみて、確認してみようかとも思う。

 とにもかくにも単発で一作で終わってしまったらしい、クライン主人公の私立探偵小説だが、本作一冊で出しきった燃焼感は高いものの、その気になればまだシリーズも続けられそうだったはずで、その辺はシンプルにすごく残念。
 
 ちなみに本書の解説はおなじみの池上冬樹。本作の原書刊行時に英語でこの作品を読み、当時のミステリマガジンに海外の話題作レビューを書いていた縁で呼ばれたらしい。ほぼ40年経って池上を召喚した編集者の方も驚異的な知見で機動力だが、最近の新潮文庫の海外作品のセレクトは元ミステリマガジンの編集長だという先日のウワサを思い起こして納得する。よきかな、よきかな。


No.1626 6点 捜査線上の夕映え
有栖川有栖
(2022/10/12 11:39登録)
(ネタバレなし)
 新本格の雄の一角である作者だが、評者は2015年の『鍵の掛かった男』以降の「作家アリス&火村シリーズ」をリアルタイムで読むばっかり。
 当然ながらシリーズの大枠も作品世界や登場人物たちの基礎知識も疎いので、こういうセミレギュラーの過去にからむ事件(らしい)だと、急に居心地が悪くなる。いや、たぶんこれはこっちが悪いのだが(汗)。

 とは言いつつ、ああ、謎解きパズラーというより小説的な魅力で読ませる作品だな、という実感も多めな一冊。
 でもって作者ご自身があとがきで、本作は一見さんでも楽しめます、といくらいっても、当該のセミレギュラーキャラにほとんど思い入れのない評者など、田舎の遠縁の家にいって、面識のさほどない親戚の活躍ぶりを聞かされた気分。
(一方で、小説の作りがスナオすぎるものだがら、んー、この人がゆくゆくは物語の中盤か後半からキーパーソンになるな、とすぐに察しがついてしまう。)
 こういうの(レギュラーキャラの深掘り作劇)に、昔からのファンでもない者が文句をつける筋合いはないが、かたや、さすがに自分のような読者が、十全に楽しめたとはいいがたい。

 結構大きな情報や手掛かりの提示も後半の遅めだし、謎解き作品としてはあまりいい点はあげられないでしょう。
 動機に関しては、ああ、そんなものですか、という感じであった。よくも悪くも。


No.1625 6点 九龍城の殺人
月原渉
(2022/10/10 17:40登録)
(ネタバレなし)
 1980年代の香港。「わたし」こと18歳の娘・新垣風(あらがき ふう)は、母の訃報を知らせるため祖母がいるこの地に来た。風を迎えに来たのは又従姉妹でインド系の香港人シャクティ・サマンサだ。シャクティは同い年の風をフーと呼び、すぐに密な関係になるが、一方で肝心のフーの祖母・雪麗(シェリー)との対面はいささか複雑なものだった。シャクティもシェリーも香港の女系暗黒組織「風姫(フェンジェン)」の一員で、特にシェリーはその組織の長だったのである。やがてフーはシャクティの仲介で、弱者のために「聖女」として尽くすやはり18歳の美少女・紅花(ホンファ)と対面。ある相談事を受ける。そしてそんな彼女たちを待っていたのは、男子禁制の空間での奇妙な密室殺人? だった。

 シズカシリーズと同じ新潮文庫からの書き下ろしで、題名だけ最初に知った時はメイド探偵、海を渡る、の巻かと予想したが、まるで違った。主人公は一人称の語り手を務める、大陸系のハーフである日本人娘のフーで、メインキャラは彼女をふくむ若い娘の美少女トリオ。ほかにも味のあるサブキャラが何人か登場する。

 正直、事件の真相の一番の大ネタは見え見えで、だったらこれしかないだろ、と思ったらズバリ当たった。とはいえその前後にもサプライズや仕掛けはいくつも設けられ、自分が当てた部分だけを自己採点するなら100点満点で60点程度の得点か(あ、これは本書の採点ではなく、読み手の自分の方の採点である~どうでもよいが・汗&笑)。
 たしかにミステリ要素の中技小技、そして種々の小説的な旨味(うまみ)で稼いだ種類の一作という印象。

 後半の主舞台となる九龍島の閉鎖空間「城」の中でのストーリーが、1980年代時点(英国からの香港返還の少し前)での現代のおとぎ話みたいに語られる趣もあり、そういう意味で一風変わった新本格パズラー。良くも悪くも百合要素でキャッキャウフフの作品でもある。
 某・男性キャラの終盤に明かされる素性と、それに関連したさりげない伏線が、なかなか効果的でもあった。

 これはこれで良かったが、次はまた、シズカシリーズの新作をお願いします。


No.1624 6点 狂った殺意
ロバート・M・コーツ
(2022/10/09 15:34登録)
(ネタバレなし)
 第二次世界大戦直後のニューヨーク。28歳のアマチュア詩人リチャード・バウリイは、41歳の女店主ジェニイ・カーモディの書店で働く。そんなリチャードは流行らない骨董商を営む50歳前後の未亡人フロレンス・ハケットと、その妙齢の娘ルイザとエリナ、そんな女性三人の一家と親しくなった。ハケット家はフロレンスの稼ぎが不順で、脇役の役柄が多い美人女優ルイザの稼ぎに生活費を依存している。ルイザは家族の輪に不躾に入り込んできたリチャードに多少の警戒感を抱くが、それでもリチャード当人は積極的にハケット家に出入り。リチャードは、その夏、郊外で家族で避暑バカンスを過ごしたいというフロレンスのために、格安の別荘ウィステリア荘を世話した。そして、惨劇が起きる。

 1948年のアメリカ作品。
 作者は「ニューヨーカー」などに美術評などを寄せる文筆家として有名な人物らしいが、本作はその長編小説の第4作。

 本作は、かのハワード・ヘイクラフトのオールタイムミステリ名作表の戦後増補分(EQやバウチャーなどが選定に協力)に選ばれた作品のひとつである。
(他の追加作品は『フランチャイズ事件』(テイ)『墓場への闖入者』(フォークナー)『断崖』(エリン)など。)
 この事実に興味を惹かれて読んでみる。
 
 なお本作はポケミス686番。やがて来るスパイ小説大ブームの波を前に、007やら87分署やらカーター・ブラウンやらおなじみの昭和海外作品勢の熱気で、国内のミステリ界隈もそういった形で活気づく時期の一冊だが、今ではひっそりと忘れられている。
(21世紀のインターネットの記事などでは、小森収が本書について独特の見識を語っているが、それ以外にはあまりミステリファンの感想なども見当たらない?)
 その辺の現実も、さてどんな作品だろう? 読んでみるかと評者の背中を押す一因になった。

 内容は、前述の小森評で『異邦人』(カミュ)との比較がなされ、一方でリアルタイム時の小林信彦の書評「地獄の黙示録」などではハイブロウで退屈な犯罪を描くもの、と語っており、その辺から推して知るべし。
 主人公リチャードは決して女系一家を狙うサイコキラーなどではなく、今風に言えば発達障害めいたところのある、一応は普通の? 青年。ただしその精神には常にどこか危ういところがあり、大半の読者(もちろん評者もふくめて)はたぶん、絶えず読み手と彼との距離感を問われる、ザワザワした気分を味合わされることになる。
 途中まではうっすらとサイコスリラーの要素がある普通小説という感じ。このへんで、たぶんマーガレット・ミラーのようにどこかでミステリっぽく転調することもなく、シムノンの多くのノンシリーズもののように広義のミステリで広義のノベルに含まれる種類の作品に帰結するのだろうな、という観測ができる。

 小林信彦のいう「退屈」というのも分からなくもない。が、中盤、避暑地ウィステリア荘へハケット一家とともについていったリチャードが現地で、社交的なルイザのボーイフレンドのひとりと出会い、社交辞令的に「僕もニューヨーカーなのでそのうち遊びに来てください」と言われたら、空気も読まずに本当にいきなり向こうの就業中に押しかけ、先方を戸惑わせながらも応対してもらうシーンなど、なかなかリアルで怖い。
 SNSをふくむネットの普及などもふまえて、他人との距離感のとり方がややこしく面倒になっている21世紀の現在、こういう叙述を読むと改めてかなりの普遍性を感じる。

 なお原題はズバリ「ウィステリア荘」で、これはある意味で、リチャードの精神を崩壊させるひとつの力の場になった別荘を、本作のストーリーの象徴としたタイトリング。

 7点をつける気はないが、ある種の充実感を覚えてこの評点。
 まあ前述のようなミステリ文学史的な「名作」であることも踏まえて、読んでおいて良かったとは思う。


No.1623 8点 此の世の果ての殺人
荒木あかね
(2022/10/08 06:16登録)
(ネタバレなし・途中まで)
 主要キャラクターの魅力、ストーリーの転がし方、印象的で胸に残るシーンの続出、小出しに明かされる謎の真相、そして何より(おっさんがこれを言うのはヒジョーに気恥ずかしいが・汗)あまりにも堂々たる、極限状況の中での人間賛歌! 
 一方で人間の心の闇や弱さにも目を向けながら、その陰鬱さをある種のカタルシスで砕くため、主人公の一方、イサガワ先生のキャラクター設定を存分に機能させている。
 そんなキャラクターの配置ぶり&作劇のバランス感覚もとても素晴らしい。イサガワ先生はブルース・ウェインの変種だね。

 帯が見えない読み方をしていたので、読了後に、作者がまだ23歳だということを初めて知ってぶっとんだ!!

 弱点はどうしても、割と早めに犯人の推察がついちゃうこと(だってね……)。

 しかしソコを差っ引いても、とても読みごたえのある良作。
 今年の収穫のひとつとしたい。


 



(以下、ミステリ要素とは関係ない部分でややネタバレ。)

 文生さんや選考者の方々もおっしゃる&言ってるとおり、正にこの10年の間に<終末・地球最後の危機の中での犯人捜し>ものをいくつも、東西の新作ミステリのなかで読んできた。しかしこんなのが5冊も10冊も続々と書かれるのなら、タマに一本ぐらいは、最後にいきなりなんの前振りもなく唐突に外宇宙から光の国の巨人が太陽系に飛来して、地球に激突する小惑星を一瞬でぶっとばして人類を救うオチで終わるデウス・エクス・マキナ作品を読みたいとホンキで思う(汗・笑)。
 ええじゃないか、ええじゃないか、どうせフィクションなんだし。
 エピローグ部分までに、ミステリとしてのタスクを必要十分に消化しておけば、誰も文句は言わんだろ。

 まあいつかこの手の作品の過剰供給のなかで、そーゆーモンも出てくるだろうとは思っているけれど(そうか?)。
 たぶん、最初にやった人はずっとエバれるぞ。


No.1622 6点 ミストレス
カーター・ブラウン
(2022/10/07 16:12登録)
(ネタバレなし)
 おなじみパイン・シティ。「ぼく」ことアル・ウィーラー警部の上司であるレイヴァーズ保安官の自宅前で、うら若い美人の射殺死体が見つかった。それは保安官の姪リンダ・スコットの亡骸である。20代半ばのリンダはラス・ヴェガスの賭博場「蛇の眼」で美人の胴元として働いており、先日、同店の経営者ハワード・フレッチャーを保安官に紹介した。フレッチャーの用件はパイン・シティに「蛇の眼」の支店を出したいので、まず親しいリンダとの縁をツテに、保安官に根回しに来たようだ。だが保安官は、賭博場の開設に断固反対。その仕返しにフレッチャーが嫌がらせでリンダを殺し、死体を保安官の自宅前に放置したのではないか? 保安官から事情を聞いたウィーラーはフレッチャーのもとに向かうが、彼にはかなり確かなアリバイがあった。

 1959年のクレジット作品。ミステリ書誌サイト「aga-search」によればウィーラー警部ものの7番目の長編。
 これも大昔に読んだはずだが、例によって全く内容は忘れてる。本作は数年前に本サイトに登録され、そのままレビューもこないのでアナを埋めるつもりで再読してみた。

 ウィーラーと、姪を失った悲しみにくれるレズニック保安官が最初に嫌疑をかけた男フレッチャーはシロらしい? 以降はそのフレッチャーが名前を挙げた関係者をウィーラーが訪ね、さらにそのまた……と足で情報を稼いでいく作劇の流れ。なおフレッチャーはさる事情からかなりの逆境にあり、ラス・ヴェガスに本命の彼女といえる超美人のストリッパー「ガブリエル」を残してパイン・シティに来ている。タイトルのミストレス(情人)とは、このガブリエルのこと。
 
 前述のように関係者を嗅ぎまわるハードボイルド私立探偵小説っぽい作りで、ウィーラーは今回の事件の流れゆえ、当然のごとくラス・ヴェガスにも出張。なかなかの荒事師ぶりを見せる。
 ミステリとしては途中から物語の表面に出てきたさる要素の方に比重が傾いていき、それなりの意外性で幕を閉じる。
 とはいえ登場人物の頭数は少ない(なんせ本文160ページちょっとだし)上に、事件の関係者もそれなりに退場して(殺されて)いくので、犯人そのものは見当がつけやすいかも。
 まあまとまりの良い作品ではあった。

 レズニック保安官の自宅そのものも後半に改めて登場し、保安官の奥さん(名前は不明)まで登場するのが本シリーズのファンにはちょっと目新しい(そーいや、劇中には登場しないもののポルニック部長刑事が既婚者で、細君がいるのも初めて? 意識した)。
 保安官の秘書でシリーズレギュラーのツンツンヒロイン、アナベル・ジャクスンの出番がそれなりに多いのは嬉しい。

 なおポケミスの裏表紙のあらすじの最後の数行、殺されたリンダには恋人レックス・シェイファーがいて、彼は事件当夜から行方不明云々の部分は大ウソ。シェイファーは新聞記者だが、特に失踪することもなく、随時劇中に顔を出す。
 どーせ当時の早川の編集部が翻訳者から梗概だけもらってあらすじを書いたものの、字数が足らず、最後のところをいい加減にでっち上げたんだろ? 編集担当者の名前を知りたい。
 
 ちなみに本書の翻訳は、宇野利泰。かなりの大物でこんな人がカーター・ブラウンを担当してたんだっけ? とちょっと虚をつかれた。評者は「カーター・ブラウンの翻訳家の名前を10人あげろ」という大学入試の問題が出たら、ぎりぎり正解・合格できる自信はあるが、宇野の名前はかなりあとあとに出てくるだろうと思う。訳文的にはテンポよく、特に問題なく楽しめたが。


No.1621 6点 リヴァーサイドの殺人
キングズリイ・エイミス
(2022/10/07 04:31登録)
(ネタバレなし)
 ロンドン郊外の住宅地。そこで、土地の博物館から古代人の骨が何者かに盗まれる事件が発生した。そんな騒ぎのなか、不動産業者の代理人で元空軍大尉のウォルターを父に持つ14歳の少年ピーター・ファーノウは、一つ年上の美少女ダフネ・ホジスンをどうにかモノにしたいと、青い欲求を抱いていた。やがてある日、ピーターが自宅にいると、近所の嫌われ者の青年で食料品屋のクリストファー・インマンがふらりとファーノウ家の庭に出現。なぜか重傷を負っていた彼はそのまま死亡した。土地の名士で元刑事のマントン大佐はこのインマンの死を殺人事件と認め、かつての部下だった刑事たちに協力する形で捜査に乗り出すが。

 1973年の英国作品。
 作者キングズリイ(キングズレー)・エイミスの名は世代人のミステリファン、また英国文学の読書人にはなじみ深いが、その実績のほどは21世紀の現在、もうひとつピンとこない(評者の見識が狭いということももちろん大きいが)。

 初期の躍進作で戦後の英国の青年たちの群像を活写したといわれる青春小説『ラッキー・ジム』は1958年に日本でも翻訳が出ており、意外なところではあの「おもいでエマノン」シリーズの作者・梶尾真治などが高く評価しているようではある。ただその後、同作『~ジム』は再刊も新訳もなく事実上、半ば幻の作品のようだ。

 創作意欲にあふれて純文学からエンターテインメントまでジャンルを問わず幅広く著作を上梓したのはよいが、そのために当然ながら作家性もきわめて俯瞰しにくく、本国では数十冊ある著書のうち、日本ではほんの一部しか邦訳が出ていないのがエイミスという作家の実情であろう?
(もしかしたら当人は、グレアム・グリーンあたりに倣い、さらにその方向性を拡張してるのかもしれんが?)

 かくゆう評者も、そんなエイミスの著作のなかで読んだのは、別名義(ロバート・マーカム)の『007/孫大佐』とエイミス名義での007研究書『ボンド白書』そして今回のこれ(『リヴァーサイドの殺人』)だけだ。
(買うだけなら、さらにもうちょっと購入してあるが。)
 せめてエイミスがミステリジャンルを執筆するときに、シリーズキャラクターの捜査官でも創出しておけば、だいぶ我が国での扱いも変わったろうに、とも思う。その辺は大きかったのではないか。

 で、本作『リヴァーサイドの殺人』だが、翻訳担当の小倉多加志によればエイミスが初めて意識的に書いた「本格ミステリ」とのこと。これは原文がどうなってるかわからず、エイミスは意識的に謎解きパズラーを書いたとも、あるいは広義・狭義のミステリを本腰を入れて執筆した、ともとれることになる。

 一読すると、実質的な主人公の少年ピーターを主役にした青春小説の趣あり(彼自身が主体的に推理したり、事件を追ったりするわけではないので「青春ミステリ」とはいいがたいが)、もうひとりの主人公で初老の元捜査官マントン大佐が指揮する警察小説の風格あり、そして確かに、独特の殺人トリックを用いたフーダニットパズラーでもある、そんなジャンルミックス的な作品になっていた。
 少なくとも真部分的には間違いなく、犯人当て、そのほかの細かい謎の興味をちりばめた、謎解き作品ではある。

 そういう意味ではなかなか地味めながら楽しめる作品だったが、惜しむらくは作者の計算違いがあったのか、意味ありげに語られたはずの(中略)のパートの叙述が(後略)だったこと。

 あと、これは良かれ悪しかれだが、やはり小説としての比重がピーター主役の青春ドラマに重きを置いてしまったこと。ただしこっちに関しては、妙な(あるいはしごく直球の)少年の日の一幕が語られ、それがミステリ部分と溶け合う側面もあるので、作品の個性を出すうえで意味があったともいえる。
(なんかね、ティーンエイジャーがメインで活躍する昭和の国産ミステリっぽいんだよね。)
 
 くえない紳士ながら、妙に人間臭く、そしていくばくかの優しさを見せる探偵役のマントン大佐はけっこういいキャラクターだった、とは思う。繰り返すが、この人を主役にあと数冊シリーズもののミステリを書いていたら、エイミスはたぶんもっと日本でも受け入れられていたかもしれない。結局、そういうイロケが良くも悪くも生じなかったところが、もしかしたらエイミスの器用貧乏的な創作者、という印象につながっていくのかもしれない(まあ、わずか数冊だけ著作をかじった程度で俯瞰的なことを言うのもみっともないから、その辺にしとくけど・汗)。
 
 そのマントン大佐、大のミステリファンという設定で、彼の書斎のシーンにわれわれがおなじみの作家の名前(カーやらロードやらバークリーやら)や作品(『矢の家』やら『ナイン・テイラーズ(本書の訳文では「九人の仕立屋」と表記)』やら『ブラウン神父』やら『スタイルズ』やら)が登場するのも実に楽しい。
 マントン大佐がピーターに、時間つぶしにこれを読んでなさいと渡すのは『影なき男』とカーのあの作品だ(笑)。

 ん-、やっぱ、マントン大佐シリーズ、もうちょっと読んでみたかったねえ(これで実は、未訳のエイミスの著作のなかに、マントン大佐もののミステリがまだあったりしたら、赤恥だが。……まあそれはそれで、ウレシイ驚きだ)。


No.1620 6点 ポピーのためにできること
ジャニス・ハレット
(2022/10/06 16:42登録)
(ネタバレなし)
 イギリスの片田舎。実業家で地方名士、59歳のマーティン・ヘイワードは62歳の愛妻ヘレンとともにアマチュア劇団「フェアウェイ劇団」を主宰していた。そんなマーティンの孫娘で2歳のポピーが難病の脳腫瘍にかかり、治療のためには高額の医薬投与が必須だという。早速、劇団の団員たちもチャリティ活動に奔走するが、その周囲ではいくつもの思わぬ事態が生じ、秘められた真実が露見していく。

 2021年の英国作品。脚本家として活躍している作者の処女長編ミステリだそうだが、ほぼ全編をメールやSNS上の会話で構成。そこにある「客観的情報」をもとに、老弁護士ロデリック・タナーから事件の真相を探るように出題された若い男女の司法実務修習生2人が、推理や意見を交換する流れである。

 特殊な形式の本文は、メール内の話し言葉それぞれに話者の個性を演出してある達者な翻訳もあって、意外に読みやすい。特に物語をかき回すジョーカー役となる29歳の看護師イザベル(イッシー)・ベックの存在感は強烈だ。

 しかし読みやすいとはいえ、本文がほぼ700ページ。登場人物も表紙の折り返しの一覧で40人弱、さらに本文巻頭の一覧表では50人前後に増え、評者が最終的に作った人物名メモでは名前のあるキャラだけでのべ100人以上になった。これから読もうという人は、絶対に人物メモを作りながら読むことをオススメする。
(厚さといい、小説の形態といい、本作がリスペクトしたのは意外に『月長石』だったりして?)

 波に乗ってくると、小出しにされる情報への関心、事態の推移への興味などが読む側への求心力となってスラスラとページをめくれるが、それでもとにかく長い長い(汗)。
 この意味で、もっと短くせいよ、と思うか、みっちりたっぷり楽しめて嬉しいと思うかは、人それぞれだろう。ちなみに評者はその辺の思いが相半ばした感じ。

 ミステリとしての大ネタは……まあこれはあまり言わない方がいいだろう。読んでいる間はそれなりに楽しめたが、このミステリの趣向からすると、この長さに見合うものとは言い難い面もある。一方で、こういう小説の作り方をしていくと長くなってしまうのはわかるし、それで読んでいる間はけっこう楽しめるのだから、否定はできない。ただなんかモニョる仕上がりだ。

 なお帯にはクリスティーの作風に似た作品という主旨の文言が書かれており、これはいろんな意味でそうだと言えそうだが、評者は某・重要キャラクターの作中での立ち位置で、最もそういう触感を覚えた。これもネタバレにならないように言ってるつもりだが、本書を読んだクリスティーファンになんとなくでも伝わってくれればいいけれど。
 一日目で150ページくらいまで、残りの550ページを次の日に読み切って、さすがに軽く疲れた。今年の話題作なのは確かだろうが、ベスト10に入ってほしいかというとやや微妙。翻訳全ミステリジャンルでの11~15位くらいには入ってほしい。


No.1619 5点 大統領候補暗殺
B・B・ジョンスン
(2022/10/04 11:39登録)
(ネタバレなし)
「おれ」ことリチャード・スペードは、かつて「スーパー・スペード」とか「ビッグ・トレイン」などの異名で鳴らした強豪フットボール選手。現在は故郷のロスアンゼルスのカレッジでフットボールのコーチをする33歳の黒人だ。大学院を出た修士でもあるスペードはコーチの傍ら教壇に立って、人種差別ほかの社会問題にも独自の見識を披露している。そんな著名人のスペードに、42歳の白人で人種を問わず支持を得る上院議員ウェイン・グリフィンの陣営から、ボディガードを務めてほしいとの依頼がきた。グリフィンは黒人街での票田を期待しているが、そんな彼のもとには集団で護衛役を雇ってほしいという黒人の組織からの押し売りめいた話などもあるという。考えた末にこの依頼を引き受けるスペードだが。

 1970年のアメリカ作品。
 60年代辺りからのブラックパワーブームで、70年前後の本邦の翻訳ミステリ界にも黒人主人公ものが多くなったなか、早川ポケミスからその流れを見込んで刊行された作品。
 表紙周りにはシリーズものであることを堂々と謳い、ポケミスの解説(「S」氏が他の作品のネタバレ上等な原稿を提供・怒)でも続刊予定を告知していたが、結局、日本にはこれ一冊しか訳出されなかった。
(ちなみに少年時代の評者が、この書名と主人公の名を見てサム・スペードと何か関係あるのかな、と0.1ミリ秒くらい考えたことはナイショだ。)

 で、まあ、この時代のペーパーバックヒーローものなのは当然として、そんな時流にブームに乗り損ねた作品(少なくとも日本では)どんなかな、と何十年も心の片隅で思っていたが、今年になってわざわざ古書を、安く購入。気が向いて昨夜から読んでみる。

 主人公スペードの設定は大枠ではあらすじに書いたとおりだが、さらに12年前に当時17歳の双子の妹を同時に事故で失っているとか、近所に住む老境の父と今も親しく付き合っているとか、その辺はまあそれっぽい人間味の文芸。
 しかし女性=セックス関係についてはポルノ解禁時代にあってとんでもない破天荒ぶり。某航空会社のスチュワーデスたちが4人(人種はバラバラの美女ばかり)で同じ住居に暮らしているがその全員を互いに公認のセックスフレンドとして、ハーレム状態にしている。さらに作中での情交描写はそれだけにとどまらない。20ページに一回はエロシーン(あけすけ過ぎて、読んでてもあまり楽しくない)が登場してくる。
 もともとフットボール選手時代に顔に重傷を負い、整形外科手術で修復したら黒人版ケーリー・グラントみたいな美青年になったそうで……。あーこりゃ、日本のマジメなミステリファンにウケるわけないね(笑)。スーパー主人公キャラクターの造形にしても、これはなんか違う。
 解説で「S」氏は、黒人版ニック・カーター(もちろんキルマスターの方)とか書いてるけど、まあそうなんでしょうな。評者はまだソッチの方のニック・カーターは、一冊も読んでないけれど。

 で、この題名とポケミスの裏表紙のあらすじで、どういう事態が起きるかはミエミエなんだけど、そこに行くのはストーリーの流れがかなり進んでからで、これはなあ、ええんか……という感じ。
(やっぱこの時期の早川はいろいろとダメだ。)

 行動派の政治家の選挙活動に際して、数百人単位でボディガードを雇ってほしいと押し売りめいた売り込みをかける集団があり、その対応に政治家の側近たちが右往左往するとかのリアリティはちょっと面白かった。
「意外な犯人」(ふつうの意味でのフーダニットでは決してないが)といったミステリ的な興味も、少しだけあったな。
 
 この手のモノはスキだけど、本作に関しては悪い意味でいかにもなペーパーバック・ヒーロー作品であった。
 評点は6点も……あげにくいな。
 まあ実質5.5点くらい(前述のような細部でちょっとは面白いとこはあった)の5点ということで。

 最後に。本書の翻訳は仁賀克雄。お小遣い稼ぎで受けたお仕事だと思うが、日本語の訳文そのものにはあまり不満はない。良い意味で軽妙で、達者な感じ。
 しかしたしかこの人、この数年後に、ミステリマガジンだったか旧・奇想天外だったかのエッセイで「屠殺人」「殺人機械」だったか、この手の時流に乗ったペーパーバックシリーズキャラクターの悪口書いてたよな。ご自分も同じようなシリーズ作品の翻訳のお仕事に関わって、それがうまくいかなかったからといって(?)他の後続シリーズをdisるのは、あんまり美しくない。


No.1618 6点 呪縛伝説殺人事件
羽純未雪&二階堂黎人
(2022/10/03 17:09登録)
(ネタバレなし)
 1989年。「私」こと、31歳の未亡人で5歳の娘・茉奈を連れた清澄綾子は、栃木県の旧家の息子で27歳の関守和壱と婚約した。関守家は、もう一つの旧家・蓮巳家とともに、村の勢力を二分する由緒ある家柄である。村には戦国時代に「アヤ」という薄幸の女が人々を呪った伝説があり、その名を持つ者は忌み嫌われることから、綾子を嫁として迎えることに反対の声も出る。が、優しく誠実な和壱の尽力のおかげで綾子は彼の婚約者として、娘とともに関守家の一員となった。だがその夜、思いもかけない惨劇が発生する。

 二階堂黎人デビュー30周年記念の新作。
 共作者の羽純未雪(うずみみゆき)に関しては主だった作品として2005年の長編『碧き旋律の流れし夜に』がある寡作の作家としか評者は知らない。評者は同長編は数年前に「SRマンスリー」の記事で紹介されてすぐそのあと古書を購入したが、まだ未読のまま。今回の新作(本書『呪縛~』)を読む前にそっちから読もうと思ったが、現物がまた見つからない。しかたなくこっちの新刊から読むことにした。
(別にシリーズものでもないし、世界観が繋がってる訳でもないようだが。)

 本文500ページ弱、本の重量600グラムという厚い重い一冊。一段組で文字の級数も大き目な本文はスラスラ読めるが、このボリュームのためにひたすら疲れる。
 
 お話は、旧弊かつややこしい嫁ぎ先と因襲の残る地方に来て戸惑いながらも奮闘し、一方で劇的な事件に巻き込まれる綾子の視点で大半が語られる。まるで昭和の連続サスペンスミステリドラマ「火曜日の女」シリーズの一本を毎週観ているような味わいである。そういう意味ではまあ楽しかった。

 劇中のトリックやギミックはいくつかあるが、一部の殺人トリックは「宝石」の「新人作家25人衆」に参加する一発屋作家が思いついた、トンデモトリックという感じ。そういった意味では微笑ましい。
 個人的には、別のトリックで、ビジュアル的に某・戦後の国内名作長編を思わせるアイデアの方が楽しかった。
 しかしマトモなパズラーとしては、真相が明かされる直前で、いきなり出てくるかなり大きめな作中の情報とか、いろいろとアレな作品ではある。

 ちなみに村に伝わる「アヤの呪い」の一環で、土地の水源「アヤの泉」が凶事の前に赤くなるという伝説が語られ、この件に最後で決着がつくが、これは手塚治虫ファンの二階堂センセ、昭和30年代初めの、手塚のあの中編作品(少女漫画)へのリスペクトですな?
 謎解きミステリの部分とは特に関係ないお話上の趣向で、両方読んでれば、たぶん気づくだろう、とは思う。
 
 良い意味で、昭和のB級パズラーを現代にリビルドした印象。マトモな新本格だのガチガチの直球パズラーと思って読むとギャフン(死語)だが、ある種の趣向もののミステリだと思って読むなら、そんなに腹も立たない。
 いい気分で力がぬけながら読み終えられるクロージングも、これはこれで味。

【追記】
 この作品、テレビCMとかやらないのだろうか。マリリン・モンローそっくりのエロい女優が出てきて、それっぽい田舎のお屋敷の前に立って「じゅばくよん」とか甘い声で言うの。……いや、元ネタが分からなければいいです(汗・笑)。

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