人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.33点 | 書評数:2108件 |
No.1488 | 6点 | 地獄の群衆 ジャック・ヒギンズ |
(2022/05/06 07:48登録) (ネタバレなし) アメリカ人の青年土木技師マシュー(マット)・ブレイディは、およそ1年近く前にロンドンで知り合ったドイツ娘で保母のキャティ・ホルトと婚約した。マシューは彼女と所帯を持つため、クウェートの現場で大きな仕事につき、その間の収入を恋人に送り続けるが、ロンドンに戻った彼を待っていたのはキャティが金を持って逃げたらしいという現実だった。失意のマシューの前にひとりの30歳前後の女が現れ、一晩の宿を提供するが、やがてマシューは身に覚えのない殺人事件の犯人にされていた。さらに刑務所に終身刑で服役するマシューの命を、別の囚人が狙う。マシューは好々爺の囚人仲間ジョー・エヴァンズの協力を得て決死の脱獄を果たし、自分をはめた真犯人を捜そうとするが。 1962年の英国作品。原書はハリー・パターソン名義。 今夜はミステリを読み出すのが遅かったので、薄めの本書(文庫本で200ページ強)を手に取ったら、一時間半も掛からず読了してしまった。 初期のヒギンズ作品、先に本サイトにレビューを書いた『復讐者の帰還』と同時期の一冊だが、これもおおむね似たような感じ。 つまりは詩情があんまり感じられないウールリッチみたいな、そんな趣のサスペンススリラーで、話の作りもかなり荒っぽい。 いや『復讐者~』のように、都合よく関係者がセッティングされているといった極端なご都合主義は今回はないものの、脱獄したマシューが事件に関係ありそうな人物を訪ねて行ったら、芋づる式にほぼ100%真相に近づく何かしらの成果がヒットするというのは、やはりウソくさい。 ただしその分、お話としては非常にテンポよく進むし、途中でちょっとだけ読者の予断の裏をかいたヒネリみたいなものもあるので、そういう意味では『復讐者~』よりはマシ。 さらに脱獄後のマシューは、かつて職場で親友だった男の遺児である娘アン・ダニングの世話になり(というか、その辺は読み物として、アンの方が積極的にマシューを助けてくれる)彼女自身も事件の渦中にからんでいくが、それでもクライマックスにはこれ以上、彼女に迷惑はかけられないと一人で黒幕らしい者のところに乗り込んでいく。 この辺はパターンではあるけれど、ちょっと良い。 185ページの本文5行目、マシューが何回もアンに置き手紙を残しかけながら 「考えてみれば、書くことは何もなかった。」 と締めるところなど、地味に泣ける。 ラストは大甘、というか、ああ、通俗スリラーだな~、エンターテインメントだな~という感じで笑みが漏れるクロージングだが、なんかこれはこれでいい気がする。 ヒギンズ習作時代の佳作。その尺度で、嫌いではない。 余談ながら、裏表紙のあらすじでは、マシューは裏切られた恋人キャティのために「三年。」働いてカネを送り続けたとあるが、実際の本文を読むとクウェートで労働して仕送りしたのは10ヶ月。なんでどこでサバ読んだんだろ。よくわからん。 |
No.1487 | 7点 | 地獄のきれっぱし マイク・ロスコオ |
(2022/05/05 15:06登録) (ネタバレなし) 「おれ」ことジョニー・エープリルは、ミズリー州カンザス・シティの私立探偵。仕事は何でもやる。ある日、エープリルの秘書で、美人で聡明だが涙もろいサンディが、貧乏なおばあちゃんが困っているらしいということで金にならない依頼を受けてしまう。美貌の老婦人ミセズ・ウッズの頼みとは、ずっと文通していたサンフランシスコ在住の親友メリー・アン・エドワーズが死んだので、高齢のミセズ・ウッズ自身にかわって、故人が自分に託した遺品を回収してきてほしいというものだ。案の定、報酬はほとんど出ないようで、エープリルがさてどうしようと思っていると、今度は多角経営の実業家アンソニー・マクマーティンが依頼に来た。マクマーティンの頼みは、自分の経営する運送業にサンフランシスコのギャング、マニー・レーンが干渉している気配があるので、現地まで行ってレーン周辺の調査を願うものだ。マクマーティンの依頼のついでに、同じサンフランシスコでのばあちゃんの頼みもこなせると思ったエープリルは、現地に向かう。こんな都合のいい偶然があるのかと心の片隅で疑いながら。 1954年のアメリカ作品。 ポケミス巻末のN(長島良三)の解説がやや曖昧なのでわかりにくいが、ネットの各種英語記事などを調べると、私立探偵ジョニー・エープリルシリーズのたぶん第三弾。 作者ロスコオは、日本にはポケミスで二冊しか紹介されなかったマイナー作家だが、エープリルものだけで5作以上の長編? 事件簿があるようである(ほかにノンシリーズもあり)。 Amazonのデータが例によって不順だが、ポケミスは830番。初版は昭和39年3月31日の刊行。 しょっぱなから一人称で自分の内面を明け透けに喋りまくるエープリルの描写は、その意味ではまるでハードボイルドではないが、テンポの良い物語に身を任せていると割と早いうちから荒事の場面が続出。特に中盤本人のエープリルの行為は、状況のなかでやむを得ないものとも思うものの、なかなかショッキングだ。 ある意味では、胸中をあからさまに読者に見せる敷居の低い主人公だけにかえって、凄味を感じさせる。作者はこの辺はたぶん計算しながら、演出しているのだと思う。 ミステリとしての大枠もある程度は予想がつく一方、それでも真相が暴かれる描写はなかなか衝撃的で、最後に明かされる(中略)のキャラクターもかなり鮮烈。悪事の計画はほかにやりようがあった気もしないではないが、一方でこれはこれで理の通った構想だったこともわかる。 田中小実昌の翻訳は例によって快調(というか、あまりふざけすぎない今回の感じも含めて、かなり感触がいい)。 石川喬司の当時の翻訳ミステリ評「極楽の鬼(地獄で仏)」では、本作を「30分で読みきれるC級の作品」と軽い扱いだが、いや、実働として30分はムリ(笑)。評者は1時間半~2時間で読み終えた。 実は先日、たまたまTwitterで本書を話題にして、主人公の内面の葛藤まで見せる知られざるハードボイルド私立探偵小説の秀作だとかなんとか(言葉は不正確)とホメてあるのが気になり、さらにもう一冊、翻訳されたエープリルものの『真夜中の眼』をたまたま先に入手してしまったこともあり、じゃあこちらから……とネットで安い古書を購入したら、期待以上に面白かった。 可愛くて気立てがいい秘書サンディも魅力的で、エープリルと潜在的に相思相愛だが、おねんねしてしまうと、仕事の上で女房面されそうで面倒だとエープリルが手を出さないというのも、妙なリアリティがあって笑える。 サンフランシスコでエープリルと協力関係になる人間味のある警部ジョージ・ダグラスや、レギュラーキャラクターらしいカンザス・シティ側の警察官たちもサブキャラクターとして存在感があり、さらにゲストヒロインを始めとする大筋の関係者もそれぞれ印象に残る造形。 期待以上に面白かったが、翻訳は前述のようにあと一冊のみ(涙)。慌てずにいつかそのうち読みましょう。 ちなみに本作の作中で、エープリルは以前に別れた(どのような事情で?)女性(恋人? 妻?)として一行だけ「ミシェル」という名を思い出すが、たぶん未訳の初期編2作の中に登場するのであろう。評者がこの彼女の素性を知ることは、たぶんないんだろうな。ハア。 |
No.1486 | 6点 | 沈黙の追跡者 笹沢左保 |
(2022/05/04 07:03登録) (ネタバレなし) 国内有数の大手観光会社「万福観光」の社長で45歳の姫島大作は、かつて若い頃、自分の雇用主・大川俊太郎が倒れた好機を利用。詐偽同様の手段で大川家の資産を奪い、それをもとに現在の事業を成功させた人物だった。姫島は大川の遺児である美しい娘で23歳の美鈴を後見していたが、情欲に溺れて発作的に彼女をレイプした。そんな姫島は、自家用機「ヒメ号」で九州から東京に向かう予定だが、その日程を変更し、ヒメ号の専属パイロットである32歳の朝日奈順だけが飛行機で東京に向かう。だが飛行機は不慮の燃料漏れを起こして墜落。重傷を負った朝日奈は離島の親切な漁師の夫婦に救われてひと月の静養をするが、心身はほぼ回復したものの、発声が不順な失語症になっていた。やがて朝日奈はひと月前のあの事故の日、姫島が自分とともにヒメ号で離陸し、その後、朝日奈とともに墜落死したことになっていると知る。 アイリッシュの『黒いカーテン』の記憶喪失設定を、失語症に置換したかのような文芸で展開するサスペンス。 何者かが姫島を殺し、さらにヒメ号に故障が生じるように工作。朝日奈と姫島がともに墜落死したように偽装するはずだったが、実は姫島が乗っていなかったことを知っている朝日奈が生還したため、謎の悪人が動揺。朝日奈の口封じにかかるという流れである。 評者は徳間文庫の新装版で読了。ページ数は300ページ以上と普通だが、活字の級数は大きめなこともあって二時間ほどでスラスラ読める。 全体に大雑把な部分も少なくない(事態がいろんな意味でスムーズに展開しすぎ)が、これは良くも悪くも話のハイペースさを大事にする通例の笹沢作品らしい。断続的な複数のどんでん返しと、ところどころに用意された映像的なシーンとで、それなりに印象に残る仕上がりになっている。 メインヒロインは3人登場するが、それぞれいかにもいろんな意味で笹沢作品の女性っぽい造形。個々の役どころはここでは言えないが、その辺もちょっと感じ入るものはあった。 主人公が口がきけず、周囲の者(主にそのヒロインたち)に協力を求めたり、あるいは本当に窮地の場合には奇策で対応したりするので、そこに本作独自のサスペンスが見出せる。あんまり大きなインパクトのあるものはないけれど、それなりにはこの設定は機能しているといえる。 評点はほんのちょっとだけオマケして、この点数で。悪い作品ではないが、書き手のラフ・プレイもところどこに感じる内容ではある。 |
No.1485 | 6点 | 呪われた者たち ジョン・D・マクドナルド |
(2022/05/03 15:15登録) (ネタバレなし) メキシコのアメリカとの国境の町。アメリカ大使館のパーティに忍び込んだ末、成り行きから殺人を犯したアメリカ人デル・べニックは、逃走の果てに川向こうの母国に逃げ込もうとしていた。だが渡河のためのフェリーは航行不能で、足止めを食う。そして同じフェリーに乗るため、不倫中の石油会社の要職、その愛人、新婚旅行の夫婦とその新郎の母の一行、テキサス牧場主の息子、双子のショーガールとそのパートナーの中年コメディアン、さまざまな立場の人間が集まってきた。 1952年のアメリカ作品。ノンシリーズもの。 メインキャラのひとりべニックが序盤で二件の殺人(ひとつは事故みたいなもの)を行なうが、他にはほとんど犯罪要素もなく、限りなく普通小説に近いような作品である。なんかシムノンのノンシリーズものの感触に、とても似ている。 筋立てそのものは、フェリー場を舞台にした演劇を見ているような趣もあるが、メインキャラといえる5~10人前後の登場人物の内面が順々に語られ、外側のストーリーがゆるやかに進む一方で、トータルとしての小説が進行するような感じ。 地味な作品ではあろうが、そこは筆の立つジョン・Dのこと、すらすらとページをめくらせる。 物語のまとめに関しては、プロローグにも登場したフェリーの下働き乗員マヌエル・フォルノと、その妻ロザリータの芝居が、なんともいえない味を出していた。 本文180ページ弱という短さだが、独特の余韻と腹ごたえを残してページを閉じさせるのもやはりシムノンっぽい。 ちなみにポケミスの巻末には何ら解説もない。もちろんページ数の帳尻の関係でそうなった部分もあろうが、一方でこれは、編集側もこんな作品にモノを言うのにいかにもエネルギーを費やしそうで、こっそり解説の執筆作成をスルーしちゃったんじゃないかな、と勘繰ったりもした。 あれ、もしかしたら、評者がジョン・Dのノンシリーズ長編を読むのはこれが初めてだったかな? 我ながら少し意外。 評点は7点に近い、この点数で。 |
No.1484 | 8点 | 弥勒戦争 山田正紀 |
(2022/05/02 15:34登録) (ネタバレなし) 終戦後の広島で、ひとつの意志「かれ」が目覚める。一方、昭和24年11月の東京では「光クラブ事件」の首謀者・山崎晃嗣(やまざきあきつぐ)が服毒死。自殺に見えたその死の陰には、人類の歴史の裏に潜み、そして自らの一族の滅びの道を探る超能力者集団「独覚」の暗躍があった。だがその独覚のなかに、世界を第三次世界大戦に導こうとする謎の存在がいるという。T大学の文学部学生で、易者として生活費を稼ぐ20大後半の独覚・結城弦は、数少ない有志の仲間とともに戦いを開始するが。 山田正紀の第二長編。大昔にSRの会の例会で、少し年上のなじみの会員から「山田正紀の初期作品のなかではこれがベスト」と聞かされたのを覚えている。 例によって本そのものはその大昔に入手しており、さらにあろうことか本書は旧世紀のうちに家人に先に貸して読ませていた(家人は相応の感銘を覚えたようである)。だがその後、家の中で本が見つからず、2010年代の後半に諦めてブックオフで角川文庫版を改めて購入。読むタイミングを見はからいながら、昨夜ようやく読んだ。 結論から言えば非常に面白かったが、色々な思いが過る作品。 本サイトで虫暮部さんがおっしゃる「水面下の全体像がきちんと在って、その上で氷山の一角だけ断片的に描いている感じ。逆に言えば“ここをもっと深く掘ってよ!”と言う箇所があちこちに見られ」というのはまっこと同意で、いかにも作家が原稿用紙を筆記具で埋めるのが当たり前だった時代に書かれた作品という感じ。ワープロ普及以降の時代だったら、たぶん絶対にこの一倍半かもしかしたら二倍以上の紙幅になっていたと思われる詰め込まれた内容。 ただし実際に出来た作品はそんな、例えるなら、鳥観図の地図を目の前に置き、特に高い山々の頂上を点と点で結びあっていったら、あまりにも美しい絵画が完成したというような奇跡の一冊であった。 このコンデンス感と物語の疾走感は、紙幅を費やして書かれていたら、確実に失われてしまうだろう。 戦後昭和史の裏面SFとして、人類の展望を見据えた壮大なビジョンの作品として、そして薄暗くもほのかに明るい青春ドラマとして、結晶度の高い一作。 でも可能なら、いつか作者自身の手によって、二倍以上の紙幅になった補完増補版『弥勒戦争』を読んでみたい。 そしてその上で、やっぱり自分の心はオリジナル版の方に戻るだろうけれど。 ところで終盤のシーン(結城が××と対峙する場面)はあまりに印象的だが、すごくデジャブを覚えた。もしかしたらその大昔に一度は読んで、よく理解できないまま忘れているのか? いや、たぶん、いつかどっかでたまたま? この場面を先に見てしまっただけだとは思うが。 余談その1:人類の進化といえる超能力者の発生は、実は各肉体器官を使わなくなる人類の退化だとする視点は、あの萩尾望都の『スター・レッド』の名脇役ベーブマンの名言を想起させた。当然、こっち『弥勒戦争』の方が早い。遡ればさらにまだ先駆があるのかもしれないが、もしかしたら影響を与えているのか? 余談その2:読了後にTwitterを覗いていたら、作者ご本人が2012年に本作の続編『弥勒戦線』を書く構想があると語っていた。もちろんまだ書かれていないし、出来たものに受け手がどういう感慨を抱くかはまた別の話だが、やはり気になる。静かに状況を見守りましょう。 余談その3:これはおよそ半世紀の間に、どこかで映画化企画は動いていないのかなあ。昭和裏面史の映像化、良い意味で記号的に表現できる世界の終末、そして役者のライブアクションで主動できる本筋などなど、非常に映画人の創作欲を刺激する内容だと思うのだけど。なにか御存じの方がいたら、教えてください。 余談その4:2015年版ハルキ文庫の表紙のセーラー服の美少女、誰だよ……? |
No.1483 | 6点 | サーキラー(CIRKILLER) 戦慄の都心環状線 田中光二 |
(2022/05/01 17:04登録) (ネタバレなし) 深夜の首都高速に、車窓を半透明のフィルムで覆った<怪しい車>が出没。その車は絶妙なテクニックで他のドライバーを挑発したのち、不可思議な現象で相手を大事故や絶命へと導いていった。東京女子大学教養学部の教職員で、教授助手職(助教授見習い)である31歳の美女・早瀬美砂子は専門である民俗学の研究対象として現代の都市伝説を追い、この謎の車であるフェアレディZ「ファントム」の怪事件を探る。サーキット族(走り屋)である「東京・ロード・レーシング・クラブ」の協力を得てファントムに迫る美砂子だが、やがて彼女が遭遇したのはよく知る人物の異常な行動だった。そして東京に、さらに新たな謎の車が出現する。 文庫書き下ろし。 1980年代に傑作カー小説(ぎりぎり広義のミステリ)『白熱(デッドヒート)』を始めとするいくつかのクルマものを書いていた作者が、久々に手掛けたカー・アクション作品。 ただし今回は、新規にオカルトホラーの要素が導入され、若手美人学者で怪事を追う美砂子と、謎の車「ファントム」さらに新たな「デス・カー」との死闘がメインプロットとなる。 (ちなみに「ファントム」とは『白熱』でも、主人公が追いかける倒すべき対象=謎の車のニックネームであった。とはいえ本作と『白熱』は、設定的にはまったく関係ないが。) ファントムに乗っている何者かのドライバーの意志か? と思いきや、次第に瞬間的な(中略)能力まで披露するデス・カーはまんま和製クリスティーンで、読み進むうちに怪物ホラーアクションの趣が強くなる。 王道の筋立てながら、美砂子の関係者が殺されていったり、霊的バトルの協力を求めた有能な霊能者が(中略)などの演出はセオリー的にクライシス状況を盛り上げて悪くない。 作者っぽい雰囲気のセックス描写も適度に盛り込まれ、カーバトルを主題にしたオカルトホラーアクション読み物としては良い意味で水準作。 とはいえかの『白熱』の系譜として読むならば、かつての傑作の残滓くらいは確かに認められる、くらいの感じではある。 まあカー小説というのはたぶんかなり焦点が絞りこまれるジャンルで、こういう新味を入れなければ先駆作との差別化がしにくいとも思うのだけれど。 |
No.1482 | 6点 | 死が議席にやってきた フランシス・ホブスン |
(2022/04/30 07:13登録) (ネタバレなし) 1950年代後半(おそらく)の英国。原子力工場調査代表派遣団の一員として、ドイツに査察に行っていた下院議員ハーヴェイ・クローズが、国会議事堂の議席で死んでいるのが、会議終了後に発見される。帰国直後のクローズは何者かに毒殺された可能性があり、彼は何か重大な秘密を首相にひそかに伝えようとしていた節があった。クローズの死ぬ直前、彼と接触したのは新聞「エコー」紙の政治記者である青年ジェイムズ・ウォルター・ギブスだが、そのジェイムズに、富豪のマーヴィン・ブラウン准男爵が接近。ブラウンはジェイムズを法外な高給で自分の企業にスカウトする。准男爵は死ぬ前のクローズが何か機密をジェイムズに預けたと思い、ジェイムズを雇い入れるふりをして、その秘密の入手を図っているようだ。一方でジェイムズの愛妻ローズメアリイにも、怪しい一味の手は伸びてきた。 1959年の英国作品。 本書は英国での発売直後に米国でも刊行され、アンソニー・バウチャーの称賛を受けたらしい。が、作者はどうやらミステリ作家としてはこれ一冊で消えてしまった(?)らしく、当然、翻訳もこのポケミス一冊しかない。 ポケミスの表紙上部に「コメディ・スリラー」と謳ってある通り、英国風のドライユーモアが端々にまぶされた巻き込まれ型スリラー(広義のスパイスリラー)で、お話そのものは良くも悪くもその手の水準作。 それでも主人公ジェイムズがブラウン准男爵の美人秘書マーサ・バートンのハニトラに対抗する辺りとか、ジェイムスの所属する新聞紙「エコー」の上役連中が、殺人容疑の醜聞をこうむりかけた部下ジェイムズの窮状に際して会社の不利益にならないかとその辺の薄情な思惑ばかり抱くあたりとか、その種の大小のドタバタはなるほど結構、面白い。たとえるなら円熟期のヒッチコックのB級作品を楽しむような興趣は、味わえる。 本文200ページ足らずでストーリーもそれほど広がらないため、あっという間に読み終えてしまうが、小味なユーモア・サスペンス・スリラーとして悪くはない、というかまあまあ楽しめた。 いくつかアバウトな個所もあるような感じだが、そこら辺は個人的にはクスリと笑ってスルーできる範疇。 一冊読んだからと言って、何がどうなるわけでもない作品だが、旧作の海外ミステリ、エンターテインメントとしてこーゆーのもありだ。 なおポケミス92ページ下段の「他人が休んでいるときに仕事をすると、人間というものはいつも、なにか善行を果たしているような、快い喜びを感じるものである。」という一文には全く同感。 さてみなさま、ゴールデンウイークのご予定は、いかがでしょうか? 評者は溜まっているお仕事を横目に、好きなことをしながら、いつものようにミステリ読めればいいなあ、と思います(汗・笑)。 |
No.1481 | 7点 | 五つの季節に探偵は 逸木裕 |
(2022/04/29 20:21登録) (ネタバレなし) 同じ作者の先行作『星空の16進数』(2018年)に登場した女性探偵・森田みどりの、旧姓、榊原みどり時代からの過去設定の事件簿を集めた連作短編(中編)集。 2002年の女子高校生時代、初めて探偵の道を志すことになったみどりの「イヤー・ワン」的なエピソードから開幕し、最後は『星空』の刊行年2018年の時世の事件まで、数年ごとの間を置いた5本のエピソードが収録されている。 この1~2年、逸木作品を読んでなかったのでしばらくぶりに予備知識なしで本書を手にしたら、「あの」森田みどりの再登場作品(設定上は前述のとおり過去の事件簿だが)であった。これは嬉しいサプライズで、思わず「おおっ」と軽く喜びの言葉が漏れた(笑)。 人の本性を覗く、真実を暴く、その結果、誰が不幸になっても、その結果の責任を問われるのは、探偵の領分ではない、という主旨のことをうそぶくみどりのキャラクター。 それは正にサム・スペードの末裔で、そして長編『迷路荘の惨劇』で職業探偵の因果を嘆いた金田一耕助なども想起させる。 本作の諸編はそれぞれがそういうハードボイルド精神を背骨にした謎解きパズラーであり、特にフーダニットの形質に束縛されない各話ごとの意外な真実が暴かれる。 ある種のホワイダニットの「イミテーション・ガールズ(2002年 春)」 みどりのハードボイルド性が最も感じられた「龍の残り香(2007年 夏)」 犯罪者の意外な狙い(これもホワイダニットだが)「解錠の音が(2009年 秋)」 反転の演出が印象的、かつ人間の切なく暗い内面を覗く「スケーターズ・ワルツ(2012年 冬)」 そして本書の積み重ねを経た決算的な趣もある「ゴーストの雫(2018年 春)」 各編がスラスラ読めて、それなり以上の腹ごたえ。 きわめてまっとうな、連作形式の謎解きハードボイルドミステリだが、ひとつひとつの小説の出来はなかなかで、2016年のデビュー以来、書き手としての作者の成熟を感じさせるところだ。 個人的に『星空』を刊行年か翌年に読んだときには、あの葉村晶に対抗できる可能性の国産女性私立探偵キャラが登場した、シリーズ化せんかな~と思っていたので4年越しのこの再会は嬉しい。 (まあもし、この数年の未読の逸木作品のどれかにみどりがすでに再登場していたら、それは評者がお間抜けということで・笑)。 本シリーズはみどりのほかにもう一人、そのエピソードごとのメインキャラ(女性が多い)を作中に配して、その相手の周囲からみどりが事件の真相に切り込むというスタイルで基本的に一貫。特に最後の「ゴースト」のゲスト主人公、須美要との関係性はたぶん今後のシリーズの基軸のひとつにもなりそうで、その内いつか書かれるであろうみどりシリーズの第三冊目が今から楽しみである。 |
No.1480 | 6点 | 黒星博士 山中峯太郎 |
(2022/04/28 15:29登録) (ネタバレなし) 元号が昭和に変わってしばらくした頃の日本。35歳の海軍少佐にして科学者でもある緒方弘明は、世界中を騒がす謎の国事探偵(スパイ)「黒星博士」またの名を「博士(ドクトル)黒星」が日本に出現したことを知る。標的とする情報や資料などの獲物を奪ったのち「★」マークの名刺を残していくこの謎の賊は、国宝級とも評される緒方の頭脳が構想中の新型兵器と、その科学システムの機密を狙っていた。緒方の可憐な18歳の姪・志津子と、緒方を尊敬する15歳の少年・吉江達郎は、謎の怪人、黒星博士の情報を探ろうとするが、黒星博士一派の中にも緒方の機密をめぐって複数の思惑や、組織内の人間模様が渦巻いていた。やがて警視庁の外事課も本格的に参入し、国内の騒乱はさらに深まるが。 昭和初頭から「少年倶楽部」にいくつもの作品を発表していた山中峯太郎が、同誌の姉妹紙(文字通り)「少女倶楽部」に昭和9年1~12月にかけて連載した、シリーズキャラクターものの冒険スパイジュブナイル。戦後の乱歩の『魔法(悪魔)人形』『塔上の奇術師』そのほかを例に引くまでもなく、昭和の前半には少女誌でも少年誌同様に、ジュブナイルミステリ(広義の)は人気を博していた。 ここでまたジジイの大昔の回顧譚になるが、1960年代の「別冊少年サンデー」だったか「増刊少年サンデー」だったかで、毎号ワンテーマの十数ページほどの? 読み物記事を掲載していたことがあった。今でいう世界のUMA50とか、世界の不思議な伝説50とか、そんな感じのアレだ。で、その中の一回に確か「世界の怪盗50」だったか「~悪人50」みたいなテーマの号があり、東西のフイクションの犯罪者連中を網羅(実在した犯罪者連中も、扱われていたかもしれない)。たぶん当然、ルパンも平吉さんも、もしかしたら鼠小僧あたりもいたんだろうが、その辺はもはや記憶にない。 そこで当時の幼い評者は、2人のとても印象的なキャラクターに初めて出会う。そのうちの一人が横溝の怪獣男爵であり、もう一人が、犯行現場に「★」マークの名刺を置いていく、この覆面の怪人「黒星博士」であった。子供心になんというスタイリッシュな演出の怪人キャラ、と実感。 この手のカードを毎回残していくキャラは来生三姉妹だのズバットだのフォー・スクエア・ジェーンだの、オールタイムでいくらでもいるが、たぶんこの黒星博士こそが自分の原体験キャラになる(笑)。 くだんの「別冊? サンデー」の特集は怪人ひとりひとりが、何という作家がどの作品に登場させたかのデータなどもないかなり荒っぽいカタログ記事だったが、今でも怪しい地下室らしい場に潜む怪獣男爵のイラストと、★カードを投げ捨てていく覆面の怪人・黒星博士のイラストは、なんとなく、いやけっこうはっきり覚えている? で、後年に黒星博士が山中峯太郎のキャラクターと知り、戦後にもシリーズ第一弾の本作『黒星博士』は復刊されたものの、昭和50年代あたりにはすでに稀覯本? こりゃなかなか読めそうにないな、と諦めていたら、数年前に図書館にもある「少年小説大系」の「山中峯太郎」編に収録されているのを発見。 そこでまた何かほっと気持ちが緩んでしまい、それから数年後の昨夜、借りてきた同「大系」で通読した。 作中で登場する黒星博士は、どこかの国の外国人。数年前から親日の市民を装って在住し、シンジケートを作ってきたらしいが、全貌は明らかにならない。あまりここで説明しちゃうと、本書をこれから読むかもしれない奇特な人に悪いので、なるべくアイマイに書くが、まず当初は全身が黒ずくめの覆面の大男として登場する。 たぶんすでに本作以前に、翻案の形で日本に紹介されていたルパンがベースのキャラクターであろうし、機密を狙われる緒方少佐本人も、敵ながら、国(祖国?)のために戦う偉人といえる、世界有数の優秀な国事探偵だという評価を送っている。暴力沙汰は劇中ではほとんど行わず、というかある事態に巻き込まれて少年少女主人公コンビとその協力者の井上二等水兵の生命が危機に陥った際には、思いがけない行動までしている。 一方で間諜としての本分を忘れる訳にもいかないので、荒事を匂わせた脅迫ぐらいはやはり行うが、これはまあ、2年後に登場する後輩の平吉さんもそのままだね。 トータルとしては、やはり日本ジュブナイルミステリ史の上で記憶の一角ににとどめたいキャラクターだ。 悪役キャラクターである黒星博士をタイトルロールにして、それを追っていく少年推理冒険ものではあるが、最後まで志津子&達郎コンビのお手柄で終わる訳ではなく、中盤から海軍の防諜機関や警視庁の外事課が前面に出てくるのは、当時の少年小説なりの譲れないリアリティであろう。後半の展開は、その流れの波に乗ることができれば、それなりに楽しめると思う。 実はこれだけ執着(?)していても評者の「黒星博士」シリーズについての知見は乏しく(汗)、長編はこれ一本であとは短編だけだと思うが、もしかしたら違っているかも知れない。その辺りは機会を見て識者の教示を授かりたいところ。 なお戦後には、あの本郷義昭と共演する短編も書かれたらしい? いつかこれも図書館経由とかで、読めればいいなあ。 |
No.1479 | 6点 | 殺人は自策で レックス・スタウト |
(2022/04/27 15:47登録) (ネタバレなし) ネロ・ウルフのもとに、彼が愛読する作家フィリップ・ハーヴェイが仲間の作家や出版業界の関係者を連れて依頼に来た。ハーヴェイは作家&脚本家連盟に所属し、盗作問題調査組織の代表をしているが、現在、若手女流作家のエイミー・ウィンと劇作家モーティマー・オシンが、それぞれ別のマイナーな物書きから自作を盗作したと訴えられているという。実は過去にも類例の案件が3件あり、この各件は相互に関連があるらしい。ウルフとその助手の「ぼく」ことアーチー・グッドウィンは事実の調査に乗り出すが、やがて予期せぬ殺人事件が発生する。 1959年のアメリカ作品。ネロ・ウルフシリーズの長編、第22作。 翻訳書の巻頭に登場人物の名前がずらりと並んでいるのを見ると、うえ~となるが、人物メモを取りながら読めば意外にストレスはない(ただし本作の場合は、盗作問題で原告と被告側の物書きだけで10人近く、さらに出版関係者も続々と出てくるので、人物相関図を作った方がいいかもネ)。 それでも全体のページは220ページちょっとと薄目。人物の配置さえ読み手の中で整理できれば、スラスラと読める。 いつもの外注チームをフルに使うウルフ一家の機動力ぶりもパワフルで、個人的にはシリーズの長編の中ではかなり楽しめた方。 ラストの犯人像は、なんか……(中略)。英国ミステリのあの大名作を想起させる、かなり(中略)なものを覚えた。 スタウトが今回本当にいちばん書きたかったのは、この真犯人のキャラクターだったんじゃないかという気さえする。 パズラーとしてはツメの甘い感じもしないでもないが、どっちかというと都会派の行動派私立探偵小説として佳作~秀作。 ハードボイルドかな? うん、被害者に対してある種の責任を感じ、自分に枷を設けるウルフの今回の思考はそれっぽいね。わがままおやじではあるけれど、基本はプロの矜持を尊ぶウルフの真面目さがよく出た一編。 実質6,5~6.8点くらいか。 |
No.1478 | 6点 | 梅雨と西洋風呂 松本清張 |
(2022/04/26 15:10登録) (ネタバレなし) 海に面したとある県。人口30万人の水尾市。中堅の酒造業の社長で市会議員の47歳の鐘崎義介は、週一回の地元新聞「民知新報」を発行。与党「憲友党」所属の義介は自分の新聞紙上では社会正義を謳って、市政や民間の問題を摘発。一方で、まずい案件の記事化を望まない関係者からのお目こぼし料は巧妙に戴いて、紙面の編集に手心を加えることもあった。そんななか、義介は30代半ばの愚直そうな男・土井源造を専任の編集長に雇用。使いつぶすつもりで働かせると、源造は取材に広告集めにと意外に才能を発揮する。そんななか、義介と同じ党所属の市会議員で政敵である宮前晋治郎が次回の市長選に立つという噂が聞こえてきた。義介は新聞を源造に任せ、政界の関係者の動向を探るが、その過程で浦野カツ子という美しい娘と出会う。 『黒の図説』シリーズの一編として書かれた短めの長編。 大昔に、瀬戸川猛資がミステリマガジンの国内ミステリ連載月評「警戒信号」の中で新刊としてレビューしたのを、ずっとうっすら覚えていた。 その「警戒信号」のレビューには、最近また『二人がかりで死体をどうぞ』で再会したが、記憶の中ではけっこうホメてあると思ったものの、実際にはそんなでも無かった。 なおタイトルの「梅雨」は「つゆ」ではなく「ばいう」と読むようにルビがふってあるが、瀬戸川氏はこの題名は妙なタイトリングのようだが、味があっていいと褒めている。 延々と主人公の中年・義介を中心に地方都市での政争とそれにからむ人間模様、さらに妻子ある義介とカツ子との不倫模様が語られ、フツーの意味のミステリっぽさはかなり話が進むまで何もない。それがある事態の判明と同時に、ある種のミステリに転調するかなり個性的な作品。 まあ清張らしい、というか、いかにもこの人ならこんなもの、書きそうだ、という作品である。 評者は今回、最初にミステリマガジンの新刊レビューで本作を意識したことを踏まえ、元版のカッパ・ノベルスの初版を古書で入手。けっこう美本が安く買えて良かった。 (ちなみに、カッパ・ノベルス版の後期の清張作品は黙っていても売れると編集者が考えているのか、挿し絵も入れていない。) なお現状のAmazonの書誌データはヘンで、実際のカッパ・ノベルスの初版は昭和46年5月30日の刊行。 前述の瀬戸川レビューでも触れられていたが、トリックそのものは短編ネタで、評者の個人的な感慨をネタバレにならない程度に言うなら『クロフツ短編集』か『殺人者はへまをする』辺りにありそうな感じ。 ただまあ、トータルとしての小説の作りではさすが清張、とにもかくにも読ませるのでひと晩しっかり楽しめた。 ミステリファン、というより、清張の作風になじんでいる作者のファン、にちょっとお勧めという感じの一作か。 評点は、この点数の最大値という意味合いで。 |
No.1477 | 6点 | 陽だまりに至る病 天祢涼 |
(2022/04/25 15:22登録) (ネタバレなし) コロナ禍で各方面に影響が出る現代。登戸北小学校の五年生の女子・上坂咲陽(さよ)は、レストラン経営の父、小児科の看護師の母の双方の仕事がコロナのために鈍化しているのを察し、家計に不安を抱く。そんななか、咲陽は、同じクラス内ではみ出し者の女子で、隣のアパートの住人でもある「ノラヨコ」こと野原小夜子を、とある事情から秘密裏に自室に匿うようになった。コロナの罹病を警戒する両親の目を盗んで、小夜子が潜む自室に食事を運び続ける咲陽。だがやがて小夜子の父、虎生が若い女性殺人の嫌疑で、警察に追われているらしいことが分かってくる。 神奈川県警の真壁巧警部補と、多摩署生活安全課の婦警・仲田蛍という所属の異なる警官同士が、所轄の域を超えて(その時その時の流れから)連携しあう「仲田・真壁シリーズ」の第三弾。 評者はシリーズ前作の『あの子の殺人計画』は未読なので、シリーズ第一弾『希望が死んだ夜に』以来の、仲田&真壁コンビとの再会になる。 とはいえ、本作の実質的な主人公はまず第一に小五の児童・咲陽で、それと対峙されるポジションのもうひとりのメインキャラが小夜子。 『希望が~』もメインゲストの少女の描写に比重を置いた作品だったと記憶しているが、今回はさらに、21世紀のコロナ禍の状況下にアレンジされた、仁木悦子の児童主人公ものみたいな雰囲気だ。 (そういえば、これは特に作者が意識したわけでもないだろうけど、本作の伏線の張り方には、ちょっと仁木作品っぽいところもある。詳しくはもちろん書かないが。) 活字も大きく、スラスラと読める。一方で社会派ミステリを謳うように、コロナ禍で生活にひずみが出る人々の苦渋にさまざまな形で焦点が当てられており、内容はその意味で重い。 物語の奥にあるメインテーマは、第一作と同様、貧困。ただし逆境に陥っていくメインキャラの中には、普遍的にコロナ禍の被害にあったと同時に、当人自身のいびつさが原因となった部分もあり、ここはちょっと微妙だ。 まあ読者に息苦しさを感じさせ過ぎないエンターテインメントとしては、問題の根源は(普遍的に読者にも相通ずる部分ばかりでなく)作中人物の特異な個性にあったのだ(ヒトゴトだ)、とする方が良いという計算もあるのだろうか? それは嫌らしい見方か。 そんな一方、コロナ禍で経済的に苦しくなっていく作中の人々に、小説的な(安易な?)救済の道が与えられないのは、ある種の作者の誠実さを感じたりもした。 なおミステリとしては、結構なサプライズを体験させてくれた『希望が』に比して、まあ(中略)。正直、素で物足りなさを覚える人も多いと思う。 ただし小説としては終盤に結構なツイストがあり、読みごたえがあった。とはいえこれも、ある意味でシリーズものの枠組みという制約に関わってきてしまっている面もある。詳しくはここでは言えないが。 小説として佳作、ミステリとしては水準作、というところ。 |
No.1476 | 6点 | 完全殺人事件 クリストファー・ブッシュ |
(2022/04/24 14:55登録) (ネタバレなし) 1930年代のイギリス。その年の10月7日。「デイリー・レコード」ほか、いくつかの新聞社に「マリウス」なる人物から、自分はしかるべき理由から今月の11日にロンドンのテムズ川周辺で、決して罪科を問われることのない「完全殺人」を行なうという主旨の手紙が届く。英国中の市民がこの怪事に関心を抱くなか、殺人は現実に発生し、理髪店ほかを経営する資産家トマス・リッチレイが殺される。リッチレイの周辺で容疑者が浮かび、なかでも被害者の甥である4人の兄弟は特に疑念を呼ぶが、彼らにはそれぞれ明確なアリバイがあった。 1929年の英国作品。ルドヴィック・トラヴァースシリーズ第二弾。 数年前からそろそろ読もうと思って、少年時代に購入した創元文庫の旧版(洒落た素晴らしいジャケットアートだと思っていたら、粟津潔という大家の仕事だったようで。クリスティ再読さんのレビューで知った。ありがとです)を家のなかで探していたが、例によって見つからない。 そのうちにツヅキの『やぶにらみの時計』の中で、本作の大ネタをポロっとバラされてしまう(怒)。 そこで思いついて、近所の図書館の蔵書を検索したら創元の「大系」版があるので、それを借りてきて読んだ。 大昔のミステリ初心者時代に、この大仰なタイトルにどんな傑作だろうと胸をときめかした思いはなんとなく記憶にあるが、さすがに今となっては「そこそこの作品」なのであろうという予見を抱く。 しかも先の通りに大ネタのトリックも教えられてしまっているので、悔しい反面、その分、気楽に読み始める。すると、冒頭のいわくありげな先出しの断片描写、外連味に富んだ殺人予告と、掴みは結構面白い。 作品そのものは、本サイトの先のレビューでみなさん書かれるようにクロフツでありガーヴである。クリスティ再読さんの『闇からの声』を想起というのも、ああなるほどね、ではあった。 で、たまによくあるパターンだが、この作品の場合は先に大ネタをツヅキに教えられていた分、じゃあその条件に合致するのは? 的に頭が動いて良かった面もあった。もちろん、ネタバレ・ネタバラシという行為そのものは首肯しないが。 後半までぎりぎりフーダニットの枠が守られるバランスも悪くないとは思う。 今回の実質的な探偵はトラヴァースよりフランクリンという感じだ。しかし、物語の舞台があちこちに飛ぶ分、登場人物は多い。名前のあるキャラクターだけで70~80人。しかも翻訳のせいか、原文の雰囲気の再現かは知らないが、いきなり先に固有名詞が出てきて、そのあとから該当人物の素性を語るパターンも多いのには閉口した。 中村能三の訳文そのものは、古いながら、けっこう読みやすかったけれどね。 一回、全体の5分の3くらいのところで中断し、二日に分けて読んだのでテンションがやや下がってしまったところはあるが、トータルとしてみれば、期待値がそんなに高くなかったこともあって、まあまあ悪くない。 ちなみに例の冒頭のジグソー描写が本筋にハメこまれる辺りは、やや微妙。着想はすごく良かったのに、小説の演出の悪さでソンをしてる感じだ。 読後、寝る前に気になって井上良夫の『探偵小説のぷろふぃる』を手に取り、本作の原書を読んでの同人のレビューを拝見すると、すごい大激賞。とはいえ、井上御当人が面白いと思ったポイントにはさほど異論はないので、現時点で評者などが抱く感想とかつての井上の称賛の深さとの温度差などは、当時までのミステリ文化の蓄積と受け手の距離感とかの問題もあるのだろう。 とにもかくにもミステリファンとしての人生の宿題をまたひとつ終えた。今はそれが一番かな(笑)。 【2022年11月19日追記】 今年の秋、埋もれて見えにくい自宅の本の山の中で、本作収録の「大系」(わざわざ図書館から借りて読んだやつ)が見つかった。いろいろとダメである(汗)。 |
No.1475 | 6点 | 復讐クラブ ジェニイ・サヴェージ |
(2022/04/22 14:35登録) (ネタバレなし) イギリス中部地方のハラートンの町。そこで12歳の少女、ジャニス・クレイトンの凌辱された上に体を切り刻まれた、凄惨な死体が見つかる。謎の犯人は殺される直前の被害者の声を録音し、それを関係者にこっそり届けるというサイコ犯罪者だった。市民は事件の再発を恐れて警戒するが、大人の愚かな油断のなかで第二、第三の少女が犠牲となった。スコットランドヤード、さらにはFBIからも応援が呼ばれ、広域捜査が進むが、一方で三人目の被害者ヒラリー・デンハムの葬儀の場で、三人の被害者の母親が対面。やがて彼女たちの中に、自らの手で犯人に報復しようという気運が生まれる。中でも最大に積極的になったのはヒラリーの母で美貌の未亡人アイリーンだが、彼女の心は次第に平衡を失っていく。そんなアイリーンを、FBI捜査官のダン(ダニエル)・ハーデスティは気に掛け、やがて二人の間には予期せぬ関係が生じていった。 1977年の英国作品。作者ジェニイ・サヴェージは本書の刊行時に31歳だった新人作家で、日本での翻訳もこれひとつ。 物語は作者サヴェージの分身らしい? 名前の出ない女性ライター「わたし」が地方の町で起きた凄惨な猟奇殺人事件の顛末を、後に関係者から取材し、まとめていくというスタイルで語られる。 一時期の文春文庫の海外ミステリによくあった、小味なトリッキィな作品を読まされる感じで、最後に「何か」があるのを明確に予見させながら、ドライなタッチの警察捜査小説、被害者側の人間模様が綴られていく流れは、なかなかの好テンション。 事件そのものは残忍で痛ましいことこの上ないが、恣意的にどぎつい書き方をする気は作者にほとんどないようで、そういう意味ではストレスはない。その分、地味だともいえるが、ポイントの絞られた登場人物のその後の動きが気になる書き方なので、退屈はまったくしない。 本文180ページちょっと、一晩で確実にいっきに読めるが、良い意味で佳作。ああ、やっぱり文春文庫系だった、という読後感であった。 安い古書でほかの作品といっしょに思い付きで買ったポケミスだが、お値段を考えればなかなかの拾い物。 |
No.1474 | 7点 | 午前零時のサンドリヨン 相沢沙呼 |
(2022/04/21 06:10登録) (ネタバレなし) 全4編の中短編のうち、最初の2中編の完成度が高いのでそこでいったん、満足感を覚えて読むのをストップ。 本が手元から離れたのち、久々に短めの第3話とクライマックスの第4話をほとんど続けて読んだら、前半の2本の内容もしっかり布石になっていた。前半の細部を忘れてしまったところもあるので、これならまるまる一冊、一気呵成に読めばヨカッタね。 これから本書を読む人は、その辺、参考にしてもらえますといいかも? 全体的によく出来た連作ミステリとは思うが、青春ラブストーリーとしてはあまりに王道な仕上げに、おじさん、いささか赤面。でも気持ちの悪い感触ではない。良い意味でストレートに受け取れる世代の読者の方が、ちょっとうらやましい。 シリーズ2冊目はどうなるんだろうね。なんとなく方向が窺えるような、そうでないような。 本シリーズはその現状の2冊目だけで止まっており、ほかの方の『ロートケプシェン』のレビューをちょっと覗くとまだまだ継続できる余地はありそうだが、これだけ時間が空いちゃうと、もう再開は難しいのだろうか。 |
No.1473 | 7点 | 死の舞踏 ヘレン・マクロイ |
(2022/04/19 06:42登録) (ネタバレなし) 中盤から20章に至るまで、マイペースな関係者たちに振り回される捜査陣の描写がすこぶる愉快。ライスかグルーバーみたいな20世紀前半のユーモアミステリに通じる楽しさを感じた。 で、たまたま20~21章の狭間でいちど小休止してからまた読み始めたら、なんか急に空気感が変わっていた思いで、アレレ、であった。まあこれはきっと、こちらの読み方が悪かったのであろう? 犯人に関しては伏線の張り方が露骨なので、そのポイントの場でピーンと来て見事に正解であったが、動機についてはなるほどね、となかなか感心。 わたしゃ(中略)は(中略)あたりかと思っていた。当時とすれば、かなり洗練された文芸だと思う。その上でどこかクリスティーっぽい。 やや盛り込み過ぎてこなれが悪くなった部分も感じたりしたし、肝心の<雪中の熱い死体>の真相というのは、みなさんおっしゃるようにアレだ。 しかしまあ、いびつでちょっとばかし凸凹感はあるが、なかなか悪くないシリーズ第一作ではあった。もしかしたらこの内容なら、2~3作目くらいに書いた方が、もっと良かったようなタイプの作品だった気もするが。 評点は6点……じゃキビシイな。0.25点ほどオマケして、この点数で。 何より、大好きなウィリングをデビューさせてくれた作品だしね。 |
No.1472 | 6点 | 突然の明日 笹沢左保 |
(2022/04/18 06:38登録) (ネタバレなし) たぶん昭和30年代のその年の2月15日。銀行の本店課長である小山田義久は、妻の雅子、そして上は28歳の長男から下は19歳の次女まで6人の家族で食卓を囲んでいた。その場で、長男で保健所に勤務する晴光が、今日の昼間、銀座の路上でかつて同僚だった女性を見かけたが、相手はほんの一瞬の間に目前から消失したと家族に語った。半信半疑の一家だが、やがて翌日の夜、その晴光が都内のマンションから転落死。しかも晴光には死の直前に、同じマンション内の人物を殺害していた容疑がかけられた。殺人者の家族という汚名をかぶって分解しかける小山田家。だが兄の容疑に疑惑を抱いた次女の凉子は、父の義久、晴光の友人だった瀬田大二郎に協力を求めながら、独自に事件の再調査を開始するが。 今年刊行された、徳間文庫の新版で読了。 本サイトの斎藤警部さんも、そしてその徳間文庫での巻末の解説で有栖川先生もともに書かれているが、自分も本作との最初の接点は、たぶんミステリ・トリック・クイズ本「トリック・ゲーム」だったと思う。 (あるいはもしかしたら、同じように、ミステリ実作のトリックを引用もしくはパクってネタバレさせた、トリック・クイズ系のまた別の類書だったかもしれないが。) ただし今回、実際にこの作品『突然の明日(あした)』を読むまでは ・その笹沢左保の該当作品では、印象的な人間消失の謎とそれにからむトリックが設けられている ・しかしそのトリック・クイズ本を読んでおきながら、長い歳月が経つうちに、それが具体的にはどんなトリック だったのかは、まったく忘れた(その作品名すら一時期はおぼろげになった) ・なんとなく、そのトリックそのものは(中略)というか(中略)系だったような印象がある ……という、評者の立場であった(汗・笑)。 実は、ひと昔前までは、この路上人間消失ネタの笹沢作品は『空白の起点』だと勘違いしていた。そんなこともあったので(実際はまったく違います。そもそも『空白~』には、通例の人間消失事件なんか、出てこない)、その疑いが晴れたこの数年に至っては「じゃあやっぱり、都会の路上で人が消えるのは『突然の明日』なんだな、改めてちょっと読みたい」とは思っていた。 ただまあ、これについてはそんなに高い古書価を払う気もなかったので、評者の欲求に応えて適当な頃合いで実現された、今回の復刊はありがたかった。 で、くだんの人間消失トリックは、妙にキー要素として最後まで引っ張られるものの、メインの謎解きのポイントは別のところにあるし、犯人の意外性も(中略)で割と早々と見当がついてしまう。あと中盤からは全体的に、トラベルミステリっぽいね。 犯人の犯行事情というか動機に関しては、なるほどちょっと感じるものはあったが、まあ全体的には笹沢初期作品の中での、Bの中~下クラスというところか。 案の定(中略)ぽかった消失トリックは、ほほえましい。フラットにホメられはしないけど。 なお作中人物の推理のロジックが一部、強引なのは、いかにもこの作者らしいが、実は同じ理屈で、この感想を書いている評者自身もそのロジック通りのことをしているのに気づいて苦笑した。文句は言えない。 今回の徳間文庫版の裏表紙の作品紹介で、締めの言葉は「ヒューマニズム溢れる佳作」。 とはいえ正直、ヒューマニズム溢れるとはあんまり感じないし、一方で、物語の後半で調査にいった義久が捜査の不順でストレスを感じ、証人になってくれた人の飼い猫に八つ当たりしかける描写にも腹が立った(怒)。こういう人間の弱い(というよりダメダメな)部分で、ヒューマンさを見せられてもねえ。 だから1~2点減点してやろうかと思ったが、まあ笑える人間消失トリックに免じて、その辺には目を瞑ってあえてこの点数で。 21世紀でのホメ言葉としては、確かに「佳作」でいいんじゃね。 |
No.1471 | 6点 | 仮面 伊岡瞬 |
(2022/04/17 07:37登録) (ネタバレなし) テレビトークでも活躍するハンサムな作家・評論家、三条公彦。だが彼が読者から支持を得る最大のポイントは、同人が「読字障害」というハンディキャップを抱えながらも文筆家として活動する、その独特な属性にあった。そんななか、三条の秘書として働くジャーナリスト志望で28歳の女性・菊井早紀は、三条が出演するテレビ局のプロデューサー、堤彰久から、さりげなく今後の活躍の場と引き換えの枕営業の話を持ち掛けられる。一方で東京と埼玉の県境では、白骨化した身元不明の女性の他殺らしい死体が発見されていた。 2016年の『痣』で、主人公の刑事、真壁修のパートナーとして初登場。その後『悪寒』でまた真壁と組んだのち、2018年の『本性』では別の先輩刑事、安井と、さらに今回は女性刑事・小野田静と相棒になる青年刑事、宮下真人。 彼が登場する作品シリーズの第四弾。 (このカウントで間違ってないだろーな。実言うと評者はまだ『本性』だけ読んでないが。) ちなみに本シリーズの次作『水脈』(これから本になる)の噂も聞こえているが、詳しくはナイショ。 事件の主題はこの作者お得意のモンスター的なサイコ犯罪者の凶行だが、一方で主人公の刑事コンビ(今回は小野田&宮下)の描写が軸になっているのも、いつもの通り。 異常犯罪者のキャラクターについては、本の帯を含めて序盤から読者の前に小出しにされていくが、まあ、悪い言い方をすればこれまでも似たようなモンスター異常者を輩出してきた作者なので、さほど新鮮味はない。 それでも終盤に至るまで、いろいろトリッキィな仕込みをしてあるのはさすがだが、その分、全体的にお話が冗長になってしまった印象もある。 作者の著作のなかでは、Bの下か、Cの上クラスといったところ。ちゃんと、直球での主人公っぽい、今回の宮下の扱いはいいんだけどね。 |
No.1470 | 6点 | 階段の家 バーバラ・ヴァイン |
(2022/04/15 15:35登録) (ネタバレなし) 1980年代。「私」こと39歳の中堅女流作家エリザベス(リジー)・ヴェッチは、長い刑務所暮らしの末に出所した、かつては美貌だった友人ベル(クリスタベル)・サンガーに再会する。ベルは、少女時代に母ローズマリーを失ったエリザベスが、本当の母親のように接していた未亡人コゼットの屋敷「階段の家」に集う若者の一人だった。エリザベスの胸中に、長い歳月を経た1960年前後の日々、あの当時の記憶が甦る。 1988年の英国作品。 レンデルのバーバラ・ヴァイン名義の長編第三弾。 ……猥雑で重厚な叙述の積み重ねには、もちろん意味があるとは思うのだが、事件らしい事件が生じずに日常のなかでの人間模様が連綿と継続し、そして登場人物は名前があるものだけで、最終的に70人近く。 何より1960年代の回想と80年代リアルタイムの記述(ともにエリザベスの一人称、本書の60年代パートは彼女が書き記している小説、という設定のようである)が縦横に錯綜するので、読み進むのに相当にカロリーを使う。 いや決して読んでいる間はつまらない訳ではなく、あー、小説らしい小説に付合っているという歯応えが、ある種の快感になっているのだが、一方で粘度の高い水でいっぱいのプールの中を果てしなく泳いでいるような疲労感が次第に溜まってくるというか。 (主人公エリザベスのとある肉体上の事情にも、かなり重い設定が用意されている。ここでは詳しく書かないが。) まあすべては終盤にドラマが爆発するための「タメ」であることもわかっているので、そのつもりでとにかく付き合う。一時期の主人公が耐えて耐えて最後に敵陣に殴り込み、カタルシス昇華という高倉健映画みたいじゃ(実は健さんのヤクザ映画はよく知らんのだけど、なんかのミステリのレビューでそういうレトリックがあってオモシロかったので、今回ここで、マネしてみる・笑)。 で、お話は、終盤3分の1ほどで、キーパーソンのひとり、売れない美男俳優の青年マークが出てきてからいっきに加速。最後のミステリ的なサプライズはいかにもヴァイン(レンデル)っぽい感じで、ある種のミステリの定型に彼女なりの挑戦をした趣がある。細かいものを含めれば、三重四重の驚きがあり、さすがにクライマックスは十分に面白かった。 クロージングの、いかにもボワロー&ナルスジャックの諸作に通じるような余韻ある締め方も、色々なことを思わせてくれて○(マル)。 それにしてもとにかく読むのに疲れた。しかしよくあることだが、読み終わるとその疲労感に苛まれていた時間がなんとなく懐かしくなってくるタイプの作品。本当にツラかったときは、あーもう評点4点でもいいや、とも思ったが、最後まで読むと、そして読み終えて半日経った今となってはそれはない。 こういう作品を読むのも、ある種の贅沢ではあるな。 |
No.1469 | 6点 | こだま446号の死者 沼五月 |
(2022/04/11 19:50登録) (ネタバレなし) その年の4月22日。東京に向かう新幹線「こだま446号」のトイレで、刺殺された男の死体が見つかる。だが当日の乗客の証言をまとめると、死体は静岡駅周辺で一度トイレに出現。その後、一度消失し、新横浜周辺でまたトイレに現れたようであった!? 二度目の死体の発見者で都立高校の日本史教師、足立敬介は、大学時代の友人・武田とともに、また別の学友・芝川直哉の結婚式に出た帰りだった。さらにこだま446号には、足立の同僚である若い美人の体育教師・香島菜々子も乗り込んでおり、足立は彼女とともにこの事件の謎に関わっていく。 沼五月は1986年に『松本城殺人事件』でデビューしたミステリ作家で、基本的のノンシリーズのフーダニットパズラーを執筆。本作は作者の第三長編となる。新書判での書き下ろし。 作者・沼は、ともに劇画や漫画の原作などを手掛ける男性作家・沼礼一と女性作家・五月祥子との、合作ペンネームという。 たとえば、新幹線内で刺殺された被害者で、大手デパート従業員だった岸本功一があざといほどにイヤな狡猾な性格の人物として描かれ、その悪辣な奔放さゆえ、多くの容疑者が周囲に浮き上がっていく展開など、なるほど、とにかく見せ場で読者の興味をひっぱる書き手らしい雰囲気はある。 序盤からの消えてまた出現した死体の謎、さらに進展してゆく殺人事件など、ミステリ的な趣向もそれなりだが、終盤の謎解きと意外性の演出はなかなか良く出来ている感触。ただまあ、死体出没のトリック? 真相? など、まあこんなものだろという面もある。あと、フーダニットパズラーの謎解きで(中略)は禁じ手にしてほしいとするタイプの読者が読んだら、評価はキビシイかも? それでも個人的には、思っていた以上に歯ごたえを感じた一冊。一読すると、物語の流れに絡んでくる(1980年代当時の)デパート業界などの妙な耳知識が増えるあたりも、ちょっと楽しい。 |