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ミステリの祭典

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下り特急「富士」(ラブ・トレイン)殺人事件
十津川警部、橋本豊

作家 西村京太郎
出版日1983年06月
平均点7.00点
書評数5人

No.5 6点 人並由真
(2022/09/26 05:56登録)
(ネタバレなし)
 十津川省三警部の部下だった元刑事で、さる事情から網走刑務所に服役していた青年・橋本豊は、一年の刑期を務めあげた。所内で橋本は凶悪な囚人に殺されかけ、その窮地を60歳前後の同房の囚人・宇野晋平に救われたが、当の宇野はその橋本を庇った際に生じた傷がもとで、獄死していた。網走刑務所の所長から、宇野の遺品を彼の友人の小田切正のもとに届けてくれないかと頼まれた橋本。橋本は、旧知の女性雑誌記者で彼に好意を抱く青木亜木子とともに、小田切のいる東京に向かうが。

 光文社文庫版で読了。十津川シリーズの一本だが、同時に『北帰行殺人事件』でデビューした刑事(本作以降は元刑事)橋本豊が完全に主人公を務めるスピンオフ路線の第一弾でもある(前作『北帰行』を橋本ものの初弾と見てもいいかもしれないけど)。

 本サイトでも結構、評判がいいので期待していたが、う~ん……。
 つまらなくはないが、思ったよりは楽しめなかった、という感じ。これはこの作品の責任じゃないと思うが、実は本作のプロットの大仕掛けに関しては、似たようなものをこの5年前後くらいの新本格のなかで読んだ印象がある(具体的な作品名がぱっと頭に浮かばないので、もしかしたらデジャビューの可能性も皆無ではないが)。それゆえ、反転のサプライズとインパクトがたぶん本来の本作の効果ほど、心に響かなかった。残念。

 あと、素性不明のキャラクターが多すぎて、この辺は作者が最後の方でなんとか帳尻を合わせればいいだろ、と思っていたような感じである。で、実際に、真相解明の時点になって、実は(中略)までが(中略)って……。それだったら、なんでもできるじゃないの? とプロットの安い組み立てぶりに不満を覚える。
 まあ一番最後に明かされる、あの登場人物に関しての真相だけは良かった。

 後半の橋本と亜木子の(中略)のためのあれやこれやの奮闘ぶりはほほえましいし、そこら辺での作者のちっこいネタをなるべく盛り込もうという、そういうサービス精神は認める。
 0.2~0,3点くらいオマケしてこの評点かな。
 
 いやたぶん、過剰期待したこちらが悪いのであろう。きっと(汗)。

No.4 7点 名探偵ジャパン
(2019/06/14 08:48登録)
他の方も触れておられるように、読点の数が凄い。
思うに、この時代は手書き原稿だったため、作家が文章を頭の中で構築するスピードが、そのまま原稿に反映されてしまった結果なのではないかと思います。今のデジタル原稿なら推敲段階で無駄な読点は簡単に省けますが、手書き原稿ではそうもいかなかったのでしょう。

さて内容ですが、これが予想外の掘り出し物でした。多少力任せの感はありましたが、豪快なひっくり返しを楽しませてもらいました。

内容もさることながら、文章にもおよそ無駄な部分はなく、読者が必要とする情報を過不足無く与え、かつ目まぐるしい展開で一ページたりとも読者を飽きさせまいと必死です。自分がどういうものを求められているのか、十分理解しているからできる芸当なのだと思います。西村京太郎、プロ中のプロです。登場人物同士のどうでもいい寸劇や、自己陶酔気味の心理描写で水増しをしがちな昨今の作家に見習ってほしいところです。

No.3 7点 mediocrity
(2019/02/28 00:23登録)
最後に、橋本は、霊安室に、足を運んだ。

読みにくい!読点の多さがよくネタにされてるのは知ってたけどここまでとは。慣れるまでの冒頭30ページくらいは内容が頭に入ってこなかった。気にならなくなると、字数が少ない分、350ページの長編と言っても実質中編くらいの感覚で1時間半くらいで読了。
ストーリは、予想していたよりはるかに面白かった。何だか意味不明なことがどんどん起こるので、こちらもどんどん読み進めていくしかない。更によくわからない状況に陥るので頑張って付いていく。で、7割くらい読み進めてやっと十津川警部登場、そして意外な事実が明らかに・・・
最後ちょっとドタバタするけど、無事事件解決。読後感もさわやかだ。
文章はちょっと稚拙だし、設定もちょっと?な所もあるが、読者を強引なまでにグイグイと引っ張って行く能力はすごいと思った。

No.2 7点 蟷螂の斧
(2018/12/16 13:46登録)
ミッションインポッシブルのような騙し合い。テンポもいい。題名(ラブ・トレイン)も気に入っているのですが、初刊のカッパ・ノベルスだけで、のちの徳間文庫ではカットされています(涙笑)。暗号の謎解きや、大仕掛けな真相は十分楽しめました。

No.1 8点 斎藤警部
(2016/09/22 12:49登録)
京太郎の鉄道モノにはアリバイ本格/非アリバイ本格/非アリバイサスペンスとあるが本作は三番目に属する技巧と情感たっぷり変格サスペンスの快作。「北帰行殺人事件」で初登場した橋本豊元刑事が網走刑務所での刑期を終えて出所、その際、所長から、ある経緯により獄死した老人の所持品を東京在住のある人物に届けるよう託されるが。。

粗筋はここまで書くに留めますが、最初から最後まで謎と精気が充実した、子持ちシシャモの卵も肉もびっしり詰まった上物を思わせずにいない密度高の逸品です(その割にサラッと書いてそうな筆致がニクい)。京太郎悪癖のアンチクライマックスは見られません。実は、最終章の直前で、ストーリーの根幹を覆す、スケールの大きなドンデン返しが露わになるのですが。。それはきちんと理由あっての事で、また決して興味がそこでシュンと萎んじゃう類のものではない上に人間ドラマ的にカァっと一気に熱くなるポイントなんですよね。

一見ちょっとしたお飾り趣向かと思われた「暗号」がなかなかどうして!作成した人物の心理の綾を読み解きながらその真意を明らかにする過程は本格ミステリ領域に大きく踏み込んで、一つの大きなハイライト・シーンを形成していました(清張の「陸行水行」を思わす趣向も面白い)。「逃亡」方法とそれを取り囲むシンプルながらちょっと分厚めのトリック集積群もかなりの本格興味を唆ります。ある人物の印象がガラッと変わるのも存外に深い心理トリック。そして、前述した「或る大反転」。これだけの強力な本格推理要素をがっつり備えていながらも、やはり本作の精髄、その本籍地はサスペンスにあると見るのが正解でしょう。サスペンス色豊かな本格ではなく、本格要素を贅沢なスパイスに遣いまくったサスペンス小説。おまけに瑞々しい旅情も格別だ。今さら言うことでもないですが、京太郎の底力は本当に凄いなあ。(こんなチャラそうな題名付けといてからに!)

重要な脇役の口から出る、最後の台詞。 ミステリらしからぬその微笑ましい切り口が、心に残ります。

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