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ミステリの祭典

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人並由真さんの登録情報
平均点:6.35点 書評数:2257件

プロフィール| 書評

No.1757 7点 友が消えた夏
門前典之
(2023/04/06 12:49登録)
(ネタバレなし)
 時は2007年の夏。一級建築士であり、アマチュア探偵として数々の難事件を解決してきた愛すべき変人・蜘蛛手啓司。そんな蜘蛛手は、友人で相棒の宮村達也を勝手に引き込み、共同経営の事務所を新設した。やむなくこれに応じた宮村は、デートに向かう直前、ある過去の事件の記録を蜘蛛手に渡す。そこには、岡山県で過去に起きた「西華大学演劇部」の異常な惨劇が綴られていた。

 蜘蛛手啓司シリーズ第7弾。今回は文庫オリジナルで登場。いいのか? とヒト事ながら心配になる(汗)。
 
 2007年の蜘蛛手周辺の描写、記録内の過去の事件の流れと並行し、一人の女性が誘拐されるストーリーを叙述。蜘蛛手の部分は本当にポイントのみの叙述で、残りの二つのお話が作品のほぼ大半の部分を占める。

 nukkamさんのおっしゃるように、前半はちょっぴり退屈。危機状況の誘拐された女性の方の筋立てもさほどハイテンションではない。
 で、まあ、しかし、真相が見えてきてからは……!

 正直、大ネタのひとつは明確に既存例があるものだし(それに関しては、作者もイクスキューズとして、作中でメタ的に「わかってやってます」というサインを出しているような気もする。もちろん具体的にどこでどうとは言わないが)、パッチワーク感も強い。
 しかし、そのツギハギしたパーツのうちのいくつかは、たぶん作者のオリジナル創意? だろうし、その中にはかなりショッキングでオモシロイものもあったりする。
 そしてそういった要素を積み上げて作り上げた本作の犯人像は、確かに強烈だね。
 読者が、あれ、そこはそうなるんじゃ……とツッコもうとすると、先回りした説明を前もって用意している小癪さも結構、お気に入り。後半だけなら8点あげていいでしょう。
 蜘蛛手シリーズ(まだ全部読んでないけど)のなかでも上位の方に行く作品では? とも思う。


No.1756 6点 タンゴ・ノヴェンバー
ジョン・ハウレット
(2023/04/04 10:38登録)
(ネタバレなし)
 1975年9月。英国のグレイハウンド航空の旅客機で、中型ジェット・ライナー(登録記号G-FETN)が、イタリアのタオルミーナ・ペロリターナ空港で着陸時に墜落した。百数十人の乗員乗客は、奇蹟的に助かったわずかな者以外、ほぼ全員死亡という大参事となる。英国通産省の要員ほか複数の国の調査員が原因を調べ、マスコミも独自の調査を進めるが、現場の周辺には怪しげな暗躍の動きがあった。

 1976年の英国作品。英伊ハーフである、作者ハウレットの長編二冊目。

 昔からタイトルの響きだけで何となく印象に残り、気を惹かれる作品というのは結構あるものだが、これはそんな一冊。翻訳の刊行直後あたりから何気に気になっていた本書が近所の図書館の蔵書にあるのに気づき、本当にふと思いついて借りて読んでみた。

 くだんの「十一月のタンゴ(タンゴの11月)」の題名の意味は、墜落した機体登録記号の末尾の二文字「TN」を、現地の空港の管制官がフォネティック・コードで読んだものに由来。フォネティック・コードとは、たとえばもしあなたが家電メーカーの窓口問い合わせなどに電話連絡して、「田中」と名乗った場合、先方の担当が聞き間違えのないように「田んぼの田、真ん中の中の田中さまですね?」と確認してくる、あの呼び方というか話法のことらしい(航空管制の場合は、それぞれのアルファベットに応じて、一定の単語が公式に設定されているらしいが)。勉強になった。
 というわけで作中の地の文でも墜落機は随時、このフォネティック・コード「タンゴ・ノヴェンバー」の呼称で叙述されている。

 ミステリとしては墜落に至るまでの乗員周辺の家庭~参事寸前の機内の様子が場面場面を切り取るようにプロローグで語られ、その後、大参事後の地上側の面々の群像劇が大筋となる。
 墜落の本当の原因は、作中人物にも読者にも終盤まで不明で、その一方で続々と事件が起きて事件の情報を語る作業の外堀が少しずつ埋まっていく流れだが、これがなかなか緊張感があって面白かった。
 当時はやったニューエンターテインメント的な雰囲気もあるが、広義の航空サスペンス・スリラーとして結構読ませる。
(70~80年代作品らしい、ネットやそのほかの近代科学文化に関係ない、人間が足で情報を探し回る雰囲気も、それはそれで味があった。)

 操縦士のミス、あるいは、ハイジャック犯罪が機内で生じてそれが墜落の原因となった仮説まであれこれ取りざたされるが、読者は神の視点で、墜落の原因の真相が見えないまま、地上の各地で進む謀略を少しずつ小出しに読まされ、いろいろと想像を喚起される。この辺りの作者(作品)との駆け引きが、本書を楽しむミソだ。

 ただし最後にはっきりする真相(少しずつ見えてくるが)に関しては、いささか航空分野に詳しいその筋の読み手を前提にした趣もあり、一見のこちらとしては、はあ、そういうものなのですか? という部分がなきにしもあらず。悪く言えば間口の広い(評者のようなスーダラでわがままな読者までを対象にした)エンターテインメントとしては、ちょっと終盤の演出が弱いような印象もあった。わかりやすく明快なら万事よいわけだとも思わないが、本作の場合、その辺で少し減点。
 ただし、中盤~後半にかけてもイベントを出し惜しみしない筋の組み立てなど、けっこう楽しめる。優秀作には至らなかったが、十分に佳作の上にはなっているとは思う。航空ネタの事件ものが好きな方なら、ちょっと覗いてみる価値はあるかとも思う。


No.1755 6点 カウント9
A・A・フェア
(2023/04/01 11:43登録)
(ネタバレなし)
 高名かつ富豪の青年探検家ディーン・クロケット二世が、ラム&クール探偵社にパーティの警護を願い出た。クロケットは世界の貴重なアイテム群のコレクターだが、以前に女性らしい盗賊に収集品を盗まれたことがあった。そこで、今度また自宅である豪邸のペントハウスでパーティを開くので、怪しい女性を身体検査できる女性探偵を雇いたいということだ。今回はバーサが主役ということで「ぼく」ことドナルド・ラムは静観していた。が、地上の出入り口と20階の屋上まで、直通のエレベーターで分断された広義の密室状況のなかで、収集品が厳重な監視のなかから消え失せた。そして事態は殺人事件へと連鎖して?

 1958年のアメリカ作品。クール&ラムものの第18弾。
 久々にフェアがなんとなく読みたくなって、密室ネタということで有名なこれを手に取った。実は再読だが、何十年も前に読んで内容はまったく忘れてるので、別にかまわない。
(しかし偶然ながら、評者がこの前に読んだ『ハニー誘拐事件を追う』も、さらにその前の『ミッドウエイ水爆実験』もどっちも1958年の作品であった。オレに1958年がらみの、何らかの特異点とか因果律が働いてるのか?・笑)
 
 フェアといえば一定の面白さは担保してくれるものの、サブキャラやモブキャラが多めで、話が一歩間違えばごちゃごちゃ……という印象もあるのだが、これは良い意味でおそろしく筋立てがシンプル。登場人物もモブキャラ込みで20人にもいかず、その分、すこぶるリーダビリティが高い。

 おのずと、ストーリーもフツー以上に楽しかったが、密室から盗難の謎については中盤で早々に解決し(50年代当時としては、新鮮なアイデアだったのだろうとは思うトリック)、後半は殺人事件の謎と、盗まれたアイテムを追ってのラムの奮闘劇になる。
 で、まあ、殺人事件の真実はトリッキィではあるが、あれ? この真相なら、あの伏線を活かすべきじゃないの? と思った描写が回収されていない。
 正直、フーダニットパズラーとしては、適当にその辺から犯人を見繕った感じである(まあ、いいんだけど)。

 本気でオモシロイ! と思っていた瞬間には、ひさびさにこのシリーズで8点あげたいかとも思ったが、通読すると、楽しめ度で7点、謎解きミステリとしての完成度が5.5点というところ。
 結果、評点としてはこのくらい。
 でもまあ、楽しい一冊、ではあった。


No.1754 5点 ハニー誘拐事件を追う
G・G・フィックリング
(2023/03/29 20:36登録)
(ネタバレなし)
「わたし」ことロサンジェルスの28歳の女性探偵ハニー・ウェストは、夜中の3時に侵入してきた男に銃を向けられ、裸になるように命じられる。謎の暴漢の目的はレイプではなく、ハニーを軍服に着替えさせ、シルヴィア・ヴァース少尉なる女性軍人の身代わりを務めさせることのようだ? だが暴漢に連行された先でまた事態は急転。ハニーは連続する幼児誘拐事件に巻き込まれていく。

 1958年のアメリカ作品。ハニーシリーズの長編第三弾。
 西村寿行チックでショッキングな冒頭から掴みは万全だが、そのあとがいまひとつ。
 話の弾みひとつひとつは確かにオモシロイのだが、すでに語られた物語の流れが、続く場面場面へと、どうも、スムーズに繋がってこない。
 カメラワークは良し、脚本も悪くない、しかし編集だけがかなりよろしくない、そんな映画を観ているような気分であった。

 最後のドンデン返しというか、意外な真相には結構驚かされた(まるで……・以下略)が、そこまでのゴタゴタ感で大きく減点。
 やる気と狙いだけいえば、これまで読んできた本シリーズの作品の中でもけっこう高めの内容なんだけどなあ。惜しい一冊だと思う。


No.1753 6点 ミッドウエイ水爆実験
ミシェル・ルブラン
(2023/03/27 05:45登録)
(ネタバレなし)
 1956年1月。米国政府はこの春に、ミッドウエイで水爆実験を計画していた。放射能の影響を鑑みた人体実験も必要とされ、ジャクソン刑務所の死刑囚3人に、実験後は医療班が研究かつ治療にあたる、そして生きのびたら自由に釈放するとの条件で、被検体にならないかとの打診が行われた。計画が進む一方、ミッドウエイの実験場前線の周辺には、東側のスパイが潜入しているらしいと観測され、ニューヨークCIAの調査員リチャード(リック)・サヴィルは潜入捜査にあたるが。

 1956年のフランス作品。作者ミシェル・ルブランのシリーズキャラクター、リチャード・サヴィルものの一本。例によってルブランなので短めの長編で、日本では同じくサヴィルもののもう一方の長編(やはりやや短め)『自殺志願者』との合本で、『ミッドウエイ水爆実験』の表題のもとに創元文庫から刊行された。
 本レビューでは、ほかのルブラン作品の書評の例に倣って、その短めの長編一本ずつ、登録することにする。その辺は請う、ご了承。

 ミッドウエイでの水爆実験の際、人体実験が実行されると西側の科学、医学技術が向上する可能性もあるので、東側のスパイは、水爆実験前に前線の研究所内部に干渉したり、さらには被検体の死刑囚を殺そうとしたりする。そんな敵の作戦を防ぐのが、主人公サヴィルの使命で今回のストーリーのメインプロット。

 東側の作戦そのものが納得できるようなそうでないような、軍事作戦的に微妙な感があるが、それをとりあえず了解して読み進むと、存外にシンプルな筋立て。
 一部サブキャラクターはしっかり文芸設定らしきものを作りこんだはずなのに、あまり話に活かされないとか、その辺のバランスの悪さもいささか気になる。

 まあそうはいっても最後まで、それなりに楽しませて読ませてしまうのは送り手の話術がウマイからではあろう。佳作の中か下くらい。
 場面場面では、そこそこ印象に残りそうな見せ場も用意されてはいる。

 いつものトゥッサン警部ものとかのサスペンス編やクライムストーリーなどは趣の違うエスピオナージだが、緊張感の高め方などに、どっか共通するものがあるのは、それなりに理解できる。


No.1752 7点 逆転美人
藤崎翔
(2023/03/26 05:45登録)
(ネタバレなし)
 前例がある云々は、たぶん自分も読んでいる<あの作品>のことを指してるのだと思う。そういう意味では確かに前代未聞ではないが、作中でこのネタが用いられるその理屈づけに関しては、かなり感心した。

 万が一、こういう種類の茶目っ気のある作品がもしミステリ界から消えたら、世の中はずいぶんと寂しくなるだろうなと、念じたりした。


No.1751 6点 復活なきパレード
三浦浩
(2023/03/24 13:23登録)
(ネタバレなし)
 1987年4月のこと。「おれ」こと柏木大介は、中野近くに自宅を兼ねた事務所を開設したばかりの35歳の私立探偵。少し前までは大企業の社員だったが、訳あって退職。妻とも離婚した。最初の依頼人は17歳の女子高校生の美少女令嬢、麻生知佐子だ。専業主婦の姉で25歳の立花紀和子がしばらく前から行方不明で、その夫で商社マンの卓也とも連絡がとれないので安否を確かめてほしいという。柏木は依頼を受けて調査に乗り出すが、何者かに襲われて昏睡。不穏な影は知佐子の周辺にも察せられる。柏木は、知佐子の護衛も兼ねて調査を続行するが、予想以上に事件の根は深かった。

 改題された文庫版『弔いの街』の方で読了。脱サラ探偵・柏木大介シリーズの第一弾。

 昭和ミステリ、国産ハードボイルドの体系に関心を持ったファンが系譜を探れば、割と早く三浦浩の名前には突き当たるはず? で、評者も何十年も前からその高評? は意識していた。
 が、どうせならデビュー作で、当時相応の反響を呼んだときく『薔薇の眠り』(69年)から読もうと思いつつ、なかなか同作に縁がなく、ついに現在まで来てしまった。

 聞くところによると作風は、初期の文芸的なA級風のハードボイルドミステリから、後年のやや通俗っぽい軽ハードボイル路線に流れたようで、たぶん、その辺は商業作家として編集者の要請に応えた部分などもあったのかとも勝手に憶測するが、なんとなく作家としての立ち位置が、島内透あたりに似ている。

 で、とにもかくにも、先日、古書市で本作の文庫版を入手。まあそろそろ、特に著作の順番にこだわらずに読んでもいいかなと思い、ページを開いたが、なんというか予想以上に軽妙な作風で、あっという間に読了してしまった。

 とはいえ序盤から思うところも多く、まず、いくら上流家庭のお嬢様とはいえ、主人公の柏木が、失踪した姉の調査料として大枚50万円、躊躇なく、小娘に請求し、それに知佐子の方が即座に払うのに面くらう(……)。
 この金額が柏木の感覚で適正価格だったとしても、JKへの高額な請求を躊躇する主人公の描写も、一瞬でも戸惑う女子の図なども絶対にあるはずで、本気で、これはなにかのギャグかと思ったが、どうやらそうではないらしい(笑)。
(ちなみにこのあと、柏木のもとには別件の尾行依頼があるが、そちらは数日の調査を総額10万円でうけている。まだ高額だが、こちらはそれなりに納得できる数字だ。)
 ちなみに警察に相談したのか? 相手にしてくれなかった、のお約束の段取りなどもなし。これもあった方がいいと思うんだけどね。おじさんがその辺のアドバイスも先にしないで、コドモから50万円もらっていいの?

 文章も目が点になるほど、ページによっては会話だけで、まるでロス・H・スペンサーであった。そりゃサクサク読み進められるよ。

 とはいえ、あれやこれや立体的な面で引っかかる箇所は多い作品なれど、最後まで読み終えると、妙な風雅もあるような気もしないでもない、一風変わった一冊であった。
 触感でいうなら、アメリカの50~60年代軽ハードボイルド私立探偵小説が、どこかオフビートな文芸味を見せて読み手を引き寄せるときの味わい、あれに似ている。

 作者自身にしても商業作品っぽい方向に傾注してゆく過渡期の作品だったかもしれんし、やっぱ『薔薇の眠り』からそのうち、読んでみることにしてみよう。
 
 まあ本作に関しては、単品で読む限り、低い評価をする人はするかもしれないし、それに逆らう気はないんだけれど、どっか妙に心にフックを感じる作品……かもしれない内容というところで。
(終盤に明かされる意外な真相に関しては、80年代の後半~終盤、時代はそんなものだったのかな、と思うところもあった。) 

 最後に。本サイトは旧題で登録が原則(管理人さんの御指示を拝見、解釈するとそういうことになる)だから、旧書名でデータアップしておくが、個人的には改題の方が絶対にいい。というか、旧題の方は、タイトリングの意味がいまいちピンとこない。


No.1750 7点 暗い傾斜
笹沢左保
(2023/03/22 11:46登録)
(ネタバレなし)
 昭和の中盤。港区にある中堅の町工場、大平製作所は、当てにしていた新案技術が利益につながらないと判明し、経営危機に陥る。亡き両親から会社の経営を引き継いでいた32歳の美しい女性社長、汐見ユカは、彼女を10年間にわたって精神的に支え続けてきた総務部長の青年・松島順二の献身も甲斐なく、苦境に立たされる。そんななか、会社の周辺で、重要な関係者の一人が死亡した。

 評判がいいので、以前から読みたい、と思っていたが、古書価がやや高めなので二の足を踏んでいた。今回の復刊で容易に読めるようになり、とてもありがたい。

 女の肉体が性器具としてどーのこーのとか、男は女の体に飽きるのが当然だとか、21世紀の今なら確実にコンプライアンスにひっかりそうな叙述がてんこ盛り。旧「宝石」に連載された作品だから、特にのちの中間小説的な方向を狙ったわけではなく、作者の地とそれを許した当時の世相の賜物であろう(その一方で、おなじみの笹沢ロマンらしい、男女間の独特の情感もかなり色濃い作品だが)。
 知的な謎解きパズラーを読むふりをして、昭和ミステリを、リミッター解除されたいやらし小説として愉しむ21世紀現在の中高生とか、世の中のあちこちにいそうな気がする。

 小説としてはスラスラ読みやすいが、これがどう、定評の(中略)トリック作品に転ずるのかと思いながら、後半までページをめくると……ああ、そういうことね。
 確かに、これがある種のリアリティというか説得力を持っているのはわかるのだが、主人公に限らず、捜査陣の誰かがひとりでも「こういうこともあるのではないでしょうか」と言い出したら、一瞬で瓦解しそうなきわどさも感じた。
 あと、このアイデアというか、ものの考え方は、後年の某・国産ミステリの某作によくいえば影響を与えている、悪く言えばちょっとだけひねってパクられているような。
(そーゆー意味では、源流または先駆に触れた意味で、よかったか。)

 笹沢作品にありがちだが、(中略)が、後半へと物語が進むなかで交代。けっこう気に入ったんだけど、最後の余計な文芸は要らなかったとも思う。かといって無いではないで、それではキャラクターが薄い、という警戒が作者の胸中に芽生えたのだとしたら、まあその気分もわからないでもない。
 いろんな想念が次々と湧いてくる作品。さほど突出した優秀作とまでは思えないけれど、作者らしさはかなり濃厚ではあろう。
 佳作の上か秀作の下くらいか。


No.1749 8点 リンドバーグ・デッドライン
マックス・アラン・コリンズ
(2023/03/19 17:39登録)
(ネタバレなし)
 1932年3月1日にアメリカのニュージャージー州で起きた「世紀の犯罪」。それは「孤独な鷲」こと、先だって太平洋横断飛行を達成した世界の英雄チャールズ・リンドバーク大佐の豪邸から、新生児の長男が何者かに誘拐された事件だった。地元警察の雑な対応で初動捜査に混乱が生じたなか、いまや米国政府を動かす要人でもあるリンドバーグは、先にアル・カポネを逮捕した財務省の功績に着目。その人脈から捜査力の増強を求めるリンドバーグの悲願は、シカゴの密造酒捜査官エリオット・ネスの推挙を経て、シカゴで地元の誘拐事件を解決した若手刑事である「わたし」こと、ネイト(ネイサン)・ヘラーを世紀の犯罪に呼び込むことになる。かくして、のちの私立探偵ネイト・ヘラーの人生に大きく関わる捜査が開始されるが。

 1991年のアメリカ作品。
 私立探偵ネイト・ヘラーものの長編第5作で、日本で邦訳があるたった三冊のうちの一本。
 シリーズ第一作『シカゴ探偵物語』に続き、二度目のアメリカ私立探偵作家協会(PWA)最優秀長編賞を受賞した作品。邦訳はみっしりした級数の活字の文庫で、本文710ぺージ以上に及ぶ大冊である。
 
 いやー、面白かったけれど、この量と質のボリュームゆえに、読むのには仕事しながら、通算四日かかった(うち半日は映画『シン・仮面ライダー』に行ったが・笑・)

 山田風太郎の明治もののごとく、実際の史実の人物オールスターをこれでもかこれでもかと導入してゆくのが本シリーズの売りのはずだが(と言いつつ、邦訳そのものが少ないこともあって、評者が実際にこのシリーズを読むのは、これでまだ二冊目だ)、豪華絢爛な登場人物に加えてそこから膨れ上がっていく多重的な構造のエピソードの累積がただただ圧巻。
 作者コリンズは本書の執筆のため、膨大な数の関連書を読み込んだらしく、その辺の述懐も著者自身の談話として添付されているが、ああ、これだけ取材してその上で、20世紀の大事件の裏面史をさらに新たにくみ上げたんなら、これくらいの密度と量感のものができてもおかしくはないだろう、と納得(とはいえ口でいうのは簡単だが、破格の筆力と構成力を要する作りだ)。
 ちなみに評者のリンドバーグ二世誘拐事件の知識は、小学校高学年の頃に学校の図書館で、20世紀全般のノンフィクション叢書のなかで触れたくらいだが、遠い日の記憶がいくらか呼び起こされた。

 どうせ脇筋の枝葉エピソードでしょう? と舐めてかかりそうになると、意外に細かい伏線を忍ばせてあるので、実にくえない作り。
 例によって登場人物メモを作ったが、本当にワンシーンのみであろう人物名の記録を一部省いても、総勢130人ほどになった。あとあとになって久々に再登場したり話題になったりするキャラクターなんかいくらでもいるので、メモは必至である。
 
 ミステリとしては、後半4~5分の1での切り返しで、一瞬、あ、それでいいのか? と思いもしたが、読み進むうちに、その辺の不満は解消。終盤の畳みかけるような展開と、うん、確かに(中略)なまとめ方、そして、ああ、そう来るのな、的なクロージングに万感の溜息をついて終了。
 いやまあ、何はともあれ、最後までしっかり読んだ。読みごたえがあった。面白かった。

 なお本書を手にして初めて知ったが、実は既訳の三冊以外にも、本シリーズは第10弾も文春文庫で翻訳刊行の予定があったらしい。
 そしてこれが、ロズウェル事件、つまりあのUFO事件ネタにヘラーがからむというもので、なにそれ、読みたい!!! と思ったが、周知の通り、20年以上経った今でも未刊行……。
 本書とか、よっぽど、売れなかったんだろうなあ。まあ、大半の私立探偵小説ファンは、この厚さで逃げるよなあ(……)。
 万が一、翻訳文ができていたら(本シリーズ各編の長さなら、訳出作業の途中で中断の可能性も高いが)どっかの出版社で拾ってくれないものだろうか。


No.1748 6点 悲鳴だけ聞こえない
織守きょうや
(2023/03/15 15:45登録)
(ネタバレなし)
 今回の連作集は、多くの人の人生のどっかで関わってきそうな民事事件を主題にした内容が多い。

 ミステリ味はさほど強くないものの、読んでタメになるわかりやすい法律教室? という趣で、これはこれで良い。

 連作短編ミステリの大海は、こういう趣旨のものもあってこそ、だと思うので。


No.1747 6点 ベビー・ドール
カーター・ブラウン
(2023/03/15 11:11登録)
(ネタバレなし)
 「おれ」こと、ハリウッドのトラブル・コンサルタント、リック・ホルマンは、映画プロデューサーのアイヴァン・マッシ―から依頼を受ける。仕事の内容は、マッシーお抱えの美人女優トニー・アスターが、人気歌手のラリー・ゴールドと噂があるので事実関係を調査し、場合によっては今後の交際を止めてほしいというものだ。だが双方の人気芸能人には、ハリウッド業界人たちの思惑が絡み合う。そして以前、新婚直後の夫に失踪された経歴のあるトニーには、まだ秘めた人間関係や前身があった? そんななか、ひとりの人物が命を落とすが。

 1964年のクレジット作品で、ミステリ書誌サイト「aga-search」によればホルマンものの長編、第7弾。

 人気スターのスキャンダル騒ぎのコントロールという、ハリウッドものとしてはいかにもありそうな事件を主題にしており、いささか地味な印象。
 人死にも、終盤でちょっと荒れ事が起きるまで、殺人かどうか不明の(読者視点では、たぶんソウナンダロウ)転落死が一件だけと、かなり地味(あ、トニーの夫の失踪事件があるか。でもそっちは……)。

 とはいえ、そのメインヒロインのトニーの従姉妹で、ブロンドの美女リザのキャラクターがなかなか魅力的。
 リザの実母ネイオミは元・大成しなかったコーラスガールで、星一徹風に娘のリザに芸能界での成功の夢を託したものの、リザが音痴と判明したために失望。かわって姪のトニーをステージママならぬステージおばさんとして養育し、人気スターとなる一助に貢献した過去がある。
 で、割を食った形のリザが心に抱えるルサンチマンが、陽性かつエネルギッシュなメインゲストヒロイン像に転化されており、そんな彼女とホルマンとの関係も、一種のラブコメ風に妙にゆかしい。

 今回はこの辺で得点ポイントかと思ったら、殺人事件の真相もちょっとヒネりがきいていてオモシロかった。殺人実行のビジュアルイメージは、少しだけ不気味でこわい……かもしれない。

 事件解決後の、良い意味でウヒャッハーなクロージングも愉快で、ホルマンと仲間たち、楽しそうだな、オイ。
 佳作。


No.1746 6点 過去、現在、そして殺人
ヒュー・ペンティコースト
(2023/03/14 09:04登録)
(ネタバレなし)
 多くのシリーズキャラクターを輩出している割に、日本の読者にあまり(まったく、ではない)馴染みのない作者ペンティコーストの、シリーズものの一本。

 この作者の長編は一本だけ、中短編はそれなりに読んでいるが、本作の主人公のアマチュア探偵で、中規模の広告代理店ほかエージェント業の代表ジュリアン・クィストとはたぶん、今回、初めて出会った。

 向こうでは相当数のシリーズが出ているレギュラー探偵らしいが、その辺の有難味が正直、よくわからない。
 たぶん日本ミステリに関心のある欧米のマニアに、十津川警部ものの佳作~秀作をいきなり一本だけ英訳して読ませるようなものであろう。
 作品個体の出来不出来とは別のところで、送り手と読者のなじみきったレギュラー探偵の事件簿の一編として味わうのがまず前提という感じの、そんな作風であった。

 謎解き&行動派ミステリとしての長所や短所はすでに大方、nukkamさんが語ってくださった(たしかに犯人は当てやすい)。 
 あえて評者なりに付け加えるなら、事件の根っことなった地方都市ウットフィールドを舞台に、謎の犯罪者を憎んで狩ろうとする地元住民たちの熱気がじわじわと高まっていく断片的な描写は、ちょっとクイーンの『ガラスの村』かアイリッシュの『死刑執行人のセレナーデ』みたいな感じの独特の趣がある。
 
 日本でいうなら、前述の西村京太郎か佐野洋あたりの佳作といった触感。一冊読んでどうのこうのいう作品ではないが、そんなに高い期待値でないのなら、そこそこ楽しめる。
 あと小説的には、6年前に奥さんを殺され、本人も半身不随になった老政治家の、日々の痛ましい描写が胸に応えた。この辺りだけは、軽佻浮薄にエンターテインメントとしてだけ読むわけにはいかなかったというか。

 しかしペンティコーストってのも、長年日本の古参ミステリファン(海外ミステリは原書は読まず翻訳だけ読む評者のようなヒト)に親しまれてる割に、イマイチ作家性の掴みどころのない作家だ。
 読んだ長短編、どれもおおむねそれなり~そこそこは面白い印象があるけれど、これ、という機軸の作風やシリーズが定まらないからだろうね。
(あ、そんな観測をしてるのは、オレだけか?)


No.1745 6点 死を開く扉
高木彬光
(2023/03/13 07:07登録)
(ネタバレなし)
 昭和32年の夏。推理作家の松下研三は福井県小浜に避暑旅行し、同地に在住する東大時代の旧友で開業医の福原保の家にやっかいになる。そこで松下は福原から、インターンの若者でミステリマニアの柿原雄次郎を紹介された。さらに福原は、近隣に住む財産家で、四次元の世界に傾注し、外に何もない二階の壁に扉をこしらえた風変わりな「四次元の男」こと、林百竹の噂を語った。そしてその直後、くだんの林家で、謎の密室殺人が発生する。

 トリック自体はかなり有名で、何十年も前から知っていた。たしか小林信彦か誰かが知識自慢し、ミステリとは必ずしも関係ないジャンルのフィクションの中で同一のギミックが使われていたので、その類似を指摘し、ネタバレするという罪深いアホなことをしていたのだと記憶する。
(ちなみに現在、Twitterで本書の題名を検索すると、トリックの関連性のある&あるらしい? 別作品の題名を羅列し、得意になっている××がひとりいるので、注意のこと。)

 トリックだけの作品、という評価には特に異論はないが、昭和の時代に先行して誕生した新本格パズラーみたいな全体の雰囲気は、けっこう楽しい。
 犯人については、こういう文芸なら誰でもいいんじゃないかとも思ったが、一応の伏線は張ってあるのか? まあ必然的にそうなるというよりは、蓋然性でそういうことになってもよいのだろう、程度の絞り込みだが。

 松下研三がいきなり? 結婚していて軽く驚いたが、『白妖鬼』で付き合っていたガールフレンドとは名前が違うので、そっちとは別れたのち、こっちの奥さんとくっついたということになるのか。どっかでシャーロッキアン的な研究とかも読んでみたい。


No.1744 7点 飾窓の女
J・H・ウォーリス
(2023/03/12 10:46登録)
(ネタバレなし)
 1940年代初め(?)のニューヨーク。地元のゴサム大学の英文学助教授で、56歳のリチャード・ウオンレイは、妻アデールが旅行中ということで、羽根を伸ばしていた。そんなウオンレイは夜の街角のショーウィンドウの中の美人の肖像画に目を奪われるが、気が付くと脇に絵画にそっくりな、30代前半の金髪の美女がいた。ウオンレイは、商売女らしい美女「マリー・スミス」(本名アリス・リート)に誘われるままに彼女の自宅の部屋を訪問。そのまま初めての浮気を楽しむが、そこに猛々しい振舞いの中年男が乱入してきた。女を奪ったとウオンレイを殺しかける相手に、彼はやむなく応戦。正当防衛で殺してしまうが、ウオンレイはその命を奪った男が、ニューヨークでも高名な200億ドルの資産を持つ大実業家クロード・マザードだと気づいた。

 1942年のアメリカ作品。
 先日、『キング・コング』のノベライズを読んだ際に、そういえばこっちのウォーリス(ウォーレス?)は、まだ本サイトにもレビューがないなあ、大昔の少年時代に古書で買ったポケミスの初版で一度読んでいるが、再読してみようか、と思う。
 結局、書庫の蔵書がすぐ見つからないので、図書館にあった95年のポケミス第三版を借りてきた(巻頭に、初版の書面をもとに、新規に写真製版しましたとのお断りがある)。

 ちなみに、有名なフリッツ・ラングの映画版は未見。ただし「探偵倶楽部」か「宝石」だかに誌上フィルムストーリー記事があり、それはやはり大昔に読んだような記憶はある。まあもちろん、まったくその映画記事の内容も忘れているが。

 巻末の解説で乱歩は結構、賞賛。この時点での従来の倒叙、もしくは犯罪者が主人公のミステリは基本、自覚的に犯人が計画犯罪を行なうのに対し、本作は主人公が正当防衛で殺人、しかし娼婦のもとにいたという事実の発覚を恐れ、社会的な立場や妻への対面などから自首もできない、というリアリティが新鮮だとホメている。

 もちろん、21世紀の現在に至るまでの東西のミステリの系譜からすれば、特に別段珍しい趣向でも設定でもないが、この時期、1940年代ならそんなものだったのかな、とも思ったりする。いやそれでも何かまだ前例・先例があったような気もするが、う~ん。

 とはいえ、自分の弾み行為も踏まえてあっという間に人生の奈落に落ちてしまった主人公が、このあとの逆境を逃れようとあがきまくる図は、かなりのサスペンスとスリル感でいっぱい。
 ほっとひと息ついたら、また即座に次のピンチが生じるクライシスの波状攻撃は、なかなかテンションが高い。
 後半、いささか強引……かもしれない? という箇所は、主人公の判断において一件あったが、まあぎりぎりセーフ。

 きわめて正統派、王道のクライムストーリー、広義の巻き込まれ型スリラーで、その直球ぶりは21世紀のいまとなってはさすがに古めかしい? 部分もあるが、克明で丁寧なサスペンス叙述の積み重ねは結構な読みごたえがあった。
 クロージングがどういう方向になるかは、もちろんここでは言わない。

 しかし再読するまでは、(映画も観てないこともあって)題名の「飾窓」って都会の街灯のショーウィンドウのことじゃなく、アムステルダムの娼館の方の意味だろうと勘違いしてた。まあ、メインヒロインのアリスは中~上ランクの街娼だから、そっちに通ずるタイトリングでもあるんだけどね。

 ちなみに本作の原書のもともとの題名は「Once off Guard」(一度でも気をゆるせば)だったようだが、映画化の際に邦題通りの「(飾)窓の女」に原書のタイトルも変更されたらしい。映画化の際に一種のメデイアミックス効果で題名を変えることに際しての、当時まだそういう事例が珍しかった? のであろう、ポケミス巻末の乱歩の述懐が、評者なんかには、ちょっと興味深かったりする。


No.1743 8点 #真相をお話しします
結城真一郎
(2023/03/11 10:55登録)
(ネタバレなし)
 あの食えない長編『救国ゲーム』の作者で、しかもその下馬評の高さから、どんだけ破格のものを読まされるかと思っていたが、各編とも普通の(?)短編ミステリであった。ちょっと安心。

 中~高レベルの作品がそろい踏みで、評点は7点の上かなと思いきや、最後の「#拡散希望」が真相の強烈さ、細部の詰め方のうまさ、そしてクロージングの締め方で頭ひとつ抜けている。
 収録作のどれかが、日本推理作家協会の短編賞なんだよなとは、うっすら覚えていたが、一冊読了後に、やっぱこれ(「#拡散希望」)か、と確認して納得。

 二年に一冊ぐらいの割合で、このレベルの短編集を読ませてもらえたら幸福である。


No.1742 6点 キング・コング
エドガー・ウォーレス&メリアン・C・クーパー
(2023/03/07 06:31登録)
(ネタバレなし)
 1930年代前半(おそらく)のニューヨーク。2年前にさる筋から、海図にも載っていない東インド洋の孤島の秘境の存在を知った映画監督カール・デナムは、知り合いの老船長エングルホーンと二十数人の船員とともに、船舶「漂流者(ワンダラー)号」でその島に向かう。デナムは出航直前に、掘り出し物の新人女優の美女アン・ダーロウと契約。持ち前の勘から、彼女を活かしたヒット作を目的の島で製作できると予想していた。だが一行は、そこで信じられないような太古の世界と、そして野獣の王者「コング」に遭遇する。

 1933年のオブライエン版、白黒版の公式ノベライズ。原書は同年に刊行。
 評者は今回、創元文庫版で読了(数か月前に、ブックオフの100円棚で美本を入手)。

 この旧作映画の公式ノベライズの著者名は、映画プロデューサーのクーパーとストーリーの原案を考えたウォーレスの連名で表記されているが、実際に小説を書いたのは、当時の雑誌編集者で作家のデロス・W・ラヴレースなる人物らしい。

 モノクロ版『コング』は(映画製作の過程において昔も今もよくあることだが)、原案→脚本→ストーリーボード(絵コンテ)と、話の細部に異同が生じており、小説版は原案と脚本をベースに書かれたようである。
 実際に読んでみると映画と大筋は一応は同じだが、いわゆる髑髏島での冒険行、コングと恐竜たちとの死闘図がかなり長尺で、一方でニューヨークに来てからの描写はコンパクト。

 まあ評者も、映画そのものは数回観てるとはいえ、21世紀になってからは全編を通してはマトモに視聴していないハズなので、厳密に映画とノベライズの比較はできない。
 ただし創元文庫の巻末で、(旧版からの再録もふくめて)訳者の石上三登志が丁寧に解説しているとおり、映画にはあるがノベライズにはない、またはその逆のシーンもそれなりにある。その辺が読みどころで楽しみどころ。
 たとえばここでは具体的には書かないが、ああ、映画のあのキャラクターには、当初、こういう設定や素性が構想されていたのか? と興味を惹かれるところなどもあった(もちろん、ノベライズ担当の方でまったくのオリジナルで潤色した可能性もなきにしもあらず、だが)。

 なんにしろ一冊読み通すと、たしかにコングという主役怪獣への関心よりも、太古の恐竜が跋扈するロストワールド世界への憧憬の念の方が頭をもたげてくる。

 石上の文学史観においても、ロストワールド恐竜もの文学の先駆はヴェルヌの『地底旅行』であり、ドイルの『失われた世界』だそうだから、やっぱりまずはそっちから読んだ方がいいな。そういう方向への関心、興味を改めて強く押される一冊でもある。


No.1741 6点 恋と呪いとセカイを滅ぼす怪獣の話
さがら総
(2023/03/05 18:05登録)
(ネタバレなし)
 十数年前に太平洋に落ちた隕石の影響で、各地に特殊な能力を持つ子供たちが出生。やがてそんな子供たちは、房総半島から南に200海里の位置にある火山島、通称「星堕ち島」に設立された学園に集められた。その中のひとりで「俺」こと、人間の感情をコントロールできる17歳の御蔵真久良(みくら まくら)とその学友たちは、ある日、東京から一人の転校生を迎える。

 TVアニメ化もされた人気ラノベ『変態王子と笑わない猫。』の作者、さがら総による、昨年2022年の新刊で青春SF特殊設定ミステリ(?)。
 評者は『変態王子』は原作にもアニメにも今のところ縁がないし、実をいうと本書を読んでから、ああ、この作品の著者って、あのさがら先生だったのね、と意識したくらいである。

 題名に「怪獣」とあり、SF設定みたいなので、ガチな怪獣SFパニックもの+青春ミステリという変化球作品かと期待して読み出したが(はあ)、カイジューというのは、ほとんど作中のある事象というか概念の比喩であった。
 実際の中身は、いわゆるセカイ系のラノベだと思う。

 十人にも満たない登場人物、ほぼ全員がメインキャラのなかで大きな章ごとに話者が交代。全体に大きな(中略)という作りで、その大技は、20世紀の某、マイナーな(たぶん)技巧派長編ミステリを想起させた。
 ただしミステリ的なギミックをかなり大きな比重で活用しながら、作者の主眼は技巧的なミステリを組み立てるというよりは、それすらもパーツにした、やはりセカイ系の青春ラノベを紡ぐことにあるようで。

 もちろんそれはそれで作者の思惑だし、自由な狙いだが、このネタでもっときちんとしたミステリっぽい形にしてほしかった、という受け手のないものねだりの気分も生じる。
 まあ、このネタ自体も、おそらくは以前からどこかにあるもののバリエーションなのであろうが、それなりにインパクトは感じた。
 セカイ系青春小説と、技巧的なミステリ、その双方の側面によい距離感を見出した読者なら高い評価は与えそうで、実際、ネットではそういう主旨の賛辞の評も多いようである。
 評者個人の評点はとりあえずこんなもんだが、読んでおいて良かったとは思う。

 最後に、本作は刊行後、部分的に他作品からの剽窃? が発覚し(詳しいことは不明だが、地の文の一部を流用したらしい)、出版社の方で回収騒ぎになっているらしい。これも読後にネットで感想を眺めているうちに初めて知った。
 作品の大枠、根幹の部分はおそらく、純粋に作者のオリジナルであろうに、つまらない? 瑕疵がついてしまった形で、一見の読者ながら、いささかもったいないと思う。


No.1740 8点 黒真珠 恋愛推理レアコレクション
連城三紀彦
(2023/03/03 18:39登録)
(ネタバレなし)
 早くも今年で没後10年になる作者だが、連城研究家として知られる浅木原忍が全体を監修、作品のセレクトにも関わったらしい。
 これまで書籍化されてない短編、ショートショートが全部で24編も残っていたそうだが、その中から厳選で14編、出来の良いのを選抜して一冊にしてある。

 おそらく、これが連城の最後の新刊! という謳い文句に煽られてウハウハ気分で読んだが、なるほど、期待以上に面白い。
 巻頭に近い初期編などほとんどヘンリー・スレッサーの趣で、さらにページ数50頁前後の長めの作品から、いかにも連城作品らしい、あの独特の乾いたような湿ったような作風がうち出されてくる。

 最後の方のショートショートのなかには、いささか歯切れの悪いものもあるが、一冊まるごと総じて楽しめる。
 ひょっとしてこの人、短編の方が長編よりも良かったのではなかろうか。
(実際のところたぶんそうなのではないかと思うのだが、評者の場合、生前の著作全般に長いスパンで付き合った訳ではないので、そう言い切れるかどうか、ちょっとデリケートな面もある。)


No.1739 8点 影と踊る日
神護かずみ
(2023/03/03 08:18登録)
(ネタバレなし)
 新潟県警生活安全課の巡査部長で29歳の女性警官、鈴山澪は、地元の報道番組「夕方情報ワイド」の防犯コーナーに出演。なりすまし詐偽の対策を啓蒙する婦警として人気を集めていた。そんななか、番組の共演者で防犯、詐偽被害者市民グループの代表で80歳の老婆、山野麻子が突然、本番中に激情を高ぶらせる。一方、澪と知り合いの、人命救助に貢献した26歳の青年・沢田一平が行方不明になるが。

 乱歩賞を受賞した作者の、三冊目の長編ミステリ。
 新刊が出てることに少し前に気づいて、読み始める。

 なんだ主人公は、前二作のトラブルシューター、西澤奈美じゃないのかと、ちょっと残念だったが、本作の主人公、鈴山澪もなかなかキャラクターの造形がいい。
 さすがは女戦士萌えを自認する、作者だけのことはある。

 ネタバレにならない限りに語るなら、全編を貫く主題は、まぎれもなく「善とも悪ともつかぬ人間の二面性」であり、そんな文芸テーマに沿った登場人物それぞれの叙述が実に面白かった。
 その辺は主人公の澪自身も例外ではないが、そういった主題をときにミステリ的なサプライズとして呈し、ときに泣かせの小説的な旨味として語る作者の手際はとてもいい。
(作中のリアルでいえば、この登場人物にソコまで、できたのかな、と思わされる部分がまったく無きにしもあらずではあるが。)
 あ、とはいえ二人だけ、まったく裏表のないキャラクターがいたな。でもそれがまた……(以下略)。

 よくある、キャラクターものの警察小説の大海のなかに沈んでしまいそうな作品、という面もある(言い換えれば、良くも悪くも、記号的に特化したものは少ない)のだが、単品のポリスものとしては、十分に面白かった。
 作者は、ミステリ執筆に本格的に舵を切ってから、一冊ずつ、レベルアップしていく感じがある。たぶん。

 西澤奈美のキャラクターがそれなり以上に好きな身としては彼女の今後の再登場も望むけれど、こっちの主人公、澪の方もシリーズ化してほしいのお。
(特にあの、悪役令嬢というか意地悪お嬢様風のキャラは、次作でもっと掘り下げてほしい。作者もたぶん、好きそうな気配がある。)


No.1738 7点 罪の壁
ウインストン・グレアム
(2023/03/02 07:11登録)
(ネタバレなし)
「僕」ことフィリップ・ターナーは、カリフォルニアの航空機メーカーに勤務する30歳の英国青年。だが母国の長兄アーノルドから連絡があり、次兄で元物理学者、今は考古学者のグレヴィルが、アムステルダムで死亡したと知る。自殺の可能性が大と見なされたグレヴィルの死だが、その見解に疑念と不審が拭えないフィリップは、兄の学術調査仲間だった男ジャック・バッキンガムを探そうとするが、所在不明だ。フィリップはバッキンガムと知己という元軍人マーティン・コクソン中佐とともにアムステルダムに向かうが。

 1955年の英国作品。CWA最優秀長編賞(のちのゴールデンダガー賞)の第一回を取った作品で、昨年の歳末に出た2022年度翻訳ミステリの最後の方の目玉作品群のひとつであったが、ようやく読めた。
 物語の前半から、かなり明確なベクトルのストーリー(兄の死の真相を追う弟主人公)が築かれる。
 翻訳も良い意味で現代調に振り切った感じで非常に読みやすいが、中盤からの展開がいささか冗長。さっさと次の行動に移ればよい主人公フィリップの言動がかなり足踏み状態で、正直、眠気を誘った。

 しかし、最後の約100頁、物語の真相というか事件の骨格が見えてくるとその辺の不満を吹き飛ばすように面白くなり、最後はミステリとしてのポイントを押さえながらも、小説として練り上げて決めたな、という感慨にまで至る。
 雰囲気でいえば、旧クライムクラブの上の下か中の上といった感じ。実際、同叢書の中の某作品のニュアンスを想起したりもした(こう書いても、120%ネタバレにはならないと信じるが)。
 
 まあ21世紀に鳴り物入りで発掘するんじゃなく、リアルタイムかソレに近い1950~60年代に邦訳が出て、じわじわと読んだミステリファンが増えていってくれていた方がよかったタイプの作品だとも思うものの、それは無いものねだり。
 むしろ本作をふくめて旧作発掘路線に本腰を入れてくれている新潮文庫に感謝、感謝、感謝の念。
 
 繰り返すが、中盤はかったるかったよ。
 でも、終盤の盛り上がりは実に良かったのだ。人間描写に深みと味のある作品だと思う。
 どのくらい、他の人の共感を得られるかは知らんが(笑)。

【2023年3月3日追記】
 SRの会の年間新刊リストを見たら、本書は奥付が1月1日ということで(実売は師走の下旬だったが)、SR内でのカテゴライズでも2023年の新刊扱いということになったようである。あらら。

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