人並由真さんの登録情報 | |
---|---|
平均点:6.33点 | 書評数:2107件 |
No.1607 | 6点 | ジャッキー・コーガン ジョージ・V・ヒギンズ |
(2022/09/24 16:45登録) (ネタバレなし) 犯罪者「スクワレル」ことジョニー(ジョン)・アマトは、知り合いの前科者の若者フランキーとその同輩のラッセルを仲間に、賭博場の経営者マーク・トラットマンの賭場からカネを奪う計画を進行する。トラットマンはかつて自分の賭博場で狂言強盗を働いた前歴があり、スクワレルは今回の犯行も、当人の狂言に見せかける考えだ。だがマフィア(らしいイタリア系の組織)の大物ディロンが自分の視界内の怪しい動きを察知し、彼は事態の収拾のために凄腕の部下ジャッキー・コーガンを差し向ける。 1974年のアメリカ作品。ブラッド・ピット主演の21世紀の新作映画公開に合わせて発掘翻訳された、原作の旧作のようである(評者は映画は未見)。 評者は作者G・V・ヒギンズの作品は、大昔に『エディ・コイルの友人たち』を、当時の新刊翻訳ミステリとして読んだ覚えがある。 ただし同作『エディ・コイル』の内容についての記憶はまったくない。一風変わったノワール系の作品だったという印象のみ、今ではうっすらと残っている。 それもそのはず、本作『コーガン』を読むと、たぶん『エディ・コイル』もそうだったのだろうと察せられるが、この作者の作品はプロットはシンプルな一方で、登場人物の会話は限りなく克明。かたや内面描写はほとんど? 無い。そんな独特のスタイルで小説が綴られる。こういうタイプの作品は記号的に情報を整理しにくく、おのずと記憶には残りにくくなるものだ。 本作ではヤマ場までは数名の登場人物の会話シーンがどんどん切り替えられていくが、その場その場の会話は本筋から離れようがどうしようが、作者の方で読者に向けて親切にダイアローグもしくは情報そのものを整理する気などまったくなく、とにかく劇中のキャラクターが思いついて口にした言葉はあまねく書き連ねる感じだ。 内面描写を抑止しながら貫徹されるこのスタイルは、ある意味ではノワール系ハードボイルドの神髄ともいえるかもしれない(きわめてドライな精神性も含めて)。 (ちなみにG・V・ヒギンズのこの作法にはあのレナードも強烈な影響を受けたらしく、自分の大好きな作品に『エディ・コイル』を挙げているそうな。さもありなん。) 劇中の犯罪者の多くが前科者で、逮捕と服役を神経質なまでに気にする(当然だが)一方で、警察そのものはまったく物語にからんでこないのも独特の興趣。犯罪計画の性格上、あくまで暗黒街の内側で生じて終わるノワール系ハードボイルドという閉じた世界の持ち味をよく感じさせている。 登場人物の誰にもスナオに感情移入する気の起きない一方で、事態の行く末は気になる、非常にクセの強い作品。読了後にAmazonの評価を覗くと、星の数は見事にバラバラ。まあそうだろう、そうだろう。 で、今回の評点はこんな数字で。 これは、結局、この作品、こんな評点程度の出来? というよりは、スゴ目の作品に食いつききれない、評者の器量の方に問題があるのだよ。きっと(汗・笑)。 |
No.1606 | 7点 | 灰かぶりの夕海 市川憂人 |
(2022/09/23 15:45登録) (ネタバレなし) 2021年の神奈川県。20歳の大学生で配送業のバイトに精を出す本好きの若者・波多野千真(かずま)は、ある日ひとりの少女と出会う。その少女「夕美(ゆうみ)」は、一年前に千真が喪った恋人と全く同じ顔、同じ名前だった!? 千真は記憶がないらしい「夕美」を、バイト先の上司で気の良い兄貴分の木下肇(はじめ)の了解を得て、同じ職場に雇い入れてもらい、体の関係のない共同生活を始める。だがそんな二人は、配達先のとある家屋で、すでに一年前に死んだはずの人間がまた殺害される? という、そして状況的にも不可解な殺人事件に遭遇する。 作者は今年は2冊も長編を刊行。デビュー6年目にして、ますますギアが唸ってきた感じである。 死んだはずの恋人の復活!? というありえない異常な状況。作者が作者だけに何らかのその手を使ってくるのだろうことは読者の大半が読むだろうし、書き手の方もそういう受け手の心理を心得た上で、何やら思わせぶりな「インタールード」を本筋の間に挿入してくる。だがそこに何かがあるのは何となく察せられるものの、それが実際に具体的に何なのかは終盤までわからない(よし、これならネタバレになってないハズだ)。 千真と「夕美」の青春ラブストーリー、ともに本好きという文芸も作品に独特の興趣を与えており、そしてよくある手ながら、作中で話題になる本の書名がその後の展開のイメージに繋がったり、あるいは……というギミックでも用いられる。その辺も楽しい。 広義の密室といえる、情報を整理してゆくと顕在化する不可能状況は、いかにもこの作者らしい。その部分だけでも十分に面白いが、さらに今回は評者などはアア、ナルホド、なミスディレクションの相応に大技を用いていて、その辺も印象深いものだった。 ラスト、ふたりの主人公(恋人たち)の関係がどのように結着するのかは、(ハッピーエンドに終わるのかそうでないビターエンドかも含めて)ここではもちろん書かないが、作者の思い入れを存分に感じさせたクロジーングであったことぐらいは、語ってもいいだろう。この終わり方への個人的な満足度は78%、あるいは92%くらいかなあ。数字の微妙さのニュアンスは、読んだ人になんとなく伝わってくれればうれしいが。 |
No.1605 | 6点 | ノクターン エド・マクベイン |
(2022/09/22 15:47登録) (ネタバレなし) アイソラの安アパート。何者かによって、愛猫と一緒に射殺された83歳の老婦人「ミセス・ヘルダー」の死体が見つかる。スティーヴ・キャレラとコットン・ホースたち87分署の刑事たちは捜査を開始し、凶器となる拳銃の情報から関係者を訪ねて回る。一方で町では、名門校ピアーズ・アカデミーの表向きはエリート生徒、その裏では欲望や加害衝動に禁忌のない若者たち三人組が狂気の犯行を重ねていた。 1997年のアメリカ作品。ポケミス版で読了。 ポケミス巻末のシリーズリスト(中編で未書籍化の「87分署に諸人こぞりて」を一本単位でカウント)によると、87分署ものの第48番目の作品になる。 しかし評者は本当に久々に、このシリーズを読んだ。もしかしたら21世紀ではこれが初かも。 はっきり読んでるのはシリーズ第38弾『八頭の黒馬』まで(そこまでにもたぶん30番台で1、2冊ぬけている)。で、残り分はなるべく順番を追って読んでいこうと少し前までは考えていたが、気が付いたらいつまで経っても未読分を消化していない(汗)。 もともと大昔の少年時代にはポケミス(HM文庫が出る前なので、それと世界ミステリ全集しかなかった)の手に入った分から順不同でランダムに読んでいた記憶もあるし、じゃあ……と思い直して方向転換し、近くにあった未読の一冊を読んでみた。 というわけで本当に久々の再会だが、期待通りに半世紀一日のごとく(?)、基本軸はほとんど何も変わらない安定シリーズ。なつかしい情報屋ダニー・ギンプが出てくれば、ちゃんとキャレラも見まいに来てくれた時の話題をするし、その辺のシリーズファン向けのサービスには事欠かない。ホースやクリングの女性関係に新たな動きがあったのは興味を惹かれた。 ただし80年代のニューエンターテインメントブームの波を潜ったり、ライバル視(?)しているらしい後輩作家スティーヴン・キングを意識しているせいか、20世紀末の時代らしくモブの登場人物はかなり増えて細かい挿話も増量している感はある。それでもスラスラ読めるのは、いかにもこのシリーズの通常編らしい。 (翻訳者は、井上一夫。もういい加減ご高齢だったはずだが、とても達者な翻訳というか、読みやすい訳文。ただしピーター・ローレをピーター・ロールと表記してあるのは、これでいいのか?) 地味にショックだったのはポケミスで222ページ。犯罪者を追跡する描写で、キャレラもホースも「大きくて太ってる」という修辞が出てきたこと。大柄はともかく、両人とも「太ってる」イメージはなかった。 若い頃に相応の美男だった男性俳優が、気が付いたら中年になって貫録がついていた感覚か。 先述の通りにモブキャラがとにかくべらぼうに多い作品なので、名前のある登場人物だけで80人前後。ワンシーンのみのキャラクターももちろん多い。キャレラとホース以外でも87分署の顔なじみ勢が本当にちょっとずつでも顔を見せるのは、いかにも本シリーズらしい。 人気者? の88分署のオリー・ウィルクスも割とマジメに活躍。 ミステリ的には冒頭からの射殺事件にからんでちょっと意外な真相があり(老婆と猫を射殺した犯人はいろいろな意味で、残酷きわまりない拷問の末に極刑にしていいね)、その脇のサイドストーリー的な流れにも……。これはあまり書かない方がいいか? 一部の案件は、旧作にあったような、次作への持ち越し? トータルとしては佳作、の出来。 あーあと、作者マクベインがハンター名義で脚本を書いたヒッチコック映画『鳥』ネタが三回出てくる(笑)。「ヒッチコックが書いた『鳥』」という物言いを登場人物がして、別のキャラがあれはヒッチが書いたんじゃない、とツッコミを入れる繰り返しギャグだが、現実でも作者の周辺で何かあったのだろう、あるいは読者にそう思わせたいというマクベインの作戦だろう(笑)。 |
No.1604 | 7点 | 孤独な彼らの恐しさ 笹沢左保 |
(2022/09/21 16:11登録) (ネタバレなし) 同年の友人二人と自動車修理工場を経営している32歳の三木秀彦。三木には26歳の美人の婚約者・水森麻衣子がいる。が、三木は次第に実は自分が、麻衣子の姉で35歳の和風美人・今日子の方に、内心で惹かれ始めているのを自覚した。今日子は先に、不動産業者で47歳の宇佐美勉と離婚したばかりで、当人は妹やほかの女子を社員にして女性向けの高級アクセサリー店を経営し、成功を収めていた。そんなある日、三木は訪ねた水森家で、今日子から意外な話を聞く。 1966年の長編。徳間文庫版で読了。 笹沢の比較的初期長編の一本で、この時期の諸作は出来不出来が激しいが、その実態ぶりを一冊ずつ、自分の目で確認するのも楽しい。 で、結論からするとこれはなかなか当たり。 間を置かず、スピーディに展開する作劇はいかにも笹沢作品らしいし、周囲のヒロインとの関係性のなかで主人公・三木自身のある種の自分探しめいた文芸があるのもいかにもこの作者っぽい。三木と友人たちの会社に勤める24歳の事務員で三木に片想いの好意を抱く美人・藤野雪代がなかなか魅力的。今でいうヤンデレ系のヒロインだが、本作のなかに複数登場する大小の役割の女性のなかでは、笹沢持ち前のちょっとくすんだロマンチシズムが一番投影されている。 終盤に次々と明らかになる意外な真相の一部は先読みできないこともないが、手数は多いので全部を読み切ることはちょっと難しい? だろうし、さらに本作では犯罪そのものの生成の由来と、反面、主人公の三木側の視点で不審を抱くくだりの契機(あれやこれやと段階的に疑問を抱く流れがよろしい)など、それぞれ効果的に綴られている。本作を賞賛するゆえん。 ダイイングメッセージめいた部分の真相や、とある物的証拠についての推理の甘さなど、いささか強引さを感じる面はあるものの、印象的な犯人の造形まで踏まえて、トータルとしてはそれなり以上に高く評価したい。 |
No.1603 | 5点 | 傀儡のマトリョーシカ Her Nesting Dolls 河東遊民 |
(2022/09/20 06:35登録) (ネタバレなし) 「俺」こと阿喰有史(あじきありふみ)は、県内随一の進学校「苦楽園高校」の一年生。入学直後の五月、阿喰はある思惑のもとに、自分が入部した文芸部のさらに部員を集めていた。そんななか、彼は同学年で新入生代表だった秀才の美少女・雑賀更紗(さいがさらさ)に接触するが、そんな更紗はとある苦境に立っていた。やがて阿喰と文芸部の仲間たちは、さらに事態に深く関わっていくが。 3年前に新刊が出た時点で(その強烈な表紙ビジュアルも含めて)結構、反響を呼んでいた青春学園ラノベミステリ。少し前にようやくブックオフの100円棚で状態の良い美本を見つけて購入した。 とにもかくにも以前にネットで見かけた時点での評判がよく、さらに裏表紙(表4)のあらすじ+作品紹介文の最後に「事件の結末に驚愕する学園ライトミステりー!」とあるので、かなり期待値は高かったが……。 ……う~ん、残念ながらミステリとしては完全にハズレ。 いや、実のところ、中盤では、主人公周りの設定にちょっと変わった文芸がさりげなく? 書かれていたので、これはハハーン……たぶんそういう方向の仕掛けだな、しかしなかなか綱渡りになるだろうな? 最終的に作者はどう捌くのかな? とワクワクしながら読み進めたら……(以下略・ボーゼンとしながら脱力)。 ……うぬぬぬ。実際にソレっぽい部分もそこかしこにあるので、たぶんまあ、作者は当初はそんなセンを狙いながら、結局、モノにならなくて(以下略)。 ファミコン版『ドラクエⅡ』と『Ⅲ』を続けて満喫したあとの『ドラクエⅣ』のクライマックスみたいなガッカリ感だ(例えが古いが・汗)。 評者の場合、ラノベミステリというのは、それなり以上にテクニカルな作品をその形質ゆえに楽しむか、あるいは当初からミステリとしては、たぶんほとんど期待できないと思いながらそれを承知で、良い意味でゆるい気持ちの付き合いで読んでそこそこの愛情を育むかのどっちかなので、こーゆー読む前は相応のレベルを期待して、結果、完全にうっちゃられるというパターンは、意外に少なかったりする。 まあ冊数読んでいれば、こんなのにも出会うでしょ、ということで。 ただまあ青春小説としては、それなりには惹かれたりする。特に雑賀のキャラクターと、そして(中略の)ラストシーンはなかなか良かった。だからキライな作品では決してないけどね。とにかくミステリとしてのガッカリ感が大きい。 |
No.1602 | 8点 | 異常【アノマリー】 エルベ・ル=テリエ |
(2022/09/19 15:21登録) (ネタバレなし) 2021年3月。ニューヨークに向かうエールフランスの旅客機006便。長距離航行歴およそ20年のベテラン機長が操縦するその機体ボーイング787には、200人以上の乗員乗客が乗っていたが、同機は目的地に近づいたとき、乱気流に巻き込まれる。やがて機体はニューヨークの空港に着陸したが。 2020年のフランス作品。 本サイトのtake5さんがご投稿されたレビューの高評と、Amazonのレビュー数の多さなどから感じられる話題性、さらには海外での受賞の実績、日本の書評家の推薦文などから興味が湧き、自分も読んでみた。つまりは全くのフリの読書。 級数も大き目な活字、平明な訳文でリーダビリティは高いものの、紙幅400ページ以上はちょっとカロリーを使うな、と思いながら読みすすめる。すると前半のヤマ場で、息を呑んだ。ああ、こういう作品か。 (多少なりとも関心がある方は、とにかくネタバレにならないうちに、さっさと読んでしまうことをお勧めする。) で、一晩で貪るように全編を読み終えて思うのは、まぎれもなくスゴイ作品であることを認めるのにやぶさかでない一方、そのショッキングな大ネタそのものは使い古されたものだろうということ。たとえば評者などは、すでに物故した日本の某・大人気少年マンガ家(世代を超えて今でも著作は読み続けられている)の某短編なども想起した。 要は主題そのもののインパクトや革新性ではなく、その食い込み方、扱いにおいて勝利した一冊だが、それにしても21世紀らしい新奇な作法論は特に感じられず、80年代からのニューエンターテインメントなども含む文芸観のその延長性の累積の末に生まれた作品という感触だ。 言い換えるなら古い革袋に新しい酒を盛ってそれがとても美味しかった作品だが、一方で評者のようなわがままな読者の不満をあえて語ると、この味、実においしいんだけど、なんか良くも悪くも見知った触感の集大成みたいな舌ざわりだなあ、というか。 いや、そこに行くだけでも十分以上に凄いことだとも理解はしているつもりだが。少なくとも後半の、take5さんがおっしゃるその群像劇的な構成の逸話のなかで、こちらをハっとさせたものは、確実にいくつかあったし。 評価はさすがにこの点数の下はつけられないだろう、ということで。 ただし自分の前述の好き勝手な物言いをあまり前に出すと、7点になるかもしれない。今後、評点を変える……かも。 |
No.1601 | 7点 | 桃色の悪夢 ジョン・D・マクドナルド |
(2022/09/18 17:23登録) (ネタバレなし) トラブルシューター(もめごと処理人)のトラヴィス・マッギーは、旧友で朝鮮戦争時代の戦傷ゆえの盲人、そして今は病気で重篤の身であるマイク・ギブソンから相談を受ける。それはマイクの妹で、20代半ばの商業デザイナー、ナイナのトラブルに関するものだった。ナイナにはハワード(ハウイー)・ブラマーという投資信託銀行に勤務の婚約者がいたが、そのブラマーが先日、夜間の強盗にあったらしく惨死。だが彼はナイナのもとに、素性不明のヤバそうな? 大金を残していったという。早速、自分もかつて面識のあるナイナに再会し、さらに調査を進めるマッギーだが。 1964年のアメリカ作品。マッギーシリーズの第二弾。 本サイトでは、先行する空さんの御評価が低めで、それではどんなものかな? と思って読み始めてみる。ちなみに評者はこの前後のシリーズ一冊目と三冊目はすでに既読。 ……そうしたら、個人的にはかなり面白かった。 物語前半は、物取り強盗に襲われて死んだらしいブラマー青年の件、謎の大金の件以外さしたる事件性も認められず、正直、地味目な展開を作者持ち前の筆力で読ませている印象。 ちなみに主人公マッギーについて、実は今は死んだ兄がいたが、彼は兄弟で起業しようと考えていたところ、悪人に騙されて金(または会社)を奪われて苦難の末に自殺した、というあまり聞いたことのない逸話もはじめて知った(前後の作品ではこの件、語ってなかったよな?)。マッギーはその後、どうしたんだろう。兄の仇に対して、何らかの形で復讐とかしたんだろうか。 で、後半3分の1くらいになって大きな展開があり、ようやくポケミス裏表紙の場面になる(公平に言うなら、今回のポケミスのあらすじは、後半、かなり話が進んでからのシーンを語った事実そのものはよろしくないにせよ、割とネタバレしないように気を使って書いてある?)。 こんな方向に話が行くのか!? という意味で評者が個人的に想起したのは、スティーブン・キングやクーンツあたりの作品。具体的にどの実作に似てるとかの話ではなく、良い意味で大げさになる話の弾ませ方に近いものを感じた。 以前に本サイトでもtider-tigerさんが、『黄色い恐怖の眼』のレビューでジョン・Dはのちのキングに似た作法である旨のお説を書かれているが、今回は自分も正に近い感慨を得た。 本作の作中でマッギーの年上の友人である社交界の女性コニーがやや軽佻浮薄かつ不謹慎に面白がって語る「まるでフー・マンチューもの世界だわ(主旨)」というのが実にしっくり来た。 怒涛の展開の回収ぶりは、マッギー奮闘のヤマ場を過ぎたら良くも悪くもスムーズにまとめられる感じだが、大事件を終えたあとのエピローグ。その情感たっぷりの余韻がよい。まあ、そうなるんだろうね。でも個人的には(中略)に行く方向も見たかった気もする。 最後にまとめて言うなら、改めて留意しておきたいのは、本作が1960年代半ば、欧米のミステリ界全体がスパイ小説のブームに巻き込まれた時期で、あの私立探偵のシェル・スコットやエド・ヌーンあたりの連中まで、似たようなエスピオナージめいた事件に関わっていたらしい時代の一冊だということ。 本作の内容や事件は国際的な陰謀とかその手のことにはまったく関係ない(これは書いてもいいだろう)が、重要なポイントでちょっとそういう作品がはやった時代らしいものを思わせる要素があり、この長編もそういう時の波のなかで書かれた一作だったという感触がある。 最終的にはしばらくずっと市井の事件屋で過ごしたと思う? マッギーだが、作者ジョン・Dは時代のなかで読者や編集者に向けて、この主人公の活躍はけっこう自由度があるよとシリーズ2冊目で軽く? アピールしたのではないか。そんな風にもちょっと考えたりした。 明らかにシリーズ上の早すぎる変化球だとは思うが、妙に印象に残りそうな佳作~秀作。 あーあと、これマッギーシリーズの日本紹介一冊目だったんだよね(笑)。この事件の派手さは、人目を惹くのには良かったような、シリーズの軸からやや外れたという意味でよろしくなかったような。 |
No.1600 | 6点 | 名も知れぬ牛の血 ノエル・カレフ |
(2022/09/17 07:20登録) (ネタバレなし) 「俺」ことロジェ・ケルディックはフランス系、「奇跡のキッド」の異名をとる26歳のライト級プロボクサーだ。キャリア10年のロジェは、欧州チャンピオンのペーター・ハネッセンを倒して王座につく。ロジェは、美人だが貧しい家の出で現金に強い価値を見出す愛妻エレーヌのために、これまでの拳闘生活で稼いできた貯金の大半2万5千フランを札束に変えて、祝いの席に用意するつもりだった。だがそんな矢先、ロジェは勝利直後の控室で、大人気映画女優ヴァイオレット・アミーといきなり対面して驚愕。ヴァイオレットは言葉少なく、明日の自宅への誘いを残してすぐに退散した。ロジェは妻との約束よりもヴァイオレットとの邂逅を優先して指示されたアパートに赴くが、そこでは予想もしない出来事が待っていた。 1960年のフランス作品。 いかにも観念的な響きのある(そしてどこか厨二的な感じの)邦題が、大昔の少年時代から気になってはいた。それがいつの間にか『ミラクル・キッド』なるシンプルな題名にかわっていたのに気づき、しばらく前に苦笑したものである。 で、そろそろいい加減読もうと思って、半年ほど前に安い古書を入手。評者にとっては『死刑台のエレベーター』に続く二冊目のカレフの作品として読み出したが、なんかアルレーの巻き込まれ型サスペンススリラーみたいで、予期していた以上に分かりやすい筋立てにびっくり。期待していた観念のソースめいた文芸要素はどこへ行った? なお主人公ロジェが自分の分野で十分以上の成功者(美人の愛妻との絆もふくめて)ながら、さらに図にのって、いきなり現れた映画スターの美女に、向こうもスターなら今ではチャンピオンとなったこっちもスターだとばかりの欲目を出してしまう人間臭さは悪くない。奥さんのエレーヌのことは今でも本気で愛しているのに、別腹で情欲を抱いてしまうあたりのホンネぶりが導入部になるのは、ちょっと面白かった。 中盤からの展開は、やや力業なストーリーテリングながら、さらに王道のサスペンススリラーになっていく味わい。完全に体育会系の主人公だが、ちゃんと一応はアタマを使った駆け引きも見せて、自分に害する相手と渡り合う図などには好感がもてる。 でもって、後半~終盤の展開は……ああ、(中略)も含めて、そういうことだったのね、という感じ。結局、思っていたよりストレートでジャンルの枠内に留まった(良くも悪くも)作品であった。 全体の評価としては、佳作、というところか。60年以上前の時代の作品として、とある分野の文化事情が語られるのは(ウソかホントか知らないが)ちょっと興味深くもあった。 ちなみに創元の旧題の方で読んだけど、巻頭のあらすじ~解説の最後の数行はネタバレで余計なこと? を書いてあるので、少なくともソコは読まない方がいいかも。 これも少年時代から気になっていてようやっと読んだ一冊だが、ああ、こういう話だったのねという、いつもの種類の感慨が湧く、そんな中味であった。 |
No.1599 | 6点 | 日曜日は殺しの日 天藤真&草野唯雄 |
(2022/09/16 15:21登録) (ネタバレなし) 小学校の教師で26歳の小野友季子は、やはり教師の夫の道夫を、とある日曜日にいきなり失う。それは、岡本病院に所属する青年医師・村中が、急患として担ぎ込まれた道夫をあまりにも杜撰に診察・処置したことが事実上の死因だった。公的に村中の不誠実さを追求できないと認めた友季子はやり場のない憎悪の念を募らせるが、そんな彼女に一人の女が接触してきた。 1983年に病気で物故した天藤真が亡くなる寸前まで執筆中だった未完成の長編を、同期作家で親友でもあった草野唯雄が完成させた作品。病床の天藤は、もしも自分が本作を完成させられなかった場合は草野にあとを頼んでくれと家族に願い、草野当人もこれを快諾。天藤は結末までのプロットメモなども残していったそうなので、この手の補筆作品としては、かなり密な連携が図られているといえる。 とはいえちょっと複雑な作品完成の経緯ゆえか? 本作はいまだ、元版のカドカワノベルズ版のみの刊行。同社や創元での文庫化などもされていない、ちょっとレアな作品。 それで気になってこのたび、読んでみた。 メインヒロイン主人公である友季子の憎しみがどういう方向に向かうかは、ノベルズの表紙裏折り返しのあらすじにも書いてあり、このレビューで触れてもネタバレにはならないと思うが、一応、未読の人のことを考えて割愛。ただ、よくある定型のミステリテーマのひとつをひねったところから物語が動き出す(それ自体は読者視点ですぐわかる)、とだけ書いておく。 友季子側の視点で物語が語られる一方、やがてストーリーに介入してくる35歳の独身刑事で「鬼瓦」と異名をとる好漢の警部補・大滝光雄と、その若い部下・吉沢がまた別のサイドのメインキャラクターになる。 友季子側のストーリーが地に足のついた(物語の現実感、非現実感はともかく)叙述なのに対し、大滝側の描写がえらく軽妙なのはアンバランスな感じもあるが、その辺はたしかに一部の天藤作品っぽい舌ざわりでもある。 後半の二転三転の展開、やがて暴かれていく物語の妙はややややこしい。例によって人物メモを作りながら読んだので、なんとか最後まで食いつけたが、さらにできればこれから楽しむ方は、人物相関図などまで書きながら読み進めた方がいいかもしれない。 まあこの辺の一見、口当たりのよい軽めの作品のように見えて、実は存外に手強いというのは、いかにも一時期の天藤作品らしいが。 いずれにしろ、すでに鬼籍に入られた両作家のお仕事と友情のほどに敬服。 (末筆ながら、本作の完成までには、やはり天藤と親しかったもうひとりの作家で、当時小田原在住の、川辺豊三の協力もあったらしい。) |
No.1598 | 5点 | 五浦海岸殺人事件 中町信 |
(2022/09/15 05:37登録) (ネタバレなし) マイナーな本格ミステリ作家で34歳の人妻・三城雅子は、夫の久男をゴルフ旅行に送り出す。高校時代からの旧友ふたりとゴルフを楽しむ予定の久男の目的地は、茨城県の五浦(いづら)海岸の周辺だ。同地には雅子の一歳年上の友人で、人気ミステリ作家・柿沼千左子のマンションもあった。その地には千佐子の義父で、大会社社長の柿沼徳次郎も顔を見せるという。そんな五浦で、徳次郎を襲った強盗事件が発生。その関連で殺人事件が発生したらしく、夫の久男も容疑者の一人になっていると雅子は知る。 書き下ろし長編。 強盗事件とほぼ同時に殺人事件が発生。そこで盗まれた二千万円の現金の行方や、主犯と思われる人物のほかにさらに共犯がいたのかなど、錯綜する事件を叙述。やがて中盤には、この作者らしく密室殺人まで登場するサスペンススリラー風のパズラー。 文章そのものはこの時期の中町信らしく読みやすいが、一方で例によって叙述がところどころ雑で、こちらの読み落としでなければメインキャラの一人であるダンナの久男の職業すら触れられてない? ほかにも、いや、そーゆーコトはさっさと発想するだろ? という要点に主人公の雅子が気づいていなかったり、全体的にやや残念な出来。 中盤、『白雪姫』のビデオ(フツーにディズニーのアニメ映画らしい?)をネタにした、ダイイングメッセージ? とかのくだりはちょっと気を惹かれたんだけれど。 それでも量産体制に近い創作シフトに入った時期の作者の作品としては、それなり、そこそこの歯ごたえを感じさせる部分も……正直、あるようなないような。 ただまあ、出来がいいとか特化した賞賛ポイントがあるとかはとても言えないが、なんか嫌いになれない一冊ではあった。 (あとから事象を整理すると、偶然が多すぎるということになると思うが。) 評点は、正に「まあ楽しめた」なので、この点数で。 |
No.1597 | 6点 | 夜のエレベーター フレデリック・ダール |
(2022/09/14 15:46登録) (ネタバレなし) 「ぼく」ことアルベール・エルバン青年は、6年ぶりにパリに戻った。ときはクリスマスの時節。今は亡き母とかつて暮らしていた懐かしいアパートを訪れたアルベールは、やがて街中でひとりの美しい女性とその娘の幼女に出会う。その美貌の女性の容姿は、アルベールが以前によく知っていた別の女性を想起させた。 1961年のフランス作品。 故・長島良三が原書を読んで惹かれて、特に日本国内で出版の話もないままに私的に翻訳していた作品だそうである。その訳文の原稿が長島家の周辺から発見され、関係者の了解と企画推進のもとに今回の邦訳刊行になったそうで、こういうケースは、さすがになかなか珍しい。 作品は文庫本で200ページ前後の短い長編ながら、繰り返されるヒネリのある、相応に中身の濃い内容。 ただし一方で、すでにダールを数冊読んでいるなら、良くも悪くもいつもの職人芸的なトリッキィさという感じも強く、そういう意味ではソンな面もある一冊。悪く言えば、想定内の振り幅から大きく外れない、というか。 逆に言えば初めてフレデリック(フレドリック)・ダールの作品を読む人になら、これはかなり適した長編かもしれない。 インターネットの感想で先に言っている人もいたし、解説でも触れられていたが、どことなくアイリッシュを思わせる、ユールタイド(クリスマス・シーズン)らしいパリの抒情性が印象的。そんななかで生じる主人公アルベール周辺の寂寞感が、他のダールの諸作とはちょっと違った触感で味わい深い。佳作。 ちなみに、今度刊行されるH・H・ホームズの『密室の魔術師』(「別冊宝石」の高橋泰邦の旧訳を引っ張り出してきたようだ?)などと合わせて、今年の扶桑社文庫は良い意味で(?)新規翻訳の外注経費をかけないで(?)、広義の海外クラシック発掘を積極的にやっているようで、これはこれでなかなかヨロシイ。 特に「別冊宝石」の旧訳で書籍化されてない作品は、今後もどんどんこのように文庫に入れてほしい(最低限、21世紀の視点で原書との付き合わせの上での完訳の確認、さらに編集者による適宜かつ的確な推敲などもしてもらうとして)。 |
No.1596 | 7点 | アキレウスの背中 長浦京 |
(2022/09/13 18:56登録) (ネタバレなし) 2020年代の近未来。英国の国家公認ギャンブル業「ブックメイカー」に倣って、日本でも同制度が導入され始める世界。内外の各種スポーツ界には、一般市民の新たな種類の興味の眼が向けられていた。そんななか、警視庁は、特殊な事件ごとに各方面から人材を集めて捜査チーム「MIT」を編成するタスクフォース型の方針を採っていた。今回、4人の若手捜査官チームの主任となった29歳の下水流悠宇(おりみず ゆう)警部補は、国際的なスポーツ用品業界に深く関わる組織、スポーツ総合研究所「DAINEX」の案件に介入する。そこで悠宇たちが見たものは。 評者は長浦作品は『リリー』に次いで二冊目。 今回はまったくフリで、現物を見て面白そうなので手に取った。 内容は21世紀の社会形態(設定上はちょっとだけ先の未来だが)を題材というか舞台にした組織論、人脈論などを大きなテーマのひとつにした、良くも悪くもよく見かけるタイプの今風の警察小説。 ただしヤンエグ(死語か)である女性主人公・悠宇の過去の肖像と現在の葛藤と活躍、そして何より成長ドラマが語られる、ちょっと高めの年齢のキャラクターの青春小説にもなっているのが特徴。 主要な登場人物連中は全体的に、程よいさじ加減で作者がそれぞれに愛情を込めて書いている感じで、読んでいてちょっとだけスレたつもりの読者(ホントか?)であるこっちは気恥ずかしくなるところもあった。 だが大枠では、現実の塵芥のなかでまっとうな倫理やヒューマニズムを訴えて何が悪いと言わんばかりの作者の胆力が勝ちを収めた感じで、そういう意味でもかなり正統的な、青春小説っぽい。 重要なメインキャラクターのマラソンランナー、嶺川も、彼を支援する年配のスタッフ連中も魅力的なキャラクター。捜査陣の面々もおおむね印象がよい。 主人公の悠宇は、またいつかシリーズものの続編として再会したいなと思う一方、ここで彼女の成長の物語の一区切りを見終えたい(このあとの余計なことは見なくてもいい)とも思える、そんなデリケートな印象のキャラクター。つまり個人的には、かなりいい人物造形だと思う。 |
No.1595 | 7点 | ブルックリンの死 アリッサ・コール |
(2022/09/12 16:18登録) (ネタバレなし) 21世紀、現代のニューヨークのブルックリン。「わたし」こと、ここで育ったシドニー・グリーンは30歳の独身の黒人女性。最近は特に不動産業者の動きが活発で、彼女の周囲ではなじみの住人や店の経営者がどんどん入れ替わっていた。そんななか、近所の住民サークルに参加するシドニーは、「ぼく」こと最近近所に越してきた白人の青年セオとともに、地域の歴史について探求する流れになる。だがそこで彼らが知った驚愕の事実とは。 2020年のアメリカ作品。2021年度のMWA最優秀ペーパーバック部門賞、ストランド・マガジン最優秀新人賞を受賞したばかりのチャキチャキ(死語)の新作。 作者は本格的な長編ミステリは本作が初のようだが、すでに多数のロマンス小説(SFっぽい内容のもあるらしい)で著作の実績がある中堅作家らしい。文庫裏表紙ジャケットの折り返しにある著者の写真を見ると、主人公の片方シドニーを思わせる才女っぽい黒人の美人作家の近影が載っている。 物語は女性主人公シドニーと、以前から有色人種が多く暮らすブルックリンの町に越してきた白人青年で恋人に捨てられたもう一人の主人公セオ、このふたり双方の一人称で叙述。両主人公の担当パートは章単位だが、流れによっては二回以上同じサイドで続くこともある。 さらにその二人の一人称の合間合間に、地区住民によるSNSでの会話が逐次、抜粋形式で挿入され、事態の推移を読者に向けて立体的に開陳。 文庫本で500ページ近い厚めの一冊だが、そういった叙述の工夫やこなれた翻訳の読みやすさもあってリーダビリティはかなり高い。一晩で頑張って読み終えてしまった。 作者は達者な筆遣いで、多数かつ多様な登場人物を物語の前面に出し入れ。ブルックリン周辺で何かが起きているその緊張感をじわじわと伝えながら、一方で主人公ふたりの関係を主軸にしたミニマムな見せ場などもふんだんに用意する。 19世紀からの奴隷制・人種差別問題、地域の区画整理の陰の汚職、格差問題など社会派的なテーマを積極的に盛り込みながら、最終的にどこに着地するのか……という興味で読んでいったら、終盤はかなりぶっとんだ方向にまで話が広がって、はあ!? となった。 (とはいえ、そこへ行くまでにも前哨戦的にアレコレあり、テンションの高め方は結構なテクニックだと思える。) 評者はもちろんまったく初見の作家で、単純にネットで内容(サワリの)紹介を見て読んでみたが、予期していた以上に楽しめた。今年の翻訳ベスト5には入らないと思うが、ベスト10なら考慮したい程度の出来。 なんとなくアメリカ大都市の一部の社会の現状も覗けたようで、そういう意味での興味も少なくない(まああくまでフィクション、の部分もあろうが)。解説にも書かれているが、街中に設けられた市民用の共同農園の話題など、たぶん本書で初めて意識した。 佳作~秀作の都会派スリラー、ちょっとだけトンデモ系。面白かった。 |
No.1594 | 7点 | 残星を抱く 矢樹純 |
(2022/09/11 08:07登録) (ネタバレなし) 37歳の専業主婦・青沼柊子。彼女は5歳の幼稚園児の我が子と二人だけで、山間へのドライブに出かける。だが思わぬ事件と身の危険に巻き込まれ、命からがら幼児とともに生還した。柊子は事件のことを夫の哲司に告げようかとも思ったが、過去のある出来事も関係して、逡巡してしまう。そんな彼女の周囲に不審な人物が出現。さらに夫の上司からかかってきた電話が、柊子をさらに劇的な状況のなかへ導いていった。 読んでる間はとにかく面白かった。いま目の前にタイムマシンがあれば数十年前の世界に行って、テレビシリーズ「火曜日(土曜日)の女」の局側プロデューサーに、ここにおたくの番組に恰好の原作がありまっせ、と本書を強引に押し付けてきたいような、そんな気分である(笑)。 でまあ、得点法的にはウハウハな、ノンストップ・サスペンス編であったが、それとは別に思うこといくつか。 なるべくネタバレにならないように、以下、箇条書きしたい。 ・中盤~後半の、主人公が出先でうまいものを喰い、風呂に入る時の長々とした克明な描写はなんだろ。くだんのシーン周辺での一時的なダブルヒロインものっぽい描写とあわせて、書き手の方が、さあ、旅もの番組要素もありますよ、食い物番組要素もありますよ、人気の中堅女優をキャスティングできる、熟女の入浴シーンも用意しましたよ、だからテレビドラマ化してくれ、版権料は奮発してくれと言っているようで、やや引いてしまった(笑・汗)。設定もストーリーそのものも、とてもテレビドラマに向いている作品だとは思うが、作者の方からそういうイロケに走る(?)のは、なんか違うように思える。 ・最後の方に明らかになる「作戦(?)」に関しては、いや、それこそ無理筋でしょう。(中略)が当人なりの理由を語って(中略)を説得したところで、とても成立するとは思えない。だって……(以下略)。 ・ラストで明かされる某メインキャラの素性というか文芸設定は、それで確かに文芸的には作品を固めた気はするんだけど、すんごい唐突感は免れない。ただまあ作者もその辺は百も二百も承知で大技を見せた気配もあるので、まったくダメということはないのだが。う~ん……。 ・で、なにより一番、感じたこと。 評者はこの作者の作品はまだ『がらくた少女』一冊しか読んでないのだが、ただしそっちでは相当のインパクトを覚えており、同作の一番のポイントの部分は、4~5年経ったいまでもすごく鮮明に印象に残っている。 そして、ああいうケタ外れにオフビートな(いい意味で、だが)作品を書いた人の新作ミステリとしては、良くも悪くも今回は本当に全体的に手堅く攻めた、作法的にオトナな一冊だったなあ、という思い。まだたった一冊しか既刊を読んでないくせにアレコレ言うのもナンなんだけど、矢樹作品って、もっともっと毎回、どっかイカれたものが来る予感があったので。 (くどいようだが重ねて、まだ二冊目の段階で、作家のカラーについてどうこうを語るのはおこがましいだろと言われれば、まったくその通りなのですが・汗。) 評点は先に書いた、何はともあれ面白かった、の側面を重視してこの点数で。 とにもかくにも、一時間枠で5~8回くらいの連続ドラマにして、よっぽど演出と配役をハズさなければ、かなり楽しめるものができるだろうとは確信する。 |
No.1593 | 7点 | その殺人、本格ミステリに仕立てます。 片岡翔 |
(2022/09/10 07:14登録) (ネタバレなし) あらすじを書かない方がいいタイプの作品だと思うので、今回はソレも省略。 とにかくこのユカイな題名に釣られて、読んでみた。 一種、技巧派フランスミステリを思わせる趣向で(?)途中までの物語は進行するが、文体や叙述のノリがそういった方向性に合致しない印象で、正直、半ばまでは、やや退屈であった。 ユーモアギャグっぽいネタも、ところどころ、ココで笑わせようというのは分かるのだが、笑えない、的な意味で引っかかる(汗)。 だ・が、中盤になって本筋の流れに突入してからは、鮮烈な加速感が増加。 それまでの伏線を回収しまくり、自由闊達なロジックで疑問や矛盾に応えていく終盤の謎解きのパワフルさに圧倒された。 (なお評者は、ミスディレクションのひとつぐらいは見破ったが、それは事前に勘付いてもなお、ニヤリとできる種類のもので、この辺も本作の魅力の一端。) 最終的には堂々たるフーダニットパズラーに着地しながら、それでも小説の旨味の方がそれより上に来る感じで、結構な力作であり、同時に好編だと思う。 ところどころであざといほどに、ここで読者の心のツボを刺激しよう、ここで(中略)もらおうという作者の欲目も見えるが、それが全体的に嫌味にもいやらしさにもなってない(評者の主観である)のは、本作の長所といえるだろう。 作者は映像関係の方で、演出と脚本の両面ですでにかなり活躍している人だそうで、最終的なバランス取りの良さには感心する。 (それだけに~作者が何をしたかったのか何となくわかる気もするが~前半の迂路ともいえる? 叙述が少し残念。) いずれにせよ、パズラー分野での今年の収穫のひとつとはいえるだろう。 シリーズ化に関してはちょっとあれこれ思う所もあるが(詳しくはいえない)、またこの探偵役のキャラクター(表紙の女子)に会えるといいなあ。 |
No.1592 | 7点 | 呪いと殺しは飯のタネ 烏丸尚奇 |
(2022/09/08 07:15登録) (ネタバレなし) 7年前に期待の新鋭ミステリ作家としてデビューした「俺」こと烏丸尚奇は長編3作目で、ミステリ創作者としての自分の限界を早くも痛感した。そして33歳のいまでは、路線変更した伝記作家として、そこそこ波に乗っていた。そんなある日、なじみの若手女性編集者・長尾澪を通じて新たな仕事の依頼がくる。それは大企業「ミヤマ・コーポレーション」の創業者で故人の深山波平の伝記を自費出版するので、その原稿を書いてほしいというものだ。そして取材に向かった深山家の周辺には、何やら奥深い秘密の気配が漂う。烏丸はこの取材で、久々にミステリ創作の題材を得られそうだと喜ぶが。 昭和のB級謎解きスリラー、ただし結構出来がいいヤツに出会った感触で、なかなか面白かった。 終盤のドンデン返しの波状攻撃など、ノリの良さで読者を引き込み丸め込む感じで、気が付いたらイッキ読みしている。 (ちょっとだけ、登場人物の後半の行動にヘンテコな個所はひとつふたつあったが。) 終盤のまとめ方もある意味でのお約束だが、個人的には、作者がこういう方向を選択した上で、なかなか味わい深いクロージングを用意できたという印象。 ひと晩、時間がそんなにないなかで、新作ミステリでそれなりの楽しみを得ようと言う向きには、結構いい一冊かもしれない。 評点は0,5点くらいオマケして。 評者も、今後どういう方向に行くのかな? という種類の関心も込めて、シリーズ化を期待します。 |
No.1591 | 7点 | レーテーの大河 斉藤詠一 |
(2022/09/07 19:41登録) (ネタバレなし) 昭和20年8月10日の満州。迫りくるソ連軍の猛威のなか、若き帝国陸軍中尉・最上雄介と石原俊彦は軍用列車を用いて駅に集まる民間人を少しでも救おうとするが、上層部の謎の命令を受けてやむなく軍務を優先。せめてものこととして3人の男女の児童を助けた。それから18年。オリンピックを目前に控えた東京では、かつて満州で命を救われた今は28歳の青年・天城耕平たち3人の若者、そして自衛隊と防衛庁という場で活躍する最上と石原の前に、激動の運命が待っていた。 今年の新刊。評判がいいので読んでみる。 評者はこの作者の作品は、乱歩賞作品『到達不能極』について二冊目。 賛否が割れた印象のある『到達不能極』に関しては、やや大味ながら結構面白く読めた評者だった(一番近いところでいうと、柴田昌弘の一時期の単発中編SFコミック~『ローレライの魔女』とか~みたいな触感)。 今回は昭和の裏面史を語る内容で、プロローグは終戦直前の満州、本編が昭和30年代後半の高度成長時代の東京という流れである。 先にAmazonの無神経なレビューで、重要なキーワードのひとつをネタバレされてしまったので(怒)、事前の興が薄れたきらいもあったが、一方で「そういう話」なら読んでみるかと思った部分もあり、手に取った。 登場人物の頭数は多くなく(脇役のモブキャラにはあまり名前も与えない作者の配慮もよろしい)、紙幅も大き目の活字で一段組、300ちょっとページも物語の広がりの割に短めなのでとても読みやすい。 その分、今回もやや大味で荒っぽい展開という印象はあるが、そんな反面で作者が自分で気に入ったキャラクターへの踏み込み、書き込みは妙な味があり(たとえば、主人公のひとり・耕平が出会うキャバレーの客引きなど)、その辺はエンターテインメントとしてよろしい。 ある意味で本当の主人公と言える、昭和前半期の時代そのものは相応に書き込まれていて作者の奮闘は評価したいが、それでもどこか21世紀の視線からの、ある種の憧憬や観念めいたフィルターを重ねて語った、時代・世相の描写になっている面もある。 ただし1964年オリンピックの歴史に秘められた闇の部分への言及は、まぎれもなく昨年の汚濁にまみれたオリンピック企画への現代的な風刺の投影だろうから、この創作スタイルというか作法は、それはそれで意味のないものではない。 クライマックスのサスペンス活劇の熱量はそれなりのものだが、一方で巷で絶賛されている? ほどのものでもないなあ、という思いも。むしろちゃんと最後まで押さえ込んだクロージングの方が好感を抱く。 全体として、今年の(国産ミステリ上位の)収穫、などという高評などはとても首肯できないが、それなりには楽しめた佳作(ギリギリ秀作)という印象。 『点と線』や『オリエント急行の殺人』が作中に登場し、その一方はごくちょっとした小道具になるのも楽しい。 評点は0.5点くらいオマケ。 作者は今後、打率は悪くない作家になってくれそうなので、未読の既刊作品、さらには次作もしっかり楽しませていただこう。 |
No.1590 | 6点 | 時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2 大山誠一郎 |
(2022/09/06 15:33登録) (ネタバレなし) テレビドラマ化までされて巷ではそれなり以上の人気シリーズの二冊目だと思うが、本サイトではいまだレビューもない。 シリーズ前巻は、このサイトでは、どこかで読んだものが多いという主旨を軸に、ややきびしめの評価をされた感じであった。 評者的には前巻の時点ではそんなに気にならなかったが、今回、そんなものかな? と改めて意識してみると、なるほど、既視感の漂う作品もいくつか。 ただしこれは、具体的にどの作家のかの作品に似ているというより、21世紀の時代にこういうレベルのアリバイトリックで各作品をまとめられるなら、たぶんおそらくどこかに類作は存在していそうだというそんな気配というか観測、そういう感慨がおのずと生じるような作りだからである。 とはいえ良い意味でクセのない愛らしい系の名探偵ヒロインと、彼女に秘めた思いを抱くワトスン役刑事との掛け合いは、ある種のトラディッショナルな連作謎解きミステリの空気をもたらして心地よい。 もはやミステリの鬼(笑)たちからは見捨てられたシリーズかもしれないが、評者などはもうしばらく付き合っていきたい連作ミステリだ。 今回は全5編の中短編が収録されているが、面白かったのは逆転の発想が生きる第1話と第3話(特に後者)。さらにヒロインの時乃の高校生時代の回想編で、先代名探偵のおじいちゃんの活躍編でもある第5話はクロージングまでの流れも含めてちょっと良い感じ。ほかの2本も悪い出来ではない。 前巻とあわせて、正に良い意味でミステリ入門者に読ませるには最適のシリーズだと思う。 そして自分のような冊数をそれなりに読んだ(実にいい加減な体系のミステリ読書歴だが)者でも、それなり以上の感興は得られるのではないか。 (キャラクターも謎の主題の絞り込み方もまるで違うが、赤川次郎の初期の佳作連作集『幽霊列車』あたりに通じるものもあるかもしれない。) |
No.1589 | 8点 | ジゴマ レオン・ザジ |
(2022/09/05 16:52登録) (ネタバレなし) 20世紀初頭(おそらく)のパリ。その夜、ル・ペルティエ通りで、「モントルイユ銀行」の頭取モントルイユが何者かに襲われて重傷を負う。パリ警視庁の捜査の結果、容疑者は、事件の深夜に頭取宅を個別に訪れた青年実業家アルベール・ロランと、社交界の伊達男フォスタン・ド・ラ・ゲリニエール伯爵のいずれかに絞られた。やがて重態のモントルイユはその一方が犯人だったと指摘するが、なぜかその直後に態度を変えて容疑者の推定を撤回。そのまま弱るように死亡する。この状況に不審を覚えたのは頭取の遺児で弁護士のラウールと医師のロベールの兄弟。そして警視庁治安局の敏腕刑事長ポーラン・ブロケだった。そして彼らは事件の陰に謎の強盗団「Z団」とその黒幕らしき怪人「ジゴマ」の存在を認めるが。 1910年のフランス作品。1909年から翌年まで大衆向けの新聞「ル・マタン」に連載された新聞小説。 今回が初の完訳で、紙幅はハードカバーの上下本でほぼ1000ページにも及ぶ大冊。 日本ではかつて久生十蘭の手で一応の翻訳が出ていたが、実際には原書の6分の1ほどの長さの半ば創作訳だったようである。 古典ミステリ史を嗜もうという原動、数年前に完訳が出た類作『ファントマ』が面白かったという記憶、そして何よりこういうジャンルの作品そのものに関心がある評者は今回の完訳出版を機に大部の長編に挑戦してみたが、邦訳の本文はやや大きめの級数の活字で一段組、そして場面によっては会話もかなり多めなのでスラスラ読める。何といっても翻訳が滑らかなのが、まずよろしい。誤植の類も少なく、気づいた限りではこのボリュームで脱字が一字だけだったから、かなり優秀な編集で校正だろう。 物語は謎の怪人ジゴマ率いる闇の強盗団Z団と、パリ警視庁随一の刑事と評判をとるプロケ率いる警視庁治安局との戦いを主軸に、メインキャラであるモントルイユ家の青年兄弟、さらには同世代の女子・令嬢たちのロマンス譚や苦境ドラマなどにも広がり、そのパノラマ感は並々ならない。(ただし表の顔であいつが謎の怪人ジゴマの正体ではないか? と目をつけられる人物は早々と登場し、以降は絶妙な緊張感のなかでストーリーが進行する。) 不屈の念で何度も何度も凶賊に挑んでいくプロケのキャラクターもかなりスゴイ。 ミステリ的にはドイルやルブランなどから影響を受けたか? と思われるようなトリックやネタがふんだんに登場し、後発作品として原典からのアレンジ具合もなかなか楽しい(ここまでなら、ぎりぎりネタバレには、なってないと思うが)。 物語そのもののパワフルな起伏感と合わせて、複合的なミステリロマンに触れる楽しさが満喫できる。 さらに解説でも指摘されているが、警視庁治安局のプロケの部下の面々の活躍ぶりは、フランス警察小説の歴史の上で見落とせないものなのだとも実感する。 愉快なのは本作の物語世界はホームズやニック・カーターも実在する世界観という設定らしく、劇中の人物は嘘か本当か彼らとの関係性まで披露する。この辺は数年前にホームズ(ショルムス)を自作世界に呼び込んでいた先輩ルブランに倣ったものか。 終盤では作中世界に秘められていたかなり衝撃的な真相が明かされて読者の度肝を抜く一方、受け手目線で実に大きな関心のひとつが明かされず次巻以降に持ち越される。最終的に本編6冊、新世代編的な別巻1作の長期シリーズになった「ジゴマ」だそうなので、作者も連載時の反響の良さを見てこれはしばらく飯のネタになると、シリーズの長期化を図ったのであろう。詳しい事は丁寧で読み応えのある、下巻の巻末の解説で。 で、その解説は本国での文学史的事実、映画を介した日本での大反響ぶり、さらには昭和末期の特撮少年探偵団もの番組『じゃあまん探偵団 魔隣組』の話題にまで触れていて楽しいが、あとできれば『オバケのQ太郎』のQちゃんがテレビ出演する回についても言及してほしかった。やはり世代人にとって「Z団」と言ったら『オバQ』の名セリフ(?)「おれはZ団だ」だよね?(笑) ちなみに本作は国書の新叢書「ベル・エポック怪人叢書」の第一弾。続刊にガストン・ルルーの怪人シェリ=ビビ(評者は現状、ほとんど知らない)や、数年ぶりの完訳登場となる「ファントマ」シリーズなどが予定されていて、それぞれ楽しみである。 評者なんかその名前のみ知る(実は大昔に日曜映画劇場で、現代設定の映画版だけは観たことがある)「ロカンボール」ものなんかも出ないかと期待しているので、関係者には叢書の継続の検討もぜひぜひ願いたい。 【追記】 大事な? ことを書き忘れていたので、ちょっと。Amazonのレビューですこし触れている人もいたが、20世紀初頭のほぼ現代文明のフランスでは、まだ「決闘」が公式な文化的な社会行為として公認されていたのに、かなり驚いた。改めてしっかり読めばルブランの諸作などにも書かれていたのかもしれないが、評者的にはそちらではそんなに出会った記憶はない。本作では物語の要所でポイント的に決闘の描写が散在し、モノを知らない評者をびっくりさせる。この辺りの文化事情をちょっと調べてみようか。 |
No.1588 | 7点 | ギャンブラーが多すぎる ドナルド・E・ウェストレイク |
(2022/09/03 17:15登録) (ネタバレなし) 1960年代(たぶん)のニューヨーク。「おれ」こと29歳のタクシー・ドライバー、チェット・コンウェイは、競馬やカード・ゲームなどのギャンブル好きだ。ある日、偶然に乗せた紳士から勝ち馬の情報をもらったチェットは、大穴の勝率で1000ドル近い儲けを得た。チェットは大穴の馬を、なじみのノミ屋トミー・マッケイに賭けていたので、電話をかけたのちにお金を貰いに行くが、マッケイのアパートで出くわしたのは何者かに惨殺された彼の死体だった。チェットはなんとか自分の配当金を、マッケイの属するシンジケートの筋から回収しようとするが、思わぬトラブルが向こうの方から次々とやってきた。 1969年のアメリカ作品。ウェストレイクの同名義での長編11冊目で、作者の転機となったコメディ・スリラー『弱虫チャーリー、逃亡中』をすでに上梓した時期の作品。本作の翌年にはドートマンダーものの第一弾『ホット・ロック』も書かれるので、正にユーモア&ギャグ&スラプスティック路線に方向転換した作者の躍動期の一冊である。 主人公チェットが、序盤から思わぬ知人の死体に遭遇。この手の設定で開幕する巻き込まれ型ミステリのうちの90%では第三者または警察に殺人犯と誤認され、そのまま逃亡という流れになると思うが、チェットの場合はさっさと警察を呼び、自分の潔白を理解させる。このあたり、地味に変化球でよろしい。 しかし一方でやはりこの手のミステリのパターンなら、成り行きでアマチュア探偵になりそうなものだが、当座のチェットにはそんな意識はなく、頭にあるのは配当金の回収だけ。それがモタモタしているうちに、暗黒街の筋やら、マッケイの妹の美女でラスヴェガスのディーラーであるアビーなどが登場し、チェットに接触。話がどんどん転がっていく。 半世紀前の旧作だけに途中のツイストなど、今ではどんでん返しの効果が弱くなってしまった面もちょっとあるが、全体的にハイテンポで筋運びは快調。事態の流れからアビーとお約束の共同戦線を張ることになるチェット、彼らが出会う適度にクセのある連中とのやり取りも楽しめる。 それでも終盤は連続するクライシスの果てに、関係者を集めてアマチュア探偵さてと言い、のパターンになるが、本作ではそんな状況の組み立て方、そして正に意外な犯人! が非常に楽しい。さすがにガチガチのフーダニットパズラーではないが、それでもウェストレイク、ちゃんとミステリファン向けに仕込みをしておいたよ、とほくそ笑んでいる図が目に浮かぶようだ。 木村二郎氏の翻訳も軽快。こーゆーものの発掘翻訳は本当に嬉しいと思っているが、今年はさらに論創社からも近い時期のウェストレイク作品の発掘がもう一本あるようで、実に素晴らしい。残りの未訳作品も続けて出しておくれ。『サッシー・マヌーン』も、そろそろ本にしておくれ。 |