デス・トリップ 私立探偵ピーター・マクグラス |
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作家 | マイケル・ブレット |
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出版日 | 1985年03月 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | |
(2023/04/19 07:10登録) (ネタバレなし) 「おれ」ことニューヨークの私立探偵ピーター(ピート)・マクグラスは、元カノの美人モデル、エレイン・ファーノールから相談を受ける。それは4カ月前に事故死したとされる、エレインの友人ベヴァリー・ハルショーに関するものだった。ベヴァリーは死んだ当日、LSDパーティに参加し、精神の均衡を失ったなかでビルの高い階から転落したと思われていた。だがそのベヴァリーの死後、ルームメイトのエレインの周辺が家探しされ、故人の遺品が散策されるなどの不審な気配がある。それで友人の死に事件性を感じたエレインは、再調査をマクグラスに求めたのだ。依頼に応じ、当日のLSDパーティの主催者や参加者に接触するマクグラスだが、そんな彼の周囲には続々と死体の山が築かれていく。 1967年のアメリカ作品。 1966年歳末~68年のわずか2年強のあいだに、いっきに10本もの長編作品が執筆刊行され、そしてその後、まるで嵐が過ぎ去るようにアメリカのミステリ文壇から完全に消えてしまった作者マイケル・ブレットによる、私立探偵ピーター・マクグラスものの第6長編。 ちなみに本シリーズの邦訳は現在まで、河出書房新社の叢書「アメリカン・ハードボイルド・シリーズ」に収録された、この本作しかない。 その叢書「アメリカン・ハードボイルド・シリーズ」の企画主幹で監修者の小鷹信光が、1970年代の前半からミステリマガジンの連載エッセイ「パパイラスの船」などで、まったく未訳のうちから話題にしていたシリーズである。 だからその程度には、評者のような世代人ミステリファンには馴染みがあるシリーズだが、まあ2020年代の現在では、ほとんど無名な、忘れられた作家で私立探偵ヒーローで、そして邦訳作品であろう(苦笑)。 (ただし、くだんの「パパイラス」や、本作・本書の巻末の解説で紹介された、マクグラスシリーズ全10作のそれぞれの梗概をざっと覗くと、けっこう面白そうなものがいくつかある。) その紹介を務めた小鷹本人も語るとおり、主人公の私立探偵マクグラスのキャラクターそのものにはさしたる深い書き込みの類などはなく、事件のなかで真相の解明に努めてときに命がけの防衛戦にあたる、あくまで役割ヒーローだが、それはそれとして動的な物語の筋立てと、そのなかで運用される探偵ヒーローとの的確なマッチングは、なかなか心地よい。 マクグラスは周囲の人間との距離感や互いの絆も、また内なる良心も、そして社会常識もかなり真っ当でクセがない(NY市警の友人であるダニエル・ファウラー警部との連携も潤滑で、極力、小細工なども避けて、事件の情報も適宜に官憲側に提供する)ので、ほとんど個性は強くない。 先輩の私立探偵ヒーローたちでいうなら、記号要素をあまり実感できない、マイケル・アヴァロンのエド・ヌーンあたりに似ているかもしれない(まあ本書一冊読んだだけなので、そう多くの情報が得られたわけでもないのだろうが)。 ただしそれだけに、本作のようなちょっとヒネった決着(もちろんここでは詳しくは書かないが)の場合、地味で無色感の強い私立探偵の迎えた事件の終焉が、妙にしみじみダイレクトに読み手の胸に染みて来る趣もある。主人公のクセのない等身大さゆえに、読者の共感を妙に手繰り寄せる感覚というか。この辺をもし書き手の計算で演出しているなら、結構な手際、ではある。 (もしかすると、その辺りの長所ゆえ、シリーズ全10作の中から本作が代表篇としてセレクトされたのか?) マクグラスが調査に歩き回る際、彼の視界にたまたま入るモブキャラの点描、たとえば夫婦喧嘩とか、恋人同士の愛のささやきとか、そういったニューヨーク市街の情景の断片を随時潜り込ませる小説作法などもちょっと印象的で、その辺の呼吸も慣れてくるとクセになるような引きがある。 トータルでいうなら、ジョン・エヴァンズとかの一流半ランクにも届かない軽ハードボイルド私立探偵小説ミステリということになるかもしれないが、前述のようにフラットでシンプルな形質の私立探偵ミステリだからこそ、どこかに香ってくるような「苦くて切ないハードボイルド」の趣も認められ、好感のもてる佳作~秀作ではある。 (付け加えるなら、(中略)に思わせて、結局はちょっと(中略)っぽいポジションに落ち着く、某サブキャラとかもイイね。) シリーズの残りの未訳9長編のうち、あと2作3作、さらに今からでも紹介してくれれば嬉しいが、まあ……望みは薄いだろうな(苦笑)。 これだから原書では何冊も書かれているのに、日本には一冊しか紹介されてないシリーズものの翻訳ミステリを読むのは、いつもいささか微妙な気分だ。 もうちょっと付き合ってみたいな、この主人公やメインキャラにまた再会したいな、と思ったときの気持ちの行き場が、それこそないのだから(涙)。 |