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ミステリの祭典

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人並由真さんの登録情報
平均点:6.34点 書評数:2190件

プロフィール| 書評

No.1730 5点 マーダー・ミステリ・ブッククラブ
C・A・ラーマー
(2023/02/17 08:15登録)
(ネタバレなし)
 作品そのものは結構、面白かった。
 特に、終盤で明かされる、仕掛け人側の戦略にからむある真相(詳しくはナイショ)に、ニヤリ。

 しかし腹が立ったのは、作中で特にほとんど本筋に関係なく、アイラ・レヴィンの『ステップフォードの妻たち』の話題が登場人物たちの口頭に上るのだが、そこで大きなお世話で、わざわざ翻訳での訳注らしい記述で、そのレヴィンの物語の秘められた真相は×××……とネタバレで明かしていること(評者はまだ未読である)。

 ちなみに翻訳者は訳者あとがきで、実は私もミステリファンで読書会もしているのです、とかホザいている。
 ✖でもくらえ!
 この訳者の本は、今後、要注意である。
(担当編集の責任も、あるかもしれんが。)


No.1729 7点 秘境駅のクローズド・サークル
鵜林伸也
(2023/02/16 18:19登録)
(ネタバレなし)
 5編それぞれが楽しかった。
 作風も形質もまったく違うんだけれど、連城の『変調二人羽織』辺りの初期の作品をリアルタイムの「幻影城」で読んでいたころの感触に通ずる楽しさ、そして若い作家のフレッシュさを認めた。
 ベスト編を選びたいとも思ったが、なかなかこれ一本に決められない。
 
 ネタの仕上げの面白さで「ボール」、趣向の面白さと推理の持っていき方で「ベッド」、シチュエーション(ロケーション)の魅力で表題作か。残りの二編も、ともにくっきりした魅力がある。


No.1728 9点 このやさしき大地
ウィリアム・ケント・クルーガー
(2023/02/16 18:03登録)
(ネタバレなし)
 大恐慌の災禍に全米がさらされた1932年。ミネソタのネイティブアメリカン専門の孤児院「リンカーン救護院」には、特別に二人だけ白人の兄弟がいた。その弟の方で「ぼく」こと12歳のオディ・オバニオンは、16歳の兄アルバート、スー族の友人モーゼズ(モーズ)そして6歳の少女エアライン(エミー)・フロストとともに、「黒い魔女」ことセルマ・ブリックマン院長が恐怖で治める救護院からの脱走を図るが、そんな4人の前には多くの人々との出会いと別れが待っていた。

 2019年のアメリカ作品。
 作者クルーガーの著作はこれが初めての出会いで、すでに紹介されているシリーズものなども全く知らない一見の読者の評者だが、非常に面白く、そして強い感銘を受け取りながら読了した。昨年2022年度の翻訳ミステリで自分が読んだ作品の中では、『真珠湾の冬』とともに、これが現時点でのトップ2だ。

 作者の当初の構想は『ハックルベリー・フィンの冒険』だったというが、正にその通り、主人公たち4人の旅路の軌跡は大河を下って、兄弟の縁者がいるはずのセントポールに向かうもの。その道中で実に多くの起伏に富んだ挿話が用意され、そのひとつひとつが絶妙に面白い。
 登場人物も良い意味で何ら臆することもなく、ほぼ聖人といえる善人(それでもどこかダメ意味での人間味がある)から極悪人(こちらもまた、非常に奥深い部分にではあるが、一端の同情の余地がある~それでもやっている非道の肯定はまったくできないのだが)まで惜しげなくお話を紡ぐために導入し、そんな極端ともいえるふり幅の中で、悪い人かと思ったらそうでもなかった、またはその逆、などの反転が実に効果を上げている。

 二段組で480ページ弱。最初の100頁あたりで、これはもう最後まで一気読みだなと予見し、その通りになった。翻訳も良いのだろうが、全体の美文調の文章もとても味わい深い。
 なお、およそ80年前のアメリカの一角を舞台にした作品だが、その後、この本で語られた主軸の物語の時代から、21世紀の現在に至るまでの現実の世相の推移を展望すると、さらにいろんなものが見えてくるような気もする。そういう感興を読む者の心に求めて託す、作品でもある。優秀作。


No.1727 7点 地羊鬼の孤独
大島清昭
(2023/02/15 11:10登録)
(ネタバレなし)
 栃木県の市内で、棺に入った全裸の遺体が続々と発見される。しかも内蔵など死体の部位はそれぞれ模型に変えられている、猟奇殺人だった。現場の痕跡から事件に関係するらしい、中国の妖怪の名前「地羊鬼」というキーワードが浮上する。所轄の若手刑事、八木沢哲也は、オカルトがらみの犯罪の名捜査官と噂される? 女性刑事、林原理奈とともに、オカルト研究家の船井仲丸を訪ねるが。やがて現在形の事件は、過去に生じた複数の密室殺人? 事件に繋がっていく?

 いやまあ、どっかで見たようなネタのパッチワークではあるが、それはそれとして、なかなか面白かった。21世紀の新本格なら、こーゆー趣向盛りだくさん、ケレン味十分なものこそを、読ませてもらいたい。
(まあ、ラストの展開だけは、いささか×××すぎるんじゃないの、で、あったが。)

 令和の一級のB級パズラーという、我ながらヘンなレトリック(汗)で、ホメておきます。


No.1726 4点 明智卿死体検分
小森収
(2023/02/14 06:07登録)
(ネタバレなし)
 ランドル・ギャレットの「ダーシー卿」シリーズの世界観を拝借し(ちゃんとダーシー卿当人の名前も、作中の実在人物として出て来る)、同シリーズの魔術法則を援用した「逆密室」という面白いことをやってるのはわかるのだが、文章が淡々としすぎ、外連味皆無で、提示される蠱惑的な(はずの)謎がまったく盛り上がらず、非常に退屈であった。

 Twitterでは大方の人が本作を褒めていて、ただ一人「個人的にはただただ辛い読書だった」と言っているのが、ミステリレビュアーとしてよく名前を拝見する麻里邑圭人氏だけ。
 評者としてはこの場で、二人目に「うん、王様は裸だ」と、言わせていただく。

 あの「~傑作である」小森収の実作で、面白そうな趣向&設定だから、期待していたんだけどな。世の中、うまく行かないものである。


No.1725 5点 人面島
中山七里
(2023/02/13 07:29登録)
(ネタバレなし)
 いわゆるヨコミゾものを、赤川次郎のルーティンワーク、レベルの作りで、仕上げた感じであった。
 まさに「まぁ、楽しめた」なので、この評点で。


No.1724 8点 やっと訪れた春に
青山文平
(2023/02/13 05:34登録)
(ネタバレなし)
 19世紀の初め。橋倉藩は、本家の岩杉家と分家の田島岩杉家から交代で、代々の藩主を出してきた。それは分家出身の第四代目藩主、岩杉能登守重明による、英雄的な藩政改革の史実に始まる藩の伝統だった。だが現十一代当主で本家筋の昌綱、その後任藩主を田島岩杉家が辞退した。現在まで橋倉藩の近習目付(主君サイドからの目付役)は、藩がそのように藩主継承上での二系列体勢だったため、本家筋の長沢圭史と、分家筋の団藤匠が担当してきた。圭史と匠は盟友でともに67歳。藩主継承が一本化され、今後の藩の情勢もより良い方向に向かうだろうと期待を込めるが、そんななか、藩の要職にある人物が暗殺される。

 Twitterとかで評判がいいので、ほほう? と思って読んでみたが、時代小説、フーダニット&ホワイダニットのパズラー、ハードボイルドミステリ、全部の面で良質な優秀作。
 昨年2022年の国産ミステリの層の厚さというか、結構な豊作ぶりを、さらにまたこの一冊で、実感させられた。

 評者は青山作品はまだ『遠縁の女』しか読んでないので、まさかこのヒトはこんなレベルのものを当たり前に書いてるのか!? といささかぶっとんだが、Amazonのレビューとかを覗くと、さすがにこれは著作の中でも、出来のいい方らしい。そうだろう、そうだろう。
 
 正直、時代小説はやや苦手な方な評者だが、時代設定の中での必要な情報や知識は、送り手の方で饒舌にならない範囲で逐次、ちゃんと丁寧に説明してくれるので、スラスラ読める。なるほど、人気作家な訳だと改めて実感。
 優秀作~傑作。


No.1723 8点 山狩
笹本稜平
(2023/02/12 09:17登録)
(ネタバレなし)
 主人公たち(良い連中)VS悪党&汚職捜査官の構図があまりに図式的すぎるのはナンだが、タイトルの意味が(以下略)。
 読み応えとしては、十分に面白かった。
 ヒラリィ・ウォーみたいな「警察小説としての外連味」で語った、和製「シャーキーズ・マシーン」という感じ(実は、そっちの小説も映画もまだ未読で未視聴だが)。

 お話の流れも、色んな意味で、スムーズに行きすぎちゃうようなとこもないではないが、それでもフツーに良作ではあると思う。


No.1722 7点 闇に堕ちる君をすくう僕の嘘
斎藤千輪
(2023/02/12 05:29登録)
(ネタバレなし)
 東北出身の20歳の若者・鏡大輝は、世田谷のダリア専門店にバイトとして就職。その配達先の周辺で大輝は、謎めいた17歳の美少女、天原巫香に出会う。彼女は元、人気の子役俳優だったが、現在は周囲からなぜか「魔女」と呼ばれて、不登校の日々を送っていた。大輝と巫香の関係は、新たな展開を迎える。

 2016年から活躍されていて、すでに著作も何冊かある(ミステリに限らないらしい)作者さんらしいが、本作は、まったくの一見で読んだ。2年前に同系列の青春ミステリ、同じ双葉文庫で「双葉文庫ルーキー賞」の大賞の2回目を受賞しており、それに続く作品(シリーズものではない)のようである。

 じわじわと薄皮を少しずつ剥いでいくように、人間関係の綾を見せていく形質の作品。相当の筆力を感じさせる文章の効果もあって、3時間ほどで一気読みさせられた。
 登場人物は多くない(モブキャラを数えても15人前後)が、ストーリー上の配置はかなり巧妙で、話作りのうまさを実感する(ひとりふたり、行動が極端なキャラクターがいるが、本作の場合、それが良い方の印象に転化するので、文句には当たらない)。

 終盤、真実が判明してからの感慨は相応の手ごたえで、読後感は、まあ、とにかく、読んで良かった一冊、という感想が真っ先に来る。
 広義のミステリで青春ミステリなのは確実だが、それと同時に、謎解きミステリの尺度でどーのこーの言わなくてもいいようなタイプの作品。
(悪口などではまったくなく、一時期の、文芸味の強いギャルゲーの、メインストリームのシナリオ、みたいな印象もある。)

 この作家には、今後もちょっと注目してみたい。
 評点は8点に近い、この点数というところで。


No.1721 7点 ブラックランド、ホワイトランド
H・C・ベイリー
(2023/02/11 07:17登録)
(ネタバレなし)
 1930年代の英国。医学者でアマチュア名探偵のレジナルド(レジー)・フォーチュンはダーシャー州の友人で、アマチュア考古学者のデュドン将軍の屋敷を訪ねる。現地は肥沃な黒土と痩せた白い土地に二分される田舎で、かつて地球の太古に巨人族がいたという説を信奉する将軍は、近所の地層からその証拠となるという化石を発掘していた。だが医学者のフォーチュンは、そこにあるのが、およそ十年ほど前に死亡した、おそらく十代の男子の骨らしいと気がついた。

 1937年の英国作品。
 フォーチュン氏の長編、ようやっとの邦訳でバンザイである。
 で、私事ながら、この二週間、クソ忙しくてほとんど何もミステリが読めなかったが、ようやく余裕ができたので、とびついてページをめくる。
 会話の多い文章、そこまでサービスせんでも……と言いたくなるくらいに細かい、実に読みやすい章立て、矢継ぎ早にしかもかなりサプライズ感も豊かに続発する事件……と、リーダビリティは最強。
(名探偵のクライシス描写も、結構とんでもないネタで、ハラハラしつつ笑える。)

 いやー期待通りに、いや、ソレ以上にオモシロいね! とウハウハであったが、ラストというか終盤の解決、事件の決着部分でいささかズッコケた。
 大山鳴動して鼠一匹とはこーゆーのを言うんだろうな、という印象で、しかも伏線などもあまり万全とは言えない。いい話っぽくまとめてある、小説的な仕上げはまあ悪くないが、5分の4までが頗る楽しめただけに、このクライマックスはガッカリ。

 でもまあ、読んでるうちの大部分は楽しかったので、オマケしてこの評点で。
 もう一、二冊くらい、本シリーズの長編作品は読んでみたいので、続けて発掘紹介は、ぜひよろしく。

(ところで、なんでAmazonのデータ登録が不順になるんだろ、これ? :2023年2月11日現在。)


No.1720 7点 アバドンの水晶
ドロシー・ボワーズ
(2023/01/31 09:32登録)
(ネタバレなし)
 ふたたび世界大戦の影が迫りつつある1940年9月の英国。5年前に教師を辞めて今はアパート暮らし、そろそろ老人ホームに入ろうかと考えていた61歳の独身女性エマ・ベットニー(ベット)は、以前の自分の家庭教師時代の教え子で、年下の長年の友人であるグレイス・アラムから手紙をもらう。現在40歳のグレイスは教職生活を経て、地方で新興の学校を創設し、その校長となっており、エマを教師として迎えたいというものだった。何か訳ありと考えたエマは、迷った末にグレイスの学校に赴くが、その校舎兼寄宿舎は、以前は入院病棟だった施設だった。そして現在の学校には、施設が病院だった時代から現在に至るまで、住み慣れた場から転居したくないといって学校の宿舎に暮らし続ける二人の資産家の老女がいたが、エマはその片方が何者かから毒を呑まされているようだと聞かされる。

 1941年の英国作品。バードウ(バルドー)警部シリーズの第四長編。
 
 以前に読んだ『謎解きのスケッチ』はさほど面白いとは思えなかったが、これはなかなかイケる。
 作者が明確に、執筆刊行当時での現代ゴシックロマンの線を狙っており、その辺のゾクゾク感が、これがいつどこでどのようにパズラーに転調するのだ? という期待のワクワク感とも相まって、かなりオモシロかった。 
 事件の真相はすこぶる大胆なもの。作中のリアルを考えるなら、犯罪としては結構リスキーだとは思うのだけれど、オハナシとしてのミステリ、謎解きフィクションとしてはギリギリ、アリだとも考える。
 
 小説としてはとても、謎解きミステリとしてもなかなか、良作である。
 この一冊で、ボワーズの評価がかなり格上げ。

 同じ近い時代? の女流作家でいえば、評者が割と好きなエリザベス・デイリィくらいのクラスになったわ。


No.1719 7点 殲滅特区の静寂 警察庁怪獣捜査官
大倉崇裕
(2023/01/30 17:23登録)
(ネタバレなし)
 1954年に日本に巨大怪獣が現れて以降、世界各地で人類をおびやかす怪獣の出現が繰り返される世界。怪獣対策を担当する日本の「怪獣省」、そのエリートで、初の女性の怪獣予報官(怪獣出現以降に、以前のデータや現在の状況などから、怪獣の進路や次の行動を予測する者)となって活躍する岩戸正美。彼女と同僚、関係行政官たちの怪獣との戦いは終わることがなかった。だがそんな中でも、怪獣の出現を機にあるいはその事実に関連し、人間の悪意は別のところで渦巻いていた。

 巨大怪獣もの×新本格パズラーなどと本書の帯などで謳われ、評者のような怪獣ファンには垂涎ものの趣向で書かれた連作三本。作者は2005年の特撮テレビ『ウルトラマンマックス』の脚本を担当したこともある。なお怪獣ファンでなくとも「1954年」という文芸設定の意味のわかる人は多いと思うし、主人公の苗字が『ゴジラの逆襲』の二代目昭和ゴジラ、初代アンギラスの出現地、岩戸島にちなむのもニヤリ。

 とはいえ内容がきっちり新本格パズラーによるのは全三話のうち、最初のものだけで、あとの二つは結構、方向が違う。個人的には大藪春彦の中編みたいな味わいだった第二話(表題作)が一番面白かった。
 第三話は確実に初代ウルトラマンの某エピソードのリスペクト編であることが、評者のような怪獣ファンには登場人物のネーミングなどからもわかるが、どの話になるのかはネタバレになるので、ここでは言わない。

 連作ミステリとしては6点。趣向でオマケして1点追加。 


No.1718 6点 グッドナイト
折原一
(2023/01/27 18:58登録)
(ネタバレなし)
 60代の女性が管理人を務めている老朽アパート「メゾン・ソレイユ」。築50年ほどの3階建てのそのアパートには、人気ミステリ作家ながらめったに表に出ない「梅原優作」が、ひそかにどこかの部屋に住んでいるという風聞が流れていた。一方、入居者の中にはそれぞれの事情で不眠症の者も多く、そんな彼ら彼女らの悩みに、管理人はアパートの一角に住む、ある入居者を紹介する。

 連載短編6本に書き下ろし1本を加えてまとめた全7話の連作集で、いつもながらの折原ワールド。

 そういえば、今年(もう去年の新刊だが)もそろそろ折原作品を読みたいなぁとか、ふと思ってしまうようなファンになら、よろしいんじゃないかと。

 7編の連作のうち、一定のお約束? を外しているものも出てくるのは、起伏をつけようと作者が思っているのか、あるいはその縛りが厳しかったのでゆるめたのか、その辺はよくわからない。

 ともかく、おなじみの味の定食的には、それなりに楽しめました。


No.1717 5点 ようこそウェストエンドの悲喜劇へ
パミラ・ブランチ
(2023/01/24 09:51登録)
(ネタバレなし)
 1950年代のロンドンはウェスト・エンド。10年以上続いた総合雑誌「ユー」は販売部数がどんどん下落し、いまや廃刊の危機にあった。だがギリギリ現在の部数(実売部数5万部)を支えているのは、副編集長でコラムニスト、社内では「マダム」の綽名の中年夫人イーニッド・マーリーが担当する、人生相談コーナーの一定した人気だった。しかしそんなマーリーは3人目の夫に若い愛人が出来て自分を捨てたイライラ、さらに服用薬の効果から、狂言自殺めいたことをして、周りの注目を集めてやろう程度の軽い気持ちで、投身自殺の真似事をしかける。はたして彼女は実際に、弾みで? 会社の窓から転落。九死に一生を得たマーリーだが、背後に誰かの気配があったことから、ふたたび強い承認欲求が頭をもたげ、自分はどうも何者かに殺されかけたらしいのだと周囲に匂わせる。一方で、「ユー」編集部の編集長サミュエル(サム)・イーガンほかの主筆や編集の面々も、編集部内に人殺し(未遂)がいるらしいというスキャンダルが湧いた方が、物見遊山で「ユー」が売れるだろうという欲目から、マーリーの転落を殺人未遂事件に仕立てて、世間を沸かせようとする。
 
 1958年の英国作品。

 うーん……。こないだ読んだ同じ作者の『死体狂躁曲』同様、笑えるハズなんだけど笑えない。

 でも前作より前半はまだマシで、特に、マーリーの人生相談コーナーの常連投稿者たちの一部が「あんたの人生相談の回答に従ったらうまくいかなかった」または「妙な回答やアドバイスをしやがって」と、逆恨み的に全国からワラワラ集まってくるとこなんか、それなりに楽しい。
 
 とはいえ、仕事の関係でイッキ読みできず、あと100ページほど残したところで、いったん中断。翌日にまた読み始めたら、前日にはそこそこ感じていた楽しいテンションは、結局最後まで戻らなかった。まあ結局は、その程度の作品なのであろう。
 なんというか、冷めた今の目で全体を俯瞰するなら、作者がやりたいことを盛り込み過ぎて、ギャグユーモアミステリでもっときちんと演出されるべきの筋運びの緩急が無さすぎる。
 悪い意味で小さい山場が続き過ぎ、かえって全体が平板になってしまうのは『死体~』とやはり同様。

 翻訳は意訳もそれなりにあり、あえて原文内の叙述の不整合も訳出時に整理してあるそうだが、とにかく本当に読みやすく文体のテンポも心地よい。
 深町真理子の初期の翻訳書に出会った頃の、懐かしい種類の快感を感じた。
 翻訳がこの人でなければ、たぶん全体の印象はもうちょっと悪くなっていたろう。
 
 設定とキャラクター、趣向だけ言えば、絶対に楽しめる、好みの作品のハズなんだけどな。とどのつまりは、作者との相性が悪いのかもしれない。
 三冊目の翻訳が出ても、たぶん次は二の足を踏むかも。


No.1716 8点 一瞬の敵
ロス・マクドナルド
(2023/01/22 08:52登録)
(ネタバレなし)
 銀行のPR業務担当者キース・セバスチャンが、「私」こと私立探偵リュウ・アーチャーを呼び出し、仕事を依頼した。彼女の娘で17歳のサンディ(アレクサンドリア)が、行方不明らしい。サンディは、そのBFで前科がある19歳の若者デイヴィ・スパナーと一緒で、しかも父親セバスチャンの銃器を持ち出したようだ。サンディの部屋、そして訪ねたデイヴィのアパートの私室を調べたアーチャーは、若者たちが大それた事件を起こすかもしれない兆候を認め、その阻止に動くが。

 1968年のアメリカ作品。アーチャーシリーズの長編第14作目。

 大昔の少年時代に初訳の世界ミステリ全集版で一度読んでいる作品なのだが、内容については、読みごたえがあった、なんとなく面白かった、こと以外、その後、全く忘れていた。
 今回は、数か月前にブックオフの100円棚で入手したHM文庫版(嬉しい事に、パンフや書店用のスリップまで残っている完本だった・笑)で、数十年ぶりに再読した。

 アーチャーが、デイヴィの部屋で、十か条のタブーを見る場面だけは初読のときから覚えていたが、記憶に間違いなければ、世界ミステリ全集版からポケミスからこの文庫になるまでに、どこかの段階でさらに訳文は推敲されているようである(全集版では、タイトルの表意「一瞬の敵」についての叙述が、文庫版と違うように覚えている)。
 小鷹信光のお別れ会で拝見したが、故人は自分の著作や訳書に刊行後によく赤字を入れ、再版や改版の際に逐次文章をデティルアップしていたので、これもそういう例の一つだったのであろう。

 しかし本作の登場人物の人間関係のややこしさは、アーチャーシリーズの中でも屈指のハズで? たぶんジョン・L・ブリーンがパロディミステリ短編集『巨匠を笑え』の中で茶化したロスマク風というのは、正に本作のようなものを前提に揶揄したものだったのだろう。
(こんな複雑な内容、時間が経つにつれて細部やそれ以上、忘れてしまうのは、仕方がないよな?)

 ただしそれでツマらないとか、訳がわからない、ということは、この作品の場合、ほとんど無く、例によって自分の手で登場人物一覧を作り、さらに人物相関図を作成しながら読み進めていくと、その人物関係の入り組み具合そのものが、ホントーに、最高に、面白い! 正に円熟の境地。

 その上でちょっと不満だったのは、アーチャーのこれまでのプロ探偵の経歴からすれば、事件の渦中にいて、自ずと想像できそうなポイントになかなか行き着かない部分があったりするコト。いや、あんた、前に似たよ……(以下略)。

 とはいえ、舐めてかかると最後にかなりの大技、サプライズが用意されており、しかもそれはある程度は、読者の読みを(以下略)。
 いや、ややこしさが破綻しないギリギリのところで寸止めし、その分、読み手をストーリーテリングの妙で良い意味で引き回す、これは確かに晩期の優秀作だ。さすがは本サイトで、現時点(このレビューが投稿される寸前の時点)で、平均点1位のロスマク作品だけのことはある。
 
 ただまあ、(リフレインになるが)先に書いた、わかってもよさそうなハズのアーチャーの思考が意外に緩慢なこと、あと、メインゲストヒロインとアーチャーとの描写が今回の場合はいささか、なんだかなあ、なのがちょっとキズ(アーチャーと女性との異性関係って、出版社との契約かなんかで、必ずノルマとして入れなきゃならなかったのかね?)。

 それでもお話そのものとミステリ的な興味では、再読ながらほぼ初読の気分で、十二分に面白かった。シリーズベストワンとするにはちょっと気が引けるが、五指には絶対に入る出来ではあろう。
 
 ちなみに13章、文庫版で139ページのアーチャーの、あの思わせぶりなセリフ(別の人物への返答)。あれって、あの事件のことなんだよね?


No.1715 8点 密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック
鴨崎暖炉
(2023/01/21 07:57登録)
(ネタバレなし)
 まだ二十代前半ながら、日本有数の大企業の二代目社長として、一兆円近い資産を誇る女性・大富ヶ原蒼大依(おおとみがはら あおい)。大のミステリマニアである彼女は、かつてクイーン、カー、クリスティーと並ぶ黄金時代のミステリ作家が所有していた神奈川県周辺の島、満月島(今の呼称は「金網島」)の現オーナーであり、そこに各界の「探偵」を集めて数日間にわたる「密室トリックゲーム」を開催した。被害者の役はぬいぐるみの人形のはずだったが、そこで現実の密室殺人事件が続発する。

 早くも登場のシリーズ第二弾。
 惜しげもなく連発される密室トリックのうち、第●番目は、どこかで見たような気もしないでもないが、ちゃんと本作独自にアレンジがしてある。
 乱歩の言う通り、改変もひとつの創意だというなら、題名の通りに七つのオリジナルトリックが登場。その中のいくつかには、爆笑しながら快哉を上げた。
 そして……(中略)。

 いや、前回もとても居心地の良い長編ミステリではあったが、今回はその心地よさに加えて、最後の最後で唸らされた。

 持ち前のミステリ愛を良い意味での戯作(あくまで、これはホメ言葉)へと変換できるという意味で、この人はかなり傑出したセンスの主だと思う。
 こんなレベルのものを、どこまでいつまで書けるかなあ、という思いだが、今のところ、しばらく期待しながら見守っていきたい。


No.1714 7点 プレイボーイ・スパイ2
ハドリー・チェイス
(2023/01/20 16:06登録)
(ネタバレなし)
 パリの市街で、若いブロンドの、そして記憶を失った美人が見つかる。女性のヒップには漢字らしい三文字の入墨があり、その情報にパリのCIAと駐留している米軍は騒然となる。というのもCIAは、新兵器を開発してるらしい中国のミサイル学者、豊厚公(フェン・ホー・クン)を監視していたが、同人には所有物には鍋でもヤカンでも愛馬でも、とにかく自分の名前を書き込む性癖があった。そして彼の元からは、スウェーデン人の美人の愛人が最近いなくなった、との情報が入っていたのだ。記憶喪失の美人が、豊の愛妾のエリカ・オルセンだと認定したパリCIAのジョン・ドーレイ支局長は、自分と不仲だが女の扱いに長けたフリーのスパイ、マーク・ガーランドを呼び、記憶のないエリカの前で、僕が君の夫だよ、と称して情報を聞き出す作戦を立案した。だがそんななか、エリカの身柄の価値を認めたソ連のスパイたち、そして彼女の口封じにかかる中国の暗殺チームも動き出していた。

 1966年の英国作品。マーク・ガーランドシリーズの2冊目。

 よくもまあ、これだけクダラナイ設定を考えられるものだと大いにホメたくなる作品。女の体に自分の所有サインを刻むヘンタイって、小林まことの『それいけ岩清水』(『1・2の三四郎』の外伝)か!
 
 お約束の展開、予期せぬヒネリ、ツッコミどころ、それらが全部満載で、それぞれの側面で楽しめる。007もので言えば、前作が原作初期だったのに対し、こっちは昭和後半の映画版のノリだ。とにかく全編の各所が、好調なときのチェイスらしい、サービス精神に満ちている。

 大ネタはもちろん察しがつくが、その上でサプライズには独特の観念のソースがかかっており、終盤の見せ場までワクワク、とそのあとの余韻にもシミジミ。
 60年代スパイもの黄金期の中で、オレならこんなものを書くぞという作者の意気込み? と、ほくそ笑みが、覗けるような佳作~秀作。
 だからツッコミどころもまた、本作の場合お楽しみポイントだよ。

 評点は、0.3点くらいオマケ。


No.1713 9点 真珠湾の冬
ジェイムズ・ケストレル
(2023/01/18 10:19登録)
(ネタバレなし)
 最強のリーダビリティで語られた、20世紀前半を時代設定にした最高のロマン。
 脳が痺れるくらい、面白かった、良かった、泣けた。

 7~8年前にキングの『11/22/63』を数日掛けて読み終えた時の達成感と充足感を、わずか4時間で得られようとは。
(……と書いてたら、実際にそのキング当人が絶賛してるのな。まあ、頗る納得ではある。)

 話のうねり、今どきこんな話やるのかよ! と(いい意味で)何回か叫びたくなった、あえて王道のドラマを綴る送り手の胆力、そして主人公の魅力に加えて、サブキャラクターたちの運用の鮮やかさ。
 読んでる最中、一回か二回は、このサイトに参加してついに二冊目の、10点をつけたい作品に出合えたか! と思ったほどである。

 現状で、昨年2022年の海外ミステリの、ダントツ・マイベストワン。


No.1712 6点 思い出列車が駆けぬけてゆく
辻真先
(2023/01/17 18:06登録)
(ネタバレなし)
 大の旅行好きで鉄道マニアの作者の、これまで本になってなかった(または他の作家と組ませたアンソロジーにのみ収録だった?)鉄道や駅、路線からみの新旧の短編を12作集めた、とても嬉しい一冊。
 こういうのが文庫で出ると、なんか得したような気分になる。

 正直、ホビーとしての鉄道というジャンルには関心も知見も浅く薄い評者だが、それでも職人作家が幅広い裾野の受け手を相手にわかりやすくそして熱く語っているので、刹那的な感覚とはいえ、ほうほう……とそんな鉄道の話題や作品そのものに、それなり以上に引き込まれていく。

 良かったのは、ホックの短編パズラーみたいな『お座敷列車殺人号』。
 ある意味で、辻先生の一面をちょっと見直させていただいた『東京鐵道ホテル24号室』。
 まさかの連城作品みたいな(特定の作品と似ているとかではなく、作風の話)『轢かれる』
 の3本。

 ほかの大方の作品も悪くない~それなりに楽しめた。
 
 鉄道テーマに限らなければ、本になってない辻短編はまだ数冊分あるはずだそうで、その辺も書籍化してほしいが、まあ今回の本書の場合は、こういうワンテーマの上で、さらにバラエティに富んだ一冊だから楽しめた面もあるんだろうな、とは思う。


No.1711 7点 ロンドン・アイの謎
シヴォーン・ダウド
(2023/01/17 17:21登録)
(ネタバレなし)
 過分に生臭い叙述や煽情的な描写がないという意味で、確かにジュブナイルではあろうが、ほとんど普通の成人向け作品だとも思う。英国のこの種の作品の、進化というか、ある種の成熟めいたものを感じた。

 伏線の回収を含めて全体的に丁寧な作りでホメるにやぶさかではないが、一方でそのあまりのソツの無さにどこか悪い意味で、実に優等生的な一冊、という感慨が生じてしまった。

 十分に佳作以上、いやたぶん秀作認定してよいのだろうが、素直に賞賛しきれない、こんな自分にいささか(以下略)。

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