| 人並由真さんの登録情報 | |
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| 平均点:6.36点 | 書評数:2320件 |
| No.2060 | 6点 | スリープ村の殺人者 ミルワード・ケネディ |
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(2024/06/07 15:59登録) (ネタバレなし) 英国の小さな村スリープ村で、とある人物の絞殺死体が見つかる。村の周辺には大き目の川が流れており、そこへボートを使ってやってきた一人の男性がいた。彼=グラント・ニコルソンはもしかしたら殺人者ではないかという不審の目を向けられる一方で、確証のないまま土地の人々とも親しくなり、じきに空き家である「ブリッジハウス」の借主となった。所轄であるホウムワース警察のマーシュ警部は事件を追うが、やがて事態はさらなる展開を見せてゆく。 1932年の英国作品。 三冊しか翻訳のないケネディ作品の既訳分は、これで全部読んでしまった。 メタ的というか、送り手の作者の恣意的にちょっとひねった事をした他の二冊に比べて、本書はずいぶんと真っ当なカントリーもののフーダニット・パズラー。 舞台劇か映画にしたら栄えそうなタイプの雑多な登場人物が入り乱れ、少しずつ話を転がしていくあたりはクリスティーの一部の諸作を思わせるが、向こう程、話の細部にくっきり感がないのでやや退屈。夜明け近くの深夜に読んでいて、途中ではうっすら眠くなった。 ただし終盤に近い後半でいきなりイベントは起きるわ、最後には大きなトリックと意外な真犯人が用意されているわ、でいっきにハデになる。とはいえ犯人の設定が(中略)なのは、チョンボだという人もいるかも……。 (その点について、自分の感慨はグレイゾーン。) トータルとしてはまあまあ面白く、得点的に良いところだけ拾うなら、けっこう悪くなかったとは思う。 シリーズ探偵がほとんどいないらしいのが商売的にはネックなんだろうけど、ケネディはもうちょっと、何冊か発掘紹介してほしい作家ではある。 最後に、00年代に珍しいミステリをいっぱい発掘紹介してくれて大感謝! の新樹社だけど(なにせ、あの1949~51年の戦後翻訳ミステリ叢書黎明期のひとつ「ぶらっく選書」と同じ版元で、その直系じゃ)、本書は登場人物表がかなりザル(フレディ・タイナンほか、主要キャラがあと数人は絶対にほしい)。さらに解説も訳者あとがきも何もない、巻頭の遊び紙のあとに原書の発行年も記載してないというルーズな編集&仕様。 この時期になると在庫を抱えて版元も疲れてきたのだろうか……と余計なことを考えたりする。翻訳そのものは読みやすかったけど、オクスフォードを妙な誤植表記してあったのはちょっとアレ。 ミステリファンの登場人物による、名探偵談義(というか名前の羅列・P22~)は楽しかった。 |
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| No.2059 | 3点 | 時間割 ミシェル・ビュトール |
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(2024/06/02 20:05登録) (ネタバレなし) 「ぼく」ことフランス人の青年ジャック・ルヴェルは、イギリスの地方都市ブレストンにやって来た。ルヴェルは一年間の契約で土地の商社「マシューズ親子商会」に勤務。フランスとの折衝のための通訳や翻訳の業務に従事するはずだった。ルヴェルはやがて会社の同年代の同僚や土地の者たち、アン&ローズのベイリー姉妹や気のいい黒人の工員ホーレス・バックと親しくなるが、そんな彼は周囲の人物のなかのある秘匿された真実に気づいてしまう。 1956年のフランス作品。 推理小説としても読めるアンチ・ロマン文学として、1964年の初訳当時にミステリマガジンの連載月評「極楽の鬼」(同年6月号分)で石川喬司が大絶賛。 ちょっと以下にその評を引用してみる。 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ (前略)しかし、ぼくにとって一番面白かったのは、前回でちょっと触れた、フランスのアンチ・ロマンの作家ミシェル・ビュートルの書いた『時間割』(L’Emploi du temps, Ed.Minuit 56).だった。これは推理小説仕立ての秀作で、ぼくは一週間をこの長編に没頭して過ごした。 ジャック・ルヴェルというフランスの青年が、イギリスの地方都市ブレストン(マンチェスターがモデルらしい)の商社に一年契約で赴任してくる。滞在がなかばを過ぎてから、彼はそのスモッグに閉ざされた灰色の都市での体験を綿密に再構成しようと試みる。その試みをビュトールは凝りに凝った手法で、主人公の日記の形をかりて描いているのである。たとえば五月の日記に十月の記録といったぐあいで、日記の欄外には、それを記述している現在時と、そこに描かれている内容の時点とが「五月(十月)」というふうに記入されており、こうした時間の二重構造がしだいに素晴らしい効果を生み出してゆく。 この物語の本当の主人公は「時間」であり、作者は、記憶によって変貌してしまった時間の迷宮の奥深くヘともぐりこんでゆくのだ。その面白さは、複雑な人間関係にさぐりを入れて犯罪の真相をあばきだす探偵の努力に似ており、事実、『時間割』の中では『ブレストンの暗殺』という推理小説が大きな役割を果たしている。(以下略) @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ ミステリマガジンのバックナンバーと『極楽の鬼』の書籍版を古書で入手し、この評に釣られて、シンドそうだけど面白そうだ? と最初に思ったのが半世紀前の少年時代。 その後、ずっと放っておいたけど、このたびふと思いついて、最寄りの図書館にサルトルの『嘔吐』とカップリングになった世界全集版(たぶんこれが初訳の元版)があるのを確認。じゃあ……と思って借りてきた。 が……ダメだ、まるで歯が立たない。面白さがわからない、良さも感じない(汗)。 各章の構造は基本的に、いつの内容のものをいつ書いたのか、実はそれも定型のフォーマットとして表記されてるわけではない(石川喬司とは違う版の訳文を読んだのか?)。というわけで黙って読み進むが、もともとこの手の、作者のメタ的手法による時間錯綜ものは『赤い右手』とか、最高級に苦手である。 ただし本書の場合、とにかく情報を拾って話を繋げていくことが可能で、その意味ではギリギリなんとかなる? のだが(ただしそれでくだんの時間の錯綜構造の意味を正確に拾っている自信はまったくない)、一方でとにかく日常描写がしつこい。 こーゆーのがそのアンチロマン派文学か? と言いたくなるくらい(よく知らないが)読み手にはどーでもいい、もちろんストーリーの流れとも関係ない主人公の一人称視点での見たもの、接したものの情報が延々と羅列される。これだけで相当に疲れる。 中盤でお話が動き、とあるメインキャラというかキーパーソンに目が向けられるあたりでちょっとこっちにもようやっとフックがかかるが、当然のごとくそこに向かってストーリーのベクトルが切り替わるわけでもなく、相も変わらずの日常描写が続く。 さらに主人公とほかのある登場人物たちの関係性の推移がポイントということもやがてわかってくるが、決してそこは話の芯にはならない!? 最大級の退屈を感じながら、最後まで名前が出て来る登場人物全員のメモを取りつつ読了したが、うん、まあ……ミステリかな……よくわからん、というのが正直なところ(大汗)。 で、読後にヒトの感想が気になってTwitter(現Ⅹ)を覗くと、かなりのホメ言葉があちこちで目につく。 で、先にちょっと触れた主人公と別のメインキャラの関係性の話題など、うん、まあ、そういうことなんでしょうね……と言われて理解はするものの、一方で、ダカラナンダヨ、と言いたくなるようなホンネも芽生えて来る。 そんなTwitterの感想のなかにひとつ「この作品をまだ推理小説として読んでるのか?(=それって違うだろ)」という主旨の声もあって、結局は、門外漢の自分にはお門違いの作品だったのかとも思ったり。 いずれにしろ、ミステリとしても、自分の範疇で捉えられる限りの文学としても、あまり接点はなかった。 ただまあ、読むヒトが読んだら、なんか得られるのかなあ……というなんとなくの感触はなくもない。 ある種のインナースペース作品と思えば……それがいちばん呑み込みやすいところかな。 そんなこんなで、ひたすら疲れました。とにかく現在の自分にはほとんど何も得るものがなかった、ということでこの評点。まあ気になっていた作品をひとつとにもかくにも(読み方が浅かろうか何だろうが)通読したという達成感だけはある(苦笑)。 本サイトでのほかの人の声は……チョットだけ、聞いてみたい。まあ、なくてもいいけど(汗)。 |
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| No.2058 | 6点 | 幽霊を信じますか? ロバート・アーサー自選傑作集 ロバート・アーサー |
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(2024/06/01 05:20登録) (ネタバレなし) 1963年に本国で刊行された、作者の自薦作品集らしい短編集。 広義のミステリながら非スーパーナチュラルの作品ばかり集めた昨年の翻訳短編集『ガラスの橋』とは違い、今回は全編がホラーかファンタジーに分類されるようなそういう系列の短編ばかり、全10本を集めてある。 一本一本の感想は割愛するが、大づかみに言うなら星新一が長めの短編をよく書いていた頃の味わいのクセのある話が集められている。 個人的なベストは、オーソドックスな幽霊屋敷ネタのショッカーである表題作、あるいは藤子・F・先生の読み切り短編漫画みたいなオチを迎える「頑固なオーティス伯父さん」あたりか。冒頭の「見えない足跡」のラジオドラマ向きの怖さとテンションもなかなか。「デクスター氏のドラゴン」の話の転がり具合もよい。 トータルでは、物語の読書の楽しみを嗜み始めた世代の若い読者が面白がればそれでいい、という感じの一冊。 『ガラスの橋』まんまの広義のミステリを集めた上でのアベレージの高さみたいなのをもう一冊期待すると、いろんな意味で困るけど、これはこれで楽しい短編集だったのは間違いない。 |
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| No.2057 | 7点 | 白銀荘の殺人鬼 愛川晶 |
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(2024/05/30 15:02登録) (ネタバレなし) 元版のカッパ・ノベルスの綺麗な古書を帯付きで、ブックオフの100円棚でしばらく前に入手。 あんまり趣向をわめきまくるので、当然これは(中略)だろうと思って読み進めていたら、色々とその奥があった。あの件は結局どうなるんだろう? とずっと思っていたあたりも、セオリーというかパターンというか、だが、うまく捌いてある(分かる人には分かるだろうが)。 でもって、見せ場のシーンの演出でも自明なように、狙いというか構想の出発点のひとつは、新本格作品のあの名作へのリスペクト兼チャレンジだろうし(こう書いても本作にも当該策にもネタバレにはなってないと思う)、もしそれが当たってるなら、なかなかうまく着地してるんじゃないかと。 とはいえミステリ初心者さんがご講評の<ネタバレ>部分で語っておられることの問題点、特にその2つめは実にごもっともで、これに関しては良くも悪くも謎解きフィクション的な田舎芝居を見せられた感じ。ただまあ、そこにまたなんか妙な愛嬌を感じたりして、嫌いにはならない。 虫暮部さんのおっしゃる、(ある程度)よくできた作品としての妙な摩擦感めいたもの、という感覚もたぶんよくわかる。新本格というジャンル自体が既存の謎解きパズラーの成分を踏まえて80年代半ばから日本に生じたメタ的なものだというなら、これは正にそのメタのメタの部分もあるだろうし。 弱点は、こういう作りだから、フツーに読めばフツーに盛り上がる筋立てのところ、何かその向こうにある、と常に考えて、読み手(少なくとも評者)の感興の念を相殺すること。 (中略)と(中略)の星取りゲーム勝負なんて、それ自体が面白いお話のネタのはずなのに、妙に頭が冷えて高揚しない。まあ、仕方がないか。 あちこちの面で難点はあるが、得点的には、色々と良質な作品だとも思う。 |
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| No.2056 | 6点 | 危ない恋人 藤木靖子 |
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(2024/05/28 14:54登録) (ネタバレなし) 1960年代初め、四国の北部にある松笠市。そこでは市役所勤務ながら、土地の転売で相応の資産を得た31歳の不器量な女性・中北小枝(さえ)が、26歳の美貌の従姉妹で実は恋人である栗田ひろみとともに邸宅に暮らしていた。一方、ベテラン教育者として土地のそれなりの名士である53歳の未亡人・香川フミノを最年長とする香川家に、ある日、家内の不倫を指摘する怪文書が届く。やがて二つの物語は、密接に絡みあっていく。 作者・藤木靖子(1933~1990)は、香川県高松市出身の女流作家。 現状でWikipediaに単独項目もない扱いだが、ネットで得られる情報などをまとめると、1960年に「宝石」の新人賞「宝石賞」の第13回にて短編『女と子供』で第一席を獲得(日本推理作家協会賞のサイトでは、藤木は第一回「宝石賞」を受賞とあるが、とんでもない間違い)。その翌年、処女長編『隣りの人たち』と本作『危ない恋人』などの単著を刊行した。後年はジュニア小説での活躍が主体となりコバルト文庫などで青春小説分野の人気作家となった。 ……でまあ、本サイトにもこれまで作家登録もない、21世紀ではほとんど忘れられたミステリ作家だが、昭和ミステリ全般を評者のように(かなりいい加減にスーダラながら)探求している者には、時たま目についてくる女流作家の名前である。 とはいえそんなマイナー作家の初期のミステリの古書価は当然ながら高いので、興味が湧いても指をくわえていたが(国会図書館の電子書籍などで読めるかもしれないが、当方には現状、その辺は守備範囲外)、先日、本作の裸本の古書がかなり安くネットで買えるので、いそいそと購入した。 (どうせ地元の図書館経由で他館所蔵の本をリクエストしても、いつものようにまた裸本が来る可能性も大きいし。) で、本作の実作を読むと、冒頭から一癖ありそうな叙述でスタート。メインキャラの一角である若い富豪の小枝が、旅に出る同性の恋人のひろみへの劣情を燃やすが、心の整理をするために得意な速記で内心の情愛を文字にする。そこから手紙形式の記述が数回続くので、まさか全編この調子? それはそれは……と思ったりしたら、その辺はみんなあくまでプロローグで、本筋は普通の三人称形式でそのあと始まった。しかしカメラアイはもうひとつのメインキャラクターである香川家の方にそこから切り替わり、思わせぶり、いわくありげな各章の見出しとあいまって、かなり強烈な物語のうねりを序盤から感じさせる。 要はなかなか手慣れた小説技法を実感させる、掴みのよい開幕で、これは面白そう、マイナーながら古書価も高めになるのも伊達ではない? と実感させる(いや、実際のところ、一般論として、旧作ミステリの古書価の高さと出来の良さは、決して比例なんかしてないと思うケドね・笑)。 ちょっとバリンジャーとかを思わせる輪唱形式で話が進むなか、劇中の殺人? 変死も絶妙なタイミングで登場。なんか昭和中期のフランスミステリ風の一冊として、隠れた秀作になるか? という感じで期待させたりする。 少なくとも、その程度には読んでる途中まではなかなか面白い。 ただし中盤で、え!? とかなりのインパクトを与えたのち、お話の後半どうするんだろ……と恐る恐る読んでいくと、ああ……となかなかのサプライスに着地。 で、こう書いていくと結構な秀作という感じではあるが、使用した大技に関する箇所をもう一度読み返してみると、ちょっといろいろ思ったりしてしまう。 いや、作者が意図的に気を使って書いてあるのはわかるのだが、登場人物の描写として違和感を抱くような流れなので。まあこの辺は、あまり詳しく語らない方がいいか。 まとめるなら、かなり高い目線で理想を追いながら、微妙なこなれの問題で、いいところまでは行かなかった作品。失敗作とまでの烙印を押すのは不適当だが、一方で残念ながら秀作とも優秀作とも言い難い。 ただまあ、このあとも未読の作品のなかになんかオモシロそうなものは転がっている期待は十分に抱かせてくれたので、まずは作品との出会いを求めてみようかとも思う。 まあ昭和のマイナー女流作家をつまみ食いするのは、あくまで評者の関心のありようのひとつだけどね(笑)。 |
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| No.2055 | 6点 | 変身の恐怖 パトリシア・ハイスミス |
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(2024/05/27 21:14登録) (ネタバレなし) 1960年前後。その年の6月、34歳のアメリカ人小説家ハワード・インガムは、ひとりチェニジア(本文中では「テュニジア」)の地にいた。インガムは次作の小説を書き進めながら、アメリカに残してきた恋人アイナ・バラントからの便りと、そしてエージェントのジョン・カッスルウッドの来訪を待っていた。そんななか、インガムは、コネティカット州出身という初老のアメリカ人実業家で農場主のフランシス・J・アダムスと友人になるが。 1969年のアメリカ作品。ハイスミスの13番目の長編。 ちくま文庫版で読了。 (Amazonには現状でデータがないが、邦訳の元版は、66年に同じ筑摩書房の叢書「世界ロマン文庫」の一冊として、一度、刊行されている。) 大ネタは書かない方がいい……な。 自分がこれまで読んだハイスミスの作品のなかではもっとも普通小説に近い感触の一冊で、広義のミステリとしてもこの上ないくらい、ある種のボーダーラインの文芸を狙っている(詳しくは読んでください。文庫版の新刊刊行時の帯にも書いてあったし、中盤まで読み進めれば、まあ誰でも分かると思う)。 で、評価する人は、そのある種の<揺らぎ>の中に陥った主人公の内面的境遇とそこから生じるサスペンスがいい! と言ってるのであろうことはよく理解できるのだが、個人的には、万が一リアルで<そういう状況>に陥った場合、引くか進むかどっちかになるしかないと、たぶん自分は思っちゃう方なので(もちろん現時点ではアタマの中だけのことだから、本当に現実にそうなったらまた違うかもしれんが)、ある意味で迷宮に陥った主人公の足踏みぶりに、もうひとつシンクロできなかった。 (なんかね、実は私ゃ、アニメにもなってる人気の異世界(的な世界観の)ラノベ『オーバーロード』の主人公アインズ・ウール・ゴウンの信条のひとつ「本気で(中略)だと考えている者は狂人だ」という割り切りの方が、今の21世紀らしいものの見方じゃないか、と思うので。いやまったく。良かれ悪しかれ。) 文学というか小説的には、あれやこれやの暗喩も潜むのもなんとなく伺えるものの、その辺が今回はあまりこちらに突き刺さってこず、大半が他人ごとに思えるのはどーゆーわけか。 この十年間弱、改めてハイスミスの諸作のスゴさに肝を冷やしてきた評者だが、巷では評判のかなりいいこの作品で、ここまでアウェー感を抱くとは予想にしなかった。ただまあ、その辺の万人が万人、いいとは決して言いそうもない作品という側面も、正に本作の個性だという気もする。その上で、今回はたまたま、自分は合わない方にいただけだ。 もちろん、本作も含めて、ハイスミスがスゴイ作家であること自体は、いまだなお、まったく疑念の余地もないのだが。 |
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| No.2054 | 7点 | 救いの死 ミルワード・ケネディ |
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(2024/05/25 06:01登録) (ネタバレなし) 第一次世界大戦後の英国。地方のグレイハースト村に住む「わたし」こと独身の中年の地主グレゴリー・エイマーは、3年前に少し離れた隣の屋敷に越してきたモートン夫妻に関心を抱く。村人と距離を置くモートンだが、エイマーは実は彼が20年ほど前に活躍した曲芸を売りにする映画男優ボウ(色男)・ビーヴァーの変貌ではないかと疑念を抱いた。なじみの未亡人の姪の魅力的な娘オードリー・エムワースを秘書にしてモートンの調査を進めるエイマーだが、やがて彼の前に過去のとある殺人事件が浮かび上がってくる。 1931年の英国作品。 作者ケネディの6作目の長編で、盟友バークリーへのアンチテーゼというかあてこすりというかおちょくりというか……の意図も込めて書かれた一冊。バークリー好きは読んでみてもいいかもね。 ケネディはそもそもマトモな翻訳が少ないが、10年前に訳された『霧に包まれた骸』はリアルタイムで読んでいた(実は、自分は大体その時期から、ミステリファンとして再覚醒した)ので、これが二冊目の読んだ作品になる。 本サイトの先行のお二人のレビューを読むと何やらクセのある作品のようなので、楽しみに手に取った。 本文は二部構成で、第一部がほとんど大半を占めるが、そこでの多重解決(というかデクスター風の推理の反復)はややこしいわりに、意外に読みやすい。話も比較的、スムーズに頭に入ってくる。たぶん小説も翻訳もうまいのだと思う。 で、最後まで読んで……わはっはははは、こーゆーことか(笑)。 いや、遊戯文学としてのミステリ、こーゆーのもタマには十分にアリでしょう。まあ、こういうのばっかでも困るけど(笑)。 そーいえば『霧に包まれた骸』も、一種のメタミステリとしていまだに印象に残っている。面白いかつまらないか、ではなく、とにかくミステリというジャンル小説の中で、何か仕掛けてやろうという遊び心は買うんだよね。 『霧に』も今回の本作も。 この手のものがまだまだあるのなら、未訳が山のようにあるケネディ作品、もっともっと翻訳してください(笑)。 最後に、タイトル(邦題)の意味のみ、ちょっとピンとこない。分かる人、未読の方のネタバレにならないのなら、なんでこの邦訳タイトルなのか、教えてくだされ。 |
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| No.2053 | 6点 | ガラスの仮面殺人事件 辻真先 |
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(2024/05/23 06:35登録) (ネタバレなし) 都内の経堂にある東西大学。そこの演劇サークル「バブル座」は小規模ながらアマチュア劇団として評価を集め、映画館「吉祥寺シネマ」の場を借りて活動を続けていた。若手ミステリ作家の「ポテト」こと牧薩次は白泉社から依頼された(今でいう)コラボ小説のミステリ「ガラスの仮面殺人事件」を執筆するため、取材の目的で恋人の「スーパー」こと可能キリコを誘って吉祥寺シネマに赴くが、そこで二人を待っていたのは不可解な密室殺人だった。 91年に白泉社の知り合いの編集者から頼まれた作者が『ガラスの仮面』をモチーフにというか、あるいはコラボというか、で書いた企画ものミステリ。装丁が白泉社の「花とゆめ」コミックスの、セルフパロディチックなのがオシャレである。挿し絵は橘いさぎという方の新規書き下ろし。一部には原作『ガラスの仮面』の図版も流用で使用。 探偵役はあらすじのとおりにおなじみスーパー&ポテトのコンビで独身時代の後期のものだけど、大詰めの『本格・結婚殺人事件』までは、間にあと二冊あるようである(そのうち読もう)。 で、本作の読後にAmazonの評を覗くと、本家『ガラスの仮面』にまったく関係ないやんけ! という怒りの声があるが、実際にあんまりモチーフ作品との密着感はないね。20年前に原作本編を一度読んでその後読み返してない読者でも目をつぶってかけそうな程度の、原作『ガラスの仮面』の大設定が登場人物の話題になるくらい。なんかこの辺の薄さはいかにも辻センセイらしい。 <マヤは紫のバラの人をついに追いつめた! しかし次の瞬間、その相手は(以下略)>とか <楽屋で続発する悪意のある妨害工作。そうよ私は伯爵令嬢……(以下略)>とか、 そのまんまミステリのネタにしても面白そう? な名シーンが原作にはいくらでもあるんだけどね。 さすがお忙しい辻先生、原作を読み返すお時間は当時もなかったようで、と軽くイヤミ。 でまあ、その辺の<趣向が『ガラスの仮面』に沿ってない、別にほかの演劇ネタだっていいよね?>的な不満は最後まで残りましたが、変化球のフーダニットパズラーとしてはちょっとだけメタ的に面白い? ことやってはおります。まあその辺が無ければ、水準作~佳作だけど。 あと、ミステリ的な興味とはあんまり関係ないけれど、ポテトがさっさと求婚してくれないことに焦れるキリコの描写はちょっと可愛い。リアルタイムで『中学』からずっと、この二人の軌跡を追っかけた読者もこの広い日本のどっかにはきっといたんだろうけど、そういう人は『結婚』の刊行がさぞ感無量だったろうな。そーゆー人生の体験をした人が、ちょっとうらやましく思える(笑・照)。 |
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| No.2052 | 8点 | VR浮遊館の謎ー探偵AIのリアル・ディープラーニング 早坂吝 |
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(2024/05/22 07:00登録) (ネタバレなし) 「四元館の殺人」事件を解決した、人工知能(AI)探偵・相以(あい)と「僕」こと助手の合尾輔(あいお たすく)。そんな両者のもとに、知人の編集者・大川が現れた。輔たちは大川の手引きで、以前に縁ができた別の高性能AIのもとに向かうが、そこでは異様な特殊空間での探偵推理ゲームが二人を待っていた。 探偵AIシリーズ、3年ぶりの新作。 込み入った大設定の上でのシリーズ4冊目なので、基本はこれまでの3冊を読んでおいた方がいい。 (それでも本作は一応、単品でも楽しめるとは思うが。) さらに言うなら前作が前述のとおりに3年前なので、評者など前巻までの細かい設定や作中での情報を忘れていたが、その辺はさすがに書き手がプロの作家。これまでのシリーズの軌跡をなんとなく思い出せるように、地の文の説明で補助線を引いてくれている。 で、ミステリとしては堂々たる特殊設定ものだが、最後の最後でかなりの大技が炸裂。 さらにまた、そこに行くひとつ前の<真相の仮想>の方も面白かった。このネタ、ここでダミーというか当て馬というかで使っちゃったのが、いささかもったいないくらいのものだったね。 大技を用意しながら実は先駆例があり、その意味ちょっとイマイチだった前作に比べ、今回は最後まで二段三段のヒネリ、いやそれ以上? の仕込みでとても楽しかった。外連味のダイナミズムだけなら、今回はシリーズ全体でのベストワン。 結構な数の人が楽しめるとは思うけど、くれぐれも(できるなら)順番にシリーズ既刊の3冊を消化してから、本書を手にしてください。 さて……次回はいつ読めるか? まあ気長に待ちましょう。 |
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| No.2051 | 6点 | 一本足のガチョウの秘密 フランク・グルーバー |
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(2024/05/21 14:12登録) (ネタバレなし) 常宿である「四十五丁目ホテル」の宿泊代を滞納中のジョニー・フレッチャーと、サム・クラッグ。さらにそこに、以前にサムが月賦で購入した楽器の残金が未払いだと、強面の巨漢の借金取りJ・J・キルケニーが押しかけて来た。キルケニーに対応したジョニーは成り行きから、手数料をもらうという約束で、別のキルケニーにとっての債務者である美女アリス・カミングスの借金の取り立てを代行することになる。だがこれがまた、新たな殺人事件の幕開けにつながっていく。 1954年のアメリカ作品。ジョニー&サムものの第13番目の長編。 もはやおなじみのユーモアミステリの世界に付き合うために(だけ)読むという感じの一冊。 良くも悪くもなじみの店の定食を食べている気分だが、それはそれで悪くはない。 苦労して財を成した大富豪カーマイケル老が、まだ若造のジョニーに妙な親近感を覚えるらしい描写なんかほっこりする。 タイトルの意味は生きた鳥のことではなく、アンデルセンの鉛の兵隊みたいに、製造上の事情から片足が欠損して完成したガチョウ型の青銅の貯金箱のこと。事件に関わるアイテムになる。 今回はサムがシリーズでは珍しい? はずのピンチに陥り、その辺がちょっとした趣向か。 フーダニットのミステリとしてはもはや読者に推理させる気なんかカケラもない決着で、その開き直りぶりにはさすがにちょっと唖然としたが、むしろ今回は(中略)が最終的にどういう意味をもっているのか? を終盤までに当てるのが、謎の眼目の作品ということだろう。たぶん。 ついにシリーズの未訳の残りもあと一冊。発掘翻訳企画のレールを敷いてくれた今は亡き仁賀克雄と各作品の翻訳家、それに論創社に改めて感謝。 (まあ自分はまだ、全部のシリーズのうちの半分くらいしか読んでないと思うけど。) |
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| No.2050 | 6点 | ロニョン刑事とネズミ ジョルジュ・シムノン |
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(2024/05/19 14:53登録) (ネタバレなし) その年の6月下旬のパリ。68歳の浮浪者「ネズミ」ことユゴー・モーゼルバックは、たまたまある男の死体に遭遇。その男の携帯していた大金入りの財布を見つけた。ネズミは財布を単なる拾得物として警察に届け、一年後に落とし主不明のものとして、自分の財産にしようと考えるが……。 1938年のフランス作品。 メグレシリーズの番外編で、「無愛想な刑事」ジョゼフ・ロニョンが初デビューの作品がこれだそうである(シリーズの正編にロニョンが登場するのは、十年後の1947年の『メグレと無愛想な刑事』から)。 なおロニョンに「無愛想な刑事」の綽名を授けたのも、この本作のネズミ老人であった。本作の時点から、貧乏くじをひく体質、奥さんがやや面倒な女性(単純に悪妻ではないが)……などのロニョンのキャラクターはほぼ固まっていた感じで、興味深い。 本作ではおなじみリュカが警視になっているが、書誌データを検索すると1934~38年はちょうどメグレシリーズの刊行が休止期だったようだ。 つまりはこの世界線ではメグレはすでに現場を(一度)去り、後継者的なポジションのリュカがかなりの地位まで昇進していた……という解釈でよいのだろうか? (シリーズ全体を俯瞰すると、EQとか以上にパラレルワールド理論を導入しないと説明のつかない世界観である。) 短いからあっという間に読み終わってしまう。後半の動きのある展開はシムノンの世界の枠組みギリギリ(?)という感じで面白かったが、捜査側の主人公? のはずのロニョンの扱いに、あれ!? となった。まあロニョンらしくはある。 こういうメグレシリーズ番外編がいくつも書かれて、シリーズの世界観の裾野を広げたこと自体はとても良いと認めるのだが、なぜか今回に限っては、そのメグレの不在が相当に寂しく思えた。近くまた何か、シリーズの正編を読むことにしよう。 |
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| No.2049 | 7点 | 87分署インタビュー エド・マクベインに聞く 伝記・評伝 |
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(2024/05/18 21:06登録) (ネタバレなし) 本業は海外の各国勤務の商社マンだったが、大のミステリファンで87分署の研究書「87分署グラフィティ」で第42回日本推理作家協会賞の評論部門も獲得した著者・直井明による、エド・マクベインへのインタビュー本。取材は1990年10月にマクベインが来日した際に行われたが、この時点で直井氏はすでにマクベイン当人と親交があり、マクベインの方も新作を書くために、直井氏がシャーロッキアン的に研究したデータベースを参照することもたびたびあった。 取材の話題は、おおまかに13の主題(項目)に分かれて、87分署周辺の作品内外に関することはもちろん多いが、それ以外に商業作家としてのマクベインの履歴やほかの作家との親交、脚本家として仕事した際の述懐……など多岐に及ぶ。 それらのインタビュー(対談)の集積の中から与えられる情報量の多さには十分にお腹いっぱいだが、一ファンとしてはもうちょっとキャラミーハーな質問をしてほしかった気もしないでもない(なんでああもバート・クリングはいじめられるのか、とか、シンディ・フォレストの再登場を考えたことはないのか、とか)。 しかしマクベインが亡くなったのは2005年。この本が出たときより15年もあとで、最後まで現役作家だったのだから、実はこのインタビュー本はきわめて貴重な一冊ではあると同時に、まだまだこのあと晩節のある作家の過渡期の一瞬を捉えたもの、という感もあった。そういう意味で本の内容には、実際に語られていない部分で、まだ見ぬ奥行きの広がりを幾らでも感じたりもする。 通読してスゲーと改めて思ったのは、著者・直井氏の博覧強記ぶりとおしゃべり好きで、特に巻末に設けられた本文各所への註釈のそれぞれのボリューム感には唖然。ひとつ話題を振ったら、二十は語る、というようなマシンガントーク的な記述であり、いろいろ勉強になる。 実際、作者のトリヴィア探求の情熱はすさまじく、たとえば87分署の本文中に実在人物らしいかなりマイナーな音楽業界の関係者の名前が出てきたら、20冊ほど原書の音楽関係書を実際にリファレンスして、ようやく見つけたと安心する。あの島崎博にも匹敵する熱量で、そりゃまあ、協会賞のひとつふたつホイホイと取れるだろう、と思う。 直井氏の著作はほかにも買ってあるけど、実はマトモに一冊読んだのはこれが初めてであった(汗)。少しずつ勉強させていただきます。 |
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| No.2048 | 5点 | 母親探し レックス・スタウト |
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(2024/05/17 19:08登録) (ネタバレなし) その年の5月20日のニューヨーク。9か月前に42歳で逝去した人気小説家リチャード(ディック)・ヴァルドンの屋敷に男児の赤ん坊の捨て子があった。メモにはこの子は故人(リチャード)の遺児ですと書かれている。リチャードの未亡人で26歳の美女ルーシーは、ネロ・ウルフ探偵事務所を訪問。赤ん坊が本当に亡き夫の庶子なら引き取って養育も考えるので、まずはメモの真実とこの子の素性、誰が母親かを調べてほしいと相談を願う。「ぼく」ことウルフの助手アーチー・グッドウィンは、ルーシーと距離を狭めながら手掛かりを探るが、やがて予期せぬ殺人事件が。 1963年のアメリカ作品。 漠然とした人探し(情報調査)の依頼から始まって、いささか唐突に殺人事件に連鎖する。そのあたりの話の流れのテンポの良さは、秀作『黄金の蜘蛛』を思わせる(なお、その被害者が殺されていささか痛ましいキャラなのも、同作と同じ)。 これは面白くなるかな? と期待したが、後半は、出て来るキャラクターたちの全般に精彩がなく、かなり退屈。個人的には『腰抜け連盟』と同様に、キャラばかりムダに出て来る感じだった。 当然ながら、nukkamさんのおっしゃるように、真犯人が判明しても、ああ、そうですか(読み手的には、誰がホンボシでも、ほとんどどうでもいい)という感慨であった。 ウルフシリーズのなかでは、オチる方じゃないかと。 まあ、こういうのもあるでしょうね。長期シリーズなんだし。そういうのに出会うこともあるのも、ミステリファンの人生だと割り切ろう(笑)。 |
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| No.2047 | 6点 | スリー・カード・マーダー J・L・ブラックハースト |
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(2024/05/16 07:31登録) (ネタバレなし) その年の2月5日。英国のブライトン。11階建ての高層共同住宅の上階から、喉に傷のある男=41歳のショーン・ミッチェルが落下した。だが捜査が進むにつれて、ミッチェルは何者かに殺害されたが防犯用の、防犯用の記録映像から、その犯行現場に容疑者が入った形跡がない? ということが明らかになる。サセックス警察の女性警部補テス・フォックスは、警部への昇進をかけてこの事件に取り組むが、それと前後してテスは、異母妹で、そして実父のフランク同様、熟練した詐欺師であるセアラ・ジェイコブズと15年ぶりに再会した。 2023年の英国作品。 刑事と詐欺師の姉妹コンビが主人公というキャラ設定の妙(ちょっと、懐かしの探偵ドラマ『華麗な探偵 ピート&マック』を思い出す)、それに不可能犯罪の連続という趣向を聞き及んで、それは面白そう、と読んでみた。 読んでいる間は、設定とプロットの割にちょっと小説が長めかと感じたが、最後まで通読すると、さほどでもなかったかと思い直す。むしろもうちょっと書き込んでおいてほしい部分もあったが、その辺はシリーズ化も決まっているというので、二作目以降のお楽しみか。 謎解きミステリとしては最初の事件の解法がまあまあで、あとの方はああ、おなじみのあれね、という感じだったが、真相がわかるまでは主人公コンビや捜査陣がそれなりに騒ぎまくるので、テンションは高く、そこそこ楽しかった。 作者がミステリファン向けのアイコン風に、劇中に『三つの棺』などカーの諸作を引っ張り出すのも、田舎芝居のハリボテ的な外連味でたのしい。 登場人物は多めだけど、主要キャラ&バイプレイヤーキャラは割と書き込まれていて、なかなか好ましい。なお解説ではテスの署内の味方は年下の美男刑事のジェロームのみだ、と話を盛ってるけど、実際にはそんなことないでしょ。同僚連中はいい奴らばかだし、上司のオズワルド主任警部もこの上なくあれこれ融通してくれてるじゃないの。 最後の真相というか犯人の設定には、なんか日本の21世紀のラノベみたいだな、と思ったが、精神的には近いものがあるかもね。まあこれはこれで、でしょう。 7点にはちょっと足りない、という意味で6点。でもそれなりには楽しめた。 いずれ刊行される(本国で)という2冊目は、(翻訳されたら)事件の設定や趣向が面白そうだったら、あるいは、先に読んだ人の評判が良かったら、読むでしょう。 |
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| No.2046 | 5点 | 越前岬の女 斎藤澪 |
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(2024/05/14 15:34登録) (ネタバレなし) その年の一月下旬。プロ棋士(囲碁の方)八段で50歳の真城寺欽也は金沢支部での大会に参加したのち、同行の「東都新聞」の中年記者、苗場幸雄と若手カメラマンの瀬能俊彦を連れて、福井県は越前岬の大橋旅館に逗留した。目的は季節の名物であるカニを味わうためだ。そこで真城寺は以前にこの地を訪れた際に知り合ったおでん屋の若女将、玉木睦美に再会するが、瀬能は初対面のはずの睦美をどこかで見かけた覚えがあると洩らす。やがて旅館~岬の周辺で変死体が発見され、さらに事件は真城寺たちにも深く関わっていく。 同じ夜に先に読んだ『ポケミス読者よ~』が割に早く読み終わったため、寝る前にもう一冊手に取った。このところ新刊ばかり読んでいるので、気分を変えて完全な旧作を選ぶ。 文庫化もされていないマイナーな書き下ろし国産ミステリで、表紙周りには「書き下ろし長編旅情ミステリー」とある。数年前にブックオフの100円棚で見つけた一冊だが、遊び紙には作者から謹呈相手への為書(名前のみ)が記されていた。 斎藤作品を読むのは、少年時代に手に取った第二作『赤いランドセル』以来かもしれない。同作の内容はもう完全に忘却の彼方だが、なんともいえないイヤンな、しかし作風そのものは真面目で軽く揶揄できない雰囲気はなんとなく覚えている。今で言うなら、シリアス味の強いイヤミスの系譜の先駆みたいなものだったかもしれない。 いずれにしろ斎藤作品にはどこかそういった湿ったイメージがあるのだが、この本(今回レビューの本作)をブックオフで見つけた際には、それでもなんか懐かしくなって即座に購入した。たまにはそういう系列の作家もいいだろうと、いう思いだ。 トラベルミステリを謳うだけあって、地方の景観や風物はそれなり以上に書き込まれ、ある種の臨場感は十分。お話の方は主人公の周辺に怪しい人物が続出し、さらにちょっと都合の良い偶然も手伝ってストーリーが転がっていく昭和ミステリ(正確には平成初期の刊行)だが、今回はさほど暗さも湿った感じもない(主要な登場人物の情念もからむ筋立てなので、もちろんそういう部分が皆無ではないが)。 読み手としてはあまり推理をする余地はないまま、事件の真相(いくぶん社会派寄り)と人間関係の綾を語られて、そのままクライマックスに流れ込む、作りであった。感触で言うなら、やや薄口の初期の日下圭介あたりみたいな感じ。水準作~佳作。 |
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| No.2045 | 7点 | ポケミス読者よ信ずるなかれ ダン・マクドーマン |
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(2024/05/14 05:02登録) (ネタバレなし) 1976年のニューヨーク。市街地から離れた狩猟場「ウェスト・ハート」に設置された会員限定の狩猟クラブの宿泊施設に、35歳の私立探偵アダム・マカニスが現れる。マカニスはクラブの一員である老医師ロジャー・ドレイクの息子ジェームズの学友だったが、今回のマカニスはそれとは別に誰かの依頼でこの場に来訪したようだ。クラブに参加する主だった4つの家庭やほかの関係者と接触するマカニスは、一同の人間関係の綾や過去の秘話などを少しずつ見知っていく。そしてそんななか、ひとりの人物が死体で発見された。 2023年のアメリカ作品。ポケミス2000番突破記念の一環で、叢書の通しナンバー2002番で刊行された一冊。 なんともぶっとんだ邦題だが、これは早川側の演出のようで、実際の現代は「WEST HEART KILL」。キルの意味は通常の英語の「殺す」ではなく、ポケミス本文の139ページ目で語られるので、気になる人は実際に読み進んで、そこまで待とう。 60~70年代の文学派私立探偵小説みたいな仕様の設定と物語のスタイルだが、それはあくまで大筋で、作者は序盤からメタ的な小技・中技を、あれやこれや使いまくる。ここで具体的な例をあげて興を削ぐのは本意ではないので、とにかく最後の最後までオモチャ箱をひっくり返したようなギミックが満載の長編であった。 奇妙奇天烈な、オフビートなミステリを読んでみたい、という向きになら、まさに願ったり叶ったりの一冊ではある。 ただし大皿に山盛りされたギミックが全部、同じ決着点に向けて足並みを揃えて機能している作品かというと必ずしもそんなこともなく、書き手は単に好き勝手しまくっているだけのような気がしないでもない? 巻末の解説で小山正は懸命に、作中の仕掛けの累積に作者の自覚的な意味性を見出そうとしているようだが、個人的には、はて? どんなものでしょうね? 作者はそこまで考えてるのかな? といささかニヒルな思い。 いや、あれこれと、受け手が妄想の翼を広げる事こそがオモシロイ作品だということは、よ~くわかりますが(笑)。 スゴイ作品とか、ぶっとんだ怪作(快作)だとか賞賛するよりは、作者がやりたいこと、思いついたことをやりまくって、それでそこそこヒットした作品、という受け止め方がいいんじゃないかなあ、と思う。 いや、軽視するのではなく、それなり以上にこの作品を楽しませてもらいましたが。 (ただ正直、序盤5分の1くらいはかなり退屈で眠かった。途中からはサクサク、ページをめくった。) まあ興味が湧いた方は、どんどんお試しされることをオススメする。 最初っからヘンな作品だと思って読んで、怒る人はそういないだろうし。 ◆作中で『アクロイド』だの『カーテン』だのの大ネタをバラシたり、暗示したりしてるので、その辺はくれぐれも注意のこと。 |
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| No.2044 | 6点 | レザー・デュークの秘密 フランク・グルーバー |
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(2024/05/13 15:11登録) (ネタバレなし) 版元の事情で巡回セールス用の配本が届かないため、いつものセールスマン稼業を続けられないジョニー・フレッチャーとサム・クラッグのおなじみコンビ。仕方なくふたりは、ほとんど生まれて初めてまともな会社に就職することになった。工員をひとりだけ募集している「タウナー皮革会社」の工場に赴いたふたりだが、たまたまそこでさらに辞職者が出たため、補充員が必要な工場はふたりを同時に雇うことにする。だがそこでまたまたふたりは、殺人事件に出くわすことになった。 1949年のアメリカ作品。ジョニー&サムシリーズの第十二弾。 シリーズもここまで来ると、作者の方ももう十分にこの主人公コンビを使い慣れた感があり(読むこっちは、まだその半分くらい~もうちょっとかな~しか読んでないが)、たまには変わったシチュエーションでやってみようという趣向の一編。『新・必殺仕事人』のサブタイトルパターン(「主水、~する」で統一)風に言うなら「ジョニーとサム、就職する」と副題をつけたいような巻である。 途中(後半の時点)で気づいたが、物語全編が二日間の事件であった。とんでもないスピーディぶりに軽く驚きつつ笑う。その分、中味は動きがあって、オモシロイが。 ミステリとしては残りの紙幅がギリギリまで少なくなる中、どうやってまとめるんだ、と思っていたら予想以上に強引に決着させた。 後出しの情報も多く、その分、謎解きミステリとしてはいささかアレだが、それでもトータルとして、この作品はなかなか楽しかった。グルーバー完全に職人芸の世界。 シリーズ全冊翻訳という夢のような事態の完走までもうちょっと。最後までよろしくお願いします。 できるなら、シリーズ完結後は、さらにほかのグルーバーのシリーズキャラクターの未訳作品の発掘(特に人間百科事典オリヴァー・クェイドもの)も頼んます! |
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| No.2043 | 6点 | 対怪異アンドロイド開発研究室 饗庭淵 |
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(2024/05/13 04:15登録) (ネタバレなし) 近城(きんじょう)大学の女性工学者・白川教授が、外部の企業のスポンサードのもとに生み出した超高性能アンドロイド「アリサ」。若い美女の姿をした全重量130㎏の彼女は、複数の超科学機能を備えた高性能AIのアンドロイドだった。その活動目的は、すでにこの世に実在が前提視されているさまざまな「怪異」を探求し、その真偽のほどを数値化して分析しながら、データを持ち帰ることだが。 怪談ホラー連作(本書には全7話収録)の物語世界に、高性能アンドロイドのスーパーヒロインを放り込むという趣向というか発想が面白そうで、まったくのフリで読んでみる。 当然、初めて読む作家だが、webで検索して調べてみると、この作者の人(饗庭淵=あえば ふち)は、ちょっと興味深そうなR15ゲームの原作も手掛けていた。まあ本作は、そっちの方向とはまるで関係ないが。 アクションホラーではないので、アンドロイドヒロインのアリサが科学パワーで怪異(妖怪やモンスターなど)を次々と一刀両断していく話ではなく、むしろ怪異が結局は人外のものという現実を際立たせるために、アリサと彼女をバックアップする面々の背骨となる科学性は、その相対化の便法となる(こともある)。そこら辺のグレイゾーンのバランス感は、なかなか趣深い。 (ネットでは『裏世界ピクニック』シリーズと似てるといった趣旨の感想も見かけたが、個人的には、まあわかるような、なんかそれは違うような? という感じ。) 合理思考の高性能アンドロイドとして、冷徹な判断や言動をとるのが基調のアリサだが、製作者の意向的なもので「人間らしく」ジョークも言うようにプログラミングされており、その辺もあって、かなりすっとぼけた、しかし妙にかっこいいヒロイン像が確立。この辺のキャラクター造形はとても良い。良い意味で古典的なロボットテーマのSF、その21世紀版を読む楽しさもあった。 日常モダンホラーとして何ともいえない味わいの話が続き、心に澱(おり)が溜まっていった頃合いに最後のエピソードを迎え、本書はそこでいったんのマトメとなる。 とはいえ続編は間違いなく書かれそうなクロージング。今回は連作の形で設定篇~世界観のありようを消化したので、たぶん次回はこってりした長編が上梓されるのじゃないか? と予期する。 今後のシリーズの展開を見守りましょう。 評点は受け手の評者が中身を読み切れていない感じがあるので6点にとどめておくが、実質7点。悪い数字ではない、ということで。 |
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| No.2042 | 7点 | シャーロック+アカデミー Logic.1 犯罪王の孫、名探偵を論破する 紙城境介 |
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(2024/05/12 09:07登録) (ネタバレなし) 横行する凶悪犯罪に対処すべく、優れた探偵の才能のある者に、国家認定の探偵資格が与えられるもうひとつの世界。「俺」こと不実崎未咲(ふみさき みさき)は、本邦で唯一「国家探偵資格」を取得できる超難関校・真理峰探偵学園の高等部に入学した。だが不実崎の入学は、さる重大な出自上の事情から決して周囲に歓迎されるものではなかった。そんななか、彼は「私」こと、特異な家柄の美少女探偵、詩亜・E・ヘーゼルダインと対面する。 すでに数タイトルのラノベミステリを著し、一般ラノベ読者&アニメファンには青春恋愛ラノベ(ややラブコメ寄り)『継母の連れ子が元カノだった』の大ヒットで知られる紙城先生の新シリーズ。 といっても本シリーズはすでに、この第一弾を皮切りに今年2024年の4月の時点で、もう3冊出ています。で、評者はようやっと、その一冊目を読みました。 今回も『元カノ』同様、互いに異性として意識し合いながらも、こじれた関係の不器用な男女コンビが主人公。 青春ラブコメ風恋愛ものとしては例によって根がマジメな分、そこが微笑ましくて魅力ですが、なにしろそれ以上に、本人が大のミステリファン~マニアという地を自作の各編に滲ませてくるのが持ち味の作者です。 なにせ自分は『不連続殺人事件』が劇中に登場したラノベを、くだんの『元カノ』以外に知りません(笑)。 そんな作者だけに、今回も伏線となる地の文を全部? ゴシック体で強調という、外連味ある趣向を採用。これってもしかしたら、どっかの新本格作家がすでにやってるギミックかもしれませんが、寡聞にして私は知りません。 いずれにしろ、本作でもイイ感じにアレコレ、要所でミステリファンのツボを突いてきます。 もちろんシリーズものの第一作のラノベですから、今後の物語の広がりを想定した仕込みも多く、作品世界はまだまだ序盤です。それでも期待通りに、なかなか楽しめる作品ではありました。 (ある種の特殊設定のなか、グレイゾーン的にムニャムニャな部分はまったくないではないですが。) ちょっとじっくりとマイペースで、このあとの続巻も付き合わせていただきたいと思います。 |
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| No.2041 | 6点 | 鬼火列車 吉岡道夫 |
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(2024/05/10 08:08登録) (ネタバレなし) その年の9月。千葉県市川市の山林から、男性の白骨死体が見つかった。一方、海外のオークションで高額の美術品を見事落札した画廊の主人で37歳の刀根直之は意気揚々と日本に帰るが、そこで彼を待っていたのは十数年前に別れた恋人で今は大スターの歌手・志摩奈津子からのいわくありげな留守電だった。その直後、刀根は奈津子の急死を知るが、その状況にはある不審さが認められた。警視庁捜査一課の面々が奈津子の周辺を洗う一方、刀根は奈津子から書面で託されたある依頼に応えようとするが。 1988年の乱歩賞を、坂本光一の『白色の残像』と最終選考まで争って敗れた作品。同年の同格の候補作には、あの折原作品『倒錯のロンド』(本サイトで現状レビュー数が50の、大メジャー作品)がある。 少し前にネット上やリアルのあちこちで、本書の作者・吉岡道夫の名が、なぜか、たまたま? 目につく。 昭和世代人の自分としてはこの人は、何と言っても1960年代の「少年マガジン」の誌面を飾った青春学園ジュブナイル小説(のちにソノラマ文庫に入った『さいごの番長』とか)の作者である(何はさておき、これが一番~とはいえ自分はその辺のジュブナイルをまともに通読した記憶はない・汗)。 で、ほかにも改めて調べると、特撮怪獣テレビ番組『怪獣王子』のメイン脚本家だったり、晩年には麻雀劇画の原作や小説で名を成したり、実に幅広い活躍をしている。当然のごとく(?)ミステリも何冊か著作があり、それじゃあ……と興味が湧いて、まずはこの辺の今回の本作、乱歩賞がらみの作品から読んでみる。 文章は平易で、登場人物の描写もあっさり気味で読みやすい(しかしこれなんか正に、例の、臣さんが草野作品『死体消失』のレビューでおっしゃった「読みやすいというより、読みごたえない」かもしれない……・汗)。 おどろおどろしく白骨死体が出てくるプロローグで読み手の気を惹き、しかしその件をいったん脇に置いたまま、本筋のスター歌手・奈津子の変死の方に舵を切り返す作劇なんかは、王道なれどちょっとゾクゾク。地味な状況のなか、とある明快な不審から、他殺の疑念が捜査陣や主人公の刀根の内面に生じる外連味のある流れもよい。 ……という感じで昭和のエンターテインメントよみものミステリとしてはそれなりにページをグイグイめくらせるのだが、後半~クライマックスになって話の風呂敷を畳みにかかると、作者が実はあのキャラは……的な種類の意外性を連続して狙うために作品世界が少しずつ狭くなり、一方で、そのうちのいくつかは、いや、当初から見え見えだろ、という不満も生じて来る。 2時間ちょっとの時間をさほど退屈しないで読ませてくれた筆力は評価する(一部のなかなか味のある刑事たちが、捜査に飛び回る描写とか存外に楽しい)けれど、ミステリ的にはあまり光るものはなく……でもないかな? 1988年に書かれて1990年に刊行された長編、そういう時代色を感じさせるトリックはちょっとだけ用意されていた。まあ30年も経った今となっては、昭和晩期の時代を探る風物的な読み方しかできないが。 職人作家の書いた昭和末期の読み物ミステリとしてはそんなに悪くはないけれど、一方であくまでその程度のものと思って楽しむが吉。 ちなみにタイトルの「鬼火」は、ある登場人物の過去の心象にからむもの。「列車」の方は特に、列車とか時刻表とかに関係する訳ではなく、あくまで観念的なレトリックなのだが、あえてこの言葉を使う必然性がほとんど覗けず、なんかハズしている印象。実をいうと、この禍々しいタイトルにも相応に興味を惹かれて、それで手に取った一冊だったんだけどね(笑)。 ジャンルは一応、パズラーにしとくけど、サスペンスにした方がいいかもしれない。フーダニットぽい面もあるが、謎解きの面白さをメインに期待すると、ちょっと拍子抜け。 |
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