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ミステリの祭典

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清算

作家 伊岡瞬
出版日2023年11月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2024/01/29 14:03登録)
(ネタバレなし)
 多摩市にある、大手新聞社を親会社とする広告会社「八千代アドバンス」。そこで45歳の製作部次長・畑井信一は、中小企業を主な顧客として宣伝用の印刷物やパンフ類を作っていた。そんなある日、会社の幹部連に呼び出された畑井は総務部の部長を拝命すると同時に、数か月後に会社は解散するのでその後始末をしてほしいと頼まれる。我が身や同僚たちの今後を案じながら、秘密裏に会社の廃業準備を進めた畑井だが、やがて彼の前には予想だにしない事件が待っていた。

 もう一冊くらい出るんじゃないの? と数か月前に書いた覚えがあるが、予想通りに年内に二冊目の新刊が出た伊岡作品。そろそろこの1月にまた新刊が出るはずで(もう出たかな)、かなり精力的に仕事をしている。
 
 勤め先の廃業だけでも大事件なのに、その後始末役という貧乏くじを引かされた真面目な主人公・畑井。そんな彼の奮闘を描くだけで、物語の前半が終了。
 売掛金の回収、失業する正社員たちの次の職場への公正な斡旋などなど……畑井が抱えたタスクの数々の描写は、作者が取材で得たネタは一通り形にした感じ。実際に同じ憂き目にあった方にははなはだ不謹慎で恐縮ながら、未知の状況を教えてくれる感じで、企業小説としてなかなか面白い。
  
 でまあ、前述のとおりなかなかミステリに転調しないので焦れたが、一応は帯に事件性らしい話のネタは書いてある(しかしミスリードを誘う帯だったな。詳しくは言えないけど)。
 で、実際にミステリへの舵の切り方はいささか強引な感じもあったが、それはそれとして思わぬ方向に転がっていく事件の流れは、それなりによく出来ている。まあ細部まで覗くと、いくつかモノを言いたい部分がなきにししもあらずだが。
 まとめると昭和の中間小説系の雑誌に載った企業ものミステリの復活という感じで、具体的に近い作風の作家の名前を挙げるなら、佐野洋か笹沢佐保、あるいは多岐川恭あたりの諸作の雰囲気か。
 主人公を苦境に追い込む嫌なキャラなんかも出て来るんだけど、それでも最後はおおむね陽性の方向に向かうのはこのところのこの作者らしい。

 ネットの声を拾うといつもの伊岡作品と毛色が違う、別のジャンルの小説をなかなかミステリの方に持ってこないという主旨の不満がある一方、いっきに読んで面白かった、ミステリの組み立て方がよい、という概要の声もある。うんまあ、どっちも分かるな。

 トータルとして、この評点で。 
 

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