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ミステリの祭典

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ゴア大佐の推理
ワイカム・ゴア大佐

作家 リン・ブロック
出版日2024年01月
平均点5.33点
書評数3人

No.3 5点 nukkam
(2024/05/26 02:46登録)
(ネタバレなしです) アイルランド人ですが第一次世界大戦では英国軍に在籍し戦後は英国に定住したリン・ブロック(1877-1943)は戦前から劇作家として活躍していましたが、戦後は小説にも手を染めるようになりました。非ミステリー作品もありますがミステリー作品ではゴア大佐シリーズ(全7作)の本格派推理小説が有名です。1924年発表の本書がそのシリーズ第1作で、退役軍人で探検家であるゴアが旧友たちと9年ぶりに再会して怪死事件に巻き込まれます。ゴアが何を考えているかを読者に隠さないのが意外でしたが、感情の起伏はほとんど描かれません。捜査も丁寧に描かれてはいるのですが推理はかなり空想的で(ヴァン・ダインは弁証的方法と評価していますけど)、せっかく集めている証言や証拠を活かしきれていないように感じました。11章や27章ではグラフまで用意しているのですけど何を意味しているのか理解できません。同じ本格派でも同年発表のフィリップ・マクドナルドの「鑢(やすり)」の読者へのフェアプレーと論理性を重視した謎解きと比べると説明説得力が足りないと思います。

No.2 6点 弾十六
(2024/03/12 09:50登録)
1924年出版。翻訳はぱっと見には問題が少なそうだが、よく検討すると残念ながら結構アバタあり。まあ欠陥翻訳では全然ないのだが、下でかなりイチャモンをつけた。今後のご健闘をお祈りしています。良い編集がいれば避けられた、とも思う。一人だとどうしても独断的になるよね。
翻訳の最大の問題点はゴアが金持ちだと誤解してるところ。200ポンド(p31)って全然大金じゃない。ハロー校とかポロという単語で騙されたのかなあ。ゴア大佐はゲスリン大佐みたいな大金持ちとは違うのよ。軍人家系の父ちゃんが頑張ってハロー校に入れてくれて、お金持ちのご友人がたくさん出来たんだろうなあ。ポロ(p31)も後述の通りだし… ちょっとネタバレになっちゃうけど、貧乏な生まれだったから立候補すら出来なかったのでは? そーゆー境遇だと気づいてから一気にゴアが愛しくなったよ。ああそれで遠くの任地を希望したり、探検隊に加わったりしたんだ… この設定だけで泣ける。そして金持ちたちのグータラ生活に向ける厳しい視線。次の仕事が欲しいからゴアはつまんない事務職にせっせと応募してる…
翻訳のもう一つ大きな瑕疵は、第二十四章の会話の調子。ゴアの口調が乱暴すぎたり、相手の口調が丁寧だったり馴れ馴れしくなったりで、なぜかここだけ揺れ幅が大きい。大体、翻訳における医師の年齢設定が不詳。私は35歳程度だと思っている(p10)。ゴアからすれば若僧だろう。それっぽく訳して欲しかったなあ。
肝心の本作の内容は、当時の英国の風情がたくさん感じられて、とても良かった。捜査の素人があっちこっち苦闘して、話の展開も良い。第11章に登場するグラフが珍しい。当時の何かの流行?そして探偵小説の愛好者なら大喜びする地図がちゃんと付いている。
ところで本作が珍しいのは、探偵小説の読者が小説中に登場しないこと。「まあ!小説みたい!」とか「シャーロック・ホームズなら…」とか黄金時代の長篇小説につきもののセリフが一切出てこない。作者があんまり探偵小説に関心がなかったのか。でもそこが良い。ミステリ的言辞は、探偵小説界という狭いエリアのお遊びだと感じちゃうんだよね。
本格ものを期待すると物足りないと思うけど、偶然に犯罪っぽい状況に巻き込まれた独身中年(元軍人、無職、収入はそこそこ)の冒険としてなら面白く仕上がってると思う。
私が参照した原文Harper Collins 2018にはRob Reefの序文がついてて、以下はWebのDictionary of Irish Biographyで補足した情報を含む略歴。作者(本名 Alexander Patrick McAllister)は1877年ダブリン生まれ(父は港湾関係の会計士)、Clongowes Wood College卒業、Anthony P. Wharton名義で書いた戯曲Irene Wycherly (1906) と At the Barn (1912)はロンドンで大ヒット(後者はブロードウェイでも1914年に一か月興行)。しかしその後はパッとせず、大戦では機関銃部隊としてずっとフランスで戦った。戦後はGuildfordでパブThe Jolly Farmerを経営。金になると思って本作を書いたら結構売れた。絵と音楽の心得あり。(論創社『醜聞の館』のあとがきには戦時中は「情報部に所属」と書いてあり、どこ情報か探したがスタインブランナー&ペンズラーの事典に出ていた。ちょっと怪しい気がするなあ…)
気になるのは当時「探偵小説は売れる」という印象があった、ということ。まだ黄金時代前、ヴァンダインのバカ売れの前。当時の探偵小説界のイメージは、アガサさんの『二人で探偵を』(連載1924年The Sketch誌、本作にもこの雑誌は顔を出している)がわかりやすい。そこに登場するのは半分くらいがもはや忘れられた探偵たちだ。でもホームズ、隅の老人、思考機械、ソーンダイク、アノーは良く売れてたんだろうなあ。
以下トリビア。
作中現在はp30に明記。
価値換算は英国消費者物価指数基準1922/2024(71.72倍)で£1=13505円、1s.=675円、1d.=56円
p7 ブリッジ台(the bridge-block in her lap)◆ 「膝に置いた」がついてるのでテーブルではなさそう。何度も書き直して線が複雑に重なり合い、橋のブロックみたいに見える食卓配置図のことじゃないか、と無理矢理こじつけ。用例は見当たらなかった。気になるなあ。あっそうか、ブリッジのスコアを記録するメモ用紙の塊(memo block)のことか!試訳「膝に置いたブリッジ用紙」 閃きは愛と同じで一瞬だね!
p7 食卓の配席図(plan of the dining-table)
p8 茶色い細顔(lean brown face)
p8 ロトの言葉に背いた数多の先人の二の轍は(as so many of the Old Lot had somehow contrived to do)◆ 翻訳の(おそらく)聖書のロトLotと解釈した文章では意味がよくわからなかった。ロトの妻は有名だが、ロトがやらかしたことってねえ… (創世記19:31-36、ああ酔っ払ってたんだ。じゃあ娘がヤバかったんだね) ここは「運命の神」(イメージは時の老人)のしわざを(免れている)、というような意味では?
p10 ちょっと歳が離れすぎている(a tiny shade too old for her)◆ tiny shade なので「ほんのちょっと」では?この医師の年齢が本文でちゃんと書いてないんだよ。ここから彼は妻の五歳程度歳上、ゴアよりはちょっと歳下なんだろう。
p11 ジャマイカ… 製糖業ですか(Jamaica... Sounds like sugar)◆ ジャマイカじゃあるまいか、って誰かのギャグだっけ?知らない?じゃあまあいいか。
p11 メルヴィルの財産だって三万か四万はある(old Melville came down with thirty or forty thousand at least)◆ ちょっと意味が取りにくかった。試訳「メルヴィル老も最低三万か四万を与えた」
p11 ゴルフ(golf)
p11 前週の補欠選挙(the by-election of the preceding week)◆ 英国下院は1922-11-15に総選挙が控えており、保守伯仲状態だったため、1922-10-18のNewport(Wales)補欠選挙は、前哨戦として大いに注目を浴びていた。英Wikiに項目あり。
p11 自動式電話交換機(the Panel System)◆ Rotary SystemとPanel Systemの対立があって、英国GPOは1922年にStrowgerのRotary Systemを採用したらしい。英Wikiをざっと見ただけ。
p11 ネイビーカット(the Navy cuts)◆ ググるとNY Timesの1922-5-15の記事がヒット、BRITISH NAVY CUTS FORCE OF OFFICERS。タバコ(Navy Cut)なら両方大文字のはず。ここはワシントン海軍軍縮条約(1922年2月)に基づき実施されつつあったさまざまな海軍縮小の話題だろう。
p12 メインディッシュ(ピース・ディ・レジスタンス)pièce de résistance◆ カナはピエス・ド・レジスタンスとしたい。フランス語由来。
p12 現在の収入は毎分きっかり1シリング(income at present... at just a shilling a minute)◆ 日額1440s.= £72(=97万円)、年額26280ポンド(=三億五千万円)。うぎゃあ。
p13 向こう見ずなハロウ校生徒(a Harrovian of unusually misguided enterprise)◆ これもしかしてだけど「(貧乏人のくせに)かなり無理した入学だった」というニュアンスじゃないかな?
p14 翌日のディナーと来週のダンス(for dinner next day and a dance in the following week)◆ 英国の社交。このダンスはダンス・パーティか?
p15 一九一八年三月(in March, 1918)◆ 英国人ってはっきりモノを言わないね。意味は翻訳文の通りだが、原文では露骨に「愛国心」は出てこない(事業にうちこんでいるdevotion to his businessを誤解) 。銃後で激しい戦闘のニュースを見て、何でこの人安全な本国で事業にかまけてるの?と思っちゃう、という感じ。
p18 アスピリン錠(aspirin tabloids)◆ 当時の万能薬
p21 労働党がいかに災いか(views upon the sinister aims of Labour)
p23 ムブル族(Wambulu)
p29 ケバケバしい(if somewhat excessively embellished)
p30 一九二二年一一月六日(Nov. 6, 1922)
p31 二百ポンドの年金(with exactly two hundred a year)… 隊員の平均収入の十倍(since the average income of the men... was some ten times that amount)◆ 先入観なしなら間違えないと思う簡単な構文。周りの隊員はいいとこのおぼっちゃまばかりで2000〜3000ポンドの年収だったんだよ。当時の独身者だったら最低1000ポンドで人が羨む。従者とかの人件費もあるからね。
p31 ポロ・プレイヤー… つきあいで半ば義務的にやっていた(a polo-player—an amusement which he had pursued, unavoidably, on other people’s ponies for the greater part)◆ これも貧乏というのを押さえていれば、解釈は簡単だろう。試訳「〜その娯楽に打ち込んでいたのだが、[貧乏で自分の馬を用意できないため]やむを得ずいつも他人のポニーを借りていた。」
p32 それ[インド行き]が三年の長きにわたるとは思いもせず… 彼が生まれてきたのも、俸給に上乗せで200ポンドの年金が出ていることも、ひとえに自分のためだと信じて(had no faintest suspicion… morn for three whole years past he had cursed, for her sake, the day on which he had been born—born, at all events, to two hundred a year in addition to his pay)◆ これも貧乏だとわかっていれば、複雑な文章じゃあない。[彼女は]全然気づいていなかった。彼のほうでは彼女を想い、三年間ずっと嘆いていたのだ。彼が生まれた日を。どうあがいても年200ポンドと俸給しか得られない生まれなのだから…
p32 四二歳の誕生日(his forty-second birthday)
p33 モールスキン姿(moleskins)
p33 もっとも愛すべきおじさん(the darlingest old thing)◆ old boyとかold thingは学生言葉が由来?親しみを込めた感じで、年寄りに使うわけではなく若者同士で使う印象。アガサさんのトミタペもお互いをそう呼び合ってたので男女は関係ない。
p35 とても愉快な人(Quite a dear)
p35 大はしゃぎ(a giddy party)
p41 ズボン紐(the cord)◆ パジャマとかでズボンに腰紐が入ってて、縛って落ちないようにするやつだろう。
p44 一〇〇〇(A thou)◆ 俗語。発音は「サウ」試訳「セン」
p50 純粋な若者(An ingenuous youth)◆ 「おぼっちゃん育ち」齋藤和英にも出ているよ。知ってそうな単語でも辞書はこまめに引きましょう… ネットでも良いからね。
p51 フラット(the flats)◆ 戦後、大きな屋敷のなかを分割してフラットとして貸している。経済的に大きな屋敷を維持できず、アパート需要も高まって… という事だろう。
p52 XXXXくん(Master XXXX)◆ 昔なら問題無用で「XXXX先生」と訳すだろうが、今はそういう言い方をしないのかも。
p52 オールドミス(old thing)◆ p33参照
p55 タバコ(cigarettes)… 百本で90ペンス(eighteen bob a hundred)◆ 原文18シリング。1972年以降の十進法時代なら90p(新ペンスの略号はp)で正解だが、当時は18s.=216d. 当時の普通タバコはPlayer's Navy Cut White Labelで20本11d.、百本なら55d.、百本1ポンドは普通タバコの約4倍の値段。
p90 頭の鈍そうな女(the very stupid woman)
p94 郵便局(the post office)◆ 当時の公衆電話は公共施設に設置されていた。まだダイヤル無しで交換手が番号を聞いて繋ぐ方式。ダイヤル付きの公衆電話は1925年ごろからのはず。セイヤーズ『ベローナ・クラブ』で詳しめに書いた。
p101 フローラ… 地位に相応しくない名前... フローレンスに改めた(change it to Florence... not thinking Flora suitable to my station)◆ パントリーメイド(pantry-maid)にフローラは相応しくないと感じられるらしい。ご主人は横暴だなあ。他の小説でもそんなセリフがあった記憶あり。
p102 淡い色の髪の(with very fair hair)◆ 形容詞が難しい。試訳「まさに金髪という」 プラチナ・ブロンドなのかな?ググった画像ではそんな感じに見えるけど…
p103 おそらくインクエストが開かれ(a possible inquest)◆ 不自然と思われる死の場合は検死官の判断でインクエストが開かれる。明らかに病死であれば開催されない。当時は検死官への通告義務がちょっと曖昧で、インクエストが開かれない微妙な「自然死」があったようだ。1926年の検死官法改正で是正されたんだっけ?要調査。(インクエスト記事、まだ準備中です…)
p103 映画(the pictures)◆ もちろん当時はサイレント映画
p105 小型車(a small car)
p115 御者から鞍替えした男(a converted coachman)◆ 馬車から自動車に移り変わった時代
p116 ダイムラー(Daimler)… サンビーム(Sunbeam)◆ 大型車のようなのでSunbeam 16hpか24hpあたりか。
p119 運転手の給金を週30シリングもカット(cutting thirty shillings a week off your chauffeur’s wages)◆ 主人が外国に出かけている間の給与。
p127 人間味あふれた人物(a very human person)◆ humanの意味がちょっとわからなかった。下衆な勘繰りをしてることとの対比か? あるいはすぐ後に出てくる「論理的(logically)」との対比?なんか国語のテストの問題みたいだなあ… 「humanは作者のどういう意図なのか説明しなさい」
p128 コート傘スタンド(the coat-and-umbrella stand)◆ アレを普通こう言うんだ。定訳はなさそう。
p130 主よ感謝します(“Thank God”)
p132 鍵(a latchkey)◆ これは当時の錠前関係用語で重要なもの。テコの原理で外からボルト(latch)をひらくタイプの簡易ロック・システム(後付けがほとんどだろう)の鍵。錠前の方はnight latchと呼ばれる。家の内部からはハンドルをひねってボルトを動かし鍵をかける。夜遅く帰ってきても家人を起こす必要がないので便利。正面ドアではなく、裏口に多い印象あり。鍵の柄の部分がテコの支点となるので中空の筒が一般的だと思う。
p136 紙幣で(in notes)◆ とすると£50と£100の二枚か、あるいは£50三枚か。£50も£100もサイズは同じ211x133mmのWhite note(白黒印刷、裏は無地)。
p144 泊まりがけの狩猟の約束… 子どもの名付親を頼まれ(fixed up several days’ shooting, been appointed godfather)◆ 英国の社交。「泊まりがけ」は上手い翻訳。
p145 筆記ケース(writing-case)◆ uk 1920で検索して見たが「書類カバン」が適訳だろう。
p146 超々高級な(a very, very, very good)
p146 とんだヤンチャ猫(sportive, giddy little kitten)
p146 うやうやしく最高のXXXX(the best XXXX at his command)◆ very, very, very goodを受けて「手元にあるうちで一番良いXXXXを」では?
p148 やめといたほうがいいか(They are pretty bad)◆ 原文はareがイタリック。ここもvery, very, very goodを受けて「ちょっとダメだったかな; お気に召さなかったか」という感じか。
p151 中立(NO RECORD)
p153 手帳カバーの裏にはさんだ(left inside the cover of his writing-block)◆ ここに冒頭のblock(p7)が出てきてるね… 試訳「メモ用紙の束を載せてそのままほおっておいた」 このあとの文章は全部過去形なので実際にメイドがチラリとみた情景なのだろう。仮定法ならifやwouldやmightがあるはず。
p153 昔ながらの≪キツネとガチョウ≫の遊び(the ancient pastime of ‘Fox-and-Geese.’)
◆ 8世紀のヴァイキングも遊んでいたらしい「キツネとガチョウ」はWikiに項目あり。
p154 手紙(communications)◆ こういう用件は仕事関係の1件を除き、今なら電話だろう。
p155 寛大な両親からのお金が年に二、三百ポンド入ります(I have still a few pounds of the £100 a year which my most generous of parents allow me)◆ 試訳「両親からのありがたい年100ポンドのうち(of)まだ数ポンド残っています」という意味だろう。この時点では和解していない。most generousは皮肉か?p11参照
p155 ヒースマン夫人(Miss Heathman)◆ 翻訳文を読んでても多分ケアレスミスだろうとわかった。
p156 本人のほうが心配な人が、自分より他人のことを心配して…(I have a respect amounting to slavish adoration for anyone who is sixpence richer when she has ended shaking hands with you than she was when she began doing it)◆ 翻訳文は略したが、原文と全然違うのでびっくり。試訳「凄いなあでは足りなくて盲目的に崇拝しちゃうよ。握手してる数十秒のうちに六ペンス稼ぐお方だからね」 p12参照。貧乏人のヒガミ。
p158 一週間に二ポンドもあれば生活できるし、たいていのひとは、もっとつましく暮らしている(I have just two pounds a week of my own to live on. Lots of people live on less)◆ ややニュアンス違い。年収100ポンド(p155参照)なので「私の生活費は一週間に£2だけ」しかない。他のひともやってるんだからわたしも頑張る、というカラ元気。
p160 線引小切手(An uncrossed cheque)◆ Webで見つけたuncrossed chequeの解説の概要「中央に2本の縦線のない小切手。持参人が銀行窓口で現金化出来る。2本線が引かれている場合は、指定人の銀行口座に振り込むので、不正取得などによる意図せぬ支払いの予防となる」翻訳は意味が真逆だが、流れ的には誤りのない翻訳になっている。
p161 自動拳銃、軍用リボルバー(an automatic pistol, a service revolver)◆ 軍用リボルバーは当時ならWebley一択、自動拳銃のほうは洒落者FN M1910を推す(勝手な妄想です…)
p162 十ポンドの英国紙幣(£10 Bank of England notes)
p164 抵抗(protesting)◆ 訳語「反作用」はいかが?
p165 当座預金(deposit account)◆ 「普通預金」で大丈夫。日本で当座預金はビジネス用だ。個人はあんま作らせてもらえない。銀行員の友人が「管理が面倒くさいんだよね!」と言っていた。
p171 ちがうなら殴っていいですよ(Blow me if you wouldn’t)◆ 動詞blowには殴る、という意味は無い。命令形でif 節の内容の強い否定。試訳「違うと言っても無駄ですよ!」
p174 南仏(the south of France)◆ 当時のフランスは物価が安くて英国からたくさんの人が旅行していた。
p176 私立探偵じゃない(not an apology for a private detective)◆ apologyを入れたいなあ。試訳「俄仕込みの私立探偵じゃあない」
p178 おつるところ(not much of a place)
p179 だらしなさそうな若い女(A slatternly young woman)◆ slatternlyは女性の形容に使われることが多い。意味はdirty and untidy
p179 ブーツ(boots)◆ 英国ではhigh shoes(くるぶしが隠れる高さ)もbootsに含まれる。ここは「靴」の意味だろう。1910年代までは馬糞が多かったのでhigh shoesが普通だったが、1920年代になるとlow shoes(くるぶしが出ている、現代の紳士靴のデザイン。米英ともshoes)も増えてきたようだ。本格探偵小説の場合、誤解して「なぜここでブーツを履いてる?泥道を歩く予定があったのか?」とか無駄な推理をしてしまうかも。
p181 同じようにためになる小話が続き(others equally edifying)◆ 皮肉だろう。これ、エロ話だとすぐに思ってしまったのは私の心が汚れているせいですね。
p189 カーディフのセンセーショナルな殺人事件のニュース(a somewhat sensational murder-case in Cardiff)◆ 架空?探したが1922年のカーディフ殺人は見つけられなかった。
p192 一ポンド紙幣(one-pound notes)◆ 当時のは3rd Series Treasury Issue(1917-1933)、茶と緑、151 x 84mm
p193 二ドル返して(two quid back)◆ 「2ポンド」、こういうケアレスミスは他の翻訳本でも時々見かける。米国小説に慣れているとやっちゃうのかも。
p194 車掌(the tram-conductor)… 路面電車に乗り込んだ時(as he had climbed to the roof of the car)◆ tramwayはこの頃、英国の各都市で走っていた。延べ乗客数は1928年(40億以上)がピークで、それ以降は乗合バスに移行していった。ここは「路面電車の二階席に上がった時」、英国人はダブルデッカーが好きだねえ。階段付近に車掌席があったので、良く見えたのだろう。
p195 四週間(four days)◆ 変だなあ、と思ったらケアレスミス。南フランスはそんなに遠くない。
p197 科学の補助教員(assistant science master)◆ このassistantは正副の副のほう、という意味だろう。「科学の副主任」
p197 二人乗自動車(two-seater)
p203 なんでもなかったよ… ブロンド色のスープにブルネット色の髪が交じっただけだ(Nothing… is serious except brunette hairs in blonde soup)◆ ちょっと意味がわからなかった。試訳「特に問題はない… だが、黒髪が数本、黄金色のスープに入ってるぞ」
p204 恩給省(the Ministry of Pensions)◆ 無職の退役軍人に仕事を世話する役目もあるのだろう。未調査。
p204 一日五シリング(five bob a day)◆ 安い給与
p205 われら一同(ALL OF US)
p210パーシヴァル(Percival)◆ ここで全く説明なく、この名前が初登場。
p210 XXXXの使い(XXXX’s man)◆ 「XXXXの使用人」のほうがわかりやすい。メッセンジャー・ボーイかと思った。
p211 ここでの視点の切り替え。意表を突かれました。
p211 探偵熱にかられて(his temporary attack of detective fever)◆ ウィルキー・コリンズ由来
p213 古風なメガネ(an ancient pair of spectacles)
p216 つかの間の相棒(some-time ally)
p221 インフルエンザが流行(a lot of influenza of a mild type about in that part of the world)
p221 メール紙とエコー紙(Mile an’ Echo)◆ここら辺は全部コックニー。Piper(ペーパー)とか言ってる。
p221 サイドカー付きオートバイ(motor-cycle and side-car)
p222 誘導員(a man on point duty)◆ Webの写真は交通整理のお巡りさんばかり。
p223 自分もそれくらい読みやすく書けるといいんだが(I sincerely wish mine were as legible)◆ 英国でも医者は悪筆、というイメージが強いようだ。
p228 切手帳(a book of stamps)◆ book=sheet、試訳「ひと綴りの切手」
p231 分別くさい言いかたはやめましょう(frank, as you will admit, beyond discretion)◆ 試訳「この上なくざっくばらんに。わかりますよね」
p233 北部人(Northerner)◆ Melhuishはスコットランド系?この名前自体はDevonが源流らしいのだが… Webで調べるとイングランド北部の人のことを指すらしい。
p234 宣誓証言(to state, on oath)
p234 イブニングドレスで(in evening dress)◆ 日本語だと女性専用だと思う。試訳「燕尾服で; イブニングコートで」
p241 検死法廷(the City Coroner’s Court)◆ インクエストは裁判じゃない。試訳「市検死官の審問廷; 市の検死審廷」
p241 年齢、職業、居住地(age, occupation, and permanent place of residence)◆ 人定。これでインクエストが成立する… 要件は無いのかなあ。また調査することが増えました。
p245 陪審員から質問(A Juryman:)
p247 クリケットをやるときにも、イニシャルには大いなる誇りをもつところですな(Initials which we were very proud of in this part of the world when you and I were learning our cricket)◆ 英国クリケット界の不世出の大スター選手、レジェンド・ナンバーワンWilliam Gilbert Grace(1848-1915)の愛称「W. G. 」が、ゴアのイニシャルと一致してるので言ったジョーク。試訳「そのイニシャルは、クリケットを知るものならば我が国で一番の誇りでしょう」 大リーグならベーブ・ルース相当。ラッフルズのおかげで勉強しましたよ。2028年LA五輪が楽しみ。
p249 青い小型スポーツカー(a sporting little blue two-seater)
p251 先週… 『風塵』(last week—“Dust”)◆ 架空の映画タイトルだと思うが、1922年の映画でKindred of the Dust(米国封切1922-2-27)とDust Flower(米国封切1922-7-2)というのがあった。dustばやりだね。
p253 色黒の(brown face)
p257 マッチを大量に消費(using so many matches)◆ パイプの点火用か? マッチは結構高かったのかも。
p258 聞き込み(make inquiries)
p258 厩舎を改造したガレージ(the stables there which had been converted into garages)
p260 淡い色の髪(be fairish)◆ ググった画像だと「金髪っぽい」で良さそう。
p260 謝礼(in largesse)◆ 大盤振舞い、という感じ。
p261 介添人(my best man)◆ BBCドラマ『シャーロック』でシャーロックがワトソンから頼まれた役目。昔の日本の結婚披露宴の友人代表と仲人を兼ねたような感じで良い?
p265 雑誌(The Times, Punch, The Sketch, The Tatler, The Bystander, and the Illustrated Sporting and Dramatic… The Field, Country Life, The Strand, Nash’s, The Morning Post)◆ クラブに置いてあった雑誌。当時の主だったものがずらずらと。
p282 ケバい(A showy piece)
p284 屋上席(on the roof)… 1ペンス(a penny)◆ 屋上席だと1ペニー上乗せ、という意味だろうか、と一瞬思ったが、いちいち車掌が判断するのもめんどくさいし、屋上席が高い意味もない。次のトラムの路線では3ペンス払っている。
p284 バス(a bus)… 三ペンス(thruppence)◆ バス料金は3ペンスなのか。距離の問題なのか。
p289 名入れインク(marking-ink)
p293 コダックカメラ(a small Kodak)◆ Brownieだろうか。

No.1 5点 人並由真
(2024/02/11 09:50登録)
(ネタバレなし)
 1922年秋の英国。第一次世界大戦に従軍後、中央アフリカの現地で民俗学の調査に加わっていた探検家「ウィック」ことワイカム・ゴア大佐は、9年ぶりに母国に戻った。43歳の彼は少年時代から妹のように接していた女性で、今は30歳の人妻バーバラ・メルウィッシュの住む住宅地リンウッドを訪問。バーバラと再会したのち、彼女からその年の離れた夫で医者のシドニーを紹介される。さらに多くの知己と旧交を温め、そしてそこから交流の輪を広げるゴアだが、リンウッドの町にはある秘密が潜んでいた。やがて事態は、一人の人間の急死へと連鎖し……?

 1924年の英国作品。ちょうど丸々一世紀前の、長編ミステリ。
 名のみ聞く(一応、長編はすでに一冊、訳されているが)作者リン・ブロックの代表作で、ヴァン・ダインやセイヤーズが(たしか乱歩も)話題にした「ゴア大佐」シリーズの第一弾。

 ワセダ・ミステリクラブ出身(森英俊などと近い世代らしい)の翻訳家で、近年はヴァン・ダインの新訳改訳などを精力的に行なっている白石肇が自費出版の形で、まったく新規に発掘翻訳したこれまで未訳の一冊。
 こーゆーものを半ば同人出版(でもAmazonで買えるぞ)で日本語にしてくれる企画力は本当に頼もしい、素晴らしい、嬉しい。評者は本シリーズの既訳作『醜聞の館』はまだ手付かずだったので、これはラッキーと、このシリーズの1冊目から読んだよ。いや、前述のとおり、少年時代から正に名前のみは聞いて、あちこちで(?)タイトルは見ていた作品だったんで。

 ただまあ、正直、中味は良いところと、う~ん……な部分が相半ば。
 こなれた翻訳の流麗さはあってお話そのものはスイスイ進むが、一方で随所で、え、そっちの方向に行くの? とか、さらには、またその話題というか案件にこだわるの? というジグザク&足踏み的な筋運びがどーも気に障る。

 で、巻末の訳者による解説を本編の通読後に読むと、ヴァン・ダインも、大枠では作品をよく書けている、犯罪も工夫されてる、とホメる一方、話が重たくてくどい、と苦言を言ってたそうで、自分の感想も正にソレ(笑)。

 いや、正直、最後に明かされる真犯人の設定というかアイデア自体は、かなり驚かされました! ただまあ、それが伏線や手掛かりを追い求めていくフーダニットのパズラーの醍醐味になってるかというと、う~ん……。

 あと、バイタリティたっぷりに飛び回る主人公ゴア大佐のキャラクターはいいんだけど、この設定、題材なら、もっと敷居の低い庶民派メロドラマベースにしてほしかったなあ、という気分。これを読むとフリーマンとかクロフツとかが、同じ地味系でも、ちゃんと全般的にエンターテインメントしてるのがよくわかった。

 つーわけであまり高い評点はあげられませんが、それでもそれでも、とにもかくにもこんな何十年ものあいだ日本のミステリファンにとってマボロシだった作品、引っ張り出して翻訳してくれたこと自体が感動で偉大な成果です。

 しかも既訳の第三作『醜聞の館』に続くシリーズ第二弾の方も白石氏は翻訳を考えているというから、やっぱりウキウキしてくる。
 今度はもうちょっと、ミステリとしてお話として、楽しめればいいなあ、というトコで。

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