home

ミステリの祭典

login
死者を鞭打て

作家 ギャビン・ライアル
出版日1980年01月
平均点7.00点
書評数2人

No.2 7点 弾十六
(2024/03/01 11:25登録)
原著1972年(10月or12月)出版(Hodder&Stoughton)。私はHPB(昭和59年10月4版)で読んで、気になるところが残ったので文庫も後で購入してチェック。以下、ページ数(p9999)はHPBのもの。文庫のページ数は(b9999)と表記。翻訳は後述する銃関係を除いて非常に快調。セリフの調子も良い。銃には全く興味のなかった方なのだろう。
久しぶりに戰間期(1920s-1930s)の英米小説から離れた。おかげで若い頃を思い出しましたよ。自分にとってライアル『深夜プラス1』は趣味のルーツだったんだなあ、とあらためて感じた。固有名詞が豊富、シトロエンやゴロワーズ、モーゼル大型拳銃なんてブツは全部ライアルさんに教わったんです。ハードボイルドっぽい情感もチャンドラーじゃなくて『深夜プラス1』が最初だったのかも。中学生のころ読んだ最初期の大人の小説だったような記憶がある。
なので小説中で「プロだ」とかイキがる登場人物が「青臭いねえ…」と微笑ましく感じてしまう。この小説には本物のプロが少なくとも一人登場するが、その場面は皮肉っぽい。ライアルの意図もそうなんだろうと思う。当時ライアル45歳か…
さて、人並由真さまからご紹介を受けた本作の出来は上々。読者を上手く引っ張り回してくれる。ただし素敵なクライマックス・シーンは、ガンマニアじゃないと盛り上がりに欠けるんじゃないかなあ。装備的には絶対無理無理無理!無駄無駄無駄ァ!な状況なんだけど、描写が簡潔すぎて一般の方には伝わらなさそう。
ところが肝心の銃関係の翻訳が著しくダメ。ライアルはまともな事しか書いてないのに、この翻訳だと銃を知らない頓珍漢野郎だと誤解されちゃう… 詳細は私のブログに書く予定だが、長くなりすぎるので、この場では問題ありのところだけを以下列挙。銃知識が多少ある人なら翻訳と原文とを比べてアハハ…となるはずだ(以下のXXXXは伏字)。私が参照した原文はSilvertail Books 2024(Kindleで現在300円ほど)。
p8(b7) 三十八口径弾丸用のワルサーXXXX(Walther XXXX chambered for .380)
p46(b65) XXXXを調べてみることにした(spent a little time field-stripping the XXXX)
p82 銃身の長い競技用の22口径、高破壊力を持つ38口径、それに9ミリ口径オートマチック(long-barrelled target .22s or serious .38 revolvers and nine-millimetre automatics)【文庫(b120)は38口型の形容を「破壊力の大きな」に変更。ここはrevolver抜けが気になった。22口径も38口径もリボルバーで、オートは9mm(=38口径)という趣旨。なおseriousはお遊びの22口径ターゲット銃と比較して「実用的な」というニュアンスだろう】
p82 銃身の四インチ、昔のレミントン・デリンジャーのイタリアの工場によるコピー… 本来このレミントン・デリンジャーは、デリンジャーによって設計された、賭博師が袖のなかに隠しもつための拳銃をコピーしたもの… 38口径の銃身がふたつたてについて… アメリカの警察官がふつうつかっている拳銃と同じくらい威力がある(a four-inch-long Italian copy of the old Remington derringer, which itself had been a near-copy of the gamblers' sleeve gun designed by Derringer. This had two superposed barrels in .38 Special calibre, which gave it the punch of the normal American police revolver)【文庫(b120)で「長さは四インチ」と修正。「イタリアの工場によるコピー」というより「イタリア製コピー」(多分EIG社のもの)が適切。翻訳は次のnear-copyを理解していない。デリンジャー(正しくはr一つのDeringer、原文は校正誤りかも)デザインのオリジナル(1825)とレミントン・デリンジャー(1866、こっちはrrが正解、41口径リムファイア)とはその精神は引き継いでいるが形状は全く異なる。試訳「模した」くらいの感じ。訳文の「38口径」は「38スペシャル」としないと「普通の米国警官が使ってる〜」につながらない。レミントン・デリンジャーの41ショート弾は38スペシャル弾の(初活力比較で)7割のパワーしかない。当時の米国警官はハリー・キャラハンみたいなやつを除けばほぼ全員が38スペシャルのリボルバーを腰にぶら下げてた】
p109 九ミリ口径弾丸装填用のワルサーXXXX… 「旧型三八口径弾丸?… ざらにある代物じゃないな?」… 「たしかに、最近では。英国の警察の多くでは制式拳銃になっている…」(Walther XXXX chambered for short nine-mil.... "The old .380 round?... Not too common?"... "They are now. Standard gun in a lot of British police forces") 【文庫(b162)も同じ。9mmショート弾=.380ACP弾を理解していない。[昔流行った]9mmショートじゃなくて今は9mmパラベラム弾ばかりじゃないの?という感じで聞いているが、今ではざらにあって、9mmショートは英国警察でも制式にしてるところが多いよ、という回答。】
p186 XXXXで五十発撃ち、その結果、ライフル・マークはXXXXのものとはまったくちがうものとなった(put fifty rounds through XXXX and after that the rifling marks would be distinctly different from those on any bullet XXXX) 【そんな馬鹿な!50発(しかも最弱弾)でライフリングが変わるほど減耗するものか!原文wouldなので願望のニュアンスだろう。「これで旋条がXXXXの弾と明白に違ってくれれば良いなあ」という感じ。文庫(b279)でもそのまま】
p258 レミントン四一口径デリンジャーをコピーした、二八口径特製モデル(a thirty-eight Special copy of the Remington forty-one derringer)【二八は誤植だよね。文庫(b388)では「三八スペシャル」に修正】
p289 三八口径スペシャル強力型(thirty-eight Special wadcutters)【文庫(b434)では「三八スペシャルのワッドカッター」に修正】
p340 コルト・コマンダーで、旧式のアーミー・モデル45口径より軽く、銃身の短い改良型だった(a Colt Commander, the lighter, shorter version of the old Army .45)【「コマンダーで」の「で」は不要。この翻訳文だとこの銃はコマンダー旧式の改良型だと思っちゃうでしょう?全てコマンダー拳銃の一般的解説なのに… the old Army .45とはM1911(コルト・ガバメント)のこと。文庫(b513)も変わらず】
原作ハードカヴァーやペイパーバックの表紙絵を見たが、出鱈目が多い。Panがとくにひどくて旧版PBではVWがビートル(場面がチグハグ、ここはタイプ3ファストバックでなければ)とか新版PBでは何故か物語に関係ないモーゼル大型拳銃が表紙を飾っている。Bloomsbury Reader(2012)ではこちらも全く登場しないFNハイパワー… やっぱり英国初版のハードカヴァーが一番良い(英Wikiに掲載)。拳銃はワルサー(PPにしては鼻が短いような… PPKかなあ)、みんなが見たいと思うだろう「熊」が写ってる。米国初版(Viking 1973)と電子本(Silvertail Books)は無難でつまらない。
人並由真さまが触れているサプライズ?は私には… 1970年代前半ってそういう時代でしたよね。
ところで当時の北欧といえばエロの本場(『私は好奇心の強い女』1966 スウェーデン映画など)のイメージだけど、本作に登場するノルウェーにはそんなことを思わせる描写は無かった。
以下トリビア。
作中現在は1971年か1972年か。英国通貨十進法切替(1971-2-15)が大イベントだと思っていたので言及があるかな?と思ったら全く無い。p11, p66, p70, p113, p134, p249などから冒頭は1972年3月なかばの日曜日(12か)としておこう。
価値換算は英国消費者物価指数基準1972/2024(16.54倍)で£1=3154円。£1=100p(新ペンスの略号はp)というつまらない時代。従来、£1=240d.だったので、ペンスの価値は2.4倍となった。
p7 アラス(Arras)
p7 日曜日
p7 ミコノー通り(avenue Michonneau)
p7 グランド・プラース(Grande Place)◆ ここら辺の地名は全て実在。Google Mapで聖地巡礼が簡単に体験出来る…
p8 シトロエン
p9 鉛筆の先で薬莢をほじくりだし(picked up the cartridge case on the end of a pencil)◆ 訳者は靴に踏まれて土にもぐったと思った? 普通なら薬莢は撃った場所近くに転がっている。指紋がつかないように「鉛筆の先に引っ掛けて薬莢を拾い上げた」が正解だろう。文庫(b8)も同じ。
p9 九ミリ弾丸(Neuf millimètres)◆ フランス式
p10(b10) 緑色の車検証(green card insurance)◆ A green card is proof that you have vehicle insurance when driving abroad.(WebサイトGOV.UKのVehicle insuranceより) 試訳「緑色の海外運転保険証」
p10 ローヴァー2000型(Rover 2000) 文庫(b10)では「ローヴァー2000」
p11 <リッツ>… だが、ありがたいことに<グリル>ではない(at the Ritz --though not in the Grill, thank God)◆ 文章の流れから、ここのthank God は「なんてこったい」というニュアンスだろう。グリルは同ホテルで1970年代中頃までオープンしていたGrill Roomランチか(ちょっと調べたが詳細不明)。多分主人公はリッツのレストラン(ミシュラン★、ルイ16世風の調度)で食べるより、グリルルームの方がくつろげるので好きだったのでは?食事は同じ厨房なので変わらないと思う。試訳「〜惜しいことに、グリルではないが」文庫(b12)ではグリルの<>を削除。ロンドンの超有名なThe Grillといえばサヴォイ・ホテルのレストラン。前置詞inなので他レストランではないと理解して、この修正となったか。
p11 三月なかば(the mid-March)◆ 流れから冒頭の翌日なのだろう
p12 パーマ・ハムと舌びらめのソテー(the Parma ham and a grilled sole)
p14 ロイド保険引受業者組合に属するプロの海上保険業者(a professional underwriter to a marine-insurance syndicate at Lloyd's)◆underwriterは特別な概念なので(アンダーライター)とルビ付きにして欲しいところ。
p15 おれは包みをあけてみた。当然のことだが(I'd unwrapped the package, of course)◆この訳文ではその時の行為だと受け取られる。過去完了型なので「もちろん、包みはすでに開けていた」文庫(b20)も同じ。
p17 ここら辺、ライアルのロイズ(Lloyd’s)案内。私にはロイドよりロイズ表記がしっくりくる。原文でLloyd'sは55回出てくるが"Lloyd"表記は一回もない。ところで全く関係ないがチョコのロイズ(ROYCE’)のローマ字表記はなんのつもりですかね?こういうデタラメは大嫌い。仏レコードのエラートΣRATOもいい加減にせんかい!というムード表記。
p17 ライム街(Lime Street)
p17 黒のシルクハットに赤いコート(black topper, red coat)◆ Webに玄関とドアマンの写真あり。coatは「上着」だが、写真を見るとオーバーコートくらい丈があるのでまあ良いか
p17 ウェイター(the waiter)◆ 面白い用語
p21 ライフル連隊のような歩き方で(a Rifle Brigade pace)◆ 以下はWebサイト “The Rifles Museum”より。The Rifles march at 140 paces to the minute compared to the Army standard of 120 paces. 通常の歩兵と違い担う装備等が軽いので、式典でも早いペースとなっているようだ。ここは「速足」が正解。文庫(b27)は改訂なし。
p21 キャナレット(Canaletto)
p21 五ポンド紙幣… 葉巻を五本… サイズ… 警官の棍棒みたいに大きな葉巻(a five-pound note… five Bolivars. You know the size… cigar the size of a copper's truncheon)◆ 固有名詞にこだわるライアルなので、ここも「ボリバー」が良い。
p24 細い重ねパン(コテージ・ローフ) a slim cottage loaf
p26 ウォッカとシェリー(the vodka and sherry)
p27 株主(ネーム) ◆ ここら辺は上手く訳してみたくなる。試訳「ネームよ(He's a Name)」「ニックネームなら五つはありそうな感じだな(He's about five that I can think of)」He’s(=He is)をHe hasと誤解した、ということか。正式文法だとhe hasをhe‘sと略して良いのは現在完了の時だけらしいが。
p28 ケント州キングズカット(Kingscutt Kent)◆ 架空地名だろう
p30 ゴロワーズ(Gauloises)
p30 ≪スタンダード≫◆ Evening Standard
p32 「フィリップ殿下とポロを… 」「なにに乗って… タンカーか?」(‘… played polo against Prince Philip once.' / 'Riding what? – a tank?')◆ エディンバラ公爵フィリップ王配Prince Philip, Duke of Edinburgh(1921-2021)QE2の夫。話題の男が太ってるので、馬じゃ体重を支えられないだろ、戦車にでも乗ったんかい?というツッコミ。文庫(b44)では「戦車」に直ってた。
p32 やつらは生きのこる… 口でヴァイオリンの真似を('They survive.' He smiled lazily and tuned a violin on his tooth)◆ この文句にはお馴染みのメロディが結びついてるんだろう。調べつかず。
p33 ホバロング・キャシディ(Hopalong Cassidy)◆ 「訳註 カウボーイ小説の主人公」 グレート・ギャツビーにも出てきたなあ。
p33 炎上したメッサーシュミットのように(trailing smoke like a wounded Messerschmitt)◆ パイプの煙もうもう状態の比喩
p34 六時ちょっと前… パブはもう開いていた(just before six and the pubs were open)
p34 ダブルのスコッチ&ソーダ(one double Scotch and soda)◆ 主人公の好きな酒
p35 ろばのディッキー… 念のために教えておくと、これは有名なマンガの主人公だ(Dickie Donkey. Couple of right old security risks, if you ask me)◆ 後段は、ふざけて「有名な危険人物のキャラ二匹だ」(熊とろば)と言っている感じか。
p36 ホテルの国際標準時間である七時二十分前(by International Standard Hotel Time that was twenty to seven)
p36 エスコートGT(Escort GT)◆ Ford Escort 1300 GTは英国で1968-3-2から1982-1-1まで登録認証されていたモデル。
p37 ジャガーXJ6(Jag XJ6)◆ 1968年から発売。原文では一度Jaguarと電話で言うほかは全部主人公の内声でJag。
p37 ワルサーP38… ルガー… (A Walther P38… Lugers)◆ P38はルパン三世の愛用銃。アニメで大写しになったスローモーションの発射メカニズムにみんな惚れたよね。ルガーはパラベラムP8拳銃のこと。これは発射メカが唯一無二で楽しい。フォルムが非常に美しいのでモデルガンを買うならまずはおすすめの一丁だ。
p46 薬莢が残っていたはずだ。エクストラクターと撃針のあとを調べれば、すぐにわかる(They've got a cartridge case. They can tell from the extractor and firing-pin marks)◆ 文庫(b65)も同文。薬莢にはその拳銃の特徴がはっきり残る。ファイアリングピンが薬莢の底に必ず点火時の打撃跡を付け、熱で膨れてチェンバーに張りついた薬莢を無理やり剥がすエクストラクターが薬莢後部に傷を刻む。そしてエジェクターが銃から使用済みの薬莢を弾き飛ばす時にも、はっきり傷をのこす。これらは全てオートマチック拳銃の基本構造によるものであり、誤魔化しが効かない。これら発射痕から拳銃の型式とその拳銃だけのクセがわかってしまう。
p47 ≪ル・モンド≫
p47 ハロー校カンドール寮(Harrow School. Cundall's house)◆ Cundallは架空のようだ
p49 二十二口径、流線型の小型モーゼルHSC(a streamlined little Mauser HSC chambered for .22)◆ HSc.22LR版はモーゼル社で1970年ごろに3丁が試作されたのみ。なぜライアルがこの拳銃を登場させたのか?は私のブログ「danjuurock 十六 × 二十」で(予定…)
p51 ブローグ・シューズ(brogues)
p51 クラブ・タイ(Club tie)
p52 “ろくでなし”(buster)
p54 それを明日までのばすな(Don't leave until tomorrow...)◆ 諺のもじり
p55 大型の白のヴォークスホール(big white Vauxhall)
p58 ゲントからエイクスへ悪い知らせをはこんだ使者のように(the one who brings the bad news from Ghent to Aix)◆ "How They Brought the Good News from Ghent to Aix" Robert Browningの詩(1845)英Wikiに項目あり。
p60 ソ連のT-34(A Russian T-34)
P62 くしゃくしゃになった五ポンド紙幣のかたまり(a wad of crumpled fivers)
p63 セント・ジョンズ・ウッド(Saint John's Wood)
p63 ノート… 昨年の日記帳だ(notebook – in fact a last year's diary)◆ 良い工夫。質の良い紙を使ってるしね
p65 ロイドのモットー… <忠実>(the Lloyd's motto is "Fidelity")
p65 ジェイムズ・ボンド(his name was James Bond)
p66 アン王女が落馬(Princess Anne fall off her horse)◆ [アン王女は]乗馬を得意としており、21歳の時にヨーロッパ馬術選手権大会個人の部で優勝し、1971年のBBC・スポーツ・パーソナリティ・オブ・ザ・イヤー賞に選出される(以上Wiki) その大会は1971年9月のEuropean Eventing Championshipsなので、ここの記述は1971年か1972年が濃厚だと思う。
p70 年額4500ポンドの給料(a basic salary of £4,500)
p70 一九六五年にロイドはベッツィ台風によって被害を受け、その危機が三年間続いた(Lloyd's came a crunch with Hurricane Betsy in 1965 and stayed crunched for three years)◆ ロイズにとって当時で一億ドル(米国cpi1965/2024(9.79倍)で換算すると総額1475億円)の損害だった
p71 ブローニングだったらしい(A Browning pistol)◆ ここで言うブローニングとは大口径(.38-.45)なら米国コルト、小口径(.25-.38)ならベルギーFNのことだろう。
p73 最近では、ハロー校の月謝も一期分259ポンドになってSchool fees… Harrow would cost around £750 a year in these hard times)◆ 年三回なので約750ポンド(237万円)だが… 文庫(b106)でも変わらず。前の文で一回£259が出てくるので引きずられたか。
p75 スコットランドなまり… これだけいえばいい。「へえ」(Scots…. at least I could say, 'Aye?')
p79 プリムロード・ヒル(Primrose Hill)◆ 誤植?文庫(b116)でも変わらず。
p83 私立探偵(A private detective)
p84 濃いグリーンのモーリス1300(a dark-green Morris 1300)
p85 大型フォード(a big Ford)
p87 ≪サンデー・タイムズ≫紙
p91 古来からのイギリスの習慣(the old English tradition)◆ これ日本でも同じだ
p91 讃美歌第23番(the Twenty-third Psalm)◆この詩篇は英米で葬式の定番のようだ。Wiki “Psalm 23”参照(日本語版には記載なし)
p91 <スウェーデンのマッチ王>以来の最大の詐欺師(the biggest frauds-man since the Swedish Match King)◆ マッチ王Ivar Kreuger(1880-1932)のこと。Wiki「イーヴァル・クルーガー」参照。当時はインチキ野郎が結構いたんだね。なおWikiには「9mm オートマチック」とあったが、伝記The Match King: Ivar Kreuger, The Financial Genius Behind a Century of Wall Street Scandalsの書評では“.32 caliber Colt automatic”(=7.65mm)と書いてあった。
p92 徴兵(National Service)◆訳注「1959年に廃止」
p92 ある槍騎兵連隊… 金持ちでなければはいれない(a Lancer regiment… rich)
p96 長い黒と銀の縞のはいった戦前型のメルセデス(a long black-and-silver streak of pre-war Mercedes)
p96 こんなに美しい車は見たことがなかった(never seen a car in more beautiful nick)◆ Web記事“ BBC English - The English We Speak 第265回 BBCで文法語彙を学ぶ“に解説あり。 「よいニックにある(it's in good nick)」は「it's in good condition」という意味。これは辞書に出てないが骨董系の用語のようだ。試訳「これほど見事な状態のクラシックカーは初めてだ」
p97 後期のターナー(late Turner)
p100 バーバラ・タックマン『八月の銃』Barbara Tuchman's The Guns of August ◆ 1962年出版
p108 カントリー・スーツ(ある種の人間にとっては、外国は田舎と見なされる) country suit (abroad counts as country to some people)
p109 携帯… いわばプロのいい方(‘carrying'; it's more or less a professional word)◆ 確かにそうかも
p113 先週スカンジナヴィアで数人のならずものが飛行機をハイジャックし… (some goon had hijacked a plane on a Scandinavian flight only last week and they'd still be hopping, skipping, and jumping about it)◆ 記述から1972年9月のScandinavian Airlines System Flight 130事件を思わせるが、翌日に犯人たちは逮捕されているので、この事件は架空のつもりだろう。有名なハイジャックはList of aircraft hijackings(Wiki)を見ると1969年8月以降1973年まで毎月のように発生していたようだ。
p114 ノルウェー・ホテル… ビュッフェ・ランチ(the Norge hotel. And their buffet lunches)◆カナ表記は「ノルゲ・ホテル」で良かったのでは? 国名と紛らわしい。
p115 TVの見すぎ(I've been watching too much TV)◆ このネタには笑った
p120 ドーミエの版画にあるような切り立った峡湾(フィヨルド) some great sheer-sided fjord out of a Daumier engraving◆ 該当の版画を見つけられず
p121 ヒルトンの第一法則(Hilton's First Law)◆ なるほどね。
p121 ノルウェー人は… 四時かそれより早く仕事を終える(Norwegians eat sandwiches at their desks but then knock off for the day at four or earlier)
p122 ノルウェーでは、午後三時前はどんな店でもアルコール類を出せない規則(nobody in Norway is permitted to serve spirits before three in the afternoon)
p122 タラハシー、あるいはタシケント(in Tallahassee or Tashkent)◆ 昔、高橋というクラスメイトが地図でタラハシーを見つけて「あはは」と笑ってた。懐かしい50年前くらいの思い出だ。こういう言い方はカラマズーやティンブクツーが記憶にある。
p133 クソ、なにをいう!(Oh, for Chrissake!)◆ 英国人の証拠
p134 コーヒー代に五ペンス恵んで(you'd have given it five pence for a cup of coffee)◆ このペンスは十進法後か?新なら158円、旧なら66円。金額から考えても新ペンスだろう。
p135 ティーチャーズ(Teacher's)
p135 二二口径の拳銃(a point-two-two-of-an-inch pistol)◆ 外国人はこう言う、という表現なのだろう
p136 九ミリ・ブローニング… 型式までは知らない(a nine-millimetre Browning... I don't know what model)
p142 堪忍袋のピン(pulled the pin out of my temper)◆ 面白い表現
p144 海老(lobster)◆ ここは「ロブスター」が良いなあ。きっとライアルも食べたんだろう。
p145 二二口径弾丸(twenty-two bullets)
p148 第一次世界大戦(First World War)
p149 オール・ブル(Ole Bull)◆ Ole Bornemann Bull(1810-1880) ヴァイオリニスト&作曲家、Webに原語話者の発声があったが「オラ・ブル」と聞こえた。
p150 白バイが二台(A couple of motor-cycle cops)
p154 ヘル... 観光客はみなそこに行って(Hell.. All tourists go...)◆ これは行きたくなる。北緯63.44°、東経10.92°
p154 ノルウェーの朝刊(any morning papers in Norwegian)… 二種類(a couple of papers)
p154 二二口径の拳銃(twenty-two pistol)
p156 “リクスク”---つまり検屍(likskue – the inquest)◆ ノルウェーにもインクエストがある? 詳細は不明
p157 バング(Bang)
p159 大きなブライヤーのパイプ(a big brier pipe)
p159 イギリス人よりもっと多く天気の話をする(they talk about the climate more than you English)
p165 ノルウェーの牛(Norwegian cows)◆ 面白い小ネタ
p180 くたびれたオンボロのフォルクスワーゲン… リア・ウィンドウがふたつついてる旧式のもので… (a ramshackle old Volkswagen – so old it had the twin rear windows)
p181 白のメルセデス(A white Mercedes)
p181 おとぎ話… 手をたたいて(clap hands if you believe in fairies)
p184 百クローネ以上… 週に三十ポンド(Over a hundred kroner; maybe thirty quid a week)
p186 タイガー・ローヤル(the Tiger Royal)◆ ふざけて言っている
p186 赤のミニ・クーパー(a red Mini-Cooper)
p189 ストロー・ハット(straw boaters)◆ 日本語の定訳は「カンカン帽」または「ボーター・ハット」
p193 あの監督の映画… 参加する前に、ふたりの監督が途中で手をひいている…(don't tell me that was a director's film. Two directors walked off it before he got there)
p204 千五百ドル(Fifteen hundred)◆ここら辺、原文は終始単位なし。この小説中でdollarは一回出てくるだけ。なお$1500=169万円、£1500=473万円。
p205 二二口径の低い銃声(the small sound of a .22 exploding)
p207 ヴェジュティアス『一般軍事作戦の準備』(Vegetius on Preparations for a General Engagement)◆ Flavius Vegetius Renatus "Roman Military Institutions"の中の一章
p207 チリの罐詰(a tin of chilli)
p208 モーリス・マイナー… 風防ガラスがV字型の旧式のモーリス(Morris Minor – so old it had the V-shaped windscreen)
p210 哀れなXXXXのやつをいじめようと(be picking on poor old Mockers)◆ ここがMockersの初出。翻訳ではこのあだ名ではなく固有名詞に変えていた。バチあたりめ、というような意味。あと数回出てくるので「モック野郎」としておくのが良いか。文庫(b314)は変更なし。
p212 グラスゴーのグラマースクール(at grammar school in Glasgow)
p213 赤のモーガン・プラス4(a red Morgan Plus 4)◆ずいぶん詳しく書いてある。ライアルは大好きなんだろう
p214 隠し場所ミニ講座
p219 ジェイミー… スコットランドふうの呼び方(Jamie... The Scottish thing)
p220 チョーク・ファーム(Chalk Farm)
p221 ヴェジュティアス(Vegetius)… 軍隊専門書のシリーズ(a specialist military series)
p225 十二番の散弾銃(the twelve-bore)
p232 早く受話器を置け(Get off the line)◆ 当時の電話はかけた側が切らないと永遠に繋がっている。この仕組みは携帯電話の時代を迎えて無くなっちゃったはず。
p238 四馬力のバーマイスター&ウェインのエンジン二基(Two Burmeister and Wain thousand-horsepower)◆ いくらなんでも貨物船が4馬力x2では… 原稿の「千」を「4」と誤読した可能性大。文庫(b357)では直っていた
p240 畜生
p241 偶像の眼、あるいは月長石(it's the idol's eye or the moonstone)
p244 青いトライアンフ(A blue Triumph 1500)
p246 スイス・フランで約百ポンド(hundred quid in Swiss francs)
p248 インド料理店… カリード・ビーフとライス(an Indian restaurant…. curried beef and rice)
p248 四四口径… 五五口径(with a .44 or .55)
p249 紙幣を五ペンス硬貨に変え(changed some money into five-pence pieces)◆ ここに十進法以降の証拠が!と思ったら、準備のため5新ペンス貨は1968年4月から出回っており、廃止予定の1シリング貨幣の代わりとして使われた。白銅貨、5.65g、直径23.59mm
p251 ウィスキーをソーダで割るほうが好み(prefer my whisky soaked in soda) ◆ たぶんスコットランドでは異端
p256 イートン校ボート部の歌(Swing, swing together – is that how the Eton Boating Song goes)◆ 英Wiki"Eton Boating Song"参照
p260 日本製の提燈(Japanese lanterns)
p261 薄いグリーンのヴォルヴォ145ステーション・ワゴン(A pale green Volvo 145 station wagon)
p267 サエヴァルスタット… スタヴァンゲル(Saevarstad… Stavanger)◆ Wiki「スタヴァンゲル」参照。Saevarstad島は架空のようだ(Stavangerの近くには小島がたくさんあり、Google Mapでも名前が表示されないのがある)。翻訳当時(1980)市販されていた最も素晴らしい世界地図は平凡社の大百科事典(1979)付録のものだろう(我が家にあったのはその改訂版の「世界大地図帳」(1984)、地名4万を収録、定価18000円。もちろんスタバンゲルは一番小さな活字で載っていた)。その後CD-ROM版のMicrosoft百科事典Encarta97の世界地図Encarta World Atlasが出て、切れ目なく全世界を見られ(当時としては)信じられないくらいの細かい地名(100万件)まで盛り込んでいたのでわあすごい!と感動した。今や細い通りの一軒家ですら写真付きで見られる時代…
p268 海のすぐそばにある<ヴィクトリア・ホテル>(Victoria Hotel, right down on the waterfront)
p272 フォルクスワーゲンのマイクロバス(a Volkswagen Microbus)
p272 サーブ99(a Saab 99)
p276 ヘルマン・ゲーリングのような体つき… ふくれあがった蛙のような顔(was built like Hermann Goring, with much the same bloated frog face)
p277 ぼろぼろの古いフォード・コルチナ(a tattered old Ford Cortina)
p278 十二世紀に建てられた面白い教会(there is a very interesting church of the twelfth century)◆ こういう手がかりからモデルを探せそう。未調査
p281 クソの役にも立たない… すぐにXXXXに謝った('Damned if I see the logic of that,' he said – and then apologised to XXXX)◆ この程度の罵倒語でも女性に謝るのが英国紳士
p283 ケイラーのガス調理台(had a Calor gas stove)◆ Calor Gasは英国最大のボトル入りLPG業者(1935年創立)。ここはポータブル・ガス・ストーブのことだろう。
p285 酒売り商人(wine merchants)
p286 古いアルディス・ランプ(an aged Aldis lamp)◆ 定訳は「オルディスランプ」か? 日本ではDay Light Signal(昼間信号灯)と呼ばれるようだ。シャッターを閉開して信号を送る仕組み。小型改良版は1944年Arthur Cyril Webb Aldisのパテント。
p287 古い旧モデルのコルチナ(A white old-model Cortina)
p290 大きなオートマティック(the big automatic)… 七発は撃てる(had at least seven shots)
p292 ホッグスフィヨルデン川(ran about directly south-west into the mouth of the Hogsfjorden)
p297 ポートベロー・ロード(the Portobello Road)◆ ロンドン西部のノッティングヒル地区で開かれるアンティークマーケット、全長1.5kmも拡がっている。ミュリエル・スパークの短篇で有名かな?(私は未読)
p301 プリマス・ストーブ(the Primus stove)◆ 定訳は「プリムス・ストーブ」1892年開発
p302 ファーストバック型のフォルクスワーゲン1600…鮮やかなオレンジ色(Volks 1600 fastback version, and a nice bright orange)◆ ファストバックが定訳。Type 3 1600LTは1965年8月から。
p306 飲酒運転に関するノルウェーの法律… 市街地を走ってるときは喫煙も禁じられている… それほど厳格な規定ではない(The Norwegian law on that .... he wasn't supposed to smoke while driving through towns.... that couldn't be too serious)◆ 英国では軽く飲んでもOKだった感じ。ノルウェーでは当時から煙草すらダメだったとは。未調査
p312 カレー式ゴム救命ボート(the Carley float)◆ 模型業界では「カーリーフロート」が定訳のようだ
p336 コルチナ… ワイドなラジアル・タイヤのついたGT(a Cortina, and theirs had been the GT with the wide radial tyres)

No.1 7点 人並由真
(2024/02/08 08:02登録)
(ネタバレなし)
 「おれ」こと元英国陸軍情報部少佐で、今は保安コンサルタントの身であるジェームズ(ジェイミー)・カードは、フランスの田舎町で海上保険会社「ロイズ」の重役マーチン・フェンウィックを護衛していた。だが何者かによって依頼人フェンウィックを射殺され、後には一冊の絵本が遺された。依頼人を守れずプロの矜持を傷つけられたカードはフェンウィックを殺した犯人と、そして事件の実情を探ろうとするが。

 1972年の英国作品。ライアルの第6長編。
 冒頭の場面、カードが重傷を負ったフェンウィックを抱えて救急車を大声で英語で呼びかけ、慌ててフランス語に切り替える場面は強烈に印象に残っており、あれ? この作品、一度、読んでいたかな? とも思ったが、途中まで読むころにはたぶん完全に、やっぱり未読、と判明する。数十年前にはポケミス版で序盤だけ読んで、何らかの事情で中途でストップしていたのだろう。

 今回は一年ほど前にブックオフの100円コーナーで見つけて買った、帯付き初版のHM文庫版で、最後まで通読。文庫版で500ページ以上の大冊(ライアルでも最長)で二日かかったが、後半は300ページをほぼ一気読みであった。
(つーわけで、我が家のどっかには未読のままのポケミスがまだどっかに眠ってるな。そっちの旧刊、すまん。)

 この時期の英国冒険小説界はマクリーンがそろそろ盛りを迎え、一方でフランシスやヒギンズ、バグリィなどが盛況。もちろん巨匠イネスも健在な上、さらに日本読者目線ではジェンキンズやカイルやアントニー・トルーあたりも続々紹介という、正に極楽カオスな状況。
 言い換えれば、謀略に挑む冒険という大枠のなかで、良くも悪くも作家性が平均・均質化されていってしまった部分もあり、悪く言えば、とにかく内容が(一冊一冊はそれぞれ面白いものの)似たりよったりの側面も感じないでもない。はっきりブランドを持ちえたのは、競馬スリラーのフランシスと、ほぼ最後まで自然派冒険小説作家だったイネスくらいではないか? 
(いやまあ、この辺ももっともっと子細な観測が必要ではあるんだけど。)

 つーわけで本作も、長尺をダレずに読ませる筆力の勢いこそあれど、死んだ依頼人が遺した絵本というマクガフィンをネタに牽引される謎の興味とか、正体の見えない敵との抗争のなかでの立ち回りとか、マクリーンみたい、バグリィみたい、フランシスのプロ主人公系作品みたい……という感慨でいっぱい。
 
 いや『深夜プラス1』も『もっとも危険なゲーム』もあるのだからライアル=航空ものという単純な等号じゃないのはわかっているし、この『死者を鞭打て』の前の『拳銃を持つヴィーナス』がハードボイルド系の秀作(あのクロージングの余韻は今も大好きだ)だったんだから、作風のふり幅の広さはわかっているんだけどね。

 いずれにしろ物語としては大ネタが中盤で明らかになってから加速度がマシマシ。キャラクターシフトも適度に整理され、適度に読者を欺き、いい感じに転がっていく。ノルウェーに二回にわたって向かう描写の丁寧さなど、いささか書き手の饒舌感もないではないが、キツくなる寸前で筆のノリを切り上げる匙加減はなるほどうまい。
 まあ他の作家だったらフタケタくらい冊数を書いて、この辺の手慣れぶりに行きそうな感じだが、まだ? 6冊目でこの円熟感なんだからやっぱりライアルってスゴイ、のかもとも思う。

 この時期のライアル作品での心への引っ掛かり度では『ヴィーナス』の方が今でもずっとスキだけど(まあ現在、もう一度読み直したらわからないけどな)、ライアル調ハードボイルドのエンターテインメントとしては、本作も十分に佳作の上~秀作。
 劇中で何回か、お前は私立探偵か? と訊かれて、あくまで保安コンサルタント(のしくじった仕事のケジメ)だ! と言い返してるカードの図に微笑む。

 あ、あと弾十六さんがスキそうな描写として、拳銃のライフルマークを変えるため、弾丸を五十発連続発射して条痕を変化させる、という描写があった(文庫版P279)。こーゆーの本当にできるのだろうか? まあ作者もウソは書いてない? と思うけど。

【追記】
 そういえば終盤に結構な? サプライズが用意されていたが、原書の刊行年、また英国冒険小説スリラーの系譜を想うと、ちょっと ん? となるものであった。他の作品もふくめてネタバレになるから詳述はできないが、少し記憶に留めておきたい。

2レコード表示中です 書評