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ミステリの祭典

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十二月の辞書
南雲薫&佐伯衣理奈

作家 早瀬耕
出版日2022年11月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2024/02/03 14:27登録)
(ネタバレなし)
 その年の2月。札幌の大学に所属する30歳代半ばの教員でAI研究者の南雲薫は、15年ぶりに連絡を受けた元彼女で、現在は東京で人気イラストレーター「リセ」として活動中の栗山から、ある依頼をされる。それは栗山の母を愛人にしていた「函館銀行」の元頭取で、栗山の実父でもあった故人・深島清史郎の遺した別宅から、彼が描いたはずという娘=栗山の絵を探しだすことだった。実質的には書庫または書斎といえる、函館にある深島の別宅に乗り込んだ南雲は、ひょんな縁からそこに現れた同じ大学の女子大生で面識のある佐伯衣理奈に再会。栗山の了解を得た上で、佐伯と二人で捜索に当たるが。

 早瀬作品は10年前の新刊刊行当時に、長編『未必のマクベス』を読んだのみである。
 『未必の~』は独特の癖がある作品で、全体を楽しみ切ったとはなかなか言い難い一冊だったが、全編に漂うある種の詩情めいた感触、そしてミステリとしてのかなりの大技の向こうに覗く、とある劇中人物の内面に、強い手ごたえを受けた記憶だけは今でも相応にしっかり覚えている。
 その早瀬の8年ぶりの長編が2022年の末に出たというので読もう読もうと思いながら、一年以上経ってしまった。
 ちなみに本作は、SFマガジンに2018年に掲載された同題の短編の長編化らしい。

 というわけで、いつものように評者が軽く一念発起して読んだ、半ば積読の一冊だが、久々に再会した、いかにも……な文体(流麗で言葉の選び方も丁寧、かつ会話も適度なバランスで読みやすいが、情景描写や人間描写の冴えも踏まえて繊細な世界を築き上げていく)で読み手のこちらをぐいぐいと捕獲。
 主人公・南雲の青春時代の回想と現在の捜索パートを往復しながら、じわじわと物語の先へ先へと描写を重ねていく。その一方で南雲ともうひとりのメインヒロインである佐伯との互いの距離感の推移からも目を離せない。

 隠されていた? 絵の真相に関しての真実はそれなりの意外性ではあるが、しかしそれが分かる頃には、それは読み手にとってあまり大きな眼目ではなく、重要なのは南雲、佐伯、栗山の主人公トリオの関係性の決着(いわゆる三角関係の幕引きというのとはちょっとニュアンスが違う)であった。少なくとも評者にとっては、そう。

 クロージングの余韻までを含めて『未必の~』以上に敷居の低い、しかし煌めき度では決して負けない早瀬作品を読めた、という満足感であった。
 が、読後にAmazonのレビューを見ると、南雲と佐伯の出会いの物語はすでに本書の数年前に連作短編集『プラネタリウムの外側』として語られているとのこと。そういえば本作の随所に、思わせぶりな叙述があった。

 本当だったらそっちから先に読めば良かったかもしれないが、実働としてこっちを先に読んでも単品の作品として全然問題はなく(二冊読んだ時点で、またその感慨は変るかもしれんが)、むしろ現在はまだもう一冊、この主人公たちの物語をまたいつか読めるのかと、軽い幸福感を認めている。
 シリーズ第三冊? このまま終わってもいいとも思うけれど、またいつか納得のゆく形での後日譚が書かれるなら、それはそれでいいなあ、と。
(そーいや、改めて、本作の原型だという短編版の作りも気になるね。)

 末筆ながら、ごくさりげなく読者との共通言語で「ハルヒ」ネタを無造作に放り投げているのが笑う。まあ、大体の人が気づくとは思うが。

 これも8点に近いこの評点で。

【2024年2月4日追記】
 短編集『グリフォンズ・ガーデン』もこの二冊と同じ世界観の内容だったと本日、気づいた。時間的にはそれが一番前日譚になるらしいので、読むのならそこからか。

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