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ミステリの祭典

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平均点:6.34点 書評数:2232件

プロフィール| 書評

No.32 7点 武蔵野アンダーワールド・セブン -意地悪な幽霊-
長沢樹
(2016/06/22 01:27登録)
(ネタバレなし)
現実とは異なる歴史を歩んだもう一つの日本。東創女子大の一角にある施設「13シアター」の周辺では、何年もの間、階段や高所からの不可解な転落事故が多発。そこにいる者にあだなす「意地悪な幽霊」の都市伝説が囁かれていた。やがてシアターを利用する学内の演劇表現サークル「ビッチ・バッコス」の中から新たな被害者が生じて……。

 2年前に書かれた長編『武蔵野アンダーワールド・セブンー多重迷宮』と同一の世界観での新作。ただし物語の設定は前作の2年前に戻り、それ自体はいいのだが、劇中の時間軸を意識して万が一こちらから先に読むと、大変なことになる(『多重迷宮』の方の大ネタがこっちでいきなり明かされるので)。したがって本シリーズに興味のある人は、必ず刊行順に読むことをお勧めする。

 さて内容だが、歳月を置いて頻発する謎の転落事件~やがて殺人に…という流れは、まるでカーの『連続殺人事件』プラス『赤後家の殺人』という感じで、提出される謎のケレン味も豊か。世界観や登場人物の設定こそアクの強い作品ではあるのだが、ミステリ的な興味を絞り込んでいくならば、存外に芯の通ったフーダニットとハウダニット、そしてホワイダニットの妙味が語られている。

 小説としてもなんとなく一本調子の展開になりかけたところで、序盤では単なる脇役かと思っていたサブキャラクターが物語の前に出てきて弾みをつける。読者の興味を下げないようにするストーリーテリングの緩急の付け方は、なかなかうまい感じだ。

 なお終盤に判明する真相は、昭和の某・名作特撮番組の世界に行ってしまったという印象だが、これは決して悪口ではない。むしろ、ああ、こういう発想もアリだな、と特に殺人トリックの大ネタの中身に感心した。終盤まで読者の意識のスキを狙って忍ばせておいた仕掛けも、個人的には良く出来ていると思う。
 また本作は、角度を変えて接するとちょっと切ない青春小説の趣もあり、これは手数の多さで楽しめた一冊という感じだ。
(あと、まったく余談だけどこの作者には『リップステイン』の続編の方も、ぜひとも早めにお願いしたいです。)


No.31 7点 緯度殺人事件
ルーファス・キング
(2016/06/19 04:16登録)
(ネタバレなし)
 今回の完訳・新訳版で初読。

 洋上のクローズドサークルものという大枠の中で、素性を読者に明かさないまま殺人劇を繰り返す犯人の描き方、少しずつ語られていく登場人物の前身への興味の盛り上げ方…など、ストーリーの進め方も好テンポな犯人捜しパズラーで、これはなかなか良い。特に探偵役のヴァルクール警部補が船上の客たちに順番に証言を求めると、それぞれの関係者の証言がまた次の人物にリンクしていくあたりの話の流し方など職人作家的な意味での作者のうまさを感じる。

 最後の真相はやや力技だが意外性は十分に合格点で、ヴァルクールから犯人へのある手際などにもニヤリとさせられる。それと大事なのは、舞台装置である洋上を航行する客船をちゃんとエンターテインメントとしての大道具に使っていることで、このへんの娯楽ミステリとしての上手さは好印象。ヴァルクールも特にプライベートな肖像など語られているわけでもない普通の警察官探偵なんだけど、丁寧で泰然とした捜査ぶりは地味に魅力的。ルーファス・キングはもっと紹介してもらいたい。


No.30 7点 鷲見ヶ原うぐいすの論証
久住四季
(2016/06/18 02:31登録)
(ネタバレなし)
 ゆえあって、天才数学者・霧生賽馬の住居「麒麟館」に赴いた男子高校生の麻生丹譲とその学友の少女・鷲見ヶ原うぐいす。そこで彼らは、賽馬のある思惑のもとに参集した数名の若き女性たちと出会う。当の賽馬はとある目的のために、若者たちに「ゲーム」で挑戦しようとするが、その夜、館全体が密室となったクローズド・サークルの中で、首なし死体が見つかった! 悪魔の実在不在について自論を語るうぐいすやほかの女子とともに、譲は事件の謎を探るが…。

 2015年の『星読島に星は流れた』で、大人向けミステリ分野に進出した作者が、先だって2009年に著したラノベ仕様のミステリ。
 とまれ本書の内容そのものは「悪魔の証明」や「ゲーデルの不完全性定理」などの衒学ぶりを装いながら、割合にきちんとした? 犯人捜しミステリになっている。
 特に中盤、「絶対に嘘が見破られる」フィクション上の設定を導入したのち、クローズドサークル内に容疑者が存在しうるはずがないという状況を詰めていくあたりのケレン味はゾクゾクする。
 最終的な事件の真相はややしょぼいし、伏線なども薄弱だが、この世界観と設定を機能させていてそこらへんはマル。
 昔の作品で言うと都筑道夫の『最長不倒距離』みたいな感じかねぇ。最後の真相が明かされる手前まで~読んでいる間はかなりワクワクで、ラストはちょっと物足りないものの、全体のプラスマイナスの評価としてはなかなか…という感触の一冊。


No.29 4点 ウィルソン警視の休日
G・D・H&M・I・コール
(2016/06/18 02:01登録)
(ネタバレなし)
 一編一編から興味のポイントを探ればそれぞれ、それなりに面白い部分もある(足跡の謎、不可思議な発砲事件、地上から消えた人物の行方…などなど)が、登場人物の描写、会話偏重の話作りなどなど、全体にストーリーテリングがヘタ。クラシックミステリ連作としては、正直キツイ部類の一冊だった。

 実は『国際的社会主義者』の人を食った真相なんか割と好みなんだけど、演出の悪さで損してる、という感じ。記憶に刻まれる部分だけあとあと思い返せば、そこそこ悪くなかった連作短編集といった印象が残りそうな作品集ではあっただが、実際に読むと結構シンドくて、疲れているときにページをめくると瞼が重くなってくる。

 いやミステリとしては、たしかにところどころ、宝石の原石的な魅力はあるんだけどね。『オクスフォードのミステリー』なんかも、こういうアイデアにマジメに取り組もうとしたところなんかは、悪くはなかったんだけど。


No.28 5点 自殺予定日
秋吉理香子
(2016/06/15 01:53登録)
(ネタバレなし)
 冴えない容姿で不器用な言動の女子高校生・渡辺瑠璃は、若くて美しい継母のれい子が実業家の父・早那夫を病死に見せかけて殺害したのでは、との疑惑を抱く。だが確たる証拠を得られない瑠璃は、己の自殺という現実をもってれい子を社会的に逆境に追いやろうとする。自殺の名所として有名な山村・佐賀美野村を死に場所に選んだ彼女だが、そこで出会ったのは端正な顔立ちの幽霊少年・椎名裕章だった。瑠璃の自殺を止めた裕章は彼女の事情を聞き、一週間後の瑠璃の「自殺予定日」までの保留期間、ともに事件の真相を探求しようと申し出る。

 近作『放課後に死者は戻る』(大傑作!)、『聖母』(優秀作~傑作)と連続ホームランを打った(私見だが)作者の、今年2016年の新刊。
 ただまぁ今回は狙いすぎた主人公の文芸・性格設定、そして何よりこの作者なら…という先読みも悪い方に機能して、物語全体の仕掛けが早々とわかりすぎる。この感想サイトに参加するようなファンなら、気づかない人はまずいないだろうね。
(そう考えると、わたし××トリックを今回も使います、と言いながら、毎回それなりのものを読ませる折原一先生はホントーにスゴイ人ではあるな。)

 とまれ仕掛けに関してはムニャムニャ……的な工夫もあるし、一応の質的担保は果たしてくれていたのは救い。あと青春ドラマとして一定以上の情感を与えてくれたのも、本書の得点ではある(それでも『放課後~』の厳しい苦さ・切なさとあいまぜになった最後の強烈な人間賛歌の温かみに比べると、今回は全体的にうまく行きすぎるなぁ、という感触もあるのだが…まぁいいや。)
 まぁたまには、さすがのリカボンにもこのレベルのもあるよね、ということで。次回はまた期待している。


No.27 5点 愚者たちの棺
コリン・ワトスン
(2016/06/14 14:19登録)
(ネタバレなし)
 イギリスの地方で起こる変死、それが連続殺人の疑いに繋がる。さらには何やら町のなかで複数の人物が関わる秘密の匂いが…というそこに何が起きてるのかというホワットダニットの興味まで喚起してなかなか面白そうな(はずの)趣向を用意。

 ただそれが英国流のドライユーモアの中で語られ、ケレン味を相殺させている印象も強い。オカルト好きの家政婦ミセス・プールが物語の後半になって「××を見た」と言い出すあたりなんか、最後まで読むとなかなか楽しい伏線になっているんだけど、ほかの登場人物のリアクションも薄いから盛り上がらないわ。まぁこれは、羊飼いの狼少年的な演出の中に伏線を隠そうとする狙いだったとも、推し量りますが。

 最後の真犯人の意外性はなかなか良かったが、一方でその手前で判明する町の連中による秘密の方が存外に大したことなかったのはちょっと残念。こちらはポーターの『切断』とかケンリックの『殺人はリビエラで』みたいな<何かしらのもの>を予期していたので。まぁ1950年代、大戦後の経済的復興も進み、世の中に余裕が出来てきた本書の刊行時期には、比較的リアリティ(というかアクチュアリティ)のあったネタだったとは思うんだけれど。


No.26 5点 砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない
桜庭一樹
(2016/06/12 17:10登録)
(ネタバレなし)
 うん。短い紙幅に対して十分に読み応えはあったし、読んで(まぁ)良かったとは思うけれど、これミステリじゃないよね。最近の作品でいうなら東野圭吾の『人魚の眠る家』とかと同方向の、ミステリ的なギミックを随所に用いたブンガクで、人間ドラマ。本書の場合はさらにそこに、今風の青春小説とか、ある種の方向に特化したジュブナイルラノベとかの修辞もつけられる。ミステリのストライクゾーンのかなり広いつもりの自分がそう言うんだから、たぶん間違いはないだろう(笑)。

 読む前はタイトルからそれこそ、弾道などのトリックにからむ変化球的な新本格パズラーとかを予見していたが、実際のものは全く違っていた。
 ちなみに本書を収める叢書・富士見ミステリー文庫は「既存のミステリにとらわれないフレッシュな物語」が看板文句のようだが、ジャンルを一歩二歩踏み出すのはともかく、これは似て非なるものです。

 切ない二人の主人公の少女の叙述、特に最後に苛酷なほどにストイックに自分の心と向き合う山田なぎさの描写は、心に残ったが。 


No.25 8点 見えない精霊
林泰広
(2016/06/12 16:50登録)
(ネタバレなし)
 最後に明かされる真相。その唖然となる着想から逆算していき、くだんの驚きを最大限に効果的に演出するために組み立てられた、世界観・物語設定・舞台装置・そして登場人物。
 二段構えの読者への挑戦を含めて、スタイリッシュかつ極めて工芸的なパズラーを練りあげようとする作者の気概、そしてミステリ愛には、読みながら何度も感動に近いものすら覚えた。

 小説的に起伏が少なく、リーダビリティがやや弱いのは難点かもしれないが、本書の場合はあえて余分なものを入れなかった作りで良かったのかとも思う。

 しかしこういう書き手が、ほとんど一冊のみでミステリ界を去っていったというのは悲しいなぁ。(言葉は悪いが)同じ一発屋でも中西智明なんかよりはるかに、その才能の行方を惜しむ。


No.24 7点 極悪人の肖像
イーデン・フィルポッツ
(2016/06/08 15:30登録)
(ネタバレなし)
 20世紀の初頭。テンプル=フォーチュン準男爵家の三男で開業医のアーウィンは、周囲の者の人生を破滅させる完全犯罪にひそかな関心を抱いていた。欲得ではなく、純粋に悪意に特化したそのひそやかな念は、長兄ハリーと次兄ニコルに向けられるが、周到な計画のなかで思わぬ事態が発生して…。

 2016年の新刊で、乱歩が生前から「倒叙探偵小説」として本邦にも紹介していた旧作(1938年)の待望の翻訳。内容はフィルポッツが76歳の時に著したノンシリーズもののクライムストーリー。
 1938年といえば、すでにアメリカではエラリイやドルリイレーン、サム・スペードが誕生し、そしてマーロウのデビュー一年前で、完全に近代ミステリの土壌は確立されていた時期だが、内容(というか設定や大筋)は19世紀の悪徳ロマン小説といってもいいんじゃないかと思えるくらい古風なもの。
 ただそれがつまらないかというと、そんなことはない。
 歪んだ超人思想(今でいうなら中二病一歩手前の面もあるが)を述懐しながら一人称で語られる主人公アーウィンの犯罪計画は適度な起伏感と絶妙な臨場感に富み、意外に先の展開を読ませない作者のストーリーテリングぶりもあって十分に楽しめた。
 さすがその辺はクリスティーのお師匠筋ともいえる巨匠である。
 クラシック作家としてのフィルポッツには、トリックの創意や意外性とか論理や伏線の妙味などそれほど期待しないが、その上でこれまで出会ったどの作品も十分に楽しませてもらってきた印象がある。未訳の作品も一応の選定をした上で、もっともっと紹介してほしいものだ。
(まずは『密室の守銭奴』が楽しみだが。)

 なお巻末の真田氏の解説は今回もとても素晴らしい。翻訳もとても流麗でリーダビリティも格別だが、一カ所だけ68ページで名前の表記に間違いがあるような…。ニコラじゃなく、ニコルだよね?


No.23 5点 田嶋春にはなりたくない
白河三兎
(2016/06/07 16:41登録)
(ネタバレなし)
 一流私大の法学部一年生で、将来は検事職を目指す女子・「タージ」こと田嶋春(たじま はる)。そんな彼女は呆れるほど実直な性分で、曲がったことが大嫌い。学校の内外を問わずルールを守らない人間を注意していた。場の空気も読まない性格のため、見かけは可愛いのに、学内には友達も彼氏も不在。だがそんな彼女の真っすぐさと秘められた高い知性は、裏表を使い分ける周囲の人間関係の織を少しずつほぐしていく。

 このところ『総理大臣暗殺クラブ』『ふたえ』などの傑作・秀作長編、さらに『小人の巣』といった印象的な連作短編集を続々と刊行している作者の、今年2016年の新刊。本書は『小人の巣』同様の連作短編集形式で全5本の挿話を収録。ネタバレを回避したいので詳述はしないが、順々に読むことでちょっとトリッキィな趣向も味わえる半ば長編的な趣もある。

 内容は主人公タージのなんともいえない魅力、この作者ならではの普段着の人間を見つめるきびしくて暖かい視線、が日常の場のミステリの謎と絡み合い、その辺は今回も安心して楽しめる。
 ただし印象としては各話の中身(人間関係の謎や事件の骨格)の割りに一本一本の分量が微妙に長すぎる感触もある。同じ一冊のページ数であと一本エピソードが入っていたら、各編はちょうど良いテンポになったのではないか。
 特に、野球の興味の薄い自分には、それを主題にした、一番長い第4話がちょっとしんどかった。ミステリ的な最初と最後の部分は、その紙幅を必要としてないし。

 続巻は続けることも可能みたいなクロージングだし(一応、本書なりの物語的な決着はつくが)、タージのキャラクターには惹かれるので、シリーズ化してもいいとは思うんだけれど。  


No.22 4点 死龍(スロン)
藤岡真
(2016/06/05 02:46登録)
(ネタバレなし)
 台湾系の裏社会の勢力が広がる新宿周辺。その一角にある歌舞伎町署の対暴力団刑事・千木良は、関東周辺で起きる特殊な殺害方法による殺人事件に関心を深める。台湾裏社会との抗争にも絡んで千木良が意識する、謎の殺人者こと刺客の「死龍(スロン)」。その正体は、彼がよく知る人物なのか?

 今年2016年の新刊。筆者にとって、藤岡作品は『ゲッペルス』以来、ほぼ20年ぶりに挑戦となる。きっかけはAmazonで300以上のレビューを集め、そのほとんどが星一つという異常事態。どう見ても人海戦術による意図的な炎上商法だが、あえてこれに乗せられたつもりで、さぁどんなかな、と読んでみた(笑)。ちなみに本書の売り文句は「仕掛けの鬼才が読者に挑むノワールにして本格!」。あぁ面白そうである(大笑)。
 
 なお本書の巻頭には総数35名もの登場人物一覧が掲載されているが、実際にメモを取りながら重要、あるいは、まぁ重要かな? と思える劇中人物を書きだしていったら軽く50人を超えた。
 それでこの多人数のキャラクターの中でミステリ的な「仕掛け」を行っているのはいいのだが、登場人物の書き分け、またその配置のこなれが悪く、狙いのギミックが効果を発揮していない。いやミスディレクションと××トリックを活用し、どういうサプライズを照準にしてるのかは何となく見える気がするが、小説作りのまずさもあって、それがうまく行っていない感じだ。意外な人物のもうひとつの顔を導き出す終盤の驚きなど、もうちょっと登場人物の叙述にメリハリがあったら、もっともっと快感になったと思うのだが。あぁもったいない。キャラクターが一概に全員平板というわけでもなく、キャラ立ての演出で描かれている人物もいるのだが、その辺が小説の厚みとしてもミステリのミスディレクションとしてもあまり機能していないのもまた残念。
 300以上の星一つを集めた? 話題の一冊は一読後、本を叩きつけたくなるような馬鹿ミステリだったら、まだ良かったのになー。これはそういう方向で語る作品でもない。やはり残念。


No.21 7点 ダークライト
バート・スパイサー
(2016/06/05 02:04登録)
(ネタバレなし)
舞台は、第二次世界大戦から数年後のニュージャージー州。29歳の私立探偵カーニー・ワイルドは、温和そうな黒人ジャクソンから依頼を受ける。その用向きは、ジャクソンが勤務する新興宗教教会の伝道者キンブルの捜索を願うものだった。斯界ではそれなりに活動歴のあるキンブルはニューヨークへ講演に向かうはずだったが、ワイルドが目的地に赴いて調べると何やら不審な状況が浮かび上がる。やがて事態は、思いも寄らぬ形の殺人事件にまで発展し…。

 2016年の新刊で、本邦初紹介の1950年代風ハードボイルド(正確には本書は49年の作品)。50年度のエドガー賞最優秀処女長編賞候補にもなった長編で、きわめて折り目正しい仕上がりの、当時の私立探偵小説が楽しめる。20年代末のハメットの長編デビュー以来、すでに私立探偵ハードボイルドのジャンルも成熟。この時期までには多くの名作や名キャラクターが登場していたわけだが、本書でデビューを飾ったワイルドの主人公としての手固さ、その物語の組み立てぶりはなかなか悪くない。
 日本にこれまで紹介されなかったのはたまたま網の目から漏れてしまったのかという感じだが、あえていえば町の権力者から器用に後ろ盾をもらい、警察(のなかの人間味ある人物)ともうまく付き合うワイルドの造形が、清貧と反権力を至上とする日本の古参のハードボイルド読み手に警戒されたのか? という印象は芽生える(まぁマイク・ハマーにしろ、マイケル・シェーンなどにしろ、仲の良い警官キャラはそれぞれいるのだから、その辺は無粋な深読みかもしれないが)。
 
 とまれ物語の方も、私立探偵小説の定石に則って、行方不明の人物捜しから開幕。主人公が事務所を構える港町や、事件に関わる上流階級の住宅地の景観を適度に描写しながら、やがて生じる殺人事件へと好テンポでストーリーを進めていく。
 同時に長編ミステリとしてもなかなか良くできており、以前に小鷹信光が指摘した観測「私立探偵小説というジャンルには意外なほど犯人捜しの興味が普遍的に抑えられている(大意)」のとおり、登場人物の配置や伏線、手掛かりの出し方もソツが無い。逆に特化した部分がないのは弱点といえるかも知れないが、作品としてのまとまりはかなり完成度が高い。これは続刊を読んでみたい期待のシリーズだ。
 
 なお翻訳は、現台風に達者に新訳された旧作私立探偵小説という印象で、なかなか良い感じ。ただ147ページで「ボガード」という表記が出てきたのだけは、ちょっと勘弁してほしいと思ったが。この辺はいつもの論創編集クォリティ。


No.20 5点 金田一耕助、パノラマ島へ行く
芦辺拓
(2016/06/01 15:19登録)
(ネタバレなし)
 今年2016年の新刊で、すでにおなじみ、この作者による金田一耕助&明智小五郎パスティーシュ路線の三冊目。
 本書には標題作「金田一耕助、パノラマ島へ行く」のほか、明智側の面々(文代さんや小林くん込み)を主人公にした「明智小五郎、獄門島へ行く」の二中編を収録。それぞれ独立した事件ながら、若干の関連性もある構成になっている。
 標題作は良くも悪くもワンアイデア(いやアイデア2つかな)を伏線や手掛かりの出し方で補強していった感じだが、後者は同じ構造ながらも仕掛けの手数はさらにぐんと増えていて面白い。こういう作品なら必須の、ミステリ史・昭和史における小ネタの数々もふんだんなく盛り込まれ、一種のパロデイミステリとしても十分に機能している。特に「獄門島へ行く」では、最後、あの名シーンの再現をそっと彼方から窺い、思いを寄せるある人物の優しい視線がとても良い。

 なおこの金田一&明智ものを含む、作者による歴代名探偵のパスティーシュ作品(中短編)はすでに17作品を数えるが、本書の巻末にはそれらの挿話を事件発生年順に並べた一覧リストが記載されており、これは有難い。
 そのうちこの路線の中で、折竹孫七VS人見十吉とかやらないかな。森江ものの『地底獣国の殺人』とかとも<何らかの形>でからませて(筆者が寡聞にして知らないだけで、どっかにそういうネタのパスティーシュがすでに存在してるかもしれんけど)。


No.19 4点 ドラフト連続殺人事件
長島良三
(2016/06/01 14:45登録)
(ネタバレなし)
 プロ野球球団・東京キャッツの監督、新藤敏彦は、なじみのホステスの花巻明美から個人的な悩みがあると相談を乞われた。待ち合わせの場に赴くと明美は酒に酔っており、その夜は彼女に無難なアドバイスを授けて別れた新藤だが、後日、彼はその明美からレイプされたとの、身に覚えのない告発を受ける。やがてその明美が都内のホテルで縊死状態で見つかり、嫌疑は新藤にも及んだ。新藤の娘で子持ちの編集者でもある万里子は、元カレの編集者・木崎純平とともに、父の潔白を明かすため事件の謎を追うが。

 元HMM編集長であり、メグレやルパン、ボアゴベの『鉄仮面』など多数のフランス新旧ミステリの翻訳でも高名な作者が著した、唯一の創作ミステリ。
 長島良三ご本人は2013年に逝去されたが、実は先日、数年前のご当人の追悼記事(のようなもの)をたまたま読んでいて、この作品の存在を意識した。記事内の作品の紹介には、シムノンの某作のような感じを狙ったのかもしれないフランス・ミステリ風の一冊、という趣旨の記述があり、これで興味を惹かれて早速読みだした。

 しかし残念ながら内容はあまり出来のよいものではなく、シムノン風の小説的な手ごたえはおろか、フランスミステリ全般に通底するような独特の洒落た(または異形の)変化球的な感覚もない。物語は万里子と純平の調査を経て、事件の陰にいる重要人物の影を次第に浮かび上がらせていくが、その進展に至る過程は半ば主人公たちの思い込みで、万が一その人物に見当を付けた捜査が行き詰まったら、どうするんだろう。また最初から別の人物を追うのだろうか。小説の作り方が下手だなぁ、という感慨が生じる。
 ついでに言えば万里子の、金にだらしない夫と別れて、可愛い子供を連れて実家に戻ってる20代の美人職業女性という設定も、特に意味があるのかないのかわからない文芸でイマイチ。登場人物の厚みを出そうとかの狙いだとしたら、底が浅い。
 最後に明かされる真犯人も、まぁその辺の人物あたりが手頃でしょうね、という感じでミステリを読んで味わえるトキメキも希薄。きびしい意見を言えば作者がこれ一冊で創作を止め、翻訳に専念したのは正しかったと思える。


No.18 6点 死んだライオン
ミック・ヘロン
(2016/05/31 04:13登録)
(ネタバレなし)
 英国秘密情報局MI5の遊軍部署「泥沼の家」。そこは重大なミスを犯したり、問題児だったりの、出世コースを完全に外れた落伍者スパイたちの堪り場だった。先の英国政府を揺るがす一大事件に巻き込まれた同組織の面々は、騒乱のなかで仲間の一部と離別しながらも、今日も食えないリーダー、ジャクソン・ラムの下で冴えない任務をこなしている。そんな矢先、部署内で恋愛関係にあるミンとルイーザに、情報局の本陣・保安局から、ロシアの大富豪パシュキンを護衛する任務が下った。その一方でロンドンではラムの旧知の元スパイ、ディッキー・ボウが変死。ボウは死の直前、旧ソ連の大物スパイに繋がるキーワード「蝉」を遺した。ラムと仲間たちは、ボウの死の周辺を調査に当たるが…。

 前作にして著者初のエスピオナージュ『窓際のスパイ』が本邦でも反響を呼んだミック・ヘロンの話題作「泥沼の家」シリーズの第二作。本国ではCWAゴールデンダガー賞に輝いた作品で、本年2016年に邦訳されたばかりの新刊である。
 ちなみにシリーズものとしては、ほぼ完全に物語は独立しているので本書から読んでもそれ自体は構わないが、第1作を後回しにすると「泥沼の家」メンバー構成の変遷から、前作『窓際のスパイ』の大筋がある程度読めてしまう危険性があり、ここはやはり前作から読むことをお勧めする。
 
 そもそも前作『窓際のスパイ』は、スパイ落伍者の収容部署という、(かつて日本でも数作が紹介されたエスピオナージュ作家、)ジョージ・マークスタインの旧作『クーラー』を思わせる設定が出色。その枠のなかで多彩なキャラクターを縦横に動かした、スパイチーム群像劇の秀作だった。詳述はできないが、その物語にはシリーズ第一弾でここまでやるかという勢いもあり、個人的にもかなりの手応えを感じている。
 それで第二作である本作は、すでに読者にはおなじみになった面々プラス新規参入の新メンバーが作中に登場。大筋としては、あらすじ紹介通りの二つの事件が並行して語られていく。しかしやはり詳しくは書けないが、読者のスキを突いてドラマチックな展開を繰り出す作者の手際は今回も健在で、物語が与える起伏感はかなり鮮烈。前作からの続投メンバーと新規参入の男女コンビの交錯も、どこまで現状の関係性が続くのかという緊張感と、個性的な面々が絡み合うチームものの王道的な興趣を並存してかなり読み応えがある。パシュキンの護衛から発展するショッキングな展開、ボウの死に端を発した田舎の村の謎…それぞれのストーリーの求心力もなかなかだ。
 とはいえ贅沢を言えば前作の重厚感プラス技巧度に比すると、面白いには面白いが全体的にやや曲のない話…という印象も無くもない(ネタバレを警戒しながら言っちゃえば、前作のような××感が希薄なので)。
 ゴールデンダガー賞受賞という事実も悪い意味で期待を大きくしてしまったかもしれないが。いや普通のスパイ小説の面白さは、十分にクリアはしてるんだけどね。

 まぁ何のかんの言っても編制メンバーを逐次出し入れしながら継続していくシリーズもの+チームプレイものの面白さは今後も期待できるし、うまく行けばマルティン・ベックシリーズ全10冊のような大河路線にも育つ予感もある。今後も楽しみなシリーズなのは間違いないんだけれど。


No.17 6点 弱虫チャーリー、逃亡中
ドナルド・E・ウェストレイク
(2016/05/30 15:00登録)
(ネタバレなし)
 ニューヨークの一角で、伯父のアーティからバーを任された24歳のバーテンダー、チャールズ(チャーリー)・プール。彼自身は堅気の身だが、叔父が何か暗黒街と関係があるらしいとも察していた。それゆえごく軽い気持ちで叔父の指示のままに、店に来るいわくありげな客に中身も知らぬ物品をこっそり手渡すこともあった。そんなある夜、二人の男が来訪。いきなりチャーリーを殺すと宣告する。事情もわからず身に覚えもないまま窮地に陥るチャーリーは、たまたま顔なじみの警官ジキャッタが現れた機会を利用して一旦難を逃れた。彼はそのまま夜の街に逃げ出し、身の証しを立てようとするが…。

 ウェストレイクの1965年の作品。本名名義での6冊目の長編で、それまで初期には硬派・シリアス気味な作品一辺倒だった彼が、この作品からユーモアサスペンスの妙味に傾注。作風の転換を図った一冊として知られる(この作品から、のちのドートマンダー・シリーズが生まれたともいえないこともない)。

 一人称の記述によるチャーリーの逃避行はハイテンポでサスペンスも豊か。さらに絶妙なさじ加減でキャラクターの立ったそれぞれの登場人物たちとの関わり合い(特に意外な? ポジションからチャーリーにとってのヒロイン役になる、ある女性がなかなか魅力的)はユーモラスに描かれ、…なるほどこれは当時のウェストレイク読者には新鮮な反響を呼んだろうな、と頷かせる。
 あと本書の特色として、チャーリーが逃げ惑うニューヨークの街並の描写が克明で、現在ではこれは当時の60年代の市街の景観を語る貴重な文献にさえなっているのじゃないかと思える。若い頃、ニューヨークに在住していた木村二郎氏あたりなら、いろいろ思う所などありそうだ。
 とはいえすでに半世紀前の作品でもあり、ストーリーのツイスト具合はその後のあまたの作品で似たようなものを先に見ちゃった…という印象の箇所も無くはない。特に前半はそういう既視感を感じさせる展開も多く、その意味でその時代のなかの作品だな、というマイナスの感慨も生じたが、後半になるとそのへんは存外、気にならなくなってくる。緊張感を下げないまま小技を繰り出すストーリーテリングのうまさなど、職人作家としてのウェストレイクの手腕を実感させられる筆運びだ。
 終盤も残りわずかでどう話をまとめるかと思いきや、加速感豊かに意外な決着を提示。犯人の意外性も読者の固定観念のスキをつくもので感心。それらを踏まえて最終的には程よい充実感のなかで本を置かせる手際など、やはりうまいものだ。
 しかし本書の最大の価値は、最後の1ページだろう。いやぁ人をくったそのセンスに大笑いしました。


No.16 6点 江戸川乱歩の推理試験
アンソロジー(ミステリー文学資料館編)
(2016/05/28 18:30登録)
(ネタバレなし)

 作品(パズル)の出来はそれぞれに一長一短あるものの(鮎川哲也作品が、悪い意味で意外に曲の無い仕上がりでちょっと驚き!)、これたけバラエティ感に富んだものを並べてくれれば、それだけでお腹いっぱい。多くを期待しなければ、十分に楽しめるパズルミステリブック。

 しかし最大の功績は、巻末の新保教授のウンチクたっぷりの解説。余談が本当に楽しい&勉強になるなぁ。


No.15 6点 遠い山彦
ダグラス・ラザフォード
(2016/05/28 16:25登録)
(ネタバレなし)
 イタリア西北の地中海沿岸にある山村トレアルト。30代のイギリス青年で著述家のアンドルー・カーソンは、16世紀の異才の画家ライモンド・メラの評伝の取材のため同地を訪れる。現地にはメラの遺した当時の肖像画があるが、その絵には時代を超えた呪いが掛かっているという伝説があった。アンドルーはそこで、メラの恋人だった16世紀の娘マリア・ベネアルノドとそっくりな若い美少女マリサと対面する。当年19歳のマリサこそは、正にマリアの血を引く末裔だった。次第にマリサと惹かれ合うアンドルーだが、実家が貧しい彼女には村の金持ち青年ルイギという婚約者がいた。やがてそのルイギが、何者かに殺害される事件が発生して…。

 旧クライム・クラブの一冊。イタリア山村のエキゾチシズムを興趣にした作品で、解説で植草甚一はこの作風をハモンド・イネスなどに例えている。それもわからないでもないが、むしろ一番近い日本人におなじみの作家なら、まんまアンドリュー・ガーブだろう。ガーブの地方ものの筋立てをもう少しシンプルにして登場人物を絞り、ちょっとだけ文芸味を増すと、こういう感じのエキゾチック・サスペンススリラーになるという感じだ。
 伝説の絵画に秘められた呪いといったオカルト要素はミステリとしてはさほど意味が無いし、殺人事件の犯人当てを主要な謎とする作品でもない(ただし最後に明かされる犯人の意外性は、なかなか印象的だった)。
 物語の眼目は、辺境の山村の場でアンドルーが体験する緊張の日々と、彼とヒロインの美少女マリサの恋の行方である。それに加えて、頭数の少ない分、重要な登場人物となるマリサの家族たち(耳と口が不自由な父、世知に富んだ母、好漢の兄、家族思いの弟など)、さらには現地の警部で自分がよそ者という疎外感を抱えた捜査官ヴィヴァルディなど、サブキャラクターはとても丁寧に描き込まれており、その面でも読者を引き付ける魅力はある。
 クロージングも余韻を残すいい感じで、小品ながらこういう作品がクライム・クラブの一冊のなかで読めたのは、なんか儲けた感じがする。 


No.14 6点 船から消えた男
F・W・クロフツ
(2016/05/28 15:55登録)
(ネタバレなし)
 時は1926年。北アイルランドの田舎で、ある青年科学者のコンビが、ガソリンの発火性を無くして安全化させ、同時にガソリンの容積そのものを搬送用に圧縮できる画期的な技術を見出した。科学者コンビは旧知の若いカップルに協力を求め、その女性の親類の金持ちに、研究を実用化させるための最終研究のパトロン役を願う。計画は順調に運び、一同はある会社にこの技術のパテントを売ろうとした。だが相手の会社の交渉役の青年が、帰途の洋上から姿を消す変事が発生。やがてこの事態は、殺人事件にまで発展し…。
 
 クロフツの1936年の作品。国産の昭和・社会派ミステリを読むような企業ものの流れで前半が進行し、事件が起きた途中から、相棒のカーター部長刑事を伴ったフレンチのアイルランドへの出張編になる。
 なおアイルランドの事件現場は、クロフツの先行作『マギル卿最後の旅』の舞台でもあり、同事件(1920年に起きた設定)の捜査官だったアルスター警察署のレイニイ署長、アダム・マクラング部長刑事も再登場し、顔なじみ同士のフレンチと協力する。これはシリーズをきちんと読んでいるクロフツファンには嬉しい趣向だろう(自分はクロフツ作品に関しては目についたものを手にするつまみ食い的な読者なので、その例には残念ながら該当しないが)。なお文中では、やはりクロフツファンにはおなじみのタナー警部も、名前のみながら登場する。

 内容はいつも通りのクロフツ作品で、地味ながら良い感じのテンポと、程よい起伏に富んだ展開が楽しめる一冊。登場人物の絶対数が多い分、相対的にフレンチの出番は少ないが、実質上の主人公といえる本作のヒロイン、パミラ・グレイとその恋人ジャック(ジョン・ウルフ)・ベンローズたちの巻き込まれ型サスペンスものの趣もあり、そんな彼らの力になろうとするフレンチの活躍は、いかにもおなじみの名探偵らしくて頼もしい。
 伏線や手掛かりが後出しぎみ、さらにそれが短編向きのギミックなのはナンだが、トリックは大小のものを巧妙に組み合わせており、手ごたえはまずまず。物語の後半、法廷ものの興味も楽しめ、なかなか満足度の高い一冊だった。


No.13 6点 アメリカン・ハードボイルド!
アンソロジー(国内編集者)
(2016/05/26 17:55登録)
(ネタバレなし)
 先ほど逝去された小鷹信光氏が35年前にセレクトした、アンソロジー。 
収録作は
『殺人処方箋』ブライス・ウォルトン
『大きすぎた獲物』サム・マーウィン
『堕ちる男』デイヴィット・グーディス
『水死人』ジョナサン・クレイグ
『晴れ姿』『ギャングの休日』ウィリアム・R.バーネット
『闇に追われる』ハーバート・カッスル
『失われたエピローグ』ヘンリイ・ケイン
『五十万ドルの女』ウィリアム・ヴァンス
『死を運ぶ風』ブルーノ・フィッシャー

 の10編で、どのような方向性で編纂したかの巻頭文、あとがきのようなものもなく、それぞれの中短編に数百字ずつの作家と作品についての決して長くない解説が付されているだけ。この仕様そのものにも小鷹流ハードボイルドの興趣を感じるのはうがちすぎだろうか。

 基本的に収録作品はシリーズキャラクターに拠らない単発作品で、私立探偵ピート・チェンバースが看板キャラのヘンリイ・ケインなどもノンシリーズの作品が採られている(クレイグのみはレギュラーキャラの、警察署の面々のようだが、はっきりしない)。
 要するに本書には選定者の「ハードボイルド私立探偵ものではなく、もっと原初的なハードボイルド作品およびそのエッセンスそのものに触れてくれ」という主張が忍ぶようだ。
 それだけに収録作品の大半は事件の概要、登場人物の配置などの面で多彩感に富みながらも、いつのまにか社会の枠組みにはみ出してしまった人間の見苦しさ、悲しさ、そしてそれを追う側(探偵だったり、警官だったり、暗黒街の住人だったり)の緊張感などといった興味が通底しており、作品の幅の広さの一方、何とも言えないまとまりを見せている。
 日本語版「マンハント」などになじんだ世代人にはおなじみの作家もいれば、まったく未知の作者もいて、収録作の広がりぶりはその意味でも深い。
 個人的には、主人公とヒロインの哀しく屈折したラブストーリーでもある『五十万ドルの女』がベスト。ほかにも心に残る作品はいくつかある。

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