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ミステリの祭典

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平均点:6.35点 書評数:2276件

プロフィール| 書評

No.2276 6点 はみだし刑事
笹沢左保
(2025/11/08 01:55登録)
(ネタバレなし)
 警視庁の事務職・勤務部に10年間奉職した現在33歳の酒好きの巨漢・大和田正人。飲酒癖がたたった彼は、2年前に妻・葉子に愛想をつかされ、愛人を作られて離婚を経験した身であった。そんな彼は半年前から念願の犯罪捜査係の刑事として、溜池署に赴任。30代半ばにして初めて捜査の実働をする「見習い刑事」として署内での友軍的な立場を許された彼は、事件関係者の心の機微に触れながら、事件を解決していく。

 古書市のワゴンで拾った、1975年の双葉ノベルス版(たぶん元版)で読了。主人公・大和田の8編の事件簿が収録された連作短編集。
 正直言って謎解き要素は薄いし、そもそも事件や事態の関係者の方から真実を語ってくれる話も少なくない。

 推理小説というよりは敷居の低いヒューマンドラマの興味でひっぱる連続刑事ドラマ、それも『夜明けの刑事』『明日の刑事』のようなお茶とお煎餅を口にしながら昭和の茶の間で観るような、誰も研究同人誌なんか作らないような通俗番組の作風……というのがいちばん近いような感じである。
 ただ、それはそれで妙に心地よくはあり、たまにはこーゆーのもいいな、というところ。Amazonの文庫版のレビューでは笹沢の初期の傑作・秀作群と比べてボロクソだが、いやまぁ、そりゃ比較する方があーた……という気分になった。
 人間臭いはみだし刑事の主人公を軸にした連作短編読み物として、これはこれでアリではあろう。
 病院の待合室や、遠出の際の電車内のお供には最適な一冊であった。 


No.2275 8点 寿ぐ嫁首 怪民研に於ける記録と推理
三津田信三
(2025/11/07 17:48登録)
(ネタバレなし)
<ジェネリック名探偵>という趣向そのものでファンにウケようという(?)作者の発想&思惑が、まずスバらしい(笑)。それくらい今回の天馬の謎解きは、お師匠の刀城言耶まんまである。
(どこかの箇所で「いや、アノ辺の天馬の思考や言動はとても刀城言耶らしくない!」と思われる方がいたら、そちらの方が正しいのかもしれないけど。なんせ自分は正編シリーズを、まだ全部は読んではいないので・汗。)

 第一の怪事件の人を食った真相はバカミスっぽいが、個人的には納得であり、興味深い。実際、その手の事象は現実では実際にどうなるのだろう、という関心は昔から抱いているので(しかし元ネタはひょっとしたら、あの戦前の……)。
 最後の最後の(中略)も丁寧すぎるミステリの作法からおおむね見当はついたが、その前の(中略)トリックの方は隙を突かれた。

 エピローグの余韻まで含めて、おもちゃ箱をひっくり返したような実に楽しいオカルト謎解きパズラー。
 事件の一番の骨子となる着想もこれまでの国産ミステリのどっかにありそうで、意外になかったのではないか(私が寡聞にして知らないだけかも、しれないが)。

 作者のA級作品では消してないのだろうけど、年単位の新作としては十分に面白かった。


No.2274 6点 ろくでなし
ロバート・ブロック
(2025/11/03 19:01登録)
(ネタバレなし)
 裏工作を使い、場末のナイトクラブ「サンセット・クラブ」の楽団の臨時ピアニストとなった21歳の美青年で、私生児のラリイ・フォックス(フォクシー)。彼の目的は、かつてともにある悪事を働いた元カノで、今はナイトクラブの年配の経営者ソル・サレノの若妻となった歌手ラヴァーンを、その昔の経歴をネタに恐喝することだった。だがラリイは窮鼠猫を嚙んだらしい相手の反撃に遭い、頭を殴られて昏倒する。そんな彼を救ったのは息子を死産で失った30代半ばの女性エリナー・ハリスと、その夫で上級セールスマンのウォルターだった。言葉巧みにハリス夫妻の温情を買い、懐に入りこんだラリイは夫妻の周囲の人間模様を窺いながら、ラヴァーンへの復讐を企むが。

 1959年(60年説もある)のアメリカ作品。 出世作『サイコ』(59年)に続けて書かれた(刊行された)長編で、作中では主人公ラリイが現時点を60年代と認識するような叙述もある。
 『サイコ』で反響を呼んだ(映画化以前にもそれなりに話題作だったと記憶)のちに、1947年の初期長編『スカーフ』を思わせるような青春ノワールものに回帰した内容。 
 ただし『スカーフ』の主人公が人を殺してしまったとはいえ内省を覚える人間的な可愛げがあったのに対し、本作の主人公ラリイは正にろくでなし。
 作品そのものが、主人公への読者の感情移入を必要とせず、読み手はごく冷めた目で全編の事態の推移を眺められる、そういうタイプの作品である。
  言うならば『スカーフ』がどこかウールリッチ風だったのに対し、こっちはエヴァン・ハンターの一部の短編かハル・エルスン辺りの不良少年ものの拡大版の趣がある。

 さらに、あまり筋立てにひねりや曲はなく、比較的地味にストーリーが進むが、ああ、こういう局面ならこうなるよな、的にお約束の作劇で読者の期待に響くあたりはなかなか悪くない。その辺はブロックも40年代からの職業プロ作家だから。
(それでも中盤や終盤に、相応のサプライズは用意されている。)
 あと50年代の現実の若者文化の妙な熱気を背景に、ラリイの口を借りて世代論が語られる。この辺はなんか当時の空気のなかで、モノを言いたがる作者ブロック自身の心情が覗くようで、そこはちょっと面白い? ……かも。

 ブロックといえば『サイコ』か異色作家短編集の範疇のやや泥臭いホラー短篇系か、と認識している多くの(?)ミステリファンに、作者名をわからせずに黙って中身だけ読ませたら、たぶん絶対にブロックだとは気づかないハズ。
 評点は、ちょっと小味の余韻を残すクロージングまで読み終えて、この点数で。


No.2273 8点 探偵小石は恋しない
森バジル
(2025/10/31 15:19登録)
(ネタバレなし)
 本サイトのみなさんを含めてネットなどでかなり騒いでいるので、どんなぶっとんだものが来るのかと思っていたら、意外に手堅い、結構のしっかりした作りのものを、読ませてもらった感じであった。

 それでネタの物量感には恐れいったが、基調となるアイデアは、評者がたまたま最近読んだミステリのなかに似たような類例があったし(そっちはほぼ一発勝負だったが)、そこも驚くには至らない。
 むしろスゴイと思ったのは(中略)が実は(中略)という創意であろう、そこがフーダニットの謎解きに繋がっていき、<真犯人>の意外性も十分。

 何より、ミステリ全体の真相の露呈とあわせて、作品のある種の真性が見えて来るあたり(実は、これはまあ、なんと×××チックな物語であったのだろうか!)とても私好み。

 著者の作品はいまのところ(最初のラノベの一冊を除いて)3冊全部読んでるけれど、作り込みと書き手自身の目標値の高さを受け手が実感してこれがベスト。
 でも小説の作法的には第一作『ノウイットオール』に通じる部分もあり(ネタバレにはなってないと思うぞ)、作者の独自路線というか作家カラーの確立は見やる。
(おいおい行く行くは、自由な創意のままの方向に行って頂いて、もちろん構わないのだが。)

 傑作ではないが、秀作~優秀作。


No.2272 7点 ペニクロス村殺人事件
モーリス・プロクター
(2025/10/29 06:07登録)
(ネタバレなし)
 英国はヨークシャー州の田舎、総人口240人強のペニクロス村。そこの郊外にある「郭公(カッコウ)の森」でその年の10月、農園主ネッド・ボーマントの末娘の幼女ダフネが何者かに惨殺される事件が起きた。スコットランドヤードは「私」こと、30代初めの若手首席警部フィリップ・ハンターとその同年齢の相棒ダトン警部を現地に派遣。フィリップたちは所轄のアタバラ署の面々と協力して捜査に当たるが、犯人の正体すら掴めなかった。だがそれから8ヶ月を経た郭公の森で、再び罪もない幼女が犠牲になる。フィリップとダトンは今度こそ事件の真相の解明と真犯人の捕縛を目指して、ペニクロス村に赴くが。

 1951年の英国作品。本国では当初「首席警部の報告書」の題名で刊行され、同年に邦訳通りの原題『ペニクロス村殺人事件』に改題されてアメリカでも発売されたらしい。
 なお邦訳刊行のデータはまたamazonの表記が不順だが、昭和33年7月31日のポケミス421番。たぶん初版しか存在してないよね?

 地味で渋いが、細部まで描き込んだ味わいのある警察小説。
 この手の作品としては主人公探偵である上級刑事の一人称(プロローグやエピローグなど一部は例外)という形式が、ちょっと珍しく思える。もしかしたら類例はあったかもしれないが、ちょっとすぐに記憶から出てこない。

 ハンターは聡明で優秀な刑事だが、巨漢で牡牛のようなとても美男とはいえない外観を当人自身が気にしており、そんな彼が最初の事件で知り合った幼女被害者の上の姉、23歳の美女バーバリに思いを寄せている、という文芸も面白い。
(物語は2人目の幼女の殺人事件が起きた時勢から開幕。最初の事件の捜査の際に結局成果を上げられなかったペニクロス村に、フィリップとダトンが雪辱を晴らしに舞い戻るところからフィリップの一人称になる。)
 メインヒロインに当たるバーバリは妹を殺された際、フィリップが最大限の努力をしてくれたことは知っているので、犯人がいまだ不明でも恨んではいない。むしろフィリップに好意を抱いているが、両想いだと知って喜んだ彼が自分たちの関係を先に進めようとすると、恋愛の進展はあなたが犯人を捕まえてから、とやんわり釘を刺す。
 警察小説の枠組みで語られるこーゆー主人公探偵(警官)とヒロインの関係がなかなか面白い。

 真犯人は一応、フーダニットの仕様でヤマ場に至るまでは秘められているが、最初の伏線となるちょっと妙に丁寧な描写で、読みなれた人なら、ああ、こいつだな、と気が付くハズ。評者もそこでフックを掛けられ、まんまと当たった。ただその仕込みの文芸が最後の最後でエピローグに活きて来るのは、大人の作劇というか、とくできた小説の作りでなかなか味がある。
 サブキャラの配置や叙述など全体的にバランスの良い群像劇も、読み物ミステリとしてじっくり楽しめた。
 6点(犯人はわかりやすい)か7点(でも読んでる間、小説として面白い)か迷うが、最終的にこの評点で。0.3~0.4点くらいオマケかな。

 ちなみに日本ではこの一冊しか邦訳が出なかったフィリップ・ハンター首席警部の主役篇だが、英文サイトを調べてみると1952年と1956年に続編が書かれ、全3冊のシリーズになった模様。
 当然、多くの英国の先輩シリーズ探偵たちの定石に倣って、のちのちバーバリとも結婚してるんだろう。できれば残りの2冊も読んでみたいが……まあムリだろうな?
 もうひとりのプロクターのレギュラー探偵、ハリイ・マーティーノー警部も悪くはなかったが、こっちのフィリップ・ハンターはこのあとの恋の進展という興味も踏まえて、もうちょっとだけこっちの関心を煽る。

 何にしろ、読んでそれなり以上に楽しめた一冊でした。


No.2271 8点 最後のあいさつ
阿津川辰海
(2025/10/28 06:27登録)
(ネタバレなし)
 1980年代終盤から90年代半ばにかけて放映された、国民的人気番組の刑事ドラマ『左右田警部補』。だがその最終シーズンである第7期は、誰にとっても思いもかけぬ形で終焉を迎えた。それから30年を経た2025年。番組に大きな関わりのあったシリアルキラー「流星4号」の復活を思わせるような殺人事件が発生した。新進ミステリ作家の「私」こと風見創(はじめ)は取材活動の上で、少年時代からの親友で今は記者の小田島一成の協力を受けながら、『左右田警部補』の元主演俳優・雪宗衛(ゆきむね まもる)本人と彼にからむ30年前のある事件の軌跡を追っていくが。

 ミステリテレビドラマ制作の業界もの、という側面もあり、同時にドキュメントノベルと映像、ジャンルは異なれど、創作や表現に勤しむ者たちの人間ドラマでもあり、そしてそういった大枠の中で、広義の密室殺人事件の謎が語られる。

 相応に具材が多い作品ではあるが、その割には登場人物はそんなに多くなく、リーダビリティもこの作者の作品らしく非常に高いのでスイスイ読める。
 かたや、本文一段組なれど全部で400ページの紙幅にはなかなかの量感はあり、途中でこれだけ読むのにカロリーを使った感があるのにまだ半分か、という気分も生じたが、250ページを過ぎたあたりから、ほぼイッキ読みであった。トータルで読了までに4時間ぐらいかな。

 (中略)の密室トリックは現実に出来るんだろうか? とも思ったが、作者が自信ありげに説得にきてるのでまあ可能なのでしょう。ビジュアルで観たいものである。
 一方で犯人の方は物語の構造と作者のミステリ趣味から何となく想像がつき、まんまと当たり。まあそこで終わり、の作品ではないけれどね。

 謎解きパズラーの軸を守る一方、キャラクタードラマを描きたい、という作者の欲目も満々で、その辺を雑駁ととるか小説的な厚みととるかで、作品の評価は変わるだろう。個人的には作者が意図的に蒼さをさらけだしたような部分も踏まえて、おおむね読み応えを感じた。
 まあヒロインの扱いとかに作為を感じるというamazonとかのレビューはわからんでもないが、その辺はヌカミソサービスでいいじゃないか。

 今年の国産ベスト3は微妙だけど、ベスト10には入ってほしい、そんな一冊。


No.2270 7点 薔薇の眠り
三浦浩
(2025/10/27 16:53登録)
(ネタバレなし)
 1964年7月。「U新聞」週刊紙版の30代の編集者で遊軍記者・大庭透は「移動特派員」としてフランスの客船にてサイゴンへの洋行に就いた。大庭は船上で、K商事の貿易部に所属する20代半ばの若者・萩原太郎と親しくなるが、彼の飲酒ぶりは異常だ。しかも萩原は深酔いで人事不省になりかけるなか、拐帯していた血塗れのナイフを見せ、自分は日本で人を殺していたかもしれない、と口にした。大庭は萩原当人から事情を訊き、同時に新聞記者の立場を利用して母国で該当のものらしい事件が起きていたかなど調査を進めるが。

 最初に作者・三浦浩とその処女長編(1969年)である本作のことを知ったのは、たしか1977年頃のSRマンスリーの誌上。
 当時8年ぶりの復活作品である『さらば静かなる時』『優しい滞在』の二冊が一部で話題になり(直木賞候補にもなったらしい)、マンスリーにたしか後者の書評が掲載、その中でレビュアーの人が日本のハードボイルド史に残る隠れた名作、的に本作『薔薇の眠り』を賛辞していたように思う。当時はまったく未知の作家で作品だったので、へえ、と思いながらとりあえず『優しい滞在』は購読した記憶はあるが、現物は読んだような読まなかったような、曖昧である。
 
 実際、2020年代現在、本サイトでも私=評者が登録するまで影も形もなかったマイナーな作家でもちろんレビューなどひとつもないが、もともとは小松左京と同じ京都大学の作家集団の同門であり、本業の記者として産経新聞に入ってからは記者時代の司馬遼太郎を上司としている。そして本作『薔薇の眠り』の裏表紙にはその司馬の、帯と巻末の解説には小松の、それぞれ推薦の文言や小松の自説ハードボイルド論を踏まえた上での本作の価値と作者への期待が語られている。そう書いていくとかなり凄そうな作家であり、作品である。

 それで今年になって何となく本作『薔薇の眠り』のことを思い出し、ネットで検索していたらその辺の司馬やら小松やらの情報に引っかかり、改めてこれは一度読んでおかなければならない、と思ったのがほぼ半年前。帯付きで美本の元版が、ネットの古書販売でそれほど高くないプレミア価格で出ていたので、購入してみる。
 なお現状、元版の1969年の三一書房版は、amazonの登録にはない。
 で、昨夜、読み切った。

 会話文が多く読みやすい一方、抑制が効いた文体(三人称で、ほぼ大庭の一視点)は一時期の結城昌治や三好徹あたりを思わせるが、たしかに独特の格調は感じる(ただし三一書房版には妙な編集ミスがあり、後半の地の文で一か所、主人公の大庭の名前がいきなり森田になるのには驚いて閉口した。何なんだ)。

 物語の前半は大庭と萩原の、どこかマーロウとテリー・レノックスを連想させる関係性を軸に進むが、実際に関西の経済界の大物とその娘の美人姉妹がメインヒロインとして出て来るあたりで、ああ、本作は作者の三浦版『長いお別れ』だなと分かる。
(もちろん、ネタバレ嫌いの評者がここでこう書くのだから、あくまで文芸設定に本家の存在が覗くだけで、中盤からの展開も最終的なミステリの結構もまったく別な仕上がりだが。)
 
 実際に酒飲みの萩原は無自覚に殺人をしていたのか? が前半の興味だが、話が淀みそうになる寸前で次の展開が生じる作劇が続き、このスタッカートなリズム感はよい。昭和の文化状況そのほかを活用したトリックは騒ぐような創意ではないが、本作の質感にはよく合致しており、そのなかでの説得力もある。
 終盤の展開は、評者が悪い意味でそうなってほしくない、と思っていた決着には至らず、別の着地点を探る。作者がどのくらいの確度で選択した事件の真相かは知らないが、ミステリとしても一応以上の意外性はあって相応に面白い。

 作品が具えるある種の品格は地味ともとれるため、群雄割拠の秀作・優秀作が群れ為す21世紀の現在に改めて掘り起こす価値があるかと問われると、やや微妙だが、日本の広義のハードボイルドミステリ(サスペンス作品的な趣もそれなりに)の成熟の歩みに興味がある昭和ミステリファンなら、一回くらいは読んでおいても損はないと思うよ。
 評点は0.3点くらいオマケ。


No.2269 5点 アリゲーターブリッジ
菊谷保
(2025/10/22 17:36登録)
(ネタバレなし)
 民俗学者と、元・モーターレースの女性メカニックスタッフを両親に持つ25歳の美人・美羽瞳は、私立探偵事務所「ミウ・ビュー・デ・ディテクティブ」を開設。3歳下の青年・富戸木玖輝(ふとく くき)を相棒に、地味な調査仕事で日々を過ごしていた。そんななか、美羽はマンションの隣人の中年女性・志村から、その志村の実父である大富豪・山吹慎之介の遺書公開の場に、さる事情から代理で出席するように頼まれた。美羽と富戸木が指示されて赴いた屋敷は鳥取県の郊外の湖の中に建てられ、邸宅の周囲のおよそ幅30mの外堀の中には複数のアリゲーターが泳ぎ回っていた。やがて遺書内容の公開と前後して、屋敷の周辺では怪事が発生する。

 新人作家の読みやすそうな新本格? クローズドサークルもの? の新刊ということで手に取ったが、何というか……。
 アマチュアとしてはそこそこ筆の立つ、よくミステリを知らない人が書いた二流半ミステリという印象。
 奥付の著者紹介は作者自身の文章らしいが、妻と初めてデートした鳥取県を舞台に書きました、とか、無趣味ですが可愛い息子たちの成長を見守るのが生甲斐です、とかどうもその辺からしてユルユルである。

 そもそも発行元の「幻冬舎メディアコンサルティング」って自費出版の会社なんだな。プロの編集者の手がどのくらい入っているかは知らないが、少なくとも編集・版元の方で作品の内容を評価して発売した作品ではなかった。いやそういう形(自費出版)で世の中に出た本のなかに佳作や秀作があっても、別に全くいいのだが。
 リメンバー! 門前典之『死の命題』。
(ちなみにAmazonの版元表示では「幻冬舎メディアコンサルティング」ではなく、単に「幻冬舎」としか書いてない。これってサ×じゃないの? 『Piaキャロットへようこそ! 2』の玉蘭ちゃん、出番です。)
 
 まったく同じ顔の姉妹が複数登場し、目撃者の情報から犯人はそのなかの一人らしいと推察されるという、外連味変化球フーダニットとか、(すでに手垢がついた趣向とはいえ)まあいいんだけどね。

 さらにラストの真相は送り手としては読者の意識の死角を狙ったんだろうけど、いやまあ、みんな覚えてるでしょ、という感じであった。
 あと<あのギミック>は、作者が素でそれでいい、と思ったのか。あるいは一回りした一種のメタネタ(都筑の『最長不倒距離』のような)ものをやろうとしたのか知らないが、前者なら演出不足、後者ならそもそもこの作品、そんな大それた(?)ことをする器ではない、という印象。

 モテまくるヒロイン主人公の美人探偵とか、敷居の低い意味でのキャラメイクにはそれなりに成功してるとは思うが、最終的には書いた御当人とご家族が納得されているのなら、それでいいでしょう、という感じ。
 田舎の法事に出かけて、初対面の遠縁の親戚(たぶん善人らしい)から成功譚や苦労話を聞かされ、そこそこ退屈はしなかった、という印象の一冊。


No.2268 7点 勇者の代償
ジャック・ヒギンズ
(2025/10/20 04:04登録)
(ネタバレなし)
 「わたし」ことエリス・ジャクソンは英国人だが、軍人でなさぬ仲の祖父との軋轢を経て、まだ少年といえる頃から米軍の空挺部隊に入隊。ベトナム戦争に従軍するが、現地で中国軍の捕虜となった。エリスは、第二次大戦最後の英雄と言われた黒人の兵士「ブラック・マックス」こと米軍の准将ジェイムズ・マックスウェル・セント・クレアとともに処刑寸前の収容所を脱走した。なんとか故郷の英国に帰国したエリスだが、ベトナム戦争後半の時期の帰還兵に対する世間の目は冷ややかだ。心が疲れ切ったエリスは戦場の記憶の悪夢にうなされながら、知り合った離婚女性でグラフィック・デザイナーのシーラ・ウォードを相手にほぼ孤独な日々を送っていた。そんな彼はある日、ロンドンから50マイル離れた地方ファウルネスの地で、そこにいるはずがないベトコンの兵士に襲われる!?

 1971年の英国作品。原書ではハリー・パタースン名義で刊行された一冊。

 <ベトナム戦争の帰還兵の英国人が、ロンドンでベトコンに襲われる!?>という、いかにもぶっとんだ趣向をひとえに文庫の帯や表紙裏でプッシュしてくるので、こりゃよほど初期の習作時代の一冊か、あるいは枯れてきた創作晩期の作品か? と勝手に予断した。そうしたら1971年と割と脂が乗り始めた時期の作品で、この事実に軽く驚かされる。
 
 で、その辺の興味も踏まえて読んでみたが、いやいやいや……前半の回想シーンでコンデンスに書かれた捕虜収容所時代の逸話を経て、物語の流れがリアルタイムに戻り、あとは巻き込まれ型サスペンススリラー~主人公のほぼ孤軍の反撃の物語……と、意外に手応えがある。
 いや、お話そのものはシンプルで、読みごたえはそこそこなんだけどね(このレビューでは意識的に「手応え」と「読みごたえ」という、双方の感触の言葉を使い分けている……つもり)。

 何がいいって、状況の変遷するなか、次第にテンションが上がっていく、主人公エリスの怒りの本気度がとても良い。……似た感じで言うなら、よく出来たという意味でリミッターが外れた際の大藪春彦か西村寿行だ。
(ただし創元の編集部が刊行当時、この作品のキャッチ―な売りにしたかったのであろう<ロンドン周辺に出没するベトコンという怪異>自体は、実は本編では大して重視された描写でもないし、特に重要な作劇上のギミックでもない。)

 作品全体としてはB級の枠内かもしれないが、作者の筆に勢いがついて描写が局所的にパワフルになり、いつのまにか作品がワンランク上がってしまった。 
 こういうことって、自分が出会う冒険小説、アクションスリラーなどの作品群のなかでタマにあることなんだけど(例えば同じヒギンズなら、ポール。シャバスシリーズものの一編『謀略海域』などがソレ)、今回は正にそこにドンピシャ。
 追い込まれ、踏み躙られたなか、ついに最後の攻勢に転じる主人公エリスの描写が実にステキ。さらにその怒りの熱度を浮き彫りにするため、最後の最後で某サブキャラを(中略)する作者の思い切った手際にもシビれる。

 うん、これは個人的には期待値ほとんどゼロのなかで出会えた、意外に拾い物の秀作だった。
 まあ、このレビューを目にして、そんなにスゴイの? じゃあ読んでみるか、から始まって、なんだ思っていたより……のパターンになる人もいないとも限らんけど、そこはまあT・P・Oと言うことで(笑)。

 ちなみに本作の邦訳刊行って1992年と、原書が1971年とすれば、相応に遅め。
 90年代の初頭の日本での海外冒険小説ファンの世相といえば、ヒギンズ神話なんかとうに崩壊し、このヒトはダメな時はそれなり(以下)にダメ、という悪い意味での定評も確立。
 さらに当時の新世代の作家たちの台頭もあり、ヒギンズへの一般の期待値もかなり下がってた時代だと思う。
 でもまあ、そんななかで発掘された、当時の時点でやや古めの作品のなかには、意外にイケるものもあった!? とゆーことなのです。


No.2267 6点 白雪姫(角川文庫版)
高木彬光
(2025/10/15 23:00登録)
(ネタバレなし)
 神津恭介ものの、比較的初期の作品を集めた中短編集。

①小指のない魔女(小説倶楽部:昭和29年12月号)
②女の手(キング:昭和24年12月号)
③蛇性の女(富士:昭和25年2月号)
④嘘つき娘(オール読物:昭和28年10月号 初出タイトル「幻影殺人事件」)
⑤加害妄想狂(キング:昭和29年6月増刊号)
⑥眠れる美女(オール読物:昭和31年5月号)
⑦白雪姫(宝石:昭和24年1~2月号)

……の7つの事件簿を収録。
 みんな何らかの形で、女性がキーパーソンとなった事件や物語、というワンテーマで集成。

 巻頭から配置通りに順々に読んだが、2~3ヶ月かけて他の長編の合間に目を通したため、最初の諸作は若干、印象が薄くなっている。
①は往診に出た若手医師が帰宅すると新妻が殺されてるというショッキングな導入部で開幕。ラストの某ヒロインの極端な行動が、別の神津短編作品のクロージングを想起させた(たぶんこう書いても、両作を読み終えてない人にはネタバレにならないと思うが)。
②はおなじみ松下研三の活躍篇。
③は……書いていいのかな。のちに神津もののジュブナイル『黒衣の魔女』にリメイクされた作品の原型。解説でその事実は山前さんも書いてないけれど、読み始めるとすぐに気が付く。これも両作に触れた人にはすぐわかるし、そうでない人にはネタバレにはならないだろう。
④は、深夜の新聞社編集部にかかってきた匿名の情報提供の電話から開幕。話の進め方にトリッキィともいえるクセがあり、読後感の特異さが妙に印象に残る一編。
⑤は、妻殺しの妄執に憑かれたと所轄の警察でも評判の男が登場。良い意味でスタンダードな神津短編らしい味わいで、ラストの決着(真相)は高木作品の別の長編も想起させる一方、ある種の普遍性がある。
⑥は、講演中の神津にいきなり見知らぬ若い人妻が寄ってきて接吻の雨を浴びせる珍事から開幕。名探偵をからかうような諧謔めいた発端が、しゃれた海外作品の味わいに近いが、お話の方もそれなりに弾みがあってよい。これもラストに妙な余韻。
表題作の⑦は、雪の密室、兄弟間の葛藤と、どこか横溝の『本陣殺人事件』を思わせる趣向で、同作の影響またはそちらからの刺激で生まれた作品かもしれない。並列的に並べられた複数の容疑者、そんな連中の背後の事情……とパズラーのフォーマットを尊重した作劇の感触にゾクソクワクワクする。
 トリックは確かにバカネタなのだろうが(たぶんたしかに実際にやってみれば、絶対にそうはうまくいかない)、一方でなんか当時の先端技術? に期待を込めたらしいトリックメーカーとしての作者の欲目も感じて、憎めない作品にはなっている。二転するどんでん返しも一応は評価の対象。

 丸々一冊、ダイレクトに読みやすく面白いか? と言われると、ちょっと言い切れない、逡巡しちゃう部分はあるが、全体としてそれなりに楽しめる連作短編集。神津ものの短編集の味わいを知るには、恰好の一冊かもしれない。


No.2266 7点 まぐさ桶の犬
若竹七海
(2025/10/15 05:12登録)
(ネタバレなし)
 当人の年齢が50歳台に突入。さらにコロナ禍に揺れる世相も影響し、まともな探偵稼業をほぼ3年間もしていない「私」こと女性私立探偵・葉村晶。彼女は、ミステリ専門古書店の住み込み店員兼町内の御用聞きなどで、糊口をしのいでいた。だがその年の4月、いささかややこしい迂路を経て、そんな葉村に久々に人探しの依頼が入る。調査対象の70代の老女・稲本和子(わこ)の行方を追い、活動を始める葉村だが、彼女の眼前には迷宮のような現実が錯綜しながら広がっていく。

 2019年の連作短編集『不穏な眠り』から5年ちょっと。前回の長編『錆びた滑車』からカウントすれば実に7年ぶりの葉村晶ものの新作長編。
 本サイトでも人気のシリーズなのに、なぜmakomakoさん以外、誰も読まないのか? たぶんきっと皆さん、前作『錆びた滑車』のヘビーぶり(個人的には面白かったが)を何となく覚えていて、敷居が高かったりするんだろうな、と不遜にも邪推したりしている(汗・笑)。

 で、はい。予想通り、今回も完全な、後期ロス・マクドナルド世界の21世紀国産女性私立探偵版です。目が回るように、実に人間関係がややこしい。
 巻頭の登場人物表には<たった>32人しか名前が並んでいないけど、騙されてはいけない。ネームドキャラだけでその倍の70人以上出てきた。

 絶対に登場人物メモの自作一覧が必要な内容で、さらに相関図まで作った方がいい筋立てだけど、これだけ込み入った話の割には、さほどの摩擦感もなくスイスイ(まあ比較的)読める。
 終盤に明かされる人間関係の立体的、時に四次元的一歩手前の縦横ぶりは、正に本家ロスマクといい勝負だ。
 断言していいがお話そのものは楽しんだ自覚があるにも関わらず、たぶんオレは半年後には絶対に細部を忘れてる(笑)。
 ただしその一方、印象深い、おそらくはそれなりに長く心に残るであろうシーンや劇中人物の言動・内面なども少なくなく、その辺にこの作品の厚みを実感する。

 いやエンターテインメントとしては、本シリーズの前作長編『錆びた滑車』のぶっとんだクライマックスに比べ、今回はこの手のミステリとしての手堅(?)さを目指した感もあった。
 その辺の、今回もまた同工異曲なようで、実は一冊一冊微妙に味わいの違う辺りも、後期ロスマクの諸作っぽい。
 たぶんトータルでは僅差で前作の方がスキだけど、本作も相応に楽しめた。
  
 終盤の葉村晶の述懐の一節

「それきりわたしは(中略)のひとたちとはいっさい関わり合っていない」

 うん。ここらへんは『長いお別れ』だよなあ。


No.2265 6点 やまのめの六人
原浩
(2025/10/11 05:21登録)
(ネタバレなし)
 クライムノワール+ホラーという趣向は、揶揄でも諧謔でもなく、昭和の1時間枠の活劇テレビ番組『ザ・ガードマン』『キイハンター』『プレイガール』などの諸作が、毎年の夏季にやっていた<納涼スリラーシリーズ>路線を思い出した。そういう意味では懐かしい感触の作品で、なかなか楽しかった。

 ただしそれらの番組がみな、とにもかくにも最後にはトラブルシューターのレギュラー主人公たちが事件(怪異)をフォミュラータイプのお話としてまとめてくれるのに対し、本作はどう終わるのか(たぶんイヤーンな感じで後味悪く?)着地点も見えない分、別の種類の興趣がある。

 終盤のサプライズ~ラストシーンは、良くも悪くも<スーパーナチュラルな物語だから、アクチュアリティを放り出してもいい>というロジックに頼った感じだが、これはこれでありか。

 感想としては、あの瞬間、頭数が合わない!? と判明するあたりのテンションが、一番ワクワクゾクソクした。佳作。


No.2264 7点 医者よ自分を癒せ
イーデン・フィルポッツ
(2025/10/09 05:11登録)
(ネタバレなし)
 20世紀前半のイギリス。開業医として世の人々に尽くし、病理学者としても高名であった高齢の医学博士ヘクター・マックオストリッチが他界する。彼は一人称「私」の視点で、書籍一冊分の長大な手記を遺していた。そこには20世紀の初頭に当人が暮らした海沿いの地方の町プリトマスにて、七年の時を置いて、同じ景勝地マッターズ沼地で起きた二件の殺人事件についての記録が語られていた。

 1935年の英国作品。ポケミスは初版と1983年の再版を成り行きで一冊ずつ購入(どちらも古書で)していたが、今回の初読は後者で通読。重版の方が活字がくっきりしていて、いくらか読みやすい。

 格調さを意識したのであろう宇野利泰の訳文も含めて、文芸味の強い物語。
 遺された手記から真実が明らかになる趣向というか設定なので、当初から結末までの大筋が見えるような気がする。
 が、一方で、いくらクラシックミステリとはいえ、すでに当時の時点で大家のフィルポッツの商業作品、そこまでヤワな出来ではないだろ? との思いもある。じゃあ物語の着地点がどこになるのか? という興味で、ワクワクゾクゾクしながら読み進める。

 登場人物はモブキャラ、サブキャラまで入れれば、ネームドキャラだけで総数40人前後とそこそこ。だが実際には、手記内の主人公ヘクターとわずか数名だけの心理駆け引き、シーソーゲームの内容と言っていい。

 先が読めるとかどーとかは言っても、あまり意味はない、筋立ての細部を楽しんでいくタイプの小説。しかしながら最後の最後には……(中略)で、かなり面白かった。
 メインテーマはほかのフィルポッツの多くの長編同様、人間の心の悪、だが、それを十全に前もって認めた上でなお、最後までグイグイ読ませる。
 厚みのあるクロージングの余韻が最高で、8点にかなり近い、この評点で。


No.2263 6点 サタデー・ゲーム
ブラウン・メッグズ
(2025/10/07 05:21登録)
(ネタバレなし)
 1970年代前半、その年の4月。カリフォルニア州はパサディナにある高級住宅地リンダ・ヴィスタでビニール袋に包まれて放置された、女性の全裸死体が見つかる。リンダ・ヴィスタでは宇宙計画に何年も尽力していたが、政府の方針で計画を中断させられた科学者たちが不満をくすぶらせながら、週末のテニスゲームで鬱憤を晴らしていた。パサディナ署の敏腕警部補で多彩な趣味人の40歳の美男アンソン・フレールは、恋人の女医であるテディ・ホーロヴィッツと男女の関係を楽しんでいたが、上司のフリッツ・コッケ警部の電話でこの事件の捜査を命じられるが。

 1974年のアメリカ作品。
 空さんのおっしゃる通り、全然パズラーではない。だがその作品の狙いは、20世紀終盤からの国内の新本格に一脈通じるところがあるし、もっと遡れば実は意外に王道ではある。

 ただまあ、1970年代の半ばという欧米ミステリ界の時勢を考えるなら、なんとなくこれにスキを突かれた! という声もそれなりにあったであろうことは想像に難くない。いやさすがに2025年に初めて本書を手にした自分は、読んでる最中で(そのマジメでフェアな書き方も踏まえて)、たぶん……と、察しがつきましたが。

 猥雑な風俗ミステリっぽい作風、またはそんな感じの物語の仕様が、一種のめくらましになってる? のであろう。そのスタイルは、この作品の前後にアメリカで刊行されたまた別の作品を想起させた。
 そっちは少年時代に読んで、ラストのどんでん返しで衝撃を受け、その後再読はしてないが、今でも自分の中で大きな位置を占めるマイベスト作品のひとつである。
 だからもしかしたら本書も、ポケミス翻訳刊行当時の1977年(70年代終盤)のリアルタイムで読んでいたら、自分のなかでそれなりの心の殿堂入りをしていたかもしれない。
 本書の邦訳を刊行当時にリアルタイム(ほぼリアルタイム)で読んで、それで相応の感興を素で覚えた、という人がもしいたら、その時の記憶のご述懐を伺いたいもんである。


No.2262 7点 ジョン・サンストーンの事件簿 上
マンリー・ウェイド・ウェルマン
(2025/10/03 07:56登録)
(ネタバレなし)
 作者M・W・ウェルマンは、息子ウェイドとの共作でホームズ&チャレンジャー教授ものの傑作パスティーシュ(あるいはシリアスパロディ)『シャーロック・ホームズの宇宙戦争』を著したことで日本でも知られるが、単独の作家としてもパルプマガジン文化の全盛時代から活躍。かの「ウィアード・テールズ」などでも健筆をふるっていた、20世紀アメリカミステリ界での息の長い書き手であった。

 そんなご当人のカントリー・ホラー・アクションもの(または対モンスターヒーローもの)の連作短編集『悪魔なんかこわくない』(主人公は吟遊詩人の「銀のギターのジョン」)は、評者の大のお気に入りの一冊。
 東西の特撮テレビシリーズ『悪魔くん』『事件記者コルチャック』などといった、バラエティに富んだ毎回の妖怪・モンスター退治譚もののの愛好家なら必読の傑作で、刊行当時、当時のSR会員で年下の友人から勧められて読んだ。
 「絶対に面白いから」の言葉に掛け値なし。同書『悪魔なんか』は、興味がありそうな未読の人に向けて、今でも「とにかく呼んでおけ」としか言いようがない。波長が合う人なら、痺れるような大傑作だと信じる(まーもちろん、最終的な評価は、読んだ人それぞれの勝手で自由なのだが)。

 で、そのウェルマンにはかの『悪魔なんかこわくない』とはまた別に、対モンスター、対オカルト存在相手の連作シリーズが実はあったことが、今回初めて(評者には)判明。
 それがこのオカルト、モンスター事件を事実上の専売に扱う、ニューヨークの私立探偵ジョン・サーストンシリーズであった。原作シリーズは1943年から1985年まで、途中の長い休止期間を挟んで十数編の短編と長編2本が書かれたが、今回の邦訳出版企画ではその中短編分のみを二分冊で翻訳(その長編2冊もぜひとも翻訳してほしい)。
 先に刊行されたこの上巻には、1940年代に書かれた8編の中短編が収録されている。

 序盤2編はブードゥーのゾンビ、幽霊屋敷など、定番のネタで開幕。その後、シリーズインシリーズ的な、セミレギュラーの常連悪役モンスター&オカルト関係者なども登場。
 ちょっと惜しいと思ったのは、そのセミレギュラーの悪役一派「シャノン」(わかりやすく言えば『ウルトラセブン』のノンマルトみたいな地球の先住民族が、『ウルトラマン80』もしくは『ウルトラマンパワード』までのバルタン一族みたいなポジションで主人公にからんでくる)の登場頻度が存外に多く、この手のモンスターハンターものなら、もっともっと多彩な妖怪や怪事件と戦ってほしいと思うところ、意外に話というか作品世界が広がらない点。

 セミレギュラー悪役の頻繁な顔出しは読者におなじみ路線的な安定感を与えるメリットもあろうが、一方で、もっとあれやこれやのモンスターを相手にすればいいのに、なんかもったいない、そんな思いでいっぱい。
 まあくだんのシャノン側の作戦が意外に毎回バラエティに富んではいるし、事件の流れやその形質も各編ごとに雑多なので、敵役が共通していてもさほど飽きは生じない。ある意味では、敵組織・敵集団がかなりの比率で同一ながら、その上でのどうバラエティ感を醸し出すか、的なシリーズ構成上の妙味も達成。だから全くダメというわけでもないが。
 
 ちなみにこのサーストンシリーズ、かのシーベリー(シーバリー)・クインの了解をとってるらしく、向こうの手持ちのオカルト探偵偵ジュール・ド・グランダンが彼のワトスン役の医師トロウブリッジ先生とともにしばし客演。現在のところ表立った活躍はしないが、電話や手紙などで、同じような怪奇事件に挑む者同士の連携で、連絡や相談などは頻繁らしい、という趣向が実に楽しい。神津恭介ものの長編『白妖鬼』のなかで同じ作品世界での存在が語られる、山田風太郎の荊木歓喜みたいだ。あるいはジョー・ゴアズのDKAシリーズの中にひょっこり顔を出す悪党パーカーか。

 期待した形120%というわけにはいかなかったが、それでもいろんな意味でサービス精神はやはり実に豊潤な一冊。格闘戦も得意な巨漢ながら頭も使うハードボイルド系の都会派探偵が、即妙にあるいは独自に探求して対モンスターのオカルト戦略を組み立てる描写などももちろん随所の見せ場で、そーゆーのが好きなこっちにはワクワクゾクゾク感がたまらない。下巻の方では、間を置いて書かれた80年代編の分に、旧作のエピソード群とどんな感じの差異が生じているのか、その辺の興味も楽しみどころである。


No.2261 7点 汚染海域
西村京太郎
(2025/10/02 08:24登録)
(ネタバレなし)
 昭和40年代の半ば(多分)。都内の若手の民事弁護士・中原正弘は、「新太陽化学」の西伊豆工場で働く17歳の少女・梅津ユカから、手紙で依頼の相談を受ける。それは土地と職場の劣悪な環境に際して公害病の認定をはかってほしいというものだった。別件で動いていた中原は少女の依頼をいったん据え置くが、間もなくユカの自殺の報道が新聞の紙面に載る。少女の死に責任を感じた中原は、秘書の高島京子、そして大学時代の友人で「東都新聞」社会部記者の日下部を伴って現地に乗り込んだ。だが彼らがそこで見たのは、新太陽化学の親会社で地元にコンビナートを作る大企業から恩恵を受けるため、あえて現実の凄惨な公害問題に目をつぶる漁民と地元住民たちの姿だった。やがて学界の名士を集めた調査団と、地元の有志による調査団、二つの集団が現地の環境汚染の調査にかかる。そんななか、混迷する事態はとある殺人事件に繋がっていった。

 西村京太郎の初期作、第11長編で公害テーマの社会派ミステリ。元版は1971年9月の毎日新聞社版で、この二カ月後に本サイトでも大人気の名作『殺しの双曲線』が刊行されている。
 評者は数か月前に、出先のブックオフの110円棚で徳間文庫版(旧版)を発見。それまで未知の作品だったが、元版の刊行時期と作品の主題を認め、たぶんこれは結構面白いだろ、と期待を込める。結果、予感はさほど裏切られることなく、ほぼイッキ読み。

 主人公の正義漢・中原弁護士を含めて、登場人物の大半は話の流れに沿って配置された駒的な面はある。
 だけれどそんななかでも何人かのキャラクターは、小説の厚みを形成していく人間味の陰影が書き込まれている(なかでも特に印象に残るのは、公害反対の青年活動家である高校教師・吉川と、その恩師の大学教授・冬木の娘である美女・亜矢子のふたり)。中原が良くも悪くもスタンダードな主人公な分、重要なサブキャラポジションの面々が、なかなか味のある芝居を見せている。
 ちなみにこの作品、こういう設定なので、巨悪が牛耳る悪の町に乗り込む「スモールタウンもの」的な趣もあるが、主人公に外圧をかけようとする暴力団や悪徳警察の類は一切出てこない。なんかその辺は、却って新鮮であった。

 かたやミステリ的にはさほど奥行きのない話で、物的証拠? のあたりももうちょっと説明がほしいが、その辺はとにもかくにも最低限、商業作品としてミステリのフォーマットを守った感じ。この作品で作者が書きたかったのは、確実に社会派テーマの方なんだろうし。

 で、ラスト数ページの切り返し。この鮮やかさにシビレる(ミステリ的な興趣としてではないのだが)。そして最後の数行で吉川が口にする、作者の(というかこの作品の中での)人間観に溜息がでる。
 
 先駆の同テーマのミステリ、水上勉『海の牙』と比べても、あの6~7割増しぐらいに面白い。8点はつけられないけど、読んでる間に何回か、その評点でもいいか? と、一瞬だけ思ったりもした。
 半世紀ちょっと前の昭和の旧作。その事実は色んな意味でくれぐれも噛み締めながら、楽しみましょう。


No.2260 6点 マーダーでミステリーな勇者たち
火海坂猫
(2025/09/30 08:25登録)
(ネタバレなし)
 とある異世界。その大陸は大別して三つの国家に分割されていたが、そこに魔王率いる魔族が襲い来る。三国家共通の宗教組織「教会」の秘宝「聖剣」によって「勇者」に選ばれた若者。彼は、三つの国家そして教会がそれぞれひとりずつ選抜した少女、そして故郷の村の幼なじみの娘、計5人の女子とともに魔王討伐に赴き、見事に本懐を果たす。だがその直後、身内の誰かの凶行としか思えない状況で、仲間の一人の少女が殺された!?

 ブックオフの200円棚で帯付きの美本が出ていたので、タイトルとあらすじの設定に惹かれて購入してみる。

 で、読了後にAmazonの現行のレビューを見るとものの見事にけちょんけちょんで、確かに誤植はあちこち目立つ。そのAmazonの評で指摘されてる、くだんの冒頭1ページ目の大設定に関わる部分もそうだが、途中で「××は心外だが」が正しいところ「侵害」になってたりする。
 どこの出版社でも新刊の小説には作者の名前と併記して、担当編集の名前を奥付に明記するようにすればいいと思う(やってるところもあるが、多くはない印象)。そうすればこの手の無責任なミスも、少しは減るであろう。当該の編集者が町を歩いていたら女子高校生が「あ、あの人、あの誤植だらけの本の担当編集者よ」とクスクス笑い、後ろ指をさすのだから。

 で、肝心のミステリとしてはけっこう緩めで、版元が喧伝してるほどのサプライズもトリックもないが(ギミックは……一応あるかな)、舞台装置の設定、異世界の世界観の作り込みなどはなかなか良かった(複数の国家連携の人類の敵・魔王退治という懸案に、なぜ少数の男子女子しか動員されないか、のイクスキューズなど)。
 初めて読む作者だが理屈付けにはこだわるタイプの書き手のようで、その辺は長所といえるだろう。

 ラストはアレといえばアレだが、作者は当初からそういうものを、と言っているので文句には当たらない。
 結局、ラノベ枠のミステリというよりは、ミステリ風味のラノベ、だったけど、まあいいや。評点は0.5点オマケ。


No.2259 5点 天界の戦い
チャールズ・ウィリアムズ(英国)
(2025/09/29 01:17登録)
(ネタバレなし)
 その年の6月のロンドン。出版社パーシモンズ社の社内で、見知らぬ人間の死体が発見される。遺体は編集者ライオネル・ラックストローの机の下にあったが、同人は被害者など見たこともなかった。一方、パーシモンズ社で刊行される新刊の校正刷りを巡り、その周辺で奇妙な事態が動き出す。

 1930年の英国作品。
 普通の狭義の推理小説ではないようだが、英国のクラシックミステリ分野のなかでなんか独特の位置を占める作品らしい、というネットでの風聞が気になって読み始めた。
 とにもかくにも、未訳で本邦・初紹介の海外クラシックミステリ長編、というだけで気にはなる。

 中味はどうやら秘密結社がからむオカルト冒険スリラーのようで、ホイートリーの「黒魔団」シリーズ(実はまだ未読だが・汗)みたいなもんじゃろかいな? という予見で、ページをめくり始めた。

 しかし正直、ベテラン翻訳者・風間賢二とこちらの相性が悪いのか、あるいは編集の力がないのか、けっこうお話も文章も読みにくい。
 本文でいきなり固有名詞の人名がとび出し、どういう立場の人間だとかわからないとか、2020年代の翻訳ミステリとしては不親切であろう。具体的にはそのカタカナ名前を初めて出す前にさりげなくどんな素性の人間かすぐわかる肩書や言葉を入れればいい(いや原書通りなのかもしれないが、そのまま放っておくのは21世紀の商業翻訳として、悪手すぎる)。
 そんなのが数カ所あり、さらにメインキャラのひとりジュリアン・ダヴェナントの名前表記が巻頭の人物一覧では違っていたりと、編集や訳者のやる気のなさを感じた。
 
 その辺もあって5分の3まではスローモーな展開も含めて大あくびの作品だったが、後半、悪の黒幕がかなり外道な事をしかけ始めてからは、ちょっとだけ面白くなった(まあ、そこそこ)。

 物語の最後はかなりの大技で、あれよあれよという内に決着がつく(日本人で、非クリスチャンのこっちにはわかりにくい面もあるが)。
 個人的にはキライじゃないギミックだけど、完全にここで(中略)になってしまうね。まあ、そういう作品だとは当初から思ってはいたから、踏み込みの浅い深いの問題なんだけど。

 とにかく読み終わるまでに、実に疲れた。まあこういう作品との遭遇も、タマにはあるっていうことで。


No.2258 6点 深夜の張り込み
トマス・ウォルシュ
(2025/09/27 07:13登録)
(ネタバレなし)
 その年の12月のニューヨーク。ブルックリンの銀行から4万ドルが奪われる事件があり、嫌疑はプロの犯罪者で銀行やぶりを得意とする男ハリー・ホイーラーに掛けられた。刑事係警部フランク・エックストロムの部下である三人のベテラン(中堅)刑事たちは連携・交代しながら、ホイーラーの妻ローズが留守を預かる容疑者の自宅アパートを見張る。が、やがて事態は、関係者たちの思いもよらぬ方向へと転がっていく。

 1950年のアメリカ作品。
 このところ本が読めない上に、タマに読むのも今年の新刊が大半なので、気分を変えようと、新刊とはまったく関係のない旧刊の作品に手を出してみる。

 ごひいきトマス・ウォルシュ(と言いつつ、本サイトでは私自身もそんなに高い評点はさほどつけてないが……)の未読の一冊で、ページ数はそこそこ。さらに話の設定や流れからしても、劇中での時間の推移はせいぜい数日レベルっぽい? じゃあこれは読みやすそうだ、で、たぶんそれなりに面白いだろ、と手に取った。

 でまあ、大設定(ここでは書かない)のイベントの流れが意外にも物語の半ばでひと段落してしまい、後半はいささか作劇の方向が転調した内容になる。

 そういう意味では先が読めるような読めないような、で、なかなか楽しかったが、一方で以前に別のウォルシュ作品のレビューで書いたこの作者の悪い癖(と評者が個人的に思う)である、小説の一章一章が話の流れに比して長め、という弱点が今回も顕著で、読み手側としては、結構リズムの感覚に狂いが生じた。要は、ああ、この辺で、一回、章を変えれば読みやすいのに、まだ続くのか……という感じである。
 主要キャラの関係性のシーソーゲームなど、作りはシンプルながらその分、明快で悪くはないんだけどね。

 後半は肺活量のある作家なら、長々としつこく書きそうなところ、良くも悪くもコンデンスにまとめた感じで、その辺が味なような、ちょっと物足りないような、微妙な気分。決してつまらなくはなかったが、イマイチ推すには弱い……そんな一冊という感じか。

 ちなみにこの作品、その邦題ゆえマッギヴァーンの『殺人のためのバッジ』の映画化だろう? ……と、何十年にもわたって勘違いしていたキム・ノヴァック主演の映画『殺人者はバッジをつけている』の原作なそうである。
 その事実は21世紀になってから初めて気づき、それまではずっと勘違いしていた。
 くだんの映画はまだ未見だが、低価格セットDVDにも入っているので、そのうち観てみたい、とは思う。まあそんな映画も山のように溜まっているが(汗)。 


No.2257 8点 夜明けまでに誰かが
ホリー・ジャクソン
(2025/09/16 18:57登録)
(ネタバレなし)
 フィラデルフィアの女子高校生レッド(レッドフォード)・ケニーは、親友のマディ(マデリン)・ジョイ・ラヴォイに誘われて、同年代の男子高校生2人、そして引率役であるマディの大学生の兄とその彼女という計6人のグループで、大型キャンピングカーでの旅行に出かけた。だが一行が携帯電話の電波圏外の僻地に入ったとき、何者かが車を狙撃。タイヤを撃ち抜き、さらには銃撃で牽制して彼らをキャンピングカーの中に閉じ込めた。周到な手段で車内との通信環境を設けた謎の狙撃者は、ある要求を突きつける。

 2022年の英国作品。
 評者は邦訳のある人気シリーズは未読なので、作者の著作はこれが初読みである。

 主要人物はメインの若者6人と謎の狙撃犯だが、当然のごとく、彼らの抱える事情や過去のあれこれの逸話を明かす形でサブストーリーの枝葉が拡散。広義での登場人物はさらに多くなる。
 
 メインストリームのお話と脇筋のエピソードの揺り動かしがキモという感じのサスペンス編。
 組み立ては、いかにも21世紀の成熟したエンターテインメントという手応えであり、加速度的なベクトル感でいっきに読ませる。
 いい意味で話がさほど広がらず、手堅い構成なのが良い。で、そこが最終的に、ちゃんと主人公ヒロインのレッドが抱える内省につながっていくのもよろしい。
 
 それで、読み落としでなければ、一件だけわざと曖昧なまま終わる箇所があると思うが、その辺の演出は、作者のちょっと厨二感覚的な人間観か? まあ多層的な余韻を残して終わるのもアリだよね。

 私がわざわざホメなくっても……という、今年の話題作で評判の娯楽作なのだが、評点を7点に押さえると、それはそれでウソになる気分。それくらいには面白かった。

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