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ミステリの祭典

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平均点:6.33点 書評数:2040件

プロフィール| 書評

No.2040 7点 奇妙な捕虜
マイケル・ホーム
(2024/05/09 06:37登録)
(ネタバレなし)
 1945年3月。すでに世界大戦の大勢も決しかけたなか「わたし」こと英国陸軍大尉で36歳のジョン・ベナムはドイツ語とフランス語を話せることを理由に、ドイツ軍の捕虜が集う施設「サヴァイナム捕虜収容所」への派遣を指示される。そこでベナムを待っていたのは、奇妙なドイツ軍捕虜パウル・ネムリング中尉との出会いであった。

 1947年の英国作品。
『完全殺人事件』などのブッシュが別名義で書いた、大戦末期の欧州(主に英仏)を舞台にした広義のスパイスリラー。
 広義のと書いたのは、事件どころか物語の概要が不明なホワットダニット作品で、いったいどういうストーリーの中身なのか終盤まで不明なため(その上で、作中人物の視点で諜報・謀略活動の可能性も浮上するから、広義のスパイもの、ということになる)。同時に、つまりは、パズラーとはいわないけれど、たぶんに謎解きものの醍醐味もあるわけで。
 
 巻末の解説には、読みなれたミステリファンの読者なら真相の(中略)を推することは可能かもしれないという主旨の文言があったが、評者などにはなかなか意外な真実であった(ああ、そっち? という面も含めて)。
 
 物語の最初の語り手は冒頭から登場のベナム大尉だが、一人称の話し手(手記の記述者)はのべ数名に交代。その叙述の連鎖の果てに用意されていたサプライズが明らかになるが、途中で作者が「仕掛けてきた」気配もあり……まあ、これはここまで。
(ココでストップするなら、ネタバレにならないだろう。)

 全体に緊張感のある話で、なかなか面白かった。
 実は大ネタは、のちに本邦の新本格系の作家も数十年後にやっている、とある大技の先駆でもあった(これもここまでなら書いていいだろう)。実はこの作品以前にも、どっかに前例があるのかもしれんが。

 テンションだけいうなら、なじみのブッシュ名義のものも含めて、この作者の読んだ作品のなかで一番面白かったかも。ちょっとだけ随所に、戦後数年目にして、戦争批判や文明批判のニュアンスを込めているのも地味なポイントか。

 なおメインキャラのひとり、ジョン・ベナムは、のちにまた再登場して、シリーズキャラクター? になるらしい。
 ホーム名義の作品も、ブッシュ名義の方も、面白そうなのはもうちょっと発掘してほしい。


No.2039 8点 ウナギの罠
ヤーン・エクストレム
(2024/05/08 07:08登録)
(ネタバレなし)
 1967年9月。スウェーデンのポーラリード地方では、親類から莫大な土地資産を相続した49歳の大地主ブルーノ・フレドネルが土地の権力者として君臨。多くの住民を経済的、精神的に支配して苦しめていた。そんなある夜、何者かに殺害されたフレドネルの死体が、河川のウナギ罠の装置の中で見つかる。赤毛の小男でオペラ愛好家の刑事、バーティル・ドゥレル主任警部が捜査を進めるなか、被害者に悪感情を抱く関係者が続出するが、やがてとある新事実が発覚。殺人現場はいっきに、不可能犯罪(完全密室)の様相を呈した!?

 1967年のスウェーデン作品。ドゥレル主任警部シリーズ第5弾。
 往年のファンが待ちに待った伝説的作品が、ついに翻訳。

 で、また期待が先走り過ぎて、アレな結果になる一縷の危惧の念も湧いたりしたが、それは杞憂。翻訳の滑らかさもあって、予想以上にスラスラ読める。
 登場人物はやや多いが、メインキャラは、嫌われ者の被害者の周辺に複数の家庭が並んでいる人物配置が基調で、キャラシフトの構造をいちど掴めばわかりやすい。
 例によって登場人物メモを作りながら読んだが、話が進むに従って各キャラのデータメモが増えていくのが楽しくなるような物語の造り。個人的には、黄金期~近代の英国女流作家系の面白さに近いストーリーの転がし方だった。

 正直、犯人のフーダニットに関しては登場人物の多さが悪い方に出た感じだが(その理由はもちろんここではナイショ)、ギリギリまでその真犯人の名を秘匿する小説テクニックは〇(マル)。
(欧米の大家の、あの名作を思わせる。)

 で、キモは
①なんで犯人は密室にしたか、の理由付け
②唖然、呆然の密室トリック
③そのための伏線の張りよう

 ……で、非常に楽しかった。特に②は久々のヒットだね(笑)。いや、個人的に、かもしれないが(笑)。
 ミステリの練度としてマトモに評価すべきなら、①のポイントの方か。

 『17人』ともども、エクストレム、ぢつに面白い。
 ぜひともこのあとも、この作家の作品の発掘紹介を続けてほしいモンです。


No.2038 6点 ラリーレースの惨劇
ジョン・ロード
(2024/05/07 10:54登録)
(ネタバレなし)
 名探偵プリーストリー博士の青年秘書ハロルド・メリフィールドは、2人の友人とともに、数日間かけて英国の各所を回るカーラリーに参加した。単純に早く最終ゴールに着けばいいのではなく、各ポイントを設定時間内に回ることを繰り返す条件レースだ。だがその最中、3人は停車する不審な競争車を発見。中にはドライバー2人の死体があった。

 1933年の英国作品。プリーストリー博士(本書のカタカナ表記)シリーズの第15弾。
 
 殺人事件は序盤にしか起きない地味な長編だが、物語は動きがあって面白い。話が脇に逸れず、徹頭徹尾、殺人事件の捜査と推理に費やされるド直球ぶりは、いつものジョン・ロード。とても気持ちがいい。

 で、フーダニットのパズラーとしては、作者が面白いことをしようとしてるのはわかるが、まともに伏線や手掛かりを整えてないので、ほとんどただのチョンボ作品(欧米の某・巨匠作家の・某問題作のようである)。

 翻訳は読みやすかったが、巻頭の人物表はヒドい。ちょっと複数の問題点を言いたいが、まずはここでは、列記しておくべき数名の登場人物の名前が出てないでしょう、とだけ書いておく(具体的には、弁護士のチャールズ・ファラントとか執事のウィリアム・オーチャードとか)。

 あれこれ思うことはあるが、それでも今回もそれなりに楽しめた。
 この数年間で、これで7~8冊読んでるけど、自分は地味にロード作品がスキみたいだ(笑)。
 邦訳があるので、あと未読の残りは二冊か……。関係者の方は、発掘・新訳を適当にまたそろそろ、お願いします。


No.2037 6点 すみせごの贄
澤村伊智
(2024/05/06 06:10登録)
(ネタバレなし)
「比嘉姉妹シリーズ(正確には、比嘉姉妹がいる世界観での連作シリーズ)」の短編集第三弾。

 今回は6本収録。

「たなわれしょうき」
……「僕」こと不登校の中学生・稲葉翔太は、父の指示でフリーライターの野崎崑に同行。ある村で彼の取材の助手を務めるが……。

「戸栗魅姫(とぐり みき)の仕事」
……「私」こと、中野に事務所謙店舗を構える霊能者・戸栗魅姫は、兵庫の老舗旅館「六輔光陽閣」を訪れた。だがそこで私は、二人の少女とともに不思議な体験に遭遇する。

「火曜夕方の客」
……高円寺の駅近くに、幾原青年が開いたカレー店「いくお」。そこには毎週の火曜日に奇妙な客があった?

「くろがねのわざ」
……80年代の日本映画界に、伝説的な仕事を残した特撮美術アーティストの鉄成生(くろがねなるお)。彼にはある秘話と、そしてジンクスがあった。

「とこよだけ」
……「俺」ことフリーライターの野崎崑は、先輩の心霊ライターの築井とともに、いわくのある四国周辺の小さな孤島・床代(とこしろ)島に向かうが……。

「すみせごの贄」
……「わたし」こと羽仁鈴菜は、元・銀座の高級料亭の料理長だった父・孝夫とともに、田舎で料理教室を開いていた。そして今日は不在の父のかわりに、実技講師の辻村ゆかりを迎えるが……。

バラエティ感に富んだ怪談連作。個人的に、ホラーショッカー度が特に高いと思うのは「とこよだけ」。ちなみにこれはできるなら本シリーズの現状までの長編をひととおり読んでからの方がいい……かも? 表題作はミステリ的な要素が強く、ちょっと感じが違うような……あんまり言わない方がいいね。
 シリーズファンなら、世界観の広がりも含めて、買いの一冊。


No.2036 5点 傷モノの花嫁
友麻碧
(2024/05/04 05:08登録)
(ネタバレなし)
 人間と異形の存在・あやかしが対立し、ときに共存する異世界。「大和皇國」の五大名家、その一角である白蓮寺家の血筋である「私こと」17歳の娘・菜々緒は本来なら、本家の嫡子である若君・麗人の正妻になるはずが、数年前のさる事情からその立場を奪われ、いまは仮面をつけて下女まがいの扱いを受けていた。だが五大名家内で上格の現当主で26歳の青年、紅椿夜行がそんな菜々美を妻に迎える。だが夜行には、さる秘密があった。

 作者の原作で大ヒットしている同名少女漫画、その原作をセルフノベライズの形で作者自身が小説化したもの。同じタイガ文庫の「虚構推理」シリーズなどと同様のパターンである。

 年下の友人が面白い、これはイイです、と貸してくれたので一読。明後日(正確には明日)その友人と顔を合わせるので、そのときに返そうと思い、今夜、読んだ。アマゾンで250以上の星マーク評価がついている人気作品だが、お話は異世界時代もの(近代もの)版「シンデレラ」にして「(中略)」。
 序盤は菜々緒の一人称で始まったのち、途中で視点を変えて別の登場人物たちの一人称になり、変化のある叙述で読み手を飽きさせないのは結構な工夫だが、それならそれで菜々緒=「私」、麗人=「俺」、ほかの女性=「わたし」とか表記を分けてほしかった。
 あと後半、ちょっと重要なサブキャラが出てきて片目に眼帯をつけてるそうだが、どっちの目か叙述してないのもいいんかいな? と思ったり。

 小説としては結構ラフで、もう少し整わせる余地も見やるが、途中からの良い意味での大衆小説的なお話の作りは、それはそれでまあ良いということで。
 まああまり小説を読んだことがない若い世代にウケてるのかな? とも思う。評価は6点……じゃちょっと甘いな。まあ不満は特にないが、ホメるところも(個人的には)そんなにないので、こんなところで。


No.2035 6点 渡された場面
松本清張
(2024/05/03 06:07登録)
(ネタバレなし)
 その年の2月。佐賀県の漁村にある「千鳥旅館」にひとりの男性客が泊った。十日ほど滞在した客は、39歳の著述家・小寺康司と記帳した。小寺の部屋を担当する女中で24歳の真野信子は小寺の著作は読んだことはなかったが、林芙美子の作品が好きだった。信子が小説好きらしいと認めた小寺は、やさしい言葉を残して旅館を去った。それからしばらくして、某県の県警の捜査一課長で、文学に興味がある香春(かわら)銀作は、趣味で読んでいた文芸同人内のある事実に気づく。

 新潮文庫版で読了。
 半年前後前にブックオフの100円棚で、フリで手に取って、面白そうだと購入した一冊である。300頁ちょっとと清張にしては薄目で、実際にスラスラ読めた。以前から、割と長らく耳に残っていたタイトルだったので、なんとなく60年代の作品かと思っていたが、実際には70年代半ばの長編であった。

 ジャンルミックス型の作品で、ALFAさんがおっしゃるような「若干「木に竹を継いだ」感が」というのは同感。
 それでもこのアクロバティックな構成は見事だろう。
(そしてそれをホメた上で、たしかに荒っぽいというか、悪い意味で話がスイスイ行き過ぎる感は否めないが。)

 それでなお小説の細部には、円熟した巨匠作家ならではの旨味があり(たとえば捜査陣の思わぬ助っ人となる、無名の婦警のシーンなんかイイねえ)、トータルとしては十分に楽しめた。

 清張の作品のなかでは佳作、という意味合いでこの評点だけど、リアルタイムの新刊で読んでいたら、その年のSRのベスト投票では7~8点つけていたろう。
 
 ネタバレにまったくならずに、この作品から海外作家の誰を連想するか? といわれたら、もちろんヴィカーズ。


No.2034 7点 つぶやき岩の秘密
新田次郎
(2024/04/29 05:31登録)
(ネタバレなし)
 昭和40年代(おそらく)の三浦半島。そこの小さな村に住む小学六年生の三浦紫郎(しろう)は2歳の時に海に漁に出た両親と死別し、その後は元網元の祖父・源造と祖母のぬいに養育されていた。大人びた秀才で多感な紫郎の心を慰めるのは、時に亡き母の声を思わせる、近所の「つぶやき岩」の反響音だ。そんな紫郎はあることを機に、大戦末期に軍部が海岸の周辺に広大な地下要塞を設け、そこに今も多額の軍資金の金塊が秘蔵されているらしいという風聞を知る。紫郎は周囲に出没し、また運命的に出会った大人たちを意識しながら、担任の若い女性教師・小林恵子の協力を得て、隠された秘密に迫っていく。

 1972年に山岳小説の雄・新田次郎が書き下ろしで著作した、作者の生前唯一のジュブナイル。もともとは当時、二人の幼い孫にいずれ読んでもらうことを想定して書いた作品のようである。

 昭和の世代人として、当然、本作のタイトルはNHKの連続番組「少年ドラマシリーズ」の一つとして知った。
 とはいえ当時の筆者は、最大級のメジャー作品『タイムトラベラー』正続編や、最愛のオヨヨシリーズの実写化『怪人オヨヨ』などを例外に、ほとんどリアルタイムの少年ドラマシリーズは観ていない。理由はひとえに、少年ドラマシリーズが放送されていた夕方の時間枠は、裏番組の民放の特撮やアニメの再放送ばっか優先して観ていたからである(笑・涙)。
 日本の児童番組史における少年ドラマシリーズの重要性と、ちゃんと観ていたファンの熱い思いを初めて知ったのは第一次アニメブーム(1970年代の末)の頃に雑誌「マンガ少年」(朝日ソノラマ)で、国産アニメの読者人気投票に続いて、国産特撮番組の人気投票を行なった際、意外なほど多くの少年ドラマシリーズのSF作品がベストテンの圏内にランクインしたことから。
 ここで初めて評者は『なぞの転校生』も『未来からの挑戦』も『暁はただ銀色』も、初期ウルトラシリーズに匹敵する秀作トクサツ番組だと知って、度肝を抜かれた! まもなく雑誌「ランデブー」そのほかでも少年ドラマシリーズの特集は頻繁に組まれるようになったが、それから間を置かず、じつは大半の少年ドラマシリーズの映像は、NHKが録画ビデオを消去したため、現存していない、という悲劇の事実を知る。ならば、ちゃんと本放送で観ておけばよかった!
 
 そんななか、本作『つぶやき岩』の少年ドラマシリーズ版は幸運にも映像の消去を免れた稀有な番組の一本であり、現在では無事に映像ソフト化もNHKのアーカイブ化もされている。
 が、そういう恵まれた状況となると、ヘソマガリでわがままな評者は、消されてしまったSF系の諸作の方ばかりがないものねだりで観たくなり、少年ドラマシリーズの主流のSFジュブナイルでない、ミステリ冒険小説ものらしい『つぶやき岩』は、まあその内……くらいに消極的な興味になってしまったのである(あのな)。この辺が、90~2000年代あたりの心境。

 でまあ、マクラが例によって長くなったが、結局、くだんのドラマ版『つぶやき岩』はいまだ未視聴である(汗・前述のようにソフト化はされているので、ちょっと頑張ればドラマ本編はいつでもすぐ観られる)。
 そんななかで、じゃあまずは原作から嗜もう、というのは現在のワガママジジイの評者にとって、かなり自然な心の動きであり(そうか?)、図書館から新潮文庫を借りてきた。

 そもそも、ここまで長々と書いてきた側面もふくめて、新田次郎のジュブナイルミステリ『つぶやき岩の秘密』はそれなりに世の中に知られた作品のハズなのに、ツワモノが揃う本サイトでまだレビューがないというのもちょ~っとだけ腹立たしい(え?)。
 というわけで原作『つぶやき岩』の感想だが、主題となる宝探しの設定は序盤から開陳。あとにも先にもネタバレを気にしなくていいほどに、シンプルな構造の作品だとはすぐに判明した。
 読みどころは、主人公の少年・紫郎の視座から見まわされる物語の場の奥行き(地下要塞という魅惑的な舞台装置もふくめて)と、周囲の清濁の濃さを感じさせる種々の大人たちとの関係性。この手のものにほぼ必至だと思う、同級生で冒険に付き合うガールフレンドがまったく不在なのがかえって古めかしい。80~90年代以降のラノベだったら、まず考えられない人物配置だ。ちなみに実質的なヒロインとなる恵子先生の存在感とその役割については新潮文庫の解説で十全に語り尽くされていて、ここで書き足すこともあまりない。主人公の成長を促す登場人物は劇中に何人か登場するが、最大のキーパーソンである某男性キャラに続き、二番手としてこの恵子先生がそのポジションを負っている。
 
 良くも悪くも迂路の少ない直線的な冒険ジュブナイルと思いきや、終盤である種のミステリ的ギミックが登場(くわしくは実作で)。ただし、そのギミックそのものの謎解きの面白さよりも、そのギミックが主人公の試練となる作劇の方が重要で、そこに込められたとある登場人物の心情も胸を打つ。
 それなりに得点はしている佳作という感じの作品だったが、終盤のニ十ページ前後で、個人的には大きく評価を上げた。ちょっと泣ける。ちなみにその辺のシークエンスの読解についても、こちらが感じた思いを実に的確に新潮文庫の解説で言語化してくれていて、こっちのヘボな感想はお呼びじゃないね(笑)。
 このラストの文芸性が新田文学の持ち味というなら、これから追い追い未読の諸作を読ませてもらうのが、改めて楽しみだ。

 まとめるならシンプルなお話を短い紙幅で語ったシンプルな冒険ジュブナイルながら、最後の方で作品全体の格がそこでまた、ひとつふたつ上がる秀作。

 ちなみにネットで目についたウワサによると、くだんの少年ドラマシリーズ版はラストが改変されているらしい。やはりいつかタイミングを見て、そっちも鑑賞してみることにしよう。


No.2033 5点 毒入り火刑法廷
榊林銘
(2024/04/28 16:22登録)
(ネタバレなし)
 人類の中から、超常能力を持つ人種「魔女」が覚醒した世界。法整備のされていない段階でひとりの魔女が、その能力を使った殺人を行ない、その犯行は法律の認定外ということで無罪を勝ち取った。だがそれを機に一般人は、社会の中に潜む魔女を脅威に思い、異端視を強めるようになった。かたや覚醒した魔女たちもまた、自分の正体を保身のために秘匿するようになる。ただひとりの例外である、魔女科学の研究に協力し、女王に公認され、民衆の支持を受ける魔女の歌手シュノンソー・ド・ヴィクトゴーを除いて。そんなこの世界は、魔女が特殊能力で犯罪を犯した場合、随時開かれる臨時裁判「火刑法廷」の場で、その犯罪事実と魔女の存在を認定。即時、処刑するようになっていた。そしていま、ひとりの少女が、ある殺人事件の容疑者=魔女として裁かれる。

 「魔女」が実在するパラレルワールドの世界(英国かな)を舞台にした特殊設定ミステリ。その世界観は、オカルト寄りというよりは、新人類ミュータントの台頭が人類という種の集合体を切り崩しつつある『ⅩーMEN』とかのそれに近い。要は優位人種と、それを迫害しようとする(一部は和睦をはかる)旧人類との関係性を語る作品世界である。

 冒頭からマンションの上階で起きた広義の密室(かな)殺人と、それにからむ魔女審理でぐいぐい話が進み、このペースじゃ一冊埋まるわけはない、ある種の連作的な構成かな? と思ったら、実際にそうだった。
 作品は「ジャーロ」に三回に分けて連載されたものらしいが、作中では三つの事件が順々に謎として提示され、ひとつひとつ決着を迎え、最後には全体としての大きな物語の結構を見せる(あまり書いてはいけないので、ここまで)。

 特殊設定ものという大前提を承知の上で、謎解きミステリとして読んでいく。魔女は飛行能力や、変身、人間の精神の操作など、いくつかの行為が可能である、と情報が読者にも与えられ、その上で、謎解き作品として話が進みかける。しかしそうすると、ミステリの作劇コードを外していると思える部分が目立ってきて、振り回されて疲れた。
 途中から、これはミステリの興味をダシに、良くも悪くもSFの方を優先してやりたいのかな、とも思ったり(特にふたつめの事件のあたり)。
 で、まあ、最後には(以下略)。とにかく疲れた。

 読後に、軽く~中度に疲労を噛み締めつつ、Amazonのレビューを覗くと平均点はそれなりに高いが、コメントは、わけがわからない作品! と悪評ひとつ。つまりはホメる人は言語化しにくい作品、あるいはヘタなことを言うと恥をかきそうな作品ということだと邪推する。
 またTwitter(現Ⅹ)では、ゲーム『逆転裁判』みたいだ、との声であふれかえっている。
 評者は『逆転裁判』シリーズはゲームもアニメもまったく縁がない(ノベライズを一冊読んだが)ので、その辺の感覚がまるでわからない。もしかしたら、同作のファンならもっと理解の補助線が引かれて、読みやすく楽しめるのかしれない。
(いや、『逆転裁判』うんぬんとは関係なく、単純に評者の読み方が悪いせいかもしれないが。)

 あるひとつの大技は楽しかったが、もしかしたら作者の方も、もう少し良い意味で内容のコンデンスさを回避して、メリハリのある演出を願いたいとも思った。
 シリーズの次作が書かれるのなら、もうちょっとその意味で薄口でお願いしたい。


No.2032 6点 ゴメスの名はゴメス
結城昌治
(2024/04/27 07:57登録)
(ネタバレなし)
 少年時代から、読もう読もうと思っていた作品。
 まずはタイトルについて『ウルトラQ』ネタは禁止だ(笑)。

 ベトナムを舞台にした、時代色の強い外地エスピオナージ。登場人物も耳慣れない響きの名前の者が多そうで、敷居が高そうだなと長らくなんとなく思っていたが、とんでもない。昭和の和製ハードボイルドミステリ的な筋運びと文体で、サクサク頁がめくれる。

 ただし大筋そのものは存外にシンプルで、悪くいえば単調。ストーリー上のツイストやサプライズも随所にあるが、総じて叙述の良さという器の安定感に対し、そのなかに入っている具の方が弱い、感じであった。

 ただ一方で、そういう見方をしてしまうのは、お話がつづら折りになった海外の一部のスパイ小説とかを基準にしてしまうからだろう。
 失踪した友人を追う、心にある種の屈託を抱えた一人称一視点の主人公の物語としては、実はこのくらいの<最後に明かされる真実>でよかった、のかもしれない。そう考えると、そんなに悪くないかも。

 クロージングを含めて、全体のムーディな雰囲気はとても良い。登場人物もベトナム青年ナムなどを筆頭に、そんじょそこらの作家じゃ書けないレベルの造形だ。

 とはいえ7点つけると、やっぱ、今の自分の気分じゃ、どっかウソになってしまうんだよな。この点数の上の方、ということで。
 またいつか読み直してみたら、評価は変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。そんな当たり前のことを、自分ではそれほど当たり前でないつもりの心情で言っておく。


No.2031 6点 真夜中の詩人
笹沢左保
(2024/04/25 07:58登録)
(途中から、ネタバレあり。注意)
 誘拐ものの秀作という定評? の作品。
 笹沢作品のなかでは結構、量感のある紙幅だが、例によってスラスラ読める。
 ある程度の大きな仕掛けは見えるが、ラストのサプライズは効果的。

 で……。
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(ここからネタバレ)
 真相には驚いたが、犯罪者側の計画を聞かされたのちに疑問が湧く。
 
 こういう犯罪計画だったら、麻知子の方から真紀に接近し、親しくなるのは悪手だったんじゃないか? 具体的には「和彦」の帰還後、「良かったですね。お祝いに、お坊ちゃんのお顔を拝みにお伺いしても、よろしいでしょうか」とか真紀に言われたら、どうするつもりだったのか。最終的に遠方に逃げようとはしているが、それまでにヤバいタイミングはそれなりにあったのではないか、と思うが。それまでに真紀が動かないという何らかの確信でもあったのか?
 あと、やはり「和彦」の帰還後、月単位で「誘拐」されていたんなら、主治医の産婦人科なり小児科医なりの健診があるだろうに、その時点で別人と判明するのではないか?
 さらに言うなら、警察レベルならさすがに子供の顔写真は要求してるだろうに、捜査陣は帰って来た子供の顔の確認もしなかったのか?
 本来ならいくつものイクスキューズが必要なところ、作者もひとつひとつ、シロートでも思いつく疑問に応えるのが面倒くさくなって、うっちゃっている感じ。
 トータルではまあまあ面白かったが、出来のよい作品ではない。


No.2030 7点 影の監視者
ジェフリー・ハウスホールド
(2024/04/25 04:44登録)
(ネタバレなし)
 1955年5月のロンドン。「わたし」こと、元オーストリアの貴族で今はイギリスに帰化した43歳の動物学者チャールズ・デニムに届けられた郵便物が爆発し、郵便配達人が巻き添えで死亡した。デニムは大戦時に英国側のスパイとして働き、ゲシュタポに潜入してナチスにひそかな打撃を与えていたが、今度の事件はその過去に由来するらしい。その傍証として、デニムのかつて同僚だった本物のゲシュタポで戦争犯罪人として服役していた連中が、何人も出所後に謎の復讐者「虎」によって殺されていた。自分もまた復讐の対象となったと自覚するデニム。彼は大戦当時の自分の立場と真意を「虎」に伝えるすべもないまま、復讐者の殺意に立ち向かうことになる。

 1960年の英国作品。
 安定期のフランシス作品(競馬スリラー)を想起させる、あまりにも掴みのよい序盤から開幕。主人公デニムはかつて自分なりの正義と博愛の念からあえて大戦時にナチスの汚名を着て、処刑されかかる罪もない若い娘を助けたりしていた。が、戦後はそんな過去の微妙でややこしい立場が周囲(たとえば同居している母親がわりの伯母さんなど)に露見することを危惧している。デニムはかつての上官イアン・パロウ大佐に相談に行くものの、決定的な打開策を得られず、北バッキンガムシャーの地方に潜伏、同時に敵の「虎」への対抗策をとり始める。ここまでが全体の7~6分の1。

 田舎に舞台が移ってからの中盤には本当に若干の冗長感はあるが、それでも、ここで数名の重要人物が登場し、さらに復讐者「虎」(のおぼろげな気配)も含めて、冒頭からのキャラクターたちの描写が掘り下げられていくので、やはりそのパートも決してムダではない。
 そして何より、後半のクライマックスがハイテンション。
 メインキャラクターふたりが織りなす「決闘」小説となる。

 デニムの運命がどうなるのか、物語がどう決着するのか、最後の後味は、などはもちろん、ここでは書かない&言わないが、クライマックスを経たエピローグ、余韻のあるクロージング、そのどちらも非常にいい。最後まで豊潤な味わいの小説を読ませてもらった、という幸福な感慨に包まれた。
 いま読んでも良かったけれど、中高校生時代に出会っていたら、たぶんきっと<世の中の多くのミステリファンは知らないだろうけれど、自分だけは知っているマスターピース長編、えっへん>的な、思い入れを感じる一冊になったろうなあ、とも思う(笑)。

 ちょっと地味目ではあるが、いいね、ハウスホールド。邦訳がある未読の作品を読むのも、楽しみにしておこう。


No.2029 8点 幻奇島
西村京太郎
(2024/04/23 04:55登録)
(ネタバレなし)
 その年の初夏の東京(たぶん)。「わたし」こと34歳の大手総合病院の内科医・西崎は、六本木のバーで友人と飲んだ帰りに運転し、若い女性をはねてしまう。病院に駆け込んで女性は一命をとりとめたが、西崎は警察の聴取を受けるなか、飲酒運転の事実はごまかそうとした。だが負傷した女性は素性不明のまま、西崎の車を盗んで姿を消す。その行方は杳として知れなかった。飲酒運転の件での逮捕こそ免れたものの、恩師かつ院長から疎んじられた西崎は、南海の石垣島からさらに離れた孤島「御神(おがん)島」で二年間、地元の診察医を務めるように命じられた。やむなく指示に従う西崎だが、そこで彼を待っていたのは殺人劇と、そして思いもよらぬ体験だった。

 元版は1975年5月の毎日新聞社の書籍(ただし現在、Amazonに書誌データなし)。
 評者は今回、ブックオフの100円棚で見つけた徳間文庫の新装版で読了(解説もなく、本文が終わるとそのまま奥付という仕様)。

 本サイトで先のお方が、だいぶ前に4点とかなり低めの採点をしてるので、こちらもややお気楽な気分で期待せずに読み出したら、意外にも結構、面白かった。
 あわててTwitter(現Ⅹ)で本作の感想を探ると、マイナーだけどこれは面白い、出来のいい西村作品という声ばっかしで、なんだ隠れた秀作だったんじゃないか、と姿勢を正す。

 一人称主人公・西崎が出会った謎のヒロインもはかなげで幻惑的だが、それ以上に物語の本筋の舞台となる御神島のロケーションが、独特の因習やら妖しい雰囲気やらでとても際立っている。他の作家でいちばん誰に近いかといえば、マッハの速さで三津田信三の名をあげるだろう。それくらい、西村作品としてはかなりとんがっている。

 和製フランスミステリ風に展開してゆく作劇のハラハラ具合も、初期の連城長編か、そのフランスミステリ系にずぶずぶはまっていく時期の泡坂作品、という感じ。

 フーダニットパズラーの興味にはまともな推理小説としては応えていないものの、一応の伏線はいくつか張ってあるし、その上での意外性がなかなか。
 いやもしも幻影城ノベルスで出されていたら、非常によく似合っていたんじゃないかな、この作品(いろんな意味で、絶対にありえんけど)。
 余韻のあるクロージングもいい。カミサマ(名探偵)不在のノンシリーズ作品だからこそ語れた、そんな味わいが最高。

 やっぱ初期の西村京太郎、かなり面白いものが埋もれているねえ。今後の良作との出会いを、楽しみにしよう。

 教訓:作品の現物は、自分の目で最後まで読んで確かめなきゃダメ。
 (もちろん、以前の方のレビューを拝見し、参考にするのはまた別の次元の話ですが。)
 つまり、このレビューを読んで本書を期待して読んで、その上で「……」もアリ、ということでもありますが(笑)。


No.2028 9点 フランチャイズ事件
ジョセフィン・テイ
(2024/04/22 06:10登録)
(ネタバレなし)
 イギリスはミルフォード州の、その年の春。15歳の少女ベティー(エリザベス)・ケーンがひと月にわたって、養父と養母のウィン夫妻のもとから消息を絶った。やがてベティーは保護されるが、顔に打撲の痕のある少女は、自分はフランチャイズ屋敷のオールドミスとその老母によって力づくで監禁され、女中仕事を強いられていたのだと訴えた。だが屋敷の住人である40歳代の女性マリオン・シャープとその母は、当の娘など会ったこともないと主張する。しかしベティーの証言で語られる屋敷の内部の景観は、実際のものとほぼ一致していた。果たして実際に誘拐と監禁の事実はあったのか? マリオンの依頼を受けた同世代の独身弁護士ロバート・プレーヤーはベティーの嘘? を暴こうとするが。

 1948年の英国作品。テイの長編、第4作。
 現実の騒ぎをもとにした、少女の誘拐&監禁? 事件が主題らしい、作者のシリーズキャラクターのアラン・グラント警部が一応は登場する(これが3作目)が、ほとんど脇役らしい……などの情報は、読む前から耳知識として知っていた。
 それでも後者については、そのグラント警部の実作内での扱いぶりに思わずアゴが外れた(……)。ある意味で、これほど生みの親に(中略)にされた「名探偵」も少なかろう。
 作者は本作の前にノンシリーズ長編を一冊書いてるので(評者はまだ未読だが)、本当はこれもノンシリーズ編として書こうとしたところ、版元か周囲の意見で、グラントの登場作品にしたんじゃないかと邪推する。それくらい、ミステリ史に名を残した名探偵キャラとしては、すんごいあしらいぶり。その件だけでも、話のネタとして読む価値はある(笑)。

 果たして誘拐&監禁事件は本当にあったのか? 二極の真実を探るなかで主人公のロバートは一応はシャープ母子側の陣営として動くが、最終的に物語がどこに落着するかはわからない。

 これ以上ないシンプルな構造の物語といえるが、地味なストーリーを丁寧な書き込みと英国風のドライ・ユーモアで外連味豊かに語り、最後までサスペンスフルに飽きさせない。翻訳は70年前のもの(1954年9月だから、初代ゴジラの封切り二カ月前だね)で巷で定評の悪評ながら、思っていたよりは読みやすかったのも有難い。いっきに数時間で読み終えてしまった。
 いや、謎解きパズラーの要素はあまりない純然たる捜査ミステリだったが、簡素化された物語の主題が強烈な訴求力に転じて、たぶんこれまでに読んだテイ作品のなかではイチバン面白かった。
 
 本当の悪人か? 冤罪か? いずれにしろシャープ母娘に疑惑の目を向ける(あるいは当初から悪党と決めつけてかかる)一般市民の暴走ぶりもハイテンションで書かれ、テイが裏テーマとして特に書きたかったのは、実はその辺の衆愚さの表出だろう。牧村家を囲む悪魔狩りの市民(原作版『デビルマン』)みたいであった。

 最後の真相が明らかになったのちに感じる、何とも言えない慨嘆の念も鮮烈。そのなかで某メインキャラが洩らすあの一言が、魂に響く。クロージングの余韻もいい。

 何十年もなんとなく気になってはいた一冊(少年時代に買ったポケミスがまたどっかに行ったので、一年ほど前に古書をまた入手した)だが、予期していた以上に満足度は高い。

 他のヒトの評価は知らないが、私の好みにはドンピシャに合致ということでこの高得点。
 できるなら新訳が出て、新しい世代の人にも読んでもらいたいなあ。全員が全員、高い評価をすることはないだろうが、ハマる人はかなりハマるとは思う。


No.2027 8点 閻魔堂沙羅の推理奇譚 A+B+Cの殺人
木元哉多
(2024/04/21 08:52登録)
(ネタバレなし)
 閻魔大王の娘・閻魔堂沙羅は、父の代理執行の職務から離れ、人間界で期間限定の休暇を楽しんでいた。そんな沙羅はとあるホームセンターで、万引きしかけていた小学六年生・宮沢志郎と、その小二の妹・汐緒里に出会う。兄妹の父・竜太はいろいろな事情が重なって酒浸りで生活能力がなく、母の夏妃は重病で病院で死を待つばかりだった。だがそんな一家の周辺に謎の刺客が迫っているのを、沙羅は察知する。

 閻魔堂沙羅シリーズ第7弾。
 3年半前の旧刊だが、シリーズのなかでこの巻だけ、今までなんとなく読み残していたので、今回、思いついて消化する。
 シリーズ前作に続く二回めの長編仕立てで、キャラクタードラマの比重が大きい。ミステリの謎は小粒だが、良い感じでその核に向かって、敷居の低い人間ドラマが築かれていく造りで、なんかケメルマンの「ラビ」シリーズとかを思わせる。
 その上で、今回はそのドラマ部分が予想以上によく(単に評者の好みのタイプの話というだけかもしれんが)、それがミステリ部分とも有機的にかみ合っている。
(実は、人間心理的に納得できるかどうかで、ちょっとグレイゾーンな部分もなくはないのだが、まあ許容範囲。)

 正に「人間賛歌×本格ミステリ!」(←本シリーズ二冊目の惹句)で、良作であったが、現在のところ、これが本シリーズの最新刊で現状の最終巻。
 そろそろ8冊目が出て欲しいし、待ち望んでいるファンも多いとも思うが、作者の方はもうこのシリーズでやることはやり尽くした、みたいな思いがあるのかもしれない?
 一昨年にはノンシリーズの方で新刊が出たし、昨年は新作自体がナシだったしね。
 本作のクロージングは特にシリーズの締め、みたいな演出はしてないので、うっすらと希望は持ってはいるけれど。

 そーいや、今回はおなじみの呪文を沙羅は言ってなかったな。あと、人間全般に対する感慨も、いつもより濃い目に心情吐露されている。その辺が実は、シリーズ終了のサインだったりするのか? 

 評点は応援と新作期待の念を込めて0.3点くらい、おまけ。ちちんぷいぷい。


No.2026 5点 でぶのオリーの原稿
エド・マクベイン
(2024/04/20 05:23登録)
(ネタバレなし)
 その年の8月。アイソラ市の市議会議員で、今後の市長候補とも目されるレスター・アンダーソンが、講演のリハーサル中に何者かに射殺された。88分署の一級刑事で悪評で有名なオリー・ウィークスが初動で先に現場に来た特権で、この大事件の担当となるが、彼は現場に到着した際に車の中から、書籍一冊分の原稿の入ったアタッシュケースを誰かに盗まれてしまう。その原稿は、自分に物書きの才能があると自負していたオリーが、実際の捜査活動を下敷きに相応のフィクション要素を加味して書き上げた、警察小説形式の長編ミステリであった。レスター殺しの捜査を87分署の二級刑事スティーヴ・キャレラに事実上任せて、自分は大事な原稿の行方を追うオリー。一方、87分署には三級刑事バート・クリングの別れたかつての恋人だった二級刑事アイリーン・バークが、転属でまた舞い戻ってきた。アイリーンは、三級刑事アンディ・パーカーと組んで、麻薬売買の事件を追うが。

 2002年のアメリカ作品。
 87分署シリーズの第48番目の長編。評者はシリーズの流れでいうと40番台のものがほぼ未読。その辺は数冊しか読んでない。とはいえオリーの初登場作品(第28番目の長編『命ある限り』だっけ)は読んでおり、アメリカ警察小説版ドーヴァー警部が出てきた! みたいな当時の印象は、いまでもよく覚えている。
 今にして思えば当時のマクベイン、マルティン・ベックシリーズでいうなら、あの(日本でも、世代人のミステリファンに当時、超人気キャラだった)グンヴァルド・ラーソンみたいな、とんがった一匹狼風のサブヒーローを作りたかったんだろう?
(ちなみに本書の訳者あとがきで、作者マクベインは最近になってオリーを登場させた、とあるけど……いや、初登場から本作の時点で、すでに四半世紀経ってたよね!? 既存の長大なシリーズを全部読破してから新作の翻訳にかかってほしい、とまでは言わないにせよ、せめてメインキャラの基本情報くらいはマスタリングしてほしい。無策な編集者にも問題はあるが。)

 1950年代から活躍のキャレラはいまだ40歳。一方で湾岸戦争やら炭疽菌事件やらビン・ラディンやAmazonの話題やら出て来る不思議時空で、作者のその居直りっぷりには笑ってしまうが、まあこのシリーズはこれでいいのだ、というのは受け手万民の共通見識であろう?
 そんな傍らで『キングの身代金』や『大いなる手がかり』そのほかの旧作での事件の話題が出てくると、それはそれで嬉しくなる。かたや、読んでない分の作品のなかで、おなじみの某キャラクターがすでに退場していたらしいと初めてここで知って、軽いショックを受けたりもした。

 ミステリとしては、レスター殺人事件、奪われた原稿探し、そして麻薬事件の三つがモジュラー式に展開。中でもオリーの書いた長編小説の現物は、その一部が作中作として本文のなかにも登場し、作中の登場人物にも妙な影響を与える(これくらいまでは書いてもいいだろう)。
 とはいえ今回のローテーション主人公に据えられたはずの肝心のオリーの言動が、実際にはあまりはっちゃけず(そのことは訳者も残念がっていたようだが)、全体にどうも冗長。むしろフツーにちょっと変わった真相が明らかになる、レスター殺害事件の方が面白い。三つの事件がバラバラで終わるか、何らかの相関や錯綜があるかは、読んでのお楽しみで。

 で、東西オールタイムミステリ史上、屈指の(中略)キャラ、バート・クリングと、アイリーンみたいな元カノヒロインとの再会の図は、自分のような下世話なファンにはかねてより見せてもらいたかった趣向(本当は二代目ヒロインのシンディ・フォレストとの再会の図が見たかった。初代ヒロインのクレア・タウンゼントとは別の意味で、クリングと<再会>させてあげたかった~どういう形になるか具体案はこっちから出せないが)。
 で、ハラハラかつどこか悪魔的な興味で、両キャラの対面の成り行きを見守るが……いや、クリングかっこいい! 出会って付き合って半世紀近くになって、またちょっとスキになってしまったぜい。
 一方のアイリーンもヘイトキャラに貶めず、disったりもせず、マクベイン、大人だねえ、と感服。ここではソコまで書いておきます。
 
 作品全体としては、読む前の期待値の高さには、満足のゆくほどには応えてくれなかった一冊。キャレラの奥さんテディの描写などの細部で点を稼いだり、先のクリングとアイリーンの叙述などを加味して、そこそこ楽しめはしたけれど。

 あと、レスター殺しの殺害に関して現場の図面が入るけれど、これが真相の明かされる直前に掲載されてちょっと面食らった。セオリー通りに事件の起きた直後、捜査が始まったすぐあとの場面から入れておけばいいと思ったりもしたが、作者はそういう作法には無頓着なようで、たぶんこれって、単にいつもの87分署ものの恒例の、図版ものギミックの一環だったんだろうね?

 トータルとしては「まあ、楽しめた」なのでこの評点で。
 シリーズファンとしては、順不同のつまみ食いながら、読んでおいてよかった一冊ではありますが。


No.2025 8点 歌われなかった海賊へ
逢坂冬馬
(2024/04/19 05:10登録)
(ネタバレなし)
 物語全体のスケール観とダイナミズムは前作と到底、比べるべくもないが、小説としての練度は、ところどころ更なる進化を感じたりした。
 物語全体の語り部役を担ったメインキャラも、人間の清濁の混淆の形成として造形されたあのサブヒロインも、とても見事に描出されている。
 ナチズムの狂気と残酷さは前提の上で、それにからむ主義思想やや善悪のありように多面的な相対化を行なった筆致も適切。
 凡人が何に戸惑うって、その悪人の愚かさと非道さの向こうに、また別のもの、が透けて見えたときである。この作品はそのことを改めてしっかりと語り伝える。
 
 フランツ、アマーリエ先生、シェーラー少尉がとてもきっちりとキャラ造形された一方、何名かやや記号的な文芸を感じたキャラがいたのは本当にちょっとだけ残念。フリーデの素性の設定なんか、悪い意味で物語的すぎるとも思った。一方で、それがこのストーリーに必要だったのは、言うまでもないのだが。

 過去編のクライマックス以上に、現代編のまとめのエピローグが応えた。前作も幕引きパートで得点を稼いだが、今回はそれ以上であろう。現代編の狂言回しクリスティアンの記憶に浮かぶあの人物のキャスティングで、この作品は結晶感も豊かに完成した。


No.2024 6点 邪悪の家
アガサ・クリスティー
(2024/04/18 18:26登録)
(ネタバレなし)
 1932年の英国作品(1931年に雑誌連載で初出)。ポアロ(ポワロ)ものの第6長編。

 先日、閉店した少し離れた方の近所のブックオフの店仕舞いセールスで、新潮文庫の『エンド・ハウス殺人事件』を50円で買ってきた。ポケミス『邪悪の家』は間違いなく持ってたと思うが、読んでいたようなそうでなかったような……。いずれにしろ、実質的に白紙の気分で最後まで読み終えた。

 翻訳は当時のベテランで1950年代から仕事をしている中村妙子女史だが、1988年に初版の新潮文庫版はこの時点での新訳のようで、とても読みやすい。
 ストーリーの進行は、定石の作劇にさらに補助線を引いたような安定感で心地よく読める。真犯人のバレバレぶりは異論はないが、隠された動機の方はなかなか面白い。
 ちなみに今回読んだ新潮文庫版では、本文のあとに読んでください、として、ある登場人物について叙述の不自然さを訳者の中村女史自身がしている。それに関しては、確かにそういえばそうだ。

 トータルでは出来はよくはない方の作品ということになるのだろうが、それでも読んでいるうちは楽しかった。nukkamさんのおっしゃる、深読みしすぎて~の件は、よくわかる(笑)。

 最後に、これまでの何人の方のレビューで<この作品は、別の巨匠作家のあの作品を想起させる>という主旨で、具体的な作家名と作品名まで引き合いに出して語っておられるので、事実上、そっちの作品のネタバレか、限りなくそれに近いものになっている。被害を受けたので(大泣)、これから過去のレビューをご覧になる方に、そのつもりでお読みくださいと、ここでその旨、警告させていただきます。


No.2023 6点 悪霊に追われる女
鷹見緋沙子
(2024/04/18 04:12登録)
(ネタバレなし)
 28歳の平泉順子の夫は、小さな建築設計事務所の所長で、昔は彼女の大学時代の先輩でもあった、31歳の平泉洋治だ。だが順子の実家は大地主で、彼女は夫の収入に頼らず自分だけの巨額の財産を持っていた。夫の洋治のことは愛している順子だが、彼女は一年前から洋治の学友(親友)でやはり順子の先輩だった寺西研二と秘密の不倫関係を続けていた。そんなある夜、順子を乗せて寺西が運転する車が人気のない場所で、若い女を轢いた。寺西は順子を説き伏せて死体を隠すが、ほぼ一年後、周辺で白骨死体が見つかる。そして謎の脅迫者「白川保根夫」が寺西に巨額の口止め料を要求してきた。そして順子の周辺には、轢死されて骨になったはずのあの女の亡霊が出没する!?

 大谷・草野・天藤によるハウスネーム作家「鷹見緋沙子」の第9長編で、最後の著作。本作の実作は、大谷の筆によるものらしい。
 本サイトで鷹見名義、あるいは天藤名義などで登録のない鷹見作品を何か読もうと思っていたら、Twitter(現Ⅹ)でこれが評判良さげだったので、手にとってみた。
 
 本書の裏表紙には、路線を当初のパズラーから官能サスペンスに転換した作者の新作、といった主旨のセールストークがある。
 実際に美貌の若妻の不倫は本作の主題だが、実作者・大谷の作風か、予想される(?)こってりしたイヤらしさは希薄で、全体にサバサバした文章で話が紡がれた。いまの時点であえてジャンルを言うんなら、和製フランス・ミステリだろうね。
 
 結局はキワモノ、ゲテモノになるんだろうなと軽く見ていた部分もあるが、最後に明かされる真実で物語の構図が小気味よく変貌。なかなか面白かった。
 遡って考えれば、話が一部スムーズに流れ過ぎたきらいもあるが、まあ許容範囲。登場人物メモを取りながら、それでも2時間で通読できる佳作ではある。評点は7点に近い、この点数で。


No.2022 7点 明日訪ねてくるがいい
マーガレット・ミラー
(2024/04/17 12:23登録)
(ネタバレなし~たぶん・汗)
 南米の一角、サンタ・フェリーシアの町にあるデイヴ・スメドラーの弁護士事務所。そこに所属する25歳の新人弁護士トム・アラゴンは、卒中で半身不随の男性マーコーを夫に持つ50歳の女性ギリー・デッカーから依頼を受ける。その依頼内容は、8年前に当時15歳のメキシコ人の少女トゥーラ・ロペスと駆け落ちした、今は54歳になる前夫B・J(バイロン・ジェイムズ)・ロックウッドを、訳あって捜してほしいというものだ。ギリーはそれなりに資産を持つらしい。アラゴンは依頼人の情報をもとに、ロックウッドの手掛かりがあるらしい、はるか彼方の辺鄙な村バイア・デ・パレアナに向かうが。

 1976年のアメリカ作品。ミラー後期のシリーズもの、若手弁護士トム・アラゴンものの第一弾。
 創元から出たこのあとのシリーズ二冊分が割とそばに積読であるが、どうせならシリーズ一冊目からと本書を図書館から借りてきた(実は同じポケミスは大昔に購入したと思うが、例によって、蔵書の中からすぐに見つからない・汗)。

 本文200ページちょっとと薄目だし、後期のミラーの文章は歯応えを感じる一方、贅肉がなくて読みやすいのでサクサク、ページをめくれる。名前がある登場人物も、モブキャラを含めて30人前後と程よい感じ。

 しかし終盤まで物語の底が見えず、一方で事件またはそれらしいものは続発。一体これはどういう話なのかと思っていたら、最後でとんでもないサプライズが待つ。

 とはいえ<これ>はアンフェアではないかとも思いもしたが、考えると80年代後半~21世紀の我が国の新本格ならありそうな感じの大技で、そう思いを馳せると、首肯できなくもない。
(一方で、きちんと伏線を張ってあるところは、張ってある。)
 で、いったんそう肯定して何か所かページをめくり直すと、その引っかかったポイントの部分に、物語や登場人物の奥に潜むかなり昏いものが改めてまた浮かび上がって、読み手に深い実感を求めて来る。
 うん、これこそミラー作品。作者の狙いは、たぶんしっかりと堪能した。
 
 できるならミラーの初期~前期までの作品を何冊か読んで、作者の作風になじんでから手に取って欲しい一冊。
 評点は8点に近いこの数字で。


No.2021 8点 屍衣にポケットはない
ホレス・マッコイ
(2024/04/16 07:23登録)
(ネタバレなし)
 アメリカはオレゴン州のコルトン郡。地方紙「タイムズ・ガゼット」の青年記者マイク・ドーランは、大衆の公器という報道の使命を忘れ、儲け主義と事なかれ主義に走る編集長トマスに反発。退社して、自ら新雑誌「コスモポライト」を立ち上げた。友人で元同僚のエディ・ビショップや、いわくありげな美女マイラ・バーノフスキーたちスタッフの協力を得ながら、地元の腐敗を遠慮なく誌面で告発していくドーランだが、広告収入体制の弱さゆえの資金難、さらには外部からの圧力など、いくつもの難関が立ちはだかる。そして街の清浄を求めて現実の汚濁を訴えるドーランの情熱もまた、少しずつひずみを見せていった。

 1937年のアメリカ作品。
 本書を読む前に作者のほかの既訳の二冊を読んでおこうと思っていたが、結局、これがマッコイ作品の初読みになってしまった(ま、そーゆーのもよくあるコトだ)。
 評者がこの作品のことを最初に見知ったのは、半世紀前のミステリマガジンの連載、小鷹信光の「パパイラスの船」の中でのことだったような記憶がある。

 異性関係において相応に奔放だが、政情の汚濁には強い熱い義憤を抱く正義漢の主人公ドーラン……と書くと、もしかしたら、人間的にバランスの良い、遊びもこなすが根は真面目な陽性の熱血漢をイメージされるかもしれない。
 が、実際に本作の中身を読んでいくと、そういう受け取り方だと微妙にニュアンスが違う。いや、大枠ではその認識で決して間違いではないのだが、前半の正義感の暴走ぶりからして、この主人公はどこか(?)いびつである。

 だから(あまり書いちゃいけないが)中盤になってドーランが半ばやむなき事情からある種のダーティプレイともいえる行為に走ると(正義と大義のため? だが)、かえってそこでやっ
と、座りの悪い主人公の人間味を見いだせたような気分で、ホッとする。
 さらに物語の後半、ドーラン自身がある局面において、かなり印象的な叙述で、自分の行動の軌跡の是非を自問するが、そこでようやく物語全体にバランスが感じられるようになってくる。

 とはいえ、本作は、そんなほぼ全編について回るある種の居心地の悪さそのものが魅力的な作品でもあり、そんなザワザワ感が、スピード感のある筆遣いのなかでいっきに語られる。
 一作読んだだけでアレコレいうのも浅はかだが、これがマッコイの作風か?
 
 終盤の展開は(物語の決着点はもちろんここではナイショだが)、お話がちょっとでも横にぶれると空中分解しそうな危うさがあり(特に最後の取材対象の大ネタのあたりとか)、読み手の側もかつてない綱渡りめいた緊張感を味わった。
 エンターテインメント物語が読者を饗応するのとは別の意味で、独特のスリリングさがあった作品である。

 個人的にはかなり惹かれた作品だが、できがいいとか完成度や物語の結晶度が高いなどとかは口が裂けてもいえない。Amazonのレビューというか採点はものの見事に、諸氏の評価の高低の差が激しいが、それもよくわかる。しばらくしてから読み返したら、また違った顔を見せそうな作品。
 少しあとの時代の作家と比較すると、マッギヴァーンの諸作あたりと、ある部分で大きく重なり、またその一方で、別のある面で対極ともいえる文芸を感じさせる、そんな作品であった。

 なお題名は「ポケットに金を突っ込んでいても、死んだあと、あの世までには持ってはいけない(だからやることやるなら、生きてる内だよ、ってこと)」の意味。うん、最後まで主人公はおのれの望むままに生きて突っ走った物語であった(←ギリギリ、ネタバレになってないつもりだ)。

 評点は0.5点くらいオマケ……かなあ。素直に黙って8点あげたいとも思うんだけど、そういうつもりで評点しちゃうと、なんかウソになるような気がする。とはいえ、とにもかくにも、よく発掘翻訳してくれました。その事実を評点に勘案するなら、十分に8点だ。 

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