パメルさんの登録情報 | |
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平均点:6.12点 | 書評数:659件 |
No.519 | 7点 | 白鳥とコウモリ 東野圭吾 |
(2023/09/06 07:22登録) 「すべて、私がやりました。すべての事件の犯人は私です」と男が自供した殺人事件。それは港区・竹芝桟橋の近くに止められていた車の中から、白石健介の遺体が発見されたことに端を発する。 被害者の足取りを追うのは、警視庁捜査一課の五代刑事と所轄の中町刑事のコンビ。彼らは丹念な捜査の末に、倉木達郎の存在に到達する。そして三十年以上も前に発生した金融業者殺人事件と倉木の接点を見つけ出し、ついには自白を引き出すことになる。 そのプロセスは端正な警察ミステリそのものであり、ここまでも十分な読み応えがある。ところがページの残量を見れば、これがまだ物語の序盤に過ぎないことが容易に知れ、それが一層の期待感を抱かせる。実際、本作の主題はむしろここからだ。警察の取り調べにより、事件の経緯や動機が、次第に明らかになる中、その余波に直面する二人の人物がいた。加害者・倉木達郎の息子、和真。そして被害者・白石健介の娘、美令である。 加害者の家族と被害者の家族。立場としては、対極にあるように見える二人だが、事件のあらましを知るにつけ、共に苦悩の日々を余儀なくされる。そこに介在するのは現代社会特有の不寛容さで、二人は世間の好奇の目に晒され、ネットの悪意に塗れることとなる。 加害者であろうが被害者であろうが、等しく好奇の俎上に載せられるネット社会。果たして人は、家族の罪をいかにして背負うべきなのか。本当の罪とは何か、本当の罰とは何かを深く考えさせられた。 |
No.518 | 7点 | 鬼 今邑彩 |
(2023/08/31 06:50登録) 日常に潜んだ誰もが迷い込んでしまうような不思議な世界を描く、ホラーテイストの8編からなる短編集。(単行本で読んだので8編。文庫本だと10編なんですね。) 「カラスなぜ鳴く」柳瀬正一は、仕事ばかりであまり家族を顧みなかった。ある日、妻と息子の間に自分には理解できない奇妙な何かがあることに気付く。殺人事件の真相は分かりやすいが、語り口が巧妙で読ませる。 「たつまさんがころした」春美は昔から神のお告げのようなものを聞くことがあった。その日も婚約者の辰馬が殺人事件の犯人のような気がして、姉の夏美に相談しようと思っていた。最悪の結末を示唆しつつも、最後まで分からせない。ある意味「操り」というべき作品。 「シクラメンの家」出窓にシクラメンを飾っている家がある。その家には赤と白のシクラメンがあり、日によって色が変わるのは、何かの暗号と思うようになる。短い中にサスペンス性がたっぷり凝縮されている。 「鬼」七歳の私たちは、みっちゃんとかくれんぼをしていた。いつも通り、みっちゃんが鬼で私たちは隠れたけれど、みっちゃんは探しに来なかった。ホラー映画のようなプロットにもかかわらず、結末はほのぼのしている。 「黒髪」私と夫以外の誰もいないこの部屋に、黒くて長い髪の毛が落ちていた。私は明るめの茶色なので自分のものではない。ファンタジー性が強い切ない物語。 「悪夢」臨床心理士になった私に旧友の内藤が相談にきた。妊娠中の奥さんは、子供を産んでも自分が殺してしまうと言っているらしい。夢判断という題材で、ホラーというよりサスペンスに近い。真相は途中で気付く人も多いのではないか。 「メイ先生のバラ」バーにやってきた男が手にしていたのは、黄色いバラの大きな花束だった。39本あるその薔薇の意味を男が語り出す。予想よりも穏便な結末。 「セイレーン」彼女と旅行の途中に喧嘩して車内から追い出されてしまった僕は、通りすがりの集団の仲間に入れてもらい、旅館に辿り着いた。テーマとしては暗いが、優しい世界なのではと錯覚してしまうほど、不思議な読後感。 誰にでもあるであろう人間の裏の顔を描くのが、とてもうまい作者。途中で真相に、ある程度予想出来てしまう作品もあったが、それでもこの世界観は好みである。 |
No.517 | 6点 | 激走 福岡国際マラソン 42.195キロの謎 鳥飼否宇 |
(2023/08/26 06:36登録) 北京オリンピック代表の選考をも兼ねた福岡国際マラソン。このレースに挑むのは、オリンピックを目指す選手だけではなく、再起を図る者や自身の存在を世の中にアピールしようと目論む者まで有力選手、一般参加者など、それぞれの思惑を胸に秘め、スタートのピストルが鳴り響く。そして中盤で思わぬアクシデントが。 作者の作風は、奇想の炸裂したバカミスを得意としているイメージを持っている人が多いと思うが、その点では裏切られると思う。ただ、普通のミステリで終わるわけでもなく、実はそれが煙幕となっており、最初に想像するパターンであらかじめ感づかせておいて、それを上回るという離れ業をやっており油断ならない。 ゴールを目指し、42.195キロを走る間に選手の回想や、それぞれの思惑が交錯して、いろいろなドラマが展開する。レース中の心理が克明に描かれ、伏線などの細部はよく考えられている。全てを読み終わった時、如何に自分が見ていたものが間違っていたかを思い知らされることになる。その反転具合はなかなかのもので清々しいい読後感。 本書は作者の真っ当な路線の代表作になりうる作品。スポーツミステリ自体、現時点ではあまりにも少ない。特にマラソンミステリとなるとかなり限定されてくる。今後、マラソンミステリを含め多くのスポーツミステリが出てくることを期待したい。 |
No.516 | 5点 | N 道尾秀介 |
(2023/08/21 06:47登録) 六つの章を自由な順序で読むことが出来る作りになっている。各章の間では、登場人物や時系列が緩やかに繋がっている。AからBの順に読めば特に意外でもない出来事も、BからAの順に読めば驚きをもたらす。さらにCを読むとAとBに登場した人物の過去が明かされるといいう形で、読む順序によって何に驚くか、どこに衝撃を受けるかが変化する。装丁も一編ずつ逆さになっているという凝りようだ。 複数の短編が、人物や事件でリンクしているだけなら珍しくはない。本書の特色は「どんな順序に読まれるか」を考慮した上で、それぞれの章で何を語り、何を語らないかを入念に選んでいるところにある。 「名のない毒液と花」魔法の鼻を持つ犬とともに教え子の秘密を探る理科教師。 「笑わない少女の死」定年を迎えた英語教師だけが知る、少女を殺害した真犯人。 「落ちない魔球と鳥」鳥が喋った「死んでくれない?」という言葉の謎を解く高校生。 「消えない硝子の星」ターミナルケアを通じて、生まれて初めて奇跡を見た看護士。 「飛べない雄蜂の嘘」殺した恋人の遺体を消し去ってくれた正体不明の侵入者。 「眠らない刑事と犬」殺人事件の真実を掴むべく、ペット探偵を尾行する女性刑事。 読み味が720通りあるというのが、この作品のひとつの売りとなっている。とはいえ、おすすめしたい読み方はある。ミステリとしての驚きを存分に味わいたければ、「笑わない少女の死」を最後に読むのは避けたほうがいいだろう。この章は作中の時系列では一番最後に相当するが、ミステリらしい驚きを味わいたければ最後には向かない。異なる順序に読めば、また異なる感興が生じる作りだが、720通り読んでみようと思う奇特な人はいないだろう。個人的には2通り読めば十分かなと感じた。 |
No.515 | 6点 | 生首に聞いてみろ 法月綸太郎 |
(2023/08/17 06:32登録) 法月綸太郎は、高校時代の後輩であるカメラマンの写真展の会場で、彫刻家・川島伊作の一人娘・江知佳と出会う。川島伊作は娘の江知佳に、かつてその母をモデルにして使った「母子像」を完成するが急逝してしまう。しかしその葬儀の間に、母子像の首が何者かに切断され持ち去られてしまう。母子像モデルの江知佳への殺人予告ではないかと恐れた伊作の弟・敦志は、法月に調査を依頼する。 タイトルの印象からして、おどろおどろしい展開が予想されたが、そうではない。謎の真相に近づいていくと、また新たな謎が現れていく感じで、緻密に張り巡らされた伏線が複雑なプロットを支え、二重三重の企みが幻惑する。複雑な人間関係が徐々に見え始めるが、物語自体は淡々と進み起伏に乏しいし、殺人事件が起こるのもかなりページが進んでからであり、どちらかといえば地味であるためインパクトの面ではかなり劣る。 ただ、トリックの重要な要素となる型取り石膏像をめぐる蘊蓄などのペダントリーは好奇心をくすぐるし、石膏像の首がなぜ切断されたかの理由や事件の全貌を明らかにするパズラーの部分はよく出来ているのではないか。 首の切断をめぐってあらゆる仮説もおざなりではなく、最終的に否定されるそれらの仮説も、真相と同様の緻密さと説得力を持っていて見事だった。 |
No.514 | 8点 | 死の命題 門前典之 |
(2023/08/11 06:39登録) 焔水湖のほとりに建てられた別荘・美島館に招かれた6人の男女。数年前に遭難して行方不明となった美島総一郎教授の遺志を受け継ぎ、夫人の手で落成されたその館で、一人また一人と殺されて誰もいなくなった。 吹雪によって山荘に閉じ込められた6人。まるでクリスティーの「そして誰もいなくなった」のように次々と殺されていく大虐殺。本書の素晴らしいところは、用意された凄まじいバカトリックもさることながら、大技を支える細かいところにも大技が組み込まれているところにある、特に密室と奇怪で禍々しい巨大なカブトムシの亡霊の謎とその解決は、恐ろしいまでの意外さを内包しており、強烈な印象を残すとともに笑いが込み上げてくる。 どうしてもバカトリックに目がいきがちだが、異形のロジックも健在であり、このロジックが大胆不敵なトリックを支えているのは明らか。さらに読者への挑戦状、被害者をつなぐ豪快なミッシングリンクに、最後の最後で明らかになる悪魔的真相と本格ミステリ好きにはたまらない奇想趣向が詰まっている。あまりにも奇天烈なので人を選ぶ作品であるが、インパクト抜群なエンターテインメント大作であることは間違いないだろう。 |
No.513 | 6点 | 告解 薬丸岳 |
(2023/08/07 06:45登録) 「今すぐ会いに来てくれなければ別れる」という恋人からのメールを見て、大学生の翔太は深夜、車を飛ばす。先程まで酒を飲んでいたが、もう終電がなかった。だが、運転中の何かに乗り上げた衝撃を覚える。恐怖で走り去るが翌日、自分が老女の命を奪ったことを知る。翔太は警察に逮捕され、懲役4年10カ月の判決を受ける。一方、被害者の夫である法輪二三久は、ある意図をもって出所後の翔太に近づいていく。 服役しても罪は償えない。ならばどのように生きていけばいいのかと苦悩する。その贖罪を問い掛けるうえで重要なのが、翔太に接近を図る法輪の存在だろう。法輪が望むものとは何なのかが終盤、前面にせりだしてきて、驚きとともに感動を呼ぶ大きなうねりを作り上げる。 エピローグでさらに静かに盛り上げて、優しく力強い台詞を出して、温かな余韻を味あわせる。罪と罰をめぐる物語の構図が複雑かつ重層化されて、キャラクターの輪郭が一段と際立ち、テーマが鋭く強く打ち出される。犯した罪は一生消えない。しかし、その罪を抱えて前向きに生きていくことは出来るはず。翔太のある言動を身勝手ととるか、リアルととるかで評価が分かれるかもしれない。最後に、何よりもタイトルがもつ深い意味が分かり、作者の意図が明確になる。 |
No.512 | 6点 | 葬式組曲 天祢涼 |
(2023/08/02 06:34登録) 舞台は宗教的儀式に批判的な風潮が高まったことで、「葬式」をしないで火葬する「直葬」が主流となった現代日本。そんな日本において、S県だけは反発し、唯一葬式の風習を残した。そのS県の北条葬儀社に焦点を当てた連作集。 個人の心の内の深いところを解きほぐす「父の葬式」や、霊安室から死体消失という密室トリックを描いた「息子の葬式」など、章ごとにそれぞれの葬式が行われ、そこで起きた謎や騒動を葬儀社の従業員が解き明かしていく。その謎や推理は、葬式ならではのもので独特の説得力があるし、バリエーションに富んでいて魅力的。また、葬式の舞台裏を知ることが出来る。仕事内容と情熱を把握できるのはもちろん、大事な存在を失った者の心の傷みが葬式という行為を通じて痛切に伝わってくる。 日常の謎ミステリとしての読み応えもあるが、ラストの「葬儀屋の葬式」になると、連作ならではの仕掛けが炸裂し予想外の展開に驚かされた。巧妙なミスディレクション、回収されていく伏線と見えていた世界が変貌していく感覚が心地よい。 |
No.511 | 6点 | ひげのある男たち 結城昌治 |
(2023/07/29 06:41登録) アパートの一室で若い女性が死んでいるのが発見された。殺人事件として捜査されるが、その捜査の過程で被害者の周囲にひげのある男が数名いて、それも一癖も二癖もある人間ばかりで事件解決の糸口がつかめない。さらに捜査にあたる郷原部長刑事もひげを生やしていた。 ひげで始まりひげで終わる、ひげだらけの殺人事件。殺人事件の顛末が、ウィットとユーモアに富んだ口調で語られる。本書はロジカルな系統のパズラーであるが、その出来映えはなかなか。消去法の美学というべきか、終幕とある人物がなす犯人限定の過程はよく出来ている。 捜査会議にぬけぬけと部外者が紛れ込んでしまうというコントめいたところが笑ってしまう。このシーンの意味が明かされる時、作者の用意周到さに唖然とされる。全体的に流れる飄々とした雰囲気と本格ミステリとしての骨格。楽しさの中にも、緻密に伏線を仕掛けて終盤の畳みかけるような論理展開で驚かせてくれる。わずかな手掛かりから真相に到達するまでの論理だけでも十分に読ませる |
No.510 | 7点 | 君のクイズ 小川哲 |
(2023/07/24 06:25登録) 生放送のテレビ番組「Q1グランプリ」の決勝戦に出場した本庄絆は、まだ一文字も問題が読まれぬうちに回答して正解し、優勝を果たす。対戦相手であった三島玲央は、この不可解な事態を訝しむ。三島は真相を解明するため、本庄について調べ決勝戦の一問一答を振り返り、0文字解答の真相を探る。イカサマなのか、それともテクニックなのか。 作中に描かれるトップレベルのプレイヤーにとっての早押しクイズは、問題が読み終えられてから動くようでは遅い。固有名詞や助詞の使われ方から、正解が確定する瞬間を見極めてボタンを押し回答する。極端に短い時間の中で思考を突き詰める頭脳競技なのだ。 ミステリとしての謎は、シンプルだが深い。クイズとは、覚えた知識の量を競うものではなく、クイズに正解する能力を競うもの。いかにそのポイントを早く発見できるかが重要である。三島は真摯に競技クイズと向き合っているし、彼の人生がクイズの答えに繋がっている。 わずかな手掛かりから真相にたどり着いた時、クイズの世界の奥深さ、三島の思考力に圧倒された。人間ドラマに息をのみ、知的興奮と刺激に満ちた痛快な作品。好きなことへの情熱を感じる作品で、クイズでなくても、何か夢中になっているものがある人は、共感できるのではないか。 |
No.509 | 5点 | ミハスの落日 貫井徳郎 |
(2023/07/19 06:42登録) 海外を旅しているように思わせてくれる世界の都市を舞台にした5編からなる短編集。 「ミハスの落日」スペイン有数の製薬会社の会長からベニートは、突如呼び出しを受ける。訪れると母親の昔話を聞くことになる。旅情あふれる雰囲気は好きだが、密室トリックは無理がある。動機は切なくやるせない。 「ストックホルムの埋み火」レンタルビデオショップに勤めるブランクセンは、客にストーカー行為をし、挙句の果てに殺そうと決意する。しかし、すでに誰かに殺されていた。淡々と物語が進むところは好みではないが、最後に意外な事実が判明するという驚きがある。 「サンフランシスコの深い闇」保険調査員の「おれ」は、旧知の刑事から知り合いの保険金が早く下りるように段取りしろと言われる。その事件に興味を持ち、調べを進めるとその知り合いは、過去に二度夫が死んで保険金を受け取っていることが判明する。恐怖小説になりそうなテーマを軽い文体で描いている。真相は先が読めてしまった。 「ジャカルタの黎明」ジャカルタの娼窟でディタの元夫が殺され、悪徳刑事に付きまとわれていた。一方、彼女には日本人の上客がつき満たされていたのだが。悪徳刑事や娼窟というノワール素材を使いながら、最終的に世界を反転させるトリッキーな作品。 「カイロの残照」旅行社でガイドを務めるマムフードは観光客から、夫がエジプトで失踪した手掛かりをつかみたいと相談を受ける。連城三紀彦作品を想起するような反転で、後味は悪いが印象に残る作品。 |
No.508 | 7点 | 真相 横山秀夫 |
(2023/07/15 07:06登録) 犯罪と人間心理をテーマとした5編からなる短編集。 「真相」十年前の殺人事件で死んだ息子の犯人を逮捕したと、税務会計事務所の経営者・篠田は警察から電話を受ける。だが、犯人は息子が万引きしたのを見たと供述する。二代目経営者として懊悩する篠田の決意と、事件の顛末が絡み合って涼やかさを残す。 「18番ホール」友人にほだされて、故郷の村の村長選挙に立候補することにした。また、どうしても村長にならなくてはならない理由もあった。疑心暗鬼に陥り、転覆していく様がサスペンスフル。ラストもいい 「不眠」会社をリストラされ、再就職もままならない中、山室は製薬会社の被験者のアルバイトのせいか、不眠がちだ。そんな中、殺人事件が起き容疑者となる。ありがちなオチだが、再生を感じさせる余韻がいい。 「花輪の海」大学時代の合宿のある夜、しごきの果てに死んだ一人の友人。それから月日が経ち、その時の同級生が集う。関わった人の心情が苦く思い。結末にやや物足りなさを感じる。 「他人の家」刑務所で罪を償い、新たな生活を始めた貝塚夫妻だったが過去の罪が知られて、住んでいる場所から出ていかなければならなくなる。さりげなく仕掛けられた悪意が明らかになり、希望を見出すラストが読みどころ。 |
No.507 | 7点 | マザー・マーダー 矢樹純 |
(2023/07/10 06:10登録) 母という存在をテーマとした5つの物語からなる連作短編集。 冒頭の「永い祈り」は、ローンのある一軒家で夫と一歳の娘・陽菜と暮らす専業主婦の佐保瑞希が主人公。娘の誕生をきっかけに中古住宅で夫と三人で暮らし始めたが、隣人が厄介だった。隣家の梶原美里から、陽菜の泣き声がうるさいとクレームを受ける。クレーマーに悩む若い母親という構図に始まるが、予想もしない方向に転がり、その果てに待つ結果も予想外。ミステリの焦点はそこだったのかと納得した後、見事な騙しのテクニックに感心。 第二話の「忘れられた果実」は、病院で看護助手として働く相馬が、離婚した後に亡くなった元夫の隠し子と、遺産にまつわる騒動に巻き込まれる。後半で意外な事実が明らかになる。しかも二段構えで。どんでん返しの連続を堪能できる。 第三話の「崖っぷちの涙」から一気に、梶原家の物語に突入する。監禁された男の脱出劇やロジカルな謎解きなど、各話で読み味を変えながら、第五話「Mother Marder」で衝撃的な真実が明らかになる。ダメ押しともいうべき、ラストのブラックな一撃も凄まじい。 その一方で、母と子というテーマが、五つの物語を通じて多角的に浮かび上がるようになっている。子供を愛するがゆえに、どんな醜悪な行為も辞さない。全体を通した梶原家の物語としてのピリオドが、見事に一体化する。各編に仕込まれた毒を味わえ、巧みな構成を堪能することが出来る作品。 |
No.506 | 6点 | 時空犯 潮谷験 |
(2023/07/04 06:37登録) ある日、私立探偵の姫崎智弘を含む八人の男女の元に、成功報酬一千万円という破格の依頼が舞い込んできた。情報工学の天才である依頼主の北神伊織博士によると、時間遡行を体験しており、何と依頼日である今日、2018年6月1日を、すでに千回近く繰り返しているという。 招集された八人は巻き戻しを認識することが出来るという薬剤を服用して、博士同様に6月1日の巻き戻し体験直後、博士は何者かに殺害されてしまう。繰り返される日付の中、謎は深まっていく。 怪しげな会場に集められた男女、莫大な報酬、発見された死体。博士殺害までは予想の範囲だろうが、時間遡行により事態が刻一刻と変化し、姫崎たちがそれに対して迫られる対処法も目まぐるしく変化を余儀なくされるあたりで、先が読めなくなる。 個性的なキャラクター揃いで、それぞれのキャラクターたちが存分に映える台詞、特に中盤の犯人を出し抜こうとしたある人物の提案には背筋が凍る。タイムリープという突飛な設定ではあるが、規則性や制限が開示されており、それを活かしたパズラーとしての謎解きが緻密で、現実的な推論を積み重ねて正体に迫っていくところが読みどころで説得力がある。 主人公の関係者を集めて謎を解く定番のシーンのシチュエーションにも、あまり類を見ない趣向が用意されている。SFでありながら、時にバイオレンス・アクション、時にラブストーリーと様々な側面を持つが、ラストは緻密に計算されたロジックの正統派本格ミステリに仕上がっている。ただし、派手な展開の割に仕掛けが小粒な点は評価が分かれるかもしれない。 |
No.505 | 6点 | 幻視時代 西澤保彦 |
(2023/06/30 06:30登録) 文芸評論家の矢渡利悠人、小説家のオークラ、編集者の長廻の三人は、立ち寄った写真展で恐ろしい事実に気付く。 本書のメインの謎として、写真が撮られていた時点で四年前に亡くなっていた同級生の少女・風祭飛鳥が写り込んでいたという不可解な謎が提示されるが、その謎自体の不可能性に力点はない。なぜ、このような状況が生じたのかという動機の謎こそがメインとなる。この写真が生まれるまでに、様々な人間の様々な行動が関わっており、それら一つ一つの行動がなぜなされたのか、という部分が無理がないように描かれている。 そして本書は、ミステリとしてだけでなく、苦みのある青春小説としても読ませる。飛鳥という奥の深いキャラクター、主人公の恋心、教師である白洲と飛鳥の関係など、その時代特有の人間関係、飛鳥にしても矢渡利にしても、創作の苦しみが描かれ青春している。 目先の重圧を先延ばしし、罪悪感はありながらも、そこまで気負ってやったわけではない行動の積み重ねが、最終的に不幸を呼び寄せてしまうことになるという流れはよく出来ている。 合理的に解き明かすのが困難だろうと思われる謎を、メイン部分に仕込まれた伏線が二転三転する当事者の心理と推理を支えつつ、動機の謎を解き明かす論理展開が見事。 |
No.504 | 6点 | 看守の流儀 城山真一 |
(2023/06/24 06:38登録) 金沢の刑務所を舞台に、刑務官と受刑者たちを主人公とした5編からなる連作短編集。 「ヨンピン」仮出所した模範囚の失踪と、薬を誤飲し重体となった認知症気味の受刑者の事案が相次ぎ、波紋を広げていく。 「Gとれ」所内の工場で印刷された大学入試問題の漏洩容疑で、署内が警察によるガサ入れの危機に陥る。 「レッドゾーン」受刑者の健康診断記録と胸部レントゲンフィルムの紛失が判明する。 「ガラ受け」重篤な病で数カ月の余命を宣告された模範囚に対し、刑の執行停止を実現しようと奮闘する看守。 「お礼参り」再犯リスクが高い満期釈放犯の処遇を巡り、さまざまな思惑が交錯する。 受刑者が絡む事件だけではなく、所員の対立が原因と思える作品もあり、バラエティに富んでいる。日本の刑務所は、受刑者の「更生」よりも「懲罰」の要素が高いという批判に晒されることも多いが、本書に登場する所員たちは受刑者に対し、皆が真摯に向き合っている。意外性のあるミステリとしても優れているが、謎解きと同時に所員たちの職務に対する矜持が浮かび上がるなど、人間ドラマとしても優れていて、横山秀夫作品を想起させる。 陰で謎を見通す探偵役の役割を負っているのが、警備指導官・火石司である。最終話の「お礼参り」では謎めいたこの人物に関する詳細が描かれるとともに、全編を通したある仕掛けが炸裂している。 最後に、それぞれのタイトルが刑務所内での隠語を使っているのでその意味を。 「ヨンピン」服役期間の残り4分の1を残して仮出所する模範囚。 「Gとれ」暴力団から足を洗うこと。 「レッドゾーン」刑務所内でまともな日常生活が送れない受刑者が大半を占めている場所。 「ガラ受け」受刑者が仮出所するときに、家族や後見人が身柄を引き受けること。 「お礼参り」仕返し、報復、復讐などの意。 |
No.503 | 5点 | 時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2 大山誠一郎 |
(2023/06/19 06:45登録) 前作「アリバイ崩し承ります」に続く第二弾で、那野県警捜査一課の新人刑事「僕」が、美谷時計店の女性店主・時乃に捜査中の事件について相談し、容疑者のアリバイを崩して事件を解決に導くというスタイルが貫かれている5編からなる短編集。 「時計屋探偵と沈める車のアリバイ」一人の男性が自動車ごと湖に落ちて亡くなった。甥に容疑がかかったが、防犯カメラに残った画像からアリバイが確認される。 「時計屋探偵と多すぎる証人のアリバイ」県会議員のパーティーの最中、秘書が殺された。議員は秘書を殺す動機があったことが分かったが、彼には完璧のアリバイがあった。 「時計屋探偵と一族のアリバイ」資産家の男性が刺殺された。彼の甥と姪の三人が容疑者になるが、三人にはそれぞれアリバイがあった。 「時計屋探偵と二律背反のアリバイ」主婦が自宅で殺害され夫が容疑者として浮上するが、彼には同時刻に別の女性を殺害した容疑がかかっていた。片方の事件で彼が犯人と立証されれば、もう片方の犯行は出来ない。 「時計屋探偵と夏休みのアリバイ」祖父からアリバイ崩しを学んでいた時乃の高校時代の話。夏休みのある日、美術部員が作った石膏像が壊されていた。事件当時、茶道部の先輩が現場近くで目撃されていたが、犯行する時間はなくそのアリバイは時乃自身が確認していた。 凝った設定を駆使して、謎解きを提示している。だが毎回アリバイを崩して一件落着という流れでは単調になってしまう。これに対してアリバイを崩すことによって、さらに事件の様相が複雑になったり、状況の工夫によって展開の幅を広げてみせている。 白眉は、第75回日本推理作家協会賞短編部門を受賞した「時計屋探偵と二律背反のアリバイ」で、狡猾で周到なアリバイ工作の真相には驚かされた。最終話の「時計屋探偵の夏休みのアリバイ」も、犯人が用いたトリックが効果的に機能している。その上で、時乃や祖父が見抜くロジックが美しく、アリバイが崩れた先に心地よい温かさが優しく訪れる忘れ難い作品となった。 |
No.502 | 5点 | 欺瞞の殺意 深木章子 |
(2023/06/14 07:11登録) 昭和四十一年の夏、県内で名を馳せる資産家だった楡伊一郎の法要で事件が起きる。家族と関係者がダイニングルームでお茶の時間を過ごしていた最中、故人の長女である澤子と孫の芳雄が毒物によって亡くなったのだ。澤子の飲んだコーヒーカップと芳雄が食べたチョコレートからは砒素が入っていたことが分かる。チョコレートを包んだ紙の破片が、ある人物の喪服のポケットに入っていたことが判明し、自首するに至り事件は収束を迎えたかに見えた。 無期懲役となり四十年を経て、仮釈放の身となった人物から事件関係者の一人に手紙が届くことで、本書は謎解きミステリの方向性を露にする。物語は受刑者と手紙を受け取った人物の間で交わされる書簡によって仮説の構築と否定が繰り返されるかたちで進んでいく。 この作品の中核を占めるのが、往復書簡である。この書簡から、伊一郎という独裁者によって歪められた楡家の人々の関係や、隠されていた愛憎を知ることになる。さらに推理合戦が繰り広げられ、真相に近づいていく過程に寄り添うことになる。 展開は目まぐるしく、終始息つく暇もない。限定された容疑者によるフーダニット、被害者のコーヒーだけに毒を混入させる手管とポケットの包み紙の謎を巡るハウダニット、旧家の複雑な人間関係に端を発するホワイダニット、それらのすべてが、手紙の文中に潜んだ大胆かつ巧妙な伏線とともに複数の推理となって、次々と現れる。シンプルに見えた状況が見え方を変え、多様な推理が導かれ、そして消えていく様は異様の一言に尽きる。仮説を否定する伏線までもが美しい。書簡という形態を逆手に取った仕掛けが炸裂する、最後まで油断できない作品。 |
No.501 | 6点 | 完全犯罪に猫は何匹必要か? 東川篤哉 |
(2023/06/10 06:54登録) 烏賊川市を代表する回転寿司チェーンの社長、豪徳寺から成功報酬120万円という破格の仕事を請け負った鵜飼探偵事務所。その仕事は、家からいなくなった三毛猫を探し出すというもの。三毛猫探しに奔走する鵜飼たちであったが、当の依頼主が何者かによって殺害される。犯行現場には巨大な招き猫が鎮座し、不気味な様相に華を添える。 刑事と探偵の二つの視点で物語は進行し、絶妙に関わり合い、邪魔をし合っていく。本書は、猫に始まり猫で終わる、正確に言うと招き猫尽くしである。そして、気の抜けるギャグは本書でも健在である。猫を探して「ニャーゴ」と猫の真似をする探偵の姿は、ただでさえ冴えない中年探偵なのに、それに追い打ちをかけて笑いを誘う。それ以外にも漫才の掛け合いのような笑えるポイントはいくつかあり、ユーモアミステリ作家の本領が発揮されている。 また、作者お得意の大技的なバカトリックも炸裂している。木の葉を隠すならば、森の中へと言わんばかりに痕跡を隠蔽するという奇想に脱帽。猫尽くしなのは、こういう理由なのかと感嘆させられる。招き猫と三毛猫を鮮やかに結びつける解決はお見事。とにかく猫好きにはたまらない作品となっている。 |
No.500 | 6点 | うるはしみにくし あなたのともだち 澤村伊智 |
(2023/06/05 07:07登録) 四ツ角高校の三年二組で、クラスでナンバー1の美少女だった羽村更紗が自殺し、続いてナンバー2の野島夕菜が授業中に顔から血膿を噴き出すという凄まじい異変の連続から始まる。どうやら、人の顔を美しくも醜くも出来る「ユアフレンド」なる呪いを何者かがかけているらしく、更紗もそのせいで顔が老婆のようになり、悲観して自殺したようだった。担任の小谷舞香は、「ユアフレンド」にまつわる噂を聞き、事態を止めるべく奔走するが。 学校という狭い世界での、美醜価値観に基づく人間模様、教師たちの悪趣味のメタ推理。少女たちの美醜が、惨劇を引き起こすホラーの伝統を踏まえながら、そこに現代的な批評性を加えている。それは、女性が男性から顔の美醜で格付けされたり、女性自身がそれに基づいてスクールカーストを形成したりするようなルッキズムの呪縛に対しての批判である。ルッキズムの問題は、「人は見た目ではない」というところに単純に落としがちだが、そうならないところが、この作品の良いところ。 呪いの法則を解き明かすミステリ的興味の果てに浮かび上がる真犯人の像は、あまりにも悲哀に満ちていて切実だ。「美醜とは何か」という問題を突き付ける苦い後味が印象に残るホラーミステリ。 |