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ミステリの祭典

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パメルさんの登録情報
平均点:6.13点 書評数:622件

プロフィール| 書評

No.382 6点 サーチライトと誘蛾灯
櫻田智也
(2021/10/13 09:25登録)
昆虫好きのとぼけた青年・魞沢が、昆虫目当てで行く先々で不思議な事件に遭遇し、探偵役として真相を解くスタイルで昆虫絡みの5つの事件が収録されている。
事件の舞台は、夜の公園、人気のない高原、街外れのバー、川沿いの町、雪降る町の教会などさまざま。季節も1話目が夏、2話目が春、3話目が秋、4話目、5話目が冬となり四季をも感じさせてくれる。登場人物はみなそれぞれ、生き生きとしていてキャラクター同士のユーモアあふれた掛け合いも魅力的。表題作の「サーチライトと誘蛾灯」は、チェスタトンの短編集「ブラウン神父の秘密」のなかの「大法律家の鏡」で神父が詩人について語る場面から着想を得たそうです。「火事と標本」のラストは、泡坂妻夫「亜愛一郎の狼狽」のある短編へのオマージュとなっている。
軽妙な語り口やユーモアあふれる会話の中に、巧みに張り巡らされた伏線。些細な手掛かりから驚愕の真相が現れ、事件構図が反転する鮮やかさなど切れ味鋭い本格ミステリが楽しめる。
また事件をめぐる人間ドラマも、しっかり描かれている。読み進めていくうちに、とぼけた性格という一面しか見えなかった魞沢が、犯人や事件関係者への悲しみや優しさを見せるようになり、キャラクターの存在感が増していく。罪と罰を問う最終話、「アドベントの繭」を読み終えた時、しみじみとした余韻が残ることでしょう。


No.381 6点 片桐大三郎とXYZの悲劇
倉知淳
(2021/10/09 08:22登録)
元銀幕の大スター・片桐大三郎の趣味は、犯罪捜査に首を突っ込むこと。その卓越した推理力と遠慮を知らない行動力、濃すぎる大きな顔面で事件の核心にぐいぐい迫る。聴力を失った大三郎の耳代わりを務めるのは若き付き人・野々瀬乃枝。この絶妙なコンビが大活躍する最高にコミカルで捧腹絶倒のミステリー!
タイトルからも分かるように作者がドルリー・レーン悲劇の四部作をオマージュにした4編からなる連作短編集。
本家の設定を上手く利用しているため、本家を読んでいた方がより楽しめると思います。
「冬の章 ぎゅうぎゅう詰めの殺意」本家では「Xの悲劇」に該当。本家と同じシチュエーションや狂気を用いているのが心憎い。だが、犯行の実効性は低いと思うし、推理も説得力がない。
「春の章 極めて陽気で呑気な狂気」本家では「Yの悲劇」に該当。なぜこれを凶器にしたのかのホワイダニットが魅力的。ただ、真相は肩透かし。
「夏の章 途切れ途切れの誘拐」本家では「Zの悲劇」に該当。ホワイダニット、ハウダニット共に楽しめる。見事な反転が決まる誘拐事件の真相にも驚かされる。
「秋の章 片桐大三郎最後の季節」本家では「レーン最後の事件」に該当。本家を読んでいれば、犯人はあの人しか考えられない。それを逆手に取った仕掛けには、してやられた。


No.380 7点 解体諸因
西澤保彦
(2021/10/04 08:50登録)
バラバラ死体がキーワードの9編からなる連作短編集で作者のデビュー作。
「解体迅速」全裸女性が両手両足を手錠されて、バラバラにされるというこの事件に納得いかない千暁はヤスヒコとともに推理することに。オーソドックスだが、構図がユニーク。
「解体信条」バラバラ殺人事件の被害者は、34個のパーツに分かれていた。なぜ犯人は手足の指まで切断する必要があったのか。驚くべき真相。切断理由も納得出来る。
「解体昇降」マンションの8階から1階までエレベーターに乗っている間に、全裸のバラバラ死体になった女性。中腰警部が推理。不可能状況を作り出すための発想がユニーク。真相は今ひとつ。
「解体譲渡」年配女性の奇妙な行動と、マンションゴミ収集所で見つかったバラバラ死体の関連性は。心理トリックが秀逸。
「解体守護」幼稚園児のノリくんが大切にしていたクマのぬいぐるみの左腕が切断され、そこに由江が宝物にしていたハンカチが血まみれで巻かれていた。子供の気持ちが分からないと難しい。
「解体出途」沢田直子は千暁に娘の結婚を阻止するように依頼する。しかし、これがバラバラ殺人事件に発展してしまう。ユニークな誤認トリック。
「解体肖像」あるポスターのモデルの顔部分だけが丸く切り抜かれていた。そしてその裏にあった出来事とは。真相はやや物足りない。
「解体照応」推理劇「スライド殺人事件」。最初の被害者は体のみが発見され、その頭部は第二の被害者の体と共に、第二の被害者の頭部は、第三者の被害者の体と共に...とスライド式に発見されていく。被害者の髪を短く切るトリックが秀逸。
「解体順路」千暁は二つの死体の首が切断され、すげ替えられるという事件に意見を求められる。そして今までの事件がここに収束する。あまりにも意外な首切りの理由がお見事。
匠千暁を中心にさまざまな人物が探偵として登場し活躍する。それぞれの短編は、お互いにリンクし最終的に一つに収束されていく。「解体」をモチーフにアイデアがぎっしり詰め込んであり読み応え十分。
人を殺す動機には納得がいかなくても、人を解体した理由には思わず納得してしまう作品が多いかと思う。少し甘いかもしれないが、「解体」に特化したという難しいテーマに挑戦された意欲に敬意を表しこの点数。


No.379 7点 D機関情報
西村京太郎
(2021/09/30 08:12登録)
関谷中佐は、軍需物資として欠かせない水銀を買い付けるべく、金塊を携えスイスへ向かえと命じられる。だがスイスに向かう途中、連合軍の誤爆に巻き込まれ、金塊を入れていたトランクを失ってしまう。
金塊の行方を知るのは誰か?事故の際、同乗していたドイツ人か?それともフランス人の仮面を被ったロシア人か?謎の女性が死に際に遺した「D」が意味するものとは?
策謀、陰謀、諜報渦巻く永世中立国で、日本の明日を護るために関谷が選んだ道。「鳩を買いたし」「鳩を売りたし」実話を下敷きにした第二次大戦秘話。如何にも怪しげな人物が次々と登場し、ミステリとしての謎の提起と謎解き、そして緊張感あふれる駆け引きとアクションを堪能できる。
史実をモデルとしているので、驚きは少ないかもしれないが、読者を飽きさせない工夫として取り組んでいる技術はさすがと感じた。
やはり初期の西村京太郎は面白いと思ったし、読み慣れていないジャンルだったが、またスパイ小説を読んでみたいと思わせてくれた。


No.378 5点 球体の蛇
道尾秀介
(2021/09/26 08:11登録)
幼なじみ・サヨの死の秘密を抱えた17歳の私は、ある女性に夢中だった。白い服に身を包み自転車に乗った彼女は、どこかサヨに似ていた。想いが抑えきれなくなった私は、彼女が過ごす家の床下に夜な夜な潜り込むという悪癖を繰り返すようになったが、ある夜、運命を決定的に変える事件が起こってしまう。
タイトルの「球体の蛇」とは、サン=テグジュペリの「星の王子さま」に出てくる、象を飲み込んだウワバミのこと。絵に描くとシルクハットにしか見えなくて、主人公の男の子が「これ怖いでしょ?」ってみんなに言うと「全然怖くないよ。なんで帽子の絵が怖いのか」「いや、これはウワバミが象を飲み込んで、消火しようとしている恐ろしい絵なんです」と。
そういうふうに、見かけと中身が違っているのがこの小説のテーマ。冒頭に出てくるスノードームがキーアイテムになって、物語の要所要所に再登場するのだが、内側と外側、閉ざされた平和な世界と、その世界の外側にある過酷な現実、みたいなことの象徴になっている。
それから主人公は、シロアリ駆除のアルバイトをしている。床下の世界とその上の日常みたいな対比もあって。つまり、本当に起きたことと、外から見える現実との二重性を引きずりながら、青春小説が語られていく。作者自身は「ミステリじゃない」と言っているが、事件もあるし、謎もあるし、どんでん返しもある。一種の青春ミステリといってよいでしょう。


No.377 6点 玩具修理者
小林泰三
(2021/09/21 08:19登録)
玩具修理者は何でも直してくれる。独楽でも凧でも、ラジコンカーでも...死んだ猫だって。全選考委員の圧倒的支持を得た第2回日本ホラー小説短編賞受賞した表題作と「酔歩する男」の2編が収録されている。
どちらもジャンルとしてはホラーに分類されるだろうが、決しておどろおどろしさで恐怖を煽るタイプのホラーとは異なる。個性的な感性が光る作品集。
「玩具修理者」自分がここにいるのは、どういう理由なのか。ここで思考し、呼吸し、確固たる存在と思っている自分というものは、どれだけ確実なのか。非常に落ち着きのない気分にさせられるこの雰囲気は魅力的。オチも意外性がある。
「酔歩する男」いわゆるタイムトラベラーもの。ただそのタイムトラベルは、連続した時間の過去や未来に行くことが出来ないし、自分自身で制御することも出来ない。その自分で制御の出来ないタイムトラベルには根深いまでの絶望がある。そして自分は何のために存在しているのか分からなくなってくる。その存在に対する不安定な感覚、奇妙な味わいが楽しめる。


No.376 5点 傍聞き(かたえぎき)
長岡弘樹
(2021/09/16 08:18登録)
更生保護施設の施設長、消防士、刑事、救急隊員など、それぞれ特徴ある職業人を主人公にした4編からなる短編集。どれも謎と意外性の骨格を持ちつつ、心温まる読後感をもたらす結末となっている。
「迷い箱」刑務所から出所した人を支援する更生施設の施設長である設楽結子は、過失とはいえ人を殺してしまった男のことが気になっていた。最後のオチは分かりやすいが、優しさが余韻を残す。
「899」消防署員である諸上将吾は、近くに住む新村初美のことが気になっている。出勤のタイミングを合わせたり、働いている蕎麦屋に顔を出したりと努力をしている。さりげなく配置された細やかな道具立てをうまく活用している。
「傍聞き」強行犯係所属の刑事である羽角啓子は、担当ではないがすぐ近くで起きた居空き事件を耳にし気に掛ける。啓子自身は連続通り魔を追っているが進展がない。メインとなる二つの謎のうち一つは分かりやすい。もう一つは、ある男の謎めいた行動が重要な鍵。第六十一回日本推理作家協会賞の短編部門の受賞作。
「迷走」救急救命士として救急車に乗っている蓮川潤也は、いずれ義理の父になる室伏光雄隊長とともに仕事をしている。男が刺されたという一報があり駆け付けると、そこには室伏の知り合いらしい男が倒れていた。被害者に対して個人的な恨みを持っているはずの隊長がする奇妙な行動。ミスリードが巧妙。隊長の人柄がにじみ出ている。
どの話も、主人公が何らかの誤解をしている。裏切られた、見落とした、襲われる、復讐をしているに違いないと。その過程で、人間同士の深い関わりみたいなものを浮き彫りにしていくのが上手い。


No.375 7点 赤い博物館
大山誠一郎
(2021/09/11 08:29登録)
キャリアながら警視庁附属犯罪資料館の館長に甘んじる謎多き美女の緋色冴子と、一刻も早く汚名を返上し捜査一課に戻りたいと願っている巡査部長の寺田聡。図らずも「迷宮入り絶対阻止」に向けて共闘することになった二人が挑む難事件とは。予測不能の神業トリックが冴え渡る5編からなる連作短編集。
「パンの身代金」身代金受け渡しの裏に潜む企みとは。
「復讐日記」アリバイトリックと日記に秘められた行為とは。記述の矛盾から真相を暴く。
「死が共犯者を別つまで」交換殺人の解法が斬新。
「炎」命を懸けた執念の犯行トリック。
「死に至る問い」意外な犯行動機により行われる模倣殺人。
過去に発生した事件の資料より疑問点が見つかり、再捜査が行われることで新たな真実が明らかになるというのが基本構成。資料を媒介として間接的に事件を捜査する。つまり資料の内容を読者にも分かるようになっている。同じ資料を見て事件の捜査に当たっているのに、読者の想像を超える真相が用意されている。資料をもとにロジカルに真実に辿り着くプロセスに、斬新な着想による大きなサプライズがあるのが嬉しい。


No.374 7点 ここに死体を捨てないでください!
東川篤哉
(2021/09/07 09:16登録)
私立探偵・鵜飼杜夫とその弟子・戸村流平が珍妙な事件に巻き込まれる、烏賊川市シリーズ第三弾。
有坂香織のもとに、妹・春佳から電話が掛かってにきた。自分の部屋に侵入してきた見知らぬ女を刺し殺してしまったいうのだ。聞けば、事件が起きたのは四時間も前。取り乱した春佳は部屋を飛び出し、現在どういうわけか仙台にいるらしい。香織は可愛い妹の窮地を救うことを決意する。
香織たちと鵜飼たちは、お互いに現状認識に誤りを抱えており、それをめぐってドタバタの展開が繰り広げられる。一見するとまとまりを欠くような印象を与えるかもしれないが、不思議なことに妙な一貫性を感じる時がある。それはひとつにはギャグに見せているところにさりげなく伏線を仕掛けておくというテクニックだが、それとは別にテーマ的な展開も明確に読み取れる。
登場人物たちは勘違いしそうなところは勘違いをし、間違えそうなところは大抵間違える。烏賊川市はコントのような展開が日常的に発生する特殊な世界。こんな困った人たちばかりで、どうして計画犯罪が成立するのか不思議なほどだが、読み終えてみれば緻密なプロットに唸らされることでしょう。


No.373 5点 賛美せよ、と成功は言った
石持浅海
(2021/09/02 08:46登録)
武田小春は、十五年ぶりに再会したかつての親友・碓氷優佳とともに、予備校時代の仲良しグループが催した祝賀会に参加した。仲間の一人・湯村勝治が、ロボット開発事業で名誉ある賞を受賞した事を祝うためだった。
出席者は恩師の真鍋宏典を筆頭に、主賓の湯村、湯村の妻の桜子を始め教え子が九名、総勢十名で宴は和やかに進行する。そんな中、出席者の一人・神山裕樹が突如ワインボトルで真鍋を殴り殺してしまう。旧友の蛮行に皆が動揺する中、優佳は神山の行動にある人物の意志を感じ取る。小春が見守る中、優佳とその人物との息詰まる心理戦が始まった。
優佳は、直接手を下した犯人ではなく、違う立場にある人物を犯人として勝負を受けて立つ。会話の中で、主導権の行き来が明確に行われ、どのように主導権を奪ったのかがロジカルに明かされ、探偵と犯人の攻防に興奮できるし、腹の探り合い、駆け引きの心理戦の面白さを堪能できる。
手掛かりを集めてロジカルに真相に辿り着くという本格ミステリとは毛色が違うので、好き嫌いは分かれるでしょう。「人には本音があって建前がある」といった人の心の揺れ動きをミステリに結びつけたミステリとして成功していると言っていいでしょう。


No.372 6点 逃亡者
折原一
(2021/08/28 08:34登録)
主人公の友竹智恵子は夫の家庭内暴力に悩み、知人の女性から持ち掛けられた交換殺人の話に乗り、彼女の夫を殺害し逃亡する。整形手術をして別人になりきり、時効まで逃げ切ろうとするが。
本書は時効成立直前までいって逮捕された、実際にあったホステス殺人事件の福田和子がモデルとなっている。これは読者に現実の事件を想起させることで、この事件を知っている人ほど、作者の罠に引きずり込まれる。
冒頭に誰かに尋問され、心を許した様子で質問に答える智恵子が登場する。それが補完する形で、地の文では生い立ちや逃亡の様子が綴られる。
智恵子のモデルは福田和子だと思い込んでいるため、現実の事件を思い浮かべつつ、智恵子の悲しい逃避行に巻き込まれてしまう。「逃亡者」の醍醐味は逃避行の追体験なのだと思っていたら、結末に驚愕のどんでん返しが待っていた。
いつの間に作者の罠に嵌ってしまったのかと悔しい気持ちと楽しい気持ちがあるから不思議だ。現実の事件をモデルにしているからといって社会派の深刻さはない。騙される快感が味わえる作品。


No.371 5点 眼球綺譚
綾辻行人
(2021/08/24 08:24登録)
ホラー風味の怪奇幻想小説が楽しめる7編からなる短編集。
全編を通して、由伊という女性が登場する。それもどのストーリーでも重要な役回りをしている。ただ、同一人物ではなさそうだし、あとがきでも作者本人が、「普通に読めば彼女らが同一人物だとはとうてい考えられないはずである」と述べている。その点も何か意味ありげで不気味さを感じる。
「再生」大学の助教授の「私」は、病院の待合室で出会った教え子・咲谷由伊と結婚。由伊は彼女の持つ不思議な再生能力を語る。
「呼子池の怪魚」「私」は呼子池で釣った奇妙な魚を家で飼うことに。ある日、魚の形に変化が。
「特別料理」ゲテモノ食いの「私」は、咲谷と名乗る男にその筋でも有名な店を紹介される。
「バースデー・プレゼント」今年のクリスマスは由伊の20歳の誕生日。大学で所属している文芸サークルのパーティー兼忘年会に向かう由伊だが、昨晩の夢が気になって。
「鉄橋」2組の大学生のカップルが電車で避暑地へ。女神川鉄橋に差し掛かろうとする頃、小島秀武が怪談を始める。
「人形」作家の「私」は、久々に実家に帰り、河原を散歩していた時、奇妙なのっぺらぼうの人形を拾う。
「眼球奇譚」「読んでください。夜中に、一人で」という言葉と共に届いた一冊の冊子。まだ眠くなかった「私」はそれを読み始める。
怪奇的であったり、猟奇的であったり、幻想的であったり違ったタイプの怖さや薄気味悪さを感じることが出来る。特に「眼球奇譚」のインパクトは強烈で、グロテスクな描写に耐性のない人は読まない方が良いと断言できるほど気持ち悪い。


No.370 6点 「裏窓」殺人事件 tの密室
今邑彩
(2021/08/20 10:08登録)
三鷹にある8階建てのマンションの最上階から、ひとり暮らしのデザイナー・北川翠が墜落死した。そして向かいのマンションに住む坪田順子という少女から三鷹署に、不審な男の影を見たとの通報が入る。しかし北川翠の部屋が密室だったことから、勘違いとして片付けられてしまう。
貴島柊志シリーズの第二作。タイトル通り、ヒッチコックの傑作映画「裏窓」がメインのモチーフとなっている。坪田順子自身、足が不自由で映画の中に登場するカメラマン・ジェフのように、双眼鏡で向かいのマンションを覗いている。もちろん「裏窓」のビデオは何回も繰り返して観ている。ストーリーは映画に忠実に進んでいくが、いつしか映画から逸れていき、全く違う方向へと展開していく。ほぼ同時に起きた二つの事件の繋がりは思いがけないものであり、そして意外な真相を暴き出され驚かされる。
最後に貴島刑事が真相を見破るシーンもよくあるパターンだと思うが、綺麗ににまとまっていると思う。ただ、冒頭とラストに登場する幻想的な雰囲気の絵の存在はどうなんだろう。せっかくの理想のオチなのに、やや逆効果のような気がしますが。この本を読む前に、映画「裏窓」を再度観直したのだが、ある意味効果的に楽しめました。


No.369 7点 夜よ鼠たちのために
連城三紀彦
(2021/08/16 08:16登録)
男女の深い情念によって起こる殺意、二転三転する展開と驚愕の結末が楽しめる9編からなる短編集。その中から5編の感想を。
「二つの顔」夜半、画家の真木のもとに、妻の契子が新宿のホテルで殺害されたと警察から電話が入る。だが、そんなことはあり得ないはずだった。契子は真木自身が自宅の寝室で殺したのだから…。冒頭の謎は魅力的だが、真相は予想しやすいし、ご都合主義的な部分がある。
「過去からの声」航空会社副社長の息子が誘拐され、身代金500万円が要求された。誘拐事件に隠された真実は…。現在の誘拐が刑事たちの過去とリンクして、予想外の真相を浮かび上がらせる逆転の構図がよい。
「夜よ鼠たちのために」病院の院長とその娘婿が、白衣を着せられ首に針金を巻きつけられた格好で殺された。それは妻を病院に殺された男の復讐劇だった…。巧妙にカモフラージュされた事件の真相が胸に突き刺さる。脅迫者のホワイダニットが強烈なインパクトを残す。
「二重生活」牧子は6年間の関係を続けた修平と荻窪の屋敷で修平の帰りを待つ女・静子への復讐計画を立てる。犯罪計画は着々と進むが…。見ていたはずの絵柄が、騙し絵だったことが明らかになる終盤に驚かされる。
「代役」映画やテレビで活躍する支倉峻は、子供を失った自分の妻に子供をつくらせるために、自分によく似た男を探していた。そんな折、タカツシンヤという男を紹介される…。支倉とタカツの立場が鮮やかに反転するプロットは秀逸。
ベストは「代役」次点で「過去からの声」。


No.368 6点 ふりむけば霧
笹沢左保
(2021/08/11 09:08登録)
時効成立まで一年半。十八歳のとき殺人を犯し以来、逃亡生活を余儀なくされていた千早芙美子は十三年半ぶりに上京を決意した。しかし、その機中で最も会いたくなかった人間、自分が殺した女性の夫・八ツ橋待彦に出会ってしまう。だが以外にも待彦は、芙美子に逃亡の援助を申し出たのだった。
読み進めていくうちに、官能小説?と錯覚するほどのエロチックな描写が多く出てくる。(作者の後期の作品の特徴らしいが)時効まであと数日とサスペンスが高まったところでのカタストロフと意外な真相。このどんでん返しには驚かされた。他の笹沢作品にも似たパターンは無いと思うので、彼の作品を読み慣れていても、あの真相を予想することは難しいのでなないか。
ただ、序盤に明記されている「地の文章の虚偽」が、あの真相をアンフェアと思う人もいるかもしれません。その点に関する説明は、しっかりと書かれているのですが。


No.367 4点 the TEAM
井上夢人
(2021/08/07 08:48登録)
招霊木を振りかざすことで霊視が出来、社会的な事件を解決に導いていくなどテレビで大活躍の盲目の霊導師・能代あや子。そしてその彼女を影で支える仲間たち。家に不法侵入をし調査する、実働タイプの草壁賢一。コンピューターを駆使して情報を集め、時にはハッカーにもなる藍沢悠美。社長兼あや子のマネージャーで鋭い分析をする鳴滝昇治。彼らの調査により、過去の事件や不思議な現象が明らかになる8編からなる連作短編集。
彼らはそれぞれが主体的に動き、リーダーシップを発揮する。その役割分担は必要十分であり、適材適所となっている。その4人全員が自分の意思で見るべきものを決めているのに関わらず、4人全員が同じ方向を見ている。その方向が正義であり、弱者救済である。しかし彼らは、調査の手段として非合法な行為をしている。彼らが手段として行った犯罪行為は、決して褒められたものではない。だが、彼らのおかげで、見落としていた事実が明るみになり救われた人も多いことも確か。この点をどう思うかによって評価が分かれると思います。ミステリとして引っ掛かることも多いが、痛快エンタメ小説と読めば楽しめるでしょう。


No.366 6点 真夏の方程式
東野圭吾
(2021/08/03 08:52登録)
物理学者・湯川学が活躍する「ガリレオ」シリーズの第6作にして長編第3作。
柄崎恭平は、夏休みを海辺の町・玻璃ケ浦にある伯母一家が経営する旅館「緑岩荘」で過ごすことになる。その玻璃ケ浦の海底から熱水鉱床が発見され、商業化を目指す候補地に挙げられる。
過疎化に悩む地域にとっての振興のきっかけになると期待する人々と環境保護の観点から反対する人々。そんな時、緑岩荘の宿泊客が死体で発見される。本書では「環境保護と海底資源開発」が大きなテーマとなっている。はじめから賛成・反対ありきではなく、事実と論理的思考によって妥協点を探る話し合いをするべきだとミステリを絡めて伝えたかったのだろう。
物理トリックも高度ではないし、フーダニットとしても途中で気が付く人も多いのではないか。本書ではホワイダニットがメインとなる。事件の真相は、オーソドックスで無関係と思えるエピソードなど、さらりと張った伏線が効いている。湯川が草薙に言った「今回の事件の決着を誤れば、ある人物の人生が大きくねじ曲げられてしまうおそれがある。そんなことは、何としても避けなければならない」が読後に心に刺さる。


No.365 7点 13階段
高野和明
(2021/07/30 08:27登録)
デビュー作にして第47回江戸川乱歩賞受賞作。(選考会で満場一致だったらしい)
犯行時刻の記憶を失った死刑囚。その冤罪を晴らすべく刑務官・南郷は、前科を背負った青年・三上と共に調査を始める。処刑までに残された時間はわずかしかない。二人は無実の男の命を救うことが出来るのか。冤罪を晴らすための情報収集をしていく中で、簡単に解けない謎と解け始めたと思ったら、その先が思わぬところへ繋がっていくという驚愕の展開。良い意味で翻弄され、最後まで目が離せない。
もうひとつの読みどころである死刑制度については、状況説明とそれを執行、遂行する人々の苦悩を南郷の過去を通して語られ、殺人に関わってしまった人々の因果と悲劇をサスペンスフルに描いている。探偵、依頼人の設定が前代未聞なので、ありきたりのの社会告発ドラマに終わっていない。企みに満ちたエンターテインメントに仕上げた筆力はお見事。


No.364 6点 本と鍵の季節
米澤穂信
(2021/07/26 08:31登録)
堀川次郎は高校二年の図書委員。利用者のほとんどいない放課後の図書室で、同じく図書委員の松倉詩門と当番を務めている。ある日、図書委員を引退した先輩女子が訪ねてきた。亡くなった祖父が遺した開かずの金庫、その鍵の番号を当ててほしいというのだが。図書室に持ち込まれる謎に、男子高校生二人が挑む全六編。
「913」先輩女子から開かずの金庫の番号を当ててほしいと頼まれる。
「ロックオンロッカー」美容院に行った彼らが店に漂う不穏な空気を感じ取り、その事情を推理する。
「金曜日に彼は何をしたのか」テスト問題を盗んだ疑いがかけられた兄のアリバイを見つけてほしいと相談を持ち込む後輩男子。
「ない本」自殺した級友が最後に読んでいた本を探す。
「昔話を聞かせておくれよ」「友よ知るなかれ」どこかへ隠されたお金を探すことに。隠された現金は発見できるのか。
1話から4話までは、2人が本や鍵にまつわる謎に対し、異なるアプローチで推理力を発揮、時に食い違い、時に補完し合って事件を解決していく内容。5話から6話では、謎に向き合うなかで、彼らの意外な苦悩が見えてくる。内面の屈折とほろ苦さが魅力の作者らしい青春ミステリに仕上がっている。


No.363 5点 ZOO
乙一
(2021/07/21 08:55登録)
ゲームを楽しむかのように読者の意表を突く手を次々と繰り出す。しかも自ら紡ぎ出したストーリーに戯れている印象。かといって収められた10編は決して楽しいストーリーではなく、残酷な死が溢れている。その中から4編の感想を。
「血液を探せ!」事故で脳に障害が残り、痛みを感じず、脇腹を包丁で刺されていても気づかない老人を巡るドタバタ劇。とても馬鹿馬鹿しい。
「冷たい森の白い家」伯母の家を追い出された少女は、自分ひとりで生きるために家をつくることにしたのだが。独特の冷ややかな叙情を感じさせる。
「SEVEN ROOMS」設定はゲーム的であるものの、姿の見えない殺戮者の存在が不気味だし、死を前にしての恐怖を描いていて圧倒的なものがある。ラスト付近の姉弟のシーンは切なく、胸を締め付けられるものがある。多様な要素が盛り込まれていて驚かされる。
「落ちる飛行機の中で」ハイジャック犯に占拠された飛行機に乗り合わせた女の話。飄々とした雰囲気でコミカルな中に切なさがある。
悲劇的なもの、喜劇的なもの、童話に近いもの、SF、密室トリックを用いたものなど、よくここまで違ったテイストの作品を書けるものかと感心させられる。バラバラの作風だが、共通する趣向がある。いずれも主人公は、逃げ場のない状況に、しかも理由も分からぬまま閉じ込められている点。10編はバラバラで奇矯に見えて、実はどこにでもいる現代人の妄想の欠片である。

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