パメルさんの登録情報 | |
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平均点:6.13点 | 書評数:622件 |
No.402 | 5点 | 無理 奥田英朗 |
(2022/01/29 08:28登録) 「最悪」「邪魔」などと同じく、登場人物が徐々に追い詰められ、彼らの日常が崩壊していく様子を描いている。 ストーリーは、複数の登場人物の視点を切り替えながら進行する群像劇の構造をとる。社会福祉事務所に勤務し、要注意人物の対応を行う相原友則、東京で女子大生になるため、塾通いをする高校生の久保史恵、詐欺まがいの戸別訪問セールスを行う元暴走族の加藤裕也、新興宗教にすがるスーパーの私服保安員の堀部妙子、ゆめの市議会員で市民団体の突き上げにあっている山本順一。この五人をメインに、荒涼とした地方都市とそこに住む人々のリアルな姿が描かれている。 絶妙な筆捌きで、それぞれの人間模様を活写すると同時に、格差社会が広がりを見せる日本の現状を浮き彫りにしていく。就職率の低下、犯罪発生率の上昇、外国人労働者の流入、既有コミュニティの崩壊。経済的な格差が、日本が陥っている負のスパイラルの原因であることは明らかだが、状況がさらに悪化し、日本という国の底が抜けた時、どのようなことが起きるのか。エンターテインメントの形をとりながらも、日本の行く末をシュミレーションしているかのようだ。あるアクシデントにより登場人物同士が束ねられる結末まで、類まれなる話法と技法で引き込まれる。 |
No.401 | 6点 | 希望荘 宮部みゆき |
(2022/01/22 09:44登録) 今多コンツェルン会長の娘と離婚した杉村三郎は仕事を失い、愛娘とも別れ、東京都北区に私立探偵事務所を開設する。ある日、亡き父が生前に残した「昔、人を殺した」という告白の真偽についての調査依頼が舞い込む。はたして真実は―。 心優しく、控えめながら事件に隠された人の内面を地道な捜査で解き明かしていく杉村三郎。表題作の息子に昔の殺人をにおわした老父の告白「希望荘」、繁盛していた手打ちそば屋店主の突然の失踪「砂男」など、杉村が4つの謎に取り組む。ふとした悪意や欲望が心をむしばみ、日常生活の裂け目から暗部に落ち込む犯罪者の姿が哀しい。 しかし、予測がつかない物語を通して、人の世に心の闇はあるが希望の光もあるという作者の温かなメッセージが伝わってくる。妻と別れ、孤独を抱えた杉村が、人情味豊かな地域の人々に囲まれて暮らす姿にも、作者の作品世界らしい救いを感じる。 |
No.400 | 8点 | 六人の嘘つきな大学生 浅倉秋成 |
(2022/01/17 08:48登録) 就職活動を経験したことがある人は、当時の自分を思い出しながら読むといっそう楽しめるかと思います。私の場合、面接は大の苦手で、そのために面接対策マニュアル本を買って自分なりに練習したものでした。ただ、その時も思ったのですが、たった数分の面接やグループディスカッションで、その人の本質など見抜けないだろうと思っていた。そのような誰もが感じる疑問や苛立ちをミステリに絡めているところが新鮮。また、日本特有の面接のあり方について本書を通じて、作者は皮肉っているんだろうなとも感じた。 第一章では、登場人物のそれぞれに引っ掛かるポイントを要所要所に散りばめ、事件はいったんの収束を迎える。そして第二章では内定者に視点が移る。「月の裏側」と比喩されるような、人の内面の見えない部分を、その人の表層に現れる何気ない仕草から読み取って、ミステリとしてのどんでん返しとして相乗効果を成している。 現代の就職活動を馬鹿馬鹿しいで物語を終わらせず、それに関わる人間の心を通して、他人との接し方、他人への優しい眼差しを描いている。途中まではイヤミスかと思っていたが、読後感は爽やかで清々しかった。 |
No.399 | 5点 | マリアビートル 伊坂幸太郎 |
(2022/01/11 09:44登録) 「グラスホッパー」の続編だが、前作を読まずに読んでしまった。やたらとキャラクターの立った、エキセントリックな殺し屋たちが何人も登場して右往左往するという趣向のユニークさが光る。 舞台となるのは、東京駅発盛岡行きの東北新幹線「はやて」。物語は全編、その車中で展開する。新幹線だから数回しか駅に泊まることがない。まずこの設定が絶妙。幼い息子に瀕死の大怪我を負わせた仇に復讐するべく、「はやて」に乗り込んだアル中の「木村」。闇社会の大物から密命を帯びた、文字通りの「蜜柑」と「機関車トーマス」が大好きな「檸檬」の腕利きコンビ。運の悪さにだけは自信のある、一見気弱な青年の「七尾」、そして悪意のような怜悧さと狡猾さを併せ持つ中学生の「王子」。いかにも作者らしい一癖も二癖もある連中だが、どこにも逃げ場のない移動する空間の中で、丁々発止の渡り合いを演じてゆく。 スピーディーでスリリングでユーモラス。殺し屋たちは文字通り命懸けだし、実際いくつもの死体が出てきたりもするが、どこかとぼけた味わいがある。エンターテインメント小説として読ませるし、いろいろと考えさせられる小説でもある。 余談ですが、ブラッド・ピット主演でハリウッド映画化するらしい。全米公開日は今年、2022年4月だそうです。 |
No.398 | 7点 | 館島 東川篤哉 |
(2022/01/06 08:44登録) 瀬戸内海の小さな島「横島」に建てられた別荘が舞台。建築会社社長であり建築家の十文字和臣が設計した銀色のステンレスの壁に覆われたその建物は、六角形の四階建てで屋上にドーム型の展望室があり、別荘というには風変わりなものだった。その建物の螺旋階段脇で和臣が墜落死体となって発見される。建物の中心を占める螺旋階段は壁に覆われ、転落事故はあっても墜落はあり得ない。別荘より高い建築物のない島で彼はなぜ墜落死をしたのか。 建築会社の後継者争いをする三兄弟、十文字家の跡取り息子と娘を結婚させようと画策するやり手の県議とその娘。どろどろの争いを展開するには十分な設定。とはいえ作者の持ち味は軽妙なスラップスティックコメディー。大げさな演技と台詞にツッコミを入れるノリでストーリーは展開するが、登場人物のドタバタとした行動の中に事件の鍵が隠されているから油断ならない。 螺旋階段に壁があることで、建物の中にいる人の行動を隠す役割を果たしており、人の動きの把握を階段の上り下りの単純な動きを制限することで、複雑な事件現場を生み出す効果を上げている。なんと言っても舞台とした建築が生み出すトリックが素晴らしい。 |
No.397 | 6点 | 毒 poison 深谷忠記 |
(2021/12/28 08:14登録) 東京郊外にある病院の脳神経外科病棟で、入院患者が殺された。死因は筋弛緩剤の投与。事件直前、院内で同じ薬のアンプルが盗まれていた。殺されたのは、妻には暴力を振るい、看護師にはわいせつ行為を働き、他の患者には暴言を吐くという問題人物で、周囲の誰にも殺害の動機はあった。事件を調べ始めた看護師の柳麻衣子がたどりついた真実とは。 物語の中に、さまざまなかたちで毒薬が登場し、病院内で起きた殺人事件と直接的、間接的に絡み合う。難解なミステリを解くだけでなく、テーマを持って読者に問いかけるのが作者の魅力の一つでしょう。前作「審判」では、幼女誘拐殺人犯として有罪判決を受けた男を通して、「親子とは何か、罪とは何か」を鋭く読者に問いかけた。本作では「史上最強の毒とは何か」を問う。事件の裏に隠された真相が解明された時、注目すべき答えに辿り着くでしょう。予想を裏切るストーリー展開とロジカルな推理、そして最終局面では大きなサプライズが待っている。 |
No.396 | 7点 | 罪火 大門剛明 |
(2021/12/24 08:43登録) 事件は、伊勢神宮奉納全国花火大会の夜に起こった。派遣社員の若宮忍は、中学二年生の町村花歩を殺した。しかし、警察が逮捕したのは別の人物だった。花歩の母親である町村理絵は、娘の事件を追い続け、ようやくその真相に辿り着いたのだが...。 本作で扱われている社会的テーマは、修復的司法というもの。犯罪の被害者と加害者が話し合うこと(VOM)により問題の解決を図るという試みである。そのVOMの仲介者だった町村理絵は、娘が殺されたことで自分も被害者の立場に立たされてしまい苦悩する。一方の若宮忍は、少年時代に殺人を犯した過去があった。 事件当時者の和解、加害者の更生など、登場人物のそれぞれの過去と現在が描かれ、人間模様が絡み合う。複雑な心理や人間の裏側も巧みにストーリーに取り込まれている。修復的司法のあり方について深く考えさせられるような事件が起こり、問題意識を自然と心に植え付けられていく。 残り数ページになるまでは、普通の社会派小説だと思っていた。しかし、驚きのどんでん返しが待っていた。それまでの世界観が崩れるほどの、どんでん返しのある作品はいくつか読んできたが、このパターンは初めてで良い意味で、しばし放心状態となった。タイトルの意味が分かるとともに、ある人物の名誉を守るための隠蔽工作があまりにも切ない。 |
No.395 | 7点 | 月の扉 石持浅海 |
(2021/12/18 09:09登録) 那覇空港二十時発羽田空港行 琉球航空第八便。3人の男女は、静かな決意を胸に搭乗手続きを終えた。仕込まれた刃、巻かれたテグス、飛ばない翼の中で起きる占拠と要求。 「師匠」を最初で最低の舞台に招くため、善人たちの闘いは始まる。だが、閉じていない密室のなかで「敵」が予期せざる死を迎えた時、シナリオは歪み名探偵は突然指名される。威信を懸ける国家、命を懸ける迷い人。悪意は殺意を駆逐し、罠は自らを証明する。論理は間に合うか。奇跡の扉が開くまで。 本書の優れたところは、トイレの殺人以外にもさまざまな謎を設定し、それを見事に解決している点である。例えば、事件の被害者がかつて石嶺らとトラブルを起こしていたり、キャンプで立ち直って人気歌手となった女性がこの便に乗り合わせていたり、といったご都合主義的な部分が出てくるが、その疑問に対する回答は抜かりなく用意されている。 また、ハイジャックされた機内で殺人を犯したのは発作的犯行だと推測できるが、そうすると空港の厳しい検査をすり抜けて刃物を持ち込んだ方法が分からない。一方、計画的なものだとすれば、逆にこのタイミングで実行した点が納得できないという議論もなされるが、そう言った細部に至るまで論理的に検証している点に好感が持てる。 クローズド・サークルでの犯人探しだけでなく、その状況から様々な謎を派生させ、その手際の良さには瞠目すべきところがある。極限状況での論理のアクロバティックがお見事。 |
No.394 | 5点 | 幻坂 有栖川有栖 |
(2021/12/13 09:15登録) 大阪に実際ある「坂」を舞台にした7編の怪談と時代ものの怪談2編の9編からなる短編集。この世のならぬものとの出逢いを郷愁と叙情あふれる筆致で描き出している。 「清水坂」死の報せに不吉ながらも美しいものを重ねた怪談の様式美が際立つ。 「愛染坂」作家を目指した二人を穿つ女の死に、男の心情の揺らぎと郷愁が幽玄の再開を引き寄せる。 「源聖寺坂」とある別荘での幽霊騒ぎに、探偵が怪異の存在を前提にした転倒推理が素晴らしい。 「口縄坂」この世ならぬ世界への一線を越えてしまったがゆえの脱怪談式幕引きがおぞけを誘う。 「真言坂」幽霊との出逢いと感動的な別れを綴った美しすぎる恋愛譚。 「天神坂」幽霊と歴史ものをまじえたトークが極上のセラピーへと転じる。 「逢坂」視たくてもみることが出来ないあるものとの邂逅を感動的筆致で綴る。 「枯野」俳人の死にまつわる怪異の出来事。 「夕陽庵」重厚な歴史もので締めくくる。 怪談といってもおぞましい話はなく、どちらかというと幻想的で歴史を織り交ぜながら、切なさや無常感が漂う作品が多い。 帯の惹句にある通り、「ジェントル・ゴーストストーリー」であり本格ミステリを期待していると肩透かしを食らうでしょう。ただ「源聖寺坂」は本格ミステリらしい仕掛けの切れと転倒が味わえる。怪異の存在を前提としたからこその黒幕の存在と隠されていた真相が明かされた時の反転に驚かされる。 |
No.393 | 5点 | 丸太町ルヴォワール 円居挽 |
(2021/12/07 08:31登録) 読み始めてすぐに、話し言葉や言葉遊びなどラノベ風な雰囲気が漂っており、自分には合わないかもと思いながらも、どんでん返しを期待して読み進めた。 第一章では美少年と謎の女が運命的に出会い、知力を尽くした駆け引きが進行する。果たして謎の女は殺人者なのか、その真偽を突き止めるべく第三章では私的裁判が執り行われ、いかさまとはったりが横行する破天荒な法廷バトルが繰り広げられる。間に挟まる第二章では、検事や弁護士の役を務める者たちの個性的な人物像と事件の調査模様が描かれる。 審理の進められ方は、表向きは物的証拠と証言に基づき進められ、一般的な法廷ミステリと変わらない。だが双竜会の真価は、その裏で密かに進められる龍師たちの駆け引きにある。双方、必殺技を繰り出しては互いのいかさまを暴き合う。丁々発止のやり取りの末、傷だらけになった二人の龍が絡み合う。 まさにディベートという感じで、いかに聴衆を納得させられるかが重要で、証拠の捏造もばれなければOK。そんな普通ではない論理のやり取りにはハラハラさせられる。最後には「こころを狂おしくまどわせる―美しすぎる謎とはじめての恋」という謳い文句通り、甘く苦い恋愛小説として完成される。 殺しの真相自体に、たいしたトリックが使われていないこと、読者をあの手この手で楽しませようという心意気は感じるが、繰り返されるどんでん返しには驚きというより、うんざり。 |
No.392 | 7点 | 暗いところで待ち合わせ 乙一 |
(2021/11/30 09:04登録) 視力を失くし、独り静かに暮らすミチル。職場の人間関係に悩むアキヒロ。駅のホームで起きた殺人事件が、寂しい二人を引き合わせた。犯人として追われるアキヒロは、ミチルの家へ逃げ込み、居間の隅にうずくまる。他人の気配に怯えるミチルは、身を守るために知らない振りをしようと決める。そして奇妙な同棲生活が始まった。 ミチルの心理描写がとても巧み、特に暗闇に対しての描写。子供の頃は恐怖の対象だったが、視力を失ってからは「毛布のように心地よく」なり、アキヒロが潜むようになってからは「顔見知りといってもいいほどの親しかった暗闇が、わずかに緊張をはらんでいる」に変わっていく。 ミチルもアキヒロも人付き合いは苦手で不器用。そんな二人なので距離はなかなか縮まらない。しかし、少しずつ手探りしながら近づいていく。最初は緊張感をはらんでいた二人の関係が、些細なきっかけで変化していき、お互いの存在を認め合う過程が読ませる。二人のぎこちないやり取りが、どう落ち着くのか想像がつかない不安定な展開、そして心温まる清々しい結末と楽しむことが出来ました。 |
No.391 | 6点 | 深追い 横山秀夫 |
(2021/11/25 09:28登録) 職住一体の「三ツ鐘警察署」を舞台に7編からなる連作短編集。 「深追い」なぜ、その妻は事故死した夫のポケベルに夕食のメニューを送り続けるのか。小さな謎を軸に鮮やかなツイストを決めたクライムストーリー。 「又聞き」十五年前に幼かった三枝を助けようとして溺死した小西。大人になり写真家となった三枝は、ある写真に疑惑を抱く。ユニークな設定と謎解きに一工夫ある人情譚。 「引継ぎ」泥棒刑事と異名をとった盗犯一筋の父を追って警察官になった尾花。見慣れた手口が再現された時、功名心は引退した泥棒に容疑の目を向けさせる。最後の一言で、主人公も読者も救われる。 「訳あり」ある巡査の定年後の受け入れ先に悩む滝沢。果たして人事のプロは内部告発された不祥事を丸く収めることが出来るのか。多重的に組み上げられたプロットが心地良い。読後感も爽やか。 「締め出し」少年係の鬱屈が、単独捜査に三田村を駆り立て、ある人物の呟きは青春の誇りをかけた推理へと彼を導く。ダイイングメッセージものに通じる謎解きは小粒ながら納得出来る。 「仕返し」ホームレスの死が招く疑惑。閉じられた世界の論理が人々を狂わせた時、人生はやり直せるのか。決断の重みに唸ると同時に、ほろ苦い感動を呼ぶ。 「人ごと」草花博士と呼ばれる会計課長・西脇は花屋の客の落とし物を届けに行く。そこに見た人間模様。孤独なお年寄りの思いに感動。 |
No.390 | 7点 | 開かせていただき光栄です 皆川博子 |
(2021/11/20 08:31登録) まだ解剖が一般的ではなく、医学的に間違っている治療法が、当たり前のように行われていた十八世紀のロンドンを舞台にしている。そんな時代に、周囲の悪評をものともせず、ダニエル・バートンは墓あばきから死体を買い、正しい医学的知見を見出してきた。 冒頭で現れる三つの死体。一体はダニエルがいつものように墓あばきから買い取ったものだが、残りの二体は不明。死体消失ならば、珍しくない趣向だが死体増殖とは。この死体は何者なのか。ダニエルと弟子たちしか知らない場所に二体の死体を隠したのは誰なのか。 初めは繋がりはないと思えた三体が、少しずつさまざまなことが明らかになっていく。本書では、さまざまな人間が少しずつ嘘をつく。嘘をつく人間は、それぞれ大切なものがあり守りたいものがある。些細な嘘、各人の思惑がさらに状況を謎めいたものにしていく。ここが読みどころでしょう。 事件を引き起こした動機や最終的な着地点なども、当時のロンドンだからこそという部分が含まれている。繊細な推理を二転三転させ、驚きの真相へと導く本格ミステリとしても質の高さを感じるし、ロンドンの猥雑な活気を伝える歴史小説としても優れている。 |
No.389 | 6点 | 被害者は誰? 貫井徳郎 |
(2021/11/15 08:24登録) 容姿端麗でモデル並のスタイル、そのうえ頭脳明晰な超人気小説家の吉祥院慶彦先輩。そして吉祥院先輩の大学の後輩の「ぼく」こと警視庁捜査一課の刑事・桂島のコンビが推理を繰り広げる4編からなる連作短編集。 「被害者は誰?」自宅の庭から白骨死体が見つかった男は、自分の犯行であることは認めるが、誰の死体なのかは話さない。少々納得できない部分がある。 「目撃者は誰?」大学時代の片想いの女性と不倫関係となった男。しかし何者かが不倫に気付き、脅迫状が送られてくることに。巧みなミスディレクション、意外なオチに驚かされた。 「探偵は誰?」吉祥院先輩の新作は、先輩が学生時代に遭遇したという事件。桂島はそれを読み、どの人物が先輩なのか当てることに。意外な動機に思いがけない犯人とお見事。 「名探偵は誰?」朝起きてみると自室に見知らぬ女性の死体があったと通報。通報した丸山は知らない女性だと言うが、彼女の行動範囲で丸山は何度も目撃されていた。叙述トリックに慣れている人はピンとくる人も多いのでは。 作者特有のどんよりとした重い雰囲気は全くなく、というよりも軽妙でテンポが良い作品ばかりが並んでいる。吉祥院と桂島のキャラクターもいい味を出している。男前なのに汚部屋の吉祥院先輩にいいように扱われ、部屋の掃除などこき使われる桂島。しかし桂島の持ち込む謎を吉祥院先輩は鮮やかに解決していく。この間の二人の掛け合いはコミカルで楽しい。 |
No.388 | 6点 | 法廷遊戯 五十嵐律人 |
(2021/11/10 09:14登録) 第62回メフィスト賞受賞作品。(個人的にはメフィスト賞受賞作品は良いイメージがないが) 法律家を志した三人。一人は弁護士になり、一人は被告人になり、一人は命を落とした。謎だけ残して。 ロースクールに通う久我清義は、模擬法廷の扉を開ける。法壇の中央、裁判長席から久我を見下ろすのは結城馨。すでに司法試験に合格していながらここに進学してきた異才の天才に、久我は無辜ゲームの開廷を申し入れる。 構内にばら撒かれた、久我の過去を暴露する紙。それは単に名誉棄損というだけでなく、同じ学生の織本美鈴に関わる問題であり、そして紙に添えられた天秤のイラストは、犯人からの果たし状を意味していた。教務課や警察に相談する密告か耐え忍ぶか、ゲームを受けるか。前に進むにはゲームを受け入れるしかない。 読む前に想像していた法廷バトルといった趣はあまりないが、現役の司法修習生である作者ならではの確かな知識と法廷の描き方、知的遊戯性ばかりでなく小説としての旨味もたっぷりと備えており、魅力的な枝葉のエピソードがストーリーを彩っている。 もちろん、リーガルミステリ最大の読みどころといったら、クライマックスの法廷劇。久我、結城、織本、三人の若者を結ぶ謎が解き明かされる時、罪とは、罰とは、制裁とは、救済とは、様々な想いが体中を駆け巡り、そして最後の一行に胸を射抜かれる。罪と罰の在り方に考えさせられる作品。 |
No.387 | 6点 | 虚像のアラベスク 深水黎一郎 |
(2021/11/05 09:36登録) 神泉寺瞬一郎と彼の父・海埜警部補が探偵役を務める中篇二本で構成されている。 「ドンキホーテ・アラベスク」バレエ団の創立十五周年記念公演に脅迫状が届く。来日する国際団体の委員長がそれを観劇することになり、警備担当を命じられた海埜警部補が神泉寺にバレエのレクチャーを受ける。だが、そこには意外な結末が待っていた。 「グラン・パ・ド・ドゥ」地方公演を控えたある団体で殺人事件が発生。社長が巨大な箪笥の下敷きになって圧死するという異様な事件。一本目で解説されたバレエの専門知識が、そのまま二本目の伏線になっているのには唸らされた。終盤、突然明らかになる事実が世界を一変させるその衝撃度は高い。(食事の場面で少し違和感があったが気付かなかった)ただ、バカミスのような真相には好き嫌いが分かれるかもしれない。 作者はこれまで、絵画、建築、音楽などの芸術作品をストーリーの根幹に据え、本格ミステリを書き続けてきた。本書も溢れんばかりのバレエの歴史などの蘊蓄が詳しく解説されているが、それがラストの驚きと感動を演出するのに不可欠な要素になっている。伏線の張り方も高度なテクニックが用いられており、マニア向けの重厚な作品ではなく、誰が読んでも面白い洒落た小説に仕上がっている。 |
No.386 | 7点 | マスカレード・ホテル 東野圭吾 |
(2021/11/01 09:13登録) 都内で起きた3件の不可解な連続殺人事件。容疑者もターゲットも不明。ただ一つ共通する点は事件現場に残された不可解な数列の暗号のみ。警視庁の捜査本部は暗号解読の結果、この暗号は次の殺害現場を予告するものであることをつきとめる。第3の殺害現場に残されていた暗号から、次の犯行現場は「ホテル・コルテシア東京」で起きると捜査本部は推測するが、現時点で予測できるのは犯行現場のみ。第4の事件は未然に防げるのか。 舞台は東京の一流ホテル。主人公は連続殺人を阻止するためにホテルマンに化ける若き刑事・新田浩介。ヒロインはその教育係になった一流ホテルのフロントクラーク・山岸尚美。それぞれ己の分野にプロ意識を持っている二人はぶつかり合う。新田が「おれはホテルマンになりに来たんじゃなくて捜査に来たんだ」と言えば、山岸は「どこから見ても刑事にしか見えない今のあなたはホテルにとっても捜査にとってもいい結果になりません」と言い返す。 こうしてホテルのフロントに立つ二人は、連続殺人というメインプロットの他に、ホテルにやってくる人々のさまざまなエピソードに関わっていく。バスローブを盗む者、「この男を私に近づけないで」と言って写真を見せる女、目の見えないふりをする老婦人、新田に言いがかりをつけ執拗に絡んでくる男など。他人を疑いの目で見る刑事と、感謝の気持ちで接するホテルマンの違いがみられるなど、ホテル業務の大変さと山岸のお客様への対応の素晴らしさに感心させられる。 さまざまな怪しい客が来て、その都度さまざまな方法で解決していくストーリー展開の中で、実は殺人事件についての伏線が散りばめられてある。クライマックスのホテルでの結婚式で、それが見事に収束されて気の利いた台詞で締めくくられる。爽やかな読後感をもたらす極上のエンターテインメント作品。 |
No.385 | 5点 | メイン・ディッシュ 北森鴻 |
(2021/10/27 09:50登録) 「アペリティフ」ミケさんとの出会い。プロローグ。 「ストレンジテイスト」ネコこと紅林ユリエの所属する劇団・紅神楽は、次の公演に向けて練習中。しかし、小杉隆一が自分の脚本に疑問を持ち、練習は中断する。 「アリバイレシピ」泉谷伸吾は入院が必要な体に関わらず、大学時代の友人二人を自宅に招待。カレーを食べながら大学時代に起きた事件について語る。 「キッチンマジック」ネコの家でパーティーをしている時、マンションの下に高校生の死体が。ひったくりにあったみたいだが。 「バッドテイストトレイン」列車で滝沢良平に話しかけてきた見知らぬ男は、滝沢が読んでいた本や駅弁のこと、列車に乗っている他の乗客に関して、推理を披露する。 「マイオールドビターズ」紅神楽にきた奇妙な仕事は、資産家の家で一回公演してくれたら二百万円の報酬を出すというもの。劇団員は大喜びするが。 「バレンタインチャーハン」ネコは、雑誌の取材でミケさんが教えてくれたチャーハンの作り方を披露することに。 「ボトル"ダミー"」ミケさん特製の梅酒を飲んでいる時、劇団の一部の人間が、以前あった出来事の真相に思い至る。 「サプライジングエッグ」ミケさんとは何者だったのか。かねてから小杉が作っていたミケさんの素性を探る仕掛けが完成する。その仕掛けとは。 「メインディッシュ」大団円。エピローグ。 「特別料理」ミステリ作家としてデビューした小杉だが、解決編を考えないままで、問題編を雑誌に掲載してしまう。 紅神楽という劇団のネコこと紅林ユリエとその同居人のミケさん、そして師匠と呼ばれる座付き作家の小杉隆一のキャラクター設定が見事。伊能、泉谷、谷口、滝川といった大学生たちの話と劇団員たちの話が交互にあり、思わぬ人との関係性が分かっていく。そして、ミケさんの正体に向かって進んでいく。 どの作品も、謎解きの部分に何らかの形で料理が関わっていく。それも料理が謎解きの中で非常に重要な役割を果たしているというのが、この作品の特徴であり魅力的なところでしょう。ただし、ひとつひとつの短編が少しずつつながっていく連作短編集として全体を見た時は、完成度の高さは感じるが切り離して考えれば、やはりミステリとしては弱さを感じる。 |
No.384 | 6点 | 犬はどこだ 米澤穂信 |
(2021/10/23 08:20登録) 故郷の八保市に戻り、紺屋S&R(サーチ&レスキュー)という犬を捜す商売を始めた紺屋長一郎。開業早々、二つの依頼が舞い込む。一つは、孫の行方を捜して欲しいというもの。もう一つは、神社に伝わる古文書の由来を調べること。犬捜しではないことに不本意な長一郎だったが、探偵になりたいと押しかけてきた高校の後輩・ハンペーこと半田平吉と調査にとりかかる。 本当は人捜しなどしたくない長一郎だが、彼の視点では意外なほど本格的なハードボイルドな語りが楽しめる。一方、ハンペーの視点はトレンチコートやサングラス、マティーニという形から入りたいハンペーらしい、ユーモラスな語りが楽しめる。途中、「オロロ畑でつかまえて」が引き合いに出されるように、萩原浩氏の「ハードボイルド・エッグ」のような雰囲気。 この二人の視点が交互に語られ、それぞれの調査が描かれ、失踪人捜しと古文書調査がどのように一本に繋がっていくのかという意外性が読みどころ。途中で挿入される長一郎とGENのチャットもいいアクセントとなっている。やがて、現代の病巣ともいえる犯罪があぶり出され、追う者と追われる者、それに介入する主人公というよくある図式が展開される。 ラストは、それが一瞬にして反転する鮮やかな逆転劇が用意されている。悪くなないが、何故かもどかしさを感じた。普通ならば、途中経過の調査報告をもっと頻繁にするのではないだろうか。 |
No.383 | 5点 | ぼくのミステリな日常 若竹七海 |
(2021/10/18 09:11登録) 作者のデビュー作で、社内誌の連載という形式の12編からなる連作短編集。 「桜嫌い」藤子は桜が嫌いな「ぼく」に日本人の風上にも置けないと言いながらも、もう一人の桜嫌いの話を始める。 「鬼」「ぼく」が公園で出会った姉は「とべら」の木を切ろうとしていた。とべらは妹の敵だと言うのですが。 「あっという間に」突然訪ねてきた寒川のお土産は「ぼく」の嫌いなミックスナッツ。ある疑惑の調査でもらったそうです。 「箱の虫」従妹の夏見の誕生日に「ぼく」はビデオを一緒に見ながら夏見の失敗談を聞くことに。 「消滅する希望」「ぼく」の部屋を訪れた滝沢は、毎年夏になると朝顔の女の夢を見るという。 「吉祥果夢」「ぼく」が宿坊で出会った岸本という女性は、妊娠を望んでいた女性の話を始める。 「ラビット・ダンス・イン・オータム」「ぼく」の業界紙の会社での初仕事は編集長の机の整理。そこには大事なメモがあった。 「写し絵の景色」「ぼく」が久しぶりに会った松山は、盗みの疑いを掛けられているのだと話す。 「内気なクリスマスケーキ」「ぼく」は友人らと自然料理店へ。そこにあったシクラメンを見て友人は思い出を語り始める。 「お正月探偵」酔って電話を掛けてきた姉は「ぼく」に「友人には気をつけなよ」と言う。 「バレンタイン・バレンタイン」「ぼく」は美奈子からの電話で、バレンタインチョコ売り場にいた奇妙な女性の話を聞く。 「吉凶春神籤」公園で本を読んでいた「ぼく」は大学時代の芳野に会う。外見はまるで違っていた。 笑いあり、ほろ苦さあり、不気味だったり、心温まるものであったりとバラエティ豊か。そのそれぞれに小さな謎が含まれており、「ぼく」がそれを解明していく。花や食べ物など季節感にもこだわっている印象。それぞれの短編は「編集後記」で一つにまとめ上げられる。その構成には力量を感じる。ただ、ストーリー、謎自体も小粒で大人しい感じ。 |