パメルさんの登録情報 | |
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平均点:6.13点 | 書評数:622件 |
No.422 | 5点 | 箱庭図書館 乙一 |
(2022/05/09 09:12登録) 作者がウェブで実施した「オツイチ小説再生工場」という企画から産み出されたユニークな連作短編集。 読者から送ってもらった小説のボツ原稿を作者がリメイクしたこの企画、当然ながら元ネタは全てバラバラ。にもかかわらず、6編の小説の舞台をすべて「文善寺町」という架空の地方都市に設定し、登場人物を重ね合わせてゆくことで、一つの世界を造り上げている。 物語を紡ぐ町をキャッチコピーとする文善寺町で起こる小さな奇跡の数々。小説家になった青年と、日常生活に支障をきたすほどの本好きである図書館司書の姉。どこか暢気なコンビニ強盗の顛末。高校の文芸部のたった二人の部員によるイタイ応酬の行方。鍵と鍵穴をめぐる物語。子供たちが集まる夜の王国。そして降り積もった雪の上のファンタジー。作者らしいミステリ、ホラー風味も絶妙にまぶされており、トリッキーな語り口に舌を巻きながらも、まさに「物語を紡ぐ」ということの、かけがえのない存在意義に気付かされてゆく。 なぜ人は小説を書き、それを読むのか。なぜ小説というものが必要なのか。そんな、あえて問い直すことなどないように思える問いへの、新鮮で温かく力強い答えがここにはある。 |
No.421 | 6点 | 戦場のコックたち 深緑野分 |
(2022/05/04 08:19登録) 空挺部隊に所属する兵士兼コックのティムは、頭脳明晰なエドたちコック兵仲間と、ノルマンディー上陸作戦に参加する。フランスの村を解放したティムは、なぜかパラシュートを大量に集めている兵士がいるのを知る。エドの協力で謎を解いたティムは、ものすごく不味い粉末卵六百箱が消えた、拳銃自殺した夫婦の手が拳銃を握れない形になっていた。前線に銃剣で人を刺すような音を出す幽霊が現れるなどの謎にも挑む。 伏線を丁寧に回収しながら、戦場という特殊な状況でしか成立しないトリックを作った手腕は鮮やかで、特に動機の意外性には驚かされた。命が使い捨てにされる前線で、命をつなぐ料理を作るコックが、日常の小さな謎や数人が死んだ事件を推理する矛盾を通して、戦争の悲劇に迫ったところも見事である。 作中の事件は、差別、正義の欺瞞、憎しみの連鎖を生む戦争の実態も暴いていく。解決が難しい問題を前に悩み考えるティムの姿は、思考と論理だけが社会をより良く出来ることを示しているように思えてならない。 |
No.420 | 7点 | 顔 FACE 横山秀夫 |
(2022/04/27 08:51登録) 主人公は、婦人警官の平野瑞穂。以前は、刑事事件で重要な役割を果たす鑑識課で、目撃者からの聞き取りを元に似顔絵を作成していた。しかし今現在の部署は、複雑な事情もあり広報課である。その平野瑞穂が刑事とは別の立場、別の視点で捉え鑑識課で培った観察力と似顔絵の能力を活かし事件の解決に導いていく5編からなる連作短編集。 「魔女狩り」署内のどこかに潜むニュース・ソースを追う。作者自身の経験に裏打ちされた「心理的密室」の妙。 「決別の春」何でも相談テレフォンに掛かってきた心の悲鳴。多発する放火事件と復讐に怯える娘の記憶。誰が騙し、何を偽るのか。こじんまりとまとまった人情譚。 「疑惑のデッサン」38度の気温が招いた行きずりの殺人。平野の後釜が描いたあまりにも似すぎた似顔絵は何を意味するのか。「顔」という連作のテーマが最も際立った作品。 「共犯者」抜き打ちの銀行強盗の防犯訓練を行っていた時、同じ銀行の別支店で本物の銀行強盗が発生。被害者とその動機に鮮烈な印象を残す。 「心の銃口」女性でありながら、署でトップクラスの射撃の名手が拳銃を奪われる。平野は得意の似顔絵で犯人に迫ろうとするが、思いがけない真相に辿り着いてしまう。長編になりうるプロット。 子供の頃から婦人警官になりたかった平野瑞穂は、正義感にあふれているが男社会である警察組織という現実に上手くいかないことが多い。周囲の軋轢や失敗にもめげず、前を向く姿勢は共感が持て応援したくなってくる。爽やかな読後感をもたらす作品集。 |
No.419 | 8点 | 向日葵の咲かない夏 道尾秀介 |
(2022/04/23 08:14登録) 夏休みに入る直前の終業式の日。学校に来ていないS君に返却された提出物を持っていくため、彼の家に行った。ミチオはそこでS君が首を吊った姿を目撃する。驚いて学校へ戻り、先生へ伝えると先生は警察と共にS君の家へ向かった。しかしS君の死体は消えていた。S君はあるものに姿を変え、「僕は殺されたんだ」と訴える。ミチオは妹のミカと真相を探ることに。 全体的にホラーの雰囲気が漂っており、何か不気味なものが背後に潜んでいるのを感じながらも違和感を覚えることになる。占いが得意なお婆さん、小説を出版したことがある国語の先生、百葉箱を毎日見に来るおじさん、そしてパパ、ママ、S君のママ。協力者なのかS君を殺した犯人なのか、それぞれ皆秘密を抱えていて、物語が進むにつれ事情が分かってくると、登場人物全員が怪しく思えてくる。 帯には「僕と妹・ミカが巻き込まれた、ひと夏の冒険。分類不能、説明不可、ネタバレ厳禁!超絶・不条理ミステリ。(でも、ロジカル)」まさにその通りの作品で、作品全体のありとあらゆる部分に伏線、ギミック、トリックの類が満載に仕掛けられている。そしてあらゆることが、残り十数ページで一気に解明し、一種のどんでん返しに驚かされる。ロジカル的にも上手くまとめ上げた感じ。 以前から気になっていた作品だが、あまりにも否定的な意見が多かったので読むのを躊躇っていた。確かにあり得ない特殊設定や、全体的に漂う陰鬱な雰囲気、動物虐待などの気持ち悪い描写、イヤミス特有の読後感など、好き嫌いが大きく分かれるのも納得の一冊。 |
No.418 | 6点 | 赤い部屋異聞 法月綸太郎 |
(2022/04/18 08:32登録) 江戸川乱歩の「赤い部屋」のオマージュ作品である表題作の「赤い部屋異聞」をはじめ、日本や海外の古典作にオマージュを捧げた9編からなる短編集。 オマージュといっても、ストーリー展開を踏襲しつつ最後のオチにオリジナル要素を加えたもの、ミステリ的なアイデアから着想を得て物語を作り上げたものなど、元ネタとのシンクロ度合いはそれぞれ異なる。怪談めいた作品もあれば、SFっぽい作品もあり、さまざまな味わいを楽しむことが出来る。 オマージュ元の作品を先に読んんでいた方が、どのようにアレンジされているのかが分かってより楽しめると思いますが、それぞれの元作品が有名作品といえるものではないので、あまり気にしなくてもいいかもしれません。 あとがきで自作解説をしていますが、制作過程や苦心したエピソードが書かれており、これを読むだけでも満足感が得られる。 ベストは読後の余韻が戦慄的な「葬式がえり」、次点で立て続けに事態の構図を反転させる「続・夢判断」。 |
No.417 | 6点 | 人間の尊厳と八〇〇メートル 深水黎一郎 |
(2022/04/13 08:32登録) 表題作は日本推理作家協会賞の短編部門受賞作。この作品を含め、五編からなる短編集。 受賞作は、いかにもミステリらしい切れ味の良い佳作。とあるバーにはいった「私」が、見知らぬ男の先客から「俺と八〇〇メートル競走をしないか」と持ち掛けられる。男は「私」が持っていた五万円に対して、土地の権利書を賭けるという。前半は、男が「私」を賭けに引き込むために、量子力学の話を延々とするので、いささか取りつきにくい。ここは、少々、作者の思いが強すぎた感がある。話の結末は、、ミステリを読み慣れた者ならば想像がつくかもしれない。それでも、どんでん返しをさらりと処理し、余韻を残して終わるあたりは、なかなか。 そのほかの短編は、いずれもミステリ色は薄いものの、人間の心理を行間に浮き上がらせる筆致は、フランス文学者としての作者の面目をよく伝えている。「北欧二題」では固有名詞を含むすべての外来語を、漢字(当て字)で表記する試みが行われ、それなりの効果を上げている。 全体のほぼ三分の一を占める「蜜月旅行」は、新婚旅行でパリを訪れた夫婦の観光小説といってよい。ところが、そこに結婚前には気付かなかった二人の価値観の相違が忍び込み、次第に緊張感を高めていく。予定調和には違わないが、サスペンスの醸成が巧みなだけに、読後感はいっそう爽やか。 |
No.416 | 7点 | 昆虫探偵 鳥飼否宇 |
(2022/04/08 08:50登録) 目が覚めると、葉古小吉はゴキブリになっていた。小吉は虫に変貌したわが身を見てもとりわけ驚くわけでもなく、むしろ長年の希望がかなった喜びに打ち震えていた。 ゴキブリに変身した人間が、昆虫界で探偵助手になり、事件に巻き込まれる。熊ん蜂が探偵、蟻が刑事である。ある意味突き抜けた設定で異彩を放っている。そして虫たちの様々な習性を手掛かりに遠隔殺虫、三重密室、体液消失、誘拐&立てこもり事件を解き明かし解決する。 異世界ミステリでは、まず奇抜なトリックがあり、そのトリックが成立するのはどんな世界が考え、設定を案出するというのが無理のない発想の順番だろう。それなら世界設定はかなり作り手の思い通りになる。しかし本書の世界は、人間になじみが薄いとはいえ、現実の設定に思える。 虫が人語を話す異世界仕立てでありながら、作り手の自由度が高くない。推理の過程で昆虫の珍しい習性を知り、「人間離れ」した世界の様相に興味をそそられつつ、知らず知らず作者の術中にはまっていく。昆虫の生態に詳しくなくても楽しめる作品となっている。 |
No.415 | 6点 | その可能性はすでに考えた 井上真偽 |
(2022/04/04 08:21登録) 人里離れた山奥に村を作って数十人で暮らしていた宗教団体が、首を切り落とす集団自殺を遂げた。唯一生き残った少女は十数年後、事件の謎を解くために上苙丞のもとを訪れる。上苙丞は、不可能状況を「奇蹟」と認定するために、全ての可能性を否定しようとする。 推理対決をテーマとした多重解決もので、全編にわたり真相を推理するシーンが繰り広げられる。それぞれの仮説は、発想が大胆で奇抜。このバカトリックを上苙丞は、それを論理的に否定してみせ、両極端ともいえる推理バトルが楽しむことが出来る。 キャラクター的にはラノベ風で苦手だが、エンタメ要素の強い捻くれた、そして企みに満ちた本格ミステリとして良く出来ているのではないか。ただ、最後に明かされる真相は無難すぎると感じてしまった。仮説が、あまりにもぶっ飛んでいたので、期待しすぎたのかもしれないが。 |
No.414 | 6点 | 濱地健三郎の幽たる事件簿 有栖川有栖 |
(2022/03/29 08:42登録) 幽霊を視る能力があり、心霊現象を専門に扱う探偵・濱地健三郎とその助手・志摩ユリエが様々な怪異に対していく7編からなる連作短編集。 「ホームに佇む」出張の度に新幹線を利用するサラリーマンが、有楽町駅を通過する際に、赤い野球帽の少年の幽霊を毎回目撃する。理由はおかしみがあり、なるほどと思わせる。 「姉は何処に」郊外の実家に住んでいた姉が行方知れずになり、弟が実家に戻って捜索する中で、同じ場所・同じ時間に姉の幽霊が現れていることに気が付く。最後でゾッとさせられる。 「饒舌な依頼人」濱地探偵事務所に来た依頼人が饒舌におしゃべりする。怪談話なのだが、コミカルでオチが笑える。 「浴槽の花婿」資産家の男が浴室で死亡。事故か事件か。結末は恐ろしくも哀しくて憐れ。 「お家がだんだん遠くなる」毎夜寝る度に、幽体離脱してしまう女性が助けを求める。ミステリ要素はほとんどない。終わり方が苦々しい。 「ミステリー研究会の幽霊」高校のミステリー研究会の部室で起こっていた超常現象が、新しい部員を入れてからエスカレートしていく。ネタとしては学園もののホラーで良く出来ている。 「それは叫ぶ」夜道で得体の知れないモノに触れてから、発作的な自殺衝動に襲われる。ミステリ要素は皆無で完全に怪談。ただただ恐ろしい怪談が描かれている。 ミステリ要素よりも怪談に重きが置かれている話が多いので、謎解きを期待していると肩透かしを食らうでしょう。 濱地先生の役に立ちたいと、いつも思っている志摩ユリエ。助手をするなかで、何度も恐ろしい目に遭っていることを勝手に心配してしまう。今後どのように成長していくのか楽しみ。 |
No.413 | 7点 | 兇人邸の殺人 今村昌弘 |
(2022/03/24 09:21登録) このミス4位、本ミス3位。本作も含め、毎回特殊設定ミステリで楽しませてくれる。相性の良いこの作家は、しばらく追っていこうと思っている。 テーマパーク内に放置されたアトラクション、通称・兇人邸。創薬会社社長・成島は、班目機関の研究資料を手に入れるため、事件を呼び寄せる体質を持つ剣崎比留子に同行を申し入れる。剣崎やプロの傭兵たちと共に、兇人邸へ潜入した葉村譲を待ち受けていたのは、殺人事件と●●の存在であった。 海外のパニックホラーを彷彿させる雰囲気が漂っており、冒頭からワクワクさせてくれる。●●の存在と殺人犯と気を付けないといけない対象が複数ある。●●の存在に怯えながら、誰もが怪しく思え疑心暗鬼になり、腹の探り合いをしていくところが読みどころ。 兇人邸には本館と別館に分かれていて、本館にも主区画と副区画とある。建物の構造が複雑で、見取り図を見ながら推理するのも、本書の魅力の一つである。●●の存在には大きな弱点があり、それによって行動範囲が制限されるとともに、潜入した人たちの行動範囲が広がるというのが面白さに繋がっている。心理的なクローズド・サークルで、外に助けを呼ぼうとすれば出来るが、それぞれに都合があり仲間内で意見が割れ、そうはしない。 この特殊設定を活かした殺人犯のトリックと動機、終盤の怒涛の展開が熱い。また、助手役の葉村譲が大活躍し、助手としても人間としても成長しているのも嬉しい。人物像もしっかり描かれており、色々な人の想いが最後に詰まっているラストには震えた。次作も期待したい。 |
No.412 | 6点 | 震度0 横山秀夫 |
(2022/03/19 08:12登録) 阪神大震災が起きた朝、七百キロ離れたN県の県警本部の警務課長の不破が失踪する。直属の上司である冬木は愕然とする。ノンキャリアの立場を踏み越えることなく知恵袋に徹し、的確な助言をあげてきた彼を、人事で抜擢する矢先だったからだ。一体何があった?それと前後してホステス殺し、交通違反のもみ消し、選挙違反事件などが浮上し、警察幹部たちが衝突する。己の保身と野心から内部闘争が激しさを増す。 今回、幹部たちの公害を舞台にして、彼らの夫人たちの瑣末な見栄を風刺して、節々で微苦笑を誘っている。この戯画化の筆法は、作者の新たな挑戦状として歓迎したい。捜査活動のダイナミズムとミステリ的興趣、人物造形の掘り下げと堅牢なドラマが揃っており、作者の魅力が発揮されている。 |
No.411 | 7点 | invert 城塚翡翠倒叙集 相沢沙呼 |
(2022/03/14 08:09登録) このミス6位、本ミス9位、帯には「すべてが反転」(前作では「すべてが伏線」でしたね。)いやが上にも期待が高まります。倒叙型の中編が三編収録されている本作は、前作の結末に触れているので、前作を先に読むことをおすすめします。 自分を虐げてきた幼なじみを、事故に見せかけて殺害したプログラマー・狛木繁人。子供たちを護るため、夜の小学校で元校務員を殺害した女性教諭・末崎絵里。酔っ払いに目撃されながらも、自殺に偽装して部下を殺害した元刑事の探偵・雲野泰典。それぞれの作品の途中で探偵の推理が推理できるかと読者への挑戦状が入るという趣向。倒叙型でも読者は犯人は分かっていても、探偵役は分かっていないものが多いが、読者も探偵役も分かっていて犯罪の証拠を見つけるために探偵役の推理を推理するというところが面白い。 前作同様、霊媒能力を使って犯人を言い当てると周りに知らしめて、心霊的恐怖を与えているのも巧い。狛木繁人、末崎絵里、雲野泰典と一作ごとに犯人のレベルが上がっていくと同時に、翡翠の本当の怖さが分かってくる。自分が犯人目線になって、翡翠に追い詰められる快感が味わえる。 |
No.410 | 4点 | 密室殺人ゲーム・マニアックス 歌野晶午 |
(2022/03/09 08:15登録) 頭狂人・044APD・axe・ザンギャ君・伴道全教授。奇妙なハンドルネームを持つ五人が、ネット上で仕掛ける推理バトル。出題者は実際に密室殺人を行い、トリックを解いてみろとチャットで挑発を繰り返す。謎解きゲームに勝つため、それだけのために人を殺す非情な連中の命運は、いつ尽きる? 「Q1六人目の探偵士」東京で被害者が撲殺された時、犯人のaxeは名古屋で警察官に交通違反の切符を切られていた。密室トリックとアリバイ崩しがテーマ。トリックに思わず唖然。 「Q2本当に見えない男」犯人の頭狂人は、いかにして目撃されることなく犯行を成し得たか。使い古された小道具トリックで脱力系。 「Q3そして誰もいなかった」Q2の頭狂人に対抗した「見えない人」をテーマにしている。オチはしてやられたと思うか、本を投げつけたくなるか賛否両論でしょう。個人的には後者。 第三弾となるこのシリーズも、さすがにネタ切れなのかという感じ。個々の事件に面白味が無いし、真相のインパクトの点でもかなり弱くなっている。 |
No.409 | 7点 | ジェノサイド 高野和明 |
(2022/03/04 08:31登録) 二年半の時間を取材と執筆に費やして書き上げた筋金入りのエンターテインメントの力作。 アフリカでは不治の病を抱え余命わずかの息子を持つアメリカ人の特別部隊出身のジョナサン・イエーガーが、高額な治療費を稼ぐために謎と危険の多い任務に参加する。アメリカ大統領とその側近が、国家への脅威および全人類絶滅を招く恐れのある新種の生物が、アフリカで確認されたとの機密情報を仕入れ、そ対策を練り実行する。日本では、創薬科学を専攻している大学院生の古賀研人が、急逝した父親が極秘に遺していた謎の研究を引き継ぐ。これらのストーリーが交錯し、壮大なストーリーへと突入する。 アフリカの地では、アクションシーンが迫力満点で日本の舞台では、逃亡劇的なサスペンスシーンが繰り広げられる。そして、実際に世界各地で行われていた民族的な大虐殺が話に絡み、社会問題が提起される。 研人が周囲の人たちと交わす会話や、薬を作り出す過程で馴染みのない理系的専門用語が、かなり多く使われるので戸惑うこともしばしば。作者もかなり勉強したようで、ゲノム、創薬、ウイルス、社会人類学、医学、政治、進化などの知識量に圧倒される。 「正しい負け方を選ばねばならん」という素敵なセリフがあるが、これに気付いている人間が、ほとんどいないということが不幸の連鎖を引き起こすし、戦争がなくならない一つの理由でもあるのだと感じた。また、そのほかにも心に響くセリフがあった。決して読みやすくはないが、スケールの大きなエンターテインメントとして楽しませるだけではなく、様々なことを考えさせられる作品であった。 |
No.408 | 6点 | 小さな異邦人 連城三紀彦 |
(2022/02/27 08:28登録) 「オール讀物」に発表された単行本では未収録の八編からなる短編集。 「指飾り」ミステリ的な構図も含むが、基本的には恋愛物語。指輪を道に投げる場面が鮮やかに印象に残る。 「無人駅」新潟・六日町に現れた一人の女の奇妙な行動から、十五年前の殺人事件が浮かび上がる。語りの選択が真相と密接に絡み合い、トリッキーなプロットから捻りのきいた真相が浮かび上がる。 「蘭が枯れるまで」有希子は小学校の同級生だった多江から、互いの夫を殺す計画を持ち掛けられる。作者らしい構図の転換と、交換殺人というアイデアが絡み合い、驚愕の真相を露にする。発想力に脱帽。 「冬薔薇」悠子は電話で呼び出されたファミリーレストランで、浮気相手の男に刺殺される。だが目を覚ますと、またその男からの呼び出しの電話が鳴っている。夢と現実のあわいを彷徨う語り口に油断していると、不意打ちを食らう。幻想ホラー的な異色作。 「風の誤算」「陽だまり課事件簿」や「孤独な関係」を思い出させる会社員もの。噂の真偽を巡って、トリッキーなプロットで魅せる。 「白雨」娘へのいじめと、三十二年前に両親が起こした心中未遂事件の真相。二転三転するプロットが、最後は盲点を突いた驚きの真相に直結。 「さい涯てまで」駅の職員同士の不倫話。作者らしいシチュエーションと奇妙な謎で読ませる。 「小さな異邦人」八人の子供を女手一つで育てる大家族のもとに、子供を人質に三千万円を要求する誘拐犯からの電話が掛かってくる。だが、子供は八人全員揃っていた。魅力的な謎と突飛なアイデアを、そこからしかないという視点から描いている。生涯最後の短編。 抒情性豊かな物語と予想もつかない結末の両方が楽しめる八編。 |
No.407 | 6点 | 掏摸[スリ] 中村文則 |
(2022/02/22 08:27登録) 主人公は掏摸を生業とする若者。彼は木崎という正体不明の男に操られ、母親から万引きを強いられている少年と関わり合う。木崎は、彼にある重要書類をスルように命じる。失敗すれば彼は殺され、逃げれば少年とその母親を殺すという。彼は命令を成し遂げるが、待っていたのは残酷な結末だった。 冷え冷えとした文章に引き込まれる。しかし、その氷上にいるような「死」の冷たさの底には、血がどくどくと噴き出さんばかりにたぎっている「生」があるのが良く分かる。 悪人である木崎が凄く魅力的。何を目的としているのか、大物なのか、それとも木崎自身がもっと大きな悪の支配下にあるのかも分からない。しかし人をまるで玩具のように扱う絶対的な冷酷さに圧倒的な存在感がある。「お前の運命は、俺が握っていたのか、それとも俺に握られることが、お前の運命だったのか。だが、それともそれは同じことだと思わんか?」という木崎の言葉は、組織に生きる、あるいは生きてきた人間には胸をえぐられる傷みを感じる。 |
No.406 | 6点 | ラプラスの魔女 東野圭吾 |
(2022/02/18 08:48登録) 気象の分野では科学の発達により、あるレベルまで可能になったものの、全てが確実に判明するわけではない。この先、完璧な予測能力を手に入れることはあるのだろうか。この作品は未来予測をテーマにしている。理系出身の作者ならではの科学知識を活かしつつ、不可解な事件をめぐるSFミステリとしてサスペンス豊かに描いている。 ある温泉村で、宿泊客の一人が硫化水素ガスによる中毒で死亡するという事件が起きた。事故の検証に訪れた地球科学が専門の大学教授・青江は、現場で奇妙な若い娘を目撃した。やがて青江は、その娘・羽原円華の不思議な力を知ることになるとともに、図らずも事件に関わっていく。 フランスの科学者ラプラスは、物質のあらゆる状態を知ることが出来るならば、未来は計算によって予測できるという概念を提唱した。いわゆる「ラプラスの悪魔」だ。本作では、このラプラスの概念を大胆に導入したうえで、悪魔や魔女としか思えない人物の登場とともに、予測を裏切る展開を次々と見せていく。 また円華のボディーガードを依頼された元警察官の武尾、事故死の調査を担当し、後に青江教授と知り合う麻布北警察署の刑事・中岡など、複数の視点から物語は語られていく。最初は、おぼろげで断片的だった事件の全貌や怪しげな人物の秘密が徐々に明らかになっていく構成になっている。 しかも、冒頭から円華の身の回りで起こる不思議な現象、現場に現れる謎の人物、ある映画監督の家族を襲った悲劇とその後を綴ったブログなど、その先を知りたくなるエピソードに満ちている。それまでの緊張感が最高潮に達するラストまで一気読み必至。 |
No.405 | 6点 | 人喰いの時代 山田正紀 |
(2022/02/13 08:27登録) 探偵役の呪師霊太郎とワトソン役の椹秀助のキャラクターがいい味を出している5つの短編と1つの中編が収録されている。 「人喰い船」服を着ていたはずの死体が、いつの間にか下着姿になっていた。トリックは今ひとつだが動機は衝撃的。 「人喰いバス」温泉旅館を出たバスの運転手を含めた5人が姿を消した。バスからどのように人間が焼失したのかと描かれる展開、大胆な伏線がうまく生かされている。 「人喰い谷」誤って谷底に転落したと思われた2人だが谷底に死体はなかった。真相は、ある程度予想ついてしまう。 「人喰い倉」密室で手首を切って自殺したと思われたが現場に刃物はなかった。密室からの凶器消失の謎解きと後味の悪い真相が楽しめる。 「人喰い雪まつり」雪まつりの校庭で喉を切られた少女の父親。死体の周囲には足跡一つ残っていなかった。かなりのイヤミス。 「人喰い博覧会」昭和12年の事件と現代の事件が描かれる。心臓麻痺ですでに死んでいた宮口を放送塔から落としたのはなぜか。プロットは面白いが、真相はそれほどでもない。 特高や思想犯といった昭和初期の時代に避けては通れない人物を登場させ、現代では味わえない良さがある。 |
No.404 | 6点 | 巴里マカロンの謎 米澤穂信 |
(2022/02/08 08:41登録) 小市民シリーズの第四弾で、四編からなる連作短編集。 「巴里マカロンの謎」小鳩は、小山内に誘われてパティスリー・コギ・アネックス・ルリコに行き、新作マカロンを食べる。小山内は3つのマカロンを注文したが、出てきたのは4つ。増えたマカロンには指輪が入っていた。どのマカロンが増えたのか、犯人は誰かといった点についての推理の進め方は実に論理的。 「紐育チーズケーキの謎」小鳩は小山内に誘われて礼智中学校の文化祭に行く。そこで小山内がトラブルに巻き込まれ、その騒ぎの中でCDがなくなってしまう。小鳩は、そのCDがどこに消えたのかを推理する。派手さはないが、隠し場所に意外性がある。 「伯林あげぱんの謎」4つの揚げパンのうち、ひとつだけマスタードが入れてある。堂島、門地、真木島、杉の4人はマスタード入りに当たった者が記事を書くことにした。そして一斉に食べたが、誰もが美味しかったと言った。この不思議な現象は思い込みが原因。オチは気付いてしまったが良く出来ている。 「花府シュークリームの謎」古城が無実なのにもかかわらず、飲酒の疑いで停学になった。この事件を小鳩と小山内が誰の犯行かを解き明かす。何気ないやり取りが真相につながる。犯人はわかりやすい。 ほのぼのとした中にブラックな味わいが楽しめるシリーズだが、本作は少し弱めか。全体的に地味な印象はあるが、登場人物たちはそれぞれ魅力的であり、読後感も爽やか。「春季限定」「夏季限定」「秋季限定」ときて、このタイトルというのは番外編という位置づけなのだろうか。「冬季限定」としなかった意図を知りたい。 |
No.403 | 6点 | 静かな炎天 若竹七海 |
(2022/02/02 09:10登録) 仕事はできるが不運すぎる女探偵葉村晶シリーズ第五弾で六編からなる短編集。 「青い影」暴走ダンプの事故現場に居合わせたことがきっかけで窃盗事件を目撃する。 「静かな炎天」書店のご近所さんが次々に葉村に仕事を依頼してくる。 「熱海ブライトン・ロック」三十五年前に失踪した作家の関係者を探す。 「副島さんは言っている」長谷川探偵調査所の同僚が立てこもり事件に巻き込まれる。 「血の凶作」戸籍が他人に使われていた事件を調べる。 「聖夜プラス1」本を取りに行くというだけの簡単なお使いがなぜか妙な方向に転がっていく。 尾行あり人探しあり、電話だけで謎を解く安楽椅子探偵あり、格闘ありとバラエティーに富んでいる。共通するのは、葉村の鋭い洞察力とへこたれない行動力、ニヤリとするツッコミ、それが関わってくるのかという伏線の妙。 常連のサブキャラや新たな登場人物たちも一癖二癖もあり楽しめる。葉村の初登場は「プレゼント」でその時は二十代のフリーターだった。この作品では四十代となり、書店のアルバイト店員にして正規の探偵である。これまで、住むところも仕事の形態も変わってきたが、二十代から一貫として変わらないのが、仕事熱心で頑固で有能でありながら、トラブルを引き寄せる体質、頼まれると断れない性格、それに軽やかなユーモアと毒。 ミステリはもちろん謎解きも大事だが、ヒロインは魅力的であってほしい。その点、葉村晶はカッコよくて共感出来て笑えるなど魅力たっぷりだ。 |