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ミステリの祭典

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爆発物処理班の遭遇したスピン

作家 佐藤究
出版日2022年06月
平均点7.50点
書評数2人

No.2 7点 パメル
(2023/03/09 07:39登録)
SFからホラー風味な作品など多様な小説が楽しめる8編からなる短編集。
「爆発物処理班の遭遇したスピン」小学校に仕掛けられた爆弾は処理に失敗し、手酷い事態が引き起こされる。すると犯人から、歓楽街のホテルに設置された酸素カプセルに新たな起爆装置を設置したという連絡が来る。アクション映画でお馴染みの爆弾処理シーンのスリルを量子力学的にアップデート、二択の項目のセッティングと、何より解決の仕方が新しく、SFともミステリとも毛色の違う世界観で読ませる。
「ジェリーウォーカー」架空のクリーチャーの造形を専門とするオーストリア人CGクリエイター、ピート・スタニックは、二〇代後半まで凡庸な背景専門画家だったが、わずか数年で成功者となったのは何故か。専門的な術語を駆使して、クリーチャー造形の世界を魅力たっぷりに描き出している。アクションシーンも含め、脳裏にくっきりとイメージを叩きこんでくる文章が素晴らしい。
「シヴィル・ライツ」歌舞伎町に事務所を構える弱小ヤクザの試練を描いている。「指を詰める」ことにスポットを当て、クライマックスの展開は納得感のある驚きで、伏線の張り方も周到。
「猿人マグラ」本人の「私」が幼少期に耳にした「猿人マグラ」の噂話を思いだすことから始まる都市伝説ホラー。夢野久作や乱歩賞の大恩人にオマージュを捧げた奇譚。作者の生まれ故郷、福岡の風景描写に郷愁を誘われる。作者のプライベートな部分が出ている感触。
「スマイルヘッズ」表向きは銀座の画廊を経営しつつ、裏ではシリアルキラー・ドルフィンの絵のコレクター。ある時、彼の特別なアート作品「ドルフィンヘッド」を譲りたいという申し出が舞い込む。一人称ということも作用して、どこか魔術的な吸引力がある。最終的に導かれていく地点が衝撃的。
「ボイルド・オクトパス」退職刑事を取材するライターの受難劇。LAPDの元刑事が若い頃に遭遇した未解決事件についての物語でもあり、ミステリ度は高い。
「九三式」小野平太は、古書店で見つけた「江戸川乱歩全集」がどうしても欲しいと思い、高額の怪しい日雇い仕事に手を出す。通常では融合しないはずのアイデアやモチーフが結び付いていく点に独創性を感じる。文学色濃厚な作品。
「くぎ」横浜少年鑑別所を出た安樹が、塗装工見習いとして働き始める。ある日、ペンキ塗りの仕事で訪れた家で一本のくぎを目撃したことから思わぬ事件に巻き込まれる。主人公の意欲の変容というダイナミズムが盛り込まれている。更生を図る少年の成長小説としても読める。
専門性の高い世界を題材にした濃厚な導入部が、予期せぬタイミングで暗転するプロットを持つ作品が多い。物語世界に立体感を与える背景描写、作品ごとに選択される巧みな文体、なによりも冷徹に描かれる人間心理。そのすべてが格調高く、心地よい疲労感が伴う。

No.1 8点 虫暮部
(2022/10/06 15:43登録)
 平山夢明と舞城王太郎を捏ね合わせて一見綺麗に丸めたけど灰汁抜きは全然していない、と言う感じ。導入部は比較的普通のノワール系だったり他のジャンルの小説だったりするが、数歩歩むうちに決定的に足を踏み外し、私は異界にいることに気付いた。全8編、ほぼ優劣無しでどれもいい。ただ、実際の内容に比べて妙に地味な印象が残ったのは何故だろう。

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