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ミステリの祭典

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平均点:6.12点 書評数:659件

プロフィール| 書評

No.479 7点 密室は御手の中
犬飼ねこそぎ
(2023/02/15 07:55登録)
山奥深くにある宗教団体「こころの宇宙」の総本山、心在院と強大な岩石の内部にある瞑想室、掌室堂が物語の主要な場となる。密室殺人に重きを置いた不可能犯罪もので、宗教施設という狭い中で発生した、ある意味クローズド・サークルが舞台となっている。建物の構造はそれほど複雑ではないが、見取り図がついていて嬉しい。
掌室堂では、百年前に修行者が消失したという言い伝えがあった。団体の取材に訪れた探偵・安威和音だが、その矢先に掌室堂の中で信者の女性が、バラバラ死体となって発見される。代表の密は、和音に協力して事件を解決することを持ち掛けるが、その条件は和音が密の助手になることだった。二人は協力関係を築くものの、さらに殺人事件が連続する。
利用するトリックは、インパクトに溢れたものであり真相解明の場面で、正統的な不可能犯罪ものを読んだという充実感を得られる。トリックだけでなく、謎の解明に至るまで繰り返される論理の応酬で真相が二転三転していくところが素晴らしく、宗教団体の内部の論理が絡むことで独自性を生み出している。「神」の存在を意識させる論理が、宗教施設という舞台と親和性が高いし、神に赦しを乞う姿勢が犯人だけでなく探偵にも及んだ末に名探偵としての在り方にまで物語が言及されるところに感心させられる。デビュー作としての完成度は申し分ない。


No.478 5点 看守眼
横山秀夫
(2023/02/10 07:40登録)
「小説新潮」に掲載された短編を一冊にしたもの。タイトルから刑務所を舞台にした連作を想像させるが、実はノンシリーズのバラエティ豊かな六編からなる短編集。
「看守眼」図らずも警察署内にある留置場一筋で勤め上げてきた男が、執念を燃やす事件の真相とは。人生色々、警察官の悲哀が際立つ。鬱屈した心理が描かれている。
「自伝」ある企業の創業者の自伝を書くことになったライターが陥った罠とは。人の欲が痛々しく迫ってくる。皮肉な結末が待っており切ない。
「口癖」裁判所の調停員として勤めていた女性の目の前に現れた女性は。因果応報が巡り巡って帰ってくる。苦さを伴った余韻を残す。
「午前五時の侵入者」県警ホームページをクラッキングした男の正体は。警察内部の管理部門の内幕を描いている。中間管理職の悲哀。
「静かな家」地方新聞の整理記者が自らの犯したミスを隠蔽しようとした結果、殺人事件に巻き込まれる。元新聞記者ならではの真骨頂。「クライマーズ・ハイ」を想起させる。
「秘書課の男」知事に仕える秘書課長が、新入りに立場を脅かされるのではと疑心暗鬼になる。己の行いを回想するくだりから、一転真相がわかるところが巧い。結末は清々しい。


No.477 8点 楽園とは探偵の不在なり
斜線堂有紀
(2023/02/05 07:38登録)
探偵の青岸焦は、天使の祝福を信じ取り憑かれている大富豪の常木王凱に「天国が存在するか知りたくないか」という言葉に誘われ、天使が群生する孤島「常世島」の彼の邸宅を訪れる。五年前、ある事件で同僚たちを失った青岸は密かに天国の在処を探っていたが、探偵仕事を通じて知り合った常木がそれを察して自分の島に呼んだのだ。
島では常木と彼の仲間、代議士、天国研究家、記者、医者など「天国狂い」の癖のある人物が集まり会合の予定だったが、外界との行き来が閉ざされたこの場所で、連続殺人事件が起きてしまう。
この世界には、コウモリに似た翼をもつ灰色の天使が降臨していた。天使といっても見た目は不気味で、その正体も本当に神に遣われたのかどうか定かではない。二人以上を殺した者は、天使によって即座に地獄に堕とされるようになってしまった世界で、起きないはずの連続殺人が起こってしまうという大きな謎がある。この世界のルールを無視した連続殺人は可能なのか。果たして犯人は誰で、いかなる目的と方法で犯行を続けているのかという、フーダニット、ホワイダニット、ハウダニットと謎が多く魅力的である。
人の推理や裁きに意味がない環境で、探偵にできることはあるのか。何とも人を喰った設定だが、細部まで工夫されていてリアリティもあり、正義を目指すという志に燃える青岸探偵事務所の悲劇も倫理的なドラマ性を高めている。
特殊な世界、孤島、館、怪しい人々、連続殺人。ガジェットだけでなく、並行して語られる青岸の過去の物語も、この物語をただのパズルで終わらせない深みのあるドラマに仕立て上げている。


No.476 6点 風が吹いたら桶屋がもうかる
井上夢人
(2023/02/01 08:23登録)
三人で暮らしている男たちのもとに、次々と悩みの相談に訪れる可愛い女の子たち。その問題を、超能力発展途上のヨーノスケとパチプロで推理マニアのイッカク、牛丼屋でバイトをしている美人に弱いシュンペイで解決していく。毎回、全く的外れの推理が展開し、事態は予想もしない方向へと進むお決まりのオチがあるユーモアあふれる連作短編集。
ヨーノスケの持っている超能力で事件を鮮やかに解決に導くわけではなく、彼の能力は作中で「低能力」と評されているように、人の役には立てない超能力。その立ち位置や超能力に対する各々の捉え方が愉快。
パターンは毎回同じで、シュンペイの働く牛丼屋に可愛い女の子がやってきて、超能力者のヨーノスケに助けてもらいたいという。ヨーノスケが超能力で事件を解決しようとし、イッカックが読書経験を活かして推理し、とんでもない真相を言い出す。(意外と説得力あり)最終的には、全く関係のない方向で事件は解決され、可愛い女の子はボーイフレンドと去っていくという感じ。安定感のあるワンパターン(褒め言葉です)で決して飽きさせない。キャラクターもそれぞれ個性的で魅力的。たまには、このようなゆるいミステリもいいかなって思えた。


No.475 6点 リドル・ロマンス 迷宮浪漫
西澤保彦
(2023/01/28 08:04登録)
「小説すばる」に不定期掲載されていた謎の人物、ハーレクインが探偵役ならぬ相談役を務める。彼のオフィスに持ち込まれた依頼に耳を傾け、クライアントが望む未来を与える。絡み合った謎が解かれ、明らかになるファンタジーミステリ連作集。
「トランス・ウーマン」結婚式当日、花婿を別の花嫁に奪われてしまった女性。なんとか彼を奪い返したいのだが。報酬を巡るやり取りが伏線となるラストは苦い。
「イリュージョン・レイディ」現実と夢想の区別がつかない女性。自分は夫を殺してしまったのか。神麻嗣子のシリーズのような味わいがある。
「マティエリアル・ガール」結婚を機にどんどん太ってしまった女性。夫は太った女が嫌い。このままでは夫に捨てられてしまう。
「イマジナリティ・ブライド」記憶喪失になってしまった女性。ある女性から自分と愛し合っていたと告げられるが、自分はレズビアンだったのか。この2作品は、ジェンダーへの拘りが感じられる。
「アモルファス・ドーター」いじめが原因で死んでしまった友達を生き返らせたい。死者を甦らせることは不可能だが、罰を受けるべき人間にそれ相当の罰を与えることは出来ると言われる。それまで信じていた世界が崩れ落ちる快感が味わえる。
「クロッシング・ミストレス」それなりに満足した人生を送ってきた老女。もしあの時、別の男性を選んでいたら自分の人生はどうなっていたのか知りたいという。以前放送していた「if」というタイトルのオムニバスドラマを思い出した。
「スーサイダル・シスター」妹と共同生活をしている女性。妹は普段は家事全般をこなし、落ち着いた女性なのだが突発的に自殺未遂を繰り返してしまう。真相はある意味笑える。
「アウト・オブ・ウーマン」同級生の息子が自分の世話にたびたびやってくる。彼は母の復讐に来たのではないか。ハーレクインの正体は割れないし、暗示もされていない。真相は作者らしい。
いずれの作品も、恋愛絡みの話になっている。ハーレクインは、クライアントの深層心理を探り、解決へと導いていく。結末は依頼通りにいくとは限らず、多分に皮肉を含んでいる。ブラックな味わいが楽しめるファンタジー。


No.474 7点 Blue
葉真中顕
(2023/01/24 08:05登録)
平成という時代が始まった日に生まれ、終わった日に死んだ一人の男がいた。男の名は「青」。プロローグで物語の外郭をなす情報が提示され、その男は何かしらの犯罪に手を染めたという予感が漂う。続く第一部で語られるのは、平成十五年十二月二十五日の深夜、青梅市で起きた教員一家惨殺事件だ。その家で死んでいた次女が被害者であるとされ幕を閉じたが、現場にはもう一人は存在していた痕跡があった。インタールードを挟んだ第二部で描かるのは、平成が終わる直前に起きた男女殺人事件。
二つの事件を発生直後からリアルタイムで描きながら、第一部では平成前半の、第二部では平成後半のカルチャーや社会問題をとことんピックアップしていく構成がユニーク。平成前半はバブル崩壊に象徴される昭和の負の遺産に振り回され、平成後半は前半十五年で種を播かれていた問題が一気に花開いたという事実を確信させられる。情報の濃密さそれ自体を楽しむ、いわゆる「情報小説」と理解したところで、認識の盲点を突くサプライズが第一部ラストで発動するから気が抜けない。
青をど真ん中に据えながらも、多視点群像形式を採用し、複数の個を束ねることによって時代や社会を表現しようとしている。エピローグの情景は「終わらせない平成」のメタファーとして読んだ。社会を新しくデザインしていくためにまず必要なことは、声にならない小さな声を聞き届けること。そう記し続けてきた作者の代表作といえる。


No.473 4点 マスカレード・ナイト
東野圭吾
(2023/01/20 07:50登録)
練馬のワンルームマンションで、一人暮らしの若い女性の他殺死体が発見される。そんな中、練馬で起きた殺人事件の犯人が、ホテル・コルテシア東京カウントダウン・パーティー会場に現れるので逮捕してくださいという密告状が警視庁に届く。
以前、同ホテルにフロントクラークとして潜入経験のある新田浩介は、その経験を買われて再度潜入捜査官に任命される。また、フロントクラークからコンシェルジュとなった山岸尚美にも再度捜査への協力が求められた。
コンシェルジュとは、お客様の様々な要望を聞く係である。山岸は、ホテルマンに「無理です」は禁句という信念のもと、お客様の無理難題を解決していく。共感できる部分もあるし、考え方は立派だがいくらなんでも無理があるのではないか。

以下ネタバレしています。


相変わらずのリーダビリティの高さはさすがだが、取引に大々的に警察を巻き込もうとするのは、目的に比べてリスクが高すぎるし、犯人たちの行動も無理矢理感が否めない。日下部が実は、ホテル側の人間で山岸をテストしていたというのも最後に明かされるが、従業員のテストに一般の宿泊客を巻き込むのは不自然だし、あり得ないことではないだろうか。
新田と山岸が、恋愛関係に発展するのではと思っていたがそれはなかった。今後、山岸がロサンゼルスに勤務することが決まったところで物語は終わっているが、新田と山岸の進展はどうなるのか気になるところです。


No.472 6点 プロジェクト・インソムニア
結城真一郎
(2023/01/16 08:24登録)
もしも同じ夢を他人と共有できたのならば。そんな「もし」が実現する異世界を舞台に、緻密に築き上げたフーダニットと独創的なホワイダニットで魅せられる。
主人公の蝶野恭平は、突発的に睡魔に襲われ眠ってしまうナルコレプシーと呼ばれる疾患を持っている青年。蝶野は、夢に関する研究開発を行うソムニウム社に勤める友人の蜂谷から、「プロジェクト・インソムニア」という実験に参加してほしいと頼まれる。実験とは、夢の中で複数の人々と共同生活を送り、起床時に夢で起こったことを報告するというもの。被験者の頭部にチップを埋め込み、同期した脳波データを演算し信号を送ることで、夢の世界を共有できるというのだ。
人々を幸せにするはずの夢の空間で事件が起こり、次々と追い詰められていく参加者たち。その謎を解くためには「プロジェクト・インソムニア」に仕組まれた様々なルールを知り、ひとつひとつパズルのピースを当てはめるように整理しなくてはならない。中にはルールを知ることで、却って謎が深まるといった展開もある。夢の中での推理は、そう一筋縄ではいかないものになっているのだ。
本書の最大の読みどころは、フーダニットとホワイダニットの二段構えの謎が解き明かされる解決編でしょう。まず、はたと膝を打つのは犯人を特定に至るまでの流麗なロジック。(ユメトピア)内に設定されたルールは先ほども記した通り非常に細かく、かつ複雑なため真相に到達するまでの道のりは一見すると困難に思われる。しかし事件解決への突破口は、散りばめられた手掛かりの量に比して、実にシンプルなものなのだ。こんがらがった糸が容易くほどけるような、明快な謎解き場面が美点の一つである。
更に驚嘆するのは、フーダニットを超えた先にあるホワイダニットの解明。ここで明かされる動機を読めば、まずは誰もが「狂っている」という感想を抱くだろう。しかし、小説内における設定を前提に考えれば、実に理路整然とした、しかも切実な思いに裏打ちされた動機であることが分かるはず。まさに「夢を他人と共有できる」という特殊設定があるからこそ描ける、前代未聞のホワイダニットがこの作品の核をなすと言っていいでしょう。


No.471 7点 名探偵のはらわた
白井智之
(2023/01/12 08:12登録)
大ヒットした映画「死霊のはらわた」にオマージュを捧げた作品で、一つの謎にいくつもの推理が提示される多重解決型のミステリ。
召儺の儀式を行った結果、我が国の犯罪史にその名を刻んだ昭和の有名殺人鬼、七人が現代に甦り悪逆非道の限りを尽くす。その被害や日本全体に広がる。(題材に選ばれた現実の事件とは固有名詞やディテールが少しだけ改変されている)かくして前代未聞の殺人鬼狩りがスタートする。
主人公は、名探偵・浦野灸に心酔し浦野探偵事務所で助手として働く二十一歳の青年・原田亘(通称はらわた)。三年前から付き合っているみよ子は、東大文学部の四年生でヤクザの娘。その彼女の生まれ故郷である岡山県津ケ山市で、六人の死者が出る放火殺人事件が発生する。被害者たちは、炎上する寺からなぜ逃げなかったのか。警察から協力要請を受けた名探偵・浦野は、助手のはらわたをともなって現地へ向かう。
昭和の七つの事件の中でも、本書の中心になるのは津山(津ケ山)事件。冒頭には、現実の津山事件の犯人・都井睦雄が犯行直後に書き残した文章の一部「思うようにはゆかなかった」が引用され、作中でも事件の経緯が詳細に検討される。」つまりこれは、数々の小説が題材にしてきたこの大量殺人事件にまったく新たな角度からアプローチする事件ミステリでもある。
現代に甦る殺人鬼は、地獄で閻王にスカウトされ、亡者に責め苦を与える仕事をさせられている人鬼たち。甦るといっても肉体ごと復活するのではなく、生きた人間に憑依するので、外見からでは誰が人鬼なのかわからない。しかも、人鬼は体液の接触を通じて別の人間に乗り移ることも可能だという。この状況下で、名探偵と助手は首尾よく七人を見つけ出せるのか。人鬼特定のために駆使される華麗なロジックが読みどころ。


No.470 9点 孤島の来訪者
方丈貴恵
(2023/01/08 09:27登録)
四十五年ぶりに予兆が現れ、いわく付きの孤島に人ならざるものが現れるといった、伝奇ホラーの側面を持った本格ミステリ。この物語の犯人は人間ではなく、人間の皮を奪ってその人間に化けることの出来る謎の生物。孤島にいる登場人物達のの中で、果たして誰がこの生物に成り代わっているのかという、ユニークなフーダニットミステリである。
前作で惨劇の渦中に置かれた竜泉一族の血を引く佑樹が主人公となる。佑樹は、かつて大量殺人が起こった無人島「幽世島」で行われるオカルト系テレビ番組の制作ロケにADとして参加するのだが、彼にはある思惑があった。幼馴染の命を奪った三人の人物に島内で復讐することである。ところが撮影が開始されて間もなく、佑樹が狙っていた一人が死体で発見される。かつて島民の大半の死因となったのと同じ鋭い凶器を使った刺殺によるものだった。佑樹は自らの計画を遂行するために犯人捜しをする羽目になるが、状況が導く推定される犯人像差は、意外極まりない。
まるでパニックホラーのような物語が展開されることで、彼らの謎解きには一筋縄ではいかない緊張感がある。特殊ミステリというと、あるひとつの特殊なルールが解明に至るロジックの核になることが多いが、本書のすごみは複数のルールによって謎が形成される点にある。それらを余すことなく組み合わされた末に生み出される解明場面には圧巻の一言。成り代わった犯人を追う面白さのほかに、自分たちの常識では計れない謎の生物がどんなものなのかを推理するという、一風変わった生態解明ミステリを楽しむことが出来る。孤島にまつわる伝承などを元に、謎の生物に形を与えていく様が面白い。


No.469 6点 間宵の母
歌野晶午
(2022/12/28 08:01登録)
間宵紗江子の養父である夢之丞は、端正なルックスとやわらかな物腰、さらにお菓子作りやクレーンゲームが得意で、子供たちだけでなく母親や教師たちにも大人気。また、紗江子のクラスメイトを前に彼が披露する物語は現実のものとなり少女たちを楽しませる魔法使いだ。しかし彼は、紗江子の親友である詩穂の母親と時期を同じくして失踪してしまう。それを機に紗江子の母は精神の均衡を失ったような行動を繰り返し、詩穂の父は我が子を虐待するようになる。ここまでが四部構成の第一部に当たる部分。紗江子と詩穂は成長し、それぞれの人生を歩んでいくが、幼き頃の事件が常に影を落とすのである。
不倫、駆け落ちの定型を激しく歪める要素が散りばめられているのが大きな特徴で、話の序盤で読み手の気を引く養父の操る魔法はその最たるもので、その後も得体の知れない現象の数々が物語を怪しく彩っていく。ホラー展開で幻想めいた事象のなかに巧妙に伏線が埋め込まれた本格ミステリとしての謎解きの魅力もあるが、解明の先に見える世界は決して明るくない。一筋縄ではいかない、作者独特の後味の悪い世界観が強烈に刻印された、狂気が渦巻く物語を堪能できる。イヤミスが苦手な人にはお薦めできないが。


No.468 5点 罪人の選択
貴志祐介
(2022/12/23 08:24登録)
哲学的なものから、架空の生物の脅威を綴ったものまで、執筆時期も内容も多様な4編からなる中短編集。各作は独立しているが、十八年を隔てた二人の男の命懸けの選択を描く表題作をはじめ、いずれも「時間」が重要なテーマ。
「夜の記憶」は、本格デビュー前の一九八七年、初めて雑誌に掲載されたSF。異形の生命体とバカンスを過ごす夫妻の物語が交互に語られ、やがて意外な形で結びつく。文章は粗削りで読み難いが、人間の定義や意識のありようを問う主題、謎と不穏が漂う展開など考え方は驚くほど今と変わっていない。
新型コロナウイルスの感染が広がっている現在を想起させる作品もある。二〇一五年~十七年に発表した「赤い雨」。生態系を支配し、死に至る病を引き起こす藻類・チミドロの繁殖した世界を描く。汚染された赤い雨が降る中で、女性研究者の橘瑞樹が治療法を探す。人類が、ここで描かれたような危機に対処しようとする時「一つの悪が、想像力の欠如」とみる。現実社会のコロナ禍でも、他者への配慮に欠けた言動や差別が、いつも以上に浮かび上がっている。
作中でチミドロの戦いは数千年続くと予想されるが、瑞樹はあくまで未来を見据える。自然は人間に忖度しない。だから人は思いを繋いで、長い時間を戦い抜くしかない。


No.467 5点 長い腕
川崎草志
(2022/12/19 08:00登録)
世間では奇妙な事件が頻発していた。退職を控えたゲーム会社の社員・島汐路も同僚の女性二人がビルから転落死したのを見た。不審に思った島が二人の周辺を調べたところ、彼女たちが「ケイジロウ」というキャラクター人形を偏愛していたことが判明。彼女の故郷である四国の田舎町・早瀬で起こった女子中学生の猟銃射殺事件にも「ケイジロウ」が関係していたことに気づいた島は、さっそく早瀬へ帰って事件の再調査を始めるのだが。
作者はゲーム会社に勤務していたことがある経験を活かし、ゲーム会社の内部事情を描いた第一部から、横溝正史作品を思わせる閉鎖的な村を舞台にしたおどろおどろしい第二部へと物語を展開させ、さらに二つの事件を共通のテーマで繋いでみせた意欲作。
前半と後半をガラリと雰囲気を変えながらも、両者も「物質的な歪みと精神的な歪み」というモチーフによって連結させた趣向は興味深く読め、ネットの持つ影響力に改めて考えさせられる。クライマックスには、怪奇小説の要素も盛り込まれており、新しいタイプの恐怖を描いたホラーとしても楽しめる。プロットを成立させるために、ややご都合主義的に異能者が現れる感はあるが。


No.466 6点 絶声
下村敦史
(2022/12/15 08:47登録)
舞台は「昭和の大物相場師」と呼ばれた大富豪、堂島太平の屋敷。大立者の死によって骨肉の相続争いが巻き起こる、というのはミステリではすっかりお馴染みの筋立てだが、そこに「失踪宣言」という法制度を取り入れたのが本書の新しさであり、最大のセールスポイントにもなっている。
生死不明のまま七年以上が経過し、裁判所によって失踪が宣告されると、法的には死亡と同じ扱いになる。しかしブログの更新がそれに歯止めをかけた。サスペンスとは本来「吊す」という意味だが、生きているか死んでいるか分からない太平の存在は、文字通り遺産相続を宙吊りにして、緊張感のあるドラマを生み出してゆく。
十年前、太平の後妻だった母親と共に屋敷を追い出されて辛酸をなめた正好、事業で多額の損失を出した貴彦と美智香。それぞれに事情を抱えた三人の親不孝者が演じる、狐と狸の化かし合い。欲をむき出しにしたその姿から、なぜだか目が離せない。そんな中でもブログは定期的に更新されてゆく。その記述から浮かんでくる「A子」という謎の女性の存在。果たしてその正体は。
異様なムードに満ちたプロローグから、正好が堂島家に一矢報いようと計略をめぐらせる中盤、ブログに込められた真意が明らかになるクライマックスまで、興味を一瞬もそらさない構成が見事。悪くない読後感も含め、よくできた舞台劇を鑑賞しているような、良質のエンターテインメントである。


No.465 6点 崩れる 結婚にまつわる八つの風景
貫井徳郎
(2022/12/11 08:22登録)
家族崩壊、ストーカー、DV、公園デビューなど、現代の社会問題を「結婚」というテーマで描き出す、狂気と企みに満ちた8編からなる短編集。
「崩れる」仕事をしない夫と身勝手な息子に追い詰められていく主婦の心理を活写している。最後の一言に後味の悪さを感じるとともに、カタルシスも感じることが出来る。
「怯える」貫井版「危険な情事」。だが、それだけでは終わらない暗鬼の点描、嬉しい不意打ち。男性が抱く恐怖心をうまいこと表現している。
「憑かれる」思いがけない旧友たちの結婚と招待。甘酸っぱい悔恨に、恐怖は冷たく忍び寄る。笑いと恐怖を交互に繰り出した奇妙な味わい物語。
「追われる」自立した女の仕事は、冴えない男をストーカーに仕立て上げる。描写の技巧は光るが、話の展開はありきたり。
「壊れる」偶然の事故が不倫の二重奏を狂わせる。スピーディーな展開や頭脳戦。短編として完成度が高い。
「誘われる」公園デビューを主題に、若い母親にありがちな悩みや心理を的確に暴いていく。孤独な母娘はたちは、お互いに癒し、そして傷つけ合う。叙述の妙が光るサスペンス。
「腐れる」悪臭ネタの世にも奇妙な物語風。得体の知れない物への恐怖を煽り立てた内容で、ホラーテイストが強め。
「見られる」見えないストーカーの恐怖を描いている。トリックは読みやすいが、もう一段の仕掛けが巧い。


No.464 6点 九度目の十八歳を迎えた君と
浅倉秋成
(2022/12/07 07:32登録)
印刷会社に勤める間瀬はある九月の朝、通勤途中のプラットホームで高校時代の同級生・二和美咲の姿を目撃する。だが、どういうわけか彼女は十八歳のままの姿だった。確認したところ、彼女は間瀬が卒業してからも毎年、高校三年生として学校に通い続けているらしい。なぜ、彼女だけが停まった時間の中に取り残されているのか。間瀬は自分が高校三年生だった時期に何らかの原因があると考え、当時を知る同級生や先輩や教師のもとを訪れ、真実を知ろうとする。
二和ひとりだけが十八歳から成長しないことが、本書の謎ではあるが、二和の状態をおかしい感じているのは間瀬だけで、他の人々はそれを少しも奇妙だと思っていない。どうやら、二和に直接出会うと彼女の年齢の状態に疑問を抱かなくなるらしい。ならば、間瀬だけが二和を見かけても彼女の状態に違和感を抱いてしまったのはなぜなのかというのがメインの謎となる。間瀬が高校時代に彼女に片思いしていたことが、その謎に関係しているのだろうか。
本書では、人が死ぬわけではないし展開もどちらかといえば淡々とした雰囲気が漂う。しかし、クライマックスで当事者から明かされる心情は心に鋭く刺さる。すべてが明らかになった後の物語の意外の着地点は、怒涛のような伏線回収に感嘆させられる。大人になることで失われるものと得られるものは何かという青春小説の王道テーマを踏まえつつ、ミステリファンの琴線に触れる工夫が凝らされている。


No.463 6点 黒鳥の湖
宇佐美まこと
(2022/12/03 07:48登録)
財前彰太は、かつて興信所の調査員をしていた頃、依頼人からある事件の情報を聞き、それを利用して人知れず罪を犯したという過去があった。ところが十八年の時を隔てて同じ手口の犯罪が発生し、それをきっかけに彰太の日常は崩壊してゆく。
「白鳥の湖」に即して書くならば、誰が黒鳥なのか。背後で操る悪魔は誰なのか、つまり誰が隠し事をして嘘をついているのかが、物語の焦点になる。笑顔で善意を見せていても、本心はどうなのか。怪しい人物はあれこれ登場する。財前を取り巻く登場人物はかなり多く、それぞれが思惑を抱えているので、話の進行も錯綜を極める。娘が非行に走るなど、幸せだった家庭が見る見るうちに瓦解する中、財前は過去と現在の事件の真相を知ることで、十八年前に犯した自分の罪と向き合い、ひそかに抱えていたものが明らかになる。登場人物の裏の顔が暴かれる過程など、目の前のすべてが変わって見える時が訪れ、足元が崩れる展開に襲われる。真犯人の衝撃的な正体は、作者の本領発揮といえる。


No.462 7点 ベーシックインカム
井上真偽
(2022/11/28 08:53登録)
現在進行形の先端技術が日常生活にまで浸透した近未来を描いた5編からなる短編集。
テーマはAI、遺伝子工学、VR、身体増強、ベーシックインカムなど、どれも近未来に実現可能とされる、あるいは実用化しつつあるテクノロジーに美しい謎を織り込んで描いている。テーマからして専門用語が飛び交う小難しい物語と思ったがそのようなことない。「存在しないゼロ」では、刑事の父親が娘に話して聞かせる体で、豪雪地帯の一軒家で起きた事件の顛末が語られていく。大雪の中に取り残された三人家族が一ヶ月後に発見されるが、父親は右腕を切断、失血死していた。トラクターのロータリーに巻き込まれたというが、現場には失血死するほどの血痕はなかった。そこから話は二転三転するものの、SFらしさは出てこない。だが真相が明かされる段になってSFネタが飛び出す。切れ味鋭いその決め技には仰天の一言。
妻が失踪した理由を探るため夫が繰り返しVR怪談を見て気づく「もう一度、君と」、視覚障碍者の娘に人工視覚手術を受けさせようとする父の秘密「目に見えない愛情」、全国民に最低限の生活が出来る金を支給する政策を唱える教授が預金通帳を盗まれる表題作と、いずれもSFミステリならではの趣向に凝らされ、先端技術を道具立てにしている。だが、あくまで日常譚をベースに構築されているので馴染みやすいし面白く読める。


No.461 6点 ワトソン力
大山誠一郎
(2022/11/23 07:29登録)
和戸宋志は、捜査一課第二強行犯捜査第三係に所属しながら、同僚の推理に力を貸し、いまや第三係は検挙率十割に達するまでになった。
自らは推理しない主人公と突如として推理を開陳する関係者たちというおかしな様相は、いわゆるシットコムの面白さに満ちている。もちろん表層的な楽しさだけで終わるはずもなく、その場にいる全員が我先にと喋りだす推理は、結果的に多重解決の趣向に繋がる。ダイイングメッセージ、暗闇の中での殺人、毒殺ものから足跡のない雪密室などの真相解明場面では、多彩なトリックメーカーの才を存分に見せつける。探偵役がなぜ推理力に優れているのかという背景を描く必要がないため、現場に容疑者が揃い簡単なプロフィールがされた途端に事件が起き、間髪入れず推理が始まるという無駄のない構成。
白眉は「探偵台本」。解決場面のない脚本をもとにした出演者たちによる犯人当ては、誰もが花形である犯人になりたいので自分を犯人にしようと推理するさまが、逆説的な愉悦を生み出していく。
トリックや構図の反転、遊び心を十全に発揮した技巧に、連作の枠として機能するフーダニットなど魅力にあふれている作品集。


No.460 7点 ノースライト
横山秀夫
(2022/11/19 07:42登録)
一級建築士の青瀬稔は、所沢の建築事務所に籍を置き、日々の仕事をこなしていた。そんな彼が情熱を傾けた家がY邸。クライアントのY(吉野)からの依頼は、「あなた自身が住みたい家を建ててください」。青瀬の回答は、北からの光が入る「北向きの家」を建てることだった。なぜその家が彼にとって「住みたい家」なのか。それもまた物語を通じて解き明かされる謎の一つだが、最大の謎は四ケ月前に吉野夫婦に引き渡したY邸に、誰も住んでいないという現実だ。
かくして物語は、Y邸一家の捜索譚が軸になるかと思いきや、作者はその合間に、父がダム建設に携わり全国各地を転々とした青瀬の生い立ちや、彼の建築家としての仕事ぶり、少数精鋭の岡嶋設計事務所の内情なども描きこんでいき、仕事小説や家族小説としての厚みも増していく。姿を消した吉野の家族、青瀬と別れた妻とその妻のもとにいる娘、青瀬の雇い主とその妻と息子、さらに青瀬と彼の両親、そうした人々の関係が、無人のY邸を糸口に見直されていく。
失踪した依頼人の行方を探る旅は、ナチスの迫害から逃れるために日本に滞在し、日本の建築士に影響を与えたブルーノ・タウトの足跡をたどる旅と重なっていく。その過程で、青瀬は建築への情熱を新たにする。
ありがちな捜索譚に止まらず、青瀬たちの苦闘とタウトの足跡とをシンクロさせた芸術と人生の因縁劇にもなっていて、静かながらも力強い物語に仕上がっている。

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