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ミステリの祭典

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欺瞞の殺意

作家 深木章子
出版日2020年02月
平均点5.67点
書評数3人

No.3 5点 パメル
(2023/06/14 07:11登録)
昭和四十一年の夏、県内で名を馳せる資産家だった楡伊一郎の法要で事件が起きる。家族と関係者がダイニングルームでお茶の時間を過ごしていた最中、故人の長女である澤子と孫の芳雄が毒物によって亡くなったのだ。澤子の飲んだコーヒーカップと芳雄が食べたチョコレートからは砒素が入っていたことが分かる。チョコレートを包んだ紙の破片が、ある人物の喪服のポケットに入っていたことが判明し、自首するに至り事件は収束を迎えたかに見えた。
無期懲役となり四十年を経て、仮釈放の身となった人物から事件関係者の一人に手紙が届くことで、本書は謎解きミステリの方向性を露にする。物語は受刑者と手紙を受け取った人物の間で交わされる書簡によって仮説の構築と否定が繰り返されるかたちで進んでいく。
この作品の中核を占めるのが、往復書簡である。この書簡から、伊一郎という独裁者によって歪められた楡家の人々の関係や、隠されていた愛憎を知ることになる。さらに推理合戦が繰り広げられ、真相に近づいていく過程に寄り添うことになる。
展開は目まぐるしく、終始息つく暇もない。限定された容疑者によるフーダニット、被害者のコーヒーだけに毒を混入させる手管とポケットの包み紙の謎を巡るハウダニット、旧家の複雑な人間関係に端を発するホワイダニット、それらのすべてが、手紙の文中に潜んだ大胆かつ巧妙な伏線とともに複数の推理となって、次々と現れる。シンプルに見えた状況が見え方を変え、多様な推理が導かれ、そして消えていく様は異様の一言に尽きる。仮説を否定する伏線までもが美しい。書簡という形態を逆手に取った仕掛けが炸裂する、最後まで油断できない作品。

No.2 7点 虫暮部
(2021/07/20 12:18登録)
 本作に限らず、往復書簡による小説に対しては、つい苦笑してしまうのだ。
 そういう“形式”なのだから突っ込むのは野暮だと知りつつ、延々と長い手紙を送り付け合う登場人物の精神性に引っ掛かってしまう。私信特有の大仰な表現、更に本作の場合は彼等の年齢も相俟って、どうにも気持悪い。
 と思っていたところが、読み進むにつれて話の展開と気持悪さが絶妙にリンクし始めた。こういう風にこじれた奴がこういう犯行、非常に説得力がある。深木章子史上屈指のキャラクター小説に仕上がったのではないか。

No.1 5点 HORNET
(2020/07/05 21:12登録)
 昭和41年、地元の名家で起きた殺人事件。事件は、婿養子であった当家当主の自白により一応の解決を見たのだが、その男が40年後仮釈放され、「私が犯人でないことは、あなたは知っているはず」との書簡をある女性に出す。その女性は、男が密かに愛し合った、当家の次女だった。
 
 いろいろ策を施しているが、結果としてすべて予想の範疇で、筆者としてはどんでん返しとして用意しているのであろう終盤も、衝撃はなかった。裏の裏をかいた主人公の所業も、「そこまで描いたとおりにいくものか?」という感が否めず、面白い仕掛けだとは思うが興奮は伴わなかった。

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