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ミステリの祭典

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クリスティ再読さんの登録情報
平均点:6.39点 書評数:1524件

プロフィール| 書評

No.1524 7点 怪談・骨董
小泉八雲
(2025/12/31 21:20登録)
さて今年ラストは小泉八雲で締めようか。まあ朝ドラが「ばけばけ」で八雲がモデルというのもあって、各社いろいろな版が出ているね。今回は河出文庫で「怪談・骨董」の合本。とりあえず海外作家にしておいたけど、英語で著述して翻訳を読んでいるわけだから、そっちのが収まりがいいかな。「東海道四谷怪談」「牡丹灯籠(か累ヶ淵)」と日本三大古典ホラーである。

もちろん「耳なし芳一」「貉(のっぺらぼう)」「雪女」といった話は有名過ぎて日本人なら誰でも知ってるだろ?レベルである。そういう超有名怪談が含まれている短編集なんだけども、改めて読むとかなり印象が違う。ホラーかというとそういうものでもない、という感覚なんだ。民話的な懐かしさの方が先に立ってしまう。また、厳密に怪談というわけでもない怪異譚も多くて、確かにスピリチュアルなものが関わる話ではあるのだが、その内実は深い愛情の表現だったりする。「雪女」だって情愛深い雪女の姿が心に染み入るし、生まれ変わって再婚する「お貞の話」など、ロマンチックと言えばまさにそう。怪異にはその物語的な「意味」があるわけだ。そして「元話が中抜けしている」などと言い訳しつつ、あえて空白を残しつつ語られる話の数々。読者が自分から「意味」を探すように促されているかのようだ。

こういう認識は、日本社会のネイティヴである私たちの認識とはやはりズレている部分があるのだろう。外来者が驚きで目を見開いているような、そして日本文化を理解しようと懸命に頭を働かせているさまをビビッドに今の日本人である私たちが感じる。そういう面白さのようにも思うのだ。

開国により欧米人が日本を訪れた手記はいろいろと刊行されている。アーネスト・サトウやオールコック、シュリーマンならまだ幕政期であるし、明治初頭ならイザベラ・バードの旅行記は徹底している。そういう手記を改めて編み直した著書として渡辺京二の「逝きし世の面影」があり、いかに欧米人がかつての日本に魅了されていたかが分かるのだが、そういう系譜の最後のものがこの「怪談」なのだ。近代化の中で失われつつある「逝きし世」の記憶が、このような庶民の一見非合理であるがその奥に理を越えた納得感をもった「生き方」として、八雲の著述に定着されている。

これが一番はっきりしているのが「骨董」に収録の「ある女の日記」。八雲が入手した庶民の女性の日記を八雲の解説とともに収録している。役所の小使いの夫の後妻に収まり、3人の子を産みながらいずれも命短く去り、本人もおそらく40前に亡くなっている。客観的には幸せではないかもしれないが、身内を和歌や俳句を交わし合い、神社仏閣に参拝し、芝居を見物しといった日常が淡々と記されている。この淡々とした「生き方」が、まさに江戸からつづく庶民の「逝きし世」の生というのものなのだろう。

「怪談」もホラーではなく、そのような「逝きし世」の生を彩るファンタジーとして理解すべきだろう。


No.1523 9点 メデイア
エウリピデス
(2025/12/30 14:37登録)
弾十六さんが「オイディプス王」をされているから、まあギリシャ悲劇もいいじゃないの。というわけで子殺しを題材にした「メデイア」である。
「オイディプス王」は言ったらなんだが、殺人というよりハズミで殺しちゃったに近いからね。こっちは実の母親が自分の2人の子ども(幼児)を明白な意志の下に殺害する。だからこそ、ミステリ的には明白な「ホワイダニット」の作品になるというものだ。

異郷からの冒険者イアソンと恋に落ち、祖国の宝物を奪って故郷を捨てたコルキスの王女メデイア。しかし、ギリシャに戻ったイアソンは、コリントス王家の姫と打算的な結婚をしようする。二人の幼児を抱えたメデイアはイアソンに訴え、婚家の主クレオンに懇願するが、追放が決まる。復讐に燃えるメデイアは花嫁とクレオンを贈り物に仕掛けた毒で毒殺し、それに愕然としてメデイアを詰るために訪れたイアソンに、すでに子供も殺したことを告げる。そしてメデイアは神が遣わした竜車に乗って去る。

かなり血なまぐさい話である。

女というものは他のことには臆病で、戦さの役には立たず、剣の光にもおびえるものですが、いったん、夫婦の道をふみにじられたとなると、これほど残忍な心を持ったものもないのですから。

魔女メデイア。イアソンの冒険の成功もメデイアの魔術と知略に大きく負っている。そしてメデイア自身の恋は、祖国を捨て、弟を惨殺しなどの大きな代償を払っている。その犠牲と貢献が全くの無駄であり、夫イアソンは自身の利益のために新しい妻を迎えようとしているのだ....

だからこそ、メデイアの復讐に道理はある。花嫁と父王を毒殺するのはまさに魔女の矜持でもある。しかし二人の子を実の母が手にかける....この「謎」が最大の作品テーマでもあるし、このギリシャ劇が高い知名度と上演機会を今でも持つ理由でもある。だからこそ、本作は「ホワイダニット」として見られるべきなのだ。

イアソンとの直接対決では「あなたの苦しめようために」とメデイアは突き放す。しかし、その後にメデイアの祖父である太陽神ヘリオスが遣わした竜車に乗って去る姿は、かぐや姫にも似ている。天から遣わされた者は地上に痕跡を残さずに去らなければならないという、浄化の儀式めいた供犠にもメデイアの子殺しは見えるのだ。ギリシャ劇の宗教的背景からこれが正解に近いのかもしれない。

しかし別伝もある。実はメデイアは子殺しのつもりはなく、神殿に匿ったさいの過失死だったという話、国王父娘の復讐のためにコリントス人に殺された、さらにその死の責任をメデイアになすりつけたなどなど、これを冤罪とする諸説がギリシャの昔からある話でもあるのだ。それほどにこの子殺しの衝撃が深いものだったことが窺われもする。

しかし、劇の直接のコンテキストから外れれば、外国から来た魔女メデイアという異質な存在の問題とも捉えることができよう。
底知れぬ邪悪な知識を備え、イアソンを救うために、自分の弟を殺して死体を撒いて、追跡の船団を足止めした伝説の魔女。そしてイアソンの復讐のために、ぺリアス王を欺いてその娘たちに殺させるという策略までもめぐらせた智慧。このような「悪評」と畏怖が、「魔女メデイアならば子殺しもありうる」というありえない行為の「構図」を成立させたのだろう。そこに「理由」を見出す行為が、「なぜ?」というホワイダニットなのだ。

ありえないからこそ、ありうる。
このダイナミズムがホワイダニットが抱える逆説である。ギリシャの昔から私たちはそれに魅惑され続けているのだ。


No.1522 7点 スターヴェルの悲劇
F・W・クロフツ
(2025/12/30 10:53登録)
昔読んだ作品の再読でもあるから、やっぱり元読んだ版で読みたいなあ、と思ったので、あえて番町書房イフノベルズ版で。解説が乱歩の甥の松村喜雄で、乱歩と名古屋の井上良夫(戦前での本作の抄訳者でポケミスに収録)と、もう一人の翻訳者(未刊だそうだ)石川一郎のマニアの友情の話を書いていて、これが非常に興味深い。乱歩自身はアリバイ崩し作品が苦手で、クロフツも「樽」が嫌い、だから乱歩の興味は非アリバイ作の本作に集中し、本作を巡って三人のマニアが友情の中で競う話を紹介している。

本作はクロフツ苦手(でも嫌いではない)な評者でも面白い。しかしその面白さは「警察小説の面白さ」という印象が強いんだ。フレンチ警部もいろいろと仮説を立てて堅実に捜査していく。ハズレを引くのもしばしば。この「ハズレ!」を面白く見せ、「アタリ」に一見見えない「アタリ!」で驚かせるのが、警察小説の面白さだと思うんだ。本作の面白さはそういうこと。意外なくらいフレンチ警部が「名探偵」じゃないし、仮説を立てて崩れてはビックリするのが面白い(フレンチは気の毒だがw)。そういう意味じゃ鋭すぎの上司のミッチェル警部が「名探偵!」かもよ(苦笑)

いやそういうクロフツの「リアル」って、実はホームズにはあって、いわゆる「黄金期パズラー」で失われたもの、という印象もある。ホームズだと職業犯罪者との闘争が話の中軸にあることもあるわけで、そういうリアルさが意外なくらいにクロフツに息づいているのかもしれないんだ。乱歩がクロフツを「犯罪実話っぽい」と嫌っていたあたりが、乱歩の「日本ミステリ受容の功罪」というべきものだったりするのだ。

乱歩は、クロフツの代表作と言われる「樽」が好きではなかった。「探偵小説は、創意と異常なシチュエーションがあってこそ、醍醐味を感じさせるのだ。探偵実話は軽蔑するよ。事実あった犯罪と探偵小説であつかわれる犯罪は別のものだよ。「樽」は犯罪実話を思い出させるんだ。ぼくの体質には向かない作品だね」と、云っていた。

これが戦前の乱歩のミステリ観として、乱歩を親しく知る松村氏の思い出である。


No.1521 6点 猫と鼠の殺人
ジョン・ディクスン・カー
(2025/12/29 14:22登録)
ポケミス「嘲るものの座」で読了。タイトルがカッコいいもん。この手のカッコいいタイトルはたいがい文語訳聖書の詩編が出典。

内容的には「カーって読者が推理したところで絶対に当たらない!」を体現したような作品。散々引き回されたうえで、ラストシーンでの対決で「そういう構図」が出来上がるのを待つ。それがカーなんだよね。そういう作品と思えば、別に失敗しているわけではないんだ。

猫がネズミをいたぶるように、被告をいたぶる悪癖がある判事が、まさに殺人の現場で取り押さえられるがごとき状況で事件が発覚した。しかし判事は茫然自失の状況で、怪しげな説明しかしなかった...いやそういう話でかなりシンプル。メイン登場人物も犯人を入れて5人。なのに真相はメチャ複雑で、ダミー解決もそれなりに驚くようなものを、さらにひっくり返す。まあ当たるわけなくて、カーの手の内で転がされるのを読者的には楽しめるか?が主眼。

評者は中期のシンプル設定のカーには好感が強いんだ。まあだから、あまりに技巧的な真相は「マジ?」ってなって、呆れ半分だけど嫌いじゃないよ。
(たぶん作者には「帽子蒐集狂事件」を再構成した感覚があると思うんだ...)


No.1520 5点 宇宙船ビーグル号の冒険
A・E・ヴァン・ヴォークト
(2025/12/26 17:25登録)
SFこんなの読んでなかった系。要するにスぺオペって言われるタイプの作品だからね。まあそれほどスぺオペスぺオペしてないけども、銀河宇宙を探検する宇宙船ビーグル号が遭遇する宇宙怪獣(BEM)たちとの闘争を描いた作品。

猫みたいな見かけだから油断して船に入れたら金属壁でも突破して船内で暴れる奴、乗組員を精神攻撃してくる鳥人、岩のような頑丈な見かけで宇宙空間を漂っていたのを拾ったら金属の中に潜り込んで出没自在な奴、そして...と連作中編集みたいなノリで4種のBEMと戦う。
乗組員たちは探検船ということもあって、網羅的な分野の科学者たちと運用クルーの軍人たちである。主人公は総合科学(Nexialism)と呼ばれるジャンルの科学者...ということなんだけども、これがねえどうも評者とは相性悪いな。科学と言えばそうかもしれないが、社会心理学を応用した経営学みたいなものと言えばいいのか?睡眠学習で知識を頭に詰め込んだり、催眠術でいろいろトラップを仕掛けたりする。これがねえ、どうもイカガワしい。オカルトだなあ。空想科学に文句つけちゃいけないのかもしれないが、薄っぺらい。また、主人公の親友みたいに登場する日本人の考古学者苅田が展開するのが、シュペングラー風の循環史観でこれもまあ単純化し過ぎなテツガクっぽい俗流歴史論みたい。気に入らない。

いやいや、確かに宇宙怪獣たちとの知恵比べみたいな戦い方は面白いが、人文系の学問についてのヘンに古めかしいイデオロギー臭が体質的に受け付けない。こまったな。いや50年代黄金期SFに、この手の古臭い社会史観が満載されている(アシモフもハインラインもそうだが)のが、当時は「リベラル!」ってもんだったんだろうが、今となってはどうにも扱いに困る。

ホントは「非Aの世界」がコジブスキーの一般意味論に影響を受けた奇書、という評判でその予行演習みたいなつもりで読んだんだけど、参ったな、どうしようか?
(そういや映画「エイリアン」のデザインソースの一つなんだな)


No.1519 6点 探偵小説の「謎」
事典・ガイド
(2025/12/24 22:52登録)
乱歩のエッセイ集として、昔からポピュラーだった本だ。要するに「続幻影城」に収録された「類別トリック集成」が資料集みたいなものだから、もう少しエッセイ風に補足しながら書き改めたものに、いくつか独立したエッセイを追加した内容である。もともと社会思想研究会の依頼でまとめた本だから、現代教養文庫の文庫本がオリジナルということになる。だから社会思想社が潰れるまでは継続的に手に入れやすい乱歩のエッセイとして親しまれてきたよ。
(豚がガウン着ているカバーが懐かしいな)

なので「意外な犯人」「凶器としての氷」「異様な凶器」「密室トリック」「隠し方のトリック」といったあたりが、「類別トリック集成」の敷衍部分になるわけだ。「密室トリック」はこの本のために新たに書き直したもので、事実上乱歩の密室分類の完成形になる。1956年の本だから、例の「五十一番目の密室」まで言及があったりするよ。「針と糸」の具体的な解説図まで付けているくらいに力が入っている。

なんだけどもね「変身願望」に1章割いて、「大統領のミステリ」に詳しく触れていたりするのが、いかにも乱歩らしいわけだ。まあここらへんの話題はたとえば弟子筋の渡辺剣次「ミステリイ・カクテル」と同工異曲でもある。それでも「探偵小説の根本興味はパラドックスなりと感ず。インポシブル興味とはパラドックス(思想の手品)のことなり」と、自身のメモを参照して述べているあたり、「面白いトリック」と「つまらないトリック」との違いについての言及になっている。学者的な分類というわけでもないんだ。評者もフィージビリティを振り回すのはどうか?と懐疑的なんだけども、それはやはりトリックに「逆説の味わい」があるかどうかを評価ポイントにしていることからでもあるんだね。

しかしね「類別トリック集成」のトリック論から離れた内容の「明治の指紋小説」「スリルの説」といった後半のエッセイは、ふつうに興味深い。「明治の指紋小説」では科学上の指紋による個人同定の進歩に合わせて、指紋を題材にした小説が出てきた歴史がまとめられている。確かに「赤い母指紋」は個人同定がテーマではなくて、それを欺く手段としての悪用の話だから、個人同定がメインの話がいくつかあるはずだ。でマーク・トウェインから2本見つけるのと、明治の英人落語家快楽亭ブラックの「幻燈」が先駆的な指紋小説だという話。たしかになるほど。
最後の「スリルの説」。これはミステリが理知一辺倒ではない、ということを乱歩が力説する。スリラー、大いに結構!と乱歩がしっかり主張。まあ乱歩自身は明智通俗もので一世を風靡したことに忸怩たる気持ちがあったようだけども、この頃は吹っ切れているのかな(いや評者、通俗ものの評価はそう低くはないよ)。でドストエフスキーをスリルの観点で評価するあたり、面白いw。いいじゃないか。そういえば来年はカラマーゾフしないとね。


No.1518 5点 骨董屋探偵の事件簿
サックス・ローマー
(2025/12/24 17:17登録)
評判がいいから期待したけども、ちょっと期待はずれかな。

キャラクター小説としてはなかなかハッタリが効いた造形で、そのあたりの達者さは窺えるんだけども、ミステリとしての面白さはあまり感じられない。いやたとえばさ、カーナッキならば怪異と合理の狭間の抜き差しの面白さみたいなものがあるし、サイレンス博士ならばシリアスなオカルティストとしての全力投球っぷりに感銘も受けるのだ。本シリーズはどうも設定しかない、といった感覚で事件がつまらないんだな。
本作でのオカルト要素はエジプト中心。ミイラ首切り事件なんてのもあるし、最終話はイシスの儀式についてのオカルトの話でこれだけガチの神秘小説。他は人間が起こした犯罪を骨董店主モリス・クロウが解決する。犯行現場で「除菌済み」クッションで数時間寝ることで、犯罪場面の残留イメージを脳に定着させることができると称し、それを手がかりに真相を見破る。この残留イメージが意外にしょぼい。そのイメージの「現像役」で娘のイシス・クロウがファッショナブルな絶世の美女なのに、ストーリーではただの補佐役。あまり生気がないなあ。設定がかっこいいのに活かしきれてないと思うんだ。

ストーリーとしては絞殺者の手型にこだわった「ト短調の和音」がいいか。本作登場の悪魔的ピアニストの造形が面白い。

だけど、ツタンカーメンの王墓発見は1922年だから、本作のエジプト趣味はツタンカーメンブーム以前のものということになる(連載は1913年開始、書籍は1920年。だから結構古めの作品)。黄金の暁みたいなオカルト結社とも関わりがあったようだけども、エジプト趣味はそういうあたりからの影響だろう。どっちかいえば世紀末趣味の部類かもね。


No.1517 6点 夢遊病者の姪
E・S・ガードナー
(2025/12/17 13:32登録)
ここからはハヤカワ版になる。やっぱり次回予告が読みたかったから、創元優先だったよ(苦笑)

大金持ちの夢遊病者の姪が、伯父のトラブル解決をメイスンに依頼する。メイスンって「殺人事件専門」というわりに、「殺人事件が起きそう!」となるとヘンに鼻が利いて(笑)民事事件でも首を突っ込む。そりゃ夢遊病者が夢遊病中に犯した犯罪は裁きうるか?って弁護士としては面白いからね。予感通りにメイスンの鼻先で殺人事件が起きてしまう。そうしてみるとペリー・メイスンも「防御率の悪い」名探偵だな(苦笑)そんな状況でメイスン自身も第一発見者であり、後の裁判シーンでも、弁護士兼証人みたいな厄介な立場になったりして、裁判自体が???という感じになってもいるよ。

裁判シーンは大きな中断があって、合わせて60ページくらい。意外にウェイトが軽い。邦題ではタイトルはちょっとしたダブルミーニングだな(原題ではそういうニュアンスはありえない)。で評者的にはこういうの好き!ってなるナイスなアリバイトリックがあるから印象がいい。

やはり前作「門番の飼猫」あたりから、やはりタッチが変わってきていると思うよ。初期作って比較的少人数の人間関係だったのが、複雑化しているようにも感じる。また「チョッキに親指をかけて」うろうろと歩き回って考え込むシーンがトレードマークにもなれば、デラくんとの関係も思わせぶりになる。シリーズとしての人気を意識して書くようになっていると感じる。
(肉切りナイフ大量購入は、食器店主がヤな奴なこともあって、メイスン、意地になったね!って思って読んでました...)


No.1516 6点 箱の中の書類
ドロシー・L・セイヤーズ
(2025/12/16 22:13登録)
さてセイヤーズの追補もこれで終わりか。ピーター卿が出ない単発ミステリ。箱の中に手紙やら供述書やらが入っているという体裁で、それを順に読んでいく。ホイ―トリーの「マイアミ沖殺人事件」みたいな捜査ファイル形式っぽさを感じたなあ。そういうリアル感。手紙だけではなくて、陳述書とか新聞記事とかそういうものも入っていて、単純に書簡体ミステリという感じでもない。被害者の息子が父の死の真相を調査して集めた資料集を順に読んでいく。

叙述ミステリとかそういう狙いがあるわけではない。

とはいえ前半の家族の間での微妙な感情のもつれを描いたあたりは、多視点の書簡体による心理小説っぽさは出ているよ。ミステリとしては純粋にハウダニット、というか意外な証拠というものかな。本作は「茶の葉」の共著者ユーステスが原著ではやはり共著として入っているのだけども、科学考証で貢献しているようだ。このネタ、科学に興味ある人は聞いたことあると思うけど、実は19世紀に発見されているものみたいだね。

俗物の紳士とその後妻、下宿人の小説家と画家。この狭い人間関係から起きたキノコの毒による毒死。被害者の紳士は妻から見れば抑圧的な暴君で俗物、しかし趣味はアウトドアと料理。キノコに詳しいナチュラリスト、というなかなかヒネったキャラ。息子は「キノコのプロの父が間違えるわけがない!」と事故死ではないと断定。
紳士の取り巻きみたいに画家はなっていくけど、相方の小説家はとある事件で仲たがい。こういう人間関係が前半で丁寧に描かれていく。アーチストな下宿人は俗物の紳士と一家を内心馬鹿にしているところもあれば、女中のオバサンが妄想で人間関係を混乱させるとか、人間の厄介さが良く描かれているよ。

で、小説家の方は作中で結婚。お相手がセイヤーズ女史っぽい女流小説家。科学のネタを生命の神秘やら神の創造に結び付けたペダントリが、安定のセイヤーズ。第一部「統合(Synthesis)」、第二部「分析(Analysis)」の対比は、キュビズムの種類からの採用じゃないかな。あそうか、書簡体とか陳述書とかの多面的な記述が「ミステリのキュビズム」という狙いなのかなあ。

いやセイヤーズ、こんなのも書くんだね。


No.1515 4点 地獄の道化師
江戸川乱歩
(2025/12/14 17:46登録)
春陽文庫だと本作と「一寸法師」が合本になっている。「一寸法師」が最初の明智通俗モノであり、本作が戦前最後の明智通俗モノであるわけで、ナイスな合本だと思っているんだよ。合わせて比較しようというのが今回の企画。

で本作でも死体展示やら入れ替わりやら乱歩のクリシェが存分に展開された作品で、意外な犯人とか人間消失とか乱歩の手の内なアイデアが投入されている...わけだけど、そういう要素が全部、紋切型のクリシェになってしまっているんだよね。確かに「乱歩ワールド」なんだけども、それらの要素がリアリティが剥奪された状態で組み合わされることで、マニエリズムというような状況に陥っている。「猟奇」のゾクゾクするようなリアリティが完全に失われて、「お約束」の世界になってしまっているわけだ。

だからこれを肯定的に見たら遊戯文学として「ミステリの純度」は高いんだ。本サイトでの肯定的評価はそういうことになると思う。しかし評者は...「一寸法師」の猟奇のリアルに圧倒的に軍配を上げるよ。

比較して読むというのも、なかなか面白いものである。ちなみに戦後の少年探偵団モノの「魔法人形」は本作のモチーフをメインで流用。
(まあ、ディズニーランドならぬ「乱歩ランド」ができたら、評者なんか真っ先に通い詰めるタイプなんだろうけどもねw)


No.1514 7点 一寸法師
江戸川乱歩
(2025/12/14 17:36登録)
春陽文庫は本作と「地獄の道化師」が合本である。いやこれ考えてみたら、最初の通俗明智モノが本作で、戦前最後の通俗明智モノが「地獄の道化師」なんだ。だから通俗明智モノとは何か?ということを考えるときに絶好のカプリングなんだよね。そういう観点で俄然ヤル気が出てきた。

実際、本作って「猟奇」が一貫したテーマなんだ。冒頭の浅草公園での安来節の見物を「かれが安来節の定席からこそこそと出てくるところを見られでもしたらと思うと、気が気でなかった」という程に下品で猥雑な芸能だったことが分かるし、そこから浅草公園でのいわゆる「ハッテン場」のハッテン場面を見物することになる。これって歴史的に貴重な記録だったりするよ(苦笑)。そして一寸法師が抱える女性の腕を目撃し、一寸法師を「何かしら異常なものを求めるはげしい冒険心」によって尾行することになる。ここに「猟奇」という観念が余すところなく表現されていると思うんだ。猥雑さ・残酷さ・性的逸脱などなどを冒険心によって一挙に肯定する衝動として「猟奇」が表現されている。だからこそこの猟奇者である小林紋三氏は、ヒロインである人妻百合枝にかしづきつつ、性的なアヴァンチュールも辞さないような態度を取ったりもする。そして百合枝は一寸法師に暗闇で迫られて「そのヘビのような執念に、ある魅力を感じだしていた。それはあわれみの情であるというよりも、もっと肉体的ななつかしさであった」とまで描写される。

いやこれが「猟奇」というテーマなんだ。この「猟奇」をリアルに表現できていることに、乱歩の意気込みも感じられる。

ミステリとしてはよくできているんだ。一寸法師の正体を巡る話(事件の真相とは関連しないしね)を別にしたら、いろいろな要素がそれなりのフィージビリティがあって、けしてファンタジーになっているわけではない。死体展示の理由だってちゃんとあるし、人間の入れ替わりも無理が少ない。モダン・ディティクティヴって言ってもいいかもよ。なかなかリアルな作品になっているわけだ。真相の二転三転も興味深く、乱歩自身の自己嫌悪に反して、理想をちゃんと盛り込めている作品なんだと思うよ。

まあラストの匂わせがなかなかお楽しみ。明智クンだって正義の味方のフリをしながら、立派な猟奇の徒なんだからね。


No.1513 6点 壜づめの女房
アンソロジー(国内編集者)
(2025/12/13 23:39登録)
さて早川書房「異色作家短篇集」でも、アンソロのこの巻は最初の刊行(第三期,1965)だけでしか出なかったために、稀覯扱いをされている巻としてその筋では有名。まあ第三期は「くじ」以外は改訂版(1974,76)ではオミットされたので、新装版(2005-2007)でしか読めない。この新装版ではアンソロは「内容が古くなった」ということで、完全に新しい内容で差し替えて3巻編成になった。だから旧版アンソロは手に入れづらく、古本は5000円程度の値がついている。図書館にあったのでありがたくさせて頂く。

内容は、
「夜」 レイ・ブラッドベリ
「非常識なラジオ」 ジョン・チーヴァー 
「めったにいない女」 ウィリアム・サンソム
「呪われた者」 デイヴィッド・アリグザンダー
「駒鳥」 ゴア・ヴィダル
「壜づめの女房」 マイクル・フェッシャー
「破滅の日」 ロバート・トラウト
「剽窃」 ビル・ヴィナブル
「崩れる」 L・A・G・ストロング
「プレイバック」 J・T・マッキントッシュ
「二階の老婆」 ディラン・トーマス
「変身」 マルセル・エイメ
「わが友マートン」 ジュリアス・ファースト
「災いを交換する店」 ロード・ダンセイニ
「私の幽霊」 アンソニイ・バウチャー
「マダム・ロゼット」 ロアルド・ダール
となっており、本編で採用された作家ではブラッドベリ、エイメ、ダールが収録されているだけで、他の作家を含めて日本語版EQMMで紹介された作品だそうだ。解説が短いのだが、いわゆる「奇妙な味」とは「文学と大衆小説の間にある短編」と定義している。とはいえ、この定義はやや問題ありで、おそらくアメリカの出版事情を考慮すると、専門ジャンルで特化したパルプマガジンに掲載される「ジャンル小説」ではなく、ザ・ニューヨーカー、ハーパーズ、エスクァイアといったスリックマガジン(一般高級誌)に掲載された短編を集めた編集方針だと言いたいのだろう。
だから江戸川乱歩的な定義とは断絶していて、ミステリ・SF・ファンタジー・ホラーといった「ジャンルに収まりづらいエンタメ」をとりあえず「奇妙な味」と呼んだ、とするべきだろう。ヴィダルの「駒鳥」なら少年時代を描いて文学性が強いことになるし、バウチャーの「私の幽霊」ならばホラーともSFともつかない「幽霊が死んだらどうなる?」という話。ダールのは「飛行士たちの話」収録の戦争中の女遊びの話。
秀逸はサンソムの「めったにいない女」がロマンスともホラーともつかない話でまさに奇妙。ヴィナブルの「剽窃」は小説アイデアを提供してくれる緑の小人をめぐる話でSFともユーモアともつかない。でもダントツにいいのはエイメの「変身」。オルゴールを手に入れるために老人三人を惨殺した死刑囚が突如赤ん坊に変身してしまい、死刑にすべきかで混乱する話。ファンタジーだけども根底にあるのは奇蹟譚。素晴らしい。

まあだけど「古臭いから」で新装版で全面改訂されたのは、全体から見ると仕方ないかな。


No.1512 6点 化石(いし)の記憶
たがみよしひさ
(2025/12/11 19:21登録)
たがみよしひさの作品はすでに探偵劇の「NURVOUS BREAKDOWN」を取り上げていて、そっちはギャグ味のある二頭身作品だけど、こっちはシリアス八頭身作品。しかもハードボイルドSF伝奇ミステリアクションとでも言った方がいい、かなり贅沢なジャンルミックス作。「AKIRA」の対抗馬、というのか同じ週刊誌サイズで秋田書店から出版。大友克洋と革新性で競った作家だからこその待遇でもある。

N県の寒村「赤森」に伝わる「ぬし」の伝説。美袋竜一は両親の死にかつての「ぬし」出現が関係していることを知り、その仇討ちのためにも赤森を訪れた。そこで出会った考古学者本庄は7000万年前の人類の頭蓋骨化石を見つけてしまう...伝説の宝「竜哭」を手に入れようとする複数の勢力の抗争に竜一は巻き込まれつつ、「ぬし」の正体に迫っていく...

という話だけど、この集団抗争劇がキャラが多くて関係性がややこしい。裏切りやら各陣営の合従連衡が複雑で、ここらへんにミステリ的な興味が出ている。たがみよしひさ特有のひねったセリフ術を生かした竜一のハードボイルド的造形がなかなかいい。まあ確かに「軽井沢シンドローム」の相沢耕平だってナンパでやや丸くなってるけどもハードボイルドと言えばそうかもな。竜一の方がずっとシャープな造形。
でも話のキモはSF。「ぬし」の正体はジュラ紀の恐竜で、「竜哭」は一種のタイムマシン。だからクライマックスはタイムワープと恐竜の襲撃というSFアクション。「ジュラシック・パーク」より全然早い。全3巻だけど3巻目はジュラ紀サバイバルSF。マジのたがみの画力が炸裂するアクション。絵にはファッション画風の立ち姿の美がある。最後の方にキャラたちの大部分が集まって立っているあたりがなかなかに痺れる良さ。

SFはいい程度にわけが分からなさがあるか。意外に「伝説の作品」という評価があるなあ。たがみよしひさの芸風の幅広さとエンタメ全体への知識の広さが産んだ作品と言えよう。力作。


No.1511 6点 裏切者
ジョルジュ・シェルバネンコ
(2025/12/10 13:17登録)
日本に江戸川乱歩賞があるように、イタリアにはシェルバネンコ賞が、ある。

2010年代に論創社から2冊シェルバネンコは出版されているけども、マニアの憤激を買ったハヤカワの世界ミステリ全集で、早くも1970年代に「裏切者」が翻訳されている。ソ連の「ペトロフカ、38」とかドイツの「嫌疑」と同じ巻だけど、その2つはポケミスから刊行されているにも関わらず、本作はポケミスにならなかったんだよね。あとがきの座談会によるとルドヴィコ・デンティーチェ「夜の刑事」がポケミスで紹介されて、シェルバネンコも本作を含む2冊の翻訳権をゲットしたそうだが、結局シェルバネンコのポケミス入りは叶わなかった。まあ「薔薇の名前」だって凄い凄いと聞かされながら、翻訳が遅遅と進まなかったことから見ても、イタリア語をエンタメの水準で翻訳できる翻訳家がレア、という事情も伺われるな。実際本作の翻訳も生硬。まあ文章が文学寄りでもあるし、英米エンタメの客観的な語り口じゃなくて、詩的・誇張的な感情表現が多いから訳しづらい作品でもあろう。

主人公は安楽死に関わったことで服役し医師免許を取り上げられ、裏街道を生きることを強いられた医師、ドゥーカ・ランベルティ。親友のミラノ警察のカッルア警部の影の助けにより、警察の協力者として細々と生活を送っている。持ち込まれるのは堕胎やら....今回の依頼人の要望は「処女膜の再生手術」だった。結婚相手が処女にこだわるために、何としても処女でなければならない...と話を持ち込んだのはその女の隠れた恋人。ドゥーカが服役中に知り合った悪徳弁護士ソンパーニの紹介だという。女は手術に訪れ、恋人が取りに来るからと軽機関銃の入りのバッグを置いていった。ソンパーニはその直前に運河に車ごと落ちるという不審な死を遂げていた。親友のカッルア警部に報告したドゥーカは、刑事と共に女を追跡する。果たして嵐の夜、運河沿いに車を運転する女と恋人は、突然現れた対向車からのマシンガンの銃撃を受けて、運河に落ちた....

こんな始まり。主人公ドゥーカ医師の屈折感が面白い。裏街道を歩まざるを得ない元エリート。読んでいて近いのは「新宿鮫」。ハードボイルドっぽい孤立感があるし、事件は荒っぽく、ドゥーカ自身が医学知識を生かした拷問をしたりする(をい)。事件はギャングの抗争だけではなく、第二次大戦中の因縁も...ドゥーカはその手術を持ちかけた男に「医師免許の回復を手伝おう」と持ち掛けられもするし、カッルア警部からも医師免許回復に尽力しようと申し出がなされたりする。しかし、ドゥーカはガリレオが宗教裁判した「転向表明」の文書で誘いを断る...

なかなか、アンチヒーローな陰影感があって、いい。エンタメ度は少し低いが、興味深い作品。
(ハヤカワ世界ミステリ全集もあとガードナーと37の短編だけか。来年やろう)


No.1510 5点 「茶の湯」の密室
愛川晶
(2025/12/09 19:10登録)
「茶の湯」の密室、というタイトルをみて急遽読むことにした。表題作と「横浜の雪」と中編2作を収録。

このシリーズは落語界を舞台に「日常の謎」系のちょっとした謎を解きつつ、ネタの落語と人間模様を描いていくタイプの作品のようだ。だから「茶の湯」だってネタ元は古典落語の「茶の湯」ということ。「寝床」の義太夫とか、「蕎麦の殿様」のそば打ちとか、偉い人の趣味に付き合わされる周囲の迷惑の話w
でこの落語「茶の湯」のデテールのヘンテコなあたりをツッコむという、野暮と言えば野暮な趣向で、真打ちになったばかりの落語家の山桜亭馬伝、その妻亮子、師匠でリハビリ中の馬春のトリオが主人公。この馬伝が芸にマジメ(すぎ)で「茶の湯」のデテールのおかしいところを指摘されて悩むとか、「横浜の雪」では三題噺の会で出たお題で作った新作を師匠にダメ出しされてで悩む、というあたりの芸譚っぽいあたりが読ませどころ。それに絡めてややミステリ的な趣向(消えた猫、冤罪の猫殺しで落語会を追われた弟弟子の復権問題)がある。
まあ、落語というのも噺によっては伏線いろいろ引きまくりのものもあるわけで、ミステリ的といえばそうかもね。そういう着眼点の「軽い謎」と人間模様、落語界の裏話を仕立てたエンタメ。

だからちよっとした仕込みがあって、あれ?なるほど!とかそういうタイプの「謎」感覚。悪くはないけど、小ぶりかな。馬伝はマジメだから、「茶の湯」の題材の茶道についての知識を得るため、妻亮子が誘われた茶事がどんな感じだったのかを知りたがる、というエピソードがある。マンションの一室に茶室を作って、というなかなかリアルな設定の「夕さりの茶事」。「密室」は大した話じゃないが、ちょっとした「建築の謎」がある。茶事の内容描写は適切だけど、茶人の監修が入ったそうだ。

「横浜の雪」は、半七でもあった尊王攘夷の浪士が横浜の異人に嫌がらせをする事件を背景に組み立てたオリジナルの噺がネタ。実際に柳家小せん師匠に実演までしてもらったそうだ。これは馬伝が三題噺のお題からヒネリ出した噺を、代打の師匠馬春が施した「変更点」が一番の読みどころかな。

タイトルに期待し過ぎたが、まあ普通。悪くはない。けどネタでピンとこないものもある。仕方ないか。
(馬伝のマジメっぷりに、桂枝雀みたいな危うさも感じるなあ...)


No.1509 8点 闇に踊れ!
スタンリイ・エリン
(2025/12/07 12:20登録)
ノンストップ級に面白いネオ・ハードボイルド。エリンと言えば「第八の地獄」でネオ・ハードボイルド(非ハメット)の始祖でもあるわけだけども、本作では盗まれた美術品を取り戻すちょっとハイブラウな私立探偵が主人公。テイストは「空白との契約」の延長線だけど、同様に恋人との恋愛模様を絡めつつ、本作ではニューヨーク(ブルックリン)の歴史とポリコレ(人種問題)に踏み込んでいるあたりが、ネオ・ハードボイルドらしい味わいになっている。だって1983年作品。自ら生み出したネオ・ハードボイルド潮流から自身がいろいろと社会派的側面を取り入れ直した作品だろう。

このところのwokeの歴史的退潮で、ポリコレという言葉が非難と軽蔑の対象へと変化してしまったわけだが、実のところ最近の社会問題というわけでもないんだ。1980年代くらいに「政治的に正しい○○」といったかたちで、アメリカではこんなヘンテコなことが起きているよ、という話が伝わってきていた。またその頃には「座頭市」についての言葉狩りも始まっていたし、「ちびくろサンボ」やカルピス広告への自主規制も1980年代の話だったりするからね。なかなかセンシティヴな問題ではあるのだが、アメリカではもうアファーマティヴ・アクションが本格化し「逆差別」の声も上がっている。これが本作の背景にあるわけだ。

本作ではイタリア系の主人公ミラノは、インテリの美術専門私立探偵として隠密に活動しているわけで、盗まれたブーダンの絵(渋い!)を取り返すべく雇われる。目星はすでにとある画廊についていて、そこにどうブーダンが隠されているかが焦点になる。そのためにミラノは画廊の受付嬢であるクリスティーンに接触。クリスティーンはミラノに協力する代わりに妹ロリーナの不審な収入についての調査をバーターで要求する....このクリスティーン、黒檀のようなスタイル抜群の黒人美人!さらに演劇活動をしていているんだけど、これがフェミニズムと人種問題を重ねたようなwoke全開の芝居(苦笑)。しかし...この黒人一家が住んでいる古いアパートと、その隣にある家主のクラシックな豪邸。元大学教授の家主は古いアパートの経営に苦しむだけではなく、ブルックリンの変遷について深い怒りの感情を抱いていた。

でミラノの調査とこの元大学教授の家主カーワンの告白とがカットバックされる「異例のハードボイルド」。技巧派エリンの面目躍如。この大学教授はニューヨークの先住民と言えるオランダ系の旧家であり、ブルックリンがアイルランド系→イタリア人→ユダヤ人→黒人、と住民を変えつつスラム化していくことを深く憤っている。さらには自身が勤める公立大学でもリベラルの偽善から「自由入学」と呼ばれる無試験入学が認められて、大学の権威が崩壊するのにも手をこまねいていたという負い目も感じていた。そのために黒人を「ブランガ」という蔑称で呼んでいる...このカーワンがガンで余命いくばくもないことから、自殺的な報復感情によってトンデモない無差別殺人を企んでいた...

だから本作の本当の狙いというのは、そういうリベラル白人の傲慢と偽善にあるわけだ。まさにリベラルが世界的な崩壊を起こした2025年に読むべき本だったよ。

これで邦訳のあるエリン長編と短篇集はコンプ。いや後半の長編はおしなべて長いけど、小説的な充実感・面白さは素晴らしいな。さすがエリンというべきだ。
(ちなみにカーワンはイタリア系のミラノをマフィアと誤解する!なるほど)


No.1508 5点 モンタギュー・エッグ氏の事件簿
ドロシー・L・セイヤーズ
(2025/12/04 09:37登録)
ピーター卿の残りで「アリババの呪文」を収録するという、何とも困った短編集。で「アリババの呪文」がつまらない、というのがさらに困ったあたり。確かにピーター卿というと短編とか「殺人は広告する」に見られるような冒険者的体質はあって、ある意味ホームズの後継者ポジションがしっかりある人なんだけどもね。何か「ビッグ4」を読まされたみたいな気持ちになる。

でプラメット&ローズ酒造の販売員として地方を回るセールスマン、モンタギュー・エッグ氏の探偵譚6編は、それぞれ短いパズルであまり面白味がない。「販売員必携」を引用しつつ...というキャラも日本人からすると妙にスベってる。「訳者あとがき」によると宗教的なパロディの側面もあるみたいだが。しいて言えば不思議な凶器である「毒入りダウ'08年物ワイン」か。まあ業種を問わずにビジネスホテル(というか「商人宿」という昔風の言い方がハマる)で互いに交流するセールスマン仁義といったものは興味深いか。

さらに6編のノンシリーズ短篇。これは後半3篇がいい。「ネブカドネザル」はセイヤーズらしい衒学が前面に出ている作品だけど、「連想ゲーム」を大がかりなパントマイムでステージにして、隠し言葉を当てさせるオアソビを巡る話。語り手がどんどんと追いつめられて...のサスペンス。「屋根を越えた矢」は広告のつもりが脅迫になるという皮肉な味わい。「パッド氏の霊感」は犯罪逃亡者をお客に迎えた美容師の秘策が炸裂!いやこれは名作。パッド氏の美容室はこりゃ流行るよ(苦笑)

というわけで、面白い作品がないわけではないのだが、全体的にはセイヤーズの中でも二線級。編集意図がなかなか不思議。


No.1507 7点 門番の飼猫
E・S・ガードナー
(2025/12/01 11:24登録)
初期作では随一くらいに派手かも。「チョッキに親指を突っ込んでイライラと考えに耽りながら歩き回る」メイスンの定番ムーブって本作からなのかな。さらにデラくんとメイスン、新婚旅行に出かけてしまう(苦笑)熱烈なキスも交わしちゃうぞ。

「なにをかくそう、弁護士は、片手間仕事で、実は冒険家なんだ」とかね、ちょっとハッチャけ気味のメイスン、本作での法廷シーンは本来の陪審裁判ではなくて予審で50ページほど。だからデラくんもメイスンも証人尋問されたりするという意外な展開あり。

まあフィージビリティを重視する読者は嫌がる作品かもしれないな。評者はアバウトなのでそこらへんは素直に楽しむ。意外に本作あたりからシリーズ物としての手ごたえを本格的に感じて、作者もヴァラエティを用意してきたのかな。単純に「ぺリイ・メイスンの世界」といった「楽しさ」が感じられる。
けどさあ、創元小西宏訳

「ねえ、記者(ぶんや)さん、あーとはいえない、二人は、わかあい」(14章末尾)

なかなか訳文もハッチャけてる。ハヤカワどうなんだろう?
(あと本作の記述だと一酸化炭素が不燃性みたいに書いてあるけど、実は可燃性で爆発することもあるよ)


No.1506 9点 ハリー・ポッターと死の秘宝
J・K・ローリング
(2025/11/29 11:35登録)
さてハリポタの大団円となる7冊目。よくもまあ、ここまで書いたものだ。もちろん「ホグワーツの戦い」の最終決戦であり、今まで登場したキャラもここかしこに顔を見せる同窓会効果もあり。コリンくんの戦死とか胸が痛いなあ。

だからローリング女史、クールにキャラを殺していくよ。非情と言ってもいいくらい。最初のヤマの「七人のポッター作戦」ではハリーのふくろうでお馴染みヘドウィグが流れ弾で死んだりしてヒヤっとする。まあ別な重要人物もここで戦死するけども、確かに全体の展開を考えたときに、意味がない(ふくろう)、動かしづらいなど小説上の役割を終えているのが確かなんだ。

そしてビルとフラーの結婚式が暗転して一気に状況は不穏に。三人組は逃亡を通じて分霊箱の探索と破壊の任務に。ハリポタシリーズ後半に特徴的なんだけども、上巻に動きが少ないんだよね。その分上巻で丁寧に伏線を張っていることにもなる。下巻の中盤にようやく三人組はホグワーツに到着。そこから怒涛の伏線回収で、シリーズ全体の最大の伏線である、ダンブルドアの意図とスネイプに託した意味が明らかになっていく。ここらへんにミステリ的な興味があることになる。

だから最終巻まで読むと、ダンブルドアとスネイプの印象が百八十度変わるくらいのものなんだよね。日本のスネイプ人気もわかる(いや...評者はそこまで好きじゃない)。ある意味、主要キャラには完全な善人って誰もいないわけでもある。冒頭あたりでハリーがルーピンを辱めてたりするあたりは、反発も感じるし。それでも登場人物の間での家族的な愛情の強調がとりあえずジュブナイルの枠にシリーズをとどめているというべきだろうか。

結局のところハリーとヴォルデモートの共通性というのが、実は全体のキーみたいなものだったりするわけでもある。だから最後の19年後の描写で、ハリーの息子アルバスが「もしスリザリンに組み分けされたら?」と危惧する話というのは、まさにシリーズ冒頭のハリーの危惧でもあったわけである。そういう「危うさ」をうまくコントロールした話でもあるのだろう。いやダンブルドアも過去を覗けばそういう自分の危うさに足をすくわれ続けたわけなんだしなあ。

というわけでハリポタ完結。評者的にもいろいろと思い出深いシリーズだったりするよ。ローリング女史のキャンセルも終結したわけであり、ローリング女史が示した「勇気」がすでにハリポタで示されていたことが、なかなかに感慨深い。


No.1505 7点 キャンティとコカコーラ
シャルル・エクスブライヤ
(2025/11/27 10:28登録)
さて評者タルキニーニ邦訳三冊をやってしまって、エクスブライヤの翻訳コンプになってしまった。
本書がタルキニーニ第三作。第一作の「チューインガムとスパゲッティ」でボストンからヴェローナを訪問したお堅いサイラス・A・ウィリアム・リーコックがタルキニーニに感化されてしまい、タルキニーニの娘ジュリエッタと結婚した。ジュリエッタをボストンに連れ帰ったものの、なかなかヴェローナに戻ってこないのに業を煮やしたタルキニーニがボストンの娘に逢いに行く...そんな設定で、今回の舞台はピューリタニズムが色濃いボストン上流階級!

もちろんタルキニーニはお堅いボストンの人々の困惑のタネになり、ボストンで遭遇した冤罪事件で警察当局とは対立。婿のサイラスもタルキニーニを持て余し、ジュリエッタもそんな父を迷惑に思っているようだ....でもタルキニーニはメゲない。いやタルキニーニのいいところで、超絶にポジティヴなところなんだよ。読んでいて爆笑しながら元気が出るんだ。そんなポジティヴさでボストンでも意外な味方が続々と湧いてくる。爆笑モノの展開が続く中、殺人事件が続き、その中でタルキニーニが名指す真犯人は?

で実は結構細かいミスディレクションがあって、そういうあたりも面白い。文庫200ページくらいの短い話だから、それほど徹底してはいないのだが、それでも人間関係の綾がいろいろと仕込んである。「愛こそすべて」なタルキニーニは絶対に勝つ。人間とは愛、愛とは人間の情念と人間関係そのものなのだから(苦笑)

振り返るとエクスブライヤって、イモジェーヌもそうだけど、シリーズが進行していくにつれてキャラがこなれてきて、尻上がりに作品が良くなる傾向があるように感じる。タルキニーニもそう。多作家なんだからもっと翻訳すればいいのに。お笑い好きな評者はエクスブライヤを「お気に入り作家」に入れたい。

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