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ミステリの祭典

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斎藤警部さんの登録情報
平均点:6.70点 書評数:1367件

プロフィール| 書評

No.1287 8点 失踪者
下村敦史
(2024/09/25 22:12登録)
“――俺は気づいたぞ、樋口。”

三つの時系列カットバックで読ませる、雪の山岳サスペンス。 主人公と、失踪(?)した相棒に、脇を固める二人もみな山男。
南米の高山シウラ・グランデのクレヴァスにて発見された、ホラーもしくはSFチックな不可能事象。 こいつが意外と.. 速やかに謎は払拭された! と思ったら、間髪を置かずに沸き上がる、頭がねじ切れそうな程の不可解興味(相棒は、いったい何故..)。 そして染み拡がる故殺の疑惑。 そこからしばらくは 。。。美しい友情や別れ、仕事や恋愛に励んだり、何気に謎追いのシークエンスやらあって、、不意を突いてもう一度、今度はなかなか解けない強烈な不可能興味、覆い被さるように絡みついて同行する新たな不可解興味。 年下のヒーローにヴィラン。 ヴィランが目の前で発した、だが聞こえなかった言葉の謎。 山のビデオ映像に潜んでいた違和感とは何だ!? 逆デジャ・ヴュとは?!

さあ、あの出遭いのシーン、ミステリフレンドリーにして泣けるあのシーン、最高マジ最高。 そして、閃光が刺しに来る、あの再会のシーン、やばかった。 最後もう一つの、”最大の” 再会シーン。 これがあなた、もう言葉にならんのですよ。

ある疑惑については、読者目線の疑惑を上手に二段底の浅い方に誘っていましたね。 見事です。 さてあまり注目されない様ですが、実は、前述の ‘最初の不可能事象’ 発見の少し前に発見されたノーマル事象(若い女性の屍体発見)が、初期段階での有効な(ミスディレクションとまで言えない?)読者の目線を核心からちょっとだけ逸らさせる、淡くも大事な効果を担っていたのではないかと思うのです。

ある人物の本当の人間性が明かされる、一つのクライマックス部分、そのために必要な解決用のピースを嵌めるのに少しばかり隙間が出来ちゃって、結果的に無理矢理ガタンと整えた感はある。そこはミステリとして少なからず減点対象だが、物語としてはただひたすらに熱く、ダメージは最小に抑えられたろう。 やや安易な常套手段に見えなくもない「◯◯の◯」設定だって許せてしまうよ。

終わってみれば、少しネタバレっぽい言い方になるが、主人公も気づかないままに、美しき友情の三角関係が構築されていたという事か(四角とは言うまい)。
心底泣かせる心理的物理トリック(大阪圭吉の某短篇をぼんやり思い出す)は、結局物語の端緒と終結を結び付ける虹だったわけだ。。。。

作者は登山経験無しのまま、徹底的文献調査等だけでここまでリアリティ溢れる山岳ミステリをものにしたそうです。 山に限らず、自分の明るくない分野を徹底的に勉強(リスキリング)して自らのミステリに組み込むのが好き/得意な人の様ですね。


No.1286 8点 ギャルトン事件
ロス・マクドナルド
(2024/09/23 16:35登録)
うう~~ん、この小説は良い。 これは良いロス・マクだ。 ファンでなくとも読んでみるが良い。

死ぬ前に、若いころ家出した息子に会いたい 。。富豪ギャルトン家の未亡人から願いを聞き入れた弁護士セイブルは、旧友の私立探偵アーチャーに捜索を依頼する。 直後、身近の意外な所で殺人が! アーチャーはこの殺人と先の捜索依頼に通じるものを(よしゃぁいいのに?)直観した。 一方、家出息子の帰還は叶わなかったが、その忘れ形見で俳優志望の青年(未亡人の孫)が見つかり、ギャルトン家では大歓迎を受ける。 依頼主にとって案件は円満解決したが、アーチャーだけは満足せずに件の殺人事件、そして「孫」の真偽さえ疑い独歩的捜査を続け、ゆく先々でやくざ者、はぐれ者共の妨害を受ける。 そんな中、弁護士セイブルの妻が精神の病に蝕まれつつあると言う。。

“おなじ時刻の、おなじ双発機だった。スチュワーデスまでが同じだった。どういうものか彼女は前より若くなって、ずっとあどけなくなったようにみえた。「時」はまだ彼女の味方をしているのだった。”

どことなく明るい空気感のある、面白小説オーラを纏ったオープニングから心地よくテイクオフ。 良い意味で模範的ハードボイルド・ミステリらしい、機敏にして複雑、意外性に旨味のある展開が読者を掴んで離さない。 小泉○○郎氏を髣髴とさせる人物に、太宰治っぽい家出息子。 詩人と私立探偵、どちらも「シ」から或いは「P」から始まるんだよな。 温か過ぎて噴き出しそうになるほどユマラスな友情シーンもあった。 良い場面、さり気なく良い言葉のやり取りでいっぱいの作品だ。 登場人物もいっぱいだ。。 いい感じで夢見心地にさせてくれましたよ。

人並由真さん仰る
> 序盤からのサイドストーリー的な殺人事件という大きなパーツの組み込ませ方
おそらくはそれが巧妙に関わってこそ成り立った
クリスティ再読さん仰る
> 隘路
ここに遠くから焦点合わせてじっくりと、何層にも重ねた解決、幅があって分厚い真相に、そこから解きほぐされたような、光明あるラストシーン。
この本は、解決篇の後半だけは、早朝に覚醒して読むのが良いかも知れません。

反転のモトが中盤通してこれだけ大きな位置エネルギーを保ち、最後に運動エネルギーとして一気に解き放つ、そこにハヤカワ・ミステリさんの惹句でもある『人間悲劇の底にアーチャーが見いだした愛と希望』が控えめに輝いている構造、この尊さはなかなか他では味わい難いものがあります。

“ふたりは、老夫婦のように寄り添って午後の影が長くなり夜にとけこんで行くのを待っているのだった。”


No.1285 7点 謎の巨人機(ジャンボ)
福本和也
(2024/09/15 22:51登録)
大量の死人を運んで羽田に不時着したジャンボジェット機。 乗客、乗務員、生き残りは一人もいない。 こんな魅力的な、ある種のバカトリック発動を期待させかねない、物理的規模の巨大な謎を引っ提げて始まる本作。 空港にて異様な非常事態が判明するまでの、現役パイロットであった作者ならではの臨場感張り詰めるハードボイルド描写が実に、読者の襟首を掴みに掴む。 後からちょっとアホな造形の人物や、当時の通俗まっしぐらの展開など登場するが、この渋いオープニングのお蔭で、基底部に在る硬派なイメージはそうそう揺るがない(かな?)。
 
もう一つ、前述の「大量の死人」が実は、或るジェット機から全く別のジェット機へと何処かでまるごと移動させられていたと目される動かぬ証拠が見つかった!! その入れ替えが行われた場所はどこなのか?? 生きたまま入れ替えられたのか!? 全員、あるいは一部屍体となった状態ですり替わったのか?! 「大量の死人」自体の謎に負けず劣らずこっちの不可能興味もギンギンに強烈だ。 

“鉄工所、ラーメン屋、靴工場、映画館のフィルム配達、魚屋の店員、バーテン、自動車の板金修理工と、母親の挙げた職業には◯◯は入っていなかった。”

割と早くに明かされる、とある渋い物理的物理トリックは大歓迎。 おまけに初等数学がその司令塔に位置している。 と思ったらもう一つ、小説的効果のスケールが大きい割に、その作為は実にセコいとも言える、ちょっとおバカな? 物理的心理トリックが! しかも、それってもしや意外と、最後まで当局の誰も気付かないまま闇に・・・って事もあり得るのか? こりゃあなかなか面白い「トリックの立ち位置」と言えるかも知れませんな。 

探偵役らしき人物が警察に追われ続けたり、物語のオープナーたる人物の立ち位置が微妙で気を持たせたり、被害者の中で誰が(小説的に)ミスディレクション担当なのか迷わせ上手だったり、登場人物配置の妙が実に冴えています。 これに繋がって真犯人隠匿の術もなかなか。 或る人物と或る人物とのアレは(故意に?)見え透いてはいたけれど、それでもなお。。

「帰っとくれやす。帰らんと塩撒くで!」

冒頭に現れる、まるでイリュージョンの如く巨大な謎がちょっと尻すぼみに解決されて行くのは・・少しばかり寂しいが ・・・「不可能興味1」が、まるでそんなの常識と言った風にあっさり明かされ、それを踏まえた「不可能興味2」を ・・・( 中 略 )・・・ されどやはりこの島田荘司ばりの大型バカ案件じみたものが、存外質実なじっくり解決へと収束して行く様こそが良いのかも知れん。 きっとそうだ。 リアリティ溢れる航空業界描写のみならず◯◯業界、◯◯業界に裏町業界へと分け入った描写も、そのリアリティはともかく、ぐいぐい読ませる強い魅力があります。 何とも哀れなる「辞世の言葉」と共に消え入るラストシーン、その後ちょっとだけクスッとさせる物的証拠で締めるエピローグ、このあたりも(ちょっと品が落ちる気もするが)実に印象的。

森村誠一氏の巻末解説によると、福本和也という人は現役航空パイロットが作家兼業になったのではなく、逆に、作家の福本和也がその文章に幅を持たせる?喝を入れる?ため航空パイトットを兼業する事にした、のだそうですな。 なんとも豪気な話で、何よりです。


【ネタバレ】
気を配ったであろうちょっとした叙述ほのめかしやギミックが功を奏したのか、もしや、まさか、この探偵役こそ実は。。。 なんて大いに気を揉ませていただきました。


No.1284 8点 刑事部屋(デカべや)2
島田一男
(2024/09/09 23:59登録)
今日は記念すべき昭和九十九年九月九日だってんだから、「刑事部屋1」と同じ九点を折角だから差し上げてえ所だが、、この「2」には、「1」にはまるで無えちょっとした緩みがあってナ、どうしたって八点にマケさしてもらうよ。「1」に較べると妙に話の本数が多い「2」なんだが、後半に行くに連れ短けえ話ばかりになってくる。短けえのはいいんだが、おわり三分の一となるとちょいとミステリの深みが底まで通じてねえような話が並ぶようになってな、寂しかったよ。 とは言え、その三分の一だってじゅうぶん文章のキレはあるし、イキのイイまず上等な短篇ばかりで六~七点は充分キープなんだがね。 

始まって三分の二くらいまでは「1」と同レベルのミステリ深度と高いテンションとシビレるスリルと、もちろん最高の熱い文章力で「大衆文学と推理小説の融合」を高い次元でやっちゃってるディープ・サザン・ソウルが並ぶ。 意外性凝らしたストーリーに人情あり覇気あり殺伐あり。 あれ?推理小説ってもともと大衆文学じゃなかったっけ? ってそりゃ言葉の綾というモノでありましてね。

第一話 信号は赤だ
第二話 妖婦の檻
第三話 安全地帯
第四話 刑事部長(デカチョウ)物語
第五話 殺人環状線
第六話 土曜日の男
第七話 毒蛾の街
第八話 青い顔の男
第九話 死者の呼び声
第十話 地獄への脱走

巻末、「事件記者」役者だった原保美氏による解説、というよりエッセイ、ちょいとふらついた韜晦まじりの人情現場証言は、短いながらもスコープ広く情報たっぷりで、読ませます。


No.1283 8点 樹のごときもの歩く
坂口安吾
(2024/09/09 23:41登録)
「普通の事件なら、一人殺されるたびに、容疑者が、だんだん減って行くところだけれど、この事件では、人一人殺されるごとに、容疑者が、だんだん増えて行くじゃないか」

重度の障碍を負って還って来た復員兵は、彼の出征直前に謎の親子死亡案件が起きている「資本家一家」の一人と目された。 そこから始まる、事の順番からして意外性に満ちた連続殺人&殺人未遂事件の顛末。 坂口安吾の連載小説は雑誌の廃刊により中絶され、残りの1/3は数年後、高木彬光の手に委ねられた。 事前に引継ぎ連絡のようなものは無く、安吾未亡人より間接的に安吾の結末構想を聞くのみだった彬光は、その構想からは外れた展開で本作を締めたと言われる。

「探偵小説というものは、こういうカンジンな損得の勘定を忘れているから現実的に又特に心理的にゼロなんです」

下世話なユーモアと分厚いアイロニーが跋扈する中、本一冊書けそうな鬼ロジックがシラッと提示されたのには参った。 しかしどこかしら気安い論理遊びのような気配もあり、いい意味で?探偵小説に対してほんの少し上から目線なおふざけのようでもある。 そこだけでなく、全体を覆う、心理のロジックと、牙をむく驚きのメタ逆説。 安吾本人はどんな結末に持って行くつもりだったのが、真剣に気になりもする。 にしても先生の著書「姦通論」には笑ったな。

「アッハッハ、フグの日は、マコで一パイやるのがタノシミでね。存分に珍味をくらい、存分のみ、適度にしびれて、たちまち、ねむる」

しかしながら、やはりこの後半2/3でバトンタッチの妙! 彬光っつぁんの頑張り意気込みが匂います。 文体とかほんとうに良く寄せている。 ある人物が急遽パンチャー本能?増し増しで浮き足だった感もあるが、その微妙な感覚さえミステリ興味を加速。 言ったらタラちゃんの声優さんが変わった程度のわずかな違和感はありましたが、波平さんの時ほどではなかった。 カタカナヅカイと「私」の存在感が微増したおかげでチョイとキンタマが痒くなりはしたカナ。 彬光っつぁん特権による後付け要素には、苦笑もさせられたが、唸らせる所もあったネ。 遅いタイミングでの意外な展開もあった。 シビレたね。

“それからは雑談の花がさいて、我々は時を忘れた。”

締めの三行台詞は熱い。 まるでこれから話が動き出すようじゃないか。

さて最後に、とりあえず「カブト虫」「グリーン家」「不連続」この三つの殺人事件は、先に読んでおきましょうや。 中でも最も致命的なネタバレを喰らう(実は実に意味のあるネタバレなんだが)S.S. ヴァン・ダイン「カブト虫殺人事件」がね、本作を読む人がその時点で未読の可能性がいちばん高いですからね。


No.1282 7点 夜歩く
ジョン・ディクスン・カー
(2024/09/04 19:45登録)
有名な若い貴族が結婚する。 花嫁は有名なきち○いの元妻。 そのき○がいから「お前を殺す」との手紙が花婿たる若い貴族に届く。 花婿は『不可能』な状況の中、豪奢なクラブの「カード室」にて斬首屍体で発見される。 周囲には面倒な恋愛模様を匂わせる若い男女に、年配の学者や弁護士、壮年のパリ予審判事アンリ・バンコランと、彼の年下の友人である「わたし」ことジェフ・マール。

うむ、これはきっと、なかなかのパズルじゃないか? ってかなり早い段階から思わせますよね。 リーダビリティはあまりよろしくないが、それは興が乗らないんじゃなく、いちいちじっくり読ませる文体のせい。
真犯人/真×××の意外性に複雑性、なかなかのもの。 アンリの探偵的魅力が薄いのは仕方ない。 アメリカ人が(文字通り)アクセントをつけてくれますね。 実質処女作らしくいろいろ詰め込もうとする勢いも佳きかな。

【夜のネタバレ&逆ネタバレ】
横溝正●の同名作は、本作にインスパイアされてあの真犯人設定に仕立てたのではないか、などと思いました。 何故なら、、中盤からどうも「わたし」に疑惑が寄せられて行くミスディレクション構造が感じられたもので。。


No.1281 7点 地図にない沼
佐賀潜
(2024/08/26 00:21登録)
自身のカッパ・ビジネスベストセラー「法律入門シリーズ」を連作ミステリ短篇化した様な一冊。
各話冒頭に、作品の肝となる「法令」がルーブリックの様に添えられている。これがストーリーの暗示になるのは、一面ではネタバレにも繋がるものの、それ以上に小説への興味を唆る側面が強く、結果的に良い導入になっていると言えましょう。

同じ業界等で繋がっている者同士、涼しい顔して熱砂の騙し合い顛末、と言った作品が目立ちますが、それぞれ切り口やストーリー展開に工夫があり、パターン類型化を闊達にしっかりと排斥しています。 何しろ中心に置かれる「法令」が各話で全て異なるのがミソなわけです。 ヤメ検弁護士たる著者の強みですね。

地図にない沼/誘拐事件調書/深夜の死亡時刻/不倫の穽(あな)/相姦の絆/柔肌の謀略/濡れた緑草地/隠し金六億八千万円/爛れた背徳

法律が齎すスリルそのものを、著者が上手に捌いてくれます。 法律の専門家ならではの、真相や何やらに纏わる具体的説明が何しろ熱いです。 誰が誰を騙して終わるのか、最後の残酷な畳み掛けに圧倒される作があります。 時間差カットバックを活かした人情話があります。 ラストにトリック対トリックの火花が散る話があります。 ざまあみさらせ、あきれた痛快コンゲームがあります。 ラストセンテンスの深さや意外さに唸る作も目立ちます。 リーダビリティは高く、軽さと重みを兼ね備えた独特の一冊と言えましょう。


No.1280 7点 闇に潜みしは誰ぞ
西村寿行
(2024/08/22 00:30登録)
シティポップがこんだけグローバルに再評価されるんだから、ハードロマンにだってチャンスは無いものだろうか、なんて思わなくもないですが、だからと言って例えば竹内まりやさん往年のLPを掛けながらカンパリ・オレンジ片手に本作を読むなんて趣味の悪い真似はとても薦められたもんじゃありません。

「わたし、ほんとうは、あなたがたのも、切りたい。もう男の汚ならしさには、へどが出そうだわ」
「おい、ナイフ、返せよ」
「心配しないで。仲間のは切らないから」

死んだバディと生きてるバディ。 死んだ二人は日本政府側の人間で、ある特殊な鉱物の在り処を探索していたらしい。 生きている二人は刑事。 時の弾みで、死んだ方の二人と接点が出来た彼らは、正体不明の敵から執拗な接触、攻撃を受ける。 勢いで警察を辞めた(!)二人はもう一つの新たな敵に出遭い、新しい女と出遭い、これぞ日本のハードロマンと言うべきギラギラした泥沼の冒険絵巻の中へと自ら将んで吸い込まれていく。

オープニングからしばらく続く、強い謎の押し寄せる感覚は圧倒的。 いったんネタがリリースされた後も、新しい謎が次々と攻め上がっては火の矢を放つ。 謎の傍らには常に凄まじいばかりの暴力と凌辱。 この両輪どちらも切らさず爆走し続けるのが素晴らしい、飽きさせない、読ませる、痺れさす。 スリルワラワラの終盤に近づき突如発生した謎の「泥棒」事件の機微とか、引っ張ってくれたねえ。 ラスボス臭パンパンの魅力溢れるアイツが(以下略)

「今度、遇ったら返せよ。いいな、アルコールだけは、借りたら返すもんだぜ。それが礼儀と言うもんだ」

題名の重さと、内容に潜む奇妙な軽さ。 そのくせ重過ぎるギラギラ拷問&陵辱シーンの頻発。 現代のコンプライアンスを散弾銃でぶっ飛ばすような会話や言説の遍在。 今これ新作で発表したら、AIの勝手な判断でスカーーーンと殺されちゃうんじゃないか作者が、と心配にもなります。 一方でかなり強靭なユーモアが作品の四方八方へ明るさを付与している点も特筆すべきでしょう。 こいつらいったい何回敵に捕まってあんな事こんな事されたら懲りるんだ、元刑事のくせして、なんてあきれてしまう滑稽味もあります(その裏からは強烈な惨酷描写が身を乗り出している構造なわけですが)。

「悪くはない。ペニスです」

重要ファクターとして「◯◯」が登場。 S.S.なんとか氏の某作にも登場するアレですが、ソレのアレとは重みが違う(洒落か)。 他にもあれこれ盛り込んで、最終的にはなかなかトンデミーな方向へと物語が飛んで行きそうになったけど、そこは流石にぐっと堪えたよね。。 あれ、そう言やあっち方面の落とし前は? と少し思ったけど、そっちには「◯◯」の存在は知られてないんだっけ。 どっかで漏れてるような気もするのだが・・・・


No.1279 6点 変な家
雨穴
(2024/08/19 23:13登録)
掴みは迅く、展開も速く、結末には想定外の深み。 中古住宅の奇妙な間取り図を巡り「筆者」と「相談相手」が様々な考察を巡らす。それが犯罪への妄想にまで発展した頃、現実の迷宮入り殺人事件との連関が明らかになる。事件関係者との面会を繰り返すうち、更に奥深い真相の沼へと「筆者」達は引き摺り込まれて行く。

いくつかの、よく見ると不可解な「間取り図」を対象に、何故そのような設計になったのか、また「間取り図」上には現れない住宅の構造までをディ――プに推理しながら進行する物語には、淡々とした語り口ならではのスリルとサスペンスが充満。 作者の妄想インフレ爆発記録ドキュメントみたいな一面もあるけれど、常に見取り図(時に◯◯図)を携えて静かに進行する不思議な落ち着きがバランスを取り、それなりのリアリティの重みを持った仕上がりとなっている。 いやはや、ここまで業の深い(ちょっと大風呂敷でもある)エンディングに至るとは、まったく感服しきりでございます。 娘の買ったお気に入り本を読ませてもらいました。


No.1278 9点 刑事部屋(デカべや)1
島田一男
(2024/08/17 23:59登録)
昭和九十九年の夏に、昭和三十三年の島田一男が大当たり。 この連作短篇はやばい。 脂ののった最高のシマイチ文体がミステリの深い所にまで沁み通っている。 連城「戻り川」を大衆文学の文体と内容とでやり切ったような、文学とミステリの完璧な融合感がある。 地の文ならぬ「文の地」に強烈なスリルがあるからこそホント、読ませること脅迫状の如しである。 予想外の導入部から、最高のシズラーと言える中盤、そしてエンドがどれくらいバッドなのかハッピーなのかまるで見せない巧妙なムードの導線捌きまで、パターンの画一化ってやつが徹底的に排除されている。
今や死語となった職業名(やくざ、堅気を問わず)や風俗・文化事象がさりげなく説明されているのは後年の読者に優しい。 通しの主役はおなじみ新宿署の庄司部長刑事だが、第一話だけは昇進前のヒラ刑事という、ちょっとした歴史の目撃者感も愉しい。
前半三話のタイトルにはミステリ心を最高に唆るものがある(特にオイラのようなS30年代フェチには)。 内容は六話とも高いレベルで拮抗しており、甲乙付け難い!

第一話 俺は見ている
第二話 もう一人知っている
第三話 その血を返せ
第四話 脅迫状
第五話 東京犯罪地図
第六話 七色の地図


No.1277 8点 カリオストロ伯爵夫人
モーリス・ルブラン
(2024/08/15 00:42登録)
「アルセーヌ・リュパン、これがほんとうの名前なんだよ。覚えておおき、クラリス、いまに有名になるだろうよ」

中世の修道僧達が隠した宝石群は気が遠くなるほどの莫大な価値を持つ。 これを狙って対立する二方の悪党どもの間に割って入る若き偽貴族、ラウール。 彼は一方の悪党の構成員である男爵の娘との恋愛結婚を考えていたが、 もう一方の悪党の親玉たる年齢不詳の女に心底から魅惑されてしまう。 女は敵方悪党の親玉をも魅了した過去があるが、それゆえ生じた恋愛感情と同じだけ狂暴な殺意を現在の彼からは抱かれている。 恋愛絡みの重い(!)逆説と、財宝を巡る軽い(?)冒険を掛け合わせたら、これほどまで躍動する名プロットに化けてしまった。

本作は、ブラウン神父が色っぽくなったような熾烈な逆説を節々に味わえる長篇です。 命を賭けた心理の推理も熱く、人間ドラマがファンタジーとリアリティの狭間でモルフォ蝶のように舞い踊る様をじっくりと観察することが出来ます。

峰フュジ子の(原点、とは少し言い難いが、少なくともその)インスパイア元として充分にサスペクトし得る人物が大活躍します。 マルタの鷹を思わせる、男から女への壮絶な非情演説も忘れられません。 もしかしたら、友情と恋情の違いを教えてくれる小説なのかも知れない。

「おまえはぺちゃんこに敗けたんだ。おれはおまえを軽蔑するよ」 

何しろ続篇 『カリオストロの復讐』 が愉しみで仕方が無くなってしまうわけですね。


No.1276 7点 幻の殺意
結城昌治
(2024/08/13 11:25登録)
「人間の屑と遊ぶときの方法を知りたい」
「あたしをバカにしたつもり?」
「聞こえない方の耳に言ったんだ」

真面目だった高校生の息子が急に夜間外出を始めた。 数日後、息子は殺人の容疑で逮捕される。 刺殺された被害者は、片腕の無いやくざ者。 全く心当たりの無い父は息子の無実を信じ、友人の郷田弁護士を頼り、自らも私立探偵まがいの調査活動を始める。 心労で母は寝込んでしまう。 父はやがて、息子の中学時代の同級生で、やくざな道に両脚突っ込んでしまった少年に出遭う。

「かまいません。あんな子はさっさと野たれ死にでも何でもしちまえばいいんだ」

サスペンスに始まり、ハードボイルドに終る、短い長篇。 ダークな方の結城昌治だが、適時ユーモアも弾ける。 だが圧の強い、渋いムードが魅力。 息子の父の即席ディテクティヴ気取り(探偵に化けたり、刑事のふりしたり)が、不思議と鼻に付かずリアリティを削いでもいない。 決してフラットでもフレンドリーでもない関係の男女が交わす殺伐軽妙な会話、男女間だからこその独特なハードボイルド感覚、頻繁に登場するこいつがどれも面白過ぎる。 これが男同士の会話となるとたちまち明からさまな直球勝負かと思いきや、方向性の色合いがちょっと違うだけで、うつむき加減の独特なワイズクラックはやはり同性/異性間共通の味わい。 実にイカしている。

「感じのいい女で、わたしだって好意をもっていたくらいです」

謎の核心がチラッと晒されるチョイ前までの寸止め海峡で、ますます深まる、チョイ社会派を匂わす射程少しばかり絞った謎の深みを覗き込む感覚が刺激的。 このあたりから物語はサスペンスからハードボイルドへと速やかに軸足を移動し始める。 どうも、謎の本籍地への道筋が思いのほか入り組んでいるようだ。 あからさまに光るワンフレーズも待ち構えていたりする。 ストーリーとタイトルとの連関性もそろそろ気になる所(でしたが、空さん仰る通り、初版時タイトル『幻影の絆』こそが内容に則しておりますね)。

第四章「四人の語り手」では、ストーリー構成上のツイストが効いた、その一方で非常に重い展開が押し寄せる。 Tetchyさん仰るロスマク風家庭の悲劇の原点がここで暴露される。 だが、頁数はまだまだ残り、或る心理の謎(というか白黒判定)がまだ残る。 最後に残った、前述の白黒をはっきりさせる、『手紙』。 力強さと不安定さが入り混じる最終シークエンス。 リーダビリティは強烈でアッという間に読み進んでしまいますが、前述の第四章「四人の語り手」前あたりで一時停止しないと、すぐに謎が解けてしまっては勿体無い、なんて思っちゃったりする。 それ程の魅力が、本作には深く埋め込まれていると思います。


No.1275 6点 死のようにロマンティック
サイモン・ブレット
(2024/08/10 23:54登録)
“わたしはマデレーン・セヴァン、その美貌で男を狂わせることもできる女なのだ。”

ポケミスの帯に『危険な三角関係』の煽り文句ありますが、実際には五角関係(男三女二)の恋愛模様が登場します。 但し犯罪レベルで危険な域に達するのは、やはりその中の "歳の差" 三角関係に限られます(?!)。 いやいやいや、これは阪神タイガース優勝年の’80年代ミステリですしね、やたらな事は何も言えません。 さあいったい何があったんでしょうねぇ~~

「そのう、セックスを」 (← これはヤバかったです。電車の中で噴き出すのをこらえました)
「ストレートで」

あっという間に読めちゃうところは長い短篇のようだけど、短くとも長編の長さなればこその欺瞞が本作には埋め込まれているのだと思います。この「ネタ」を50頁ほどで纏められても、ちょっとねえ。 まさかあの人がそこまでやばい奴だったなんて。。思わないですよね、普通。 しかし或る人物の●の病気が、そんな決定的な仕事をする事になるとはな。 これは小技に属するナニだとは思いますが、結果的にこれが有ると無いとでは大違い。なし崩しファンタジーめいた結末の中心に、一条のリアリティ軸を差し込んでいるわけでね。

終盤へ近付くにつれ、その上空を旋回しつつ、ごく短い「第一部」に何度も立ち返ってしまう。「第二部」のドタバタ青春コメディ(?)とは一線を画する、あからさまに殺人ミステリな、その出発点へと。 核心の部分で明らかにおかしい、と物語が突然に自ら暴露して、そこからカタストロフに至るまでの妙に余裕ある持たせ具合、ここがいいんだよな。 あせらなくてええんよ、●●トリックは、って優しく言われてるみたいでね。 まあ、最後はなかなかの人生劇場を晒して終わりますね。

「今、チャイルド・ハロルドが生きていたら、きっとシンナー遊びに夢中になると思うけど?」

日本の某有名作が本作にインスパイアされてると言われる様ですが、たしかに、真似でもパクリでもなく、インスパイアされた原石を上手に磨き直してドラスティックに再構築させたものだと思います。

原題の誤直訳のような「邦題」は内容にまるで合ってませんが、書店で手に取らせるには(帯惹句との合わせ技もあり)勢いでオッケーってなとこだったんでしょう。


No.1274 7点 動脈列島
清水一行
(2024/08/05 20:20登録)
「犯罪者というのは常にクリエーターだからね」

騒音・振動公害問題に立脚し(当時は東海道しかなかった)新幹線の転覆テロを賭けたタイムリミット・サスペンス。 犯人側/体制側(警察・国鉄・政府等)の切っ先鋭いカットバックでしぶきを上げて走り去るストーリー前半は思わせぶりな謎もたっぷりで真夏の生ビール+一品みたいな魅力が満載。 だが、中盤に至り或る事のバレるタイミングが早いというか、犯人が何もかも妙にフェアプレー過ぎ(古畑任三郎のイチロー篇思い出す)というか、て事はまだまだ奥がありそうなんかどうか・・というか・・ちょっと「あれっ?」と思う所あり。 だが、後半はみるみると前半とはまた別のよりストレートなサスペンス感覚で盛り返し、あれとあれよと二人の女まで巻き込んで終結の「X時刻」に向かい激しくもステディな爆走を見せる。

最後の、落とし所と、そのための或るトリック。 このドラマ性は唸りました。 つまり犯人は◯◯で◯◯つもりだった、って事ですよねえ・・・・ いやはや。

大掛かりなもの含むいくつかのアリバイトリックは、トリックそのものに驚きはしませんが、その醸し出す物語性とスリルの加速性から見て、有効度は高かったと思います。 また、グリーン車の事件は、読者と捜査陣それぞれへ向けたベクトル異なる淡いミスディレクションだったのでしょうか。
警察の相談相手でもある大学教授が終盤に至りやたら犯人に肩入れし出すのは可笑しかった。 GSブームも去った折、“沢田研二というテレビタレント” が妙にディスリスペクトの対象になってたのは何だかな。
タイトルですが、意味的にはむしろ『列島動脈』が通じそうな所、ハマり具合でここは『動脈列島』一択でしょうね。 言葉のルッキズムというか、表題のポエティック・ライセンスというか。


No.1273 7点 地球儀のスライス
森博嗣
(2024/08/03 18:36登録)
夢ℚをちょっと思わす 『小鳥の恩返し』 を皮切りに、様々な様相の人生/生活エッセイを爽やかな短篇ミステリの形で次々と披露する納涼流しそうめん大会。 文理両道気取りだったり、ラ◯ってるっぽかったり、いじわるっ娘だったり。  「某シリーズ」に属する二作が、緩いけどハイライトになっている/緩いからアクセントにはなっていない。 「鮎川某短篇」の鉄道写真トリックをロネッツ “ビーマイベイビ” とすると、そのちょっとした複雑化の視点から『マン島の蒸気鉄道』のそれはビーチボーイズ ”ドンウォリベイビ” に喩えられるかも知れない。  先行チラ見せ逆スピンアウト?みたいな作もあったし、手の込んだ自己紹介みたいな作もあった。 作者らしい、作品間の密かな連関もあった。  最後の 『僕は秋子に借りがある』 がいい。 日常のファンタジーかと見せて、きっちり現実世界の軸足を、時を越えて地面に突き刺している。 独特だ。

長い間『天球儀のスライス』だと思っておりました。


No.1272 7点 喪服のランデヴー
コーネル・ウールリッチ
(2024/07/31 23:53登録)
恋人を殺された青年は、5人のヒットリストを作った。 それは二つの意味で、普通のリストとは違った。 だが彼はそのリストに基づき、スパンの長い復讐を重ねる。

「神さま、ありがとうございます。彼女は待っててくれましたよ、ぼくを」

主人公が易々と心理を明かさない中、オムニバス形式の様に犯罪物語が進行する。 推理は出来ないがある種のフーダニット趣向がある。 やはり不思議な格調がある。 逆説孕んだ空気感が徐々に迫るサスペンス劇場には、ウールリッチならではの、渋過ぎずちょっと甘い情緒が間歇泉のように溢れる。 キャメロン刑事の独特な存在感、斬れるようで鈍いようでなんだか場違いにユーモラスな立ち位置は不思議と邪魔をしない。 泣かせるシーンにスリリングなシーンがいっぱい。 盲目の娘が晴眼者のふりをするシーンは手に汗握った。 盲目の娘が或る別れの言葉を放つシーン ・・・・・   こう言うとネタバレかも知れないけれど、最後、ミステリになりそこなったよなぁ。 カッチリ嵌ってない。 でもそれが、主人公の心なんだよなぁ。

Tetchyさん仰る通り、本作の主人公は Johnny Marr。 これだけでも充分
> 洋楽ファンなら思わずニヤリ
なのに、実はあろうことか Morrissey なる人物まで登場し、あまつさえ Marr に対してちょっと○○っぽい発言をするシーンまであります。 偶然だよね??


No.1271 7点 巣の絵
水上勉
(2024/07/28 16:12登録)
屍体で見つかったのは、一風変わった「幻燈画」の貧しい商業芸術家。 同じ東京に住む別れた妻は(既に再婚し夫がいながら)時々会いに来るが、親戚に引き取られた一人娘は福井の若狭に離れて暮らす。 街の質屋が戦時に作った防空壕を工房兼住まいとする彼のもとには、近所の小鳥屋の若い純朴な娘が跛を引き摺り時々尋ねて来る。 屍体発見者は彼女。 他に友人と言えば、商業芸術でも下卑た領域に手を染める、それでもどこか純粋らしい風来坊の男が二人。 一人は自殺説を唱え、一人は行方不明で容疑の対象となる。 第一探偵役は被害者と仕事で関わりのある「童謡春秋」編集者。 警察の面々も、第二、第三の探偵役を中心に良いチームプレーを見せる。

“ラクをして金を儲けるのが彼らの話題であった。だから、自然と、片隅の生活を歌い、不具者的な劣等感を大切にしていた。”

こいつぁ良い作品だなぁ。。 謎とスリルの有機的広がりが実に素晴らしい。 新事実が次々発見され、容疑者一番手が次々に上書きされ入れ替わる感覚に翻弄される。 なかなか動機の片鱗さえ見えて来ない。 中盤に入り、唐突な方向転換が攻めて来た。 しかし「週刊人生」なる雑誌名はちょっと笑ったなあ。 被害者の「名前」に微妙な違和感?を感じていたら、そういう仕掛け?でしたか。 

「あんたが、最初の容疑者なンだ」  ← このセリフが響くんだよなあ。。

さて本作、社会派に分類される事が多いようですが、それはどうでしょうか。本作の手堅い?社会派要素は飽くまで副次的なものに思えます。 ロジックで落とす狭義の本格とは違いますが、広い意味での本格推理と、個人的には呼びたい一篇です。 いや寧ろ、本格に始まり社会派に終わるミステリ小説と呼ぶのが良いかも知れません。 (社会派要素をギリギリまで隠蔽するのがミソ、ということなのかも)

“あんたの夢みがちな心が、恐ろしい犯罪に触れたのだ……”

小説として鮎川哲也マナー的なサムシングも感じられ、やや色彩はくすみがちながらも手堅いユーモアが適宜配置される愉しい長篇、時にじんわりと情緒が沁み渡ります。 昭和三十年代中盤東京と近郊の雰囲気が素晴らしく良く描かれており、薄汚れた場所では息を止め、緑の豊かな場所では深呼吸がしたくなります。 人々のふれ合いも生き生きしている。 或るタイミングで「手紙」の登場もたまらんなあ。 何と言っても、寂しくも仄明るさのある映画のようなラストシーンは最高に心に残ります。 


No.1270 6点 使命と魂のリミット
東野圭吾
(2024/07/26 19:48登録)
【心臓血管手術】なるものを巡り、全く性質を異にするサスペンスフルな二つの事象が同時進行。 どちらも過去の「死亡事故」がその根底にある。 女は父親を亡くし、男は◯◯を亡くした。 女は事故そのものに疑念を抱き、男は事故の◯◯◯◯◯◯◯◯◯を怨んだ。。。 爆発的リーダビリティで呆気なく終わってしまうこの長篇、人間ドラマは厚いが、ミステリーは薄い。 これを逆に "ミステリーは薄いが。。" と結果的に褒める言い方には出来かねる無念さが、本作に露呈された何らかの弱さを象徴している。 何より、俺の東野らしい "仕掛けて攻める" スピリットが希薄だったのが悔しい。「話の前提」から既にミスディレクションの暴風が吹き荒れて・・・いたわけではなかったし(それ期待したんだけどなあ)、数々のあからさまなほのめかしはあからさまなだけだった。 きれいごとパラダイスみたいなくだりもあり、しかしこれこそ東野の野心的な仕掛けではないかと期待もしたが・・ 後半少しして東野らしいアレの雫が速やかに沁み渡り始めたかな・・と思ったものだが・・ ガッツは最高、頭の冴えは意外と標準以上程度の某刑事の存在も今一つピリッとしねえし・・ タイトルはこんなに思わせぶりなのに・・ だがそれもこれも厳しい厳しい東野基準内でのこと。6点より下げる事はとても出来ない夏の(?)快作です! ちくしょう、このアクティヴエンディングは泣かせるじゃねえか!!


No.1269 5点 昼と夜の巡礼
黒岩重吾
(2024/07/24 19:01登録)
「今夜はわしがえらい役に立ったやろ」

不倫相手の男が、女に大金を託し失踪。女はその資金で「バー」経営に乗り出す。やがて男の妻も別の「バー」を経営し始める。 ← わざと肝腎な点を端折って書きました。本当はかつて女が社長秘書として働いた「世界金属工業」なる会社の面々やら、キーマンとなる株式ブローカーやらその妻やら、女の父母やら登場し、男の「失踪」を中心とする(カネも大いに絡む)謎の暗雲を晴らそうと、女は奔走します。

社会派ミステリを、一人の女性の成長物語が包み込む構造です。 決してミステリ側が包み込むのではありませんが、ミステリ興味の支柱を棄ててはいません。 成長物語の方のサスペンスもなかなかのものです。 騙し合い、疑り合いの火花が鮮やかです。 主人公の一人称かと錯覚する文体にはちょっとグラつきがありますが、許せましょう。 唐突に体操したり歌ったりおなかすいたり、なかなか可愛いところもある主人公です。

“そんな時は酒を飲み、浮気をしてやろう。”

最終盤で明かされる或る事のハウダンまたはホワイダン、物語のそのタイミングでミステリ的にどうという反転でもないけれど、重みはぐっと被さって来ました。 タイトルにはしっかり具体的な意味がこめられていました。 そして深読みできる最後の台詞、渋いねえ。


No.1268 6点 その男 凶暴につき
ハドリー・チェイス
(2024/07/21 00:00登録)
“フォーミュラ” なる激ヤバのブツを巡り、巨万の富の実業家とその配下たち、警察、FBI、CIA、夜の街の住民、精神を病んだ天才科学者等々が激突する暴力と頭脳戦の顛末を描く大花火大会。

前半の犯罪小説と後半の警察?小説(そんな簡単に割り切れません)とで主人公群の方向ガラリと切り替わるのが良い。 後半の中の前半と後半とでもやはり何かが切り替わる。 スリルは変わらない。 ふんだんに登場する人物のディテイル描写はリアルにして繊細。 造りの安っぽさはあるが、これほどイカした読み捨て小説を前に何の文句があろう。

「(前略) いまは若いならず者でしかない。十年後――いや、二十年後には―― (後略)」

心温まる、或る ”コーヒー” のシーンが記憶に残る。 結末を知ってみれば尚更だ。 或ることに関する最後の反転は不意を突かれ、ちょっと泣けた。

静かに動き出すラストシーンは程よく眩しい。 個人的にいちばん魅力的な登場人物を照らして終わるのも実に良かった。

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