巣の絵 |
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作家 | 水上勉 |
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出版日 | 1960年01月 |
平均点 | 6.67点 |
書評数 | 3人 |
No.3 | 7点 | 斎藤警部 | |
(2024/07/28 16:12登録) 屍体で見つかったのは、一風変わった「幻燈画」の貧しい商業芸術家。 同じ東京に住む別れた妻は(既に再婚し夫がいながら)時々会いに来るが、親戚に引き取られた一人娘は福井の若狭に離れて暮らす。 街の質屋が戦時に作った防空壕を工房兼住まいとする彼のもとには、近所の小鳥屋の若い純朴な娘が跛を引き摺り時々尋ねて来る。 屍体発見者は彼女。 他に友人と言えば、商業芸術でも下卑た領域に手を染める、それでもどこか純粋らしい風来坊の男が二人。 一人は自殺説を唱え、一人は行方不明で容疑の対象となる。 第一探偵役は被害者と仕事で関わりのある「童謡春秋」編集者。 警察の面々も、第二、第三の探偵役を中心に良いチームプレーを見せる。 “ラクをして金を儲けるのが彼らの話題であった。だから、自然と、片隅の生活を歌い、不具者的な劣等感を大切にしていた。” こいつぁ良い作品だなぁ。。 謎とスリルの有機的広がりが実に素晴らしい。 新事実が次々発見され、容疑者一番手が次々に上書きされ入れ替わる感覚に翻弄される。 なかなか動機の片鱗さえ見えて来ない。 中盤に入り、唐突な方向転換が攻めて来た。 しかし「週刊人生」なる雑誌名はちょっと笑ったなあ。 被害者の「名前」に微妙な違和感?を感じていたら、そういう仕掛け?でしたか。 「あんたが、最初の容疑者なンだ」 ← このセリフが響くんだよなあ。。 さて本作、社会派に分類される事が多いようですが、それはどうでしょうか。本作の手堅い?社会派要素は飽くまで副次的なものに思えます。 ロジックで落とす狭義の本格とは違いますが、広い意味での本格推理と、個人的には呼びたい一篇です。 いや寧ろ、本格に始まり社会派に終わるミステリ小説と呼ぶのが良いかも知れません。 (社会派要素をギリギリまで隠蔽するのがミソ、ということなのかも) “あんたの夢みがちな心が、恐ろしい犯罪に触れたのだ……” 小説として鮎川哲也マナー的なサムシングも感じられ、やや色彩はくすみがちながらも手堅いユーモアが適宜配置される愉しい長篇、時にじんわりと情緒が沁み渡ります。 昭和三十年代中盤東京と近郊の雰囲気が素晴らしく良く描かれており、薄汚れた場所では息を止め、緑の豊かな場所では深呼吸がしたくなります。 人々のふれ合いも生き生きしている。 或るタイミングで「手紙」の登場もたまらんなあ。 何と言っても、寂しくも仄明るさのある映画のようなラストシーンは最高に心に残ります。 |
No.2 | 6点 | 雪 | |
(2021/07/22 07:44登録) 秋の日の黄昏、東京山手大塚新町のとある地下壕で発見された死体。その児童画家・新田義芳は作業に用いるガラス貼りの幻燈箱の上に、身を伏すように倒れていた。箱の中の絵は何ともいいようのないもので、鉢状になった底の部分に羽毛が生きもののようにとび散り、底には一枚の千円札が貼ってある。自殺を推定する警察の見解に、童謡春秋の編集者・波元太郎の疑惑は深かった・・・。 巧緻な推理構成と暗い叙情性に、豊かな作家的才能を示した著者デビュー期の佳篇。 日共トラック部隊を題材に採り一躍ベストセラーになった『霧と影』の好評を受け、雑誌「週間スリラー」誌上に昭和三十四(1959)年八月から翌昭和三十五(1960)年三月まで、約八か月間にわたって連載された社会派作品。協会賞受賞の『海の牙』より確実に前の時期なので、あるいは第二長篇かもしれない。 組織犯罪の為〈印象的な犯人像〉という点では『火の笛』に劣るが、その分いくつかの趣向が凝らされており総合的にはほぼ同格。童話画家の謎の死、その友人の失踪、市川国分台の公園林で発見された毒殺者とみられる男の死体、行き詰まる捜査など、被害者の友人知人にそれぞれ影を見せながら最後まで引っ張っていく。解決の端緒となる思いつきはなかなか面白いもので、主人公・波元がそれに気付いたのも、画家の手紙に従い巣鴨拘置所から護国寺と、都電通りをあてどもなく彷徨ったからだろう。〈都会人の孤独な心情〉に寄り添う事で徐々に謎が解けてゆく形の小説で、社会派としてはやや異例ながら独自の叙情性を持っている。 波元の熱意が担当の衣斐警部補を動かし、それが別ルートの事件を追求していた同僚・古茂田警部補の注意を惹いてからは一気呵成。地味に置かれてあったピースが結び付いてゆき、画家の何気ない行為からその殺害にまで至る動機が明らかにされる。中盤はややキツいが知名度の割には良作で、採点は6.5点。 |
No.1 | 7点 | 空 | |
(2013/03/04 21:23登録) 水上勉と言えば、『飢餓海峡』の津軽海峡や『海の牙』の不知火海岸など、地方の情景を迫力ある筆致で描き出す名手で、一方証拠固めや犯人の行方追跡などの捜査小説としての面白味はあっても謎解き的要素は少ないのが普通です 本作でも、貧しいながらも人情味ある生活感がよく出ているところはこの作者らしいのですが、舞台は東京とその近郊のみです。そして何よりも驚いたのが、幻燈画家が殺される原因の意外性でした。大きな偶然を2つ組み合わせていて、作中で登場人物にも偶然が過ぎるというようなことを言わせているのですが、それでもこの被害者の仕事に関連した方の偶然の鮮やかさにはうならされました。いわゆる本格派ではなく、組織犯罪がらみの事件であることは第2の殺人で明らかになるのですが、謎解き面では水上勉の作品の中ではベストでしょう。犯人たちがあまりに策略をめぐらせ過ぎているところはありますが。 |