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ミステリの祭典

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斎藤警部さんの登録情報
平均点:6.70点 書評数:1369件

プロフィール| 書評

No.909 8点 呪い
ボアロー&ナルスジャック
(2019/10/07 21:20登録)
“そしてすべてを一緒にひとつの封筒に入れたのです”

あからさまに太すぎる、物語の前提そのものであろう隠喩群の縺れ合い。ふんだんな情景描写が冗漫でないのも、そこに隠喩が充分に染み込んでいるから、のみならず映画の美しい風景シーンそのものの心地よさがあるから。 ダークスウィート抒情詩の解説散文のようなもので満たされているのは前半。後半は、先に進むにつれ胸を締め付ける心のサスペンスの坩堝に墜ちて行くための地図。。。 あまりにプレシャスな、限りある沈黙のシーンが心に残る。

“けれども私はこの偽りない深い愛情のあらわれをここに書けるのがうれしいのです”

獣医を営む夫が、ある日現れた胡散臭い医者の男に紹介され、患者である”或る獣”を飼うアフリカ帰りの画家の女と情を交わす。女は獣医の妻をアフリカ仕込みの(?)呪いの力で葬り去ろうとしている、、、としか思えない超自然犯罪現象(?)と、或る特殊な自然現象 。。。。のぶつかり合いなのか、そこは?!

最後は優しく哀しい反転で見つめられるように終わる物語。沁みます。

“人間は自分自身の心からはずっと離れた所で動いているのだから”


No.908 8点 火の接吻
戸川昌子
(2019/10/03 18:56登録)
「時には小便がかかっていたようです」

幼馴染三人の再会は放火事件が契機となった。一人は消防士、一人は刑事、一人は放火魔。 趣向に癖のあるプロローグ/エピローグに挟まれ、三者の視点回しで大胆な幻想の霧をふりまきつ、それぞれの男女の沈痛な物語は絡み合ったりほぐれたり。ごく初期段階から燦めく混乱の中、いきなりの魔法が!!証拠物件が○イ◯ンの●袋から見つかったって、どういうこと。。。 途中からどうも、ダビデの星のイメージが、その一箇所だけぼやけた形が、浮かび上がって来るんですよ。なぜなら。。。 と思ってたらほらもう次の。。 

“いったい私は真実を告白しているのだろうか”

さて本作はMTV華やかなりし’80年代中盤(昭和末期)の長篇。作者にとっては17年振りの本格ミステリとのことですが、いっやー錆び付いてないこと、鈍ってないこと!! シュールな道具遣いと惑わせ上手な筋立て。日本人らしいこだわりでフランス以上にフランセーズなこの感覚は同年発表の連城三紀彦「私という名の変奏曲」を連想させます。 「◯ン◯レ◯の●」の対位法による変奏曲ではあるまいか? と思い当たるのは物語後半の後半に差し掛かる潮。 更には凍りつく名シーン「生命維持装置」。 終盤近くからピチカート・ファイヴ「神の御業」が頭の中を流れて行きました。

見事です。まるで物語の遠心力で振り飛ばされるが如くの新事実が次々に現れても「いやーー、まーだ何か隠してるだろ」って感覚の持続性が半端ない。 真犯人像は、、えっ、そっち行く!? ってちょっと慌てますけどね。

“この人は誰なんだ・・・なぜ、なにもかも心得ているような口をきくのだろう”


No.907 6点 魔のプール
ロス・マクドナルド
(2019/09/24 23:52登録)
「朝飯だ。きっとそうだ」

会話に較べて旨味の落ちる地の文が場所取り過ぎ。これが欠点。終盤近くの雰囲気に染まる頃、やっと比喩やら真心やら、言葉の八面六臂で五臓六腑を追撃しまくりのグレイヴィスワンプがやって来た。。が時すでにやや遅し。でも挽回はした。

“メリオテスの頭文字がそこに描かれているのだった”

HBらしいストーリー錯綜はいっこうに構わんが、幹となるのであろうメインストーリーと、それをガッチリ支えるかと思われた太枝サブストーリーズが、互いにねじれの位置というか、全体で謂わば建築の体を成していない。そのこと自体はいいけれど、折角のこの物語のムードには合ってないんじゃないかしら。。違和感の源泉はそこかな。

「どんな場合でも、部分よりは全体のほうが大きいもんだ。」 リュウよ、決死のダイバーよ。 白いドアよ。。。

しかし、なかなか心に沁みるラストシーンです。 暗闇の中なのに映像的、というのがまた素晴らしい。


No.906 7点 黒い軍旗
アンソロジー(国内編集者)
(2019/09/16 10:45登録)
山前譲 編 飛天文庫  

十五年戦争を背景にした入魂の八短篇。

生島治郎/腹中の敵 8点
第二次国共合作前の上海。硬派な歴史ハードボイルド充実の中でこそ光る、ささやかなトリックの旨味。

佐野洋/某液体兵器 6点
太平洋戦争後期の追憶。戦争譚なのに氏らしい軟派なんちゃって社会派、良質の読み捨て短篇。

結城昌治/紺の彼方 7点
太平洋戦争後期から現在(つっても大昔)へ。戦争がダシに使われた犯罪への追想と、戦争が人間ドラマに繋がる現在視点のスケッチ。作者らしい仄暗さが良い。

日影丈吉/焚火 7点
占領下の割と平穏な台湾。あからさまに非ミステリ。妙に心に残る不思議な兵士への追想。皮相なようで芳醇な内容。(微妙に褒めすぎか?)

森村誠一/神風の殉愛 7点
特攻の頃と、現在(つっても昔)。社会派エッセイめいた戦時人情譚で締めるかと思いきや、後半は本格味の強い倒叙サスペンスへ思い切って転換。最後のほう、主人公が突然ちょっと嫌な奴に描かれるのは、読者が結末にあまり絶望しないようにとの、作者のぬるい優しさ故か?

山田風太郎/狂風 8点
降伏前後。いきなりモノが違う猛烈な文章世界に襲われました。日本の未来を巡って醫学生たちのぶつかり合う主張、重なって弾き合う心情。世代間の不信と、戦勝国達による詰め手の畳み掛け。。。。結末で無理に本格ミステリに擦り寄ったのはいいがその本格要素がいかにも取って付けた風で弱い!それでなお高得点付けざるを得ん!!

膳哲之助/埋葬班長 7点
終戦直後ソ連領。長篇モノクロ映画を思わせる豊かな物語性と、過酷な状況でも”悪いことばかりじゃない”生活描写。消失トリックも味のうち。

石沢英太郎/つるばあ 8点
終戦直後の大連。主人公含む複数の人間ドラマが事件を巡って精妙に交錯、ハードボイルド的センチメントが充満し爆発寸前へと。 序盤に見えた大味な物理トリックへの予感は、絶妙に淡いミスディレクションに片腕絡めた人間ドラマと見事に融合、味わいあるトリック顛末として花を咲かせています。小道具のバター缶も光ります。最後に明かされる「つるばあ」の意味。。。なんかこれ、微妙にタイミングが緩いというかおかしい気もするんだが、、妙に味わい深い。


No.905 7点 夜の蝉
北村薫
(2019/09/12 11:15登録)


朧夜の底 7点
な、何この、痺れ止まらぬサドゥン・エンド。。 まさか 恋、なの(真相の背景が)?! と思ったらあんまりそっちは匂わせず邪悪系暗示の終結なのか。 最後に明かされる正子さん(主人公の友人)のモヤモヤした心理がとても、良い。

六月の花嫁 7点
唯一の不満、ではなく違和感は、苦味ってやつがまるで無いこと。 とは言え、ダークサイド排除で綺麗な日常ミステリをここまで完成させるのは素晴らしい。 これがもし佐野洋だったらあそこの部分は。。と余計なこと考えるのは私の悪い癖。

夜の蝉    7点
“これが最初で最後だろう” 。。。。。。 三作中もっとも心理の揺さぶりを含んだ、ミステリらしい作品。 真ん中あたりの、謎と、謎解きの予感のとこ、ちょっと鮎哲っぽいかも。 最後に明かされる’呼び名’は、分かりやすいからこそ(?)リドル放置のままで良かったような。。


いっけんこんなに淡いしゃぼん玉のような作品集なのに、一遍読み終えるごとに長い冷却期間を置きたくなる深みが各作に宿っているのは確かですね。 全体通して、ミステリ要素より文章世界のほうに魅了される度合いが高いというかそっちが手が早い気がするけど、やはり肩書はミステリが似合う。 作者の得意とするような日常的事象の謎解きが、実はその奥に潜んでいた凶悪意図によるなにものかの解決に寄与。。してこそミステリの本懐じゃないか? とも微かに思わなくはなかったが、日常の謎どうしでそういう二段階ないし多段階奥行き演出をキメてくれたらそれは素晴しかろう。「朧夜の底」にちょっとそういう要素があったが、一段めがいかにも弱い。 表題作はまた似て非なる。。。 いえこれ以上は言いません。

‘純ミステリとしての’ワンシーンから次のワンシーンに移るまでの間、かならずと言っていいほど物語が一服つく(タバコ吸うのではない)。 この一服の間が物語としてのみならずミステリとしても、透明で豊かなまあるい空気感をもたらしていると思います。 表題作なんかは、最後の長い長い一服が、効いているんだよな。。。





No.904 7点 三面鏡の恐怖
木々高太郎
(2019/09/07 11:34登録)
「そうだ。一つはーーあれは、ものにしようと思えばなる」
「よくないぞ。しかしーーそんなことより外に、真面目な方面の方がよいと思うぜ」

吹き荒れる直接心理描写の嵐、機敏に立ち回る地の文、意志みなぎり適時トボけた味も出す夥しい会話群、三者の信頼あるせめぎ合い持続が読者を不安の方角へと牽引する、不思議な感覚の戦前サスペンス長篇(短め)。恋愛はあくまで演出要素。でも社会派的内容は物語中枢の三割強占めるかな。中盤、戸籍片手の冒険シーンは良かった。四つと二つの機微とか。。 最後(解決篇)の雪崩打ちっぷりは何やらバカミスの様相も露見させ、妙に憎めない作品に化けちゃって終了。それも悪くない。 

河出文庫の表紙、良いですね。 夏にヒンヤリする感じ。
帯の二階堂さん直筆激賞はちょっとハイプ気味だけど。


No.903 7点 ゼロ時間へ
アガサ・クリスティー
(2019/09/05 06:18登録)
犯人の意外さに参った! アガサって本当に、意外な真犯人を演出するアイデアやら手管の引き出しが奥深いですね。。 そして、おお、伏線の偉大なる公明正大さ! こりゃ「越えてやろう」って後進どもが群発もするでしょう。 事件の真相が構造的に意外なら、物語の結末、いや構造も骨格レベルで大意外。嘆息せずにいられません。 これはアガサならではの照れ隠しなのか、企画のカッチリした堅さをエモーションの柔軟さが上回っている感触も素敵です。。いや、それはやはり真相隠匿の一手段でもあるのだろうな。

ある箇所で、安心感ある思わせ振りにタイミングの意外性が垂直衝突! 「最後まで何が起こるか分からない感」の記録更新を、斬新な構成の力を借りて図ったような野心作ですね。 この、想像以上に表題に相応しい、最後の最後まで謎の圧迫と結末期待値のキラメキが持続し続けるであろう、サスペンスフルな予感。 女史の高名な代表作の隠画、ではないな、真逆トリックを使った作品か?!(大分類では同類になるでしょうが)   

。。。もっと強引にグイグイ来る面白ささえあればなあ!! 充分面白いんだけどさ。。

これ言うと微妙にネタバレ匂わすかも知れませんが、ミステリ上の謂わば’一事不再理’をまさかのシンプリシティで一回だけこねくったようなナニのアレ、と言えるかも知れませんな、本作のメイントリック。


No.902 2点 幻の悪魔
高木彬光
(2019/09/04 03:45登録)
目次を見ると、頁が少ないのに細か目に刻んだ章立ていっぱいでカラフルに愉しそうなんだが、読んでみるとこれが実に無味乾燥で愉しくない。。。私にはダメでした。 埋もれたままでいいですよね、彬光さん。


No.901 8点 サスペンス篇「夜よりほかに聴くものもなし」
山田風太郎
(2019/08/29 06:00登録)
鬼さんこちら 8点
風の底意地悪さが際立つ、業の深いサスペンス逸品。

目撃者 8点
これも風の底意地悪さが光る、不条理味濃いサスペンスフル・ファンタジー

跫音 10点超え
こりゃやべえ。12点も超えました。。。。
(不似合に落語風な最後のオチはまあ、構築美を整えるためのピースか)

とんずら 8点
風の短篇の毒は、久しぶりに読むとほんとすぅ〜っと体に入ってくるな。オチ単体は軽いもんだが、風の因業ずっしりな筆で書かれるとここまでヤバい小説に化ける。

飛ばない風船 9点
風ならではの殺伐力躍動、学問の神通力も借りた意思ある殺人の末、、、、、 このオチか!死ねや!! コントラストの残酷さこそたまらない。 鮎哲のチャンチャン系倒叙を風の疾風スパルタヨットスクールで更生させ尽くした、がオチだけはわざとそのまま放置で実験してみたような剛力作。眩しいぜ。

知らない顔 8点
殺伐ユーモア+慰めペーソスの到達点は思慮唆る重いオチ。

不死鳥 8点
完璧な建築のようでどこか甘いエグ味が光りやがるなと思ったら。。。そういうこと。。いつもの風にも増して動きが速く構成の面白い濃短篇。重要物件に単行本「誰にも出来る殺人」が登場しやがった。最後の台詞、最高だね。。 サザンオールスターズ「栞のテーマ」が頭をよぎります。

ノイローゼ 7点
何気に単純な真相を、毎度馬鹿馬鹿しい小咄でサンドイッチしたしたところ、この面白さですわ。

動機 7点
タイトルとカチカチ進む内容でもってそこまで引っ張っておいて、そんな身勝手なチャッチャカ終わりかー でも途中は面白かった!

吹雪心中 8点
転倒に次ぐ転落、麻痺、死神相撲。極限段階で艶も情も奈落まで吹っ飛んだ男と女の最悪譚。イヤサスの理想地獄がここに。

環 6点
哀れなるユーモアサスペンス。表題に謳うほどクルリと一周などしてないんじゃ。。

寝台物語 8点
いくつかの予見を孕みつつ、最後はカチカチと直角毎に半反転を続けこの終結! いやあ沁みた。そしてあの端緒に戻るのか、戻りたくない。。。。

夜よりほかに聴くものもなし(連作短篇) 7点
単品で書評済み(一篇ずつではないけど)。 いかにも風らしい人間の業の深さを随所に垣間見せつつ読みやすい、面白い連作でサクサク行けますが、例の決め台詞「それでもおれは、君に手錠をかけねばならん」で締める趣向ならばもっと”渋い”雰囲気のディープ人情譚で行ってくれたらなあ、と思わなくはない。意外と心理の飛び道具が露悪的にギラギラ飛び交うよな、渋くない話が多い。あと、唐突にガチガチの本格(トリッキーで面白い)が登場したりもする。読む価値はじゅうぶんありますよ。


No.900 7点 厭魅の如き憑くもの
三津田信三
(2019/08/27 05:25登録)
コージーに過ぎる長い長い怪奇譚の末、まさかそんなちっぽけな真相?。。 と鼻白まずに済み助かった。何しろなかなかに大きなどんでん返しに襲われたもんだ。何処かで見たことあるアレだけど、物語の演出が違うだでに、驚きの感覚もやはり違う。真犯人暴くまでのステップに冗長感アリのため、驚きが微妙に薄れたのは少し残念。でも少し程度。

探偵役が真相を悟ったのが、そのアレの何とかを知る前だ(物語の構造上、そういう事になりますよね?)と思うと、しかも核心暴露へ至るまでの試行錯誤というか推理の執拗な積み重ねを経ているのだと考えると、そりゃあミステリとしての感動もなるほどひとしおだ。 最後に探偵役(ほとんど作者目線)が伏線を丁寧に説明してくれるとこ、まるでイニシエーションなんとかのネタバレ解説サイトのような感触で若干苦笑。でもこれあると助かる。最後のヒョッコリは、もしかして取って付けのオマージュ?おまけにしか見えない(この最終フレーズがどんでん返し最後の大締めにはとても見えない)んですけど、比率的にミステリ要素に較べると軽すぎて。 でもまあ、こういう感想が出てしまうのは私がちっともホラーマンじゃないからに過ぎないんでしょうなあ。

ところどころ、文章構成というか文の置き方が下手ッび過ぎて、誰が何を発言してるんだか分からなくなる箇所散見。もしやこれも叙述欺瞞の一環だか核心かとちょっぴり疑っちゃいました。それと、どうにも昭和の終戦直後が匂わないというか平成感丸出しの文章で、どうしてこいつらガラケーかせめてポケベルで連絡取らないんだろう?交番にキャプテンシステムは無いの?なんてうっかり思ってしまったり。あキャプテンシステムはむしろ昭和末期か。でもこのへんはシリーズ第二作以降順次改善されて行くのかしら?そもそもそこは改善すべきポイントではさらさらない?




【以下本作のトリック核心にさわるネタバレ(特に後半)】


さて、本作の叙述トリックの、心理的ではなく物理的側面のほうの肝となる部分、もしかして一種の洒落から発想が始まったのかな。。? んでこの系統の叙述トリック(心理的側面のほう)って、もの凄く大まかに捉えればブラウン神父の郵便配達のアレの応用篇、と言えるんですかね。 つまり、小説構成のあの部分が郵便配達人に相当する、という意味ですが。


No.899 6点 幸運の脚
E・S・ガードナー
(2019/08/09 12:15登録)
「諸君、これが僕の自供だ」

バカな俺を笑ってくれ。 ようやく、俺のペリー・メイスンに出逢えたよ。。。自分にはどうも合わないシリーズだな~と思いつつ、時々ちょっとずつトライして来て良かった。 こりゃ「傾いたローソク」以上に良かったよ。

事件動向にしっかり厚みが有って魅力的。目まぐるしいストーリー展開と乱暴な解決メソッドはハードボイルド調。メイスンのヒーロー性もワイズクラックもHB基準じゃぬるいもんだが、ちょいとソレっぽい本格として充分味わえる。 まあ、これ言うと微妙にネタバレになるかも知れないが、美脚詐欺自体が事件の中心寄りに位置していたらもっと良かったかもな。

古い創元推理文庫じゃ「メイスン」を「イメスン」と誤植してる箇所があって、そこ「イケメン」と空目しちまったのはご愛敬だ。


No.898 8点 鷲は舞い降りた
ジャック・ヒギンズ
(2019/08/05 19:28登録)
真夏の生ビール一杯の一体何が素晴らしいのかを数百頁に渉り隠喩だけで詳述した、世界の愛読書。(その大部分は”如何にその瞬間まで我慢すべきか”についての抒情詩であるので、熱中症対策としては極めて不適格)

だが本作の主役酒はブッシュミルズ。ボトルのフォルムとラベルの意匠に威厳への格別なる意志が見てとれるアイリッシュウィスキー。これからもデヴリンはガッツリ呑み続ける事でしょう。本当に困った奴です。

「おれはとつぜん六フィート離れた所に立って、自分が言っていることを聞いていた」

夥しい主役/準主級の放つ台詞の拉致力が半端なさ過ぎて泣きます。 最高の多重逆説を表出したのが、まさかのギラギラキチ●イNo.1だったとは!あのシーンは萌えたなあ! 物語の真ん中あたり、ハードボイルド文体の最高にユーモー溢れる応用篇みたいなくだりが、ひどく良かった。 終結間際の或る台詞、2×2で珍重すべきクアドゥループルミーニングになっちまってるわけですな。。。。あわやリドルストーリーの河口へ沈降かと見紛う幻惑のどんでん返し。そしてやっぱこの、ちょぴっとアメリカン・グラフィティを思わせる、大型エピローグの差し向けて来る眼力。。。。 アーサー・シーマー絡みの或るシーン、原文をチェギラしたぃと思ぅたが、翻訳が充分イカしてることを思い出し、その必要はまるで無いのを悟った。だからこそ、いい爺ィになって原典再読する幸運にヒットされた暁には是非ともそこんとこ、キッチリ落とし前つけたい。 オルガン(バッハ)のシーンは沁みました。。。。

「素晴らしい演技でしたね、中佐」

ああ、本当に素晴らしいプレイでした、登場人物の皆さん。男臭い物語ですが、数少ない女性の皆さんも最高でした。いつか皆で、人生に乾杯でもしませんか。


No.897 7点 ひげのある男たち
結城昌治
(2019/07/30 19:30登録)
「わかりやすく言いますと・・・・・・変なふうに妙なのです」

本作のユーモアはけっこう本気で笑えました。 ごちゃごちゃしてるようで意外とすっきり、ストーリー展開が楽にきちんと見渡せる感じも良い。 露骨にラインマーカー引かれた感じの”明瞭過ぎる手型”の機微がもう少しロジックの四角いリングの中で暴れてくれてもよかったが、、不満とする程でもない。そしてこの大胆不敵な凶器の隠し場所。。あんまり言うとネタバレになるが。。犯人の属性を(作者も、犯人も)最大限に活かした意外性煌めく大型トリックですね! 本作での“ひげ”の現れようを、たとえば某”トランク”や某”樽”の動きのような複雑な意味深さを持たせて操作してみたら、、なんて思わなくもないですが。。

そしてこの締め台詞! ユーモラスな味のあるミステリ、じゃなくて、もうジャンルとして明瞭にユーモアミステリの流儀。それでいてなお本格!!やったね結城昌治!! アリバイに使われた旧いアメリカ映画 「犯人は誰だ」って、ググってみたら本当にあるんですよ(笑)!

ところで私が本作を読んでいて無意識に感じていたちょっとした違和感、その正体はどうやら、こうさんの書かれている
> 登場人物のみが犯人になりうることが大前提となっているのが不自然で
のあたりらしいですな。

本作で結城氏は故意に翻訳調の文体を狙っており、その目的はこの独特の妙にユーモラスな間(ま)を醸し出す事だった、という説もある様です。 (あれ、それって文庫巻末解説に書いてたんだっけ、忘れちゃった)


No.896 7点 臨場
横山秀夫
(2019/07/15 12:54登録)
連城スピリットが垣間見える短篇連作。各話の主人公が異なるせいか、出だしで素敵な違和感を発散する例が多く魅力的。趣向を適度に凝らした各話の構成も訴求力高し。舞台は地方の田舎町(であることが実はミソなんだが、その割に所々田舎より都会の空気が匂ってしまっている。惜しい所)。 通しの裏主人公、”終身検視官”倉石警視(捜査一課調査官)の存在感屹立がとにかく凄い。


「赤い名刺」    7点
”どうしてバレたんでしょうか?”の小ネタ一発からここまで大仰な人間ドラマをでっち上げた、ってんじゃないでしょうね?でもドラマ面のサスペンスは実に迫るものがあり満足。まさかの犯人像も、主人公のナニしたナニに引っ掛けてそのトゥーマッチ意外性(アンフェアと感じさせること)を回避、このやり口が巧い。 

「眼前の密室」    8点
密室トリックは。。。犯罪実行に当たっての切実性と、あまりに意外な犯人設定とよく結び付き、更にはパズルとしても興味津々。冒頭シーンの「なんじゃこりゃ?」感もなかなか引き付ける。悪くないね。 

「鉢植えの女」    8点
安っぽさ×2と重さ×3でバランスは取れた。 ただ、やっぱあのダイイングメッセージ(はっぴいえんどの有名曲を思い出す)には、頭に’バカ’ と付けたくなるアンバランスを感じなくもない、のだが。。やっぱりこの真相奥行き感はいい。 

「餞(はなむけ)」    7点
殺人事件のトリッキーな遂行&看破のなんとも奇妙な軽さ(準バカミス?)と、もう一つの謎事象の胸に迫る重さが、ちょぃとちぐはぐでないか。。でも心は動いたな。 

「声」    8点
シリアスで陰惨な背景なのに不謹慎にも笑ってしまう捜査側の会話シーン(山田風太郎ならうまく昇華させてたろう)。。 まさかの叙述トリックかハハ。。。と”逆に油断”した隙を突かれた。。ここまで業の深い真相は、結末まで脳裏を掠めもしなかった。。。。  

「真夜中の調書」    8点
どうやって自白させたかのディープなハウダニット、かと思いきや、何故◯◯したのかのホヮイだった。。。。ワクワクする設定。アタイは仮説を立てた。仮説の通りだった。。。。にも関わらずその人情噺には流石にノックアウトだ。

「黒星」    7点
事象トリプルで来ましたか。。。 しかもこ~んな変化球!! … 立体的で奥深い構成の人情譚だが、、ちょーっとリアリティ削ったかな。。倉石さん肴に少しやり過ぎたんでないの。こういう設定の人物描写にはほんっと微妙なバランス配慮が肝腎なわけで。。

「十七年蝉」   6点
最後の最後に来て、唐突なこじつけ臭漂う、薄らファンタジーか。 なのに心に残る。 (この題名ならトリッキィな数学趣向を絡めて欲しかったが、流石にムリチューか) 


本格ミステリと警察小説が融合しきれてない犯人設定やら何やらあるよな、と最初は思ったけど、別に両者の従来特性を融合する必要なんてこの世には無いんだよな。 それにしても、倉石検視官の、周囲の人間達が勝手に浮かび上がらせる絶妙な間接描写、および一人だけ完全ハードボイルド流儀の直接描写、この両輪が両輪ともイイんですねえ。。。。 それだけに、時折現れる妙~にバランス悪いとこ(えっ、その展開は、そのネーミングは、そのアレは、ちょっとシブくないよ~、みたいな)が残念でなりませぬ。 8点付けたいんだが7点です。


No.895 7点 死の鉄路
F・W・クロフツ
(2019/07/10 06:44登録)
「あなたに対して使ったのと、まったく同じ手口です!」

”仕事ミステリ”の快作。舞台はイングランド南部の臨海鉄道。偽装アリバイを●●のではなく●●●●という素晴らしいトリック!叙述欺瞞もどきの要素があり、中途半端にアンフェアな(ツブシが足りない)所も見えますが、、いっそ完全なる叙述トリッカーに仕上げてたらどんなもんになってたんでしょうか? フリーマンが専業作家に転じて間もない頃、直前まで身を置いた鉄道業界内で起きる連続殺人(なのか?!)を扱った充実の本格推理です。フレンチの人間臭いとこも例により適量見え隠れ(探偵役を他の登場人物に持ってかれ気味だが!)。“目の高さをゆっくり上下するたくましい主運棒と連結棒”のピクトリアルな描写、“面積計”を上手に使いこなす事務所のシーン等々、男心に響く(?)現場報告が続く様は壮観!! アリバイ工作は、、、そっかソレ言うとネタバレになるんでしたね。。

nukkamさん仰る通り、’80年代創元推理文庫の表紙絵(この小説ロマン溢れる危険な構図!)、惹き込まれますねえ~。


No.894 9点 犬神家の一族
横溝正史
(2019/06/29 21:04登録)
精妙なロジックと怨念の起爆が集約された遺言状!! 
絶望的暗黒と大胆なトリックが結託した連続殺人!!

【これちょっとネタバレか】
映画の演出で観ると、真犯人があまりにそのまんまで これってほんとに本格? って思っちまうが、ちっちっちっ、その際どいミスディレクションの肝の部分がごってり残っている原典(小説)で読むと、何気にクリスティ流儀のワケシリな犯人隠匿術に翻弄される愉しみが味わえる。結末知っていても大丈夫。読んでみんさい。

しっかしこの人間関係群の衝撃的キッツさは本当に酷い!! SKKY(こう略すと空みたい)の柘榴顔だの仮面だのSKTKの首が落ちて来るだの、ビジュアル上の怖さもこの心理的怖さを適度に緩和する役割を負っているんでないか?と思うほど。

しっかしKIKSは相変わらずダメだね。。 小説で読むと主役感の半端ない珠代さん、綾瀬はるかが演じてないとは意外です。

【最後に、これはネタバレになりましょう】
某超が付く人気タレント(令和元年初夏現在)の芸名は本作の真犯人から来てるのかと思ったら、そうじゃないんですってね!!


No.893 7点 闇の歯車
藤沢周平
(2019/06/26 00:04登録)
屈託と事情を抱えて馴染みの酒場(門仲だったか)に寄り合う、お互い素性も知らない四人の男達。一人は浪人、一人は商人、他の二人はアウトロー。あるとき、彼らを繋いだのは同じ酒場で出会ったいっけん陽気な差配人。彼に乗せられての犯罪計画。陰気なギャングに仕立て上げられた四人は、それぞれの人生一発逆転を賭けて押し込み強盗の仲間に一枚ずつ咬むのです。 「ここが面白いところですよ、みなさん」 捜査側とのカットバックで大江戸犯罪劇はカラフルに情感豊かに進行し、こいつらまさか地球を回す気でないかと危惧する飛ばしっぷりも時々。(地の文から台詞へのあからさまな地続き語りにシビれる箇所があったな) まあこれ以上のストーリーは言いませんが、 エンディング、、、 こう書いたらもうネタバレでしょうが、、、 やはり周平さんらしい、湿って優しい甘ったるさが目に沁みました。 もっと暗い所に突き落としてくれても、良かったんだぜ。。


No.892 9点 ある詩人への挽歌
マイケル・イネス
(2019/06/19 17:25登録)
俺は連城が好きだ。本作の目を見張る反転劇も濃密な文章世界も愛情の対象だ。 クリスマスシーズン、雪に閉ざされたスコットランド古城で起きた偏屈城主の墜落死と来た!(だが館モノとも博多者とも言い難い) 英国式にたっぷりのユーモアがゴシックロマンの中核を浸食。「月長石」を思わす、時系列大いに謎めかせた手記リレー構造(おっと、、いや何でもありませんよ)と重厚でスムゥーズな旨味。謎解きなるモノの「解き」のみならず「謎」そのモンを大事に扱う小説だね。時計と役者の喩えはなかなかグッと来た。 でまァこれはネタバレとは似て非なりと思うんでふつうに書きますけど、真相はaかと思ったらbだった、かと思ったら実はcだった、んじゃなくてほんとはdだった、ってんじゃなくて、aかと思ったらa+bだった(・・途中略・・)結局の所a+b+c+d(±α)だった、という、多重解決ならぬ多段階上乗せ解決の喉越しが何とも魅力あります。 医師がどうしたとか、贅沢がどうしたとか、、ちょーっとばかし作り物の違和感軋むとこもありましたけどね。。気にしませんよ。 極上に良い意味で、最高にキメまくりの時の(クスリやってるって意味じゃありません)連城短篇のスライト劣化版、言い換えれば拡張版、と呼んでしまいたい。  

アンコール章前の実質的ラストシーンが本当に最高の、さり気ない◯◯(or◯◯◯)ダニットの大集結場になっている、こりゃ泣けました。 そしてラスラスの短いアンコール章もまた、繊細にして剛力な淡白い何ものかで溢れています。 そういや終盤の短い活劇シーンも悪くないアクセント。 しかしですな本作、再読してみたらきっと、初読時には単なる雰囲気づくりの文面にしか見えなかったありとあらゆる顕示的伏線の樹皮という樹皮が次々とボロボロ樹幹から剥がれて行く風景の壮観さにしたたか酔わされっぱなし、となる事でしょうな。

教養文庫、二賀克雄氏の巻末解説がまた本作の英国ユーモア精神を引き継いだようで、適所に皮肉を滲ます筆致と確かな内容が実に良い、ホンの数頁です。


No.891 6点 青い記憶
佐野洋
(2019/06/13 12:48登録)
手練れに過ぎて、あまりにスイスイ読めちゃうよ、もっと引っ掛かって立ち止まって考えさせて、みたいなな不満さえもたらしそうな、良く書けたミステリ作品群。文章がスムーズ過ぎて全体的に地味に感じてしまうかも。書くに当たっては悩みの無さそうな、しかし題材は悩みの多そうな不倫がらみのお話がほとんど。(全部だったかも)

赤い蝶・青い猫/密告/細い橋/九回裏二死満塁/重苦しい空/赤い時計/二年ぶりの街/通話記録/暗い偶然/脱がされた/青い記憶  (講談社文庫)


No.890 5点 華麗なる醜聞
佐野洋
(2019/06/13 12:44登録)
アリャ、A氏が二人いるぞ。と思ったら更にもう一人。。 社会派をダシに使い切れなかったのが悪いのか、サスペンスの道筋と糾弾の矛先が大いにずれたまま大爆発無くモヤモヤと終了。ルポルタージュの真似事(あまりに小説臭い!)風に視点がコロコロ替わる構造の面白味も終盤近くで自然消滅。最後の最後でバランス悪さを露呈。でも結末に至る前までは中々に面白く、実にリーダブル。

昭和三十年代中盤の実社会を騒がせた複数事件を組み合わせたモチーフを使いつつなお「これは実際に起きた事象である」振りをしているコンセプトの故か”疑似ドキュメンタリー”の嘘っぽさが溢れ出てしまい、スリルだとか知的興味だとか、大事な何かを削いでしまっている気がする。それでもまず面白いのは、洋ちゃんの底力ですな。

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