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ミステリの祭典

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斎藤警部さんの登録情報
平均点:6.70点 書評数:1368件

プロフィール| 書評

No.1008 7点 ノックス・マシン
法月綸太郎
(2020/12/11 06:57登録)
ノックス・マシン  
羊頭狗肉にも程があるだろう、って(笑)。何をそんなに大袈裟な。。。。何しろ、このエンディングですぜ!? ノックス十戒のあの条項に着目したのは面白いし、そこから波動関数のソリトン波のと大風呂敷に発展する奇想飛ばしぶりは痛快だ。虚数的存在が特異点で使命を果たしに時を飛ぶとか。。いかんせん、萎みまくりの収束が。。

引き立て役倶楽部の陰謀
とりあえず大笑い。小ネタ仕込みのタペストリーで大ネタを構築。

バベルの牢獄
凄まじくエグいSF奇想。意識のステルス化ですって(こりゃ効いた!)。。。。電子書籍泣かせの一篇(って言ってられるのもあとどれだけか)。

論理蒸発―――ノックス・マシン2
「No Chinamanは複素数次元に拡張されたノックス場において、虚数iの身体を与えられている。しかしBAPアバターでは、どれだけ脳/意識データのシンクロ精度を上げても、実数の範囲にしか手が届かない。」そうなのか。。
真面目な顔してだんだんバカになっていく面白さw 何というか、戦隊ヒーローものの無茶苦茶な設定の暴走みたいな(キュウレンジャー思い出す)。だが最後はちょっと泣けた。

虫暮部さんのゲロッパには大いに賛同です。


No.1007 8点 クリスマス・キャロル
チャールズ・ディケンズ
(2020/12/09 06:58登録)
終盤に一陣の旋風に捲られ、目まぐるしい感動に晒される物語。 絶妙な螺旋軌道でミステリ好きの心をくすぐり、パラレルワールドめいたものが抜群の効力を突き立てる、道徳ファンタジー。


No.1006 9点 大いなる遺産
チャールズ・ディケンズ
(2020/12/07 21:47登録)
「この夢はな、おまえが考えるよりも、もっと多くの人間の頭にはいっていたものなんだよ。―――そしたら、おまえは秘密をあばいたりなんかするくらいなら、むしろ―――」

クリスマス・イヴの日の昼間、貧しい田舎の墓地にて脱走中の囚人に遭遇して脅され、そのトラウマをひきずったまま成長するピップ。早くに両親を亡くし、姉と、姉の夫で鍛冶屋のジョーと倹しく生活する彼は或る日、謎の人物が自分宛に莫大な遺産を遺す意志があるとの旨を初対面の弁護士ジャガーズから突然伝えられる(そこに至るまでもなかなかの市井絵巻)。そのとき既に始まっている、産業革命勃興期の英国を舞台とした、人間くさい個人冒険史の大河ドラマ、そこには、よしゃあいいのに愚かで不器用な恋愛事情もしつこく絡む。これは手記であり、書き手イコール主人公ピップで、彼の現在の状況については一切が隠されたままストーリーは進みます。 幾人かの登場人物に対する主人公の気持ちの反転の連続が熱すぎて、最後どうなるのか、多方向への予感が優しくも毅然と交錯し、はらはらどきどきが止まりません。自伝的内容を核に、よくぞここまで疾風怒濤の発展培養を成したものです。 

忘れ難き、万感の第十八章。
慟哭鳴りやまぬ激白の第四十二章。
全てを翻しヤバ過ぎる告白の第四十九章。
浄化の白光に包まれる第五十六章。
そして。。。。。。。。 エンディングから心が漂流させられる第五十九章。

気持ちが激動する転換点は上記だけではありません。物語「第三段階」から一気に露わにされる、熱過ぎてサスペンスという言葉ではもう済まされない切実さの睥睨。どういうことだ!と時に衝き叫びたくなる伏線回収の奔流ぶりったら。。小説上の機能としてだけでなく、小説の中の人生の伏線にそこまで黒光りする落とし前を付けるか、って唖然となります。 最後の偶然、シンクロニシティは、実際には意外とあり得る事のようには思う一方、却って小説としてはどうかとも感じるが。。エンドは、オリジナル修正前(ネタバレになるので書きません)でもよかったとは思いますが。。だけど結果としてリドルストーリーになっているのがまた、よくよく趣き深い。 ストーリーの起伏と謎と、ユーモアとペーソスと、絶望と希望と、出遭いと別れと再会と。 大笑いの素人芝居、強力犯の攻撃で不具にされた者の哀しき末路、ドタバタの聖夜、死の危険迫る無謀な対決、弁護士事務所事務員ウェミックの素敵な二重生活(?)、何よりジョーの。。。。。。。。 陰陽明暗忘れ難きシーンの宝庫でありつつ、やはり最大の収穫はエネルギー溢れるそのストーリー全体、半端でないオーラを放った渾身の大作です。

“わたしたちはわたしたちの涙をけっして恥じる必要はないということは、神もごぞんじだ。 涙こそは、わたしたちの頑なな心をおおっていて、人の眼をくらます、土埃りの上に降りそそぐ雨だからだ。”


長篇ミステリの開祖として、短篇のポーと並び称されるディケンズですが、繊細な芸術品のあちらと較べ、こちらは豪胆さが魅力の大衆文芸(向こうが芥川賞ならこっちは直木賞)。 是非、大衆食堂で昼酒かっ喰らいながら読むのをお薦めします(まあゝゝ冗談)。


No.1005 5点 古い腕時計 きのう逢えたら・・・
蘇部健一
(2020/11/30 21:57登録)
毎度甘々しいお涙頂戴フヮンタジー。浅くてスカスカかなりテキトー。謎の時計屋さんが毎回放つ印象的決め台詞×2もありますが。。エピローグ的なもの含みちょっと捻ったのであろう全体構成すら、見事なまでに中途半端。なのにちっとも詰まらなくなく、またおそろしく読みやすいのは隠しきれない長所。読み捨てに頗る良し。あと、エンドの感覚..切ないとか悲しいとか美しいとかホッとするとか..が統一されてなくて、最後どう転ぶかちょっとハラハラするのは良いかも。5点と言え5.0は上回って堂々合格点です。

片想いの結末/四番打者は逆転ホームランを打ったか?/最後の舞台/起死回生の大穴/おばあちゃんとの約束/明日に架ける橋/運命の予感/エピローグ/その後のふたつの物語  (徳間文庫)


No.1004 6点 だからミステリーは面白い 対論集
評論・エッセイ
(2020/11/28 09:03登録)
井沢元彦と雨の会有名どころメンバー、高橋克彦、宮部みゆき、大沢在昌がそれぞれ一対一で繰り広げる愉しいおしゃべり。意地悪な井沢、粗削りな高橋、やさしい宮部、締まった大沢、みな見た目通りのキャラクターで創作プロセスや業界裏話を際どくならない範囲でゆるゆると語る、寝転がって気楽に読むのが正解の甘口本。最後の井沢対編集部だけはほんのり辛口。リラックスし過ぎの脳波でスイスイ読んじゃう、やっぱりミステリーは面白いんだな、と何故かしみじみ思うが、それも当たり前過ぎてすぐ忘れそうな本。だから、今のうち愛しんでおこう。


No.1003 7点 殺人配線図
仁木悦子
(2020/11/26 15:41登録)
従妹が、父親(発明家で裕福)が階段から転落死したのは自分のせいだと気に病んじゃって仕方ないんだ、この際デッチ上げでいいから、あれは従妹には全く責任の無い事故だったって調査でもフリでもして証明してやってくんないかなあ、あなたそういうの得意だから、、 と街でたまたま遭遇した旧友に頼まれちゃった、病みあがりで休養中の新聞記者。。

という、なかなか変わったサスペンス風導入から、和やかに愉しく話はシャカシャカ進んで、気付けば本格推理の隧道へとどっぷり突入。時代モノ、専門知識頼みの暗号がまた旨し。昭和の配線図って、いいよねえ。。 人間関係含む複数の仄かなミスディレクションが、過不足ない隠し味としてコンブ酢のように効いている。(あっさり味に仕立てたクリスティ技のような..) 意外な重要ポイントになっていた人物が印象的! 子供の配置も良い。 結末の反転 .. 目くらましが効いてそっちは思いも寄りませんでした .. は結構ドロドロしてるくせに、爽やかなエピローグもいい。 まったく館モノらしくない、富める者と貧しき者とが交錯する、古い洋館の話。


No.1002 8点 二千万ドルと鰯一匹
カトリーヌ・アルレー
(2020/11/24 15:22登録)
「でも、そうした連中って、わたし、一番嫌いなんです。ですから、白状しますけれど、そんな男の一人なら犠牲にしてもどうということもないと考えましたわ。」

若い未亡人は莫大な遺産を独り占めしたい。 邪魔な義息は交通事故で療養中。 未亡人は義息の抹殺を”その筋で評判の”看護婦に依頼する。 看護婦は老人相手の”実績”こそ豊富(貯め込んだ財産も相当なもの)だが、若者相手の”仕事”は初めて。 これを最後に(裏も表も)稼業から足を洗い、小説家の恋人と後半生をリッチにのんびり暮したいと夢見る看護婦。。。 これ以上、灼熱の粗筋は晒せません。 短い話だが山場が長い! これぞ犯罪サスペンス。 これぞ悪女というか悪人モノ、いや、やっぱり悪女モノと呼ぼう(女と男は違う)。 時に意外なほど人間くさくとも、決して弱くはない主人公(って誰?)。 拍手を促す最高のラストシーン。 涙さえ誘う最高の大人の友情物語(とは思えない方も多かろう)。 イカすぜアルレー!

"二千万とは男たちが考えていることであり、鰯一匹とは、本当のこと、そして男たちの目には入らないことだった。そして、それらすべてを合わせたのが女たちの経験と呼ばれるものなのだ。"

むかしNHKの夜ドラで『わらの女』続篇まがいの体で『ガラスの女』なる題名でやってました。 幼少の頃、ミステリ好きの美しき母と一緒に欠かさず見てたもんです。

「あなたのその美貌と、名前と、財産を利用すること、そして、決してあきらめては駄目。今度のことはほんの魔がさしただけだと信じ込ませるのよ。あなたなら、きっとできる。」


No.1001 8点 スパイのためのハンドブック
評論・エッセイ
(2020/11/21 12:14登録)
或る正月、帰省先の駅ビルで見つけて帰りの新幹線で読み切った本。元モサドの花形スパイ、ウォルフガング・ロッツ先生の書いた、スパイになりたい人のための心得書。その名も『スパイのためのハンドブック(原題:A Handbook For Spies)』。

スパイ稼業の事に特化して掘り下げながらも、スパイのみならずこの世に生きる人全ての良く生きるヒントに満ちた素晴らしい書で、個人的には大昔家のトイレに置いて読んでいた鈴木大拙先生『禅とは何か』に非常に近い感触を覚えました。 いや本当に仏教の書っぽいんですよ(著者本人は「イスラム教に寛容なキリスト教徒」のふりしてたユダヤ教徒なんだけど)。 また、むかし連れられて行った歌舞伎町某焼肉屋『超絶クリーミー・ホルモン』の味にも似ていました。 タイトルからしてなんとなく伝わるかもしれませんが、シリアスな内容ではありながら絶妙なヒューモーを散りばめた温かみのある文体で包み込んだ、とってもイェイ・イェイなムードの素敵な本なんです。 時々冷水をあびせられるのも良し。

さて、この本には冒頭部いくつかの設問による「スパイ適性テスト」なるものがあり、折角だから正直に答えてみたところ、『最もスパイに適したタイプ』 の中に入っちゃいました。 このテストは例えば 「恋人が浮気をしている、とピンと来ました。 さて、どうやって証拠をつかみますか?」 なんてゆ設問に4択から答えるというもので、その4つの答えのうち 最も「スパイに不向き」なものには0点 ~~ 最も「スパイにふさわしい」ものには25点と、その「スパイ度」 に応じて点数が高くなっています。

ではこのテストで満点を取れば最もスパイ向きなのでしょうか? いいえ、このテストでは満点の9割2分以上を取ると 『行き過ぎにより、スパイには不向き』 と診断されます。 また8割2分を下回ってもやはりNG。 私の場合は8割6分とかなり直球ド真ん中に近い所をヒットしました。いいだろう。うひひひ  

読み進めて行くと途中で唐突に「異性との関わり」「賄賂(わいろ)攻撃」についてのスパイ適正度テストなるものが登場し、こちらもやってみましたがその結果「異性」はスパイ適性度最高。 ところが「賄賂」の方はなんと『行き過ぎ、スパイに不向き』と出てしまいました!!  「異性」の話が出ましたが、ある理由により、スパイに「同性愛者」は非常に不向きなんだそうです。 

さて言うだけ野暮ですが、ミステリの世界と非常に親和性の高い、素敵な本です。 生きる指針が欲しい時、何かの初心に帰りたい時、読んでみては如何ですか。


No.1000 9点 久生十蘭短篇選
久生十蘭
(2020/11/18 05:30登録)
戦後作が大半を占める絶景アンソロジー。天使と悪魔の配置具合に感慨あり。

黄泉にて  ■ しみじみ、嗚呼しみじみ。緩から始める最高のスターター。
予言    ■ サスペンスと、幻想と、実ぅに好みの最後の一筆。
鶴鍋    ■ 洒脱の中に情濃密、二度読み必至。
無月物語  ■ 残虐奇想と爽快余韻が何度も行き交う、翻案テイストが宿る歴史怪篇。  
黒い手帳  ■ 巴里在住の日本人達。緩急ある貧困、賭博への憧れ、生命の遣り取り、急襲する恋愛と友情の物語。ここにカッチリしたミステリ結末が無くて何の不満があろう。
泡沫の記  ■ 鷗外の獨逸日記引用に始まり、狂王と侍医の急な死を巡る歴史推理に、美しい奇想描写が闖入する、詩的随想。
白雪姫   ■ シャモニー氷河にて、愛憎紛う男女を襲うサスペンス譚、裁判、優しい涙をさそう後日談。後を引く。
蝶の絵   ■ 南洋から復員した名家の友人は、容貌は異様なまでに以前通りだったが、性格や行動が大いに変わってしまったようだ。その闇の謎が明かされる。
雪間    ■ 快くもどかしい、婚外恋愛と〇〇〇〇〇〇〇〇犯罪の物語。終結部のスリルが熱い。最後の台詞がまたもどかしい。
春の山   ■ 闘鶏花試合がクライマックスに来る熱い掌編。一大事とは何か。
猪鹿蝶   ■ 一方的な電話のお喋りで構成された、女から女への復讐劇(聴き手は第三の女)、迷走の末爆裂する奇妙な味!! こりゃ翻弄されたわぁ。で、何で最後にこんなシンミリさせらなアカんの。。 
ユモレスク ■ あまりに切なくあまりにトリッキーな味わい濃縮の一篇。親離れの良過ぎる息子と、子想いのあまりに深い母、母の姪。東京とパリ。ラストの台詞は、そのままの意味と取りたいが。。10点。
母子像   ■ ユモレスクの直後にこれを置くなんて。。。。無限に悲しい物語、強烈無比の掌篇。冒頭から謎の騒めきとちぐはぐ感を噴霧しているのが凄い演出ですね。10点。
復活祭   ■ 沼が深過ぎるよ。。。。。。。。これを母子像の次に置くってんだからなぁ。横顔の描写比喩に凄えのがあったなあ。最後数ページの痛みを伴う温かな激動が美しいなあ。
だが(?)これは断じてハッピーエンド、という言い方で似合わなきゃブライトエンドだよなあ。 この題名こそは、そのもの真っ直ぐだ。 読み終わり、すぐ、七年後に読み返したくなると自分に予言。10点。
春雪    ■ プリンスのファンなら泣かずにいられぬオープニング。終戦間際に病で若死にした女性の、心の謎の、明かされ方がミソ。美しきアンコールピース。

ミステリファンの琴線に玄妙な触れ方をするこの人の小説はやはり、いいです。


No.999 6点 蜘蛛と蠅
F・W・クロフツ
(2020/11/13 18:20登録)
ストーンズファンのみなさん、お待たせしました!… と言いたいとこですが、あちらの原題”The Spider And The Fly”と違い、こちらの原題は”A Losing Game”。「魯迅亀」と読まないでください。 本業金貸し、副業で恐喝を嗜むくそじじいが頭打ってくたばって、家も火事になって、さてこれは事故でしょうか殺しでしょうか、殺しだとしたら誰が手を下した正義の味方でしょうか、ほんとに正義の味方なんでしょうか、という物語。 この本にはですね、7点以上には無い、6点本ならではの緩い良さがありますよ。色んな登場人物の人間くささも一々あけすけでなごみます。中甘のユーモアもよく撥ねてます。 前半、シンプルな様でいて枝葉が凄まじく伸びる恐喝心理描写(する側もされる側も)には掴まれました。後半、何気に アレ、真犯人あの人じゃないの? って何度かに渡って迷わせてくれるのがいいですね、 そしてチームワークの勝利に向かって進む仲間たちのキラキラ感が良いです。 炸裂リアリティの空気の中に、意外と絵空事な展開もあったりしますが、、だからこその味も出ています。物理に振り切りの古典的アリトリもまた愉しからずや。 「多忙な休暇」のブリテン&アイルランド島巡航ツアーで知り合った人が登場します。万が一そいつが犯人だったら、気絶しますよね


No.998 4点 地獄の奇術師
二階堂黎人
(2020/11/09 18:45登録)
もはや歌舞伎。脳内見得をいちいち切らずには読めません。長い小説ながら展開も機敏、無駄は無し。ところが結末前半に達し、なかなかに底の浅い心理&物理トリックで塗り立てられた麩菓子構造の物語だった事が判明!! ←麩菓子は大好きです。 そこから心機一転?巻き返してからの結末後半も、目を疑う同種の浅はかさとこじつけスピリット発露で目がチカチカする!! 結末直前までは相当に面白かったんですよ。新本格だってんなら、まさかこの人物が真犯人ってことはねー~よな、などと思い込んでましたよ。思わせぶりなプロローグも、結果的にエピローグも、思わせぶりなだけでちっとも化けず(YHWH....)。1967の日本の話だってのにGSのGの字も出て来やしねえ。黎人と蘭子の微妙な関係をハードボイルド的に描写する力はある。そこはいい。物理的残酷描写に妙な皮膚感覚リアリティがむんむんで、人によってはかなりの嫌悪感でしょう。←褒めてますよ。 ところで講談社文庫の表紙はいったい誰? 中村憲剛じゃないですよね?? (ネタバレぽいが、真犯人ってこと??)

「面白いという言い方は死んだ者に対して不謹慎かもしれんが、確かに興味深い事件だった。歪んだ家庭と秘められた欲望、人知を超えた魔のトリック、そして勇敢な君たちの冒険。ある意味で、人間の多面性が非常によく表現された事件だったと私は思う。」 ←何なんだこの台詞は!!


No.997 5点 英国庭園の謎
有栖川有栖
(2020/10/29 18:12登録)
何と言っても「ジャパウォッキー」、この惜しさ、残念さは筆舌に尽くし難きこと       の如し! サドゥンエンドの曖昧放り投げさえ無ければ…それでも余韻は叫び続ける。これが象徴することに尽きる。つまり、他の作品も含め、ちょいとイカシタ思いつきを抹殺して立ち去る愚行を避ける行為の存在価値がやたら光る短篇集。 退屈はさせない。

「雨天決行」 アイディア煮詰めの工程が透けて見えるようで。。 イタリアっぽいスペイン人の名前を探したんだろうなあ。。とか。 足跡の機微を最後まで引っ張らない展開は妙に目を引いた。代わりに持ち物の手掛かりで最後まで持たせ、状況のロジックで一気に、センチメンタルに犯人を落とす。
「竜胆紅一の疑惑」 広がらないなー、犯人も光り過ぎてすぐピンときちゃうし。 でも読ませるんだな。 これ、サザエさん近所の話じゃないですよね?
「三つの日付」 画像ググる時は注意ってやつですね。 コンパクトに良くまとまってます。
「完璧な遺書」 スリルはあった。 犯人に全く同情出来ず(評価とは無関係)。 むかし悪友のPCにいたずらしたなあ。。(今思うと何たるやり過ぎ!) これいちばん鮎哲っぽいかな。
「ジャバウォッキー」 グルーヴとスピードがあった。 犯人と探偵両方に同調しちゃう(評価とは無関係)。 しまそう『糸ノコとジグザグ』の線を狙ったって、さもありなん! しかしこんだけの物語ポテンシャルを、大化けさせずおしまいか。。
「英国庭園の謎」 エンディングシーンは良かった! 暗号そのものは何の驚きも無いけれど、その立ち位置がなかなか。。 蛇蠍キャラの被害者だけど、極悪人てより悪乗りし過ぎる人なんだろうなあ、自分も気を付けます。

鮎川哲也の、神憑ってない時の短篇を集めたみたいな本だが、悪くないです。 それとない爽やかさに会話の愉しさもグーよ。 (6点とまでは行かんけど、5.4かな。)


No.996 8点 ジャンピング・ジェニイ
アントニイ・バークリー
(2020/10/27 16:46登録)
“すべて承知していることを気取られてはならないし、なおかつ危険を見くびらせてもいけないのだ。”

名サドゥンエンド(それだけで1点上げ!)が光る、新本格の雄バークリーが大昔に放った会心の一撃。 ミステリ思考実験をよくぞここまで大胆にこねくり回したものです。 最高の英国式ユーモアも絶妙に馴染んでいます。

「ぼくならもうすこしはっきり言うね。殺人であることは明白だ、と」 “事実を途方もない仮説として議論するというアイロニーを、ロジャーは楽しんでいた。かわいそうに、コリンにはこのアイロニーはわかるまい。”

これ言うと一気にネタバレくさくなりますが、一風かわった登場人物一覧に、よく見ると真犯人の大ヒントがあるじゃないか。。。

“いずれにせよ、ロジャー・シェリンガムが殺人事件の容疑者となるという考えは、ロジャーを面白がらせずにはおかなかったのである。”

※弾十六さんがEVH追悼なら、私のは津野米咲追悼みたいなタイミングになっちゃったかな。。不謹慎な物言いですが。


No.995 6点 探偵映画
我孫子武丸
(2020/10/22 13:00登録)
ストーリーがもうちょっと暴れてくれたら良かったかな、折角のトリッキーでギミッキーなメタミステリ(?)なんだから。必然性ある「告白合戦」の位置付けは興味深い。「叙述トリック」が完全に映画の枠内に押し込まれてる構造なもんで、そこで驚天動地とも行かない歯がゆさは仕方ないか。(「メイキング」の方を一皮剥けさせて大爆発、とは行かないものか..) でも発想は面白いですね。 ま、ユーモラスで明るいのはいいけど、せめてもう少しの分厚さが欲しかったね、お話に。んでも、あの映画枠内の真相とその隠し方&バラし方は小味なれどなかなかピリっとしてますよ。映画枠外のトリックもまずまず。悪くないです。6.2点あげちゃいます。


No.994 7点 そして扉が閉ざされた
岡嶋二人
(2020/10/19 19:16登録)
甘い話だな~~ とフンフン読んでたら最後、やられました! 数頁で一気に発熱しましたね。 そのくせあっさりしたエンドも好きです。

友人関係にある若い男女2x2=4人の容疑者たち。。うち少なくとも1人は犯人のはず。。もう1人の友人女子「三ヶ月前の死」の真相を明らかにすれば、監禁されてしまった「核シェルター」から外に出られるかも知れない、、保証は無い、、死んだ女子は、幌をオープンにしたアルファロメオで断崖から飛び降り自殺を図ったと警察には目されているが、殺人の疑いを棄てきれない彼女の母親が(武器製造会社社長であるその夫は娘の死のショックが引き金となり病死)自らの別荘地下に作った核シェルターの中へ、催眠剤で眠らせた4人を閉じ込めた、と思われる状況。。 「身動き取れない現在」と「自由に動けた過去(回想)」のカットバックで話は進行します。

真相を探り当てようとする男女4人の証言と推理の持ち寄り合いが微妙にして明瞭な齟齬を来たす様は、割と有名な 「四つのピースで出来た直角三角形、ピースを並べ替えるとあら不思議、何故か1マス余ってしまう。。」 の錯覚パズルを彷彿とさせてくれなかなか興味津々。
これで脱出劇サスペンスと恋愛スクランブル、そして社長を失った「会社」の動静をガッツリ書いてくれてたら、、それでこの結末だったら、、ちょっとヤバいくらいの出来だかったも知れませんね。。やっぱ「人間を描く」ってのは大事。。とか言いつつ本作はやはり必読書オーラぶんぶん漂う、昭和末期を飾った力作と言えましょう。 当時はカロリーメイトのプレーン味って無かったんですよね。 (あとアレか、やっぱ4人がシェルター内に運ばれたシーンを最後にはっきり晒して欲しかったな..)


【犯人の名指しはしませんが、ここからネタバレと思います】

わたしゃてっきり、咲子の母親、少なくともそのミステリ的バリエーション、が真犯人じゃないかというありがちな疑いが頭を離れず、おかげでアノ真相の可能性なんて頭の隅を過ぎりもしませんでした。。。。 アホや。。。


No.993 7点 葬儀を終えて
アガサ・クリスティー
(2020/10/16 19:55登録)
「だって、リチャードは殺されたんでしょう?」 なる台詞の味わい深さよ。。。これに尽きるんじゃなかろうか! んん~そうねえ、レドヘリと言えば聞こえも良かろうが、ちゎっと無駄が多過ぎひんかのう、アレの。。とは思うんですけどね。。 でも死にネタがこんだけ豊富だからこその、真相隠匿にはなってるわけで。。 芸術ってのは、罪深いもんなんですねえ。。。。 いっけん地味な物語ではありますが、後からじわじわと迫り来るものがありますよ、特にその、犯罪動機の強さとリスクのやばさとのバランスだかアンバランスだか。。 登場人物一覧には入ってなかったけど、老獪な私立探偵ゴビィ氏の造形は実に味わい深かった。 いっやー、いかにもアガサクらしい、人を騙すニクい作品!  んで最後に、この家系図、アンフェアやろ!(笑) なんちゃって。。。。


No.992 8点 狂骨の夢
京極夏彦
(2020/10/08 18:30登録)
「本当に前世の記憶だった訳だよ」

うっかりすると読者の記憶からこぼれてしまいそうな、こぼれ寿司の如くふんだんに盛られた内容を味わい尽くせばこりゃあ面白い一冊。
シリーズ先行二作に較べると、トリックや真相はきっちり枠の中で纏まっている一方で、物語背景の遠大過ぎる奇想ぶりにはフラフラします。バカミスにも通じる大胆爆走の力点置き所を一旦チェンジしたのですかね。
前半分強は作者らしい親切な冗長に溢れていたものの、全体として感じればこれは、長大なサイズに関わらず密度厳しくビシリと詰まった、えも言われずリッチな犯罪ファンタジー小説です。 もはや、叙述トリックではない。。。。

“ありとあらゆる幻想が次次と現実に姿を変えて行く。それがどう云う意味を持つのか、そんなことは全然解らなかったが、兎に角おお、と云いたかった。”

いくつもある反転の中で、ひとつ際立ってブライトなやつ(道尾秀介みたい..)が出て来たのはちょっと笑っちゃったが、大きな救いになりました。 秘密の通路はルール違反とか、楽屋落ち的メタな物言いもポロポロあって可笑しかったなあ。
歌が、記憶ときほぐしの鍵を握っていたなんて、素敵な話です。。。。 と思っていたら!!。。 このへんは登場人物も作者も、余裕でさばいてる風ですな。

そしてこの、バッサリ来る、名エンディング。


No.991 8点 白光
連城三紀彦
(2020/09/30 11:35登録)
何故連城長篇は緩むのか、その神髄が見えたぞ! と思って少し寂しくなった数十秒後にはもう、その予断は蹂躙されていた!! 絶句。 ここまで重く哀しい真犯人●●●●は、ちょっと無いぜ。。。。 これぞ和のフレンチ。表題も完璧。

二組の夫婦、妻が姉妹どうし、双方に一人娘。 妹のほうの娘が或る日、絞殺屍体で発見される。 場所は姉の家、一緒にいたのは老いたる舅。。。この舅の朦朧とした独白で幕を開ける、「私という名の変奏曲」の変奏曲のようでもある多重告白構成のサスペンス。 戦争の深い影も沁みた、酷い話。 警察での供述が妙に中途半端に文学的だったりで、ちょっと笑っちゃうとこもありました。 ある人物のいちいち「~~では屈指の男だ」と述べたがるクセの強い独白はヘンにユーモラスでした。 そして、終わってみれば◯◯要素などどこにもない。。という薄ら寒さよ。 (いや少しだけ、あまりに淡いのがあったか)

「君を抱きたいんだよ。そのためにここへ君を呼んだ・・・・・君に電話をかけた時からもう誘惑は始まっていたんだが、気づかなかったのかね」 ← 記憶に残る台詞

蟷螂の斧さん仰る
> 最終章の独白がその前の章と前後していたら、もっと強い衝撃となったと思います。
これは、アレのことですよね。 もしそうなっていたら、あまりに怖ろしい。。。。 9点行ってたかも。。

【【 以下、犯人名指しこそしていないものの、極めて強いネタバレ 】】

殺人犯人、言ってみれば上流から下流まで全工程で計3人(!!!)もいるのに、誰一人として(少なくとも終盤に差し掛かるまでは、標準的読者の?)嫌疑内に置かれそうもない、意外極まる人物たち。。。この空怖ろしい技巧には心底参りましたよ。


No.990 8点 渚にて
ネビル・シュート
(2020/09/25 19:56登録)
9月になれば、すべてが終わる。。。。。。。。。 絶望を希望がやさしく受け入れる僅かな時間に、平和が訪れた。希望光放つ所に、争い鎮まるいとま無し。 コバルト爆弾飛び交う第三次世界大戦なる蛮行の果て、救世主ジギー・スターダスト光臨の奇蹟もなく、ザ・ビートルズがアメリカで大ブレイクを果たして間もなく、人類とほとんどの生物の命が地上から絶えてしまう(音楽業界はチャンスを逃した)。 北半球は爆撃で全滅。激甚な放射線は赤道を越えて南半球を侵食し始め、今や残るはオーストラリア南部の更に南部だけ(大都市ではメルボルンのみ)。

“写真の縁の中から、シャロンが、よくわかっている、そうだと言わんばかりに、モイラを眺めていた。”

放射性物質や放射能に関する考証の危うさはともかく、これは心をつかんで揺さぶり感情を呼び起こす、ニール・ヤングの同名曲ほどうらぶれていない、強く静かな物語でございます。 99.99%無人の筈の北半球から送られてくるモールス信号の謎には、ちょっとしたミステリ的興味と冒険が絡みます。 小説そのものも、登場人物たちの人生も、避けられない終わりがすぐそこまで訪れているのに、どこかしら特別感を帯びながらも通常運転の生活が慌ただしく過ぎて行く。 しかし、諸々そうきれいに行くのかな。。 行かせたいものだ。 本作はきれいに行かせた人々を主役級に据えている。 そうは行かなかった人々も、暗示的に描写される。 
終末ならではお約束のユーモアは、ブラック過ぎて切ない。だがすぐ爽やかな位相に転じる。更に一周回って大笑い。最後やっぱり切なさと爽やかさへの二重収束。 そこへ来てドワイト艦長不器用ゆえのホワイトユーモアも頻発して、、素敵です。

「しかし、この土曜日は、多くの人たちにとっては、健康で過ごせる最後の週末になるかも知れません」 「あなたも、いまにりっぱな腕前のタイピストになれるわけですね」 「犬がどうなるか、ひどく気に病んでいるのです」 「しかし、わたしは、最後までまちがったことをしたくないのです。命令があれば、それに従います。わたしは、そのように教育されてきたので、いまさら、それを変えようとは思いません。」

落ち着いたストーリー展開の中に突如、悪魔の宴の如く炎を衝き立てる、犠牲者が異様に多いカーレースのシーン、そんな死の愉楽に興じる者たち。主役級の一人もその中にいるが、普段は冷静な科学者で、彼の下す状況への冷徹な専門家判断は、仏のようにありがたい諦観を恵んでくれる。 最後ほんの数十ページには号泣の機会が群発。 個人的にはオズボーンの母の死が最も心に残ります。 それよりずっと前の頁だが、ラルフとの別れのシーンもたまらんな。。 ホームズの食欲増進とか、妙にユーモラスなエピソードのアタックも密かに泣かせます。 それにしても、きっかけは1960年代前半のアルバニアか。。現代で言うと、どこの国だってんですか。。。

「どういたしまして。世界の終わりなんかじゃありません。ただ、われわれの終わりです。世界は相変わらずつづいているでしょう。ただ、われわれが、そこにいないだけです。われわれがいなくても、世界はけっこうやっていきますよ」

舞台は南半球オーストラリアですから、9月と言っても冬が終わり春が始まる時節。 ユーミンの「最後の春休み」と「9月には帰らない」が、いつも以上の切実さで頭をよぎります。 冒頭エリオットの詩も最高に効いているな。。 ある意味ソフトスカトロ的なシーンも最後のほう、ありますw。 だけどこれがまた、刺さるのよ。(色んな意味で、とかふざけちゃいかん)

“いっそう賢明な居住者が、不当な遅滞なく、また住めるようにするためには、その前に人類を一掃して、世界を清潔にしなくてはならなかったのだ。さよう、こんどの出来事は、おそらくは、そこに意味があるのかもしれない。”

これで最後かも、と思うこと、歳を取ると増えますね。 あれが最後だった、と思うこと、歳を本当に取ると増えるのでしょう。
ラストシーンは ”ウォールスィング・マティルダ” を、主役級以外含めた数人で歌いながらフレームアウトかと思ったら、、違った。。。。

「わたしは、あなたが、わたしにとって、つらい時期となったかもしれないものを、楽しい時間にかえてくだすったことを話します。また、あなたは、そもそものはじめから、なにひとつ、あなたのためにはならないことを知っていて。そうされたことを話します。わたしが、いままでどおりのわたしで、飲んだくれのやくざものにならないで、シャロンのもとに帰れたのは、あなたのおかげだということを話します。あなたはわたしが、シャロンにたいして忠実であることを容易にしてくだすったこと、そのために、あなたが、どれだけの犠牲を払われたか、そのことを話します」

終盤は、まるで本当に残された命を惜しむように、じっくり読まずにはいられませんでした。 まだ生きていてよかった。


No.989 7点 濡れた心
多岐川恭
(2020/09/18 17:17登録)
本家のフレンチもいいが日本のフレンチも素敵よ。文章も独特にまず流麗。成人男子の書く少女趣味が妖異に花開いちゃってますが、日本人のフレンチ趣味全開に通じる所があるかも。日記をリレーする数多の重要人物がどれも個性はっきりでミステリ的に魅力的。人数多いもんだから、そのバトンタッチの組み合わせの妙がまた旨味あるのよね。何しろ怪しい奴が多すぎて、かなりトリッキィな真犯隠匿してそうな気配も濃厚で、先が気になること気になること。解決篇では、心理に軸足のロジック展開が冴えてますね。それは核心を衝く弾丸の数のロジックにまで波及。(弾丸そのものの件はご愛敬でしょうか)バッジの件もご愛敬だけど、質の良い、スパンの長い後出し証拠で嫌いじゃありません。 恋愛、友情、同性、異性、未来ある年少者へのまなざし。。。貧富の格差。身分の差。社会派とは違うけど社会側面もミステリの不可欠要素として描かれている。 意外な真犯人というより、意外な犯行動機というか、いや違うな、意外な人間関係こそ、まるでクリスティを思わす巧みさで隠匿された、やられたーって感慨の深いものでした。 ただ、途中、妙に本格調で野暮な取り調べ描写がブレーキ掛けるとこは少しあくび出たな。。そこんとこもう少し巧みにトランジションしてくれたらもっと良かった。 銃刀法施行直前の物語、発表は施行直後(昭和33年)。 ところで、本作のテレビドラマ版、問題教師役が岸田森なんですね、あまりにイメージぴったりで笑ってしまいました。

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