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ミステリの祭典

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大いなる遺産

作家 チャールズ・ディケンズ
出版日1948年01月
平均点9.00点
書評数1人

No.1 9点 斎藤警部
(2020/12/07 21:47登録)
「この夢はな、おまえが考えるよりも、もっと多くの人間の頭にはいっていたものなんだよ。―――そしたら、おまえは秘密をあばいたりなんかするくらいなら、むしろ―――」

クリスマス・イヴの日の昼間、貧しい田舎の墓地にて脱走中の囚人に遭遇して脅され、そのトラウマをひきずったまま成長するピップ。早くに両親を亡くし、姉と、姉の夫で鍛冶屋のジョーと倹しく生活する彼は或る日、謎の人物が自分宛に莫大な遺産を遺す意志があるとの旨を初対面の弁護士ジャガーズから突然伝えられる(そこに至るまでもなかなかの市井絵巻)。そのとき既に始まっている、産業革命勃興期の英国を舞台とした、人間くさい個人冒険史の大河ドラマ、そこには、よしゃあいいのに愚かで不器用な恋愛事情もしつこく絡む。これは手記であり、書き手イコール主人公ピップで、彼の現在の状況については一切が隠されたままストーリーは進みます。 幾人かの登場人物に対する主人公の気持ちの反転の連続が熱すぎて、最後どうなるのか、多方向への予感が優しくも毅然と交錯し、はらはらどきどきが止まりません。自伝的内容を核に、よくぞここまで疾風怒濤の発展培養を成したものです。 

忘れ難き、万感の第十八章。
慟哭鳴りやまぬ激白の第四十二章。
全てを翻しヤバ過ぎる告白の第四十九章。
浄化の白光に包まれる第五十六章。
そして。。。。。。。。 エンディングから心が漂流させられる第五十九章。

気持ちが激動する転換点は上記だけではありません。物語「第三段階」から一気に露わにされる、熱過ぎてサスペンスという言葉ではもう済まされない切実さの睥睨。どういうことだ!と時に衝き叫びたくなる伏線回収の奔流ぶりったら。。小説上の機能としてだけでなく、小説の中の人生の伏線にそこまで黒光りする落とし前を付けるか、って唖然となります。 最後の偶然、シンクロニシティは、実際には意外とあり得る事のようには思う一方、却って小説としてはどうかとも感じるが。。エンドは、オリジナル修正前(ネタバレになるので書きません)でもよかったとは思いますが。。だけど結果としてリドルストーリーになっているのがまた、よくよく趣き深い。 ストーリーの起伏と謎と、ユーモアとペーソスと、絶望と希望と、出遭いと別れと再会と。 大笑いの素人芝居、強力犯の攻撃で不具にされた者の哀しき末路、ドタバタの聖夜、死の危険迫る無謀な対決、弁護士事務所事務員ウェミックの素敵な二重生活(?)、何よりジョーの。。。。。。。。 陰陽明暗忘れ難きシーンの宝庫でありつつ、やはり最大の収穫はエネルギー溢れるそのストーリー全体、半端でないオーラを放った渾身の大作です。

“わたしたちはわたしたちの涙をけっして恥じる必要はないということは、神もごぞんじだ。 涙こそは、わたしたちの頑なな心をおおっていて、人の眼をくらます、土埃りの上に降りそそぐ雨だからだ。”


長篇ミステリの開祖として、短篇のポーと並び称されるディケンズですが、繊細な芸術品のあちらと較べ、こちらは豪胆さが魅力の大衆文芸(向こうが芥川賞ならこっちは直木賞)。 是非、大衆食堂で昼酒かっ喰らいながら読むのをお薦めします(まあゝゝ冗談)。

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