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ミステリの祭典

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斎藤警部さんの登録情報
平均点:6.69点 書評数:1304件

プロフィール| 書評

No.984 8点 腐った太陽
黒岩重吾
(2020/09/01 11:30登録)
“加津子は青い空を見上げた。競輪場の方から微かなどよめきが流れて来た、大穴でも出たに違いなかった。”

昭和30年代中盤の大阪。 敗戦の打撃で転落し、コールガールで暮らしていた佐伯(加津子)は、客の一人だった工業機械メーカー社長宮内の愛人となり、社長秘書として入社する。脚の悪い宮内は戦後混乱期の罪深い過去を佐伯に告白するが。。。。ある夜水死体で発見された。佐伯は復讐を誓い、真犯人を追い詰める仕事に着手する。折しも会社の極秘情報がライバル社へ漏れ大打撃を受けている時期。ライバル社のキーマンと密会を目撃される営業部長の泉。その右腕、課長の行枝。生真面目な取締役技術部長の加藤。次期社長候補筆頭だが人望の無い常務の井岡。佐伯に居場所を追われた形の元社長秘書鈴木は失踪する。夫と同じく脚の悪い、宮内の妻安江は夫の死後不審な様子を見せる。調べが進むに従い宮内の過去にも一気に暗雲の疑惑が。。。

この意外な真犯人は、分からなかった! 見事な目眩ましはまるでクリスティの技だ!! 結末に至るまで、最高にスリリングな良作ミステリとして余裕の7点を想定してたけど、最後の真相爆発で8点の壁を正面突破しちまった。。

特許、乗っ取り、消えた株式。。。 いい意味で会社派だな、そうさ会社派で悪いわけがない、会社ってミステリにとって最高に魅力的な舞台じゃないか、、なんて澄ましてたら、実はひっくり返ってガッツリ社会派恩讐の滲む真相だったか。。。!! おまけにある種の「人間の証明」がそこに隠れていたとはな!! 

最低のカス野郎のクセして妙に魅力あるコールガールブローカー北野。 翳はあるが光をもたらす純朴青年杉野も忘れ難い。 大胆な拷問シーンはちょっとコミカルな味もあった。 だからこそ、このエンドは。。。。。。。


No.983 7点 未亡人
ミシェル・ルブラン
(2020/08/30 18:12登録)
行け、コーラ、やるんだ! 。。。。 妻には愛人がいる。夫は社長で妻に暴力を振るう。秘書は妻に恋慕する。妻は夫を殺そうと、車で出掛ける夫のコーヒーポットに睡眠薬を入れた。夫の消息が途絶えた。心配した秘書は或る「社長からの手紙」を持って妻の所へやって来る。妻と愛人は手探りの作戦を練り始める。ところが、夫。。おっと、これ以上のあらすじは書くと殺されます! 結末だけでなく話全体がどんでん返しの連続でギンギンのイカしたローラーコースターサスペンス、最後まで緩む事なくビッチリ充実、こりゃー凄い!! そしてこの激しく皮肉たっぷりのエンドに、エピローグ的ラストパラグラフの寂しい味わいよ。。

“ラジオから流れるありふれた歌謡曲” ってのが気になりまして、ためしに当時(1958年夏~秋)の仏国ヒットチャートを軽く調べてみたら…3月中旬から9月頭までベルギーのコメディ女優Annie Cordyさんの"Hello le soleil brille"なる歌が一位を独走しています(実はこれ、誰もが知ってる超有名曲!)。 9月上旬から翌年1月上旬まで首位を独走したのは米国の双子デュオ Kalin Twinsによる "When"という楽しい指パッチンソング。 遡って2月~3月に掛けて一位に居座ったのは本国フランス(但しイタリア系)のシャンソン歌手、アラン・ドロンとのデュエット(但しドロンは甘い囁きだけ)で有名なDalidaさん"Gondolier"(名曲!ゴールドフィンガーと読まないように)。 尚3月にユーロヴィジョン1958を獲ったのはAndré Claveauさん歌う "Dors, mon amour" なる甘ったるい3拍子バラード。 ほんとはもっと詳しく調べたい所ですが、弾十六さんを気取るのは私には荷が重い。。 ※YouTubeで検索すれば当時の雰囲気味わえるチャンネル色々あります。

ところで、ジュークボックスで流れてた「ザ・ビートルズ」の曲って。。。。1958年といえばTHE BEATLESレコードデビュー(‘62)はおろか、そのバンド名での活動開始(‘60)よりも前、前身のTHE QUARRYMENが初の自主制作レコーディングをした年なんだが。。著者が後に改訂したのか、同名のバンドが先にフランスにいたのか(?)、或いは何らかの誤訳か。。。 で、その「ザ・ビートルズ」の曲の歌詞ってのがまた、そんな歌あったっけ?? って感じなんだけど。。 謎が深過ぎます。

さて、創元推理文庫の登場人物一覧、ちょっとネタバレ入ってないでしょうか(笑)。 それと、この作品に於けるトゥッサン警部(シリーズ探偵)の存在って。。。。鮎川哲也「白の恐怖」における星影龍三のそれすら軽く超えているじゃないか。。。。


No.982 4点 影のない男
島田一男
(2020/08/28 15:40登録)
南京香水の女/香港岬の妖精/白檀国の女王/桑港(シスコ)の女神像  (徳間文庫)

日本の夏、昭和の夏と言えば島田一男の短篇だが、このシマイチはチョイとイマイチだね。 ミステリも文章も旨味に欠けて、ピリっとしねえや。 お色気で押してるとこも、何だかなあ。 ただ「白檀国」だけはちょっとばかり深い真相だったね(警視庁の斎藤警部も大活躍!)。その勢いで期待を持たせた「シスコ」がまさか、そんな優しい、毒の無い裏の無い結末だとは。。(ネタバレくさいけど、一男さん途中まであの女を犯人にする気だったんじゃ。。大使館のシーンとか、大いにニオったよ。)

FBIのGメンである日系アメリカ人、表の顔は韓国系通信社のキャメラマン、サクラ・ドーモンが業界仲間(通信社のほう)のスペイン人アントニオ・アルカセル・ド・アフォンソ君や警視庁公安二課の斎藤警部と付かず離れずで国際事件をバッサバッサと解決する痛快お色気アクション!… と言いたいところだが、痛快とは行かんな。 映画だったらいいかも知らん。

「一杯飲みたいんだ」
「うしろのシートの下に、スコッチでもブランデーでも入ってるわ」
「音楽を聞きながら飲みたいんだ」
「ラジオのスイッチを入れればいいわ」
「飲んだら、ひと踊りしたいんだ」
「×××××なら、その前を右に入るのよ。でも、右折禁止だわ」
「歩こうぜ」

  ↑ この会話は好きだ


No.981 6点 凶鳥の如き忌むもの
三津田信三
(2020/08/26 19:21登録)
「密室」 からの人間消失かと思いきや。。 そこに巨大な盲点というか盲面というか、広大な盲空間があったわけだ。。。。

夏の瀬戸内海の事件話はエエなあ。 シリーズ第一作に比べると格段に読みやすく、映像もよく浮かび、ストレス無くサクサク行けた。とても昭和三十年代初頭に思えない、あまりに頑固な平成の空気感はもう仕方無いか。誰の台詞か分かりづらくなる癖はかなり改善されてた(所々あったが)。 コージー過ぎラノベ感強過ぎでホラーな手触りは無かったけど、読んでてなんとも愉しかったス。だがその果てに見せつけられた結末は、むしろ第一作のほうがガツンと来たな。。。。 それでもこの、狂気のトリックと真相! ここに行き着く迄ののんびり旅行で見せつけられる大枠のリアリティ無さはお約束で一向に気にならんけど、だからと言って、、細かい所の一々のアンリアルさはちょっとスリルを殺ぐなあ。。 おかしな落差に一々カックン来た(それでも愉しい!)。 それと、文学的意味じゃなく、本格ミステリの演出として人間がどうも書けていない。特に真犯人(!?)。これでは折角意図した結末衝撃も、詰めの甘い人間描写に吸収されてふゎっとしちゃうよ。 おかしな大きな落差。。 だが、この狂気のトリックと真相だ!

“(それにしても登っているというのに、まるで真っ暗な奈落の底に降りていくような、この妙な気分は何だろう・・・・・・)”

伏線もいっぱいありましたな、だけど意外性が一々低いよなあ。その伏線でそっち行くか?!って驚きの急転回は無かった。(あの狂気のトリック周りを除いて!) 人間消失講義に連なるダミー解決披瀝でのせこい物理トリックシャバダバは辟易したけど、やっぱあの狂気のトリックと真相には参った。 だから、もっと強烈な文章で書いててくれれば。。。。 だが読む価値はある!


No.980 5点 邪魔な役者は消えていく
サイモン・ブレット
(2020/08/21 17:14登録)
コロナ禍を少し連想させる’70年代”オイルショック”下の英国で繰り広げられる、演劇興行界大物の死を巡る物語。。。憎めないけど、もう一つピリっとしない作品、まるで主人公(探偵役)のように。それでいい。
売れない俳優兼脚本家の主人公が過去に演じた○○という劇への××誌による批評「□□□□・・・!」みたいなのがここぞという所でチョイチョイ引用されるのは面白い。俳優だけにメイクや衣装や声色で変装(時には警察に!)して容疑者や関係者と渡り合うのも面白い。んーまあ、生前贈与と遺産相続のメカニズムを押さえたナニも興味無くはないけど、、軽いユ-モア頼みでいつの間にかサラッと終わっちゃう。こういう本はそれぞれの同時代の人が読んでくれりゃ用は足りるてな風情。(あるいはその時代の風俗に興味ある奇特な後世の人が読みゃあいい的な) だけどこの、直接心理描写バッサリ斬ったラストシークエンスはなかなかいいなあ、沁みますよ。
miniさんおっしゃる通り、オネエっぽい演劇研究家の二人(同居!)のプレゼンスがやたら高いですね。ちょっとしか出て来ないのに、キャラコスパ高。(だがそういうアンバランスはB級っぽさの一因かも)


No.979 8点 奇想小説集
山田風太郎
(2020/08/18 10:40登録)
陰茎人/蝋人/満員島/自動射精機/ハカリン/万太郎の耳/紋次郎の職業/万人坑(ワンインカン)/黄色い下宿人
(講談社大衆文学館)

爛熟の「蝋人」、爆発の「満員島」、戦慄の「万人坑」、巧緻の「黄色い下宿人」が放つ閃光で少しは霞む他の作品群も全て、根本奇想と、時に統制され時に統制を突き破る豪快で多彩なストーリー延展術を誇示し、気づくと読者はあごをなでたり穴を掘ったり空を飛んだりしている。 物語質感ウェット⇔ドライのスペクトル幅広具合も凄い。 素広平太博士の名前は何度見ても笑ってしまいます。


No.978 7点 マリアビートル
伊坂幸太郎
(2020/08/16 19:03登録)
「でもね、いつもだったらわたしも、手加減してあげて、ってこの人を宥めるんだけど、さすがに今回ばかりは、止められないわね」

始発から終着駅まで風をまくって快走、攻めのユーモアが邪魔せず加勢する、タイムリミット応用型クライムサスペンス。 霞の中に忍ぶフーダニット、フーズホワットの睨み。 伏線シャバダバもそう煩くなく、ジャストフィットの意外性! 目覚まし時計と催眠剤がまさか同じ目的で、とはな。。。 

“一瞬のことではあるが、激しい音を立てて、後方へと走り抜けて行く。穏やかに疾駆することは許さないぞ、刺激があってこその人生だ、とお互いを揺らし合うようだった” 

乱歩の話に出て来そうな王子にいちばん直接甚振られるのが王子の次に最低な(?)木村であるおかげで、嫌感が無意識に緩和されるのがミソかも(おいらだけか?)。 ああああーー 鈴木って! 忘れてた!!笑 イニシエーションなんとかの(違う)!!  

最終コース近く、意外な方面からの意外な参戦にはしびれます。 終盤に近づくにつれ、もっとも気になるのは「あの人物」と「あの人物」がそれぞれどうなるのかだが。。 最後は、読者の黯い復讐嗜虐性に火を付けて悪い作者は立ち去ります。

XTCのアルバムを思い出すあの二人組が脳内映画でずっとEXITの二人でした。背格好がそっくりで双子に間違われるってんだから違うけどね。  コロナ禍の下、帰省往路の代わりに読ませていただきました。


No.977 8点 高い砦
デズモンド・バグリイ
(2020/08/14 00:25登録)
アンデス急峻の小さな滑走路へ墜ちるように不時着したハイジャック機。 生存者の中には南米某国を追われた元大統領がいる。 諸々の悪条件をかわして万年雪の中を移動しサヴァイヴしようとする生存者たちは山中の「砦」に滞在中、下方に陣を取っていた謎の軍勢から攻撃を受け始める。 軍勢は彼我を隔てる峡谷激流に橋を架け一気に「砦」側への攻勢を掛けんとするが。。。。

“大きな羽根ぶとんのベッドにゆったりと嬉しくも沈みこんで眠っているのだ。ベッドは柔らかく優しくかれをつつみ、疲れきった体を支えると同時に沈んでいくように思えた。かれとベッドの両方がゆっくりと大きな裂け目の中を落下しており、下へ下へと舞いおりており、とつぜんかれは恐怖とともに、これは死の安らぎなのだ、穴の底に達したときに死ぬのだと気づいた。“

雪山の中ただ移動すりゃいいってもんじゃなく、高山病を避けるため分隊で工夫し高度変化に慣れながら歩行、まともな登山道具など無い、もちろん軍勢を避け、時に激しく退けながら(この手造り武器が凄い!)、某国軍も一枚岩ではない(これが事を複雑にする)、ある者は体調が悪かったり大怪我をしていたり、割り切って見ればパズルの様でもあるその移動劇は全て極寒大自然の中。 こりゃあ真夏に読みたい。

「ちょっとやってみたかったんでね」

懸念される政治環境の風化は、元々そこマジで書いてないから心配ご無用、というのは真っ赤な戯言で、軟派コミュニストに限らず人々の不満不安カクテルにつけ込んでうまいことやるセクシークソ野郎共一般を敵として指弾しているのだから古くなりようがない。

冒頭から中盤からいっときも緊張の途切れないストーリーと細部描写だが、何より最後、絶体絶命の味方側が二手、いや協力者を入れて三手に分かれてのちょっと危うい複雑な生存への立体闘争パノラマは、、、心理的盛り上げがあっさりしたままにサドゥンエンドを迎えるにしても、、、最高の臨場感!!!

理系、文系、まとめ役、経験者、知見者、冒険者、政界アイコン。。 突出したヒーローに主役や裏主役を任せなくとも生まれる有機的チーム感。 豪快にドライヴするご都合主義(!!!)は最高にエンタテインメントの役に立つ!! !

「射程が決まったようだな」
「そのまま続けてくれよ」

何気にラテンの人たちをディスってる感はある。ロシア人だけは敵ながら立派、って。。 まいっか(??)

【こっからネタバレ】

あの人が裏切ったとか、スパイだったとか、偽者だったとか、意外な人間関係が明かさるとか、そういうのいっさい無いんだけど、まーーー、気になりまへんわ!


No.976 8点 一族自刃、八百七十名
南條範夫
(2020/08/07 14:50登録)
一族自刃、八百七十名/燈台鬼/右大将暁に死す/悪源太奮戦/遊女地蔵/花の色は   (旺文社文庫)

燃え上がる残酷、持続する残酷、工夫ある残酷、豪快な残酷、静かなる残酷、ミステリファンの心情に訴える残酷絵巻の数々。。。。 なんたって『燈台鬼』! 以前クリスティ再読さんが夢野久作『瓶詰地獄』をミステリファン必修の非ミステリみたいに(言い方ちょっと違うけど)呼んでおられましたが、本作もそれに近い位置付け(久生十蘭『母子像』等と並び)、かも、知れません。 タイトルにインパクトあり過ぎの表題作も最高にヤバイです。全体的にとにかくヤバいです。夏の夜に沁みると思います。


No.975 6点 華やかな死体
佐賀潜
(2020/08/04 19:30登録)
最後の数頁で心拍数上げてくれるぜ思ったら、、、モヤモヤが止まらない急襲型エンド! 表題の由来が”その詩”にあり、その書かれていた場所がズバリ、、ってのも微妙過ぎますよ。 おぼこい少壮検事が、大物実業家殺人事件を相手に活躍するのか、しないのか、どっちだ、、の物語です。 唐突な証言翻し(ところが、突くに突けないハウダニットがそこに!)や、笑っちゃうバカ証言(笑)も地味に華を添える法廷シーンは地味ながらなかなか読ませるもの。 昭和30年代丸出しのセクハラナニハラ上等で、酒席で「ヨカチン」を踊る検事が出て来たのは大笑いww 少壮検事と叩き上げ部長刑事のコンビは良かった。

空さんご指摘の
> 法律的には再度のどんでん返しもできそうな
アレのことですよね。。私もそれ、期待してしまいます。(そんだけのめり込んだんだなあ、物語に)
> 「やはり『意外な解決』になった」
木々さんの言葉ですが、私もその通りと感じました。

この方は何気に弟さんもミステリ作家で、その筆名が「佐賀蒼(さがそう)」と言うんですね。 ちょっと笑います。

さて、ここからはネタバレになると思いますが
社会派付け足しの法廷本格ミステリかと思ったら、最後の最後でその付け足しっぽい社会派主張みたいなのが前面に半歩しゃしゃり出て終わるもんだから、急~に矮小な作品になっちゃった感が・・ 「フミオ」の存在も、大化けするか、意外性を込めたそのまんま、のどちらかと思ったら、どちらでもない小化けでシュンと去って行った。。 それと、結局事件内幕全貌が晒されないまま終わってるもんだから、なんだか続篇がありそうでムズムズする。。


No.974 7点 狙った獣
マーガレット・ミラー
(2020/07/31 11:52登録)
読み終わって、すぐ冒頭に返ってみましたよ。 そしたら、まあ、堂々と書いてあるじゃないの。。!! 何がって? そ、それは、何でしょうねえ。。 不思議な旅をさせられました。。 一気に読めて、スカッと爽快イヤサスペンスでした。 人によっては、気分最悪になるかも知れませんが。。 記憶に鮮やかなチョイ役、ベラ。 脳内映画(日本版)では天地真理さんが堂々演じてくれました。。。 ラストシーンが衝撃的で、哀れで、だけど鮮やかで。。。。


No.973 7点 夜歩く
横溝正史
(2020/07/28 19:10登録)
最後、一気に暴露され迸(ほとばし)る犯罪動機大絵巻、そこに全てのトリック経緯まで凝縮された有無を言わせぬ濁流ぶりが圧巻。ご都合、偶然、綱渡りの露悪的黒光りさえ魅力的。表題も単に夢遊病の件のみならず、そいつが如何に犯罪とその背景要因に絡みついているのかを一撃に突いており、異様な哀れを誘う。 首無し屍体の拡がりある機微は本当に素晴らしいし、振り返れば何たる”苦しい”伏線だらけの水泳大会な事か、こりゃおりも政夫も溺れます。なんとなくネタ知ってるって人も、読んでみたほうがいいです。小説の締まりも良い。金田一さんがちょうど後半分くらいから登場してさっさと大活躍するのは最近の小林悠(川崎フロンターレ)を思わせる、と思ったけどやっぱり余計な犠牲者も複数出してるか。


【ネタバレ】
日本刀を隠した金庫のパスコードの件、フォーシング或いはそれを逆手に取ったトリック(特に後者)かと思ってしまいました。金庫の件は全体的にマジックっぽい不可能興味横溢って事もあった。それより何より、そこで無理して作って捜査を混乱もさせた折角の(?)不可能状況が、アリバイ破り、ひいては真犯人特定まであっさり一気通貫でパス切られてチェックメイトって、ここでは俄然偶然が犯人にとってネガティヴな方向に働いちまったってのが趣き深い。 あ、「蜂谷」って名前はミスディレクション兼目くらましなのか。。


【ネタバレ&逆ネタバレ】
もしかしてだけど、島田某氏『某高評価代表作』のメイントリックって、本作の「実は××二人が両方とも首斬られてた」って部分からパーーンとインスパイアされてたりしないか。。。(妄想)


No.972 5点 ポアロ登場
アガサ・クリスティー
(2020/07/25 20:50登録)
「すぐにこの問題を僕に任せたことによって、機転が利くということと、女性が高等教育を受けることの価値を証明したんだからね。」
国際色豊か、冒険味も目立つ、第一短篇集。 コージーな風合いも強く、時々あくびが出るが、軽い気分で試せるミステリ入門書として悪くないかも。
「素人はなんて馬鹿なことをするんだろう。」
いちばん思い入れあるのは『消えた廃坑』。
『チョコレートの箱』で締めるのと、そのエンディングがニクい。

※弾十六さんの註釈を味わうために再読してみました。


No.971 7点 追憶の殺意
中町信
(2020/07/22 18:25登録)
複数の殺人動機に纏わる複雑な背景と、真相奥座敷までが深いアリバイトリック(交通系+郵便系+α)、この二つの分厚さで最後一気に熱くなりました。較べて密室トリックの方は、ちょっとした生活の知恵めいたもの(よく考えたら非現実的!)がキーだが、アリバイが問題となる方の事件との(時系列含む)関わり合いを思えば全体から見てなかなかの趣き。自動車教習所(とその●●●●―●)ならではの事件発生、という舞台装置の必然性も素晴らしい。トリック含め全体的に鮎川哲也を彷彿とさせる良作長篇。叙述トリックとまで言わないが、ちょっとした叙述欺瞞がアリバイトリック一番の鍵を握ってるってのがまた、ニクいぜ。微妙な旅情もOKだ(笑)! TVの『刑事コロンボ』がちょっとした時刻の証明になるのも良かった(ある人の説によると「攻撃命令」の回だとか)。春日部駅前「エーカドー」には笑いました(クレヨンしんちゃん。。) 改題の「追憶」が決して伊達じゃないのも良し。無理矢理「殺意」シリーズに入れられた感はありますが、個人的には結果オーライ。酒のアテに譬えればヒマワリの種のような、良い地味さがありまする。


No.970 9点 アトポス
島田荘司
(2020/07/20 18:10登録)
ベイビイ、流石にやり過ぎだ! デカ過ぎる! 次もまた頼む!
「きっと同じこと、やると思う」
巨大なミスディレクション、ありましたねえ。 何しろ、イスラエル。。。 周到な、或る種の叙述欺瞞(大胆伏線、思いも寄りませんでした)もあった。。すげえなあこれ。
「だから、君はやれ!」
「了解!」
分かり易い構成の妙に包まれて抜群の面白さながらも、それだけに大バカ結末の雪崩打ちで締めるのかと半ば覚悟していたら、そんな事は無かった。。。。(??) 決して一点に収束しない或る種のリアリズム溢れ落ちる悩ましい結末。そして希望はじけ飛ぶ、涙のエンド。 (( 薬のせいにし過ぎだろ、って感じる所もあるにはあったが。。。 ))  
“こう言った時私は、殺せる、と確認した。大丈夫だ。私は奴を殺せるぞ。”
本篇(?)部分、スピード,グルー&シンキの聴こえて来るシーンがモザイクの様に現れては去りを繰り返します。 キヨシ登場の遅さとその機敏は鮎川さんへのオマージュかと疼くレベルでした。 読み返せば、実は冒頭シーンこそ激烈にヤバイんだっつうね。。
流石だ、マイベイビイ島荘。


No.969 7点 鬼子母の末裔
森村誠一
(2020/07/14 19:17登録)
鬼子母の末裔/蜜葬/禁じられた墓標/高燥の墳墓/神風の殉愛/ラストファミリー (光文社文庫)

短篇集表題が匂わせるほどの地獄絵図でもありませんが、やはりキツい、ニガい、面白い、ぐいぐい読ませる推進力が光る、内向き社会派サスペンスの快作集です。


No.968 5点 赤外線男
海野十三
(2020/07/09 11:40登録)
春陽文庫の短篇集。

盗まれた脳髄: 理化学というよりSFトリック(かなり雑)。 しかし、ひでえなあ、やる事が。
電気看板の神経: 虚を付く奇想サドゥンエンドに、茫然たる余韻。 本書の中ではいちばん良い。
幸運の黒子(ほくろ): 冴えないショート・ショート。
夜泣き鉄骨: 物理トリックに心理の怖さも少し被さり、動きのあるドラマ。
三角形の恐怖: 一味違う不道徳奇譚。エンディングで無理に味わい演出した感もあるが、まあよか。
西湖の屍人(しびと): それなりにドラマチックな舞台装置。微妙に「時計●の殺●」を思い出すシーンあり。人間ドラマまで至ってないが、話に奥行きはある。
赤外線男: 題名が昔の仮面ライダーみたい。荒唐無稽はいいが、どこかしら突き抜けてない。有名作ネタバレ複数、こともあろうに”陰獣”まで。。色々ひどいもんだが。。。何気に記憶には残る中篇、いや長い短篇かな。 でもまあ、よく考えたら真相はけっこう複雑で面白い構造ですね。透けて見える伏線だらけにしても。

現代の感覚では引いてしまう設定、叙述も多い。物理トリックというより理化学トリック中心の、大味と言うのも違う、情緒の薄いちょっとカサついた読後感のものばかり。でもこれが十三さんの味わい(の一部)。決して好みではない筈なんですが、妙に読みたくなる作家さんです。(この人の処女出版?『麻雀の遊び方』ってどんなんだろ)


No.967 7点 贖罪の奏鳴曲
中山七里
(2020/07/06 09:47登録)
流石のピアノ演奏描写はさておき、微妙にキメが粗くリアリティ上滑りな展開の末、遂に(!)躍動する裁判シーン(+α)迄で終わっていたら、はーん、まあそうだよねー って予想内の結末でしたが、その後が。。。  三つある内の二つはともかく、もう一つの動機の狂おしさは、刺さりました。。 そこで倒れ込んでゆっくりしていたら、 まだ 奥が あったのか 。。。。 忘れた頃にやって来た更にもう一つのアレが合わせ技に加わり、勝負あり。 (御子柴があの動機に気付かなかったのは、●●への愛憎という気持ちが欠落しているためか)

特殊少年院時代の回想部分、やはり筆致の粗さに現場感の薄さは目立つものの、魅力ある重鎮、哀れな末路の少年達やその家族と、ピンポイントの人物造形は心に残る。

構成の妙的な視点で言うと、オープニングはどうせ見え透いたギミックだろって感じだけど、エンディングの方はちょっとやばいね。 真の●●●が実は●●●(だけ)じゃなかった、って。。


No.966 7点 貴婦人として死す
カーター・ディクスン
(2020/07/03 18:30登録)
“だが、そこまで行ったらアドルフ・ヒトラーと変わらなくなる。”

本作のフーダニットは、○○トリックに纏わる複雑なものと、●●ギミックで目眩しされるシンプルに盲点を衝くものと、どちらも一筋縄では行かない堂々たる飛車角の競演と言った体の豪華版であります。そしてこの二つの大血脈が戦時下という状況で交差する点から、最後には意外性豊かな人間ドラマが滲み出て来て止まらない。。。という実に興味深く感慨深いフーダニット。よくぞやってくれました。 犯人特定ロジックが何気にしっかりしているのも、地味に魅力的。 ■■が二つあった(そっちの意味じゃなくあっちの意味で)だなんて。。。。 「手記」使いの可能性、「信用できない語り手」の可能性の広さに想いを馳せる作品です。 この犯人の意外さ、隠匿の巧みさには参ったなあ。 身勝手に見える「アレ」の動機も、欧州での戦争がとうとうヤバくなって来ている時期だと考えると、その気持ちは理解出来る。 HMの人情派にして豪快な超法規解決には開いた口が塞がりませんが。。

それにしてもあの、「読者への挑戦」かと思いきや。。。。のページ!! 犯人バラしてるやないか!!ww 驚いたなああの仕掛けには。 それと、「貴婦人」てのは「淑女」の誤訳とは思いますが、こっちの邦題が訴求力あって良いかもね。 創元推理文庫、扉頁の方の惹句、笑っちゃう巧さでした。 8点に肉薄の7.47点です。


No.965 6点 夢野久作全集 10
夢野久作
(2020/07/02 11:38登録)
老巡査
オチだかなんだか分からんが妙に温かいラストに向かってやわらかな陽だまりの犯罪抒情。

衝突心理
交通系奇妙な味。奇妙に味わい深い、ほんと。 或る怨念醸造の旅程をバッサリ略するハードボイルド的抑制の爆発よ!! 京浜国道で子安か。。既に諸星酒店も在った街の事件なわけか。。

無系統虎列刺(コレラ)
政党要不要。。! 斎藤くん登場も嬉しからいでか!!(←文法合ってる?) 「内科医が、獣医の家へ行ってお酒を飲んではいけませぬ。生命にかかわります」 バカソーンダイクというか、バカ本格ですかね。

近眼芸者と迷宮事件
重要人物の強度近眼が鍵を握った犯罪人情物語。泣かせます。

S岬西洋婦人絞殺事件
ミステリの興味が有りそうで意外と無いが、実に味わい深い犯罪実話もどき?

二重心臓
劇場主にして怪奇探偵邪妖劇(!)の興行王が刺殺された。作中作と作中劇の並ぶ趣向が絶妙の絢爛無惨感で浸し尽くす極彩色の中篇。「シバイダ… シバイダ… 」

継子
仄暗い豪邸の雰囲気が良い。 え、●●あるの?無いの?そうか、ポイントは、そこか。。微妙にミステリになり切ってないのが良い。可愛げありつサイコパスの薫り。

人間レコード
現代に応用効きそなSFスパイ。 やはり微妙にミステリになり切ってないのが妙に良い。 だが、どこかにサイコパスがいる。。(わかるかな?)

芝居狂冒険
パラミステリとも言えない犯罪阻止冒険物語だが、面白い。 ”見るからに丸柿庄六と名乗りそうな面構え”って何 笑

冥土行進曲
余命二週間を告げられた男の復讐譚は、色鮮やかに目眩く展開の末、業の深過ぎるハッピーエンドへ?! 夢久でこれだと本格ミステリに見えて来るが、、さて。 題名が匂わすほどガチャガチャしてない、奇想展開ながらも綺麗に纏まった一篇。 風太郎的テイスト有り。

オンチ
雰囲気いいなあ。 製鉄所敷地内の通称”ツンボ・コート”(それが何かは書きません)で起きた白昼の強盗殺人事件。目撃者は三人いたが、或る特殊な事情により、犯人はみすみす見逃された。。 タイトルは一見オンナに見えるが実はオンチ。読了してみるとその意味が沁みる。。。 そして犯人は意外!

斬られたさに
問題の一篇。情緒溢れて味深いが、難しい! 不可能興味に、仇討ち、なりすまし、若い恋、思惑、⚫️⚫️、、真相?! 真相を知る者は!? 原点に返り、表題にこそ最大のヒントがあるのか!? 何なんだ!?!?

白くれない
このバランス悪さは。。。わ・ざ・と・だ・な! .. 中に挟まれる文語体の手記というか半生記が(読むのに骨は折れるが)エキサイティング過ぎて、、そこへこの唐突な謎明かしはいったい何なのよと。そういや手記最後の「歌」にゃ苦笑で噴き出しちゃったな。色々言いましたが、面白いんですよ。やっぱり夢久さんは、頭がおかしいや!

名娼名月
足蹴にされた花魁への地獄の復讐を誓う若い二人と、かつての共通の恋敵だった老人。色々あって最後はしみじみ。。


巻末の解説「未完成の魔人・久作」by高橋克彦、解題by西原和海、どちらも何気に隠しきれないディスりが染み出していて大笑い。 私も、声を大にして人に薦めるのはちょっと躊躇う所が無くはないが、、 好きなんですよ、この作家の肌触りというか舌触りというか。

でも誰か、物語構成をビシと締められるデザイナ-というかプロデューサーというか、そういう人と組んで書いてたら、こりゃとてつもない傑作短篇集になってたんじゃないかな(全集の一冊ですが)。 でもそうはされたくない様な作も結構ある。やはりこれはこれで良しですな。

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