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ミステリの祭典

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斎藤警部さんの登録情報
平均点:6.69点 書評数:1304件

プロフィール| 書評

No.1004 6点 だからミステリーは面白い 対論集
評論・エッセイ
(2020/11/28 09:03登録)
井沢元彦と雨の会有名どころメンバー、高橋克彦、宮部みゆき、大沢在昌がそれぞれ一対一で繰り広げる愉しいおしゃべり。意地悪な井沢、粗削りな高橋、やさしい宮部、締まった大沢、みな見た目通りのキャラクターで創作プロセスや業界裏話を際どくならない範囲でゆるゆると語る、寝転がって気楽に読むのが正解の甘口本。最後の井沢対編集部だけはほんのり辛口。リラックスし過ぎの脳波でスイスイ読んじゃう、やっぱりミステリーは面白いんだな、と何故かしみじみ思うが、それも当たり前過ぎてすぐ忘れそうな本。だから、今のうち愛しんでおこう。


No.1003 7点 殺人配線図
仁木悦子
(2020/11/26 15:41登録)
従妹が、父親(発明家で裕福)が階段から転落死したのは自分のせいだと気に病んじゃって仕方ないんだ、この際デッチ上げでいいから、あれは従妹には全く責任の無い事故だったって調査でもフリでもして証明してやってくんないかなあ、あなたそういうの得意だから、、 と街でたまたま遭遇した旧友に頼まれちゃった、病みあがりで休養中の新聞記者。。

という、なかなか変わったサスペンス風導入から、和やかに愉しく話はシャカシャカ進んで、気付けば本格推理の隧道へとどっぷり突入。時代モノ、専門知識頼みの暗号がまた旨し。昭和の配線図って、いいよねえ。。 人間関係含む複数の仄かなミスディレクションが、過不足ない隠し味としてコンブ酢のように効いている。(あっさり味に仕立てたクリスティ技のような..) 意外な重要ポイントになっていた人物が印象的! 子供の配置も良い。 結末の反転 .. 目くらましが効いてそっちは思いも寄りませんでした .. は結構ドロドロしてるくせに、爽やかなエピローグもいい。 まったく館モノらしくない、富める者と貧しき者とが交錯する、古い洋館の話。


No.1002 8点 二千万ドルと鰯一匹
カトリーヌ・アルレー
(2020/11/24 15:22登録)
「でも、そうした連中って、わたし、一番嫌いなんです。ですから、白状しますけれど、そんな男の一人なら犠牲にしてもどうということもないと考えましたわ。」

若い未亡人は莫大な遺産を独り占めしたい。 邪魔な義息は交通事故で療養中。 未亡人は義息の抹殺を”その筋で評判の”看護婦に依頼する。 看護婦は老人相手の”実績”こそ豊富(貯め込んだ財産も相当なもの)だが、若者相手の”仕事”は初めて。 これを最後に(裏も表も)稼業から足を洗い、小説家の恋人と後半生をリッチにのんびり暮したいと夢見る看護婦。。。 これ以上、灼熱の粗筋は晒せません。 短い話だが山場が長い! これぞ犯罪サスペンス。 これぞ悪女というか悪人モノ、いや、やっぱり悪女モノと呼ぼう(女と男は違う)。 時に意外なほど人間くさくとも、決して弱くはない主人公(って誰?)。 拍手を促す最高のラストシーン。 涙さえ誘う最高の大人の友情物語(とは思えない方も多かろう)。 イカすぜアルレー!

"二千万とは男たちが考えていることであり、鰯一匹とは、本当のこと、そして男たちの目には入らないことだった。そして、それらすべてを合わせたのが女たちの経験と呼ばれるものなのだ。"

むかしNHKの夜ドラで『わらの女』続篇まがいの体で『ガラスの女』なる題名でやってました。 幼少の頃、ミステリ好きの美しき母と一緒に欠かさず見てたもんです。

「あなたのその美貌と、名前と、財産を利用すること、そして、決してあきらめては駄目。今度のことはほんの魔がさしただけだと信じ込ませるのよ。あなたなら、きっとできる。」


No.1001 8点 スパイのためのハンドブック
評論・エッセイ
(2020/11/21 12:14登録)
或る正月、帰省先の駅ビルで見つけて帰りの新幹線で読み切った本。元モサドの花形スパイ、ウォルフガング・ロッツ先生の書いた、スパイになりたい人のための心得書。その名も『スパイのためのハンドブック(原題:A Handbook For Spies)』。

スパイ稼業の事に特化して掘り下げながらも、スパイのみならずこの世に生きる人全ての良く生きるヒントに満ちた素晴らしい書で、個人的には大昔家のトイレに置いて読んでいた鈴木大拙先生『禅とは何か』に非常に近い感触を覚えました。 いや本当に仏教の書っぽいんですよ(著者本人は「イスラム教に寛容なキリスト教徒」のふりしてたユダヤ教徒なんだけど)。 また、むかし連れられて行った歌舞伎町某焼肉屋『超絶クリーミー・ホルモン』の味にも似ていました。 タイトルからしてなんとなく伝わるかもしれませんが、シリアスな内容ではありながら絶妙なヒューモーを散りばめた温かみのある文体で包み込んだ、とってもイェイ・イェイなムードの素敵な本なんです。 時々冷水をあびせられるのも良し。

さて、この本には冒頭部いくつかの設問による「スパイ適性テスト」なるものがあり、折角だから正直に答えてみたところ、『最もスパイに適したタイプ』 の中に入っちゃいました。 このテストは例えば 「恋人が浮気をしている、とピンと来ました。 さて、どうやって証拠をつかみますか?」 なんてゆ設問に4択から答えるというもので、その4つの答えのうち 最も「スパイに不向き」なものには0点 ~~ 最も「スパイにふさわしい」ものには25点と、その「スパイ度」 に応じて点数が高くなっています。

ではこのテストで満点を取れば最もスパイ向きなのでしょうか? いいえ、このテストでは満点の9割2分以上を取ると 『行き過ぎにより、スパイには不向き』 と診断されます。 また8割2分を下回ってもやはりNG。 私の場合は8割6分とかなり直球ド真ん中に近い所をヒットしました。いいだろう。うひひひ  

読み進めて行くと途中で唐突に「異性との関わり」「賄賂(わいろ)攻撃」についてのスパイ適正度テストなるものが登場し、こちらもやってみましたがその結果「異性」はスパイ適性度最高。 ところが「賄賂」の方はなんと『行き過ぎ、スパイに不向き』と出てしまいました!!  「異性」の話が出ましたが、ある理由により、スパイに「同性愛者」は非常に不向きなんだそうです。 

さて言うだけ野暮ですが、ミステリの世界と非常に親和性の高い、素敵な本です。 生きる指針が欲しい時、何かの初心に帰りたい時、読んでみては如何ですか。


No.1000 9点 久生十蘭短篇選
久生十蘭
(2020/11/18 05:30登録)
戦後作が大半を占める絶景アンソロジー。天使と悪魔の配置具合に感慨あり。

黄泉にて  ■ しみじみ、嗚呼しみじみ。緩から始める最高のスターター。
予言    ■ サスペンスと、幻想と、実ぅに好みの最後の一筆。
鶴鍋    ■ 洒脱の中に情濃密、二度読み必至。
無月物語  ■ 残虐奇想と爽快余韻が何度も行き交う、翻案テイストが宿る歴史怪篇。  
黒い手帳  ■ 巴里在住の日本人達。緩急ある貧困、賭博への憧れ、生命の遣り取り、急襲する恋愛と友情の物語。ここにカッチリしたミステリ結末が無くて何の不満があろう。
泡沫の記  ■ 鷗外の獨逸日記引用に始まり、狂王と侍医の急な死を巡る歴史推理に、美しい奇想描写が闖入する、詩的随想。
白雪姫   ■ シャモニー氷河にて、愛憎紛う男女を襲うサスペンス譚、裁判、優しい涙をさそう後日談。後を引く。
蝶の絵   ■ 南洋から復員した名家の友人は、容貌は異様なまでに以前通りだったが、性格や行動が大いに変わってしまったようだ。その闇の謎が明かされる。
雪間    ■ 快くもどかしい、婚外恋愛と〇〇〇〇〇〇〇〇犯罪の物語。終結部のスリルが熱い。最後の台詞がまたもどかしい。
春の山   ■ 闘鶏花試合がクライマックスに来る熱い掌編。一大事とは何か。
猪鹿蝶   ■ 一方的な電話のお喋りで構成された、女から女への復讐劇(聴き手は第三の女)、迷走の末爆裂する奇妙な味!! こりゃ翻弄されたわぁ。で、何で最後にこんなシンミリさせらなアカんの。。 
ユモレスク ■ あまりに切なくあまりにトリッキーな味わい濃縮の一篇。親離れの良過ぎる息子と、子想いのあまりに深い母、母の姪。東京とパリ。ラストの台詞は、そのままの意味と取りたいが。。10点。
母子像   ■ ユモレスクの直後にこれを置くなんて。。。。無限に悲しい物語、強烈無比の掌篇。冒頭から謎の騒めきとちぐはぐ感を噴霧しているのが凄い演出ですね。10点。
復活祭   ■ 沼が深過ぎるよ。。。。。。。。これを母子像の次に置くってんだからなぁ。横顔の描写比喩に凄えのがあったなあ。最後数ページの痛みを伴う温かな激動が美しいなあ。
だが(?)これは断じてハッピーエンド、という言い方で似合わなきゃブライトエンドだよなあ。 この題名こそは、そのもの真っ直ぐだ。 読み終わり、すぐ、七年後に読み返したくなると自分に予言。10点。
春雪    ■ プリンスのファンなら泣かずにいられぬオープニング。終戦間際に病で若死にした女性の、心の謎の、明かされ方がミソ。美しきアンコールピース。

ミステリファンの琴線に玄妙な触れ方をするこの人の小説はやはり、いいです。


No.999 6点 蜘蛛と蠅
F・W・クロフツ
(2020/11/13 18:20登録)
ストーンズファンのみなさん、お待たせしました!… と言いたいとこですが、あちらの原題”The Spider And The Fly”と違い、こちらの原題は”A Losing Game”。「魯迅亀」と読まないでください。 本業金貸し、副業で恐喝を嗜むくそじじいが頭打ってくたばって、家も火事になって、さてこれは事故でしょうか殺しでしょうか、殺しだとしたら誰が手を下した正義の味方でしょうか、ほんとに正義の味方なんでしょうか、という物語。 この本にはですね、7点以上には無い、6点本ならではの緩い良さがありますよ。色んな登場人物の人間くささも一々あけすけでなごみます。中甘のユーモアもよく撥ねてます。 前半、シンプルな様でいて枝葉が凄まじく伸びる恐喝心理描写(する側もされる側も)には掴まれました。後半、何気に アレ、真犯人あの人じゃないの? って何度かに渡って迷わせてくれるのがいいですね、 そしてチームワークの勝利に向かって進む仲間たちのキラキラ感が良いです。 炸裂リアリティの空気の中に、意外と絵空事な展開もあったりしますが、、だからこその味も出ています。物理に振り切りの古典的アリトリもまた愉しからずや。 「多忙な休暇」のブリテン&アイルランド島巡航ツアーで知り合った人が登場します。万が一そいつが犯人だったら、気絶しますよね


No.998 4点 地獄の奇術師
二階堂黎人
(2020/11/09 18:45登録)
もはや歌舞伎。脳内見得をいちいち切らずには読めません。長い小説ながら展開も機敏、無駄は無し。ところが結末前半に達し、なかなかに底の浅い心理&物理トリックで塗り立てられた麩菓子構造の物語だった事が判明!! ←麩菓子は大好きです。 そこから心機一転?巻き返してからの結末後半も、目を疑う同種の浅はかさとこじつけスピリット発露で目がチカチカする!! 結末直前までは相当に面白かったんですよ。新本格だってんなら、まさかこの人物が真犯人ってことはねー~よな、などと思い込んでましたよ。思わせぶりなプロローグも、結果的にエピローグも、思わせぶりなだけでちっとも化けず(YHWH....)。1967の日本の話だってのにGSのGの字も出て来やしねえ。黎人と蘭子の微妙な関係をハードボイルド的に描写する力はある。そこはいい。物理的残酷描写に妙な皮膚感覚リアリティがむんむんで、人によってはかなりの嫌悪感でしょう。←褒めてますよ。 ところで講談社文庫の表紙はいったい誰? 中村憲剛じゃないですよね?? (ネタバレぽいが、真犯人ってこと??)

「面白いという言い方は死んだ者に対して不謹慎かもしれんが、確かに興味深い事件だった。歪んだ家庭と秘められた欲望、人知を超えた魔のトリック、そして勇敢な君たちの冒険。ある意味で、人間の多面性が非常によく表現された事件だったと私は思う。」 ←何なんだこの台詞は!!


No.997 5点 英国庭園の謎
有栖川有栖
(2020/10/29 18:12登録)
何と言っても「ジャパウォッキー」、この惜しさ、残念さは筆舌に尽くし難きこと       の如し! サドゥンエンドの曖昧放り投げさえ無ければ…それでも余韻は叫び続ける。これが象徴することに尽きる。つまり、他の作品も含め、ちょいとイカシタ思いつきを抹殺して立ち去る愚行を避ける行為の存在価値がやたら光る短篇集。 退屈はさせない。

「雨天決行」 アイディア煮詰めの工程が透けて見えるようで。。 イタリアっぽいスペイン人の名前を探したんだろうなあ。。とか。 足跡の機微を最後まで引っ張らない展開は妙に目を引いた。代わりに持ち物の手掛かりで最後まで持たせ、状況のロジックで一気に、センチメンタルに犯人を落とす。
「竜胆紅一の疑惑」 広がらないなー、犯人も光り過ぎてすぐピンときちゃうし。 でも読ませるんだな。 これ、サザエさん近所の話じゃないですよね?
「三つの日付」 画像ググる時は注意ってやつですね。 コンパクトに良くまとまってます。
「完璧な遺書」 スリルはあった。 犯人に全く同情出来ず(評価とは無関係)。 むかし悪友のPCにいたずらしたなあ。。(今思うと何たるやり過ぎ!) これいちばん鮎哲っぽいかな。
「ジャバウォッキー」 グルーヴとスピードがあった。 犯人と探偵両方に同調しちゃう(評価とは無関係)。 しまそう『糸ノコとジグザグ』の線を狙ったって、さもありなん! しかしこんだけの物語ポテンシャルを、大化けさせずおしまいか。。
「英国庭園の謎」 エンディングシーンは良かった! 暗号そのものは何の驚きも無いけれど、その立ち位置がなかなか。。 蛇蠍キャラの被害者だけど、極悪人てより悪乗りし過ぎる人なんだろうなあ、自分も気を付けます。

鮎川哲也の、神憑ってない時の短篇を集めたみたいな本だが、悪くないです。 それとない爽やかさに会話の愉しさもグーよ。 (6点とまでは行かんけど、5.4かな。)


No.996 8点 ジャンピング・ジェニイ
アントニイ・バークリー
(2020/10/27 16:46登録)
“すべて承知していることを気取られてはならないし、なおかつ危険を見くびらせてもいけないのだ。”

名サドゥンエンド(それだけで1点上げ!)が光る、新本格の雄バークリーが大昔に放った会心の一撃。 ミステリ思考実験をよくぞここまで大胆にこねくり回したものです。 最高の英国式ユーモアも絶妙に馴染んでいます。

「ぼくならもうすこしはっきり言うね。殺人であることは明白だ、と」 “事実を途方もない仮説として議論するというアイロニーを、ロジャーは楽しんでいた。かわいそうに、コリンにはこのアイロニーはわかるまい。”

これ言うと一気にネタバレくさくなりますが、一風かわった登場人物一覧に、よく見ると真犯人の大ヒントがあるじゃないか。。。

“いずれにせよ、ロジャー・シェリンガムが殺人事件の容疑者となるという考えは、ロジャーを面白がらせずにはおかなかったのである。”

※弾十六さんがEVH追悼なら、私のは津野米咲追悼みたいなタイミングになっちゃったかな。。不謹慎な物言いですが。


No.995 6点 探偵映画
我孫子武丸
(2020/10/22 13:00登録)
ストーリーがもうちょっと暴れてくれたら良かったかな、折角のトリッキーでギミッキーなメタミステリ(?)なんだから。必然性ある「告白合戦」の位置付けは興味深い。「叙述トリック」が完全に映画の枠内に押し込まれてる構造なもんで、そこで驚天動地とも行かない歯がゆさは仕方ないか。(「メイキング」の方を一皮剥けさせて大爆発、とは行かないものか..) でも発想は面白いですね。 ま、ユーモラスで明るいのはいいけど、せめてもう少しの分厚さが欲しかったね、お話に。んでも、あの映画枠内の真相とその隠し方&バラし方は小味なれどなかなかピリっとしてますよ。映画枠外のトリックもまずまず。悪くないです。6.2点あげちゃいます。


No.994 7点 そして扉が閉ざされた
岡嶋二人
(2020/10/19 19:16登録)
甘い話だな~~ とフンフン読んでたら最後、やられました! 数頁で一気に発熱しましたね。 そのくせあっさりしたエンドも好きです。

友人関係にある若い男女2x2=4人の容疑者たち。。うち少なくとも1人は犯人のはず。。もう1人の友人女子「三ヶ月前の死」の真相を明らかにすれば、監禁されてしまった「核シェルター」から外に出られるかも知れない、、保証は無い、、死んだ女子は、幌をオープンにしたアルファロメオで断崖から飛び降り自殺を図ったと警察には目されているが、殺人の疑いを棄てきれない彼女の母親が(武器製造会社社長であるその夫は娘の死のショックが引き金となり病死)自らの別荘地下に作った核シェルターの中へ、催眠剤で眠らせた4人を閉じ込めた、と思われる状況。。 「身動き取れない現在」と「自由に動けた過去(回想)」のカットバックで話は進行します。

真相を探り当てようとする男女4人の証言と推理の持ち寄り合いが微妙にして明瞭な齟齬を来たす様は、割と有名な 「四つのピースで出来た直角三角形、ピースを並べ替えるとあら不思議、何故か1マス余ってしまう。。」 の錯覚パズルを彷彿とさせてくれなかなか興味津々。
これで脱出劇サスペンスと恋愛スクランブル、そして社長を失った「会社」の動静をガッツリ書いてくれてたら、、それでこの結末だったら、、ちょっとヤバいくらいの出来だかったも知れませんね。。やっぱ「人間を描く」ってのは大事。。とか言いつつ本作はやはり必読書オーラぶんぶん漂う、昭和末期を飾った力作と言えましょう。 当時はカロリーメイトのプレーン味って無かったんですよね。 (あとアレか、やっぱ4人がシェルター内に運ばれたシーンを最後にはっきり晒して欲しかったな..)


【犯人の名指しはしませんが、ここからネタバレと思います】

わたしゃてっきり、咲子の母親、少なくともそのミステリ的バリエーション、が真犯人じゃないかというありがちな疑いが頭を離れず、おかげでアノ真相の可能性なんて頭の隅を過ぎりもしませんでした。。。。 アホや。。。


No.993 7点 葬儀を終えて
アガサ・クリスティー
(2020/10/16 19:55登録)
「だって、リチャードは殺されたんでしょう?」 なる台詞の味わい深さよ。。。これに尽きるんじゃなかろうか! んん~そうねえ、レドヘリと言えば聞こえも良かろうが、ちゎっと無駄が多過ぎひんかのう、アレの。。とは思うんですけどね。。 でも死にネタがこんだけ豊富だからこその、真相隠匿にはなってるわけで。。 芸術ってのは、罪深いもんなんですねえ。。。。 いっけん地味な物語ではありますが、後からじわじわと迫り来るものがありますよ、特にその、犯罪動機の強さとリスクのやばさとのバランスだかアンバランスだか。。 登場人物一覧には入ってなかったけど、老獪な私立探偵ゴビィ氏の造形は実に味わい深かった。 いっやー、いかにもアガサクらしい、人を騙すニクい作品!  んで最後に、この家系図、アンフェアやろ!(笑) なんちゃって。。。。


No.992 8点 狂骨の夢
京極夏彦
(2020/10/08 18:30登録)
「本当に前世の記憶だった訳だよ」

うっかりすると読者の記憶からこぼれてしまいそうな、こぼれ寿司の如くふんだんに盛られた内容を味わい尽くせばこりゃあ面白い一冊。
シリーズ先行二作に較べると、トリックや真相はきっちり枠の中で纏まっている一方で、物語背景の遠大過ぎる奇想ぶりにはフラフラします。バカミスにも通じる大胆爆走の力点置き所を一旦チェンジしたのですかね。
前半分強は作者らしい親切な冗長に溢れていたものの、全体として感じればこれは、長大なサイズに関わらず密度厳しくビシリと詰まった、えも言われずリッチな犯罪ファンタジー小説です。 もはや、叙述トリックではない。。。。

“ありとあらゆる幻想が次次と現実に姿を変えて行く。それがどう云う意味を持つのか、そんなことは全然解らなかったが、兎に角おお、と云いたかった。”

いくつもある反転の中で、ひとつ際立ってブライトなやつ(道尾秀介みたい..)が出て来たのはちょっと笑っちゃったが、大きな救いになりました。 秘密の通路はルール違反とか、楽屋落ち的メタな物言いもポロポロあって可笑しかったなあ。
歌が、記憶ときほぐしの鍵を握っていたなんて、素敵な話です。。。。 と思っていたら!!。。 このへんは登場人物も作者も、余裕でさばいてる風ですな。

そしてこの、バッサリ来る、名エンディング。


No.991 8点 白光
連城三紀彦
(2020/09/30 11:35登録)
何故連城長篇は緩むのか、その神髄が見えたぞ! と思って少し寂しくなった数十秒後にはもう、その予断は蹂躙されていた!! 絶句。 ここまで重く哀しい真犯人●●●●は、ちょっと無いぜ。。。。 これぞ和のフレンチ。表題も完璧。

二組の夫婦、妻が姉妹どうし、双方に一人娘。 妹のほうの娘が或る日、絞殺屍体で発見される。 場所は姉の家、一緒にいたのは老いたる舅。。。この舅の朦朧とした独白で幕を開ける、「私という名の変奏曲」の変奏曲のようでもある多重告白構成のサスペンス。 戦争の深い影も沁みた、酷い話。 警察での供述が妙に中途半端に文学的だったりで、ちょっと笑っちゃうとこもありました。 ある人物のいちいち「~~では屈指の男だ」と述べたがるクセの強い独白はヘンにユーモラスでした。 そして、終わってみれば◯◯要素などどこにもない。。という薄ら寒さよ。 (いや少しだけ、あまりに淡いのがあったか)

「君を抱きたいんだよ。そのためにここへ君を呼んだ・・・・・君に電話をかけた時からもう誘惑は始まっていたんだが、気づかなかったのかね」 ← 記憶に残る台詞

蟷螂の斧さん仰る
> 最終章の独白がその前の章と前後していたら、もっと強い衝撃となったと思います。
これは、アレのことですよね。 もしそうなっていたら、あまりに怖ろしい。。。。 9点行ってたかも。。

【【 以下、犯人名指しこそしていないものの、極めて強いネタバレ 】】

殺人犯人、言ってみれば上流から下流まで全工程で計3人(!!!)もいるのに、誰一人として(少なくとも終盤に差し掛かるまでは、標準的読者の?)嫌疑内に置かれそうもない、意外極まる人物たち。。。この空怖ろしい技巧には心底参りましたよ。


No.990 8点 渚にて
ネビル・シュート
(2020/09/25 19:56登録)
9月になれば、すべてが終わる。。。。。。。。。 絶望を希望がやさしく受け入れる僅かな時間に、平和が訪れた。希望光放つ所に、争い鎮まるいとま無し。 コバルト爆弾飛び交う第三次世界大戦なる蛮行の果て、救世主ジギー・スターダスト光臨の奇蹟もなく、ザ・ビートルズがアメリカで大ブレイクを果たして間もなく、人類とほとんどの生物の命が地上から絶えてしまう(音楽業界はチャンスを逃した)。 北半球は爆撃で全滅。激甚な放射線は赤道を越えて南半球を侵食し始め、今や残るはオーストラリア南部の更に南部だけ(大都市ではメルボルンのみ)。

“写真の縁の中から、シャロンが、よくわかっている、そうだと言わんばかりに、モイラを眺めていた。”

放射性物質や放射能に関する考証の危うさはともかく、これは心をつかんで揺さぶり感情を呼び起こす、ニール・ヤングの同名曲ほどうらぶれていない、強く静かな物語でございます。 99.99%無人の筈の北半球から送られてくるモールス信号の謎には、ちょっとしたミステリ的興味と冒険が絡みます。 小説そのものも、登場人物たちの人生も、避けられない終わりがすぐそこまで訪れているのに、どこかしら特別感を帯びながらも通常運転の生活が慌ただしく過ぎて行く。 しかし、諸々そうきれいに行くのかな。。 行かせたいものだ。 本作はきれいに行かせた人々を主役級に据えている。 そうは行かなかった人々も、暗示的に描写される。 
終末ならではお約束のユーモアは、ブラック過ぎて切ない。だがすぐ爽やかな位相に転じる。更に一周回って大笑い。最後やっぱり切なさと爽やかさへの二重収束。 そこへ来てドワイト艦長不器用ゆえのホワイトユーモアも頻発して、、素敵です。

「しかし、この土曜日は、多くの人たちにとっては、健康で過ごせる最後の週末になるかも知れません」 「あなたも、いまにりっぱな腕前のタイピストになれるわけですね」 「犬がどうなるか、ひどく気に病んでいるのです」 「しかし、わたしは、最後までまちがったことをしたくないのです。命令があれば、それに従います。わたしは、そのように教育されてきたので、いまさら、それを変えようとは思いません。」

落ち着いたストーリー展開の中に突如、悪魔の宴の如く炎を衝き立てる、犠牲者が異様に多いカーレースのシーン、そんな死の愉楽に興じる者たち。主役級の一人もその中にいるが、普段は冷静な科学者で、彼の下す状況への冷徹な専門家判断は、仏のようにありがたい諦観を恵んでくれる。 最後ほんの数十ページには号泣の機会が群発。 個人的にはオズボーンの母の死が最も心に残ります。 それよりずっと前の頁だが、ラルフとの別れのシーンもたまらんな。。 ホームズの食欲増進とか、妙にユーモラスなエピソードのアタックも密かに泣かせます。 それにしても、きっかけは1960年代前半のアルバニアか。。現代で言うと、どこの国だってんですか。。。

「どういたしまして。世界の終わりなんかじゃありません。ただ、われわれの終わりです。世界は相変わらずつづいているでしょう。ただ、われわれが、そこにいないだけです。われわれがいなくても、世界はけっこうやっていきますよ」

舞台は南半球オーストラリアですから、9月と言っても冬が終わり春が始まる時節。 ユーミンの「最後の春休み」と「9月には帰らない」が、いつも以上の切実さで頭をよぎります。 冒頭エリオットの詩も最高に効いているな。。 ある意味ソフトスカトロ的なシーンも最後のほう、ありますw。 だけどこれがまた、刺さるのよ。(色んな意味で、とかふざけちゃいかん)

“いっそう賢明な居住者が、不当な遅滞なく、また住めるようにするためには、その前に人類を一掃して、世界を清潔にしなくてはならなかったのだ。さよう、こんどの出来事は、おそらくは、そこに意味があるのかもしれない。”

これで最後かも、と思うこと、歳を取ると増えますね。 あれが最後だった、と思うこと、歳を本当に取ると増えるのでしょう。
ラストシーンは ”ウォールスィング・マティルダ” を、主役級以外含めた数人で歌いながらフレームアウトかと思ったら、、違った。。。。

「わたしは、あなたが、わたしにとって、つらい時期となったかもしれないものを、楽しい時間にかえてくだすったことを話します。また、あなたは、そもそものはじめから、なにひとつ、あなたのためにはならないことを知っていて。そうされたことを話します。わたしが、いままでどおりのわたしで、飲んだくれのやくざものにならないで、シャロンのもとに帰れたのは、あなたのおかげだということを話します。あなたはわたしが、シャロンにたいして忠実であることを容易にしてくだすったこと、そのために、あなたが、どれだけの犠牲を払われたか、そのことを話します」

終盤は、まるで本当に残された命を惜しむように、じっくり読まずにはいられませんでした。 まだ生きていてよかった。


No.989 7点 濡れた心
多岐川恭
(2020/09/18 17:17登録)
本家のフレンチもいいが日本のフレンチも素敵よ。文章も独特にまず流麗。成人男子の書く少女趣味が妖異に花開いちゃってますが、日本人のフレンチ趣味全開に通じる所があるかも。日記をリレーする数多の重要人物がどれも個性はっきりでミステリ的に魅力的。人数多いもんだから、そのバトンタッチの組み合わせの妙がまた旨味あるのよね。何しろ怪しい奴が多すぎて、かなりトリッキィな真犯隠匿してそうな気配も濃厚で、先が気になること気になること。解決篇では、心理に軸足のロジック展開が冴えてますね。それは核心を衝く弾丸の数のロジックにまで波及。(弾丸そのものの件はご愛敬でしょうか)バッジの件もご愛敬だけど、質の良い、スパンの長い後出し証拠で嫌いじゃありません。 恋愛、友情、同性、異性、未来ある年少者へのまなざし。。。貧富の格差。身分の差。社会派とは違うけど社会側面もミステリの不可欠要素として描かれている。 意外な真犯人というより、意外な犯行動機というか、いや違うな、意外な人間関係こそ、まるでクリスティを思わす巧みさで隠匿された、やられたーって感慨の深いものでした。 ただ、途中、妙に本格調で野暮な取り調べ描写がブレーキ掛けるとこは少しあくび出たな。。そこんとこもう少し巧みにトランジションしてくれたらもっと良かった。 銃刀法施行直前の物語、発表は施行直後(昭和33年)。 ところで、本作のテレビドラマ版、問題教師役が岸田森なんですね、あまりにイメージぴったりで笑ってしまいました。


No.988 6点 ダイヤを抱いて地獄へ行け
ハドリー・チェイス
(2020/09/15 21:48登録)
馬鹿げた不品行で航空会社を解雇されたハリーは、正直者の貧乏生活に嫌気が差し、、、自らが機長としてサンフランシスコから東京まで運ぶ筈だった巨額の工業用ダイヤモンドを飛行機ごと強奪するという豪快悪事を企てる。ハリーの今カノ、グローリイの元彼デレーニイがギャングの大物に収まっているのを幸い、奪ったブツをこの男に売り付けて換金する計画を立てるのだが。。。。  へっ、こいつぁ安いな。でも面白えや。主役と重要登場人物群との関わり合いが意外と浅くて、、 【こっからパラグラフ内はストーリーネタバレ的になります。気にならない人は読んでもいいでしょう。】 流石に交渉上手の大物ギャングも、ダイヤを盗まれた日本人老練実業家タカモリ(天皇陛下への謁見を夢見る)もそこで関係終わりか!? スリルの発生源だったマネーゲームの規模も呆気なくしゅう〜と萎んじまうし。。前半の、攻め込み逃げ喰い付き追われのクライム痛快進行は素晴らしいんだけどさ、後半の展開には思わぬ人間関係の陰影もあったけどさ、、魅力的な殺し屋ボーグ(デレーニイの右腕)には痺れたけど、彼やハマーストック部長刑事だけでなく デレーニイ、タカモリ、出来たらグレイナー父からも追われる激アツの展開が欲しかったが、そんなん受け止められるほどのタマじゃないか、主役のハリーは。 飛行機パイロットなんてやってたとはとても思えないくらいバカでペラくて魅力に乏しい、なんなんだこの、男が絶対に惚れない主人公は(笑)!! 貧乏からの脱出だとか一攫千金とか男一匹勝負がどうしたのテーマ感もさっぱりだし、グレイナー娘(ジョーン)とのロマンスは結局行きずりのワンショットもいいとこだし、まあジョーンが上流育ちのまともな人間としてハリーに語る強い言葉や突き付ける態度はちょっと良くて、所謂ハードボイルド的ヒーローに近い、マーロウファンなんかに好かれそうなのは主人公ハリーではなく、かと言って知恵出し世話女房グローリイでもなく、おしまい近くに現れてさっと消えるこの美しき令嬢ジョーンではなかろうか。それ以上にイイのが”人狩り大好き”敵役ボーグである事は言うまでもありませんが。 とにかく読み捨てには最高の一冊、まるで主人公の人生の様。 (妙に記憶に残るのも共通)

それにしても古の創元推理文庫ハドリー・チェイスと言えば名邦題の宝庫なわけですが、この「ダイヤを抱いて地獄へ行け」もスコブル快調ですね! 頭韻を踏んだ語呂もキマってるし、かと言って「ダイヤを抱いて第八地獄でお・し・ま・い・DIE」までやり過ぎなかったクールな都会的さじ加減には脱帽です。 ただまあ、これを言うとネタバレなわけですが、誰もダイヤを抱いて地獄に行ってないし、これから行きそうな奴もいないんだけど(笑)。


No.987 7点 ゆきなだれ
泡坂妻夫
(2020/09/11 11:56登録)
「宵待草夜情」(連城)をあまりに優しくしてしまったような短篇集。 一篇一篇が温かく終わるのか冷たく終わるのか分からないスリルもあるが、どれも終わってみればじんわり、次作に移るまでしばらく冷却期間を強いられる。 最初の3/4は美しい文芸世界に浸り、最後の1/4からの急展開に手に汗握る、そんな心憎い構成の作品群。

ゆきなだれ
昔の同僚(後輩で年上)女性と遭遇。 タイトルの意味が解かれた時、その重さに涙。 医学的ポイントがミステリ性を突き上げた。 仄かな叙述ミスリードも効いた。 ショッキングだが救いのある最後の台詞、「a、b、c」の並び順がもし「c、b、a」だったら、怖い、、  
8点

厚化粧
恋愛下手の男(ノンケ)が、昔の隣人男性を偲ぶ。 掃除で出て来た、自分宛の手紙一通と、隣人宛ての未開封の手紙二通。 タイトルにまさかの意外性。 沁みる。 
7点

迷路の出口
謎の女性と年一の逢瀬。 キーワード「都市写真」がそこで効いて来るとは。。 そんな事情で、そんな儀式って! 
7点

雛の弔い
昔の師匠の謎めいた死。 死に方に秘められた経緯と人情もさることながら、破門のホヮイダニットが熱過ぎる。。。 
8点

闘柑
何これ、プロバビリティの解決過ぎひん? 考えオチ期待し過ぎ!? ユーモア過多?! 妻の旧友が昔の悲恋を語るのだが。。 
6点

アトリエの情事
昔の寄食先の奥さんと、展覧会広告の裸体画として再会。 (あからさまなヒントが晒してあるとは言え、) この反転の異様な熱さは。。。 ある種の密室(脱出)トリックも、余分感なくすっきり。 真相は強烈にじんわり来ます。。。。ジンストレートのよう。 
8点 

同行者
大学時代の女友達(ただの芝居仲間)と再会。 ビジネスシーンで活躍する彼女は、仕事で海外に飛ぶと言うが。。 色んな意味でなかなか意地の悪いお話。 
7点

鳴神
少年の頃、疎開先で世話になった年上女性と遭遇。 壮麗たる刺青を纏い山水画を嗜む彼女は、本場中国へ旅に出る途上だと言う。 日本に帰ったら久しぶりに刺青を見せてあげる、と約束してくれたが。。 この狂気に触れる真相はちょっとやばい。
8点


No.986 7点 黄色い犬
ジョルジュ・シムノン
(2020/09/08 11:32登録)
本格の薄皮を上手く被った人情サスペンス。 心に残る景観は、陰鬱な天候なのにとても鮮やか。 連続傷害及び殺人事件そして未遂。。。。 本作には面白い二重逆説趣向がある(これのせいで本格っぽいのかも、最後の容疑者集合との合わせ技で)。 惨めで哀れな人でありながら、ちっとも同情を誘わない真犯人像の趣深さ。 あと、これは微かにネタバレ掠るかも知れないが、、 犬の成長がちょっとしたポイントになってるのがニクい、並びに感動的。 そして本作のこの、情景豊かな名オープニング。。


No.985 7点 凍った太陽
高城高
(2020/09/06 13:39登録)
X橋付近/火焔/冷たい雨/廃坑/淋しい草原に/ラ・クカラチャ/黒いエース/賭ける/凍った太陽/父と子/異郷にて 遠き日々 *以下エッセイ われらの時代に/親不孝の弁/Martini. Veddy, veddy dry.  (創元推理文庫)

エッセイ篇で告白されている通り文体、表現へのこだわりが結集し、書かずしてシーンを描く力、焼き付ける技が半端でない。ラストシーンの進む方向に開きを持たせて、且つ曖昧な詰めの甘さは感じさせない。文章は達者だし、すっとぼけは上手いし、北国の都市に田舎を舞台にリアリティというか本物っぽさが充満。 オッと思う独特な表現が、しつこくない絶妙の頻度で現れる。 被殺者、被害者の意外性、そのショックの強さを特筆すべき作品も目を引く。 時系列のうまいシャッフルも自然で、それこそリアリティを盤石にする役割まで果たす。 ただ、本格ミステリ色を備える一部作品では、様々な美点が終盤で急に損なわれてしまう傾向が感知される。

昭和30年代(主に前半)の殺伐感でムンムンの一冊ですが、その感覚を剥き出しの粗さで提示したデビュー作「X橋付近」、研磨を重ねて鋭さと丸みを兼ね備えた名作感ある「ラ・クカラチャ」の二作がその極致で息苦しいほど。 「火焔」「廃坑」の二つは、舞台は全く違うが”その後どうなっちゃうの?”って他人事でなく危惧してしまうサドゥンエンドに引き擦られるのが共通。映画化も納得の「淋しい草原に」はノスタルジックなS30年代を味わうのに最適。ユーモア溢れてちょっと異色の「冷たい雨」も映画っぽい。本格ミステリ性がいちばん強い「黒いエース」は、ハードボイルド展開部の本物感は素晴らしいが、前述した様に謎解きの所で急に作り物くさくなるのは、まあ愛嬌だ。

大学のフェンシング部を舞台とした硬質の物語「賭ける」以降の四作には’志賀由利’なる女性が登場するが、著者はシリーズ物とは考えていなかったとの事。よりハードに引き締まり謎解きも渋く決まった「凍った太陽」は流石の表題作、アクションも見せ場たっぷりでやはり映画の匂いがする。他の作品では翳の深いミステリアスな存在だった由利さんが、ユーモア強く狂言の様な「父と子」では峰不二子みたいな立ち回り(笑)。 最後の「異郷にて 遠き日々」だけは何と平成19年に発表された、全く衰えの見えない涙のカムバック作。。。。’志賀由利’四篇を敢えて連作と捉えれば、、連作だとするとかなり独特で意外性あるその構成も手伝い、また大いなるブランクが熟成の味と芳薫を放ちまくった恩恵も相まって、単に血沸き肉躍るとも、深い溜息をつかされるだけとも違う、複雑に心を揺さぶられてぼうっとしちゃううれしさを堪能できます。

エッセイも小説同様、昭和30年代と平成19年のものを並列。 小説同様、ヘミングウェイがキーワードになる所が多いです。 著者のハードボイルド文体論には頷ける所が多いが “動詞も力強い四段活用のものが適当だ” って・・・古文かと(笑)。 五段活用の事なんでしょうが、これはなかなか目から鱗が落ちました。

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