ボンボンさんの登録情報 | |
---|---|
平均点:6.51点 | 書評数:185件 |
No.105 | 7点 | 黒百合 多島斗志之 |
(2016/11/20 11:17登録) 「瑞々しい」をそのまま文章にしたような14歳の夏休みが気持ちよく描かれている。 と同時に、始めから終わりまで「さあ騙していますよ。どうぞ真相を見破ってごらんなさい」と挑戦され続ける書きぶりを受け、じりじりと神経を使いながら読み進めるジグソーパズルタイプの作品になっている。是非メモのご用意を。 この二つの特徴がそれぞれ大変高度なものなのだが、どうもうまく融合していないようで別物のままに見えてしまった。読後振り返ると、きれいだった世界にザッと黒いものをかけられたようで、少し気分が落ちる。 一方、パズル方面から見ると、とにかく緻密な引っ掛けのオンパレードで、分析、深読みをいくらでも楽しむことができる。時代設定も舞台選びも登場人物の持ってき方も本当に抜かりない。目くらましが過ぎて、結局全然関係なかった人が複数人あり、物語として嵌っていないのが気になったりもするが、パズル完成後に余計なピースが残っていることも含めて巧妙なのかもしれない。 |
No.104 | 7点 | 山伏地蔵坊の放浪 有栖川有栖 |
(2016/11/17 21:29登録) トリックは、まぁ普通に楽しめるとして、何といってもその外枠が面白かった。法螺話の可能性大である謎解き話を本当に法螺貝を脇に着けた山伏に語らせる冗談。それを分かりながらノリノリで付き合う聞き手たちの大人のお遊び。短編集だが、最終話でシリーズ終結を飾る納め方がちょっと素敵だ。 ちなみに戸川安宣氏の解説が超大作。 |
No.103 | 9点 | マジックミラー 有栖川有栖 |
(2016/11/08 15:15登録) 「乗り鉄」有栖川有栖氏の傑作。鉄道だけでも十二分なのに、扱いにくそうな双子ネタにさらに色々絡めて、これでもかこれでもかと波状攻撃でトリックを仕掛けてくる。この複雑さ、たっぷり過ぎて勿体ないほどの豪華さに圧倒された。 作品世界としては、珀友社の編集者片桐さんが登場したり、承認欲求がスルーされる傷心がポイントになったりと、作家アリス前夜といった趣だ。読後に振り返って表題「マジックミラー」の切なさを噛みしめることになる。 途中挟まれるアリバイ講義にはあまり惹かれなかったが、推理作家空知に語らせる「ミステリとは何か」の論を面白く読んだ。 |
No.102 | 7点 | レーン最後の事件 エラリイ・クイーン |
(2016/11/02 20:02登録) (一応心配なので、ネタバレ、としておきます) やはりそうなってしまうのか。X・Y・Zと進むにつれて募ってきた違和感が一気に解消された。世間一般的には『Yの悲劇』が有名で、それだけを読む人も少なからずいると思うが、それは大変もったいない。悲劇四部作を順番に四つ読み通すことができて、本当に良かった。 しかし、最期はそうなるかと予想はしていたが、事件本体の方で、まさかここまで衝撃的な崩壊をして見せるとは思わなかった。狂暴。家の名誉と、人の命と、人類の財産と。さて、どれが大事なのか、正解などないのだ、悲劇だから。レーンは、あくまでも自分の感覚に基づいて、自分の責任で行動する、真の意味で自由な人なのだと思い知った。神の領域だ。 四部作通してのあまりに見事な展開に感動しつつも、本作単独では、抜群にキレキレとは言いにくいので、点数に困る。 |
No.101 | 5点 | Zの悲劇 エラリイ・クイーン |
(2016/10/21 17:41登録) <ネタバレ含む> 前2作から雰囲気一転。80年以上前のアメリカの女の子の一人称に戸惑い、立場が変わってしまったサムとブルーノ、そして何より年老いたレーンの様子に気分が落ちる。 残念ながら、捜査のパートに魅力を感じられない。実際、ペイシェンスの視点だけで進むので、レーンが具体的に何をしているのかよく判らない。振り返れば、皆で手詰まりになって、困って、疲れて、じっとしている場面ばかり。 さて、解決編だが、証拠がない場合に、逃げ道を絶って、論理的な消去法により犯人を追い詰めることでご本人に馬脚を現してもらう、という方法は嫌いではない。これを真似て、必要もないのに関係者を集めて「推理の説明」をするというのとは、訳が違う、説得力が違う。しかも、レーンの整理整頓は美しいし。 ただし、七人の看守を除外する理屈がおざなりなのが気になる。勤務形態を確認してほしい。Xのときは、くどいほど確認していたではないか。その他大勢だからいいのか? いや、そもそもこれに限らず、医師の除外もクリップも日程変更も、大前提の利き腕利き足の件も含め、すべてちゃんとした話ではないからこそ、消去法発表の緊迫の舞台設定を必要としたのだった。名探偵というよりも押しの強い名優の演技力で犯人にもう駄目だと思わせてしまう作戦か。 そして、最後に、「社会にとって必要のない人間だという天からの知らせ」などという恐ろしい言葉で後味の悪いおまけがつく。Yに引き続き、また?この落とし前はどうつけるのか、『最後の事件』が楽しみだ(つくのかどうかは、まだ知らないが)。 |
No.100 | 8点 | 鍵の掛かった男 有栖川有栖 |
(2016/09/30 23:58登録) 派手な舞台設定や奇抜な出来事など一切なしで、実に丁寧に慎重に編み込まれた作品だ。途轍もなく地味ながら、退屈する隙を与えず、しずしずと地道に怒涛の展開を見せる。火村シリーズの長編で、ひとつの「玉に瑕」も「残念な勿体なさ」も感じずに読み通せたのは初めてかもしれない。 後半の火村のひらりひらりとキレる推理の安定感は勿論良し。前半のアリスの辛抱強い捜査の部分が「長い」ところだが、不思議にじわじわと引っ張られ目が離せなかった。 終盤で「人の世は、何と危うく残酷で、なんと出鱈目で得体が知れないのでしょうか」と総括するセリフがある。たしかに悲劇ではあるが、作品全体としては、登場するすべての人にまっすぐな目が向けられていて、読後感は温かく優しい。 |
No.99 | 8点 | 泣き童子 三島屋変調百物語参之続 宮部みゆき |
(2016/09/23 16:20登録) 変調百物語のシリーズ3作目。バラエティに富んだ6話が収録されている。 様々な事情を抱えたお客が持ち込む怪異話を聞き取るおちかだが、その様子もすっかり堂に入って、もはやカウンセラーの域ではないか。 どの話も一級品で、6話の短編ではなく、しっかり6冊の本を読んだような感覚になる。 特に、『泣き童子』と『まぐる笛』の重厚さ、完成度の高さには感服した。どちらも結末の納め方が鮮やかで、すさまじい。 変わり種は『小雪舞う日の怪談語り』で、おちかが三島屋でお客を迎えるのではなく、よその怪談の会におよばれする趣向になっており、読んでいる方もよそ行き気分になれて楽しい。 『くりから御殿』は東日本大震災を受けての作品だろう。生き残った者が過ごした震災直後の日々の肌感覚がよみがえり、震えがきた。癒しきれる傷ではないけれど、それでもなお癒そうとする宮部さんの渾身の一作だと思う。 |
No.98 | 7点 | 怪しい店 有栖川有栖 |
(2016/09/09 00:02登録) 軽妙洒脱というのだろうか。スマートで巧みな筆さばきに磨きがかかり、どんどん軽やかに、透明になっていくような。このままいくと二人は34歳にして老成しきってしまうのではないかと多少心配になる。 (ネタバレあり) 『古物の魔』:地味だけれど、小事の隙を突いて見たことのない結論に至る火村らしい推理。最後の解決の段は、静かな緊迫感があり、魅せられる。 『燈火堂の奇禍』:楽しい展開。平和な日常の謎。 『ショーウィンドウを砕く』:犯人視点。腹の奥底に激しい怒りを持った人が哀しい壊れ方をする話。子供時代、強烈に辛い感情に蓋をして、一見無感情になっているが、無自覚な怒りの衝動を持っている。完全犯罪をしっかりやっているつもりなのに、ボロボロと取りこぼしている様子が、狂ったロボットのようで凄く怖い。そんな犯人の目には火村の「闇」が映る。 『潮騒理髪店』:火村が聞かせてくれる旅先での話を、アリスが良質な日本映画の小品のイメージで「勝手に色々と潤色」して脳内上映するため、ところどころ過剰に素敵な気分になっているのが可笑しい。実は結構な毒が含まれているが、それをスルーしてしまう、とてもいい話。 『怪しい店』:火村とアリスの深淵にコマチさんがサクサクと切り込んでいくので、シリーズのファンは必読。 |
No.97 | 6点 | 作家小説 有栖川有栖 |
(2016/09/03 14:43登録) ブラック。そしてクレイジー。黒有栖川氏の笑いが堪能できる。 作者は、「ミステリでもホラーでも冒険小説でもなく、SFでもファンタジーでも漫才(?)でもない」とおっしゃっているが、うまいな、確かに「作家小説」という新分野のような短編が8つ。 とはいえ、各話にちゃんと謎と種明かしが揃っていて、単に本格推理ではないというだけのこと。気軽に広い意味でのミステリとして楽しんでもいいのでは? (かすかにネタバレ) うち数編で殺人が行なわれている(らしい)のだが、その提示のされ方が妙に怖くてよかった。「作家あるある」をデフォルメした笑い話だと思っていると、ちょっと精神の調子を崩した感じの作家さんたちが、ふいにポーンと怖いものを投げつけてくる。警察や探偵の正義が読者を守ってくれることはないので、心おきなくゾッとできる。 そういう意味では、『殺しにくるもの』、『サイン会の憂鬱』、『書かないでくれます?』が面白い。 そして、有栖川さんがついにやってしまった、当然オール会話形式の『作家漫才』もお見逃しなく。 |
No.96 | 8点 | Yの悲劇 エラリイ・クイーン |
(2016/08/29 23:04登録) 『Xの悲劇』で作品世界や登場人物の説明が済んでいるので、スムーズに物語に入ることができて読みやすかった。私の感覚では、ミステリー的な驚きとしては、『Xの悲劇』の衝撃の方が大きかった。しかし、本作は、いつまでもあれやこれやと考えさせられることが多く、ずっと後を引くものがある。 〈ネタバレあり〉 終盤で犯人がついに脱線して、ありったけの毒を使った瞬間には、本当にゾッとした。 犯人が探偵と同等に論理的で、合理的で、捜査陣と知恵を競うように細工に腐心するという推理小説のファンタジーが破られる快感。 最後のドルリー・レーンの苦悩については、賛否ともに深く、人間の課題として永遠に正解は出ないだろう。あの食堂で何が起こったのか。一言一句確認して、どう読めるのか、延々と議論したくなる。 それにしても、レーンの焦らし方、情報の出し惜しみには、サム警視とともに身をよじる思いだ。もー、なんなの・・。 |
No.95 | 7点 | 幻坂 有栖川有栖 |
(2016/08/06 00:02登録) 天王寺七坂を舞台にした美しい怪談9話。この七坂は、火村シリーズの作家アリスが住んでいることでお馴染み(?)の大阪の夕陽丘に実在する。 短い物語のどれにも坂にまつわる風物や歴史などが丁寧に織り込まれ、ギュッと胸を絞られる良作ばかり。漫画っぽいものから重厚な歴史ものまで、一話一話趣向が見事に違っている。 (ネタバレあり) 抒情的な物語が進むなかで一瞬だけぴりっと異界を感じる話。あからさまにベッタリと怖い化け物話。死にゆくこと生きていくことを考えさせるもの。 そしてなんと、のちに心霊探偵シリーズになる濱地健三郎探偵が活躍する話が2話入っている。ちょっとだけ「本格」っぽいことを言ってみたりするので可笑しい。 また、火村シリーズの『朱色の研究』に出てくる「日想観」も歴史的背景として重要な要素に。 一話挙げると、芥川龍之介の『枯野抄』の裏バージョンである『枯野』がいい(賛否が分かれた作者の某作品への返し技が効いていて溜飲が下がる)。 |
No.94 | 5点 | ペルシャ猫の謎 有栖川有栖 |
(2016/08/01 15:56登録) 火村シリーズの中の劇中劇のようなファンタジックな作品を集めた短編集。 いずれもどこかルナティックで、ソワソワと落ち着かない気分にさせられるところがいい。 ようするに、シリーズ本編から外れたお楽しみ読本なのだが、堂々と国名シリーズに入ってしまっているところがよろしくないのでは? 一番普通そうな「赤い帽子」は、リアル大阪府警のために書かれた森下刑事主演のスピンオフ作品。警察小説と言っていい設定なのに、そこは有栖川有栖、横山秀夫や高村薫のような感じになるはずもなく、「雨-雨-雨-」が印象に残る詩的な出来上がりに。 ミステリではないが、「悲劇的」は、悲痛な叫びと軽いギャグ、冷静な熱さが火村らしい。 「ペルシャ猫の謎」は、火村が怪異を前にしても偏見なく、論理的姿勢を崩さずに自然の事象として理解するところが、私は好きだ。今を生きる探偵として正しいと思う。 |
No.93 | 6点 | 英国庭園の謎 有栖川有栖 |
(2016/07/27 13:51登録) 意外に粒揃いの短編集ではないか。暗号や言葉遊び、文字に関するあれこれがふんわりと本書の共通項になっている。事件現場における捜査のパターンを少し外し、広い意味での暗号解きに興じるお遊び感がこれはこれで楽しい。小説の形態も各話趣向が凝らされていて退屈させない。 その中で『ジャバウォッキー』は、本当に単なる言葉遊びに終始するのに、なぜか独特の緊迫感や危なっかしさがあって魅力的だった。ジャバウォッキーが火村とアリスに向ける気持ちがポイント。これを核にもっともっと膨らませれば、深い長編が書けた可能性も・・・あったか・・? |
No.92 | 5点 | ブラジル蝶の謎 有栖川有栖 |
(2016/07/20 18:25登録) 「人喰いの滝」は、真相の情景もなかなかのものだが、犯人との対決場面の絵面のシュールさが衝撃的だった。淡々と振る舞うアリスの様子もホラーというか哀しげというか。 「蝶々がはばたく」は、素直に傑作と言ってしまってもいいのではないかと思う。もう二度とない奇跡の一作だろう。 他の4篇もそれぞれピカッと光る部分を持っていて、良く出来ているのだが、個人的には何となく気分が落ちるような要素がチラホラ気になって、浸りきれなかった。 |
No.91 | 9点 | Xの悲劇 エラリイ・クイーン |
(2016/07/16 18:59登録) 素晴らしかった。すべての事象を検証して、図表に起こしてみたくなる。究極に整理整頓された論理的思考というものをここまで気持ちよく堪能させていただけるとは。 前半は、ドルリー・レーンという人が強烈すぎて、どう捉えたらいいのか、馴染むのに時間がかかった。しかし、裁判のシーンで興奮し、ブルーノ検事とサム警視のおじさんコンビ同様、レーンを信頼するに至り、以降は怒涛の推理に目を丸くしたままラストまでばく進。 全体の盛りだくさんの事件性も良いのだが、特に、奇をてらうことなく、嘘のように些細な日常的小事を確実に動かせない証拠に変えてしまう部分に魅せられる。 また、ヘンな言い方だが、犯人の光る力量と粘り強い努力がある種感動を呼んでしまう。 これまで読書してきて、最後に事件が落ち着いてからの種明かしの場面(二時間ドラマでいう崖の上)がある場合、大概はただの「説明」になってしまい、それが不自然でなく、わくわくと面白い、ということは少ないと思っている。ところが、本作では、もろにそれが行なわれるのに、最後まで実に見事だった。格が違う。 |
No.90 | 5点 | 高原のフーダニット 有栖川有栖 |
(2016/06/27 18:19登録) 「オノコロ島ラプソディ」と「高原のフーダニット」は、ともに遠出をした先、自然豊かな地での事件捜査の話。そして2つともトリックが嘘みたいにバカバカしい。 それでも、「オノコロ~」は登場人物それぞれに関する挿話が効いているし、脱力系の笑いも楽しめた。火村に謎解きの閃きをもたらすアリスの調査報告が可笑しい。 「高原の~」の火村は、珍しく感傷的で変な感じがした。火村が死んだ者にこんなにも心を寄せる話は他にあっただろうか。 そして、この2編の間に挟まれた問題の「ミステリ夢十夜」。あまり好意的に見られていないようなので、少し緊張して読んだが、私としては、かなり楽しめた。皮肉っぽく、自虐的な含みがあっていい。 火村シリーズは、本当に汎用性が高いというか、自由だ。掌編、短編、中編、長編。日常、イベント、旅先。陰鬱にも、爽やかにも、ギャグにも、ホラー風味にもなる。どうやっても火村とアリス、そして ”本格愛” が揺らがないので、相当趣向が変わっていても、今回はこう来たか、と認めて読むことができるのだと思う。 |
No.89 | 7点 | 長い廊下がある家 有栖川有栖 |
(2016/06/23 23:45登録) 4編の作品いずれも題名がとても巧く付けられているなと思った。 「長い廊下がある家」は、最も魅力的な題だ。内容も興味をひかれる設定や運びで読ませてくれるが、肝心のトリックがあまりに簡単で気持ちがしぼむ。トータルでは嫌いではないけれど。 「雪と金婚式」は、地味な題で、なぜそんなにこれに拘るのか読みながら気になったが、納得の結末だった。高齢の登場人物の心情がたっぷりと語られている良いお話だ。 「天空の眼」は、180度違う方向から持ってきた2つの天空の眼が目新しい。アリスが単独で活躍する大変珍しいパターン。でも、何かちょっと寂しくて、読後、アリスにつられて変にしょんぼりしてしまった。 「ロジカル・デスゲーム」、これは噂どおりすごい。肝の数学も勿論だが、不確実な賭けの部分も、犯人の狂気も、隙を窺うドキドキも、一瞬の判断も、ガタガタしたアクションも、全部いい。おまけに本筋に関係ないアリスまでいい。大満足。一瞬、あれ?『SHERLOCK』(英ドラマ)?と思ったが、こちらの方が先だったし、元ネタも全然違ったようだ。 |
No.88 | 7点 | 火村英生に捧げる犯罪 有栖川有栖 |
(2016/06/21 01:13登録) 色々な形の短いもの8篇なので、まとまった評価はしづらいが、ざっくり言えばファンとしてのんびり楽しめる1冊。(表題の凄さにつられて、「このシリーズで初めて読む1冊」にはしないほうがいいかも。) 基本的にどれも、火村が犯罪者を冷徹に糾弾したりしないし、アリスが人間の深淵を見て哀しくなったりもしないので、人が死んでいるのに謎解きを楽しんだりして少々不謹慎だなあと思うくらい気楽な小噺系。 その中でも「あるいは四風荘殺人事件」と「火村英夫に捧げる犯罪」は特に巧いと思った。 前者は『いかにもある種の本格ミステリ』に対する愛なのか皮肉なのか。作者ならではのオトナな態度と奥ゆかしさが成せる技で絶妙な形に仕上がっている。表題作である後者は、ショートショートの寄せ集めのようなノリで進みながら、ちゃんと見事に落してくれる。アリス本人が事件解決装置になる使われ方が面白い。 |
No.87 | 6点 | 妃は船を沈める 有栖川有栖 |
(2016/06/17 01:05登録) (ネタバレかも) 妃沙子の異様な人物像が不快で、その取り巻きの男たちの雰囲気も気持ち悪くて、なかなかいい気分では読めないが、見どころはしっかりあると思う。 まず、ジェイコブズの短編「猿の手」の解釈を巡る火村とアリスの議論は、非常に興味深い。作者のはしがきにあるとおり、答えの正否はさて措いて、友人とこんな深読み対決が楽しめるなんて愉快で幸せ。これを一つの事件の解決につなげてしまう火村のナイスショットも悪くなかった。 二年半後に話が移ってからは、大地震の被災下という特殊な、しかし今の日本人には実感しやすい舞台設定に乗っかり、あっちに間違い、こっちに気を取られしながら進んでいくのが面白い。 犯罪の手口についてはきっちり論理的に解明した火村だが、今回は何故か珍しくグズグズと悩んだりする。最後に、歪んだ人の心を見抜いて敵に突き付け、ついに陥落させた(と思われる)のは、アリスだ。火村は、アリスの洞察に脱帽してしまう。二人で一人前の名探偵。 |
No.86 | 4点 | 海のある奈良に死す 有栖川有栖 |
(2016/06/13 13:32登録) 最悪、というほどではないが、やはり残念の一言。 粗くて、下世話で、(敢えてなのだろうが)やけに艶っぽさが散りばめられている雰囲気があまりよろしくないため、そもそも小説の出来として有栖川有栖の知的な清潔感からは遠い。 トリックにしても、丁寧に扱えばもう少し印象が違ったかもしれないのに、とにかく肝心の火村がはしゃぎ気味な謎のテンションなので、乱暴過ぎて話にならない。ちょいちょい非常識な行動や現実味のない展開があって引っかかる。結果、本作のヒロイン役がデコボコとグロテスクなことになってしまっている。さらに、いつもは効果的に働く薀蓄の披露が、素材丸出しのまま、度を超して大量投入されるので、生煮え感がいや増す。 とまあ、だいぶ悪く書いてしまったが、赤星楽を弔うために、失われた小説「人魚の牙」を復元するという筋書きは良かったし、特に最後の<一枚の奇妙な地図>は面白かった。 |