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ミステリの祭典

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HORNETさんの登録情報
平均点:6.32点 書評数:1163件

プロフィール| 書評

No.623 7点 叛徒
下村敦史
(2019/06/29 15:42登録)
 新宿署の七崎隆一は、中国人の被疑者の取り調べなどに際して通訳の役を担う「通訳捜査官」。隆一を誇りに思い、自らも将来は警察官を志す息子の健太と、妻・美佐子の家族3人、それに幼いころからの親父代わりであり通訳捜査官の先輩でもある美佐子の父、七崎賢太郎とで、仲睦まじく平穏な家庭生活を送っていた。ところが1年前、義父・賢太郎の不正を隆一が告発したことにより、その生活は破綻。賢太郎は自ら命を絶ち、以来家庭にはぎくしゃくした空気と不穏さが漂っていた。
 隆一は、繁華街での中国人殺害事件の捜査にあたる。第一発見者の目撃談では現場から走り去った人間が、龍の模様の入った水色のジャンパーを着ていたという。一方その頃家では、息子の健太が家を出て行方が分からなくなっていた。健太の部屋を探っていた隆一はそこに、血にまみれた「龍の模様の水色のジャンパー」を発見して青ざめる―

 通訳捜査官を取り上げ、しかもその「通訳」という行為の盲点を突いた仕掛け方は着眼点としてよかった。自分の息子を守るため、取り調べる中国人が話す言葉を隠したり、変えたりする隆一。具体的なそのやりとりは面白く、緊迫感を伴う場面描写だった。しかしながら「ウソがさらなるウソを呼ぶ」の構造そのままに、どんどん深みにはまっていき、暴走していく主人公には前半かなりやきもき、イライラさせられた。
 終盤は、ハッピーエンドに向けて次々と切り札が切られていくパターンで、ちょっと都合が良すぎる感もあったが、物語全体の構造としてよく練られているとも感じ、総合的に好評価。
 乱歩賞受賞後も弛まず、コンスタントに長編を書き続けているのですごいなぁ。


No.622 5点 蟻の菜園-アントガーデン-
柚月裕子
(2019/06/29 15:02登録)
 週刊誌ライターの今林由美は、今裁判で世間の注目を集めている「疑惑の美人結婚詐欺師」を取り上げることにした。事件では、円藤冬香という40代の美女が次々と男を騙して多額の金をとったあげく、殺害したとの疑いがもたれている。誰もが認める美しさをもった冬香がなぜ、結婚詐欺などに手を染めたのか。由美は、千葉新報の報道記者・片芝の協力を得ながら、彼女の周辺やルーツを取材していく。すると、事件の背後には冬香の出生が大きく関わっていることが分かってくる―

 周辺人物の証言を手がかりに由美らが冬香のルーツに迫っていく過程と、冬香の幼少時代の回顧とが交互に並行して描かれる構成で、それらがどうつながっていくのかを推測(推理)しながら読む楽しさがあった。
 概ね「冬香の正体は?」という謎と、「結婚詐欺に至った真相は?」という謎の2つが中心になる。このうち「冬香の正体」については読み進めていくうちに像が見えてきて、厚みのある内容だったと思うが、後者の「結婚詐欺に至った真相」については急に後付け的に片付けられている感じがしてあまりすっきりしなかった。
 さらに最後の解離性同一性障害(多重人格)のくだりに至っては、余分だと思う。ラストをああすることによって、却ってチープな感じになってしまった。


No.621 6点 建築屍材
門前典之
(2019/06/29 14:36登録)
 建築中の建物という舞台を活かした、というかそれゆえのミステリになっていて、アイデア自体はかなり面白いと思った。
 しかしここまでの書評でも見られるように、その仕組みが専門的で素人には分かり難かったり、「建築物」という立体空間の様子や出来事を言葉で説明するためどうしてもイメージが難しかったりした。それを補えるように各所で図が付加されたり、巻頭に4階分を重ねて見ることができる、半透明紙の建物の平面図があったり(これはスゴいと思った)して、それらはかなり理解の助けになった。
 「トリック」に特化した作品と言えるので、そういう趣向の人には好まれるのではないかと思う。


No.620 5点 弥勒の掌
我孫子武丸
(2019/06/29 14:25登録)
 高校教師・辻の妻がある日帰宅したらいなくなっていた。3年前に女生徒とした不倫以来、関係の冷めきっていた2人だったので「ついに出ていったか」と考え、放っておいたのだが、ある日そんな辻のもとに警察が訪れる。妻に対する捜索願いが出されているというのだ。辻自身はそんなものを出しておらず、いったい誰が?と探っていくうちに、妻が最近怪しげな新興宗教団体と接触していたことが分かってきた。
 一方、刑事の蛯原はある日突然、妻がホテルで殺害されていたという知らせを受ける。悲しみと怒りに燃える蛯原は、自身の手で犯人を突き止めようとする。するとこちらもその過程で、新興宗教団体の影が見えるように。
 あるきっかけでつながった2人は、協力して真相を解明しようとするが―

 新興宗教団体という得体のしれない輩を相手に、さまざまな手がかりをつないで迫っていくストーリーは読み易く面白かった。ラストに教祖にまでたどり着き、真相が明らかになるのだが、名前に関する仕掛けはあったものの、その他はその場で開陳される内容であり、ミステリとしてはそこまでではなかった。
 ラストは非常にブラック。読後感は良くないね。


No.619 8点 蝶のいた庭
ドット・ハチソン
(2019/06/16 18:33登録)
 ある屋敷に監禁されていた10名以上の女性が保護された。女性たちは〈庭師〉と呼ばれる男に囚われ、背中に蝶のタトゥーを入れられて囲われた庭園に住まわされたうえ、日々凌辱されていた。そのうちの一人、「マヤ」と呼ばれる女性は、地獄のような環境から救い出されたにもかかわらず、泰然とした態度で聴取に応じる。聴取を担当したFBI捜査官・ヴィクターは、彼女に好きにしゃべらせることで真相を引き出そうと試みるが、その口から語られれるのは想像を絶する恐怖の毎日だった―

 「マヤ」は被害者なのか?それとも〈庭師〉に加担する共犯者なのか?捜査陣のそんな疑いと逸る姿勢を制しながら、ヴィクターは根気強くマヤからの聞き取りを進める。取調室と、マヤの口から語られる事件の様相とが交互に描かれる形式で、〈ガーデン〉の悲惨な様相が明らかにされ、その完全に征服された環境からどのようにマヤたちが救われたのかが最後に詳らかになる。
 初めから〈ガーデン〉のみを舞台にして時系列で描いてもよいのでは?と思って読み進めていたが、ラストに至ってその構成の意味を知る。このような「マヤへの聴取」という形にすることで、マヤという女性の人間像を明らかにしていくことが物語のもう一つの主眼で、その効果がラストに発揮されているの感じた。
 内容が内容だけに「ハッピー」エンドとは言えないが、少なくとも救いのある結末で、読後は満足感がもてる内容だった。


No.618 7点 いくさの底
古処誠二
(2019/06/12 22:13登録)
 舞台は第二次大戦中期のビルマ。日本はビルマを戡定したが、情勢は落ち着かず、各地に警備隊として軍を配属していたころ、ある村に賀川少尉率いる一隊が配属された。しかし日本軍を優遇する村民との関係も良好に見え、平穏な任務―軍属として隊にいた日本人通訳の依井は、そんな風に思っていた。
 だがそんなある晩、何者かの手で少尉がビルマの刀「ダア」で一太刀のもと殺されてしまう。一対誰が、何のために?争う重慶軍の仕業か、村民か、それとも―?

 古処誠二はこのあたり(第二次大戦)を題材とした戦争ミステリで売る作家。物語の場面設定を理解するには歴史の知識が必要なところもあるが、だいたいは読んでわかる。戦時中の、いつ命のやり取りになるかわからない緊張感や、その中での軍人たちの力強い生き様が感じられて、それだけでも読んでいて面白い。
 本作は、「少尉を殺したのは誰か?」ということ共に「何のために?」ということがかなり重要な部分になる。戦況に関わる軍事的事情なのか、はたまた私怨なのか。主人公・依井の視点からさまざまな想像が巡らされるあたりはかなり面白い。
 新たな事実がいろいろと開陳されていくラストだが、想像の及ぶ範囲であったり、細かな手がかりが出されていたこともあったりして、後出し感はない。
 他に類をあまり見ないジャンルで「らしさ」を出している作家。強いと思う。


No.617 5点 MASK 東京駅おもてうら交番 堀北恵平
内藤了
(2019/06/09 16:35登録)
 堀北恵平(けっぺい)は、女性らしからぬ名前の、女性警察官の卵。東京駅おもて交番で研修中の身として、毎日東京駅周辺を回りながら駅周辺の地理の勉強に努めている。
 そんな赴任間もないある日、東京駅のロッカーから少年の箱詰め遺体が発見された。体を折りたたまれ、木箱に詰められた少年の死体にはなぜか「鬼のお面」が。恵平は、刑事の平野とともに、事件の捜査に携わることに―

 フレッシュで誠実な主人公のキャラクターにより、陰惨な事件でありながら物語全体には何かあたたかみを感じる。東京駅のホームレスや靴磨きのおじさんなどの、人懐っこい恵平の、普段の人とのつながりが生かされてこそ進展する捜査に、キャラ付けとストーリーが上手く仕組まれていると感じる。
 事件の謎については、前半は雲をつかむような感じで、後半一気に真相が見えてくる。偶然や運が手助けして、細い糸が手繰られていく様はややドラマのような仕立てだが、結末にはそれなりに満足できた。


No.616 3点 サークル 猟奇犯罪捜査官 厚田巌夫
内藤了
(2019/06/09 16:19登録)
 藤堂比奈子シリーズのスピンオフ。正確に言えば、先にスピンオツ作品として出された石神妙子検視官の「パンドラ」の続きになっているので、スピンオフのスピンオフみたいな感じ。

 警察官の一家惨殺事件が発生。夫婦と二人の子供が一夜のうちに殺され、4人の心臓がえぐり取られて並べられ、死体と共に血で描かれた円に囲まれているという以上犯罪だった。
 検視官・石神妙子と結婚したばかりの新婚夫、厚田刑事は事件の捜査に携わるが、妊娠中の妻・妙子がいつまでも検視官の仕事を続けていることを心配していた。すると案の定、警官一家惨殺事件の検死も妙子が請け負っていた。妙子に「真犯人を挙げて」と強く言われ、捜査に邁進する厚田だったが―

 一家惨殺事件の捜査、妙子の妊娠、前の恋人で子どもの父親でもある犯罪者のジョージとの絡みなど、いろんな要素が盛り込まれていながらそれぞれが散逸していてまとまらず、さらには結局作品タイトルにもなっている一家惨殺事件は何も解決しないまま終わる。特別な事情を抱えた厚田・妙子夫妻の行く末が話のメインのような感じで、ミステリとしては非常に消化不良であった。


No.615 5点 獏の耳たぶ
芦沢央
(2019/06/08 15:00登録)
 我が子を帝王切開で出産した石田繭子。喜びの出産のはずなのに繭子は、これまでの周囲とのやりとりから、自然分娩でなかったことを異常に後ろめたく感じるようになってしまっていた。そして思いつめた繭子は、新生児室の我が子を同じ日に生まれた別の新生児と取り替えてしまう。取り替えた新生児は、母親学級で一緒だった平野郁絵の子だった。
 すぐに己がとんでもないことをしてしまったことに気づき、正直に告白して元通りにしようと思うが、言い出せないまま退院の日を迎えてしまう。子は「航太」と名付けられ、繭子の子として育てていくうちに、航太が愛しくなっていく。やがて四年がたった時、産院から繭子のもとに電話がかかってくる。
 一方、取り換えられた郁絵は「璃空」と名付けた子を自分の子と疑わず、保育士の仕事を続けながらも、愛情深く育ててきた。しかし、突然、璃空は産院で「取り違え」られた子で、その相手は繭子の子だと知らされる。突然のことに戸惑い、悩む郁絵。果たして二人の子は、いったいどうなるのか―

 というように、「この先どうなるのか」ということはあるが、純粋なミステリではない。第一章が取り換えた石田繭子の視点、第二章が取り換えられた側の平野郁絵の視点で描かれており、それぞれの立場からの苦悩や葛藤がよく分かる。
 「新生児の入れ替え」はこれまでもいろんな作品等で扱われてきたであろうから、新鮮味はないが、人間心理の描写巧みな筆者の筆力でそれはカバーされている感じがする。


No.614 5点 裁く眼
我孫子武丸
(2019/06/08 14:40登録)
 漫画家をめざしながらも、一度だけ雑誌に読み切りが連載されたきり30を過ぎても定職にありつけない袴田鉄雄は、路上で似顔絵かきなどで細々と糊口をしのぐ日々。そんなある日、報道用に裁判の様子を描く「法廷画家」の仕事が舞い込んできた。担当することになった事件は、練炭自殺に見せかけた殺人と疑われている男性の死。被告人は男性と交際していた女性で、そのあまりの美貌から世間の注目を集めていた事件だった。
 最初の仕事となった第一回公判で鉄雄が描いた、美人被告人・佐藤美里亜の絵は上々の評判。さっそくお昼の番組で使用されたのだが、その日、鉄雄は自宅に帰った際に何者かに襲われる。いったい誰が鉄雄を襲ったのか?そしてなぜ?鉄雄は姪の蘭花とともに、犯人を探ろうとするが―

 法廷画家という職業を取り上げての話は珍しく、興味深く読むことができた。裁判が進んでいくのと合わせて、鉄雄を襲った人間の謎も追っていくのだが、お互いがどうつながるのか全く分からなくて、最後まで引っ張られてしまった。
 真相は、現実的かどうかは別として、私は非常に面白い仕掛けだと感じた。


No.613 8点 イノセント・デイズ
早見和真
(2019/06/08 13:40登録)
 母子3人を犠牲にした横浜の放火殺人事件。被告人は、夫の元恋人・田中幸乃24歳。別れ話に納得できず、執拗なストーカー行為の末に自宅に放火したとされる容疑に下された判決は「死刑」。判決が下された時、幸乃は弱々しい声で言った。「う、生まれてきて、す、す、すみませんでした」―
 事件の裏にあった幸乃の半生、そして真実が、関係者の回想によって明らかになっていく。

 賛否両論あるよう(否の傾向が強いか?)だが、私は面白かった。
 罪状を見れば同情の余地などない、おかしい女の暴走に見えるのだが、幸乃の歩んできた人生や、被害者である元恋人の男の素顔が明らかになっていくにつれ、見方が変わっていく。判決を受け入れ、むしろ死刑になることを望んでいる幸乃と、その本人の意思に反して救おうとする周り。果たして死刑は執行されてしまうのか?本当に幸乃の仕業なのか?さまざまな謎と興味に引っ張られ、読み進めてしまう力があった。
 結末の在り方が特に意見の分かれるところだろう。私はそれなりに納得のいく結末だった。


No.612 6点 人間に向いてない
黒澤いづみ
(2019/06/08 12:57登録)
 ある日突然、人間が異形へと変貌する「異形性変異症候群」。昨日まで普通だった人間が、突然見たこともないグロテスクな生き物に変わってしまう。それはなぜか、引きこもりやニートなど、社会参画や社会貢献ができていない若者に次々と発症していた。
 美晴の一人息子優一は、高校の時に不登校になり、それ以来引きこもりとなり、今や22歳になった。ある日の昼、いつものように昼食の用意ができたことを部屋に告げに行ったところ、「虫」のような姿に変わった息子の姿を発見する。
 以前から息子を出来損ないと断じ、愛情も持たなくなっていた父親・勳夫は無慈悲に「早く捨ててこい」という。しかし美晴は、姿が変わっても息子であると、守り、育てようとするのだが―

 ミステリではなくSFホラーに近い。異様な姿になってしまった優一を、これ幸いとでもいうように捨てようとする夫と、守り通そうとする美晴とのやり取りを通して、親子の愛情や子育てといったことについて考える、といった内容になっている。
 謎はないが、面白く読めたしラストもよかった。


No.611 6点 虚無への供物
中井英夫
(2019/06/08 11:08登録)
 さまざまなジャンルに細分化されている現代のミステリを多く読んでから、やっと本作を読んだからであろう、正直何をもって「奇書」なのかが分からなかった。
 言い換えれば、それだけ現代のミステリがさまざまな創意工夫や奇手に彩られているということであり、本作品が50年以上前にその先鞭をつけた存在だったということであれば、ミステリ史上において高い評価がされるのもうなずける。

 よって私の感想は、普通に「重厚なミステリ作品」として面白かった、というもの。多くのペダントリーと、そこから引き出される突飛な推理の数々にはなかなかついていけなかったが、それでも上下巻に渡る重厚なストーリーを飽くことなく読み続けることができた。読みにくさは全く感じない。
 非常に多くの伏線が張られ、しかも展開の中でそれが二転三転していくので、回収されていないままのものがいくつかありそうだが、情報量の多さにそれを見返す気にはなれなかった。そう思うと、なんだが雰囲気で騙されてしまっているところもある気がした。


No.610 5点 イヤミス短篇集
真梨幸子
(2019/06/08 10:49登録)
 真梨幸子らしい、特に「女性の怖さ」をテーマとした内容が多い短編集。
 私としては、女性の仲良しグループに潜む本音をコミカルに描いた「いつまでも、仲良く。」と、Webサイトの管理をするという面白いテーマを扱った「ネイルアート」がよかった。
 特に後者については、それにくらべると本サイトの投稿者は皆さんマナーが良くてありがたいなぁと思った(笑)


No.609 5点 黒い睡蓮
ミシェル・ビュッシ
(2019/05/02 21:37登録)
 ジヴェルニー村はかの印象派画家の巨匠、クロード・モネが生涯を過ごし、『睡蓮』を描き続けた有名な村。モネの死後100年を経ようとするこの村は、今では世界中から睡蓮の池、モネの家を見るために人が集まってきている。

 そんな村である朝、地元では名士となった眼科医・ジェローム・モルヴァルが死体となって発見された。捜査にあたったローランス・セレナック警部は、妻がいながら幾人もの女性と関係をもっていたジェロームの女性関係に目をつける。そのうちの一人、ジェロームが必死で口説き落とそうとしていた小学校教師・ステファニーは男なら誰でも惹かれてしまう美女で、ローランス警部も一目で心を奪われてしまう。ステファニーの夫、ジャックは嫉妬深いことで有名で、ローランスはジャックに嫌疑の目を向け、捜査を展開するが―

 ・・・・・・この真相はかなり賛否両論でしょう。トリックとしては面白かったが、騙し方がフェアかと言われれば・・・うーん・・・。実際私も、何度も各章のタイトルになっている日付と年号を見直したし・・・。
 愛憎劇が組み込まれていて、長さが苦にならないぐらい面白く読み進められたのは〇。でも仕掛け方としては「気持ちよく騙された」というより「本当に騙された」という思いが残るものだった。


No.608 6点 遠まわりする雛
米澤穂信
(2019/05/02 20:46登録)
 古典部シリーズ第4弾の短編集。
 ホータロー、える、里志、摩耶花の4人が学園内外で起きる様々な小さな謎に挑む話なわけだが、今回はこの4人の中で起こる身内的な問題もいくつかあって、それによって4人の関係性が揺れ動くところもあった。
 純粋なミステリとしては「心あたりのある者は」「遠まわりする雛」が面白かった。「心あたりのある者は」は、放課後にされた校内放送からその背景を推理するというもので、作者自身の解説にもあったようにハリイ・ケメルマンの「9マイルは遠すぎる」の古典部シリーズ版。
 「やるべきことなら手短に」「手作りチョコレート事件」は、それぞれホータローとえる、里志と麻耶花の微妙な関係が素材となった話だが、ごくフツーの高校に通う高校生が、ここまで策を弄したり、それを裏で理解し合ったりするか?という感は否めない。
 なんにせよ、一見ラノベテイストにも見られがちな本シリーズだが、「日常の謎」として堂々とミステリを名乗れる内容になっているのはさすがだ。


No.607 7点 生き残り
古処誠二
(2019/05/02 20:21登録)
 第二次世界大戦中のビルマ戦線。日本の戦況が悪くなり、自部隊が攻撃に遭って転進してきた兵隊たちがイラワジ河にたどり着き、渡河のために河畔に散在していた。同様に戸湊伍長と2人で転進してきた丸江は、たった一人でたたずんでいる兵隊を目にする。すると戸湊伍長はその兵隊を注視し、やがて声をかけて一人でいる事情を聞く。聞けば兵隊は「ゲリラに襲われて自分以外はみな死んだ」とのことだった。「さすがに不憫だ。連れていく」という戸湊伍長。だが、兵隊が一人になった経緯を執拗に問うたり、軍隊手帖を盗み見たりと、何か兵隊に疑念を抱いているようなそぶりに丸江は不審に思う。血で血を洗う凄惨な戦場、その中で生き延びてきた兵隊にいったい何があったのか―兵隊の回想と、現在とが交互に描かれる展開で、真相が明らかにされていく。

 まずなにより、こうした大戦中の、しかもビルマ戦線という世の認知度としては比較的低いところを舞台として描かれた「ミステリ」が新鮮で、非常に面白く読めた。泥まみれで不潔、劣悪な環境で命を削る極限の状況下での人間の悲痛さと、それゆえに強くたくましく感じる言動が無駄のない筆致で描かれ、非常に力があった。
 兵隊の部隊員が次々に死んでいく中で生まれる疑念、兵隊の行動の不可解さ、そして最後に示される真相と、ミステリとしても十分な魅力で筆者の作風に圧倒された。
 面白かった。


No.606 4点 すみれ屋敷の罪人
降田天
(2019/05/02 19:53登録)
「女王はかえらない」でデビューを果たした、このミス大賞を受賞した2人組のユニット作家。
 咲き誇るスミレに囲まれた洋館、紫峰一家が住む紫峰邸は、昭和十年代当時は名家として名を成した家柄だった。当時紫峰家には3人の美女令嬢がおり、多くの使用人を抱えながら華やかな生活を送っていた。
 それから六十年以上の時を経て時代もすっかり様変わりした現在、旧紫峰邸から2人の白骨死体が発見される。2人の身元調査を依頼された「西ノ森」は、依頼にあった元使用人の栗田信子、岡林誠、山岸皐月から当時の状況を聞き取りに向かう。調査を進める中で、華麗なる一家であった紫峰家が、度重なる事件により凋落していく様が明らかになってくる―

 次々に明らかにされていく新たな事実に、情報を整理しながらついていくのが結構しんどかった。華族華やかなりしころを舞台にした話は本格っぽくて面白かったが、最後の凝った騙しのために長々と話を作っている感じもして、途中はよく言えばスラスラと、悪く言えば淡々と読み進めてしまう。せっかく好きな雰囲気の舞台設定なのに、最後に残ったのは仕掛けだけだったような気がする。


No.605 5点 鳥居の密室 世界にただひとりのサンタクロース
島田荘司
(2019/04/07 17:06登録)
 錦天満宮の鳥居が両側の建物に刺さっていることから思いついたネタを小説にした、という感じだろう。科学的な知識はないながら、なんとなく漠然と思い描いていた真相だった。
 もともと短編だったものを長編にリライトしたものなので、話としてそれほどの厚みは感じない。よく言えば読み易く、すぐに読了できる。
 ミステリ以上に、工場の従業員国丸と、幼い少女・楓のつながりが胸に刺さる話だった。そういう意味ではイイ話だった。


No.604 7点 人喰い
笹沢左保
(2019/04/07 16:53登録)
 労使の闘争の様子や、登場人物の物言い、描写の文体など、昭和の名作の雰囲気があってそういう意味で非常に楽しめた。
 主人公の姉の遺書から物語はスタートする。唯一の肉親である最愛の妹に宛てて、悲恋の恋人と心中することを伝えるものだったが、発見されたのは相手の男性の遺体だけだった。姉はどこへいったのか?不安と心配に苛まれる中、心中の原因となった姉の会社で次々に不審な事故や殺人が起こる。生き延びた姉の仕業なのか?妹の佐紀子は恋人である豊島と力を合わせ、事件の真相解明に乗り出す。
 いちOLである佐紀子が、探偵よろしく関係機関や人物のもとを訪れて捜査まがいのことをする展開はいかにも昭和の2時間ドラマタイプのように感じるが、私は好きだ。からくらやトリックも今のように妙に凝ったものではないが、十分に楽しめる。人間関係や愛憎劇が真相に上手く関わっていて、物語の魅力を増していると感じた。

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