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ミステリの祭典

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虫暮部さんの登録情報
平均点:6.21点 書評数:2040件

プロフィール| 書評

No.2020 8点 タイタン
野﨑まど
(2025/07/18 12:00登録)
 この作者は、圧倒的な情報量を圧縮してストーリー展開と寄り添わせる優れた才を持っている。それは、頭いいなぁと思わせる反面、処理能力で器用に書いている印象も否めず、素直に熱中出来ずにいた。
 しかし本作の成立にはそういうスマートな力業が必須で、野﨑まどだから書けたと言えるだろう。“仕事” に関する思索を深めつつ、要所要所での思い切ったSF的飛躍は、物語を “知的興奮” と “笑っちゃう” のハイブリッドに導いた。宮澤賢治の引用が意外な程に効いている。しかしこの時代でも下着はパンツなのか。


No.2019 7点 ブレイクショットの軌跡
逢坂冬馬
(2025/07/18 11:59登録)
 良い意味でなかなか計算高い “次の一手” ではないだろうか。デビュー作の軛から逃れ、ジャンル作家脱却を図っている。
 前二作のような冒険要素は少ないし、一直線にゴールを目指すあの潔さも無い。細切れにした物語が渾然一体となって語るのは、何が何と繫がっているのやら判らない世界の有様。しかしその雑味の多さこそが本作の味わい。多彩な価値観を器用に使い分け、どのエピソードもリーダビリティが破格。うっかり一気読みしてしまったよ。えっ、架空の車種なんだ……。

 ところで無神経だと謗られる覚悟で言うが、プロローグに出て来るラップ、そんなにひどいか? 極論暴論を述べる歌詞なんて良くあるし、個人の表現でそこまで全方位に気を遣わなきゃ駄目かなぁ? 本作中最大の違和感である。


No.2018 5点 名探偵再び
潮谷験
(2025/07/18 11:58登録)
 第三章までの事件はポイントが摑みづらく、イマイチ気持が奮い立たなかった。読み返せば理屈としては納得出来るけれど。伝聞で語られるせいかな?
 と言う分析を裏付けるかのように、事件に直接遭遇する第四章で一気に面白くなり、最後のサプライズには脱帽。
 前半もっと上手く書ければ、とは思うが、一人称記述も伝聞も、設定上の必然だろう。どうしたものか……。


No.2017 4点 黒き舞楽
泡坂妻夫
(2025/07/18 11:57登録)
 以前読んだ時は読後感がとても悪くて……読み返してみてもやっぱり、その性癖は許容しがたい。相手が合意しているか微妙なところだし。本性に殉じることが常に正義と言うわけではないのだ。文芸の力がうっかり変態を黒水晶に昇華してしまった、みたいな感じ。それなりに読ませるので悩ましい。


No.2016 6点 赤後家の殺人
カーター・ディクスン
(2025/07/18 11:56登録)
 本格ミステリに於いて、鑑識や検死の結果は “読者に提供される推理の為のデータ” と言う側面があり、基本的に無謬である。秘密の抜け穴を見落としていました、では話にならない。
 と考えると本作のトリックはビミョーなんだけど、これは責められないかな~と言う絶妙なポイントでもある。“ズルい” とは思ったものの、賞賛したくなるタイプのグレー・ゾーンだ。事件発生後すぐ、H・Mに大胆なヒントを言わせているのも偉い。
 回りくどい動機はもう少し上手く設定して欲しかった。


No.2015 5点 戯作・誕生殺人事件
辻真先
(2025/07/11 14:51登録)
 創元推理文庫版の表紙、前巻でツッコまれてタチキリの位置を改めたんじゃない?

 ネタバレあり。
 まず現実の事件について。出産話と平行するせいで進行が遅く感じられた。事件の渦中にいないとスーパーは魅力半減だなぁ。
 入り組んでいる割に平凡な動機、だけど幾らの為なら殺すかは人それぞれだしまぁいい。

 問題は作中作。これ、前・中だけで充分面白いミステリになっていて(江戸時代ならではのホワイ!)後は蛇足だよね。順不同で読まれる前提があってこそ後は騙しの一部品として意義を持つ。
 説明の仕方が少々曖昧なんだけど、作中の作者がその意図を面白いと思うのは不自然だと思う。だから入選に至らなかったってことなのかも知れないが、“作中の作者が新人賞の為に書いた作品” ではなく、あくまで “辻真先が我々読者を引っ掛ける為に、作中作として書いた作品” にしかなっていない。
 読者視点で見ると、せっかくの面白い短編を、トリックのネタにする為に面白さを判りにくくしているので、勿体無い。


No.2014 5点 本格・結婚殺人事件
辻真先
(2025/07/11 14:50登録)
 創元推理文庫版の表紙、二人の身長はこれでいいの?

 キャラクター中心のシリーズものだから仕方ないけど、“スーパーとポテトの結婚” に引っ張られ過ぎて、ミステリ的な面白さが犠牲になっている気がする。殺す動機が二つ重なっているのも過剰だ。また、二つの殺意が北海道で鉢合わせする偶然が、もう少し必然になるような要素を追加出来なかったのだろうか。
 アレみたい、と明記するとネタバレになりかねない、昔SFを書いていたあの作家の'79年作品みたい。


No.2013 3点 改訂・受験殺人事件
辻真先
(2025/07/11 14:49登録)
 思えばその昔、私が何故この三部作を手に取ったかと言えば、何かの本で “○○、△△、×××、が犯人” と三冊纏めて紹介されていたからだが、冷静に考えると、前二作がそれを予め明かして読者の気を引く設定であるのに対して、本作のネタバレは興を殺ぐんじゃない? 今になって腹が立って来たぞ。
 事件の真相とメタ的な部分がキチンと有機的に繫がっていて、手の中の書籍が一体何処に位置するのかと不思議な気分に浸れる。こういう凝った本は再刊の時に困るけど、良いね。

 と言いながら別の部分をネタバレしつつ突っ込んでしまおう。
 校歌三番の見立てを行った理由について。
 それは “前の事件が一、二番の見立てだ” との意見がそれなりに広まっていないと成立しない偽装工作である。しかし、私が読んだ感じではそういう状況には至っていない。それどころか、見立て説はポテトの脳内に浮かんでいるだけで、彼はそれを口に出して良いか決めかねているようだ。これは変だと思う。
 記述が曖昧で、“その意見が広まっていない” とも書かれてはいない。また、ポテトの台詞に “見立て殺人かどうかって話をしているうちに” とあり、相手がそれを過大評価して偽装が有効だと判断したのかも知れない。なので決定的な矛盾ではない? でもまぁこうして読者が “好意的に解釈” しなきゃならない時点で作者のミスだよね。
 更にこうも考えてしまう。実は一、二番は単なる偶然なわけだが、そこに見立ての幻影をポテトが見たからこそ “三番の見立てが偽装に成り得る” と言う発想が生まれた。つまり、ポテトが間違った推理を迂闊に口にしたことが、第三の事件を誘発してしまったのでは……!?


No.2012 7点 盗作・高校殺人事件
辻真先
(2025/07/11 14:48登録)
 作中作がしっかり出来過ぎているので、その外枠 “作者=犯人” の部分がほんの付け足しみたいに感じられてしまう。と言うのはこの手の仕掛けに付きもののジレンマだろうか。
 “プラスドライバー” についてわざわざ説明が付されているのが不思議な感じ。'76年でそんな認識だったの?


No.2011 8点 仮題・中学殺人事件
辻真先
(2025/07/11 14:48登録)
 かつてソノラマ文庫で読んだけど、これ(青春三部作)はどう評価するとかじゃなくてとにかく好き。“本格ミステリ” を判ったような気になっていた時期に、“そのルールの先” を実践した具体例が目の前に存在した事実は、私を更なる沼へ引き込む大きな引力となったものである。
 今読み返して尚、“犯人” に関して文句は無い。理屈としてちゃんと成立しているのでOK。
 成程、ペンネーム辻真先はそういう由来だったのか。


No.2010 6点 ベツレヘムの星
アガサ・クリスティー
(2025/07/05 11:56登録)
 ゴリゴリの信者ではなく、“好意的” 程度の距離感を感じる聖書ネタ作品集。意外に楽しめた。
 ミステリはどうしても悪意を扱った物語になりがち。それとは違う方向性で作家としての巧みさを発揮するのに “信仰” と言う題材は手頃なのかも知れない。言い訳不要で “いい話” を書いたり読んだり出来るからね。
 水上バスから消えた男の謎は、キリスト教的にはフェア・プレイ?


No.2009 5点 ブラック・コーヒー
アガサ・クリスティー
(2025/07/05 11:56登録)
 「ブラック・コーヒー」。人物の出入りやコーヒーカップの動き等、観客席から見るとかなりコミカルなんじゃないかと思う。ヘイスティングズがくしゃみをするとかね。小説とは違う表現形態を模索したのかも知れないが、ミステリとしては本当に何も無い。

 「評決」。成程、確かに “探偵小説的ではない”。ものの、各人の絡みや結末の意外な(だけど説明されれば理解出来る)選択がとても面白い。のだけれど、それこそ最後の1ページ、どうしてそうなる? これを入れちゃった作者の判断には納得しかねるなぁ。


No.2008 5点 ヘラクレスの冒険
アガサ・クリスティー
(2025/07/05 11:55登録)
 全体的に、もっと膨らみそうなエピソードをせかせかと速足で通り過ぎてしまった感が強い。ネタバレありで幾つかコメントを。
 「ネメアのライオン」。犬さらい事件。でも実演する必要は無いよね。単にそういう作り話をすれば事足りる。ずっと見張っていて “そんな出来事は起きなかった” と証言する人なんていないんだから。
 「レルネーのヒドラ」。砒素が減った理由として、故人の詐病を疑っていた、と言うのが面白い。成程、猛毒じゃないからそんな使い方もあるんだ。
 「エルマントスのイノシシ」。事件の真相よりも、下界への連絡方法の方が面白い。
 「アウゲイアス王の大牛舎」。スキャンダル隠蔽。これは卑怯だ。“わざと疑われて、その疑いを晴らしてみせると、信頼度が高くなる” って手管、長編にあるな。ポアロは犯人が使った手をパクったわけである。
 「ヒッポリュテの帯」。絵のクリーニングは特殊技術であって、素人が軽々に試みてはいけない。多分、ポアロのギャラは絵の修復費と相殺されたのであった。


No.2007 4点 運命の裏木戸
アガサ・クリスティー
(2025/07/05 11:55登録)
 連載漫画の最終回に古いキャラクター達が意味も無く再登場する、あの雰囲気。トミーはともかくタペンスに回想の殺人ものが務まるのだろうか。
 案の定、巧みとは言えない聞き込み。しかも “余計なことを探ったせいで、死ななくて良い人が殺された話” に見える。だがそれに見合った真相だとも思えない。
 総括すれば、愛犬ハンニバルの場面のみいいね、と言うことになる。彼の名が登場人物表に並んでいるのは全く以て正しい。


No.2006 3点 黄色いアイリス
アガサ・クリスティー
(2025/07/05 11:54登録)
 この中の一編が雑誌に混ざっていたなら、枯れ木も山の賑わいと言えないこともない(誤用ではない)。しかしこうして一冊にまとめて枯れ木だらけの山にしちゃうと……面白い部分が皆無と言うわけではないが、これがいいねとタイトルを挙げるほどのものは見当たらなかった。


No.2005 6点 死への旅
アガサ・クリスティー
(2025/06/30 12:49登録)
 冒険とかスパイとかはメインではない。トーンは違うが、江戸川乱歩『パノラマ島奇談』『影男』のような “大金持ちがユートピアを作る話” だな~と思った。
 冒頭のひどいリクルート方法、私は面白かった。AC安定のキャラクター造形のおかげもあって、真相に納得し切れない幾つかの本格ミステリ作よりはこっちの方がアリではないか。気を抜いて読めると言う意味も含めて。


No.2004 6点 死の猟犬
アガサ・クリスティー
(2025/06/30 12:48登録)
 あまり期待していなかったが、神秘譚とミステリの融合、なかなか良い。特に「死の猟犬」。“選ばれた物” とか “円を閉ざす” とか思わせ振りな言葉だけで殆ど何も解明されていない点に、却って世界の広がりが感じられた。
 「検察側の証人」。図らずも滲み出てしまったようなわざとらしさがあって真相は何となく見当が付く。後半は、如何にしてその着地点に落とし込むか、と言う意味での上手さ。
 「青い壺の謎」のような御芝居のプロット、私は本来嫌いなんだけど、これは何故かオチで笑えたなぁ。
 「赤信号」。城真子さん? 麻姑四郎さん?


No.2003 5点 死者のあやまち
アガサ・クリスティー
(2025/06/30 12:48登録)
 作者は真相を知っているが故に、ついついそれを踏まえた語り方をしてしまった。
 だって捜査陣のこの対応はどうなの。少女の死をあっさり巻き添えだと決め付けて、目の前の死体より行方不明者の人間関係にかまけている。最終的にそれで正解だったものの、年齢を理由に被害者個人のアイデンティティを軽んじてないか、と言う違和感がずっと付いて回った。
 登場人物皆が、とある暗黙の諒解の下に、つまり作者が意図するレッド・ヘリングを際立たせる方向に、動いているみたい。その範囲が事件の直接関係者ならまぁ許容出来なくもないが、警察まで巻き込むのは行き過ぎである。まずお祭を封鎖して、人海戦術で変質者を捜索すべきじゃない?
 
 この三年前の長編では “ついつい” の軛から逃れられた反面その結果として見当違いな調査に終始した、のと対照的。その分あちらは真相がより唐突な印象だけど、本作の不自然さの方が長期に亘るから困るなぁ。バランスを取るのは難しい。
 そう言えば、あちらは “殺されたんでしょう?” 、こちらは “人殺しをするのよ”。思わせ振り台詞対決か。


No.2002 8点 死せる案山子の冒険
エラリイ・クイーン
(2025/06/30 12:48登録)
 辛うじて一問正解、但しロジックは不完全。
 そんな成績で偉そうに言うことでもないが、ラジオ放送時に “聴取者への挑戦” として、何を、何処まで、問うていたのだろうか?
 「〈生き残りクラブ〉の冒険」の場合、“犯人” とは何をやった者を指すのか。しかしそこにこだわると、挑戦の文言がヒントになりかねない。フェアに行くなら複数形で問わねばならない作品もある。表題作の殺人犯は指摘出来ても、動機や被害者の正体(本書の中ではそこが一番興味深かった)まで推理するのは難易度が高そう。

 「黒衣の女の冒険」の登場人物の説明で、“異父弟” と “義理の弟” はイコールじゃないぞ(原文未確認)。


No.2001 4点 死時計
ジョン・ディクスン・カー
(2025/06/30 12:47登録)
 色々と判りにくいんだけど、私が最も受け入れがたかったのは動機。何その迂遠な憎悪の表現!?
 しかも、その騙しはあっちの真犯人が捕まっちゃったら破綻するのだから、実は計画として失敗である。
 更にメタ視点で見ると、ミステリである以上 “あっちは未解決です” で済ませるわけにはまぁ行かないのであって、従って作中でそのように進展して犯人の計画が破綻するのは必然なわけで、それは小説のプロットとしても失敗なのではないか。

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