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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1836件

プロフィール| 書評

No.1716 7点 虎の首
ポール・アルテ
(2022/11/17 14:18登録)
アラン・ツイスト博士を探偵役とするシリーズの五作目。
相変わらず本家カーを意識(し過ぎ)てるかのような作品世界なのだが、今回は如何でしょうか?
1991年の発表。

~休暇から戻ったツイスト博士を出迎えたのは、事件の捜査で疲れ切ったハースト警部。郊外のレドンナム村で、次いでロンドンの駅で、切断されスーツケースに詰め込まれた女性の腕と足が見つかったのだ。警部の依頼を待つまでもなく事件に興味を持った博士だったが、すぐにその顔色が変わった。駅から戻って蓋を開いた博士のスーツケースから出てきたものは・・・。一方事件の発端となったレドンナム村では、密室でインド帰りの元軍人が殺される怪事件が起きていた。なんと犯人は杖から出現した「魔神」だというのだが・・・~

今回はいつにもまして「不可能趣味てんこ盛り」・・・という雰囲気。あと、割と「ミスリード」がいつもよりも旨く仕掛けられているように思えたのだが、他の皆さんは結構辛口な評価なんだねぇー
本作は、紹介文にもあるとおり①「バラバラ死体が複数のスーツケースから発見された事件」②「レドンナム村で頻発した盗難事件」③「同じ村で発生した密室殺人事件」(by「虎の首」というインドの魔杖)、の三つの筋が同時に走っている。となると、当然にこの三つがどのように絡んでいるのか?というのがプロットの軸になるはず。

タイトルからして③がメインになるのかと思いきや、中心となるのは①の方。
まず③に関しては「密室」が当然にクローズアップされるのだが、そこは「抜け穴」がかなり大胆に用意されていて正直腰砕けでしかない。「虎の首」に関してはある特徴がカギにはなるのだが・・・。フーダニットも動機からすれば自明とも言える程度のもので、ここにサプライズはない。
で③なのだが、終盤に判明する「ある仕掛け」についてが本作一番のサプライズというか、騙しの構図となる。なるほど・・・。これについては伏線も結構あったし、動機についてのアプローチからも旨いと感じた。ただし、これを「連続殺人」としたのは明らかにやりすぎだし、作品全体としても効果は薄かったのではないか?
②は①につながる「偶然」を演出するためのいわば材料とでも言えばいいのか。この偶然があったからこそ、真犯人は複雑な仕掛けを用意しなければならなくなったのだ、という傍証としてあるのだろうけど、うーん。あまり有機的につながっているとは言えない(ただし、作品のオカルト感や不可能趣味を煽るという役割は果たしたかも)。

ということで、いつもどおり「ツッコミどころ」はあちこちにあるんだけど、全体的なバランスやサプライズの大きさという意味では、シリーズでも1,2を争う出来ではないかと思えた。ラストのツイスト博士のとった行動に反感を覚える読者が多そうなのだが、まぁそこはフィクションだしね。
最初に戻るけど、これこそ「カーらしさ」全開で、全然知らずに読んで「カーの作品」って言われれば「そうかな」と思ってしまいそうだった。(これは作者の本意なのかな?)
(トランク+死体+列車っていうと「黒いトランク」とそれに類した作品群が思い浮かぶけど、日欧でこんなにテイストが違ってくるのは、ある意味興味深いし面白い)


No.1715 5点 インド倶楽部の謎
有栖川有栖
(2022/11/17 14:14登録)
作者のシリーズでは最も著名な「国名シリーズ」。「モロッコ水晶の謎(2005)」以来長らくの中断があっての九作目となる本作。
この作品名は本家エラリー・クイーンも執筆を企図していたといういわく付きのタイトルということが作者あとがきにも記されている。
結構なボリュームの長編。2018年の発表。

~前世から自分が死ぬ日まで・・・。すべての運命が予言され記されているというインドに伝わる「アガスティアの葉」。この神秘に触れようと、神戸の異人館街のはずれにある屋敷に「インド倶楽部」のメンバー七人が集まった。その数日後、イベントに立ち会った者が相次いで殺される。まさかその死は予言されていたのか? 捜査をはじめた臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖は、謎に包まれた例会と連続殺人事件の関係に迫っていく!~

うーん。思ったより評価は高いんだねぇ・・・
今や特殊設定下でしか成立しなくなったかのような本格ミステリーに敢然と立ち向かっている感さえある作者。決して「日常の謎」などという手軽な(?)謎には陥らず、本格ミステリーの王道をひとり背負っているかのような状態(言い過ぎですか?)。
それは分かるのだが、個人的に本作は「いただけない点」が多いように思えた。列記するならば、
(1)長すぎる
これは「無駄に」という言葉をつけてもよいように思う。もちろん長編なんだから、登場人物たちの人となりを十分に記す必要はあるのだが、それを勘案してもなぁー。ミステリーとしての「謎」や「仕掛け」の大きさと分量がマッチしてないと思えた。
(2)動機
これは他の方も書かれてるし、作者も「敢えて」「分かっていて」というところだろうから、多くは書かない。けど、突拍子もないことは明らかだし、読者の推理の材料としても弱い。
(3)フーダニット
犯人特定のロジックがあまりに弱過ぎでは? ある場所でのある偶然が真犯人特定のカギとなっているが、とてもではないが犯人特定の材料にはなっていない。(結局、犯人が簡単に自供を始めることで解決につながってしまった)
あたりだろうか。

ただ、作者もそんなことを思われるのは百も承知で書いていることが「作者あとがき」に書かれていて、「それは好みの問題では?」ということらしい。
作者としてはあらゆるタイプの本格ミステリーを書きたいし、読者の評価が分かれることは全然かまわない、というスタンスのようだ。まぁそれは確かにそうだし、事実本作の評価は悪くない(らしい)。
前々から書いているとおり、個人的に「火村・アリス」シリーズとは相性が悪くて、「面白い」と思える作品に殆ど出会えていない。本作ではそのことをやはり痛感した次第。
でも、やはり作者は現在の本格ミステリーにおいては、並ぶところのない第一人者であるということは間違いないのだろうとは思う。
そんな信頼感、安定感を感じさせてはもらった。
でも、つぎは仲間たちに囲まれた関西圏ではなく、アウトサイダー的な環境に置かれる火村の姿を書いてほしいかな。
(本作は神戸の観光案内書的な役割もあり。いいよね、神戸の街は)


No.1714 6点 コロナと潜水服
奥田英朗
(2022/11/17 14:12登録)
もう、絶対に面白い奥田英朗の短編集。(敢えて「絶対」と言ってみる)
今回も、ちょっと笑って、ちょっとほっこりして、ちょっとキュンとする、そんな短編集となっていて欲しい。
2020年の発表。

①「海の家」=時折登場する、作者の分身ともいえる登場人物。今回は、そんな彼が妻の不貞に怒り、一人暮らしを始めるところから始まる。存在感が強すぎる「幽霊」なども出てくるけど、個人的には「やっぱり娘はいいよなぁー」「羨ましい!」と、ふたりの「息子」しかいない私は強く思ってしまった。
②「ファイトクラブ」=むかし、ブラッド・ピット主演の同名映画があったよね(古いな)。ただし全く関係なし。リストラで閑職に追い込まれた中年男性たちがボクシングにはまっていく物語。なぜか毎日神出鬼没に現れる老年のコーチの正体は? 男は本気で殴り合いをすると一皮むけるというコーチの主張はなぜか身に染みた。
➂「占い師」=やっぱり女性って占いにはまりやすいんだねぇ・・・ということを改めて実感させてくれる作品。結婚相手はできるだけグレードの高い相手がいいけど、釣り合いが取れてないと結局しんどいっていう物語。昔からそんなこと変わらんよ。
④「コロナと潜水服」=これはごく初期のコロナ禍の頃のお話。この頃は感染者が何百人になっただけで大騒ぎしてたんだよなぁー。あの頃なら笑えない話だけど今になってみると笑える話。未だに続いているなんて、想像つかなかったなぁー。
⑤「パンダに乗って」=パンダは動物園の人気者の方ではなくて、70年代に一世を風靡した自動車。それにしても「いい話だ!」。で、どことなく村上春樹テイストのような気がする。こんなナビが開発されないものかと思っていたけど、AIが進化していけば夢ではないのかもしれない。「甘酸っぱくて切ない大人の物語」。これが間違いなく本作ベスト。

以上5編。
相変わらず「うまい」ですなぁー、奥田英朗は。
シリーズ前作っぽい作品集(「わが家のヒミツ」)では、作者の老成(?)ぶりに嘆いた書評を書いたんだけけど、本作はいい意味で吹っ切れてる感じ。で、キーワードは「ノスタルジー」なのかな。
そして、全作品に通じるのは、「幽霊」っていうか、本来いるはずのない「人物」に影響された物語、ということ。
これが実にいい味を出している。
主人公たちも「オカシイ?」とは思いながらも、そのことを受け入れ、最終的にはちょっとしたハッピーエンドを迎える。

だんだん自分も「あの頃はよかったなぁ・・・」と思う機会が増えてきた今日この頃。時代の移り変わりは早すぎて、ついていけないことを「ついていかない」ということに無理やり置き換えようとしている。
もちろん、「ついていかなくても」いいんだけど、そこまで強くはなりきれない自分もいたりする。
そんな自分に、「まぁそんなんでもいいんじゃない」って思わせてくれる作品。そんな感想もありでは?


No.1713 6点 マギンティ夫人は死んだ
アガサ・クリスティー
(2022/10/29 12:22登録)
エルキュール・ポワロ24作目の長編。(未読のポワロ物のあと僅か)
今回は英国の田舎で発生したごく普通の殺人事件をポワロが旧知の警官に頼まれて再調査するというもの。
1952年の発表。

~ポワロの旧友であるスペンス警視は、マギンテイ夫人を撲殺した容疑で間借り人の男を逮捕した。服についた血という動かしがたい証拠で死刑も確定した。だが、事件の顛末に納得のいかない警視はポワロに再調査を要請する。未発見の凶器と手掛りを求め、現場に急行するポワロ。だが、死刑執行の時は刻々と迫っていた!~

紹介文を読むと、タイムリミットまで差し迫った緊迫感ある展開なのか?と想像してしまうけど、実際は田園風景が広がる英国の田舎で、かなりのんびりした展開が続いていく。
ポワロも要請を受けたはいいけど、関係者に話を聞きながらも、なかなかこれという手掛りがつかめないまま時は過ぎていくというまだるっこしい展開。
ただ、被害者が気にしていた「新聞日曜版に出ていた4枚の写真」という1つの手掛りをもとに、事件は大きく動いていく。そして判明する意外な真犯人・・・

まぁさすがの旨さですな。
緻密に計算された作者の「老獪な技法」が堪能できます。
他の方も書かれてますが、今回は割と登場人物が多くて、そういう意味ではフーダニットの興味は強い。どうせ、作者のことだからミスリードや「いかにも」という疑似餌が撒かれてんだろうな、という感覚で読み進めていくことになる。
で、この真犯人なのだが・・・。確かに、数多い登場人物の中では、派手めというかキャラが立っていた人物だったなぁーという読後感。この当りは、あまりに地味すぎるヤツを犯人にはできないしなぁーっていう苦しさも窺える。

今回、ポワロが自分が事件の再調査のためにやってきており、真犯人は別にいるということを敢えて喧伝して回り、真犯人の動きを炙り出すという捜査法を行っているのが斬新。自分が名探偵であるということも併せて伝えるのだが、その反応が薄いことに一喜一憂するポワロ、というところに作者のサービス精神というか、ユーモア精神(死語?)が出てて、ほほえましかったりする。
いずれにしても、よくいえば円熟期の作品。多少悪く言えば「晩年っぽい」作品、っていうことかな。決してつまらなくはないし、水準以上の面白さはあると思う。


No.1712 6点 グラスバードは還らない
市川憂人
(2022/10/29 12:20登録)
「ジェリーフィッシュ」「ブルーローズ」に続く、マリア&漣シリーズの第三弾。
『硝子鳥』=グラスバードの正体とは?NYの摩天楼のど真ん中で起こるど派手な超高層ビル崩落と連続殺人事件。二人が事件に関係するとき、事件は思わぬ方向に進んでしまう。
2018年の発表。

~マリアと漣は大規模な希少生物密売ルートの捜査中、取引先に不動産王ヒューがいることを掴む。彼には所有する高層ビル最上階の邸宅で秘蔵の硝子鳥や希少動物を飼っているという噂があった。ビルを訪れた二人だったが、そこで爆破テロに巻き込まれてしまう。同じ頃、ヒューの所有するガラス製造会社の関係者四人は、知らぬ間に軟禁されたことに気付く。「答えはお前たちが知っているはずだ」という伝言に怯えて過ごしていると、突然壁が透明に変わり、血だまりに倒れている男の姿が!~

なるほど。他の方々が指摘されている点・・・確かにアンフェアなのかもしれない。
ただ、個人的にそこはあまり気にならなかった。というより、気付かなかった。トリックとは関係ないけど、ジェリーフィッシュだって架空の技術&存在だしな・・・
過去三作の中ではやや評価が落ちるようだけど、決してそんなことはないと思う。相変わらずデカイ規模で作者の企みは炸裂しているしね。

本作の謎は大きく三つ。(作中でマリア&漣も指摘してます)
①犯人の正体と動機、➁犯人の侵入経路と脱出経路、③超高層ビルが爆破された理由
まぁ前二作を読んでいる身としては、場〇に関する仕掛けはなんとなく察することができたし、それが分かればある程度真相に手が届くことにはなっている。➁についても、隔絶された超高層ビルの最上階というとびっきりの密室なんだけど、その解法は本シリーズならではのもの(当然アレだよね。伏線は十分あったし)
ただ、爆破というのは正直必要性は薄いし、それがせいで〇れ〇〇りを疑われる結果を招いてしまっている。
あと、真犯人が企図したシナリオに偶然アレが重なったというのは、本格ミステリーのプロットとしてはやむを得ないとフォローしておく。
あとはグラスバードの正体だが、これも自明とまではいわないけど、それほど複雑なものではない。作者もそこを掘り下げてはいないので、なんとなくスッキリしないところはあるのだが・・・

これでシリーズ三作を読破したわけだが、ミステリーとしてのレベルは高いと思う。プロットは割と同系列なんだけど、見せ方が旨いというか、本格ファンの心の「くすぐり方」を熟知しているという感じだ。
今のところ、あと一作短編集が出ているようだが、できるだけ続けてほしいシリーズ。


No.1711 5点 金田一耕助の帰還
横溝正史
(2022/10/29 12:19登録)
金田一を探偵役とする短編のうち、後で長編化されるなど手を加えられた作品を集め、光文社が編んだ短編集。
角川文庫など別の版元で読まれた方も多いのではないか?
本作は1996年に刊行されたもの。

①「毒の矢」=都内の新興住宅地で住人の醜聞をバラすぞという脅迫状が届く事件が頻発する。隣の奥さんとのレズ関係をバラと脅された関係者たちが集まった舞台で起こる殺人事件。しかも被害者の背中にはトランプ柄の刺青が・・・。トリックとしてはかなりラフというか大雑把なもの。脅迫状の使い方も、わざわざそんな遠回しなことしなくても・・・という気がした。
②「トランプ台上の首」=隅田川沿いのマンションの住人へ総菜を船で売りまわる男が発見した生首。被害者はストリップダンサーだった、といういかにもの時代設定。このトリックも、まぁいかにも昭和初期だなぁーというもの。都合よく腹違いの〇〇なんかが登場すると、ちょっとげんなりするよなぁ。
③「貸しボート13号」=ボートの上で発見された男女の死体。二人とも首がちぎれかかっているほか、絞殺と刺殺の両方が加えられていた。この真犯人は不憫だな、というかこの動機はなかなか首肯し難い気がするし、なぜ死体に手を加えたのかに関してもリアリティに欠ける。
④「支那扇の女」=警官の前で自殺未遂を企てた女。彼女は自身が夢遊病に犯されていると告げ、更に自分は「毒婦・八木克子」の生まれ変わりだと言った。トリックというか事件の構図としては単純なもの。金田一が告げたある齟齬については、「そりゃ分らんよ」という気がする。
⑤「壺の中の女」=都内の高級住宅地で起こった惨殺事件。事件の直前、被害者はある壺を譲り受けていた。その中には、曲芸師の女が潜んでいたのか? これもプロットは単純。曲芸を目くらましに使い、真相は単純な愛憎劇。
⑥「渦の中の女」=高島平団地を思わせる新興団地で起こった殺人事件。そしてまたも横行する暴露手紙。その内容はまたもレズ関係の告発!(①と一緒じゃん) この真相は正直つまらん。
⑦「扉の中の女」=壺。渦の次は「扉」か・・・。銀座の裏通りで発生した殺人事件。凶器はピンで首筋をブスっ! ただこれも小品かつ地味。
⑧「迷路荘の怪人」=もちろん「迷路荘の惨劇」の短編版、というか2回改稿されているということでは原型と言った方がいい。正直、原型版は何の面白味もない駄作である。ただ、片腕の男や鍾乳洞の冒険というエッセンスの萌芽は見受けられる。

以上8編。
割と著名な作品が並んでいる印象はあるけど、どれも改稿前のせいか、どうもピンボケ気味で面白味に欠ける印象が強い。
作者の「改稿癖」はやはり本物ということなんだろう。
どれも改稿を繰り返すことで、作品が熟成され、名作に昇華していく(当然しないものもあるけど)。
ということかな。
プロットとしては似たようなベクトルの作品が多く、逆に言えば「作者のくせ」というのがよく分かる。つまりは「美女には気をつけろ!」ということだ。


No.1710 6点 希望の糸
東野圭吾
(2022/10/02 13:45登録)
「祈りの幕が下りる時」に続く、加賀恭一郎シリーズ作品。当シリーズも数えて十作目に突入。随分と長いシリーズとなったものだ。
それだけ作者の思い入れも強いシリーズだろうし、「ガリレオ」シリーズと並ぶ作者の代表的シリーズとなった。
2019年発表。

~小さな喫茶店を営む女性が殺された。警視庁捜査一課の加賀警部補と松宮が捜査しても、被害者に関する手掛かりは「善い人」というだけ。彼女の不可解な行動を調べるうち、ある少女の存在が浮かび上がる。一方、金沢の地でひとりの男性が息を引き取ろうとしていた・・・。彼の遺言書には意外な人物の名前があった。彼女や彼が追い求めた「希望」とは何だったのか?~

前作で、追い続けていた家族の問題に一応のケリをつけた加賀に代わり、本作では松宮が自身の「家族」の問題に直面するとともに、「家族」そして「血」にまつわる殺人事件に深くのめり込むこととなる。
本作、本格ミステリーとしては語るところは少なく、特に見るべき個所もない。真犯人は中盤から終盤に差し掛かる辺りで確定してしまうし、何かしらのトリックや仕掛けがあるわけでもない。
なので、他の方も書かれているとおり、そこら辺に期待してはダメだ。

本作のキーワードはやはり「親子」ということになるのだろう。特に、「親」が「子」にかける想い。
世の中には「子」を追い求めても叶わない人もいる。苦労して手に入れた「親子関係」に苦悩し、傷つけあい、壊れていく「親子」もある。
それは人それぞれ、様々なケースがあると言ってしまえばそれまでなのだが、作者は「親子の絆」こそ永遠であり、特別なものなのだと言いたいに違いない。
私も2人の子を持つ親なのだが、同時に「子」でもある。そんなの当たり前だろっ!って思っていたのだが、それは決して当たり前ではなく、決して得難い存在であり、ある意味「奇跡」なのだ。物語の終盤、金沢で息を引き取る寸前の男「芳原真次」が、かつて1度しか話したことのない息子に対して「それでも、長くても、切れさえしなければ糸がつながっている。」と話していたという場面がある。まさに本作のタイトルにつながるシーンなのだが、うーん「糸」かぁ・・・
そうなんだろうな。われわれは親から子へ、そして子が親となり、親から子へと、切れない糸をつないでいるということなんだろう。

ラストシーンを迎え、本作の登場人物たちは殺人事件という荒波を潜り抜け、「希望の光」「希望の糸」を見つける。捜査にのめり込んでいた松宮もまた、「希望の糸」の存在に気付くのだ。
東野圭吾氏も60歳をこえ、作家として円熟期を迎えたということじゃないかな。もはや、トリックメーカーや斬新なプロットではなく、「人間」というものを深く洞察していく、心の琴線に訴える作品を紡ぐ、そんな年齢になったということと感じる。

「新参者」から第二シーズンに入った本シリーズも本作で何となくすべての片がついたような雰囲気。次作からは新たなシーズン、新展開が待っている予感もしてきた。(違うかな?)


No.1709 5点 二重の悲劇
F・W・クロフツ
(2022/10/02 13:43登録)
フレンチ警部シリーズ二十四作目となる本作(だいぶ後半になってきた)。
今回は倒叙形式ということで、「クロイドン発12時30分」という倒叙の名作を持つ作者だからこその作品なのか?
原題は“The Affair at Little Wokeham”。1943年の発表。

~リトル・ウオーカムの小村に引退した富裕な老人を殺害し、その遺産を手に入れるために綿密周到な計画を立てて、ついに成功した犯人を追及するフレンチ警部の卓抜な推理力に脱帽! あらゆる仮説を克明に実験し、追及の輪を次第に狭めていくフレンチの努力が実り、まさに逮捕寸前犯人は国外に逃亡してフレンチは地団駄を踏む。それは果たして失敗だっただろうか?~

倒叙形式であることを除けば、いつものフレンチ警部ものである。
いや、倒叙形式だからこそ、いつもよりも更に丁寧になっているともとれる。だからこそ、「いつもよりも冗長で退屈」という評価も出てくるのだろうと推察する。
殺人事件そのものは実に単純で、それほど工夫のあるプロットとは言い難い。他の方が書かれているとおり、こんな古臭いアリバイトリック!って感じだし、それにまずまず翻弄されるフレンチ警部もどうかとは思う。
でも、クロフツ好きの身としては、「そこそこの満足感」を感じられた作品ではあった。

当然倒叙なんだから、フレンチというよりは真犯人の心の動きや猜疑心、バレるかもという強烈な不安心、徐々に追い込まれていく恐怖etcが十分に堪能できた。
本作は「真犯人」視点だけでなく、事件関係者や「やむなく真犯人に協力せざるを得なくなった人物」視点なども織り交ぜることで、単純でない物語に膨らみを与える工夫もなされている。
特に、事件に巻き込まれることとなる村の医師などの小市民的感情や”恋する中年独身男性の悲哀”などは、なかなか身につまされる(ように思えた)。

今回、割と目についたのは、フレンチ警部のユーモア感覚(死語?)
部下の警官たちのやり取りのなかで、まるで「ノリツッコミ」のような会話を披露している。ここら辺も、長くシリーズを続けてきた作者の余裕というか、変化・工夫の跡かもしれない。
まぁ、でも「アイデアの枯渇」というのは確かにその通りだとは感じる。長く続けすぎることのデメリットも当然あるわけで、晩年の作品はどうしても苦しくなってくるね。
決して高い評価はできないんだけど、安定した面白さはあるという評価にしておきたい。


No.1708 5点 月輪先生の犯罪捜査学教室
岡田秀文
(2022/10/02 13:42登録)
名探偵・月輪龍之介が、帝大(いわゆる東京大学)の学生を相手に犯罪捜査学の講義を行い、実際の事件を教材として推理・犯罪捜査を教えていくという趣向。生徒役となる三人の学生も一癖ある奴ばかりで・・・
2016年発表の連作短編集。

①「月輪先生と高楼閣の失踪」=最初の事件は、架空の高層ビル(といっても6階建てだが)からひとりの人物が失踪し、まったく別の場所で死体としてみつかるというもの。三人の学生が順番に推理を披露するが、すべて月輪からの厳しいツッコミで瓦解し、月輪が先生らしく正解となる推理を披露する、という形式。つまり、作者は3つのダミー推理を用意しないといけないわけで、それはそれで苦労しそうだなと感じる。で、真相は「消失」ものでよくあるトリックに少し手を入れたもの、というレベル。まぁ、でも初っ端の作品としては合格点。
②「月輪先生と「湖畔の女」事件」=今回は誘拐事件げメイン。世間嫌いの偏屈な有名画家の息子が誘拐されるのだが、不自然な個所がかなりある。例によって三人が推理を披露→すべて月輪に否定され、真相が月輪の口から語られる。①も②も「〇れか〇〇」がトリックの鍵となっているが、それもまぁこの時代設定だからこそ許されるのかな。個人的には好きではないが・・・
③「月輪先生と異人館の怪談」=部隊は大磯ロングビーチ、ではなく、明治時代の大磯村。そこにある異人館を舞台に起こる殺人事件。月輪先生が急遽予定をキャンセルするなか、生徒役の三人が自分たちで解決を図ろうとするのだが・・・最後に意外な真相が月輪の口から語られる。
④「月輪先生と舞踏会の密室」=伊藤博文も招待されたダンスパーティーに参加する月輪と3人の生徒たち。衆人環視の中で銃殺事件が起こる。しかも舞台は密室・・・。この密室トリックはよくある手なのだが、真犯人がやや意外。結局、3人の生徒は一度も月輪先生の推理を超えられず終了。

以上4編。
「まずまず」というのが全体的な評価としては的を得ているのでは?
四編とも、「事件の発生」→「3人の生徒が順に推理を披露」→「月輪が推理の講評をしつつも正解ではないと言う」→「結局、月輪の推理が正しくて解決」、というフォーマットを踏襲している。
どれも短編らしい小品のネタなのだが、きれいにまとめているのは作者の力量だろう。
ただ、作者の筆致は長編でも「やや平板」という感じなので、短編になるとさらにその特徴が際立ってしまう(ように思う)。
シンプルな謎解きを楽しみたいのならそれもいいけど、どことなく物足りなさも感じてしまうんだよなぁ・・・

「正しい(?)」短編集を読みたいという方には適していると思われるので、そういう作品をお求めなら是非!
(個人的ベストは・・・うーんどれかな? 敢えて言えば④かな)


No.1707 7点 死の命題
門前典之
(2022/09/11 14:29登録)
原書房のミステリーリークでの配本の一作。当初は「死の命題」として刊行されたものを、改稿のうえ改題までして再度発表したもの。(それだけ本作への愛着が分かろうというもの・・・)
蜘蛛手啓司を探偵役とするシリーズの一作目でもある。
改題前のものは1997年の発表。今回は改題後の「屍の命題」にて読了。

~信州の山奥のとある湖畔の別荘。そこに集められた6人は、やがて全員が死体となって発見された。なぜか死亡時刻も死因もバラバラだった・・・。「犯人」はなにを意図していたのか。究極の「雪の山荘」ミステリー、ついに刊行!~

前々から気になっていた作者、作品を今回無事読了。
本作の「メイン・プロット」って、本格作家なら誰もが書きたい、読者なら誰もが読みたい、って思うものではないかと推察する。
ただ、如何せん困難。この「メイン・プロット」を破綻なく表現することは、恐らく非常にハードルが高いんだと思う。
(CCでなければ、我孫子武丸氏のあの作品が思い出されるのだが・・・)
で、本作なのだが、確かに破綻はしてない。してないけど、他の方もご指摘のとおり、大変無理のある箇所が目立つつくりになってしまっている。
「偶然の連続」というのは、恐らくそう来るんだろうな、というのが冒頭からある程度分かってしまったのでそうは気にならなかった。
だから、「京華」殺しのあの解法も、恐らくそういう筋なんだろうなぁーという予想が薄っすら付いていた。
ただ、いくらなんでも。あの「断頭台」はなぁー
これ、作者がどうしても入れたかったのかなぁ? 直後の死を予想した人間が、いくら恨みがあるからとはいえ、断頭台に向かって一直線とは、あまりにもえげつなさすぎる。(その後の死体の動きもスゴイが・・・)
それと最後の死となる「篠原」殺し(?)。これも相当なプロバビリティではないか?
「メイン・プロット」を成立させるうえで、この当りの齟齬がどうしても目に付いた。

そして、大方の謎の解明が終わった後の、「影の黒幕」指摘。これは、非常に分かりやすいものになってしまった。(ただ、これはそもそも無理があるでしょ!)
まぁ、「メイン・プロット」成立の条件だとは思うので、こういう筋を入れなければならないのだろうけど、あまりにも特殊性が強調されすぎたため、大方の読者が察してしまうことになったのかな。

「ある特異な建物に閉じ込められたグループ」→「順番に殺害されていく」→「手記が残されていて、警察や探偵が手記を元に過去の事件を捜査」→「密室をはじめとするトリックの解明」→「真犯人とともに影の黒幕を指摘」
この流れって、個人的にどうしても二階堂氏の「人狼城の恐怖」を思い出してしまう。もちろんメイン・プロットは違ってるけど、この形式って、本格ミステリーの王道なんだということが改めて分かる。(確かに「手記」は仕掛けが施しやすいからね)
いずれにしても、本格ファンなら一度は読むべき、ということだけは言えると思う。もちろん、評価はそれぞれでしょうけど・・・
私は・・・やっぱり好きだな。


No.1706 6点 死者はよみがえる
ジョン・ディクスン・カー
(2022/09/11 14:28登録)
フェル博士を探偵役とするシリーズ第八作目の作品。
他の方の評価を見てますと、なかなかのバラバラぶり・・・。「あり」か「なし」かで二分されてるようですね。
1938年の発表。

~南アフリカからロンドンへ無銭旅行ができるか? 友人と賭けをした作家のケントは大冒険の末にロンドンに辿り着いた。しかし、空腹に苦しむ彼は些細なきっかけでホテルでの無銭飲食に及ぶ。食べ終えた彼に近づいてくるスタッフ。だが、観念した彼に告げられたのは予想外の言葉だった。残虐な殺人、殺人現場で目撃された青い制服の男・・・名探偵フェル博士が指摘した12の謎がすべて解かれるとき、途方もない真相が明らかになる~

確かに・・・。この真相、特に真犯人は想像の右斜め45度から来るようなもの・・・だった。
「無理筋ではないか?」と主張する読者の声も分かる気がする。特に真犯人のアリバイ。このアリバイが提示されるなら、普通はもう真犯人ではないと同義だろ!って思う。(いったいどんな建物なんだ・・・)

ただ、そんな無理筋を認めても魅力のある作品には違いない。
特に冒頭。無銭飲食場面を読んでると、一体どんな話が始まるんだ?っと思わされるけど、これが見事に連続殺人事件につながっていく。
ただ、フェル博士の言動を読んでると、最初からある程度真相に気づいていたような振る舞いのように思える。
ホテル内の準密室、なんていうと実に魅力的な謎のはず。それを物理的だとか、心理的などというような堅苦しい解法ではなく、よもやの偶然の連続で片付けていくとは・・・
かの有名な「12の謎の提示」についても、あまり評価されてないようですね・・・
うーん。それもむべなるかな。
でもまぁ、この「謎」こそが本作のプロットそのもの。「大量のタオル」や「青いホテル制服の男」など、読者を惹きつける謎には事欠かないし、それぞれの謎に対して一応の解答が用意されている。

評価としては、うーん。迷うなぁ。
こういう場合は仕方ないので、間をとってということになってしまう。でも、面白いと感じる人も絶対多いはず。逆に玄人筋にはウケが悪いのかもね。


No.1705 5点 逆ソクラテス
伊坂幸太郎
(2022/09/11 14:27登録)
本作はすべて子供を主人公に書かれた内容となっている。
単行本の作者あとがきで、作者自身が子供を主人公とするのは難しくて、こういう作品ができたことが自分の作家としての経験値の賜物というような表現をされている。そういやー今までなかったかなぁ?
2020年の発表。

①「逆ソクラテス」=確かに! 声の大きい人の評価に引っ張られやすいのが俗世間というもの。それに反する奴はエライ!
②「スロウではない」=運動オンチの大抵が嫌いなもの。それは運動会! 分かるやつは分かる。
③「非オプティマス」=トランスフォーマーのことだよ! 先生も大変だわ!
④「アンスポーツマンライク」=これが本作ベストだな。再度登場する「磯憲」がまるで安西先生のように見える!
⑤「逆ワシントン」=最後の場面でニヤッ!っとさせられる。こいつは絶対にアイツだ!因みに、この「ワシントン」は偉人の方です。

以上5編。
冒頭で「子供主役ってなかったかなぁ?」って書いたけど、今までも伊坂作品にはよく「親子」、特に「父子」が登場していて、実際ふたりの息子を持つ身にとっては実に身につまされる場面に出くわしたりする。
本作もそうだった。
別に「こうありたい」とかいうんじゃないけれど、父-子ってこうだよな、とか、こういうことってあったなぁーっていう何だか懐かしい気分にさせてくれる。

大人は当然大人目線で子供を見るけど、子供は子供なりに十分考えてるんだ、というのが今更ながら分かる(思い出される?)本作。
きっと、読者のなかでも過去の自分自身の姿を投影したりするんだろう。
いつもの伊坂作品ほど緻密な伏線やら、軽快な会話群はないけれど、それはそれで実に味わいのある作品ではあった。


No.1704 7点 メインテーマは殺人
アンソニー・ホロヴィッツ
(2022/08/21 14:28登録)
近年の翻訳ミステリーでは稀にみるヒットとなった「カササギ殺人事件」。それに気をよくしたのか、つぎつぎと発表される作者の作品なのだが・・・(まぁ当然だよね)
元刑事のホーソーンと作者自身(ホロヴィッツ)がコンビを組む本格ミステリー。2017年の発表。

~自らの葬儀の手配をしたまさにその日、資産家の老婦人は殺害された。彼女は、自分が殺されると知っていたのか? 作家のわたし=ホロヴィッツはドラマの脚本執筆で知り合った元刑事ホーソーンから、この奇妙な事件を調査する自分を本にしないかと誘われる・・・。自らをワトスン役に配した謎解きの魅力全開の犯人当てミステリー~

まさか、こんな正調な本格ミステリーとは・・・
これが読後の感想。いまや、特殊設定下でしか書けなくなったのかと思わせる我が国の「本格ミステリー事情」なのだが、かのミステリー発祥の地では、特殊設定に頼らない「ミステリー黄金期」を思わせる作品。
まずはこのことに驚かされた。

ギミックとしては、正直なところたいしたことはない。昔ながらの手法の焼き直しというか、味付けを変えたという程度には思える。
特に、動機&背景として重要と思われる過去の事件を目くらましに使う手法。これなんて、クリスティの十八番的やり方だし、これがものの見事に嵌っている。(伏線が微妙だし、後出しじゃないかと言われるとそういう気もするけど)
なので、「大技」=Bestという読者にとっては、やや物足りなく感じられるかもしれない。

個人的には一人称形式というところで、何かしらの仕掛けがあるのか?という目線で読んでいたただけに、そこのところではちょっと残念だったかな。「カササギ」のような作中作を大胆に使ったものを先に読んでいたための期待感なのだが、本作の志向はそんなところではなかったのだろう。
探偵役となるホーソーンの造形についても、いかにも「謎」を含んでいそうな書きっぷり。この辺りは続編での「含み」を持たせたのかもしれないし、いかにも楽しみな感じだ。

全体としては、この「正調さ」に好印象&高評価。
もちろん、密室やら双子やら、嵐の山荘といった「コテコテ」の本格も大好物なのだが、そればっかりだとどうしても「胃もたれ」するので、こういう作品も折に触れ接しておかないと、健康的にも良くない!
そんなことを思った次第・・・


No.1703 6点 龍の寺の晒し首
小島正樹
(2022/08/21 14:27登録)
しばらく読まないでいると、また読みたくなってくる・・・そんな中毒性のある作家、小島正樹。
それはまぁ冗談ではありますが、「詰め込みすぎミステリー」の第一人者としての地位を確立したと思われるのが本作辺り(らしい)。
単行本は2011年の発表。

~群馬県北部の寒村「首ノ原」。村の名家「神月家」の長女・彩が結婚式の前日に首を切られて殺害され、首は近くの寺に置かれていた。その後、彩の幼馴染がつぎつぎと殺害される連続殺人へと発展していく。僻地の交番勤務を望みながら度重なる不運に見舞われ県警捜査一課の刑事となった浜中康平と彩の祖母から事件の解決を依頼された名探偵・海老原浩一のふたりが捜査を進める・・・

なかなか“そそる”紹介文ではありませんか・・・
今回のメインテーマは連続殺人犯というフーダニットはもちろんのこと、タイトルどおり「首切り」。
「首切り」というと、読者はどうしても「入れ替わり」を想起するわけですが、その可能性を誘引するかのような「双子」まで登場し、序盤から「顔つきが似ている幼馴染たち」や「髪の長さ」に言及する表記が多数。つまりは、最初から真犯人や被害者のミスリードを誘う展開ということで、まさに横溝や高木の作風を意識したミステリーになってます。
ただ、今回の「首切り」の理由は弱すぎでは?
「首切り」に限らず、バラバラ殺人の場合、その理由は「アリバイトリックとの連携」というものが多いけれど、今回は必然性がまったく感じられない。まぁ過去の因縁から生じた「動機」が理由にはなっているんだろうけど、ここまでのリスクと回りくどい方法をとってまでやることか!という感は拭えない。
とりわけ、第一の殺人での首の隠し場所には驚いた。まさかの・・・。誰かがちょっと上を見てしまえば間違いなく違和感を持つに違いない!(他の方もこういうところが強引だとか、絵空事という評価につながっているのだろうな・・・)

いやいや、こんなことを言ってはいけない。相手は「詰め込みすぎミステリー」なのだ。とにかく「詰め込まなければ」ならないのだ。
多少の無理矢理や違和感なんて関係ないのだ。「偶然の連続」なんて当たり前ではないか? たいがいの事件なんてちょっとした偶然が引き起こすものなのだから・・・
そういう意味では、とにかく本格ファンを楽しませようとするサービス精神に対しては賞賛を贈りたい。現代(多少遡ってはいるが)にこんな舞台設定を持ち込むこと自体多少の違和感はやむなしということだ。他の作家はこれを忌避した結果、「特殊設定」というアナザーワールドを創造する道を選んだのだから。

ただ、フーダニットはあまりに分かりやすかったかな・・・(まぁCCでの連続殺人の宿命というやつではあるけど)。最後の最後にまさかの協力者(ネタバレ?)を登場させたのは作者の意地ではないか。
海老原浩一シリーズの新作も出なくなって久しくなるけど、さすがにネタ切れなのか。いろいろと辛口を批評をしても、やはりこの「詰め込みすぎミステリー」を渇望している自分がいるのは間違いない(らしい)。


No.1702 6点 問題物件
大倉崇裕
(2022/08/21 14:26登録)
“前代未聞の名探偵(?)犬頭光太郎登場!!」ということで、本作の名探偵は「犬」です。いや、「犬」のぬいぐるみの生まれ変わりである「犬頭(いぬがしら)」です。ということで本来の姿である「犬」を意識したセリフや行動が多数。その辺もなかなか面白い作品。テーマはタイトルどおり、「問題」を抱えている不動産にまつわる事件。
2013年の発表。

①「居座られた部屋」=バブル期にはいろいろと話題になった「地上げ屋」と「占有屋」。そんな過去の遺物を引っ張り出してきたのが本編。取り壊し予定のマンションに一部屋だけ残って出ていかない男がひとり。その男は欠かさずある新聞をとっていた。ということで判明した事実と条件を組み合わせればこういう結果になります、という解決。「犬頭」の快刀乱麻ぶりがとにかく面白い。
②「借りると必ず死ぬ部屋」=実に物騒な部屋が今回の調査対象。いかにも怪しい大家の男が登場するが、結局・・・、という展開。でもこの「動機」は結構コワイ。こんな執念があるなら他で使ってほしいものだ。
③「ゴミだらけの部屋」=いわゆる「ゴミ屋敷」はTVのワイドショー辺りでもたびたび登場するけど、今回の物件もまさにソレ。「人はなぜゴミを集めるのでしょう?」 「それは集めたいからです」ということで、なぜ「集めたい」のかが鍵となる。息子が失踪した日と同じ日に発生した警官殺人事件。当然関連があるわけで・・・
④「騒がしい部屋」=いわゆる“ドッペルゲンガー”がテーマとなる本編。自分の部屋に帰ってみると、椅子や机が勝手に動き出すわ、あるはずのない上階から大きな音が聞こえるわ・・・そりゃあ気も狂うわねえ・・・ということなのだが、そこには大いなる(いや、ちょっとした)理由が隠されていた。
⑤「誰もいない部屋」=住人がつぎつぎと失踪してしまう部屋が今回の調査対象。今まで4人の人間がいつの間にか失踪しているのだが、実はこのマンション自体にも謎が隠されていた。真相が強引すぎるけど、2022年の昨今、世間を騒がせているあの団体にもこういうことは起こるのだろうか?などと邪推するような真相。最後まで「犬頭」さんの推理力&行動力は素晴らしい。

以上5編。
なかなかのキャラです。名探偵「犬頭(いぬがしら)」。短編らしく調査過程もそこそこにあっという間に事件を解決してしまう。そして邪魔しようとする非合法な男たちはバッタバッタと倒していく! 久々に爽快感すら感じさせるキャラだった。
プロットとしては、どこかで読んだことあるようなものが多いし、辻褄合わせただけだろ!っていう展開なのだが、短編にはこういう「切れ味」と「論理の飛躍」が必要なことを作者がよく分かっていて、とにかくスイスイ読めるのが良かった。

都会の「集合住宅」っていうのは、ミステリー的にも面白いテーマなのかもしれないね。いろいろな人物が住んでいるのに、誰が住んでいるのか不明だし、分かっていてもその本性までは全然分からないし・・・そこには事件の「種」がいろいろと詰まっている可能性がある、ということなのだろう。
こんな問題物件なんて、そこかしこにあるんじゃないか?
(個人的ベストは⑤。一番無理矢理感が薄いような気がする。後は横一線かな・・・)


No.1701 6点 双生児
折原一
(2022/08/06 11:51登録)
今さら「双子トリック」メインのミステリー?
タイトルだけからすると、そう思ってしまうのだけど、そこは折原一だから・・・。きっと作者らしい仕掛けがあるに違いない(多分)
2017年の発表。

~安奈は自分にそっくりな女性を街で見かけた。それが奇怪な出来事の始まりだった。後日、探し人のチラシが届き、そこには安奈と瓜二つの顔が描かれていた。掲載の電話番号にかけるとつながったのは・・・。さつきは養護施設で育ち、謎の援助者「足長仮面」のお陰で今まで暮らしてきた。突如、施設に不穏なチラシが届く。そこにはさつきと瓜二つの女性の顔が描かれていて・・・。<双生児ダーク・サスペンス>~

これはかなりな「竜頭蛇尾」ではないか?
散々&長々と読者を引っ張ってきて、メイントリックが「双子」ではなく「〇〇子」だなんて・・・。読者もさすがに気付いていたけど、まさかその程度のオチじゃないよね、って思ってた。
でも、このエピローグ。もはや、作者も引っ張りすぎてギブアップしてしまったような投げやり感。それはいただけない気がした。

途中までは良かったのだ。いかにも折原って感じで、昔の調子よかった頃の作品の風合いに似ていて、「一体どんな仕掛けなんだろう?」って期待させてた。
折原の面白い作品っていうのは、どこか捻じ曲がった登場人物たちが、途中からもはや作者の手を離れたかのように縦横無尽に大暴れしているような感覚。読者にとっては「もう、どうなってるの?」とでも叫びたくなるような感じ、とでも表現すべきか。それでも、ラストには一定のオチや収束が図られ、ミステリーとしての体裁を保っている。
こんな感じなんだけど、本作はうーん。最初に触れたとおり、竜頭蛇尾だ。

「双子トリック」を持ち出すっていうのもなぁー。当然、先例を逆手に取るという方向性しかないのだけど、これでは逆手に取り切れてないと思う。
ただ、プロットとしては決して悪くはなかったのだ(と信じたい)。こういう手の作品に慣れてない読者なら、まずまず引き込める程度の面白さはある。
ただ、如何せん、折原作品を読み込んできた一ファンとしては、どうしても高評価するわけにはいかない。登場人物と同様、こちらの感覚も捻じ曲がりすぎているのかもしれない。


No.1700 8点 黒牢城
米澤穂信
(2022/08/06 11:50登録)
1,700冊目の書評でセレクトしたのは、2021年度のミステリー界を席巻し、直木賞受賞作にもなった本作。
「満願」「王とサーカス」など立て続けにヒット作を発表している作者にしても、まさかの「歴史ミステリー」!
2021年の発表。

~本能寺の変より4年前、天正6年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠もった荒木村重は、城内で起こる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は土牢の囚人にして織田方の軍師・黒田官兵衛に謎を解くよう求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む?~

本作は有岡城内で起こる4つの事件を中心に、「事件の発生」→「村重を中心に配下たちの捜査の行き詰まり」→「村重が官兵衛に推理させる」→「官兵衛のヒントを元に村重が解決」、というフォーマットが繰り返される。
①「雪夜灯籠」=題材はいわば「雪密室」。足跡のない現場で、ある人質が弓で殺害される。真相は実にミステリーらしい解法。(ミステリーファンとしては現場の地図が欲しい、などと思ってしまった)
②「花影手柄」=敵方との小競り合いのなか、思わぬ成果として敵大将の首級をとることに成功した村重軍。しかし、どれが大将の首級か分からず、村重軍でも「誰の手柄」なのかが判明しない事態に・・・
③「遠雷念仏」=村重の交渉役を務めていた僧・無辺が粗末な庵で殺害され、見張り役をしていた重鎮の配下も惨殺された。官兵衛の言葉にヒントを得た村重は真犯人を突き止めたが、その糾弾の舞台で更なる事件が発生する!
④「落日孤影」=有岡城にて援軍を待つ村重たちは、宇喜多氏の裏切り、毛利軍の援軍中止を知り、窮地に陥る。長年領地経営に苦心してきた村重だったが、思わぬ事実が突き付けられることに・・・

以上が各話の概要。天正年間の僅かな期間の物語なのだが、それでも戦国時代らしく、数多の綺羅星のような武将たちが、濃厚で深みのある人間ドラマを魅せてくれる。
そして、これは「歴史小説」なのではなく、やはり「ミステリー」そのものなのだ。村重⇔官兵衛の関係は、異形ではあるが、ミステリーではお馴染みの「名探偵と助手」の変型版だし、現場を見ることなしに推理を語るさまは「安楽椅子探偵」そのもの。
連作の各話ではそういうミステリーの伝統的なフォーマットに則り、事件や謎が解決されていく。しかし、そこは企み十分の連作形式というやつで、物語全体を大きく揺るがし、そしてひっくり返すような「仕掛け」が施されている。それが一つだけではなく、複数の「裏筋」が用意されているというのが作者のスゴイところか。
読者は一度ならず、何度も驚かされることになる。
そして迎えるラスト。ド派手で起伏の大きい中身に比べると、静かにフェードアウトしていくような感覚が逆に余韻を残すことに。ラストは史実との整合性を図ったようなので、このような形に落ち着いたのかもしれないけど、これはこれで良かったのかもしれない。

いやいや、しかしながら作者の充実ぶりはどうだろう。今最も「脂ののったミステリー作家」と呼んで差し支えないと思う。ここ最近の佳作に加えて本作。他の作家たちとは一段も二段も高いレベルに到達したような感じさえ覚えた。
直木賞受賞もある意味当然かもしれない。これからも「エンタメ」としてのミステリー作家の矜持を忘れず、スゴイ作品を出していただきたい。そう願わずにはいられない大作だった。


No.1699 6点 八人の招待客
パトリック・クェンティン
(2022/08/06 11:48登録)
Q・パトリック名義(R.ウィルスン・ウェップとH.キャリンガム・ホイーラーの合作)で著された中編2本で構成。
まさにCCど真ん中という感じ(雪の山荘)の表紙絵が印象深い。
発表は①が1937年で②が1936年、とのこと。

①「八人の中の一人」=“大晦日の夜、マンハッタンの40階の摩天楼の最上階に集まった株主たちが、会社合併の是非を問う投票をしているところへ合併を阻止するべく真夜中までに株主たちを全員抹殺するという脅迫状が舞い込む。階下へのエレベーターは止まり、電話も通じず階段に通じる扉は施錠された。照明のヒューズも飛び、株主たちは暗闇の中に閉じ込められてしまう・・・~”
ということで、究極のCCとでも表現すべき舞台設定で心躍るが、全体的な印象としてはパッとしない。
フーダニットの分かりやすさ(=いかにもという人物が真犯人)や、展開の安易さが目に付く。分量も分量だしまぁしようがないかなという気もするけど、メインが「犯人捜し」なのか「閉じ込められサスペンス」なのか、どうも二兎を追ってしまったことがあだになった感じ。どうでもいいけど、1936年っていうと日本では2.26事件が起こった年。日本だとそんな時代がかった年に、アメリカでは現代でも通じるようなビジネスシーンが描かれていたということで、やっぱ違うよね・・・

②「八人の招待客」=“過去に公表できない秘密を持つ男女に奇矯な言動で知られる富豪から不穏な招待状が届く。富豪の意図は共通の敵である脅迫者を招待客たちと共に抹殺しようというものだった。ところが、富豪の計画は招待客の一人の裏切りから予想外の窮地に追い込まれていく。折からの雪嵐に閉じ込められ、電話も交通も電力さえも遮断された暗闇の邸宅で、邪悪な連続殺人が幕を開ける~”
なんて普遍的なミステリーのテーマなんだ! 舞台設定だけだと、「金田〇〇〇の事件簿」当りで絶対取り上げそうなプロット。他の方も触れてますが、「そして誰もいなくなった」との相似性については私もあまり感じなかったなぁー
途中までは実によい。展開は①と同様安易さが目に付くけど、こちらはラストまでサプライズ期待もあって読者の興味を引っ張ることには成功している。ただ、まぁあまり派手な展開にはならないので、そこら辺を期待しすぎないように・・・。執事役の男性をかのアシモフの名執事になぞらえているところは作者のご愛敬?

①②とも佳作という水準には達していないかな。でも、本格好きには堪えられない舞台設定だし、一読して損はないだろう。訳も実に平易で読みやすい。
個人的には①<②かな。


No.1698 6点 殺意のシナリオ
ジョン・フランクリン・バーディン
(2022/07/11 13:14登録)
「新機軸サスペンスの先駆」。単行本あとがきに解説者の新保博久氏がそう表現されている。
発表された年代を勘案すると、確かにそういう位置付けになるのだろうなぁーと思った次第。
原題”The Last of Philip Banter” 1947年の発表。

~新聞記者から現在は妻のお陰で広告代理店の社員となったフィリップのオフィスの机上に、ある朝置かれていたタイプ原稿。それは彼の過去数日の行動とこれからの出来事がまるですでに起きたことであるかのように書かれていた。アルコールに溺れる彼は、その告白が自分の書いたものなのか誰かが何らかの目的で書いたものなのか判断できない。しかもそこで書かれていた未来が実際に現実となっていくのを知り恐怖に囚われる・・・~

そうか。J.Fバーティンって「悪魔に食われろ青尾蠅」を書いた作者だったのか・・・
かなり突拍子もなくて、虚構か現実か判然としない世界観が目を引いた「悪魔に」に比べると、かなり取っつきやすいストーリーだった。
紹介文のとおり、物語のカギは「告白」という名の未来を予言するかのようなタイプ原稿と、それに接するうちにアルコールに溺れていき、現実と虚構の狭間を行き来することになる主人公。
これは恐らく合理的な解決はつかないのだろうと想像していた矢先、ふいに訪れた殺人(?)事件と、急浮上した探偵役が指摘する「真犯人」。
アレっ? もしかしてマトモなミステリー?
これがもしかすると一番のサプライズかも。そう、かなりマトモなミステリーなんです。
探偵役は精神科医が務めてるし、もちろん主人公フィリップの心の闇を探るという心理サスペンス的な要素も濃いのだが、探偵はちゃんと最後に真犯人を指摘してくれる。
ただ、問題なのはそれが今ひとつ「まともすぎる」ことか・・・。動機もそりゃそうだろうね、というべきものだし。
P.ハイスミスは本書を「簡単に忘れることのできない恐怖の小説」と評したそうだが、現代的な目線からはそこまでの「恐怖」はない。(それはまぁ時代性からも仕方ない)

ということで思いがけずマトモで良質なミステリーを読むことができたという感覚。
これならもっと評価されても良いように思える。
本作に影響を受けたという作家や作品も結構あるんじゃないかな?


No.1697 6点 無垢と罪
岸田るり子
(2022/07/11 13:11登録)
~幼き日の想いや、ちょっとしたすれ違いが月日を経て意外な展開へと繋がる連作集~
というわけで、寡作な作者が発表した企みに満ちた連作短編集。
2013年の発表。

①「愛と死」=連作の初編は、小学校の同窓会が舞台。24年振りに初恋の女性と再会した本編の主人公なのだが、彼女はどこかおかしい。そしてその翌日、彼女がすでに死んでいたことを知る・・・。一体なにが?
②「謎の転校生」=①の脇役が本編の主人公。舞台は京都市内の中学校へと変わる。謎の転校生が落とした手紙が更なる謎を呼ぶことに・・・。一応、それには決着が着くのだが、どこか不穏な空気が。
③「嘘と罪」=②の脇役が本編にも登場。京都市内のあるアパートを舞台にして起こる哀しい殺人事件。罠に落ちたと理解した主人公はその運命を受け入れてしまう。
④「潜入調査」=①~③のからくり、裏事情が少し明らかにされる本編。②に登場した謎の転校生の「謎」が明かされる。でも、いくら似てるからと言っても年齢的にキビしいのでは?
⑤「幽霊のいる部屋」=①に登場(?)した女性が再度本編の主人公で登場。今の時代、まるで昭和の昔に返ったような貧困化が進んでいるというけれど・・・。こんな死はツラい。
⑥「償い」=連作の謎が一応明らかにされる最終作。物語のキモになっていた過去の殺人事件についても真犯人が明かされる。

以上6編。
他の方も書かれてますが、連作形式にはなっているけど、長編と評した方が適切なのかもしれない。
ただ、こういう企みに満ちた連作短編集は個人的に大好きなので、形式に拘ることは評価したい。
時系列がかなり操作されて(=作者の意図に合わせた順に読者に開示される)見せられるだけに、最初の反応としては「エッ!」っていう感じになり、後の連作で「あーあ、なるほど」と納得させられる。この辺りが作者の腕の見せ所となるのだ。

特段、読者が推理に参加できるというスタイルではないけれど、登場人物たちとシンクロしながら、時代や登場人物たちの成長に合わせて「謎」を追っていけるというプロット。
まーぁ、小粒ではあるけど、面白くはあった。

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