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平均点:6.01点 | 書評数:1812件 |
No.1692 | 7点 | medium 霊媒探偵城塚翡翠 相沢沙呼 |
(2022/05/07 18:30登録) 『霊媒探偵 城塚翡翠』シリーズの第一弾、と言えばいいのか? 2020年度の「このミス」でも第1位に輝き、作者の名前を一躍のし上げた作品。 単行本は2019年の発表。 ~推理作家として難事件を解決してきた香月史郎は心に傷を負った女性、城塚翡翠と出会う。彼女は霊媒であり、死者の言葉を伝えることができる。しかし、そこに証拠能力はなく香月は霊視と論理の力を組み合わせながら事件に立ち向かう。一方、巷では姿なき連続殺人鬼が人々を脅かしていた・・・~ ①「泣き女の殺人」=『冒頭からかなりの伏線が撒かれてるから要注意!!』 読了後だから言えるこの言葉。本編については、香月と翡翠のコンビが出会い、香月の女友達が殺害される事件を早速解決に導く。ロジックの鍵は「アイス・コーヒー」と「水滴」・・・。 ②「水鏡荘の殺人」=いかにもなタイトルですな。ベテランの推理作家の別荘(水鏡荘)に集まった関係者たち。当然に起こる殺人事件。焦点はアリバイとなるのだが、香月のロジックは真犯人をなかなかひとりに絞り込めない。で、翡翠の力が論理と融合し・・・。ロジックの鍵は「新刊ミステリー」(?) ③「女子高生連続殺人事件」=同じ女子高に通う生徒が連続して殺される事件が今回のテーマ。事件の焦点は女子高の写真部になっていくのだが、ロジックの末に炙り出されたのは意外な犯人。そしてロジックの鍵は「スカーフ」(学年で色違いの) ④「VSエリミネーター」=これこそが「種明かし」となる最終話。いやいや、なかなかたまげた! ①~③の流れだけなら「このミス」1位にゃなんないよねぇ。ミステリー好きなら真犯人の正体は最初から明白だったかもしれないけど、このレベルでロジックをロジックでひっくり返すという手法はなかなか! ということで連作形式で全4編。 とにかく、最終話で詳らかにされるロジックの連続が圧巻。上にも書いたけど、冒頭から伏線に次ぐ伏線なので、再読した方がいいのかもしれない。 毎年数えきれないくらいのミステリーが発表されてるわけだから、読者に如何にサプライズを起こさせるのかに作家さんは苦心するはず。で、苦心の結果がコレなら、大成功の部類ではないか。 中途半端なロジックは小うるさいと感じてしまう昨今、ロジックに拘りぬいたことも称賛したい。「特殊設定下」ばかりが幅を利かすなか(本作を特殊設定とするかどうかは微妙だが)、文章の力で読者を「騙す」、いや「騙せる」力量はさすがというところ。 (きっと次作以降に活きてくる伏線もあるんだろうね) |
No.1691 | 3点 | 民王 シベリアの陰謀 池井戸潤 |
(2022/05/07 18:29登録) まさか続編が出るとは! もはや池井戸人気の賜物としか言えない。 前作の記憶はもはやないのだけど・・・読んでくうちに「あぁそうだったなぁー」って思い出してきた 単行本は2021年発表。 ~人を狂暴化させる謎のウィルスに、マドンナこと高西麗子環境大臣が感染した。止まらない感染拡大、陰謀論者の台頭で危機に陥った第二次武藤泰山内閣。ウィルスはどこからやってきたのか? 泰山は国民を救うべく息子の翔、秘書の貝原とともに見えない敵に立ち向かう!~ うーん。なんでこんな作品出したんだろう? もちろん2年以上以上続いている「新型コロナウィルス禍」はあらゆるもの、もちろん出版界にも影響を与えているのは間違いないのだけど、あえてこんなテーマをぶつけてこなくても。 これじゃあ、単なる「イロもの」作品になってしまう。 1つ1つあげつらっても仕方がないのだけど、今回はしかも「シベリア」の陰謀っていうことで、シベリア=ロシアということも確信犯なのか、単なる偶然なのか? まぁコロナ禍当初からウィルス=中国震源説やら怪しげな風評はいくつもあったし、作中に出てくる、温暖化で北極やシベリアの永久凍土が溶けだしてそこから太古のウィルスがはびこる、なんてゴシップ、いくつも目にしたような気がするし。 そんな都市伝説的な話をいくつもつなぎ合わせたような話=それが本作。 こんな作品を池井戸潤が発表してはダメだ。 作者に期待しているのは、熱い(暑い?)男たちが、自分の矜持をかけて、組織の壁に決して挫けることなく、ひたすら前に突き進む物語だ。 フィクションと分かっていても、心を揺さぶられずにはいられない、そんな物語を期待しているのだ。 それを曲げてはいけない。こんな世間に迎合するような作品は他の作家に任せてもらいたい。 いやいや、どうでもいいような書評かいてしまったなぁ・・・ (もう続編はいいよ) |
No.1690 | 7点 | エコー・パーク マイクル・コナリー |
(2022/05/07 18:24登録) 「終結者たち」に続くハリー・ボッシュシリーズの第12作目(当ってますか?)の本作。 前作でロス市警に復帰し、未解決事件班で相棒のキズミン・ライダーとともに捜査に没頭するボッシュのもとに、またもや彼を揺さぶる「過去の事件」が迫る! 2006年の発表。 ~ロサンジェルスのエコー・パーク地区で女性ふたりのバラバラ死体を車に乗せていた男が逮捕された。容疑者は司法取引を申し出て、死刑免除を条件に過去九件の殺人も自供するという。男の口から語られるおぞましき犯罪。その中には未解決事件班のボッシュが長年追い続ける若い女性の失踪事件も含まれていた!~ 個人的にいうと本シリーズに初めて接してからかれこれ10年以上たつけど、色あせない感が半端ない。 本作を読了して改めてそう感じた。それだけ、ハリー・ボッシュという主人公は魅力的に描かれているんだろう。 本作の舞台はタイトルのとおり、LAの中心部にあるエコーパーク。 ネットで調べてみると、LAの市民に長年愛されている「憩いの場」らしい。 そんなのどかな公園を舞台に、ボッシュはまたもや自身の進退を賭けた事件に挑むことになる。 本シリーズでは“あるある”なのだが、市警やFBIといった、いわば「身内」の中に真の黒幕が存在するケース。 (あんまり言うとネタバレだが)今回もそのケースが当てはまってしまう。 ということは、やはりボッシュは「罠」に嵌ってしまい、警察官としての立場を追われかねないピンチに陥る。 しかし、この辺のプロットはある意味単純なんだけど、コナリーの見せ方のうまさというか、熟練した盛り上げ方というか、うまい誉め言葉が思いつかないけど、結局読者はハラハラさせられた後に、痛快な感情を抱けるようにつくられている。 今回もそう。ただ、今回はこの「黒幕」がちょっと小物すぎたのがやや不満・・・。ラストのプールの場面、ちょっと可哀そうな気さえした。 そして、本作ではボッシュを取り巻く2人の女性。キズミン・ライダーとレイチェル・ウオリングとの関係にも重大な変化が訪れる。(前者は引き続きボッシュの味方となるが、後者は今後どうなるのか?) いずれにしろ、ここまで熟成されたシリーズなのに、ますます今後の展開が気になるというすごさ。 やはり、本場のエンタメは一歩も二歩も先を行っているということなのかな。 (ここまで身内に裏切られるなんて、一体どんな組織なんだ?って思わないのかな・・・) |
No.1689 | 7点 | シグニット号の死 F・W・クロフツ |
(2022/04/15 22:38登録) 「フレンチ警部と漂う死体」に続くフレンチ警部シリーズで17作目の長編。 ある大富豪を巡る失踪事件、その後に続く密室殺人事件がテーマとなる。 原題“The End of Andrew Harrison”。1936年の発表。 ~船室は密室状態だった。ベッド脇のテーブルには塩酸入りのデカンタと大理石が入ったボウルが載っていた。そしてベッドには船の持ち主で証券業界の大立者が死んで横たわっていた。死因は大理石の酸化で発生した炭酸ガスによる中毒。自殺だろうか? いやとフレンチはかぶりをふった。二週間前に起こったこの富豪の失踪騒ぎも株価を操作して大儲けするために打った芝居とまで言われている。そんな欲の塊のような男が自殺するだろうか?だが他殺を疑うフレンチの前に容疑者のアリバイは次々と立証されていった~ 多くの方は「いつものクロフツでちょっと退屈・・・」と思うのかもしれないけど、私個人としては「いつものクロフツでなかなか面白かった」という感想である。 今回のフレンチもかなり苦労する。終章近くになりようやく真犯人の姿が見えてきたと思いきや、次々とアリバイが成立してしまうという窮地に陥る。このページ数で解決するのか?と読者ながら心配したことろへ、突然(唐突?)に訪れる光明!これが契機になり、スルスルと真犯人が判明してしまう。 じゃぁ、これまで散々読まされてきたフレンチの捜査行は一体何だったの?っていう感想も分かることは分かる。 でも、それこそが「リアリズムの良さ」なんだと思う。 とにかくフレンチは一生懸命である。無駄の可能性が高い脇筋にも丁寧に当たる。これこそが名探偵ものミステリーとは一線を画すクロフツの醍醐味に違いないし、これがなければクロフツではない。 ただ、既視感があるプロットなのは確か。 今回は富豪の家族内のいざこざというのが株価をめぐる真の動機を隠すうまい煙幕となっているのか・・・と思いきや、そこはさすがに作者も工夫してきてる。ただ、テイストとしては「マギル卿」や「英仏海峡」に近いし、そこら辺りはまぁ・・・いいっていうとこで。 でも、読了後は十分な満足感を得た。 あと、他の方も書かれているとおり、巻末の紀田順一郎氏の解説はなかなか読み応えがあり、的確なクロフツ評になっていると思われる。 |
No.1688 | 7点 | 火村英生に捧げる犯罪 有栖川有栖 |
(2022/04/15 22:37登録) 火村英生を探偵役とするシリーズとしてはちょうど10冊目の短編集となる本作。現代社会で、ひとりの探偵で短編集10作目というのは、ある意味称賛に値する(かも)。 収録作は2002年から2008年にかけて発表したもの。単行本は2008年発表。 ①「長い影」=タイトルは事件解決のきっかけの1つとなったもの。本シリーズの見本のような短編なのだが、まとまりの良さが半端ない作品でもある。アリバイはやや陳腐。 ②「鸚鵡返し」=鸚鵡といえばやっぱりアレだよね。そうそう、まるで人間がしゃべっているみたいに・・・ ③「あるいは四風荘殺人事件」=なかなか面白い趣向の本作。推理クイズのようだと言うべきか、まさに「新本格」というべきか・・・いずれにしても一瞬で見抜く火村の慧眼が光る。 ④「殺意と善意の顛末」=”善意が殺意に勝つ”ということかな? ⑤「偽りのペア」=なるほど・・・。スリッパをみてそれに気付いたわけか・・・。それだけだけどね。 ⑥「火村英生に捧げる犯罪」=これは佳作。冒頭からの奇妙な出来事(大阪府警宛の挑戦状、有栖への盗作疑惑)が現実の殺人事件につながっていく、というプロットはシャーロックホームズの頃からの面白い短編の定番。 ⑦「殺風景な部屋」=これは推理クイズ。 ⑧「雷雨の庭で」=これも実に本シリーズっぽい短編。細かいアリバイチェックを疑似餌として、真相は「エッ!」という単純なもの。こういうプロットこそ短編の命だろう。 以上8編。 これまで本シリーズに対しては、「あまり面白くない」とか「相性がよくない」などと否定的な意見を書いてきましたが、本作はそういった評価を翻したくなる作品だった。 「さすがは有栖川有栖」とでもいうべきで、今の世の中にここまで安定感のある短編集を発表し続けていることはある意味奇跡かもしれない、というべきレベル。 昨今の本格ミステリーは「特殊設定もの」が幅を効かせており、それだけ普通の状況下で本格ミステリーを書くのが難しいということなのだろう。そんな環境で「普通」の本格ミステリーを書き続ける作者。 これが「王道」。今、有栖川有栖がミステリーの王道になったということ? (⑥は佳作。①と⑧はファンなら好きになるのではないか) |
No.1687 | 6点 | 紅蓮館の殺人 阿津川辰海 |
(2022/04/15 22:36登録) またしても東京大学卒のミステリー作家が登場。しかも、これぞ「ド本格」という作風で。 しかし、ミステリー作家は好きだよねぇ「~館」というタイトルが・・・(版元が好きなだけ?) 2019年の発表。 ~山中に隠棲した文豪に会うために、高校の合宿を抜け出した僕と友人の葛城は、落雷による山火事に遭遇。救助を待つうち、館に住むつばさと仲良くなる。だが翌朝、吊り天井で圧死した彼女が発見された。これは事故か殺人か? 葛城は真相を推理しようとするが、住人と他の避難者は脱出を優先すべきだと語り・・・。タイムリミットは35時間。生存と真実。選ぶべきはどっちだ~ うーん。これは・・・ミステリー的なガジェットを除いた部分だけだと「随分と若書きだなぁー」という感想。 「若書き」というより、「青い」という表現がしっくりくるかな。 「探偵とは生き方だ」なんて、コナン君でもないと言わないような台詞だしな・・・ 特に終章のふたりの名探偵の対決シーンは、「いる?」って思う人が多そうだな。 まぁ、そもそも作者自身がお若いんだから、「若書き」なのも「青い」のも仕方のないことだし、最初から老獪な文章を書くよりは好感が持てる(のかもしれない)。 で、ミステリーとしての本作の評価としては・・・確かに本格ファンの心をくすぐる出来にはあると思う。 「偶然」(特にこんなに濃厚な関係者たちが一堂に会すること)の要素が強すぎるのは誰もが思うことだろうし、ここは工夫の仕様があったのではと感じる。 ロジックについてはどうだろう・・・。消去法を通じて多くの真犯人たる要素をふるいにかけて限定するというよりも、ほぼ1つの要素のみで真犯人を限定していた点がかなり弱い。 といった点が気になりはしたが、総合的にはランキング上位に輝いた水準にはあるだろうと思う。 「館焼失まで〇〇時間」という表記でタイムリミットサスペンスをハイブリッドさせた狙いはあまり効いてなかったように思うが、その辺のちぐはぐさが解消していけば、面白いミステリーが読めるのではという期待は大。 なにせ最高学府出身の頭脳だしね。 でも、葛城と田所の関係性はちょっとキモイと思う。(単なるジェネレーションギャップか?) |
No.1686 | 6点 | ある朝 海に 西村京太郎 |
(2022/03/22 18:07登録) 去る2022年3月6日、作家・西村京太郎氏が永眠された。御年91歳。まぁ大往生でしょう。 本サイトにおいても、特に氏の初期作品に関しては高評価してきた私だけに、やはりここははなむけとして、未読だった初期作品の書評を上げておきたく、本作をセレクトした次第(別に上から目線ではありませんが・・・) 1971年の発表。 ~南アフリカ共和国の首都ヨハネスブルグで白人警官に追われていたカメラマン田沢利夫は、見知らぬ白人青年に急場を救われた。この青年は田沢に重大な計画を打ち明け、参加を求めてきた。その計画とは、国連安保理事会にある要求をつきつけるため豪華客船を乗っ取るというものだった。そして、計画は実行に移されたのであったが、事態は予期せぬ方向へ進展する~ 舞台は南アフリカ、テーマは南アでかつて問題となっていたアパルトヘイト、ということでやはり時代を感じてしまうんだけど、昨今のロシア⇒ウクライナ侵略の問題でちょうど国連や安保理の様子が日々映像として流されているだけに、タイミングというか、めぐり合わせのようなものを感じてしまう。 本作でも、主要登場人物の一人である国連職員のハンセンが、国連の限界や無力さを嘆く場面があるのだが、50年以上たった今でも、国連や安保理の機能不全やまやかしを感じずにはいられない。 田沢たち犯人グループは幾多の苦難を経て客船をジャックし、国連に対して要求を突きつけるわけだが、その要求に対する回答は全くといっていいほどの「ゼロ回答」なのである。 そういう意味では、本作のプロットは破綻しているのかもしれない。(「ゼロ回答」でない場合は逆にリアリティに欠けるのだから・・・) ミステリー作品らしく、船内では殺人事件も発生するし、終盤にはちょっとした「仕掛け」も明らかになる。明らかにはなるんだけど、それは「付録」というレベルのものだ。 氏の初期作品には「消えたタンカー」や「赤い帆船」、「発信者は死者」など海を舞台にしたスケールの大きな作品群が目立つ。それは、ミステリ作家として大成を夢見ていた作者の矜持かもしれないし、単純に「海が好き」という好みの表れかもしれない。でも、この瑞々しさはどうだ。登場人物たちもメインは「若者たち」だし、日本や世界の矛盾を題材にしたいという心意気が感じられる。 普通の人にとっては、西村京太郎=トラベルミステリーの人、というイメージだし、確かにその道の第一人者なのは誰もが認めるところ。 でも、やはり氏の本当の実力を知るためには、トラベルミステリー以前の初期作品を手に取らなければならない。作品ごとに斬新なプロットや目新しい切り口の作品を次々と発表していた頃。時折登場していた十津川警部も若く溌溂としていた。時は流れ、人は老い、そして死んでいく。それはどうしようもないことだけど、こうやって残された作品を手に取る機会があること自体、平和の象徴なのかもしれない、と感じる昨今。 |
No.1685 | 6点 | 緯度殺人事件 ルーファス・キング |
(2022/03/22 18:06登録) 全部で10作前後の作品を発表した作者の代表作とも言えるのが本作。 作者自身貨物船の無線技師を務めていたことが、船上ミステリーである本作に取り組む理由になっていたのかも。 1930年の発表。 ~十一人の乗客をのせて出航した貨物船「イースタン・ベイ」号。陸上との連絡手段を絶たれた海上の密室で、連続殺人事件の幕が上がる。ルーファス・キングが描くサスペンスフルな船上ミステリー。ヴァルクール警部補シリーズ第三作~ これぞ「船上ミステリー」とでも言うべき作品。 謎めいた多くの乗客、連続殺人事件、そして船の航路を捻じ曲げようとする(?)真犯人の不穏な動き・・・ 「船」という密室はやはりミステリーとして絶好の舞台装置なのだろう。数多の作家たちが船上ミステリーにチャレンジする理由も頷ける。 で、本作についてなのだが、他の方も書かれているとおり、序盤から中盤にかけては実に良い。 探偵役となるヴァルクールも序盤こそ動きが鈍かったものの、中盤すぎから面目躍如の活躍で、乗客ひとりひとりに嫌疑をかけ、彼らの怪しい行動や過去を詳らかにしようとする。 殺人事件が続き、ヴァルクールが事件解決の「鍵」を手にして、物語も最高潮に達したところで、残った乗客たちを集めて行われる真相解明の場面。 本格ミステリーのまさに醍醐味なのだが、この真相は、うーん。 決して悪くはない。意外性もまずまずあるし、伏線も回収できている。でもちょっと納得感が薄いというか、真犯人は影の主役とも言われるけど、この真犯人って、ドラマの最後のテロップでいうとその他大勢として出てくる役の人っていうくらいの存在なんだけどな・・・ まぁ、ロジック云々というタイプの作品ではないけど、フーダニットとしてはもう少し工夫があってもよかったような・・・ あとは「緯度」の問題だけど、各章の冒頭すべてで「北緯〇〇度、西経△△度」という船の位置が記され、それが終盤には「・・・」という仕掛けがなされている。でも、それがミステリーのプロットとしては活かされてないような気が・・・ ちょっと難癖っぽいところだけど、その辺は気になった部分。 でも、悪くはないと思う。うん、決して悪くはない。 |
No.1684 | 6点 | 運命の八分休符 連城三紀彦 |
(2022/03/22 18:04登録) 「オール讀物」1980年1月号より不定期に発表された作品をまとめた連作短編集。 全編、田沢軍平というシリーズ探偵が活躍するというのは、連城作品では珍しいこと(のようです)。 単行本は1983年に文藝春秋社より発表。今回は東京創元文庫にて読了。 ①「運命の八分休符」=「装子」の章。「運命」とはかの有名なベートーヴェンの第五交響曲のこと。実際、「運命」は八分休符から始まるのが指揮者にとって最も難しいとのことである(本編より)。で、仕掛けとしては「場所」の逆説が鍵となる(ネタバレ?)。 ②「邪悪な羊」=「祥子」の章。誘拐事件は連城の十八番中の十八番。本作はさすがに小粒なトリックだけど、やはり「逆説」のトリックがラストに炸裂。(こう見えていた構図が実は逆だったということ) ③「観客はただ一人」=「宵子」の章。大勢の男性と浮名を流した一人の大女優。彼女が自分の関係した男女を観客として招いた一人芝居の舞台上で射殺される。文字通り「劇場型」犯罪であるが、今回もラストで「構図」ががらりと一変させられる。 ④「紙の鳥は青ざめて」=「晶子」の章。夫に蒸発された妻。しかも寝取られた相手は妹。ということで、昭和テイスト濃密な雰囲気の作品。地上波のTVで行方不明の家族を探す番組って、確かにあったねぇ・・・。で、今回の逆説はだいたい当初の想定通りではある。 ⑤「濡れた衣装」=「梢」の章。舞台は「夜の女の世界」。大勢のホステス(死語?)がしのぎを削る「クラブ」で起こるナイフによる殺人未遂事件。アリバイが問題となるんだけど、大勢のホステスが出たり入ったり、聞いたりしているので、結構ややこしいことになってる。でも、個人的にはこの「梢」が一番好き。 以上5編。 上で書いてるとおり、プロットの軸は連城らしく「逆説」(或いは反転?)で、それまで見ていた構図が実は真逆だった、という真相が探偵役の軍平の口から語られる、という作品が続く。 もちろん、レベルは高いし、非常によくできてる作品揃いなのは確か。 ただね、個人的に大好きな「連城作品」かと問われれば、若干異なるという答えになる。何ていうか、「ねっとり」した作品世界と、どこかねじ曲がった登場人物。そして、現実感の乏しい「謎」というようなアクロバティックなミステリーをどうしても期待してしまうから。 いやいや、でも十分に高水準なんですよ、本作も。こんなレベルの連作短編集もなかなかないと思います。ただただ、連城という作家への期待値が高すぎるだけ。そういう意味では罪作りな作家ではある。 (全作品で軍平を好きになる女性が登場。結果、すべて恋は成就しないのだが、そういう恋愛小説的な面もあり) |
No.1683 | 5点 | ナイロビの蜂 ジョン・ル・カレ |
(2022/02/25 21:05登録) 作者の一大傑作と名高い本作。文庫版で上下分冊と言うなかなかのボリューム。 ウィキペディアによると、本作執筆のきっかけとなった経緯も興味深い・・・ 2001年の発表。 ~ナイロビの英国高等弁務官事務所に勤める外交官ジャスティンは庭いじりをこよなく愛する中年男。礼儀正しく誠実な人柄で知られている。そんな彼のもとに突然最愛の妻テッサが咽喉を掻き切られて全裸で発見されたという知らせが飛び込んだ。人類学者リチャード・リーキーの発掘現場に向かう車中で何者かに襲われたのだ。静かな怒りとともにジャスティンは真相解明に立ち上がる~ これ、作者の言いたいこと伝わってるのかなぁ? 若しくは読み手の理解力が足りないのか・・・ とにかくわざと分かりにくく書いてるのかなと思わざるをえないような書きっぷり。 物語の骨子は、アフリカ大陸における世界規模の製薬メーカーをめぐり、薬害を隠蔽しようとする企業VSそれを詳らかにしようとする草の根の民間組織であり、その中で民間組織の中心人物でもあったテッサが殺害される事件が発生し、真相究明のために夫である外交官・ジャスティンが立ち上がる、といった流れ。 これ自体は明白というか、ある意味単純明快なはずなのだが。 でも、これがそうはいかない。 ル・カレ独特なのか、ああでもないこうでもないという説明箇所がかなり展開される。 確かに、登場人物たちの心中を掘り下げ、本音と建て前を炙り出すという試みは成功しているのだから大目に見ておけばいいのかもしれない。 我慢して読み進めると、きっと感動的なラストが来るはず! そう信じて読み進めていくのだが、うーん。これを感動的と表現すべきかどうかはそれぞれにお任せするしかない。(私はといえば・・・敢えて書かず) でも、なかなかスゴイ作品ですよ。 巻末解説を読むと、作者自身緻密な取材をしたことが窺われるし、ネットを検索してみると実際にファイザー社がアフリカで行った臨床実験が下敷きとされていることも窺われる。 今、まさにワクチンや経口薬が過去からすれば信じられないようなスピードで開発されていく昨今。それを諾々と受け入れるしかない我々小市民なのだが、果たしてその裏にはどのような企みが進行しているのか? 考えざるを得ない作品だった。まぁ、長すぎるけどね。 |
No.1682 | 5点 | スワン 呉勝浩 |
(2022/02/25 21:01登録) 乱歩賞受賞の作者。先日「道徳の時間」を読了したばかりだが、同作品が今一つピンとこなかったので、再度本作で作者の「水準」を探ってみたい。(エラそうなこと言うてますなぁー) 2019年の発表。 ~首都圏の巨大ショッピングモール「スワン」で起きたテロ事件。死者21名、重軽傷者17名を出した前代未聞の悲劇の渦中で犯人と接しながら高校生のいずみは生き延びた。しかし、取り戻したはずの平穏な日々は、同じく事件に遭遇し大怪我をして入院中の同級生・小梢の告発によって乱される。次に誰を殺すか、いずみが犯人に指名させられたこと、そしてそのことでいずみが生きながらえたという事実が週刊誌に暴露されたのだ。被害者から一転、非難の的となった彼女。そんななか、彼女のもとに一通の招待状が届く・・・~ なんていうか、実に曖昧模糊としたお話だった。多分、本作の肝は”What done it”(何が起こったのか?)なのだろうと思うのだが、随分もったいぶったなぁーという感じなのだ。 「大勢の人々が集まる巨大ショッピングモールで発生する大量殺戮」という滅茶苦茶派手な冒頭シーンにまずは読者は度肝を抜かれる。しかし、そこから始まるのは、「実際に起こったことは何か」ということを1つ1つ明らかにしていくという実にジミーな展開。 その辺の居心地というか、バランスの悪さがどうにも目に付く気がした。 読者は一体どこを、或いは何を「面白い」と思えばいいのか? それが実につかみにくいのだ。 それなりに「熱」はあるし、作者の「魂」も感じるには感じるんだけど、細かいところにフォーカスを当てるのならもう少し精緻で丁寧な分析などがあってもよかったし、そこに「仕掛け」が欲しいところだった。 ラス前の「ピンチシーン」もなぁー、いかにもっていう感じだし、そこにカタルシスを感じる読者はあまりいないだろう。 じゃぁ、どうすればよかったのか? うーん。「分からん」。「不可思議な謎の解明」という本格志向か、疾走感を重視したサスペンスか、動機に焦点を当てた社会派寄りのプロットか、そんな傾向でもあればよかったのかもしれんが、そこを曖昧にしたところが本作の「面白さ」を削いでいるのかもしれない。 いずれにしても、作者の作品は2作目だけど、しばらくはいいかな、という感じにはなった。 それが本音。 |
No.1681 | 4点 | 神の悪手 芦沢央 |
(2022/02/25 21:00登録) 藤井聡太“五冠”誕生の大ニュースが駆け巡った昨今。ちょうどいい時期に本作を手に取ることに。 どちらかというと「イヤミス系」作品が多い作者が手掛ける「将棋」テーマのミステリ短編集。 2021年発表。 ①「弱い者」=東日本大震災での避難所を思わせる場所でのボランティア対局。対局者は小学生で飛車角落ち戦。プロ棋士からすれば軽~く捻れる相手と思いきや、鋭い手を続けてくる事態に。熱戦が続くなか、対局者のある秘密が明かされるとき・・・。いくら小学生とはいえ、目の前にいる相手だし分かるんじゃないかなぁ ②「神の悪手」=少年時代「将棋の神童」と呼ばれ、奨励会に入会した少年。でも、奨励会には全国から「神童」たちが集まってくるわけで、徐々にメッキが剥がれてしまう、窮地に陥った男が嵌まってしまう陥穽。こういう状況ではまともに将棋なんか指せないでしょう ③「ミイラ」=これは変わった状況だ。詰将棋がテーマになるのだが、詰将棋のルールが分からない人には伝わりずらいだろうな。投稿された詰将棋の謎が相当「重い」。 ④「盤上の糸」=幼いころ頭の中に障害を負ってしまった少年。両親を亡くした少年を育てたのはプロ棋士だった祖父。祖父の遺志を継いで、少年も棋士となる。障害のためか、普通の棋士とは異なる雰囲気を纏った少年が運命の対局に挑む。 ⑤「恩返し」=終編は棋士ではなく「駒士」(将棋の駒を作る人)にスポットライトを当てる。駒も一流のものは相当価値があるらしいからね。こういう世界もあるんだな。 以上5編。 なんていうか、ひじょーに「渋い」作品に仕上がってる。 どちらかというと流行りのイヤミスやちょっとホラーがかった作品を書いてるイメージの作者の作風からはかなり遠い作品集という印象。それが、作者の懐の深さという感想につながるかというと、どうもそんな感じではない。 確かに印象深い作品もあるにはるんだけど、とにかく重い作風は読者を選びそうだ。 せっかく藤井君のお陰で将棋界にも新風が吹いてるのだから、従来とは違うイメージの作品でもよかったと思う。 ミステリー的なガジェットも殆ど含んでないので、その辺にも期待はせぬよう。もうちょっとどうにかならなかったのか?それが偽らざる感想かな。 (個人的ベストは・・・うーん。特になし) |
No.1680 | 6点 | 償いの報酬 ローレンス・ブロック |
(2022/01/28 22:32登録) 毎回楽しみに読んでいたマッド・スカダーシリーズもついに残り2作品となってしまった。 本来なら第16作目「すべては死にゆく」を読むべきなのだが、作品世界の時系列でいうと本作が「昔」に当たるということで、先に17作目となる本作をチョイス。いわゆる「回想」作品なんだね。 2011年の発表。原題は”A Drop of the Hard Stuff” ~禁酒を始めてから三か月が経とうとしていた。いつものようにAAの集会に参加したスカダーは、幼馴染みで犯罪常習者のジャック・エラリーに声を掛けられる。ジャックは禁酒プログラムとして、過去に犯した罪を償う”埋め合わせ”を実践しているという。そんな矢先、銃弾を頭部に撃ち込まれ何者かに殺されてしまう。スカダーはジャックの遺した”埋め合わせ”リストの五人について調査を始めるが・・・。名作「八百万の死にざま」後をノスタルジックに描いたシリーズ作!~ 紹介文のとおりで、本作全体に漂うのはひたすら「ノスタルジー」だと思う。そして、スカダーとは切っても切れない関係にある「酒」。 すでに禁酒を始めており、もうすぐ記念すべき「禁酒一周年」を迎えるという状況にもかかわらず、いや、だからこそなのか、「酒」に対する想いや記述が作品の多くを占める。物語の終章、真犯人と目される人物が、スカダーの暮らすホテルの部屋に忍び込み、ベッドをバーボンまみれにしてしまう(銘柄はメーカーズマーク)。情緒がやや不安定になっていたスカダーは、充満するバーボンの匂いに気が狂いそうになる・・・このシーンが最も印象的だ。 当事件の中心人物となるエラリーも、禁酒をしており、昔ひどい酒飲みの頃に起こした多くの事件の被害者へ謝ろうとしている。つまりは、「酒」「酒」「酒」の話・・・ 河島英五ではないが「男はなぜ酒を飲むのか?」。舞台はアメリカ・NYのはずなのに、浮かんできたのは日本の古い歌謡曲だった。(アレ? これって、他のシリーズ作品のときにも書いたような・・・。評者自身も酔っぱらってる?) 「横溢なノスタルジー」と「尽きない酒への想い」・・・これは本シリーズを貫くテーマなのは間違いない。前作で一応シリーズに結末をつけた作者なのだが、もう一度ペンを取る際には、やはりこのテーマへと原点回帰するしかなかったのだろう。そのためには、過去の事件の回想という形しかなかったのだろう。 当時恋人だったジャンとの別れや、NYの街に漂う寂寥感がスカダーの心をむしばみ、孤独にさせていく。そんな渇いた街、渇いた時代を経て、エレインという愛妻やミック・バルーなどの友人に恵まれ、70歳を超えた現在。人の人生って何だろう? 何のために生きているのか? それでも人は生きていくetc いろいろな感情が無規律に湧いてくる、そんな読書になった。(酷い雑文のような文書になってしまった・・・) えっ? 本筋はって? どうでもいいじゃないですか。きっと作者もそう思ったのでしょう。本作には結末という結末はつかず、静かに物語の幕は降ります。ということで、いよいよ次はシリーズラストの読書となる。ひたすら淋しい。 |
No.1679 | 6点 | Φは壊れたね 森博嗣 |
(2022/01/28 22:30登録) 「S&Mシリーズ」⇒「vシリーズ」⇒「四季四部作」と続いてきた森ワールド。続いて始まるのは「Gシリーズ」 その幕開けとなるのが本作。萌絵や国枝、犀川は引続き登場するけれど、新たに主要キャラクターとして出てくるメンバーもちらほら。2004年の発表。 ~その死体はYの字に吊るされていた。背中に作りものの「翼」をつけて。部屋は密室状態。さらに死体発見の一部始終がビデオで録画されていた。タイトルは「Φは壊れたね」・・・。これは挑戦なのか? N大のスーパー大学院生、西之園萌絵が山吹らの学生たちと事件解明に挑む!~ 最近何かと話題のギリシア文字である。その名も「Φ」(ファイ)。例の感染症もそのうち「Φ型」というのが出てくるのだろうか? などと詰まらぬことを想像してみた。 で、今回も今までと同様、メインテーマは「密室」である。そう、森ミステリーでは定番中の定番ともいえるガジェット。 しかも、電子鍵で施錠され、窓も完全に施錠、そしてまるで現場を見張るようにビデオ撮影がされていたというオマケ付き。そんな完全無比な密室が今回の相手となる。 ただ、この「密室」がクセもの。作者のミステリーを読み継いでいる者としては、密室トリックが徐々に陳腐化或いは簡素化されているなぁーと思っていた矢先、今回は何て言うか、まるで読者を突き放したような「密室」である。 表現するのが難しいんだけど、「まるで、密室トリックなんて、一応定番なので入れてますけど、それが何か?」というふうにでも言っているような感触。 本作で探偵役を務める海月も探偵キャラとしては、かつてないほどドライな性格で、読者を突き放す。 そんなに突き放すのなら、密室トリックなんて入れなきゃいいのに!って思ってしまう。 そうは言っても、密室トリック自体は非常にレベルが高い。いかにも不自然な関係者たちや、その行動、Yの字に張り付けられた死体を始めとするあまりに不自然な現場・・・そのすべてが密室を解き明かすカギにはなっている。こんなトリックをいとも簡単に披露すること自体、稀有な才能だとは思う。 他の皆さんが触れているとおり、タイトルの意味は結局不明なままである。(どうも犀川や萌絵、海月は分かっているようだが・・・)。作者にとってはそんなことはどうでもよいことなんだろう。この辺りは、量産が過ぎて、徐々に作者の熱量が作品内に挿入できないということになっているのではないか。ということで、シリーズ続編は不安な限りである。 |
No.1678 | 5点 | オムニバス 誉田哲也 |
(2022/01/28 22:29登録) ~警視庁刑事部捜査一課殺人犯捜査第11係姫川班。事件がなければ休日も待機もシフトどおりに取れるのだが、そううまくはいかない。各署に立てられた捜査本部に入ることもあれば、人手が足りない所轄の応援に回ることもある。激務の中、事件に挑み続ける彼女の集中力と行動が被疑者を特定し、読む者の感動を呼ぶ。だから、立ち止まるな、姫川玲子!~ ということで、彼女と彼女の周りの活躍を描いた作品集。単行本は2021年発表。 ①「それが嫌なら無人島」=タイトルは物語のラスト、オチの箇所に由来する。東京の下町で発生した事件。所轄どうしの縄張り争いのようなものに振り回されると思いきや、颯爽と解決を図る姫川であった・・・ ②「六法全書」=本編の視点は姫川班の刑事・中松。彼にとって上司である姫川はやや微妙な存在であるようで、その辺りが“いい具合に”物語を面白くしてくれる。そして、今回もタイトルはオチとして使用。 ③「正しいストーカー殺人」=通常とは逆。女が男を殺害するストーカー殺人、だったはずが、姫川の慧眼で事件は全く異なる構図に。で、結局「正しい」のはやっぱり「正しかった」ことが判明する。(何だそりゃ?) ④「赤い靴」=『~異人さんに連れられて・・・』ではない「赤い靴」である。所轄の応援に入った姫川らは、決して身元を明かそうとしない女性に苦戦するが・・・ ⑤「青い腕」=今度は「青い」であり、実は④の続きでもある。④で一旦は解決したはずの事件。しかし、突くと更なる深淵が!ということで、想像以上の酷い結末が訪れる。それでも、玲子は真実を追求する。 ⑥「根腐れ」=美貌の女優が覚醒剤所持で自首してきた。殺人課である玲子には本来関係ない・・・はずだったが、旧知の刑事から彼女の取調べを依頼されて・・・という流れ。真実はそんなに大したことはないのだが。 ⑦「それって読唇術?」=最終編で急に登場する武見検事。玲子と”いい仲”らしいのだが、本シリーズ初見の私にはよく分からん。で、武見検事の過去にクローズアップされて・・・。洒落た雰囲気の一編。 以上7編。 多分、「ストロベリー・ナイト」などを読んでなければ、本作も十分には楽しめなかったんだろうと思わせる。姫川班の面々が視点人物となる回が多いのだから尚更だ。 でも、何より「姫川玲子」という魅力的なメイン・キャラクターをより知ってほしいというのが本作の主旨だとしたら成功してると思う。 何を隠そう(別に隠さなくてよいのだが)、シリーズの他作品も読んでみようかという気にさせられたのだから。そういう意味ではシリーズ入門編としても適当と言えるかも。 サラりと読めて、一定の満足感を得られる。その観点からなら良作。薄味だけどね。 |
No.1677 | 9点 | 兇人邸の殺人 今村昌弘 |
(2022/01/08 18:36登録) 「屍人荘の殺人」「魔眼の匣の殺人」に続くシリーズ三作目。 今回も探偵=比留子、助手=葉村のコンビが当然活躍するのだが、途中は意外過ぎる展開に! 2021年発表で、各種ランキングを賑わせた作品。 ~”廃墟テーマパーク”に聳える「兇人邸」。班目機関の研究資料を探し求めるグループとともに、深夜その奇怪な屋敷に侵入した葉村譲と剣崎比留子を待ち受けていたのは、無慈悲な首斬り殺人鬼だった。逃げ惑う狂乱の一夜が明け、同行者が次々と首のない死体となって発見されるなか、比留子が行方不明に。さまざまな思惑を抱えた生存者たちは、この迷路のような屋敷から脱出の道を選べない。さらに、別の殺人者がいる可能性が浮上し・・・。葉村は比留子を見つけ出し、ともに謎を解いて生き延びることができるのか?~ いやいや、こんな”突拍子もない”設定、よく考えたねえー ただ、個人的な感想でいうなら、大評判となった「屍人荘」よりも、もちろん「魔眼の匣」よりも本作の方が断然上に思えた。(世間的にはそうでもないようですが・・・) 「屍人荘」もかなりの特殊設定だったけど、本作はそれを凌駕する。もはや完全にゲームの世界だ。 なにしろ、訳の分からないほど入り組んだ迷路さながらの「館」だし、人の力を完全に超越した巨人が殺人者(しかも首斬り魔!)だし、探偵役の比留子は脱出不能で完全に孤立するし・・・ もはや、何が何だか、普通なら混乱必至のプロットだと思う。 しかしながら、そうはならない。作者の考えぬかれた「仕掛け」に読者は翻弄されることになる。特に、巨人以外の「生き残り」による殺人、これも首斬りなのだが、アリバイを主に四重五重にも張り巡らされた作者の「罠」にはなかなか感服させられた。久々に聞く名言(?)「困難は分割せよ」(by二階堂蘭〇)の更に上を行く、「困難の三分割」・・・これはかなりの興奮を覚えた。成るほどねぇ・・・、だからの首斬りとは・・・恐れ入りました。 過去の「追憶」シーンはいわゆるカットバック的手法なのだが、これも読者にとっての「罠」として有効に作用している。(読者は当然、アイツがあいつで・・・って予想するもんね) 「巨人」の設定(夜しか活動できない、必ず首を斬るなど)もゲームキャラ的要素満載なのだが、この1つ1つの設定がトリックや仕掛けに活かされているところも評価が高い。特殊設定にばかり目を奪われるけど、要は、ありとあらゆる要素がすべて1つの真相につながっていく、かなり真っ当なミステリーということだろう。 まぁさすがに動機(真犯人以外の行動も含めて)については首肯できない箇所も目立つし、細かい突っ込みどころは多いのは事実だけど、それを補って余りある面白さだった。新年から、こんな作品読めてまずはラッキー。 (単行本135ページの比留子の言葉『…確かに脱出の手段はあるけど、それを使うことで状況がより悪化する可能性がある。これは私たち自身が留まることを選ばざるを得ないクローズドサークルなんだよ』。これがプロットの出発点かな?) |
No.1676 | 5点 | ジョン・ディクスン・カーを読んだ男 ウィリアム・ブリテン |
(2022/01/08 18:35登録) 「~を読んだ~」シリーズ全11編と、その他ノンシリーズ短編3編から成る作品集。 EQMM常連作家であるブリテンによる珠玉のパロディ群(!) 「~読んだ~」シリーズは1960年代から70年代に順次発表されたもの。 ①「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」=このオチは知っていた。けど、やはり「哀愁」感じるラスト。 ②「エラリー・クイーンを読んだ男」=これはなかなか面白い。なくなった金貨のありかは意外なところ・・・? ③「レックス・スタウトを読んだ女」=このオチはよく分からなかったんだけど・・・? ④「アガサ・クリスティを読んだ少年」=ある米国の街で起こった不思議な事件。なぜこんなことをするのか・・・? いかにも短編向きのプロット。 ⑤「コナン・ドイルを読んだ男」=昔のクラスメイトから届いた一通の謎の手紙。でも、「こんなクラスメイトいたっけ?」という奴だし、内容はぶっ飛んでるし・・・。で、その真相は? ⑥「G・Kチェスタトンを読んだ男」=チェスタトンのブラウン神父といえば「逆説」・・・というわけで、無理矢理「逆説」に持ち込もうとする男。 ⑦「ダシール・ハメットを読んだ男」=といえば、ハードボイルドということで、当然ながら本格ミステリーの名探偵とは異なる、ということが話の肝となる(みたい)。 ⑧「ジョルジュ・シムノンを読んだ男」=これはなかなか気が利いてる。まぁ、別にメグレでなくてもよいと思うが・・・ ⑨「ジョン・クリーシーを読んだ少女」=都筑道夫の「退職刑事」シリーズを想起させる安楽椅子探偵もの。 ⑩「アイザック・アシモフを読んだ男たち」=「男たち」というのが肝。要は「黒後家蜘蛛会シリーズ」のパロディ。そうなると当然探偵役は・・・給仕役。 ⑪「読まなかった男」=何を読まなかったのかは、本編を読んだのお楽しみ。 ⑫「ザレツキーの鎖」=フーディーニを思わせる天才犯罪師VS彼を執拗に追いかける警察官。ある男の賭けに乗り、“ザレツキーの鎖”に繋がれたまま脱出し、宝物を盗み出すという試練にチャレンジすることに。結末は意外にも、というか「やっぱり・・・」 ⑬「うそつき」=当然ながら嘘について虚々実々の話が展開されるのだが、イマイチよく分からない。 ⑭「ブラッド街イレギュラーズ」=当然ながら「ベーカー街イレギュラーズ」をパロッたタイトルなのだが、あまり関係ないような・・・ 以上、シリーズ11編+ノンシリーズ3編。 前半のパロディものは、どれも「ニヤリ」とする内容なのだが、正直ちょっと小粒。それよりはノンシリーズの方がキレを感じる。さすがはEQMM常連! (シリーズものでは①④⑧あたりかな、それ以外では⑫が印象的) |
No.1675 | 9点 | 凍てつく太陽 葉真中顕 |
(2022/01/08 18:34登録) 皆さま、かなり遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。まだまだ不自由な生活が続きそうな気配が濃厚ですが、とにかく読書については全く支障はないということに感謝をしつつ・・・ 今回、新年最初の読書に選択したのは、第72回日本推理作家協会賞も受賞した、作者畢竟の大作。 2018年の発表。 ~昭和二十年、終戦間際の北海道・室蘭。逼迫した戦況を一変させるという陸軍の軍事機密「カンナカムイ」をめぐり、軍需工場の関係者が次々と毒殺される。アイヌ出身の特高刑事・日崎八尋は、「拷問王」の異名を持つ先輩刑事の三影らとともに捜査に加わることになるが、事件の背後で暗躍する者たちに翻弄されていく。陰謀渦巻く北の大地で、八尋は特高刑事としての「己の使命」を全うできるのか?~ いやぁー。新年早々、久しぶりにこんな「すごい熱量」の作品を読んだ気がする。読了した後も、登場人物たちの熱い想いが心の中から暫し抜けなかった。 戦中を舞台とする作品は今まで何冊も読んだとは思うのだが、「北海道」「特高VS軍」「在日朝鮮人やアイヌなど当時真っ当な皇民とはみなされなかった人々」「網走刑務所」・・・etc 作者が題材にとった1つ1つが作品世界を彩るピースとして、見事なくらいに嵌まっている。 「太陽」かー。もともと戦時中の室蘭の街には2つの「太陽」があった。一大軍需都市となっていた室蘭には鉄工所で燃え盛る「太陽」があったのだ。そこに更にもう1つの「太陽」が・・・? これこそが八尋、三影、そして〇〇の運命を決めることになる。 悪役となる「三影」も、実に見事な「悪役」を演じているし、魅力的な人物は枚挙にいとまがない。 そして、物語の最終版、いよいよ隠されてきた様々な真相が明らかになり、この大作も決してきた!と思った瞬間に炸裂するサプライズ!! これこそがミステリー作家としての作者の矜持だろう。 振り返れば、この「大いなる欺瞞」をラストに持ってきたいと考えていたからこその中盤の数々のストーリーだったのだ。この「欺瞞」がこの哀しい物語に更なる深みを与えている・・・ これは、もう「大河ドラマ級」の作品。「時代」に流された人々、熱い魂、未来への希望・・・様々なものを読み手に与えてくれる作品。高い評価は当然だろう。 |
No.1674 | 5点 | 謀略のパルス トム・クランシー |
(2021/12/20 20:30登録) 個人的に作者の初読みなのだが、本作はPower Playsシリーズの三作目とのこと。 米国の巨大企業アップルリンク・インターナショナル社の創業者ロジャー・ゴーディアンが主人公となる。 1999年の発表。 ~合衆国のスペースシャトル<オリオン>打ち上げ六秒前。悲劇はそのとき起きた。エンジンが火を噴いたのだ。たちまちシャトルは炎と黒煙に呑み込まれた。打ち上げに関与していたアップルリンク社は直ちに原因の調査を開始する。が、その数日後、ブラジルにある同社の宇宙ステーション製造施設が謎の武装集団に襲撃された。果たして事件の裏に潜む戦慄のシナリオとは?~ ”最初の期待ほどではなかったな”というのが読後の感想。 紹介文を読んでると、いかにもワクワク感の高い、複雑かつ緻密なプロット&衝撃のサプライズ!っていうのを期待しちゃうよな・・・ でも、そんな感じではなく、どちらかというと、主要登場人物たちの群像劇に近いストーリー。 目の前でシャトルの爆発事故を体験した女性宇宙飛行士アニー。アップルリンク社の防衛部隊の新たなリーダーになるべく招致されたトム・リッチ。などなど。 物語は彼らの姿や心中を細かに描き、緊張感のある世界観に深みを持たせている。 でも、それがどうもなぁ・・・ なんとなくスピード感やケレン味を削いでいるように思えるのだ。ラストも、裏の構図や事件全体のからくりが判明するというわけではなく、アップルリンク社VS犯罪組織の対決があくまでもメインで描かれている。 かなり長い作品だけに、中盤の冗長さも気になった。 ただ、一定水準の面白さがあるのも事実。しかも人気シリーズとのことであり、続きも気になるところではある。 何だか煮え切らない書評になってるけど、評価としてはこんなもんかな。 |
No.1673 | 5点 | 杉下右京の冒険 碇卯人 |
(2021/12/20 20:29登録) 今度は「杉下右京」即ち、日本の刑事ドラマ史上、最も活躍しているキャラクターである(そして未だに現役!) 本作は地上波でも放送されたもののノベライズという位置付け(でよいのだろうか?)。ただし、「相棒」(この頃は神戸刑事)は登場せず、杉下右京が出張先で事件に遭遇するという「冒険」譚となっている。 2012年の発表。 ①「紺碧の墓標」=舞台は東京の遥か南。伊豆諸島の一つである「三宅島」なのだが、更に三宅島の沖合に浮かぶ小島「御蔵島」が途中から舞台として浮上する。当初は本土からの釣り人が事故死したと考えられていた事件が、右京の鋭すぎる洞察力で殺人事件へと変貌していく。島で出会った善良な人々ー三宅島署の刑事や民宿の主人、御蔵島の駐在や自然を守るために移住してきた人々etc おおらかで誰もが癒されるはずの島の環境が、逆に人間の欲やエゴの犠牲になってしまう。そしてついに殺人事件まで・・・。これはもしかしたら、杉下右京の勘が鋭すぎるために引っ張り出してしまった事件なのかもしれない。そういう悲しい現実がラストには待ち受けている。 ②「野鳥とUFO」=舞台は韓国・ソウル。本来の任務を終えたはずの杉下右京は野鳥の大量死と謎のUFO出現という奇妙な謎に惹かれ、現地の刑事とともに真相の解明に奔走することとなる。途中、事件の鍵を握ると思われる「奇妙な建物」に遭遇。敵に捕らわれるという一大事になりながらも、最後には無事解決に導く。ただ、「謎」そのものは小粒で、「動機」につながる日・米・韓の関係についてもちょっと安易だなぁーという感想は持った。申し訳ないが、この程度の事件・謎ならば現地の警察に任せておけばよかったのではないか?というのが率直な感想。 以上、今回は中編2編という構成。 ①②の比較では断然①の方が面白かった。 ①は国内だが離れ小島、②は外国、ということでいつもは一応官憲としての権力をふるえる右京にとって、捜査がままならないという環境下に置かれることが逆に本作の「肝」となるのだろう。ただし、鋭い推理力はいつもどおりであり、結局瞬く間に事件の裏側そして真相を見抜いてしまう。 そういう意味では、もう少し歯ごたえのある謎・事件を用意しないと、彼にとっては不服なのかもしれない。ノベライズとしてはまずまずの出来といって差し支えないと思う。 (恥ずかしながら、碇卯人氏が鳥〇〇〇氏の別名義だということを初めて知った次第。なるほど、①も②も「鳥」が結構関わってるしね・・・。個人的に「相棒シリーズ」は殆ど見てないからなぁ・・・) |