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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1848件

プロフィール| 書評

No.828 7点 むかし僕が死んだ家
東野圭吾
(2013/02/11 20:03登録)
1994年発表のノンシリーズ長編作品。
作者の多彩ぶりがよく分かる一冊と言っていいのではないか?

~「わたしには幼い頃の思い出が全然ないの・・・」。七年前に別れた恋人・沙也加の記憶を取り戻すため、私は彼女と「幻の家」を訪れた。それは、めったに人が来ることのない山の中にひっそりと建つ異国調の白い小さな家だった。そこで二人を待ち受ける恐るべき真実とは・・・? 人気作家が放つ長編ミステリー~

派手さはないのだが、徐々に心に染みてくるような・・・そんな読後感。
紹介文のとおり、本作の舞台は山の中にひっそりと建つ別荘風の一軒家。物語のほとんどがこの家の中で、わずか二人の登場人物の間で展開される。
そして、過去が綴られた「日記」が本作のプロットの中心。
登場人物の二人が、この「日記」を紐解くたびに、謎が解け、そして謎が追加され或いは深まっていく・・・
それが憎らしいくらいに旨いのだ。

文庫版解説の黒川博行氏が、「この作品の伏線の張り方は尋常ではない」と書いているが、まさにそのとおり。
全ての謎が解決される「第四章」では、これまで埋め込まれた伏線の数々が鮮やかに回収され、収まるべきところに収まっていく。
まぁ、これは言うなれば「一流のマジシャンの手口」ということに尽きる。
しかも、それをさもたいしたことないようにやってのけるのが、大作家・東野圭吾の真骨頂なのだろう。

サプライズ或いはインパクトでいえば、正直なところ「小品」と言うべきなのかもしれないが、決して侮れないスゴイ作品だと思う。
ラストの切なさも個人的にはGood。
(リーダビリティも尋常じゃない・・・)


No.827 6点 黒後家蜘蛛の会3
アイザック・アシモフ
(2013/02/11 20:01登録)
安楽椅子型探偵シリーズの第三弾作品。
本作でもメンバーのあまり意味のない(?)喧々諤々を尻目に、給仕人ヘンリーが鮮やかに謎を解く。

①「ロレーヌの十字架」=旅先で知り合った「運命の人」がバスの中から消える。残されたメッセージが今回の謎、というわけで十字架型の印がいったい何を表すのか、という展開。でも、これはアメリカで暮らしてないとピンとこないなぁ・・・
②「家庭人」=今回のゲストはみんなの嫌われ者、税務署の職員。彼はあらゆる犯罪の中で最も罪の重いのは脱税だと主張するのだが・・・。謎を解く鍵となる「進法(10進法とか)」の話はよく分からん。
③「スポーツ欄」=米国に住み、二重スパイとなったロシア人が殺された際に残したいわゆるダイニング・メッセージ。ワシントンポスト紙のスポーツ欄にこの暗号を解く鍵があるのだが・・・ロシア語のネタは確か前作か前々作にもあったような気がする。
④「史上第二位」=これも「謎のメッセージ」がプロットになった作品。歴代の米大統領の中で「史上第二位の人物は?」という謎らしいのだが・・・これもアメリカ人じゃないとちょっとピンとこないかも。モンローとかクリーブランドなんてマイナーだろっ!
⑤「欠けているもの」=新興宗教が唱える「トライ・ルシファー」。その男は、火星から見た景色が見えるということなのだが・・・一見すると全く矛盾のない話に思えたのだが、ヘンリーは根本的な「誤り」に気付く。そりゃそうだ!
⑥「その翌日」=今回のゲストは出版社の編集者。せっかく発掘した有望新人からの原稿が滞るという自体に困り果てているのだが・・・これも「謎のメッセージ」系の作品。今回はこういうプロットがかなり目立つ。
⑦「見当違い」=これもまた「謎のメッセージ」が登場。で、謎を解く鍵が、米国内の地理(地名)とある制度(コード?)ということで、またまた日本人にはピンとこない感じ。
⑧「よくよく見れば」=本作は珍しく殺人事件が扱われた一編。冒頭から「言葉」に関する議論がメンバーで行われていて、そういう方向のプロットなのは察しがつく。でも、「ブラインドマン」って、「見えない男」って意味だよね?
⑨「かえりみすれば」=ゲストとしてSF作家が登場。となれば、例のごとく作者自身も話のネタとして登場させ自虐ネタに。本筋は・・・まぁどうでもいいか!
⑩「犯行時刻」=本編はタイトルどおり「アリバイ」を主題とした作品。要は、アリバイに関して証言した人物の時刻の認識に係る問題なのだが、こんな勘違いするかなぁ・・・?
⑪「ミドル・ネーム」=これも日本人にはピンとこない、アメリカのカルチャーが謎を解く鍵になる。まぁ小品だが・・・
⑫「不毛なる者へ」=黒後家蜘蛛の会の設立メンバーが残した遺言が今回の謎。そう、またまた「謎のメッセージ」に関するプロットなのだ。でも、「不毛」=ハゲって発想には笑えた(これが正解じゃないですが・・・)

以上12編。
それにしても、今回は「謎のメッセージ祭り」だった。
「小ネタ集」的なのは最初からなので気にはならないが、ちょっとネタ切れ感が出てきたのかもしれない。
でもまぁ楽しめる作品だろう。
(レベル的にはどれもあまり変わらないが、敢えていえば⑤かな)


No.826 6点 スリープ
乾くるみ
(2013/02/11 20:00登録)
作者らしい企みに満ちたミステリー作品がコレ。
ジャンルで言えばやっぱりSFってことになるのかな・・・。

~テレビ番組の人気レポーター・羽鳥亜里沙は、中学校卒業を間近に控えた二月、冷凍睡眠装置の研究をする『未来科学研究所』を取材するために、つくば市に向かうことになった。撮影の休憩中にふとした悪戯心から立ち入り禁止の地下五階に迷い込んだ亜里沙は、見てはいけないものを見てしまうのだが・・・。どんでん返しの魔術師が放つ傑作ミステリー~

プロットとしてはかなり魅力的。
主人公の少女が、研究所職員の奸計に嵌って冷凍催眠状態にされ、目覚めれば30年後の世界・・・さて、これからどのような危機に巻き込まれるのか、というところまでは最初から読者にも予想できるのだが・・・
ここまで「ふんふん」と読み進めてきた読者は、第九章(「胡蝶の夢」)で「えっ!」と思わされることになる。
これが一つ目のどんでん返し。

そこから、まるでパラレルワールドのような作品世界が二重構造のように仕掛けられていたと分かるのだ。
これが単なるSFではなく、ミステリー的仕掛けを十分に意識した作者の真骨頂と言えるだろう。
終章ではもう一度「裏の裏か?」と思わせつつ、後を引くようなラストを迎える。
この辺りの手練手管は、「魅力的」プロットと評するだけのことはあるのだ。

ただ、例えば「リピート」などと比べると、サプライズ感は小さいかなぁ・・・
「リピート」は、リピートの仕組みと殺人事件の動機の謎が最後に一気に収束されるというカタルシスが味わえたのだが、本作ではサプライズ感はありつつも、ある程度「予想の範囲内」のまま終了したという印象になってしまう。

ということで、あまり高評価はできないのだが、決して「つまらない」作品ではない。
本作はSFの大家・ハインラインの名作「夏への扉」のオマージュということだが、ネタ元も読みたくなってきた。
(これって、かなり映像向きな作品のような気が・・・。特に美少女フリークなら・・・)


No.825 6点
麻耶雄嵩
(2013/02/07 22:13登録)
問題作(?)「夏と冬の奏鳴曲」の続編的位置付けの作者第三長編。
メルカトル鮎、木更津悠也という二大探偵を登場させながら、主役は前作に引き続き如月烏有が務める。

~忌まわしい和音島(かずねじま)の殺人事件の後遺症で記憶喪失になった如月烏有は、失われた記憶を取り戻そうと寺社に連続放火。すると、焼け跡からは焼死体が発見される。その彼のもとに、「今度はどこに火をつけるつもりかい?」と書かれた手紙が届く・・・。烏有は連続放火殺人犯なのか? 銘探偵メルカトル鮎が真相に迫る新本格ミステリー~

やっぱり分からん。正直、理解の範疇を超えてる。
前作(「夏と冬の奏鳴曲」)も長々と物語を読まされて、結局読み終わっても数々の?が残されたままという展開。
そういう消化不良の状態のまま、本作では更に新たな謎が提示される。
文庫版解説で、法月氏が『本作を前作と続編という考えで読むと肩透かしをくう・・・』と書かれてますが、その通りでしょう。

放火事件の方はともかく、殺人事件については一応合理的な解決が成されていますが、何だが付け足しのような内容。
後はひたすら烏有が悩み悶える姿を延々読まされてるという感覚。
中盤過ぎ、唐突にメルカトルが登場し、ようやく物語が加速し始めるのだが、その真相はかなりご都合主義のような感じなのだ。
(木更津に至っては出てきた意味あるのか?)

本作一番のサプライズはやはり「エピローグ」部分なのだろう。
ここで、処女長編「翼ある闇」と本作がリンクしていることが明らかにされる・・・。メルカトルの行動&言葉はコレを踏まえてのものだったのか・・・ということになるのだ。
この世界観を若干20代の作者が示したことについては素直に敬意を表したい。

ただ、全体的にはやはり「若書きかなぁ」という評価は免れないと思う。
(新本格というムーブメントがあったからこその作品であり、作家だったんだなという思いを強くした)


No.824 7点 死との約束
アガサ・クリスティー
(2013/02/07 22:11登録)
名作「ナイルに死す」に引き続き、中近東を事件の舞台とした作品。
エルサレム~ヨルダン~ペトラ遺跡など、個人的にも興味深い舞台背景なのだが・・・

~「いいかい、彼女を殺してしまわなきゃ・・・」。エルサレムを訪れたポワロが耳にした男女のささやきは闇を漂い、やがて死海の方へ消えていった。どうしてこうも犯罪を連想させるものにぶつかるのか? ポワロの思いが現実となったように殺人は起こった! 謎に包まれた死海を舞台に、ポワロの並外れた慧眼が真実を暴く~

これも実にクリスティらしいなぁ・・・
ミステリー作家としての作者のスキル&テクニックが凝縮されたような作品ではないか。
クリスティの「うまさ」が読者をミスリードさせる「腕」なのだとしたら、本作はかなり高水準だと思う。

一人の老婦人に生殺与奪権を握られたかのような家族たち、そしてその一家と関わりを持ち、殺人事件に深く関わってしまう男女5名。
老婦人が殺害されたとき、当然「動機」により容疑者にされてしまう家族たち・・・
一家の立ち振る舞いが余りにも戯画化されているため、読者の目線はどうしてもそこにフォーカスされてしまうが、作者=名探偵ポワロの目線は事件全体の大きな円(サークル)全体を捉えているのだ。
そしてラスト。ポワロの推理は、今までずれていたフォーカスを正確な位置に合わせてしまう。
本作ではそこがきれいに嵌っている。
(特に、何でもないように思えた前半のある場面が、実は事件全体に関わる大きな「鍵」になっている、という仕掛けが見事)

殺人事件が起こるまでがやや長いが、その分ストーリーをじっくり味わえると言えなくはない。
プロットやラストのサプライズ感でいえばやや小品かもしれないが、とにかく端正な本格ミステリーなのは間違いない。
(本作では、ポワロの「天狗ぶり」が特に目立つような気がした。まぁいつものことだが・・・)


No.823 3点 ポケットに地球儀
安萬純一
(2013/02/07 22:10登録)
「ボディ・メッセージ」で第20回鮎川哲也賞を受賞した作者が贈る連作短編集。
事件に巻き込まれるとなぜか「密室」に閉じ込められるミステリー作家・アマンと担当編集者が織り成す事件簿。

①「パンク少女と三日月の密室」=毎朝通勤電車で乗り合わせる一人の女性がとる謎の行動の理由とは・・・。本筋の真相はかなりこじつけ感がある。今回閉じ込められる密室は三日月型の部屋。
②「ノイズの母と回転する密室」=事件の舞台は崖地に建つマンション。なぜか雨の晩にベランダに砂が積もってしまうというのが依頼人の持ち込んだ謎。これも真相は??・・・強引だろ! 因みに密室は回転しながら開ける部屋という仕掛け。
③「DJルリカと四角い密室」=同窓会に出席したDJルリカがちょっと会場から離れた次の瞬間に参加者が消えてしまう・・・というのが今回の謎。で、閉じ込められる密室は四角形の堅牢な奴なのだが・・・
④「メロデス美女とドアのない密室」=部屋から持ち物が次々と無くなる・・・というのが今回持ち込まれた依頼。同棲している男性が恐らく犯人なのだが、どうやって盗んでいくのかが不明、ということなのだが、真相は脱力感あり。性懲りもなく閉じ込められた密室は文字通り「ドアのない密室」(!)。
⑤「密室魔と空中の密室」=これまで(①~④)、アマンと編集者を密室に閉じ込めてきたのが「密室魔」。ということで、今回は密室魔の正体が明らかになるとともに、究極の密室に閉じ込められることに・・・。そんなアホな!

以上5編。
これは・・・ダメだろっ・・・。
「密室」という謳い文句に惹かれてついつい手に取ってしまったのが運の尽き。
創元文庫もよくこんな作品出版したよなぁ・・・
「密室」は事件の本筋とは全く関係なく、しかもたいした仕掛けがあるわけではない。本筋の方のプロットもかなり脱力感のあるものなのだ。

これでは高評価はできない。
作者はいったい何を狙ってコレを書いたのか? 鮎川賞受賞者ならもう少しレベルの高い作品を生み出して欲しい。
(ちょっと言い過ぎかな?)


No.822 7点 夜想曲(ノクターン)
依井貴裕
(2013/01/31 21:57登録)
1999年発表。どうやら、今のところ本作が作者最後の作品になってしまっているようだが・・・
「読者への挑戦」も挿入した王道の本格ミステリー。

~同期会が催された山荘で三日三晩に三人のメンバーが絞殺された。俳優の桜木もこの会に参加していたが、なぜかその間の記憶が抜け落ちていた。ただ、ひとつロープで他人の首を絞めた生々しい感触を除いては・・・。そして、その追い討ちをかけるように何者かからワープロの原稿が送られてきた。そこには空白の三日間が小説として再現され、桜木を真犯人として断罪していたが・・・。トリック&ロジックの本格派が新たに叩き付ける「読者への挑戦状」~

粗も目立つが、前向きに評価したい作品。
作者が仕掛けたトリックは主に二つ。
一つ目は結構面白かった。
もちろん、ミステリーを読み慣れた者にとっては、最初からなんとなく違和感を持ちながら読み進めていたわけで、こういう手のトリックじゃないかという予想は付いた。
見せ方があまりうまくないせいか、「鮮やか!」というわけではないが、探偵役・多根井の推理により真相が見事に反転する場面はなかなか唸らされるのではないか。真犯人絞込みのロジックも実に端正。
ただ、一つ気になるのは警察の捜査の具合。この真相であれば、警察の捜査はいったいどのように行われたのか? いわゆる「作中作」的な仕掛けなのだから・・・

で、もうひとつのトリックが問題。
これって必要か?
まぁ一つ目のトリックだけでは弱い、ということかもしれないが、唐突すぎてちょっと「どうかなぁ・・・」という気になった。
(一応伏線は張ってあるのだが、これは気付かないよなぁ)

でも、こういうチャレンジブルな本格ミステリーはなるべく評価してあげたいというのが本音。
基本的にはこういう作品は好物なのだ。
(もう少しプロットを煮詰めていればなぁ・・・。ちょっと惜しい)


No.821 6点 わが身世にふる、じじわかし
芦原すなお
(2013/01/31 21:55登録)
「ミミズクとオリーブ」、「嫁洗い池」に続くシリーズ第3弾。
今回も悪友・河田警部を含めたお馴染みの3人が、美味しそうな数々の料理とともに事件を解決に導く・・・

①「ト・アペイロン」=悪友・河田警部がNYへの研修出張から帰国。因みに表題は古代ギリシャ語で『無限なもの、不定なもの』という意味を表す言葉。
②「NYアップル」=河田警部がNY在任中に発生し、名探偵の奥さんが解決した事件の顛末を披露する。しかし、NYの事件を安楽椅子型探偵するとは・・・やるねぇ奥さん!
③「わが身世にふる、じじわかし」=地元・八王子界隈で起こった2人の老人の失踪事件。片方の老人が残した手紙は何と「暗号」だった。まぁ暗号自体はよくある「手」の奴なのだが・・・。
④「いないいないばあ」=主人公が幼年期に遭遇したある不思議な事件が、河田警部の持ち込んだ現在の事件解決のきっかけとなる。本編で登場するお好み焼きのソースの話・・・すごくよく分かる(気がする)。
⑤「薄明の王子」=今回の事件の舞台はあるプロレス団体。団体のエースが、他団体へ移籍前の最後の試合で、負けるはずのない「噛ませ犬」役のレスラーのバックドロップを浴び死んでしまう・・・。これって、三沢の件がきっかけなのか?主人公のプロレスへの想いはすごくよく分かる。
⑥「さみだれ」=複雑な人間関係を持つ家族の間で起こった殺人事件。河田から話を聞くだけで、大凡の真相を察してしまう奥さんって・・・。今回は早稲田界隈の街歩きのシーンがなかなか楽しい。

以上6編。
相変わらず何ともいい雰囲気の作品。
事件自体は結構猟奇的だったりするのだが、気取らず且つ美味そうな料理や、互いに貶しながらもなくてはならない存在の主人公と河田の会話などを楽しんでると、自然にゆったりした気分になる・・・そんな作品集。

ただ、ミステリーとしては前作や前々作の方に軍配が上がるとは思う。
(ミステリーとしては②かな。それ以外では⑤も好きだが・・・)


No.820 6点 ボーン・コレクター
ジェフリー・ディーヴァー
(2013/01/31 21:53登録)
大人気「リンカーン・ライム」シリーズの第一弾がコレ。
伝説の殺人鬼・ボーンコレクターが蘇る・・・NYを恐怖のドン底に陥れる連続殺人事件が発生する。

~ケネディ国際空港からタクシーに乗った出張帰りの男女が忽然と消えた。やがて生き埋めにされた男が発見されたが、地面に突き出た薬指の肉はすっかり削ぎ落とされ、女物の指環が光っていた。NY市警は科学捜査専門家リンカーン・ライムに協力を要請する。彼は四肢麻痺でベッドから一歩も動けないのだが・・・

「さすが」と言えば「さすが」だが・・・
途中の展開は結構冗長かなぁと思えた。
とにかく、本作はリンカーン・ライムという人物の「人となり」を味わい尽くすことが肝要なのだろう。
殺人現場に残された「犯人の痕跡」の一つ一つに対し、己の経験や勘、そして数々の科学捜査を駆使して真犯人に肉薄する姿。
他の方の書評でもあったが、その姿はまるで『現代に蘇ったシャーロック・ホームズ』と言っていい。

そして、本作のもう一人の主役が、事件に巻き込まれ、ライムの片腕となったアメリア・サックス。
美しい外見とは裏腹に、心の中に暗闇を持つ彼女も、ライムの慧眼に心酔し、彼の目となり手となって事件の渦中に飛び込んでいく・・・

作者と言えば「終盤のどんでん返し」というイメージだが、本作はその辺りはそれ程でもない。
この手のミステリーの場合、どうしても真犯人に意外性が要求されるため、こういう感じになるのだろうが、ちょっと無理やり感はある。
サスペンス感こそが本来「肝」になるべきなのだろうが、最初に書いたように、それにしてはちょっと冗長すぎるのだ。

作品自体の質は相当高いと思えるので、そんな所が気になってしまった次第。
(これから本シリーズを順に読んでいくつもり)


No.819 4点 狙われた男―秋葉京介探偵事務所
西村京太郎
(2013/01/23 22:31登録)
私立探偵・秋葉京介を主人公とした作品集。
西村流ハードボイルドを追求(?)したのであろう作品が並んでいるのだが・・・

①「狙われた男」=汚い商売でのし上がった風俗店経営者が今回の依頼主。脅迫を受け、命を狙われているというのだが・・・事件のからくり自体は非常に単純。
②「危険な男」=街中で知り合い、恋仲になった美女。そして美女が自室で殺害される事件が起こり、秋葉へ救いを求めたのが事件の発端。美女の正体がなかなかつかめないというのがプロットの肝なのだが・・・
③「危険なヌード」=当初は単純な美人局的事件かと思わせたのだが・・・事件は二重構造になっていた、というのが今回の事件。秋葉も危機に陥るのだが、危険が迫れば迫るほど喜びを感じるのが、この男(であるらしい)。
④「危険なダイヤル」=ある女性を殺してくれとの依頼を受ける秋葉。この女性を調べるうちに、ある石油会社を舞台にした利権を巡る陰謀に巻き込まれていく・・・。真の仕掛け人の正体には若干のサプライズあり。
⑤「危険なスポットライト」=二人の女性アイドルとそのバックに控える芸能プロダクション同士の争いが絡む事件。背景自体は実に単純で紋切り型。

以上5編。
作者の作品に登場する私立探偵といえば、左門字進(「消えた巨人軍」などに登場)が有名だが、本作に登場するのは秋葉京介。
恐らく他の作品には出てこないし、そういう意味ではなかなかレアな作品ではある。
ただなぁ・・・、作品の質は相当低いよ。
命の危険をも顧みず、事件の渦中に飛び込む、冷静かつ勇敢な私立探偵・・・なんてオリジナリティがないんだ!

やっぱりシリーズ化されなかったのも頷ける、そんな作品。
(特にこれがよいというのはないなぁ・・・。正直、時間つぶしにしかならない)


No.818 5点 盤面の敵
エラリイ・クイーン
(2013/01/23 22:30登録)
1963年発表の長編作品。
名探偵エラリー・クイーンと真犯人との対決をチェスの対局になぞらえ、華麗な推理ゲームが展開される。

~四つの奇怪な城と庭園からなるヨーク館で発生した残虐な殺人事件・・・。富豪の莫大な遺産の相続権を持つ甥のロバートが、花崗岩のブロックで殺害されたのだ。エラリーは父親から事件の詳細を聞くや、俄然気負い立った。殺人の方法も奇抜ではあるが、以前からヨーク館には犯人からとおぼしき奇妙なカードが送られてきていたのだ。果たして犯人の真の目的は? 狡知に長けた犯人からの挑戦を敢然と受けて立つクイーン父子の活躍!~

この真相はかなり微妙だな。
他の方の書評にもあるが、自身の名作「Yの悲劇」を彷彿させる舞台設定(犯人の署名は「Y」、事件の舞台はヨーク家)、真犯人の筋書き通りに犯行を行う示唆殺人など、本作は実にゲーム性に満ちたプロットになっている。
途中で殺人の実行者が判明しながらも繰り返される殺人事件。そして、真犯人候補が徐々に狭められるなかで、最後の最後にやっと明かされる真犯人の正体。
そう、これが実に微妙なのだ・・・。

確かに、こういうプロットもありだとは思うし、時代性を考慮すれば先見性のあるものなのかもしれない。
ただなぁ・・・これだといろいろともったいぶって書かれた途中の展開が、「必要だったの?」っていう気になってしまう。
例の犯人からの手紙の署名についても、正直よく理解できなかった。
(キリスト教国では意味のある「こと」なのかもしれないが・・・)

まぁ、代作者の手による作品ということであるが、個人的な好みとはやや外れていたという感じは否めない。
作品の雰囲気や遊戯性自体は嫌いじゃないだけに、何か惜しいなぁ。


No.817 6点 トスカの接吻
深水黎一郎
(2013/01/23 22:28登録)
前作「エコールド・パリ殺人事件」に続く芸術探偵シリーズの第二弾。
今回の芸術はズバリ「オペラ」。個人的には全くの門外漢ですが・・・

~歌劇「トスカ」公演の真っ只中。プリマドンナが相手役のバリトン歌手を突き刺したそのナイフは、なぜか本物だった。舞台という「開かれた密室」で起こった前代未聞の殺人事件。罠を仕掛けた犯人の真意は何か? 芸術探偵・瞬一郎と伯父の海埜刑事が完全犯罪の真相を追う。「読者に勧める黄金の本格ミステリー」選出作品~

真犯人には確かに驚かされた。
なる程! 伏線も張ってあるし、動機もまぁ理解できなくはない。
「開かれた密室」については、その惹句ほど魅力的なトリックではないし、第2の殺人で出てくるダイニング・メッセージについても「こりゃ分からんわ!」というレベル(こんな専門知識ないよ!)。
ということで、本格ミステリーとしての骨格は長短入り混じってるという評価が適当だろう。
(文庫版は「読者への挑戦」が追加されるサービス振り!)

でも本作に関しては、オペラの知識がないと面白みが半減するような気がする。
もちろん、本格ミステリーにこういう薀蓄は付き物で、作品を通していろいろな薀蓄に触れることは、個人的は楽しいのだが・・・
ただ、オペラについては知識があまりにもないし、正直、薀蓄部分に本作のかなりのウェイトが置かれている体裁になっているのが、ちょっと読んでて違和感を抱いてしまった次第。

あとは登場人物の作り込みがちょっと甘いのかな・・・
探偵役の瞬一郎にしても、変人として書かれている警部にしても、イマイチ魅力に乏しくて、どうもその辺が読後にスッキリこない理由になっているのだろう。
本格ミステリーの仕掛け自体は面白いだけに、そこが残念でならない。
(オペラって、日本でもそんなに人気なんでしょうか?)


No.816 5点 カブト虫殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2013/01/19 18:14登録)
「グリーン家」「僧正」に続くヴァン・ダインの第5長編。
古代エジプト研究者の自宅兼博物館で起こった殺人事件を名探偵ファイロ・ヴァンスが解き明かす。
大昔にジュブナイル版で読んで以来の再読。

~エジプト博物館内で復讐の神を前にして殺されていた死体は、犯人を指摘するあらゆる証拠を備えていた。しかし、その証拠はあまりにも明確に犯人を指摘しすぎている。我がファイロ・ヴァンスの苦悩はそこから始まる。法律的には正義の鉄槌を下し得ない犯人に対して、エジプト復讐の神は如何なる神罰を用意したのか? 神を信じないヴァンスは如何にして神の手を利用したのか?~

作者がこういうプロットで書きたかった意図は分かる。
そんな読後感。
シリーズ五作目だし、今までと同じベクトルのフーダニットは書きたくなかったんだろうなぁ・・・。その辺に工夫・アイデアがあると言えなくはない。
要は「裏の裏は表だ」ということに尽きる、これがプロットの軸。

ただ、その狙いが十分成功しているとは言い難い。
最初の殺人事件はいいのだが、例えば、その後に起こる殺人未遂事件などは、まぁ一応真犯人の狙いを補完する材料なのだろうが、相当にお粗末ではないか。
ヴァンスは真犯人のことを「恐ろしく頭がよく知恵が回る」人物だと指摘しているが、この程度なら誰でも考えつくレベルだろうし、こういう目くらましに踊らされる警察も相当お粗末ということになる。

ただ、時代性を考えると致し方ないかな。
今までストレート勝負を挑んできた作者が、初めて投げた変化球が本作とでも言えばいいのかもしれない。で、最初から空振りは取れなかった、ということだろう。

作者が「一人の作家が優れた長編作品を生み出せるのは6作が限度」と主張したのは有名だが、次作「ケンネル殺人事件」以降は作品の質が相応にダウンすることになる。でも、初・中期の6作品のうち、本作が一番劣る・・・という感想。


No.815 8点 七つの会議
池井戸潤
(2013/01/19 18:12登録)
作者の新刊は、十八番の連作短編集。
日本を代表するメーカー・ソニックの関連会社・東京建電が本作の舞台。

①「居眠り八角」=東京建電恒例の営業会議。営業部のエース・坂戸課長が熱弁を振るう中、いつものように居眠りするのが部下の八角。八角に対し強硬な態度を続けていた坂戸がパワハラで訴えられたことで、社中に謎と激震が走る。もうひとりの課長・原島の視点を軸に物語はスタートを切った。謎を残して・・・。
②「ねじ六奮戦記」=ねじ製造業を営む中小企業・「ねじ六」。三代目として悩みながら会社経営に奮闘していた逸朗の元に、東京建電・坂戸から無理難題なコストカットが通知される。悲嘆にくれるなか、一筋の光明が訪れるのだが・・・。
③「コトブキ退社」=不倫に破れ、日常の仕事にも飽き飽きした東京建電のOL・優衣。予定もないのに結婚退職すると通知した彼女が、自分を変えるために最後に挑んだのが社内での軽食販売プロジェクト。腰掛けOLが自分の殻を破っていく姿には何だが考えさせられるが・・・。
④「経理屋稼業」=本編の主人公は経理部課長代理の新田。しかも彼は③に登場した優衣の不倫相手。コストアップの原因となっている営業部・原島課長の行動に疑問を抱いた新田は単独調査を始めるのだが・・・。この新田の人となりとか、人当たりはねぇー身につまされる。物語はこの辺から急展開していく。
⑤「社内政治家」=本編の主人公は出世競争に破れ、閑職へ押しやられた男・佐野室長。顧客からのクレームを調査していくうちに、佐野もまた社内の謎、不審に気付き調査を始める。そして起こした行動が内部告発。ただし、これは動機がちょっと不純。まぁ、部下を徹底的に馬鹿にする上司ってどこにもいるものです。
⑥「偽ライオン」=東京建電を牛耳る営業部長・北川。野心を抱き、ライバルを蹴落とし、出世競争を勝ち抜いた北川は、しかし失ったものも多かった。そして、ついに暴かれる社内ぐるみの旧悪。
⑦「御前会議」=親会社からの出向役・村西がついに知ることになった社内の旧悪。それは、親会社の屋台骨をも揺るがしかねない大事件だった。そして開かれる親会社での役員会議。その結果は・・・会社の論理といえばそれまでだが。
⑧「最終議案」=揉み消されるはずだった旧悪がついに露見。それぞれの人生を賭して働いてきた男たちの行く末は実に皮肉なもの。まぁこれが「勧善懲悪」ということかもしれないが・・・

以上8編。
うーん。重いねぇ・・・
最近やや軽め・明るめの作品が続いていただけに、初期の作風に戻ったかのように重厚で考えさせられるストーリーだった。
いつもなら時代劇ばりの勧善懲悪で、勝者と敗者の姿をくっきりと象徴的に浮かび上がらせるのだが、本作の登場人物には明解な勝者は存在しない。「会社の論理」という見えないルールに縛られ、翻弄されていく男たちの姿はよく理解できるだけに切なくなる。
みんな頑張ってるんだけどなぁ・・・。家族のため、生活のため、会社のため、そして自分のため。
でもそれだけではダメなんだろう。
一人の人間として「矜持」を持って、この厳しい時代・世の中を生きかなければならない・・・実に青臭いがそんなことを考えさせられる作品。
サラリーマンにとっては、自身の仕事や人生を振り返るためにも一読してみてはいかがだろうか。


No.814 6点 悪党
薬丸岳
(2013/01/19 18:11登録)
乱歩賞作家・薬丸岳の2009年発表長編作品。
ただ、長編とは言っても、各章に異なったサイドストーリーを配し、連作短編的な味わいもある作品になっている。

~探偵事務所で働いている佐伯修一は、老夫婦から「息子を殺し少年院を出て社会復帰した男を追跡調査してほしい」という依頼を受ける。依頼に後ろ向きだった修一だが、所長の木暮の命令で調査を開始する。実は修一も姉を殺された犯罪被害者遺族だった。その後「犯罪加害者の追跡調査」をいくつも手掛けることに。加害者と被害者遺族に対面する中で、修一は姉を殺した犯人を追うことを決意したのだが・・・衝撃と感動の社会派ミステリー~

こういうテーマは実に作者らしい。
乱歩賞受賞作「天使のナイフ」でも、次作(「闇の底」)・次々作(「虚無」)でも、作者は世間に潜む重いテーマに正面から向き合い、問題点を明らかにするなかで、プロットの中に有機的に取り込んできた。
そして、本作のテーマは「犯罪被害者遺族」。
殺した犯人は短い刑期で社会復帰するのに、決して心が癒されることのない遺族たち・・・。
本作ではそういう遺族が何人も登場する。
そして、その遺族たちの依頼に応え、追跡調査する佐伯修一もまた心に深い深い闇を抱える犯罪被害者遺族なのだ。

これは成長物語であり、若くして非業の死を遂げた姉を思い、他人に愛情を持てなくなった修一の呪縛を解くための再生の物語なのだろう。
今回、「謎解き」という要素は薄いので、そういう手の作品を期待すると肩透かしを食うが、「読み応え」という点ではそれなりの満足は得られるのではないか。

まっ、ただ、個人的には初期3作や「刑事のまなざし」などよりは一段落ちるかなという評価。
オチも今ひとつで予定調和なのがやや残念。


No.813 6点 白光
連城三紀彦
(2013/01/13 01:37登録)
2002年発表の長編作品。
この作品も相変わらずの「連城節」、或いはこれぞ「連城ミステリー」と言うべき作品。

~ごく普通のありきたりな家庭・・・。夫がいて娘がいて、いたって平凡な日常・・・のはずだった。しかし、ある暑い夏の日、まだ幼い姪が自宅で何者かに殺害され庭に埋められてしまう。殺人事件をきっかけに、次々と明らかになっていく家庭の崩壊、衝撃の真実。殺害動機は家族全員に存在していた。真犯人はいったい誰なのか? 連城ミステリーの最高峰がここに!~

これは・・・見事なまでの「連城ミステリー」。
連城にしか書けない、または連城しか書かないミステリーに違いない。
しかし、実に企みに満ちた作品だ。
ミステリーとしては平凡すぎるくらい平凡な殺人事件のはずだったのに・・・最後の一行までもつれにもつれていく展開。
ラストの衝撃はそれ程でもないかなという感想だが、本作が「初連城です」という読者の方なら相当面食らうのではないかと思う。

子供の頃からいがみ合う姉妹を妻とする2組の夫婦、そしてその娘たちと、認知症の父。
殺されるのは次女の娘なのだが、彼女を「殺した」という人物が出てきては消え、「こいつか!」と思ってはするりとかわされていく・・・
事件の謎が深まるほどに明らかになる登場人物たちの悪意とゆがんだ感情。
とにかく、この世界観にはいつの間にかどっぷりと浸からされてしまった。

まぁ、正当なミステリーからはかなり逸脱した作品だし、好みからいえばもう少しミステリー色が濃い作品の方がよい。
ということで、氏の作品としてはあまり評価はしないのだが、まぁこの雰囲気、世界に是非一度は触れてみていただきたい。
(嫌な女だねぇー「幸子」。こういう男女間の心の機微を書かせると天才だね)


No.812 6点 殺し屋
ローレンス・ブロック
(2013/01/13 01:36登録)
「殺し屋ケラー」シリーズの第一弾がコレ。
体裁としては連作短編と呼ぶべきだが、各編が長編の章立てのような味わいにもなっている。
帯の「伊坂幸太郎も夢中になって読んだ」という文句に惹かれて手に取った次第・・・(このミスで対談もしてたしね)。

①「名前はソルジャー」=ターゲットに近づくための方便が「犬」。そしてその名前がなぜか「ソルジャー」・・・。そして、ミッションは静かにそして確実に完了する。
②「ケラー、馬に乗る」=本編の舞台は西部の乾燥地帯の田舎町。「馬に乗る」とは西部劇を意識してのタイトルだろうが、ラストが作者らしく気が効いてる。
③「ケラーの治療法」=なぜか精神科に通院することになるケラー。そして、本編には重要な登場人物(じゃなかった、登場犬)ネルスンが初見参。これもなかなか気が効いてる一編。
④「犬の散歩と鉢植えの世話、引き受けます」=妙なタイトルだが、③の結果自室で飼うことになったネルスンを愛おしむばかりに、犬の散歩役で雇うことになった若い女性がアンドリア・・・。そして、この女性の存在感も徐々に増すことになる。
⑤「ケラーのカルマ」=ネルスンとアンドリアのせいで、冷静でドライな殺し屋だったはずのケラーの心境に徐々に変化が訪れる? しかも、ターゲットを間違うという致命的な間違いが起こってしまう。そして「カルマ」とは?
⑥「ケラー、光輝く鎧を着る」=ケラーのボスに異変!? 不安を抱く連絡役のトッドが自ら受注した仕事にケラーが乗り出すことに。しかしながら、そこには罠が・・・。最後は決めるのが殺し屋の矜持。
⑦「ケラーの選択」=⑥で明らかになったボスの異変。そのために引き起こされた厄介な事態。殺しの依頼を受けたターゲットが、次の依頼者になってしまう・・・。ケラーはどちらの依頼を受けるのか、というのが「選択」の意味。
⑧「ケラーの責任」=これも好編。本編の舞台・テキサス州のあるパーティー会場のプールで一人の少年を救い出すケラー。期せずして「命の恩人」となってしまったケラーを歓待する少年の祖父。この祖父との付き合いが深まるほどに・・・。ラストは余韻を引く。
⑨「ケラーの最後の逃げ場」=何と政府の機密機関より仕事の依頼を受けることになったケラー。ただ、そこにはやはり「裏」があった。裏の事実を知ったケラーの取った行動とは? やっぱりそうなるよな。
⑩「ケラーの引退」=殺し屋を引退したいケラーのたどり着いた趣味は、何と「切手蒐集」だった。しかも、切手蒐集に嵌ってしまうことに・・・。そして、ボスが逝ってしまった後、ケラーの下した決断は・・・

以上10編。
さすがに名手といったところで、各編とも小気味良くまとまった作品ばかりが並んでる。
その分、ちょっとインパクトには欠けるかな、という気がしないでもないが、まずは十分楽しめる作品ではないか。
何といっても、ケラーの造形が秀逸。この辺りは名人芸。
(ベストは③、⑤というところか。後もまずまず。)


No.811 6点 ブレイズメス1990
海堂尊
(2013/01/13 01:35登録)
前作「ブラックペアン1988」の続編的位置付け。
東城大学病院を巡る「桜宮サーガ」に組み込まれる作品。

~この世でただ一人しかできない心臓手術のために、モナコには世界中から患者が集まってくる。天才外科医の名前は天城雪彦。カジノの賭け金を治療費として取り立てる放埒な天城を日本に連れ帰るよう、佐伯教授は新人医師・世良に極秘のミッションを言い渡す。「ブラックペアん1988」の興奮とスケールを凌ぐ超大作~

このキャラスゴイわ。
その名も天城雪彦。まるでブラックジャック・・・
前作からの主役&視点人物である世良を中心に、東城医大佐伯教室のキラ星のような登場人物たちが絡み合い蠢き合う。
前作では世良に強い影響を与え、現在(「チームバチスタ」以降)の病院長である高階すら影を薄くさせるほどの巨星・天城。

何はともあれ、本作の山は「公開手術」の場面だろう。
天城がその神業を公衆の面前で見せつけるシーン。医療ミステリーは数あれど、これ程劇的でかっこいい場面にはそうそうお目にかかれない。
そして、判明する天城の深謀遠慮。
これはもちろん、1990年時点から見た将来の医学会へのチャレンジなのだろうが、一人の男の矜持、想い、人生そのものなのだろうと思った。

海堂作品では、別作品の登場人物があちこちに登場したりという仕掛けが楽しいのだが、本作では何といっても「桐生」。
(もちろん、「チームバチスタ」のあの人です)
まぁいずれにしても作者の才能はスゴイ。この世界観にはただただ感心。
ミステリー色はほぼないが、医療エンタメ作品としては十分。ただ、個人的には前作の方が好きかな。


No.810 8点 とむらい機関車
大阪圭吉
(2013/01/06 16:39登録)
生誕百年を記念して東京創元社より復刊された作品集。
戦争による若くしての死去が何とも惜しい! そんな佳作が並ぶ。

①「とむらい機関車」=轢死事故を繰り返すある機関車。しかし、調査すると轢いたのは人間ではなく、なぜか「豚」だった・・・というのが本作の謎。このフワイダニットは切なさすら感じさせる。
②「デパートの絞刑吏」=作者の実質の処女作品がこれ。で、これが実に小気味いい。同じく本作でデビューした名探偵役の青山喬介の推理はまさにシャーロック・ホームズばり。現場に残された物証や関係者の証言から的確に真犯人を演繹していく。
③「カンカン虫殺人事件」=本作の現場である造船所の殺人現場から、青山喬介が導き出したのは別の奸計なのだが、本編での青山の推理は神懸かり的。因みに「カンカン虫」とは造船所の作業員のことを指す。
④「白鮫号の殺人事件」=被害者はヨット「白鮫号」の船長。本編も③と同ベクトルの作品で、つまりは一つの殺人事件からその裏側にある「見えざる犯罪」を暴き出す・・・そんなプロット。本編では、真犯人たる人物の体重を割り出すという、青山の科学的捜査も披露されるのだが・・・。船長が残したダイニングメッセージも気が効いてる。
⑤「気狂い機関車」=本編、青山があまりにもスピーデイーに推理を進めるため、事件の内容すらよく腹入れできないまま読み進めてしまったのだが、本編もホワイダニットが印象深い作品。こういう「動機」で殺人を起こすか?という疑問は残るが・・・
⑥「石塀幽霊」=推理クイズレベルと言えなくもないが、プロットは実に短編っぽくって好き。ただ、このトリックはそもそも真犯人が意図したものなのだろうか、という点と科学的に正しいのか、という点は気になる。
⑦「あやつり裁判」=これは実に面白い。同種のプロットはどこかで接したことがあるように思うが、ミステリーの楽しさというものを体現したような作品だと思う。リアリテイの問題はあるが、事件の「謎」そのものを「ずらす」技法に作者がいかに長けていたのかが分かる。
⑧「雪解」=倒叙形式で書かれた作品。プロットそのものはよくある手だが、自身の欲望のため徐々に狂っていく主人公の描写が作者の筆力を窺わせる。
⑨「坑鬼」=名作との誉れ高い作品だが、その冠に偽りなし。このプロットはスゴイ。戦前の海底炭鉱という特殊な舞台設定が色を添えているほか、フーダニット・ハウダニット・ホワイダニットの三つを包含した謎の設定、ラストにそれら全てが一気に解き明かされていくカタルシス・・・。まさに短編のお手本とでもいうべき水準だろう。

以上9編に加えて、作者のエッセイが全部で10編収録というおまけ付き。
やはりと言うか、作者の作品は初読なのだが、そのクオリテイにはビックリさせられた。
巻末の巽氏の解説がなかなか面白いので、詳しくはそちらを読まれるとよいと思うが、同世代の乱歩がロジックやトリックという、ミステリーの骨格だけでなく、猟奇や耽美といったストーリーの「風合い」とでもいうべきものに拘ったのとは違い、作者の作品は「謎」の面白さに真正面から取り組んだという感が強い。
②から⑥までは青山喬介登場作品。まさにホームズ譚を意識した構成で目立つが、個人的にはそれ以外の作品の方が印象に残った。
特に⑨は別格で⑦も素晴らしい。
当然評価すべき作品だろうと思う。
(エッセイのなかでは、「お玉杓子の話」が作者のミステリー感が出てて興味深い。)


No.809 5点 ハイヒールの死
クリスチアナ・ブランド
(2013/01/06 16:35登録)
A.クリステイ、D.セイヤーズと並び称される英国女流本格作家、クリスチアナ・ブランド。
1941年に発表された処女長編が本作。

~新しい支店を誰が任されるか、ロンドンの老舗衣裳店・クリストフではその噂で持ちきりだ。筆頭候補は仕入部主任で才色兼備のドウーンだが、実際に選ばれたのはオーナーの美人秘書・グレゴリイ。店員間では冗談交じりに秘書毒殺計画が囁かれたが、その直後、ミス・ドウーンが毒殺されてしまう。この事件の担当となったのは美女に滅法弱いハンサムなチャールズワース警部。冷酷な毒殺犯は美女ぞろいのブテイック内にいるのか? 女流本格の第一人者の記念すべきデビュー作~

どうもちぐはくな作品のように思えた。
C.ブランドといえば、ガチガチの本格という印象があったのだが、本作は何だがユーモア・ミステリー(表現が古い?)のように実に軽い味わい。
紹介文のとおり、本作の特徴は、舞台が美女&変わった男が揃ったロンドンの老舗ブテイックということで、トリックやロジックにフォーカスを当てるというよりは、登場人物の造形の方に注力されているという点。
まぁそれ自体はいいのだが、風変わりな人物として描かれているセシルのくだりなど、あまり本筋と関係のないところに多くのページが割かれていて、正直冗長だし全体的にダラッとした読後感を与えている。
ラストに明らかになる動機も、最初からあからさまに出過ぎていて「今さら?!」としか思えなかった。

さすがに処女作品だし、多くを望むのは酷ということかもしれない。
舞台設定などはプロット次第で十分面白いものになったように思えるので、その分消化不良感が強くなっているのだろう。
女性同士の会話や腹の探り合いなどは、さすがに女流作家らしい細やかさや丁寧さを感じられた。
探偵役がコックリル警部ではなく、チャールズワースというのも、本作の舞台設定上からはフィットしている。
ただ、あまり高評価はできないかな。
(半世紀以上前の作品とは思えない現代的な雰囲気。さすが、ロンドンは違うねぇー)

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