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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1859件

プロフィール| 書評

No.859 5点 線の波紋
長岡弘樹
(2013/04/14 21:24登録)
日本推理作家協会賞短編部門を制した「傍聞き」がスマッシュヒットした作者。
本作は連作短編というべきか、連作短編仕立ての長編というべきか・・・

①「談合」=ひとり娘が誘拐された役所勤務の中年女性が主人公。夫までもが心労で倒れる中、公共工事発注の仕事に忙殺されるが、そんなときある工事入札に絡んで談合の噂が入る・・・。そして、ラストにはついに娘が・・・。
②「追悼」=先輩社員と共謀して会社の金を横領している若手社員が主人公。親友の財務担当者が横領に気付いた矢先、その親友が何者かに殺害されてしまう。その親友は①の誘拐事件を独自に調査していたというのだが・・・
③「波紋」=①の誘拐事件を追う女刑事・渡亜矢子が主人公。先輩刑事とともに、退職した伝説的な刑事に助言を請いに彼の職場に向かう。その職場で亜矢子が知り合った母と息子が事件の渦中に・・・
④「再現」=①の誘拐事件と②の殺人事件がつながり、逮捕された真犯人。本編は真犯人視点で物語が展開されるが・・・ここでサプライスが待ち受けていた。

以上4部構成。
ちょっと「狙いすぎ」かな、という読後感。
連作形式は個人的に好きだし、こういう手のプロットは嵌まると面白いとは思う。
けど、本作は形式への拘りが強すぎて、ミステリーとしての本筋がやや薄っぺらいのだ。
誘拐にしろ、殺人にしろ、それ自体には謎は用意されてないので、読者としてはただ読み進めていくしかない。
“真の”真犯人のキャラクターもどうかなぁ・・・
(こんな奴を好きになる女性の気持ちは全く分からん!)

ということで、それほど評価はしない。
「もう少しプロットを練り込めば」っていう気はするので惜しい作品ではあるかも。
(いろんな作家の作風が混じってて、ちょっとオリジナリティに欠けるように思えるのも気になる・・・)


No.858 8点 ナイトホークス
マイクル・コナリー
(2013/04/11 23:01登録)
1992年発表。ハリウッド署ハリー・ボッシュ刑事を主人公とするシリーズ第一作。
凄腕だが一匹狼を好む“孤高のヒーロー”は、やはりハードボイルドによく似合う。

~ブラック・エコー。地下に張り巡らされるトンネルの暗闇のなか、湿った空虚さのなかにこだまする自分の息を兵士たちはこう呼んだ・・・。パイプのなかで死体は発見された。かつての戦友メドーズ。未だヴェトナム戦争の悪夢に悩まされ、眠れる夜を過ごす刑事ボッシュにとっては、20年前の悪夢が蘇る。事故死の処理に割り切れなさを感じ、捜査を強行したボッシュ。だが、意外にもFBIが介入。メドーズは未解決の銀行強盗事件の有力容疑者だった。孤独でタフな刑事の孤立無援の捜査と、哀しく意外な真相をクールに描く長編ハードボイルド~

さすがに読み応え十分。
J.ディーヴァーのリンカーン・ライムシリーズと並び称される人気シリーズだけのことはあるだろう。
作者のM.コナリーはジャーナリズム出身者らしく、熱い男の物語を描きながらも、クール&ドライな筆致でストーリーを進めていく。
主役であるハリー・ボッシュは、ヴェトナム戦争でのつらい記憶に悩まされ、警察組織のなかで異分子的扱いを受けながらも、刑事としての己の矜持を貫こうとする・・・まさにハードボイルド・ヒーローの典型だ。

プロットとしてはそれほどのオリジナリティはなく、まぁ「よくある手」とは言える。
ある殺人事件から端を発した謎が、ヴェトナム戦争を源流に持つ「裏側の巨悪」につながっていく。ハリウッド署、ロス市警、FBIが絡み合いながら、意外な終盤そしてドンデン返しのラストになだれ込む・・・のだ。
特に、黒幕の意外性については、正直なところ予定調和というレベルかもしれない。
ただ、この予定調和はミステリー的なサプライズ感を狙ったというよりは、ある登場人物の哀しみに深みを持たせるためのプロットなのだろう。
(「こうじゃないかと思うけど、こうあって欲しくない」と思いつつ読んでいたが、「やっぱりそうだったのか・・・」という感じ)

ということで、長所短所はあるが、シリーズ一作目としては十分な出来だと思う。
ハリウッドのど真ん中を舞台にした派手な銃撃戦など、よくも悪くも一昔前のハリウッド映画を想起させる展開だし、まさに“This is アメリカン・ハードボイルド”っていう奴だろう。
(たまたま組んだパートナーが美女って展開・・・現実ではなかなかないよなぁ・・・)


No.857 7点 マドンナ・ヴェルデ
海堂尊
(2013/04/11 23:00登録)
映画化もされた「ジーン・ワルツ」が『表』の作品なら、本作は『裏』の作品という位置付け。
“クール・ウィッチ”の異名を持つ美人産婦人科医・曾根崎理恵と、その母親・山咲みどりの二人が織り成す狂想曲。

~美貌の産婦人科医・曾根崎理恵。人呼んで冷徹な魔女(クール・ウィッチ)。彼女は母に問う。「ママ、私の子供を産んでくれない?」 日本では許されぬ代理出産に悩む、母・山咲みどり。これは誰の子供か。私が産むのは子か孫か? やがて明らかになる魔女の嘘は、母娘の関係を変化させる・・・。「ジーン・ワルツ」では語られなかったもうひとつの物語。新世紀のメディカル・エンターテイメント作品~

とにかく感心させられる。
海堂氏の作家としての資質、懐の深さにはとにかく脱帽だ。
もちろん、本作はミステリーとしての要素は皆無に近いし、あまりに作品が量産されすぎてることで毛嫌いされる向きもあるだろう。
でも、「桜宮サーガ」というか、この「世界観」の広がりは尋常ではない・・・と思う。

前作「ジーン・ワルツ」は、海堂作品にややげんなりしていた気持ちを、もう一度向かわせた作品なのだが、本作は何と「ジーン・ワルツ」の片割れとも言える作品。
本作で産まれる理恵(みどり?)の子供も双子なのだが、作品自体もまさに『双子』というべきなのだろう。
「ジーン・ワルツ」でも登場した、清川医師やマリアクリニックの老医院長、そして何より、時を同じくして赤ちゃんを授かることになる妊婦たち・・・相変わらずキャラは見事なまでに立っている。

本作一番のシーンは、終盤の母娘の対決シーン。
冷徹なクール・ウィッチが、のんびり屋でちょっと鈍臭いみどりの策略に敗れる場面・・・
結果的には、これが二人の母娘と「双子」に劇的な変化をもたらすのだ。

「代理母」や「産婦人科医不足」は医療関連ではポピュラーなテーマだろうが、ここでも学会などの権威に対する作者の姿勢が伺える。
何だが、ミステリーの書評っぽくないが、とにかく個人的には面白く読ませていただいた。
続編も構想中とのことなので、期待してます。


No.856 4点 青空の卵
坂木司
(2013/04/11 22:58登録)
「ひきこもり」のプログラマーで探偵役の鳥井と、彼の親友でワトスン役の坂木司のコンビが登場するシリーズ第一弾。
性別不明の覆面作家・坂木司のデビュー作品。

①「夏の終わりの三重奏」=その後シリーズレギュラーとなる巣田が登場。男性を狙う女性ストーカー事件が頻発するなか、巣田も巻き込んで事件は複雑化する・・・。でも・・・なんか現実感がない。
②「秋の足音」=坂木が駅で見かけた全盲の美青年・塚田。彼は謎の二人の男女に後を付けられているというのだが・・・。事件の構図が明らかになった後、更に逆説的な真相が分かる。
③「冬の贈りもの」=②で登場した歌舞伎役者・安藤。安藤の熱狂的ファンから届く数々の贈り物が今回の謎。「なぜこんなものを贈ったのか?」ということなのだが、謎はやがてひと組の夫婦の微妙な関係へ発展する・・・
④「春の子供」=坂木が街角で出会った謎の少年・・・。不憫に思った坂木は、彼を鳥井の部屋へ連れて行く。彼の素性についてが今回の謎の本題なのだが、不和だった鳥井と父親との関係にも変化が訪れる。
⑤「初夏のひよこ」=ボーナストラック。

以上4編+α。
最近書店でよく平積みになっている作者の作品だから、とにかく一度手に取ってみたのが本作。
でも、どうなんだろう?
本シリーズの特徴は、やはり鳥井と坂木との「異常な関係」だろう。
とにかく男性どうしとは思えないほどの「ベタベタ振り」・・・。ちょっとっていうか、かなり気持ち悪いのは否めない。
二人以外の登場人物たちもあまりにも「いい人」すぎて、なんだか現実味がないように感じるのだが、私が変なのだろうか。
言葉は悪いが、何か「超油っぽい料理」を食べた後のような読後感・・・。

ミステリーとしてはどうかって?
まぁ、普通の「日常の謎」ミステリーってところです。
シリーズは全三作なのだが、読もうか読むまいか・・・迷うなぁ。
(ベストはやはり④かな・・・)


No.855 6点 鏡の中は日曜日
殊能将之
(2013/04/05 15:43登録)
2001年に発表された作者の第四長編。
シリーズ探偵である石動戯作の探偵譚だが、謎の名(?)探偵・水城優臣がストーリーを彩る異色&ある意味“実に作者らしい”作品。
ノベルズ刊行時に読了していたので、10何年か振りに再読。

~梵貝荘(ぼんばいそう)と呼ばれる法螺貝様の異形の館。フランス文学の異端児・マラルメを研究する館の当主・瑞門龍司郎が主催する「火曜会」の夜、奇妙な殺人事件が発生する。事件は、名探偵の活躍により解決するが、十数年を経た後、再調査の依頼が現代の名探偵・石動戯作に持ち込まれる。時間を超え交錯する謎また謎。まさに完璧な(?)本格ミステリー~

殊能将之が「館もの」を書くとこんなふうになるんだなぁー、っていう感想。
巻末の「参考文献」として、綾辻氏の「館シリーズ」諸作が堂々と掲げられているなど、本作は「館シリーズ」プラス、氏の代表作「ハサミ男」と表現するのがしっくりくる。
大きく三章に分かれる筋立て。謎の第一章を過ぎると、ようやく本筋の殺人事件が現れる。
過去と現代のパートがそれぞれの視点人物によって交互に語られる第二章に作者の企みがタップリと詰め込まれている。
(この辺は、まさにこの頃の「新本格」という味わいで、鼻に付く人には鼻に付くんだろうなぁ・・・)

そして、タネあかしとも言うべき第三章で、超弩級の「叙述トリック」が炸裂する・・・
って、多くのミステリーファンなら「今さらこのネタ!」って思うに違いない。
なにせ、「作者といえば」という例のネタなのだから・・・
確かにこれは賛否両論になるというのはよく分かる。

でも、まぁ個人的にはそれほど悪い気はしなかった・・・
(これは、作者の作品を久し振りに読んだという理由が大きいのだろうけど)
他の方の書評を見てると、かなり極端な評価になっているようだが、ミステリーの「遊戯性」にフォーカスを当てるのなら、まずまず面白いのではないか、というのが正直な評価。
ただ、やっぱり二番煎じという指摘には首肯せざるを得ないだろうし、あまり高評価は無理かな。

ところで、先ごろ殊能氏死去のニュースをネットで見かけ、返す返すも残念な気がしてならない。
本名も死因も公表されないというのが、覆面作家として活動していた作者らしいが、著作が途絶えていたのはやっぱり健康面の問題だったということかなぁ。
合掌。


No.854 3点 夕暮れをすぎて
スティーヴン・キング
(2013/04/05 15:39登録)
“King of ホラー”の異名を持つ稀代のストーリーテラー、スティーブン・キングの作品集。
数多くの代表作がある作者だが、作者の作品に対してはまったく予備知識がないため、とりあえず短編集あたりで「小手調べ」と思い付き、某書店にて手にしたのが本作というわけなのだが・・・

①「ウィラ」=とあるアメリカの田舎町。寂れた駅や場末のキャバレーに集まる人々たち、そして主人公のカップル・・・。何だかふわふわした文章&描写だなぁと思っていたが、「やっぱりこういうオチか!」という展開に。
②「ジンジャーブレッド・ガール」=巻末解説の風間氏も書かれているが、これが本作の白眉だろう。幼い娘を亡くし、悪夢を忘れるため『走ること』に目覚めた主人公。主人公がひとりで訪れたある島で、とんでもない事件に巻き込まれる・・・。“サイコ”というほどの異様さではないが、さすがに読者をドキドキさせる手口は見事だ。
③「ハーヴィーの夢」=これは????・・・。要は夢の話ということ。
④「パーキングエリア」=????パートⅡ。で、結局どういうこと?
⑤「エアロバイク」=要するに太った男がエアロバイクに跨りながら、徐々に減量や健康体に目覚めていく・・・という話なのか? 例え話が多いので分かりにくい。
⑥「彼らが残したもの」=やはりアメリカ人にとっては「9.11」というのは特別な意味があるということなのだろう。
⑦「卒業の午後」=ショート・ショートというべき分量。

以上7編。
本作は、文藝春秋社が作品集「Just after Sunset」(全13編)を二分冊にした前半部分。
最初に書いたとおり、本作が「初キング」だったわけだが、正直、選択を誤ったようです。
②以外は読んでもピンとこない作品ばかりというのが偽らざる感想。
作者に対する世間的な評価を勘案すれば、私の理解力が不足しているということなのかもしれないが、でもねぇ・・・個人的な嗜好とは大きく離れてしまっているのだから仕方がない。

やっぱり、有名作&長編からスタートしておけばよかったなぁ・・・。


No.853 6点 神のロジック 人間のマジック
西澤保彦
(2013/04/05 15:36登録)
2003年発表、作者32作目の作品(とのこと)。
作者得意の「特殊設定」下で起こる事件に加え、大掛かりな叙述トリックまでもが炸裂する・・・

~「ここはどこ?」「何のために?」 世界中から集められ、謎の『学校』で奇妙な犯人当てクイズを課される『ぼくら』・・・。やがてひとりの新入生が『学校』に潜む“邪悪なモノ”を目覚めさせたとき、共同体を悲劇が襲う・・・。驚愕の結末と周到な伏線とに、読後、感嘆の吐息を漏らさない者はいないだろう傑作ミステリー~

これは・・・作者の「狙い」がバッチリ嵌った作品。
はっきり言って、後半までは何やら訳の分からない特殊設定に付き合わされ、事件らしい事件も起こらず、「いったい何が狙いなのか?」という疑問を抱きながら読み進めていた。
潮目が変わったのは、紹介文のとおり、新入生の登場。それ以降、短い間に連続殺人事件やら放火がつぎつぎと発生し、怒涛の如く終盤に突入する。

そしてⅨ章の中途当たりで炸裂するのが、本作全体に仕掛けられた大掛かりな叙述トリック。
なるほど・・・これがやりたかったのか! って感じ。
でも、これって・・・他の方の書評でも触れられているとおり、当然○野氏の代表作「○○○・・・」との「被り」が気になる。
後者の発表の方が若干早かったし、世評では劣っている感は拭えないが、個人的には本作も負けず劣らずではないかと思う。
こういう特殊設定はもともと作者の十八番だし、他作家がやるならともかく、伏線の張り方も「らしさ」があって良い。
(ただ、いくらコントロールされているとはいえ、本人がソレを理解しないという設定はちょっと違和感はあるが)
敢えていうなら、こういう「動機」がどうかということになるのだが、まぁ特殊設定ですから・・・

ということで、個人的には評価したい作品。
作者にはこういうひねくれた設定やプロットがやっぱり似合うね。


No.852 5点 初秋
ロバート・B・パーカー
(2013/04/01 00:02登録)
1981年発表。
ボストンを舞台とした私立探偵スペンサーシリーズの代表作という位置付けが本作。

~離婚した夫が連れ去った息子を取り戻して欲しい・・・スペンサーにとっては簡単な仕事だった。だが、問題の少年ポールは対立する両親の間で駆け引きの材料に使われ、固く心を閉ざし何事にも関心を示そうとしなかった。スペンサーは決心する。ポールを自立させるためには、一からすべてを学ばせるしかない。ボクシング、大工仕事・・・などなど。スペンサー流のトレーニングが始まる。ハードボイルドの心を新たな局面で感動的に描く傑作~

確かにこれはいわゆるハードボイルドではない。
本作でスペンサーが立ち向かうのは巨悪や悲劇ではなく、固く心を閉ざしたままの少年の心なのだから・・・
途中、銃撃されたりというそれっぽい場面もあるにはあるが、あくまでも添え物的な扱いに過ぎない。
ということで、ハードボイルド好きにとっては、やはりちょっと物足りないというように映るのではないかと思う。

大工仕事やボクシングを通じて、ダメな少年を成長させていくというと・・・
個人的には、往年の映画「ベストキッド」を何となく思い出してしまった。
(最近ジャッキーチェンがリメイクした奴じゃなくて、最初に公開された妙な「空手」の奴ね)

スペンサーの尽力でついに「自我」を取り戻し、将来の「夢」を得た少年ポールの姿には心を打たれたが、ちょっと平板な感じは拭えないかな。
短めの作品だし、読んで損のない作品なのだとは思うが・・・
因みに、ポールが夢だったダンサーとなって登場する続編「晩秋」は手に取ってみるとしようか。
(日本でもアメリカでも、自分勝手な親ほどタチの悪いものはない・・・ってこと?)


No.851 7点 光媒の花
道尾秀介
(2013/04/01 00:00登録)
2007~2009年の間で「小説すばる」誌に順次発表された作品をつなぐ連作短編集。
第23回山本周五郎賞受賞作。

①「隠れ鬼」=ある印章店を舞台とした一話。父親に自殺され、年老いた母親と二人で暮らす主人公の中年男。昔、何度も訪れた別荘で知り合った美貌の女性は父親と関係があった。そして、その女性が殺された事件を思い起こす主人公は・・・?
②「虫送り」=①とは一転し、ある幼い兄妹を軸に展開されるのが本編。ある日、虫取りのために訪れた河原でホームレスの男と遭遇した二人に悲劇が・・・。幼女が出てくるとこんな展開になる場合がよくあるよなぁ。
③「冬の蝶」=②に登場したもう一人のホームレスの男が本編の主役。中学生時代、不幸な家庭で育つ同級生の女生徒との甘酸っぱい関係と、不幸な故に起こる悲しい事件・・・。よくある手かもしれないが、胸を打つ何かは感じる作品だろう。
④「春の蝶」=冬の次は「春」。本編は③で登場した不幸な女生徒が成長した姿で登場。アパートの隣人である老人と孫娘。そして、この孫娘は耳が聞こえなかった・・・。
⑤「風媒花」=若くして父を亡くし、母と姉との三人でひっそりと暮らす男・亮が主役。病気で入院した姉と父親が死んで以降不仲になった母・・・。そんななか、姉の病状が徐々に悪化して・・・。
⑥「遠い光」=⑤で登場した姉が主人公。小学校で初の受け持ちをもった教師の主人公が一人の問題児との関係の中で成長していくというのが本編の筋なのだが・・・。「遠い光」というのはなかなか深いね。

以上6編。
もはや「さすが」という気がする。
とにかく「うまい」。それぞれの編で、視点人物となる主人公を次々と入れ替えながらも、共通した作品世界を有する作品たち。
確かにミステリーとしては「どうなのか?」という気がしないでもないが、そういうレベルを超越した面白さ、深さを感じた作品だった。

心のどこかに傷や影を持った登場人物たちと、彼ら(彼女ら)を包み込むように小説を紡ぎ出す作者・・・。
読み終わったあと、しばらく感慨に耽ってしまった。
(特に③→④がいいね)


No.850 7点 火車
宮部みゆき
(2013/03/31 23:59登録)
850冊目の書評となる本作。
1992年発表、数ある作者の名作の中でも最高傑作と評されることも多い作品。
山本周五郎賞受賞作であり、各種ミステリーランキングでは必ず上位に押される逸品。

~休職中の刑事・本間俊介は遠縁の青年に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して・・・。なぜ彰子はそこまでして自分の存在を消さねばならなかったのか? いったい彼女は何者なのか? 謎を解く鍵はカード社会の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。山本周五郎賞に輝いたミステリー史上に残る傑作~

社会派ミステリーとしてはさすがの出来栄え。
現代社会の病巣とも言えるカード・借金を背景とした事件に巻き込まれる休職中の刑事、事件を追い掛けるうちに浮かび上がるひとりの悲しい女性、そしてその女性をめぐる凄惨な不幸の連鎖・・・
まさに「社会派」として踏まえるべき体裁をすべて完璧に備えている・・・そんな感じ。
確かにちょっと「長いかな」という読後感にはなったが、それも作者の作品の特徴だし、刑事と犯人という主役級の二人だけでなく、息子の智や家政夫、女性の友人たちなど様々な登場人物の造形まで拘った結果なのだろう。

今の社会情勢からすると、本作で描かれているカード破産とか、サラ金地獄などの要素はちょっと古臭い感は拭えないが、社会の荒波に翻弄される人間の姿を浮かび上がらせる設定としては適切なセレクトだと思う。
本作でスポットが当てられる「彰子」と「○○(一応秘密)」の二人の女性・・・読んでてホントに切なくなってくる。
今でこそ自己破産や民事再生など法的救済策もメジャーになり、社会的な理解も深まったが、作中でも触れられているとおり、日本ではこういった金融教育があまり行われていないことが問題なのだろう(これは学校だけでなく、家庭でも教えないことが更に問題なのだが・・・)。
そういう面では20年前からそれほど進歩してないのかもしれない。

評価は迷うが、やっぱり根本的に作者の作品って評判ほどワクワクしないというか、ウマイけど個人的な好みからは外れてる。
まぁでも、非常によくできた作品なのは間違いないでしょう。
(ラストの一行が印象的なのは世評どおり)


No.849 5点 サイモン・アークの事件簿〈Ⅱ〉
エドワード・D・ホック
(2013/03/24 19:56登録)
何と2千年の時を超えて生きる「オカルト探偵」サイモン・アークが主人公の作品集。
新旧取り揃えた作品集の第二弾が本作。

①「過去のない男」=舞台はメイン州の片田舎。でも、このトリックって・・・今どき推理クイズでも取り上げないようなレベルだと思うのだが・・・。
②「真鍮の街」=これが本作の白眉であろう中編。大企業が牛耳る街ベイン・シティで発生した殺人と、大学で進められる遺伝学の研究に隠された秘密の二つが本作の謎。力作だけあって、なかなか読ませるプロットなのは確か。ただ、惜しむらくは、殺人事件のトリックが非常に矮小なのと、大学での研究が特段本筋とつながっていなかったこと・・・って、それじゃ駄作じゃないのか?
③「宇宙からの復讐者」=ロシアで、アメリカで、宇宙飛行士が殺害される事件が発生する! 米・ヒューストンへ向かったサイモン・アークと私だが、殺人事件のからくり自体はちょっと陳腐かな。
④「マラバールの禿鷲」=舞台はインド・ボンベイ。「鳥葬」を行うための塔で起こった殺人事件が本編の謎。鳥葬などという特異で禍々しいプロットを用意しているが、真相は実にミステリーっぽいトリック&プロット。そして動機。
⑤「百羽の鳥を飼う家」=本編の舞台はロンドン。そして、タイトルどおり「鳥だらけの家」で起こる殺人事件に出くわすことになる。登場人物の限られた短編らしく、犯人に意外性はないし、「白い粉」が出てきた段階で大凡の察しがついてしまうのが難。
⑥「吸血鬼に向かない血」=今回は何とアフリカの東側に浮かぶ島・マダカスカルが舞台となる。タイトルどおり、「血液」が謎になるのだが、サイモン・アークが語る真相を読んでもピンとこないんだけど・・・
⑦「墓場荒らしの悪鬼」=自分の先祖が眠る墓を暴こうとする男の謎・・・本編はなかなかロジックが効いていてなかなかの面白さ。作者の“腕”を感じる。
⑧「死を招く喇叭」=死体があっという間に老衰してしまう! というと魅力的な謎のように見えるが、うーん、どうかなぁ・・・

以上8編。
あまり評価できないなぁ・・・
これまで、「サイモン・アーク」よりは同じ創元文庫の「サム・ホーソーン」シリーズを中心に読んできたけど、はっきりいって後者の方が数段面白いし、作者の力量がよく出ていると思う。
本作も、前半に提示される「謎」自体は魅力的なのだが、それがどうも全体のストーリーやプロットと噛み合っていないように感じてしまう。

特に、本作は「寄せ集め」感が強いので、なおさらそう思ってしまうのかも・・・
(中ではやはり②が抜けているだろう。後は⑦がよい)


No.848 5点 三幕の殺意
中町信
(2013/03/24 19:54登録)
東京創元社より2008年に発表された作品で、実質的に作者の遺作となったのが本作。
本作発表の背景は、戸川安宣氏の巻末解説に詳しく書かれているが、本作は昭和43年に雑誌「推理ストーリー」で発表された中編「湖畔に死す」を長編へ改稿したもの。

~その山小屋は尾瀬の名峰、燧ヶ岳が目の前に聳え立つ尾瀬沼の湖畔にあった。昭和40年の厳しい雪の訪れを控えた12月初旬の吹雪の晩、山小屋の離れに住む日田原聖太が頭を殴打されて殺された。山小屋にはそれぞれトラブルから日田原に殺意を抱く複数の男女が宿泊していた。犯人は一体誰なのか。口々に自分のアリバイを主張する宿泊者たち。容疑者の一人でもある刑事の津村を中心に各々のアリバイを検証していく。最後の三行に潜む衝撃とは?~

「遺作」と呼ぶにはちょっと寂しい・・・という感じにさせられた。
本作は、三幕に分かれ、各章(幕)で事件関係者たちによる複数視点でストーリーが進行していくという体裁。
実名の関係者に混じって、「謎の男」などという“いかにも”というような視点も登場し、読者としては期待させられるのだが・・・
これがあまり「効いてない」。

本作のメインテーマは「アリバイトリック」ということになるのだろうが、正直、これは長編で引っ張るほどのインパクトには欠ける。
ひとことで言うなら、「電話を使った子供騙しのトリック」というレベルなのだ。
かといって、作者らしい叙述系のトリックもない。
ということで、長編への改稿に当たり捻り出されたのがエピローグの章であり、紹介文にあるとおり「最後の三行」での企みということになるのだろう。
確かにこの「最後の三行」は気が効いてるし、これがあることで一応本作が「締まった」形で収まっている。
そこが唯一の評価ポイントかな。

中編→長編というのは乱歩や正史、鮎川哲也の得意技だが、それ程簡単な技ではないのだろう。
本作は本来は短、中編でこそというプロット。


No.847 5点 フェイク
楡周平
(2013/03/24 19:53登録)
2004年発表のノンシリーズ長編。
「fake=騙す」というタイトルが表すとおり、「コンゲーム」をテーマとする作品。

~岩崎陽一は、銀座の高級クラブ「クイーン」の新米ボーイ。昼夜逆転の長時間労働で月給わずか15万円。生活はとにかくきつい。そのうえ素人童貞とは誰にも言えない。ライバル店から移籍してきた摩耶ママは同年代で年収1億円といわれる。破格の条件で彼女の運転手を務めることになったのはラッキーだったが、妙な仕事まで依頼されてしまうのだが・・・。情けない青春に終止符を打つ、起死回生の一撃は炸裂するのか? 抱腹絶倒の傑作コン・ゲーム~

ちょっと安易というか、安直かなぁ。
というのがトータルでの感想。
コン・ゲームとしての要素や展開というべきものは踏襲しているし、それなりには面白い。
ただ、「深み」が足りないというか、これでは「普通」の面白さというレベルだろう。

「普通」に終わってしまった理由は、「騙される側」の人物があまりにも簡単に騙されてしまうせいかもしれない。
主人公とその仲間たちが起死回生の策を弄するわけだが、読者としてはそんなに簡単に成功して欲しくないわけですよ。
それなりのトライ&エラーを経て、大ピンチに陥った後に、一発大逆転のラストがあってこそ、カタルシスを味わえる・・・
それこそがコン・ゲームの醍醐味だと思うのだが、本作はこの辺りがいかにも弱い。
要は「予定調和」ということなのだ。

「夜の銀座のルール」や「競輪」の薀蓄なんかは個人的にツボだし、主人公たちが大金をせしめる方法にもオリジナリティがあるところが救い。
そういう意味では、もう少しプロットを練れたのではと感じるのだが・・・
(確かに、ワインの中身をすり替えても絶対分からないだろうなぁー。あと、結局、○病はどうなったのか?)


No.846 7点 贖罪
湊かなえ
(2013/03/19 23:59登録)
「告白」、「少女」に続く3作目が本作。
主な事件関係者である5人がそれぞれの視点で語る、という連作形式の作品。
~15年前、静かな田舎町で一人の女児が殺害された。直前まで一緒に遊んでいた四人の女の子は、犯人と思われる男と言葉を交わしていたものの、なぜか顔が思い出せず、事件は迷宮入りとなる。娘を喪った母親は彼女たちに言った・・・『あなたたちを絶対に許さない必ず犯人を見つけなさい・・・』 十字架を背負わされたまま成長した四人に降りかかる悲劇の連鎖とは?~

①「フランス人形」=「紗英」の章。四人の中で一番おとなしい少女だった紗英は、事件を機に大人の体になれなくなってしまう・・・。そして、結婚した男性の正体は実は・・・。そして起こる悲劇! 
②「PTA臨時総会」=「真紀」の章。四人の中のリーダー格でしっかり者だった真紀は、事件への贖罪から教師の道へ。そんな真紀の前に突然現れた殺人者が生徒に襲いかかる!
③「くまの兄弟」=「晶子」の章。四人の中で一番足の早かった晶子は事件の影響で引き籠もり状態へ。一番慕っていた兄の子供と関わるうちにとんでもない悲劇が襲う・・・。これは・・・なんていう「悪意」だ!
④「とつきとおか」=「由佳」の章。四人の中でも目立たなかった少女、由佳。病弱な姉しか眼中に無い父母との関係のなかで、なぜか警察官の男性に惹かれるようになる・・・。そして、悲劇の連鎖は由佳へも及んでしまう。
⑤「償い」=殺された女児・エミリの母親「麻子」の章。東京生まれのお嬢様・麻子はやはり性格も歪んでいた。秘密を抱えた子供であったエミリ殺害の謎が明らかになるとき・・・

以上5編+α
とにかく「悪意」に満ちている。
読み進めていくほどに、作者の企みというか、この「悪意」の渦に呑み込まれてしまうような感覚。
このプロットはやはりスゴいね。
読者を自分の世界観にグイグイ引き込むパワーを感じる。

確かに「告白」とはプロットが似通っているし、インパクトやミステリーとしての体裁としては「告白」の方が上かもしれない。
けど、これもなかなかのものだと思う。
登場人物の造形や山間の田舎町という舞台設定も実に練られている。
さすがに、売れる作家というのは違うね。


No.845 5点 かわいい女
レイモンド・チャンドラー
(2013/03/19 23:57登録)
1949年発表。フィリップ・マーロウが登場する長編は7作あるが、その第5作目、名作「長いお別れ」の1つ前の作品になる。
早川書房でチャンドラーといえば、清水俊二の名訳が名高いが、今回は清水訳の「かわいい女」ではなく、村上春樹訳で最近出された「リトル・シスター」で読了。

~『行方不明の兄オリンを探して欲しい』・・・。私立探偵フィリップ・マーロウの事務所を訪れたオーファメイと名乗る若い娘は、二十ドルを握りしめてそう告げた。マーロウは娘のいわくありげな態度に惹かれて依頼を引き受ける。しかし、調査をはじめた彼の行く先々で、アイスピックで首の後ろをひと刺しされた死体が・・・。謎が謎を呼ぶ殺人事件は、やがてマーロウを欲望渦巻くハリウッドの裏通りへと誘う~

うーん。これは・・・書評泣かせの作品。
結構な分量はあるが、正直、途中から話の筋が混迷してよく分からない箇所が目立つようになった。
巻末解説の村上春樹も、本作については「好きな作品」としながらも、プロットは「破綻している」と断言しているし、
何しろ、作者も自分自身で本作を「嫌いな作品」と評しているのだから・・・。

他の方の書評にもあるが、これは本作執筆当時、作者がハリウッドの映画産業に身を置いており、しかもこの境遇にかなり不満を持っていたことに起因するようだ。
それは、本作のマーロウの台詞にも反映されていて、本作でマーロウもハリウッドの虚構や舞台裏に翻弄されながら、その「商業主義」に異を唱えているように思える。
終盤では、多くの登場人物たちの素性や本作での「役割」にもカタがつき、殺人事件の謎も一応解明されるのだが、本作でのマーロウの姿は、いつも以上にニヒルで疲れているように見える。
ただ、村上氏も指摘しているとおり、本作での「苦悩」が名作「長いお別れ」という果実に結実するわけだから、この「回り道」も必要だったと解釈したい。

これで、マーロウもの長編で未読は「大いなる眠り」のみとなったが・・・
個人的な順位付けでは、やっぱり「長いお別れ」は別格だな。次位が「高い窓」で、「さらば愛しきひとよ」は世評ほどでない・・・という感じか。
で、本作は・・・って、やっぱり一番「劣る」という評価になってしまうなぁ。
(「かわいい女」=オーファメイなのだが、あまり「かわいい」って気がしない・・・むしろ「ウェルド」だろ、やっぱり)


No.844 6点 逃亡者
折原一
(2013/03/19 23:55登録)
文藝春秋社で折原といえば、「・・・者」シリーズというわけで、本作で果たして何作目なのでしょうか?
(それだけ長らくご愛顧いただいているということなのでしょう)
2009年発表の作品。

~同僚だった女性に持ちかけられた交換殺人の提案にのり、一面識もないその夫を殺した罪で逮捕された友竹智恵子。だが、警察の不手際から逃走に成功した彼女は、整形手術で顔を造り変え、身分を偽り、逃亡を続ける。時効の壁は15年。DVの夫、そして警察による執念の追跡から、智恵子は逃げ切ることができるのか?~

なかなかの大作だが、大筋は「いつもの折原作品」という読後感。
紹介文のとおりで、本作は実際に起こった『松山ホステス殺人事件』とその被告だった福田和子をモデルとしている。
「一章:追われる者」から「三章:霧の町」までは、警察の手から逃走した智恵子が新潟~青森~庄原(広島県北部の小都市だよ)と逃げ場所を求め転々としていく様が切々と描かれる。

「この展開いつまで続くんだ?」とか「叙述トリックはどうした?」と思っていると、「五章:最後の旅」から一転。
新たな登場人物が現れ、徐々に話が混迷していく・・・
ここまで来ると、いつもの折原ワールドに突入。
精神が捻じ曲がったような人物が入れ替わり立ち替わり、物語のなかで暴れまわる。
ただ、ラストはサプライズといえばサプライズだが、他の佳作と比べれば予定調和というレベルだと思う。
(何となく、過去の作品のアレとアレをくっつけたような気がしたのだが・・・)

まぁでも、それほど悪くない水準かな。
ちょっと長すぎるのは玉に疵だが、読者を引き込む力というのはそろそろ円熟の域に達してきたのかもしれない。
時間のあるときに一気読みすることをお勧めします。
(今回は馴染みのある地名がいろいろ出てきたなぁ・・・)


No.843 5点 鋏の記憶
今邑彩
(2013/03/13 22:21登録)
物に触れると所有者の記憶を読み取ることができる「サイコメトリー」能力を持った女子高生・桐生紫。
彼女と彼女の叔父で刑事・桐生進助を主人公とした連作短編集。

①「三時十分の死」=ある殺人現場に残された止まった時計。アリバイトリックをテーマとするミステリーに頻繁に登場する設定だが・・・。仕掛けられたトリック自体はなかなかアクロバティック。
②「鋏の記憶」=紫(ゆかり)がバイト先でひょんなことから触れた「鋏」。サイコメトラーの感覚は、その鋏が過去、人を殺めてしまったことを読み取ってしまう。真相にそれほど驚きはないし、これは途中で結構バレてしまうのではないか?
③「弁当箱は知っている」=何だか仁木悦子の名作を思い起こさせるようなタイトルだが・・・。「冴えない中年男が若い美人妻を娶った!」なんてことがあれば、ミステリーの世界では残念な「裏」があるっていうオチになる。でも、この上司は実に嫌な奴。
④「猫の恩返し」=もちろん「鶴の恩返し」を下敷きとした話。妻も息子も亡くした初老の男性の前に現れた一人の美女、そして彼女には大いなる謎があった・・・という展開。③もそうだが、所詮男って美女に弱いってことかな。

以上4編。
まぁ、ソツのない作品集という感じだろうか。
もともとは角川ホラー文庫で出版されたということなのだが、特にホラー風味というのはなく、純粋なミステリー短編集ということでよいのではないか。

どれも、短編らしく、プロットの焦点を絞った作品が並んでいるし、まずは水準級の作品集という評価。
ただ、もうひと捻りというか、もうワンパンチ欲しいなぁという印象は残った。
「サイコメトラー」という特殊設定もあまり活かしきれてない。
(ベストは①かな。②~④は同レベル。)


No.842 6点 沈黙の森
C・J・ボックス
(2013/03/13 22:18登録)
2001年発表の作者処女長編。
発表当時、アメリカ探偵作家クラブ賞をはじめ数々の賞を受賞した作品(とのこと)。
猟区管理官ジョー・ビケットを探偵役とするシリーズの第一作目でもある。

~ワイオミング州猟区管理官ジョー・ビケット。気持ちは優しいが、州知事を偶然検挙してしまうというような不器用な男・・・。ある日、裏庭で娘と見つけた死体は、かつて彼の銃を奪おうとした密猟者だった。次いで山中のキャンプ場にも二人のアウトフィッターの死体が・・・。「新ヒーロー誕生」と全米で絶賛され主要新人賞を独占した大型新人登場!~

デビュー作とは思えないクオリティとスピード感ではある。
正直、どこかで読んだことあるような、「よくあるパターン」の作品であるのは間違いないのだが、それでも十分に読者を引き込むプロットだと思う。
ただ、最初から「絶滅種」に関する記述がさも意味深に章前に書かれてあるので、事件の構図が察しやすくなっているのがどうか。
(ところで、コイツは実在するのだろうか?)

本筋の連続殺人事件のからくりそのものはそれ程複雑ではなく、期待以上のサプライズがあるわけでもない。
終盤に差し掛かった辺りで真犯人の正体も判明してしまうので、真犯人VS主人公ジョー・ビケットの対決シーンが終盤のヤマ。
この辺の「盛り上げ方」は、読者の「ツボ」を心得てるな、という気にさせられる。

まぁ、とにかく「平均的に楽しめる」という形容詞がピッタリくるような作品。
ワイオミング州の雄大な自然という舞台背景もアメリカっぽくて、結構旅愁をそそられた。
主人公の造形は、「真面目で普通の人」というのが、一癖ある他のサスペンス系作品の主人公たちと違って好感が持てる。
ジョー・ビケットものは、本作の後、「凍れる森」、「震える山」などシリーズ化されてるので、できれば引き続き読んでみることにしよう。
(原題“Open Season”なのに、この邦題は内容からしてもちょっと合ってない気がするけど)


No.841 5点 誘拐犯の不思議
二階堂黎人
(2013/03/13 22:15登録)
水乃サトルの学生時代の活躍譚が「・・・の不思議」シリーズ。
ということで、本作は「智天使の不思議」に続くシリーズ第五作目。

~「心霊写真家」が取り出した三枚の写真。それを見た二之宮彩子は、十か月前に自らが誘拐された事件の顛末を語り始める。写真にうつる男が、犯人の一人だというのだ。彼女は無事救出されたが、身代金は消え失せ、事件は未解決のまま。捜査に乗り出した彩子の恋人で自称名探偵・水乃サトルの前に、完璧に構築されたアリバイが立ちはだかる。名探偵と誘拐犯の息詰まる対決!~

何かこう、バランスが悪いような・・・そんな気にさせらた。
紹介文にあるとおり、本作は徹底的に「アリバイトリック」に拘った作品。
アリバイトリックの王道といえば、「時間軸」または「空間軸」を如何にズラすのかということに収斂する。
(要は、X軸とY軸のどちらをいじるのかということだろう)
ということで、本作は徹底的に前者に工夫が成されることに・・・

まぁ、これは見方次第かもしれないが、「よく練られてる」とは到底言い難い。
ラストの真相解明の場面、サトルがさも「大いなる欺瞞」を解明したように語ってはいるが、伏線が相当あからさまなのは確か。
真犯人が弄するビデオにしても、新聞にしても、レシートにしても、これでは「見え見えの変化球」だし、これで「空振りしろ」という方が難しい。
もう一つ気になるのは、殺人事件との絡み方。
猟奇的死体を持ち出して、「切り裂きジャック」もどきを演出しているが、動機の弱さのせいもあるけど、本筋である誘拐事件との連携がなく、必要性がかなり疑問な気がする。
最後にDNA鑑定を持ち出して、稚拙なトリックをカバーしようとしているのもいただけない。

書評を書き出すと、こんなふうに次から次とアラが見えてきてしまうのだが、それもこれも本当は作者に期待したいからなんだよなぁ・・・
「悪霊の館」や「人狼城の恐怖」をワクワクしながら読んだ、あの頃の思い出をもう一度味あわせてもらいたい・・・
いち本格ミステリーファンとしての切なる願い(かな?)。
(文庫版巻末解説のタイトル「ガリレオを超えた・・・」というのが意味深だし、何だか悲しい・・・)


No.840 8点 シャドー81
ルシアン・ネイハム
(2013/03/09 22:46登録)
海外ミステリー・ランキングには必ず入ってくる名作サスペンス。
全盛期のハリウッド秀作映画を思わせるような手に汗握る展開・・・って感じかな。

~ロサンゼルスからハワイへ向かうボーイング747ジャンボ旅客機が無線で驚くべき通告を受けた。たった今、この旅客機が乗っ取られたというのだ。犯人は最新鋭戦闘爆撃機のパイロット。だが、その爆撃機は旅客機の死角に入り、決して姿を見せなかった。犯人は二百余名の人名と引き換えに巨額の金塊を要求、地上にいる仲間と連携し、政府や軍、FBIをも翻弄する。斬新な犯人像と周到にして大胆な計画・・・冒険小説に新たな地平を切り拓いた名作!~

これは評判に違わぬ面白さ。
ハイジャックをテーマにした作品もいくつか接してきたが、ここまで緻密且つ斬新な計画とクールな犯人グループというのはなかったように思う。
ハイジャック前の「準備」を描く第一部こそややもたつく印象を残すが、ハイジャックシーンに突入した第二部はとにかく「ページをめくる手が止まらない」状態。
そして、犯人グループのからくりが明らかになる第三部では、作者の緻密なプロットに舌を巻くことになるのだ。
大量の金塊自体が犯人の“疑似餌”だったというプロットだけでも相当面食らってしまった。

本作のもうひとつの要素が、登場人物たちの造形の見事さ。
犯人グループももちろんだが、ハイジャックされた旅客機のパイロット・ハドレーやロサンゼルス空港の管制官・ブレイガンなど、一人一人の登場人物が実に緊張感をもって描かれていて、スキがない。
そして、印象的なラストシーン・・・。
これなんて、かなり映像向きな場面だと思うのだが、本作がアメリカ国内では全く評判にならず、もちろん映像化なんてことにもならなかったということが驚きだ。
(まぁ、もう少し「因果応報」的なドンデン返しの要素があってもいいかもしれないが)

若干誉めすぎかもしれないが、上質なサスペンスミステリーという評価は揺るぎないのではないかと思う。
とにかく面白いよ。
(ベトナム戦争の真っ只中という時代背景も効いているのかもしれない)

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