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平均点:6.01点 | 書評数:1812件 |
No.952 | 6点 | 天に還る舟 小島正樹 |
(2013/12/15 11:49登録) 2005年に発表された本格長編ミステリー。 大御所・島田荘司と“島田チルドレン”小島正樹の共著という斬新なスタイルが話題となった本作。 ~昭和58年12月。『火刑都市』事件の捜査を終えた警視庁捜査一課の中村刑事は休暇をとり、妻の実家のある埼玉県秩父市に帰省していた。そこで中村はひとつの事件に遭遇する。地元警察は自殺と判断した死体。これに不審を抱いた中村は独自に捜査を開始する。その直後に発生する第二の殺人! そして事件は連続殺人事件へと発展していく・・・。多くの遺留品、意味的な殺害方法。多くの謎の裏に隠された驚愕の真相に中村が挑む!~ 読み終わった感想を一言で表現するなら、“もうひとつの『奇想、天を動かす』”とでもなるだろうか。 ふたりの共著ということになってはいるが、大掛かりな物理トリックや遠大な殺害動機など、ミステリーとしての作風はまさに「島田荘司」そのもの。 島荘ファンとしては、御手洗や吉敷ではなく(吉敷はちょっとだけ登場するが)、中村刑事を探偵役としてチョイスしてくれたのがうれしい限り。 (同じく中村が主役級として事件を解明する『火刑都市』が個人的にもスゴイ好きな作品でもあるので・・・) また、その後の小島作品に探偵役として登場する海老原も準主役として、中村とコンビを組み、鋭い推理力を披露するのもファンサービスに溢れた仕掛け。 さて、本筋の連続殺人事件だが、相変わらずの豪腕振り。 あらゆる道具を駆使した物理トリックもスゴイのだが、それよりもフーダニットに凝らされた仕掛けの方が読みどころか。 まぁ悪く言えば、ご都合主義的な偶然の連続と無理筋のオンパレードということになるのかもしれないが、こういうことを主張する方にはそもそも島荘ワールドを楽しむことは無理なのだろうと思う。 正直、「ここまでするか?」とは思うのだが、これを支えるのが「遠大かつ歴史的な動機」ということになる。 これについてはあまり語りたくないのだが、日本人として生まれながらに背負っている“業”または“十字架”ということになるのだろうと思う。 ここまで褒めてはきたが、「奇想・・・」や「北の夕鶴」で感じたほどの衝撃やサプライズには程遠いというのが本音。 それが島荘の経年劣化に起因しているのか、小島の未熟さに起因しているのかは不明だが、過去の秀作とはやはり差のついた評点になるのは致し方ないかな。 (作品としての熱量はスゴイのだが・・・) |
No.951 | 7点 | 叫びと祈り 梓崎優 |
(2013/12/15 11:48登録) ~選考委員を驚嘆させた第五回ミステリーズ新人賞受賞作「砂漠を走る船の道」を巻頭に据え、美しいラストまで突き進む驚異の連作推理。「週刊文春ミステリーベストテン国内部門第二位をはじめ、各種ミステリーランキングの上位を席巻、本屋大賞にまでもノミネートされるなど破格の評価を受けた大型新人のデビュー作~ ①「砂漠を走る船の道」=舞台はアフリカ大陸に跨る砂漠。“砂漠の船”足るラクダとともに貴重な塩を運ぶ隊商たち。彼らのなかで巻き起こる連続殺人(?)事件が本編の謎。とにかく美しい! そして何より殺人に至る動機が驚きの一言。 ②「白い巨人」=舞台はスペインの小都市。その昔、イスラム教に征服された街。街の名物ともいえる巨大な風車を舞台に起こる人間消失が本編の謎。探偵役の斉木が解明した真相はかなり本質的なものだが・・・。これも美しい風景が目に浮かぶ。 ③「凍れるルーシー」=舞台はロシア。ロシア正教会に属する修道院。そこで“聖人”と呼ばれるリザベーダという存在。柩の中に眠る彼女はまるで昨日今日死んだばかりの如く新鮮な姿だという・・・。トリックは実にミステリーっぽいというか、このトリックだけ取り出すと、なんだか薄っぺらく見えてしまうのだが、これはもう舞台設定の勝利だろう。 ④「叫び」=舞台はアマゾンの熱帯雨林地方にある少数民族の村。突然村に発生した驚異の伝染病(エボラ出血熱)。伝染病に犯されてない住民までも喉をナイフでかき切られた姿で発見されてしまう・・・。まるでパニック小説のような展開なのだが、ラストは若干消化不良気味かも。 ⑤「祈り」=①~④をまとめるのが本編。連作短篇としてはこういう趣向がある方が望ましいのだが、サプライズとしてはやや小粒。ちょっときれいにまとめすぎたのかもね。 以上5編。 以前から評判となっていた本作がようやく文庫化され、早速購入&読了。 すべての作品に登場する雑誌記者(或いは調査員?)の斉木を主人公&探偵役とした連作短篇集の体裁をとっている。 どちらかというと“ホワイダニット”に拘った作品が並んでいる印象。 大方の評判どおり、新人としては異例ともいえる完成度。 独自の世界観やスケールの大きさ、美しい筆致など、褒めるべきところは枚挙に暇がないほど。 ただ、これはもう個人的な好みの問題だが、ミステリーとしての“詰め込み具合”にやや不満あり、という感じ。 作家としての力量や潜在能力は十分だと思われるので、今後の作品に期待したい。 (ベストはやはり①。とにかく動機にビックリ。③も良質) |
No.950 | 5点 | 剣の八 ジョン・ディクスン・カー |
(2013/12/05 21:55登録) 1934年発表の長編作品。 フェル博士ものとしては、「魔女の隠れ家」「帽子収集狂殺人事件」に続く三作目という位置付けとなる。 ~幽霊屋敷に宿泊中の主教が奇行を繰り返すという訴えがあった。主教は手摺りを滑り降りたり、メイドの髪の毛を掴んだり・・・。さらに彼はとてつもない犯罪がこれから起こると言っているらしい。警察はその言葉を信じていなかったが、主教の言葉を裏付けるように隣家の鍵のかかった部屋で射殺死体が発見される。そして死体の側には一枚の不吉なタロットカードが! 続出する不可解な謎にギデオン・フェル博士が挑む~ 確かに世評通り“中途半端”な作品だ。 紹介文を読んでると、いつもの怪奇趣味や密室をはじめとする不可能趣味など、カーらしいギミック溢れる作品ではないかと期待してしまうのだが、そのどれもが切れ味に欠けている。 冒頭からポルターガイストが出現するという突飛な謎が提示されるのだが、その真相は実に腰砕け。 密室っぽい現場は密室ではなく、足跡の謎もうやむやのまま進んでしまう・・・ 唯一、被害者側の行動にミステリーっぽい仕掛けが凝らされているのが救い。 これがフェル博士によりロジカルに解き明かされるあたりが、本作随一の見せ場かもしれない。 (これが何と序盤に終わってしまうのだが) フーダニットについては、一応意外性はあるのだが、人物の書き分けが十分でないせいか、読んでて今ひとつピンとこないというのが本音のところ。 (「被害者の代わりに犯人が夕食をとった」理由というのが面白いのだが・・・) まぁ駄作だろうなぁ。 巻末解説で解説者の霞流一氏が、同時期に発表されたA.バークリー「毒チョコ」を引き合いにして「探偵がいっぱい趣向」について書かれているが、それも成功しているとは言い難い。 評点は甘めに付けてもこんなものかな。 (「剣の八」とはタロットカードの絵柄のこと。トランプでいうならスペードの8ということかな?) |
No.949 | 8点 | 私が殺した少女 原尞 |
(2013/12/05 21:54登録) ついに950冊目の書評に突入!(ここまで長かったような短かったような・・・) 今回セレクトしたのは、国内ハードボイルドの最高峰と言ってもいい秀作。 「そして夜は甦る」に続く“沢崎シリーズ”の二作目にして、直木賞まで受賞した作者の最高傑作。 ~まるで拾った宝くじが当たったように不運な一日は、一本の電話で始まった。私立探偵沢崎の事務所に電話をしてきた依頼人は、面会場所に目白の自宅を指定していた。沢崎はブルーバードを走らせ、依頼人の邸宅へ向かう。だが、そこで彼は自分が思いもかけぬ誘拐事件に巻き込まれていることを知る・・・。緻密なストーリー展開と強烈なサスペンスで独自のハードボイルド世界を確立し、世間を震撼させた直木賞受賞作~ これはもうさすがだ。 作者がレイモンド・チャンドラーを敬愛し、彼の静謐な筆致を模していることは有名だが、その看板に偽りなし。 主人公である沢崎のキャラは、まさにフィリップ・マーロウの姿に重なる。 (沢崎の方がやさぐれてはいるが・・・) 随所に気の利いた台詞まわしが出てくるのも、チャンドラー&マーロウと同様。 本作については、ハードボイルドの枠に留まらず、本格ミステリー顔負けの謎解きが用意されている点も見逃せない。 「誘拐もの」は、前面に現れた誘拐事件だけでなく、それに隠された裏の構図をいかにうまく書けるのかが重要。 その点、本作ではラストに大掛かりなドンデン返しが待ち受け、それまで語られていた誘拐事件が反転させられるのが見事。 ダミーの犯人役が唐突すぎたので、恐らくこういうラストが用意されているんだろうなという予感はあったけど、そういう意味では予想どおりとも言える。 そして何より、本作を国内ハードボイルドの名作たらしめてるのは、沢崎の言動と彼にまつわる関係者との絡みだろう。 本作では警視庁の刑事たちを敵に回しながらも、独自の捜査と嗅覚で真犯人に迫っていく・・・ それがたまらなく魅力的! (マーロウほど女ったらし感がないのも良い) ハードボイルドファンだけでなく、ミステリー好きに広くお勧めしたい名作という評価。 (新宿はやっぱり日本一ハードボイルドが似合う街なんだろうなぁ) |
No.948 | 6点 | 福家警部補の再訪 大倉崇裕 |
(2013/12/05 21:53登録) 刑事コロンボまたは古畑任三郎を模した“倒叙もの”シリーズの二作目。 決して刑事に見えない「普通のオバサン」キャラ、福家警部補が神出鬼没に事件を解き明かす。 ①「マックス号事件」=東京湾を巡る豪華フェリー“マックス号”で起きた殺人事件。真犯人が弄した小賢しいトリックが、福家警部補によってジワジワ解き明かされる・・・。たったひとつの物証が致命傷になる展開は倒叙ものでは定番。 ②「失われた灯」=殺人事件のアリバイとして、なんと自らが誘拐されるという大掛かりなトリックを用意した真犯人。完璧な準備と実行かと思われたが、今回も福家警部補の技ありの誘導尋問が犯人を窮地に追い込む。 ③「相棒」=別に杉下右京ではないのだが・・・。今回は売れなくなった漫才コンビが主役。もちろん、一方が犯人で一方が被害者。長い期間を経て、コンビ仲も冷めてきた二人だったはずだが、やはり苦楽を共にした二人ということなのか。福家の気配りもなかなか良い。 ④「プロジェクトブルー」=真犯人は玩具企画会社の新進気鋭の社長。脅迫者を亡き者にした社長に襲いかかるのはやはり福家の鋭すぎる勘と嗅覚。 以上4編。 とにかく福家警部補のキャラが強烈だ。 いつの間にか真犯人の懐に入り込み、たったひとつの物証や証言をもとに真犯人の巧緻を切り崩してしまう。 コロンボシリーズに対する作者の敬愛ぶりは有名だが、ワンパターンもここまで徹底できればむしろ清々しささえ感じてしまう。 比較すると前作(「福家警部補の挨拶」)の方が出来はいいように思うけど、本作もまずまず評価できる。 たまには“倒叙もの”という方がいれば、手に取っても損はないと思う。 でも、次作は難しいかも・・・ (個人的ベストは②かな。次いで①。あとはやや落ちる) |
No.947 | 8点 | アリアドネの弾丸 海堂尊 |
(2013/11/26 22:02登録) バチスタシリーズの到達点とも言える本作。 すでにTVドラマ化もされており、映像で触れた方も多いのではないか? 当然ながら、本作も一連の「桜宮サーガ」としての一翼を担う。 ~不定愁訴外来の田口公平医師はいつものように高階病院長に呼び出され、エーアイセンターのセンター長に任命されてしまう。そのため田口は、東城大学病院に新しく導入された新型の縦型MRI・コロンブスエッグの説明を技術者の友野から受けた。しかしその矢先、MRIのなかで友野が亡くなった。原因は不明、過労死と診断された。そして、ついに病院中を大きく揺るがす大事件が発生してしまう!~ これは大方の評判どおり、いや評判以上の秀作だろう。 これほどトリッキーでロジカルな本格ミステリーは久しぶりに読んだように思う・・・それほどの感覚。 文庫版の巻末解説ではなんと御大「島田荘司」が登場し、本格ミステリーとしての本作を褒めちぎっている。 (島荘自身も医療系の話はよく書いてるしね・・・) 島荘も指摘しているとおり、本作のトリック&ロジックの鍵となるのが「MRI」という存在。 MRIが如何なる特徴を備えているのかの理解なしでは本作を楽しむことはできない。 そして、もうひとつの「鍵」がタイトルにもあるとおり、「弾丸」ということになる。 弾丸をこういう方向性で取り扱っているのは別の作品で見たような気はするけど、これはトリックとしては強烈。 (まさに“島荘ばり”という表現がピッタリかもしれない) こんなトリックを思いつくこと自体、作者がミステリーを愛している証拠なのだろうと思う。 その他については、いつもどおりの「海堂ワールド」が展開される。 特に本作では今までのシリーズ登場人物が勢揃いとでも呼びたくなるほどの豪華版。 何にもまして、本作での白鳥の名探偵ぶりは凄みすら感じさせる(これも“御手洗潔ばり”と言うべきか?)。 その分、田口医師はいつにも増して頼りなく、存在感の薄いまま終わった感がある。 そして、作者による「死因不明社会」に対する強烈な警鐘・・・ 海堂ワールドの作品もかなり読んできたけど、いよいよ終わりに近づいてきた。 これだけシリーズを重ねてきてもこんなクオリティの作品を書けるなんて、改めて作者の才能と力量に驚かされた作品。 本格好きなら十二分に楽しめという評価。 |
No.946 | 4点 | 最終弁護 スコット・プラット |
(2013/11/26 21:59登録) 2008年発表。主に法廷を舞台としたリーガル・サスペンス。 作者は実際に弁護士として七年間活動した後、作家生活に入った“本職”で、本作が処女作品となる。 ~メッタ刺しにされ、局部を切り取られた男性の死体が発見される。逮捕された若い女性エンジェルは、腕利き弁護士のディラードに弁護を依頼してきた。エンジェルに会ったディラードは、無垢で美しいこの女性が無実であることを確信する。はたせるかな警察の捜査は杜撰で物的証拠も乏しい。だが捜査陣や検察、判事、そしてエンジェルの周囲にも怪しげな人物が・・・。リーガル・スリラーの新星登場のデビュー作!~ この手のリーガル・サスペンス系作品としては、ありがちでパンチ不足。 そんな読後感。 紹介文を読んでると、結構複雑なプロットなのかなと思わされるが、実際はそれほどのことはない。 本筋の猟奇殺人のほか、主人公であるディラードの実姉が起こす事件や別の殺人などがサイドストーリー的に絡み合うのだが、それがプロットに深みを与えているかというと・・・「そうでもない」 この辺がうまく捌けていれば、もう少し面白い展開になっていたのかもしれない。 そして、法廷での弁護士と判事、裁判官のやり取りも今ひとつ緊張感に欠けているような・・・ 弁護士として実際に法廷に立っていた作者なのだから、ここで“点数”を稼げないのは痛い。 サスペンスとしての盛り上げ方にも、もうひと工夫必要だろう。 というわけで、本作をひとことで表せば“中途半端な作品”という評価になってしまう。 リーガル・サスペンスは個人的に好きなジャンルなのだが、これでは期待はずれと言うしかない。 評点としてはやや甘いかもしれないが・・・ (聖職者ほど案外○○いものかも) |
No.945 | 5点 | 十八の夏 光原百合 |
(2013/11/26 21:58登録) 2002年発表。 第55回の日本推理作家協会賞受賞作(短篇部門)「十八の夏」を含む作品集。 瑞々しい青春時代が蘇る・・・かな? ①「十八の夏」=甘くてちょっぴり苦い、年上の女性に対する青春時代の恋愛・・・って書くと本当に恋愛小説(?)と思ってしまうが、さすがにミステリー作品としての受賞作だけあって、ラストにはミステリーっぽい仕掛けが用意されている。でも、確かにこういうオッサンってモテるのかもしれないなぁ・・・羨ましい。 ②「ささやかな奇跡」=これは・・・いい話だ! ほのぼのしたホームドラマのような一篇。子供を持つ父親としては、「もしこういう境遇になったら?」っていう仮定で読んでしまった。 ③「兄貴の純情」=才能もないくせに芝居の世界に打ち込むバカな兄貴。そんな兄貴がひとりの女性に惚れたのだが、その女性は実は・・・という展開。まぁよくある話と言ってしまえばそのとおりなのだが。 ④「イノセント・デイズ」=作者によれば一番ミステリーっぽい作品とのことなのだが、個人的にはそれほど良いとは思わなかった。女性目線では納得できるのかもしれないが・・・ 以上4編。 前々から読もう読もうと思っていた本作だけど、期待したほどではなかったというのが正直な感想。 もともとミステリー的な部分は付け足し程度かなという予備知識はあったけど、「ミステリー+恋愛小説」としては、どちらにも中途半端な感が拭えない印象が残った。 でもまぁ、やっぱり「十八の夏」が中では一番いい作品だと思う。 上品でライトなミステリーが好みという方なら、一読して損はないだろう。 ①以外はあまりピンとこなかったな。 (いずれにしても30超えたオッサンが読むのは若干キツイ気がした・・・) |
No.944 | 7点 | 中途の家 エラリイ・クイーン |
(2013/11/17 16:03登録) 国名シリーズからライツヴィルシリーズにつなげるための、まさに「中途」の作品として有名な本作。 これまでよき“相棒”だったクイーン警視も登場せず、エラリーが孤軍奮闘。ニューヨークとフィラデルフィアに挟まれた「中途の家」に関する謎を解く。 ~ニューヨークとフィラデルフィアの中間にあるトレントンのあばら家で正体不明の男が殺された。その男はいったいどこの誰として殺されたのか? 美しいフィラデルフィアの人妻とニューヨークの人妻を巻き込んだ旋風のなかに颯爽と登場するクイーンは、「中途の家」と中途半端な被害者の生活からいかなる暗示を得て、この難事件を解決するのか。美と醜、貧と富の二重性。ひとりであってふたりの被害者という異常な設定のもとに会心の推理が進行する~ なかなか味わいのある良作、という読後感になった。 国名シリーズでは、NYという大都会を舞台に、劇場や百貨店、病院、競技場といった一種の閉鎖空間で殺人事件が起こり、クイーン父子が華々しい活躍をする・・・という派手めな印象だった。 それが本作では一変。 トレントンという地方都市のあばら屋という地味な舞台設定となった。 終盤まで、エラリーの捜査過程というよりは、法廷をはじめとする登場人物たちの動きが中心となり、エラリーの推理が開陳されるのは、「読者への挑戦」が挟まった後の終盤以降。 そこでは、真犯人足り得る6つの条件が提示され、容疑者ひとりひとりをふるいにかけ、消去法が試みられるなど、従来の国名シリーズの名残ともいえる展開。 燃えカスのマッチに関するロジックもクイーンらしさ全開っぽくて良い。 しかし、本作への評価はそういういわゆる従前のクイーンっぽさではなく、パズラーミステリーからの脱却を図り、エラリーを事件の渦中に飛び込ませることとした作風の変化についてなのだろう。 ただし、ライツヴィルシリーズほどその辺が徹底されていないところが、まさに「中途」の作品という評価に落ち着く。 個人的には好きだけどね。 (作者が本作を好きな作品のひとつとして言及したことは有名だが、何となく分かる気がする・・・) |
No.943 | 6点 | 貴族探偵 麻耶雄嵩 |
(2013/11/17 16:01登録) 常磐洋服店の超高級スーツを着こなすダンディな男。その名も「貴族探偵」。 自身では決して動かず、考えず、ましてや推理など瑣末なことは使用人に任せる・・・破天荒な“名”探偵が主人公の連作短篇集。 ①「ウィーンの森の物語」=実際の探偵役は貴族探偵の老執事・山本が務める本編。しかも、事件は針と糸を使った密室トリックがメインなんて・・・ふざけてるとしか思えない・・・のだが案外まともなラスト。 ②「トリッチ・トラッチ・ポルカ」=メイドの田中が本編の探偵役。アリバイトリックがメインとなるのだが、バラバラ死体とアリバイといえば、だいたいこういう方向性になるよなぁ・・・という真相。でも、結構ブッ飛んでる。 ③「こうもり」=本作中で一番のボリュームを誇る本編。探偵役は今回も田中が務める。これもアリバイが事件のメイントリックとなるのだが、トリックは反則技のような気がするけど・・・これも作者のおフザケかな? ④「加速度円舞曲」=ひとりの女性が巻き込まれた落石事故から殺人事件までに発展してしまう本編。探偵役は大男の佐藤。現場の見取り図がふんだんに出てきて興味をそそるが、ちょっと分かりづらい感じ。それにしても貴族探偵・・・我が儘すぎ! ⑤「春の声」=大富豪の跡を継ぐ美しい娘と、その娘の花婿候補の三名。三名の花婿候補がほぼ同時に殺害されるという不可思議な事件が発生。しかも現場は雪密室。そして、三名それぞれが別の男を殺した容疑者という妙な状況に・・・。今回は今まで登場した山本、田中、佐藤のそれぞれが三名を殺した犯人を当てるというスゴイ展開に。結末はまぁ、ロジックをこね回してるという気がしないでもない・・・ 以上5編。 一作ごと問題作を発表している作者らしい、一筋縄ではいかない作品集だな。 それほど派手なトリックやプロットが用意されるわけではないけど、独特の皮肉っぽさやお遊びを感じられる作品が並んでいる・・・ そんな読後感。 貴族探偵のキャラそのものは別にどうということもないし、表面の皮を一枚むけば、ロジックの効いた普通の短篇という骨組みが見えてくる。 こういうレベルの作品を出し続けられるのは、やっぱり作者の能力といういうことになるのだろう。 続編も出たのでそれも楽しみ。 (これって、やっぱり「富豪刑事」にインスパイアされたのだろうか?) |
No.942 | 6点 | 彼女が死んだ夜 西澤保彦 |
(2013/11/17 16:00登録) 1996年発表の長編。 時系列で言えば、匠千暁シリーズの最初の事件に当たる(とのこと)。 タックやタカチ、ボアン先輩といったシリーズでお馴染みのキャラクターが総登場し盛り上げてくれます。 ~門限六時。家が厳しい女子大生ハコ(箱)ちゃんは、やっとのことでアメリカ行きの許しを得た。出発前日、親の外出をいいことに同級生が開いた壮行会から深夜帰宅すると、部屋には女性の死体が・・・。夜遊びがバレこれで渡米もフイだと焦った彼女は自分に気があるガンタに死体遺棄を強要する。翌日発見された遺体は身元不明。別の同級生も失踪して大事件に。匠千暁最初の事件!~ このシリーズの特徴かもしれないが、とにかくロジックを捏ねて捏ねて捏ねまくってる・・・ そんな雰囲気の作品。 (「麦酒の家の大冒険」ほどではないけど・・・) 二つの殺人が絡んだ大事件なのに、作中での警察側の絡みは一切なく、ひたすらタック、タカチらの素人捜査が描かれる。 この辺は正直なところ不自然さは否めない。 タックらが少ない物証や自分たちの捜査から「ああでもないこうでもない」という仮説を立てては壊すという繰り返し。 ラストにはそこそこ驚愕の真相が判明するのだが、何となく無理矢理パズルのピースを当て嵌めた感が強い。 (そういう設定なのは分かっていても、警察は何やってたんだろう・・・って思ってしまう) ハコちゃんの両親の秘密は結局どうしたかったのか?? こういうノリを楽しめるかどうかが本シリーズのポイントだろう。 作者の作品群でいえば、「七回死んだ男」や「瞬間移動死体」など特殊設定下の作品は個人的に大好物なのだが、本シリーズについてはちょっと微妙という評価。 青春ミステリーとしての甘酸っぱさや苦さも含めて、シリーズファンにとっては見逃せない作品だと思う。 (舞台が四国、恐らく高知県だと思われるのに標準語をひたすら喋ってるのがかなり違和感・・・) |
No.941 | 6点 | 謎まで三マイル コリン・デクスター |
(2013/11/09 16:44登録) 1983年発表。 お馴染み「モース主任警部」シリーズの長編作品。 ~河からあがった死体の状態はあまりにもひどかった。両手両足ばかりか首まで切断されていたのだ。ポケットにあった手紙から、死体が行方不明の大学教授のものと考えたモース警部は、ただちに捜査を開始した。だが、やがて事件は驚くべき展開を見せた。当の教授から、自分は生きていると書かれた手紙が来たのだ。いったい殺されたのは誰か? モースは懸命に捜査を続けるが・・・。現代本格の旗手が贈る謎また謎の傑作本格~ 面白い趣向なんだけど、ちょっと物足りない。 そんな感想になった。 首なしどころか、両手両足までもが切断されたという猟奇的な死体や、章前に各章の小見出しを付すなど、本格好きには堪らないサービスが用意されていて、ついつい期待してしまう展開。 まずは、この死体がいったい誰なのかというのが謎の中心になる。 この辺り、普通の“犯人探し”のフーダニットではなく、死者のフーダニットがテーマとなる点で変わっていて面白い。 ただし、このシリーズらしく序盤から中盤まではモース警部とルイス部長刑事の捜査が続いて少しまだるっこしい。 そして終盤以降(本作では二マイル目以降)では死体が急速に増え、あろうことか登場人物のほとんどが死んでしまうというアクロバティックな展開に突入してしまう・・・ 最終的に明らかになる死体の身元は何だか付け足しみたいになってしまった。 魅力的な前フリからすると、もうちょっとやり方があったんじゃないか? って思わされる。 (でも、これがモース警部シリーズだと言われると、「そうかも」ということにはなるのだが・・・) トータルでは、水準レベルという評価に落ち着くかな。 (ロンドンのソーホーってそういう街だったんだねぇ・・・) |
No.940 | 5点 | カラット探偵事務所の事件簿① 乾くるみ |
(2013/11/09 16:43登録) 高校の同級生で名探偵の古谷とワトスン役の井上が開いた探偵事務所。その名も「カラット探偵事務所」。 そこに持ち込まれた事件を描いた作品集の第一弾。 ファイル1~5の事件となぜかファイル20の事件が今回の収録作。 ①「卵消失事件」=いきなりガックリくるようなタイトル。探偵事務所に最初に持ち込まれた謎は夫の浮気となぜか中身だけがなくなった「卵」について・・・。これって暗号っていうかちょっとしたお遊びというレベル。 ②「三本の矢」=いわゆる“サンフレッチェ”ということで、毛利元就の故事にちなんだ事件&真相。○○○ンを使った遠隔操作が面白いと言えば面白い。 ③「兎の暗号」=作者得意の暗号モノ。しかも和歌を使った高度なものなんだけど・・・あんまりしっくりこない感じ。 ④「別荘写真事件」=昔失踪した父親の居場所を探して欲しいというのが今回の依頼。手掛かりは最近撮られた父親の写真なのだが・・・。なぜか綾辻氏の○○館のトリックを思い出してしまった。(○○球つながりだからね) ⑤「怪文書事件」=今回も①と同様、浮気がテーマ。依頼人と一緒に勇躍事件の現場に向かった二人だったが、その場で唐突に事件は解決してしまう・・・ ⑥「三つの時計」=50分では行けるはずのない場所に行くことができた理由は? ということで、今回のテーマはアリバイということになる。本件がファイル20の事件なのだが、なぜ突然20番目の事件がここに書かれているかは途中で説明してくれるのだが、実はそれ以外に大きなサプライズがラストに判明する。 (なるほどね・・・このトリックって手を変え品を変え出てくるよなぁ・・・。確かに「明示」はされてなかったけど、先入観ってこわいね) 以上6編。 全体的にはそれほど見るべきものはなかったなというのが感想になる。 叙述やSFなど、作品ごとに趣向を凝らした長編と比べると、ミステリーとしてのレベルが一枚も二枚も落ちる。 まぁ最後の“大技”だけが救いかな。 (ベストと呼べる作品はなし。暗号ものが好きな方なら③がいいのかもしれない。) |
No.939 | 7点 | 造花の蜜 連城三紀彦 |
(2013/11/09 16:42登録) 2008年発表。文庫で上下二冊分冊というボリュームの長編。 つい先日、作者の訃報に接し、追悼番組ならぬ追悼読書をしようということで本作をセレクト。 本作は作者最後の作品となってしまった作品・・・(合掌) ~歯科医の夫と離婚をし、実家に戻った香奈子はその日息子の圭太を連れ、スーパーに出掛けた。偶然再会した知人との話に気を取られ、圭太の姿を見失った香奈子は、咄嗟に“誘拐”の二文字を連想する。息子は無事に発見され安堵したのも束の間、後に息子から本当に誘拐されそうになった事実を聞かされる・・・。なんと犯人は「お父さん」を名乗ったというのだ。そして、平穏な日々が続いたひと月後、前代未聞の誘拐事件の幕が開く。各紙面で絶賛を浴びたミステリーの最高傑作!~ これは連城ミステリーの極北なんだろうな。 処女長編「暗色コメディ」以降、自身にしか書けない、書かない、独特の味わいを持つ作品を書き続けた作者の遺作に相応しい・・・ そんな気持ちにさせられた。 とにかく普通の「誘拐もの」ではない。 同じく誘拐ものの「人間動物園」(2002年)も、サスペンス性と連城独特の反転ミステリーを見事に組み合わせたミステリーだったが、本作でも序盤~中盤のサスペンス感とそれ以降の反転の連続が見事に組み合わされている。 そして、終盤からはもうとにかく「反転」の連続と言っていい。 従前に見せられていた事件の構図がつぎつぎと否定され、違う側面が作者から提示されいく。 これは「万華鏡」とでも表現すればいいのか、「多面体」とでも表現すればいいのか・・・ 最終章を前に、一応事件は収束を迎えるのだが、子供が誘拐されるという“普通の”事件が、まさに前代未聞の“誘拐事件”であったことが明らかにされるのだ。 こういうプロットって、連城にしか思いつけないんじゃないか? 直木賞受賞という確かな「筆力」と相俟って、こんな作家はもう出てこないんじゃないかという気にさせられた。 最終章(「最後で最大の事件」)については・・・まぁ蛇足のような気もするし、作者の最後の稚気のような気もするし・・・ (必要かどうかと言われると迷うところだが・・・) もう新作は読めないんだよなぁ。 後は未読の作品を丁寧に読んでいこうと思います。 最後にもう一度、不世出&孤高のミステリー作家・連城三紀彦に敬意を評して・・・合掌。 |
No.938 | 5点 | モザイク事件帳 小林泰三 |
(2013/11/01 22:14登録) 旧題「モザイク事件帳」から改題された「大きな森の小さな密室」名にて読了。 探偵役やその他の人物たちがモザイク調に登場してくる変形の連作短編集。 ①「大きな森の小さな密室」=『犯人当て』がメインの一篇。一応ロジカルな密室ものなのだが、どこか変な設定と妙な登場人物。そして探偵役は徳さん・・・ ②「氷橋」=『倒叙ミステリ』と銘打たれた一篇。ホテルの浴槽で感電死した死者とアリバイトリックがメイン。こう書くと正調なミステリーっぽいが、やっぱりどこか変な感じ。探偵役は西条弁護士。 ③「自らの伝言」=『安楽椅子探偵』が主題。探偵役は新藤礼都。彼女の鋭い推理が炸裂するのだが・・・やっぱりどこか歪んでいるような気がする。 ④「更新世の殺人」=ずばり『バカミス』として書かれた一篇。数百万年前の地層から今死んだばかりのような新鮮な死体が発見される、というのがメインの謎。怪しい考古学者も登場してくるし・・・。 ⑤「正直者の逆説」=『??ミステリー』と銘打たれた作品。丸鋸先生が探偵役なのだが、正直よく分からん! ⑥「遺体の代弁者」=こちらは『SFミステリ』として書かれた一篇。普通の作品でさえブッ飛び気味なのに、さらにSFときたら「こんなのありか?」というような作品になっている。これも十分『バカミス』ではないか? ⑦「路上に放置されたパン屑の研究」=最後は『日常の謎』がテーマ。なぜか2、3日おきに決まった路上に置かれているパン屑が本作の謎となる。これも普通の「日常の謎」ではなく、狙いのよく分からない仕掛けが施されている。探偵役は田村二吉。 以上7編。 う~ん。何ていうか、どれも一筋縄ではいかないような短編が並んでいる不思議な作品。 ロジカルなようでいて、そうではなく、作者の遊び心がどの作品にも投影されているという印象を受けた。 ただ、正直クオリティとしてはあまり高いとは感じなかったし、個人的にはストライクとは言えない作品だった。 たまには毛色の変わったものを読みたいという方ならどうぞ。 (個人的ベストは②かな。⑦もまずまず良かった。) |
No.937 | 7点 | エンプティー・チェア ジェフリー・ディーヴァー |
(2013/11/01 22:12登録) 「ボーン・コレクター」「コフィン・ダンサー」に続くリンカーン・ライムシリーズ第三作。 今回はいつものNYではなく、アメリカ南部・ノースカロライナ州のパケノーク郡という片田舎が舞台となる異色作。 ~脊椎手術のためにノースカロライナ州を訪れていたライムとサックスは、地元の警察から捜査協力を要請される。男ひとりを殺害し二人の女性を誘拐して逃走した少年の行方を探すために、発見された証拠物件から手掛かりを見つけるのだ。土地勘もなく分析機材も人材も不十分な環境に苦労しながらも、なんとか少年を発見する。だが、少年を尋問するうちに少年の無罪を信じたサックスは、少年とともに逃走してしまう。少年が真犯人だと確信するライムは、サックスを説得するが、彼女は聞こうとしないばかりか逃走途中で地元の警察官を射殺してしまう!~ 前二作とは毛色が違うのだが、最終的にはやっぱりディーヴァーらしい結末が待ち受ける。 長々と読まされるけど、そういう意味では安心して読みすすめてよかった・・・と言えそう。 紹介文のとおり、本作では南部の片田舎といういつもとは全く違う舞台設定にとまどい、なかなか力を発揮できないライムが描かれる。 その代わり、大活躍(?)するのがアメリア・サックス。 “昆虫少年”との逃避行中、あろうことか警察官を射殺してしまい、事件後には連邦裁判に被告として立つことになってしまう。 終盤、サスペンス的に一番盛り上がる銃撃戦のシーンでは、得意の銃で敵をなぎ倒す姿も描かれ、サックスファンにとってはかなりウレしいサービスだろう。 そして、やっぱり作者といえば「終盤のドンデン返し」の連続。 これについては、本作も例外ではない。 昆虫少年が巻き込まれた殺人&誘拐事件という化けの皮が剥がれ、ある大企業そしてひとつの街までもが絡む巨悪が露見することになる。 最初は“いかにも”という疑似餌が作者そしてライムによって撒かれるのだが、読者はそれに引っ掛かってはいけない。 本当の「悪人」は誰なのか? それが読者の前に晒されたとき、「えっ!」と思わされること請け合い。 (「じゃ、なんでわざわざライムを巻き込んだんだ?」という疑問は浮かぶのだが・・・) こうやって書いてると、すごい高評価ということになりそうだが、中盤の展開が少々まだるっこしいし、サスペンスとしての盛り上がりや出来という意味では、「コフィン・ダンサー」より一枚落ちると感じる。 まぁ好みの問題かもしれないが、シリーズとしてはどうしてもこういう変化球的作品も必要なのだろう。 (“昆虫少年”も年齢にしてはかなり幼いような印象・・・。でも、スズメバチのトラップは相当怖い!) |
No.936 | 4点 | 繭の密室 今邑彩 |
(2013/11/01 22:10登録) 警視庁捜査一課・貴島柊志シリーズの四作目。 今回は以前登場した中野署の倉田警部(前回は刑事。昇進したのね)とコンビを組むことになった貴島が事件の謎を解く。 ~日比野功一の妹・ゆかりは帰宅途中に何者かに誘拐された。同時期にチェーンのかかった密室状態のマンションの一室からの転落死事件が発生。捜査に当たった貴島刑事は六年前のある事件にたどり着く。事件の真相は、そして誘拐の行方は・・・? 傑作本格ミステリーシリーズ第四作~ ちょっと、っていうかかなり冴えない本格ミステリー。 そんな印象が残った。 風変わりな密室や誘拐事件など、何とかしてミステリー好きに「ウケよう」としているのは分かるのだが・・・ 如何せん薄味だし、作者らしい切れ味が全く感じられなかった。 まず密室トリックはかなりこじつけ気味。 偶然に偶然が重なったこうなりました・・・とでもいうことかもしれないが、それでは読者には推理のしようがない。 こういう変化球は割と考えられるのかもしれないけど、多分あまり褒められたトリックにはならないのだろう。 フーダニットについても何かこう、消化不良というかすっきりしない感覚が残る。 読者の錯誤がトリックのキーになるという点では、叙述トリックに近いのだろうが、無理矢理だなという印象が強い。 貴島刑事のキャラもなぁ・・・。せっかく前三作で「影のあるニヒルな二枚目」で「過去の事件か何かを引きずっている」という設定を深めていったのに、本作ではその辺に全く触れることなく、淡々と事件を解決してしまう・・・ さすがにこれでは褒めるところがない。 本シリーズはこれで終了となったのだが、本作は確実に「やっつけ」だったのだろう。 今まで読んだ作者の作品中では一番の駄作。 (亡くなった後に「ルームメイト」が映画化! 作者も草葉の陰で喜んでいるのだろうか?) |
No.935 | 5点 | 人形はライブハウスで推理する 我孫子武丸 |
(2013/10/23 22:45登録) 人形探偵シリーズの第四弾。短編集としては第一作目の「人形はこたつで推理する」に続く作品集となる。 2001年発表。久しぶりに作者の作品を手に取ることにしたが・・・ ①「人形はライブハウスで推理する」=表題作だがちょっとパンチ不足気味。ライブハウス内のトイレで起こる密室殺人がテーマなのだが、密室トリックが雑で分かりにくい。 ②「ママは空に消える」=睦月の勤務先の幼稚園の園児が発した言葉が謎のキーとなる作品。「空の上」をどのように解釈するかということなのだけど・・・アイデアとしては面白い。 ③「ゲーム好きの死体」=ゲームといっても一昔前のハードとソフト・・・(多分スーパーファミコンの時代だな)。で、この頃のゲーム機が頭に浮かばないと分かりにくいかも。 ④「人形は楽屋で推理する」=園児たちを連れて人形劇を鑑賞することになった睦月たち。そこで一人の園児が忽然と消えてしまうのが今回の謎。まぁ大したことはないが、心温まる一篇ではある。 ⑤「腹話術志願」=嘉夫に弟子入り志願してきた男が巻き込まれるコンビニ強盗&殺人事件。一種の錯誤を利用したトリックなのだが、それほど響いてはこなかった。 ⑥「夏の記憶」=睦月の過去にまつわる謎を解き明かすのが本編のテーマ。鞠夫が指摘する真相(?)は「あっ!」と思わされることなのだけど・・・ 以上6編。 短編らしいワンアイデア勝負の作品が並んでいる。 トリック自体は特段どうということもないレベルなんだけど、そこまでの持っていき方というかプロットはさすがにうまい。 ただ、何となく既視感というか二番煎じという印象にはなった。 嘉夫と睦月のじれったすぎる関係が爽やかでもあり、優柔不断でもあり・・・好みは分かれそうだな。 (個人的ベストは②。あとは⑤⑥かな・・・) |
No.934 | 8点 | 本命 ディック・フランシス |
(2013/10/23 22:44登録) 1962年発表。大作家D.フランシスの競馬シリーズ第一作目が本作。 原題“Dead Cert”(=死の不正?)。フランシスも後回しにしていた作家なのだが・・・ ~濃霧をついて蹄鉄がぶつかりあう鋭い音が響く。遥か前方を走る一頭の鞍上では、騎手のビルが最後の障害を跳ぶべく馬の態勢を立て直していた。本命馬アドミラル号はその力強い後半体の筋肉を盛り上げ、緊張し跳んだ。完璧な跳躍。鳥のごとく宙に浮き次の瞬間落ちた。そしてビルは死んだ・・・。これは事故なのか? ビルの親友アラン・ヨークはその疑いに抗しきれず、ただひとり事件の謎を追う。迫真のシリーズ第一弾!~ これは面白い。 本格ミステリーとしても、サスペンスとしてもやはり一級品だ。 さすが読み継がれてるシリーズというのも頷ける・・・(ちょっと褒めすぎか?) 紹介文のとおり、事件は不審な落馬死亡事故から始まり、徐々に競馬サークルに蔓延っている八百長事件へと発展していく。 こう書くと、この手のミステリーにはありがちなストーリーだし、本作においても骨格となるプロットは実に単純なもの。 中盤あたりからいかにも怪しげな人物が登場するので、ミステリーファンなら「多分こいつが黒幕か?」というアタリがつけられるに違いない。 でも、本作のスゴさはそこではない。 読者が主人公ヨークと一体になり読み進められるリーダビリティの質、ミステリーとしての要素がうまい具合に配置されているバランスこそが本作の良さだと思った。 ラストに待ち受ける主人公の大ピンチと更なるドンデン返しもよく効いている。(予定調和気味ではあるけど・・・) 他の方の書評を見ると、本作はフランシスらしくない作品とのことであるので、逆にますます次作以降に興味が湧いてきた。 せっかく後回しにしていたシリーズなので、じっくり時間をかけ楽しむこととしたい。 (巻末解説に日本と英国の競馬の相違点がまとめられていて参考になる。やっぱり、馬が生活に密着に関係していた国と胴元がいかに集金するかから始まった国とは違うということだろうな・・・) |
No.933 | 6点 | そして誰かいなくなった 夏樹静子 |
(2013/10/23 22:42登録) 1988年発表の長編。 タイトルから分かるとおり、A.クリスティのミステリー史上に燦然と輝く傑作「そして誰もいなくなった」を本歌取りした作品。 この作品のパロディはいろいろ出されてますが本作は・・・ ~湘南・葉山マリーナから沖縄を目指す豪華クルーザーのインディアナ号が出港した。船のオーナーから招待を受けたのは、会社役員秘書、エッセイスト、医者、弁護士、プロゴルファーの五人。オーナーは御前崎から乗船するという・・・。翌朝、一人の死体が発見され、彼の干支である猿の置き物が消えていたのだ! 騙される快感に酔える傑作長編~ まずまず面白かった・・・というのが、ある程度譲歩した感想。 終盤までは、とにかく本家「そして誰もいなくなった」と同様、船内というクローズド・サークルで次々と人が殺されていく展開。 ひとり、またはひとりと登場人物が少なくなり、当然真犯人候補も狭まっていく・・・ そしてついに二人に絞られ、あろうことかひとりになってしまう・・・ 本作のようなパロディものは本家の骨格や味わいを残しながらも、主眼となるトリックはオリジナリティを出さなければならないというハードルが課せられるのは自明。 本作では最終章に作者の蒔いた仕掛けが明らかにされるのだ。 まぁ手練のミステリー好きなら、「やっぱり!」というレベルかもしれないが、まずまず納得感は得られた気はする。 そして、最後に気づくだろう。本作は「・・・誰もいなくなった」ではなく、「・・・誰かいなくなった」なのだと! トータルで評価するとこのくらいの点数。 でも結局これって、いわゆる「プロバビリティーの犯罪」に属するんだと思うけど、結構リスクあるよなぁ。 お話としては面白いが、かなり無理のあるプロットなのは確か。 (面白けりゃそれでいいんですけどねぇ・・・) |