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平均点:6.00点 | 書評数:1859件 |
No.999 | 8点 | 虚無への供物 中井英夫 |
(2014/04/14 21:56登録) ついに到達した1,000冊目の書評。(ここまで長かったような短かったような・・・) この記念すべき書評作品(あくまで個人的な意味ですが)としてセレクトしたのが本作。 改めて言うまでもありませんが、夢野久作「ドグラ・マグラ」、小栗虫太郎「黒死館殺人事件」と並び、日本三大奇書のひとつとされる作品。 今回は講談社文庫で刊行された新装版(上下分冊)にて読了。 ~昭和二十九年の洞爺丸沈没事故で両親を喪った蒼司・紅司兄弟、従兄弟の藍司らのいる氷沼家に更なる不幸が襲う。密室状態の風呂場で紅司が死んだのだ。そして叔父の橙二郎もガスで絶命・・・。殺人?事故? 駆け出しの歌手・奈々村久生らの推理合戦が始まった。誕生石の色、五色の不動尊、薔薇、内外の探偵小説など蘊蓄も満載。巧みに仕掛けた罠と見事に構成された「ワンダランド」に作者の“反推理小説”の真髄を見る究極のミステリー~ いやぁー・・・これは書評できません。 というより書評する意味がないと思うし、ましてや評点を付けるなんて××××・・・ ミステリー好きにとっては避けて通れない作品として、以前に一度手に取り「読もう」としたのだが、一頁に埋め尽くされた文字と長大な分量、そして冒頭から始まる迷路のような展開に恐れをなして、途中で放り出した経験があるのだ。 さすがに今回は放り出さなかったのだが、作者の仕掛けた迷路(ラビリンス)に嵌り込み、前の方に微かに灯された光に向かって進むだけという読書になってしまった。 そう、本作はまるで“蜃気楼”のような作品なのだ。 何度も続く推理合戦、真相究明と思いきや次の瞬間には肩透かしのように全てが否定される展開。 捕まえようと思って手を伸ばしても、決して届くことのない存在・・・という表現がピッタリだと感じた。 いつもは飛ばし読みする巻末解説も今回は割と真剣に読んだのだが、やっぱりよく分からない。 結局、作者は読者に或いは世間に、社会に何を問いたかったのか? 何を言いたかったのか? 単に、ミステリーに対するアイロニーなのか? まぁこんなことを真剣に考えさせる作品というだけでもスゴイことなのだろう。 読み手はトリックだのロジックだのにとらわれず、ただひたすら作品世界に没入するだけ。 そして、数多くの?(疑問符)があればあるほど、作者の「ニヤリ」という表情が作品の奥から見えてくる(筈だ)。 評点は参考程度。 (今回は1冊のみの書評。1,001冊目からもマイペースで書評していきたい・・・できれば週3冊程度で・・・) |
No.998 | 7点 | ジキル博士とハイド氏 ロバート・ルイス・スティーヴンソン |
(2014/04/07 22:24登録) 最後の(?)ゾロ目、999番目の書評としてセレクトしたのは本作。 「二重人格」の代名詞ともいえるジキル博士&ハイド氏。作者は「宝島」でも知られる大作家スチーブンソン。 というわけで999冊目に相応しい作品ではないだろうか。 今回は新潮文庫の田中西二郎訳で読了。原題は“The strange case of Dr.Jekyll and Mr.Hyde” ~医学、法学の博士号を持つ高潔な紳士ジーキルの家にいつのころからかハイドと名乗る醜悪な容貌の小男が出入りするようになった。ハイドは殺人事件まで引き起こす邪悪な性格の持ち主だったが、実は彼は薬によって姿を変えたジーキル博士その人だった! 人間の心に潜む善と悪の闘いを二人の人物に象徴させ、二重人格の代名詞として今なお名高い怪奇小説の傑作~ これはもう「古典」としかいいようがない。 おおよその筋書きは未読の読者でも知っているだろうが、改めて今回読んでみると、ジキル博士の苦悩と悲しみが行間から溢れ出るようだった。 友人である弁護士アタスンに残したジキル博士の書き置き。そこには自身の悪の化身であるハイド氏を生み出すまでの経緯や、生み出してしまった後悔、そして徐々にハイド氏に実態が奪われていく恐怖・・・ それらが切々と語られているのだ。 時は19世紀後半のロンドン。 まだまだ夜が夜らしい姿を見せていた時代。 こんな時代に人間の「善」と「悪」をここまで追求したプロットを捻り出すこと自体がスゴイとしか言いようがない。 大昔(小学生時代かな?)に本作を一度読んでいるのだが、そのときはハイド氏の容貌と相俟って、とにかく怖いというイメージしかなく、再び本作を手に取る日が来るなんて考えてなかった。 分量はたいへん短いのだが、やはり名作として残すべき作品なのだろうと感じる。 ミステリーとしては甚だ変格だが、それ相応の評価はすべき作品。 (やはりスゴイ作家だと再認識。) さて、次はいよいよ記念すべき1,000冊目の書評だ! |
No.997 | 5点 | 暗闇の殺意 中町信 |
(2014/04/07 22:21登録) 「模倣の殺意」の思わぬヒット! それに気をよくしたのか、今回は光文社文庫よりタイトルまでシリーズを模して発表された本作。 ①「Sの悲劇」=ダイニング・メッセージがテーマとなった本作。よくある推理クイズ程度のプロットといってしまえばそれまでなのだが、手堅くまとめてはある。(「Yの悲劇」のアンソロジーで有栖川有栖が似たようなプロットで書いていたのを思い出した・・・) ②「年賀状を破る女」=ラストには全体の構図が反転する・・・といえば面白そうに見えるが、それほどでもない。 ③「濁った殺意」=“安楽死”をテーマとする作品。一応動機はあるけれど、それでも○○を殺すかねぇ・・・。 ④「裸の密室」=これはトリッキーでよくできた作品。相当綱渡りだし、現実的に通用するかというと?(疑問符)なのだが、物証や関係者のコメントなどの仕掛けがラストに効いてくる。密室はオマケ程度。 ⑤「手を振る女」=鉄道を利用したアリバイトリックがメインテーマなのだが、別に時刻表を使った複雑なトリックではない。でも、手を振るのを○○と見○○○うかなぁ?? ⑥「暗闇の殺意」=表題作だが、他作品よりも出来は落ちる。一応フーダニットに主眼が置かれているのだろうけど、特段サプライズがあるわけでもなく終了。要はタイトルだけ欲しかったのかな? ⑦「動く密室」=自動車教習所を舞台とした一編。というと、最近読了した「自動車教習所殺人事件」(創元文庫版で「追憶の殺意」と改題)と同じだが、本作は短篇っぽいプロット。教習所らしい小道具がアリバイトリックに一役買っているのが面白い。 以上7編。 ひとことで言えば「寄せ集め」っていう感じだろうか。 作者らしい生真面目な作品が並んでるし、どれもまずまず楽しめる作品ではある。 ただ、全ての作品が“ジャブ”というレベルで、「へぇー」というパンチの効いた作品はない。 まぁ「殺意シリーズ」に便乗した作品集と言われても仕方ないかな・・・ 評価はこのくらいになってしまう。 (個人的ベストは④。次点は⑧。あとはうーん・・・) |
No.996 | 5点 | 戌神はなにを見たか 鮎川哲也 |
(2014/04/07 22:20登録) 1976年発表の長編。 鬼貫警部シリーズの作品だが、本作では地味で忠実な部下・丹那刑事が大活躍(!?)する・・・ ~東京・稲城市のくぬぎ林で小日向大輔の刺殺死体が発見された。物証は外国人の顔が刻まれた浮き彫りと、小日向の胃に未消化のまま残されていた瓦煎餅のみ。捜査陣の地道な努力によって、同業のカメラマン・坂下護が浮かび上がるが・・・。犯行時期、坂下は推理専門誌の仕事で、乱歩生誕の地・三重県名張市にいたと主張する。アリバイ崩し、遠隔殺人トリック、アナグラムなどを盛り込んだ重量級ミステリー!~ 長かった! 冒頭でも書いたとおり、本作では中盤、主に丹那刑事の捜査行が書かれているのだが、これが実に丹念&懇切丁寧。 事件関係者から話を聞くために、日本列島を東奔西走し、本作はそれをひとつひとつ書き残していく・・・ そういうシリーズだからと言ってしまえばそれまでだが、さすがにこれは冗長だった。 懸命の捜査の末判明する真犯人。 後半は真犯人のアリバイ崩しが当然のごとくメインテーマとなる。 二つ目の殺人については、遠隔殺人というほどのものではないが、メインの小日向殺しのアリバイはかなり精緻なもの。 いつもの時刻表を駆使したトリックではないが、写真というお得意の小道具をうまく使いながら、捜査陣(読者)の誤認を誘っている。 この辺りはやはり“さすが“ということだろう。 ただ、本作は鬼貫警部は完全に脇役扱いで、シリーズファンにとっては物足りないのではないか? トリック&プロットも今ひとつ切れ味に欠けるという印象。 作者の作品群でも上位に評価するのは難しいと思う。 (日本各地の変わった地名がうまく使われてるのが面白い・・・) |
No.995 | 7点 | 人間の尊厳と八〇〇メートル 深水黎一郎 |
(2014/03/30 18:57登録) 第64回日本推理協会賞短篇部門受賞作を含む作品集。 前々から読みたかった本作だが、文庫落ちを待って早速購入&読了。 ①「人間の尊厳と八00メートル」=表題作。日本推理協会賞受賞作に相応しい芳醇な香り漂う作品。途中で語られる「なぜ八00走が人間の尊厳につながるのか」というロジックと、ラストのオチが見事に決まっている。小粋な作品。 ②「北欧二題」=二つの別作品からなる一編。それぞれスウェーデン(瑞典)とノルウェー(諾威)が舞台となるのだが、前者の方が好み。作者あとがきにあるとおり、日本語の持つ表意文字としての美しさが存分に出ている(ような気がする・・・)。でも、ユーレイルパスの話は学生時代を思い出した! ③「特別警戒態勢」=設定として出てくる自身と妻と子供の三者関係は、もろに現実の自分を思い出した。小学生低学年だったら、今の時代これくらい考えてておかしくないと思う。 ④「完全犯罪あるいは善人の見えない牙」=これはまさにタイトルどおりのオチ。プロットとしては特段珍しくない。 ⑤「蜜月旅行Lune de Miel」=この主人公の考え方って・・・なんか他人事のように思えなかった。私自身も昔、同じようにバックパッカーとしてあちこちを旅し、その度に日本人の団体旅行者を色眼鏡で見ていたなぁ・・・。でも今思えば、実につまらないことを気にしていたことを、この女性から突きつけられた感じ・・・。でも男って、こんなつまらない見栄を張りたい生き物なんですよ! 以上5編。 ①以外はミステリーとしてはどうかなぁという作品が並んでいるのだが、それでも読了後は満足感を得られている。 それもこれも、作家としてのレベルの高さなのだろう。 その中でも①はやはり別格。 濫作に陥ることなく、質の高い作品を今後も発表していただきたい。 (ベストは断然①なのだが、②と⑤は学生時代を思い出して実に懐かしくなった・・・。あの頃のように時間に縛られない旅ができればなぁ・・・) |
No.994 | 7点 | キドリントンから消えた娘 コリン・デクスター |
(2014/03/30 18:56登録) 1976年発表。「ウッドストック行き最終バス」に続くモース警部シリーズの長編二作目。 モースとルイス部長刑事のコンビが織り成す「論理の迷路」(!?)が楽しい作品。 ~二年前に失踪して以来、行方の知れなかった娘バレリーから両親に無事を知らせる手紙が届いた。彼女は生きているのか、生きているとしたらどこでどうしているのか。だが捜査を引き継いだモース主任警部は、ある直感を抱いていた。「バレリーは死んでいる・・・」。幾重にも張り巡らされた論理の罠をかいくぐり、試行錯誤の末にモースがたどり着いた結論とは? アクロバティックな推理が未曾有の興奮を巻き起こす現代本格の最高峰~ これは評判どおりの“怪作”だ。 (人によっては“快作”かもしれないが・・・) 中盤以降、モースの「解決した」という言葉に何度騙されたことか(!) モースの推理をあざ笑うかのように、解決を確信した彼の前に現れる新たな壁、壁、壁・・・ 最終的に示された真相に対しては、もはや「へぇー」という感想しか湧いてこなかった。 一人の探偵役がこれほどトライ&エラーを繰り返している作品というのは、やはり初めてお目にかかった。 バークリーの「毒入りチョコレート事件」でも感じたことだが、要はミステリーにおける「真相」なんて作者の匙加減ひとつだし、あまりにもロジックに拘りすぎると、どうも無味乾燥なストーリーになりやすい・・・ということなのだろう。 最終的な真相について納得したかと問われると、正直なところ「うーん」ということになるのだが、こういう風に振り回されること自体は嫌いではないし、なかなか楽しい読書にはなった。 これまで読んできた作者の作品のなかではベストという評価。 (こんな失踪事件程度を主任警部が担当するというのはどうなんだろう・・・) |
No.993 | 5点 | 影の告発 土屋隆夫 |
(2014/03/30 18:55登録) 1963年に刊行された作者の第四長編。 今作以降、メインキャラクターとなる千草検事が初登場する作品であると同時に、日本推理作家協会賞を受賞したエポック・メイキングな作品という位置付け。 ~「あの女が・・・いた・・・」。そう言ってデパートのエレベーターの中で男が死んだ。手掛かりは落ちていた名刺とこの言葉だけ。被害者の周辺から疑わしい人物の名前が挙がってくるが、決定的証拠がつかめない。そして被害者の過去のカギを握る少女の影。千草検事と刑事たちは真実を追いかける・・・。日本推理作家協会賞受賞の名作~ 古いタイプの本格ミステリー。 作者の作品はデビュー長編の「天狗の面」に続き、二作目の読書になるのだが、ロジック全開だった「天狗の面」に比べると、動機探しやアリバイ崩しといったその頃流行りのガジェットに拘った作品にシフトしていた。 「動機探し」については、早い段階からほぼ読者が察することができ、それと同時に真犯人もほぼ特定されてしまう。 戦後を引き摺ったような暗く重い動機であり、タイトルどおり「影」という言葉が作品全体に大きな意味を持ってくる。 そして、中盤以降はほぼアリバイ崩し一本槍の展開。 そのアリバイトリックの鍵となるのが「電話」と「写真」。でも、写真についてはここまで綿密に計画した犯人にしてはアレを計算に入れないというのがあまりにもお粗末な気がするし、○○についても、ピントが甘いという時点で捜査陣が気付かないというのはちょっと頂けない・・・ ただし、電話の使い方については感心。 捜査(読者)側の錯誤をうまい具合にアリバイトリックに絡めているなど、ミステリー作家としての作者の腕の確かさを感じられる。 まぁ全体的な評価としてはなぁ・・・ 「天狗の面」がかなり鮮やかで、大いに感心させられただけに、どうしても格差を感じてしまう。 “物書き”としての力量は、デビュー時よりも当然上がっているのだろうが、ミステリーとしての衝撃度ではやはりこの程度の評点に落ち着いてしまう。 |
No.992 | 7点 | 不可能犯罪捜査課 ジョン・ディクスン・カー |
(2014/03/22 20:24登録) 不可能犯罪を捜査するため、スコットランド・ヤード内に設置されたD三課。 D三課長を務めるマーチ大佐を主な探偵役に据えた作品集が本作。 以下の①~⑥はマーチ大佐登場作で、⑦以降はそれぞれ別の人物が(一応の)探偵役となる。 ①「新透明人間」=ひとりの間男が見張っていた部屋で起こった銃殺事件。しかも犯人は手袋のみの「透明人間」なのか? 何ともトリッキーな作品に思えるのだが、トリックはかなり昔の奇術を使ったもの。個人的には、二階堂黎人が「人狼城の恐怖」で捨てトリックとして引用していたのを思い出した。 ②「空中の足跡」=いわゆる「雪密室」がテーマなのだが、このトリックは「うーん」という感じになってしまう。小学生の頃、「推理クイズ」辺りで必ず出てきたヤツだ。 ③「ホット・マネー」=銀行強盗が逃走中に盗んだ金を隠したと思われるある一軒家。しかし、どこを探しても金は見つからなかった・・・。ポーの名作「盗まれた手紙」を意識した作品だが、東洋人には今ひとつピンとこない隠し場所。 ④「楽屋の死」=テーマとしてはアリバイトリックになるが、この手のプロットは古典作品で頻繁に登場するヤツだ。でも、これって絶対リアリティないと思うけどなぁ・・・ ⑤「銀色のカーテン」=これは典型的な物理トリック、っていう感じ。ここまでうまくいくか、という疑問は置いといても、こういう舞台設定を無理なく設定できる作者の着想にはやはり尊敬させられる。“銀色のカーテン”という表現も詩的でニヤリとさせられる。 ⑥「暁の出来事」=これもプロット自体はなんてことないものなのだが、見せ方がうまいせいでオチが綺麗に決まっている。ひとりの登場人物の予想外の行動がカギになっている点も旨い。 ⑦「もう一人の絞刑吏」=これは⑥までの作品とは色合いの違う一編。法律をうまく逆用したオチが決まっているが、やや分かりにくいのがマイナス。 ⑧「二つの死」=仕事に疲れ、長期休養を言い渡された大富豪。世界一周旅行から帰ってみると、自分が死んだという報道に触れて・・・。プロットにそれほど捻りはないのだが・・・ ⑨「目に見えぬ凶器」=実に魅力的なタイトル。密室状況の殺害現場から凶器が消えたというのが本作の謎。②と同レベルなら、「氷」が凶器という解答になるのだが、さすがにこれは捨てトリックだった。でもコレって本当に凶器になるのか? ⑩「めくら頭巾」=これはオカルト色が強い一編(特にラスト)。途中長々と読まされるが、結局真相は○○だったということ。 以上10編。 この時代にこんな短篇って、恐らくカーしか書かないだろうなぁ・・・といういかにもカーらしい作品集となっている。 長編にするにはちょっと食い足りない(中には長編に焼き直したものもあるのかもしれないけど)、というレベルのトリック&プロットが並んでいる印象。 でも、決して嫌いではない。特にマーチ大佐はもろにフェル博士やH/M卿とキャラが被っていて、カー好きにとっては堪えられない。 こういうトリックを次々と捻り出してくれた作者にはやはり感謝せねばならないだろう。 (個人的には⑤⑥⑨辺りが好み。①や②にも思わずニヤリ・・・) |
No.991 | 6点 | 極北クレイマー 海堂尊 |
(2014/03/22 20:23登録) 北海道極北市にある極北市民病院。 今回の舞台はいつもの桜宮市を離れたが、登場人物のなかにはこれまでの海堂ワールドを彩ってきたメンバーたちがちらほら・・・ 続編「極北ラプソディ」の前編的位置づけなのが本作。 ~財政破綻に喘ぐ極北市。赤字五つ星の極北市民病院に赴任した非常勤外科医・今中は、あからさまに対立する院長と事務長、意欲のない病院職員、不衛生な病床にずさんなカルテ管理など、問題山積・曲者ぞろいの医療現場に愕然とする。そんななか、謎の派遣女医の姫宮がやってくる・・・。果たして今中は病院を救えるのか、崩壊した地域医療に未来はあるのか?~ 医療事故と地域医療。 現代の日本に存在する医療に関する諸問題のうち、この二つが本作のテーマとなった。 医療事故については、それこそ「白い巨塔」以来、何度も取り上げられたテーマであり、特段の目新しさはない。 ただ、本作の舞台となっている産婦人科については、最も医療事故が「許されない」対象となっている点は考慮する必要がある。 (それにしても、三枝医師があの「マリア・クリニック」院長の子息とはなぁ・・・) そしてもうひとつのテーマである「地域医療」。 本作に出てくる架空の街・極北市は恐らく「夕張市」がモデルになっているものと思われるが、何も夕張に限ったことではなく、地方では県庁所在地以外ではどこにでも同種の問題が存在する。 救急搬送でのたらい回しや慢性的な医師不足など、問題山積なのが現状だろう。 ただし、作者はこういう医療側だけの問題でなく、医療を受ける側の問題を指摘する。 われわれが日々享受している医療サービスは、過酷な労働環境で働く医師たちに支えられているのだと・・・ 作中ではマスコミの取材態度や勉強不足を槍玉に挙げているが、確かに徒にミスをあげつらい、患者の権利だけを主張する世の中はどうなのか、という思いは強くさせられた。 終章に登場する世良医師(あの世良だ!)が発した「日本人は今や一億二千万、総クレイマーだ!」という言葉。医療関連ではないが、同じ(?)サービス業で働く身としては、同様に感じてしまう思いである。 ということで、割と硬派な書評になってしまったけど、本作もやはり「笑いどころ」満載の医療エンタメ作品に仕上がっている。 ミステリー色はほぼないが、海堂ワールドを楽しみにしている読者にとってははずせない作品。 (極北市で夕張だけじゃなく、夕張+網走+稚内っていう感じかな?) |
No.990 | 8点 | 永遠の0 百田尚樹 |
(2014/03/22 20:21登録) もはや説明不要とさえ言えるほどのベストセラーとなった本作。 昨今問題発言(?)が騒がれているが、類まれなるストーリーテラーとなった作者のデビュー作にして最高傑作(だろうな)。 ~「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」。そう言い続けた男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか・・・。終戦から六十年目の夏、健太郎は死んだ祖父の生涯を調べていた。天才的パイロットだが臆病者。想像と違う人物像に戸惑いつつも、ひとつの謎が浮かんでくる・・・。記憶の断片が揃うとき、明らかになる真実とは?~ 本作を読むことになろうとは全く思ってなかった。 ミステリーとは全く異質の読み物である本作。仕事の関係でどうしても読まなくてはならなくなり、手に取り頁をめくり始めた途端・・・ 物語の波に呑み込まれていった・・・ これは書評すべき作品ではないだろう。 入念な取材が成された様子が分かるし、史実に近い内容になっているのだろうと思う。 つい、六十年前、日本は、日本人はこんな時代を過ごしてきたのだ、という圧倒的な事実。 徐々に戦争の語り部がいなくなっている現代。 我々は平和の世を生きる幸せを噛み締めなければならない。 そして何より、「なぜ戦争を始めたのか」「始めなければならなかったのか」・・・ それを考えていかなければならない・・・ あまりうまく書けないが、そんなことを強烈に考えさせられた。 本作にミステリーとしての評価はできないし、一応点数をつけてるけど、参考外。 |
No.989 | 6点 | ナヴァロンの要塞 アリステア・マクリーン |
(2014/03/15 20:34登録) 1957年発表。「女王陛下のユリシーズ号」と並び、A.マクリーン最大の傑作といえばコレ。 グレゴリー・ペック主演の映画の方が有名なサスペンスアクション巨編。 ~エーゲ海にそびえ立つ難攻不落のナチスの要塞、ナヴァロン。その巨砲のために連合軍が払った犠牲は計り知れない。折しも近隣の小島ケロスにとどまる1,200名の連合軍将兵が全滅の危機に瀕していた。だがナヴァロンのある限り、救出は不可能。遂に世界的登山家のマロリー大尉ら精鋭五人に特命が下った。「ナヴァロンの巨砲を破壊せよ!」。知力、体力の限りを尽くして不可能に挑む男たちの姿を描く冒険小説の金字塔!~ これはやはり映像向きだな・・・というのが読後の感想。 マロリー大尉らが、数々の苦難を経てナヴァロンの巨砲を破壊するまでが描かれるわけだが、文字にして読んでると、どこか説明がクドク感じてしまって、スピード感が削がれるように思えた。 作中にナヴァロンの要塞の図なども挿入されているのだが、本来は三次元の広大なスケールだったのが、うまく伝わってこないような感覚なのだ。(訳文のせいかもしれないが・・・) ただし、さすが読み継がれる名作と思わせるところは随所にある。 序盤から中盤まではちょっとまだるっこしいのだが、マロリーらの進撃が始まる終盤以降は、マロリー軍団VSドイツ軍の一進一退の攻防が描かれ、ページをめくる手が止まらなくなる。 仲間の裏切り、そして忠実な部下の死を経てたどり着く歓喜! この辺りの面白さはやはり見るべきものがある。 評点としてはこのくらいになるかなぁ・・・ 知名度から勘案するとちょっと物足りない感じがしてしまうところがどうしても評価に反映されてしまう。 でもまぁ、十分に一読の価値はあり。 (今回、読了するのにかなりの時間を要してしまった・・・) |
No.988 | 7点 | 人間椅子 江戸川乱歩ベストセレクション(1) 江戸川乱歩 |
(2014/03/15 20:33登録) 角川ホラー文庫の江戸川乱歩ベストセレクションシリーズ第一弾で読了。 表題作のほか、作者を代表する珠玉の短編全8編で構成。 ①「人間椅子」=実に乱歩らしい耽美でエロティックな世界観だが、ラストはミステリーらしいオチで終わる。よくまとまってるし、このプロットは他の作家でも手を変え品を変え登場するもの。良作。 ②「目羅博士の不思議な犯罪」=これも乱歩らしい作品のひとつ。夜にこういう話を読んでると、何かモゾモゾした気分になってくる・・・ ③「断崖」=男と女の会話だけで進められるストーリー&プロット。タイトルどおり、ラストはまるで二時間サスペンスのような展開になるのか? ④「妻に失恋した男」=何だか意味深なタイトルだが・・・。こういう男は悲しい・・・。 ⑤「お勢登場」=これは再読。罠をかけた方が自らの罠にはまってしまうという悲しい結末。そしてそれを見て見ぬ振りをする妻・・・。④と同様、男って悲しい生き物。 ⑥「二廃人」=これも再読。夢遊病者の犯罪というのがやはり乱歩という気がする。 ⑦「鏡地獄」=“鏡”というのも乱歩の世界観にマッチした小道具だろう。鏡に嵌った男が、鏡に狂わされてしまう。 ⑧「押絵と旅する男」=これも良作。乱歩の不条理な世界観とファンタジックな感覚が絶妙にマッチした作品だと思う。つい最近、「ビブリア古書堂4」を読んだことが、本作を手に取るきっかけとなったのだが、読んで正解。 以上8編。 このセレクションはかなりの高水準。 もちろん作品ごとに差はあるが、総じて水準以上の好編が並んでいる印象。 乱歩の世界観は、あまりにエログロに振れるとゲンナリするが、これくらいなら全く問題なし。 これなら乱歩好きにも乱歩嫌いにもお勧めできる。 (ベストは①か⑧。この2編は評判通りの作品。後もそれなりに面白い。) |
No.987 | 7点 | 遠海事件: 佐藤誠はなぜ首を切断したのか? 詠坂雄二 |
(2014/03/15 20:32登録) 2008年発表。デビュー作「リロ・グロ・シスタ」に続く第二長編。 サブタイトル「佐藤誠はなぜ首を切断したのか」のとおり、“首切り”のホワイにプロットの力点を置いた作品。 ~佐藤誠。有能な書店員であったとともに、八十六件の殺人を自供した殺人鬼。その犯罪はいつも完璧に計画的で、死体を含めた証拠隠滅も徹底していた。ただ一つの例外を除いては・・・。なぜ彼は遺体の首を切断するに至ったのか? 遠海市で起きた異常な事件の真相、そして伝説に彩られた佐藤誠の実像に緻密に迫る!~ 実に不思議な感覚に陥る作品・・・だった。 冒頭に触れたとおり、本作のプロットの中心は「首切り」の謎。 作中でもミステリーマニアの登場人物の口を借りて、「首切り」というガジェットの面白さが語られていて、犯人が首を切る理由の分類を試みている。 同じようなものに「バラバラ死体」があるが、主にポータビリティが理由となる「バラバラ」よりも、「首切り」の方はどうしてもこういった解法になるんだなぁというのが感想で、本作もそれほどのサプライズ感はなかった。 ただし、本作のスゴさはそこだけではなくて、作中全体に「罠」が仕掛けられているところにある。 ドキュメンタリー形式という表現が取られているのだが、終盤にはこれが重層的な構造だったことが分かる仕掛け。 「おわりに」の章も、ラスト一行で読者は「えっ!」と思わされるのは間違いないだろう。 手頃な分量の作品だけど、作者のテクニックがふんだんに盛り込まれた佳作。 本作が「詠坂」の初読みだったのだが、以前から注目していた作家のひとりだったし、他作品も続けて読むことにしよう。 (『佐藤マコト』って、日本で何人くらいいるんだろうね?) |
No.986 | 6点 | 金雀枝荘の殺人 今邑彩 |
(2014/03/03 22:02登録) 1993年に発表された作者の第六長編。 最近中公文庫で再版されたが、今回は講談社のオリジナル版で読了(別に変わりがあるわけではないが・・・)。 ~金雀枝(エニシダ)の花が満開に咲くころ、一年に一度彼らがこの館を訪れる。また、あの季節が巡ってきた・・・。完璧に封印された館で発見された不条理極まりない六人の死。過去にも多くの命を奪った「呪われた館」で繰り広げられる新たなる惨劇。そして戦慄の真相とは何か。息をもつかせぬ恐怖と幻想の本格ミステリー~ これはまさに「新本格」というべき作品。 1987年に発表されたエポック・メイキング的作品「十角館の殺人」を契機に、いくつも発表された「館もの」というジャンル。本作もそのなかのひとつに含まれるのだろう。 いろいろと不満な点もあるのだが、まずは「謎解き小説」としてのプロットはしっかりしている。 ロジックが不足している点も垣間見えるが、大量連続殺人と密室、そして「見立て」が有機的につながり、特に密室(館そのものの)トリックの解法はシンプルだが説得力のあるものになっている。 「見立て」については常にその「必然性」が問題になるが、今回はまぁ及第点というところかな。 冒頭に掲げられた家系図や登場人物の多さからしても、書く人が書けば相当膨大な大作になってしまいそうだが、本作は必要部分以外は削ぎ落とされていて、そういう意味では好感が持てるのだが、反面物語としては物足りなさを感じてしまう。 特に「動機」はどうかなぁ・・・ (いかにも「新本格」らしいといえば、らしいのだが・・・) 個人的にはこういう作品はストライクゾーンだし、作者の姿勢にも好感が持てる。 ただ、期待が高かっただけに、ちょっとハードルを上げすぎたかも。 いわゆる「館もの」が好きな方なら是非ご一読ください。 |
No.985 | 5点 | カササギたちの四季 道尾秀介 |
(2014/03/03 22:00登録) 2011年に発表された作者得意の連作短篇集。 リサイクルショップ「カササギ」の店長・華沙々木と店員の日暮、そして中学生の菜美を加えた三人が身の回りで起きる謎を解き明かしていく・・・ ①「鵲の橋」=春の章。「カササギ」で起こった放火事件の謎を追ううちにたどり着いたのがある鋳物工場。経営者の親子・兄弟関係に纏わる話を聞くうちに華沙々木は思い付く・・・。そして日暮はそれを訂正する・・・ ②「蜩の川」=夏の章。久しぶりに来た大口の注文。注文品を届けに山奥へと向かった三人はある工芸家とその弟子たちに遭遇する。そこには工芸家にやっと弟子として認められた若き女性がいたのだが・・・。これも最後には日暮が訂正する。 ③「南の絆」=秋の章。三人組のひとり、南見菜美が仲間に加わった際のエピソードが紹介される一篇。なぜ日暮が華沙々木の影となってフォローしているのか、その理由が心に染み入る。 ④「橘の寺」=冬の章。日暮の天敵(?)的存在・黄豊寺の和尚が急にやさしくなった。が、後で思わぬしっぺ返しを受けるハメに・・・。本当の親子じゃなくても愛情は普遍なんだと気付かされる。 以上4編。 直木賞受賞後ますますミステリーから離れていく感のある作者だけど、本作は完全にミステリーと呼べる連作短篇集となった。 表現力というか読ませる力はさすがの一言。 「カササギ」という店も三人のメインキャストもまるで目の前にいるようにリアリティある存在に思えた。 ただ、ミステリー的な仕掛けという観点からいくと、本作はまだまだ十分とはいえない。 謎が小粒だし、これだけいい人だらけの小説というのも読みにくいものだ。 長所と短所を比べていくと平均点という辺りに落ち着く。 (あまり抜きん出ている作品はなし。どれもホノボノした味わい) |
No.984 | 6点 | 度胸 ディック・フランシス |
(2014/03/03 21:59登録) 1964年発表。原題“Nerve”。 「本命」に続く競馬シリーズの第二長編作品。 ~イギリスでも有数の騎手アート・マシューズがこともあろうに競馬場のパドックの中央で血しぶきをあげて自殺を遂げた。銃声はパドックにとどろき、スタンドの高い壁に反響した・・・。アートの死が引き金となったかのように次から次へと自殺し半狂乱に陥り、おちぶれていく騎手たち。彼らを恐怖のどん底に追いやる“怪物”の正体は何なのか? あまりに残酷な戦慄すべき競馬界の内幕を描き書評子をうならせた衝撃の作品~ よくまとまってる・・・そんな印象。 処女長編「本命」はサスペンス要素よりも本格ミステリーを彷彿させる「謎解き」要素が目に付いたが、本作ではそういった要素は薄い。 騎手たちを汚い手段で次々と貶めていく真犯人については、中盤過ぎにはほぼ明らかになってしまう。 (最後にドンデン返しがあるのかなと邪推したが、それはなかった・・・) 主人公で騎手であるフィンも真犯人にたどり着くのだが、手痛いしっぺ返しを食らうハメになるのだ。 そこからはサスペンスフルな展開が続き、九死に一生を得たフィンが逆に真犯人を罠にかける展開。 この辺りは前作でもあったプロットであり、サスペンスものの王道だろう。 最初は自分の腕に自信のない三流騎手だったフィンが、事件を通して一流騎手に育っていく姿も好ましい。 ただ、どうだろう? ちょっと予定調和過ぎるかなという印象は残った。 グイグイ読ませるし面白さも十分なのだけど、反面ちょっとインパクトに欠けるのは間違いない。 差し引きすると、水準+αという評価が妥当のような気がする。 (障害騎手って怪我が絶えないんだろうなぁ・・・) |
No.983 | 6点 | 熱帯夜 曽根圭介 |
(2014/02/24 22:26登録) 2008年に単行本として発表された「あげくの果て」に、短篇二本を加えて出版されたのが本作。 特に表題作「熱帯夜」は日本推理作家協会賞短篇部門を受賞した作品。 ①「熱帯夜」=これは一言でいうと「プロットの妙」ということになるだろう。二つの場面が交互に展開され、それぞれの背景も徐々に明らかにされていく。そして終章ではそれまでの世界が見事にひっくり返される快感・・・。さすがに冠のついた作品は違うなと思わされる。ラスト一行の捻りも気が効いてる。 ②「あげくの果て」=近未来の世界。日本は戦争に巻き込まれ、かつての経済大国の面影は全くなし。そして超高齢化社会がやって来ている。老人たちと若者たちの対立はエスカレートしていってついに・・・っていう展開。ここまでは大げさにしても、何となくそれに近いことは起こりそうな気がするから怖い、というか切ない。 ③「最後の言い訳」=徳永英明の曲じゃないよ(って古いな・・・)。本編はズバリ「ゾンビもの」(らしい)。人が人に食われると、「蘇生者」という存在になり、現世から隔離される・・・そんな舞台設定。主人公の冴えない男の回想シーンと現在の事件がクロスするとき、実に皮肉な結末を迎える。 以上3編。 ホラー文庫から出されてるけど、あまりホラー的な怖さはなく、特に①はレベルの高いミステリーとしての出来。 どれも皮肉が効いてて、作者がニヤニヤしながら書いてたんじゃないかなと思わされた。 ②③は特殊な舞台設定がテーマだけど、作者の考え方が投影されているようで興味深い。 まぁ旨い作家だなという印象は強く残った。 でも個人的にはそれほどストライクではないかな。 評価は若干辛めかもしれない。 (やはり①がダントツによい。②③は好きな人は好きかもっていう作品) |
No.982 | 5点 | ある殺意 P・D・ジェイムズ |
(2014/02/24 22:24登録) 1963年に発表された作者の第二長編。 作者のメインキャラクターであるダルグリッシュ警視シリーズ。 ~ある秋の晩、ロンドンのスティーン診療所の地下室で事務長のボーラムの死体が発見された。彼女は心臓をノミで一突きされ、木彫りの人形を胸に乗せて横たわっていた。ダルグリッシュ警視が調べると、死亡推定時に建物に出入りした者はなく、容疑者は内部の人間に限定された。尋問の結果、ダルグリッシュはある人物の犯行と確信するが、事件は意外な展開を・・・。現代ミステリ界の頂点に立つ作者の初期意欲作~ 実に端正な英国本格ミステリー、というべき作品なのだろう。 精神病院という舞台設定、容疑者は内部の者=医師、看護婦、事務職員などに絞られ、分単位のアリバイが事件を解く鍵となる。 こう書くと、期待感がいやがうえでも高まってくる。 でもなぁ・・・何かしっくりこないというかモヤモヤしたような感覚が残った。 英国の女流作家らしく、人間描写はまるでクリスティを思い出させるように精緻に書かれており、中盤まではダルグリッシュ警視の尋問という形式で多くの容疑者たちが彼のふるいにかけられる。 ただそれがかなり冗長でなかなか事件が進展しない。 ようやく全員への尋問が終わった頃には、もう作品の終盤に差し掛かっており、いったいどうやってケリをつけるのかと心配になった。 一応ラストは、ダミーの容疑者が否定された後、真犯人指摘という“よくある”締めで終わるのだが、これもちょっとサプライズというには程遠い。(動機という意味では最も疑わしい人物が結局・・・というのもどうか?) 「気合がちょっと空回り」というのが適当な表現だろうか。 この程度のプロットであれば、もう少しシンプルな展開の方がよかったかもしれない。 でもこういうのが好きな人は好きかもね。 |
No.981 | 5点 | チェーンレター 折原一 |
(2014/02/24 22:23登録) 2001年に別ペンネームの『青沼静也』名義で発表された本作。 角川ホラー文庫へ収録される際、『折原一』名義で晴れて(?)出版されることになった模様・・・ (出版社側の事情なんだろうなぁ) ~「これは棒の手紙です。この手紙をあなたのところで止めると必ず棒が訪れます。二日以内に同じ文面の手紙を・・・」。水原千絵は妹から奇妙な「不幸の手紙」を受け取った。それが恐怖の始まりだった。千絵は同じ文面の手紙を妹と別の四人に送ったが、手紙を止めた者が棒で撲殺されてしまう。そしてまた彼女のもとへ同じ文面の手紙が届く。過去の「不幸」が形を変えて増殖し、繰り返し恐怖を運んでくる。戦慄の連鎖は果たして止められるのか?~ ちょっと中途半端かな・・・と思わせた作品。 「棒」ってなに?って多くの方が疑問に感じるだろうが、要は「不幸」という字を崩していくと「棒」になったというような意味。 ただし、振り返ると「棒」がいるっていう景色は、確かにシュールな怖さがある。 ホラー文庫とはなっているけどホラー色は薄く、同じ折原の「・・・者」シリーズに似たようなプロットの作品になっている。 「ああそうだったのか・・・」と思いきや、また別の疑問と恐怖が訪れる・・・という展開。 ただ、ミステリーとしての仕掛けは単純というか、他の作品と比較しても小粒だし、サプライズ感はない。 まぁ「叙述」をそれほど前面に出さないで発表したのだろうから、致し方ないのかもね。 ということで、前述のとおり中途半端という評価になってしまう。 チェーンレターというテーマ自体もやや安直。 他の折原作品と比べても高い評価は無理かな。 (「青沼静也」はもちろん「犬神家の一族」のアノ人物を意識している。でもこれは、明らかに「折原」って分かるよなぁ・・・) |
No.980 | 6点 | 殺意の風景 宮脇俊三 |
(2014/02/16 21:37登録) 1985年発表の連作短篇集。 作者は故人だが日本で最も著名な鉄道旅行作家のひとり。本作が唯一のミステリー作品となる。 ①「樹海の巻(青木ケ原)」=舞台は言わずと知れた富士の樹海。恋人と樹海近くに滞在している女性の身に起きた事件とは・・・? ②「潮汐の巻(鬼ケ城)」=舞台は南紀・熊野灘。“できる部下”から誘われた慰安旅行だが、案内された場所は危険な海岸沿い・・・ ③「湿原の巻(シラルトロ沼)」=舞台は釧路湿原。堕ちたライバルの写真家から教示を受け、シャッターチャンスを狙い入ったのは危険な奥地の湿原だった・・・ ④「カルスト台地の巻(平尾台)」=カルスト台地というと山口の秋吉台が有名だが、北九州のこちらもそこそこ有名な場所。 ⑤「段々畑の巻(御三戸)」=舞台は四国・松山から下った山中。ある日訪ねてきた昔の知り合い・・・。その日から男の態度が変わり、転居、転職、そしてついに・・・ ⑥「溶結凝灰岩の巻(高千穂峡)」=高千穂の地で偶然出会った学会でのライバル。一緒に連れてきた主人公の子供の一言に戦慄が走る・・・ ⑦「火砕流の巻(北軽井沢)」=別荘地で頻発する放火事件。ついには主人公の男性と謎の老人以外の別荘がすべて焼け落ちる自体に・・・ ⑧「古生層の巻(奥大井川)」=車の離合もできないほど細い山道が続く大井川渓谷の奥地。彼の地で偶然貴重な化石を発見した主人公に嫉妬した先輩研究者が・・・ ⑨「トレッスル橋の巻(余部)」=余部鉄橋といえば、鉄道ファンには有名すぎるくらい有名な聖地。ただし、余部鉄橋自体はもう改修工事がされてしまったのだが・・・ ⑩「豪雪地帯の巻(松之山温泉)」=日本有数の豪雪地帯である新潟県のある地方。とある工事現場を訪れた本社のキャリア社員は現場社員の手荒い歓迎を受けて・・・ ⑪「隆起海岸の巻(鵜ノ巣海岸)」=盛岡~東京~大阪~博多にまたがる精緻なアリバイトリックを弄し、愛人を殺害しようと試みた男だったが、最後の最後で・・・ ⑫「石油コンビナートの巻(徳山)」=博多発の寝台特急「あさかぜ」(※今はもうない)。徳山で降りたはずが、新幹線を使えば再度「あさかぜ」に戻ることができる・・・よくある時刻表トリックなのだが・・・ ⑬「硬玉産地の巻(姫川)」=舞台は糸魚川から信州へ入った川沿いの奥地。行方不明となった姉から糾弾を受けた恋人は? ⑭「砂丘の巻(鹿島灘)」=砂丘といえば鳥取砂丘かと思いきや、九十九里浜沿いの寂しい砂浜・・・ ⑮「廃駅の巻(日和佐)」=舞台はウミガメの産卵地として有名な徳島・日和佐。幻想的な一篇。 ⑯「海蝕崖の巻(摩天崖)」=舞台は隠岐にある断崖。断崖好きだなぁ・・・ ⑰「噴火口の巻(十勝岳)」=自分を死んだことにし、自分の葬式を見たいと思った男。気持ちは分からんでもないが・・・ ⑱「海の見える家の巻(須磨)」=最後は静かな一篇。 以上18編。 作者は「中央公論」誌などの編集長を務め、退職後に鉄道紀行作家として一時代を築いた人物。 作者の文章はとにかく無駄な表現が省かれ、簡潔な描写が主体で実に読みやすいのだ。 亡くなった今でも鉄道ファンにとっては伝説の人物でもある作者。彼の唯一のミステリーということだけでも価値は十分。 ミステリーとしての出来栄えは・・・まぁ触れずにおこう。 |