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ミステリの祭典

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平均点:6.01点 書評数:1812件

プロフィール| 書評

No.1152 7点 わが心臓の痛み
マイクル・コナリー
(2015/08/02 22:01登録)
M.コナリーといえばハリー・ボッシュシリーズということになるが、本作は「ザ・ポエット」に続くノン・シリーズ作品。
(実は本作がノン・シリーズ初作品だと勘違いしていたのだが・・・)
1997年発表の長編。

~連続殺人犯人を追い、数々の難事件を解決してきたFBI捜査官テリー・マッケイレブ。長年にわたる激務とストレスがもとで、心筋症の悪化に倒れた彼は、早期引退を余儀なくされた。その後、心臓移植の手術を受けて退院した彼のもとに、美しき女性グラシエラが現れる。彼女はマッケイレブの胸にある心臓がコンビニ強盗にあって絶命した妹のものだと語った。悪に対する怒りに駆り立てられたマッケイレブは再び捜査に乗り出す。因縁の糸に縛られ、事件はやがてほつれ目を見せ始めるが・・・~

これは佳作だ。
今回の主役マッケイレブは、心臓移植を受けているというハンディを持つ分、ハリー・ボッシュと比べるとやや内省的。
その「心臓移植」を巡って物語は進行していく。
文庫版の上巻では、心臓提供者の姉からの依頼を受けたマッケイレブが連続殺人に巻き込まれ、捜査にのめり込む様が描かれる。
そして下巻に入ると、心臓移植そのものが事件と大きな関わりを持つことが判明していく・・・展開。
(多少ネタバレ気味だが・・・)

やや冗長気味だった中盤までとは一転、終盤に入ると、それまでの伏線が回収され大幅なギアチェンジが図られる。
真犯人の造形もコナリーっぽくていい。
動機はなぁ・・・やや突拍子もないという気がしないでもないけど、まずまずというところ。
魅力的な女性との絡みは、ボッシュシリーズと同様。なぜか、簡単にメイクラブに陥ってしまう・・・

映画版ではクリント・イーストウッドがマッケイレブを演じたとのことだけど、原作とはちょっと違和感あり。
(どう読んでも四十代くらいだもんな・・・)
でもまぁノンシリーズにはもったいないほどの良作なのは間違いなし。
やはり安定感抜群という評価。


No.1151 7点 体育館の殺人
青崎有吾
(2015/08/02 22:00登録)
2012年発表。第二十二回鮎川哲也賞を受賞した作者のデビュー作。
“平成の和製クイーン”との異名も耳にする本格パズラー(とのことだが・・・)
いつものとおり文庫化を待ち読了。

~風ヶ丘高校の旧体育館で、放送部部長の少年が何者かに刺殺された。放課直後で激しい雨が降り、現場は密室状態だった。早めに授業が終わり現場体育館にいた唯一の人物、女子卓球部部長の犯行だと警察は決めてかかるが・・・。死体発見現場に居合わせた卓球部員・柚乃は学内随一の天才と呼ばれている裏染天馬に真相の解明を頼んだ。内緒で校内に暮らしているというアニメオタクのダメ人間に・・・~

いろいろ評価はあるだろうが、これほど端正なパズラーは久々に読んだ気がする。
まさにジグゾーパズルのように、ピースのひとつひとつに拘り、伏線を丁寧に撒きながら組み上げていくミステリー。
他の方もご指摘のとおり、「クイーン」になぞらえるのも、あながち間違えではないと思える。

プロットの中心は実にオーソドックス。
密室殺人とアリバイトリック。そしてその二つが瓦解した時に判明するフーダニットの刹那。
確かにロジックの穴は目に付いたのだが、やはり本格好きとしては、徐々に真犯人が絞り込まれていく緊張感・ドキドキ感は何者にも代え難い瞬間なのだ。
(小道具の使い方もなかなか面白い)
一本の「傘」に纏わるロジックも、“若気の至り”と評することもできるのだが、その心意気を買いたい。
動機については・・・まぁ敢えて触れないでおこう。
(学園ミステリーでもあるわけだから、こんなもんだろう)

真犯人解明後に更なるドンデン返しが判明するラスト。これはやや蛇足感というか中途半端感は残った。
若さ溢れる(?)筆致とともに、その辺りは今後に期待というところ。
とにかく、今時こんなコテコテでロジック全開のミステリーを書いてくれたことには素直に敬意を表したい。
次作も楽しみ。
(さすがに「鮎川哲也賞」はレベルが高いね・・・)


No.1150 6点 セブン
乾くるみ
(2015/08/02 21:59登録)
2014年発表の短篇集。
ロジカルな企みに満ち、トリッキーな作品世界に浸れる七つの物語。
「林真紅郎の五つの謎」「六つの手掛かり」に続作品集がく「セブン」・・・さすがに策士!

①「ラッキーセブン」=作者得意の特殊設定プロット。ゲームのルールがなかなか飲み込めずに苦労する読者も多いのではないか。まぁでも、ここまでロジカルな心理戦というのも面白いプロットだとは思う。女性の演技って分からないからね・・・
②「小諸-新鶴343キロの殺意」=西村京太郎か津村秀介のトラベルミステリーを思わせるタイトルだが、全然別種のミステリー。「七人の被害者」が何に見立てられているのかが謎のキーとなるのだが、アナグラムもここまで考えられているとは・・・恐れ入ります!
③「TLP49」=一種のタイムトラベルをプロットとする一編。作者でタイムトラベルというと「リピート」や「スリープ」がすぐに思い浮かぶけど、それよりも何だか複雑。こういう能力があるなら、確かに自分でも○○に利用するよなぁー
④「一男去って・・・」=ショート・ショートのような作品。最初はいいけど、すぐに無理が出てくるだろ! 外見的に!
⑤「殺人テレパス七対子(チートイツ)」=“七対子”とはもちろん麻雀の役のことだが(って麻雀は全然分からないのだが・・・)、テーマは逃げられない部屋から殺人犯が脱出するという密室トリック。映像に関する小道具がトリックに絡んでくるんだけど、関係者の証言があればすぐにバレそうな気がするんだけど・・・
⑥「木曜の女」=一週間の曜日ごとにセックスフレンドを持つ主人公。それぞれが違う性格を持つ女性なのだが、日曜だけは妻との生活を楽しむ・・・って男の理想像かもね。個人的にも「木曜日の女」が一番の好み。
⑦「ユニーク・ゲーム」=これも①の同種。特殊設定の特殊なゲームがテーマ。今度は二つのチームに分かれての心理戦が描かれる。精緻な検討の結果、何とか最善策が導かれたその刹那、一人の浅はかな考えで企みは砕かれてしまうのだが・・・。よくまあこんなこと考えるよなぁー

以上7編。
非常にゲーム性の強い七つの物語。
娯楽性もここまで追求すると潔いような気もするし、あまりにもパズル性が強すぎてリアリティが薄すぎるような気もする。
でもこれも作者らしいのかも。
こんなプロット考えるのは楽しいのか、それとも苦しいのか?
作者に是非聞いてみたい。
(個人的ベストは①or⑦になるかな。)


No.1149 7点 復活の日
小松左京
(2015/07/18 19:37登録)
1964年(昭和39年)に発表されたSF超大作。
作者らしい壮大なスケールを持つ長編作品に仕上がっている。
今回はハルキ文庫版にて読了。

~MM・八八菌・・・実験では摂氏五度で異常な増殖を見せ、感染後五時間で九十八パーセントのハツカネズミが死滅! 生物化学兵器として開発されたこの菌を搭載した小型機が冬のアルプス山中に墜落する。やがて春を迎え、爆発的な勢いで世界各地を襲い始めた菌の前に人類はなすすべなく滅亡する・・・。南極に一万人足らずの人々を残して。人類滅亡の恐怖と再生への模索という壮大なテーマを描き切る感動のドラマ~

小松左京の初読みがコレ。
「首都消失」や「日本沈没」は映像作品では見ているけど、文字で接するのは初めてだった。
まぁさすがだよなぁ・・・
途中からは壮大なスケール感と畳み掛けるような展開に圧倒されてしまった。

「災厄の年」と題された第一部では、事故の結果ばらまかれた菌によって、世界各地で人々が倒れ、国という国が壊れていく様が描かれる。
新種のインフルエンザと思われた疾病が実は大いなる欺瞞と判明する刹那。
(MARSの驚異に晒されている現在と何か被っているような気が・・・)
ほんの数ヶ月で世界中の人類が死滅し、南極大陸にいる人々だけが生き残ることになるが、冬の氷に閉ざされた南極では如何ともしがたく、徒に時間が経過してしまう。

数年後の世界が描かれる第二部。
「復活の日」と題された本章では、菌以外のもうひとつの驚異とされる核ミサイルの報復攻撃を防ぐため、命を懸けてワシントンに向かう日本人隊員の姿が描かれる。
そして訪れる感動のラスト・・・
粗筋だけ書いてても何だかワクワクしてくるのではないか?

もちろん本作は出版当時の科学情勢や世界の力学が色濃く反映されているのだが、約五十年後の現在においても十分に通用するストーリー&プロットだと思う。
角川書店で映画化されているのだが、是非それも見てみたい。


No.1148 6点 くたばれ健康法!
アラン・グリーン
(2015/07/18 19:34登録)
1949年発表。
ユーモアミステリーとしてJ.Dカーの「盲目の理髪師」と並び称される長編作品。

~全米に5,000万人の信者を持つ健康法教祖が死んだ。鍵のかかった部屋で背中を撃たれて、撃たれてからパジャマを着せられたらしい。この風変わりな密室殺人をキリキリ舞いしながら捜査するのは、頭はあまり良くないが純正直者で、人はいいが強情な警部殿。当然初めから終わりまでユーモラスなお笑いが続々・・・~

大筋は世評どおりの面白さ・・・だった。
紹介文のとおり、本作のテーマはズバリ王道の「密室殺人」。
鍵のかかった部屋で銃殺された健康法のカリスマ。彼は銃殺されたばかりか、なぜか撃たれてからパジャマを着せられていることが判明する・・・
かなり難度の高い密室だし、謎の提示だけ見れば実に魅力的だ。
どんなトリックが用意されているのかと期待してしまう。

密室トリックの解法は実に明快で合点がいく。
被害者の“人となり”、キャラクターがトリックと有機的に結びついているし、ビジュアル的にも納得感が高い。
(バカミス的ではあるが・・・)
ただ、「なぜパジャマを着せられたか」については、確かにこういう落とし所にはなるのだろうが、もうちょっとアクロバティックな解法が用意してあってもよかったかなぁと感じた。

ということで、本格ミステリーとしてはまずまず十分な面白さを備えた作品だろう。
ただし難をいえば中盤の冗長さ。
議員同士のやり取りや被害者の後継者の話など、本筋とほぼ無関係の話が続いて、焦点がボケてしまっている。
まっ、でも水準級+αの評価はできる作品。
ユーモア(死語?)についてはそれほどでもない気が・・・


No.1147 4点 明治開化 安吾捕物帖
坂口安吾
(2015/07/18 19:33登録)
昭和25年から27年まで「小説新潮」誌に連載された作品をまとめたもの。
明治20年頃の東京を舞台に、勝海舟(?)そして結城新十郎を探偵役に据えた作品集。
(坂口安吾っていろいろなもの書いてたのね・・・)

①「舞踏会殺人事件」=「舞踏会」という明治時代っぽい舞台設定で起こる毒殺事件。衆人環視のなかでそこまでの小細工ができるのかという疑問はあるけど、まずまずの佳作。
②「密室大犯罪」=タイトルどおり密室殺人がテーマなのだが、この「密室」が実にユルイ・・・。この密室トリックも??
③「ああ無情」=何人もの男たちに言い寄られる美しい娘。その娘が巻き込まれる殺人事件なのだが、肝心のアリバイトリックが今ひとつ理解不能。真犯人の指摘もかなり唐突。
④「万引一家」=なかなか不穏なタイトルだが、実際万引がやめられない家族に引き起こされる事件。目の前に見えている光景を逆から見れば全く異なる・・・ということなのだが。
⑤「血を見る真珠」=これはなかなか良作。船長殺害事件と真珠盗難事件の二つをどのように関連付けて見るかで大きく推理は異なってくる。
⑥「石の下」=囲碁の定石として登場するのがタイトルにもなっている「石の下」。囲碁の対局中に突然死亡した棋士をめぐる事件。
⑦「時計館の秘密」=何だか綾辻行人の作品みたいなタイトルだが、別に「館」ものというわけではない。混乱の時代を背景にした悲しい男女の物語がベース。
⑧「覆面屋敷」=うーん。あまり頭に残らず・・・

以上8編。
私だけなのかもしれないが、実に読みにくい作品だった。
作者との相性が悪いのかというと、「不連続殺人事件」はまずまず面白く拝読したわけで、そういうことでもないと思うのだが・・・
作品のスタイル、進行としてはどれも一緒なのだが、勝海舟のダミー推理、新十郎の推理部分がどれも短すぎて、最初のドラマ部分が多すぎ。

正直、まだ頭の中が混沌としている状況なので、余裕があれば読み直したい。
(でも無理か・・・・)


No.1146 7点 死者たちの礼拝
コリン・デクスター
(2015/06/21 20:03登録)
1979年発表の長編作品。
モース警部シリーズとしては四作目に当たる。

~教会の礼拝の最中に信者が刺殺され、つづいて礼拝を執り行った牧師も謎の死を遂げた。神聖な教会にはいったい何が潜んでいるのか? 休暇を持て余していたモース主任警部は捜査に乗り出すが、関係者はみな行方をくらましており事件は迷宮入りの様相を呈していた。さらに第三の犠牲者と思しき死体が発見され、謎はいよいよ深まっていく。英国推理作家協会賞シルヴァー・ダガー賞を受賞した人気シリーズの第四弾~

シリーズらしさという点からいうと疑問だが、なかなかの面白さ・・・だった。
オックスフォードのとある教会を軸として起こる殺人事件。
モース警部はひょんなことから事件の解明に乗り出すことになるのだが、紹介文のとおり、事件の関係者の殆どは殺されたか行方不明の者ばかりという状況。
モースはいつもの妄想(?)を駆使し、無理矢理巻き込まれた部下のルイスとともに仮説を繰り返していくことになる。

この設定は本シリーズが最も得意とするパターンではないか?
関係者の新たな証言が期待できない状況(しかも少ない関係者からは嘘の証言を聞くことになる・・・)でというのは、モースの仮説捜査が最も得意とするところだ。
正直、ロジックが弱いかなという部分も目立つのだが、それ以上にラストの落としどころが見事に嵌っている。
(ある事件関係者の証言がアンフェアかなという気がしないでもないが・・・)
動機については微妙だけど、補強がなされていて一応の納得感は保たれているのではないか。

今まで読んできたモース警部シリーズに比べると、相対的に本作の評価は上。
世評どおりじゃないなという気がしていただけに、まだまだ面白い作品が残っているのかもしれない。
(ラストシーンは読者向けのサービス?)


No.1145 5点 インディアン・サマー騒動記
沢村浩輔
(2015/06/21 20:02登録)
~奇妙な事件に予想外な結末が待ち受ける、新鋭による不可思議でチャーミングな連作ミステリー~
単行本版の「インディアンサマー騒動記」を改題した文庫版にて読了。
2011年発表。

①「夜の床屋」=無人駅の前には人っ子ひとりいない寂れ切った街・・・と思いきや、なぜか明かりを煌々と灯している一軒の床屋。なぜその床屋はこんな場所で夜にだけ営業しているのか? 真相は相当強引な解釈。
②「空飛ぶ絨毯」=ファンタジックなタイトルだが、なかなかサイコな一編。夜寝ているうちに敷いていたはずのカーペットだけが盗まれるという珍事件がテーマ。
③「ドッペルゲンガーを探しに行こう」=小学生の一団とともに、廃工場へドッペルゲンガーを探しに行くはめになった探偵役の佐倉。少年たちは明らかに嘘を付いているのだが、ではなぜ・・・? 伏線は最初からあからさま。
④「蒲萄荘のミラージュⅠ」=Ⅰという名のとおり、⑤の前編という位置付け。でもここから作品自体の雰囲気が一編し、シリアスな展開になる。なぜ蒲萄荘に猫が大量に集まってくるのか・・・解答は次編以降。
⑤「蒲萄荘のミラージュⅡ」=Ⅱとはいえ⑥へつながるための導入部的な役割。
⑥「『眠り姫』を売る男」=タイトルだけでは何の意味か分からないだろうが、ファンタジックというか実に風変わりな物語。作中作の中に登場する男たちの正体は?

以上6編。ほか、ラストに解決編的なエピローグあり。
実に一風変わった連作ミステリー。
①を読んだだけでは、創元お得意の「日常の謎」系ミステリーかと思わせるが、途中から雰囲気が一編。
一体どういう話なんだ?!
という感覚になる。

解説等を読んでいると、もともとは⑥がミステリー賞受賞作であり、そこから後は⑥から芽(枝?)を出すように派生させていった様子。
正直、無理やり繋げたなぁーとの感覚は拭えないし、ラストも尻切れなのが消化不良気味。
連作だし、正統派ミステリーというよりは変格を狙ったものなのだろうから、次回作以降に期待というところ。
(②のような作品はリアリティ云々は別にして好み。)


No.1144 6点 薔薇の女
笠井潔
(2015/06/21 20:01登録)
「バイバイ・エンジェル」「サマー・アポカリプス」に続く矢吹駈シリーズ。
初期シリーズ三部作の最終作品。
1983年発表。

~フィリップモリスをひとつ・・・紙幣と共に差し出された名刺が映画女優を夢見るシルヴィーに運命の訪れを告げていた。ささやかな贅沢で祝したその夜更け、自室の扉を叩く音に応じた彼女に付された未来はあろうことか首無し屍体となって薔薇の散り敷く血の海に横たわることだった・・・。そして翌週には両腕を失った第二の、翌々週には両脚を奪われた第三の犠牲者が、明らかに同一犯人と見做される状況にも拘らず生前の被害者たちに殺害されるにたる共通項を探しあぐね混乱するパリ警視庁。事件を統べる糸「ドミニク・フランス」を紡ぎ出してみせる矢吹駈の鮮やかな現象学的推理の織り成す真相という名の意匠とは?~

大方の書評どおり、前二作に比べると落ちる。
そんな読後感。
謎の提示そのものは前二作に勝るとも劣らないレベルで期待は高まった。
パリ市内で起こる若い女性をターゲットとする連続殺人事件。
被害者の女性は猟奇的に殺害され、更には体の一部分が犯人より持ち去られる。
犯人が死体に残した“両性具有者(アンドロギュノス)”の署名。やがて判明する犯人の狙い。それは、持ち去った被害者の体の一部をつなぎ合わせて、一体の完璧な肉人形を作り出すこと・・・

・・・ん? これってもしかして「占星術殺人事件」のアゾートを下敷きにしてるのか?
って思うよなぁー、普通。
しかし、両作品が相似なのはここまでで、後のプロットは全く異なる。(当たり前だが・・・)
ただし、“アゾート”はあの驚天動地のトリックと有機的に結び付いていたが、本作の肉人形にはそういう役割を付されていないところがやや不満。
あくまでも、作者らしい宗教或いはオカルティズムとの兼ね合いの産物となっている。

もうひとつの山場がアリバイトリックの“Why”だろう。
本来アリバイトリックを弄さなくてもよい人物が、なぜ複雑なアリバイを用意しなければならなかったのか?
こういうアプローチは初めてだっただけに、これが本作一番の収穫。
(ただし、その解法はそこまで複雑にする必要があったのかという点で、納得感が薄いのだが・・・)

ということで、さすがに笠井潔とでも言うべき水準の作品には仕上がっていると思う。
ただし、どうしても相対的に評価すると、前二作よりも高い評価はできない。
(駈とルノワールの小難しいやり取りはあそこまで必要だったのか?)


No.1143 5点 沈黙の函
鮎川哲也
(2015/06/13 20:37登録)
1977年発表。
お馴染み、鬼貫警部と丹那刑事のコンビが活躍するシリーズ作品。

~落水周吉と茨木辰二は、掘り出し物の中古品も商うレコード店を共同経営している。仕入れ担当の落水は、函館の製菓会社副社長宅で珍しい初期の蝋管レコードを見つけた。蝋管レコードには古い手紙が付いていたが解読不能、何が吹き込まれているのか分からなかった。引き取りのため再度出向いた落水は、函館駅からレコードを発送したまま行方不明に。無事上野駅に到着した梱包をほどいてみると中には落水の生首が・・・鬼貫警部の名推理!~

ちょっと拍子抜け・・・
そんな読後感だった。
本作のメイントリックは「函」ということで、駅のコインロッカーが事件の鍵を握る。
函館からは確かにレコードを送ったはずなのに、上野駅のコインロッカーから持ち出されたカバンの中には生首が入っていた・・・
という魅力的な謎が読者には提示される。

こうやって書くと、何だか作者の代表作である「黒いトランク」を思い起こさせるのだが、ミステリーの“出来”としては格段に差がある。
とにかく無理矢理感が強すぎて、トリックのためのトリックという感覚が拭えないのだ。
(新聞投書に関するトリックは最初意味が分からなかった・・・)

あと本作は鬼貫警部の出番が少なすぎ!
終盤も押し迫った段階でやっと登場して、あっという間に思い付いて解決に導いてしまう。
鬼貫の捜査行を楽しみしているている読者にとっては、実に食い足りない!

ということで、粗ばかりが目立った本作。
レコードに関する薀蓄を書きたかったんじゃないかという邪推すらしてしまう。
やっぱり本シリーズは時刻表を絡めたアリバイトリックでないと! と思うんですが・・・
(私立探偵の存在も結局中途半端ではないか?)


No.1142 5点 サム・ホーソーンの事件簿Ⅵ
エドワード・D・ホック
(2015/06/13 20:36登録)
不可能犯罪てんこ盛りの本シリーズ。
サム・ホーソーン医師を探偵役とするシリーズ最終作品。

①「幽霊が出る病院の謎」=幽霊が出る病院、てのはよくある趣向だと思うのだが、本作はそれほどのサプライズ感はなし。
②「旅人の話の謎」=本シリーズではお馴染みの密室殺人なのだが、いかんせんネタがショボい。そもそも○○窓っていったい何だ?
③「巨大ノスリの謎」=「ノスリ」とは北米地区に生息する大型猛禽類のこと(らしい)。巨大ノスリが飛び回るという異常な環境のなか、人間の欲望が犯罪を引き起こす。
④「中断された降霊会の謎」=いかにも怪しげな霊媒師が降霊会の途中に喉を掻き切られる。動機探しでサム医師がボストンまで出張するというのが珍しい一編。でもこの凶器って、バレるんじゃない?
⑤「対立候補が持つ丸太小屋の謎」=本シリーズではお馴染みのキャラクター=レンズ保安官。保安官選挙での対立候補が密室で殺害される。そして部屋のなかにはなぜかチンパンジーが一匹・・・これってあの超有名作へのオマージュなのか?
⑥「黒修道院の謎」=ノースモント出身の有名俳優がこの街にやってくることに! そして故郷に錦を飾るべく開催されたイベントの途中、衆人環視のなかで俳優が銃殺される。プロットはあまり褒められたものではない。
⑦「秘密の通路の謎」=これも密室殺人なのだが、正直あまり頭に残らず・・・ネタ切れっぽい
⑧「悪魔の果樹園の謎」=多くの作業員が働く果樹園。ひとりの男が忽然と消失してしまう・・・という不可能趣味の謎。ただし、これもやや拍子抜けの結末。
⑨「羊飼いの指環の謎」=○○殺人のプロットを取り入れた一編なのだが、やや練り込み不足。
⑩「自殺者が好む別荘の謎」=一見して首吊り自殺なのだが、当然真実は殺人。ということで、またまた密室殺人を扱った一編。
⑪「夏の雪だるまの謎」=実にどうってことないトリックなのだが、こういうしょうもないというか、ガクッとくるような作品も面白いなと感じる作品。子供の目ってある意味怖いよねぇ。
⑫「秘密の患者の謎」=ついにシリーズ最終作品。なのだがかなりの小品。

以上12編。
シリーズ当初は高いクオリティを誇っていた本シリーズだが、これ以上絞っても何も出ない乾いた雑巾のようになってしまった。
そんな感じだ。
相変わらず密室を扱った作品が多いのだが、感心するようなトリックはひとつもなかった。
今後はホック作品も別シリーズを楽しみたい。
(個人的ベストはなぜか⑪。バカバカしいけど、こういう作品も箸休め的でいい)


No.1141 5点 Nのために
湊かなえ
(2015/06/13 20:34登録)
2010年発表の長編作品。
地上波でドラマ化されたが、それは一切見ていない・・・

~超高層マンション「スカイローズガーデン」の一室で、そこに住む野口夫婦の変死体が発見された。現場に居合わせたのは、二十代の四人の男女。それぞれの証言は驚くべき真実を明らかにしていく。なぜ夫婦は死んだのか? それぞれが思いを寄せるNとは誰なのか? 切なさに満ちた著者初の純愛ミステリー~

ちょっと技巧に溺れすぎたかな・・・って感じた。
途中(第三章くらい)までは良かった。
カットバック的に現在から過去に遡り、主要登場人物たる四人の男女の人となり、悲しみに満ちた過去を明らかにしていく。
不思議な感覚で絡み合う男女の仲が、殺人事件の真相にどのように関係していくのか?
そんな期待を込めて読み進めたのだが・・・

熱気球のように空へ上がったと思った期待は、しかし上がらないまま落ちてしまった。
ひとつの出来事を複数の目線や心情で描き出すというのは作者の得意技。
しかも、人間の悪意を十分に織り込みながら・・・
でも本作では上滑りしてしまったようだ。

“N”についての謎も、二人の“ノゾミ”も、結局中途半端なまま料理が仕上がってしまった。
せっかくの材料だったのになぁー
作者の腕前だったら、もう少し旨い具合に料理できたのではないか。
そんな気にさせられた。
せめてオチさえ良ければ、もっと評価は上がったに違いない。
(ここまで将棋に拘った純愛ミステリーというのも珍しいな・・・)


No.1140 4点 玩具店の英雄 座間味くんの推理
石持浅海
(2015/05/31 09:54登録)
長編「月の扉」、短篇集「心臓と左手」に続き、“座間味くん”を探偵役とする作品集。
今回は大迫警視に加えて、警視庁科学警察研究所の津久井がレギュラーとして登場。三人が毎回美味しそうな酒と料理を前に発生した事件について語り合う・・・というスタイル。

①「傘の花」=厳重に警備されていた国会議員があろうことかヤス(武器のことね)で刺殺される事件。警察の面目はまる潰れだが、実は異なる真実が隠されていた・・・。以下、各編すべて、過去に解決したはずの事件が、“座間味くん”により別の真相が導かれる、という形式を踏襲する。
②「最強の盾」=企業テロ事件がテーマ。「最強の盾」とは赤ん坊のことだが、赤ん坊を救ったと賞賛された警察に対し、座間味くんは全く別の視点を投げ掛ける。
③「襲撃の準備」=多くのスポーツ特待生を受け入れる新興高等学校。“野球エリート”だった生徒が肩を壊し劣等生に。それを恨んだ生徒が復讐の刃を元同僚に向ける。これも意外な人物の本心が明らかにされる。
④「玩具店の英雄」=休日に子供連れで玩具店を訪れた警察官。まさにその時に発生した通り魔事件。あろうことか、犯人の前で腰が抜けてしまった警官と、それを救った素人男性。普通に考えれば、警官には非難轟々だろうが・・・これも別の見方。
⑤「住宅街の迷惑」=住宅地に突如現れた巨大仏像。新興宗教の教団施設には住民たちの怒りの声が寄せられる。そんな中発生したテロ事件。警官を巻いた犯人は、しかし教祖の前に取り押さえられるのだが・・・。これも裏の真相が、という展開。
⑥「警察官の選択」=乗っていた自転車をトラックに巻き込まれた少年と、運転中に心臓麻痺を起こしたトラックの運転手。ふたりを巡って、これまたふたりの警官が究極の選択を迫られる。この真相は無理矢理感たっぷり。
⑦「警察の幸運」=舞台は新幹線の車中。外国からの要人を警備していた警察は、僅かなスキを掻い潜られ、車内に発炎筒を投げ込まれ・・・る前に幸運が訪れる。しかし、これも座間味くんが新説を出す。

以上7編。
うーーん。明らかに前作「心臓と左手」よりも落ちる。
とにかくワンパターンすぎるのだ。
今回は形式に拘りました・・・ということなのだろうが、ここまで似たような話を読まされるとさすがに飽きる。
プロットも今ひとつ感がたっぷりだし、ひと言でいうなら、「策士、策に溺れる」ということではないか?
続編の構想があるなら、今一度プロットの練り直しを期待したい。
(どれもイマイチかなぁー。敢えて言えば、タイトルにも採用された④)


No.1139 6点 Another
綾辻行人
(2015/05/31 09:53登録)
2009年発表。
その年の各種ミステリーランキングでも上位を賑わした、作者お得意のホラー作品。
文庫上下分冊のボリューム。

~夜見山北中学三年三組に転校してきた榊原恒一は、何かに怯えているようなクラスの雰囲気に違和感を覚える。同級生で不思議な存在感を放つ美少女ミサキ・メイに惹かれ、接触を試みる恒一だが謎は一層深まるばかり。そんななか、クラス委員長の桜木が凄惨な死を遂げた。この“世界”ではいったい何が起きているのか? いまだかつてない恐怖と謎が読者を魅了する!~

前々から読もう読もうとしていた作品をようやく読了。
読後すぐの感想としては、「さすがのストーリーテリング」という感じ。
ホラー作品とはいえ、序盤から謎また謎の展開。
見崎鳴の存在そのものや、夜見山北中学三年三組に横たわる大きな欺瞞、そして謎の殺人者・・・
ここまで広げた風呂敷をいかに回収していくのか、心配になるほどだった。

一番の問題点はメイントリックともいえる、ある人物○○だろう。
これは・・・気付かないというか、気付けないよなぁー
叙述トリックといえばそれまでなのだが、ここまであざといのは如何か、という気は正直する。
でもまぁ衝撃的といえば衝撃的だった。
(そういえば最初から何か怪しげに書かれていたよなぁ・・・)

というわけで、良くいえば、本作はそれまでの本格ミステリーとホラーを融合させたハイブリッド作品という印象。
分量はあるが、読者はそれなりの満足感を得られるのではと思う。
欲を言えば、スピード感やサスペンス度がもう少しあればという感じで、とにかく手馴れた感を半端なく感じた作品。
(これは折原の「沈黙の教室」や「暗闇の教室」と同系統だな)


No.1138 5点 大穴
ディック・フランシス
(2015/05/31 09:52登録)
1965年発表。「本命」「度胸」「興奮」に続く長編四作目がコレ。
原題“Odds Against”と邦題(「大穴」)との違和感は他の方と同様。
シッド・ハレー初登場としても有名な作品。

~ラドナー探偵社の調査員シッド・ハレーは、脇腹に食い込んだ鉛の弾丸のおかげで生き返った。かつて一流の騎手であったハレーは、レース中に腕を負傷して騎手生命を絶たれ死人も同然だったのだ。だが、今の彼の胸に怒りが燃え上がってきた! 彼を撃った男は誰に頼まれたのか、その黒幕は何を企んでいるのか? 傷の癒えたハレーは過去への未練を断ち切り、競馬界に蠢く陰謀に敢然と挑戦していった・・・~

これは・・・ひとりの男の再生の物語・・・かな。
紹介文のとおり、シッド・ハレーはかつては英国を代表する一流騎手として名を馳せた男。
そんな男が一介の調査員として、競馬場買収に纏わる闇に巻き込まれていく。
世間に対して斜に構えていたハレーが、徐々に男として、人間としての矜持を取り戻していくのだ。
そんなハレーの姿には、一読者として胸を熱くさせられた。
(同じく斜に構えた女性として登場するザナ・マーティンとの絡みも読みどころ・・・)

プロットそのものは単純だし、いかにもデイック・フランシスらしい展開。
終盤のハレーのピンチシーンも他作品でよくお目にかかる奴と一緒だ。
それと、本作では特に中盤~終盤での単調さが目立つのがやや難。
サスペンス性という意味でも、もう少し読者を惹き付けるポイントがあれば、という印象が残った。

ということで、世評からすると本作はそれほどでもないという評価になってしまう。
作者については発表順に手に取っているけど、今のところは「本命」>「度胸」>「興奮」>「大穴」という感じ。
でもまだまだ未読作が控えているので、楽しみにはしたい。
(結局、ハレーの妻は登場しなかったのか・・・)


No.1137 6点 旅のラゴス
筒井康隆
(2015/05/13 20:40登録)
1986年発表。
最近書店で平積みになっていて、気になっていた作品を今回読了。
独特の味わいを持つ連作短篇集(或いは連作長編)。

①「集団転移」=これっていわゆる「ワープ」ってやつだよね。主人公ラゴスとともに、本作の主要キャラとなる「デーデ」も登場。
②「解放された男」=転移した村にいる暴れん坊「ヨーマ」。彼が暴れる理由は人の心が読めてしまうからということなのだが・・・それは悲しい能力なのだろう。
③「顔」=旅先で出会った似顔絵書きの男。その男は依頼人が“こうありたい”と願う姿を似顔絵にできる能力を持つという。
④「壁抜け芸人」=タイトルどおり、壁を通り抜けられる能力を身に付けた男。好意を持つ女性の部屋へ壁抜けしようとした男は何と・・・アレを残したまま壁抜けに失敗する。
⑤「たまご道」=この大蛇って「ガラガラヘビ」だよね。音がするんだから・・・
⑥「銀鉱」=何と捕まって奴隷となってしまうラゴス。連れて行かれたのが銀山。奴隷として働くうちに、その能力を徐々に発揮し始めるラゴス。
⑦「着地点」=銀山から運命の女性ととともに逃亡したラゴス。でも彼はひとりで旅を続けなければならない・・・
⑧「王国への道」=南方へ旅を進めるラゴス。行き着いた町で伝説の書の読書に耽る。
⑨「赤い蝶」=久し振りに戻ってきた「シュミロッカ」の街。ラゴスは思いを寄せ続けた女性の姿を探すのだが・・・
⑩「顎」=崖地に追い込まれ窮地に陥るラゴスの身に・・・
⑪「奴隷商人」=ここでまた奴隷にされる運命ってなに・・・
⑫「氷の女王」=あの女性が何と「氷の女王」になっていた、って数奇な運命だ。

以上12編。
これってファンタジー? SF?
とにかく独特の世界観を持つ物語。
まるでひと昔前のRPGのようだ。

文明とか人間とか哲学的なベースがあるのかもしれないが、そんな難しいことは抜きに、とにかく作品世界にのめり込んでしまった。
さすがのクオリティという感じ。
分量も手頃なので、旅のお供に是非!


No.1136 6点 シーザーの埋葬
レックス・スタウト
(2015/05/13 20:39登録)
1939年発表のネロ・ウルフシリーズ。
「料理長が多すぎる」に続く長編六作目に当たるのが本作。

~全米チャンピオン牛の栄誉に輝いたというのに、シーザーの命は風前の灯火。飼い主で大衆レストラン・チェーンの経営者トマス・ブラッドが、店の宣伝のためにバーベキューにしようというのだ。そこへ呑気に迷い込んできた巨漢探偵ウルフと彼の右腕のアーチー。周囲の猛反対をよそにセレモニーの時間は刻々と迫っている。ところが、厳重警戒の牧場で一頭の牛と反対派の若者の死体が発見された。ウルフは謎のパズルをつなぎ合わせようとするが・・・~

プロットの骨子はなかなか面白い。
紹介文のとおり、“シーザー”とは全米のチャンピオン牛なのだが、どうみてもその牛(=シーザー)に殺されたとしか見えない男の死体が発見される。
警察側は牛による事故という形で処理しようとする矢先、件の牛(=シーザー)も病気が原因で死んでしまう。
バーベキューを強行しようとする側と反対派の間には複雑な人間関係が見え隠れして・・・という展開。

ネロ・ウルフによって解き明かされる真相はロジックが効いてて、実に単純明快且つ納得性十分。
(ウルフは最初から分かってたと述べているが、だったらもったいぶらずに言っとけよ!)
ということでなかなかの良作・・・とはならないのが残念なのだ。
如何せん中盤のやり取り、展開がぬるい。
ウルフとアーチーのすったもんだのやり取りは本シリーズの特徴なのだろうけど、これが本筋からは殆ど無駄な気が・・・
(アーチーの奮闘ぶりも個人的にはちょっとウザイ感じ。)
もう少しシンプルな筋書きであればより評価は上がったと思うけど、そうすると本シリーズの良さも消えるんだろうなぁー
その辺の匙加減は難しいかも。

個人的にはプラス・マイナスを相殺して水準級プラスアルファという評価で落ち着く。
繰り返すけど、プロットの骨子そのものは結構イイ線いってると思う。
(やっぱりシリーズものは読む順番を考えたほうがいいのだろうか?)


No.1135 5点 スコッチ・ゲーム
西澤保彦
(2015/05/13 20:38登録)
2002年発表のタック&タカチシリーズ長編。
前作「仔羊たちの聖夜」に続くシリーズ作品であり、時系列的にも繋がっている(模様)。

~高校三年の冬、学園の女子寮に戻った高瀬千帆は、ルームメイトで同性の恋人・恵の惨死を知る。容疑者は恵と噂があった学園の教師・惟道。だが、彼は「酒の瓶を持って河原へ向かう男を尾行していた」という奇妙なアリバイを主張。二日後、隣室の生徒が殺される。再び惟道は同じアリバイを主張する。二年後、匠千暁が千帆の郷里で事件を鮮やかに解く本格ミステリー~

このシリーズらしい作品。
体裁としては、紹介文のとおり、タカチの体験した過去の事件をタックが安楽椅子で解き明かすというスタイル。
シリーズ初心者ならいいけど、何作か読んでいる読者ならば、明らかに「これ伏線だろ!」っていうポイントがそこかしこにあるのがどうしても気になる。
(断水とか・・・)
そして、メインのロジックが「容疑者がなぜスコッチを半分川に捨てたのか?」という謎。
こうして文字にすると魅力的に見える。
ただ、「麦酒の家の冒険」などでも感じたことだけど(タイトルからして“酒”つながりだな)、ロジックをこね回しているという感覚が拭えないのだ。

一番腑に落ちないのが動機。
他の方も触れているけど、正直理解不能。
そりゃもちろん動機なんて人それぞれで、どんな動機でもあり得ると言えばそれまでなのだが、世間的な「常識」からは大きくはずれている。
これはもう、シリーズ読者にしか理解できないんじゃないか?(特にタカチというキャラが理解できているか・・・という点)

ということで読者を選ぶ作品だろう。
まぁ当たり前だけど、シリーズは最初から読む方がベターということだ。
(真犯人もよくいえばサプライズなんだけど、これって反則ではないか? 何しろ読者には○○さえ示されてなかったのだから・・・)


No.1134 7点 ダック・コール
稲見一良
(2015/05/04 15:09登録)
1991年に発表された作者の第三作目がコレ。
その年の山本周五郎賞受賞作且つ各種ミステリーランキングでも上位を賑わせた作品。
男と鳥が紡ぎ出す珠玉の物語たち・・・

①「望遠」=映画プロダクションの浮沈を賭け一年がかりで準備されたベストショット。あとはボタンひとつ押せばという時、目の前に現れた“そこにいるはずもない野鳥”・・・。ラストショットを任されていたひとりの男は、刹那野鳥にアングルを向けてしまう・・・。男の行動を擁護するプロダクション社長の台詞が格好いい。
②「パッセンジャー」=アメリカのある小村。森の中に迷い込んだ青年は、上空を覆うほどの鳩の大群に遭遇する。大冒険の末、鳩を仕留めた青年は勇躍帰村するのだが・・・。鳩やそれを狙う隣村の野蛮な男たちの前で揺れ動く青年の心の描き方に凄み。
③「密猟志願」=大病を患い職も失った初老の男。キャンピングカーを駆り、手慰み程度の密猟を楽しんでいた男の前にある少年が現れる。初老の男と少年の心の交流が清々しくもあり、なぜか悲しくもある・・・
④「ホイッパーウィル」=脱獄囚を追う男たちのマンハントを描く一編。これまでの①~③と異なり、ややハードな味わい。主人公の日系アメリカ人が出会う一人の老兵。この男もやはり只者ではなかった・・・
⑤「波の枕」=これまでの「山の中」から一変、南太平洋のまん真ん中が舞台となる本編。沈没船から投げ出され、大海に漂う男の脳裏に浮かぶのは、故郷・紀州での生活。それも傷ついた鳥たちを助け、育てていく生活。そして、ひとりの少女との出会い・・・。ラストが感動的。
⑥「デコイとブンタ」=鴨の形をした木彫りの擬似鴨(当然非生物です)の目線で描かれる最終譚(って、かなり強引!)。ブンタという少年と出会い、心を通わせていく(!?) やがて判明する少年の秘密と突如訪れたピンチ。

以上6編。
さすがに評判どおり、何とも言えない雰囲気のある作品。
全編で「鳥」が登場し、男たちの物語に小さくない影響を与えていく存在として描かれる。
動物との関わりをテーマにしたハードボイルド作品もあるが、鳥だけがテーマというのは珍しい。

本作に登場する男たちは「鳥」との関わりを通して成長していく。
それが年端のいかない少年でも、初老の男でも・・・
人は人として、もちろん男は男として矜持を持って生きていかねばならない。
格調ある文章とともに、そういうメッセージを強く感じた作品。
(タイトル名は「鳩笛」の意味だが、作中に鳩笛は一度も出てこない・・・)


No.1133 6点 動く標的
ロス・マクドナルド
(2015/05/04 15:08登録)
1949年にジョン・マクドナルド名義で発表されたハードボイルド長編。
私立探偵リュウ・アーチャー初登場ということでも記念碑的な作品。
原題“The Moving Target”(ってそのままだな・・・)

~テキサスの石油王ラルフ・サンプスンが失踪した。まもなく十万ドルの現金を内密に用意しておくようにとの本人の署名入りの速達が届く。どうやら誘拐事件のようだ。夫人から調査を依頼された私立探偵リュウ・アーチャーは眉をひそめた。金を渡したからといって本人が生還する保証はないし、それにこの手紙には胡散臭い点が多すぎる。こうしてアーチャーは複雑に絡み合う事件の中に、そして四つの殺人事件へと足を踏み入れていく・・・~

ということで、リュウ・アーチャーである。
ロス・マク作品は、「さむけ」「ウィチャリー家の女」というツートップ以来久々に読んだわけだけど、他の方も書かれているとおり、本作の“彼”は確かに未完成だ。

挫折や屈折、諦めなどどこか暗い影を持つ登場人物たち。
事件の謎を追い、彷徨うなかで、“彼”は事件の輪郭や真相そして登場人物たちの抱えている闇や光までをも明らかにしていく。
饒舌さはなくても、ひとつひとつの台詞や行動がドラマを生み出し、読者には何とも言えない寂寥感を与えていく・・・
そんな役どころを見事にこなしてくれるのが“彼”なのだけど、本作での“彼”は結構饒舌だし、勇み足や暴走も多い気がする。
(まぁ第一作目なのだから、キャラクターが固まってないのも当然なのだが・・・)

プロットもツートップ作品に比べれば単純で、そうなるよなぁという所に落ち着いている。
人間にはいろいろ複雑な感情やしがらみはあるけど、結局は金と色ということか?
本作にはミランダという小悪魔かつ魅力的な女性が登場するのだが、結局彼女さえいなかったらこの犯罪は起こってなかったってことだよね。
(アーチャーも途中でかなり彼女に惹かれることになる)

でもやっぱりハードボイルドってこういう乾いた街が似合うよなぁーって感じた次第。
LA然り、NY然り、新宿然り。(大阪なんかはやっぱり・・・)
評点としてはこんなもんだけど、決して駄作ではない。
リュウ・アーチャー初の事件としてファンには必読だと思う。

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