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平均点:6.01点 | 書評数:1812件 |
No.1632 | 4点 | こうして誰もいなくなった 有栖川有栖 |
(2021/02/17 20:36登録) ~本書はノンシリーズものの中短編をまとめたもので、ラジオでの朗読のために書いたため初めて活字になる作品も含まれている。・・・内容も長さも様々で、有栖川有栖の見本市みたいなものだ~前口上より ということで、作者のア・ラカルト的な作品集と言えば格好いいのかな? 2019年の発表。 ①「館の一夜」=ノスタルジィだなぁー。 ⑥「怪獣の夢」=男なら、少年なら、こんな夢みるよなぁー。 ⑦「劇的な幕切れ」=女なんてそんなもんだよーって、ヤバイ! 今これ言うの禁句だった。(私も会長を辞任します。何の会長?) ⑨「未来人F」=江戸川乱歩作品へのオマージュだが・・・。こうしてみると、明智小五郎も全知全能だな。 ⑪「本と謎の日々」=書店で起こるちょっとした日常の謎。かなりほっこりする一編。最後はやや捻る。 と、ここまでは雑文レベルの作品も混じるなど、まさに“ごった煮”。で、ラストの表題作のみが中編的分量。 ⑭「こうして誰もいなくなった」=これまで数多の作家たちが挑んできた「そして誰もいなくなった」へのオマージュ。ついに作者までも・・・ということで期待したのだが、正面から正攻法で挑んだものとは言い難い。恐らく、最後の殺人に絡むワンアイデアから膨らませたのだろうけど、手練れの読者を満足させる水準ではなかった。せっかくなら、もう少し腰の据わった長編でチャレンジしてもよかったと思うが・・・ 以上14編。 まぁあまり褒められた内容ではない。有栖川有栖だから活字になったのかもしれないが、他の泡沫作家なら歯牙にもかけられないだろう。 ミステリーのみならず、評論など各種精力的な活動には敬意を表するわけですが、本作については読むだけ時間の無駄(よりちょっと上)程度の評価が妥当かと・・・ |
No.1631 | 8点 | 犯人に告ぐ3 紅の影 雫井脩介 |
(2021/02/17 20:34登録) 前作「犯人に告ぐ2~闇の蜃気楼」読了の興奮も冷めやらぬなか、続編となる本作。(要は前作の粗筋を忘れぬうちに・・・ということだけなんだが) 巻島の手を逃れた『リップマン』こと淡島と巻島の勝敗の行方、ついに決着か?! 2019年の発表。 ~依然として行方の分からない「大日本誘拐団」の主犯格『リップマン』こと淡野。神奈川県警特別捜査官の巻島史彦はネットテレビの特別番組に出演し、『リップマン』に向けて番組上での対話を呼びかける。だが、その背後で驚愕の取引が行われようとしていた! 天才詐欺師が仕掛けた大胆にして周到な犯罪計画。捜査本部内の不協和音と内通者の存在。警察の威信と刑事の本分を天秤にかけ、巻島が最後に下した決断とは?~ これは、雫井史上最高傑作に間違いない!(全作読んでいるわけではないので、あくまで読了したうちだが) 作者の持てる技量をすべて注ぎ込んだかのように、あらゆるファクターが詰まった作品となった。 小説としての骨格は、やはり「警察小説」ということだろうか。 巻島という特異なキャラクターを主役には据えているが、彼を取り巻く上司、同僚、部下、そして県警という巨大組織が、『リップマン』というひとりの敵役を相手に、ダイナミックに動き、考える様子が克明に描かれる。 『リップマン』というひとりの敵というのは、正確ではない。今回は、前作ではヴェールに包まれていた金主-『ワイズマン』の存在も明かされる。そして、何と県警内の内通者『ポリスマン』までも・・・ ひとりひとりの登場人物のキャラ立ちも半端なく効いている。 事件の舞台は、第一作でも使われたメディアを使った“劇場型”公開捜査へ。そして、これまた斬新なことに、ネット配信を使って、巻島VS『リップマン』(のアバター)が対決なんていう趣向まで用意されている。ふたりの化かし合い、ちょっとした違和感も逃さない頭脳戦の行方は! そして、終章。うん!? これは・・・続編ありってことか? 『ポリスマン』も『ワイズマン』もねぇ○○○○だし・・・ これは楽しみになった。久しぶりに時間も忘れて読書に没頭してしまった。それほどの出来栄え。(ちょっと褒めすぎかな?) これだけの大容量を一気呵成に読ませるんだから高評価は当然 (組織の論理って、どこの世界でも厄介だよね・・・。それを逆手に取る巻島はさすがだ) |
No.1630 | 6点 | グラーグ57 トム・ロブ・スミス |
(2021/02/17 20:33登録) 前作「チャイルド44」の衝撃からあまり間を置かず、続編となる本作を手に取った次第。 世はスターリン政権下での粛清状態から移り変わり、フルシチョフ書記長が実権を握る時代へ・・・ レオの運命は如何に? 2009年の発表。 ~運命の対決から3年・・・。レオ・デミトフは念願のモスクワ警察殺人課を創設したものの、一向に心を開こうとしない養女ゾーヤに手を焼いている。折しもフルシチョフは、激烈なスターリン批判を展開。投獄されていた者たちは続々と釈放され、かつての捜査官や密告者を地獄へと送り込む。そして、その魔手が今、レオにも忍び寄る・・・。世界を震撼させた「チャイルド44」の続編~ 悲しい物語だ。 主人公レオ、妻ライーサ。レオに決して心を開こうとしない養女ゾーヤ。ゾーヤが唯一心を開く少年マリッサ。そして、今回大いなる敵として登場するフラエラ・・・ひとりとして幸福となる登場人物はいない。 タイトルになっている「クラーグ57」とは永久凍土の地シベリアにある囚人たちを収監する牢獄のこと。レオは捕らわれたゾーヤを取り戻すため、単身、敵だらけの土地に飛び込む。そこは、想像を絶するような地獄だった。 それでも希望を失わず、脱出を図ろうとするレオ。しかし、脱出した先には更なる障壁と不幸が待ち受ける・・・ いやいや辛い、つらい、ツライ話が延々と続いていく。 前作「チャイルド44」ではミステリー的な妙味もあったが、本作はそういった趣旨はほぼ見えない。全編がレオを取り巻く人々が、抗えない運命に流されていく姿が描かれている。 ソ連ってすごい国だったんだねぇ・・・。スターリン政権の粛清渦巻く社会からやっと抜け出したかと思いきや、そんなことでは長年積み重ねてきた価値観は変わらない刹那。 読むだけでも重く、辛い感情になってきた。 しかしながら、レオ一家をめぐる物語はまだ続いていく。終章でゾーヤとの関係にも一筋の光明が見えてきただけに、今後の展開は期待できるか。 作者のストーリテラーとしての能力はやはり確かだ。なんだかんだ言いながら、頁をめくる手が止まらなくなる。 次作もやはり手に取るしかないようだ。粗筋を忘れないうちに・・・ (ブタペストから奇跡の生還を果たしたレオの転職先は何と・・・パン屋だ! これってネタバレ?) |
No.1629 | 6点 | もの言えぬ証人 アガサ・クリスティー |
(2021/01/28 22:39登録) だいぶ少なくなってきたポワロもの未読作品のひとつがコレ。 著名作の間に埋もれた佳作なのか、はたまた埋もれるべくして埋もれた駄作なのか? 原題は“Dumb Witness”(そのままだね) 1937年の発表。 ~ポワロは巨額の財産を持つ老婦人エミリイから、命の危険を訴える手紙を受け取った。だが、それは一介の付添い婦に全財産を残すという問題のある遺言状を残して、彼女が死んだ二か月後のことだった。ポワロとヘイスティングズは、死者からの依頼に応えるとともに、事件に絡む愛すべきテリア犬「ボブ」の濡れ衣も晴らす~ これ、設定だけを取り上げると“いかにもクリスティ”のように見える。 「悪意のある遺言状」や「五指に余る疑わし気な親族=容疑者たち」。「容疑者ひとりひとりの証言の齟齬、心理を読み、真相に迫るポワロ」などなど、数多の彼女の佳作と比べても遜色ない“枠組み”だと思った。 最終的にはミスリードが見事に嵌まり、斜め上から抉るような真相が語られるに違いない・・・ その筈だった。 実際は・・・やや微妙か。 他の方も書かれてますが、特に中盤の展開がモヤモヤしていて、すっきりしない。確かに伏線は張られてるし、ポワロの推理にも一定のキレはある。ただ、どうもね・・・ 序盤での不穏な空気間から醸し出される私の期待感からすれば、この真相はちょっと龍頭蛇尾に思えた。そういう意味では、本作が「埋もれてる」のもむべなるかな、ということなんだろう。 でも、日本国内でこの設定(上に書いた「悪意のある遺言状」など)なら横溝正史辺りが思い浮かぶけど、それならおどろおどろしい、血みどろの惨劇なんていう作風になっちゃうんだろうな。 これがクリスティにかかれば、英国の伝統的な田園風景のなかで、牧歌的とさえ言えそうな作風になるんだもんね・・・やっぱり違うよなぁと思った次第。 ちょっと辛口に書いてしまったけど、別に駄作というわけではない。水準給の面白さは十分備えてるし、何より「ボブ」が愛らしい。犬の言葉が理解できたら、こんな感じなのかな? |
No.1628 | 7点 | 片桐大三郎とXYZの悲劇 倉知淳 |
(2021/01/28 22:38登録) ~聴覚を失ったことをきっかけに引退した時代劇の大スター・片桐大三郎。古希を過ぎても聴力以外は元気極まりない大三郎は、その知名度を利用して探偵趣味に邁進する。後に続くのは彼の「耳」を務める野々瀬乃枝~ ということで、かのE.クイーンの有名シリーズを翻案(?)した連作短編集。 2015年の発表。 ①「ぎゅうぎゅう詰めの殺意」=山手線の満員電車で起こる殺人事件。凶器はニコチン毒・・・。犯人は犯行現場を山手線内に見せかける価値があると考えたとあるけど、わざわざ顔を晒して、凶器も捨てて・・・などというリスクの方がどう考えても大きそうだが? ②「極めて陽気で呑気な凶器」=車椅子の老画家殺し。現場近くにあった数多くの“凶器候補”の中から選ばれたのは、なぜか「ウクレレ」・・・。なぜウクレレ?というのが大きな謎となるわけだが、本作はオマージュ作品とは異なり、大五郎の逆説的な解法が決まる。ただ、このロジックは一直線に首肯し難い気がする。 ③「途切れ途切れの誘拐」=まさか序盤のあの光景が伏線になっていたとは・・・。そこはいいんだけど、まさか凶器がアレとは・・・(もちろんウクレレではありません)。 ④「片桐大三郎最後の季節」=これが一番ヤラレタ。冒頭~終盤まで、亡き巨匠の遺作シナリオ盗難事件に纏わるヌルい展開が続くのだが、ラストはまさかの真相! そうか、これが最終的にやりたかったのね。 以上4編。 E.クイーンのドルリー・レーン四部作のオマージュは言うまでもない。 全体的にはロジック重視の好短編集という評価で良さそう。 もちろん、「ロジックのためのロジック」というようなものもあるけど、そんなことを今さら持ち出したってねぇ・・・ 従来の「猫丸先輩」シリーズに負けず劣らずの主人公キャラだし、さすがに短編は手馴れている。 是非シリーズ化or続編に期待したいところ。 (ベストは③か④で迷うところだが、「騙し」がラストに見事決まった④に軍配かな。①②もまずまずの水準。) |
No.1627 | 7点 | 犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼 雫井脩介 |
(2021/01/28 22:37登録) 前作となる「犯人に告ぐ」を読了したのが、今を去ること11年半前の2009年9月。満を持して今回続編を手に取ることに(単なる偶然、思い付きですが・・・) 巻島警部は警視に昇進。相変わらずの長髪をなびかせている模様。2015年の発表。 ~神奈川県警が劇場型捜査を展開した「バットマン事件」から半年。巻島史彦警視は、誘拐事件の捜査を任された。和菓子メーカーの社長と息子が拉致監禁され、後日社長のみが解放される。社長と協力して捜査態勢を敷く巻島だったが、裏では犯人側の真の計画が進行していた。知恵の回る犯人との緊迫の攻防!~ 作品中では前作から僅か半年後の設定になっているけど、実際の刊行は11年後。さすがに忘れてるよなー でも、前作の設定が割と密に絡んでくる本作。本来は、前作を読み直した方がいいのかもしれない。 で、物語は「オレオレ詐欺グループ」の組織的犯罪を描くところからスタートする。 今回、巻島の好敵手となる謎の男「淡野」と、彼に従う兄弟の3人が手を染めるのはズバリ「誘拐ビジネス」。 そう、「誘拐」という犯罪をビジネスにしてしまおうという実に「ふてぇー」奴らなのだ。 何より、巻島を中心とする神奈川県警と「淡野」を中心とした犯人グループの知恵比べが本作最大の注目点。 お互いが「裏」、「裏の裏」そして「そのまた裏」をかこうとするまさに化かし合い。 この辺りの盛り上げ方はさすがに作者。心得ている。 山下公園⇔横浜公園を舞台とする身代金を受け渡しは両者痛み分けに終わるのだが、そこまでも見越したうえでの淡野の次の一手! 実に劇場的。裏をかかれたはずの巻島を救ったのは、まさかの人物! いやいや、なかなかの面白さ。予定調和な箇所もあるにはあるけど、十分に満足できるエンタメ作品に仕上がっていると思う。 そして終章。巻島の前にひれ伏すことになった・・・と思いきや。物語は若干の残尿感を残してパート3へ続くことに。 当然読みますよ。記憶が薄れないうちに。 (途中に描かれている県警内の人事の話がリアルっぽくて「へぇー」って思った。どこもそういうことってあるよね) |
No.1626 | 5点 | 玉村警部補の巡礼 海堂尊 |
(2021/01/10 13:29登録) 「玉村警部補の災難」に続く、警察庁一の切れ者・加納警視正と“哀れな部下”玉村警部補のコンビが活躍するシリーズ第二弾。 今回は「巡礼」の言葉どおり、ふたりが四国八十八か所のお参りに出掛けた先で遭う事件を解き明かす・・・展開。 2018年発表。 ①「阿波 発心のアリバイ」=まずは一番札所のある阿波からスタート。この「巡礼」は何かしらのウラがあることが序盤からほのめかされるなか、八十八か所セレブツアー(そんなの本当にある?)のメンバーが挙げた100万円の賽銭(!)が盗まれる事件が発生。で、そんなこんなで加納警視正が解決。めでたし、めでたし。 ②「土佐 修行のハーフムーン」=政治家が絡むきな臭い自殺事件。政治家と秘書といやぁー、安倍前首相だってねぇ・・・というわけで、お仕えの身はツライということ。メインはアリバイトリックなのだが、まさかこのご時世で写真を使ったトリックにお目にかかれるとは思ってもみなかった。 ③「伊予 菩提のヘレシー」=全身の血を抜かれた死体。Why?というわけで、「蚊」=弘法大師の生まれ変わりとして崇めるという風習が伊予の一部地域にあるらしい(ホンマかいな?)。まさか! 蚊に血を全部吸われた? それはないだろう・・・ ④「讃岐 涅槃のアクアリウム」=冒頭からほのめかされていた「ウラ」の事情が明らかとなる最終編。舞台は屋島水族館ということで、久々にあの「ボンクラボヤ」も登場する(知ってる人は知っている)。 ⑤「高野 結願は遠くはてしなく」=ボーナストラック的なまとめ。 以上4編+1。 まさか四国八十八か所を題材に持ってくるとは・・・。作者の懐の深さというべきか、多趣味というべきか・・・ 巻末には八十八か所の地図や全ての寺院名も掲載されていて、全くの素人という方にも配慮がされてます。 まぁ、あんまり真面目に書いた作品ではないのだろうから、肩の力を抜いて読めばいいということかな。一連の「桜宮サーガ」の番外編という位置付けなんだろうけど、今まで読んだことない人でも特段関係なし。 お遍路に興味がある+ミステリー好き、というニッチな方なら是非どうぞ! でも本当に歩くと大変らしいよ。 |
No.1625 | 5点 | カエルの小指 道尾秀介 |
(2021/01/10 13:26登録) 映画化もされた「カラスの親指」の続編となる本作。 前作の読了からはや八年半たつけど、かなり面白かったという印象があるが・・・ 2019年の発表。 ~詐欺師から足を洗い、口の上手さを武器に実演販売士として真っ当に生きる道を選んだ武沢竹夫。しかし謎めいた中学生・キョウが「とんでもない依頼」とともに現れたことで彼の生活は一変する。シビアな現実に生きるキョウを目の当たりにして、再びペテンの世界に戻ることを決意。そしてかつての仲間らと再集結しキョウを救うために「超人気テレビ番組」を巻き込んだド派手な大仕掛けを計画するが・・・~ 最初に断っておくと、本作は前作の内容を知らないまま読むと理解できない(しにくい)箇所が割と多いので、「カラスの親指」を先に読むことをお勧めします。 かく言う私は・・・何しろ読了したのが八年半も前だからなぁー。漠然としか覚えていません。当然! ただ、“道尾マジック”とでも表現すべき見事な「騙し」が見事に決まった前作に比べると、本作の「騙し」(ペテン?)は少々スケールが小さいように思えた。 序盤から中盤の冗長さも気になるところ。武沢のその後やキョウの周辺情報の話が続いて、なかなか本題に入っていかない展開。 ジャンルでいうなら「コンゲーム」に当たるんだろうから、もう少しテンポよくスピード感のある展開の方が良かった。 なかなか話が進まないねぇ・・・と思った矢先、単行本の312頁に出てくる貫太郎のセリフ。 ここからついに「騙し」のスクランブルに突入。ひとりだけでなく、あらゆる登場人物がそれぞれ「騙し」を行っていたことが明らかになっていく。じゃあ一体なにが真実なのか? ウーン。最終的にはもう少し大きな爆弾が爆発するもんだと思ってたなぁー 爆発したはいいけど、「エッ! 意外と小ぶりなのね」という印象。もちろんサプライズだけがすべてではないんだけど、前作の鮮やかさを経験した身にとっては、どうしても比較してしまう。 ということで、やっぱり間が空きすぎたんじゃないかな? もう少し読者の記憶が残っているうちに続編を出すべきだったと思う。(伊坂ならこういうテーマでもう少し気の利いたプロットを用意しそう) |
No.1624 | 7点 | カササギ殺人事件 アンソニー・ホロヴィッツ |
(2021/01/10 13:22登録) 2021年、かなり遅くなりましたが、皆さま明けましておめでとうございます。未曽有の事態に日々あたふたしてますが、ミステリーを楽しめる環境にまずは感謝して・・・ 毎年、新年一発目に何を読もうかと迷うわけですが、今年は前々年度のランキングを席巻した本作をチョイス。 2019年の発表。 ~1955年7月、サマセット州にあるパイ屋敷の家政婦の葬儀が、しめやかに執り行われた。鍵のかかった屋敷の階段の下で倒れていた彼女は、掃除機のコードに足を引っかけたのか、或いは・・・。その死は、小さな村の人間関係に少しずつヒビを入れていく。余命僅かな名探偵アティカス・ビュントの推理は・・・~ すでに読了した方ならお分かりでしょうが、これは“あくまで上巻”の紹介文。上巻は、A.クリスティを彷彿させるように、ある田舎の街で起こる連続殺人事件が語られる。 これがなかなかの出来。田舎特有の濃い人間関係、さまざまな悪意や妬み、過去からの因縁etcが複雑に絡み合い、沸点に達した際に殺人事件が発生してしまう。名探偵(?)アティカス・ビュントの捜査が進み、あと一歩で真犯人を指摘!というところで、下巻に突入。 下巻は・・・うーん。ひとことで言うなら、プロットの勝利ということかな。確かに作者の狙いは精緻。「そういうことか・・・」と唸らされることになる。フーダニットについては分かりやすいのが難だが、作中作と現実の事件が有機的にリンクしており、作者のミステリー作家としての腕前を十分に感じることができる。 そして、上巻で語られなかった解決がついに終章で詳らかに。この構成も見事。非常に満足感の高い作品に仕上がっている。 あらゆる本格ミステリーのトリックが出尽くした昨今。とかく特殊設定下のミステリーが増えていくなか、こういう手もあるのか、と読者に示した力作。 ちょっと褒めすぎかもしれない・・・。特に下巻。スーザンの探偵譚が語られるのだが、関係の薄い脇筋を追いかける展開が続き、やや冗長。ちょっと間延びした感は否めない。 でもまぁ、新春から良い作品に巡り合えたことは事実。それは良かった。 (下巻313頁のアナグラムの件。これって、欧米の方ならアッ!って気付く? なかなかやるな・・・ホロヴィッツ) |
No.1623 | 6点 | 天使と罪の街 マイクル・コナリー |
(2020/12/21 21:11登録) ハリー・ボッシュシリーズの記念すべき10作目となった本作。 今回は作者初のノンシリーズ「ザ・ポエット」の続編と言うべき作品でもある。 2004年の発表。原題は“The Narrows” ~元ロス市警刑事の私立探偵ハリー・ボッシュは、仕事仲間だった友の不審死の真相究明のため単独調査を開始する。その頃、ネヴァダ州の砂漠では多数の埋められた他殺体が見つかり、左遷中のFBI捜査官レイチェル・ウオリングが現地に召致された。これは連続猟奇殺人犯、「詩人(ポエット)」の仕業なのか? そしてボッシュが行き着いた先には・・・~ 今回の事件も主な舞台はLAでありラスヴェガスであった。 ボッシュ自身が長年ハリウッド署の刑事として勤務していたのだから、当然LAはいつもの舞台。邦題になっている「天使と罪の街」というのもLAに相応しい形容詞だろう。 そしてラスヴェガス。言わずと知れたギャンブルとショーの街。不夜城そして男たちの欲望で造られた街。 ボッシュの妻エレノアは、この街で名うてのギャンブラーとして生計を立てている。何より前作でその存在が明らかになったボッシュとエレノアの娘マデリンが暮らす街。ボッシュにとっては特別な街なのだ。 「詩人」による連続猟奇殺人事件を追う間も、ボッシュは娘の寝顔を見るため、この街にやって来る。ただひたすらに愛おしい娘の存在・・・それが“渇いた”二都市で起こる事件で奮闘する彼に潤いと勇気を与える。 今回、大きな謎はない。 真犯人は最初から明確。「詩人」その人なのだから。そこにサプライズは仕掛けられていない。 読者としては、ボッシュ&レイチェルコンビVS「詩人」の対決を、手に汗握りながら見守るだけだ。 原題となっている“The Narrows”とは、ロスアンゼルス川のことを意味している。終盤、「詩人」を追うふたりの前に立ち塞がるのが災害級の大雨。雨中の川を舞台とした対決は、思わぬ結末を迎えることになる。 さすがに「詩人」は強敵なんだけど、最後やや淡白な終わり方となったのは気になった。折角の大物なんだから、もうちょっと盛り上げ方があったような気が・・・ いつものような複雑なプロットではなく、「詩人」シリーズの決着を付けることを第一に。さらにはテリー・マッケイレブに纏わる物語も本作で結論が得られることとなった。 そういう意味ではシリーズのひとつの転換点となる作品(なのだろう)。ただ、コナリーとしては今一つという見方もできる。 |
No.1622 | 5点 | リバーサイド・チルドレン 梓崎優 |
(2020/12/21 21:09登録) 処女作らしからぬ出来栄えと、独特な世界観に衝撃を受けた「叫びと祈り」の読了からはや数年。 今回、やっと次作を手に取ることができた! 期待感はかなり高まったのだが、さて・・・ 単行本は2013年の発表。 ~カンボジアの地を彷徨う日本人少年は、現地のストリートチルドレンに拾われた。過酷な環境下でもそこには仲間がいて笑いがあり信頼があった。しかし、あまりにもささやかな安息は、ある朝突然破られる。彼らを襲う動機不明の連続殺人。少年が苦難の末に辿り着いた胸を抉る真相とは?~ これは・・・やはり作者独特の世界観と呼ぶべきなのか。 何と舞台はカンボジア。なのに主役は日本人少年。作者としては、当然日本人の目を通してのカンボジアの姿というものを意識したのだろう。 その現実はかなり酷く、臭く、そしてやるせない。 そんな劣悪な環境下で発生した少年たちの連続殺人事件が本作の解かれるべき謎となる。 こう書くと、なかなかに魅力的な道具立て、筋立てのように見えるかもしれないが、ただ、どうしても「本格ミステリー」という枠をかぶせると、何ともガクガクして居心地の悪さが目に付いてしまう。 主人公の少年「ミサキ」や、前作の読者なら覚えている(かもしれない)あの「旅人」。彼らが真相に迫るために、繰り返す推理。 私の目には、そのロジックも動機も、現実感に乏しい絵空事のようにしか映らなかった。 でも、これが作者の世界なのかもしれない。 この世界を否定して、よりリアリティを追及してしまうと、作者の良さが消えてしまうのかも・・・ そんな危ういバランスに支えられている。それが本作なのかもしれない。 ある意味、本作はひとりの少年の成長を描くストーリー。なぜ少年はカンボジアという厳しい環境で生き抜く決意をしたのか? 厳しい中にも得難い友や明日への希望、そして前を向く勇気・・・そんなことが頭に浮かんできた。 単行本の表紙には川を渡る彼らの「舟」が写されている。もう「舟」っていうか、「木くず」だ・・・。 でも、こんなところから人間のエネルギーやダイナミズムは生まれてくるんだろうな。こんなご時世だからこそ、そんあことを考えさせられた。 でも、評価は辛め。 |
No.1621 | 6点 | 119 長岡弘樹 |
(2020/12/21 21:08登録) 「教場」シリーズが木村拓哉主演で想像以上のブレークを果たす! ということで、あちらは「警察学校」が舞台で、こちらは「消防署」を舞台とする連作短編集。 2019年の発表。 ①「石を拾う女」=いきなり?なタイトルだが、消防司令の今垣は、女の行動に疑念を抱くが、その結果は・・・。こんなとき人は恋に落ちるのだろうか? ②「白雲の敗北」=本作の主要登場人物となる新人消防士の大杉と土屋。見た目は正反対の二人だがコンビとなり火災の現場に向かう。先輩消防士・栂村のある行動に土屋は疑念を抱くが・・・ ③「反省室」=男性社会の消防署に“紅一点”の女性消防士。こういう場合、たいがい男に負けまいと頑張りすぎるのだが、なぜか上司はつらく当たってくる・・・。そこには当然意味がある。 ④「灰色の手土産」=新聞記事と大杉が行った講演原稿だけで進んでいくストーリー。でも、何があったか知らんが、こんな場面で意趣返しされるのはなぁー ⑤「山羊の童話」=こんなことでも火事って起こるんだねぇ・・・。気を付けねば。 ⑥「命の数字」=ひょんなことから脱出不可能な部屋に閉じ込められた高齢者のふたり。消防士を息子に持つ男が考えた脱出方法は・・・へぇーそれは知らなかった! ⑦「救済の枷」=姉妹都市があるコロンビアの街へ講師として招かれた男・猪俣に訪れる最大のピンチ! しかし、いくら脱出するためとはいえ、こんなことするなんて! ゼッタイ痛いよ! ⑧「フェイス・コントロール」=新人消防士だった大杉と土屋も入署からはや10年・・・という設定。何と、土屋が火災現場に入ると、大杉の姿が!そして土屋の天敵までも。 ⑨「逆縁の午後」=「逆縁」とは親より先に子供が死ぬこと。消防士の後輩でもある子供に先立たれた男が自ら「お別れの会」を開催。その「会」は実はこういう意味が・・・あった。 以上9編。 いかにも作者の短編集という読後感。 出来は良いと思う。「教場」シリーズで一皮むけた感のある作者だけに、実に読み応えのある作品に仕上がっている。 火災の現場で起こるちょっとした事件、微かに感じる違和感。それが終盤、用意周到な伏線だったと気付かされる。 このレベルの短編集なら「短編職人」と呼んでも差し支えないかもしれない。 横山秀夫に近づいてきたかな。 (でもこんな事件だらけの消防署。本当にあったら嫌だ!) |
No.1620 | 5点 | ホワイトラビット 伊坂幸太郎 |
(2020/11/29 18:20登録) ”伊坂幸太郎20th”か・・・もう二十年になるんだねぇー 個人的にかなりの伊坂作品を読み込んだつもりだが、今回はどんなマジックか? どんな目くるめく展開なのか? 2017年の発表。 ~兎田孝則は焦っていた。新妻が誘拐され、今にも殺されそうで、だから銃を持った。母子は怯えていた。眼前に銃を突き付けられ、自由を奪われ、さらに家族には秘密があった。連鎖は止まらない。ある男は夜空のオリオン座の神秘を語り、警察は特殊部隊SATを突入させる。軽やかに、鮮やかに。「白兎事件」は加速する。誰も知らない結末に向けて。驚きとスリルに満ちた、伊坂マジックの最先端~ 今回は「兎」と「オリオン座」と「ジャン・ヴァル・ジャン」である。 そして久しぶりの登場となる、新潮社の伊坂作品にはお馴染みの、愛すべき泥棒キャラ「黒澤」。 つまりは、「黒澤」が「兎」と「オリオン座」と「ジャン・ヴァル・ジャン」をうまいこと使って立てこもり事件、そしてその裏に隠された誘拐事件をうまいこと解決する・・・そんな話。 なんのこっちゃ、って思う? そう。今回も伊坂の腕で何となくうまく丸め込まれた感じ。 本作は、今までにない書き方というか、物語の全体を俯瞰している「神」のような視点が、まるで作品を支配するように、時間軸を行ったり来たりさせる。 コイツが曲者。読者は最初に目にするシーンが、実は裏側はこういうことでした、というのを後で「神」から告げられることになる。 ただ、これが旨く嵌まっているかどうかは正直微妙なところ。ウルサイと感じる読者も結構いそうだ。 個人的には、あくまでこれまでの作者の佳作との比較でいうなら、一枚も二枚も落ちる印象。 作品のテイストでいれば「ゴールデンスランバー」が似ているんだけど、もうひとつ突き抜ける爽快感というか、ヤラレタ感がなかったなぁー。(オリオン座の話もイマイチだし) 前評判は高いと聞いてたので、やや看板倒れに思えた。 まあ良い。次読む作品に期待しよう。 |
No.1619 | 5点 | 疑惑の影 ジョン・ディクスン・カー |
(2020/11/29 18:19登録) フェル博士を探偵役とするシリーズで十八番目の作品。 ただし、本作の主人公は若き気鋭の弁護士パトリック・バトラー。 原題は”Below Suspicion”。1949年の発表。 ~”偉大なる弁護士”バトラーが弁護を引き受けた娘ジョイスは、テイラー夫人を殺した容疑で捕らわれていた。夫人はジョイスと二人きりの邸内で、薬とすり替えられた毒を飲んで悶死したらしい。不利な状況のなか、バトラーは舌鋒鋭い弁護で無罪評決を勝ち得た。が、その直後夫人の甥が毒殺されたのだ。しかも当地に滞在中のフェル博士によれば、近辺では毒殺事件が多発していた。バトラーとフェル・・・ふたりの名探偵が突き止めた血の香漂う事件の真相は?~ 道具立ては実にカーらしい作品。 悪魔崇拝や頻発する毒殺事件、そして毒殺魔などなど・・・ 不気味な雰囲気が作品中に漂っていて、佳作をどしどし発表していた頃のカーなら、アッと驚くようなトリックが出てきたのかもしれない。 本作でそれを期待してはいけない。どちらかというと本格ミステリーというよりは、冒険スリラー寄り。 それもこれも本作の主人公バトラーのせい。 力が有り余っているのか知らんが、敵の用心棒的人物の向こうを張って殴り合いするやら、最終的には火事まで引き起こすや、いやもうやり過ぎだろ! しかも決め台詞は「オレは決して間違わない・・・」って、どっかの地上波ドラマの女医みたいだし・・・ 他の方も書かれてるけど、毒殺トリックにしてもアリバイトリックにしても、ちょっと無理矢理というか乱暴。 最終的に判明する真犯人(=悪魔崇拝教団のボス)もサプライズ感はあるけど、かなり既視感が強い。 とここまでかなり辛口の評価なんだけど、全然面白くない!というわけでもない。 カーらしい雰囲気を味わいながら読み進めることができる。それだけで一定の満足感は得られる(多分)。 ということは、やっぱりカー好きなんだろうな。 でも評価はこんなもんだろう。 (ただ今回、フェル博士がどうにも冴えないのがどうもねぇ・・・。最後くらい締めて欲しかったのだが) |
No.1618 | 6点 | 淋しい狩人 宮部みゆき |
(2020/11/29 18:16登録) ~東京下町、荒川土手下にある小さな共同ビルの一階に店を構える田辺書店。店主のイワさんと孫の稔で切り盛りするごくありふれた古書店だ。しかし、この本屋を舞台に様々な事件が繰り広げられる・・・~ という連作短編集。 1993年の発表。 ①「六月は名ばかりの月」=今でいうストーカーのような男に付け狙われた女性の姉が死体で発見される。生前妹に告げた言葉が「歯と爪」・・・。当然バリンジャーのあの名作が連想されるんだけど、結末は割とどんでん返し。 ②「黙って逝った」=意味深なタイトル。寡黙だった父親が遺したのは、二十数冊の全く同じ本。いったいなぜ?ということなんだけど、その真相はあまり現実的でないと思うが・・・。こんなことするかな? ③「詫びない年月」=かなり地味めな一編。でも作者らしいといえばそうかも。いかにも下町って感じだしな。 ④「うそつき喇叭」=タイトルは体を痣だらけにした少年が田辺書店から万引きしようとした児童書のこと。店主は親のDVを疑うが真相は・・・というもの。 ⑤「歪んだ鏡」=営業目的で本の中に自分の名刺を忍び込ませる・・・。そんなことしても無駄だと思うけどなぁー。ラストは因果応報。 ⑥「淋しい狩人」=本格ミステリー不遇の時代にひとり踏ん張っていた小説家が残した未完の小説が「淋しい狩人」。この未完の小説を完成させたという男が現れ・・・ひと悶着。 以上6編。 古書を巡って起こる事件を店主が解決していく・・・ アレ! まさに「ビブリア古書堂の事件手帖」の先行事例?って思った。(あっちの主人公は巨乳美女で、こっちの主人公は老人だが・・・) いかにも作者らしいというか、多少の毒はあっても最終的には柔らかでふんわりした読後感に浸れる作品だった。逆に言えば、少々食い足りないということも言えるんだけど、まぁそこは言わぬが花かな。 もう少しプロットを煮詰めた方がいいものの混じってるけど、まずは安心して手に取れる短編集でしょう。 (作者の短編集はあまりハズレがないように思う。) |
No.1617 | 5点 | ワトソン力 大山誠一郎 |
(2020/11/18 15:35登録) ~目立った手柄もないのになぜか警視庁捜査第一課に所属する和戸栄志。行く先々で起きる難事件はいつも居合わせた人々が真相を解き明かす。それは和戸が謎に直面すると、そばにいる人間の推理力を飛躍的に向上させる特殊能力「ワトソン力」のお陰だった!~ ということで連作短編集。2020年発表。 ①「赤い十字架」=いわゆるダイイングメッセージものだが、安易な解法なのはやむを得ないかな・・・十字架とアレを間違うかな? ②「暗黒室の殺人」=地面の陥没で停電なんて、最近の事件(調布のやつ)を思い出してしまった。まぁ死んだのは偶然というのはいいとしても、ちょっと強引かな。 ③「求婚者と毒殺者」=これも・・・安易な解法なのは間違いない。こんなCCでやらなくても・・・ ④「雪の日の魔術」=「雪」といえばいわゆる”雪密室”ということなのだが、これはちょっと現場が分かりにくい。「魔術」というのは明らかに言い過ぎ。 ⑤「雲の上の死」=航空機の中で起こる殺人事件といえば、A.クリスティの某名作が思い浮かぶけど、これはかなりブッ飛んだ解法。というか普通やらないだろう、こんなこと。 ⑥「探偵台本」=残された焼け跡の残るミステリー劇の台本をめぐり、役者たちが推理合戦を行う・・・どこかで見たようなプロットだな。軽くても面白さはある。 ⑦「不運な犯人」=航空機ではなく今度は長距離バスが舞台。しかもバスジャックが起きた車中で起こる殺人事件。で、何が不運かということが鍵。 以上7編。 単なる短編集ではなく、和戸が①~⑦の事件関係者の誰かに監禁されてしまうという謎も加わる。(こちらは大したことはない添え物のようなものだが) で、本作もいわゆる特殊設定もの。 よくもまぁ、こんな特殊設定考えるよなぁ・・・ でも割と面白くはあった。 短編の1つ1つは実に大したことはないのだが、読み物としては上手い具合にまとまってはある。(地上波のドラマでやりそうな感じ) 作者が器用なのは分かったので、次はもう少し骨太な本格長編を期待したいところ。 続編もあるかな・・・ |
No.1616 | 6点 | 殺人犯はわが子なり レックス・スタウト |
(2020/11/18 15:33登録) 巨漢で美食家の探偵ネロ・ウルフシリーズの十九作目(ウィキペディア調べ)に当たる長編。 このシリーズを読むのも久しぶりなのだが、これまでパッとした印象がないんだよなぁ・・・ ということで、1956年の発表。 ~はるばるネブラスカからマンハッタンのウルフの住居を訪ねてきた老資産家の依頼は、11年前に勘当した息子を探してほしいというものだった。ウルフは助手のアーチーに命じ、早速新聞に情報提供を呼び掛ける広告を打つ。ところが応じてきたのは、警察や新聞記者、弁護士といった連中ばかり。どうやら今話題となっている殺人事件の被告がくだんの息子と同じイニシャルらしい。公判に出向いたアーチーは、その被告こそが問題の息子だと確信するのだが・・・~ 2020年11月初旬。TVは某アメリカ大統領選一色である。 日本人から見ると、到底信じられない選挙戦が繰り広げられる民主主義の先進国。そして、やはり主役はあの男、そう、トランプ大統領その人。 個人的には、あの方を見てると、「典型的なアメリカ人」というか、「日本人が頭の中で思い描くアメリカ人」に一番近いのではないかといつも思ってしまう(とにかく体がデカくて、大声でまくし立てて、押しが強いetc)。 まぁ、選挙戦の結果はおいおい判明するだろうけど、文化の違いって大きいんだなって思わずにはいられない。 いやいや、大統領選の話はどうでもよかった・・・(ただ、ネロ・ウルフって、どうも私の頭の中でトランプ大統領の姿と被ってしまうんだよねぇ・・) で、本作なんだけど、まず最初に言ってしまうと、面白いか面白くないかがよく分からない作品、だった。 長きに亘って続くシリーズらしく、ウルフやアーチーをはじめとするシリーズキャラクターは今回も生き生きと動き回ってくれる。ストーリーもテンポよく進んで、ラストは関係者一同を集めてウルフが真犯人を指名するなんて場面まで用意されている。 こう書くと面白いに違いないはず・・・なんだけど、うーん、どうもね。 シリーズを読み込んでいる読者でもないし、ただウルフの経験則に基づいた推理が徐々に開陳されるのを待つのみ、というプロットがどうも合わないのかもしれない。 一編の読み物としては十分に面白さは兼ね備えてる、ということは言えるので、まぁそこそこの評価ということに落ち着くのかな。 |
No.1615 | 5点 | よろずのことに気をつけよ 川瀬七緒 |
(2020/11/18 15:31登録) 2011年の第57回江戸川乱歩賞受賞作にして、(当然)作者のデビュー長編。 この年は本作のほか、玖村まゆみ「完盗オンサイト」が同時受賞の栄誉に輝いている。 で、2011年の発表。(2回書かなくても・・・) ~都内に住む老人が自宅で惨殺された。奇妙なことに、遺体は舌を切断され、心臓をズタズタに抉られていた。さらに縁の下からは、「不離懇願、あたご様、五郎子」と記された呪術符が見つかる。なぜ老人はかくも強い怨念を受けたのか? 日本の因習に絡む、恐るべき真相が眼前に広がる! 第57回江戸川乱歩賞受賞作~ 確かに龍頭蛇尾なところはある。 出だしの展開、謎は紹介文のとおりで、なかなかに魅力的なのだ。 得体の知れない土着的な風習なのか、宗教めいた話なのか、はたまたまるでアニメの世界のような呪術師が出てくるのかetc 物語の中盤。事件のベクトルが殺された老人の隠された過去に集約されていく。 いったいどんな凄まじい過去、事実が待ち受けているのか? それがどのように現代の事件に繋がっていくのか? 第二の殺人が起きるに及び、読者(=私)の期待はピークへ! ここからの展開が今ひとつなのは、やはり処女作の所以なのかな。 事件の中心点となる〇〇県の山中へわざわざ飛び込んでいく主人公の男女2人。そこで、動機やら過去の顛末やらが明かされるのだが・・・うーん。ちょっと尻つぼみ。 割と”よくある”過去の過ちではないか! 言葉は悪いが、こんなことで舌を切断され、心臓をズタズタに抉られるなんて! 呪術師こえーよ。 ただ期待値からいうと、真犯人=もっと不穏で得体の知れない感半端ない奴という予想からするとねぇ・・・ でもまぁこの頃の乱歩賞受賞のコードは踏まえてる作品だろう。 巻末の選評を読んでると、総じて本作=まとまりがよい、というような評価だった模様。 まぁそれは首肯する。 |
No.1614 | 6点 | 船から消えた男 F・W・クロフツ |
(2020/11/02 21:48登録) フレンチ警部登場作としては、数えて十五作目に当たる本作。 舞台はこれまでも度々登場した北アイルランド(大英帝国の一部だね)。今回もフレンチの地道な捜査行は実を結ぶのか? 1936年の発表。原題は”Man overboard!”(飛び降りた男?) ~北アイルランドの小さな町で平穏な毎日を送っていたパミラと婚約者ジャックが、ある化学上の発見の実用化計画に参加することとなった。発見とはガソリンの引火性をなくし、危険性のない燃料にできるというものだった。実用化されれば巨万の富を得るのは間違いない。計画は進み、ロンドンのある化学会社と契約成立も間近というとき、その化学会社の社員が失踪した。ロンドンへ向かう船から姿を消したのだ。数日後彼は死体となって発見された・・・~ 紹介文を見る限りは、いつものクロフツ、いつものフレンチ警部だろうと思ってた。 確かにいつものクロフツ、いつものフレンチ警部と言っても過言ではない(クドい!)部分が殆ど。前半は主人公役の素人が犯罪に巻き込まれるまでの顛末が語られ、中盤になってフレンチ警部が登場。靴底をすり減らしながら捜査を進めるものの、なかなか光明が見いだせない。「まだかよー」って思ってるさなか、終盤になって唐突に「光明が!」。そして解決。めでたしめでたし・・・というのがお決まりのパターン。 ただし、本作は若干異なる。 フレンチも捜査は行うものの、フレンチよりはベルファスト署のマクラング部長刑事の捜査の方が主。(マクラングは初期の名作「マギル卿最後の旅」でもフレンチに協力してくれた盟友) そして、終盤は不幸なことに逮捕されてしまった婚約者ジャックをめぐる法廷シーンが延々と描かれることとなる。 この法廷シーンがかなり念入り。検察側と弁護側のやり取り、応酬がかなり頁を割いて続くことになる。 読者としては、「フレンチはどうした?!」と言いたくなるなか、ラスト近くになってやっと再登場ということになるのだが、これが問題。 中盤最後のフレンチの独白シーンで、この時点でフレンチは凡その真相に気付いたと書かれているのだ。それなのに・・・そこから延々捜査が行われるのを見て見ぬふりをしたというのか! いくら北アイルランドの管轄外の事件とは言え、それはないだろうという気にさせられた。結局、最後はフレンチの見込みどおり、真犯人は逮捕され事件は終結ということになる。 私がマクラングなら、「もっと早く言ってよ!」って思わずにはいられないだろうな。スコットランドヤードも日本の警察と同様、縄張り意識が強いということなのかな。 ただし、作品の出来そのものはまずまず。シリーズらしい安定感のある作品ではある。 |
No.1613 | 6点 | 模像殺人事件 佐々木俊介 |
(2020/11/02 21:47登録) 「創元クライム・クラブ」として配本された作品。 作者は本作のほか、デビュー作となる「繭の夏」の2作品しか発表していない模様・・・ 2004年の発表。 ~木乃家の長男・秋人が八年ぶりに帰郷を果たした。大怪我を負ったという顔は一面包帯で覆われている。その二日後、全く同じ外見をした包帯男が到着。我こそは秋人なりと主張する。二人のいずれが本物ならんという騒動の渦中に飛び込んだ大川戸孝平は、車のトラブルで足止めを食い、数日を木乃家で過ごすこととなった。日頃は人跡稀な山中の邸に続発する椿事。ついには死体の処理を手伝いさえした大川戸は一連の出来事を手記に綴る。後日この手記を読んだ進藤啓作は、不可解な要素の組み合わせを説明づける真相を求めてひとり北辺の邸に赴く~ 何とも不思議な感覚に陥った。そんな感じ。 作品そのものが纏っている雰囲気が実に曖昧模糊としているのだ。 探偵役となる進藤啓作が物語の中盤、「その屋敷(木乃家)でいったい何が起こったのか?」という疑問を呈するに及び、本作のメインテーマが「What done it」だということが判明する。 確かに。関係者が残した「手記」をもとに推理するという形式からは、単純なWho done itということではなく、読者に隠された“大いなる欺瞞”を暴くことこそがプロットの主軸となることはもはや自明の理だろう。 そして、この“大いなる欺瞞”が問題。 「犬神家」を彷彿させる二人の包帯男を登場させた段階で、もはや人物の入れ〇〇りは想定されてしまう。しかし、本作のスゴ味は、この欺瞞をかなり大きなスケールでやってしまったこと。 もちろんこれには無理が生じる。普通なら気付かれるリスクが半端ない。で、それを現実的にさせる仕掛けが人里離れ、隔離された旧家という舞台なわけだ。 そしてもうひとつが、幻想的ともいえる筆致。(筆致だけなら、綾辻の「霧越邸」を何となく思い出した) 先に「曖昧模糊」と表現したけど、霧の中をさまよいながら読書しているという感覚に陥ってしまった。 なんか、とりとめもない書評になってますが、これまであまり接したことのない作品だったのは事実。横溝や三津田などの作風は想起させるけど、こういう独特な作品が二作だけなんて実にもったいない。作者はその後どうしちゃったんだろうか? |