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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1859件

プロフィール| 書評

No.1679 6点 償いの報酬
ローレンス・ブロック
(2022/01/28 22:32登録)
毎回楽しみに読んでいたマッド・スカダーシリーズもついに残り2作品となってしまった。
本来なら第16作目「すべては死にゆく」を読むべきなのだが、作品世界の時系列でいうと本作が「昔」に当たるということで、先に17作目となる本作をチョイス。いわゆる「回想」作品なんだね。
2011年の発表。原題は”A Drop of the Hard Stuff”

~禁酒を始めてから三か月が経とうとしていた。いつものようにAAの集会に参加したスカダーは、幼馴染みで犯罪常習者のジャック・エラリーに声を掛けられる。ジャックは禁酒プログラムとして、過去に犯した罪を償う”埋め合わせ”を実践しているという。そんな矢先、銃弾を頭部に撃ち込まれ何者かに殺されてしまう。スカダーはジャックの遺した”埋め合わせ”リストの五人について調査を始めるが・・・。名作「八百万の死にざま」後をノスタルジックに描いたシリーズ作!~

紹介文のとおりで、本作全体に漂うのはひたすら「ノスタルジー」だと思う。そして、スカダーとは切っても切れない関係にある「酒」。
すでに禁酒を始めており、もうすぐ記念すべき「禁酒一周年」を迎えるという状況にもかかわらず、いや、だからこそなのか、「酒」に対する想いや記述が作品の多くを占める。物語の終章、真犯人と目される人物が、スカダーの暮らすホテルの部屋に忍び込み、ベッドをバーボンまみれにしてしまう(銘柄はメーカーズマーク)。情緒がやや不安定になっていたスカダーは、充満するバーボンの匂いに気が狂いそうになる・・・このシーンが最も印象的だ。
当事件の中心人物となるエラリーも、禁酒をしており、昔ひどい酒飲みの頃に起こした多くの事件の被害者へ謝ろうとしている。つまりは、「酒」「酒」「酒」の話・・・
河島英五ではないが「男はなぜ酒を飲むのか?」。舞台はアメリカ・NYのはずなのに、浮かんできたのは日本の古い歌謡曲だった。(アレ? これって、他のシリーズ作品のときにも書いたような・・・。評者自身も酔っぱらってる?)

「横溢なノスタルジー」と「尽きない酒への想い」・・・これは本シリーズを貫くテーマなのは間違いない。前作で一応シリーズに結末をつけた作者なのだが、もう一度ペンを取る際には、やはりこのテーマへと原点回帰するしかなかったのだろう。そのためには、過去の事件の回想という形しかなかったのだろう。
当時恋人だったジャンとの別れや、NYの街に漂う寂寥感がスカダーの心をむしばみ、孤独にさせていく。そんな渇いた街、渇いた時代を経て、エレインという愛妻やミック・バルーなどの友人に恵まれ、70歳を超えた現在。人の人生って何だろう? 何のために生きているのか? それでも人は生きていくetc いろいろな感情が無規律に湧いてくる、そんな読書になった。(酷い雑文のような文書になってしまった・・・)

えっ? 本筋はって? どうでもいいじゃないですか。きっと作者もそう思ったのでしょう。本作には結末という結末はつかず、静かに物語の幕は降ります。ということで、いよいよ次はシリーズラストの読書となる。ひたすら淋しい。


No.1678 6点 Φは壊れたね
森博嗣
(2022/01/28 22:30登録)
「S&Mシリーズ」⇒「vシリーズ」⇒「四季四部作」と続いてきた森ワールド。続いて始まるのは「Gシリーズ」
その幕開けとなるのが本作。萌絵や国枝、犀川は引続き登場するけれど、新たに主要キャラクターとして出てくるメンバーもちらほら。2004年の発表。

~その死体はYの字に吊るされていた。背中に作りものの「翼」をつけて。部屋は密室状態。さらに死体発見の一部始終がビデオで録画されていた。タイトルは「Φは壊れたね」・・・。これは挑戦なのか? N大のスーパー大学院生、西之園萌絵が山吹らの学生たちと事件解明に挑む!~

最近何かと話題のギリシア文字である。その名も「Φ」(ファイ)。例の感染症もそのうち「Φ型」というのが出てくるのだろうか? などと詰まらぬことを想像してみた。
で、今回も今までと同様、メインテーマは「密室」である。そう、森ミステリーでは定番中の定番ともいえるガジェット。
しかも、電子鍵で施錠され、窓も完全に施錠、そしてまるで現場を見張るようにビデオ撮影がされていたというオマケ付き。そんな完全無比な密室が今回の相手となる。

ただ、この「密室」がクセもの。作者のミステリーを読み継いでいる者としては、密室トリックが徐々に陳腐化或いは簡素化されているなぁーと思っていた矢先、今回は何て言うか、まるで読者を突き放したような「密室」である。
表現するのが難しいんだけど、「まるで、密室トリックなんて、一応定番なので入れてますけど、それが何か?」というふうにでも言っているような感触。
本作で探偵役を務める海月も探偵キャラとしては、かつてないほどドライな性格で、読者を突き放す。
そんなに突き放すのなら、密室トリックなんて入れなきゃいいのに!って思ってしまう。

そうは言っても、密室トリック自体は非常にレベルが高い。いかにも不自然な関係者たちや、その行動、Yの字に張り付けられた死体を始めとするあまりに不自然な現場・・・そのすべてが密室を解き明かすカギにはなっている。こんなトリックをいとも簡単に披露すること自体、稀有な才能だとは思う。
他の皆さんが触れているとおり、タイトルの意味は結局不明なままである。(どうも犀川や萌絵、海月は分かっているようだが・・・)。作者にとってはそんなことはどうでもよいことなんだろう。この辺りは、量産が過ぎて、徐々に作者の熱量が作品内に挿入できないということになっているのではないか。ということで、シリーズ続編は不安な限りである。


No.1677 5点 オムニバス
誉田哲也
(2022/01/28 22:29登録)
~警視庁刑事部捜査一課殺人犯捜査第11係姫川班。事件がなければ休日も待機もシフトどおりに取れるのだが、そううまくはいかない。各署に立てられた捜査本部に入ることもあれば、人手が足りない所轄の応援に回ることもある。激務の中、事件に挑み続ける彼女の集中力と行動が被疑者を特定し、読む者の感動を呼ぶ。だから、立ち止まるな、姫川玲子!~ ということで、彼女と彼女の周りの活躍を描いた作品集。単行本は2021年発表。

①「それが嫌なら無人島」=タイトルは物語のラスト、オチの箇所に由来する。東京の下町で発生した事件。所轄どうしの縄張り争いのようなものに振り回されると思いきや、颯爽と解決を図る姫川であった・・・
②「六法全書」=本編の視点は姫川班の刑事・中松。彼にとって上司である姫川はやや微妙な存在であるようで、その辺りが“いい具合に”物語を面白くしてくれる。そして、今回もタイトルはオチとして使用。
③「正しいストーカー殺人」=通常とは逆。女が男を殺害するストーカー殺人、だったはずが、姫川の慧眼で事件は全く異なる構図に。で、結局「正しい」のはやっぱり「正しかった」ことが判明する。(何だそりゃ?)
④「赤い靴」=『~異人さんに連れられて・・・』ではない「赤い靴」である。所轄の応援に入った姫川らは、決して身元を明かそうとしない女性に苦戦するが・・・
⑤「青い腕」=今度は「青い」であり、実は④の続きでもある。④で一旦は解決したはずの事件。しかし、突くと更なる深淵が!ということで、想像以上の酷い結末が訪れる。それでも、玲子は真実を追求する。
⑥「根腐れ」=美貌の女優が覚醒剤所持で自首してきた。殺人課である玲子には本来関係ない・・・はずだったが、旧知の刑事から彼女の取調べを依頼されて・・・という流れ。真実はそんなに大したことはないのだが。
⑦「それって読唇術?」=最終編で急に登場する武見検事。玲子と”いい仲”らしいのだが、本シリーズ初見の私にはよく分からん。で、武見検事の過去にクローズアップされて・・・。洒落た雰囲気の一編。

以上7編。
多分、「ストロベリー・ナイト」などを読んでなければ、本作も十分には楽しめなかったんだろうと思わせる。姫川班の面々が視点人物となる回が多いのだから尚更だ。
でも、何より「姫川玲子」という魅力的なメイン・キャラクターをより知ってほしいというのが本作の主旨だとしたら成功してると思う。
何を隠そう(別に隠さなくてよいのだが)、シリーズの他作品も読んでみようかという気にさせられたのだから。そういう意味ではシリーズ入門編としても適当と言えるかも。
サラりと読めて、一定の満足感を得られる。その観点からなら良作。薄味だけどね。


No.1676 9点 兇人邸の殺人
今村昌弘
(2022/01/08 18:36登録)
「屍人荘の殺人」「魔眼の匣の殺人」に続くシリーズ三作目。
今回も探偵=比留子、助手=葉村のコンビが当然活躍するのだが、途中は意外過ぎる展開に!
2021年発表で、各種ランキングを賑わせた作品。

~”廃墟テーマパーク”に聳える「兇人邸」。班目機関の研究資料を探し求めるグループとともに、深夜その奇怪な屋敷に侵入した葉村譲と剣崎比留子を待ち受けていたのは、無慈悲な首斬り殺人鬼だった。逃げ惑う狂乱の一夜が明け、同行者が次々と首のない死体となって発見されるなか、比留子が行方不明に。さまざまな思惑を抱えた生存者たちは、この迷路のような屋敷から脱出の道を選べない。さらに、別の殺人者がいる可能性が浮上し・・・。葉村は比留子を見つけ出し、ともに謎を解いて生き延びることができるのか?~

いやいや、こんな”突拍子もない”設定、よく考えたねえー
ただ、個人的な感想でいうなら、大評判となった「屍人荘」よりも、もちろん「魔眼の匣」よりも本作の方が断然上に思えた。(世間的にはそうでもないようですが・・・)
「屍人荘」もかなりの特殊設定だったけど、本作はそれを凌駕する。もはや完全にゲームの世界だ。
なにしろ、訳の分からないほど入り組んだ迷路さながらの「館」だし、人の力を完全に超越した巨人が殺人者(しかも首斬り魔!)だし、探偵役の比留子は脱出不能で完全に孤立するし・・・
もはや、何が何だか、普通なら混乱必至のプロットだと思う。

しかしながら、そうはならない。作者の考えぬかれた「仕掛け」に読者は翻弄されることになる。特に、巨人以外の「生き残り」による殺人、これも首斬りなのだが、アリバイを主に四重五重にも張り巡らされた作者の「罠」にはなかなか感服させられた。久々に聞く名言(?)「困難は分割せよ」(by二階堂蘭〇)の更に上を行く、「困難の三分割」・・・これはかなりの興奮を覚えた。成るほどねぇ・・・、だからの首斬りとは・・・恐れ入りました。
過去の「追憶」シーンはいわゆるカットバック的手法なのだが、これも読者にとっての「罠」として有効に作用している。(読者は当然、アイツがあいつで・・・って予想するもんね)
「巨人」の設定(夜しか活動できない、必ず首を斬るなど)もゲームキャラ的要素満載なのだが、この1つ1つの設定がトリックや仕掛けに活かされているところも評価が高い。特殊設定にばかり目を奪われるけど、要は、ありとあらゆる要素がすべて1つの真相につながっていく、かなり真っ当なミステリーということだろう。

まぁさすがに動機(真犯人以外の行動も含めて)については首肯できない箇所も目立つし、細かい突っ込みどころは多いのは事実だけど、それを補って余りある面白さだった。新年から、こんな作品読めてまずはラッキー。
(単行本135ページの比留子の言葉『…確かに脱出の手段はあるけど、それを使うことで状況がより悪化する可能性がある。これは私たち自身が留まることを選ばざるを得ないクローズドサークルなんだよ』。これがプロットの出発点かな?)


No.1675 5点 ジョン・ディクスン・カーを読んだ男
ウィリアム・ブリテン
(2022/01/08 18:35登録)
「~を読んだ~」シリーズ全11編と、その他ノンシリーズ短編3編から成る作品集。
EQMM常連作家であるブリテンによる珠玉のパロディ群(!)
「~読んだ~」シリーズは1960年代から70年代に順次発表されたもの。

①「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」=このオチは知っていた。けど、やはり「哀愁」感じるラスト。
②「エラリー・クイーンを読んだ男」=これはなかなか面白い。なくなった金貨のありかは意外なところ・・・?
③「レックス・スタウトを読んだ女」=このオチはよく分からなかったんだけど・・・?
④「アガサ・クリスティを読んだ少年」=ある米国の街で起こった不思議な事件。なぜこんなことをするのか・・・? いかにも短編向きのプロット。
⑤「コナン・ドイルを読んだ男」=昔のクラスメイトから届いた一通の謎の手紙。でも、「こんなクラスメイトいたっけ?」という奴だし、内容はぶっ飛んでるし・・・。で、その真相は?
⑥「G・Kチェスタトンを読んだ男」=チェスタトンのブラウン神父といえば「逆説」・・・というわけで、無理矢理「逆説」に持ち込もうとする男。
⑦「ダシール・ハメットを読んだ男」=といえば、ハードボイルドということで、当然ながら本格ミステリーの名探偵とは異なる、ということが話の肝となる(みたい)。
⑧「ジョルジュ・シムノンを読んだ男」=これはなかなか気が利いてる。まぁ、別にメグレでなくてもよいと思うが・・・
⑨「ジョン・クリーシーを読んだ少女」=都筑道夫の「退職刑事」シリーズを想起させる安楽椅子探偵もの。
⑩「アイザック・アシモフを読んだ男たち」=「男たち」というのが肝。要は「黒後家蜘蛛会シリーズ」のパロディ。そうなると当然探偵役は・・・給仕役。
⑪「読まなかった男」=何を読まなかったのかは、本編を読んだのお楽しみ。
⑫「ザレツキーの鎖」=フーディーニを思わせる天才犯罪師VS彼を執拗に追いかける警察官。ある男の賭けに乗り、“ザレツキーの鎖”に繋がれたまま脱出し、宝物を盗み出すという試練にチャレンジすることに。結末は意外にも、というか「やっぱり・・・」
⑬「うそつき」=当然ながら嘘について虚々実々の話が展開されるのだが、イマイチよく分からない。
⑭「ブラッド街イレギュラーズ」=当然ながら「ベーカー街イレギュラーズ」をパロッたタイトルなのだが、あまり関係ないような・・・

以上、シリーズ11編+ノンシリーズ3編。
前半のパロディものは、どれも「ニヤリ」とする内容なのだが、正直ちょっと小粒。それよりはノンシリーズの方がキレを感じる。さすがはEQMM常連!
(シリーズものでは①④⑧あたりかな、それ以外では⑫が印象的)


No.1674 9点 凍てつく太陽
葉真中顕
(2022/01/08 18:34登録)
皆さま、かなり遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。まだまだ不自由な生活が続きそうな気配が濃厚ですが、とにかく読書については全く支障はないということに感謝をしつつ・・・
今回、新年最初の読書に選択したのは、第72回日本推理作家協会賞も受賞した、作者畢竟の大作。
2018年の発表。

~昭和二十年、終戦間際の北海道・室蘭。逼迫した戦況を一変させるという陸軍の軍事機密「カンナカムイ」をめぐり、軍需工場の関係者が次々と毒殺される。アイヌ出身の特高刑事・日崎八尋は、「拷問王」の異名を持つ先輩刑事の三影らとともに捜査に加わることになるが、事件の背後で暗躍する者たちに翻弄されていく。陰謀渦巻く北の大地で、八尋は特高刑事としての「己の使命」を全うできるのか?~

いやぁー。新年早々、久しぶりにこんな「すごい熱量」の作品を読んだ気がする。読了した後も、登場人物たちの熱い想いが心の中から暫し抜けなかった。
戦中を舞台とする作品は今まで何冊も読んだとは思うのだが、「北海道」「特高VS軍」「在日朝鮮人やアイヌなど当時真っ当な皇民とはみなされなかった人々」「網走刑務所」・・・etc
作者が題材にとった1つ1つが作品世界を彩るピースとして、見事なくらいに嵌まっている。

「太陽」かー。もともと戦時中の室蘭の街には2つの「太陽」があった。一大軍需都市となっていた室蘭には鉄工所で燃え盛る「太陽」があったのだ。そこに更にもう1つの「太陽」が・・・?
これこそが八尋、三影、そして〇〇の運命を決めることになる。
悪役となる「三影」も、実に見事な「悪役」を演じているし、魅力的な人物は枚挙にいとまがない。
そして、物語の最終版、いよいよ隠されてきた様々な真相が明らかになり、この大作も決してきた!と思った瞬間に炸裂するサプライズ!!
これこそがミステリー作家としての作者の矜持だろう。
振り返れば、この「大いなる欺瞞」をラストに持ってきたいと考えていたからこその中盤の数々のストーリーだったのだ。この「欺瞞」がこの哀しい物語に更なる深みを与えている・・・

これは、もう「大河ドラマ級」の作品。「時代」に流された人々、熱い魂、未来への希望・・・様々なものを読み手に与えてくれる作品。高い評価は当然だろう。


No.1673 5点 謀略のパルス
トム・クランシー
(2021/12/20 20:30登録)
個人的に作者の初読みなのだが、本作はPower Playsシリーズの三作目とのこと。
米国の巨大企業アップルリンク・インターナショナル社の創業者ロジャー・ゴーディアンが主人公となる。
1999年の発表。

~合衆国のスペースシャトル<オリオン>打ち上げ六秒前。悲劇はそのとき起きた。エンジンが火を噴いたのだ。たちまちシャトルは炎と黒煙に呑み込まれた。打ち上げに関与していたアップルリンク社は直ちに原因の調査を開始する。が、その数日後、ブラジルにある同社の宇宙ステーション製造施設が謎の武装集団に襲撃された。果たして事件の裏に潜む戦慄のシナリオとは?~

”最初の期待ほどではなかったな”というのが読後の感想。
紹介文を読んでると、いかにもワクワク感の高い、複雑かつ緻密なプロット&衝撃のサプライズ!っていうのを期待しちゃうよな・・・
でも、そんな感じではなく、どちらかというと、主要登場人物たちの群像劇に近いストーリー。
目の前でシャトルの爆発事故を体験した女性宇宙飛行士アニー。アップルリンク社の防衛部隊の新たなリーダーになるべく招致されたトム・リッチ。などなど。
物語は彼らの姿や心中を細かに描き、緊張感のある世界観に深みを持たせている。

でも、それがどうもなぁ・・・
なんとなくスピード感やケレン味を削いでいるように思えるのだ。ラストも、裏の構図や事件全体のからくりが判明するというわけではなく、アップルリンク社VS犯罪組織の対決があくまでもメインで描かれている。
かなり長い作品だけに、中盤の冗長さも気になった。

ただ、一定水準の面白さがあるのも事実。しかも人気シリーズとのことであり、続きも気になるところではある。
何だか煮え切らない書評になってるけど、評価としてはこんなもんかな。


No.1672 5点 杉下右京の冒険
碇卯人
(2021/12/20 20:29登録)
今度は「杉下右京」即ち、日本の刑事ドラマ史上、最も活躍しているキャラクターである(そして未だに現役!)
本作は地上波でも放送されたもののノベライズという位置付け(でよいのだろうか?)。ただし、「相棒」(この頃は神戸刑事)は登場せず、杉下右京が出張先で事件に遭遇するという「冒険」譚となっている。
2012年の発表。

①「紺碧の墓標」=舞台は東京の遥か南。伊豆諸島の一つである「三宅島」なのだが、更に三宅島の沖合に浮かぶ小島「御蔵島」が途中から舞台として浮上する。当初は本土からの釣り人が事故死したと考えられていた事件が、右京の鋭すぎる洞察力で殺人事件へと変貌していく。島で出会った善良な人々ー三宅島署の刑事や民宿の主人、御蔵島の駐在や自然を守るために移住してきた人々etc おおらかで誰もが癒されるはずの島の環境が、逆に人間の欲やエゴの犠牲になってしまう。そしてついに殺人事件まで・・・。これはもしかしたら、杉下右京の勘が鋭すぎるために引っ張り出してしまった事件なのかもしれない。そういう悲しい現実がラストには待ち受けている。
②「野鳥とUFO」=舞台は韓国・ソウル。本来の任務を終えたはずの杉下右京は野鳥の大量死と謎のUFO出現という奇妙な謎に惹かれ、現地の刑事とともに真相の解明に奔走することとなる。途中、事件の鍵を握ると思われる「奇妙な建物」に遭遇。敵に捕らわれるという一大事になりながらも、最後には無事解決に導く。ただ、「謎」そのものは小粒で、「動機」につながる日・米・韓の関係についてもちょっと安易だなぁーという感想は持った。申し訳ないが、この程度の事件・謎ならば現地の警察に任せておけばよかったのではないか?というのが率直な感想。

以上、今回は中編2編という構成。
①②の比較では断然①の方が面白かった。
①は国内だが離れ小島、②は外国、ということでいつもは一応官憲としての権力をふるえる右京にとって、捜査がままならないという環境下に置かれることが逆に本作の「肝」となるのだろう。ただし、鋭い推理力はいつもどおりであり、結局瞬く間に事件の裏側そして真相を見抜いてしまう。
そういう意味では、もう少し歯ごたえのある謎・事件を用意しないと、彼にとっては不服なのかもしれない。ノベライズとしてはまずまずの出来といって差し支えないと思う。
(恥ずかしながら、碇卯人氏が鳥〇〇〇氏の別名義だということを初めて知った次第。なるほど、①も②も「鳥」が結構関わってるしね・・・。個人的に「相棒シリーズ」は殆ど見てないからなぁ・・・)


No.1671 6点 半沢直樹 アルルカンと道化師
池井戸潤
(2021/12/20 20:28登録)
正式には『半沢直樹 アルルカンと道化師』である。なお、「アルルカン」とはピエロとともに伝統的なイタリア喜劇に登場する人気のキャラクターとのこと。
で、あの半沢直樹シリーズの最新刊である。さあ、今回も「倍返し」は成功するのか? 顔芸の方々は出てくるのか? 2020年の発表。

~東京中央銀行大阪西支店の融資課長・半沢直樹のもとに、とある案件が持ち込まれる。大手IT企業ジャッカルが業績低迷中の美術系出版社・仙波工藝社を買収したいというのだ。大阪営業本部による強引な買収工作に抵抗する半沢だったが、やがて背後に潜む秘密の存在に気付く。有名な絵に隠された「謎」を解いたとき、半沢が辿り着いた驚愕の真相とは?~

皆さん、ご安心ください。
今回も「倍返し」は成功します。もしかしたら、過去最高にスカッとする「倍返し」かもしれません。
すべての営業拠点が集まる会議の中で、半沢直樹がそれまで散々煮え湯を飲まされたいやーな相手を完膚なきまでに糾弾する! サラリーマンなら分かるでしょうが、こんなスカッとすることはありません。
日本中の皆さんが狂喜乱舞した地上波のドラマ「半沢直樹」。あんな社会現象とまでなったシリーズの最新作だから、さぞかし作者にもストレスがかかったでしょうけど、そんなことは露ほども出さずいつもどおり。
半沢直樹は常に正しい判断をし、敵役の本部の面々は時代劇の悪役さながら悪事に身を染めていく。
まさに作者独特の「勧善懲悪」ストーリー。

時系列でいうと、前作(「銀翼のイカロス」)よりもやや昔、半沢直樹の大阪時代のお話。シリーズの序盤に戻ったような設定になっている。帯には「探偵半沢 絵画の謎に挑む」とあり、まるで本当のミステリー作品のように煽っていますが、そこまでのものではない。でも、真相に辿り着いた半沢直樹は・・・なかなかに粋な解決を図ります。その辺は「倍返し」とともに、本作の後味の良さを引き立てているでしょう。
やっぱり旨いですよ。作者は。もう、さすがのストーリーテラーぶり。読者の機微というものをよーく分かっていらっしゃる。敬意を表すしかありません。
またすぐにドラマ化されるんだろうなー。でも、本作は顔芸なんかでごまかさない方がいいと思うなぁー
(個人的に一番刺された台詞。半沢の部下である南田が言った「どうすれば生き残れるのか、中小企業の経営っていうのはいつだって迷いの連続なんだよ。それに寄りそうのが我々の仕事だ」。その通り)


No.1670 5点 盲剣楼奇譚
島田荘司
(2021/11/20 10:54登録)
『吉敷竹史シリーズ20年ぶりの新作長編』と銘打たれた本作。ワクワクするねぇー。特に私のような御手洗潔<吉敷竹史と思ってる奇特なファンにとっては。
しかも単行本で500頁超という超大作! でも、これって剣豪小説ですか??
単行本は2019年の発表。

~江戸時代から続く金沢の芸者置屋・盲剣楼で終戦直後の昭和20年9月に血腥い大量惨殺事件が発生した。軍人くずれの無頼の徒が楼を襲撃、出入り口も窓も封鎖されて密室状態となった中で乱暴狼藉の限りを尽くす五人の男たちを、一瞬にして斬り殺した謎の美剣士。それは盲剣楼の庭先の祠に祀られた伝説の剣客「盲剣さま」だったのか?70余年の時を経て起きた誘拐事件をきっかけに、驚くべき真相が明かされる~

本作、吉敷竹史が登場するということは、彼と妻・加納通子との長きに亘るストーリー=「加納通子サーガ」の新作ということにもなる。前作(といっても20年以上前だが)の「涙流れるままに」の最終章。まだ幼子だった娘のゆき子は何ともう大学生。しかも東大に合格して、吉敷と一緒に東京で暮らしているというから、年月の速さに驚くほかない。(もちろん現実の話でないことは百も承知です。
いやいや、でも吉敷の長く苦しく、そして孤独な戦いを見てきた読者にとっては、こんな穏やかな生活が彼に用意されているなんて、作者に感謝というか、島田荘司も年を取ったなという感慨が湧いてきます。)
で、今回の舞台は古都・金沢。今までも加納通子サーガの舞台は、釧路・盛岡・天橋立というように、どこか懐かしい雰囲気の漂う、そして「橋」の似合う街が舞台だったけど(実際、私も「北の夕鶴」を読んだ後、釧路へ旅した)、今回の金沢もなかなか。さすが通子が選んだだけの街、ということでガイドブック的な要素も合わせ持っている。

ただし、ご承知おきください。
ミステリー部分は極薄です。しかも、このトリックって・・・!? 時代を超えた「子供だまし」でしょ!
今までは「剛腕」とか「奇想」とかいう言葉でかわしてきたきたかもしれないけど、これはかわしようなし。正直、噴飯ものの真相です。(いくら出来のいい○○でも、大勢の人間が気付かないなんてあり得ない!!)

まぁでもいいんです。久しぶりに吉敷竹史の姿が拝めたから。
でもどうせなら、こんな中途半端な登場ではなくて、また読者が手に汗握るような熱い冒険譚であって欲しい。
もし次作があるのなら、作者には残りのエネルギーを振り絞ってでも書いてもらいたい、と切に願います。


No.1669 5点 海のオベリスト
C・デイリー・キング
(2021/11/20 10:52登録)
「オベリスト」=“疑問を抱く人”ということだそうで、個人的に作者の初読みです。
本作は、その後「鉄路の・・・」「空の・・・」に続く「オベリスト」シリーズの第1作目(とのこと)。
1932年の発表。

~豪華客船「メガノート号」。満員のサロンでは恒例のオークションが行われていた。スミス氏が最高値で落札しようかというそのとき、不意に室内が暗くなりはじめ、やがて闇に包まれた。そして銃声が響き渡る。まもなく非常灯が部屋を照らすとスミス氏は胸に血を染めて倒れていた。ところが検視の結果、スミス氏が銃撃の直前に毒殺されていたことが分かり、謎は混迷を深めることになる。ポンズ博士をはじめとする4人の心理学者たちがそれぞれに推論を重ねて探偵ぶりを発揮するのだが・・・~

読了までなかなかの時間を要した本作。問題となるのは、他の方も触れられているとおり、中盤に展開される四人の心理学者による推理(?)合戦。
これが、どれもこれも「はア?」っていう感じの推理であり、この辺は例えばバークリーの「毒チョコ」などの多重解決ものとはかなり趣を異にしている。
極論すれば、この部分は「なくても」成立する気がするし(多少の伏線、手掛かりなどは仕込まれているにせよ)、最終的に読者としては不満の残るところとなる。

後は巻末の「手掛かり索引」。
これも・・・親切かつ分かりやすいようでいて、どうも不要な気がしてしまう。
まぁ作者が丁寧に伏線を仕込みながら作品を仕上げていることは分かるんだけどね・・・
で、最終的な真相解明について。これは使い古された「意外な犯人」というものに分類されるのだろう。
ただ、いろいろ不自然な点はあって、これについては探偵役の〇〇(真の探偵役も物語終盤まで伏せられている)も認めていて、それはやむなしという風にごまかしている。

という感じで、なんか腑に落ちない読後感だ。でも、まぁ仕掛けそのものは目新しさはあるし(当時は当然そうだったんだろう)、純粋にフーダニットとして楽しめなくはない。
ただ、四人の心理学者と同様、「ああでもないこうでもない」と全く事件の核心に迫らないまま展開されるストーリーに付き合わされるので、予めご承知おきください。
(巻末解説によれば、特に「空の・・・」はさらに斬新らしいので読んでみたい気はする)


No.1668 6点 十二人の手紙
井上ひさし
(2021/11/20 10:50登録)
日本で最も著名な戯曲作家(と言っていい?)作者が贈る連作短編集。
各編はすべて「手紙」形式ということが共通している。そして、ラストは・・・!
1978年発表。

①「プロローグ 悪魔」=ひと昔前、田舎から出てきた女性はこんなだったよなぁー。でもこの序章がラストに響いてくる。
②「葬送歌」=母と息子の「お涙頂戴」的な話が最後にひっくり返される。
③「赤い手」=ひとりの不幸な女性の人生が、「出生届」や「婚姻届」など様々な届出だけで詳らかにされる。そういう意味では斬新。
④「ペンフレンド」=まさに「手紙」がテーマなんだけど、こんなまだるっこしいことやらなくても・・・
⑤「第三十番善楽寺」=四国八十八か所の第30番札所に纏わる逸話と、一人の障害者の話がリンクしてくる。
⑥「隣からの声」=これはミステリーの短編によく出てくる趣向。隣家から怪しい声が聞こえてきて・・・
⑦「鍵」=結末だけみると、なかなか「粋」な話。でも、これもまだるっこしいな!
⑧「桃」=これは・・・ちょっとしようもない。
⑨「シンデレラの死」=これは面白かった。叙述トリック的な趣向だけど、手紙形式が効いているところが良い。
⑩「玉の輿」=これも一人の女性が運命の波に揉まれまくるお話。
⑪「里親」=まさか、最後のオチが「ダジャレ」とは・・・作者らしいのか?
⑫「泥と雪」=これは企みに満ちたお話だなー。こんなうまい具合にいくのかは疑問だが・・・
(ボーナストラック?)「エピローグ 人質」=なんとこれまでの①~⑫の登場人物(一部だけど)が山形県の温泉ホテルに集結するという最終編。なぜかというと・・・ここで序章が効いてくる。

以上12編+α
今どき「手紙」書くことなんてなくなったねぇー、という意味ではなかなか貴重な作品。
発表当時はおそらく斬新な趣向だったんだろうけど、現代の目線でいうと、やや手垢のついたプロットなのが惜しい感じ。でもまぁ、なかなか気が利いてるし、さすが数々の受賞を受けてきた作者だけあって、リーダビリティも半端なく高い。そういう意味でも一読の価値はありだろう。
(ベストは⑨かな。割と似たようなベクトルの作品が多いのが気になった)


No.1667 5点 ハロウィーン・パーティ
アガサ・クリスティー
(2021/11/20 10:47登録)
10月の末日は、今や日本人の年中行事の一つとなった「ハロウィーン」。ということで(少々遅れましたが)、本作をセレクト。
ポワロ物としては「カーテン」「象は忘れない」を残す後ろから三番目となる。つまり最晩期とも言える頃の作品。
1969年の発表。

~推理作家のオリヴァ夫人を迎えたハロウィーン・パーティーで、少女が突然に殺人の現場を目撃したことがあると言い出した。パーティーの後、その少女はリンゴ食い競走用のバケツに首を突っ込んで死んでいるのが発見された。童話的な世界で起こったおぞましい殺人の謎を追い、現実から過去へと遡るポワロの推理とは?~

イギリスのとある田舎の街、見た目とは異なりどこか陰のある人々、突然に起こる殺人事件・・・舞台設定だけを取り上げると、いかにもクリスティ作品という感じなのだが・・・
その牧歌的というか童話的な世界観に踊らされているためなのか、どうもスッキリしない読後感だった。
巻末解説の長谷川文親氏も「本書には初期作品にしばしば見受けられるような派手な仕掛けは期待できない。ついでにいえばポワロの導き出す結論も、かなりの部分が偶然に助けられたように感じられ、鮮やかさの面で物足りなさを覚える読者がいても不思議ではない・・・」と書かれている。
うーん。同感。
過去に起こった事件or事実というのも、何となく曖昧模糊としているし、それが現在の事件につながっているのはよく分かるのだが、有機的につながっているのが見えにくいというのか、わざとそうしているのか・・・?
さすがに、この頃のクリスティはプロットのネタ切れに陥っていたのかもしれない。鮮やかな仕掛けはもはや期待薄であり、これまでの手口を使いながら、いかにして作品を紡いでいくか。そうして生まれたのが本作ということか。
「動機」も見えにくい。ある登場人物の造形が大きく関わってくるのだが、それが子供殺しとどうもしっくりこないという気がした。

ということで、割合辛口の評価になってしまったけど、それもクリスティ作品への期待の高さ所以。
残り少なくなった作者(特にポワロもの)の作品なので、噛みしめるように味わっていきたい。
(ハロウィーンって本来のんびりした牧歌的なイベント、っていうか宗教行事だったはず。なぜ日本に来るとああいうどんちゃん騒ぎになるのかな?)


No.1666 6点 アンデッドガール・マーダーファルス1
青崎有吾
(2021/11/20 10:44登録)
~吸血鬼に人造人間、怪盗・人狼・切り裂き魔、そして名探偵。異形が蠢く十九世紀末のヨーロッパで、人類親和派の吸血鬼が銀の杭に貫かれ惨殺された! 解決のために呼ばれたのは人が忌避する怪物事件専門の探偵・輪堂鴉夜と奇妙な鳥籠を持つ男・真打津軽。彼らは残された手掛かりや怪物故の特性から推理を導き出す~
2015年の発表。

①「吸血鬼」=敢えて、この“とてつもない”特殊設定には触れないでおこう。その「特殊設定」さえはぎ取れば、いかにも作者らしいロジックに拘った謎解きミステリーになる。中途で探偵役の輪堂鴉夜から示される「7つの疑問」・・・この疑問が解き明かされるとき、事件は解決されることとなる。そして、この特殊設定=吸血鬼だからこそのロジック! これこそが本作の白眉だろう。なかなかに納得の一編。
②「人造人間」=『キカイダー』ではない(古いな!)。どっちかというと『フランケンシュタイン』である。これも敢えてこの大いなる特殊設定には触れないでおこう。テーマは密室殺人である。ただし密室内には生まれたばかりの異形の人造人間がいた!ことはいたのだが、彼は生まれたばかりの赤ン坊程度の知能しかなかった、という設定。これも最終的には「人造人間」設定が生かされた解決をみることにはなる。
それはともかく、ベルギー警察の切れ者刑事として登場するのは、灰色の脳細胞を持つあの男!

以上2編。
上でも触れたけど、特殊設定は特殊設定として楽しめばよいのだが、根本的にはいつもどおりロジック重視の本格ミステリー。そして、特殊設定を生かしたロジックもなかなかの切れ味。
ということで、ごちゃごちゃした設定はあまり気にせず、普通のミステリーとして接すればNo Problem。
Part.2へ続くということなので、それも読むだろうな。
(次作の舞台は英国。この時代の英国と言うことは、やっぱり・・・あの人物が出てくるんだろうな)


No.1665 5点 怨み籠の密室
小島正樹
(2021/11/20 10:42登録)
海老原浩一シリーズ八作目の長編。
作者といえば「やりすぎ」「詰め込み過ぎ」ミステリーということだろうけど、本作も同様なのか?
2021年の発表。

~大学生の飛渡優哉に故郷・謂名村は禁断の土地だった。しかし、父の死に際の「謂名村・・・殺され・・・」の言葉を聞いて、病死した母は殺されたのではないかと思い、故郷を訪ねるのだが全く歓迎されず戸惑っていた。そんなとき村の美濃焼工房で首吊り死体が発見される。優哉はかつて自分の窮地を救ってくれた探偵に相談することに。完全密室の謎を解いた先に見えてくるのは悲哀に満ちた家族の物語だった~

紹介文からして、いかにも!っていう感じ。まさに「小島正樹らしさプンプン」だ。
今回登場するのは、①「強固な閂で閉じられた完全密室」と②「事件現場から煙のように消失する首切り死体」、そして③「見立て殺人」。主にこの3つ。
まず①だが・・・。途中から気付いていたよ。首吊り死体+堅固な密室が出てきた時点で、「まさか島荘の例のトリック?」って予想してたんだけど・・・でもこれって跡が思いっきり付くんじゃないかな?
②はなぁ・・・相当リスクを孕んだトリック。
まぁ真犯人もやむにやまれずということで理屈をつけてるんだけど、〇○の顔と本当の顔を間違うかねぇー
そして③。「見立て」の意味は何? 探偵・海老原の卓越した或いは常識外れの想像力で「見立て」は気付かれたのだが、普通気付かんよ! 真犯人側にも殆どメリットないしな。

とここまで辛口評価を書いてきましたが・・・
プロット自体はかなり丁寧だと思った。二重三重構造というのか、真相を見抜いたと思った先に、更なる深淵が明らかになる、というのは、ありきたりかもしれないが、一定の満足感は得られるだろう。
つまり・・・以前の「詰め込みすぎ」の剛腕ミステリーからは脱却したということなのかな?
確かに以前の作品は「オイオイ!」って突っ込みたくなるところが多かったんだけど、今にして思えばそれはそれで良かったような・・・
まとまりすぎたら、それはそれで淋しい、って読者は勝手なもんです。


No.1664 5点 フレンチ警部と漂う死体
F・W・クロフツ
(2021/10/02 09:13登録)
フレンチ警部シリーズとしては16作目、全長編作品としては記念すべき20作目となる本作。
今回もヨーロッパ大陸を股にかけてフレンチ警部が大活躍する(?)
1937年の発表。

~イギリスの大富豪一族を襲った謎の殺人事件。フレンチ警部は、緻密かつ地道な捜査で証拠を集め、数々の仮説を立て、検証の果てについに真相に辿り着く。リアリズムミステリーの巨匠クロフツ、30作以上に及ぶフレンチ警部シリーズの未訳作品がついにヴェールを脱ぐ!~

(なんだ、この紹介文は!)
後期に入ったフレンチ警部シリーズ。今回も前半は登場人物が殺人事件に巻き込まれる顛末が描かれ、後半になってからフレンチ警部が登場、難航する捜査の果てに、ついに真相に辿り着く。
この展開は不変。もはや定番のプロット。
ただ、事件の様相がややこれまでとは異なる。特に第一の事件。
一族が集まるパーティーの席上で起こる毒殺事件。六人全員が砒素で毒殺未遂されるという派手な展開。
こんなのクロフツというよりは、新本格当りの作家がケレン味たっぷりに書きそうな展開だろう。
そして、事件が解決しないまま、地中海クルーズに旅たつ一族を襲う第二の事件。
これがタイトルの「漂う死体」につながっていく。

本作の評価をするなら、個人的には決して高い評価にはならない。
今まで半数以上のシリーズ作品を読み継いできた者としては、後期に入った本作は、正直なところ、劣化が目立つ作品に思えた。
2つの事件がバラバラで、ただボリュームを増すだけになっているし、動機についてはこれはもう後出しもいいところだろう。(個人的には、殺害される○○が、ああいう事件背景があるにもかかわらず、やすやすと真犯人の誘いにのって旅立つというのが、どうにも解せないのだが・・・)

まあよい。今回は地中海を舞台にしたトラベルミステリーなのだ。ジブラルタル、マラガ、マルセイユ、そしてギリシア・・・フレンチ警部も捜査そっちのけでクルーズを楽しんでるし、読者もついでに地中海の風景に思いを馳せればいいのだ!(多分)


No.1663 5点 怖ろしい夜
西村京太郎
(2021/10/02 09:12登録)
200編を遥かに超えるという作者の短編作品。その中で、「夜」という単語がタイトルに含まれている作品を集めた文庫オリジナルの作品集。
1986年に角川文庫で編まれたもの。

①「夜の追跡者」(「月刊小説」1978年6月号)、②「怠惰な夜」(「別冊宝石」1967年8月号)、③「夜の罠」(「オール読物」1967年1月号)、④「夜の牙」(「小説宝石」1976年10月号)、⑤「夜の脅迫者」(「読切特選集1964年8月号)、⑥「夜の狙撃」(「小説の泉」1964年7月号)
ということで、かなり初期の作品から比較的初期の作品が並んでいる。

いつもなら、ひとつずつ短評を書くわけなのだが、うーん。今回はいいかな・・・
短編らしく、事件が急に起こって、急に解決して、っていう展開が目立つ。よく言えば「短編らしい切れ味」だし、悪く言えば「全く喰い足りない」っていう評価になるのだろう。

しかし、作者も1930年生まれってことは・・・今年91歳!? 作家生活も凡そ60年ってことになる。
いやいや、やはりすごい作家ではないか。
先日、たまたま見たBSの番組で氏がゲストに出てたけど、スムーズに受け答えしてたもんなぁー
いまだ「書く」意欲に溢れるなんて、一体どういう頭と体なんだろう?

正直なところ、「西村京太郎」という作家は最初の5年くらいで完成したんだろうと思う。その頃は、斬新なアイデアや奇抜なプロットの作品を連発していたわけだし、リーダビリティも十分だった。
で、たまたま出した「寝台特急殺人事件」が望外にヒットした。これがいけなかった(もちろん、作者的には「良かった」のであって、私個人の感想で)。
作者の「腕」をもってすれば、この「トラベルミステリー」なんて、赤子の手をひねるかのように、作品を量産できたのだろう。そして、折からの旅行ブームがそれに乗っかることになった・・・

だいぶ脱線してしまいました。本作も決して悪い出来ではありません。もう安心して頁をめくれます。保証します。
(個人的には最初期ともいえる⑤⑥が好み。因みに初期は「京子」という女性が度々出てきます)


No.1662 4点 傍聴者
折原一
(2021/10/02 09:11登録)
文藝春秋社で折原といえば、そう、足掛け20年以上も続く「~者」シリーズである。
六年ぶりの最新刊となる今回のタイトルは「傍聴者」ということで、当然裁判絡みのお話となる。そして、下敷きとなった現実の事件は例のあの「毒婦」の事件だろう・・・。2020年の発表。

~交際相手に金品を貢がせ、練炭自殺に見せかけて殺害した牧村花音。平凡な容姿の彼女になぜ男たちは騙されたのか。友人を殺されたジャーナリスト・池尻淳之介は、真相を探るべく花音に近づくが・・・。彼女の裁判は「花音劇場」と化し、傍聴に通う女性たちは「毒っ子倶楽部」を結成、花音は果たして毒婦か?聖女か?~

ウィキペディアによると、「~者」シリーズは本作で第14作目とのことである。
並べてみると、①「毒殺者」(1992)②「誘拐者」(1995)③「愛読者」(1996)④「漂流者」(1996)⑤「遭難者」(1997)⑥「冤罪者」(1997)⑦「失踪者」(1998)⑧「沈黙者」(2001)⑨「行方不明者」(2006)⑩「逃亡者」(2009)⑪「追悼者」(2010)⑫「潜伏者」(2012)⑬「侵入者」(2014)⑭「傍聴者」(2020)、となる。(※但し、①③は当初別タイトルで発表され、後で改題されたもの)

いやいや、よく続いたもんだねぇ・・・。数多のミステリー作品が量産される昨今、こんなに長きに亘って愛されてきた(?)シリーズも珍しいのではないか。
新聞の三面記事に取り上げられるような現実の事件を題材に取り、うだつの上がらないノンフィクションライターが、事件の真相を探るうち、まるで底なし沼に絡めとられるように、事件そして関係者の渦に巻き込まれていく・・・。同じようなプロットを使いながらも、作者の卓越した叙述トリックのバリエーションで読者を手玉に取っていく。
何よりも、「現実」と「虚構」の狭間をうまい具合にぼかしながら、読者に「一体なにが起こっているのか?」という思いを抱かせ、頁をめくる手を止めさせない技術。こんなのは折原にしか書けない、いや書こうとしないジャンルだと感じる。
個人的ベストは世評も高い⑥かなぁー。改題された①③はともかく、初期の作品は叙述トリックにも新鮮味があって、「驚き」のレベルも高かったように思う。まぁどうしても後半にいくほど、プロットにも無理矢理感が出てくるのはやむを得ないところだろう。

えっ!? 本作の評価は!って?
まぁ・・・いいじゃないですか。作者の六年間の想い、いや苦悩を表すかのような出来、というところでしょうか。
ハッキリ言えば、『ネタ切れ』なんでしょう。でも、そんな私の感想を裏切るべく、15作目が発表されることを祈っております。(何年かかるかな?)


No.1661 8点 だれもがポオを愛していた
平石貴樹
(2021/09/15 20:36登録)
美貌の名探偵・更科ニッキが活躍するシリーズとしては、「笑ってジグゾー、殺してパズル」に続く第二弾となる作品。
創元文庫の復刊フェア2019として再販されたものをようやく読了。
1985年の発表。

~エドガー・アラン・ポオ終焉の地、米国ボルティモアの郊外で日系人兄妹の住む館が爆破され、沼中に潰えた。テレビ局にかかった予告電話のとおり、「アッシャー家の崩壊」さながらに始まった事件は、ほどなく「ベレニス」、「黒猫」の見立てに発展、捜査は混迷を呈していく・・・。オーギュスト・デュパン直系の名探偵がクイーンばりの論理で謎を解く、オールタイムベスト級本格ミステリー~

これは・・・評判どおりの傑作と評して差し支えない作品だった。
一番目を引いたのは、やはり「見立て」の処理方法。
ポオの代表作の見立てどおりに発生する連続殺人。なぜ犯人はこんな手の込んだ「見立て」を施したのか? 読者の興味はそこに集中することとなる。
それに対する解答が・・・実に鮮やか。
これまで「見立て」プロットの作品もそれなりに接してきたけど、ここまで論理的かつ衝撃的なものはちょっと思い付かない(忘れてるだけかもしれんが・・・)
ネタバレになるのであまり詳しくは触れないけど、「計画性」と「偶然性」の混ぜ具合が絶妙。こういうのは料理なんかと一緒で、2つのバランスが悪いと変な味になってしまう。(超想定外の光景を目の前にした真犯人が、やむにやまれず、それでも知恵を絞って施した装飾が「見立て」なのだ・・・素晴らしい!)

フーダニットに関しては正直、意外性は乏しい。「アッシャー家」という段階でまずは凡その背景を予想しながら読んでしまった。ただ、そこに「ベレニス」と「黒猫」が加わるとどうなるのか?
この辺りの処理も秀逸。

巻末解説の有栖川有栖氏は、本作を「新本格」ムーブメント前の前夜の傑作と評されている。
確かに。ちょうど島田荘司が登場し、長らく続いた本格ミステリー不遇の時代から、明かりが灯された時代。
まさに作者畢生の一作といって良い作品。未読の方は是非ご一読をお勧めします。
(登場人物・・・特に警官たちの名前は作者のユーモア(死語)?)


No.1660 5点 鏡の花
道尾秀介
(2021/09/15 20:35登録)
~「大切なものが喪われた、もう一つの世界」を生きる人々。それぞれの世界がやがて繋がり合い、強く美しい光で彼らと読者を包み込む。生きることの真実を鮮やかに描き出すことに成功した、今までにない物語の形。「光媒の花」に連なり作者の新しい挑戦が輝く連作小説~
小説「すばる」誌に連載され、単行本の発表は2013年の作品。

①「やさしい風の道」=章也と翔子の姉弟が本編の主役。読み進めると、「翔子」は死んでいるようなのだが、二人は普通に会話している・・・
②「つめたい夏の針」=これも章也・翔子姉弟の物語。なのだが、今度は章也が死んでいる世界のお話が展開され・・・
③「きえない花の声」=一転して、今度は栄恵と夫(瀬下)の物語。で、夫は事故で死んでいるという設定。栄恵は夫の不貞を疑った過去があり、それを今でも引きずっているのだが・・・
④「たゆたう海の月」=③同様、栄恵・瀬下夫妻のお話。なのだが、今度は息子の俊樹が謎の死を遂げ、憔悴した夫妻の姿が描かれる。なぜ息子は死んでしまったのか?
⑤「かそけき星の影」=本編では俊樹は生きており、瀬下の親友の娘・葎と結婚し、長男が誕生している。あるとき、葎は①②に登場した姉弟と同じバスに同乗することに・・・
⑥「鏡の花」=これまで登場した3組の夫婦と2組の姉弟が同じ民宿に集まることになる。そして、その民宿を経営する一家もある重要な役割が・・・

以上6編。
緩やかに世界観を共有しながら進んでいく物語。各編とも誰かが亡くなっており、その「亡くなった」ことを軸に物語は展開される。なのだが、次編へ進むと亡くなったはずの人物は生きており、代わりに別の人物が亡くなっている。
そういう「仕掛け」が施された連作短編集ということ。

まぁ旨いことは旨いのだが、ちょっと狙いすぎの感もある。夫婦であれ、姉弟であれ、親子であれ、身近な人物が突然いなくなるという事実は、人の心に大きな傷或いは空虚をもたらす。そんな感情を抱えながらも、人は前を向き生きていく・・・というのがテーマかな?(違うかもしれんが)
いずれにしても、ミステリー要素は予想に反してほぼ皆無ですので、そんな作品はいやだという方は是非スルーしてください。

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