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ミステリの祭典

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メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1835件

プロフィール| 書評

No.755 6点 GIVER
日野草
(2017/07/15 20:41登録)
「復讐」を主題とした連作短編集。
第一話を読み進む際の緊迫感ととても危険な香りに、これはとんでもない傑作なのではないかと思いました。しかし話が進むにつれ、次第にトーンダウンしていくのを感じ、残念な気分が蔓延してくるのを抑えることができませんでした。
これがもしダークな雰囲気が最後まで続いていたなら、かなりの傑作になった気がします。段階的にマイルドになるストーリーの数々は、確かによく練られたプロットを保持していますし、それなりに面白いです。しかしながら、何かが足りない、もっと強烈なバイオレンスや重要な役割を果たす少年の非情さなどが浮き彫りにされていたほうが私的には好みだったんですね。
この先、楽しみな作家だとは思いますが、時折稚拙な表現が見られるところも気になりますし、もっと文章にメリハリをつけたほうが良いのではないかというふしも無きにしも非ずです。構成力や雰囲気づくりなどには確かな実力を感じますので、今後も要注意人物なのかなという気はします。活躍を期待したいと思います。


No.754 8点 99%の誘拐
岡嶋二人
(2017/07/14 20:34登録)
さすが「人さらいの岡嶋」と呼ばれるだけある、彼らの代表作の一つと言ってもよいだろう一作。誘拐の後にまた誘拐という、豪華なのかやりすぎなのかよく分からない作品ですね。構成的にはややくどい感じもしますが、それだけ力が入っていると捉えるのが正解でしょうかね。
当時の最新ハイテクを用いた倒叙物の誘拐は大変小気味よく、スピード感に溢れたサスペンスを生み出すことに成功していると思います。小物をうまく活用したりしてエンターテインメント小説として、見事な出来栄えに仕上がっています。
ただなぜ99%なのか、との疑問が最後まで理解できませんでした。やはりある人物に見破られてしまったから完全犯罪と言えないという解釈でいいんでしょうか。
いずれにしても誘拐物としては一級品と言えると思います。


No.753 6点 密室殺人
鮎川哲也
(2017/07/13 21:10登録)
タイトル通り、密室殺人を扱った短編集。
表紙を見る限り高木彬光のような、デッサンみたいなカバーです。赤、青と来れば当然白だと思いきや黒だったというオチも。でも実は鮎川の頭の中には『黒い密室』の構想もあったらしいのですが、密室殺人に対する情熱が薄れて幻に終わったという逸話も残っています。
で、本書の中で最も評価の高いのが『赤い密室』です。出入り不可能な解剖室で発見されたバラバラ死体という、萌え要素満載の星影龍三シリーズの名作。これは面白いです。当時、こういう発想もあったのか的な斬新さに驚いたものです。なるほど、こうした密室もありなのかみたいな、とても勉強になった作品ですね。
他は・・・ほとんど憶えていません。想像するに大してインパクトのない作品だったのではないかと思います。
出版されてから38年ですか、しかしそんな昔から『赤い密室』のような奇想を持った作家がいたとはねえ。


No.752 6点 怪しい店
有栖川有栖
(2017/07/12 20:40登録)
「店」をテーマにしたご存じ火村&アリスシリーズの短編集。本格、倒叙、日常の謎と色々取り揃えております。さすがに有栖川氏の名に恥じぬ作品が並んでいますが、逆に言うと有栖川ブランドの域を良くも悪くも超えることなく、すっきりまとまっている感じがします。
中には『潮騒理髪店』のような絵になる、印象深いものもありますが、いずれすぐにでも忘れてしまいそうな短編が多いですね。私はどちらかというと破天荒な、どこか突き抜けたような作品が好きですが、その意味では残念ながら本短編集は小ぢんまりしすぎていて、これは、と思うようなのがないんですよね。ただ、相変わらず端正なつくりの、好感度の高そうな作品が並んでいるので、一般の読者にもすんなりと受け入れられそうではあります。
表題作にはイメージを裏切る「店」が出てきます。むしろ立派な店を構えているわけでもなさそうなので、読者は意表を突かれるかもしれません。しかしタイトル通り十分怪しいのは間違いないので、これを表題に選んだのは正解だった気がします。こんな怪しげな商売が成り立つ現代の病的な世相を浮き彫りにしている点は、確かに面白いです。
まあしかし、たまには有栖川もいいんじゃないですか。大作じゃなくてもちゃんとした作品を書いていますから。ある意味、裏切らない作家だと思います。


No.751 5点 鍵のない夢を見る
辻村深月
(2017/07/08 20:56登録)
第147回直木賞受賞作。
まさむねさんが書かれているように、各短編のタイトルはいかにもミステリっぽいですが、ミステリと呼べるような作品は残念ながら見当たりません。
まあこれまでもミステリ作品が直木賞にノミネートされながら、惜しくも受賞できなかったという例は結構多いので、如何にミステリが直木賞と相性が悪いのかがうかがい知れます。本短編集もやはりミステリからは随分遠ざかった印象が強く、だからこそ受賞できたとも言えるかもしれません。個人的には他の作品で受賞するのが作者らしかったのではと思います。もしかしたら辻村氏自身も本作での受賞は本意ではなかったのではないかと想像しますね。
深みはあるけれど面白味はないという、まさに文学と呼ぶべき作品が並んでいます。だから、動機がどうこうとか捻りがないとか、ミステリ的側面から言うと・・・みたいな繰り言は無用の短編集と言えましょう。私は買っていませんが、立派な直木賞作品ですので、世間に認められたことには違いないです。ですが、辻村氏としては異色作であり、決して正当な系譜を継ぐべきものとは言えないと思います。ファンは勿論喜んでいるのでしょうが、どうしても本作がそうした読者に支持されているような気がしません。自分勝手な想像ですから、あまり本気にしないでいただきたいのですが。


No.750 7点 ほうかご探偵隊
倉知淳
(2017/07/05 22:15登録)
講談社ミステリーランドの叢書の中の本作が、創元社推理文庫より6月23日に文庫化されて登場。読んでみたかったけれど、わざわざ単行本を結構な値段で買うのを躊躇っていた方は、この機会に入手されることをお勧めします。それだけの価値は十分あると考えます。
不要物連続消失事件の謎を解くために、小学校5年生の男女4人が放課後に探偵活動をしていく物語。まず謎の設定が面白いです。消失しても誰も困らないものばかりがなぜ忽然と消えるのか、単純そうで結構難しい問題に挑戦していく子供たちの奮闘に拍手を送りたくなります。小学生のわりに大人びている気がするのは、ミステリの場合やむを得ないことかもしれませんが、この作品でも特に探偵役の龍之介くんは口調は子供でも中身は大人な感じです。しかし、柔らかいタッチで描かれているため、違和感はありません。
一応ジュブナイルですが、勿論大人が読んでも十分納得できる出来栄えとなっています。さすがに倉知淳、読ませどころは心得ていますね。やや小粒な感じは否めませんが、二転三転するプロットはマニアにとっても鑑賞に堪えうるものだと思います。
尚、龍之介くんの叔父が会話の中に出てきますが、この人物は倉知作品には欠かせないあの人のようです。サービス精神も忘れない作者なのでした。あと、タイトルにも秘密が・・・。


No.749 7点 22年目の告白-私が殺人犯です-
浜口倫太郎
(2017/07/02 22:01登録)
映画のノベライズ本を読むのはいつ以来だろう。たぶん小学生の時に読んだ『明日に向かって撃て!』が最後だと記憶していますが。しかし、ノベライズだからと言ってバカにしたものでもありません。作り物めいた感じもしませんし、これが映画の原作本だと言われれば、十分に納得していたと思います。
正直面白いです。ページをめくる手が止まらないというのは、こういうことを言うのかというくらい、先の展開が気になるわ、読めないわでなかなか中断できません。
作者は『アゲイン』でポプラ社小説大賞特別賞を受賞しデビュー。放送作家として『ビーバップハイヒール』などを担当しています。本作を読む限り、かなりの実力者と見受けられます。読者を引き付ける文章を書くことに関しては、一流の腕を持った人です。私は寡聞にしてこの作者を知りませんでしたが、ほかにどんな作品を書いているのか興味を惹かれました。
内容に関しては触れるべきではないと判断しましたが、ただただ多くの方に読まれることを願うばかりです。
尚映画では出ていない主要登場人物が描かれているようで、その存在により作品の奥行きが広がっているように思います。その辺りは、映画のみに頼ることなく臨機応変に筆を進めていたのではないかと想像します。


No.748 5点 ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。
辻村深月
(2017/06/29 22:38登録)
二十代後半の幼馴染みのふたり。一人は東京の有名大学を出てフリーライターとして何とか凌ぐみずほ。もう一人は母親を殺害し、その後失踪したチエミ。第一章ではみずほがチエミの行方を捜して、チエミの関係者に接触します。第二章はチエミの一人称でストーリーが進行し、徐々に真相が明らかになっていきます。
特に前半は重苦しくテンポが悪いので、読んでいて疲れるしなんだかスッキリしない気分です。後半はやや盛り返しますが、相変わらず地味な聞き取り調査の連続で面白味があるとは言えません。赤ちゃんポストなど昔のネタを放り込んだりしているのはなかなか工夫されているとは思いますが、登場人物の多くが女性の持つさがというか、嫌らしさや醜さが浮き彫りにされており、正直気分が悪くなりました。
これまで私が読んだ辻村作品とは明らかに毛色が違うことが読むにつれはっきりしてきて、この作品は女性同士、特に母と娘の関係性をテーマにしたものだから、と割り切るしかないと感じました。
最後までさしたるサプライズもなく、ほぼ予想通りの展開に終始します。まあ作者の新境地と言えなくもないでしょうが、個人的にはあまり歓迎したくない方向に行ってしまった感じがしますね。感動できるというのが彼女の代名詞みたいなものと勘違いしていたのかもしれません。
女性には共感できる部分が多いのだろうと思いますが、男性が読むにはやや荷が重いのではないかと感じます。辻村氏の作品としてはお勧め出来かねるかなと思います。一応ミステリの体裁を取っていますが、最早ミステリとすら呼べない文芸作品なのではないでしょうか。


No.747 6点 ツナグ
辻村深月
(2017/06/25 22:17登録)
第32回吉川英治文学新人賞受賞作。
一生に一度だけ死者との再会を現実のものとしてくれるという使者(ツナグ)。彼の導きによって、それぞれの事情を抱えた者たちが死者との再会を果たす連作長編。
彼らとは、人気女性タレントに一度だけ救われたことがあるOL、年老いた母にがん告知をできなかった頑固な息子、親友を嫉妬のあまり死なせてしまった女子高生、仲睦まじく暮らしていたのに突然失踪してしまった婚約者を待ち続ける会社員です。
言ってしまえば、どこにでも転がっていそうな物語ばかりではありますが、思わず主人公に感情移入してしまうのが辻村氏の腕なんでしょうねえ。また、葛藤や悩み、憎しみなど人間の負の感情を赤裸々に描きながらも、それが決して嫌悪感を抱かせない辺りはこの人の人間性が表れているのかもしれません。おそらく想像するに、優しい性格なのでしょう。そうした性格の良さを感じさせる本作は、語り口調の柔らかさも相まって、いかにも一般受けしそうな内容となっています。特に女性には広く受け入れられそうな気がしますね。
ただ一点だけ、最終章というか最終話はもう少しドラマチックであって欲しかったというのが個人的な感想です。むしろなくても良かったのではないかという気さえします。確かに、これがあってこそ完結するのだとは思いますが、だったら例えば使者の由来などを絡めて、その必然性などを説くべきだったのではないでしょうかね。まあ一読者の我儘な願望にすぎませんけれど。


No.746 7点 テミスの剣
中山七里
(2017/06/22 22:06登録)
冤罪を扱った本作は、本格というより社会派の色合いが強いような気がします。それにプラス警察小説でしょうかね。
死刑の是非や司法から見た冤罪、旧態依然とした警察の体質の問題など、様々な問題提起に色々考えさせられる作品だと思います。中山氏の作品は一本筋が通ったものが多いですが、これもまた通底する問題意識は他に劣らず根深いものと感じます。
ストーリーも最初は単純な冤罪かと思いきや、のちのち意外な人物が浮かび上がってきたりして、予想を超えた展開を迎えます。
派手さはありません、むしろ地味な捜査の描写が続きます。しかし、この作者の筆致は退屈さとは無縁で、何を書かせてもついのめり込んでしまいます。それはもはや天性のもので、まさにミステリを書くために生まれてきたのではないかと思えるほど、その才能をいかんなく発揮しています。
メイントリックは確かに盲点を突いているものの、あまりに大胆すぎると思います。普通は敢えてそのような犯行手口を使うのはやはり無理があるのではないかと。
尚、『静おばあちゃんにおまかせ」の高遠寺静が裁判官として登場します。チョイ役とかではなく、かなり重要な役どころですので、こちらもファンとしては見逃せませんね。


No.745 6点 ボッコちゃん
星新一
(2017/06/18 22:24登録)
三名の方が書評されて、みなさん10点を付けているので興味を惹かれ読んでみました。もちろん星新一氏の名前は知っていましたし、随分前に読んだ覚えがあります。しかし内容などは覚えていません。感触としては可もなく不可もなくといったところだったように記憶しています。
ショートショートというのは、アイディアとオチが最重要ポイントだと私は思っています。アイディア=設定(SF、寓意小説、ブラックコメディ、ミステリなど)をどうするか、或いは時代や舞台なども含めてですね。オチは勿論最後の一行で捻り落されるのが理想でしょう。
その意味で本短編集は必ずしもすべてが見事に決まっているとは言い難く、秀作もあればそうでないものもあり、全部をひっくるめてこの点数になりました。
印象深いのは『不眠症』『歓迎キッス』『生活維持省』『鏡』辺りです。いずれもエッジの効いた奇想が好感触です。反転物があったり、綺麗に落とされていたりと、大変面白く読みました。ほかにも気の利いた短編がいくつもあり、ショートショートの楽しさを堪能できます。ラストの『最後の地球人』は大作で12頁もあります(笑)。
蛇足ですが、写真の星新一氏は私のイメージと違ってとても紳士的な感じの人で、少々驚きました。もっと太ったラフな雰囲気だと勘違いしていました。


No.744 8点 かがみの孤城
辻村深月
(2017/06/15 22:22登録)
中学一年のこころは、自分の部屋である日突然輝きだした鏡に取り込まれ、辿り着いた先は城の中だった。そこには彼女を含め七人の中学生男女がいた。彼らは不登校やそれに近い境遇の少年少女ばかりだった。そして門番?の狼面の少女に鍵を探すように指令を受けるのだが・・・。
いや、参りました。中盤あたりまではどこか間延びした感が否めない、どちらかというとテンポの悪い青春小説かなという感じで、正直あまり感心しませんでした。しかし、やはり只では終わりません。終盤に驚きと感動が待っています。泣けます。
約束しましょう、あなたは必ず心動かされ、癒しと救いを受けます。
あくまでファンタジーで終わると思いきや、最後は完全にミステリです。しかもなんとなくのんびりとしたストーリーの中に、いくつもの伏線が張られているのです。さすがにこの作者は只者ではありませんね。
かがみの中と外が均等に描かれ、子供から見た大人、大人から見た子供という両面からのアプローチもきちんと成功していると思います。肝心の鍵探しはいつ始まるのだろうなどの懸念もありましたが、結局それも杞憂に終わりました。辻村女史は最後の最後まで計算し尽された見事な構成でもって、大仕事を成し遂げたのだと心から賛辞を送りたい気持ちでいっぱいです。
一つだけ、ケチをつけるわけではありませんが、目線という言葉が多用されていますが、視線に差し替えるべきところが何か所かあると思います。


No.743 7点 いつまでもショパン
中山七里
(2017/06/10 22:12登録)
全体の何分の一かはショパン・コンクールのピアノ演奏の描写に終始します。私にはおそらくその一割程度しか理解できていないと思いますが、表現力豊かで迫力ある描写には凄みがあります。ただショパンに詳しくない読者にはちょっと退屈かもしれません。
しかし各国の代表が参加するコンクールは、最後まで誰が優勝するかわからないため、その意味でも興味深く読めます。とてもインターナショナルな空気感が漂いますし、参加者の一人である岬洋介は果たしてどうなるのかにも心情が持っていかれます。
ミステリとしての焦点はやはり「ピアニスト」と呼ばれるテロリストの正体に尽きます。それと殺害された刑事の指が切り取られていた理由も一応謎として残りますが、これはいたって単純なもので、あまり期待しないほうがよろしいかと思います。ですから、ミステリ・パートは短いしいささか弱いため、本格物としてはやはり薄味でしょう。しかしその代わりと言っては何ですが、エンターテインメントとしてはかなり出来の良い作品だと私は思います。
ピアノ・コンクールという大きな柱に細かなエピソードの数々を枝葉のように添え、出来上がったのはクラシック音楽とミステリを巧妙に組み合わせた、寄せ木細工のような佳作でした。


No.742 7点 オーダーメイド殺人クラブ
辻村深月
(2017/06/07 22:24登録)
無自覚なリア充少女アンと目立たない「昆虫系」少年徳川のまわりくどい恋愛小説。
青春小説でもあり、ミステリの側面も備えています。しかし結局は恋愛小説だったのかと思わせますね。分類は難しいです、様々な要素が混然一体となって進行しますので、一言で語ることは難しいと思います。
それにしても二人の関係はもどかしくも歯がゆい。アンは徳川に自分を殺してほしいと訴えます。それもありきたりではなく、歴史に残るような事件にしたいと望みます。何がそこまで少女を駆り立てるのか、理解に苦しむところもありますが、この世から消えたい、でも自殺はいやという我儘な希望を叶えられるのは徳川しかいないというのはよく解ります。徳川にはそれだけの残忍さが宿っているわけですから。
実にブラックな青春ミステリですよ。勿論アンの内面は非常に克明に描かれており、その変態性までも浮き彫りになります。どこにでもいそうな中学生がここまでの変わった嗜好を果たして持っているものだろうか?それに合わせたように登場する徳川の特異性。やはり凡百のラノベなどと比較にならない、異形の小説と言わざるを得ません。


【ネタバレ】


結末は落ち着くところに落ち着きます。読者によっては不満を覚えるでしょうが、これでよかったのだと私は思います。行くところまで行ってしまうのを避けるのが、この作家の良心であり、優しさなのではないでしょうか。

物語の重要なポイントの一つである写真集「臨床少女」ですが、普通写真集は店頭では中身が見られないようになっているのではないと思いますが、どうなんでしょう。ちょっと気になります。


No.741 4点 イノセント・デイズ
早見和真
(2017/06/04 22:02登録)
第68回日本推理作家協会賞受賞作。
正直面白くないです。いや、そういった物差しで計るべき作品ではないのは重々承知で。なんですかね、謎がないんですよ。謎めいた雰囲気もないですし。社会派だから仕方ないのかもしれませんが、そういった読書を進める上での推進力が足りないと言ったらいいんでしょうかね。リーダビリティがどうこうというわけではありません。
そして重いです。重厚感とかの問題ではなく、心に重く圧し掛かる嫌な感じが終始しますよ。一歩間違えばイヤミスの領域に入ってしまいそうな感覚です。
これは30歳を迎える女性死刑囚の半生を描いた物語です。スピンオフ的に様々な人物の視点から描かれているため、ややプロット的に煩雑な感じを受けます。ちょっとごちゃごちゃしていますね。まあ、私の読解力にも問題があるとは思いますが。
読後はどんよりとした気分に浸れます。そうなりたくない人にはお勧めできません。唯一読みどころはエピローグでしょうか。
それにしてもこの作品が日本推理作家協会賞を受賞したとは、うーん・・・となってしまいますね。


【ネタバレ】


捜査側からのアプローチがほとんど描かれていませんが、状況証拠ばかりで果たして死刑求刑にまで持っていけるのだろうかという素朴な疑問がわいてきます。その意味では、片手落ちな気がします。

結局、冤罪だったのか否かが(おそらくは冤罪だと思いますが)最後まではっきりしないのも、モヤモヤしますね。


No.740 6点 十二人の手紙
井上ひさし
(2017/05/30 21:48登録)
再読です。
書簡、ほとんどが手紙で一篇のみ様々な公文書で構成された短編集。一応連作短編集という形を取ってはいますが、これは短編集と言ったほうが正しいのではないかと思います。
あらゆるテクニックを駆使して手紙のやり取りを巧みに反転させたり、どんでん返しを成立させたりして、涙ぐましいまでの作者の苦労が心に沁みます。しかし、あっと驚くようなオチも中にはありますが、大抵は唸るほどのものではないですね。アイディアとしては良かったものの、見事に大成功というわけにはいかなかったようです。
一番の読みどころはやはりエピローグ。それまでの主な登場人物18人が一堂に会します。しかも特殊な状況下で。さらに最後の後日談がいわゆる解決編になっており、これはなかなか気が利いていると思います。まあ複雑なものではありませんが。
なんだかんだ言ってもそれなりに楽しめましたが、7点をつけるのには躊躇せざるを得ない感じですかねえ。


No.739 8点 折れた竜骨
米澤穂信
(2017/05/27 21:50登録)
どこからどこまでも至れり尽くせり、何から何まで良く出来たファンタジーです。ファンタジーなのは間違いないですが、それはあくまで方便としての設定であって、本質はやはり本格ミステリなのだと思います。ですから読者は前半は少々退屈でもじっくり読み込まなければなりません。そうしないと最後に儀式(セレモニー)という名の謎解きの場に臨んだ時、心底納得できないかもしれません。
登場人物には魅力的な個性を持った様々な肩書のキャラクターが多数現れ、名前を覚えるのに多少苦労しますが、中世ヨーロッパの異世界の雰囲気を味わえます。また、冒険小説としての一面もどうせなら楽しんでしまう余裕もほしいものです。
特殊な条件下での殺人事件と人間消失事件。どちらも特異設定が生きてきますが、決してそれが謎解きの邪魔をしていないところが、うまくミステリとファンタジーが融合していると言われる所以だと思います。
結論は、さすがに今を時めく人気作家の代表作であり、更には日本推理作家協会賞受賞も納得の傑作ということになるでしょうか。


No.738 7点 ぼくのメジャースプーン
辻村深月
(2017/05/20 22:27登録)
幼馴染みのふみちゃんはクラスの人気者。特定の親友はいなくても、みんなから信頼されている。頭もよくて運動もできる。そんな彼女をある陰惨な事件が襲う。それ以来ふみちゃんは誰にも心を開かず、喋らない、笑わない、と無反応になってしまう。
彼女を救えるのは「ぼく」しかいない。ぼくと犯人を巡る七日間の戦いが始まる。
まさかこの作品で、何度も涙を流すことになろうとは思いもよりませんでした。まだ私にもピュアな心が残っていたのかと。汚れきった大人の世界に塗れて、自分の心も荒んでしまっているものと思っていましたが、どうやら純粋な部分もあるのだと気づかされました。
これは小学四年生の「ぼく」目線で描かれた、特殊能力を持ったために戦わざるを得なかった少年の物語です。子供が主人公なので文体は優しいですが、様々な事件や出来事を真正面から描き切った傑作だと思います。いろんな意味で「逃げ」に走らない姿勢は作者として立派です。当然少年の心理描写は鋭く、知らず知らず感情移入させられてしまいます。
「馬鹿ですね。責任を感じるから、自分のためにその人間が必要だから、その人が悲しいことが嫌だから。そうやって、『自分のため』の気持ちで結びつき、相手に執着する。その気持ちを、人はそれでも愛と呼ぶんです」
ある人物の作中での言葉ですが、これが本作のテーマというか本質を突いているのかもしれません。


No.737 6点 双孔堂の殺人~Double Torus~
周木律
(2017/05/16 22:22登録)
前作が7点に近い6点だったの対し、本作はそれよりやや落ちる感じは否めません。
早い段階で密室殺人が起こり、テンポよく話が進むので相変わらず読みやすく、好感触。しかも探偵の十和田が自首するという意外な展開で、どうストーリーを進行していくのか興味が持てます。
あとがきにもあるように、数学に関する衒学趣味が横溢しているのは意見の分かれるところかもしれません。確かに我々素人にはさっぱり理解が追い付かず、退屈を強いられます。まあ我慢できないほどのボリュームではないので、一つのアクセントと考えれば許容できるのではないかと思いますが。
さらには名探偵不在の中での地味な捜査、というか調査が延々と続くので、その意味でも冗長さをどうしても感じてしまいます。
しかし、いかにもな本格ミステリの「雰囲気」は十分に味わえます。どうやら作者は作品ごとに工夫を凝らし、新たなトリックを提供しようとしているようで、その姿勢は大いに買えます。作風は変えず、新たなアイディア(建造物)を加えながら、新風を吹き込もうという意欲は称賛すべきものだと思います。


No.736 8点 最後の医者は桜を見上げて君を想う
二宮敦人
(2017/05/12 21:58登録)
武蔵野七十字病院副院長で天才的な外科医、福原雅和。彼は患者の命を救うことに情熱を燃やす熱血漢であり、院長の父を持つ。
同じく武蔵野七十字病院の皮膚科に勤務する桐子修司。彼は「死神」と呼ばれ、患者には死を選ぶ権利があるとの信念の持ち主。
神経内科に勤める音山晴夫は穏健派で、犬猿の仲である福原と桐子の仲を取り持ち、七十字病院の未来を三人で切り開いていくという理想を持っている。
彼ら三人が難病と闘う患者と共に、それぞれの立場から患者を救おうと必死になって医師としての使命を果たそうとする物語です。そして第三章ではミステリ的手法を用いており、ついにある人物が運命の病に罹ってしまい・・・。
一読後、この作者は完全に一皮むけて、更なる飛躍を遂げたのだと確信しました。今後は人気作家の仲間入りを果たしそうな予感がします。
本作は医療ドラマを描いた入魂の傑作であり、本屋大賞にノミネートされてもおかしくなかったくらいの、実に立派で素晴らしい作品だと思います。医師、患者本人は勿論、その家族や友人も含めて、過不足なくよく描き込まれており、各シチュエーションで、誰がどんな心理状態なのかが非常によく伝わってきます。
すでに11万部突破のヒットとなっている本作、ミステリではありませんが、敢えて書評したのは一人でも多くの人に読んでいただきたい一心からです。

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