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ミステリの祭典

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メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1835件

プロフィール| 書評

No.1775 7点 冬期限定ボンボンショコラ事件
米澤穂信
(2024/05/13 22:19登録)
小市民を志す小鳩君はある日轢き逃げに遭い、病院に搬送された。目を覚ました彼は、朦朧としながら自分が右足の骨を折っていることを聞かされる。翌日、手術後に警察の聴取を受け、昏々と眠る小鳩君の枕元には、同じく小市民を志す小佐内さんからの「犯人をゆるさない」というメッセージが残されていた。小佐内さんは、どうやら犯人捜しをしているらしい……。冬の巻ついに刊行。
Amazon内容紹介より。

『いちごタルト事件』だけしか読んでいないのに、間を飛ばして良いものかどうか判断が付きかねましたが、解説を読む限り大丈夫の様なので一応安堵しました。小市民を目指すとはどういう事なのかを理解できないとダメって訳なのでしょうか。
取り敢えず読み始めると冒頭からかなりショッキングな出だしで、ほう、成程流石に読者を惹き付ける手腕は相変わらずだなと感心しました。そしてどうでも良い事として、いきなり○○新聞という実在の新聞社の名が載っていて、それは作者の出身地方ではないかと。そして書かれている市の人口は作者の出身地の県庁所在地と一致するので、舞台は××市に違いないと小市民的な考えをぼんやりと思い浮かべていました。これは終盤に更に念押しされます。

さて、内容は本格ミステリと私としては捉えたいと思います。少なくとも日常の謎ではありませんね。過去の轢き逃げ事件と小鳩くんが被害者となった轢き逃げ事件との関係はあるのかないのか、あるとすればどんな因果関係があるのかを問うのが主題であると考えて間違いないでしょう。過去と現在を行き来しながら小鳩くんと小佐内さんの似た者同士の付かず離れずの微妙な距離感を描き、その中で二つの事件の関係者に的を絞って最後にアッと驚かせるストーリーには過不足なく、俊英の手練を感じさせます。作品として小粒な感は否めませんが、良作以上で問題ないと思います。


No.1774 7点 千葉千波の事件日記 パズル自由自在
高田崇史
(2024/05/09 22:17登録)
これは、論理パズルでデコレーション(装飾)した本格ミステリか、それとも本格ミステリの仮面を剥ぎ取った論理パズルか?天才高校生・千波くん、平凡浪人生・ぴいくんたちと一緒に、筋道だったチャーミングでエレガントでスプレンディッドな謎解きを、ご堪能あれ!病み付きになること間違いなし。本当だよ。
Amazon内容紹介より。

誘拐や空き巣等の事件性のある題材も取り上げていますが、ジャンルとしてはやはり日常の謎でしょう。軽妙な文体で綴られ、パズルやクイズを挟んだ一連のシリーズならではの愉しみも勿論健在です。そして最後にその解答が、纏めれているのですが、問題が何ページなのかが明示されていないのが不親切です。それでも、ちょっとした豆知識が増えるのは嬉しい事ですね。又、『オイラーの魔法陣』等、驚くべき数字の不可思議現象の様な、知的な素材も幅広く披露されているのも特徴の一つと言えましょう。

いずれの短編も遜色ない出来で、軽さと読み心地の良さ、各キャラの存在感も読みどころとなっています。無論物語そのものも充実していて、意外にも多くの伏線を回収している辺りは本格物を思わせます。私の一押しは『似ているポニーテイル』で、かなり良く出来た所謂いい話です。それぞれの登場人物の心の揺れ動く様も克明に描写されており、その点でも評価が高いです。本作はシリーズ一出色の出来なのではないかと思います。


No.1773 6点 人面瘡
横溝正史
(2024/05/06 22:20登録)
「わたしは、妹を二度殺しました」。金田一耕助が夜半遭遇した夢遊病の女性が、奇怪な遺書を残して自殺を企てた。妹の呪いによって、彼女の腋の下には人面瘡が現れたというのだが……表題他、四編収録。
Amazon内容紹介より。

一、二作目はらしい作品で、横溝の得意分野で筆がノッている感じがしました。三作目は集中力の欠如で何だか分からないうちに終わっていました。四作目が最も異色で、こういった視点でも書けるんだという新しい驚きでとても新鮮でした。そして最後の表題作が物語としては一番秀逸だと思います。トリックとかはまあどうでも良くて、いかにも横溝が描きそうな作品であり、特にエンディングが素晴らしいと思いました。うん、この時代からアッと言わせるような医学的見地からのアプローチを持って来るとは、さすがです。

全般的に陰惨な雰囲気はキープしたまま、どこか剽軽な金田一耕助というキャラを生かして上手く中和し、バランスを取る手法は名作長編を彷彿とさせます。しかし、作者レベルとしては佳作の域を出ていないと感じました。


No.1772 6点 ルーフォック・オルメスの冒険
カミ
(2024/05/04 22:34登録)
オルメスはホームズのフランス語読み。ルーフォックは「頭のおかしい」とか「いかれた」の意味。ホームズのパロディと言うには、ぶっ飛びすぎの、とんでもユーモア・ミステリ・コント集。34編の掌編を集めたもの。たとえば、寝ている間に自分の骸骨を盗まれてしまった男の話、とか、巨大なインク壺のなかに閉じ込められた男たちの話とか……「アホカ! 」というような掌編ばかり。ミステリ・マニアとしては、読んでおくべき奇書の一冊。
Amazon内容紹介より。

実に馬鹿馬鹿しいが実に面白い。バカミスの見本の様な・・・だからあまり突っ込まないで広い心で読んで頂きたい一冊です。奇想の連打で、よくそんな発想が出来るものだと感心します。個人的には第一部の方が好みです、第二部は何となく怪盗を捕まえては脱獄されての繰り返しで、ちょっぴり飽きが来ます。まあどれも奇想天外、荒唐無稽な話ばかりなのでそんな細かい事は気にせず、何も考えずに楽しめば良いのですが。

バカミス好きにはお薦め出来ると思います。あり得ない事件でも、それなりに理論的に解決してしまうので、一概に下らないと断定してしまう訳にも行きません。訳も洒落が効いていて上手ですね。クセは強いですが、インパクトに欠ける作品も見られるので、すぐに忘れてしまいそうな気がして残念です。


No.1771 6点 雨の日の二筒(リャンピン)
五味康祐
(2024/05/02 22:30登録)
賭麻雀で生活する片腕の男、摸牌する指の動きで牌種を当てる謎の美女、柔和な牌さばきに潜む中国人の巧妙なインチキ等々…麻雀狂を魅了する人間群像を描いた傑作麻雀小説短編集!
『BOOK』データベースより。

私が読んだのは登録できない、1976年グリーンアロー出版社版で、単行本サイズよりやや小さめの、何でしょうか私はその版型の名を知りません。いずれにせよ、大昔の本でその頃から五味康佑は麻雀を打ち、麻雀小説を書いていたのだと思うと何とも言えない感慨があります。この人の場合は時代小説のイメージが強いと思いますが、私にとっては雀豪の一人なんですね。
さてその小説はというと、なかなかの出来であり、闘牌シーンこそ少ないですが、その代わり人間を描く事に関しては流石なものがあると思います。

最初の『傷んだ骰子』は自身の麻雀に対する理念を核とした、私小説の様なもので、まずは自己紹介代わりの一作と言えるでしょう。そして白眉はやはり表題作で、名作と呼んでも差し支えないと思われます。麻雀のルールは一つひとつ取り上げて総合すれば無限とも言えるので、初めての場に着いた時は必ず確認する必要があります。それにしても、本作のルールは初めて知るもので、ネタバレに繋がるので詳細は避けますが、そんな変わったルールは聞いたことがありません。だから場が荒れる事必至で自然と戦況は白熱するはず。この作品ではその様は敢えて描かれていませんので、やや拍子抜けな感もあります。が、小説或いはエンターテインメントとして優れており、戦いが終わった後には清冽な後味が残ります。これは印象深くて良かったですね。


No.1770 7点 お梅は呪いたい
藤崎翔
(2024/04/30 22:29登録)
古民家の解体中に発見された謎の日本人形。それはかつて戦国大名を滅亡させた呪いの人形お梅だった! 興味本位の底辺ユーチューバーに引き取られたお梅は、早速彼を呪い殺そうとするが、500年のブランクは長すぎた!? 呪いが効かないどころか、お梅の心霊動画がバズってしまい……果たしてお梅は無事に現代人を呪い殺せるのか。笑いと涙のオカルトハートフルコメディ!
Amazon内容紹介より。

何と言ってもお梅(人形だけど)のキャラが良い。特に現代文明に付いて行けなくて勘違いする辺りも可愛げがあって面白いです。
戦国時代に呪い殺された者多数で封印されたのが解け、現代に蘇ったお梅を拾った人間達を呪い殺そうとするが、逆に幸せにしてしまう連作短編集。様々なタイプの物語を読めるし、人間の意外な裏側を覗けたり、思わずクスッとしてしまう叙述も沢山あり、色んな意味で楽しめます。どの短編も高水準をクリアしており、巧みに伏線を回収し、それぞれの短編で登場したチョイ役が他の短編でキーパーソンとなり、なるほどそう来たかと唸らされます。

中には事件性が高いものもあって、ミステリ好きも納得の出来だと思います。まあこの作者にしてみれば、この程度の仕掛けは朝飯前でしょう。
一時期入手困難で、Amazonでも送料400円以上で販売されていましたが、定価792円の本をそんなに高い送料で買わされるのは堪ったものじゃないので、裏技で本体価格のみで手に入れ読みましたが、その甲斐はあったかなって感じです。


No.1769 5点 殺した夫が帰ってきました
桜井美奈
(2024/04/27 22:23登録)
都内のアパレルメーカーに勤務する鈴倉茉菜。茉菜は取引先に勤める穂高にしつこく言い寄られ悩んでいた。ある日、茉菜が帰宅しようとすると家の前で穂高に待ち伏せをされていた。茉菜の静止する声も聞かず、家の中に入ってこようとする穂高。その時、二人の前にある男が現れる。男は茉菜の夫を名乗り、穂高を追い返す。男はたしかに茉菜の夫・和希だった。しかし、茉菜が安堵することはなかった。なぜなら、和希はかつて茉菜が崖から突き落とし、間違いなく殺したはずで…。秘められた過去の愛と罪を追う、心をしめつける著者新境地のサスペンスミステリー!
『BOOK』データベースより。

これ面白いんですかねえ。どうにも小粒な感が拭えません。もっと大技で勝負して来るのかと思っていたのに、小技の積み重ねで期待外れでした。合わせ技で一本とはなりませんよね。だってこのタイトルですよ、どうしたって惹かれるものがあるじゃないですか。何故殺したはずの夫が帰ってきたのか、不思議な現象の裏に何があるのか、思わず詮索せずにいられないでしょ。

物語としてもぬるま湯に浸かった印象で、インパクトや意外性に欠けます。確かに整合性という意味では問題ないと思いますが、サスペンスと言うには緊迫感に欠けるとしか考えられません。まあ私の評価は全般的に厳しい方なので、あまり参考にしない方が良いかも知れませんけど。


No.1768 7点 家畜人ヤプー
沼正三
(2024/04/25 22:14登録)
日本人が「ヤプー」と呼ばれ、白人の家畜にされている二千年後の未来に彷徨いこんだ麟一郎と恋人クララが見たのは__。三島由紀夫、澁澤龍彦らが絶賛した「戦後最大の奇書」最終決定版。
Amazon内容紹介より。

やっと読めました。いやー、長かった。1ページ20行で単行本上中下三冊。全部合わせて1250ページ余り。流石に手こずりましたよ。
『ヤプー』と言えばエログロの代名詞の様に思われていますが、これは官能小説や大衆小説ではなく、解説の荒俣宏によると哲学書だそうです。私には学術書に近い感覚でした。確かにエロもグロも盛り沢山ですが、決して不快な気分にはなりません。耐性がないとちょっとキツイかも知れませんが、平山夢明や白井智之が大丈夫な人なら問題ないでしょう。

ただ、本作はストーリー性が殆どなく小説を読んだ気がしません。ヤプーに関するエピソードや解説がほとんどのページを占め、興味深いものから面白味のないものまで様々。
上巻、中巻はそれなりだとしても下巻はちょっとダレます。印象に残るのは肉便器(セッチン)、子宮畜(ヤプム)、口人形(カニリンガ)矮人(ピグミー)等で、ここぞという時には執拗かつ入念に詳細が描写されます。特にセッチンの話は繰り返し語られるので、余程排泄物に対して何か期するところが作者にはあったと推測されます。しかし逆に言えば本書は排泄物のないユートピアを描いており、汚物を対象にしながら清潔な白人(イギリス人)の世界を構築しているところが凄いです。

第三次世界大戦後の世界(宇宙)は、イギリス人のみが人間として認められ、黒人は奴隷、日本人は家畜(道具)として扱われ邪蛮(ジャパン)の黄色人種は悉くヤプーと呼ばれ、身体を巨大化されたり極小化しされたり、四肢を切断されたりあらゆる改造をされて、白人の為に奉仕させられます。それを受け入れるヤプーも如何なものかと思います・・・そして人間性を完全に剥奪された形で歪なワールドが展開します。白人にとってのユートピアは日本人にとっては、白神信仰(アルビ二ズム)による支配に他なりません。しかし、それに満足しているのも事実なのです。これら二千年後の世界を目の当たりにした麟一郎の運命やいかに、というのが一応物語の根幹ですかね。

因みに私が所持している上巻の古書を開くと、何故か耽美小説の著述家天野某氏の死亡を伝える新聞記事の切り取りが挟まっており、生前本書の著者だと名乗り出ていたらしいのだが・・・。


No.1767 7点 アリアドネの声
井上真偽
(2024/04/15 22:18登録)
救えるはずの事故で兄を亡くした青年・ハルオは、贖罪の気持ちから救助災害ドローンを製作するベンチャー企業に就職する。業務の一環で訪れた、障がい者支援都市「WANOKUNI」で、巨大地震に遭遇。ほとんどの人間が避難する中、一人の女性が地下の危険地帯に取り残されてしまう。それは「見えない、聞こえない、話せない」という三つの障がいを抱え、街のアイドル(象徴)して活動する中川博美だった――。
『BOOK』データベースより。

読んでいる最中、何故この作品がこれ程世評が高いのかと色々考えていました。何の変哲も捻りもないとは言い過ぎかも知れませんが、B級映画を観ている様な感覚を覚えます。文章はデビューした頃に比べて格段に上手くなっているとは思います。しかし、あまりサスペンスフルに感じられず、イマイチ緊迫感も深みもないし、どこが面白いんだろうなと。

しかし、読中と読後の評価がこれ程激変するとは思いも寄りませんでした。確かに感動しましたし、鳥肌が止まらない。これは読んだ人にしか分かりません、当然ですが。流石に『このミス』5位は伊達ではなかったって事ですね。ただ、もう少し全体的に盛り上がるシーンがあっても良かったんじゃないかなとは思います。そうすれば更に高得点が得られたでしょう。
サクッと読めますし、あの場面はそういう意味だったのかと色々腑に落ちる点があるのは間違いないですよ。後味も良いし、何だか希望と勇気が湧いてくる気がするのは私だけかも知れませんが、それもあながち褒め過ぎではないと思いますね。


No.1766 5点 5A73
詠坂雄二
(2024/04/14 22:04登録)
関連性不明の不審死の共通項は身体に残された「暃」の字。
それは、存在しないにも拘わらず、
パソコン等では表示されるJISコード「5A73」の文字、幽霊文字だった。
刑事たちが、事件の手掛かりを探る中、新たな死者が……。
この文字は一体何なんだ?
Amazon内容紹介より。

全体的に切れ味が鈍いと云うか、スッキリしない印象です。幽霊文字に関してああでもないこうでもないと検証していく過程はそれなりに面白いですが、土台読み方すら判らない文字に対してはっきりした解釈が出来ないのは当たり前の事で、どこまで行っても結論が出ないもどかしさにげんなりしてしまったのは、否定できません。結局「暃」という文字の起源はある種のエラーな訳で、そこから何かしらの意味を求めるのが無理というもの。しかし、それがテーマの一つには違いないので、何とか小説としての回答が欲しかったところですね。

特命を受けた二人の刑事にはあまり個性がなく、どちらがどちらでも良かった様な感じを受けました。幽霊文字と連続自殺の謎――着眼点は面白いのに、それを上手く料理出来なかった残念な作品と言わざるを得ません。そして暗躍する怪しげなヘッドホンの男、これも併せて最終章の『始末』に期待が掛かりますが結果はうーん、としか。
一種のメタミステリであり、結末で驚きたい読者向けでないのは確かですね。


No.1765 6点 くたばれ健康法!
アラン・グリーン
(2024/04/11 22:23登録)
全米に五千万人の信者をもつ健康法の教祖様が、鍵のかかった部屋のなかで死んでいた。背中を撃たれ、それからパジャマを着せられたらしい。この風変わりな密室殺人をキリキリ舞いしながら捜査するのは、頭はあまりよくないが、正直者で強情な警部殿――!?アメリカ探偵作家クラブ最優秀新人賞に輝く、型破りなユーモア本格ミステリの名作。
Amazon内容紹介より。

読みましたよ、レッドキングさん。これで一方通行ではありますが、約束を果たしましたね。
ユーモアミステリと聞いていたので、さぞ笑えるのかと思いきや冒頭2、3ページは確かに、これはとグッとくるものがありましたが、それ以降は一言で表せば混沌としていて一筋縄でいかないという印象でした。事件と関係あるのかないのか判然としない出来事が起こる中、何処に伏線が隠されているのかが解らない上、原文のせいか翻訳のせいか、いささか読み難いと言わざるを得ません。人物の描き分けも出来ていないので、何度も登場人物一覧を繰り返し見直すことになりました。

しかし、それらを一掃したのは、やはり突出した解決編でしょう。まさにバカミスの見本の様な、しかし見事に理論的な真相解明で、それまでの疲労が一気に吹っ飛びました。確かなカタルシスの手応えを感じましたよ。この部分だけを切り取れば8点でしたね。それまでが読みづらさと退屈さで二重苦だったのがどうにも悔やまれます。


No.1764 6点 邪宗館殺人事件
天樹征丸
(2024/04/08 22:27登録)
6年前、軽井沢を訪れた金田一一は、そこで知り合った子供たちと共に、廃墟となった洋館に足を踏み入れた―。ひょんな事から目にした新聞記事で6年前の体験を思い出した一は、廃墟で遭遇したある事件の真相を突き止めるため、美雪とともに再び軽井沢へやってきた。軽井沢の洋館「邪宗館」で、かつての“旧友”たちとの再会を喜ぶ一。しかし、その美しき洋館はやがて恐ろしくも哀しい、惨劇の舞台へと姿を変えていくのだった…。
『BOOK』データベースより。

良くも悪くも標準的な本格ミステリ。良く言えば手堅く纏めている、悪く言えば特筆すべきところがないといった感じでしょうか。全体的に薄味で派手さがない、でも面白くない訳ではないです。眼目はアリバイと動機で、一応伏線が張られているので犯人を指摘する事は可能ですが、事件の裏に隠された事情は若干後出し気味なので、なかなかそこに辿り着くのは難しいです。

一つ気になったのは、殺害現場や死体の様子、状況がほとんど描かれていないことですかね。それ自体が手掛かりになっている訳ではないので、省かれても問題ありませんが、やはり本格ミステリとしてはそういった描写は欠かせないものだと私は思うんですけどね。
本シリーズらしい作品ではあります。特に一が登場する事によって起こったとも言える事件だけに、悲劇的な結末を迎える辺りは作者の本領を発揮していると思います。


No.1763 6点 人鳥クインテット
青本雪平
(2024/04/05 22:51登録)
ある日、祖父がフンボルトペンギンになった。この事態をすんなりと受け入れた柊也は、ペンギンになった祖父の世話をすることに。身寄りはなく、その上引きこもりの柊也。誰にも相談できないまま、一人と一羽の閉じられた世界は平穏に続いて行く。しかし、ある女性との出会いをきっかけに、日々に亀裂が入り始めて……。庭に埋めたスーツケース、いなくなった人。柊也の周りで事件は起きる。
Amazon内容紹介より。

読了後、?が頭の中で乱舞し、ネタバレ検索したところ、これといった謎を解いてくれる投稿がありませんでした。特に読書メーターに期待したのですが、結局参考になりそうな意見は一つきりで、多くの投稿者がモヤモヤしたとの感想を述べており、私も激しく同意しています。謎そのものもそうですが、何だかよく分からない(特にラスト)終わり方で、どうにもスッキリしません。

しかし、ある日突然祖父がペンギンに変身していたという、非常事態にもかかわらず、主人公の柊也は特に動揺する事もなくこの事実を受け入れる事に決めるのもある意味不思議ではあります。何故ペンギンになったのか・・・それ以降更なる事件が次々と起こり、全ての謎に決着を付けられるものがあるとすれば、それは作者の頭の中にだけかも知れません。読者はあの人はもしかしてとか、あの描写の意味はこういう事だったのかもと想像するしかなく、結論は出ない作品なのでしょうね。


No.1762 5点 主な登場人物
清水義範
(2024/04/03 22:55登録)
チャンドラーのか・の・名・作・の“主な登場人物”表から、ストーリーを想像するとこうなる!? 清水風『さらば愛しき女よ』乞う御期待!! 表題作の他十五編。最初から最後まで笑いの世界。
Amazon内容紹介より。

表題作は上記の様に、未読の『さらば愛しき女よ』の主な登場人物を見て、誰がどんな役目をするのかとか、どんな人物なのかを推測し勝手にストーリーを作り出そうというもので、エッセイなのか何なのかよく分からない感じの短編。こんな事考えるのは清水義範を置いて他にいないのではないかと思います。変な人です。他にも実験的な小説風の何かを、例えば架空の事件を様々な人物がそれぞれの立場から意見する、みたいなのもあります。勿論普通の短編が殆どですが、だからどうしたんだと言いたくなる様な作品が多く、清水ワールドが炸裂しています。

私の一押しは操お祖母ちゃんがビデオの録画に挑戦する『ビデオ録画入門』です。一人で留守番する操お祖母ちゃんが孫の智に頼まれて、外国人歌手の音楽番組を録画するというもので、「むつかしいことは無理だよ」と言いながら、デッキが爆発するのではないかと心配したりするおばあちゃんが凄く可愛くて、大爆笑必至です。今ではスマホを高齢者が操る時代なので、そんなの簡単じゃないかと考えるのは野暮というもの。当時としてはビデオデッキのリモコンすら難しいと感じる高齢者が殆どだった時代だったのでしょう。かなり昔ですね。
まあそんな感じで緩い短編が多くて低刺激なんですが、独自の世界観を押し出しているのは確かです。


No.1761 6点 お孵り
滝川さり
(2024/04/01 22:19登録)
第39回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉受賞作!

結婚の挨拶のため、婚約者・乙瑠の故郷を訪れた佑二。そこは生まれ変わりの伝説がある村だった。やがて乙瑠は村で里帰り出産をすることになったが、子供は生まれ変わりを司る神として村に囚われてしまい!?
Amazon内容紹介より。

テンポが良い、そして文章に心地よいリズムがあって読みやすいです。軽すぎず重すぎず、丁度良い塩梅のジャパニーズホラー。物語に紆余曲折があり、途中でダレたりする事はありません。心理描写もそれなりに出来ていて、見せるべきところは確りと見せ、描くべき事はちゃんと描かれていて好感が持てました。エンディングもなかなか良い感じで、心に沁みます。流石に賞を獲っただけあって、その雰囲気と言い着想と言い、かなりの良作だと思います。

あと、こんな事は書きたくないですが、HORNETさんの書評は物語の核心に触れている部分があります。つまりは間接的なネタバレをしていますので、本書を読まれる前に閲覧しない事をお勧めします。因みに私は何気なく見てしまい凄く後悔しました。多分、誰しもがあの事かと気づいてしまうはずですので。


No.1760 6点 ノウイットオール  あなただけが知っている
森バジル
(2024/03/30 22:50登録)
1つの街を舞台に描かれる、5つの世界は、少しずつ重なりあい、影響を与えあい、思わぬ結末を引き起こす。
すべてを目撃するのは、読者であるあなただけ。

推理小説/青春小説/科学小説/幻想小説/恋愛小説

5つの物語は、5度世界を反転させる。
森バジルを読めば「世界が変わる」
Amazon内容紹介より。

惜しい。第一章の『推理小説』は単純に思えた事件が意外に捩じれているのを知った後、この水準で行けば7点は堅いと思いました。第二章の『青春小説』は言ってみれば王道だし、それ程の新味を感じないのは残念でした。これを評価している方が多い様ですが、私には既視感の強い、ラノベで何度も読んだ様なものだったので、あまり刺さりませんでした。『科学小説』でやや盛り返すも、『幻想小説』はちょっと意味を履き違えている気がしました。これって幻想と云うより普通のファンタジーじゃないですかね。

色んなジャンルを書けるんだぞと言いたいのは分かりますが、それで作者自身が満足してしまっている感じが伝わって来て、少し嫌な気分になりました。確かにそれぞれの短編が少しずつ何らかの形で繋がってはいますが、それが有機的でないところに不満を覚えます。あっこのシーンはあそこだなって感じで、成程ねとは思いましたけどね。まあ意外な人物がいきなり登場したりするのは良かったです。
この人の実力はまだ未知数、近いうちにもっと傑作を物にするかも知れないし。


No.1759 4点 恥知らずのパープルヘイズ ジョジョの奇妙な冒険より
上遠野浩平
(2024/03/27 22:44登録)
多くの犠牲の末に“ボス"を打ち倒したジョルノたち。だが、彼らと袂を分かったフーゴの物語は終わっていなかった…。
トリッシュがかつての仲間ブチャラティの墓参りに訪れる。書きおろし短編を収録した新装版が登場! !
Amazon内容紹介より。

Amazonで極端な高評価を得ているのは、漫画を読んだ人が投じた票によるものなのだと思います。私の様な原作に全く興味のない人間にとっては、何が何だか分からないというのが正直なところ。第五部から始まるので、その前に起こった出来事や誰と誰が敵対関係なのか、その他の背後関係が殆ど説明されておらず、何を楽しめば良いのかさっぱりです。文章も平坦でかなり退屈させられました。ストーリーがどこに向かっているのか判らないので、読んでいても手探り状態が続き一部のバトルシーン以外全く面白味を感じる事が出来ませんでした。

これぞイマイチ、もっと素人にも解り易く描かないとダメでしょう。作者も出版社もどうせジョジョファンしか読まないだろうから、余計な説明は不要と考えていたのなら大きな間違いだと言わざるを得ません。更に原作を読みたいという読者を増やす為には、考え方を改めて欲しいですね。


No.1758 5点 立花美樹の反逆
汀こるもの
(2024/03/25 22:04登録)
周囲に不審な死をもたらす「死神(タナトス)」と呼ばれる少年・立花美樹が奥多摩山中の大きな神社に消えた。
美樹の双子の弟・真樹の計略にはまり、彼を捜すことになったのは私立陽華学園高校の自然科学部部員5人。
彼らを待ち受けるのは俗に塗れた祭主、異様に聡明な巫女、口きけぬ美少女、喚く蓬髪老人、包帯怪人……と揃いも揃って怪しげな新興宗教の者たち、そして大祭壇の死体消失から連続する不可能犯罪であった。
高校生たちは美樹を捜し出し、無事に生還できるのか!?
さらには立花兄弟のお守り役である刑事・高槻と、上司でキャリア官僚である湊にも異常事態が!?
予測できない展開、結末、そして圧倒的な情報量! これぞ「こるもの」ワールド!
人気の美少年双子ミステリ、最新作の登場です!
Amazon内容紹介より。

帯にあるような極北でもアンチミステリでもありません。これは誇大広告間違いなし。時系列がバラバラでいきなり四章、六章、一章ってな感じで始まります。伊達や酔狂でこんな奇矯な構成にした訳ではないと思いますが、その目論見が奏功しているとは言えませんねえ。最初、えっ?となりましたが、そういう事かと身構えました。つまりは読者に余計なプレッシャーを掛ける事にしかならないんですよ。思った通りごちゃごちゃした感じは否めませんでした。それと共に無駄に登場人物が多いので更に混沌としてしまっているのは、かなりのマイナスポイントでしょう。

本格ミステリとしては歪で終章で幾つか種明かしされるものの、かなり弱いと言わざるを得ません。最も注目されるべき首なし死体葱坊主の塔串刺し事件の真相も、ホワイダニットとしてはわざわざそんな理由でこんな手間を掛けるのか?としか思えません。美樹も真樹もその他大勢に埋もれてしまい、さほど目立なかったしなあ、これがシリーズ最終作とは淋しい限りですね。


No.1757 7点 鍵の掛かった男
有栖川有栖
(2024/03/23 22:42登録)
中之島のホテルで梨田稔(69)が死んだ。警察は自殺と断定。だが同ホテルが定宿の作家・影浦浪子は疑問を持った。彼はスイートに5年住み周囲に愛され2億円預金があった。影浦は死の謎の解明を推理作家の有栖川有栖と友人の火村英生に依頼。が調査は難航。彼の人生は闇で鍵の掛かった状態だった。梨田とは誰か? 他殺なら犯人は? 驚愕の悲劇的結末!
Amazon内容紹介より。

これは私の「みんな教えて」における質問に御回答下さった、優しいHORNETさんお薦めの作品です。
約8年ぶりに有栖川有栖を読みました。相変わらずソフトタッチだなと苦笑しながらも(悪い意味ではなく)、隅から隅まで噛んで含める様な丁寧な文章に安心しました。1000枚に届こうかと云う大作でしたが、微塵もストレスを感じることなく読めたのは、やはり作者の手腕のなせる業なのでしょう。

前半は「探偵」アリスの活躍が光ります。流石に長年探偵助手役を務めていただけあって、その手際は良く只者ではない事を匂わせます。薄皮を剥ぐ様に徐々に核心に迫ろうとしますが、手掛かりが増えるばかりで一向に事件の本質が見えてきません。容易に読者にヒントを与えない著者と、背後に何が潜んでいるのかを探ろうとする読み手との静かな対決が繰広がられる様子が伺えますね。中盤過ぎにタイミングよく火村が登場し、漸く事件解決の方向が見えるのかと期待するも、一筋縄では行きません。終盤まで犯人の影すら悟らせず、動機も見当が付かない状態で、私個人はお手上げ状態でした。
その問題の動機に関しては、意外にも現代的なもので確かに想像外ではありました。ただ後出しなのは気になりましたが。

HORNETさん、ありがとうございました。貴方が紹介して下さらなければ生涯読む事がなかったであろう良作に出合い、質問した甲斐があったと思っています。それと傍観していた私が言うのもおこがましいですが、みりんさんが復帰されて良かったですね。


No.1756 7点 ヴェロニカの鍵
飛鳥部勝則
(2024/03/19 22:46登録)
創作に異様な執念を燃やす画家の謎の死。密室殺人、移動する死体、そして首の無い怪人。本格ミステリの醍醐味が凝縮された傑作!
『BOOK』データベースより。

飛鳥部勝則の長編の中で、おそらく最も絵画に寄った作品だと思います。と言うか片寄り過ぎてそれが何だかなあとなる人もいるでしょう。しかし、画家がこれ程、狂気を孕んだ人種なのかという本質に迫れるミステリ作家は他にいないのではないかと。勿論普遍的な意味ではありません、例えばある画家がいたとして、その人物が如何に偏執的に絵画に相対しているのかがしつこく描かれています。

ミステリ的には密室と死体がなぜ移動したのかの二本立てで、事件そのものはそんなに複雑なものではありません。言わばハウとホワイに尽きる訳で、単純なのに誰が探偵で誰が犯人なのかさえ最後の最後まで分かりません。終盤の謎解きは圧巻で構成も凝っています。確かにバランスは良くないかも知れませんが、飛鳥部らしい異端の本格ミステリであると評価してこの点数にしました。

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