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ミステリの祭典

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臣さんの登録情報
平均点:5.90点 書評数:660件

プロフィール| 書評

No.600 9点 悪意
東野圭吾
(2019/12/02 13:17登録)
最後の「解明」の章は少々駆け足すぎる感がある。
この種の構成からすれば、解明はどんなふうにでも作れる。
伏線も軽く書くか、適当であってもよい。
とにかく、こういう手法だと、どんな真相も、どんな動機も話の中に作り込める。それに、なんどでもひっくり返すこともできる。
ずるいような気もするなぁ。
といった種々の欠点はあるが、とはいえ、こういう構成で真相をヴェールで包み込む方法を考え出した東野氏は天才的といえる(ただ、すべてが新規創出とはいえないが)。

それと、加賀恭一郎の教師時代と、わずかだがリンクさせた点もよかった。そこが加賀モノらしさなのか?こういうところは上手い。

とにもかくにも東野作品のなかでは、出来はピカイチだろう。
「容疑者Xの献身」や「白夜行」があまりにも騒がれすぎなので、本書は隠れた名作的なところもあるが、個人的には堂々たる名作と評価したい。


No.599 5点 ハワイアン・ジゴロは眠らない
喜多嶋隆
(2019/11/25 12:34登録)
ハワイに住む、日系三世のエリーこと比嘉絵理子の軽ハードボイルド連作短編集。
エリーは日系の女子大生だが、休学してホノルル市警のアンダー・カバー(秘密捜査員)に就いている。捜査対象は、現地に住む日本人か、日本人観光客に関する。

全作、男女絡みのミステリー(といえるのかな?)。エリーは自ら推理しながら捜査し、あっという間に真相にたどりつく。いちおう手がかり的なものはあるが、推理はほぼ直感といってもいいだろう。
被害者(といっても殺人はなくレイプや強盗の被害者)は、全作、若い日本女性。彼女らは観光客だったり、現地人だったりするが、考えが浅はかなため事件に巻き込まれてしまい、それをエリーが救い出し解決する。みんな、このパターンだ。
安直なスタイルだが、テンポがよく、アクションもあって、飽きずに、ほどほどに楽しめた。

ハワイの風俗は、行ったことがないので知らないが、不良サーファーや現地のチンピラ、海兵隊くずれなどが登場し、なんとなくそれっぽい感じが出ていたような気がする。
時代は1990年代で、以前に読んだ、ハワイの秘密捜査員、鹿野沢ケイの「フィリップ・マーロウの娘」よりちょっとだけ新しい。「フィリップ」ほど、古き良き時代への郷愁は感じられなかったが、当時人気のあった、ホイットニー・ヒューストンやフィル・コリンズの名前が出てきて、懐かしく感じられた。


No.598 7点 ある男
平野啓一郎
(2019/11/05 09:59登録)
内容紹介などを事前に目にすることなく読み始めたので、最初の40ページほどのところでまず、衝撃を受けました。
Who & Why系文芸ミステリーなのか?
まあ、芥川賞作家が書いたハイブリッド小説にはちがいありません。

読み進めると、主たる登場人物の内面が独白的に描かれることが多くなります。この内面描写には社会に対する著者の主張のようにも思われ、少し納得しつつ、少し敬遠しつつ、さらに読み続けると、社会派要素のある重厚なミステリーに戻ってきます。

評者の既読の作品でたとえると、宮部さんの『火車』と、ドストエフスキーの『罪と罰』(もしくは島崎藤村の『破戒』)とを、7対3ぐらいに混ぜ合わせて、さらに読みやすくした感じです。しかも、スマホとかSNSが登場するので、かなり現代風でもあります。
ただし、しつこいほどの重さを感じたところもありましたが・・・
なお、些細な日常を、文章を巧みに操りながら描いた、スケールの小さな私小説風な純文学でなかったところは、大いに気に入っています。

この著者はデビューして20年のベテラン作家なので、おそらくいつかの時点で、純文学を追求していくよりは、エンタメ、ミステリー要素を採り入れることで売れる道を選んだのでしょう。
それとも初めからこんな感じだったのかな?

本書はミステリーとしても、一般小説としてもお気に入り度は高めです。
初読の作家さんでしたが、今回の読書で、今後はミステリー的なものをチョイスしながら読み続けたいという気にさせてくれました。


No.597 7点 闇夜の底で踊れ
増島拓哉
(2019/10/18 12:31登録)
第31回小説すばる新人賞受賞作。

ざまあみさらせ、あほんだら!
パチンコ好きでチンピラ風の伊達と、ヤクザの山本との掛け合いは、黒川博行氏の疫病神風で、テンポがよすぎて読みだしたら止まらない。ページが進みすぎてもったいないぐらいだ。
お笑いものかと勘違いしそうだが、じつは大阪ノワールと呼ばれているぐらいで、後半は凄みが出てくる。

ノワール物はあまり読まないので比較できる小説はないが、映画でたとえるなら、哀愁要素を含んだ香港ノワールといったところだろう。『インファナル・アフェア』みたいな感じかな、ちょっと褒めすぎかな。
本作はさらにお笑い要素が加味されている。
だからこそストーリーに変化があって楽しめたのだろう。
その変転のための仕掛けもあるが、これはまったく読めなかった。
ラストは物悲しいが、もっともっと切なくして、余韻にひたらせてほしいとも思った。

著者が19歳というのには驚いた。
伊達が36歳だから、19歳では描ききれないだろう。24,5歳ぐらいに見えてしまう。
でも、少し幼稚な性格に設定して誤魔化しているところは、テクニック抜群ということなのか。


No.596 3点 ファミリー・レストラン
東山彰良
(2019/09/28 19:50登録)
見知らぬ人たちがスペイン料理レストランに集められ、早いうちに、客たちの前で、店の主人が自分の首を切る。
そしてその後、さらにさらに異常な状態に・・・
客たちには、あやしい過去がある。
この店に客たちを招いたのはいったい誰なのか。

とくれば、クリスティの「そして誰もいなくなった」がまず思い浮かぶ。
しかし似ているわけではない。いや、似ているほうがどんなによかったか。
すっきりしないし、複雑だし、読みにくい。
理解不能。支離滅裂。いい加減にしてくれ、と叫びたくなる。

直木賞受賞作の青春ミステリー「流」がたいそう気に入ったので、なんでもいいから本著者の2作目を読んでやろうと思っていたら、このありさま。
東山氏の他の作品のタイトルをながめてみても、やはり支離滅裂感にあふれている。独特の世界観があるのか。タイトルを見ただけでも、心ときめくような作品はない。
とはいえ、二匹目のどじょうを探して、懲りずにあと2,3作は読んでみようとは思う。


No.595 7点 夜明けの街で
東野圭吾
(2019/09/18 10:48登録)
不倫話とミステリーの組み合わせ。
だいじょうぶかな、奥さんにばれないかな、とけっこうドキドキした(笑)。
恋愛・不倫モノはミステリー(サスペンス)に通じるところがあって楽しめた。

中盤ごろのある段階で、○○が探偵役で、不倫関係はこういう結末を迎えるのでは、と予測したが、まさにそのとおりだった。
ただ、真相そのものや、事件において○○や△△、××がどういう立場の人物なのかまでは想像できなかった。
トリックがあるわけでもなく、不手際なところも多々あり、ミステリー的にみればイマイチかもしれないが、面白くするためのプロット作りの巧さは抜群だと思う。
かなり上出来の作品ではないだろうか。

東野さんも素晴らしい恋愛モノが書けるのですね。
女性を描くのが下手だとか、女性の心理がわかっていないとかの声も聞かれるが、これだけ面白ければ問題なし。
クリスティーの男女モノの『ナイルに死す』や『検察側の証人』には及ばないが、こんな風に楽しませてもらえれば、個人的には大満足。
それに復讐物の要素があったのもよかった。

恋愛がベースになっている『容疑者Xの献身』は、マイナス面がどうしても気になって7点にしたが、本作はプラス面だけを見て7点にした。


No.594 6点 007/黄金の銃をもつ男
イアン・フレミング
(2019/09/18 10:39登録)
1964年、最後の長編。

フレミングの遺作ということで感慨深く読めたのはよかった。
ボンドの復活作品でもある。復活登場のシーンがなかなか面白い。
シリーズ最初の映画作品「ドクターノオ」が1962年なので、映像化を見据えたのか、派手なキャラクタが登場する作品となっている。

映画版を観ていないので、頭の中に映像は浮かんでこないはずなのだが、自分なりの想像にもとづく映像が浮かんできたのには驚いた。
本作の敵役であるスカラマンガは、ユニークでなかなか魅力的なワル。象のエピソードは印象的だった。本シリーズは、だいだいにおいてワルでもこんな扱いだし、そこが人気なのかもしれない。
一方のボンドは、冒頭でもラストでもけっしてカッコよくない。でもうまく描いてある。欠点を見せるのも人気の秘密なのだろう。
そのボンドとスカラマンガとの間で、もしかしたら友情が芽生えるんじゃないかと、ひやひやした。

と、キャラばかりを褒めたが、キャラのみの一点豪華主義で、ストーリーはスリルも変転もすくなく物足らない。「ゴールドフィンガー」ほどの変化のある話ならいいのだが、それには全くおよばない。
遺作なので評点はすこしオマケした。「ゴールド」の評点を6点にしていたので、本作とのバランスをみてプラスした。


No.593 6点 コールドゲーム
荻原浩
(2019/08/27 10:12登録)
○○○系社会派青春ミステリー。
(○○○は、裏表紙にも書いてないことなので、出版社や著者の意図をくみとって伏せ字にした。もしかしたらジャンルとして表示されるかもしれませんがw)
初めからそうと知っていたら読み方が変わっていたかも。

青春モノらしいユーモアを交えながら、いじめを取り上げ、ほどほどに社会性を出したところはグッド。
真相を含め、終盤は十分に楽しめた。ラストの1行はどっちでもいいとも思えるが、これもまた良し。

ただ、中盤かそれ以降に、起承転結の転にあたる、うねりが欲しかった。中途で真相が透けて見えるという読者も多くいるようなので、ラストだけにたよらないほうがよかったのでは。
それと、青春ミステリー要素を際立たせるために、主人公の光也や亮太に、目に見えるような大きな変化と成長が欲しかった。光也は、語り手+α程度ではもったいないし、亮太にはもっと活躍してもらいたかった。でも、いじめが背景にあるから仕方ないのかなぁ。

<ということで採点は>
真相、どんでん返し、サプライズ、サスペンスなど、ミステリー要素全体としては、6.5点。
青春のほろ苦さを超えてしまっているし、登場人物の成長が少なめだから、キャラクタ性を含め、青春モノとしては、5.0点。
上記のように「転」が弱いので、全体の物語性としては、5.5点。
文章的には、7.2点。
以上


No.592 6点 メグレ警視
ジョルジュ・シムノン
(2019/08/19 10:20登録)
世界の名探偵コレクション10
20ページ前後の短編が4作と、60ページ弱の短編が3作収録されている。

『月曜日の男』はハウ物、『街中の男』は尾行物、『首吊り船』は船内での死の真相物、『蝋のしずく』は姉妹登場の本格もどき。

『メグレと溺死人の宿』は交通事故が発端の推理モノ。『ホテル≪北極星≫』は背景となる人間関係が面白い。これら2作は、メグレの強烈な推理、というか容疑者たちとの対峙の仕方が見どころ。『ホテル≪北極星≫』は、メグレが定年直前の事件という点にも注目できる。

『メグレとグラン・カフェの常連』は、メグレの退職後に発生した事件に関する番外編のような短編。引退後の話なのでメグレ夫人の登場機会も多い。話はメグレのカードゲーム仲間たちの間で起きた事件に関するもので、情愛系、人情噺系という感じがして、なんとも味わい深い。


No.591 6点 メグレと殺人者たち
ジョルジュ・シムノン
(2019/07/29 09:59登録)
このストレートすぎる邦題よりも、「メグレと彼の死人」のほうがしっくりきます。
前半部分で、この字句を連発していたこともあり、著者の意図が伝わってきます。
結局、この原題は、その死体本人へこだわりがあることを示唆しているのでしょう。
こういうところは上手い。

かなり評判のいいメグレ物で、しかもパターンがいつもと違う。
そもそもメグレ物は、種々雑多なスタイルとは言えますが。

男からの電話と、その男の死が、メグレにとってはなぜか重要なのです。
そこから重大な事件の真相につながっていくなんて、思いもよりません。
聞き込みも多く、メグレの推理も多い。
国際的ということもあって、サスペンス性は豊富。
と、ここまでは絶賛。

ただそのわりに、平坦に感じるのはなぜ?
変な言い方ですが、サスペンスがあるわりに緊張感に乏しく、意外にゆったりとしている印象も受けます。
せっかく200ページぐらいに収めるのだから、もっとすっ飛ばしながら、ビシッ、バシッと変化をつけて決めてほしいような気もします。
ということで、ベスト・オブ・メグレとまではいきませんでした。


No.590 7点 春から夏、やがて冬
歌野晶午
(2019/07/16 10:40登録)
きっと何かあるのでは、と常に気にしながらの読書でした。
しかし、気にかかっても大抵の場合、少し読み進めば著者からの回答が得られ、な~んだ考えすぎかと、少し安心したり、少し残念に思ったりもします。
娘をひき逃げで亡くした平田と、その娘と同年代のますみとの交流が中心に描いてあり、それを読むだけでも十分に楽しめます。

読み終えてみればミステリーとしては物足りなさを感じる反面、全編をただようミステリーの雰囲気にはおおいに楽しめました。
それに、二人はいったい何を考えていたのだろうと、いろいろ想像を巡らすことができ、藪の中的な読後感が得られたのにも満足しました。
語り合うのに最適な小説かもしれません。


No.589 5点 ST警視庁科学特捜班
今野敏
(2019/07/11 09:51登録)
特殊技能を持つ科学捜査員たちの捜査物語。

といっても、特殊技能所有者は5人もいるので、それぞれはそれほど目立たない。
脇役であるはずの、昔ながらの刑事、菊池や、気の弱いキャリア警部のほうが負けじと目立っている。

ミステリーとしては、殺人が3件発生して、派手さはある。謎も多い。
でも、むりやり収めた感があり、謎解きやサプライズを求めると物足らない。
やはり、みなさんのご指摘のように、濃いキャラの集団ヒーロー物を楽しむつもりで読むのがいちばんでしょう。
しかも、シリーズ第1作では、全員のキャラを生かすのはむずかしいから、その後のシリーズを読みながら全員のキャラを楽しむという姿勢が理想的な読み方でしょう。


No.588 4点 最後の逃亡者
熊谷独
(2019/07/01 10:19登録)
第11回サントリーミステリー大賞受賞作。

ソ連時代のモスクワ等が舞台。
綿密に調査をしているのがよくわかります。これを想像では書けないでしょう。
場面の多くが主人公たちの逃亡シーンで、緊迫感が伝わってきます。ストーリー自体もよく練られていると思います。

残念なことが3点。
まず、ラスト。これはいただけない。暗すぎる。
2つめは、なぜ追われるのかという点。いちおうわかるが、もうちょっとくわしく書いてほしい。
そして、文章。視点が多すぎるし、転換も多すぎる。主人公クラスが4,5人いて、感情移入もできない。
唯一の日本人の登場人物、技術者・岡部信吾をもっと深く描き込んでほしいですね。

視点については、本格ミステリーでもないのでどうでもいい、とも思うのですが、いつもクセのように気になり、すぐに文句を言ってしまいます。
でも本作の場合、それが原因でかなり読みにくくなってしまいました。たんに読み方が下手なのかなと思ってしまいます。


No.587 6点 ドルチェ
誉田哲也
(2019/06/10 09:31登録)
所轄勤務のベテラン女性刑事、魚住久江シリーズ。
主人公の魚住は、姫川シリーズの姫川玲子ほど個性的ではないし派手さもない。発生する事件にも強烈さはなく、殺人は一切ない。
魚住はいつも容疑者側に立って、容疑者たちのちょっとした秘密を探るところが全編に通じる特徴。
全体的にたよりなくあっさりはしているが、秘密を探っていく過程は十分に楽しめる。

この作家さん、本シリーズ、姫川シリーズ、ジウシリーズなど、女性刑事モノを得意としている。
誉田氏の他の作品の評でも書いたが、この著者は大衆受けするツボを心得ている。女性を主人公にするのも、そのあたりを考えてのことだろう。


No.586 7点 宝島
真藤順丈
(2019/06/05 13:15登録)
第160回、直木賞受賞作。
復帰前の沖縄が舞台で、突如として消えた、戦果アギヤー(米軍基地からの略奪屋)のリーダーを慕う男女3人(親友、弟、恋人)の、その後の沖縄返還まで(1950,60,70年代)を描いた青春ミステリー超大作。リーダーは、略奪はするも、奪った物をみなに分け与える、コザの義賊のような存在だ。

テーマはリーダー探しなのか?
年月が経つにつれ、三者三様、生き方や考え方が変化していく。3人がその後、あまりにもかけ離れた職業に就くところが面白い。
戦後の沖縄はおそらく荒廃していただろうに、登場人物たちは、なぜか荒々しく、生き生きとしている。こんな状態に置かれた人たちだからこそ、そうなるのだろうか。

読みながら、江戸侠客物や現代やくざ物、スパイ物、戦争物みたいな印象を受けていたが、やはり違う。沖、米、日が絡んだ国際謀略・闘争&青春物、といったところか。

直木賞の審査員評はおおむね絶賛。
個人的には、作風も分野も文体も、嗜好から少しずれていたが、シリアスな内容ながらも陽気な登場人物たちの行動に興奮しながら、楽しい読書ができた。しかも、アノ謎に最後まで引っ張られたのもよかった。
当時の沖縄を知らないだけに、リアリティがあるのか、荒唐無稽なのかもわからないが、スケールのでかい時代小説、冒険小説に臨むつもりで読めば、そのあたりは解消できるし、まずまず楽しめるだろう。

付け足しみたいだけど、ミステリー要素としては、大きな謎が2つあった。
大河小説なのにミステリー的な真相がラストに明かされれば、大河物としての値打ちが減殺したり、安っぽくなったりすることもあるが、本作については全くそんなことはない。
開示された真相は、期待以上のものだった。


No.585 6点 儚い羊たちの祝宴
米澤穂信
(2019/05/20 12:43登録)
ラストに衝撃があると聞いていたが、それほど驚けなかった。
それよりも、ストーリーそのものが味わい深いし、ユーモアを交えた話につい引きこまれてしまう。そんなところが良かった。
時代設定や、その時代の、ちょっと異質な主従関係を軸にした話がなんともいえず、怖さと、わずかな笑いを誘ってくれる。

『山荘秘聞』と『玉野五十鈴の誉れ』が、個人的にはまずまずの出来だった。
「バベルの会」でミステリー的にもっと強くつないでほしい気もしたが、作品群のイメージからは、この程度がよかったのかも。

妙味な雰囲気のある短編群だったが、評としては並みの上で、ごくごく普通のレベル。


No.584 7点 予告された殺人の記録
ガブリエル・ガルシア=マルケス
(2019/05/08 13:28登録)
南米のとある村社会で起きた殺人に関するルポルタージュ小説。
(以下、ややネタバレ気味)

花嫁となるアンヘラ・ビカリオに関する、ある理由で、アンヘラの過去の相手だったとされるサンティアゴ・ナサールがどのような経緯で殺されたのかが主題で、さらに当事者たちのその後のことも語られている。

釈然としない点はある。
こんな理由で、こんな経緯で、惨殺といってもいいほどのやり方で殺されることが、あまりにも不条理すぎる。
アンヘラの家族・ビカリオ一家(殺害者側)や、バヤルド・サン・ロマン(アンヘラの結婚相手)にとっては、いまの日本とはかけ離れた南米の村社会においては、不名誉で屈辱的なことなのだろうと、理解するしかない。

でも釈然としなくても面白い。いや釈然としないからこそ惹きこまれるのでしょう。
それに、なんといっても、時間軸を行ったり来たりしながら語られる手法が、興奮が持続して、いいのかもしれません。時系列にせずに、静と動が入り乱れるように、最後にクライマックスをもってくるあたりに、著者のエンタテインメント作家としての力量を感じられます。

数年前に本書を初読し、このたび評をアップするために、あらすじを必死で思い出そうとしましたが、細部を思い出せず、結局再読しました。
映画化作品もあるので、110分でおさらいするのもいいでしょう。ただ、原作が140ページ程度なので、集中して一気読みすれば時間的な差はほとんどないはず。と思って再読を選びましたが、やはり思いのほか時間がかかりました。

(余談ですが)
本サイトでタイトル検索をすると、同名の国内作品(高原伸安氏の作品)が出てくるのには驚かされます。
ガルシア・マルケスという作家は、1982年のノーベル賞作家で、国内外で人気が高く、影響を受けた作家も多いようです。高原氏もそんな作家のひとりなのでしょうか。


No.583 4点 夕暮れをすぎて
スティーヴン・キング
(2019/04/23 13:04登録)
長短全7編の短編集。

「ジンジャーブレッド・ガール」はワクワクしながら読めた。でも、それ以外の6作は、どれもこれもイマイチ。
短編なのに長く感じるのは、1作のネタが単位量当たりで見て小さすぎるからだろうか。
「ウィラ」や「エアロバイク」は魅かれるところもあってまだましだが、他4作は、はっきりいってよくわからんまま終わってしまうような感じだ。
それとも自分に、本当の意味での短編読みのセンスがないのだろうか?
個人的には、短編でも、長めに関係なく、しっかりとしたプロットのあるものがいいのだがなぁ。

ただ、文章的には悪くない。いつものような細かな描写には引きこまれる。
でも、本書の場合、それが災いしたのかなぁ。


No.582 6点 死の接吻
アイラ・レヴィン
(2019/04/03 10:13登録)
三部構成のミステリー。
第1部は犯罪者視点によるクライム・サスペンス、第2部は素人探偵1による捜査ミステリー&サスペンス、第3部は素人探偵2による真相解明推理&サプライズ・エンディング。
総称すれば、恋愛要素ありの半倒叙・半謎解き・全サスペンス作品といったところでしょうか。
いまなら、複数視点による章立て、カットバックなどのテクニックや、それらの複合ワザは、あたりまえのように使われますが、当時としては、メリハリをきかせた画期的なアイデア作品だったのではないかと想像します。
種々のテクニックを使って読者を楽しませてくれる。本当にすばらしい作品です。

じつは、文庫裏の解説と登場人物表だけで瞬間的に犯人を当てちゃいました。というか倒叙モノかと勘違いしたぐらいです。
第2部で犯人は明かされますが、個人的には上記の理由からもちろんOKですし、第2部につづく、すさまじき場面転換のある第3部があるので問題はないように思います。
この第3部では、著者がヤケクソになったか、と思えるぐらい唐突感ありの劇的な幕引きが待ち受けています。これには少しだけ絶賛するも、多大なる呆れも感じられました。


No.581 7点 ゴールデンボーイ―恐怖の四季 春夏編
スティーヴン・キング
(2019/03/12 09:42登録)
「刑務所のリタ・ヘイワース」
映画「ショーシャンクの空に」の原作といったほうが、わかりやすいだろうか。
映画は痛快、感動ものである一方、原作はそのあたりは控えめで、しかもボリュームが170ページなのであっさりとした感じがする。
でも決して悪いわけではない。エピソードが要所、要所に披露されるのがよいし、レッドとアンディーの友情物語という骨格ももちろんよい。そして、ラストも言わずもがな。
副題のとおり、希望に満ちた春らしい作品だった。

「ゴールデンボーイ」
強烈な300ページ超の長編だから、乗れば満足すること間違いなし。
話は静かに始まるが、少年トッドと、老人ドゥサンダーの交流は徐々に凄絶さが増していく。
悲劇の主原因はトッドにあるが、ドゥサンダーもかなりのくせ者で手ごわい存在。この二人がぶつかり合ったり、協力し合ったりする中盤までも楽しめるが、後半の場面転換後から結末までがまたすさまじく読み応えがある。
副題のとおり、まさに転落の夏物語だった。
少ない登場人物でサスペンス感を表出した、ジェームス・ケインの「郵便配達は二度ベルを鳴らす」や、ルース・レンデルの「ロウフィールド館の惨劇」などが好みの方なら、間違いなく楽しめるはず。

キングの文章や表現方法は、他人行儀なところがなく、身近に感じるところがいい。特に「刑務所のリタ・ヘイワース」のレッドの語り口には魅かれる。
なかなかこういう作家にはめぐりあえない。ほんとうに素晴らしい。

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