臣さんの登録情報 | |
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平均点:5.90点 | 書評数:660件 |
No.340 | 7点 | 柩の中の猫 小池真理子 |
(2013/03/05 09:52登録) 少ない登場人物で構成された心理サスペンス劇の秀作です。 主たる登場人物は、妻を亡くした美大講師の川久保、幼い娘の桃子、桃子の家庭教師の雅代、川久保の恋人の千夏、桃子が飼っている猫のララ、の4人+1匹。 人物造形はしっかりしている。さすがは直木賞作家だ。導入部が現代、その後が雅代の回想というスタイルもよかった。想定どおりの流れでもあったが、サスペンスに緊張しながら先を急いで読んだ作品だった。 (この段落、ネタバレ気味) わかりやすい伏線だが事件の手段は面白いし、その手段へのもっていきかたもうまいと思った。ラストのどんでん返し(オチ)以外は概ね満足した。あのオチは、救いのない怖い話ではあるが驚愕度がやや落ちる。あのオチよりも、事件は××が心理的に誘導したから起きた、そして罪の意識に苛まれて・・・(まるで「こころ」)、といったほうが個人的には好きなんだけどなぁ。 オチにはすこし不満が残るものの、物語の全体の雰囲気は抜群だった。和製アルレーといってもいいのではないか。 小池真理子さんのあとがきによれば、本作はミステリーというジャンルからの逸脱を図った作品だそうで、ミステリーをあまり意識せずに好きなように書いたとのこと。という事情を聞けば、あのオチも許容できそう。 |
No.339 | 7点 | 007/ゴールドフィンガー イアン・フレミング |
(2013/02/27 10:20登録) 映画シリーズの中ではかなり人気のある作品。 一時、とくに「ロシアより愛をこめて」との比較で、派手なだけで幼稚との評価もあったが、本作映画版ぐらいに派手さがあったほうが007らしいといえる。 原作も映画版と同様、楽しめる要素が盛り沢山。冒頭のギャンブル対決、中盤のゴルフ対決、拷問シーン、ゴールドフィンガーの用心棒・オッドジョブの登場シーンなど、見せ場はたくさんある。なかでも、ゴールドフィンガーとのゴルフ・マッチプレイの場面は、ページを繰る手が止まらなかった。 ゴールドフィンガーの企てた犯罪計画は、たしかに想像を絶するものだった。でも、彼の金(ゴールド)への執着心や、ボンドにしつこくつきまとう姿勢からすれば、この悪党は決して大物らしくはないし、影で糸を引く黒幕のような正体不明な人物でもない。極悪非道な、わかりやすいワルだった。 こんな悪党の設定の仕方や、白黒のはっきりした対決構図も、この作品が受ける理由なのでしょう。 とにかく楽しめること間違いなし。スパイ・スリラー小説ではなく、超娯楽スパイ・アクション小説を楽しみたいときには、絶対にお薦めです! |
No.338 | 7点 | 007/女王陛下の007 イアン・フレミング |
(2013/02/18 11:52登録) 本作での敵役は、本シリーズではお馴染みのブロフェルド。 ボンドは系譜紋章院の研究者に成りすまして、ブロフェルドの基地であるアルプスの山荘に乗りこんでいく。そして、ブロフェルドとの戦いには、ボンドの恋人・トレーシーの父親が支援する。 本作の見せ場は、映画でも有名なスキー・アクションの場面と、同じく映画で話題を呼んだあのラスト・シーン。でも実は、原作を読んでみてもっとも楽しめたのは、ボンドの内面を中心に描いた山荘でのスリルとサスペンスでした。 物語的にはあいかわらずの荒唐無稽さだが、今に通じるものがあって、活字でも違和感なく受け入れられました。 いままでに「カジノ・ロワイヤル」「死ぬのは奴らだ」、本書と3作を読んでみて感じるのは、文章的に叙事、叙情のいずれもが個人的な嗜好に合っているということです。はたして文学的といえるかどうかはわかりませんが。 ところで、映画化作品では本作がマイ・ベスト。先日テレビで見た「カジノ」が次点です。両者ちょっと似た雰囲気だけど、基本的にこういうタイプが好きなんでしょうね。 ちなみに、ボンド役はそれぞれにいい面があって甲乙つけがたいけど、いまはダニエル・クレイグに注目中。ボンド・ガールでは、「死ぬのは奴らだ」のジェーン・シーモアですね。 |
No.337 | 7点 | 死神の精度 伊坂幸太郎 |
(2013/02/12 10:09登録) 今、旬の作家ですね。ミステリーファンとしては出遅れ気味ですが、このたび初めて読んでみました。 本書は死神が主人公の連作モノです。アイデア的には「笑うせぇるすまん」みたいなものでしょうか。 一人称の地の文による死神の内面描写や、死神と調査対象者との会話文は実にうまい。「年貢の納め時」などの比喩表現を理解できないのには笑えるし、死神仲間がみな音楽好きというのも愉快です。文章に良い味が出ていて、センスの良さが光っています。リーダビリティも抜群です。 ストーリー的には短編ごとに工夫があり飽きることがありませんし、締めくくりかたも絶妙だと思います。それでいて技巧に走りすぎという感じもしません。いろんな切り口から読者を話の中に誘導してくれる器用な作家との印象を受けました。 多種の作品を書いて賞もとっているようです。東野圭吾、宮部みゆきにつづく次世代を担うミステリー作家ですね。それとも世評どおり、春樹チルドレンなのでしょうか? 独特の世界観でもって種々の作品を器用に書き分けている、というのが一般的評価のようですが、個人的には、本書のようなSF調の特殊な設定の作品を不器用なほど一途に書きつづけて、星新一(子どもの頃から好きなのでつい引用してしまいます)のショート・ショートみたいな変わった路線を突っ走ってほしいなという期待感もあります。 |
No.336 | 5点 | 奇岩城 モーリス・ルブラン |
(2013/02/04 11:57登録) 財宝探しあり、暗号解読ありの、楽しい冒険物語。 高校生探偵イジドール・ボートルレがルパンに対決を挑み、さらにシャーロック・ホームズやガニマール警部がそれに絡んでくる構図となっている。歴史的背景があって、重厚感もある。 これらの冒険要素、図式は少年ごころをくすぐること必定です。しかもラストは、なんとも劇的です。 ルパンは盗賊に徹した描かれ方になっているが人間味あふれるところもあり、読んでいて気持ちがいい。ルパンを追うイジドールの執念にも惹かれます。ホームズの扱い方のひどさには笑えましたけどね。 残念なのは、これだけ楽しめる材料がそろっているのに、まとまり感に欠けること。ストーリー・テリングの問題か、あるいは翻訳によるものか、それとも詰め込みすぎなのでしょうか。大作のわりには短すぎるようにも思います。 もしかして子どものころ読んでいたのでは、と思いましたが、ストーリーに微塵の記憶もありません。やはりルパンとの縁はなかったようです。 |
No.335 | 5点 | 町長選挙 奥田英朗 |
(2013/01/29 10:25登録) 「オーナー」「アンポンマン」「カリスマ稼業」「町長選挙」の4編を所収。 お笑い度、ミステリー性はいつものとおりで、安定感がある。伊良部の性格もあいかわらずだが、ちょっと路線が変わったかなという気がした。 表題作以外の3編はみな有名人(当時の時の人)がモデル。しかも、そのことがすぐわかるような仕掛けになっている。そして、もちろん皮肉もたっぷり。これが楽しい。ただ、週刊誌かワイドショーのネタのようにも思えて、安っぽくも感じられた。タイムリーに読めば、それを超越してもっと楽しめたのかもしれないが。 表題作はテーマを広げすぎの感あり(そもそもテーマなんてあったのか?)。笑えるけど涙が出るほどではないし、ちょっと苦しい。ラストの締めはこれしかないだろうが、物足りない。このへんで打ち止めということでしょう。 |
No.334 | 5点 | このミステリーがすごい!2013年版 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 |
(2013/01/23 10:02登録) なんといっても、国内堂々1位の「64」の作者・横山秀夫のインタヴューがいちばん。 この記事を読むと、横山氏自身にも長編に対する苦手意識があるのがよくわかります。長期間にわたって中断しながら、書き直ししながら書き続け、その間に病気にもなったとのこと。かなりの苦労があったようです。 早く読みたい気もしますが、「半落ち」ショックがいまだに残っているので、もう少し待ってみます。たんに文庫化を待っているだけともいえますが(笑)。 それと横山氏についてあらためて認識したことは、横山氏が本格ミステリー作家であったこと。 組織モノ、警察モノのちょっと毛色の変わった短編が多いので、本格ミステリーというより、ミステリー味を効かせた変格企業小説のイメージが強かったが、あのプロットの妙味は、やはり本格だからこそという感じですよね。「第三の時効」とか、「臨場」とかね。 警察小説のもう一人の雄である今野敏氏作品も、久々のランク入りを果たしてほしいですね。ただ、この人の作品はミステリー味が低めなのが玉に瑕なんですが。 ランキングのその他については、解説を読みながら、こういうのもあるんだなぁ、読みたいなぁと一瞬思うだけで、そんな思いは長くはつづきません。「64」だけが例外です。 内外を通じてランキング内で唯一読んだのが、原田マハの「楽園のカンヴァス」。これは良かった。 |
No.333 | 6点 | シャーロック・ホームズの回想 アーサー・コナン・ドイル |
(2013/01/17 11:31登録) 新潮文庫の「思い出」を読みました。 ミステリー的に評価が劣るのは理解できますが、おどろおどろしさもあれば、子ども心をくすぐるものもあり、物語の雰囲気は「冒険」と変わらないか、案外上なのかもしれません。ホームズ物らしい作品集といえます。 個別には、ホームズが意外な役回りを演じる「黄色い顔」(これがベスト)や、わくわくドキドキの「マスグレーブ家の儀式」、ミステリー的にまずまずな出来の「海軍条約文書事件」が好みです。二番煎じだけど「株式仲買店員」も悪くはありません。「最後の事件」はいかにもジュブナイル的だけど、味わい深くて、心に残ります。 最後まで読めば、著名で評判のいい「白銀号事件」は普通の謎解きミステリーっぽく見えてしまい、個人的にはむしろ蚊帳の外といった感じになりました。 二編に登場する、卓越した推理力の兄・マイクロフト。活字では初めてだから、「マイクロソフト」と読み違えてしまうんですよね(笑)。 |
No.332 | 6点 | 果つる底なき 池井戸潤 |
(2013/01/07 11:01登録) 銀行マンの一人称で描いた社会派ハードボイルド作品。 主人公は大手・二都銀行の融資課の課長代理・伊木。同僚の変死事件の謎を、銀行内の異端児で一匹狼的な存在である伊木が銀行の内幕を暴きながら解明してゆく。もちろん、伊木自身はハードボイルド小説の主人公らしく、身の危険にも曝される。 読み出して数十ページぐらいは、銀行が舞台なのに経済小説や社会派ミステリーを読んでいる感じがまったくせず、その違和感に、疑問を抱くよりも、ただただ上手いなぁと感心していました。従来の銀行マンのイメージを変えて登場させたところは安っぽい発想のようにも感じられましたが、ついつい乗せられてしまいました。 でも、銀行出身の作家としてぜひ描きたかったのか、じょじょに社会派要素が頭をもたげてきます。そうなると、ハードボイルドはおまけみたいに思えて、不釣合い、不自然な印象が強くなってきます。 それに謎解きミステリーとしても安直な気がしました。せっかく伏線として使えそうな人物、事象を描写しているのにもったいないように思えました。殺人手段も面白いのにねぇ。 ということで、ミステリーとしてはボーダーぎりぎり。アイデアはいいので、ちょっと甘めだけど点数はこんなところでしょう。 |
No.331 | 7点 | Zの悲劇 エラリイ・クイーン |
(2012/12/27 09:40登録) 上院議員殺しの容疑のかかった老人ダウの嫌疑を晴らすべく真相解明に挑む、サム元警視の娘ペイシェンス。そしてその手助けをするのが、元舞台俳優のドルリー・レーン氏です。手助けというより、途中で主役は交替します。 レーンが最後に見せる推理はお見事です。シンプルでわかりやすく、それでいて一分のすきもない。まさに芸術品ですね。しかも物語的にもおもしろいし、小道具の使い方もうまい。 やや小ぶりで外連味のなさは感じられますが、X、Yより劣るということは決してありません。合作とはいえ、これほど完成度の高い推理小説をたてつづけに書けるものかとあらためて驚かされます。 本書は初読ですが、既読のX、Yにくらべれば現代風な印象を受けました。Yから10年後という時代設定によるものなのでしょうか。レギュラー登場人物もそれなりに年を重ねたという感じがします。そのあたりの不自然さのない物語設定も評価できる点です。 物語設定を考えれば、このシリーズのように、シリーズ物は3,4作が現実感があって妥当なのかなという気がします。 |
No.330 | 8点 | 楽園のカンヴァス 原田マハ |
(2012/12/15 13:30登録) 山本周五郎賞受賞作。 アンリ・ルソーの幻の絵画「夢をみた」の真贋を巡る、男女研究家による7日間の鑑定対決を描いたアート・ミステリー。 (以下、ネタバレ気味な書き方をしています) 謀略が絡み、さらには驚愕の事実が待ち受けている。単純なせいか、こういうのには弱い。 構成は現在、過去、ルソーの物語と、3層構造になっている。中心となる過去の話は、スリリングな展開で、興奮したし、その作中のルソーの物語にはピカソが登場してきて、これもなかなか面白い。 驚愕は2つ。1つ目はカンヴァスに関することで、中盤に匂わせてきた。絵画の世界を知らない者には驚きだが、専門家なら想像できるのかも。でも、これは空振り。2つ目は鑑定の依頼者に関すること。へぇ~という感じだった。 驚愕を含め後半のストーリーは抜群。せわしなく読み急いでしまった。「情熱」を感じた。 人物については、主人公ティムの揺れ動く心の描写がよかった。それにくらべ織絵の人物像がややぼやけ気味だが、これはこれでいい。作者自身の投影なのかな。 作者の原田マハは、小説にも登場するニューヨーク近代美術館に勤務していたキュレーターでもある。経験をフルに生かして書いた作品ということだろう。 ルソーといえば哲学者のルソーがまず思い浮かぶが、表紙の絵を見て、この作品を描いた画家なんだ、そういえばそんな名前の画家がいた、と改めて納得。私の知識はそのぐらいだが、ネットで作品を眺めているうちに、悪くない、当時ならモダンアートという位置づけだったのかもしれないが、現代アートにくらべれば断然いい、と思えてきた。 |
No.329 | 6点 | 黄色い部屋の謎 ガストン・ルルー |
(2012/12/06 14:49登録) スタンガースン嬢を襲ったのは誰か、そして犯行があったとされる密室の謎は? また、この冒頭の謎と、後半の事件との関係は? 密室の謎はさほどでもない。犯人は意外だけど、ピンとくる読者は多いはず。プロットもどうってことなし。真相(動機)もありがち。 (まあ、今読めばってことですけどね) それに、文章中に《 》と、傍点があまりにも多い。傍点が多すぎるのはミステリーとしては邪道。ヒントも伏線もあったもんじゃない。 なら、どうしてこんなに注目されたのか?乱歩の評価が高かったからか? 東西ベストミステリーベスト100で上位(今回は少し落ちたが)なのも意外。 現代の作品とくらべると、評価は中の下といったところだろうし、密室ものの古典的価値という意味でも、「ビッグ・ボウの殺人」のほうが上だと思います。ただ、ルールタビーユのキャラや、物語の雰囲気は上等です。 それに、ミステリーのスタイルとして褒められるかどうかは別にして、探偵が陰で行動するところなんか、その後のミステリーに影響を与えたのではという気がします。とても懐かしい感じがしました。 |
No.328 | 6点 | 我らが隣人の犯罪 宮部みゆき |
(2012/11/27 13:14登録) 初期の本格ミステリ短編集。 日常の謎あり、子ども向けあり、社会派風のものあり、ほろっとさせるものあり、もちろん殺人を扱ったものもあります。この作品集を読めば、この作者が常にいろんなアイデアを持ち合わせていることを想像できます。 どれがいい、どれが悪いということはありませんし、平均的に、子どもからお年寄りまで、初心者もベテランも、男女を問わず、ミステリー好きなら誰でも楽しめるように思います。 ところで、「祝・殺人」の真相の背景にある例のアレは、たぶん、書かれた当時は国内ではまだ実用化というほどではなかったはずですし、それによる本作のような怖~い犯罪も当然に知られていませんでしたが、それをテーマにするなんて、やはり社会派ミステリー作家としての素養は当時としてもピカイチだったのですね。 ただこの作品には、もう一捻りあったほうがよかったのではと思います。 |
No.327 | 7点 | 傍聞き(かたえぎき) 長岡弘樹 |
(2012/11/21 11:26登録) 切れ味のするどさを感じる作品集です。 前の方が指摘されているように、横山秀夫の二番煎じのようにも思われますが、むしろするどさでは上を行くのでは? 地の文も会話文も歯切れが良いというか、いや悪すぎるのかな?文章を削ぎ落としてスリムにしてあります(そのわりにヒントは惜しげもなく教示してありますが)。読んでいて何のことかわからなくなることがあり、後であっそうかというようなことも多い。そんな文章に急かされてしまいます。 この語り口はたしかにうまいが、これをずっと続けると次第に飽きられるでしょう。国内には似たような短編の名手が多くいますから。だから、いろいろと手を変え品を変え多くの作品を書いて、そしていつかは直木賞を獲れるようがんばってほしいですね、横山氏の代わりに。 「迷走」・・・話は出来すぎ。でも著者の術中に見事にはまってしまった。 「傍聞き」・・・途中で傍聞きの効果をばらしてあるので、それをもとにオチを必死に考えた。的中はしなかったが外れでもなかった。 「899」・・・主人公の視点で、2人にスポットを当てている。これがミソ。うまいなぁ。でも、それほどミステリー的効果はなかったような気がする。 「迷い箱」・・・捨てるに捨てられないものって何なのか?いい話、というよりも、ちょっとつらい。 みな作りすぎの感じはするが、ラストが心地よいから許せます。ミステリー的に見ると、ヒントや伏線が十分に開示してあるのにサプライズが大きいのは評価できる点です。 「傍聞き」が一番。次点が「迷い箱」。他も悪くない。でも話はすぐにも忘れてしまいそう。 評価は1週間ほど頭の中で寝かせたあとにしました。その結果、7点ですが、1ヶ月後に5点になってるかもしれません(笑)。そんな可能性もある作品集です。 |
No.326 | 6点 | 疑惑 松本清張 |
(2012/11/14 10:20登録) 「疑惑」と「不運な名前」の2編を所収。 「疑惑」・・・自動車転落事故は鬼塚球磨子(鬼クマ)による保険金殺人なのか、それとも事故か、あるいは他の真相が隠されているのか? 前半は秋谷記者と原山弁護士とによる鬼クマの描写が面白く、後半は後任の国選弁護人・佐原による真相究明までの流れがよい。けっこう読み応えがあります。 トリックは比較的簡易に暴かれます。そのあたりは100ページ程度の中編だから仕方がないでしょう。 この小説の注目すべき点はやはり最後の章、最後の数行です。恐怖小説と云っていいでしょう。 たびたび映像化され、直近では先日、常盤貴子主演のテレビドラマが放映されましたが、ラストを含め、かなり脚色されていました(でもドラマも楽しめました)。 おそらく、その他の映像ものもラストが変えてあると思います。 「不運な名前」・・・獄中で死を遂げた熊坂長庵が起こしたとされる、明治時代に起きた実際の事件・藤田組贋札事件の謎を解くという歴史ミステリーです。 資料館で偶然出会った、ルポライターの安田と、元学校校長の伊田と、謎の女性・神尾とがそれぞれの知識を開示しながら真相を解き明かそうとしていくのが物語のスタイルです。 推理する時代も対象も地味、ミステリーとしてももちろん地味。でも、地味は地味ながらも歴史的事実の精緻な描写には、わずかに心躍らされました。 こちらも中編ながら、読み応えがありました。 ジャンルとしては、表題作は本格、ホラー、サスペンスなどの要素あり、「不運な名前」は歴史ミステリー。 平均すると社会派(笑)。いやぁ、全くちがうな。 2編とも個性があるから、安易に本格にはしたくない。表題作を対象とするか? それぞれは分類できるし、そもそも中編だから、短編集(分類不能)というのもおかしい。 こういうのはジャンル設定がむつかしい! |
No.325 | 7点 | 石のささやき トマス・H・クック |
(2012/11/14 09:30登録) 主人公ディヴィッドの姉であるダイアナの息子・ジェイソンの死の真相は? ジェイソンの死後、ダイアナの行動の意味は? 主人公の父親とダイアナの関係は? ダイアナの夫・マークはどのように絡んでいるのか? 一人称と二人称の語りが交互に並列して進む物語構成の意味は? ディヴィッドの役回りは?この語りは信じるに足るのか? 細かな謎は多くありますが、事件そのものの顛末は想定どおりというか、大きな驚きはありませんでした。むしろ、ある○○○が物語の根幹へどのように関わっているのかが、この小説のミステリーとしての真の面白さだと思います。その○○○については少し知識があるだけに、事件の真相にどのようにリンクしていくのか興味がありましたが、実はこういうことだったのですね。知識があるわりには気付くのが遅かった。 これについて解説の池上冬樹氏は、最後の一行が必要だったのかと疑問に思っているようです。たしかにこの一行がなくても読者に伝わるとは思いますが、作者はとどめをさすために、俗っぽく攻めたかったのでしょうか。 解説によれば、前作の「緋色の迷宮」も同じ語りのスタイル(一人称と二人称)だそうです。今作は○○○との関係からこうしたのだと思いますが、前作はどうなんでしょうか。こういうスタイルの小説の経験が少ないので、容易には想像できません。 池上氏は本書の解説でもネットサイト等でも、文学性ゆたかなクック作品を絶賛しています。文学素養のないわが身にはやや重すぎる感はありましたが、ミステリーとしては上等の部類だと思います。 |
No.324 | 6点 | 動機は問わない 藤田宜永 |
(2012/10/27 13:57登録) 私立探偵・相良治郎シリーズ連作短編。 家出人捜索、素行調査、浮気調査などをきっかけに、たいてい殺人が絡んでくる。そんな話が6編、収録されている。 手がかりらしいものを少しずつ見つけながら、最終的には、それらの手がかりに加えて、相良がちょっとした気付きで犯人や真相に到達する。ミステリー的にはみな似たようなパターンといえる。犯人当て要素はあるが、それよりもむしろ、全作、愛憎がらみなので、人間の感情がからみあった人間くさいミステリーを楽しめる。 主人公の相良は、かなりキャラクタを抑えた感がある。元暴力団組長の息子という設定だが、凄みを利かせる場面もなく、気取った科白を吐くこともなく、人物的にはごくごく普通。 ホームズのような強力なキャラではなく、スペンサーのような健康的な探偵でもない。もちろん、御手洗潔みたいなやつでもないし、マーロウでもない。原りょうの沢崎ともちょっとちがう。 短編ミステリーとして、ホームズ短編、有栖川・カー・ホック等の本格短編、北森等の安楽椅子系短編、横山・連城等の変格短編、阿刀田等の奇妙な味系短編、高村薫の「地を這う虫」系短編のどれに似ているかというと、探偵が登場しない奇妙な味系とは絶対にちがうし、「地を這う虫」系とは雰囲気は似ているがやはりちがう。本格モノや安楽椅子系のように解決に論理性があるわけでもなく、変格のようにあっと驚かすような要素もない。ということは、キャラは抑えてあるが短編ミステリー的には結局、ホームズ物に近いのかな? このサイトではあまり読まれていない作家さんですが、気に入ったので、ちょっと紹介してみました。自分が読んだ数少ない小説との比較で、かなりメチャクチャな分析かもしれません。 なお、長編には、哀愁のパリを舞台にしたノワール調の鈴切信吾シリーズや、冒険物の大長編・鋼鉄の騎士などがあります。いまは恋愛小説の書き手となっています。 インターネットで著者の画像を検索すると、林真理子さんとのツーショット画像が見られます。同じ「真理子」でも奥さんとはずいぶんちがいますね(笑)。 |
No.323 | 5点 | 第三水曜日の情事 小池真理子 |
(2012/10/24 09:43登録) 直木賞、日本推理作家協会賞作家の小説デビューの作品。お得意の奇妙な味系・心理サスペンス集で、ショート・ショート20篇が収録してある。 ラストには意外なオチが用意されているが、予想できるものも半分ぐらいはある。 全編みな、アメリカが舞台で、登場人物も現地人という目新しさがあり、読みやすさあり、意外性ありで、ほどほどの満足感は得られる。ただ男女絡みの暗鬱なものばかりなので、続けて読むには20篇(200ページ)ぐらいが限界だろう。いやな気分にこそならなかったが、やはりたまに読むのがいいでしょう。 全篇、きっちり10ページにまとめてオチをつけたところは評価できる点です。 |
No.322 | 6点 | 機械探偵クリク・ロボット カミ |
(2012/10/20 14:34登録) 著者は正しくは、ピエール・ルイ・アドリアン・シャルル・アンリ・カミ(1884-1958)。ホームズ時代のフランスのユーモア・ミステリー作家です。 本の裏表紙の解説を見ると、「五つの館の謎」「パンテオンの誘拐事件」の二大巨篇を一挙収録とある。あとで読めば、この文章自体にも笑えます。というぐらい本篇は大爆笑ものなのです。10点満点に匹敵するほど、印象に残る作品でした。 クリク・ロボットはアルキメデス博士の発明品で、クリクには眼窩式カメラ、鼓膜式録音マイクなどのアホらしい道具が搭載されています。ネーミングがドラえもんのひみつ道具みたいで、日本人にも親しみやすいのでは。 それに挿絵がなんとも味わい深い。これだけでも評価できます。ちょっと読み返すときなんかは重宝しますしね。 話そのものは2篇とも、クリクが吐きだす暗号文が事件を解く手がかりになります。この暗号文をもとに解決に至ります。なお暗号文は日本向けにアレンジしてあり、これももちろんお笑い謎解きです。 日本語の多くの駄洒落も登場しますが、翻訳者の高野優さん、ほんとうにご苦労さまです。 それにしても、『五つの館の謎』の、「庭に一発の銃声が鳴り響き・・・額にナイフの突き刺さった男が倒れた」という第一章で提起される謎はなんとも魅力的ですね。クリクとアルキメデス博士は、この謎をいかに解明するのでしょうか? |
No.321 | 5点 | パーカー・パイン登場 アガサ・クリスティー |
(2012/10/16 09:51登録) 前半6編は、パインが複数の部下を使って事件を解決する話です。いや事件というほどではなく、対象は個人のちょっとした悩みばかり。まあ、悩み相談室ってところでしょう。 その程度のことで、スタッフを使って一芝居打つ必要があるのだろうか、と言ってしまうと身も蓋もありません。そのへんはご愛嬌です。そういった軽いノリのシリーズです。この前半は、皆さんがそうであるように人気があるようです。 後半6編は事件が絡んできて、お手軽な短編推理小説として楽しめます。 前半と後半でどちらがいいか。いずれも意外な結末があり平均的に楽しめるので、結局は好みによると思いますが、クリスティーの意外性を見出したいならなら前半、あくまでもミステリーをというなら後半でしょう。 個人的にはやはり後半のほうが好きで、なかでも「高価な真珠」「デルファイの神託」がよかったですね。 クリスティーは、どろどろの愛憎が背景にある殺人を扱ったものこそが真骨頂だと思っています。でもそのドロドロ感は軽い文章によって重苦しさはなくなっています。そのやや軽くなった愛憎話と、ミステリー要素(トリック)とがほどよくまざりあって調和し、互いに引き立てあうところがクリスティーの魅力だと思います。 本書は、そもそもが軽い話なので、前半はもちろん後半でさえもそんな魅力は薄めですが、クリスティの多彩ぶりは間違いなく確認できると思います。 |