home

ミステリの祭典

login
陽だまりの偽り

作家 長岡弘樹
出版日2005年07月
平均点6.83点
書評数6人

No.6 6点 ミステリーオタク
(2023/02/28 22:48登録)
 以前からその名前はチラホラ見聞きしていたこの作者の作品を初めて手に取ってみた。まずは比較的評価が高い本短編集を。

《陽だまりの偽り》
 これは楽しい。こんなに読みやすくて、いろいろな事が起こる短編はなかなかない。ミステリもしっかり入っているし。
 サブタイトルをつけるとしたら「必死に痴呆症を隠そうとする自称名士の長ーい1日」といったところだろうか。でも、この時代には既に「認知症」という病名が世間一般に十分浸透していたと思うが。

《淡い青の中に》
 これも読みやすくて、それなりに面白いが、結局・・・どうなるのか。まぁ、それは野暮というものか。

《プレイヤー》
 なるほど・・・こういう話も書くのか。
 個人的には本作のミステリ要素、引いては言葉遊びにも「ふ~ん」を越える感想は湧いてこなかった。

《写心》
 誘拐を舞台にした心理ミステリとも言えるかもしれないが、さすがに無理があると思う。人間関係の濃度が違いすぎる。また、第2話同様、で、どうなる?っつうシメ。

《重い扉が》
 ネタ自体は先例があるが、「絆」をテーマにした、この作者らしいストーリーに作り上げている。
 でも「この状態」ではこうはならないと思う。


 以上5編、全て非常にソフトで読みやすい文体で綴られていて、幅広い読者層におすすめできる短編集。

No.5 7点 メルカトル
(2016/08/06 22:20登録)
これこそ良作揃いの短編集だと思う。スケールの大きさはないが、それぞれの主人公の心の揺れが手に取るように分かり、気の利いたささやかな反転も味わえる。
ただ、あまりにあからさまな伏線がいくつか見られ、ミエミエの展開は少々うざかったりもした。でも、丁寧な文章と救いのあるオチは心温まる印象が残る。
また、この作者は様々なハンディを背負った人物を描くのが上手いようで、憐れみを誘うのではなく、ありのままを付かず離れず描写することにより、逆に読者の関心をとらえて離さない魅力を控えめに主張しているように思う。

No.4 8点 Tetchy
(2016/07/24 12:02登録)
今や『このミス』の常連となりつつあるミステリ作家長岡弘樹。彼のデビュー作は読者の町にもいるであろう人々が出くわした事件、もしくは事件とも呼べない出来事をテーマにした日常の謎系ミステリの宝箱である。

物忘れがひどくなった老人が必死にそれを隠そうとする。
自身のキャリアを高めるために必死に働くがために一人息子を問題児にしてしまったキャリアウーマン。
卒なく業務をこなし、出世の道を順調に上がろうとする公務員。
同僚にケガをさせたことで自責の念から職を辞し、実家の写真屋を受け継ぐが資金難に四苦八苦する元報道カメラマン。
ある事件から息子との関係が悪くなった荒物屋の店主。

全て特別な人たちではなく、我々が町ですれ違い、また見かける市井の人々である。そしてそんな人たちでも大なり小なり問題を抱えており、それぞれに隠された事件や出来事があるのだ。
これら事件や出来事を通じてお互いが抱いていた誤解が氷解するハートウォーミングな話を主にしたのがこれらの短編集。中に「プレイヤー」のような思わぬ悪意に気付かされる毒のある話もあるが。

人は大人になるにつれ、なかなか本心を話さなくなる。むしろ思いをそのまま口にすることが大人げないと誹りを受けたりもするようになり、次第に口数が少なくなり、相手の表情や行動から推測するようになってくる。そしてそれが誤解を生むのだ。実はなんとも思っていないのに一方では嫌われているのではと勘違いしたり、良かれと思ってやったことが迷惑だと思われたり。逆に本心を正直に云えなくなっていることで大人は子供時代よりも退化しているかもしれない。
作者長岡弘樹はそんな物云わぬ人々に自然発生する確執を汲み取り、ミステリに仕立て上げる。恐らくはこの中の作品に自分や身の回りの人々に当て嵌まるシチュエーションがある読者もいるのではないだろうか。

しかしこのような作品を読むと我々は実に詰まらないことに悩んで自滅しているのだなと思う。ちょっと一息ついて考えれば、そこまで固執する必要がないのに、なぜかこだわりを捨てきれずに走ってしまう。歪みを直そうとして無理をするがゆえにさらに歪んでしまい、状況を悪化させる。他人から見れば大したことのないことを実に大きく考える。本書にはそんな人生喜劇のようなミステリが収められている。

全5作の水準は実に高い。正直ベストは選べない。どれもが意外性に富み、そして登場人物たちの意外な真意に気付かされた。実に無駄のない洗練された文体に物語運び。デビュー作にして高水準。今これほど評価されているのもあながち偽りではない。これからも読んでいこう。

No.3 7点
(2013/04/11 13:18登録)
スリリングな展開に胸踊らされ、窮地に陥った主人公がどのようにラストに向けて収拾をつけるのか、この作者ならきれいに締めくくるはず、と期待に胸膨らませながら読んだ、「陽だまりの偽り」と「淡い青のなかに」。「淡い青のなかに」はもうひと押しだった。
「プレイヤー」の読み始めでは上記2作と似た印象を抱き、このスリリング感がこの短編集のテーマかとも思っていたが、実はラストでは本格ミステリー的な捻りがあった。
「写心」は、犯罪小説の形態をとっているが、最後はきちんとまとめてある。前3作とは異種の作品だった。
そして最後は、「重い扉が」。この作者的などんでん返しがある。これには驚かされた。しかも心地よい。短編集「傍聞き」に入っていてもおかしくない作品である。
全作、人間の弱さがうまく表現されていた。

「重い扉が」がベスト。「陽だまりの偽り」が次点。
「重い扉が」は短編では個人的に久々のヒット作だった(もちろん「傍聞き」の4編よりも上)。ふだんなら殺人が起こらないミステリーに物足りなさを感じるものだが、これならむしろ殺人がないほうがよい。日常の謎のように甘っちょろくないのもよいし、安楽椅子物のように緊迫感の欠ける展開でないのもよい。

No.2 6点 まさむね
(2012/08/14 15:14登録)
 横山秀夫氏を彷彿とさせる短編集(そういえば,文庫版の解説にも同様の記載がありました)。
 人間の弱さと優しさの織り込み具合は確かに巧いです。多少,オチが見えやすい面もありますが,全作品ともきっちりまとめています。第一作品集としては水準以上であると思いますね。(内容的には好き嫌いがあるかもしれませんが。)
 これが日本推理作家協会賞(短編部門)受賞作の「傍聞き」に繋がって,ブレイクしたのだと思うと,新たな短編の名手と呼ばれるのも,私は素直に首肯できますね。

No.1 7点 E-BANKER
(2012/02/10 23:14登録)
「傍聞き」でプチ・ブレイク(?)した作者の作品集。
作者らしい「味わい」のある作品が並んでます。

①「陽だまりの偽り」=主人公は「自分はアルツハイマーかもしれない」と怯える老人。その事実を認めたくないばかりに、つい生じる出来ごころ・・・。そして、最後に気付くある「思いやり」。いい話です。
②「淡い青のなかに」=夫と別れ1人で育てた息子が不良少年に・・・。そして、巻き込まれる交通事故。職場の管理職としての立場と母親としての立場。こういう急な場面で問われるのが、その人の本質って奴だねぇ。
③「プレイヤー」=主人公はとある市役所の課長。自身のちょっとしたミスからある男性が死亡してしまう。そして、そこから始まる苦悩の日々。確かに、社内の人事ってある意味面白いけどね、そればっか気にしてるとロクなことないよ!
④「写心」=主人公はある事件で会社を辞めた元カメラマン。家業を継いだがうまくいかず、追い込まれた男が選択した道は幼児誘拐。だが、幼児の母親との交渉の中で、自身を取り戻していく・・・。
⑤「重い扉が」=主人公の息子が巻き込まれた暴力事件。息子に負い目のある主人公の男性が真相を知ったとき取った行動に人間の「弱さ」を感じる。でもこの息子はエライ。

以上5編。
全て独立した作品ではあるが、人間の「保身」というものを共通のテーマとして感じた。
何か自分にとって都合の悪い事件に巻き込まれたとき、人間としてどのような行動をとるべきなのか。これが、作者が本作で言いたかったことなのだろう。
でも、何か分かる気もするなぁ。大人になればなるほど、肩書や立場が上がれば上がるほど、人間ってやつは自分がかわいくなってしまうものだろう。
そういう意味では、ついつい自分を本編の主人公に重ねながら読んでしまってました。

さすが、新たに誕生した「短編の名手」に相応しい作品だと思います。ラストで「ホッ」とさせられるのもいい。
個人的には「傍聞き」よりも上という評価。
(全て水準以上だと思うが、敢えていえば⑤が好みかな)

6レコード表示中です 書評