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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2812件

プロフィール| 書評

No.1672 6点 十二人の評決
レイモンド・ポストゲート
(2016/09/04 09:41登録)
(ネタバレなしです) 「新本格派」の一人として江戸川乱歩が高く評価した英国のレイモンド・ポストゲート(1896-1971)はジャーナリスト、政治経済評論家など多彩な顔を持っていた人で、あのコール夫妻(といっても日本での知名度は低いですが)の夫人であるマーガレット・コールの弟でもあります。ミステリー作品はホリー警部の登場する作品を3冊書いたのみですがその第1作である1940年出版の本書はプロット構成のユニークさが印象に残ります。第一部で個性的な陪審員が次々に紹介されます。前半に登場する人たちがかなり詳細に描かれる一方で後半では十把一絡げ的な紹介に留まってしまう人たちもいます。第二部では事件に至るまでの経過がサスペンス豊かに描かれ、いよいよ審議の第三部へ突入です。ここでは陪審員の心の動きをメーターで表示するアイデアが珍しいですが演出効果としては微妙です。名探偵役が推理で真相を明快に説明してすっきり締め括るという伝統的な本格派推理小説とは異なっているところが(ホリー警部も脇役です)評価の分かれ目になりそうです。法廷ミステリーとのジャンルミックス型として同時代に書かれたパーシヴァル・ワイルドの「検死審問」(1939年)や「検視審問ふたたび」(1942年)と読み比べるのも一興かもしれません。


No.1671 5点 ソルトマーシュの殺人
グラディス・ミッチェル
(2016/09/04 01:20登録)
(ネタバレなしです) 1932年発表のミセス・ブラッドリーシリーズ第4作の本格派推理小説で、ミセス・ブラッドリーが哄笑する場面が随所にあるものの読者も一緒に笑えるかは微妙だと思います(私のユーモアセンス不足もありますけど)。初期作品だけあってプロットが(作者の計算通りかもしれませんが)ちぐはぐで、他の事件をハイライトしていながらまるでおまけのように実は殺人が起きていましたというのには面食らった読者も少なくないでしょう。謎解きは結構しっかりしているのですがこの読みにくさに慣れないと読者は推理どころではないかもしれません。結末の一行がなかなか衝撃的です。


No.1670 7点 ブラウン神父の知恵
G・K・チェスタトン
(2016/09/04 01:09登録)
(ネタバレなしです) 1914年に12作を収めて出版されたブラウン神父シリーズ第2短編集の本書は印象的なトリックという点では第1短編集「ブラウン神父の童心」(1911年)にやや見劣りするものの、奇想天外なプロットという点ではひけを取りません。個人的なイチ推しは「ペンドラゴン一族の滅亡」です。語り口が難解なのが玉に瑕ですが非常にスケールの大きい物語で、映像化したらさぞ見映えがするでしょう。「泥棒天国」も相当奇抜な大仕掛けが用意されています。あとは「グラス氏の失踪」が生真面目に推理しているが故に結末のユーモラスぶりとの落差がかなりのものです。


No.1669 6点 八点鐘
モーリス・ルブラン
(2016/09/03 02:52登録)
(ネタバレなしです) フランスのモーリス・ルブラン(1864-1941)は怪盗アルセーヌ・ルパンシリーズの生みの親といえばそれだけで十分な紹介になるでしょう。その作風は冒険ロマン小説に属しますが中には本格派推理小説として通用する作品もあり、1923年発表の連作短編集である本書はその代表とされています。主人公のレニーヌ公爵は盗みの類を一切せずに探偵役に徹しています(「まえがき」ではルパンと同一人物かどうか明言を避けていますが)。本格派といっても謎解きの手掛かりが解決前に読者に提示されていないので読者が推理に参加する余地はほとんどありません。トリックメーカーとしてのルブランをよく示した作品が収められており、特に「テレーズとジェルメーヌ」と「雪の上の足跡」ではもはや古典となった有名トリックが使われています。この時代には珍しいシリアルキラー(連続殺人犯)を扱った「斧を持った貴婦人」のサスペンスも秀逸です。


No.1668 5点 気どった死体
サイモン・ブレット
(2016/09/03 02:37登録)
(ネタバレなしです) 1986年発表のミセス・パージェーターシリーズの第1作です。何となくクリスティーのミス・マープルを彷彿させるような登場の仕方をしていますが中盤あたりからその探偵活動は行動型になり(しかもかなり大胆)、むしろD・B・オルセンの探偵レイチェル・マードックの方に近いかも。もっとも特殊技術を駆使した捜査に加えて彼女をサポートする仲間(元プロ?)の存在と、いくらフィクションの世界とはいえ好都合にもほどがあるとも思えますがそれが気にならなければ結構楽しい読み物です。一応推理もしていますが解決が犯人自滅で終わってしまうのが本格派推理小説としてはやや物足りないです。


No.1667 4点 グラブ街の殺人
ブルース・アレグザンダー
(2016/09/03 02:31登録)
(ネタバレなしです) 1995年発表のサー・ジョン・フィールディング判事シリーズ第2作です。前作の「グッドホープ邸の殺人」(1994年)は犯人当て本格派推理小説でしたが本書はスリラー小説で謎解き要素が後退したのは個人的には残念です。ハヤカワポケットブック版の解説では〇〇人格と△△教団という現代的なテーマと時代ミステリーとの融合を誉めていますが、前者に関してはそれほど効果的ではなかったように思えます。人物描写やストーリーテリングは相変わらず優れており読み易いです。それにしてもサー・ジョンは前作でのショックからの立ち直りが早すぎませんか(笑)?


No.1666 6点 ポアロ登場
アガサ・クリスティー
(2016/09/03 02:10登録)
(ネタバレなしです) クリスティーは長編だけでなく短編もかなりの量を書いています。本書はエルキュール・ポアロシリーズ初期の短編が収められていて、完成度としては粗削りの感は否めませんがいくつかのプロットやトリックは後年の作品に流用されており、彼女のミステリーの原点を感じることができます。英版が1924年に11短編収録されて出版され(創元推理文庫版の「ポワロの事件簿1」が英版)、翌1925年に3短編を追加収録して14作収めた米版が出版されました(ハヤカワ文庫版が米版。私が読んだのはこちら)。収録作品で個人的に気に入っているのは意外性の高い「ダヴンハイム失踪事件」と神秘的な雰囲気と珍しいトリックが印象的な「エジプト王の墳墓の事件」です。


No.1665 5点 甦った女
レジナルド・ヒル
(2016/09/03 01:12登録)
(ネタバレなしです) 1992年発表のダルジールシリーズ第12作の本格派推理小説です。ダルジールの縦横無尽の活躍ぶり(無論どたばた要素もたっぷり)が快調で中盤までは文句なしに楽しめました。今回もダルジールの捜査とパスコーの捜査が交互に描かれていますが、両者が追いかける事件が共通しているためヒルとしてはわかりやすい筋立てで読みやすかったです。しかし政治的な臭いの漂う締めくくりにはすっきりできなくて残念でした。


No.1664 5点 死者のノック
ジョン・ディクスン・カー
(2016/09/02 10:08登録)
(ネタバレなしです) 1958年発表の本書は「疑惑の影」(1949年)以来久しぶりのフェル博士ものです(シリーズ第19作)。アメリカを舞台にした作品なんですがあまりそれらしさは感じられませんでした。英国作家のウィルキー・コリンズが構想したミステリーが謎解き議論で採り上げられているからかもしれません。内容的には密室の謎、図書館での追跡劇のサスペンス、膨れ上がる疑惑など結構盛り沢山です。しかし登場人物に生命感を感じられず全体的には物語としての盛り上がりに欠けているように思います。フェル博士も謎は解くものの最後は情けない役どころを演じているのが気に入りませんし、強引な締め括りもあれで本当に丸く収まるのかすっきりしませんでした。


No.1663 7点 素晴らしき犯罪
クレイグ・ライス
(2016/09/02 09:58登録)
(ネタバレなしです) 1943年発表のマローン弁護士シリーズ第7作は魅力的な謎を多く含んだ本格派推理小説としても十分に楽しめるし、ライスならではの人間ドラマがまたたまりません。愉快などたばた劇としても大変面白いのですがさりげなく哀しみや思いやりも織込まれていて読者の心を揺さぶるのが実に上手いです。極めつけは最終章のマローンの「この二人が幸せならマローンだって幸せなのだ」というモノローグ、他人の幸せを心から喜べるのって本当に素晴らしいですね。感心できるミステリーはいくつもありますが感動できるミステリーはなかなかお目にかかれません。


No.1662 5点 楊貴妃渡来伝説殺人事件
山村正夫
(2016/09/02 09:04登録)
(ネタバレなしです) 当初は「美貌に呪いあれ」というタイトルで1991年に発表された滝連太郎シリーズ第8作です。中国(唐)の楊貴妃が日本へ渡ったという伝説をよく研究した跡が見られます。これだけでは伝奇本格派推理小説の題材としては弱そうですが第5章で呪いのエピソードを追加して不気味な雰囲気を盛り上げています。残念ながら謎解きには不満点が多いです。登場人物が少なくて犯人の見当がつきやすいのは弱点とは思いませんけど、あまりに安直に成立させているトリックがいけません。動機もとってつけたような感じです。本筋とは関係のない、滝と武見香代子の仲が進展したのが楽しめたぐらいでした(随分と唐突な展開でしたけど)。


No.1661 5点 四つの署名
アーサー・コナン・ドイル
(2016/09/02 08:43登録)
(ネタバレなしです) 1890年発表のホームズシリーズ長編第2作です。前作の「緋色の研究」(1888年)より冒険スリラー小説の要素が濃くなっており、死体発見場面での不気味な雰囲気や犯人追跡場面での疾走感などに見事な描写力を発揮しています。一方でロマンスがいやに堅苦しいのもドイルらしいです(笑)。最終章になって(犯人の自白で)物語のテンポに少々ブレーキがかかりますがそこまでは一気呵成に読めました。


No.1660 6点 螺旋階段の闇
エリザベス・ルマーチャンド
(2016/09/02 08:24登録)
(ネタバレなしです) 英国のエリザベス・ルマーチャンド(1906-2000)が教職を引退してから趣味と実益を兼ねてポラード警視を探偵役にしたミステリーを書き始めたのが1967年、既に還暦を過ぎての作家デビューという異例の遅咲き作家ですが1980年代後半まで元気に書き続けたそうです。1976年発表のポラ-ド警視シリーズ第8作の本書は型破りな真相が読者によっては拒否反応が出るかもしれませんが、それ以外の部分は本格派推理小説ならではの捜査と推理がしっかりと描かれていますし人物描写も丁寧です(現場見取り図が添付されているのが嬉しい読者サービス)。ユーモアをまじえたエンディングの後味もよいです。


No.1659 6点 ブラウン神父の秘密
G・K・チェスタトン
(2016/09/01 11:54登録)
(ネタバレなしです) 1927年発表のブラウン神父シリーズ第4短編集で10編の短編を収めていますが冒頭の「ブラウン神父の秘密」と巻末の「フランボウの秘密」は非ミステリー作品で、この連作短編集の導入と締めくくりの役割を果たしています。「飛び魚の歌」のようにトリックとその効果演出を重視した作品もありますが、一番印象に残るのは謎解きは単純ながら真相の影にある悲劇性をたっぷり描いた「マーン城の喪主」でしょう。謎を解くのがミステリーに与えられた課題には違いありませんが罪が明らかになった後に来るのは果たして罰なのか、色々と考えさせる作品です。最後の「フランボウの秘密」でも「秘密は何か」というより「秘密を知ってどうするの?」をチェイス氏に問いかけています。


No.1658 6点 黒後家蜘蛛の会1
アイザック・アシモフ
(2016/09/01 11:33登録)
(ネタバレなしです) 安楽椅子探偵ものである「黒後家蜘蛛の会」シリーズは1971年に最初の作品が書かれてから最晩年まで精力的に書き続けられましたが、一つ一つの作品にあとがきを付けていることからもアシモフ自身は相当気に入っていたようです。博学なアシモフらしく文学や化学や言語学などの知識がないと手も足も出ない謎解きの作品も多くて一般読者が真相を見抜くのは難しいかもしれませんが、何よりもメンバー間で繰り広げられるユーモアとウィットに溢れる会話が実に楽しくて肩の力を抜いて読むことができます(クリスティーの「火曜クラブ」(1932年)を連想させます)。1974年発表の第一短編集である本書はいい出来の謎解きが多くて代表作と言えるでしょう。ダイイングメッセージの解釈に無理のない「指し示す指」、逆転の発想が見事な「贋物(Phony)のPh」、伏線が巧妙な「死角」がお勧めです。有名な「明白な要素」は初読時には意外性に驚きましたが、本書よりずっと前に他作家が同様の仕掛けを使っていたのがわかって今ではその感激が薄れてしまいましたが(笑)。


No.1657 6点 ひとたび人を殺さば
ルース・レンデル
(2016/09/01 10:37登録)
(ネタバレなしです) 1972年発表のウェクスフォードシリーズ第7作はいつものキングズマーカムでなくロンドンを舞台にしています。序盤でのウェクスフォードの描写が休みの時でも仕事を忘れられないサラリーマンみたいで笑ってしまいました。鋭い観察による人間理解力があり、常識人だけど柔軟な発想も持っていて、でも時には拗ねたりしょげたりと人間ウェクスフォードの魅力がよく描けてます。謎解きとしては真相にやや唐突感もあるけれどレンデルお得意の事件の悲劇性はよく描けています。被害者の行動もわがままといえばわがままなんだけど簡単には非難できないですね。


No.1656 5点 毛糸よさらば
ジル・チャーチル
(2016/09/01 09:04登録)
(ネタバレなしです) 1991年発表のジェーン・ジェフリイシリーズ第2作のコージー派の本格派推理小説です。謎解きよりもバザーが大事、探偵より主婦の務めを優先させているところがこのシリーズらしいですね。どんでん返しのある謎解きになっていますが前作「ゴミと罰」(1989年)に比べるとやや推理が粗いように思えます。でもテンポよい物語の運びは相変わらずです。


No.1655 5点 青列車の秘密
アガサ・クリスティー
(2016/09/01 08:58登録)
(ネタバレなしです) 1928年に発表されたポアロシリーズ第5作である本書は資金繰りに苦しんでいたクリスティーが短編を長編に引き伸ばして取り急ぎ出版した作品だそうです。オリジナル短編の方は殺人のみに絞ってコンパクトにまとまっていますが本書の方は「侯爵」と呼ばれる謎の男、ルビーにまつわる陰謀、突然莫大な遺産を相続した女性の物語などを絡めています。しかし空さんのご講評で的確に指摘されているように、整理があまりできておらずクリスティーとしてはごちゃごちゃして読みにくい筋立てになってしまいました。しかし最終章は叙情的で美しいエンディングになっており、これにはしみじみとさせられました。


No.1654 7点 僧正殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2016/08/31 12:10登録)
(ネタバレなしです) 1929年発表のファイロ・ヴァンスシリーズ第4作で前作「グリーン家殺人事件」(1928年)と並ぶ代表作とされる本格派推理小説です。「見立て殺人」の古典としてミステリー史上の重要作品でもありますが、もう一つ特筆すべきは動機でしょう。当時としては異様過ぎる動機だったかもしれませんがむしろ現代の犯罪を知る世代にとってはより理解しやすいのではと思います。もっとも登場人物が物理学者、数学者、科学者など理系が多かったのは私にとっては辛かったです(笑)。


No.1653 5点 タラント氏の事件簿
C・デイリー・キング
(2016/08/31 11:47登録)
(ネタバレなしです) 不可能犯罪の謎を次々に解いていく名探偵トレヴィス・タラントの活躍を描いた本格派推理小説ばかりを8編収めて1935年に発表された短編集です。いづれも説明不可能な状況の現象を伴う事件ばかりで発端の不可思議性という点では文句のつけようもありませんが残念ながら腰砕けの結末の作品が多く、特に「『第四の拷問』」のトリックに至っては唖然とさせられました。世評の高い「釘と鎮魂歌」も謎の演出は見事ですが使われているトリックは(ネタバレ防止のため詳細を書きませんが)当時でも使い古しのトリックで感心できません。まずまずの出来なのはトリックに無理のない「古写本の呪い」あたりでしょうか。なお最後に置かれた「最後の取引」は非ミステリー作品です(絶対最後に読むこと)。ミステリー作品が合理的な解決になっているのに対してこの作品のみ合理的でも論理的でもない理由に基づく結末を迎えているのがとても異色です。空さんのご講評に私も同調します。これはなぜ書かれたのだろう?【追記】その後キングは4作のタラントシリーズ短編を書き、エドワード・D・ホックが2003年にこの4作を追加した全12作の完全版を出版しています。なぜか創元推理文庫版は日本独自編集にこだわってホックの序文を除外したり作品収録順を変えたりしています。この4作の中の「危険なタリスマン」(1951年)が「最後の取引」の後日談の設定なのですが、謎解きに集中するためなのかもしれませんが後日談としては肩透かしな内容でした。

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