nukkamさんの登録情報 | |
---|---|
平均点:5.44点 | 書評数:2814件 |
No.2294 | 5点 | 巨大幽霊マンモス事件 二階堂黎人 |
(2020/09/14 20:55登録) (ネタバレなしです) 2017年発表の二階堂蘭子シリーズ第9作の本格派推理小説です。出来事は1920年の冬から翌年春に開けてのシベリアで起こり、蘭子は安楽椅子探偵よろしく手記と伝聞から謎解きします。ソヴィエト体制下ながらまだまだ反革命勢力も抵抗して内戦状態の中、財宝が隠されていると噂の死の谷へ向かう武装商隊と、彼らを次々に血祭りにあげていく正体不明の「追跡者」との攻防を描いた冒険スリラー色の濃いプロットです。マンモスの正体の半分は蘭子の推理よりも前に明かされますが、そこには本格派の要素が全くありません。推理による謎解きはむしろ消えた足跡の方が印象的でした。部分的にはいいと思えるところもありますが、様々な要素を詰め込み過ぎて純然たる本格派とは言えないのが好き嫌いが分かれそうです。あとフェアプレーをアピールするのはいいけれど「アガサ・クリスティのように、手掛かりも与えずに読者を騙すような卑怯な手は使っていない」と自画自賛したのは勇み足では。クリスティと違う手法でアンフェアなことやっているように思います。個人的にクリスティーは大好きな作家なので私も客観的な意見を書けないのは承知の上ですが、作者にクリスティーを批判する資格はないと思います。 |
No.2293 | 6点 | ヘル・ホローの惨劇 P・A・テイラー |
(2020/09/11 21:25登録) (ネタバレなしです) 1937年発表のアゼイ・メイヨシリーズ第10作の本格派推理小説です。町を挙げてのふるさと祭りを目前にして不穏な出来事が相次ぎ、ついには殺人事件まで起きます。論創社版の巻末解説では高級リゾート地でも世界恐慌(1929年)の影響から免れられないと社会描写を評価していますが深刻になるほどではありません。ユーモア本格派推理小説の本質をきちんと貫いています。世界恐慌の影響ならジル・チャーチルのグレイス&フェイヴァーシリーズの方がもっとしっかり描けています(但しこちらもコージー派なのでユーモアが勝りますが)。犯人捜しをしてはいるのですが、警察がこいつが犯人ではと目星をつけるたびにアゼイが「その人は犯人ではありませんよ」とひっくり返すシーンがたびたびあって、解決に向かっているのかわからなくなるのが本書の個性です。祭りの直接描写はほとんどありませんが賑やかな雰囲気はよく出ており、シャーロット・マクラウドの「蹄鉄ころんだ」(1979年)を彷彿しました。 |
No.2292 | 5点 | 綺譚の島 小島正樹 |
(2020/09/01 21:54登録) (ネタバレなしです) 2012年発表の海老原浩一シリーズ第4作の本格派推理小説です。序盤からまさかの怪現象の数々が提出されますが、海老原は早々とトリックの正体に気づきます。でも説明は終盤で、読者はじらされますけどね。トリックと全体にまたがる謎とを上手くからませていた「龍の寺の晒し首」(2011年)と比べると本書のトリックは散発的で、トリックのためのトリックにしか感じられませんでした。トリックの強引さも鼻につき、緑に光る龍とか鎧武者が海の上をすべるように移動するとか、目撃者の不注意にかなり助けられているように思います。最後には犯罪の影にある醜い人間関係と痛ましい悲劇が浮かび上がるのですが、それまでの海老原のユーモラスで図々しい捜査とはアンマッチに感じました。 |
No.2291 | 5点 | 笑う仏 ヴィンセント・スターレット |
(2020/09/01 21:36登録) (ネタバレなしです) ヴィンセント・スターレット(1886-1974)はカナダ出身ですが幼少時に米国へ移住して米国で定住しています。小説家としては長編は10作にも満たず、短編作家として評価されているようです。シャーロキアンとしても大変有名で、世界初のホームズ研究書とされる「シャーロック・ホームズの私生活」(1933年)を書いたりホームズ愛好団体の「ベイカー・ストリート・イレギュラーズ」の創設メンバーの1人だったそうです。1937年発表の本書(論創社版は1946年改訂版のようです)は日中戦争勃発前の中国を舞台にした本格派推理小説です。戦争危機の緊迫感はそれほど強くありませんが、この時代の中国に国外からビジネス客だけでなく観光客も集まっていたというのは意外でした。ナチス政権下のドイツを舞台にしたダーウィン・L・ティーレットの「おしゃべり雀の殺人」(1934年)と読み比べるのも一考かもしれません。舞台が建物の一部を裕福な外国人に貸している中国寺院というのもこだわりを感じます(見取り図が欲しかったですが)。第一の事件が意外と早く解決されるなど本格派としてはやや型破りで、「笑う仏」のような怪人物の正体には失望を感じるところもありましたが、異国描写と時代性描写という点で貴重な作品には違いありません。 |
No.2290 | 5点 | 帰去来殺人事件 山田風太郎 |
(2020/09/01 21:03登録) (ネタバレなしです) 山田風太郎(1922-2001)のシリーズ探偵ミステリーでは一番有名と思われるのが酔いどれ医師の荊木歓喜シリーズでしょう。もっとも長編は「十三角関係」(1956年)の1作のみ、中短編も8作のみですが(もう1作、高木彬光との共作で高木の名探偵・神津恭介と共演する「悪霊の群」(1955年)があります)。1949年から1954年にかけて発表された短編をまとめた短編集は「落日殺人事件」(1958年)が最初ですが7作しか収めていません。「怪盗七面相」(1952年)という短編が、山田を含む6人の作家が怪盗と自作の探偵を対決させる連作短編の1つだったのが理由のようです。全8作を収めた完全版の短編集は1996年と遅い出版でした。現代では差別用語として使用不可と思われる単語が随所に散りばめられ、あまりにも通俗的なので読者を選ぶでしょうがチェスタトンも顔負けの奇想天外なトリックには思わず唸らされます。中編「帰去来殺人事件」(1951年)のまさかのトリックもインパクト大ですし、「落日殺人事件」(1954年)では新本格派の某作家の某作品で高い評価を得ていたトリックを先取りしていることに驚きました(もっとも本書を読んだその後に、某米国作家の1930年代の作品で既にこのトリックが使われているのに気がつくことになるのですが)。 |
No.2289 | 5点 | 忘られぬ死 アガサ・クリスティー |
(2020/08/26 20:48登録) (ネタバレなしです) 1945年発表のシリーズ探偵の登場しない本格派推理小説です。本を手に取るまでずっと日本語タイトルを「忘れられぬ死」だと思い込んでいたのは私だけ(恥)?1930年代に書かれたシリーズ探偵が活躍する短編を長編化したものですが、事件の大枠は同じながら細かいところで変更があって単なる焼き直しではありません。序盤は第一の事件(警察は自殺として処理)が起きた後の関係者たちの内心描写で占められます。もちろんこの段階で誰が犯人なのかはわからないようにしています。第一の事件と同じような状況下で第二の事件が起きるのでさすがに第一の事件も殺人だろうという展開です。エルキュール・ポアロシリーズの「ひらいたトランプ」(1936年)や「ナイルに死す」(1937年)で脇役だったレイス大佐が登場しますが本書でも主役探偵ではなく、他の探偵役とのチームプレーです。といっても例えばヒロイン役と思われるアイリスも案外と地味な扱いで、物語を引っ張る主役が不在に感じます。地味なプロットながら大胆な仕掛けを織り込んでいるのが印象的です。ただこの仕掛けは好き嫌いが分かれるかもしれません。 |
No.2288 | 5点 | 立待岬の鷗が見ていた 平石貴樹 |
(2020/08/24 21:47登録) (ネタバレなしです) 2020年発表の函館物語シリーズ第2作の本格派推理小説です。シリーズ前作の「潮首岬に郭公の鳴く」(2019年)の作中時代は2016年ですが、本書ではそれより前の2013年に起きた未解決事件の謎解きに挑戦します。三つの事件が紹介されるのですが三番目の事件は轢き逃げ殺人で、目撃者情報により轢き逃げ犯が逮捕されて自供までしているので未解決かというと微妙ですが(被害者が第二の事件の容疑者ではあるのですけど)。第4章で容疑者である作家が書いた3つの小説と1つのエッセイから船見警部補が事件を解くヒントを得られないかと試みてますがこの作家が決定的な容疑者というわけでもなく、また仮に犯人だとしても自作でヒントを与えるような自爆的行為をするはずないだろうとこれまた微妙な展開です。まあ事件自体も捜査も地味なので物語のアクセントとしては悪くないですけど。容疑者のちょっとしたミスに着目しての謎解きは丁寧ですが、派手な手掛かりも切れ味鋭いトリックもなく最後まで地味に終始した感があります。 |
No.2287 | 5点 | 喪われた少女 ラグナル・ヨナソン |
(2020/08/24 21:27登録) (ネタバレなしです) 2016年発表のフルダ・ヘルマンスドッティル三部作の第2作の本格派推理小説です。1987年秋、西部フィヨルドの(フィヨルドってノルウェーだけではなかったのですね)別荘で週末を過ごしに行ったカップルの女性が殺され、容疑者として父親が逮捕されます。そして1988年夏、4人の若者が孤島エトリザエイへと向かうのですがその1人は例のカップルの男性だっというプロットです。作者得意の人間ドラマが充実しており、地味ながらじわじわとサスペンスが盛り上がる展開はいいのですが、反面、解決があっけなさ過ぎです。容疑者数が非常に少ないので意外な真相を用意できないのは仕方ないのですが、どうやってフルダが真相を見抜いたかの決定的な証拠が説明されていないのは謎解きとしては残念レベルです。また真相を知ると第一の事件でカップルの男性が旅行に同伴していたことを警察が完全に見落としていたとしか思えず、あまりに杜撰な捜査にしか感じられませんでした。 |
No.2286 | 6点 | 虚妄の残影 大谷羊太郎 |
(2020/08/20 20:21登録) (ネタバレなしです) 1972年出版の本格派推理小説ですが書かれたのはデビュー作で江戸川乱歩賞を受賞した「殺意の演奏」(1970年)よりも早く、1969年の同賞にノミネートして落選した作品です(ちなみに受賞したのは空さんのご講評で紹介されているように森村誠一の「高層の死角」です)。しかし内容的には単行本出版に値する力作だと思います。第二次大戦中の思い出話を語った男が密室内で毒死します。自殺か他殺か微妙な状況で思い出話に裏があったことが判明します。さらには9年前の未解決毒殺事件も絡む複雑な展開となりますが、意外と読みやすく謎の段階的な深め方も巧妙です。トリックメーカーとして名高い作者ですが本書では犯人当てについてもどんでん返しを用意するなど配慮されています。タイトルがあまり魅力的でないですが、なぜこのタイトルにしたかは最終章で判明します。 |
No.2285 | 6点 | 倍額保険 A・A・フェア |
(2020/08/20 20:01登録) (ネタバレなしです) 1941年発表のバーサ・クール&ドナルド・ラムシリーズ第5作の本格派推理小説で、ドナルドが(いつから狙っていたのか)バーサの探偵事務所の共同経営者の座に就くことになります。もっとも秘書のエルシーの昇給以外には経営者らしいことはせず、捜査に駆けずり回るスタンスは変わりません。そのエルシーの私生活が少し明かされますが、秘書としては優秀でも家事についてはそれほど優秀でなかったようですね(笑)。起伏あるストーリー展開という点ではシリーズ屈指の出来栄えで、序盤は推理が冴えていたドナルドが関係者を集めての実験シーン(図解が欲しかった)あたりからどんどん窮地に陥ります。謎も魅力的で、故人からの借金を返したいという奇特な登場人物のアイデアというか企みにはびっくり、よくまあ考えついたものです。決着のつけ方も予想外で、ドナルドが警察に馬鹿にされるというのも珍しい。でもバーサは大満足のようですね。 |
No.2284 | 5点 | 般若心経殺人事件 永井泰宇 |
(2020/08/13 21:25登録) (ネタバレなしです) 永井泰宇(ながいやすたか)(1941年生まれ)は漫画原作家やシナリオライターとしても活躍しています。1994年発表の本書は宗正機シリーズ第1作の本格派推理小説です。般若心経の住職が殺され、自身も浄土真宗住職の息子である正機が容疑者となった大学時代の後輩のために謎解きに乗り出すプロットです。中盤の出羽三山の描写はよくできていますがミステリーらしさが希薄になってしまった感があります。しかし第19章で自白が飛び出す意外な展開からミステリーらしさが復活します。とはいえ犯人当てとしては楽しめる内容ではありませんでした。被害者を負傷させた凶器の正体はまだともかく、それに犯人が指紋を残しているなんてのは推理のしようがないはずです。本書の1番の読ませどころは不自然なまでに誤字が散見される写経本の謎解きで、手の込んだ暗号を実に丁寧に解読しています。暗号や時刻表が登場すると読み飛ばしてしまう私ではその良さを紹介したくてもできないのですけど(笑)。 |
No.2283 | 5点 | 愛は血を流して横たわる エドマンド・クリスピン |
(2020/08/13 21:07登録) (ネタバレなしです) 1948年発表のジャーヴァス・フェン教授シリーズ第5作の本格派推理小説です。英語原題は「Love Lies Bleeding」で、日本語タイトルはほぼ直訳に近いのですがこの「Love」は被害者の名前であり、事件の陰に愛情のもつれがあったという真相ではないので非常に違和感を覚えました。まあそれは作者のせいではないのですが、国書刊行会版の巻末解説で「消えた玩具屋」(1946年)と並ぶ代表作との評価は個人的には首肯できませんでした。「消えた玩具屋」のような幻想的で印象的な謎が提示されるわけではなく、展開が地味だしユーモアも控え目、トリックは凝ってますけど「大聖堂は大騒ぎ」(1945年)や「白鳥の歌」(1947年)と比べると小粒な感じです。何よりも第14章の終わりでフェンが語る真相の一部が魅力に欠けてます。作者もそこは気にしたのか第17章で「これは事件の解釈の一面でしかなく、もうひとつ別の説明の仕方もある」とどんでん返しを匂わせますが、きちんと着地しないままでした。気の利いた手掛かり、細かな伏線の回収、スリリングな冒険シーン、劇的な犯人追跡など優れたところも一杯あるのですけど。 |
No.2282 | 6点 | 密室の訪問者 中町信 |
(2020/08/04 22:46登録) (ネタバレなしです) 1994年発表の本格派推理小説です。車同士の交通事故(3人が死亡)があり、犯人が雨の中に消えたとしか考えられないような不思議な殺人事件が続きます。容疑者たちの謎めいた関係と行動、吠える犬、ダイイングメッセージなど謎解きの伏線(ミスリードの罠かも)がたっぷりで、主人公の推理は読者に対して包み隠さず語られ、なるほどと思わせながらもどこか違和感があって読者を悩ませます。最後は全ての伏線をきっちり当てはめた真相説明があってよくできた謎解きを楽しめました。問題は空さんのご講評でも触れられているようにとてつもない偶然の要素があることでしょう。その偶然が成立したことを示す伏線もちゃんとあるのですが、この偶然をどこまで許容できるかによって読者の作品評価は分かれるかもしれません。 |
No.2281 | 5点 | 恋人たちの橋は炎上中 エリザベス・ペローナ |
(2020/08/04 22:31登録) (ネタバレなしです) 2016年発表の「死ぬまでにやりたいこと」リストシリーズ第2作のコージー派ミステリーです。前作のおかげで「裸泳ぎのグランマたち」として有名になってしまったフランシーンたちですが、本書では「セクシーなピンナップガールになる」(つまるところセミヌード)に挑戦です。全く懲りてませんねえ(笑)。その撮影を屋根付き橋(エドワード・D・ホックの「サム・ホーソーンの事件簿Ⅰ」(1996年)では有蓋橋と翻訳されてましたね)で行うのですが突然何発も銃声が響き、銃弾のいくつかは橋に撃ち込まれ、おまけに川岸に倒れている男を発見する羽目になります。何が起きたのか、何の目的があったのかさえも曖昧で、プロットは複雑でコージー派とは思えぬほど読みにくい作品でした。事件の背景にファンタジー風というかSF風というかまさかの設定があって、ある人物の意外な素性にはとても驚かされます(容疑者数が少なくて犯人はちっとも意外でないのですが)。 |
No.2280 | 5点 | 支那扇の女 横溝正史 |
(2020/08/04 21:58登録) (ネタバレなしです) 1960年発表の金田一耕助シリーズ第19作の本格派推理小説ですが、元々は短編作品でした。非シリーズ短編「ペルシャ猫を抱く女」(1946年)が原型で、それが「肖像画」(1950年)に改訂され、さらに金田一耕助シリーズ短編版の「志那扇の女」(1957年)と何度もリメイクされています。これだけ改訂されたのですからさぞや完成度の高いミステリーかというとどうも微妙(笑)。二重殺人事件の容疑者が70年前に毒殺魔と疑われた女性の血縁者であったというプロットがジョン・ディクスン・カーの某作品を連想させます。もっとも二重殺人事件の犯行手段は毒殺でなく撲殺なので、せっかくの呪われた血筋の設定のインパクトが弱いのですが。金田一は犯人を捕まえるために多門修という助手を雇ったり、あろうことか似合わぬ洋服を着たりと策を弄するのですがあの結果は(犯人はわかるけど)大失敗ではないでしょうか。等々力警部、いくらこれまでの恩義があったにしろこの失態は穏便にすませちゃいかんでしょ。あの動機であの犯行というのも合理性に欠けると思うし、どうにもすっきりできませんでした。 |
No.2279 | 5点 | 修道女フィデルマの挑戦 ピーター・トレメイン |
(2020/07/27 22:07登録) (ネタバレなしです) 修道女フィデルマの短編集といえば英国本国では15作を収めた「晩祷の毒人参」(2000年)が第一短編集ですが、日本ではこれを5作ずつの3分冊にして「修道女フィデルマの叡智」、「修道女フィデルマの洞察」、「修道女フィデルマの探求」で全15作が創元推理文庫版で読めます。英国では新たに15作を収めた第二短編集「死者の囁き」(2004年)が出版されましたが、またしてもその中の5作を抜粋したのが本書です。但し追加で英国では単行本化されていない「化粧ポウチ」を追加して全6作としているところが日本独自編集です。その「化粧ポウチ」は「修道女フィデルマ最初の事件」の副題を持ち、弁護士を目指す16歳のフィデルマが高名な法学院に入学した時の事件を扱い、「痣」では四年間の勉学を終了して卒業試験に臨むフィデルマを描いています。卒業試験自体が謎解きになっていますが、もう一つの問題があまりといえばあまりの内容。一体試験官は何を考えているのやらと呆れます。「昏い月 昇る夜」ではフィデルマが法廷で裁判官を務めるのが珍しいです。でも捜査も証人への尋問も自分でやっているので純粋な裁判官とは言いづらい気がします。学生時代のフィデルマが興味深かったものの、殺人事件が少ないためかこれまで読んだ短編集では最も軽い内容に感じられました。 |
No.2278 | 5点 | ホック氏・紫禁城の対決 加納一朗 |
(2020/07/27 21:28登録) (ネタバレなしです) 1987年発表のサミュエル・ホックシリーズ第2作です。密室の殺人と風変わりなトリックの謎解きもありますが、前作の「ホック氏の異郷の冒険」(1983年)以上に冒険スリラー要素が強い作品です。舞台が清朝の中国になりワトソン役が交代しています。長編作品ではありますが秘宝の盗難と奪還、犯人一味の反撃とホックの再反撃とクライマックスが訪れてはひと段落、また次のクライマックスとひと段落と連作短編的な展開です。ホックは前作と同様自分の素性を最後まで明かしませんが(でもヒントはべらべらしゃべってます)、さすがに因縁の宿敵まで登場させては誰のことだかは明々白々ですよね。ワトソン役の英国人よりも不思議な中国人警官の方が目立ってました。 |
No.2277 | 6点 | ありあまる殺人 トマス・チャステイン |
(2020/07/27 21:03登録) (ネタバレなしです) 長編82作もの弁護士ペリー・メイスンシリーズを書いたことで有名なE・S・ガードナー(1889-1970)の生誕100年記念としてカウフマン警視シリーズの警察小説やビル・アドラーとの共著の犯人当て懸賞小説「誰がロビンズ一家を殺したか?」(1983年)で知られる米国のトマス・チャスティン(1921-1994)が1989年に発表した新ペリー・メイスンシリーズ第1作の本格派推理小説です(といってもこの新シリーズは2作で打ち止めです)。ガードナー作品を扱っていた出版社やガードナーの遺族の事前検閲を受けて許可をもらっているそうで、しっかり仁義を切っていますね。ガードナー作品との相違点が気にならないわけではありません。シリーズ世界でのレギュラーメンバーは年齢を重ねないのですけど、名脇役だったポール・ドレイクやトラッグ警部を本書で引退させてポール・ドレイク・ジュニアやダラス警部補に役割交代させる必要性はなかったように思えます。被告に不利になりやすいのでガードナーが滅多にしなかった「被告を証言台に立たせる」ことをメイスンがためらわないのも違和感があります。とはいえ物語のテンポとスピード感はガードナーを彷彿させますし、目撃者多数の前で殺人を犯したと思われる男が自宅に戻って何者かに殺されるという不思議な謎解きも魅力的です。 |
No.2276 | 5点 | 寄席殺人伝 永井泰宇 |
(2020/07/22 21:45登録) (ネタバレなしです) 1998年発表の宗正機シリーズ第2作で、アイドル的な人気を誇る若手の噺家が久しぶりの高座に上がりますが衆人環視状態の舞台上で毒死する事件を扱っています。落語界を背景にしたためか随所でダジャレが舞い、終盤には口演場面もありますが全体としてテンポは重く、ユーモア本格派とまでいきません。複雑な人間関係の割りに人物の直接描写は少なく、同じ人物が本名、昔の芸名、今の芸名で語られたりするし、落語界ではよくあるのでしょうが師匠の一字を使って似た芸名の弟子がいたりするので誰が誰だかなかなか理解できません。作者は「笑って泣かせる本格推理をやってみたかった」とコメントしてますが、こうも人物の描き分けができていないと読者は感情移入することができないのでは。 |
No.2275 | 7点 | 悲しい毒 ベルトン・コッブ |
(2020/07/22 21:20登録) (ネタバレなしです) 英国のベルトン・コッブ(1892-1971)は自身が勤務していた出版社から自作を出版するという職権乱用疑惑のある作家ですが(笑)、その筆力は確かだったようでチェビオット・バーマン警部補(後年作では出世します)シリーズを中心に50作以上のミステリーを書いただけでなく、警察関連のノンフィクションは警察が公認購入したほどです。ミステリー作家としては1936年がデビューなのでクリスチアナ・ブランド、ニコラス・ブレイク、マイケル・イネスなどの黄金時代後期の作家グループなのですが日本では不遇だったようです。1936年発表の本書はバーマンシリーズ第2作の本格派推理小説ですが何と真相説明では手掛かり脚注が付いています(この趣向は初期3作までらしいです)。しかしパズル性よりも凝ったプロットの方が印象に残る作品でした。大家族が同居する屋敷で毒殺事件が発生し、早くも第2章ではバーマンの推理が披露されます。この段階では無論犯人はわかりませんが新たな犠牲者が狙われるのではという疑惑が生じ、犯人探しと同時に犯行阻止が目的となる展開がとてもユニークです。登場人物の個性も丁寧に描かれ、心理ドラマとしても読ませる作品です。 |