home

ミステリの祭典

login
nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2810件

プロフィール| 書評

No.2310 6点 ピラミッド殺人事件
新谷識
(2020/11/10 23:07登録)
(ネタバレなしです) 1991年発表の阿羅悠介シリーズ第2作の本格派推理小説と紹介したいところですが、本書での悠介は完全に脇役でした。「ヴェルレーヌ詩集殺人事件」(1990年)でも活躍していた姪の小川由美子は本書でも大活躍、「由美コロンボ」ぶりにますます拍車がかかって主役の座を奪ってます。まあ前作でも悠介は主役にしては地味過ぎでしたからこの主役交代は成功と言えるのでは。アマチュアの由美子に警察が全面的に協力的なのが相変わらず不自然ですが、それを受け容れられればなかなか楽しく読める作品です。殺人が起きるのは日本にあるピラミッド型のホールですが、後半には本物のエジプトのピラミッドも登場しますし、スカラベや死者の書などの古代エジプトアイテムも物語を彩ります。それにしてもある登場人物(容疑者の一人)の性格が前半と後半であまりにも変わったのにはびっくりしました。


No.2309 5点 死を招く女
デラノ・エームズ
(2020/11/10 22:49登録)
(ネタバレなしです) デラノ・エームズ(1906-1987)はアメリカ出身ですがイギリスへ渡り、第二次世界大戦後からダゴベルトとジェーンのブラウン夫妻シリーズの本格派推理小説を書きました。1960年にスペインへ移住すると今度はスペイン人探偵のシリーズを書くようになり、同地で没しました。本書は1948年発表のブラウン夫妻シリーズ第1作ですがまだ2人の関係は恋人であって結婚していません。しかも2人の馴れ初めについてはほとんど説明されていません。文章は難しくありませんがプロット展開に秩序を感じられず、ダゴベルトとジェーンの会話も恋人同士にしてはしばしば噛み合わずどうも読みにくかったです。ガス中毒トリックは時代の古さを感じさせるもので現代読者にはわかりにくいと思います。これがかなり早い段階で解明されていたのはありがたかったですね。


No.2308 6点 四国周遊殺人連鎖
中町信
(2020/11/10 22:33登録)
(ネタバレなしです) 1989年発表の氏家周一郎シリーズ第3作の本格派推理小説です。タイトル通り四国の観光名所を転々としながら事件が続発するプロットですが、旅情を全く排して謎解きに特化しているのがこの作者らしいですね。子供の誘拐や過去のひき逃げ事件の目撃や不倫関係なども見え隠れする複雑なプロットです。氏家早苗のにぎやかワトソンぶりも相変わらずですが、本書では周一郎が謎解きに苦戦していることもあって早苗の推理がそれなりにまともに見えてますね。作者は伏線に配慮したとコメントしていますが、メッセージの解釈が中心を占める推理なので鮮やかな切れ味は感じられませんでした。


No.2307 5点 長い脚のモデル
E・S・ガードナー
(2020/11/02 22:19登録)
(ネタバレなしです) 1958年発表のペリイ・メイスンシリーズ第55作の本格派推理小説です。メイスンが証拠に細工するのは本書が最初でも最後でもありませんが、秘書のデラまでもが(しかもメイスンに内緒で)加担しています。親子が同じ名前なのを利用して(シニアとジュニアで区別されますが)警察をどちらのことなのか混乱させようとしますし、法廷では検察側に散々証言させておいて「証言を全面的に削除を提案」してかき回す、それでも不利な局面を察知して(禁じ手に近い)被告の証言を画策したりといつにも増して芝居ががかってます。締めくくりは唐突で推理説明が物足りないのが残念ですが途中までは実にめまぐるしい展開です。そうそう、トラッグ警部が味方のはずのハミルトン・バーガー検事に「わからずや!」と毒舌吐いているのも貴重です(笑)。


No.2306 6点 鏡館の殺人
月原渉
(2020/11/02 21:34登録)
(ネタバレなしです) 2020年発表のツユリシズカシリーズ第4作の本格派推理小説です。これまでのシリーズ作品中でも最も綾辻行人の館シリーズを意識して書かれたのではという内容で、48の鏡が配置された本館と別館から構成された館という舞台は某作品を連想する読者もいるのではないでしょうか(見取り図はあればもっと演出効果があったと思います)。新潮文庫版で300ページに満たない作品ながら謎解きは充実、シズカの推理説明は時にくどさを感じさせながらも丁寧です。反則ではと思われる設定があって好き嫌いが分かれそうですが、それについても「自分の目から見てあきらかであった(中略)件を、事件の最後まで触れなかったのには理由がございます」とアンフェアではないかとの読者の疑念を晴らそうとシズカは最後の最後に説明しています。


No.2305 5点 にがみばしった殺人者
ハロルド・Q・マスル
(2020/11/02 21:06登録)
(ネタバレなしです) 1956年発表のスカット・ジョーダンシリ-ズ第6作のハードボイルドです。いきなり冒頭で殺人容疑をかけられるジョーダンですが、災厄はこれだけではすみません。凶器の拳銃が彼のアパートで発見されるし、彼の札入れからは身に覚えのない偽札が出てきます。人間関係もややこしく、このシリーズの中ではプロットがごちゃごちゃで少々読みにくかったですがジョーダンの説明はこの複雑な謎を明快に解きほぐします。もっとも辻褄は合わせているものの推理過程が不十分で結論ありきの説明に感じられてしまい、作中人物が「論理が通っている」と評価しているのには首肯できませんが。


No.2304 5点 殺人事件が起きたので謎解き配信してみました
越尾圭
(2020/10/27 22:48登録)
(ネタバレなしです) 2020年発表の本格派推理小説です。動画配信中に毒殺された事件の謎解きを扱っています。アマチュア探偵役が自分の推理を動画配信という手段で披露するという着想は非常にユニークだと思いますが前半はともかく後半はあまり活きていないないのが惜しまれますし、ライバル(?)的な刑事も動画配信者である設定は更にプロットの中で活かされていません。前半の丁寧な捜査と推理に対して後半が唐突で強引な解決に感じられるのも残念です。タイトルから想像される通り読みやすい作品ですが(ユーモアは意外とありません)、これだけの素材ならじっくり丁寧な謎解きの作品に仕上げてほしかったです。


No.2303 4点 探偵小説の世紀(下)
アンソロジー(海外編集者)
(2020/10/27 22:24登録)
(ネタバレなしです) (上下巻合わせての感想を書いてます)私は本格派推理小説以外のミステリーにはほとんど関心がない偏屈読者なので、幕の内弁当的に様々なジャンルが集まりやすいアンソロジーはほとんど手を出しません。それでも本書は海外本格派黄金時代の真っただ中の1935年に最晩年のG・K・チェスタトン(1874-1936)が編纂したので勇気を振り絞って(大袈裟だ)読んでみました。創元推理文庫版で上下巻合わせて1100ページもの大容量ですが、実はこれでもチェスタトンの原典盤から一部削除されてます。原典版は44作家45作品(エドガー・アラン・ポーは2作品)ですが有名作家の作品は他の文庫版に収められていたためかマイナー作家中心の34作家34作品版に縮小されてしまいました。ほとんどが私の知らない作家で、意外な掘り出し物の本格派に会えるかと少しは期待しましたがストレートな本格派は少なかったです。例えばアラン・メルヴィルの「くずかご」は「バーナード・ハズウェルを誰が、いかなる方法で、なぜ殺したのか」と堂々たる本格派風に始まりながら解決は場当たり的で残念、但し最後の一行の切れ味でかろうじて凡作を免れたような作品でした。ヘンリー・ウッド夫人の「エイブル・クルー」も途中まではアガサ・クリスティーに匹敵するほどの面白さがありましたがやはり解決が物足りません。個人的にまあまあだったのは怪奇小説作家として紹介されながら意外と本格派していたフランク・キングの「8:45列車内の死」と短編ボリュームに緻密なアリバイ崩しを詰め込んだヘンリー・ウェイドの「三つの鍵」ぐらいでした。それにしてもこのアンソロジーにコナン・ドイルのシャーロック・ホームズ作品が選ばれていないのはとても不思議ですね。


No.2302 6点 モップの精は深夜に現れる
近藤史恵
(2020/10/13 23:09登録)
(ネタバレなしです) 短編集「天使はモップを持って」(2003年)は物語的に一つの区切りをつけていたのですが好評だったのでしょうか、キリコシリーズ第2短編集として本書が2005年に発表されました。「天使はモップを持って」は全8作が収められていますが、本書は(文春文庫版で)約70ページの短編4作が収まっています。前作では全作品で語り手だった大介は本書では1作のみの登場で、作品ごとに語り手が違うのが特徴です。一応は本格派推理小説に分類できますが前作と同様に犯罪が起きる前に終わる(当然誰も逮捕されたり罰せられたりしない)作品があるし、大介の登場する「きみに会いたいと思うこと」はキリコの長旅の目的は何という謎があるとはいえ、家族ドラマ要素の方が濃厚な作品です。まあ前作を読んでいるとある程度傾向は読めているので気楽に読めたし、終わり方も前作よりはすっきり感があります。但し本書が初めてのシリーズ体験となる読者だと「きみに会いたいと思うこと」でのキリコの紹介は説明不十分に感じられるかもしれません。


No.2301 5点 シュロック・ホームズの回想
ロバート・L・フィッシュ
(2020/10/13 22:22登録)
(ネタバレなしです) 1964年から1974年にかけて発表された11の短編を収めて1974年に出版された迷探偵シュロック・ホームズシリーズ第2短編集です。前作同様ホームズの迷推理と皮肉な結末を楽しむ本格派推理小説ですが、相変わらず真相を誰もはっきりと説明しないので私のように推理力の弱い読者だと何が間違いで何が正しいのか理解できない作品もあって万人向けですと推奨しにくいです。まともそうな作品よりも羽目を大きく外している作品の方が高く評価されるかもしれません。個人的な好みの作品は「シュロック・ホームズの復活」(復活自体は他愛もありませんが、「感謝のしるし」がとても印象的)と「アルスター切手の謎」(ホームズの兄クリスクロフトのヒントと編集者後記まで付くので真相が見当つきやすい)です。なおフィッシュ(1912-1981)はその後もシリーズ短編を書き続けましたが9作を書いたところで急死してしまい、生前には第3短編集は発表されませんでした。しかし1990年に全32作を収めた全集がめでたく出版されたそうです。


No.2300 6点 三百年の謎匣
芦辺拓
(2020/10/06 23:07登録)
(ネタバレなしです) 作者自身が「長編なのか短編集なのか自分でも考えるたびに違ってくる」という2005年発表のユニークな本格派推理小説です。プロローグに相当する章で袋小路の道で周囲に犯人の足跡が(そして被害者の足跡も)見つからない状態で発見された死体という、ジョン・ディクスン・カーの「三つの棺」(1935年)に出てくるカリオストロ街の殺人を連想させる魅力的な謎で始まりますがこの謎解きは中断され、その後に6つの手記が続きます。この手記は時代が18世紀前半から20世紀前半までとばらばら、舞台もアジア、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカとばらばらの物語です。一応は短編物語として完結しますが解けない謎が残っており、それらは最終章で森江春策によって殺人事件の謎と共に解決されるのです。つまり手記だけでは真の意味での完成品でないため、個人的には本書はシリーズ第11長編と評価したいと思います。歴史と異国情緒を感じさせる手記に力が入っていますが、ページ数の制約のためか描写や説明が駆け足気味で焦点ボケをしばしば感じてしまうのが惜しまれます。トリックにもひどいと思わせるのがありますし。とはいえ大胆な構成に挑戦した作者の意欲は称賛に値すると思います。⇒【後記】その後、「千一夜の館の殺人」(2006年)の「好事家のためのノート」で同書がシリーズ長編としては(シリーズ第10作の)「グラン・ギニョール城」(2001年)以来と紹介されているのを知りました。つまり本書はシリーズ長編第11作でなくシリーズ第3短編集ということになります。いい加減な感想であったことをお詫びします。


No.2299 7点 ジョン・ソーンダイクの事件記録
R・オースティン・フリーマン
(2020/10/06 22:38登録)
(ネタバレなしです) 英国のR・オースティン・フリーマン(1862-1943)の法医学者ソーンダイク博士シリーズは国内ではシャーロック・ホームズのライヴァルたちの1人と紹介されたためか短編ミステリー作家の印象が強そうですがシリーズ長編も21作が書かれており、しかも短編が書かれたのは1920年代までで1930年代以降から最晩年までは長編執筆にシフトしています。8作を収めた1909年発表の本書がシリーズ第1短編集です。雑誌掲載時に付けられていた証拠写真が本国での単行本では割愛されてしまいましたが、国内で全3巻にまたがる「ソーンダイク博士短編全集」(国書刊行会版)ではこの写真が復活しているだけでなく日本独自の見取り図まで付いています。原典に忠実とは言えないかもしれませんが、個人的にはこの編集はいい読者サービスだと思います。証拠の提示に後出し感があるのは書かれた時代を考慮するとやむなしで、論理重視の推理説明が早くも発揮された本格派推理小説が揃ってます。短編2作分のボリューム(中編とまでは言えないでしょう)に丁寧な法廷場面を詰め込んだ「鋲底靴の男」、オカルト要素が不気味な雰囲気を醸し出す「清の高官の真珠」、深海の砂という珍しい証拠品が印象的な「深海からのメッセージ」、ユニークな密室トリックの「アルミニウムの短剣」など意外にも個性に富んでいます。


No.2298 4点 映画主題歌殺人事件
石沢英太郎
(2020/09/30 23:20登録)
(ネタバレなしです) 1985年発表の井垣節子シリーズ第1作です。映画主題歌ベストテンを選考し、それぞれの曲の放送回にゲストを招くというラジオ番組が企画されます。ところが殺人予告状がゲストや放送局、果ては警察や番組制作にかかわっている節子にまで送られます。殺人が起きるまではやや冗長な部分もありながらも筋立てはまずまずしっかりしてますが、事件発生後の後半はあまり感心しません。最後に節子が容疑者全員を集めて真相を披露というのが本格派推理小説ならではのクライマックスですが推理で犯人をあぶりだすのではなく、証人を呼び出して決め手の証言をしてもらっての解決なのが物足りません。読者が推理に参加する要素もほとんどありません。廣済堂文庫版の裏表紙で「本格派の鬼才」と作者を紹介してますが、本書は鬼才の作品にはとても感じられませんでした。


No.2297 6点 殺人七不思議
ポール・アルテ
(2020/09/30 22:16登録)
(ネタバレなしです) 1997年発表のオーウェン・バーンズシリーズ第2作の本格派推理小説で、何と世界七不思議になぞらえたような連続殺人に挑戦です。犯罪予告状が送られてくるし、しかも不可能犯罪だらけというこの作者らしいサービス旺盛な謎を詰め込んだ作品です。あえて不満を表明するなら、作中でも触れられていますが世界七不思議の中で現存が確認されているのはギザのピラミッドのみで残りの不思議のイメージがわきにくく、せっかくの見立てが読者に伝わりにくいところでしょうか。推理と自白を混ぜ合わせた結末は合理的なような幻想的なような不思議な読後感を残します。


No.2296 5点 能登の密室
津村秀介
(2020/09/25 23:10登録)
(ネタバレなしです) 1992年発表の浦上伸介シリーズ第25作の本格派推理小説です。アリバイ崩しに定評ある作家が密室に挑戦というと古くはF・W・クロフツの「二つの密室」(1932年)や「シグニット号の死」(1938年)が思い浮かびますが、クロフツ同様に手堅いトリックですけどサプライズもインパクトも感じられませんでした。「金沢発15時54分発の死者」というサブタイトルが付き、冒頭に時刻表や路線図が配置されていてアリバイ崩しも忘れてはいません。密室トリックは第7章で明かされますがアリバイトリックの方はまだまだ手ごわく、しかも解けたと思わせて謎が深まるという仕掛けもあってやはりこの作者はアリバイ崩しが本領だと再認識しました。序盤は容疑者全員にアリバイがあるので誰が犯人かという興味もありますが、崩そうとするアリバイが絞り込まれると犯人の正体が早々と予想がついてしまうのはアリバイ崩しの宿命ですね。


No.2295 6点 その裁きは死
アンソニー・ホロヴィッツ
(2020/09/25 22:41登録)
(ネタバレなしです) 2018年発表のダニエル・ホーソーンシリーズ第2作の本格派推理小説です。きちんと謎解き伏線を用意してありどんでん返しの謎解きも鮮やかではありますが、ホーソーンとワトソン役に敵意むき出しの警察がうざ過ぎて、そこがいいという読者もいるでしょうが個人的には物語が回りくどくなってしまったような気もします。E・S・ガードナーのペリー・メイスンシリーズならこういう相手には巧妙にしっぺ返しをお見舞いして読者の留飲を下げるのですが、本書に関しては中途半端に終わったような感じがします。


No.2294 5点 巨大幽霊マンモス事件
二階堂黎人
(2020/09/14 20:55登録)
(ネタバレなしです) 2017年発表の二階堂蘭子シリーズ第9作の本格派推理小説です。出来事は1920年の冬から翌年春に開けてのシベリアで起こり、蘭子は安楽椅子探偵よろしく手記と伝聞から謎解きします。ソヴィエト体制下ながらまだまだ反革命勢力も抵抗して内戦状態の中、財宝が隠されていると噂の死の谷へ向かう武装商隊と、彼らを次々に血祭りにあげていく正体不明の「追跡者」との攻防を描いた冒険スリラー色の濃いプロットです。マンモスの正体の半分は蘭子の推理よりも前に明かされますが、そこには本格派の要素が全くありません。推理による謎解きはむしろ消えた足跡の方が印象的でした。部分的にはいいと思えるところもありますが、様々な要素を詰め込み過ぎて純然たる本格派とは言えないのが好き嫌いが分かれそうです。あとフェアプレーをアピールするのはいいけれど「アガサ・クリスティのように、手掛かりも与えずに読者を騙すような卑怯な手は使っていない」と自画自賛したのは勇み足では。クリスティと違う手法でアンフェアなことやっているように思います。個人的にクリスティーは大好きな作家なので私も客観的な意見を書けないのは承知の上ですが、作者にクリスティーを批判する資格はないと思います。


No.2293 6点 ヘル・ホローの惨劇
P・A・テイラー
(2020/09/11 21:25登録)
(ネタバレなしです) 1937年発表のアゼイ・メイヨシリーズ第10作の本格派推理小説です。町を挙げてのふるさと祭りを目前にして不穏な出来事が相次ぎ、ついには殺人事件まで起きます。論創社版の巻末解説では高級リゾート地でも世界恐慌(1929年)の影響から免れられないと社会描写を評価していますが深刻になるほどではありません。ユーモア本格派推理小説の本質をきちんと貫いています。世界恐慌の影響ならジル・チャーチルのグレイス&フェイヴァーシリーズの方がもっとしっかり描けています(但しこちらもコージー派なのでユーモアが勝りますが)。犯人捜しをしてはいるのですが、警察がこいつが犯人ではと目星をつけるたびにアゼイが「その人は犯人ではありませんよ」とひっくり返すシーンがたびたびあって、解決に向かっているのかわからなくなるのが本書の個性です。祭りの直接描写はほとんどありませんが賑やかな雰囲気はよく出ており、シャーロット・マクラウドの「蹄鉄ころんだ」(1979年)を彷彿しました。


No.2292 5点 綺譚の島
小島正樹
(2020/09/01 21:54登録)
(ネタバレなしです) 2012年発表の海老原浩一シリーズ第4作の本格派推理小説です。序盤からまさかの怪現象の数々が提出されますが、海老原は早々とトリックの正体に気づきます。でも説明は終盤で、読者はじらされますけどね。トリックと全体にまたがる謎とを上手くからませていた「龍の寺の晒し首」(2011年)と比べると本書のトリックは散発的で、トリックのためのトリックにしか感じられませんでした。トリックの強引さも鼻につき、緑に光る龍とか鎧武者が海の上をすべるように移動するとか、目撃者の不注意にかなり助けられているように思います。最後には犯罪の影にある醜い人間関係と痛ましい悲劇が浮かび上がるのですが、それまでの海老原のユーモラスで図々しい捜査とはアンマッチに感じました。


No.2291 5点 笑う仏
ヴィンセント・スターレット
(2020/09/01 21:36登録)
(ネタバレなしです) ヴィンセント・スターレット(1886-1974)はカナダ出身ですが幼少時に米国へ移住して米国で定住しています。小説家としては長編は10作にも満たず、短編作家として評価されているようです。シャーロキアンとしても大変有名で、世界初のホームズ研究書とされる「シャーロック・ホームズの私生活」(1933年)を書いたりホームズ愛好団体の「ベイカー・ストリート・イレギュラーズ」の創設メンバーの1人だったそうです。1937年発表の本書(論創社版は1946年改訂版のようです)は日中戦争勃発前の中国を舞台にした本格派推理小説です。戦争危機の緊迫感はそれほど強くありませんが、この時代の中国に国外からビジネス客だけでなく観光客も集まっていたというのは意外でした。ナチス政権下のドイツを舞台にしたダーウィン・L・ティーレットの「おしゃべり雀の殺人」(1934年)と読み比べるのも一考かもしれません。舞台が建物の一部を裕福な外国人に貸している中国寺院というのもこだわりを感じます(見取り図が欲しかったですが)。第一の事件が意外と早く解決されるなど本格派としてはやや型破りで、「笑う仏」のような怪人物の正体には失望を感じるところもありましたが、異国描写と時代性描写という点で貴重な作品には違いありません。

2810中の書評を表示しています 501 - 520