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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2814件

プロフィール| 書評

No.2434 6点 赤き死の香り
ジョナサン・ラティマー
(2021/10/16 05:12登録)
(ネタバレなしです) 1939年発表のビル・クレインシリーズ第5作にしてシリーズ最終作となった軽ハードボイルドです。これまでのシリーズ作品でも探偵仲間とチームプレーしているクレインですが本書では女性探偵、しかも所長であるブラック大佐(とうとう生身の出演はありませんでしたね)の姪のアンが登場します。クレインは彼女との結婚さえも考えているようですが、二人の仲がどう発展するのかも本書の読ませどころの一つです。大富豪とその一族が登場し、既に2人が自動車の排気ガスによる一酸化炭素中毒で謎の死を遂げています。銃撃戦あり、肉弾戦あり(最も派手なのは女性同士のそれでした)、ギャング登場とハードボイルドらさしさが随所に発揮されています。相変わらず酒と女性にだらしなく、しかもそれが往々にして(特にアンとの)トラブルの火種になるクレインのせいで展開がぐだぐだ気味ながらも17章では出色のサスペンスでぎゅっと引き締め、それに続く怒涛のアクションの末に解決と思わせて、そこからクレインが本格派推理小説の名探偵さながらの推理でもう一回引き締めます。あの犯行が完遂したら本当に犯人は目的達成できるのか疑問に思わないでもありませんが謎解き伏線のカモフラージュは非常に巧妙で、特に殺人に使われた小道具の一つは非常に印象的でした。本書までほぼ毎年1作発表していたラティマー(1906-1983)は1940年代から映画やテレビのシナリオライターとして活躍するようになりペリー・メイスンシリーズ(レイモンド・バー主演版)や刑事コロンボシリーズまで手掛ける一方で、ミステリー小説家としては1940年代に1作、1950年代に2作発表して終わってしまいました。


No.2433 5点 双孔堂の殺人~Double Torus~
周木律
(2021/10/12 02:35登録)
(ネタバレなしです) 2013年発表の堂シリーズ第2作の本格派推理小説で、新たなシリーズキャラクターとして宮司兄妹が初登場です。語り手を務める兄の司は警察庁の警視、まだ学生の妹の百合子はあまり出番がありませんけど事件解決後のプロローグ的な場面では存在感を示します。シリーズ前作「眼球堂の殺人」(2013年)で名探偵役だった十和田只人は何と殺人容疑者として警察に身柄確保された上に「犯人は僕だ」と自白(?)する始末で、放浪の数学者が拘留の数学者になってしまいました(笑)。私の読んだ講談社文庫版のあとがきで作者は「数学の話が入るだけで読者が辟易するのは容易に想像がつく」と言い訳しながら「少なくないページを数学の話で費やしてしまった」と自白していて、確かに十和田の説明は前作以上に数学的で頭が痛くなりますが数学問題を解けと迫っていない分だけ高田崇史のQEDシリーズの歴史・文学・伝承の謎解きに比べればまだ読みやすいです。前作同様に舞台とトリックに凝った作品ですが、一部の仕掛けは早い段階で気づいているのに肝心な部分は十和田に指摘されるまで(ご都合主義的に)見落としている警察というのはいくら少人数の捜査チームとはいえちょっと不自然感が漂います。まっ、これは名探偵に花を持たせるための演出と割り切るしかないですね。


No.2432 4点 シャーロック・ホームズの愛弟子
ローリー・キング
(2021/10/10 23:21登録)
(ネタバレなしです) 米国のローリー・キング(1952年生まれ)はサンフランシスコ市警のケイト・マーティネリシリーズ第1作の「捜査官ケイト」(1993年)でミステリー作家としてデビューしましたが、最も力を入れているのは1994年発表の本書に始まるメアリ・ラッセルシリーズではないでしょうか。夥しい数が書かれているシャーロック・ホームズのパスティ-シュ作品の一つかと思って読みましたが、むしろシリーズ番外編を意識しているように思えます。メアリの1人称で書かれていますがコナン・ドイルの原作に登場するワトソン博士が観察者に留まっていたのとは全く違います。1915年に当時15歳のメアリが54歳のホームズと出会い、名探偵の素質を認められて1918年からはホームズの助手として活躍することになるのです。50歳代のホームズがドイル原作での全盛期とはかなり異なる描写なのは原作ファンから見ると複雑なところで、ホームズ物語ではなくメアリの成長物語と割り切った方がいいでしょう。ミステリー的には冒険スリラーですが、無理にドイル風にしていないのは作品個性としてまあいいとしてもプロット展開も会話も結構回りくどくて読みにくかったです。またいくら犯人当て本格派推理小説でないとはいえ、最重要な人物が集英社文庫版の登場人物リストから漏れているのも残念(これは作者でなく出版社の責任かもしれませんが)。


No.2431 5点 葛登志岬の雁よ、雁たちよ
平石貴樹
(2021/10/04 21:39登録)
(ネタバレなしです) 2021年発表の函館物語シリーズ第3作の本格派推理小説です。このシリーズ、岬と鳥を組み合わせた抒情的なタイトルが大変印象的ですが中身がむしろ味気ないぐらいに叙事的なのは依井貴裕の種井理シリーズと共通しているように思います。前半から丹念な捜査が地味に描かれ、シリーズ名探偵役のジャン・ピエール・プラットが本格的に参加するようになりますがこれで謎解きが盛り上がるかと思えばむしろ逆です。というのは彼はもともと殺人事件が起きるよりも前に修道院で発見された白骨死体の謎解きに駆り出されていたのであり、彼の登場で殺人の謎解きが中断されてしまったような展開になるのです。もちろん最後には全ての要素が整理されて筋道が通るのですけど。ジャン・ピエールの説明は過去のシリーズ2作に比べてどうやって真相に気づいたかの推理が不十分に感じられます。真相が非常に複雑難解なので、これでは自分で謎解きを試みたい読者は納得しにくいかもしれません。


No.2430 5点 木曜殺人クラブ
リチャード・オスマン
(2021/10/02 05:27登録)
(ネタバレなしです) テレビの司会者などで有名な英国のリチャード・オスマン(1970年生まれ)が2020年に発表したデビュー作の本格派推理小説です。タイトルからアガサ・クリスティーの「火曜クラブ」(1932年)を連想する人も多いようですがあちらは短編集、こちらは長編なので読むとまるで違うと感じると思います。謎解きが趣味の老人たちが殺人事件の謎解きに挑戦するというプロットはむしろ米国のコリン・ホルト・ソーヤーの「海の上のカムデン」シリーズの方が親和性あるかも。もっともエネルギッシュに突き進むソーヤーと違ってこちらは実にまったりした進行です。しかも場面の切り替えが多すぎて(100章を超すのです)話の流れに私の頭はついていけず、何度もこの人誰だっけと登場人物リストを確認する羽目になってますますページをめくるスピードが上がりません(笑)。後半になって様々な人間ドラマが浮かび上がり、時に哀愁を漂わせたりしているところが英国でミリオンセラーになった理由の一つかなと思いますが、理解レベルの低い私には謎解きの面白さが焦点ぼけになってしまったように感じました。


No.2429 7点 ポー名作集
エドガー・アラン・ポー
(2021/09/23 22:19登録)
(ネタバレなしです) ミステリーの始祖、米国のエドガー・アラン・ポー(1809-1849)のミステリーは「モルグ街の殺人」(1841年)、「マリー・ロジェの謎」(1842年)、「黄金虫」(1843年)、「お前が犯人だ」(1844年)、「盗まれた手紙」(1845年)の5作というのが定説のようです。他にもミステリー要素のある作品はあって、例えばゴシック・ホラーの名作と名高い「黒猫」(1843年)には犯罪小説要素がありますし、ポー自身を語り手にした(そのためかエッセイに分類されています)「メルツェルの将棋指し」(1836年)では実在した自動人形のからくりの秘密を17の不審点を列挙しながら推理する展開が圧巻です。とはいえミステリー好きとしては最低限前述の5作は抑えておきたいところです。しかし私の探し方が悪いのか国内独自編集の短編集が沢山出版されていますが、5作を1冊にまとめたのはなかなか見つけられませんでした。1973年出版の中公文庫版の本書と2016年出版の集英社文庫版の「E・A・ポー」が条件を満たしています。もっとも後者は3編の詩、ポー唯一の長編作品「アーサー・ゴードン・ピムの冒険」(1838年)、果ては未完の作品まで収めて750ページ近い大ボリュームです。ポーの全貌を知りたいならこちらでしょうけど、ミステリーにのみ絞るなら前者。5作のミステリー以外はショート・ショートの「スフィンクス」(1849年)(怪物を目撃して混乱する男を描いたホラーですが何とミステリー的に合理的に解決されます。何で気づかないんだと突っ込む読者多数かも)に「黒猫」に「アシャー家の崩壊」(1839年)とコンパクトにまとまってます。「モルグ街の殺人」は殺人犯の正体や密室トリックに不満を抱く読者もいるとは思いますが、世界初のミステリーということで完成度については大目に見たいと思います。「マリー・ロジェの謎」は重箱の隅をつつくような検証が読みにくい上にすっきりしない締め括りのため5作中では個人的に1番好みでなかったです。「盗まれた手紙」と「黄金虫」は中盤までの展開が回りくどいきらいはあるものの隠し場所トリックや暗号ミステリーの古典として不滅の価値があります。「お前が犯人だ」は多分5作中では1番無名ですけど劇的かつ無駄のない展開で1番読みやすく、現代ミステリーを読み慣れている読者にはミエミエでしょうがミスリーディングの手法が印象的でした。さすがに今のミステリーと同等の面白さがあるとは言えませんけど、先駆者としての歴史的意義と独創性に敬意を表して7点評価はしたいと思います。


No.2428 5点 追越禁止
笹沢左保
(2021/09/21 07:09登録)
(ネタバレなしです) 1990年から1991年にかけて「夢心地の反乱」というタイトルで新聞連載され、1991年に「追越禁止」に改題されて単行本出版された夜明日出夫シリーズ第5作の本格派推理小説です。内容的には旧題の方がしっくり来ます。認知症を患っていると思われる老婦人が登場して関係者たちが振り回されます(作中では認知症の代わりにボケとか痴呆症とかの用語が使われていますが書かれた時代を考慮するとこれは仕方ないでしょう)。奇行を繰り返す一方で頭脳明晰としか思えないような言動もあり、本当に認知症なのかそれとも認知症を偽装しているのか夜明も迷い、ユーモアミステリーではありませんけどどこか珍道中の雰囲気があります。ミステリーとして面白いかは微妙ですが、フーダニット(犯人当て)のお決まりパターンにはまらない謎解きプロットが風変わりで、夜明自身の個人問題が解決に寄与するというのが印象的です。最後は果たしてハッピーエンドなのか疑問の幕引きですけど、第三者的立場の夜明にはあれ以上はどうしようもできないでしょうね。


No.2427 7点 ヨルガオ殺人事件
アンソニー・ホロヴィッツ
(2021/09/18 22:42登録)
(ネタバレなしです) 2020年発表のスーザン・ライランドシリーズ第2作の本格派推理小説で創元推理文庫版で上下巻合わせて850ページ近い大作です。「カササギ殺人事件」(2016年)と同じくアラン・コンウェイによる名探偵アティカス・ピュントシリーズの本格派推理小説が作中作として挿入され、現実の謎解きと作中作の謎解きの二本立てが楽しめます。しかも本書では作中作の中に現実の殺人事件を解決するヒントがあるらしいという趣向まであります。「カササギ殺人事件」では作中作の見せ方(クライマックス寸前での中断)に個人的にはちょっと不満がありましたが本書は一気に読ませる構成で、これは歓迎です。もっとも300ページほど進まないと作中作は始まらないのですが。本格派黄金時代の雰囲気を漂わせるアンガス・ピュントシリーズは全10作あるという設定なので、残り8作を絡めたスーザン・ライラントシリーズを(2作品分のアイデアが必要なので大変だと思いますけど)今後もぜひ書き続けてほしいですね。


No.2426 6点 スリーピング・マーダー
アガサ・クリスティー
(2021/09/11 17:06登録)
(ネタバレなしです) クリスティー(1890-1976)がエルキュール・ポアロシリーズの最終作「カーテン」(1975年)と共に死後発表用として書いたミス・マープルシリーズ第12作の本格派推理小説で、「カーテン」は結果的に生前発表になりましたが本書は予定通り作者の死後の1976年に遺作として出版されました。執筆されたのは1940年代らしく、作中でシリーズ第3作の「動く指」(1943年)が回想されているのでその後に着手されたのでしょう。新婚のグエンダが新居を購入し、その家で不思議な幻覚を何度も体験しながら失われた幼少時代の記憶をよみがえらせますが、その中にはホールで倒れている女性の絞殺死体の記憶もあったというプロットです。クリスティーが後期によく取り組んでいた回想の殺人で、死体なき殺人でもあります。色々な意味で異色で派手だった「カーテン」と違い、本書は手探り感の強い調査が延々と続いて実に地味だし、シリーズ最終作らしい演出もありませんがミスリードの巧妙さはクリスティーらしいです。これでもう新作が発表されないのは寂しい限りですが学生時代の私がミステリー好き読者になったきっかけをつくった作家の1人であり、いくら感謝しても足りません。


No.2425 6点 ぼくの好色天使たち
梶龍雄
(2021/09/11 16:39登録)
(ネタバレなしです) 1979年発表の青春三部作の第3作の本格派推理小説です。過去の2作品は主人公が芦川高志でしたが、本書の主人公は全くの別人です。作中時代は刑事がボールペン(まだ輸入品しかなかったようです)を見て驚いている1946年で、まだまだ闇市場が当たり前のように社会に存在しています。登場人物の大半が闇商売と関係しており、脅迫、リンチ、人には言えない過去などが描かれていますが、18歳の主人公の揺れ動く心や周囲の人情も織り込まれているのでハードボイルドほど非情で冷酷な世界にはなっていません。とはいえ通俗性がかなり濃いので読者の好き嫌いは分かれるでしょう(非常に短いながら官能描写もあります)。しかし本格派推理小説としての謎解きは「海を見ないで陸を見よう」(1978年)に遜色ない出来映えと思います。どんでん返しが実に鮮やかで、その後に続く劇的な結末、そして虚しさの残る締め括りと着地が見事に極まっています。


No.2424 6点 津軽富士殺人事件
高柳芳夫
(2021/09/10 08:03登録)
(ネタバレなしです) 1986年発表の本書は、海外が舞台になる作品の多いこの作者には珍しく日本を舞台にしています。といっても被害者はドイツ人ですけど。序盤の展開がやや変わっており、主人公である推理小説家の朝見がこのドイツ人を殺そうとします。泳げないはずの被害者を首尾よく弘前城の濠に突き落として犯行に成功したつもりでしたが、何と被害者は全然離れた線路で轢殺死体となって発見されます。朝見の殺人動機説明は簡潔過ぎるし、やってもいない犯行容疑のプレッシャーも弱いです。幻の女トリックも計画的だったのか場当たり的だったのか微妙です。とはいえ最終章ではそれなりに論理的な推理が披露され、偶然のきっかけで解決に向かうが既に朝見の頭の中に推理が出来上がっていたという第14章冒頭での説明はなるほどと納得できた本格派推理小説でした。


No.2423 5点 ブラスでトラブル
アリサ・クレイグ
(2021/09/07 06:58登録)
(ネタバレなしです) 1989年発表のジェネット&マドックシリーズ第4作の本格派推理小説と紹介したいところですが本書はマドックの単独活躍作品で、ジェネットは(創元推理文庫版の)登場人物リストにさえ載っていません。それはマドックがオーケストラの演奏旅行中の両親から急に呼び出された時にジェネットが呼ばれなかったためで、マドックは「そんなのおかしいよ」と不満を漏らしてますけど最終章を読むとジェネットが呼ばれなかったのは筋が通っており、ジェネットが呼ばれない理由に思い当たらなかったマドックの方がおかしいとしか思えませんでした。演奏中のオーケストラ団員の毒殺事件があり、さらに移動旅行中に飛行機が嵐のため不時着してゴーストタウンに身を寄せる羽目になるというとんでもない展開になりますが、にぎやか担当が不足しているこのシリーズではどたばた劇としては盛り上がらず(ジェネットがいてもどうしようもないと思いますが)、そのため犯行計画の杜撰さやマドックの推理の論理欠如が目立ってしまったように思いました。


No.2422 4点 わざわざの鎖
佐野洋
(2021/09/03 17:59登録)
(ネタバレなしです) 1999年発表の短編集で、公園探偵の高梨を主人公とする本格派推理小説の短編が9作収められています。「あとがきに代えて」の中で作者は公園条例に興味をもったのがきっかけで本書を書いたと説明しており、公園探偵(公園トラブルを対処する市職員で、正式な肩書は公園管理課の巡回班長)は作者の創作職業です。発端は公園トラブルでもそれが他の犯罪の謎解きにつながるというパターンが多いです。前半の「わざわざの鎖」から「たき火のあと」あたりまでは高梨がそれなりに推理していますが、後半になると情報提供者としては警察に協力しているものの探偵らしい活躍はほとんどしなくなってしまいます。謎解きとして軽い上に物足りない結末の作品が多いので、ちょっとした時間つぶしに読むぐらいの姿勢がよいかと思います(徳間文庫版で300ページに満たない薄さです)。


No.2421 6点 ジャスミンの毒
クライド・B・クレイスン
(2021/09/01 22:05登録)
(ネタバレなしです) 1940年発表のウエストボロー教授シリーズ第9作の本格派推理小説で、Re-Clam版の巻末解説によればクレイスン自身は全10作が書かれたシリーズ作品の中では後期の5作に満足、そしてその中で本書を3位の出来栄えと評価していたようです。これでは東洋趣味と個性的な不可能犯罪トリックで有名なシリーズ第5作の「チベットから来た男」(1938年)の立場がないですね(笑)。2人の男の決闘(未遂に終わる)という風変わりなプロローグで幕を開け、香水会社を舞台に新開発の香水の命名を巡る議論と中毒事件が続きます。毒殺未遂を訴える社長から殺人を防ぐよう求められるウエストボローという図式は(後年の作品ですが)パトリシア・モイーズの「死の贈物」(1970年)を連想しました。香水や毒の成分、花の名前、美味しそうな料理、ウエストボローの文学作品の引用(これは本書に限りませんが)などの多趣味で作品を彩り、様々な人間模様と変化に富むプロットで謎を深める工夫は「チベットから来た男」とは異なる魅力です。後半に高圧的な警官(首席保安官)を登場させて容疑者と火花を散らしたりウエストボローを侮辱したりしているのも終盤に至る盛り上げ策として効果的だと思います。


No.2420 5点 稀覯人の不思議
二階堂黎人
(2021/08/29 23:22登録)
(ネタバレなしです) 2005年発表の水乃サトルシリーズ第6作(学生サトルシリーズ第3作)の本格派推理小説です。20世紀最高の漫画家・手塚治虫のマニアの1人が殺される事件を扱っていますが、私は普通に入手可能な漫画本しか読んでいないので本書で紹介されるコレクター垂涎の珍本の数々(一部は実存しない架空の作品のようですが)にまるで馴染みがないのが残念です。マニア(コレクター)の熱意はそれなりに伝わって来ましたけど。個人的に感心できないトリックに依存している謎解きも残念です。良くも悪くも簡潔な文章で読みやすい作品のためか、安易に反則ぎりぎりに走っているように感じてしまいました。


No.2419 5点 新米フロント係、探偵になる
オードリー・キーオン
(2021/08/27 23:53登録)
(ネタバレなしです) アメリカの女性作家オードリー・キーオンの2020年発表のデビュー作であるコージー派ミステリーです。作中時代は現代ですが主要舞台はかつて鉄道王だったモロー家の屋敷を改装したホテル1911です(宿泊できる部屋は11室しかありません)。主人公のアイヴィー・ニコルズはモロー家の末裔という設定で、フロント係として働きながら祖先のことを知ろうとしていますが、宿泊客の1人がアレルギー中毒によって死亡したかのような事件が起きます。シェフのジョージの手落ちと疑われると心配したアイヴィーがにわか探偵として立ち上がるプロットです。多くのコージー派では主人公の捜査を助ける人がいるのですが、本書はアイヴィーがほとんど1人で奮闘しています。もちろんとんとん拍子とはいかない上に捜査も推理もかなり強引で、犯人の目星がついているわりには(解決を急ぐ理由があるとはいえ)不注意な行動で危険な目にあったりしています。コージー派としてはユーモアや明るい要素が少ないですが、といって深刻な雰囲気もそれほど強くなく個性に乏しい作風に感じます。


No.2418 5点 春信殺人事件
高橋克彦
(2021/08/24 09:03登録)
(ネタバレなしです) 1991年発表の塔馬双太郎シリーズ第7作で鈴木晴信の浮世絵を軸とした本格派推理小説ですが、「写楽殺人事件」(1983年)、「北斎殺人事件」(1986年)、「広重殺人事件」(1989年)の浮世絵三部作の仲間入りして浮世絵四部作とならなかったのは三部作の主人公である津田良平が登場しないからでしょうか?塔馬が津田を回想する場面はありますけど。本書での塔馬の登場は中盤からで、全体を通しての主人公は行方知れずの美術品の「捜し屋」である仙堂耿介です。研究家の津田と違ってハードボイルドの私立探偵風ですがかつては浮世絵研究家の道を歩いていたという設定で、研究家を断念したことへの未練も引きずっています。国内よりも海外の方が高く評価している春信作品の真贋を巡る謎解きで、捜査はアメリカにまで及びます。日本人ばかり登場するのでアメリカの雰囲気は感じられない描写ですが。殺人の謎解きがほとんど脇に回っているのは浮世絵三部作と同じで、特に本書ではちょっと凝ったトリックが使われているだけに犯人当てとして中途半端な着地になっているのがもったいないと思います。浮世絵議論についても芸術性より市場相場の話が中心なのでわかりやすいといえばわかりやすいですが、美術ファン読者からすると物足りないでしょうね。


No.2417 5点 見知らぬ人
エリー・グリフィス
(2021/08/21 20:06登録)
(ネタバレなしです) 英国の女性作家エリー・グリフィス(1963年生まれ)のミステリー作品は法医考古学者ルース・ギャロウェイシリーズとエドガー・スティーヴンス警部&魔術師マックス・メフィストシリーズが知られますが、2018年発表の本書はそのどちらでもない本格派推理小説です(とはいえハービンダー・カー部長刑事の登場する次作も書かれたので新シリーズかも)。現代的でありながらゴシック小説風な場面(降霊会)があり、3人の女性が何度も語り手役を交代したり、伝説のホラー作家の作品が作中作として挿入されて見立て殺人演出があり、英語教師(つまり国語教師)が大勢登場するからか文学作品の引用も多く、日記へのストーカー行為、学園ドラマに家族ドラマと実に多彩な面をもつ作品で、それがMWA(アメリカ推理作家協会)の最優秀長編賞の理由かもしれません。もっとも作中作を細切れにして挿入しているのは効果としては賛否両論あると思うし(最後にまとめ版が読めるようにしてはありますが)、文学作品の引用も散発的でとてもビブリオ・ミステリーとはいえないです。確かに多彩な作品なので色々な楽しめ方があるとは思いますが、犯人当てとしては謎解き伏線はあるけれど読者を納得させるには少ないように思えます。手広いけど浅いという印象のミステリーです。


No.2416 6点 星空にパレット
安萬純一
(2021/08/15 22:58登録)
(ネタバレなしです) 創元推理文庫版で「純度百パーセントのミステリ短編集」と紹介されている2021年発表の短編集です。こういう宣伝文句が付くというのは本格派推理小説の人気が上がっているのでしょうか(個人的にはそうあってほしい)。探偵役が全部異なる、短編としてはやや多めで中編としてはやや少なめの60ページから70ページ規模の作品が4つ収められてます。「黒いアキレス」は高校生トリオが探偵役で、はずれ推理を刑事から「子供の遊びじゃないんだ」と批判されながらもどんどん核心に向かっていく展開が楽しいです。「夏の北斗七星」はどんでん返しの謎解きも面白いですが、とんでもない結末をさらりと書いているのが却ってインパクトを強めています。個人的には1番印象に残る作品です。「谷間のカシオペア」は作中作を挿入して作品世界と現実世界の謎解きを構築しているだけでなく、推理小説においてフェアかアンフェアかの議論がつきまとう問題に対する模範解答を目指した意欲作です。これを短編でまとめるのはやや厳しかったか、作中作の推理は緻密で丁寧ですが現実世界の事件の解決は唐突かつ性急過ぎてすっきりするよりも呆気にとられましたが。「病院の人魚姫」も解決が強引気味で、犯人の行動が突飛過ぎで納得しにくかったです。でも確かにどの作品も純度百パーセントの謎解きで、読んでいる間は十分以上に楽しめました。


No.2415 6点 マーチン・ヒューイットの事件簿
アーサー・モリスン
(2021/08/15 01:39登録)
(ネタバレなしです) 国内でこのタイトルで思い起こすのは1978年に独自編集で10作を収めて出版された創元推理文庫版でしょう(私も初めて読んだシリーズ作品集はこちら)。一方で2021年出版の「マーチン・ヒューイット【完全版】」(作品社版)では英国オリジナルの第2短編集「The Chronicles of Martin Hewitt」(1895年)の邦題です。「Chronicle」は直訳するなら「年代記」ですが収められた作品は特に作中時期が記載されてはいないので「Chronicle」という原題の方もいい加減と言えばいい加減なんですけど。さてここで紹介する「事件簿」は後者の方です。このシリーズはコナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズが断筆された期間に書かれたことから「ホームズのピンチヒッター」と評価されていて、第1短編集の「マーチン・ヒューイット、探偵」(1894年)に収められた7作はホームズ作品と同じ雑誌に掲載されていて確かにピンチヒッターの役目を果たしているのですが、本書に収められた6作は何とライバル雑誌に掲載されました。ピンチヒッターどころか寝返っての敵対関係ですね(笑)。ヒューイットの足を使った捜査の丁寧な描写は相変わらずで、私立探偵作品ながら後年のF・W・クロフツのフレンチ警部シリーズに通じるような印象を受けました。但し読者が自力で謎を解こうとするには肝心な場面が描かれていなかったりするのはフェアプレーの謎解きが意識されるよりも前の時代の作品なので仕方ありません。個人的な好みの作品は容疑者たちが互いを疑う設定と海底捜査が印象的な「ニコバー号の金塊事件」と、プロットがシンプルで読みやすくヒューイットのちょっとしたいたずらが効果的な「ホルフォード遺言状事件」です。

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