空さんの登録情報 | |
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平均点:6.12点 | 書評数:1530件 |
No.190 | 6点 | マギンティ夫人は死んだ アガサ・クリスティー |
(2009/07/22 21:58登録) 一見ごく平凡なマギンティ夫人殺害事件。容疑者が逮捕され死刑判決が下されたものの、事件を担当した警視は納得できずポアロに再調査を頼む、という筋立てですが、『幻の女』のような緊迫感はさっぱりありません。 田舎の宿に泊まった美食家のポアロがひどい食事に悩まされるのん気なユーモアが楽しめます。久々に登場するミステリ作家オリヴァー夫人の、自分が創造した名探偵に対する考えも、興味深く読めました。さらに登場人物の一人が提案するオリヴァー夫人最後の作品のアイディアは爆笑もの。本作より前にクリスティーは『カーテン』を書いてしまっているはずです… さて、真面目にプロットを考察すれば、犯人の意外性はさすがです。新聞の件が明らかになっても、動機がどうも弱い感じがしていたのですが、ポアロに説明されて、なるほどとすっきりしました。 |
No.189 | 5点 | 妖女のねむり 泡坂妻夫 |
(2009/07/20 17:43登録) 元々紋章上絵師だった作者が自己の芸術観の一端を披露した作品ともとれますが、やはり疑問はあります。すべては「本物」だという発想はいいと思うのですが、出来上がったその「本物」の良し悪しは作者の思い込み如何にかかわらず、あくまでその個人の才能およびその時の運(うまくいくかどうか)によるものでしょう。 また全体の構造は、超自然的なというより宗教的な不思議さを見せていく手際がさすがに見事で、おもしろかったのですが、毒殺トリックは不満でした。犯人の立場から見ると、準備が難しい上、その方法を使うことによって自分に嫌疑がかからなくなるという保証もなく、あまりに不自然なのです。 |
No.188 | 7点 | 帽子屋の幻影 ジョルジュ・シムノン |
(2009/07/18 17:57登録) 短編『しがない仕立て屋と帽子商』を長編化した作品です。 メグレものはどうか知りませんが、純文学系の作品については、あらかじめ決めておくのは登場人物や舞台等の設定と最初に起こるできごとのみで、後の展開は筆まかせということが多いらしいシムノンにしては、このように最初から構成がある程度決まっているのは珍しいことです。 とは言っても、元の短編が仕立て屋の視点から書かれたミッシング・リンクの謎解きミステリであったのに対して、本作は犯人である帽子屋の視点からの話になっています。冷静な連続殺人犯であった彼が、仕立て屋に疑惑をいだかれたあたりから、しだいに精神的なバランスを失っていく様子がじっくり描きこまれていて、緊迫感充分です。 ただし秘田氏の翻訳は、古いというだけでなく妙な癖があって、閉口しました。たとえば、絞殺凶器のチェロの弦をフランス語風に「ヴィオロンセロの糸」と訳すとは! |
No.187 | 5点 | フォックス家の殺人 エラリイ・クイーン |
(2009/07/15 21:34登録) クイーンは『ドラゴンの歯』発表後考えていたプロットを『そして誰もいなくなった』に先取りされてショックを受けたそうですが、本作も10年以上も前の殺人事件の再調査ということでは、本作の2年前に書かれたクリスティーの『五匹の子豚』と共通する作品です。しかし、クリスティーほど多彩な容疑者たちは登場しませんし、解決のひねりもありません。非常に地味でストレートな作品です。 『災厄の町』系統のテーマ性重視作品ということで、再びライツヴィルを舞台に選んだのでしょうか。 ただし、本作でのエラリーの推理の後の「解決」選択には疑問を感じました。ある意味ごまかしてしまったことになると思うので、それで本当の問題解決になるのか、そこに疑問を感じてしまったのです。点数が低めなのはこの部分のマイナス1点。 |
No.186 | 8点 | 球形の荒野 松本清張 |
(2009/07/13 20:53登録) 奈良の古寺めぐりでの疑念から始まり、第二次大戦中の策謀と現在(昭和36年)の事件をからめて、さまざまな登場人物の視点を渡り歩くようにして描かれていく作品です。社会性と叙情性、謎解きの興味が融合した松本清張らしさのよく出た傑作です。ちょっと感傷的すぎるようにも思えますが、海辺の断崖でのラスト・シーン、特に最後の1文に込められたニュアンスは感動的です。 ただ再読してみて1点、画家の死については殺人とするには、動機、実現性、殺人方法選択の必要性すべての面からして無理があります。作中では結論をあいまいにしていますが、本当にあり得ないような事故死としか考えられないということになるのです。しかし、それがその後の京都での事件にもつながってくるだけに、このあまりの偶然は納得できません。 |
No.185 | 7点 | 不可能犯罪捜査課 ジョン・ディクスン・カー |
(2009/07/11 19:53登録) 不可能犯罪捜査課シリーズ中では、やはり『銀色のカーテン』が最も鮮やかに決まっていると思います。『空中の足跡』のトリックは、長編『テニス・コートの謎』の中でも途中で可能性が議論される方法ですが、ミステリらしいまさに逆転の発想です。『新透明人間』は奇術「スフィンクス」の有名トリックを利用して不思議さを演出していますが、いくら何でものミスは不要でしょう。 それより、シリーズの後に収録されている作品群がおもしろいのです。『二つの死』も不気味な雰囲気充分でしたし、何と言っても適法殺人という着想の『もう一人の絞刑吏』、さらにほとんどホラーの『めくら頭巾』の2編が傑作だと思います。 |
No.184 | 6点 | カリブ海の秘密 アガサ・クリスティー |
(2009/07/09 21:28登録) 高血圧で死んだと思われた昔話好きな少佐が見たものは何だったのか、要するにそれだけの単純な問題のはずなのですが、これがなかなかわからないようにミスディレクションが工夫されています。 誰もが疑わしく思えてくるように話を組み立てておいて、解説されてみると確かにそれ以外に考えられないと納得させるオチをつけるところ、さすがと言うべきでしょう。後半になって、最初から計画されていた殺人が次に起こるのではないかというサスペンスも出てきます。第3の殺人のある意味甘さは、クリスティーらしい話の決着のつけ方だな、とも感じました。 |
No.183 | 5点 | 能面殺人事件 高木彬光 |
(2009/07/07 20:41登録) ヴァン・ダインをネタばらししながら引用しているだけあって、その系統の密室トリックが使われていますが、小道具の使い方がうまくできています。しかし、殺人方法については不満があります。1940年台当時では死因は確定できなかったのでしょうが、この方法では皮膚に明らかな痕跡が残るので、この点には当時の法医学検査でも気づくはずです。 それにしても、この犯人の意外性は、私も江守森江さんと同じく、その設定をストーリーの中でどう効果的に使っていくかという工夫が甘いと思いました。読者を欺く語り方は、横溝正史の似た趣向の同時期某作品と較べると(文章表現技術も含め)どうしても見劣りがします。 Eさんの言われるビックリする人物(当然彼自身ですね)の使い方には苦笑しましたが、これもヴァン・ダインの叙述形式をひねったのかも。 |
No.182 | 6点 | シャーロック・ホームズの回想 アーサー・コナン・ドイル |
(2009/07/05 15:03登録) ホームズが若かりし頃の事件を語る『グロリア・スコット号』、『マスグレーヴ家の儀式』、それにホームズを偲ぶ『最後の事件』(もちろん後に生還するわけですが)と見てくると、なるほど「回想」か、と思えます。 犬の手がかりに関する有名な台詞が出てくる『銀星号事件』や、事件現場の見取図が挿入されている長めの『海軍条約事件』といった有名作もさすがですが、『グロリア・スコット号』の秘められた過去の手記は迫力がありましたし、ホームズの推理がほとんどからぶりするちょっと感動の『黄色い顔』も個人的には好きな作品です。 |
No.181 | 8点 | コカイン・ナイト J・G・バラード |
(2009/07/03 20:44登録) バラードが亡くなってから2ヶ月以上もたって、やっと追悼の読書です。 舞台はスペインのリゾート地にあるコミュニティー。5人の死者を出した邸宅の放火殺人事件で逮捕された弟の無実を証明すために、兄が独自の調査を進める姿を一人称形式で描いていくという、粗筋だけだと普通のミステリです。イメージ喚起力のある比喩を使った文章もあわせ、最初のうちはロス・マクドナルドをさらに晦渋にしたような感じも受けました。 ところが、後半に入ると、真相探索はほとんど一時おあずけになり、それまでは見え隠れしていた程度だったこの作者らしいテーマ性が一気に表に出てきます。数年前の『殺す』でも扱われていた、完全管理されたコミュニティーの問題点が、別の角度から描かれていくのです。 そして最後にそのテーマ性と放火殺人事件の真相とが融合され、ショッキングな結末を迎えます。途中である登場人物が「『サイコ』のスタイルでリメイクされたカフカ」というせりふを口にしますが、この結末はカフカ的不条理な怖さです。特に気味が悪いのは、「地下世界への招待」の章で明かされる真相のすべてが本当のことなのかどうか、ラスト・シーンに至ってみるとわからなくなってしまうというところです。 |
No.180 | 6点 | 奇蹟のボレロ 角田喜久雄 |
(2009/07/01 21:17登録) 名探偵として活躍する加賀美捜査課長がシムノンのメグレ警視をモデルにしていることは知られていますが、それだけでなく角田喜久雄がいかにシムノンから影響を受けているかには、驚きました。 最初の1ページを読んだだけでも、文章スタイルがシムノンそっくりと言ってもいいほどであることに気づかされます。シムノンの文体は、翻訳を介しても明らかなほど個性的ということなのですが。 さらに寡黙な感じの真犯人指摘シーンにしても、推理部分の後のエピローグのつけ方にしても、初期メグレもののいくつかが思い浮かびます。 この文章に幻惑されて、謎解きミステリとしての骨格がどうでもよくなってしまいそうになりましたが、奇術を利用したトリックはたいしたことはなく、その後のひねりが見所です。よくもこんなめんどうな殺人計画を、という気もしますが、推理はなかなかのものでした。 |
No.179 | 7点 | ブラウン神父の醜聞 G・K・チェスタトン |
(2009/06/29 21:29登録) このシリーズでは、初めて本のタイトルと同じタイトルの短編小説が最初に収録されています(『~秘密』はプロローグでした)。ブラウン神父ではお馴染みのパターンの話ですが、現実にこのような事件に出くわせば、記者と同じような勘違いをする人は多いかもしれません。記者や、彼の記事の読者と同じような人が陥りがちな思い込みに対する辛辣な態度がチェスタトンらしさです。『《ブルー》氏の追跡』や『村の吸血鬼』にも似た逆転の発想があります。 『古書の呪い』のアイロニーも痛烈で記憶に残りますが、何と言っても『とけない問題』のとぼけぶりに拍手喝采。不可解極まりない謎の事件にとんでもない解答を用意してくれています。 |
No.178 | 7点 | ホロー荘の殺人 アガサ・クリスティー |
(2009/06/27 12:22登録) 最初に読んだのはクリスティーを読み始めて間もないころで、5点ぐらいの評価だったのですが、再読してみて、本作の面白さはある程度の年齢にならなければわからないかなと納得しました。 ちょっと前に書かれた『動く指』や『五匹の子豚』とも共通する、シンプルな犯罪計画を登場人物の描き方で巧みに覆い隠してしまうタイプと言えるでしょうが、本作では特に人物の心理描写が入念です。解説には、文学的と言うだけでなく、推理小説を書く気はなかったのではないか、とまで書かれているほどで、作中から引用すれば、「からみあった感情と個性の衝突が織りなす模様」(第19章)というのが狙いでしょう。最初の方と最後に出てくる病気のおばあさんも、登場人物表には載っていませんが、なかなか印象に残ります。 ただ、上述の2作に比べると解決部分でのミステリとしてのすっきり度は落ちるかな、という気がします。 |
No.177 | 7点 | 夜のピクニック 恩田陸 |
(2009/06/25 20:57登録) これは「ミステリーではないかも知れない」どころではなく、全くミステリではありません(恐怖幻想系でさえない)。こういう小説を「ミステリの祭典」で取り上げるのはどんなものだろうと思ってしまいます。これを入れるのなら夏目漱石とかだって入れていいんじゃないでしょうか…などと文句を言いながらも、書評を書いているのですが。 それぞれの登場人物の抱える問題については、適当にごまかしてしまったようなところもありますが、主役の二人の扱いはさすがに爽やかでいいですね。いかにもなラスト・シーンもうまく決まっています。時々、歩行時間とページ数をチェックしながら読んでいきました。 |
No.176 | 5点 | 棺のない死体 クレイトン・ロースン |
(2009/06/23 20:25登録) 例によって様々な心霊現象的な謎を小出しにしてくれます。カーの少し以前の某作品と同じアイディアを使った部分もありますが、本作の方がより現実的です。今回は語り手のロス・ハートが完全に事件関係者になり、殺人容疑がかかってしまう展開で、話にも一工夫しています。 しかし、最終的な解決はどうも釈然としません。筋が複雑すぎて整理しきれず、どうでもいいような気になってしまいますし、かといってそれを帳消しにするほどの盲点を突いた意外性があるわけでもないのです。ある意味専門的な方法を利用しているので、伏線はあっても、はあそうなんですかという感じでした。 |
No.175 | 7点 | シャーロック・ホームズの帰還 アーサー・コナン・ドイル |
(2009/06/21 12:44登録) 愛読者からの熱烈なアンコールに応えて、1903年ついに生還したホームズ。姿を隠していた言い訳はやはり苦しいですが… 代表作『ノーウッドの建築業者』において、ドイルが小説中に取り入れた「指紋」は犯人による偽装です。イギリスで指紋が犯罪捜査の個人特定に利用されるようになったのは1901年からだそうで(見えない指紋の検出技術はさらにかなり後でしょう)、その新しい技術もそのままでなくひねって使うのがミステリらしいところです。 充電期間をたっぷりとったためか、これも有名な『六つのナポレオン胸像』や『踊る人形』(一見子どもの落書きに見えるところが工夫)など他にも秀作が多い本短編集ですが、変わったところでは『恐喝王ミルヴァートン』も楽しい作品ですし、難解好みの読者からは不評ならしい『三人の学生』も、推理(特になぜ忍び込む気になったかの部分)が個人的には気に入っています。 |
No.174 | 6点 | 新幹線殺人事件 森村誠一 |
(2009/06/19 21:29登録) 殺人事件の捜査と、事件の背景にある芸能プロダクションの内幕を交互に描いていく構成は、社会派的な部分が生な形で出すぎているとは思いますが、なかなかおもしろく読ませてくれます。 本作が書かれた当時、新幹線からの電話はすべて記録されていたという点を利用したアリバイは、よくできています。しかし、それが途中で解明されるとほぼ同時に発生する別の殺人とのつなぎ方は、前半が無駄骨という感じがして、あまり好きになれません。似たパターンは鮎川哲也にもありますが。 その第2の事件のアリバイトリックもかなり凝っています。刑事たちがどうやってそれに気づくか、という点は、どちらも似た状況に遭遇することでひらめくというもので、犯人の計画に比べてありきたりなところ、もう一つ論理的な鮮やかさが欲しいという気もします。 |
No.173 | 7点 | Zの悲劇 エラリイ・クイーン |
(2009/06/17 20:47登録) 論理派クイーンの中でも、消去法推理を徹底させた作品です。ラストのレーンのたたみかけるような推理には、そのシーンの状況設定ともあいまって、息詰まるような緊迫感が感じられます。ただし、犯人が日を変更した理由については、確かにそれだと言いきれない点が(後で読み返してみて)気になりました。 また、被害者の人物設定や検事の態度、死刑問題など初期作品の中では社会派リアリズム傾向がかなりあるというのも興味深い点です。ワトソン役ではなく脇役探偵の一人称形式であるということからしても、ひょっとしたらハメット等からの微妙な影響があるのではないかとも思ってしまいます。 |
No.172 | 7点 | 動く指 アガサ・クリスティー |
(2009/06/15 21:26登録) 小さな田舎町を騒がせる匿名のいやがらせの手紙を書いているのは誰か? 一人称形式で書かれた本作は、ミス・マープル初登場の『牧師館の殺人』と同じように第三者的立場から見られた住人たちの姿がじっくり描かれていて、なかなか味わい深い作品です。 発想は実にシンプルで、下手な作家が書けばせいぜい凡作にしかならないでしょう。ところが、登場人物たちの性格描写をしっかり行うことがミスリーディングになってしまうという、クリスティーならでは手際を見せてくれているのです。ストーリーを追っているうちに、いつの間にかある前提に捉われてしまうよう、巧妙に仕組まれています。 ミス・マープルが登場するのは、すでに話が8割ぐらい進んでからです。その後も最後の推理部分を除くと、彼女の出番は10ページちょっとぐらいのものですので、そこがファンには物足らないかも。 |
No.171 | 4点 | 死の発送 松本清張 |
(2009/06/13 11:20登録) 刑期を終えて出所した官吏が横領した公金のうちの一部はどこかに隠したままではないか。その金に目をつけた新聞社の編集長が行方不明になるあたりまで、松本清張の中でも軽めの展開ですが、それなりに読ませてくれます。 さて、その編集長が中盤で殺されてからは、時刻表等を利用したトリックの解明が中心になります。しかし、トリックそのものは悪くないのですが、どうにも必然性が弱いのが難点です。手間のかかるトリックを使っているのに、犯人にアリバイが成立するとか動機を隠匿できるとかいうメリットがないのです。 ただ偶然駅の荷物受付係が依頼者の顔を覚えていたため、結果的には死体詰めトランクを被害者自身が発送したという不可解な状況が起こってしまったわけで、その効果を犯人が望んでいたはずはありません。これでは、作者のご都合主義と言わざるを得ないでしょう。 |