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ミステリの祭典

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空さんの登録情報
平均点:6.12点 書評数:1519件

プロフィール| 書評

No.1319 8点 悪魔の死
アンネ・ホルト
(2021/12/08 21:00登録)
ノルウェーの女性作家によるシリーズ第3作。
主役のハンネ・ウィリヘルムセン(綴りはWilhelmsenなのでヴィルヘルムセン表記の方が、正しいのでしょうが)は、前作の事件後警部に昇進していて、まだデスク・ワークに慣れず、自分で外をとび回って上司から小言を言われたりもしています。
児童保護施設の所長(女性)が刺殺される事件で、多少厳格すぎるにしても悪魔とは程遠い人物設定です。それがこのタイトル(原題”Demonens Død”ですから、ノルウェー語を知らなくても邦題が直訳なのは明か)というのには、意味があるわけです。
ある意味、このラストには『火刑法廷』を連想してしまいました。「悪魔」と言ってももちろんリアリズム系の作品なので、ホラーとは無関係ですが、それほどの衝撃的反転性を持っているということなのです。その結末に至る後半のストーリー展開も見事で、なんともやるせない気持ちにさせられました。


No.1318 4点 白虹
大倉崇裕
(2021/12/05 17:26登録)
主人公五木の罪悪感とか警察組織の硬直性とか、誇張されすぎてはいるものの、山岳ミステリとしての雰囲気や、殺人事件に至る流れなど、大げさだからこその迫力も感じられ、登場人物たちも魅力的でなかなかおもしろいと思っていたのです。
ところが、帯に書かれている「驚愕の真相」に至り、なんだこれということになってしまいました。意外性と言ってもあまりに唐突で、五木が命を狙われるところなど論理的にも無理が出て来てしまっているのです。もっとストレートなアクションを中心にした方がよかったかもしれません。細かい点ですが、「故人」(第10章末)は漢字を読めば意味は明らかですが、聞いただけではわかりません。
なお、タイトル(「はっこう」)については、「日暈とも言う。太陽や月の周りに、巨大な光の輪が見える」現象で、「凶事の兆しとも言われている」と説明されていて、五木の閃きのことを指しています。


No.1317 4点 日曜哲学クラブ
アレグザンダー・マコール・スミス
(2021/11/29 23:28登録)
「寄り道だらけの知的な冒険」と作品紹介には書かれている女性哲学者イザベルのシリーズ第1作です。
そんな主役設定だけに、上品ではあるのですが、読んでいて、人間に対する見方が極端な紋切り型に感じました。作中の実例を挙げると、政治家はガンジーやマンデラなど「ほんの数人」を除けば「どうしようもなく大きくふくれあがったエゴ」の塊ばかりだという考え。人間の意外な一面を見せてくれ、だからこその意外性を演出する作家に親しんでいる者にとっては、不快感がどうしても拭えませんでした。
ところが、全体の8割近くなってあまりに突然、鼻や唇にピアスをしたチョイ役若者の登場を皮切りに、人は見かけによらないこともあり、第一印象に固執するのは危険だという主張が出て来て、以降はその考え方に基づいた真相解明になっていました。手がかりは明確なので、一応「本格派」と言えるのかなあ。


No.1316 6点 黄色の間
M・R・ラインハート
(2021/11/26 23:10登録)
ラインハートは1958年に死去していますが、晩年には執筆量は急減して、1945年の本作の後発表された長編は2作だけのようです。
途中までは、これは傑作ではないかと思いながら読み進んでいたのです。別荘での身元不明の女の死体発見に続き、山火事、ある人物のショック死、容疑者逮捕など様々な出来事が起こり、ともかく飽きさせません。主役の二人、キャロルとデイン少佐との視点の描き分けも堂に入ったもので、どうまとめて来るのかと期待していたのですが。
確かに事件全体の流れは相当複雑ではあるものの、納得できるようにできています。しかし、そのまとめ方がちょっと釈然としないのです。なんといっても、探偵役が入手した手がかりはすべて読者に開示することという意味でのフェアプレイが守られていません。完全にサスペンス調であれば問題ないのですが、構成がパズラー風なだけに、どうしても多少不満が出てきます。


No.1315 6点 黒岩涙香探偵小説選Ⅱ
黒岩涙香
(2021/11/23 09:29登録)
ガボリオの中編『バティニョールの爺さん』の翻案『血の文字』等10編と短いエッセイ2編。
ミステリ的にはやはりこの中編が最もよくできています。解題で小森健太朗はクイーンの某作との共通点を指摘しているほどです。まあクイーンほどのひねりはありませんが。
他に『幽霊』『紳士の行ゑ』『秘密の手帳』が長めの作品。『幽霊』は乱歩はあまりおもしろくなかったそうですが、悪くないと思いました。これもガボリオの『紳士の行ゑ』は、原作データ・アーカイブで確認したところ、探偵役は捜査官マグロワール先生(maître Magloire)です。
残りは短い作品ばかりです。小森健太朗がガボリオ原作としている『帽子の痕』の一人称主役刑事は『バティニョール…』のメシネ(目科)刑事をうらやんでいるので、メシネではあり得ません。中短編集『バティニョール…』収録6編の中に本作は入っておらず、原作がガボリオかどうかも疑問です。


No.1314 8点 カルメン
プロスペル・メリメ
(2021/11/17 23:40登録)
ビゼーのオペラは、通して見たことはないものの、代表的な曲は聴いています。また、オペラの映画化はF・ロージ監督版を見ています(ほとんど覚えていませんが)。というわけで、要するに奔放な浮気女カルメンをめぐる三角いや四角関係の話、という認識を持っていたのでした。しかしこの原作小説を読んでみると、まるで違うことに驚かされたのでした。主人公ドン・ホセには婚約者などいませんし、闘牛士が出てくるのは終盤になってからです。
4部に分れ、第1部は考古学者の「私」とドン・ホセの出会い、第2部は「私」とカルメンとの出会いと、その数か月後の逮捕されたホセとの再会、全体の6割ぐらいある第3部がホセの告白、駄4部はジプシーについての覚書です。全体的には、ジェイムズ・ケインをも思わせる(ケインが本作に影響を受けているのでしょうが)、女に魅せられたため悪の道に踏み込んでいく男を描いた犯罪小説です。


No.1313 6点 ハリウッドで二度吊せ!
リチャード・S・プラザー
(2021/11/14 16:29登録)
シリーズ初期作品はもっとシリアスだったそうですが、本作はコメディー・タッチが持ち味のなかなかよくできた軽ハードボイルドだと思いました。
ある夜依頼の電話があり、その夜のうちに殺人が起こって依頼者が逮捕されてしまうという、ガードナーよりはるかにスピーディーな展開です。冒頭部分はその事件の調査に行った映画撮影現場のシーンで、後から事件の経緯は説明されるのですが。
事件の黒幕だけは早い段階から明らかですが、実際の殺人犯は誰かという部分には、伏線をしっかり張って、説得力があります。ただ真相の明かし方には、意外性演出が不足しています。ある人物の自白を引き出すための方法が、ハリウッドならではのばかばかしさで、楽しませてくれるのが、一番の見どころでしょう。
原題は "Kill Him Twice"、邦題は「吊せ」となっていますが、1回はガス室、もう1回は電気椅子での処刑だと説明されています。


No.1312 8点 支倉事件
甲賀三郎
(2021/11/10 19:57登録)
甲賀三郎の長編の中では現在最も有名かつ評価の高い作品ですが、作者の代表作とは言えない超例外作です。
現実の事件に材を採ったドキュメンタリー・タッチの作品であることは知られていますが、特に後半、支倉喜平が送検されてからのことはほとんど事実に基づいているのでしょう。普通の意味でのミステリ的興味は、後半ほぼなくなってしまいます。それを戦前の「本格派」推進者であった甲賀三郎がごく初期、1927年に発表したというのには驚かされます。だからといって、本作が異常心理等を主題とした「変格派」であるはずもありませんし、変格派の得意な作家には絶対書けないタイプです。戦後の作家だったら、間違いなく完全なドキュメンタリーとして書いたであろうと思われるような題材を、一応フィクションの中に収めた本作も、作者の考えでは「本格派」に分類されるものだったのでしょうか。


No.1311 6点 死ぬためのエチケット
シーリア・フレムリン
(2021/11/07 19:50登録)
ドメスティック・サスペンスの作家として知られているようですが、そんなに他のサスペンス系作家と違うかなという気もしているフレムリンの、13編からなる短編集です。1編平均20ページ程度と短め。
巻頭の『死ぬにはもってこいの日』は、原作では本全体のタイトルにもなっている作品で、作品紹介には「皮肉な運命」としていますが、むしろなんとも哀しい感じがしました。あまりミステリ的とは言えません。それこそ皮肉な結末の3番目『高飛び込み』は全然ミステリでないので、こんな割合で続いていくのかなと思っていたら、後は最後の『奇跡』を除きすべてオチのある犯罪絡み話になっていました。まあ『夏休み』は殺人に見えるというだけですが、そうなってしまう過程が楽しい作品です。
全体的に楽しめましたが、ただ翻訳版表題作だけは、たぶんわざとあいまいさにしたオチが、かえって不満でした。


No.1310 6点 ブラック・マネー
ロス・マクドナルド
(2021/11/04 20:07登録)
文庫版の作品紹介ではロス・マクの異色作としているのも、なるほどと思える作品でした。依頼内容自体がある男の身元調査というのは、本来なら私立探偵の仕事らしいのですが、ハードボイルド系ミステリではあまりないでしょう。調査対象の男は最初からうさんくさく、何かあるという感じがします。リュウが他の作品と同じく、ていねいで自然な流れに沿った調査をしていくと、事件はその男の正体とは直接関係ない方向に進んでいきます。半分近くになってから殺される人物がまた意外です。その人物が何かを隠しているらしいことは少し前から明らかなのですが。
早い段階からある人物の態度には不自然さを感じていたのですが、最後には、その態度の意味が納得できます。タイトルの黒い金(隠し所得)の動機との関係など、さすがにきっちりできていますが、真相解明部分がこの作家にしてはあまり鮮やかでないのが不満でした。


No.1309 5点 死神の矢
横溝正史
(2021/10/29 22:55登録)
犯人設定と事件の構造自体は、おもしろいアイディアだと思います。さらに事件を難解化する原因となったある偶然も、ご都合主義というほどでもありません。
ただ、その設定にはかなり無理やりなところがあります。連続殺人の動機として、被害者の人物設定だけでなく殺意を抱く側の人格も考えると、これは無茶でしょう。また、上記偶然がなかった場合を考えると、最初の犯行は無謀としか言いようがありません。そもそも事件の発端となった古舘博士による婿選び自体、なんでそんなことをしたかという疑問への答は明確に示されていないのです。この犯人設定なら、殺人は1件だけにした方がよかったのではと思えました。元の短編がどうなっていたのかは知らないのですが。
角川文庫版に併録されている『蝙蝠と蛞蝓』は一人称の語り口がなんともユーモラス。「蝙蝠は益鳥である」って、蝙蝠は哺乳類なんですけど。


No.1308 6点 ウィンディ・ストリート
サラ・パレツキー
(2021/10/26 20:49登録)
文庫本で700ページを超え、タイムリーな社会派テーマ性を持った『ブラック・リスト』に次ぐ、ヴィク・シリーズの第12作は、その前作より100ページほど短い(それでも約630ページ)、またハードボイルド系ではありふれた事件背景の作品でした。その分パレツキーには珍しく、構成的に多少工夫を加え、プロローグに派手な放火事件を置いて、その後いったん過去に戻るといった手法を使っています。
しかしこの作品の魅力は、ヴィクが事件に関わるきっかけになった出来事、彼女が母校で、バスケット部の臨時コーチをすることになる点でしょう。女子高校生が何人も登場し、特にそのうちの1人は事件に直接関係することになります。さらに敵役企業社長の孫であるビリーが加わり、小説に若々しさを与えています。
邦題は前作と違い、原題("Fire Sale")とは全く異なるもの。「ウィンディ」って何のことだか。


No.1307 5点 図書館の美女
ジェフ・アボット
(2021/10/23 13:01登録)
小さな田舎町ミラボーの図書館長ジョーディ・ポティートのシリーズ第2作は、悪戯めいた連続爆弾事件の上に、コンドミニアム建設計画をめぐる2重殺人事件が起こり、というなかなか盛沢山な作品です。殺人事件の真相については、たぶんそうじゃないかなとは思っていましたが、見当が付きやすいことより、その真相をどう明かすかという部分と、爆弾事件との関わり合いについて、どうも釈然としないものもありました。ジョーディの素人探偵ぶりも、行き当たりばったりな感じです。彼の、元恋人と現恋人との間でなんとなく揺れ動く心情はおもしろいとも言えますが、まだるっこしいのも確かです。
なお、訳者あとがきには、ミラボーと言えばアポリネールの詩『ミラボー橋』を真っ先に連想する向きも多いのではないかと書かれていて、でも綴りはどうなんだろうと気になり調べてみたら、同じ綴り(Mirabeau)でした。


No.1306 5点 粘土の犬
仁木悦子
(2021/10/20 23:23登録)
5編中3編が、仁木兄妹もののパズラーです。クリーニング屋から兄雄太郎が持って帰った悦子のコートが別人のものだったというところから始まる『灰色の手袋』は長編『林の中の家』とも共通する、様々な偶然が重なりあう構造で、手袋のアイディアは悪くないのですが、煩雑すぎます。『黄色い花』は雄太郎のように植物に詳しくないとわからない真相。『弾丸は跳び出した』は特に不可能興味の強いもので、それはいいのですが、これにも偶然がずいぶん重なっているだけでなく、第2、第3の事件はかなり無理やりな解決です。
『かあちゃんは犯人じゃない』は子どもの視点から一人称形式で書かれた作品で、すっきり仕上がった(見当がつきやすいとも言えますが)中に伏線もしっかり組み込まれています。表題作は倒叙型で、子どもが粘土で作った犬の上に乗ったものの意味はわかりますが、直接的な手がかりはアンフェア。


No.1305 7点 曇りなき正義
ジョージ・P・ペレケーノス
(2021/10/14 19:52登録)
D.C.カルテットと呼ばれる4部作を終えた後、2001年に開始された新シリーズの第1作で、主役は黒人私立探偵のデレク・ストレンジ。この作家はデビュー作『硝煙に消える』しか読んでいないのですが、本作も重厚な小説になっています。
原題は “Right as Rain”、普通「とても順調で」「絶好調で」という訳が出てきますが、本作の中では「全面的に正しい」と訳されています。デレクが依頼されたのは、黒人警官が非番の日に街角である男を銃で脅していて、顔見知りでない警察官に銃殺された事件で、その黒人警官の汚名をそそぐことです。原題は、発砲した同僚の行為には状況から見て全く問題がなかったということを意味しています。ただこれも、法律的にはともかく心理的には難しいところで、本書のテーマにもなっています。
事件のからくり自体はごく簡単に予想がつきますが、手がかりの提出の仕方はきれいに決め、最後を手堅くまとめてくれます。


No.1304 6点 裁かれる花園
ジョセフィン・テイ
(2021/10/11 21:08登録)
前作『ロウソクのために一シリングを』の8年後、1946年発表です。世界が戦争に突入していった時代には、この作家、長編小説を全く発表していなかったんですね。本作は戦争の影など全く感じさせません。それまでの(次作『フランチャイズ事件』でも脇役で登場する)グラント警部は出てきませんし、そのことを宣言するかのごとき原題(”Miss Pym Disposes”)です。
心理学の本がベストセラーになったミス・ピムが、旧友が学長を務める女子体育大学で講演を行うことになり、そこである事件が起こるという話。日本の法律では、殺人罪は適用できそうにない事件です。
これは最後の4ページが衝撃を与える作品です。それまでは小説としてはおもしろくても、ミステリとしては誉められるべきところがありません。そもそも、事件の原因となった学長の行為に納得のいく理由が最後までつけられていません。しかしこのラストには何とも言えない気分にさせられます。


No.1303 4点 蓼科高原の殺人
三田誠広
(2021/10/08 22:32登録)
祥伝社文庫から、Dramatic Novelette として出た中編シリーズの中の、競作「旅情ミステリー」3冊の中のひとつです。まずこの3冊、すべてミステリの専門作家ではない人(他の2人は笹倉明と岳真也)が書いたものだというのが、妙なところです。3人中、名前を知っていた(読んだこともある)のは本作の三田誠広だけですが。また本作について言えば、タイトルにもかかわらず旅情とは無関係です。蓼科高原にある別荘で起こる連続殺人で、要するに館もの。時間的流れで言えば、最初の毒殺事件があってから3時間もかかっていないのではないかと思える間の出来事です。
140ページかそこらの間に4件もの事件を起こして見せるのですから、どうしても描き込みが不足になります。この事件の動機に関わる過去のある事件についても、そんな事件を起こす必要性が感じられず、全体的には雑な仕上がりとしか思えませんでした。


No.1302 7点 溝の中の月
デイヴィッド・グーディス
(2021/10/04 23:04登録)
日本では1987年に公開されたジャン=ジャック・ベネックス監督のフランス映画『溝の中の月』の原作です。映画は幻惑的な映像美が高く評価されたものの、説明不足、わけがわからないという批判も多かった作品で、実際、だからこそ原作を読んでみたいと思っていたのです。
驚いたことに、映画は原作にほぼ忠実でした。原作でも最後近くなるまでは、中心テーマがよくわかりません。裏町に住むウィリアム・ケリガン(映画ではジェラール・デルマス)の妹をレイプして自殺に追い込んだのは誰かという謎は冒頭からあるのですが、そこにアップタウンの美女ロレッタ(映画も同名)とその兄が登場することにより、妙な展開になってきます。
問題なのはラストです。原作では、映画と違ってケリガンのある種悟りと決意が、ロレッタの兄のエピソードと絡めて明確に示されるのがオチになっていて、ちょっと感動させられたのでした。


No.1301 6点 コヨーテは待つ
トニイ・ヒラーマン
(2021/09/30 19:57登録)
ヒラーマンはミステリに限らず、やはりアメリカ先住民を主題にしたらしい “Indian Country” 等のドキュメンタリーも書いているそうです。
で、その作家初読作は、リープホーン警部補とチー巡査が共演するようになってからは4作目。チー巡査の同僚が射殺される事件です。容疑者の老人はチー巡査によって、現場近くですぐ逮捕され、持っていた拳銃、硝煙反応などから犯人に間違いないと思われるのですが…
チー巡査の恋人(未満と言ったところでしょうかね)がその老人の弁護人になり、チー巡査自身動機など不明な点が気になって独自に捜査を始めることになります。一方リープホーン警部補も全く別ルートからこの事件に興味を持つようになるという筋立て。しかし2人が協力し合ってという感じにはそれほどなりません。ラストはなるほど、こう来たかというところですが、容疑者老人が黙秘を続けていた理由は拍子抜けの感もありました。


No.1300 5点 殺意という名の家畜
河野典生
(2021/09/27 22:52登録)
結城昌治の『夜の終る時』と1964年日本推理作家協会賞(作品発表は前年)を分け合った作品です。この年はハードボイルド系の当たり年というところでしょうか。結城昌治の方はむしろ警察小説と言えますが。
海外作品では『ウィチャリー家の女』翻訳が出版されたのが1962年で、本作もチャンドラーよりロス・マク、それも内省的傾向が強まってきた時代の作品を思わせるところがあります。ただ、プロットがロス・マク的に複雑なのはいいのですが、ロス・マクほど解きほぐし方が鮮やかでないのが不満点です。中心トリックにできるだけ読者の注意を向けさせないように、外側から真相に近づいていくということができていないのです。そのため全体的にもたついた印象になってしまっています。ラストは雰囲気はいいのですが、説明不足でもあります。
なお、主人公が私立探偵ではなく作家だというのは珍しい試みですね。

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