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Tetchyさん
平均点: 6.73点 書評数: 1631件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.471 7点 プレイバック- レイモンド・チャンドラー 2009/03/08 14:28
チャンドラー最後の長編。今やフィリップ・マーロウの代名詞ともなっているあのセリフ

「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかったら、生きている価値がない」

は本作で登場する。

とはいえ、本作のマーロウは今までとはちょっと異質。特に簡単に女性と寝てしまうところが。今までマーロウを読んできた者、特に心酔している者達にしてみれば、裏切りにも似た感情を持つのではないだろうか。

とはいえ、長編の中でも一番短い本書はあまり事件も入り組んでいなくて理解しやすい。登場するキャラクターも立っているので十分満足できる。
ただシリーズの最後を飾る作品としては物足りなさ過ぎる。
逆に本作がマーロウシリーズの入門書としてもいいかもしれない。

題名の意味不明なところや舞台がロスでないなど、マーロウにこだわる読者の中では色々と不満があるようだが、個人的には十分満足できた。

No.470 7点 かわいい女- レイモンド・チャンドラー 2009/03/08 01:21
本作は前作『湖中の女』発表後、6年が経過しており、その間チャンドラーは脚本家としてハリウッドで働いていた。
本作はその影響がもろに出ていて、ハリウッド映画界の内幕が舞台となっている。そしてその筆致は終始異様で常識外れな連中が跋扈することをあげつらう形になっており、チャンドラーにとってハリウッドは伏魔殿のようにどうやら映ったようだ。

さて作品だが、今までのチャンドラー作品同様、依頼を受けて人を探すため、見当をつけた場所に行ってみるとそこに死体があり、マーロウが事件に巻き込まれるという形式になっている。

特に本作は場面転換も多く、プロットも二転三転するのでストーリーを追うのに苦労する。

隠された人間関係の歪さはちょっとロスマクに近いかも。でも題名どおりに最後「かわいい女」に救われる想いがした。

No.469 4点 チャイナ蜜柑の秘密- エラリイ・クイーン 2009/03/06 22:18
これははっきり云ってバカミスだろう。こんな真相、日本人が解るわけがないし、かなり無理がある。
なんせたった1時間で一室の家具―本棚やタンスなどに加え、壁時計などの調度類をも逆さまにするということが現実味に乏しい。
この真相はかなり乱暴だと云えよう。
クイーンの信望者である作家法月綸太郎のデビュー作『密閉教室』に、担任の教師が本作を非難するシーンがある。確か、有名な作品ということで読んでみたが、一体あれは何なんだ、バカバカしいといった感じの非難だった。読書中、幾度となくそのシーンが想い出されたが、それがそのまま私の言葉になってしまった。

No.468 10点 忙しい蜜月旅行- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/03/04 23:04
ピーター卿シリーズ最終巻にして傑作。
しかしこの評価は客観的な評価ではないかもしれない。シリーズをずっと追ってきて、ピーター卿とハリエット・ヴェインの2人に感情移入してしまっているからだ。
つまり、本作を存分に愉しむには『誰の死体?』から始まるピーター卿シリーズ全11作(短編含まず)を読むのが肝要だ。

本作は2人の新婚旅行で訪れたハリエットの生まれ故郷で自分たちが事前に購入していた屋敷で死んでいた死体と出くわし、その事件の捜査に巻き込まれるという、実にシンプルな内容。
それを630ページもの分量で語るわけで、随所に散りばめられたエピソードがその事件の外側を飾り立てている。
とはいえ、ピーター卿自身が事件よりもハリエットとの夫婦生活について思考を向けたり、トールボーイズ屋敷を取り巻く人間たちの関係を描いたりでなかなか話が進まない部分があり、正直、中だるみする部分があるのは否めない。

が、今回セイヤーズはかなりの試みをこの作品で行っていることが最後で判明する。
それは本格ミステリにおいて語られることのなかった「人が人を裁く」という意味についてかなり掘り下げて書いてあるのだ。

既に長くなっているので詳細は省くが、コージーミステリの如き始まったピーター卿が最後にこのような重い結末を迎えるとは思わなかった。
しかしこの結末だからこそ、ピーター卿は血肉を得たのだと思う。
ピーター卿と執事のバンターとの関係性などが明かされ、まさにシリーズの集大成と云える作品。
そしてセイヤーズがなぜ21世紀の現代においても評価が高いのか、その証拠がこの作品に確かにある。

No.467 7点 顔のない男 ピーター卿の事件簿2- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/03/03 19:31
『学寮祭の夜』を読んだ後では、セイヤーズは短編よりも長編向きの作家だと私の中で結論づいてしまった。

とはいえ、本作に収録されている作品が面白くないわけではない。
特に作中に自作のクロスワードパズルを盛り込んだ「因業じじいの遺言」などは短編にするのが勿体無いくらいアイデアを積み込んでいる感じがする。
また約30ページの作品の中に15人もの人物が登場する「白のクイーン」も仮装パーティという特殊な状況を活かした好品でアイデアが抜群である。

しかしやはりそれでも短編はその短さゆえに物語として物足りない思いがしてしまう。それはセイヤーズが物語の名手だからだろう。
非常に贅沢な要求である事は重々承知しているのだが。

No.466 10点 学寮祭の夜- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/03/02 23:37
正直、この作品は好き過ぎるといっていいほど大好きな作品だ。私の読書人生の中でベスト5に入る作品と間違いなく云える。

この作品を以って、なぜ今この現代においてでさえセイヤーズが巨匠扱いされるのか、またクリスティーと並び賞されるのかがはっきりと解った。
描かれる事件が学内に陰湿な落書きや悪戯が頻発し、やがてそれが傷害事件にまで発展するというものでコージー以外何物でもない。そのため今回派手なトリック、意外な結末というのは成りを潜めている。
が、しかし今回強烈だったのは最後告発された犯人が集まった一同を罵倒するという点。セイヤーズが探偵小説を書いたこの頃というのは知的階級の手による上流階級のためのもので、登場人物それ自体が貴族だったり高位の退役軍人だったり会社の役員と特化された時代だった。
そんな時代にこのような作品を書いたこと自体がまず驚きだ。
これこそ正に現代でもセイヤーズが古びない顕著な特徴ではないだろうか。

また、特に本作が人気が高いのもよく解る。以下はもう公然の秘密となっているから書いてもネタバレにならないだろう。

『毒を食らわば』で邂逅して以来、常にヴェインに求婚していたピーター卿の努力がとうとう報われるからだ。これは特に女性読者にとっては待ちに待っていた瞬間であり、この上ない倖せな結末だろう。ハリエット・ヴェインがあれほど拒んでいたピーター卿の求婚をなぜ受け入れたか、それを描くのにやはりこの700ページは必要だったのだ。

シリーズを読み通した者が得られる極上のカタルシスがこの作品にはある。そしてこのピーター卿シリーズは次作『忙しい蜜月旅行』を以って、惜しまれつつ閉幕となるのである。

No.465 7点 ナイン・テイラーズ- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/03/01 19:49
事件は相変わらずシンプルで、偶々葬式の時に掘り起こした墓の中から身元不明の死体が発見される。
死体は顔を潰され、両手首は切断されて、ない。さてこれは一体誰だろうか?どうやって殺されたのか?一体犯人はどうしてこのような事をしたのか?これだけである。
この犯人の背景を探る旅がこの物語では私にとっては特に面白かった。

それでもしかし世評高い本作は私の中ではセイヤーズのベストではない。
大きくトリックに絡む日本人に全然馴染みのない転座鳴鐘術の件、これが非常に読書に苦痛を強いるものであった。
浅羽莢子の訳は読者にどうにか理解させようと苦心しているのでこの原因にはならない。
元々が難解すぎるのだ。

しかしそれでも殺害方法は物語半ばにして解った。

(以下、少しネタバレ)


最後に今回の最も大きなアイロニーはピーター卿が初めて人を殺めたという点ではなかろうか?間接的とは云え、彼は共犯者の1人だ。
この物語の締め方が私をして本作を手放しに賞賛することを拒ませているようだ。

No.464 2点 殺人は広告する- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/03/01 01:18
今回のセイヤーズはつらかった。
これはミステリというよりも殺人を織り込ませた大衆小説である。広告業界内幕小説である。とにかく物語の進行が破天荒で登場人物たちが広告業界人であるがために一筋縄とはいかず、台詞がとにかく多い。
それゆえ、いつもより増して引用文が多く、これは私に云わせれば小説のリズムを崩しているようにしか取れなかった。
つまり今回は全くノレなかったのだ。

前評判から評価が二分化するのは解っていたが私が賛否の“否”になるとは思わなかった。
元々事件に派手さはないセイヤーズだが、それでもその緻密さとあっと驚くワンアイデアで最高の悦楽を与えてくれていたのに今回はそれもなかった。

しかも最後にピーター卿が犯人に自殺を要求するのはどうか?恵まれた人物が貧者の気持ちを解さずに「なら、死ねば?」と突き放しているようにしか思えなかったのだが。
またピーター卿が広告会社で活躍するのもスーパーマン過ぎて食傷気味。

No.463 8点 死体をどうぞ- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/02/27 22:45
※ネタバレ感想です!

またもセイヤーズ、恐るべし、と手放しで歓びたい所だが、今回はどうもそうは行かない。

まず賞賛の方から。
岸壁で1人のロシア人が殺されている、このたった1つの事件について600ページ弱もの費やし、さらにだれる事なく、最後まで読ませたその手腕たるや、途轍もないものである。事件がシンプルなだけにその不可能性が高まり、今回ほど本当に真相解明できるのか、危ぶまれた事件は(今までの所)ない。
しかも最後の章でまたも驚きの一手を示してくれるサービスぶりはまさに拍手喝采ものである。
血友病を持ってくるとは思いませんでした。この1点でトリックが全てストンと落ち着くのが非常に気持ちよかった。

しかし―ここからが批判である―、腑に落ちないのは結局動機が何なのか判らなかった事。
意外な犯人という点では今回は申し分ないだろうが、単なる一介の仲介業者が流れの理髪師に扮して殺人の供与をする動機が判らない。
動機らしい動機といえば、直接手を下したヘンリー・ウェルドンの、姉の財産を独占すべく結婚させないために手を下したというのが最も強いのだろうが、どちらかと云えば彼は共犯格であるから主犯格であるモアカムの動機が全く見えないのだ―読み落としたのかな?―。

余談だが、今回は表紙の装画に非常に助けられた。この装画がなければ現場の状況を克明にイメージできなかっただろう。イラストを描いた西村敦子氏に感謝。

No.462 3点 五匹の赤い鰊- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/02/27 00:00
その名が示すようにこれは推理小説でいうレッド・ヘリング物、つまり疑わしき潔白者が何人もいる小説で純粋本格推理小説である。
しかし、レッド・ヘリング物は誰も彼もが怪しいという趣向であり、とどのつまり、意外な犯人というものが真相にならない。
従って、途中で「もう誰が犯人でもいいや」というある種の諦観を抱くようになるのだ。
それは本作も例外ではなく、キャンベルという嫌われ者の画家が殺されるという1つの事件だけで、460ページ弱を引っ張るのはあまりにもきつい。

さらに今回は時刻表解析があったりと、好きな人は堪らないかもしれないが、興味がない、いや寧ろ苦手な私にとってみれば、退屈以外の何物でもなく、はっきりいってこの段階で興味を失したのはまず疑いない。
セイヤーズの小説は最後は素晴らしいカタルシスを提供してくれるので今回も期待したのだが、どうも読者を置き去りにしてしまった感が強い。

No.461 7点 パラサイト・イヴ- 瀬名秀明 2009/02/25 22:46
日本ホラー大賞初の受賞作。この作品が基準となり、同賞が難関となったと云っても間違いではないだろう。

聞き馴れない専門設備・器具の名称や専門用語の応酬に怯むものの、そのパートでは迫り来る得体の知れない何かに対する危機感めいた物がきちんと挿入されている。
さらに話は腎臓移植を受けた麻里子のエピソードやその経過、そして生前の聖美と利明との馴れ初めなどが絶妙にブレンドされ、読み物として退屈を呼び込んでこない。
実にバランスの良いストーリー運びである。

しかしエンタテインメントとしての勢いを減じているのがその圧倒的な量を誇る専門知識と専門用語だ。情報量が多すぎ、読者の理解力をことごとく試すような物語の流れになっているのが惜しい。
しかしそれを第1作目で求めるのは酷というものだろう。

No.460 8点 毒を食らわば- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/02/24 23:06
本書がピーター卿シリーズのもう1人の主人公ともいうべき、ハリエット・ヴェインの初登場作。

しかし今回の毒殺のトリックは現在に於いても画期的ではなかろうか?正に発想の大転換である。
通常ならば“如何に被害者に毒を飲ませたか?”という命題は実はもっと正確に云えば“如何に被害者のみに毒を飲ませたか?”とかなり限定されることになる。そういった先入観を与える事を見越してのこの真相。

いやあ、この発想のすごさには改めて畏れ入る。

No.459 7点 ベローナ・クラブの不愉快な事件- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/02/23 22:42
今回のセイヤーズは小粒で、事件も(終わってみれば?)呆気ないほど、単純。
ただ、ピーター卿がこの上なく女性に優しいのを今まで以上に実感し、読後感は非常に快い。

登場人物としては何をさしおいてもアン・ドーランドが一番だろう。物語の終盤でようやくピーター卿と邂逅するこの女性は、最初と最後の印象がガラリと変わり、なんともまあ、爽やかな幕切れを演出する。

また原題の「Unpleasantness」に込められた意味も非常に多種多様で、広告のコピーライターをしていたセイヤーズならではの題名だ。
翻訳の都合で「不愉快な事件」と名付けざるを得なかったのが非常に残念である。

No.458 10点 不自然な死- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/02/22 19:29
セイヤーズは凄い!本統に現代のミステリに通じるセンス・オヴ・ワンダーがある。今回も例によって発端の事件は地味。いや料理屋で隣り合わせた医師が非難にあった事件にもなっていないある老嬢の死から始まる。

気に入ったのは3点。
まずピーター卿が単純な自然死の真相を暴こうとする動機。「この世には犯罪で殺されるよりも普通に亡くなる人の方が多い。だが普通に死んだ者達の中にも殺された人がいるかもしれない。それはただ単純に発覚しなかっただけで完璧な犯罪だったんじゃなかろうか。6人殺した毒殺魔が7人目を殺した時に捕まるのも、6人目までの手際が良くて発覚しなかっただけなんだ」という趣旨の台詞を述べる。おもわず頷いた。
次に動機が斬新。P.D.ジェイムズが多分にこの影響を受けたように思える。
そして明かされる真相。この手の趣向は某有名作家が多用していたが、セイヤーズのそれは正にメガトン級。あまりの衝撃にどこか矛盾が無かったかと読み返したが、十分配慮がなされていた。

発端からこんな凄惨な事件が繰り広げられようとは全く予想だにしなかった。いやあ、全くセイヤーズは素晴らしい!

No.457 4点 雲なす証言- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/02/22 01:06
セイヤーズの長編の特徴は発端の事件自体はシンプルなのだが、その事件の周辺に関わる些事や各関係者の行動についてそれぞれどういう意味があったのかを解明する事で実はこんな事件だったのだという予想以上に混迷した姿を見せる所にあると思う。
で、今回は中盤、ゴイルズあたりが登場する所は俄然乗ってきたのだが、最後には仮説の一つが淀みなく証明されたに過ぎなかったという結末がシンプルに収束したのが残念である。特に最後の最後で新しい、しかも登場人物表に載っていない重要人物が出てくるあたりは興醒めである。

No.456 8点 誰の死体?- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/02/20 22:34
初めの方は読んでも読んでも全然頭に入らず、どうにもこうにもつまらないという感じだったが、後半辺りから何かしら事件の実態が見え始めたせいか、グイグイと惹き寄せられた。
事件は至ってシンプルで、一見何の変哲もない設定のように思えたが、真相が徐々に明かされるにつれ、これが実に練り上げられた設定であることに気付かされる。
死体の処理方法にこんな方法があるのかとそのロジックに感嘆した。

しかし本書の白眉はピーター卿が犯人と直接対峙するシーン。
こんな緊張感のある犯人との対決シーンもなかなかない。
しかもここで犯人を直接告発せずに去る所が騎士道精神溢れて、カッコいいのだ。

No.455 7点 ピーター卿の事件簿- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/02/19 22:59
セイヤーズの初読作品として本作を手にしたが、これが間違いだった。
こういう短編集はやはりシリーズをある程度読んでいないと十二分に楽しめない。
これで2点はマイナスだ。

しかし、島田氏が本格の定義として提唱している「冒頭の怪奇的・幻想的な謎、そして後半の論理的解明」を正に実践しているのに驚いた。
こんな本格が過去、西洋にあったのかと再認識させられた次第。
ドッペルゲンガーに悪霊憑き、そして首のない馬車とゴシック風味満載である。
真相自体はずば抜けた物はないが、こういう正道作品があったことが素直に嬉しい。

No.454 8点 原罪- P・D・ジェイムズ 2009/02/03 21:57
マンディ・プライスという従来の作者の作品にはいなかった現代的な娘を要所要所に活用する事で、何か軽快なテンポのいいストーリー展開が生まれ、非常に愉しく読み進めることが出来た。
とは云え、改行の少ない文字のぎっしり詰まった文章は相変わらずだし、最後の最後に来て救済のない結末を持ってくる所などは、ああ、やはりP.D.ジェイムズか、と嘆息してしまった。しかし、ある種吹っ切れた感があるのは確か。
やはり今回のように出版業界のような勝手知ったる世界を舞台に扱う方が俄然物語に勢いがついてくる。

No.453 7点 策謀と欲望- P・D・ジェイムズ 2009/02/02 21:22
連続殺人鬼の登場をメインの殺人事件の単なる小道具として扱う辺り、やはり大作家の構成力は只ならぬものがあるなと感心したが、終わってみれば犯人は予想外だったけど、動機としては単純なもの。
いや寧ろ深くまで語られなかったため、抽象的であり浅薄だ。
今回は連続殺人鬼、原子力発電所という2つのモチーフが物語にあまり溶け込んでいなかったように思う。2つの短編を組み合わせて作られた、そんな乖離を感じた。

今回、読んでいて気付いたのはアダム・ダルグリッシュという存在を作者は暗鬱な日常性から解放する導き手に想定しているのではないかということ。悲劇が繙かれた後、関係者それぞれに変化が扉を叩く、その役目を彼が負っている、そんな気がした。

No.452 1点 グルジェフの残影- 小森健太朗 2009/02/01 19:11
『神の子の密室』がイエス・キリストの復活の真相を探るミステリであったように、ロシアの神秘思想家ゲオルギイ・グルジェフの正体と彼と親交の深かった哲学者ピョートル・ウスペンスキーの関係を探る歴史ミステリだ。
しかし本作では作者もあとがきで自戒しているように、かなり自身の趣味に走りすぎて、果たしてこれはミステリなのか?と首を傾げざるを得ない。
物語もようやく終盤になって殺人事件が起きるが、これが本当に取って付けたかのような事件で、物語に溶け込んでいない。

とにかく彼ら2人の哲学論議が終始物語を覆いつくしており、読者もそれなりの覚悟が強いられる。
さらに驚くのは本作は文藝春秋の「本格ミステリーマスターズ」叢書の1冊として刊行されたことである。これほどまでにエンタテインメント性を排した作品をこのシリーズで刊行した同社の担当者は商業性やシリーズの特性を全く無視して刊行したのではないかと勘ぐらざるを得ない。

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