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弾十六さん
平均点: 6.10点 書評数: 446件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.366 7点 大はずれ殺人事件- クレイグ・ライス 2022/01/10 03:53
1940年出版。マローン&ヘレン&ジェイクもの第三作。ハヤカワ文庫(1977)で読了。翻訳は快調。
内容はいつものクレイグ流で登場するキャラの描き方が良い。残念ながら今回はジェイクを駆り立てるものが切実さを欠いてるので、ストーリーを進める力が弱く、サスペンスが盛り上がらない。マローンの巻き込まれも止むなし感が不足。全体的に寝不足と酔っ払った頭でぼんやり眺める空騒ぎの印象。パズルは素晴らしく上手にまとまっていて、ラストも非常に効いてるのだが… まあ私はトリオのファンなので、とても楽しめました。
登場する拳銃は「醜悪な、性能のよさそうな小型の拳銃(an ugly, efficient-looking little gun)」という記述以外手がかりは無いが、オートマチックっぽい印象なので、独断でFNモデル1910(.32口径)としておこう。全然uglyじゃ無いけどね。
以下トリビア。
作中年代は1938年以降、冒頭はクリスマスの一週間前のシーン。p197から計算すると1939年12月とわかる。
いつものようにシカゴの街路名がたくさん登場するが今回はパス。
p13 前二作への言及あり。
p20 実験♠️これは有名な事件(1924)を連想させるので、なんかイヤ。
p43 北部では“ご機嫌よう(アップ・ノース)”と(Here’s how, as you say up No’th)♠️北部では乾杯する時何て言うの?みたいに感じました。
p51 因果応報、悪事千里を♠️ここのくだりは私が参照した原文(Open Road/Mysterious Press 2018)に無し。他にも色々抜けてるところが若干あった。
p51 すてきな漢字で印刷(in fine Chinese print)
p56 ベット・タイム・ストーリー♠️Bedtime Stories(親が子供の寝るときに聞かせる話)とかけているのだろう。参照原文は欠。
p63 小額紙幣で五万ドル(Fifty thousand dollars in small bills)♠️米国消費者物価指数基準1939/2022(20倍)で$1=2280円。
p69 自動エレヴェーター(the self-service elevator)♠️操作する人が乗っていない、という意味。
p69 『孤独な狼』(The Lone Wolf)♠️ポーランドの画家Alfred Jan Maksymilian Kowalski (1849–1915)の(特に米国では)有名な作品。
p95 硬貨の裏表を賭けて40セントすり(to lose forty cents matching coins)
p95 私、人妻じゃないのよ。結婚はしたけれど、妻にはなってないの(I’m not a matron. Wedded but not a wife)♠️同衾しないと、という趣旨?
p109 ラミー(rummy)♠️特に1941-46の米国で映画界やラジオ界を中心に流行したようだ。
p121 十セントの靴下(a pair of ten-cent socks)♠️安物のようだ。
p132 ジーン・クルーパ(Gene Krupa)♠️Benny Goodman楽団"Sing, Sing, Sing"(1937-7-6録音)で一躍有名になったドラマー。The Famous 1938 Carnegie Hall Jazz Concert (1938-1-16)での熱演も名高い。
p139 日本人の執事(a Japanese butler)♠️なぜ日本人?
p140 アン・シェリダンのサイン入りブロマイド(Ann Sheridan’s autograph)♠️ハリウッド女優(1915-1967)、1936年に芸名を変え『汚れた顔の天使』(1938)で人気となる。
p147 ソルジャース・フィールド(Soldiers’ Field)♠️シカゴ・ベアーズ(アメフト)のホームグラウンド。1924年開場。正しくはSoldier Fieldという。
p185 レジスターに赤い星が出たら、次の一杯は無料です(IF RED STAR SHOWS ON REGISTER, YOUR NEXT DRINK FREE)♠️飲み屋の掲示。
p194 古い灰色の帽子をおかぶり(Put on your old gray bonnet)♠️詞Stanley Murphy、曲Percy Weinrichの1909年のヒット曲。Haydn Quartet創唱。
p211 洗練(refinement)♠️そういうものですか…
p226 マギー(Maggie)♠️これが初登場のようだ。
p233 一糸もまとっていない状態(in a completely unclad condition)♠️ラジオニュースなら、もっと上品に行きたいところ。試訳: 全く衣服を着ていない状態
p234 まったくのすっぱだか(It was as naked as a worm)
p240 マフル(muffle)

No.365 6点 爬虫類館の殺人- カーター・ディクスン 2022/01/05 23:46
1944年出版。H.M.卿#15。創元文庫(1972、6版)で読了。
いがみあう男女コンビはJDC/CDお得意の進行。H.M.のドタバタ劇もお馴染み。余計な枝葉を取り払ったシンプルな話に仕上がっています。楽しいながらも傑作には至らない出来ですね。ダグラスグリーンのJDC伝には、あのキャラがJDCの××のイメージだ、とあってちょっとびっくり。
以下トリビア。
作中年代は冒頭に1940年9月6日(p9)と明記。
p6 ロイヤル・アルバート動物園(the Royal Albert Zoological Gardens)… ケンジントン公園のロイヤル・アルバート(Royal Albert, Kensington Gardens)◆いろいろ調べたが架空の動物園。実在のLondon Zoo(Regent's Park)は1828年開園、爬虫類館は1927年開館。
p9 空襲◆ドイツ軍は1940-9-7から57日間連続でロンドン空襲を実行した。
p14 半クラウン銀貨(half-a-crown)◆当時はジョージ六世の肖像、1937-1947のものは.500 Silver, 14.15g, 直径32mm。英国消費者物価指数基準1940/2022(59.65倍)で£1=9307円。半クラウン=2s.6d.=1163円。
p38 真空掃除機(a vacuum-cleaner)◆電化世帯(Wngland & Wales)でのいろいろな家事家電の普及率(1939)をみつけた。真空掃除機は30%、electric cloth “wash boilers”(洗濯機; お湯で汚れを落とす式?)は3.6%、電気湯沸かし(electric water heater)は6.3%、電気冷蔵庫は2.3%、電気調理器(electric cookers、電熱線式?)は16.8%とのこと。真空掃除機の値段は、1938年で高級品£20、普及品£10、安ものが£3〜4程度で、家事労働の低減効果が顕著(掃除婦は時間10ペンス。普及品で240時間分、週6時間なら約9か月で元が取れる)で、訪問販売の成功により普及率が高かったようだ。“Managing Door-to-Door Sales of Vacuum Cleaners in Interwar Britain” (P. Scott 2008)より。
p42 セント・トマス・ホール(St. Thomas's Hall)◆架空の劇場名。
p49 面会謝絶(do not disturb)
p57 紙マッチ… 勘ちがいしてパイプでこすった(paper packet of matches …. he juggled it along with the pipe)◆パイプを持った手に危なっかしくブックマッチを持った、ということなのでは?そこから空いた手でマッチを取り、ブックマッチのヤスリ部で火を付ける手順。
p63 連発ピストル(revolver)じゃない… 自動ピストルだ(automatic)
p64 安全装置(safety-catch)
p72 これは1940年の九月初めの出来事だったので、タクシーをつかまえることができた(a taxi…. since these events took place in the early September of nineteen-forty, he got one)
p73 ベイズウォーター・ロード(Bayswater Road)◆ケンジントン公園の北西角。そこら辺に「ロイヤル・アルバート動物園」がある、という設定。
p75 過去にH.M.が扱った事件がずらずらと。原文だけ示しておきます。
“There's the Stanhope case," continued Carey, "and the Constable case, and the deaths in the poisoned room, and the studio mystery at Pineham. There's Answell and the Judas window, there's Haye and the five boxes. As for the Fane case at Cheltenham…” 各タイトルを略号で示すとTGM、RIW、TRWM、ASTM、『ユダの窓』、DIFB、SIBですね。一応ボカシました。
p89 錠前開けの七つ道具(lock-picks)
p108 マスターズ大警部(Chief Inspector Masters)◆「主席警部」が普通かな?
p109 リジェンツ・パークとかホイップスネイドのような本式の動物園(Regent's Park or Whipsnade)◆Whipsnade Zoo, formerly known as “Whipsnade Wild Animal Park”、英国最大の動物園。1931年開園。
p127 貨物自動車(a lorry)◆トラックと同意だが、英国表現のようだ。
p127 ギルトスパー街(Giltspur Street)◆動物園から7kmほどの距離。
p128 バート病院(Bart's Hospital)◆St Bartholomew's Hospital
p154 ペッパーの幽霊(Pepper's Ghost)◆奇術のタネ。Wiki “ペッパーズ・ゴースト”として項目あり。1862年初公開。
p157 洗濯屋… シャツからボタンを丹念にちぎりとり(laundries … carefully tear all the buttons off your shirt)
p158 三二口径のコルト(a Colt .32)◆自動拳銃。一般にColt .32 Autoの名で知られるColt Model 1903 Pocket Hammerlessだろう。マガジンには8発入る。
p289 ソーセージの中のコーンミール(the corn-meal in the sausage)

No.364 6点 死が二人をわかつまで- ジョン・ディクスン・カー 2022/01/02 22:10
1944年8月出版。フェル博士#15。私は昔、国書刊行会で買ったのですが、書庫のどっかに埋もれてて、あらためてグーテンベルグ電子版を入手して読みました。翻訳は仁賀先生なので国書刊行会やハヤカワ文庫と同じもののはず。
ダグラスグリーンの伝記によるとJDC作品として良く売れた(1944年末で12829部)とのこと。同時期の『皇帝の嗅ぎタバコ入れ』は六千部ほどだったらしい…
さて、プロットは素晴らしいのですが、小説が追いついていかないJDCのガッカリパターン。だって主人公とヒロインの感情的な行き違いが見事なほどに描かれないんですよ!さすがアンチノヴェリスト!と言いたいですね。本当はハラハラドキドキのサスペンス小説になるはずなのに!とあらゆる小説読みが思うネタだと思います。サブヒロインの絡み方も無茶苦茶。JDCの感情ってマトモなんでしょうか?と心配されてもおかしくない作品の作り方だと思いました。
ミステリとしては、中期の傑作らしい捻りを加えた作り。ちょっと説明が難しいネタなので効果が下がってますが、JDC/CDの今までの密室ものを知ってるとさらに感慨深い、良いトリックだと思います。いつものように後半が行き当たりばったり、まあこれはJDCの手癖なので諦めて、ああ、またやってるね、と楽しむのが正しい。
ダグラスグリーンとかは当時のJDCの不倫をダブルヒロインに読み込んでいるようですが、こーゆーシチュエーションって、この作家に珍しくないのはファンならよく知ってるはず。『夜歩く』にだってダブルヒロインだ。本作のヒロインたちとの関係に特別な切実さも感じないしね。
以下、トリビア。
時代設定は「ヒトラーの戦争がはじまる一年ほど前」と冒頭にあり、「六月十日木曜(p436)」は1937年が該当。なお本作はCBSラジオドラマ "Will You Walk into My Parlor" (1943-2-23放送)をBBCラジオ用に書き直した "Vampire Tower" (1944-5-11放送)を長篇に発展させたもの。
p56/3169 ココナッツ落としから金魚すくいまで(From the coconut-shy to the so-called 'pond' where you fished for bottles)♣️バザーの出し物。“pond”がどんな仕組みなのか気になる。
p108 六発で半クラウン(Six shots for half a crown)♣️=2.5シリング。ライフル射的の値段。チャリティなので高め。英国消費者物価指数基準1937/2022(72.58倍)で£1=11325円。半クラウンは1416円。
p108 ウィンチェスター61、撃鉄を尾筒におさめた型(Winchester 61 hammerless)♣️「撃鉄内蔵式」が良いかなあ。Winchester Model 61, Hammerless Slide-Action Repeater(1932-1963) 銃身24インチで全長104cm、重さ2.5kg。撃鉄が撃っても動かないので狙撃視線を邪魔せず、22口径ライフルなので反動が非常に軽くて撃ちやすいと思います。
p379 コイン投入式電気メーター(shilling-in-the slot electric meter)♣️shilling slot meter vintageで検索すると良い感じのが見られます。英国ではガスや電気がこういう仕掛けで供給されるのがよくあったようです。コインを入れ丸いのを回転させるとコインが落ちる仕組み。コインが溜まったのに集金人が来なくて次のコインが落ちず、寒さに凍えた、という話を読んだことがあります。また戦時中は金属不足で、こういう生活必需品のコインを集めるのが大変だった、という話もありました。
p497 落とし錠(bolted)♣️こういう錠前関係の訳語が最近気になっています。密室ものだとかなり重要な要素なのでは?
p526 二つの掛け金(two-bolt)♣️同上。上もここもボルトで良いと思う。
p767 審問(inquest)♣️完全公開の制度(つい最近、テロ関係でようやく例外が設けられたらしい)なので、場合によってはマスコミも大々的に報道する。
p790 ウッドハウスの小説に出てくるようなよぼ老人(dodderingly futile)♣️ウッドハウス用語なんだろうか?私が参照したのはPenguin 1953だが米版では dodderingly Wodehouse となってるのかも。(そういうふうに書いてるブログがあった)
p960 ふつうのサッシ窓で、内側には金属の掛け金(ordinary sash-windows, fastening with metal catches on the inside)♣️これも錠前用語が気になる。「差し錠」あたりでどうか。
p960 ドアには鍵はかかっておらず、部分的な掛け金だけ(door… unlocked and only partly on the latch)♣️同上。試訳: ドアは…ロックされておらず、ラッチが中途半端に掛かっていた。
p979 鍵がかかっており、小さいが頑丈な掛け金はしっかりと内部に固定されていた(The key was turned in the lock, and a small tight-fitting bolt was solidly pushed fast on the inside)♣️同上。こうしてみると「掛け金」が多用されすぎ。ここはボルトとしたい。
p1293 アントニー・イーデン帽(Anthony Eden hat)♣️公務員と外交官の間で流行、とのこと。
p1364 アメリカ製品で網戸… イギリスにはない(an American thing called "screens". We don't have 'em in England)♣️ちょっと意外な情報。
p1379 [銀行の]支店の警備厳重な部屋の金庫に大事なものを入れて(keeping valuables for them in a sealed box in our strong-room)♣️貸金庫が無い代わりに金庫室に貴重品を入れる仕組み。
p1404 絵入り新聞(illustrated papers)♣️もう絵の時代では無い。「新聞の写真で」
p1580 切手自動販売機(stamp-machine)♣️GPO Stamp Vending Machines - Colne Valley Postal History Museumという凄いWebページあり。英国では1907年から導入されたようだ。
p1741 フィービ・ホッグ… ミセス・パーシー(Mrs Pearcey… Phoebe Hogg)♣️Wiki “Mary Pearcey”参照。1890年の殺人事件。
p1774 緑色フェルト張りのドア(the green-baize door)♣️開け閉めの音がしないように工夫した使用人が出入りするためドア。ブログJane Austin Worldの記事The Green Baize Door: Dividing Line Between Servant and Master参照。
p1792 派手ばでしい(gaudy)
p1871 フロリダ・ブルドッグ製金庫(Florida Bulldog safe)♣️架空ブランドのようだ。
p2014 なんてこった!わうわうわう!(Archons of Athens! Wow, wow, wow!)♣️ファンならお馴染みのセリフ回しなので忠実に訳して欲しいなあ。
p2102 掛け金付きの… ドア(door with a latch)♣️ここも「掛け金」latchはスライド式ボルトっぽい形状のものを指すようだ。ボルトとの違いは外から鍵でも開けられる、ということだろうか。
p2248 ウイリアム・ハズリット(William Hazlitt)
p2534 同じホテルの回転ドアを外と内から押しつづけ永遠に逢えなかった恋人ふたりの悪夢の物語(a nightmare story of two lovers for ever condemned to push through the revolving doors of the same hotel)♣️何のネタだろうか。

No.363 7点 悪魔の悲しみ- マリー・コレリ 2021/12/31 06:28
1895年出版。kindle電子版で読了。翻訳はリズム感のある堅実なもの。この訳者のは初めてでしたが値段に反して優れたものだと思いました。他にも古くて興味深い作品を翻訳しておられ、読むのがとても楽しみです。(値段が安いのがありがたいです…)
本作はベストセラーとして世界初、という称号が与えられているようですが、その名に恥じず、とても面白い作品。俗だなぁ!俗っぽいなあ!というのを非常に強く感じました。
でもこれ、シャーロック・ホームズやマーチン・ヒューイットと同時期なんですよ。同じ時代の英国を描いても、こうも違うか!という感じ。作者が女性ながら(女性だから?)女性に非常に厳しいのも面白い。そして自分のパロディを登場させちゃうのも素敵。人物評価や世界(といっても出版界と社交界ネタが多い)の記述が、まー素敵に薄っぺらい。そう言いたい気持ちはわからない訳ではないけど、軽薄なスキャンダル雑誌のレベル。でも、そういう俗悪さがこの小説の良さでもある。
ヴィクトリア朝英国のある一断面として必読の小説なんじゃないか、とも思いました。私は裏ヴィクトリア朝といえば『我が秘密の生涯』を推してたんですが、あっちはテーマが単純で繰り返しが多いからつまんないんだよね。こっちの方が断然面白い。シャーロック聖典を理解するにも、こーゆー小説がベストセラーになってた、という知識があれば、かなり興味深いと思います。
中心テーマは現代にも通じる深いもの。どの時代を舞台にしてもウケるネタだと思います。現代日本を舞台にしても、すぐドラマが出来そうなくらいの普遍性。ヴィクトリア朝の最新流行っていうのも案外現代性があったんだね、「新しい女性」ってセイヤーズの頃の専売特許じゃなかったんだね、という感慨がありました。
まあラストの方はああなって、こうなってで、ここら辺は当時の限界ってことでよろしいのではないでしょうか…

No.362 6点 ダーブレイの秘密- R・オースティン・フリーマン 2021/12/19 01:29
1926年出版。初出は新聞連載らしい(Westminster Gazette 1926-3-19から。回数、終了日不明)。HPBで読了、英米事情に詳しい中桐先生の翻訳は非常に安心して読めます。
筋立てや要素は”A Silent Witness”『ものいわぬ証人』(1914)と非常に似ている。発表から過去に遡った1900年代初頭の事件、という共通点もある。うぶな男のロマンスは、フリーマンの定番ネタだが、構成要素が非常に似ていてもストーリー展開などは全然違う。何なんですかね。
話自体は、いつも以上に謎の事件が偶然の連続で繋がってしまう。盛り上げも間欠泉なので不発。推理もかなり大雑把。『ものいわぬ証人』の方がずっと良いと思いました。
事件発生は「およそ二十年前」「初秋(early autumn)」(p9)、「今月の16日火曜日(the 16th instant--last Tuesday」(p30)なので9月と10月に絞って該当の16日火曜日を調べると、1890〜1913年の間には、該当が5つしかない。(二十年前を考慮すると該当は3つ)
1890年 9月16日(火曜)   
1900年 10月16日(火曜)
1902年 9月16日(火曜)  
1906年 10月16日(火曜)
1913年 9月16日(火曜)  
以下のトリビアのうちp157(及びp117)が決定的で、1906年10月16日火曜日が冒頭のシーンだろう。
p9 ハイゲイトのウッド・レーン… “墓底の森“の入口で、当時は… 障害物はなく、誰でもはいることができた(垣で囲いこまれてからは”女王の森”という新しい名がつけられた)(the entrance to Churchyard Bottom Wood, then open …. (it has since been enclosed and renamed 'Queen's Wood') ◆調べるとクイーンズ・ウッドと名付けられて整備されたのはヴィクトリア女王のダイアモンド・ジュビリーがきっかけで1897年のこと。ここは年代的に前後しているが記録者の記憶違いで片付けて良いだろう。
p22 電車の二階席(I sat on the top of the tram)◆電車のtramwayは1903年以降なので、ここは馬引きの可能性もあり。線路の上をモーターや馬引きで走る方式。馬引きでも二階席がある写真があった。
p27 ピープス氏のお手本に従おう… “ティという中国の飲み物“(Let us follow the example of the eminent Mr. Pepys… the 'China drinke called Tee')◆Pepys日記1660-9-25からAnd afterwards I did send for a cup of tee (a China drink) of which I never had drank before, and went away.
p28 当時のインクエストの情景がコンパクトに語られる。ここでは開催は死体の発見の翌々日で、検屍官と陪審員は隣の部屋に安置された死体を実見(view the body)している。「いかにして、いかなる手段によって、故人がその死に遭遇したか(how and by what means the deceased met his death)」について評決するのが目的である、と検屍官が陪審員に助言し、陪審員たちは別室ではなくその場で打ち合わせて評決を出している。
p41 乗合バスの二階から(from the top of an omnibus)◆ 自動車への移行は1902年以降。時代的には馬車の可能性もあり。
p85 検屍解剖(post-mortem)◆私は『ものいわぬ証人』のトリビアで、解剖までは不要じゃないの?と書いたが、ここでは「火葬の場合、ちゃんと解剖しなくちゃ」と医者が言って、二人の医師が証明している。これが正式の手順だったのだろう。なお『ものいわぬ証人』の時は火葬法令1902の制定前だったので規制が緩めだったのかも。
p87 死亡証明書… 書式A,B,C
p92 六ペンスでも◆例え話。現代日本円なら「10円でも」みたいな感じ。
p92 マーケット・ストリートの屋台店… ショアディッチ・ハイ・ストリート(訳注 ロンドンの労働者街)のがらくた(the stalls in Market Street, with those of Shoreditch High Street)
p94 沢山の小学生を狩り集めて墓のまわりに立たせ、途方もない聖歌をうたわせる、河の傍に集まって何とかというようなやつ(ran the show actually got a lot of school-children to stand round the grave and sing a blooming hymn: something about gathering at the river)◆歌はShall We Gather at the River?(1864)で英Wikiに項目あり。墓に棺を降ろすとき小学生が歌ってるシーンが犯罪実話Death on the Victorian Beat: The Shocking Story of Police Deaths(2018)にありました。
p99 他人には(to a stranger)
p113 ”きざはしを上り、歩み来る足音の、いかに美しか“(how beautiful upon the staircase are the feet of him that bringeth)◆調べたら聖書に由来。多分中桐先生は調べがつかなかったのでは?(文語訳っぽく訳すなら「つたへる足はきざはしにありていかに美しきかな」)
Isaiah 52:7(KJV) How beautiful upon the mountains are the feet of him that bringeth good tidings, that publisheth peace; that bringeth good tidings of good, that publisheth salvation; that saith unto Zion, Thy God reigneth!
イザヤ書(文語訳) よろこびの音信をつたへ平和をつげ 善おとづれをつたへ救をつげ シオンに向ひてなんぢの神はすべ治めたまふといふものの足は山上にありていかに美しきかな
p114 外国人に対する酷い偏見だが当時の英国人の共通意識なのだろう
p116 単式拳銃や、連発ピストルや、自動拳銃など(single pistols, revolvers and automatics)◆single pistolは単発式の小型ピストルか(Colt Derringer No. 3, 1871とかRemington Double Derringer 1866とか。いずれも.41口径)、revolverは回転式拳銃と訳して欲しいなあ。
p116 ピストルは嫌いだよ!… 卑劣な武器だ。どんな臆病者でも、引き金を引ける("I hate fire-arms!" … “Any poltroon can pull a trigger”)◆ソーンダイクのセリフ。ここはピストルだけでなく、ライフルなども含むFire-arm一般について言っていると思う。「銃」が適訳。
p117 持ち運びに便利だから、このベビイ・ブラウニングをすすめる(I recommend this Baby Browning for portability)◆ FN Baby Browningという公式名称を持つピストルは1931年からの流通。なので、ここはほぼ同様のデザインのFN Model 1905(別名FN Model 1906, Vest Pocket; .25口径、全長114mm、流通1906以降)のことだろう。
p123 ユダヤ人型… ローマ人型…ウェリントン型(the Jewish type, or a Roman nose… a Wellington nose)◆鼻の形の例。
p131 オランダ・ジン(Hollands)
p133 昔のカスケット銃の弾丸(like an old-fashioned musket-ball)◆マスケットの誤植。
p133 安全弁(safety-catch)◆今なら拳銃の「安全装置」というのが定訳だろう。
p135 この重さの弾丸を発射するような空気銃は、大きな音を立てる(An air-gun that would discharge a ball of that weight would make quite a loud report)◆フリーマンが昔発表した短篇のトリックを否定している。空気銃の弾はごく軽い。アレを空気で飛ばすのは、多分絶対無理。かなりの高密度な圧縮空気が必要だが、それでは銃が持たないだろう。火薬で発射したら大きな音が出てしまう。あの作品の出版後、きっと読者からの指摘があって、こういうことを書いているのではないか。
p157 イルクォード火葬場(Ilford Crematorium)◆イルフォードの誤植。City of London Cemetery and Crematoriumのことだろう。火葬場は1904年に開場(英Wiki)
p160 郵便局用の町名番地簿(Post Office Directory)◆郵便局とあるが、実際は民間編集。1836年の元郵便局長が世襲で発行していたKelly's Directoryのこと。
p164 ルイス・キャロルなら、逆埋葬と言ったかも(it is what Lewis Carroll would have called an unfuneral)
p165 棺桶の掘り返しの監督官が描かれている。なかなか興味深い。
p180 一石二鳥だね、と洒落を(killed two early birds with one stone)
p192 黄バス(a yellow bus)◆1908年以降、ロンドン・バスは赤色が主流となったが、それ以前は路線によって色を変えていたようだ。
p207 蝋細工は、大体がフランスの芸術… マダム・タッソーズ◆ここに書かれているMadame TussaudのBaker Street展示の話は実話っぽい。英国初展示は1802年で、ベイカー街での年中展示は1835年からのようだ。

No.361 6点 マーチン・ヒューイット【完全版】- アーサー・モリスン 2021/12/14 00:56
平山先生の労作。シリーズ全25作品を収録。初出誌の挿絵が全165点!実に素晴らしい。単行本と初出誌の細かい異同も記されています。
短篇集4冊分を英国初版により翻訳。原文は全てGutenbergで確認出来ます。
① Martin Hewitt, Investigator (1894) 7作収録
② The Chronicles of Martin Hewitt (1895) 6作収録
③ The Adventures of Martin Hewitt (1896) 6作収録
④ The Red Triangle (1903) 6作収録
オマケとしてモリスン作「マーチン・ヒューイットの略歴」(Sleuths: Twenty-Three Great Detectives, ed. by Kenneth Macgowan, 1931から)。ごく短いものだがヒューイットの詳しい住所って作中に出ていたっけ?
さて、作品内容はさておいて、マーチン・ヒューイットで私が一番気になってるのがSammy Crockett問題。
平山先生ももちろん記してるのだが、ストランド誌初出時にはThe Loss of Sammy Crockett(1894年4月号)というタイトルだったのが、短篇集①英国版ではThrockettに変わっていて、米国版ではCrockettのまま、という、どーでも良いような謎(以前私は単行本では英米ともCrockettとしていた)。平山先生は「関係者に同じ名前の人物がいるなどの理由で、忖度したのか… (その割に米国版では変えてないけど)」と疑問を呈しておられる。
いろいろ調べて、これSamuel Rutherford Crockett (24 September 1859 – 16 April 1914, スコットランドの作家。S. R. Crockettの名で活躍)に配慮したのではないか、という説を思いつきました。この作家、1894年ごろから活躍しはじめていて、モリスン同様、超有名文藝代理人A. P. Watt(コナン・ドイルの代理人として有名ですよね)と契約している。本人だか代理人だかが気にして、Lossなんて気ィ悪いから名前変えてェな、せめて英国版は… みたいな感じではないか? 英Wikiの“S. R. Crockett”の項に代理人Wattの名前が特筆されていて、もしかしてモリスンのエージェントもWattか、と調べたらそうだった。ほかの根拠は全くないのですが…
(2021-12-15記載)
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(以下、2021-12-20追記)
だんだん読んでいくと、モリスンの確かな知識と細やかな表現に感心することが多く、どんどんヒューイットものの魅力に惹かれています。シャーロックの紛い物かと思ってたら、ライヘンバッハ以降のホームズを先取りしているような作品もありました。
モリスンは「金のため」と割り切って作品を書いたらしい、とDover社のベストものの序文に書いてあったのを読んで、じゃあストランド誌の連載の最初の二回分(レイトン農園とサミー・クロケット)に作者名を載せてなかったのは、不本意な作品群だったから、という理由なのかも、とも思いました。
作者自身にとって不本意な作品でも、ヒューイットものには、なんかほっこりするユーモア感が底流にあるような気がします。低めの評価点をちょっと上げることにしました。
(以下2021-12-21追記)
下でいろいろ翻訳についてイチャモンをつけていますが、平山先生の翻訳は九割は問題なしだと思います。強いて言えば、ちょっと荒っぽいところがあるかなあ。私は誤訳って1ページに一つ程度あっても普通だと思ってるけど、世間ではパーフェクトを求めてるみたいで、鬼の首を取ったような誤訳の取り上げ方には大反対です… 平山先生は、珍しい作品を取り上げていらっしゃっており、こういう翻訳は労多くして益少ないのの最たるものなので、今後も応援させていただきます。欲を言えば部数の限られた同人誌で出していただくより、kindleなら助かるのですが… (特に最近の『ベデカー・ロンドン案内1905年度版 : イントロダクション』は、ヴィクトリア朝の小説読者には必須のもの!(私は何とか手に入れられました。後日、このサイトに書評をあげる予定です)
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(1) The Lenton Croft Robberies (初出The Strand Magazine 1894-3 挿絵Sidney Paget, as “Martin Hewitt, Investigator. The Lenton Croft Robberies”) 短篇集①「レントン農園盗難事件」評価6点
雑誌に作者名は記されていない。同じ号にアーサー・モリスン名義(イラストJ. A. Shepherd)でユーモラスな動物スケッチを連載中(94年3月号はZig-Zags at the Zoo, XXI. Zig-Zag Scansorialが掲載されている)。ここら辺のThe Strand誌は合冊版が無料公開されている。
証拠品からの推理の閃きが素晴らしい作品。ヒューイットをコイツ大丈夫か?と密かに思い始めたらしい依頼人の冷たい態度が可笑しい。
p8 十五年から二十年前♠️ヒューイットが独立した時期。
p8 私立探偵業(the private detective business)
p10 少年(lad)♠️流石に受付係は「青年」「若者」だろう。
p17 二百ギニー♠️追加の褒賞金。英国消費者物価指数基準1894/2021(136.51倍)で£1=21300円。200ギニー(=£210)は447万円。
p18 マッチを擦る音が聞こえたら(if you hear matches struck)
p20 誰も同時に二つの場所に存在することはできません。そういうのをアリバイと言うのではありませんか?(nobody can be in two places at once, else what would become of the alibi as an institution?)♠️「そうでなかったらアリバイなんて無意味ですよね?」同じ意味だが私は当時アリバイという言葉はまだあまり知られていなかったのかも?と誤解した。
p24 晩餐には7時まで待つ(There's no dinner till seven)
p25 ポリー(Polly)♠️辞書にも載ってるよ!
(2021-12-21記載)
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(2) The Loss of Sammy Throckett (初出The Strand Magazine 1894-4 挿絵Sidney Paget, as “Martin Hewitt, Investigator II. The Loss of Sammy Crockett”) 短篇集①「サミー・スロケットの失踪」評価6点
シャーロック聖典の運動選手失踪事件は1904年発表。こっちの話の方が奥行きのある筋立て、大事件に付随した事件を語る、という設定が良い。登場人物も全員リアルっぽい感じ。最後のパラグラフに記された距離数にも意味がありそう。(さんざんフカしてたのに結局そんだけか〜い… という受け止めで良い?)
p30「監督」(“gaffer”)◆もっとくだけた感じだと思う。「親方」くらいか。
p30 あいつは21ヤードも先行して(he's got twenty-one yards)◆創元「あいつは21ヤードのハンデがついているが」この競技(135ヤード・ハンディキャップ・レース)の仕組みと用語がよくわからないので、正しい解釈は不明。
p30 あいつだったら遠回りをさせたって勝てる(he could win runnin' back'ards)◆創元「あいつは予選の競走でだって勝てたんだ」親方の大袈裟なセリフ。いずれの訳者さんもbackyardsと思った?ここはbackwards(後ろ向きに)でしょうね。
p31 三ヤード離される(taking three)◆「18ヤードの(at 18 yards)」有望選手との差。もしかして、賭け率の計算根拠がyardで示されるのか?だから21-18で3ヤード差なんだろうか?とすると、このヤード数はやっぱり賭け率のハンデで、A選手(21yards)がB選手(18yards)に3yard差で負ければ1:1の賭け率で、逆に10yards差をつけて勝ったら倍率アップで大儲け、という仕組みなのかも。(あんま根拠なし。結局、英国Bookmakerの仕組みを良く調べないと理解できないネタだと思う…) (追記2021-12-23: いろいろ探してたらThe Guardian2011-12-22付記事 Harry Pearson “Days of bookies, fast bucks and foot soldiers at the Powderhall Sprint”にこんな一節を見つけた。In professional sprint racing the handicap is measured in distance rather than in weight or shots. For example, the fastest runners will start a 120-yard sprint at the 120‑yard line, slower runners at 110 yards, 100 yards and so on. As in horse racing the handicap is based on previous races and times. (エジンバラ1949年の話) やっぱりyardsは創元訳のとおりハンデのようだ。ここら辺のヤード絡みの話は、だいたい以下の感じか。スロケットは21ヤードのハンデが付いてるが、もっと早いんだ。月曜日の予選で楽に勝っちゃって2ヤード減らされちまったが… 他にハンデ18ヤードのいい選手がいるが、そいつの3ヤード分遅いどころか10ヤード分早いんだぜ)
p34「わかった!約束だぞ」(Done! It's a deal)◆すぐ前でヒューイットが「やってみるけど、上手くいくかは約束(promise)出来ん」と言ってるのに、ここで「約束」という語を使っちゃ駄目じゃん。試訳:「わかった!取引成立だ」(創元「きまった!取引きに応じよう」)
p37 五十ポンド◆p17の換算で107万円。
p40 当時のビール酒場のウェイトレスのイラストあり。ああ、こんな感じか。
p40 これで行こう(Apply within)◆「詳しくは中でお尋ねください」という掲示に使われる決まり文句。(創元は訳し漏れ)
p41 冴えない郊外の新興住宅地◆ロンドンの人口は拡大していたが、こういう見込み外れの開発もたくさんあったのだろう。
p46 スリッパ(slippers)◆「室内靴」日本語のスリッパよりslipperは意味が広い。
p51 一ポンド金貨(quid)◆ここは金貨というより1ポンドの意味。
(2021-12-21記載; 追記2021-12-23, yardsについて)
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(3)The Case of Mr. Fogatt (初出The Strand Magazine 1894-5 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「フォガット氏事件」評価6点
この号からアーサー・モリスン名義。Zig-Zags at the Zooは1894年8月号まで連載していたので、六か月に渡りストランド誌に同時に2シリーズを連載していたことになる。
事件の展開と結末に味がある事件。指紋(p60参照)にはちょっとビックリ。
p54 上の階に(At the top of the next flight)♣️「次の階段の一番上に」多分、上の階にいた家政婦(フォガットは最上階に住んでいる)は音にビックリして人を呼びに下に降りようとしていたのだろう。一階から三階は事務所、それより上は居住スペース、とあるので、ヒューイット事務所のすぐ上のブレットはおそらく四階に住んでいて、その踊り場から上を見上げたのだ。創元「下の階段の上に」(追記2021-12-20: 『レイトン農園』冒頭には「最初の階段を登ったところ」(拙訳)にヒューイットの事務所がある、と書かれているのでブレットは三階に住んでいるようだ)
p55 大型軍用拳銃(a large revolver, of the full-sized army pattern)♣️1887年以降の陸軍リボルバーはWebley.455口径。full-sized armyとわざわざ断っているのはWebley .450 Short Barreled Metropolitan Police Revolver(2・1/2インチバレル)が1883年から警察に採用されていたからか。陸軍用は4インチバレル。
p56 陪審員たちはXX氏は事故死したと結論づけた(The jury found that Mr. XX had died by accident)♣️インクエストではunlawfully killed(不法殺害)や自殺という評決は、十分合理的な根拠がなくては下してはならない、と言う暗黙の了解があるようだ。なので、ここは「偶発的な死(died by accident)」という評決が妥当。「事故死」と訳すと日本語の意味とズレが生じる気がする(創元でも「事故死」)。accidentは人間のコントロールを超える原因で、misadventureは合法な行為だったが死に至ってしまったもの(外科手術など)というニュアンス。インクエストで殺人と認定されようがされまいが、警察は独自に捜査するので、完全公開されるインクエストでは捜査の都合上「手の内を明かさない」こともある、とヒューイットも言っている。なお自殺とされてしまうと、教会墓地に埋葬されない、などの不都合が生じる。
p59 色黒でしなやかそうな、(みたところ)背が高い青年(a dark, lithe, and (as well as could be seen) tall young man)♣️浅黒警察の出番ですよ!ここは「黒髪の」だが、すぐ後で“with a dark, though very clear skin”とあるので「色黒」と訳したのか。私は最初のdarkは髪の色、次のdarkは肌の色だと思う。なお「みたところ」と訳している部分は、目に見える範囲では背が高そう(座高が高いだけかもしれないが)、という細やかな観察からか。
p60 ここら辺の人名はどうやら実在らしい。調べるのが面倒なので原綴だけ記しておく。Osmond, Furnivall, Cortis, Charley Liles (Mile championship, 1880), Hillier, Synyer, Noel Whiting, Taylerson, Appleyard
p60 1880年の1マイル選手権… コーティスはほかの三人は破ったんですが(Mile championship, 1880; Cortis won the other three)♣️「他の三つのレースは勝った」だろう。Webを調べるとN.C.U. 25 Championship 1880-7-1、N.C.U. 50 Championship 1880-7-8、Surrey Spring Meeting 10 1880-4-24、Surrey Autumn Meeting 10 1880-9-18などの勝者としてHerbert Liddell CORTISの名前があった。もしくは「他の年に3回勝っています」の意味か。よく調べていません… (創元訳も「ほかの三人」)
p60 [皮を剥かず]リンゴにそのままかぶりついた♣️少年や健康な運動選手の特権、と書いてある。当時も歯槽膿漏は多かったのだろう。こんな若者でも「皮が分厚い外国産は例外(except with thick-skinned foreign ones)」と言っている。
p64 サインや指紋のように明らかだ(as plain as his signature or his thumb impression)♣️指紋を捜査に使うため英国警察が収集を始めたのは1900年からだが、アルゼンチン、ブエノスアイレスで指紋で犯人が判明した世界初の出来事(1892 Francisca Rojas事件 血まみれのthumbprintだったという)に刺激され、英国ではCharles Edward Troup(1857-1941)の委員会が1893年から犯罪捜査で指紋を活用する計画を検討し始めた。そういう知識がモリスンにはあったのだろう。初読時にはスルーしていたが、ミステリ界で指紋に言及している非常に早い例だと思う。(創元「署名あるいは拇印のようにはっきりしたもの」) ところでふと思ったのだが、日本の血判状って誓約の他にアイデンティティの表明は意図していなかったのか?(他ならぬ私が押したのです!)
p68 五百ポンド◆p17の換算で1065万円。
p71 最終パラグラフは本書の翻訳と比べると創元が格段にわかりやすい。
(2021-12-19記載)
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(4)The Case of the Dixon Torpedo (初出: The Strand Magazine 1894-6 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「ディクソン魚雷事件」評価6点
初読時には気づかなかったが、話のマクラが非常に良い。警察から作者が実際に仕入れたネタかも。どう考えても犯人は二人に絞られるのだが、被害者がつゆほどにも疑っていない、と言明するところに人情を感じる。話の意外な展開と愉快な結末が良い。
魚雷は当時英国の独壇場だった。英Wiki “Whitehead torpedo”参照。シャーロック聖典のほうは潜水艦(1908)、こちらは魚雷がなければ只のおもちゃだ。
p72 ルーブル紙幣偽造犯(ruble note-forger)♠️関係トリビアは『シャーロック・ホームズのライヴァルたち①』参照。
p78 色黒で、髭だらけの男(dark, bushy-bearded man) ♠️「黒髪で」平山先生は浅黒派のようだ。なおp83に原文で同じ表現があるが、翻訳は「顎髭がもじゃもじゃ」になっている。挿絵では口髭も頬髭も顎髭もあって「髭もじゃ」という感じ。創元「もじゃもじゃの頰ひげ」bearded manはWebで画像を見ると口髭も頬髭も顎髭もそろって生えてる男のイメージのようだ。
p83 オルガンのストップレバーのよう(like organ-stops)♠️アパートの表玄関に各戸の呼び出しベルが並んでる様子。この表現、どこか別のところで出てきたと思って探すとフリーマン「モアブ語の暗号」(1908)だった。なお当時のオルガン・ストップはノブを引っ張る形なので「レバー」は誤解を招きやすいかも。音楽知識があれば「ストップ」で十分普通に伝わるが、Webで探すとヤマハでも「ストップレバー」を使っていた。
p88 取っ手に彼のイニシャルが(with his initial on the handle)♠️ああ、アレはアレの変わりになるから同時には使わん、という理屈なのね。
p90 でまかせの自白(a lying confession)♠️創元「嘘の自白」文章の流れからニュアンスとしては「取り繕った自白」のような感じか。
p91 この最終パラグラフは平山先生の翻訳が、創元文庫のより圧倒的にわかりやすい。
(2021-12-25記載)
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(5)The Quinnton Jewel Affair (初出: The Strand Magazine 1894-7 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「クイントン宝石事件」評価5点
アイルランド訛りと隠語が活躍する話。こう言うのの翻訳は難しい。創元文庫ではインチキ訛りを作ってるが成功してるとは言いがたい。話としては割と単純。
p92 二万ポンド◆英国消費者物価指数基準1894/2021(138.49倍)で£1=21192円。
p93 僕の方から進んで事件を調べる(I may take the case up as a speculation)◆創元「投機のつもりでこの事件に手を出す」
p94 ここら辺、原文はずっとアイルランド訛り。
p96 一等車◆勝手に乗って怒られているが、そのあと車掌が切符を確認に来ている。
p97 馬車代に半クラウン(half-a-crown for the cab)◆2.5シリング=2649円。
p98 五ポンド(five quid)◆afinnipとも。聞いたままの綴りで書いているのだろう。フィニップ(a finnip)が正しい。
p99 パイプの火をこっちに回してくれ(Can ye rache me a poipe-loight?)◆普通の英語でCan you reach me a pipe-light?か。挿絵を見ると部屋のガス灯に手を伸ばしてる。ガス灯で自分のタバコに火をつけてから相手に火を移すのか。
p102 もう推理にかまけている場合ではない(It is no longer a speculation)◆p93に対応してる。創元「もういちかばちかの投機なんてものじゃない」
p104 面(マグ)◆ここら辺の隠語の処理は、初出誌でも初版でも、原文では欄外注として処理されている。
p105 ソヴリン金貨◆当時のソヴリンはヴィクトリア女王の肖像(1838-1901)、純金、8g、直径22mm。
p112 報告(report)◆ここは「(当局からの)公表」がふさわしい。創元「届け」
p113 締めの文は創元文庫の方がマシだが、「すっかり慣れて、もううさん臭い話にはのらない」という感じだろう。
(2021-12-28記載)
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(6)The Stanway Cameo Mystery (初出: The Strand Magazine 1894-8 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「スタンウェイ・カメオの謎」評価6点
これ、相手が納得したのかなあ。そこが一番難しいところだと思うが、軽い記述で終わっている。警察の能力もちょっと低い感じ(ヒューイットも警部が理解してないのは体調が悪いのだろう、と言っているくらいだ)。コレクター心理は作者も日本美術の熱狂的蒐集家だっただけにリアリティがある。
p114 ゴンザロ・カメオ(Gonzaga Cameo)♣️「ゴンザーガ・カメオ」実在の見事な美術品。画像や詳細は英Wikiで。
p114 アセニオン(Athenion)♣️Gem-engraver who probably worked at the court of Eumenes II. (197-159)との記述をWebで見つけた。出典は“Biographical dictionary of medallists” compiled by L. Forrer (London 1904)らしい。となると紀元前2世紀の人か。
p116 賞金五百ポンド
p119『老いぼれ』はがっくりしている(cut up 'crusty')♣️創元「『へそ曲がり』のばちが当たった」cut up nasty(不機嫌になる)の類語? crusyは「(年寄りが)イラついてる感じ」のようだ。
(2021-12-29記載)
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(7)The Affair of the Tortoise (初出: The Strand Magazine 1894-9 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「亀の事件」評価5点
まあ現代では人種偏見で問題になりそうな作品。当時の英国なら普通の感覚だったのだろう。ミステリとしては面白い話だが…
なおgutenbergの原文は平山先生の異同の記述から判断するとどうやら雑誌版のようだ。(第二話もSammy Crockettとなっている)。米国初版本は雑誌を元に出版されたのかも。
p134 私[ブレット]が彼と知り合いになる前に起きたもので----それは1879年のこと(occurred some time before my own acquaintance with him began—in 1878)♠️1879は誤植だろう。
p135 肉屋の小僧(butcher-boys)♠️butcher boy victorianで当時の姿が見られる。肉は重いし、冷蔵庫の無い時代では、その日の必要分を小僧が運搬するのが普通だったのだろうか。
p135 一シリング銀貨(a shilling)♠️当時のものはヴィクトリア女王の肖像(1838-1901)、Silver, 5.65g, 直径23mm。英国消費者物価指数基準1878/2022(126.83倍)で£1=19789円。1シリングは989円。
p135 ガジョンが出ていく(Goujon as he was going away)♠️go awayは「(遠くに)行く」というニュアンス。私は最初「(部屋から)出ていく」と読んでしまった。創元「出て行くグジョン」試訳: グジョンが出立する
p136 面倒事(トラカツシ)♠️tracasserトラカセ(フランス語)
p136 ネッティングス警部補(Inspector Nettings)♠️パジェットの挿絵では制服を着ている。
p140 エレベーター(a lift)… 石炭や重たい荷物専用(Only for coals and heavy parcels)
p141 香りつきの紫色のインク(ink… scented and violet)♠️金持ちの黒人らしい趣味、と評されている。violet-scented blue ink (for personal letters)という記述をヴィクトリア朝に関するblogで見つけた。色は青に近いのかも。
p143 サー・スペンサー・セント・ジョン(Sir Spencer St. John)♠️Sir Spenser Buckingham St. John(1825-1910) ここで言及されているのは1884年の著作だろう。
(2022-1-8記載)
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(8) The Ivy Cottage Mystery (初出: The Windsor Magazine 1895-1 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「蔦荘の謎」評価6点
ストランド誌1894年12月からドイルが勇将ジェラールもので復活(これは単発でシリーズ連載は1895年8月号から)。それでヒューイットはお払い箱になったのだろう。ウインザー誌はこの1895年1月号が創刊号。巻頭話はGuy Boothby作のDr. Nikolaの長篇分載だが、ヒューイットものは実績ある探偵シリーズとして好意的な依頼があったのだろうと思う。
家政婦のクレイトン夫人は(3)に続いての登場。ビル全体の雑務を取り仕切ってるのかな?
話はブレット君の探偵修行の話。展開が良くてなんだか好きな話です。
p156 インクエストの様子が詳しく書かれている。
(2022-1-10記載)
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(9) The Nicobar Bullion Case (初出The Windsor Magazine 1895-2 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「ニコバー号の金塊事件」評価6点
イラストが非常に良い。ヒューイットの事件への関わり方はプロっぽい。愉快な冒険が見もの。心配性の航海士が可笑しい。手がかりは後出しなので読者は推理出来ません。
p177 「裏金」(cumshaw)♠️ここは原語を生かして欲しいところ(創元「カムショー」)
p177 日本(japanese)♠️日本美術通のモリスンらしい
p179 チャブ錠(Chubb's lock)
p180 ビルマ製(Burman)♠️煙草
p188 彼(ノートン)は...♠️原文でもhe(Norton)となっていた
p191 飲み薬(lotion)♠️ここは原文を生かして欲しいところ(創元「ローション」)
p199 『しゃれた』もの('swell' ones)♠️(創元「高級船」)
p199 『田舎パン』('cottage')♠️ここは原文を生かして欲しいところ(創元「コテージ」)
p203 ペニー銅貨
(2024-1-29記載)
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(10)The Holford Will Case (初出The Windsor Magazine 1895-3 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「ホルフォード遺言状事件」評価7点
再読してかなり楽しめた。話の進め方が上手で、展開の妙がある。
p206 バートレー対バートレー以外(Bartley v. Bartley and others)♣️翻訳ではなんか抜けてます… (創元「バートレー対バートレーその他一同」)
p208 晩餐に出る気力(make up my mind to go to dinner)♣️ここのdinnerはほかの家にお呼ばれする食事のことだろう。 (創元「夕食に出かけようと肚をきめる」)
p210 チャブ式の特許錠(Chubb's patent)
p219 『勝ち気』な女性(a 'strong-minded' woman)♣️齋藤英和では「男まさり」 と表現されている。(創元「いわゆる芯の強い女性」)
p223 スライド錠と… 旧式の錠と、かんぬき(bolts... old-fashioned lock, and a bar)
p225 とんがり帽子(a peaked cap)♣️メッセンジャーボーイの庇付き帽子。当時の写真で見るとちょいと傾けるのがファッションらしい。 (創元「つばのついた帽子」)
p228 痩せていて色黒の(thin, dark)♣️「黒髪の」
p230 悪戯(practical joke)♣️最後の語が決まってる。ぜひ原文(と辞書)を確かめていただきたい。
(2024-1-29記載)
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(11)The Case of the Missingp Hand (初出The Windsor Magazine 1895-4 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「失われた手の事件」評価6点
これは結構意外な展開だが、いつものように推理味は薄い。翻訳はニュアンスずれなどが目につく。平山先生には時々あるんだよね… 編集者は翻訳文の意味が通りにくいところがあれば、遠慮なく指摘して欲しいなあ。
p232 スズメ撃ちの散弾を浴びせて(peppering …. with sparrow-shot)◆流石に散弾銃じゃあ相手が大変なことになっちゃう。用例は見当たらなかったので直感だが、sparrow-shotは多分sling shot(パチンコ)の意味じゃないかなあ。
p234 屋敷の外にはほとんど情報は漏れなかったが(Little was allowed to be known outside the house)◆すぐ後で「広く噂されていた」とあり、翻訳文が矛盾している。試訳: 屋敷の外に知られないように努めていたのだが
p235 あいつは貧乏人向けの銀行などを営んでいたが、卑劣な悪党であることは間違いない(He's certainly been an unholy scoundrel over those poor people's banks)◆[経営していた]貧しい人たちの銀行を滅茶苦茶にしたインチキ野郎だ、というような意味だろう。なけなしの庶民の貯蓄を台無しにしておいて、逮捕もされなかったのだから。 poor people’s bankは、少し前に出てくる「小規模な貯蓄銀行(penny banks)」のこと。
p236 大佐はヒューイットの方を向いた。「ハードウィックさん、ご紹介しよう… こちらは君の専門分野の仕事を、民間人の立場で行なっている…」(The Colonel turned to Martin Hewitt. "Mr. Hardwick, you must know," he said, "is by way of being an amateur in your particular line)◆これは訳者の勘違い。ヒューイットに向かって「ハードウィック氏は、アマチュアながらも、こんな風にあんたの専門仕事をやってのけるんだ…」という場面。ハードウィック氏(大佐の同僚)は治安判事なのだが、探偵っぽい推理も見事にやっちゃうんだよ、と大佐がちょっと自慢げにその道のプロであるヒューイットに伝えている。
p240 完璧でご立派な推理は横におくとして(And even putting aside all these considerations, each a complete case in itself)◆ ここは相手に皮肉を言っているのではない。「これまで自分で説明してきた仮説を全部無しにしても」という感じ。試訳: これらの説明--どれも事実に合致していると思いますが--を全て脇に置いたとしても
p242 さあ、ブレット君、徒歩での冒険だぞ(Come, Brett, we've an adventure on foot)◆on foot=afoot。シャーロック“Come, Watson, come! The game is afoot”(アベ農園1904)より発表は前だが、精神は同じ。
p250 『インゴルズビーの伝説』(Ingoldsby Legends)◆Richard Harris Barham(1788-1845)作, 1837年出版。セイヤーズやJDCも大好きな伝説集(創作も含む)。もしかして『死者のノック』(dead man's knock)もこれ由来?なお、本作でフィーチャーされてる伝説はヨーロッパで古い歴史があるようだ。the dried and pickled …. of a hanged man, often specified as being the left(ネタバレ防止のため一部省略)で英Wikiを検索すると出てくると思う。
(2021-12-15記載; 追記2021-12-16)
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(13)The Case of the Lost Foreigner (初出The Windsor Magazine 1895-6 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「記憶喪失の外国人事件」評価4点
かなり強引なヒューイットの推理。ポオ「モルグ街」の連想ゲームが元ネタ(作品中で明言している)。
p291 反転式(reversible)♠️少し後にも出てくるがそこの原語は”reversing”。調べつかず。
p298 等身大のスコットランド高地人の木像♠️画像を探すとそれっぽいのが見つかる。タバコ屋の看板としてハイランダーが定番として使われたのは1845年ごろからだという。作品当時はもう珍しくなっていたのか。
(2021-12-14記載)
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(14)The Case of Mr. Gerdard’s Elopement (初出The Windsor Magazine 1896-1 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「ゲルダード氏の駆け落ち事件」評価5点
愉快な依頼人と意外な結末。だがヒントが少ないので一般読者に推理は出来ないだろう。実際、こんなような事件が当時あったのかも。ならば時事ネタで読者にもピンときやすいか。
物語の冒頭でヒューイットがブレまくっているように受け取れるが、ここは訳者が勘違いしているだけ。読めば変だとわかりますよね、編集者さん… (以下p306-307で、しつこく言及しました)
p306 離婚だと脅しを(threatened divorce)◆当時、英国での離婚は非常に難しかったが、まあお金持ちらしいからねえ。口喧嘩だから真面目に取る必要はないか。なお1896年の英国離婚件数459件/結婚件数242,764件で離婚率0.19%(1930年には離婚3,563件/結婚315,109件で離婚率1.13%、1945年には離婚15,634件/結婚397,626件で離婚率3.93%となっている)
p306 結局、僕は約束をしたよ---彼女を追い返すために、ほかに方法がなかったんだ---本当に解決すべき謎があるというならという条件付きで、この案件を引き受けることになった(In the end I promised—more to get rid of her than anything else—to take the case in hand if ever there were anything really tangible)◆いやいや、そうではなくて「もし実際に根拠があるなら、この案件をすぐに引き受けますよ、と約束した」だけで、結局、女を追い返している。
p307 それが浮気の決定的な裏付けと見なした----僕もその場で、依頼を引き受けると言わざるを得なくなってしまった(which she seemed to regard as final and conclusive confirmation of all her jealousies—I should take the case in hand at once)◆いやいや、そうではなくて、何か根拠がある事件じゃないと依頼を受けません、と前日ヒューイットが言ったから、女が「今日は確実な証拠を捉えました、さあ引き受けてくださいな」と言いつのっているだけ。ヒューイットはまだ依頼を受けてはいない。試訳: それが焼き餅に関しての最終的かつ決定的な裏付けだと彼女は見た----だから僕にすぐ依頼を受けるべきだ、と言うのだ。
p307 相談料についてはどちらからも一言も言及されなかった(without the least reference to a consultation fee one way or another)◆「いずれにせよ」とか「結局」とか言うニュアンスで「どちらからも」では無い。ここは「結局のところ、依頼は引き受けなかった」と言う趣旨。
p309 ロンドン・アマルガメイテッド(London Amalgamated)◆いろいろ合併して1891年に成立したLondon City and Midland Bankのことか。
p310 ソヴリン金貨入れ(A sovereign purse)◆ちょうど貨幣がピッタリ嵌るような仕組みのやつがあるんですね… 複数サイズ対応のもある。画像はsovereign purse victorianで検索。
p310 ポケットナイフ… 五ポンド出しても作れない◆ 十徳ナイフ、スイス・アーミー・ナイフのたぐい。ヒューイットも持っている。Victorinoxのマルチツールの特許は1897年だから、こう言うのの流行り始めだったのだろう。英国物価指数基準1896/2021(139.72倍)で£1=21800円。
p312 ここの事務所のもので… ほとんど目につかない場所にしまい込まれていた(Those for the office, … were put back in their place with scarcely a glance)◆文章が変だな、と思ったら「(どうでも良い内容だったので)チラリと見ただけですぐに戻した」という事。全部取り上げていたらキリがないのでそろそろ止めておきます。平山先生は正直で変なところは変なまま残してくれるから、わかりやすいと言えるでしょう(タチが悪い人は無理やり通じる日本語にしちゃうからね)。
p312 十五シリング… 馬小屋の一か月の賃料(15s., one month’s rent of stable)◆16350円。
p312 馬小屋での馬の貸代、餌、世話の料金… 2ポンド(Also rent, feed and care of horse in own stable as agreed, £2)
p316 ロンドンの路上で(in London streets)◆シャーロックの有名ネタ(1891)と、サッカレーのネタ(1838 英Wiki“Crossing sweeper”参照。なおサッカレーの念頭にあったのはCharles McGhee(1744ジャマイカ生まれ)だろうか。1824年ごろの肖像画あり。死んだ時に800ポンドを貯め込んでいたという)
p316 「記憶喪失の外国人事件」への言及あり。
p316 バンクで乗り合い馬車… 屋根の上に席を占めた(an omnibus at the Bank… on the roof of which I myself secured a seat)◆このthe Bankはイングランド銀行のこと。英国最初の乗合馬車は1829年George Shillibeer(1797-1866)がロンドンのPaddington〜Bank間に導入、当初1シリング、定員22名、イラストを見ると馬三頭引き(世界初のパリ1828、Stanislas Baudry(1777-1830)を参考にしたようだ)。最初から屋根席があったのかどうかは不明(英Wikiには定員16-18 “all inside“という記述があった)。
(2021-12-16記載)
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(15)The Case of the Late Mr. Rewse (初出The Windsor Magazine 1896-2 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「故リューズ氏事件」評価6点
なかなか鮮やかで良い話になっている。肝心なところ(p342)で翻訳の誤りあり。何度も言うが読めばすぐ変だと分かるのだから編集者の責任だろう。
p330 それはわからない… おそらく謎が解けない主たる理由は、殺人犯が慌てて姿を消したからだろう(That I cannot say… chiefly, perhaps, the murderer himself, who has made off)♣️ヒューイット「どうして殺人だと思うのです?」に対する依頼人の答え。試訳: 断言は出来ないのだが… 殺人犯自身が慌てて姿をくらました、ということが大きいだろう
p337 大型のリボルヴァーだと思います。おそらく、軍用の大きさではないでしょうか。このサイズの円錐形銃弾は、そうした銃に合うのです---ライフルより小さいですから(A large revolver, I should think; perhaps of the regulation size; that is, I should judge the bullet to have been a conical one of about the size fitted to such a weapon—smaller than that from a rifle)♣️銃のネタが出て来ると嬉しいですね。場面は死体を鑑定した医師のセリフ。この医師は戦争で銃槍を沢山見てきた経験あり。“of the regulation size”は流れから考えて銃の口径のこと。翻訳の通り「軍の規定の」という意味だろう。ここでは弾丸(bullet)は死体から抜けているので医師は傷しか見ていない。なので後段は「ライフルなら(エネルギーが大きいので)もっと大きな傷になるが、(弾丸が綺麗に抜けてるのを考えると)円錐形(フルメタルジャケット=軍用)の軍用拳銃のタマとすると(傷の感じの)大きさとピッタリあう」という趣旨。なお当時の英国軍用大型拳銃はWebley.455口径一択。民間用なら米国製拳銃(コルトやS&W)の.45口径及び.44口径、中型サイズなら.38口径、小型は.32口径があり、まだ自動拳銃は登場していない時代。当時の英国軍用ライフルの銃弾の主流は.577/450Martini-Henry弾(1871以降)で弾頭の口径(.450)は拳銃用より若干小さい(.577はカートリッジの最大径)。新式のリー・メトフォード・ライフル(1888以降)なら.303British弾なので、さらに口径は小さい。(2021-12-18追記: 医者が口径をregulation sizeと表現したのは、つい最近まで英国陸軍制式拳銃の口径がいろいろ変わったからだろうか。Beaumont-Adams(1865以降)は.442口径、Enfield Mk I(1880以降)は.422口径、Enfield Mk II(1882以降)は.476口径、Webley(1889以降)は.455口径という具合だったので、正確な口径なんて覚えてないよ!ということか。本作に登場するのは以上に記したどのタイプであっても不思議は無い。まあ若者なので最新式のWebleyだろうと思うが…)
p338 ここはロンドン時間よりも30分以上早い(This is more than half an hour before London time)♣️アイルランドの西端(Mayo)なので当時は時差があった? 今はグリニッジ標準時を採用しているようなのだが… なお現場近くのCullaninという町は架空地名のようだ。
p338 全員に半ソブリンの礼金(half a sovereign apiece)♣️証言に対する謝礼。p310の換算で10900円。
p342 差し込み錠はきかなかった(the catch was not fastened)♣️ 意味が取りにくい翻訳文になっている。ここは素直に「catchは閉まっていなかった」ということ。すぐ後ろは「catchをナイフで無理に開けた(forcing the catch with a knife)」が正解だろう。このcatchは窓の「留め金」が相応しいかな? 画像は“victorian sash window catch”でどうぞ。(多分、平山先生は、ナイフでこじ開けたので錠が壊れた、と想定したのだろう。catchのような構造ならナイフをスライドさせれば破壊せずに開けられると思う。ボルト系の錠なら破壊が必要かも)
p343 バリシールの祭り(Ballyshiel fair)♣️架空地名のようだ。
p345 それぞれ10シリング(it’s ten shillings each)♣️p310と同様。多分、半ソブリン金貨を渡している。当時のHalf-Sovereign金貨はヴィクトリア女王の肖像(1838-1901)、純金、4g、直径19mm。
p349 XX氏にはひどいことをしてしまい、申し訳ないです(we have done Mr. XX a sad injustice)
(2021-12-17記載; 一部追記2021-12-18)
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(16)The Affair of Mrs. Seton’s Child (初出The Windsor Magazine 1896-3 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「セットン夫人の子どもの事件」評価6点
Setonはシートンが普通じゃないかな。動物記の人もSetonだ。冒頭がシャーロック『黄色い顔』(1893)を思わせる。事件(case)より軽めなのがaffairのニュアンスなのか(「一件」と訳したい)。事件本篇はちょっと変調子があり楽しめたが、それよりもブッチャー夫人の件(p367)が気になるなあ。
p353 せっかくヒューイットの仕事ぶりについて読んでもらっても、楽しんでいただけるとは限らないのだ。不可能なものは不可能なのだ(That such results attended Hewitt’s efforts in an extraordinary degree those who have followed my narratives so far will need no assurance; but withal impossibilities still remain impossibilities, for Hewitt as for the dullest creature alive)♠️冒頭から何か変テコ。試訳: そのような結果が、ヒューイットの尋常ならざる努力を尽くしたうえでのものであることは、これまで私の話を読んでいる皆さまには言わずもがなだろう。しかしそれでも、不可解事件が不可解事件のまま終われば、ヒューイットが間抜け極まりない奴に見えてしまう。
p353 古めかしい家族経営の弁護士事務所(an old-fashioned firm of family solicitors)♠️昔ながらの家事事件専門の事務弁護士。
p354 気つけ塩の瓶(a bottle of salts)♠️これはさりげない平山先生のアシスト。Smelling Saltsのことでしょうね。
p355 ちいさな朝の間(the small morning-room)♠️「午前中に日当たりの良い部屋」のこと。この屋敷にはthe large morning-roomもある。部屋が豊富な資産家の家なんだね。
p355 内側からスライド錠がかかっていた(bolted on the inside)
p357 フランス窓は、よくあるように二つの開き窓が中央にある蝶番でつながっていて、上下にかんぬきがかかっていた(The French window was, as is usual, one of two casements joining in the centre and fastened by bolts top and bottom)♠️普通のフランス窓、とあるので中央開きでボルト式のかんぬき(p355も「かんぬき」で良いよね)が各扉の上下二か所にあるタイプ(surface boltというらしい)。後段でこのボルトの動きは上下式だと書かれている。翻訳はjointing in the centre(中央で合わさる)を誤解。
p362 誘拐(stolen)…. 100ポンドを支払う用意があるか(Are you prepared to pay me one hundred pounds)…. 賞金20ポンド(reward, £20)♠️史上初の有名な身代金目当ての誘拐事件は1874-7-1発生のCharley Ross(当時4歳)事件、身代金2万ドル(=6336万円)。100ポンドは218万円。なおkidnapやransomという語は本話では使われていない。
p364 タータ(Ta-ta)♠️「バイバイ」の幼児語。
p368 紙幣で支払った?(pay with a banknote)… いえ、硬貨で(No; in cash)♠️このころの紙幣(イングランド銀行のWhite-note、最低額面£5)なら、銀行で番号を控えて出納記録が残っているから、こう尋ねたのだろう。当時は日常生活で硬貨しか使っていない時代だから、cashといえば硬貨のことだったのだ。
(2021-12-18記載)
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(17)The Case of the “Flitterbat Lancers” (初出The Windsor Magazine 1896-4 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「コウモリ槍騎兵隊」事件 評価6点
愉快な事件だが(私は箒のシーンが好き)、シャーロックのアレをすぐ思い出しちゃうよねえ… と思ったらあっちは1903年!じゃあヒューイットはポオのを参考にしたのでしょう。シャーロッキアンたる平山先生にはこのことに言及して欲しかったなあ。
なお舞踊曲lancersは英Wiki “Les Lanciers”で項目あり。1860年に英国上陸して20世紀初頭には廃れたスクエアダンス、 というから、ここはこのダンス音楽のことだろう。このダンスの語の由来は槍騎兵からと思われるので「ひらひらコウモリ槍騎兵舞踏曲」事件でどう?
p378 二、三年前の夏(on a summer evening, two or three years back)◆1893年としておこう。
p378 ビルは、誰でも近づくことができた---いやむしろ、誰でも見ることができたと言うほうがいいかもしれない---裏からならば(the building … was accessible—or rather visible, for there was no entrance—from the rear)◆普通、ビルって誰でも近づけますよね… 試訳: 裏へは誰でも侵入出来る---見ることが出来ると言うほうが良いか---入る玄関は無かったので。(趣旨は、裏が閉じた中庭で外部者が入れないビルもあるが、ここは通りから入れる道があり、でも裏にはビルへの入口が無いのでaccessibleというよりvisibleか、という事)
p380 小型のアップライト・ピアノ(my little pianette)◆おお、ブレット君、趣味人だねえ。しかも楽譜も読めるんだ… 当時ものの画像を探したが見つからなかった。
p382 ソブリン金貨◆1ポンド。窓ガラス代と迷惑料として。ガラス代は、せいぜい半クラウン(=2.5s.=£1/8)のようだ。
p383 事務所はすぐ下◆ブレットの部屋のすぐ下にヒューイットの事務所がある。既出の情報かもしれないけどメモしておこう。
p386 俺の二百五十ドル(My two hundred and fifty dollars)◆米国消費者物価指数基準1893/2021(30.88倍)で$1=3521円。250ドルは88万円。
p386 五十ポンド◆ 英国物価指数基準1893/2021(134.95倍)で£1=21056円。50ポンドは105万円。金基準(1893)だと£1=$4.82、ならば£50=$241で、大体合っている。
p388 自分の愚かさ◆非常によくある話だが、当時の米国人は英国でカモにされるのが多かったのかも。
p388 ハープを演奏し(played the harp)◆これはJews-harpか? それとも小型ハープかも。米国ブルース界でハモニカをハープということがあるが、これは少なくとも1920年代のクロマチック・ハモニカの開発以降だろう。
p391 カードの「パッシング」(a trick of “passing” cards)◆マジックで現在classic passと称されてる技法だろう。私の若い頃には本の図解入り解説しか無かったが、今は動画が簡単に見られる…
p400 半クラウン金貨を(with half a crown in his hand)◆原文には「金貨」に相当する語はない。当時のHalf Crownはヴィクトリア女王の肖像(1839-1901)、純銀、14.1g、直径32mm。
(2021-12-19記載)
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(18)The Case of the Dead Skipper (初出The Windsor Magazine 1896-5 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「死んだ船長の事件」 評価5点
上手な工夫はあるが捜査活動がいつものように地味な作品。鍵がいろいろ出てくるので、書き分けと説明が必要かも。
p401 優に数年は経過… 探偵としては駆け出しのころ♣️ブレットと知り合う前の事件。『亀』から考えて1878年ごろか。
p401 メイド姿の娘(a girl, having the appearance of a maid-of-all-work)♣️MAID OF ALL WORKというのはA domestic servant, who undertakes the whole duties of a household without assistanceで若い娘が多かったようだ。「家事全般のメイドと思われる娘」
p404 建物の中のほかの鍵が、この錠に合うのかも… こうした建物ではよくある(Perhaps… other keys on this landing fit the lock. It’s commonly the case in this sort of house)♣️おおらかな時代。
p404 イエール錠(Yale lock)♣️当時の新式の錠前。米国の発明だが英国ではH. & T. Vaughan社が1860年代くらいから製造販売していた。
p405 あの二人は、仲がいいとは言えないでしょうね(The two did not love one another, I believe)♣️おっさん二人の人間関係を聞かれた同じ宿に住む女性(キツめの女教師)のセリフ。ここに love が使われているのでちょっとビックリ。こういうところにモリスンの繊細な表現力を感じる。英語のニュアンスはよくわからないのだが。
p406 正面ドアにはしっかりスライド錠とかんぬきがかけられて(The front door was fully bolted and barred)♣️ボルトと横木で鍵がかかっていた、という感じ?
p412 半ソブリン借りる(to borrow half a sovereign)♣️英国消費者物価指数基準1878/2021(125.01倍)で£1=19505円。半ソブリンは9752円。
p422 警察官になりたまえ(You ought to be in the force)♣️「正式に警察隊に入るべきだよ」
p422 そんな朝早くに一等車の切符は珍しい(because first-class tickets were rare at that time in the morning)♣️朝6時のこと。たしかに金持ちが乗るのは稀だろう。
(2021-12-20記載)
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(19)The Case of the Ward Lane Tabernacle (初出The Windsor Magazine 1896-6 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「ワード・レーンの礼拝堂事件」 評価5点
依頼人のキャラがとっても強烈で楽しい。解決はちょっと強引だが、滋味深い。宗教関係は我々にはかなり遠いネタなのでパス。調べるといろいろ興味深いのだろうけれど…
p426 まったく使いものにならなかった(quite useless)♠️ここは「すっかり身体の具合が悪くなったので(新しい家政婦に変わった)」という意味かなあ。後ろの方を読むと以前から家政婦としての役割は果たしていなかったはずだから。
p426 手ひどい攻撃(be bodily assaulted)♠️「肉体的に酷い目に」
p427 今から十年から十二年ほど前の出来事♠️とすると1884年ごろか。
p429 原文では、この手紙、簡単な綴り間違いが多い。こういうのの翻訳は始末に困る。
Thou of no faith put the bond of the woman clothed with the sun on the stoan sete in thy back garden this night or thy blood beest on your own hed. Give it back to us the five righteous only in this citty, give us that what saves the faithful when the erth is swalloed up
p429 狂信的なクエーカー教徒(certainly corresponded with mad Quakers)♠️翻訳では断言しているが、原文では「のような感じ」くらいだろうか。手紙の用語から、当時の英国人もそう受け取るのだろうか。調べてません…
p437 耳の遠い老家政婦は… 「誰もいないよりたちが悪い」とささやかれていた(the deaf old house-keeper …. being, as she said, “worse than nobody.”)♠️誰がささやくの? 娘は耳の聞こえない老女と取り残されて心細かった、ということ。試訳: 耳の悪い老家政婦はいたが…. 娘の言葉では「誰もいないより酷い状態」だったからだ。
p438 一軒のパブを見つけた。この手の店には郵便住所録がある(a public-house where a post-office directory was kept)♠️ああそういう情報はパブで仕入れられるんだ。別の事件では、ヒューイットは近所の知り合いから住所録を借りている。
p439 秋の家賃(next week’s rent)♠️私はGutenbergの原文(英国版)を参照しているが、平山先生は初出から翻訳しているのかも(異同の書き漏れ?)。ここの家賃は四半期払いではなく週払いのようだ。
p440 五ポンドあげる。事務所はストランドのポーツマス街25番地(give you five pounds … His office is 25, Portsmouth Street, Strand)♠️住所がSleuths(1931) ed. by Kenneth Macgowanのと違う。そっちは「ストランド、ビューフォート・ビルディング298」ストランドは通りの名前なので、上述の住所の言い方はちょっと変か。ストランド近くのポーツマス街、という意味なのか?確かに歩いて七分くらいの距離だが…
(2021-12-21記載)
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ほかの作品も徐々に追記してゆきます。

No.360 7点 ベラミ裁判- フランセス・N・ハート 2021/12/12 16:15
1927年出版。初出The Saturday Evening Post 1927-9-10〜10-28(8回連載) 挿絵Henry Raleigh。延原謙先生の翻訳は見事。訳者あとがきで「裁判制度の啓蒙普及のために」本書の翻訳を乱歩とともにGHQに直訴したとありました。ああ、そういう時代をくぐり抜けてきた方々には「通俗的な」探偵小説の翻訳にも別の感慨があったろうなあ、と思います。法律関係のアドヴァイザーとして最高検の平出さんも参加されているようです。もちろん古めかしい用語がゴロゴロ出てきますが、歴史的な翻訳としてこのまま再販して欲しいなあ。
さて、私が参照した原文はPenzler Publishers(2019)で、序文に本書とHall-Mills事件との大きな関係性が取り上げられています。当時の米国は新聞ダネになった怪事件がたくさんあって、Elwell(1920迷宮入り)、Dot King(1923迷宮入り)、Leopold & Loeb(1924有罪となったが死刑に至らず)、Hall-Mills(1922, 判決1926迷宮入り)ここら辺が皆さんお馴染みのところではないかと思います。こーゆー事件が立て続けに起こっていたので世間の苛立ち、モヤモヤ感がかなり溜まっていたのではないでしょうか? 本書で作者はHall-Mills裁判に対する不消化な感じを、何とか納得するものしたい、という意思を感じます(なので事件についてあらかじめ知識を入れておいた方がより興味深いかも)。本作は事件の改変が上手く処理されていて世情にもフィットしたので、ベストセラーになり、映画化(1929)もされたということなのでしょう。映画を是非みたいのですが、残念ながら手段はないようです。代わりにHall-Mills裁判での、もう一人の主役Pig Ladyを取り上げたサイレント映画The Goose Woman(1925)を観ました。こちらも割り切れなさを上手に合理化している作品でした…
さて、この作品についてですが、構成が巧みでぐいぐい読ませます。証言の出し方も上手。自分の分身を狂言回しに使うのも嫌味がなくて良い。ところで、この翻訳では何故か初出の人名に必ず原綴が記されています。なんの工夫だったんでしょうか?
トリビアは後で気が向いたら…
翻訳では欠けていますが、献辞があります。
TO / MY FAVORITE LAWYER / EDWARD HENRY HART
相手は1921年に結婚した夫です。
どうしても気になったのでトリビアを一点だけ
p198 ズべ公♣️原語flirt、この訳語はどうかなあ… flirtはそんなに強い語ではないと思います。Carolyn Wells “The Clue”(1909)の上品な文章にも出てきてました。
(追記: あとがきで”Hide in the Dark”(1929)がmurder gameの流行の素と書かれていて、私はダグラスグリーンのJDC伝で読んだのが初めてだったが、喜び勇んで当該書を読んでみたら違った… 出てくるのは暗闇での鬼ごっこ(米国ではHide in the Dark、英国ではSardineと呼ばれるゲーム)。この誤情報、ヘイクラフトの本に書いてあるようだ。)

No.359 6点 陸橋殺人事件- ロナルド・A・ノックス 2021/12/09 04:53
1925年出版。昔読んだ創元文庫が見当たらず、グーテンベルグ21の電子本で買いなおしちゃいました。翻訳はどちらも宇野先生で、多分中身は同じはず。いつものように立派な翻訳です。
この作品、巷ではたいそうなキャッチフレーズが付いてますけど、作者の初お気楽小説なんだから、そんなに肩肘張る必要は全くなくて、しかも1925年という黄金時代でも結構早い部類。読み終えた感想としては『木曜』(1908)、『トレント最後』(1913)、『赤い館』(1922)のライン(特に後者2作品)、いずれも作者は「真面目に」探偵小説を書く気なんて全く無い。いずれも探偵小説が大好きなのは間違いないけれど。本作は楽しいパロディですよ、というのが最初からあからさまですよね(特に第一章の探偵小説談義)。
さてノックスさんは英国カトリック転向作家の一人。こちらはノックス(1917)、チェスタトン(1922)、グレアム・グリーン(1926)、イヴリン・ウォー(1930)というライン(イヴリンさんはよく知りません、すんません)。その中でノックスさんが一番、実生活では宗教的だったのですが、小説には宗教風味を持ち込んでいないように思う。まあでも立場上なのか性格なのか探偵小説は穏当な作品ばかりだと感じています。少なくとも意地悪とかひねくれてるとかいう作風じゃない。歪んでいないバークリー、というキャッチフレーズで如何でしょうか。
本作について言えば、のちのブリードンものに比べても軽い気楽な世界を目指している。古き良きイングランドへの想いと新流行のゴルフやブリッジに興じる紳士たち(JDCがゴルフもブリッジもやんねーよ!ありがたいことに!と書いたのは1932年、それに対して流行に敏感なお嬢さまアガサさんはゴルフもブリッジも大好きだった。サーフィンを本格的にやった初期の英国人女性でもある)。本作は推理ものとしての醍醐味、奇想天外な理論も出て来るので本格ファンにも楽しい話に仕上がってると思います。結末に不満な人は多いでしょうけど。(私もやや不満派、ただしなんか匂わせてる気もするんですよ… まあでもピンと来ないからそういう意味ではないと思いますが)
以下トリビア。
作中時間は十月十六日(p33)に始まり、「十月十七日水曜日(p46)」と明示されているので
該当は1923年。「ある少年(p23、後述)」の話題が前後しちゃうのですが、まあ良いでしょう。
冒頭、ガボリオ『ルコック探偵』からの引用あり。私が参照した原文(Orion House The Murder Room 2012)には載っていませんでした。さらに初版Methuenの写真を見ると献辞もありそう(Tony Wils…さんに捧げられているようなんですが、文字が切れてて読めません)。(追記2021-12-10: 初版本の書影を色々検索したらebayで見つけました。Dedicated by command / to / Tony Wilson 「ご下命により捧ぐ トニー・ウィルスン様へ」みたいな感じ?誰だかは調べつかず)
p4/311 情報について言えば、真実らしきものを疑い、真実らしからざるものを信じてかかるのが要諦である。 ──ガボリオ『ルコック探偵』♠️未読なので、引用元は調べていません… (追記2021-12-10: In the matter of information, above all, regard with suspicion that which seems probable. Begin always by believing what seems incredible —— Gaboriau, Monsieur Lecoq) (追記2021-12-11: 引用元を調べました。“Monsieur Lecoq”(1868) Chapitre 14から。≪En matière d’information, se défier surtout de la vraisemblance. Commencer toujours par croire ce qui paraît incroyable.≫ ここではルコックが名声を成した原則として紹介されている。フランス語の感じだと「情報の取り扱いは、本当らしく思われる解釈にすぐに飛び付くなかれ。信じられないようなことでも信じることから常に始めよ」あたりか。宇野先生の翻訳だとチェスタトン流の逆説みたいだが、実際は「事実に即してまずは受け止め、安易な判断をするなよ」という当たり前のルール。なお、フィルポッツ『レドメイン』(1922)にも「ガボリオがどっかで言ってたが… 」と全く同じ文句が引用されていた)
p10 戦術にいう中空方陣(hollow square)♠️最近たまたま観た映画The Light That Failed(1939; 原作はキプリング 1891)に出てきたような陣形なのかなあ。
p15 『緑の親指の謎』(The Mystery of the Green Thumb)♣️『赤い拇指紋』(1908)を連想しちゃいますよね。
p15 最近の靴屋どもはしめしあわして、人類の足のサイズは六種類にすぎぬと思い込ませようとしている。アメリカからそのサイズばかりが輸入されてくるので、われわれイギリス人はその均一サイズに足を合わす努力を強いられている(The bootmakers have conspired to make the human race believe that there are only about half a dozen different sizes of feet, and we all have to cram ourselves into horrible boots of one uniform pattern, imported by the gross from America)♠️原文では「米国からグロスで」とあって、大量生産ものが流れ込んでくるイメージ。なお靴のUSサイズとUKサイズは異なるので、多分UKサイズ表示のものを米国で生産して輸入してる、ということだろう。第一次大戦後は米国が世界の工場となったのだ。
p18 検死審(インクエスト)♠️「検死審問」という翻訳語より好き。こっちを定訳にして欲しい。別名coroner’s courtは「検死官審廷」が良いなあ(裁判ではないので、法廷とは言いたくない)。いずれインクエストについてはガッツリ書く予定…
p23 かつてアメリカのある少年が、人を殺したらどんな気持ちになるかを知りたいだけで、友人を殺してしまった事件がある(Look at those two boys in America who murdered another boy just to find out what it felt like)♠️原文の書きっぷりだと完全にLeopold and Loeb事件のこと。事件発生及び世紀の裁判の判決はいずれも1924年なので、この会話が1923年になされているのはおかしい。翻訳で「二人の」を省くのはどうかなあ、another boyは「友人」じゃないし…
p28 キャディ♠️少年がやっている。p103も参照。
p31 二シリング銀貨(two florins)♠️当時のフローリン銀貨はジョージ五世の肖像、1920-1936発行のものは.500 Silver, 11.3g, 直径28.3mm。英国消費者物価指数基準1923/2021(63.51倍)で£1=9909円。2d.=991円。
p33 腕時計と懐中時計(a stomach-watch… a wrist-watch)♠️”stomach watch”でググっても懐中時計としての用例が全然出てこない。死語なのか?本書だけの造語なのか?
p34 当時はすでに警察官がオートバイを使用していた(for they have motorcycles even in the police force)♠️米国では1908年採用のようだが、英国の開始年は不明、第一次大戦後のようだ。「サイド・カー付きのモーター・バイク(“a motor-cycle, with side-car” p175)」も出てくる。
p40 四シリングあれば、三等じゃなくて、一等乗車券が買える(That extra four bob would have got him a first instead of a third)
p42 デイリー・メイル
p42 身なりから見て、家に電話を備えている(A man dressed like that would be sure to have a telephone)♠️英国での電話普及率は低かった。Charles Higham “Advertising: Its Use and Abuse”(1925)によると「電話機の普及率は英国では47人に1台、米国では7人に1台、オセアニアでは12人に1台」、ノックス『まだ死んでいる』(1934)でも家族に勧められて嫌々ながら家に電話を引いた地方の名士が登場していた。そこから考えると、ここは「こーゆー(新し物好きそうな感じの)身なりなら電話を引いてそう」というニュアンスか。
p46 ロンドン・ミッドランド・アンド・スコットランド鉄道会社(London Midland and Scottish Railway)♠️「ロンドン・ミッドランド・アンド・スコティッシュ鉄道」でWikiに項目あり。全国300ほどの鉄道会社を4企業体にまとめる大合併で1923年1月1日に成立。
p48 hem(ハム)と書くつもり♠️誤植?原文”ham”
p51 自殺者をうちの教会の墓地に埋葬するわけにいかない(suicide; and then I can’t bury the man in the churchyard)♠️2015年のデイリー・メイルの記事で、ようやく英国教会が公式に自殺者であっても教会の聖別された墓地に埋葬することを認めた、とあった。従来も非公式に各教会が独自判断で実施していたらしいのだが、公式見解は「自殺者の埋葬は夜中にキリスト教の儀式なしで、教会墓地の外側に」というものだったようだ。なお後段(p101)に出てくるが、精神が正常でない状態での自死の場合は教会墓地に埋葬可能。
p54 デイリー・テレグラフ
p60 アメリカの生命保険会社と契約しておったらしい。あちらの会社は、わがイギリスのと違って、そう簡単には保険金を支払おうとしない。徹底的な調査を行なうのだ(was insured at one of these American offices. And they’re a great deal more particular than our own Insurance people)♠️ノックスの後のシリーズ探偵ブリードンは保険調査員。確かにブリードンはゴリゴリの厳しい調査をしてない感じ。
p61 母斑(birth-marks)♠️英Wiki “birthmark”参照。ここでは死体の身元確認に使っている。
p63 聖ルカ祭の日♠️the Feast Day of St. Luke(October 18th)
p71 ミス・コレリ著の『サタンの悲しみ』(The Sorrows of Satan, by Miss Corelli)♠️ The Sorrows of Satan is an 1895 Faustian novel by Marie Corelli(1855-1924). It is widely regarded as one of the world's first bestsellers、書名も作者も英Wikiに項目あり。通俗小説作家でよく売れていたようだ。『ヴェンデッタ』(1866)が有名らしい。
p72 J・B・S・ワトスン著『人格の形成』(Formation of Character, by J. B. S. Watson)♠️Formation of Character by Rev J. B. S. Watson (London, H. R. Allenson 1908)、調べたが、これ以上の情報が無い。Revなので宗教関係者だろう。
p72 六ペンス(sixpence)
p81 アイルランド語はラテン語と同様に、《イエス》《ノー》にあたる語彙を欠いている(Yes, or No…. there is no native word for either in Irish, any more than there is in Latin)
p87 五十ポンドの賞金のかかったゲーム(for fifty pounds)♠️ゴルフの試合
p98 次の日の午後(木曜日の午後である)、パストン・ウィットチャーチの小学校で、検死審が開かれた(inquest was held on the following afternoon (that is, the afternoon of Thursday) in the village school at Paston Whitchurch)♠️インクエストは必ず公開され、広い場所で開かれる(パブが多かったようだ)。48時間ルールも伝統か。
p100 次の部屋に死体が安置(about the mangled temple of humanity that lay in the next room)♠️当時のインクエストでは陪審員が死体を実見する(view the body)慣習があったようだ。なので48時間以内に開催されるのかも。
p101 望みは考えの父(the wish is father to the thought)
p111 カウンティ・ヘラルド(County Herald)♠️地方紙っぽい名前。
p115 ブリッジ
p128 モメリーの『不滅の生命』(Momerie’s Immortality)♠️Alfred William Momerie(1848-1900) “Immortality; a series of 35 chapters” (1904)か。説教集のようだ。(追記2021-12-10: Internet ArchiveにGoogle複写のこの本(表紙の一番上に”First Cheap Edition - Sixpence”と書いている)のファクシミリ版があって、本書のやり方を試してみたらピッタリ… と思ったら6番目以降はちょっとズレてて10番目は欠だった。残念。実際にやってみると夢中になっちゃいますよね)
p134 イギリスの文化人の多くは火葬を希望するようだが、その気持ちは了解できる(One understood why people wanted to be cremated)♠️ 当時(1925)の英国(イングランド及びウェールズ)の火葬率は0.5%、1%を越えたのは1932年で、10%を越えたのは1947年。1967年には50%を越え、2020年には81%となっている。続く文章に出てくる村人との対比で「文化人の多く」と訳したのだろうか。試訳: 火葬を希望する人の気持ちはわからんでもない。
p142 ペジーク(bezique)♠️「べジーク」トランプ・ゲーム。
p150 希望と栄光の国(Land of Hope and Glory)♠️英国の愛国歌。曲Edward Elgar(1901)、詞A. C. Benson(1902)
p152 狩りの古謡のもじり♠️ここは宇野先生の補い。ここら辺の歌は実はみんな元ネタがあるのかも。難しいのでパス。これだけ原文をあげておきます。
“Yes, I ken that chest, it’s as full as can be
With my own odds and ends, and it’s all full of drawers,
And the key’s on the mantelpiece if you don’t believe me
With his hounds and his horn in the morning”
探すとJohn Peel(Roud 1239)という歌があって、なんか似てる。ジョン・ピール(1776-1858)はカンブリア地方の狩人。
“D'ye ken John Peel with his coat so gay,
D'ye ken John Peel at the break of the day,
D'ye ken John Peel when he's far, far away,
With his hounds and his horn in the morning?”
p156 アニー・ローリー
p172 ぼくの車♠️相変わらず車種やメーカーに全く興味のないノックスさん。「楽に五十マイル出る」車らしい。
p205 このローカル線の乗客は、持っているのが三等切符なのに、列車が混みだすと、平気な顔で一等車に入り込む(because lots of people on this line travel first on a third-class ticket when the trains are crowded)
p217 《出席調べがすんだ》(これはオックスフォード大学の学生用語である)(“kept a roller” (in Oxford parlance))
p217 文字謎遊び(アクロスティック)♠️ アクロスティックと言えばルイス・キャロル(ああ苦労す知句!)とか『赤毛のレドメイン』(1922)を思い出す。クロスワードの英国での流行は1924年から。セイヤーズのクロスワード短篇ミステリは1925年。
p224 ワーカーズ・アーミー・カット(Worker’s Army Cut)♠️ポピュラーなパイプタバコの銘柄のようだが調べつかず。
p235 讃美歌「主よ、みもとに近づかん」(Nearer, my God, to Thee)♠️詞Sarah Flower Adams, 曲はJohn Bacchus Dykes(1861 Horbury, 英国で主流)、Arthur Seymour Sullivan(1872 Propior Deo, 英国メソディスト)、Lowell Mason(1856 Bethany, 英国以外で主流)の3種類あるようだ。ここはDykes版か(某TubeではGuildford Cathedral Choirなどで聞ける)。
p260 通話管(speaking-tube)♠️昔はお屋敷だったのを改造した建物なので、元々は召使いへの連絡用として設置されていたものか。
p270 『万事露顕せり。急ぎ逃亡せよ』と電報を打った男(like the old story of the man who telegraphed to the Bishop to say ‘All is discovered; fly at once.’)♠️このエピソード、Webで検索するとコナン・ドイルかマーク・トウェーンの悪戯として有名らしい( どちらも12人に送ったら全員逃げて行方不明になった、誰にでも脛に傷があるよ、というネタ)。シャーロック聖典にも似たような電報があった記憶… 『グロリア・スコット』(1893)だっけ?(そこでの文面はThe game is up. Hudson has told all. Fly for your life.)
元ネタを調べた人がいて、Tit-Bits紙1897-9-18に、コナン・ドイルの友人がa venerable Archdeacon of the Churchに、ふざけて‘All is discovered! Fly at once!’という電報を送ったら、その尊いお方が行方不明になっちゃった、という悪戯の記事が見つかった。(arthurcdoyle.wordpress.com) なおノックスの原文には「主教に電報を打った」とあり、Tit-Bitsのarchdeacon(bishopの次の階位)と呼応している。
p276 診察料の二ギニー(a couple of guineas)♠️精神科(a sort of nerve man)の一回分の料金。
p293 チッキは日本でも国鉄が行っていた小荷物輸送サービス。1987年終了。私は使ったことは無かった。

No.358 6点 エレヴェーター殺人事件- ジョン・ロード&カーター・ディクスン 2021/11/18 11:34
1939年出版。英題Drop to His Death 米題Fatal Descent。
JDC/CDの22歳上(ミステリ作家としては6年先輩)の作家ジョン・ロード(John Rhode)との合作。ジョン・ロード&カーター・ディクスンという順の作家名で売られた。
ダグラスグリーンは伝記で、本作はほぼJDC/CDが書いたのでは?としているが、私も読んでみてそう思う。でもメインねたは確かにJDC/CDっぽくない。結構いろいろ工夫があり、面白いけど、なんか普通な感じ。JDC/CD作品なら、いい意味でも悪い意味でも「アッ!」となりたいんだよね。
昔のミステリなので、探偵が決定的に気付く発端は当時特有のもの。多分現代の我々が解説されてもピンと来ないネタ(p225)。舞台が出版社なので、作家たちにとっては馴染みの場所。セイヤーズの広告会社もの(1933)と同様、お仕事もの、職業内情ものという感じだが、インサイダー味は薄い。
以下トリビア。原文は手に入らず。
銃は.45口径の連発拳銃(p45)で「西部ものの参考に」というので絶対コルトSAA(いわゆるピースメイカー)だと思ったら、英国陸軍御用達ウェブリーリボルバー(p72、表記は「ウェブレイ」)だって。弾込めの機構が全く違うので、参考になるかーい!国も全然違うやんけ!とガンマニアなら強くツッコむところ。でも第一次大戦に従軍した青年には、母親がピストルを買ってくれるのが普通(p71)で、当時最上等のピストルだった(p72)というのが親の愛を感じさせて良いエピソード。Webley Revolver Mk. VIでしょうね。
作中年代は、1938年3月10日の二か月後(p68)で、多分5月18日(水)、トリビアp148参照。
p9 それはいい本ですか?♠️出版社のモットー(架空)。
p14 A課♠️訳注 貴族関係などを取り扱う。
p20 著者なんて糞くらえ♠️楽屋話。
p22 スペクテイター紙♠️判型の大きさをWebで調べたが見つからなかった。ちょっと大判の書籍くらいのサイズかな?タブロイド版よりは小さそう。
p27 大西洋横断のジョージ・ベルサイズ♠️架空人名だがリンドバーグがモデルか?とすると「ダグラス機の『ブリストル・ブルドッグ』(p39)」はSprit of St. Louisか。機の名前から考えて偉業を行ったのは英国人という設定なのだろう。
p34 年に七、八百ポンド♠️英国消費者物価指数基準1938/2021(70.69倍)で£1=11030円。
p45 リトル・ジャック・ホーナー(Little Jack Horner)♠️マザーグースに出てくる。Roud Folk Song Index #13027、18世紀初頭には言及あり。
p49 五ポンド♠️賭け金。かなり確かな賭け。
p53 どんな天気でもレインコートを着ていた♠️ホーンビームの特徴
p62 全社員は、このクリスマスに俸給の五分の、特別手当を貰う♠️ボーナスという事だろう。
p69 新しい半ポンド金貨♠️長く会社に仕えた記念品として。ジョージ六世のHalf-Sovereignは1937年戴冠記念として他のコインとセットで発行されたものしかないので、かなりのレアものだと思う。純金、4g、直径19mm。それ以前の半ソブリン金貨は同サイズでジョージ五世のもの(発行1911-1926)。
p73 もっといい結婚… 聖マーガレット教会での挙式やタトラー画報に載るような縁組♠️そういうイメージなんだ。聖マーガレット教会(The Anglican church of St Margaret, Westminster)はウェストミンスター宮御用達の教会。タトラー(Tatler)は写真入りの総合月刊誌、1901年創刊。
p77 クロックフォード♠️「訳注 ロンドンの有名なクラブ」だが、中桐先生には珍しい勘違い。正解は「英国国教会の聖職者名簿(Crockford's Clerical Directory)」初版1858(The Clerical Directory) 1876年からは、ほぼ毎年新版が出ている。
p83 ライス・シングルトン社製モーター♠️多分架空。
p85 格子戸♠️エレヴェーターのドアの折りたたみ式。動かすと止まる。ロンドンでは設置が法律で規定されている?
p94 あの不愉快なABCの仲間入り♠️数学の教科書でお馴染みのトリオ。
p101 オランダ式断髪♠️Dutch bobだろう。
p114 ドイツ時計♠️ソーンダイクものでお馴染みディケンズ由来のDutch Clock(装飾のない安い柱時計)か。
p123 おお、大海原のわが暮らし、 / 波間に揺れるわが家よ♠️"A Life on the Ocean Wave" はEpes Sargentの1838出版の詩にHenry Russellが曲をつけたa poem-turned-song(Wiki)。(コーラス部分)A life on the ocean wave, / A home on the rolling deep
p135 プレイヤーの空箱♠️訳注 タバコの銘柄。PlayersというとF1の真っ黒な車体を思い出す。マルボロ・カラーの車体もあった。すっかりタバコが追放された現代では隔世の感がありますねえ…
p135 ブラック・ビューティ社のチョコレート入りペパーミントの箱♠️薄荷菓子(p176) 多分架空ブランド。
p148 六月号は二日前に出版され… [他の雑誌は]五月の二十三日と三十日まで出なかった♠️事件の日付の手がかり。5/23と5/30はいずれも月曜日。ということは、六月号の出版は9日か16日だろう。事件は5/18発生の可能性が高そうだ。
p153 映画館… ストランドのティヴァリ館♠️多分架空。
p195 フランスの道化芝居
p205 召使い用の階段… 召使い用のエレヴェーター♠️屋敷の動線は、当然だが分かれている。

No.357 6点 犯罪の中のレディたち 女性の名探偵と大犯罪者- アンソロジー(海外編集者) 2021/11/16 05:19
1943年出版、1947年英国版、内容に英米版で異動あり、日本版は贅沢に全部収録。さらにEQが都合で省いた「マッケンジー事件」を収録した「完全版」となっている。さすが厚木大旦那。
短篇が上下で24篇と多く、一気に読むのは大変なので、後で徐々に埋めていきます。私の持ってる版は創元文庫1979年6月(上巻)、8月(下巻)で、真鍋博のヘンテコな表紙画。
以下、EQは多くの場合収録されている短篇集しか挙げていないので、初出はFictionMags Index調べ。
(以上2021-11-16記載)
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上巻(1) Spider by Mignon G. Eberhart (初出The Delineator 1934-5)「スパイダー」 ミニヨン・G・エバーハート: 評価6点
スーザン・デアもの。The Delineator 1934-4 “Introducing Miss Susan Dare”が初登場らしい。初出誌は寄稿者も女性が多そうな感じの女性誌、小説は毎号4,5篇、挿絵付き。
とても恐ろしい雰囲気と合理的な解決。探偵小説の見本ですね。
p20 小さいジョニーは妹を吊るした…♣️不気味な歌?調べつかず。原文をあげておきます。Little Johnny hung his sister. / She was dead before they missed her. / Johnny’s always up to tricks, / Ain’t he cute, and only six—
p24 耳が聞こえません(deaf)♣️続く場面では、大声なら聞こえるという描写。「耳が遠いのです」または「耳がよく聞こえません」が正解だろう。
(2021-11-29追記)
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上巻(5) Murder in the Movies by Karl Detzer (初出The American Legion Monthly 1937-5 挿絵J. W. Schlaikjer)「撮影所の殺人」カール・デッツァー: 評価6点
多分シリーズものではなさそう。初出誌はWebで無料公開されている。
映画の撮影場面が生き生きと描かれていて面白い。ドキュメンタリー・タッチ。所々に映画関係者の実名を挟んでいる。(グローヴァー・ジョーンズ、クラーク・ゲーブルなど) 原文ではもっと豊富かも。(全体は未確認だが、翻訳では省略されているJoseph B. Mankiewitzを見つけた)
(2021-11-30追記)
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上巻(6) Squeakie's First Case by Margaret Manners (初出EQMM 1943-5)「スクウィーキー最初の事件」マーガレット・マナーズ: 評価5点
スクウィーキー・メドウ(Squeakie Meadows)もの。Squeakyってネズミのチューチューとか靴のキュッキュッという音らしいのだが、そういう感じの声ってこと?
独特の語り口でスムーズにいかない感じ。ちょっとどうかなあ、というストーリー。
p219 ジン・ラミー(Gin rummy)◆二人用のカード・ゲーム。Culbertson's Card Games Complete(1952)によると”The principal fad game, in the years 1941-46, of the United States, Gin Rummy (then called simply Gin)… adopted by the motion-picture colony and the radio world”、ジン・ラミーと言うと『アパートの鍵貸します』(1960)を思い出すなあ。
p220 女性の化粧品◆リストあり。知識がないのでパス。
p220 政府は、つぼはとっておいて詰めなおせと◆戦時中の節約スローガン、との訳注あり。WWIIの1943年ポスターで”Save Your Cans”(缶詰が弾丸になってる絵)と言うのがあった。”Can All You Can”(1943)と言うのもあり、こちらは食料を瓶でなるべく保存せよ、という備え。ガラス瓶の節約ポスターは見つからなかった。
p235 灯火管制用の豆懐中電灯◆光源部に覆いがあり灯りがなるべく漏れないようにしたものだろう。
(2021-12-1追記)
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上巻(7) The King of the Gigolos by Hulbert Footner (初出不明, 短篇集1936年”The Kidnapping of Madame Storey and Other Stories”, as “Madam Storey’s Gigolo”)「ジゴロの王」ハルバート・フットナー: 評価5点
マダム・ロージカ・ストーリー(Madame Rosika Storey)もの。上記短篇集の収録作品でFMIで初出が判明しているのは全て1934年Argosy誌なので、本作も同時期のものか。初登場は“Madame Storey’s Way” (初出Argosy Allstory Weekly 1922-3-11) 多分、短篇集“Madame Storey”(1926)冒頭の”The Ashcomb Poor Case”と同じもの。冒頭でマダムと女秘書ベラ(語り手)の出会いが語られている。
本作でも豪胆なマダム・ストーリー。退廃した年寄り連中の描写が興味深いがモンテ・カルロ味はあまりなく、スリリングな展開だが探偵味は薄い。作中年代は明示されていないが、デビュー1922年のマダムの若さは保たれてるし、なんとなく20年代のように感じる。
p246 オテル・ド・パリ♣️Hôtel de Paris Monte-Carloで英Wikiに項目あり。1863年オープン。
p248 強奪♣️rob
p250 若い男の正体♣️なるほど。ジャニーズ所属の青年たちの顔を思い浮かべてしまいました。
p251 アメリカでは手が早いっていう(we call a fast worker in America)♣️小学館ランダムハウス英和に1921年との表示がありました。
p265 略式夜会服(ディナー・ジャケット) In America I am told that men wear dinner jackets when there are ladies present ♣️野蛮な風習だそうです。第一次大戦後は黒タイのディナー・ジャケットがセミ・フォーマルとして通用していたようだ。英Wiki “Black tie”より。
p273 ラ・チュルビー(La Turbie)♣️モンテカルロ国境の北西のフランスの町(commune)。1904年までは行政地域としてボーソレイユ(Beausoleil)も含んでいた。「ラ・テュルビー」表記が定訳か?
p279 五十フラン札♣️当時の50フラン札はBillet de 50 francs Luc Olivier Merson(1927-1934)、サイズ170x123mm。仏国消費者物価指数基準1934/2021(487.6倍)で1フラン=0.74€=98円。
p280 絵入り雑誌(リリュストラシヨン)♣️一般名詞ではなく固有名詞。L'Illustration、挿絵入り週刊新聞(1843-1944)。ガストン・ルルー『黄色い部屋』を連載(1907-9-7〜11-30)したことで有名。
p281 五フランの英仏小辞典(a common little five-franc English-French dictionary)
p290 モンテ・カルロ発の最初の電車… 七時十五分前に発車(the first train out of Monte Carlo. It leaves at quarter to seven)
p292 メディチ・グリル(Medici grill)♣️リュクサンブール公園沿いのRue de Médicis付近のレストランなのだろう。
p294 青列車(ブルー・トレイン)♣️英語では1923年からのニックネームのようだ。1892年の時刻表でパリ=モンテカルロ間は約20時間。
p295 パリ・ヘラルド紙(Paris Herald)♣️創刊1887年。フランス在住の英米人向け英字新聞(パリで編集発行)。1918-1924はArgosy誌のFrank Munseyがオーナーだったので一種の楽屋落ちか。
p296 色の浅黒い邪悪な顔つきの青年(a dark, wicked-looking young man)♣️昔の翻訳者は浅黒党が多いなあ。「黒髪の」
p313 グラン・コルニシュ道路(Grand Corniche road)♣️Google MapではRoute Grande Cornicheとなっている。
p317 千フランの札たば(bundle of thousand-franc notes)♣️当時の1000フラン札はBillet de 1000 francs Cérès et Mercure(1927-1940)、サイズ233x129mm。
p329 シェルブール(Cherbourg)♣️ここに出てくる意味がちょっと不明だったが、1934年ポスターで、RMS Majestic(White Star Line)がSouthampton-Cherbourg-New York航路というのを見つけた。帰国前に送った、ということなのだろう。
(2021-12-4追記)
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上巻(8) Diamond Cut Diamond by Frederic Arnold Kummer (初出Liberty 1924-12-13)「ダイヤを切るにはダイヤで」フレデリック・アーノルド・クンマー: 評価6点
主人公はエリナー・ヴァンス(Elinor Vance)、シリーズものなんだろうか。
ヒヤヒヤする手口だが、映像化したら楽しそう、と思った。お金をふんだんに使える設定っていうところに大不況前のイケイケドンドンな米国を感じる。なお物語に出てくる発明は1879年が最初で、1970年代になってやっと価値ある程度の大きさになった、という。
p331 東京からキャラマズーまで(from Tokio to Kalamazoo)♠️世界中を旅してる、と言っているのだが、まあ東京はわかるけど、なぜカラマズー(ミシガン州、1920年の人口48千人)なんだろうか。ポピュラーソングで有名なのは“(I've Got a Gal In) Kalamazoo”(1942)が最初のようだ。色々調べていたら、永井荷風が米国留学時にカラマズーに下宿していた(1904)と知ってちょっとビックリ。
p332 三万四千ドル♠️米国消費者物価指数基準1924/2021(16.17倍)で$1=1844円。
p357 善良な小悪魔(a good little devil)
(2021-12-1追記)
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上巻(9) Murder at the Opera by Vincent Starrett (初出Real Detective 1934-10〜11, as "The Bloody Crescendo")「オペラ座の殺人」ヴィンセント・スターレット: 評価5点
主人公はサリー・カーディフ(Sally Cardiff)、単発作品のようだ。
残念ながら取り立てて目立つ要素は無い作品。女性の手袋について収穫あり。
p363 泥棒猫(The Robber Kitten)◆ディズニーのアニメで同タイトルがあるが1935年の封切。多分偶然。
p366 一八六九年以来最悪の吹雪(the worst blizzard the city had experienced since ’69)◆調べつかず。
p378 長い手袋(long glove)… ガセット(gusset)◆昔の上流夫人がしていた肘くらいまである長い手袋についての説明。vintage gloves history 1900 1910 1920 1930で見つかるWebページにgussetらしきものが見えるのがあった。
p387 それ行け!(レッツゴー)… パイロットがよく使う文句らしい(‘Let’s go!’ which is a common phrase, it seems, among fliers)
p394 百ドル◆米国消費者物価指数基準1934/2021(20.74倍)で$1=2365円。
(2021-12-19記載)
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下巻(2) Coffin Corner by H. H. Holmes (初出は本アンソロジー1943)「フットボール試合」H・H・ホームズ(バウチャー): 評価5点
シスター・アーシュラ(Sister Ursula)もの。クリベッジというマイナーなトランプ・ゲームを取り扱った唯一の短篇、とEQが言っている。設定にかなり無理あり。殺人事件よりフットボール試合が大事って… こういう人工性、遊戯性がパズラーの悪いところ(まあ嫌いじゃないが)。ウルスラ尼(伝統的な訳語が好きです…)のキャラ付けも成功してるとは言い難い。
スポーツ用語って、厄介だと思う。知らない人には全然ピンと来ないけど、知ってれば少しの言葉でイメージがパッと浮かんでくる。普通の単語に見えても組み合わせで専門用語になってるのもあるし… (dead ballとかthree and outとか) 厚木大旦那の翻訳は非常に健闘してるけど(多分アメフトに詳しくない感じ)、間違いとニュアンスズレが若干ありました。
p53 あなたは五十ヤードのパントをやってのけ、それがゴールまで1ヤードのところでサイドラインを割った。ところでウォゼックがキックしたボールがブロックされ、それがあなた側のセイフティにつながり、ベラミンが十五対十四で勝ったのです(And you produced a fifty-yard punt that went out of bounds within the one-yard line and set the stage for Wozzeck’s blocked kick and the safety that gave Bellarmine the game 15-14)♠️第四クォーター、残り時間1分を切った状況。こちらは13-14で負けている。パントでゴール1ヤード地点でフィールド外に出すって、超絶ファインプレー。その次「キック」がいきなり出てくるけど、本文には書いていないが、相手はその前に攻撃を三回やって(守備の踏ん張りなどもあって)全部失敗してるはず(スリーアンドアウトという状況)。残り時間が一分を切っている、という前提からここまでが読み取れる。そして残り時間十数秒以下で(アメフトの時計はタイムなどで止めることが可能)相手は4thダウンとなり、攻撃権をこちらに移すパントをすることになるのだが、ゴール地点ギリギリでのパントって難しい(最低自陣5ヤードは欲しい、との意見あり)。そんなこともあってか(ウォゼックに)ブロックされ、ボールが転がってベラミン(こちら側のチーム名)がエンドゾーン(ゴールエリア)で確保しセイフティ(2点)になった、という状況。(修正2021-11-17: 自信満々で間違うのは恥ずかしいすね。これだとベラミンのタッチダウン(6点)になっちゃうので、転がったボールが単純にエンドゾーンを超えた、というのが一番あり得る状況。蹴ったパンターが何とか転がったボールを確保したがベラミンにすぐ潰された、というプレーでもセイフティになる。参考YouTube“NSU Punt Block Leads to Safety”) 翻訳ではパントに注がついている。間違いではないが、意を尽くしておらずここでは場違い。翻訳上の間違いは、ウォゼックは蹴った側ではなく、ブロックした殊勲者のほう(まあこれはどっちでも良いレベル)。「あなた側のセイフティ」も気になる。原文にはない補い訳だが、セイフティは自殺点なので「相手側の」もの。以上のようにアメフトのルールを良く知らなければ、原文の主旨はほぼ伝わらないので翻訳は難しいが、一応試訳: (前略) サイドラインを割った。それがウォゼックのパントブロックとセイフティという結果に繋がり、ベラミンが(後略)
p67 コフィン・コーナーにボールを蹴りこんだ。相手側の蹴ったボールがブロックされ、そのボールがシロヴィッチの腕にとび込んで、タッチダウンに(he dropped one in coffin corner that resulted in a touchdown when a blocked kick sailed into Cyrovich’s arms)♠️「コフィン・コーナー」は相手側ゴールまで数ヤード以内のエリア。ここでは、ボールを蹴るのが続いて出てくるが、この間に上記と同様、相手の攻撃失敗が少なくとも三回ある。アメフトでボールを蹴る機会は、(1)キックオフ(試合開始や得点後の試合再開)、(2)4thダウン時のパント(相手に攻撃権を渡すが相手を自陣ゴールから遠くに押し込む)かフィールドゴール(相手陣ゴールが近い場合得点を狙う)、(3)自軍のタッチダウンの後の追加得点狙い、に限られる。自陣ゴール直近でのプレーはセイフティやインターセプト・タッチダウンのプレッシャーがあり、距離も十分に取りにくいので、相手側が有利になる。一応試訳: 彼は一度コフィン・コーナーにボールを落とし、それがその後の、パントブロックしたボールがシロヴィッチの腕にとび込みタッチダウンというプレーに繋がった。(一部修正2021-11-19: この場面ではp53と異なりkickはパントだけではなく、フィールドゴールの可能性(かなり低いが)もあるので「キックをブロック」といったん訳したが、ここの主眼はコフィン・コーナーへのパントが役立った、ということなので相手が攻撃に連続成功しフィールドゴールに漕ぎ着けちゃってたら意味がない。それでパントに限定して訳して良いだろう。なおパントでもフィールドゴールでも、ブロックされたボールがスクリメージラインを越えていなければファンブル扱いでタッチダウン可能)
(2021-11-16記載)
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下巻(3) The Tragedy at St. Tropez by Gilbert Frankau (初出The Strand Magazine 1928-9 挿絵Stanley Lloyd)「サントロペの悲劇」ギルバート・フランカウ: 評価6点
キラ・ソクラテスコ(Kyra Sokratesco)もの。ルーマニア人の可愛らしい娘。『探偵小説の世紀』でシリーズ第一作が読めます(全部で三作しかないみたいですが)。
原文入手できず。
p77 イギリス紳士録◆Whittakerか。
p79 三千ポンド◆英国消費者物価指数基準1928/2021(65.98倍)で£1=10295円。
p79 少年のように魅力的◆若い女性を見た男性の感想。英国のホモ文化を暗示?
p81 グログ・トレイ(Grog tray)◆いろいろな酒類と水や氷を乗せたお盆(客をもてなすためのセット)のことらしい。昔は家にはGrog trayがあった… という用例を見つけた。Grog(ラムの水割り)で「酒」という意味のようだ。
p86 ホモなの?(プール・レ・ファム)◆綴りはpeur les femmes(女が怖い)かな?
p96 百ポンドほどの年金と傷害年金◆第一次大戦の戦傷で年金受給しているのかも。
p101 ヨセフの役◆創世記39:7〜10のエピソードだろうか。
p101 年に1000ドル◆ここはポンドの誤りでは?米国消費者物価指数基準1928/2021(16.17倍)で$1=1844円。ドルが正しいなら年184万円にしかならない。もしポンドが正しいなら年1029万円で文脈に合う。
p103 この古い(作者は「千年も前の物語」としている)話は実在するのかなあ。調べつかず。
(2021-11-17追記)
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下巻(4) Lot’s Wife by F. Tennyson Jesse (初出The London Magazine 1929-11 挿絵S. Briault): 評価7点
ソランジュ・フォンテーン(Solange Fontaine)もの。短篇集(2015)のダグラスグリーン序文がWebに落ちていた。全13作のようだ。
犯罪研究家ジェスさん(米国旅行でシンシン刑務所の電気椅子に座ってみたらしい)の非常にリアル感ある物語。まあ探偵の活躍はちょっと出来過ぎですが。シリーズ全作読んでみたいなあ。
p106 ロトの妻♣️創世記19章。
p108 額はまた<流行(イン)>になっていた♣️作中当時は、女性が額を出すのが流行だったのだろう。
p118 百ポンド♣️英国消費者物価指数基準1929/2021(66.72倍)で£1=10410円。
p121 二枚の十ポンド札♣️情報提供料。当時の£10札はWhite note(1759-1943)、サイズ211x133mm。
p148 競走用のブガッティ♣️Bugatti Type 35かなあ。
p150 五十フラン札… 千フラン札♣️仏国消費者物価指数基準1929/2021(399.78倍)で1フラン=0.61€=80円。当時の50フラン札はBillet de 50 francs Luc Olivier Merson(1927-1934)、サイズ170x123mm。1000フラン札はBillet de 1000 francs Cérès et Mercure(1927-1940)、サイズ233x129mm。(いずれも仏Wikiに詳細あり)
(2021-11-22追記;2021-11-27お札関係だけ追記)
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下巻(5) The Case of the Hundred Cats by Gladys Mitchell (初出The [London] Evening Standard 1936-8-17)「百匹の猫の事件」グラディス・ミッチェル: 評価4点
ミセス・ブラッドレーもの。初登場は長篇Speedy Death(1929)。
猫が活躍しないし、ちょっとピンと来ない話。話者の「私」(美人秘書)が気になる。
p168 お嬢… 赤ちゃん♠️原文はいずれもchild、なぜ別の訳語にしたのだろう?
p172 アメリカ人ならダッドレー屋敷とでもいいそうな家(what Americans would call the Dudley residence)♠️residenceは米語のイメージなんだ。
(2021-11-23追記)
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下巻(6) The Man Who Scared the Bank by Valentine (1929年作)「銀行をゆすった男」ヴァレンタイン: 評価6点
ダフネ・レイン(Daphne Wrayne)の「調整者」もの。”ヴァレンタイン“はペンネームで、本名Archibald Thomas Pechey(1876-1961)は英Wikiに項目あり。1922年に“The Adjusters”(短篇と思われる)を書いているらしい。The Adjustersシリーズの初長篇はMark Cross名義で”The Shadow of the Four“ (1934)、全46長篇(全部がこのシリーズという訳ではないようだ。短篇は少々?)あり、とのこと。明らかにウォーレスの「正義の四人」(1905)に影響を受けているもので、この系譜はTVシリーズ“The Avengers”(1961-1969;「おしゃれマル秘探偵」これ見たいんだよなあ…)に受け継がれているらしい。色々原文を探したら長篇はいずれも入手困難。一年に2,3作ほど発表されていて、結構な書きなぐりぶり。Otto Penzler編The Big Book of Female Detectives(2018)にシリーズの短篇“The Wizard’s Safe” by Valentine (初出Detective Fiction Weekly 1928-6-16)が収録されていた。
作品自体は面白いけど、まあねえ、という感じ。原文は結局入手出来ず。
p179 デイリー・モニター紙◆️架空。
p184 五万ポンド◆️英国消費者物価指数基準1927/2021(65.98倍)で£1=10295円。
p185 千ポンド札◆️こういう異常な高額紙幣が当時は存在していた。裏が白紙で、文字だけのそっけないデザイン(White Note)、サイズ211x133mm。ホワイト・ノートで当時流通の£10札、£20札、£50札、£100札、£500札、£1000札が1943年発行終了(£200札は1928年終了。ホワイト£5札だけ1957年まで発行されていた)。100ポンド以上の札はその後発行されていない。
p193 十シリング◆️5015円。タクシー代、多分チップだけだろう。普通よりかなり高額な文意。
p203 一九二七年六月十五日◆️事件の日付。
(2021-11-27追記)
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下巻(8) Miss Bracegirdle Does Her Duty by Stacy Aumonier (初出The Strand Magazine 1922-9 挿絵S. Seymour Lucas)「恐怖の一夜」ステーシー・オーモニア: 評価6点
本作掲載のストランド誌はWebで無料公開されている。EQが解説しているように、探偵小説とは言えないけれど、とてもスリリングで面白い話。
p234 「悲鳴をあげなければ!」(I mustn’t scream!)♠️試訳: 悲鳴をあげちゃいけない!
(2021-11-20追記)
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下巻(9) The Man in the Inverness Cape by Baroness Orczy (初出Cassell’s Magazine 1910-2 as “Adventures of Lady Molly of Scotland Yard, Second Series, IV: The Man in the Inverness Cape” 挿絵Cyrus Cueno)「インヴァネス・ケープの男」バロネス・オルツィ: 評価5点
レディ・モリーもの。雑誌では連続12回掲載なんだが、1stシリーズが全5作、2ndシリーズが全7作という区切り。本作は2ndシリーズ第四話なので全体の9話目。冒頭3パラグラフはシリーズ第一作のを再録したもの。紹介のためEQが工夫したのだろう。話自体の企みには、一瞬感心したけど、ちょっと考えたら無茶。流石に対面で長時間は持たないんじゃないか(人の聴覚って意外と鋭いと思うのだが)。論創社で全シリーズ12話の翻訳が出ている。時代的には興味深いが薄味だなあ… (結局、電子版でお試しの第一話(結末まで公開)を読んで気に入ったので買っちゃいました。さっそく、この話を読んでみたが、論創社版の翻訳は創元版よりずっと上質。)
p255 一年前の二月三日
p256 定食用食堂(ターブル・ドート)で(in the table d'hôte room)◆ 英語の辞書にはtable d'hôteは「決まったコース料理; 定食」とあるが、フランス語なら「もてなす主人の食卓」という意味。ここはフランス語の意味か。試訳: ホテルの食堂で
p259 半ペニーの日刊紙(halfpenny journal)
p259 賞金50ポンド◆英国消費者物価指数基準1910/2021(123.71倍)で£1=19302円。
p261 ミス----ええと(Miss--er--)
p262 プリンサパル・ボーイ(principal boy)◆ミュージック・ホールの英国伝統パントマイムで若い女性が扮する男役のこと。ここの「パントマイム」はジェスチャー中心の無言劇では無く、コメディア・デラルテが源流っぽいPantoという歌あり踊りありの茶番劇。主役の少年と少女(principal boy & girl)は女性が演じ、Dame(御婦人)は男が演じる、という服装倒錯で笑いをとる劇のようだ。(参考Web“How British Pantomime Became Such a Holiday Tradition”) (追記2021-11-19: 論創社版では「主役の男役」と流している。割注でミュージックホールの茶番劇パント、などと示すとイメージが湧くのでは?)
p264 二百ポンド
p269 今日(こんにち)では誰でも殺人のことを気軽にしゃべる(Everyone now talked freely of murder)◆最近では殺人はよくあること(freely)、という意味か?(追記2021-11-19: 論創社版では「今や、もっぱら殺されたとの噂だ」こっちが正解ですね)
(2021-11-18追記)
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下巻(11) The Adventure of the Steal Bonds by John Kendrick Bangs (短篇集 “Mrs. Raffles” 1905)「鉄鋼証券のからくり」ジョン・ケンドリク・バングス: 評価4点
A・J・ヴァン・ラッフルズ夫人もの。全12作のうちの第五話。ラッフルズとの別離のあと、バニーは米国に渡り、A・J・ヴァン・ラッフルズ夫人と名乗る女と知り合い、再び悪事に手を染める… というのが発端の連作短篇。
本作は、ちょっとした犯罪のアイディアを思いつきました、という話。
気になったのはp308「アニスの実のバッグ(the aniseseed bag)」の話。NYタイムズ紙1877-10-5、1878-1-3の記事を見つけたが、意味がわからない。狐の代わりにバッグを引きずり回して犬が追いかけたりして狩りの雰囲気を味わった、という事?冗談記事なのかなあ。
p307 百二十八万ドル♠️米国消費者物価指数基準1905/2021(31.43倍)で$1=3583円。約46億円。
(2021-11-18追記)
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下巻(12) The Jorgensen Plates by Frederick Irving Anderson (初出The Saturday Evening Post 1922-11-11 挿絵James M. Preston)「贋札」フレデリック・アーヴィング・アンダースン: 評価6点
ソフィ・ラング(Sophie Lang)もの。意外だが本国でも短篇集(1925)は復刊されてなくて原文は入手困難。何処かで翻訳を出してくれないかなあ。
英国貴族と米国資産家との関係性が面白い。あとは付け足しみたいな話だが、物語の展開はちょっと捻っていて、先読み出来ないと思う。
原タイトルは、1920-30年代のThomas Jorgensen作のマイセンの皿のことだろうか?この話との繋がりがいまいちわからないのだが。
p318 一ポンド◆金貨のようだ。当時の£1金貨はジョージ五世(1911-1932)、8g、直径22mm。英国消費者物価指数基準1922/2021(59.68倍)で£1=9312円。
p325 後家額◆訳注 額の生え際がV字形なのは、夫に早く死に別れる相という。widow's peakは19世紀前半ごろからの記録がある言葉のようだ。(英Wiki) 日本語「富士額」(M字の生え際が富士山に似ている)と形状は似てるが、富士額の方は良いイメージ。なお「後家額」という日本語表現はWeb検索では出てこなかった。
p333 不利な交換率◆1922年の交換レートは£1=$4.42。金基準の換算でも全く同じなので、特に不利ではない。まあ下り坂の英国人からすれば、不利なレートを押し付けられている、という感想なのだろう。
(2021-11-28追記)
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下巻(13) The Stolen Romney by Edgar Wallace (初出The Weekly News 1919-12-27)「盗まれた名画」エドガー・ウォーレス: 評価6点
フォー・スクウェア・ジェーンもの。The Weekly News(1855年創刊の週刊新聞)に1919年12月13日号から1920年2月7日号まで11回連載。本作は第三話。
どういう始まりなのかな?と思ってシリーズ第一話The Theft of the Lewinstein Jewelsも読んでみたのですが、あんまり情報なし。他の人に嫌疑がかからないように自分のマーク(Four Squares & Letter J)のラベルを残す、という設定のようです。本作も第一話もストレートな感じの物語。語り口が上手で読ませます。今探したら論創社『淑女怪盗ジェーンの冒険』で読めるんですね!買っちゃおうかなぁ。
p352 ルーウィンスタイン(Lewinstein)… トルボット(Talbot)♣️最初のは第一話の被害者だが、次のはシリーズに出てこない名詞。
p353 クレーソープ(Claythorpe)♣️第二話の被害者。
p359 長い銀色のピン(a long, white pin)… 銀行で紙幣をとじ合わすのに使うようなピン(the sort of pin that bankers use to fasten notes together)♣️どんなものだろう?割りピン(cotter pin)をfastnerと呼ぶこともあるらしいので、それかも。
p363 地区の配達人(district messenger)♣️当時は自転車で少年がメッセージを配達していた。london district messengerで当時の制服を着た少年の写真が見られる。帽子を傾けるのがファッションだったのか?
(2021-11-21追記)
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下巻(15) The Undiscovered Murderer by E. Phillips Oppenheim (初出The Strand Magazine 1921-12 as “The Sinister Quest of Norman Greyes No. 1. The Undiscovered Murder” 挿絵Charles Crombie)「姿なき殺人者」フィリップス・オッペンハイム: 評価6点
マイクル・セイヤーズ(Michael Sayers、なぜか翻訳での表記は「セイヤー」)シリーズ。本作はストランド誌に11回連続掲載したものの第一作目。スピーディな展開で連続活劇風味。続きが気になるが本格ミステリ味は全くない。
p393 数年前の十一月三日(the third of November, some years ago)◆p403で「木曜」とわかるのだが、該当は1921年(その前は1910年)。EQは単行本MICHAEL’S EVIL DEEDS(1923)から採録したようだが、本シリーズ連載時のストランド誌はWebで無料公開されており、見てみると、雑誌の文章もsome years ago となっている。主人公二人(とジャネット)のイラストも見ることが出来る。マイクルもジャネットもワルそうな顔だ。
p395 近くの郵便局の中の空いている電話ボックス(in an empty telephone booth in the adjacent post-office)◆️当時はまだロンドン名物の赤い電話ボックスK2は無い(1926年から)。公共の建物内に電話ブースを設置していた。電話機自体もダイアル無しで、交換手を呼び出して相手の番号を伝えて繋いでもらう方式。料金の支払いは自己申告制(ただの箱に小銭を投入する仕組み)だったはず。なので下のセリフなのだろうと思う。
p396 カウンターの向こうの若い娘… 「その二つの呼びだしに料金を払いましたか?」(Did you pay for both your calls?)
p399 はなはだ不当な条例(an act of gross injustice)◆️三年前の出来事。警察関係者が腹をたてたものらしいが、何の法令(act)だろう?調べていません… (2022-1-14追記: Police Act 1919は警察官のストライキを禁止した。これのことか?)
p408 一ポンド札(the pound note)◆️1914年発行開始。
(2021-11-17記載; 2022-1-14追記)

No.356 8点 貴婦人として死す- カーター・ディクスン 2021/11/14 11:35
1943年出版。H・M卿第14作。昔のハヤカワ文庫で読了。銃関係の誤訳が多くて、創元新訳と比べたくなりました。なので、トリビアは銃関係の誤訳についてだけ書きます。他にも当時の英国について結構たくさんネタがあるのですが、それは創元新訳を読んだ後のお楽しみ、としましょう。
作品としては、皆さんがおっしゃる通り、強烈な謎と素晴らしい解決及び読後感良しで文句なしの傑作。これ以上、言うべきことはありません。まあH.M.のドタバタは全然趣味に合わないんですけど…
あっ、思い出した。本作で、本文には一切出てこないのですが、警察がパラフィン ・テストを行なっていることは確実。残渣が洗い流された、という可能性を全く考慮していないので、毛穴の奥まで調査出来るパラフィン ・テストなのだろう、と思います。文中(p80)では「燃焼しきらない火薬がはねかえって、手にあとがのこる(unburnt powder-grains that get embedded in your hand)」と書かれています。昔、人並由真さんが問題提起した英国でのパラフィン ・テスト使用のかなり早い例ですね!(作中年代は1940年7月)
さて以下は本題の銃関係の誤訳。
p77 a型32口径(a .32 bullet)♠️勘違いは仕方ないが編集は何をしてたの?aは不定冠詞。
p78 a32口径のブラウニング自動拳銃(a .32 Browning automatic)♠️同上。連続3回も繰り返されてるんだから気付いて欲しい。お馴染みFMモデル1910。
p80 このピストルにかぎって…まあなかにはないこともありませんが…逆発することがはっきりしている(But this particular gun has got a distinct “back-fire”, as some of them have)♠️「逆発」って用語は英和辞書には載ってるが、普通使わない。ピストルは構造上、発火時の高圧ガスが後方に若干漏れるものだが、個体によっても多少の違いはある。問題の銃は、特にガス噴出が多いのだろう。試訳: 特にこの拳銃は、この形式だと結構あるのですが、目立って「後方噴射」を出すのです。(ここは「誤訳」ではなく、ニュアンス違い)
p124 からの薬莢は発射しただけじゃ弾倉からとび出しはせん。止め金を上右へ動かすととび出す(Spent shells don’t just roll out of the magazine when they’re fired. They’re thrown out with a snap, high and to the right)♠️自動拳銃の場合、発射後直ちに自動で薬莢を排出しなければ、タマ詰まりを起こしてしまう。リボルバーなら何らかの仕掛けを手動で排莢するが… (後の方、結構重要な場面で、正しく訳しているのに関連性に気づいていない!) 試訳: 薬莢は、発射後、弾倉からただ転がり出るのではない。勢いよく高く右に向かって排出される。
後の方(p261)で、正しく訳してる部分は「自動拳銃は薬莢を高く右手へはねとばす(An automatic pistol ejects its cartridge-cases high and to the right)」
(ここまで2021-11-14)
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(以下2021-11-20)
創元文庫を入手しました。山口雅也さんの「結カー問答」が付録。JDC/CDファンなら、まあそうだねえ、という内容で、オドロキの知見は残念ながら無い。初代と二代目には全然敵いません。(トンプソン・サブマシンガンについての記述が、ガンマニアとしてちょっと気になりました。タトエとしてピンと来ないのですが…)
さて、お預けとなっていた銃関係の誤訳以外のネタです。もちろん創元では「a型32口径」なんて珍発明はない。上記の誤訳はもちろん正しく訳されているが、ちょっとイチャモン。まずp80早川/p80創元の「逆発」は共通して使っていて残念。創元「燃焼しきらなかった火薬が逆発し、手にめり込んであとがのこる(a back-fire of unburnt powder-grains that get embedded in your hand)」は「燃焼しなかった火薬が後方噴射で手にめり込む」としたいなあ。p124早川/p124創元の創元「高く右後方へ(high and to the right)」も「後」の付加が気に入らない。動画を見ると「若干後方」ですが… (どちらも細かくてすんません)
気を取り直して、まずは作中年代から。
創元では、日付を訳者が勝手に直しています(p22創元/p20早川)。原文はSaturday, the thirtieth of June、ここを創元では「6月29日土曜日」、1940年(これは何度も本文中に明記)の曜日に基づき日付を補正。ここは早川「6月30日土曜日」のように放って置いて欲しかったところです(曜日間違いの可能性もあるし『猫と鼠の殺人』のように著者の誤りから正しい日付がわかる場合もある。ゴルフ格言「あるがまま」を翻訳者の皆さまにもお願いしたい)。
この日付の「ひと月後」(So I waited for over a month)p26創元/p23早川、の土曜日に事件は発生したのです。その二日後が、Monday night in July(p158創元「七月の晩」/p160早川「六月の月曜日の晩」何故ここを間違う?)、ということは1940年7月最後の月曜日の前の土曜日が事件日である可能性が非常に高い。該当は1940年7月27日土曜日です。
でも史実を調べると、米国政府(当時はまだ参戦していない)が欧州から最後に米国人を避難させたのはSS Washingtonで、これは合ってるんですが、時期は1940年6月(イタリア参戦のため)。ジェノヴァ、リスボン、ボルドーなどをまわり、ゴールウェイ出発は6月12日、ニューヨークに到着したのは6月21日です(英Wiki)。残念ですがJDC/CDの記憶違いなのでしょう。
続いてタイトルについて。
“died a lady”は普通の言い方なのか、どういうニュアンスなのか、WEB検索しても本書の例しか出てこない、ということは、かなり珍しい表現なのでしょうか?似た例で”Born a Dog, Died a Gentleman”というのを見つけましたが、愛犬が実に紳士だった、という意味の墓碑名のようです。本文中ではJuliet died a lady(早川「ジュリエットは操を立てて死にました」、創元「ジュリエットは貴婦人として世を去りました」)。何か文学作品からの引用か、と思ったのですが、見当たりません。私は昔からずっと、主人公の女のどこがladyなのかわからなくて、今回再読後も全然腑に落ちません。
以下トリビア。ページ数と訳は早川文庫のもの。全体的に創元の翻訳が良い。早川の翻訳は仕上げがちょっと雑な感じです。
p6 北デヴォン海岸(North Devon coast)… リンマス(Lynmouth)… 索条鉄道(funicular)… リントン(Lynton)… エクスムーア(Exmoor)♠️いずれも実在。この辺りにリン川(East LynとWest Lyn)が流れている。リンコウム(Lyncombe)、リンブリッジ(Lynbridge)は架空地名のようだ。
p8 「わが軍は交戦中(We are at war)」♠️まだ独・英間では実際の交戦をしていない時期。ここは戦争が始まったよ!という切迫感あるニュースの場面。創元「我が国は交戦状態に突入しました」の方がまだ良いが「交戦」は気になる。試訳: 我が国は戦争となりました。
p8 この前の靴をはいていたころ(while I was in the last one)♠️ 創元でも「一つ前の靴を履いていた時」と訳してる。直前の文に靴が出てくるが、ここは靴だと変でしょう?試訳: 前の大戦に従軍していたとき
p8 <世界中で女がお前だけだったら(If You Were the Only Girl in the World)>♠️詞Nat D. Ayer、曲Clifford Greyのヒット曲。ミュージカル・レビュー”The Bing Boys Are Here”(1916-4-19初演Alhambra Theatre, London)のために作られた。某TubeでBuffalo BillsとPerry Comoのとても楽しいヤツを見つけたので是非。
p8 馬車馬亭(Coach and Horses)♠️普通に「大型四輪馬車と馬(複数)」で馬車一式の意味だが、創元「トテ馬車亭」ってなんのこと?詳細はWebで。ちょっとトビ過ぎの訳語。
p8 S・S・ジャガー(S.S.Jaguar)♠️高級スポーツカー。当時ならSS Jaguar 100(製造1936-1939)か。オープン2シーター(米語ロードスター)でえらくカッコ良い。
p11 <岩の谷>ヴァリー・オブ・ロックス(Valley of Rocks)♠️創元の割注で実在の景勝ポイントだと知った。Lynton Valley of Rocksでググると素敵な画像がいっぱい。情景のイメージ作りに役立つ。
p11 踊り人形みたいな真似(play the jumping-jack)♠️創元「ぴょんぴょん跳び回る真似」
p13 女の畜生(the damned woman)♠️創元「あのいかれた女」
p14 弁護士の言うねんごろ(the lawyers call intimacy)♠️お堅く訳して欲しい。創元「弁護士だったら『親密な関係』と」
p22 トムスンとバイウォーターズ… ラントンベリーとストーナー(Thompson and Bywaters… Rattenbury and Stoner)♠️創元は丁寧に注付きでわかりやすい。
p29 タイプ印刷の店(manages a typewriting bureau)♠️創元「事務所を構え、タイピストを雇って」
p51 ティッシュ・ペーパーで覆いをした懐中電灯(an electric torch, hooded in tissue-paper)♠️灯火管制時のやり方。敵になるべく光を見せないようにする、という用心。創元「薄紙の笠をかぶせた懐中電灯」
p64 新式のスピットファイア(a new Spitfire)♠️1940年8月から配備のMk.II(タイプ329)のことか。当時話題になっていたのかも。
p69 片目は義眼(with one glass eye)♠️戦傷なのかも。
p75 靴のサイズ♠️創元では丁寧に割注でサイズ換算している。
p79 硬質ゴムを張ったにぎりのほかはピカピカにみがいた鋼鉄(bright polished steel except for the hard-rubber grip)♠️グリップは黒いが、銃本体は銀色の仕上げ。銃本体が黒スティールだったら、夜に見つからないはずだが、銀色なのでピカリと光って見えた、ということだろう。試訳: 硬質ゴムのグリップ以外はスティールの磨いた銀色で。創元「樹脂をかぶせた握りのほかはぴかぴかに磨かれたスティール製」ハードラバーは天然樹脂でエボナイトのこと。樹脂には人工樹脂もあるので「硬質ゴム」が良い。
p95 ディズニーの漫画に出てくる竜(a dragon in a Disney film)♠️The Reluctant Dragon のUK初公開は1941-9-19(米国1941-1-2)。この文章は1940年11月に書かれたことになっている(p160)ので、JDCの時代錯誤だろう(このアニメじゃない可能性もあるが)。ところでJDCはこのアニメを見たんだろうか?
p107 弾薬… 鉄砲所持許可証♠️ここら辺、ガンマニアとしては興味深い。当時英国で弾丸を買うにはfirearms licenceを店に提示する必要があったのだが、戦争になってそのルールは形骸化されていたらしい。
p108 ピストルの革袋をベルトごと(holster-belts)♠️創元「ベルトごと拳銃のホルスターを」、ここら辺も興味深い。軍人がクラブやレストランや劇場で無造作にホルスター・ベルトをクロークに預けて平気、という情景。将校の拳銃は自弁で、型や口径は好きに選べたようだ(こうすると弾丸の種類が増えて補給に困ることになるんだが…)
p112 土曜日の晩にブリッジやハートを(playing bridge or hearts on Saturday night)♠️ハーツがブリッジと並んで記されている。1939年ごろ米国や英国でルール追加があり、Black LadyとかBlack Mariaと呼ばれたようだ。(英Wiki “Hearts (card game)”)
p123 過去の事件への言及。題名を書かなければネタバレにならない?原文を書いておきましょう。(I’ve seen a feller who was dead, and yet who wasn’t dead. I’ve seen a man make two different sets of finger-prints with the same hands. I’ve seen a poisoner get atropine into a clean glass that nobody touched)
p123 事件の顛末を話してみせる(It would just round out my cycle)♠️創元「わし流のサイクルヒットを達成できる」英国人だし、唐突に野球用語が出てくるかなあ。cycle of legend and saga と解釈して「わしの伝説を完成させるのにちょうど良い」くらいか。
p128 チップにやる銀貨をさぐったが、十シリング札しかない(for silver as a largesse; but he could find only a ten-shilling note)♠️次の文中の十シリングはten bob。戦時中の硬貨不足を表現している?当時の英国銀行10シリング札はEmergency wartime issue(1940-4-2から)でサイズ138x78mm。デザインはSeries A(1928-11-22から)と同じで印刷が赤色から藤色に変わっただけ。なお英国財務省発行10シリング札(1914から)は1933年に通貨使用終了となっている。英国消費者物価指数基準1940/2021(58.79倍)で£1=9173円。10シリングは4586円。
p128 ローマ人がキリスト教徒たちを火あぶりにしたりする教育映画… 女の子たちは着物を着てない…(Tis a educational film, about the Romans that burnt Christians to a stake and all. And the girls ’adn’t got no clothes on)♠️ 「クオ・ヴァディス」だと思われる(p182)。監督Enrico GuazzoniのQuo Vadis(伊Cines 1913)だろうか? 期待して某Tubeで見たけど女性はちゃんと着物を着てた… ここは映画を見る前のセリフなので、宣伝ポスターがワザと色っぽい情景を描いてたという事か。
p142 パッカードのオープンで、うしろに大きな補助席(a Packard roadster with a big rumble-seat)♠️ 「七、八百ポンドもする(p151)」ようだ。創元「パッカードのオープンカーで二人乗りなんだけど、後ろにランブルシートがある」丁寧な翻訳だが「大きな」も重要ポイントなので入れて欲しい。1939 Packard V-12 Roadster rumble-seatで大きな二人用ランブルシートがある素敵なのが見られる。
p197 五、六千ポンド
p160 一九四◯年の夏までは物資もかなり潤沢(Up to the summer of 1940, there was a reasonable plenitude of everything)
p181 二百ポンドもする椅子車
p183 『ポーリンの冒険』第三話(like the third episode of the Perils of Pauline)♠️The Perils of Pauline (1914)全20巻の冒険活劇。主演Pearl White、第3話はOLD SAILOR'S STORY (私は未見だが、こういうの淀長さんがお好きでしたね)
p196 ジョーゼフ・マクロードやアルヴァー・リデル(Joseph Macleod or Alvar Liddell)♠️いずれもBBCのニュースアナウンサー。「大陸にいる(in the land)」ではなく「地上で(聞こえたら)」という意味だろう。創元では丁寧な訳注あり。
p246 「虹のかなたに」(Over the Rainbow)♠️映画『オズの魔法使い』の英国公開は1940年1月(米国公開1939年8月)、レコードはDECCAから1940年3月リリース。“We were all whistling Over the Rainbow in that summer, perhaps the most tragic summer in our history.” 本書の記述からこの曲はジュディの素晴らしい歌声だけじゃなく、当時の人の平和への切実な願いをすくいとってヒットしたのだな、と判る。創元は「虹の彼方に」この表記が日本語での定番のようだ。
p246 モーリス式安楽椅子(Morris chair)♠️デザインの源流は、ウィリアム・モリスの会社が1866年に販売したもの。創元「モリス式安楽椅子」
p247 オーヴァルタイン(Ovaltine)♠️スイス1904発祥(Ovomaltine)、英国1909、米国1915から。ミロみたいな麦芽飲料らしい。日本でもカルピスが「オバルチン」として1977年から販売(80年代に終了か)。創元「オーヴァルティーン」(私は長音はなるべく省きたい派です…)

No.355 6点 マックス・カラドスの事件簿- アーネスト・ブラマ 2021/11/02 00:14
ブラマさんは小説が上手い、と思う。人間に興味がある人なんだろう。盲人探偵の設定には感心しないが、登場人物たちが物語のなかで生きている。翻訳は堅実なんだが、実はニュアンスが違うのでは?という感じを受けたところが多少あり(私の英語力では十分に確認できず)。そこを上手く掬いとったらもっと面白い話なのでは?と妄想している。
本格ミステリっぽさを期待すると全くガッカリする。手がかりの提示は、どの作品でも不十分で、全く描写されないこともある。次が気になってどんどん読んじゃう、という展開の妙と登場人物の息吹を楽しむべき作品だろう。
盲人探偵マックス・カラドスが活躍する短篇26作は一つを除き、3つの短篇集に収録されている。
❶ Max Carrados(1914)
❷ The Eyes of Max Carrados(1923)
❸ Max Carrados Mysteries(1927)
以下、本書の収録短篇を初出順に並び替え、カッコ内の数字は創元文庫の短篇集の並び順、原タイトルは初出のものを優先、#は初出順のシリーズ連番、黒丸数字は上記の収録短篇集。初出は英Wikiを基本にFictionMags Indexで補正。
なおシリーズ第2作は『クイーンの定員2』収録の「ナイツ・クロス信号事件」、第3作は「ブルックベンド荘の悲劇」なので、日本語で#01〜#04まで続けて読むことが出来る。
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(1) The Master Coiner Unmasked (News of the World 1913-8-17) #01 ❶ as "The Coin of Dionysius"「ディオニュシオスの銀貨」:評価6点
本シリーズは、最初タブロイド週刊誌News of the Worldに20週連続掲載(前後編が多いので全12話)された。本作は主人公とレギュラー脇役のバックグラウンドをチラリと見せる書き方で深みが出ている。シリーズ第一作として上手い。ミステリとしては読者に隠されたことが多すぎ、ネタも平凡。ブラマは英国銅貨の権威らしい。
p8 <ペルメル>紙の最新号(the latest Pall Mall)♣️新聞なら夕刊紙のThe Pall Mall Gazette(1865-1923)、雑誌ならThe Pall Mall Magazine(1893-1914)。latestなので雑誌だろう。
p8 私立探偵(the private detective)… 興信所員(Inquiry agent)♣️英国では米国と比べてあんまりprivate detectiveとは言わないイメージ。
p9 ディオニュシオスの時代のシチリア王国の四ドラクマ銀貨(Sicilian tetradrachm of Dionysius)♣️430B.C.頃の銀貨。WikiにGreek Silver Tetradrachm of Naxos(Sicily)の画像があった。
p9 二百五十ポンド♣️1894年当時の価格。英国消費者物価指数基準1894/2021(133.33倍)で£1=20803円。250ポンドは520万円。
p10 珍しいサクソンの古銭とか、疑わしいノーブル金貨(a rare Saxon penny or a doubtful noble)♣️Saxon penny及びnoble gold coin(英国最初の金貨。1344年ごろ導入)で検索するとそれぞれ画像あり。
p12 リッチモンド♣️カラドスの住み家<小塔荘(タレット)>がある。
p14 セント・マイケルズ(St Michael’s)♣️架空のパブリック・スクールか。
p14 あのウィンじゃないか(old ‘winning’ Wynn)♣️原文ではあだ名っぽい感じ。
p15 黒内障(amaurosis)♣️目には異常が見られない視力障害だという。なので、他人からは正常な眼に見える、という設定のようだ。
p19 ヴィダールの『咆哮する獅子』(Vidal’s ‘Roaring lion.’)♣️Louis Vidal(1831-1892)のLion rugissant(1874)本物はサイズ36x64x16cm。
p22 十二年前から、自分の召使いが見えない(I haven’t seen my servant for twelve years)♣️失明は12年前のことのようだ。だが従僕はそれ以前から勤めている?
p24 サイズは五番(about size seven)♣️靴の紳士用UKサイズで7.0は、日本サイズ25.5cm(=US7.5 / EU41-42)。どこから5番が出てきたのかな?
p25 金とプラスチックのアルバート型の時計鎖(His fetter-and-link albert of gold and platinum)♣️ここではfetter-link Albert chainで見られるような洒落た形の鎖だろう。単にAlbert chainと言えば「時計鎖」のことでデザインは関係ないようだ(英国アルバート公に由来)。何故プラスチック?
p25 右の袖口にハンカチがはさんである(A handkerchief carried in the cuff of the right sleeve)♣️ヴィクトリア朝紳士のハンカチ入れ場。ポケットより取り出しやすそう。
p25 週給五ポンド♣️英国消費者物価指数基準1913/2021(118.36倍)で£1=18468円。月給21.7ポンド(=40万円)、年額260ポンド。
p29 <モーニング・ポスト>紙♣️ロンドンの日刊紙(1772-1937)。
p29 五百ポンド♣️p25の換算で923万円。
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(2) The Clever Mrs Straithwaite (News of the World 1913-9-21 & 28) #04 ❶「ストレイスウェイト卿夫人の奸智」:評価6点
面白い企みとその顛末の話。夫婦のキャラがよく描けている。最後のセリフは、カーライルのがthe report、カラドスのがa report。この違いがよく分からない。
p32 ある哲学者… ドイツ名前の(a German name)… いかなる場合であれ、ある人間が何をするかを正確に知ろうとするには、その人間の性格の一面を見きわめさえすればいい(in order to have an accurate knowledge of what a man will do on any occasion it is only necessary to study a single characteristic action of his)と言った♠️誰のことだろう。
p33 三十五歳の私立探偵であるこのぼくが(Thirty-five and a private inquiry agent)♠️カーライルの発言。ここはp8に合わせて「興信所員」が良いと思う。
p33 今後二十一年間(the next twenty-one years)♠️なぜ半端な数字?
p37 ヴィドック(Vidocq)… 『盗まれた手紙』(the Purloined Letter)♠️なかなか興味深い発言。
p38 五千ポンド♠️p25の換算で9234万円。
p40 四月十六日。この前の木曜日(April sixteenth. Thursday last)♠️該当は1914年だが、これでは雑誌発表時だと未来。
p43 メトロポリタン新歌劇場(the new Metropolitan Opera House)…『オルレアンの少女』(La Pucella)♠️どちらも架空だろう。La Pucelleはジャンヌ・ダルクのこと。
p46 ブリッジ仲間(bridge circle)♠️1904年にビッドの原則が固まったようだ。当時は最新流行のゲーム。
p46 夫婦はカラドスと面識があるような感じだが、#01〜#03には登場してない。
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(3) The Ghost at Massingham Mansions (初出❷) #15「マッシンガム荘の幽霊」:評価5点
密室トリック?はなんかアレなんだけど、最初は幽霊譚で、最後は面白い情景。構成が良い。p105の記述から2月又は3月の事件。
p74 古い拳銃(an old revolver)♣️「回転式拳銃」と訳して欲しい…
p81 私立探偵(inquiry man)♣️p33と同様「興信所職員」で良いだろう。
p83 検死査問会(inquest)♣️英米圏に特有の制度なので、日本での定訳が無い。
p85 <ブル>(the Bull)♣️パブっぽい名前。
p85 ターポーレー・テンプルトン事件(Tarporley-Templeton case)♣️架空の事件だろう。カラドスがこの調査員(シリーズの他の作品には登場しない)と知り合った事件、という設定のようだ。
p86 幽霊話(ghost stories)♣️カラドスは好きだったが、タネが子供だましだった、と感じている。
p91 評判の良いミュージカル(a popular musical comedy)♣️英Wiki“Edwardian musical comedy”のイメージだろうか。
p91 <パーム・トリー>(Palm Tree)で夕食♣️架空のレストラン?
p103 取り替えます(would certainly be looked to to replace it)♣️ここは誤訳。試訳「ちゃんと取り替えてくださいね」
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(4) The Mystery of the Poisoned Dish of Mushrooms (初出❷) #14 別題 "Who Killed Charlie Winpole?"「毒キノコ」:評価7点
インクエスト好きには興味深い話。ある趣味の集まりの展開がリアル(多分、作者のコイン趣味での体験に基づくものだろう)。あちこちに読者を巧みに引っ張る展開が上手で、作品としては非常に納得。キノコって現代でも未知の部分が多いので素人は手を出さないのが良いようです。
p106 数年前の十一月(Some time during November of a recent year)♠️p119の記述から1918年だと思われる。
p106 検死陪審員(jury)♠️インクエストの陪審員である事を翻訳で補っている。
p108 ブリン(bhurine)♠️毒物の名前だが、Web検索でも見つからない。どうやら架空のものらしい。
p109 アマニタ・ブロイデス… 「黒帽子」(Amanita Bhuroides, or the Black Cap)♠️このキノコの学名も見当たらず。Amanitaはハラタケ目テングダケ科テングダケ属。「黒帽子」は死刑宣告時に判事が被る黒ビロードの装束だが、英名Black Capというキノコも見当たらない。Death CapならAmanita phalloides(タマゴテングダケ)。p146で田舎の人は「悪魔の香水壜(Devil’s Scent Bottle)」と呼ぶ、とも書いているが、この英名のキノコも存在しないようだ。
p109 塩による検査法や銀製スプーンによる検査法(The salt test and the silver-spoon test)♠️不適切な民間伝承の例。「塩蔵すればどんなキノコも食べられる」「毒キノコは銀のスプーンを入れて煮ると黒くなる」いずれも誤りとWebにあった。
p109 証言の申し出(expressed a desire to be heard)♠️インクエストは検死官の裁量が広く認められているらしい。当初予定になくても、検死官が申し出を認めれば、自発的に意見が表明できるようだ。(ソーンダイク博士もインクエストに飛び入りで証人に質問を求めたりしていた)
p112 評決をくだした(brought in a verdict)♠️はっきり書いてないけど、インクエストなら「死因」を確定するのが目的なので、ここでの評決は明白(無罪とか有罪とかはインクエストの対象外)。
p113 エルシー・ベルマークがカラドスと知り合ったのはシリーズ第8話“The Comedy at Fountain Cottage”(初出News of the World 1913-11-16 & 23) ❶
p117 一万五千ポンド♠️英国消費者物価指数基準1918/2021(58.29倍)で£1=9095円。15000ポンドは1億3642万円。
p118 <モーニング・インディケーター>紙(The Morning Indicator)♠️架空の新聞だと思われる。
p119 今月の六日、水曜日(On Wednesday, the sixth of this month)♠️11月6日水曜日を探すと1918年が該当。
p119 ここでは薬局で特殊な毒物は「知っている者」にしか売ってはならない、となっている。そういう規則が実際にあったのか。
p121 往復運賃は三シリング十八ペンス(three-and-eightpence)♠️3シリング8ペンス。ユーストン駅からセント・アボッツ(架空地名)まで。1662円。
p126 <デイリー・テレグラフ>紙の私事広告欄♠️『人魚とビスケット』(1955)を思い出すなあ。
p127 ≪ロンドン・ゼネラル≫バスの鮭肉色(サーモン・ピンク)の切符(the salmon-coloured ticket of a “London General” motor omnibus)♠️The London General Omnibus Company(LGOC)はロンドンの主要バス会社(1855-1933)。
p133 ディンデイル、イーロフ、ヤップ(Dyndale, Eiloff and Jupp)♠️架空人名のようだ。
p137 選挙の効能♠️スリのネクタイの色を変える程度のこと(change the colour of the necktie of the man who picks our pockets)。劇場で聞いた気の利いたセリフらしい。
p145 正当理由(entitled to)♠️離婚の申し立てには特別な理由が必要だが、当時は「夫の不貞+虐待」が要件のはず。1923年以降なら「虐待」だけでも可能。
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(5) The Secret of Headlam Heights (The New Magazine 1925-12 挿絵W. E. Wightman) #19 ❸「ヘドラム高地の秘密」:評価5点
New MagazineはCassellの挿絵付き小説月刊誌。本作を皮切りにシリーズ5作を掲載。
舞台は1914年8月。ベイカーのキャラがユニーク、こーゆーキャラ設定がこの作者の物語力を示している。珍しくアクション・シーンもあり。
p152 マーケット・スクエア♣️近くにPentland港(p180 架空地名)がある。
p156 「平常どおり営業」(‘Business as usual’)♣️チャーチルの言葉。The maxim of the British people is 'Business as usual'.(ギルドホール, 1914-11-9)。コロナ禍でも使われているようだ(略してBAUというらしい)。
p156 五ポンド分の小為替(postal orders)… 五ポンド紙幣(a five-pound note)をくずす♣️このくだり、意味不明だが、大戦中は金属不足で、日常的にガスメーターなどに必須なのにも関わらず、硬貨を集めるのが大変だった、という話を読んだことがある。高額紙幣から小銭を得るためのテクニックか。翻訳では順序が逆になっているが、原文は「五ポンド紙幣で釣り銭を得るために、いったん少額の郵便為替に変えて、それを小出しに使う必要がある」という感じ。当時は紙も不足で郵便為替が法定紙幣の代わりとして使われたようだ。英国消費者物価指数基準1914/2021(118.36倍)で£1=18468円。
p157 火打ち石(flints)♣️硬いので石器の材料となった。これ以降はずっと石器の話題。「火打ち道具(flint implements)p158」は「石器」だろう。
p158 エヴァンズやナダヤック(Evans or to Nadaillac)♣️英国の石器時代の権威John Evans(1823-1908)とフランスの人類学者Jean-François-Albert du Pouget, Marquis de Nadaillac(1818-1904)。
p159 基金と半ペニーの入場料(endowment and the ha’penny rate)♣️すぐ前に入場料「無料(free)」とある。ここは「わずかな賃金」という意味では?
p163 相当な金額の硬貨を一枚(a substantial coin)♣️当時の最高額金貨はソブリン(=£1)。ジョージ5世のなら1911-1932、8g、直径22mm。
p164 人差指を鼻にあて(place a knowing forefinger against an undeniably tell-tale nose)♣️「秘密」というジェスチャーだろう(モリス『ボディートーク』参照)。
p168 エピオヴァヌス(Epiovanus)♣️残念ながら架空。
p177 『パリのアトリエ物語』(Stories from the Studios of Paris)♣️多分架空。画家とモデルのちょいエロ話を想定しているのかも。
p181 血色の悪い(sallow-complexioned)♣️原文darkか?と思った私は重度の浅黒警察です。
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(8) The Crime at the House in Culver Street (The New Magazine 1926-02 挿絵W. E. Wightman) #21 ❸「カルヴァー・ストリートの犯罪」:評価6点
近所のお付き合いの話から事件に至る流れが良い。探偵小説が解決に役立つ。
p284 一等、禁煙車両(First class, nonsmoking)♠️客車のコンパートメントは喫煙用と禁煙用が別だったのだろう。「一等定期(first season)p298」という記述もあった。
p284 スパッツ(Spats)♠️泥除けで靴に被せて履くもの。ここではお堅い紳士のイメージの一つとして挙げられているようだ。
p303 女性の手紙の追伸♠️上手いことを言う。
p306 亀一匹惑わす(mislead a tortoise)♠️何故亀?と思ったが調べつかず。聖書には、地を匍う「汚れた(unclean)」生物の例としてレビ記11:29にthe weasel, and the mouse, and the tortoise after his kind(KJV)とある。
p311 ヴァン ・ドゥープ(Van Doop)… <義父の像(Portrait of a Father-in-Law)>♠️架空の画家の架空の作品。Rembrandt van Rijnの油絵Samson Threatening His Father-In-Law(1635)を連想した。
p311 三百ポンド♠️p117(1918年)の換算で273万円。
p314 五月二十五日… 先週の土曜日♠️直近は1918年が該当。
p317『探偵ジェイク・ジャクスン』(Jake Jackson, the Human Bloodhound)♠️架空。
p320 週給六、七ポンド♠️支配人の給料。月給26ポンド(=24万円)〜30ポンド。
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(7) The Curious Circumstances of the Two Left Shoes (The New Magazine 1926-05 挿絵W. E. Wightman) #22 ❸「靴と銀器」:評価7点
夫妻との会話が面白い話。各登場人物のキャラが生きている。途中に挟まれた叙述方法は便利(繰り返し使える手じゃないが)。ラストはビックリだけど、これでいいのだ。
p244 モンキー泥棒(Monkey Burglar)♣️調べつかず。架空と思われる。
p247 <レッドシャンク>Redshank♣️架空のブランドだろう。
p248 銀行に預ける(kept at the bank)♣️ミス・マープルにも不在時先祖伝来の貴重品を銀行に預けるシーンがあった。貸金庫サービスのようなものか?そういえばラッフルズThe Chest of Silver(1905)でも貴重品の大箱を銀行の金庫に預ける、という場面があった。1977年のテレビ・シリーズを参考映像としてあげておこう(ドラマでは銀行の地下室が収蔵場所で、貴重品箱があちこちに置いてある感じだった)。
p251 それはどうも(That’s very nice of you — to forget)
p251 フランスの笑劇(French farces)♣️ドアがたくさんあって登場人物が出たり入ったりが自在、という感じか。
p252 なかなかきれいな娘(a girl of quite unusual prettiness)♣️本書の翻訳、読んでいてところどころ日本語が的を外してる気がしたのだが、こんなのがあるなら他でもニュアンス違いが結構あるのかも。試訳「並外れて可愛らしい娘」
p254 忘れてた、きょうは足がふやけて(I forgot; my feet are as soft as mush today)♣️多分足が疲れててふにゃふにゃ、という意味なのだろう。最後まで読むとそういうことだと思われる。なおp259の「ふやけて」はtender。
p257 何万燭光かのアーク燈に照らされた… ♣️ここら辺、何を言ってるのか真意が良くわからない。何かの引用か。参考まで原文 I should like to go up into a very large, perfectly bare attic, lit by several twenty thousand candle-power arc-lamps, and there meditate.
p265 靴のサイズは4.5か5♣️婦人用だと日本サイズで22.5か23cm。
p270 四十九点♣️クリケットではアウトになるまでずっと打席が続くので、打者は何十点でも獲得出来る。四十九点なら強打者だろう。
p271 アウトにさせられた(were given run out)♣️run outは走塁時のアウト。givenは、球と脚とどっちが先だったか微妙なプレーだったのだろう。試訳「走塁アウトを提供した」
p272 フェアプレー♣️会話で二回出てくるが最初はcricket、次はM.C.C.(クリケットの元締め。メリルボーン・クリケット・クラブ。ルールはここで決める)
p272 なかなかの美人(really is an awfully pretty girl)♣️何故かここでも控えめな翻訳。
p273 <タンゴ ・ティーザー>(Tango Teaser)♣️調べつかず。架空?
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(6) The Holloway Flat Tragedy (The Story-Teller 1927-03) #25 ❸「フラットの惨劇」:評価6点
実にリアル感のある、だがありそうも無い依頼から事件発生、そして解決に至る流れが良い。英国でラジオの公式実験放送は1920年6月15日(火曜日)が最初らしい(正式にラジオ放送が始まったのは1922年11月)。
p200 私立探偵(private detective)♠️ここはp33やp81とは異なり原文どおり。1927年にはprivate detectiveという方が普通になったのかも。
p202 ホロウェイ♠️19世紀後半からの新興住宅街だったようだ。
p203 反対尋問(cross-examinations)♠️法廷手法としての「反対尋問」(証人を召喚していない側が反対の立場で尋問する)ではなく、確認のための追加尋問、というような意味だろう。ソーンダイク博士がインクエストでcross examinationをする場面があり、インクエストには検察側も弁護側もないので最近気になってる単語。
p207 離婚♠️1923年以降は「夫の不貞」だけでも離婚事由になった。それ以前だと「+夫の虐待」も要件。
p208 バネ錠と、彫込み錠(a latch lock, and a mortice lock)♠️「ラッチ錠」は内側からは手動で差込ボルトを動かす仕組み、外からは鍵で開閉出来る。「彫込み錠」はドアの内部に差込ボルトが隠れているのが特徴。メカニズムが埋め込み式なので、当時は重要なドアに付けられていたようだ(現在では普通だが)。ここでは多分シリンダー式のイエール錠だと思う。ラッチ錠はメカニズムが外付けで、鍵も単純で簡易なイメージ。簡易ロックと正式ロック、ということだろう。
p210 私立探偵(an inquiry agent)♠️ここは「興信所」、とするとp200は半分ふざけてる言い方である可能性あり。
p211 一ギニー(the single guinea)♠️報酬はギニー単位となる。実際の支払いはどうしていたのだろう。わざわざギニア金貨を用意するのか?小切手なのか?現金だと1ポンド札orスターリング金貨+小銭(1シリング硬貨)となってなんだか気まずくないか?
p212 絵入り新聞(the illustrated papers)♠️当時はイラストではなく写真だろう。
p213 ラジオの公開実験(the wireless demonstration)♠️the wirelessは英国英語でラジオ。1920年ごろの事件なのだろう(p207の離婚事由は気になるが…)。ブラマ全集を全文検索したがラジオが出てくる他の作品は見当たらなかった。
p216 刑事(デカ)’tecs
p220 朝8時に来てから晩6時に帰る。通いの女中の勤務。
p222 パークハースト劇場(Parkhurst Theatre)♠️Parkhurst RoadとHolloway Roadに面した1890年開設の劇場。1908年に映画館に改装されたが1926年廃業。なのでここのafternoon’s performanceは「芝居」ではなく「映画」。すぐ隣にライヴァル劇場Marlborough Theatreがあった、とは言え、1908年には既に劇場全盛期は過ぎ、映画の時代に突入していたとは… (そのMarlboroughも1918年に映画館として再オープンしている)
p232 三日、木曜日♠️p237で「9月3日」のことだとわかる。1925年が該当。ラジオの史実とは合わない…
p237 小型拳銃(little gun handy)♠️32口径オートマチックな感じ。根拠なし。

No.354 7点 薔薇荘にて- A・E・W・メイスン 2021/09/04 19:08
1910年出版。連載ストランド誌1909-12〜1910-8、挿絵W.H. Margetson、連載タイトルThe Murder at the Villa Rose。単行本で読了。
読んでて、アガサさんのごく初期のポアロもの『★★(一応伏せ字。それほどネタバレではないが)』と似ている、と思った(単なる偶然だと思うが、その作品の第三章のサブタイトルはAt the Villa ◎◎)。ポアロの造形にアノーの影響を感じる(ココアとか、尊大で滑稽な見得とか)。リカードが時々見せるツッコミもヘイスティングズっぽい。きっとアガサさんは『スタイルズ荘』を書く前にこの作品を読んでいたに違いない。
人物造形が、普通小説のようにしっかりしてるのが良い。というか、小説、と銘打つならこのくらいの水準が当然だ、というのが当時の常識だろう。トリックを生かすだけに生まれた段ボールの書き割り人形が許されるのはゲームやクイズと化した「探偵小説」というジャンルが確立してからだ。
全体の構成もなかなか凝った感じ。まーひねくれた今の読者にはあまり受けないレベルと思うが、私にはこのくらいで十分だ。
当時、流行だった◆◆(一応伏せ字)の知識がちょっとあると、なお楽しめると思う。(p34の描写でピンとくる人なら大丈夫だろう。)
続く『矢の家』も楽しみだ。
以下トリビア。
p9 八月の第二週にはいつもサヴォア県の温泉保養地エクス・レ・バンへ旅行し(the second week of August came round to travel to Aix-les-Bains, in Savoy)♠️物語の始まりは、続く記述から八月第二週目の月曜日。
p9 バカラルーム(the baccarat-rooms)♠️当時流行の賭博。ラッフルズにも出ていた。
p10 ルイ紙幣♠️ここの原文に「紙幣」は無い。この後に「五ルイ紙幣(five-louis note)」が出てくるが、ルイ(louis)は20フラン金貨の意味で、この単位の紙幣は存在しないはず。この小説で「ルイ」が出てくるのは賭け事のシーンだけなので、カジノの遊戯用として専用の「ルイ紙幣」が発行されていたのか?仏国消費者物価指数基準1909/2021(2665.73倍)で1フラン=4.06€=530円。
p15 スワニエ(soignee)♠️フランス語soignée「身だしなみのよい;手入れの行き届いた,きれいな」
p20 同行♠️コンパニオン(her companion)
p24 ココアを味わう(enjoying his morning chocolate)♠️フランス人は飲むチョコレートが好きなのか。
p24 成功した喜劇役者といった趣(looked like a prosperous comedian)♠️具体的な実在人物イメージあり?
p24 ああ、友よ(Ah, my good friend)♠️ポアロならモナミ!というところ。
p25 フランスの探偵… 我々は下僕にすぎません… 予審判事(in France a detective…. We are only servants…. the Juge d'lnstruction of Aix)♠️「探偵」というより公的警察の「刑事」が相応しい感じ。当時のフランス警察制度はよく知らないのだが。
p28 日雇掃除婦… 毎朝7時にきて、夕方の7時か8時に帰る(there was a charwoman…. came each morning at seven and left in the evening at seven or eight)
p39 電話♠️既に普及している。英国は結構普及が遅かった。
p42 僕はユダヤ人を軽蔑してはおりません(I do not speak in disparagement of that race)♠️ここでドレフュス事件(1906年7月無罪判決)への言及あり。とすると本作の作中年月はそれ以降、ということか。
p44 エクスを一時五十二分に出る汽車に乗れば、二時九分にはシャンベリに着ける(by the train which leaves Aix at 1.52 and arrives at Chambery at nine minutes after two)♠️こういう細かい時刻を言うのだから、当時の鉄道は時間に正確だったのだ、と思う。
p47 六十馬力(Sixty horse-power)♠️当時の車だと最新式のBenz 35/60 hp (1909)あたりか。とすると1909年が作中年かも。
p71 カロリーヌ・レブーの一万二千フランもする帽子(have lace petticoats and the softest linen, long white gloves, and pretty ribbons for her hair, and hats from Caroline Reboux at twelve hundred francs)♠️正しくは1200フラン(=64万円)、帽子は複数、金額から考えると、前段のペチコート、肌着、手袋、リボン、帽子の総額だろう。Caroline Reboux(1837–1927)はパリの帽子屋、デザイナー。
p144 五フラン(a five-franc piece)♠️辻馬車の運賃
p175 大きなニューファウンドランド犬(a big Newfoundland dog)♠️水難救助犬、人命救助犬として優れている。
p188 お国で起こった歴史的犯罪(There's an historic crime in your own country)♠️英国の実在事件と思われるが、見当つかず。
p196 五フラン硬貨(the five-franc piece)♠️当時のは1871-1878鋳造の銀貨(純度0.90)、重さ25g、直径37mm。
p206 従僕(valet)♠️確かに!
p223 ダヴェンポート兄弟(Davenport brothers)♠️ブラウン神父のとある作品(1912)でも言及されてる有名人。19世紀後半に活躍。

No.353 7点 死体は散歩する- クレイグ・ライス 2021/08/24 19:56
1940年出版。弁護士マローン第2作。ジェイクとヘレンも登場するトリオ第2作でもある。人並由真さんのゴキゲンな紹介で一気に読みたくなった本作。期待にそぐわぬ出来栄え!(人並由真さん、ありがとうございました!) 創元文庫で読了。
私としては、このトリオのシリーズだと、もっとヘレンが魅力的に描かれなければならない、と考えていて、そういう意味ではこれは最高傑作では無いはず(続く『大はずれ』と『大当たり』が楽しみ)。確かにプロットが素晴らしい。夢の展開(つまり緩い連想で次々と場面が変わるもの)が好きな人にはたまらない、と思う一方、厳密な方々には、ちょっとアホくさ、と思われてしまうかも。
クレイグさん(これ、苗字から採用したペンネームだったんだね。どうりであんまり聞かないと思った)の良さは、気イつかいのところ。人への対応、眼差しが、繊細な心遣いに溢れてて、そのくせ「おれは誰も信じない(I never believe anybody、「決して」を入れて欲しい)なんて、ハードボイルドに振る舞うわけ。よっぽど実人生で悲しい思いをしたんじゃなかろか、と邪推してしまう。
今回はシカゴの名所が活躍し、通りの名前もほぼ全部実在のもの。(メルヴィア通りとマークウィス街は探せなかったが、Melvina Avenueがあった。)
以下、トリビア。
作中年代は「スタインベック(p69)」が話題になってるから1937年以降。
p9 きみはもうだれの恋人でもない♦️歌詞は原文では“It just don’t seem right, somehow, / That you’re nobody’s sweetheart now”となっている。Nobody's Sweetheart Nowはミュージカル・レヴューThe Passing Show of 1923のために作られた曲。詞Gus Kahn & Ernie Erdman、曲Billy Meyers。正しい歌詞は“it all seems wrong somehow”なんだが…
p10 オルガン形の机(the imitation spinet desk)♦️ちょっと勘違い。スピネット(小型チェンバロ)を模した形のアンティーク机、ということだろう。多分、必ず引き出しあり。英wikiに”spinet desk”で項目あり。
p16 二十ドル札(twenty-dollar bills)♦️1928年の紙幣サイズ小型化(156x66.3mm)以降、表はAndrew Jackson、裏はWhite House。米国消費者物価指数基準1938/2021(19.36倍)で$1=2134円。$20札だと42680円の高額紙幣。当時は$10000札まであり、1945年になって$100札を超える紙幣の発行を停止した。
p18 輝く月… 真夜中の空に映え…(Golden Moon … over the midnight sky.…)♦️この歌詞の歌は調べつかず。架空?
p41 中国人がふたりも私の口の中で自殺(you never should have allowed those two Chinamen to commit suicide in my mouth)♦️口の中がヒドイ状況を言ってるのだろうけど、現代では使えないジョーク… もしかしてニンニク臭いってこと?
p42 ヨーロッパの重大時局… 第一面の記事♦️本篇中に出てくる数少ない時事ネタ。
p46 ビーチ・ローブ… テニスや水遊び♦️多分、作中の季節は夏? シカゴの平均気温は6月23度、7-8月28度、9月23度くらいのようだ。
p59 まるでエドガー・アラン・ポオの小説みたいに聞こえる(You sound like something by the late Edgar A. Poe)♦️わざわざ「故」付けが可笑しい。念頭にあるのはどの作品だろう。(ポオ全集を読んでる方には自明?) わかっていないのに言うのは愚の骨頂だが、詩の可能性もある、と思うので「小説」という限定は不要だと思う。
p66 宝石店からダイヤモンド・リルをひっぱり出す♦️ 前歯にダイヤモンドを植え込んだ女性がいてDiamond Tooth Lilと呼ばれたようだ。Diamond Lilはメエ・ウエストが書いた劇(1928)及びその主人公の名前。
p85 デイ・ベッド(a day bed)… 小型机(a spinet desk)♦️前者はソファーベッド、後者は前出(p10)と同じ机だろう。
p92 ドアの上にブザー… 三回鳴ったら、あなたにお電話が入ってる、という意味(there’s a buzzer over your door. Three rings means you’re wanted on the telephone)♦️アパートの仕組み。まだ各部屋に電話は引かれていない。
p105 ミシガン・アヴェニュー橋(the Michigan Avenue Bridge)♦️可動橋(1928年完成)。シカゴの名所。勝鬨橋みたいなヤツ。まだ現役のようだ。羨ましい。現在はDuSable Bridgeというらしい。
p127 ボーイがデスクで『アメージング・ストーリーズ』を読みふけり(A page boy sat at the desk, absorbed in a copy of Amazing Stories)♦️1926年創刊のSFパルプ雑誌の草分け。不況のためか1935年8月号〜1938年10月号は隔月刊になっている。Eando Binder, Stanley G. Weinbaum, Frederic Arnold Kummer, Jr.が当時の主力か。
p139 火星人の襲来(the little men were landing from Mars)♦️1938-10-31のオーソン・ウエルズのラジオドラマによる騒ぎでlittle green men from Marsが冗談記事になったようだ。
p192 まったく異なる二つの問題の、それぞれ独立した一部分(different parts of two entirely different things)♦️この翻訳だと、何か元ネタがありそうな感じ。だが私にはピンとこない。調べつかず。似たような事をマローンが167ページで言っているが…
p208 黒人の喋りのマネ♦️現代では完全にアウト?(でも、そうなら現実をどうやって表現すれば良いのだろうか)。一応、原文をあげておく。“Scuse me fo’ disturbin’ you, Mist’ St. John, but they’s a daid man in the kitchen”
p210 スワミ(swami)♦️ヒンズー語で学者・聖者・権威のこと。続く「はーるかなる」はアル・ジョルスンの大ヒット曲の歌い出し。(原文: Way down upon the 〜) (2021-8-25追記: アル・ジョルスンじゃなくてStephen Fosterの名曲”Old Folks at Home”(1851年作)ですね。良く確認しないで勢いで書くからこうなる。単なる勘違いを誤訳だ!と騒ぎ立てる(←お前のことだよ)のはやめましょう…)
p218 二セントくれれば(for two cents)♦️最後の藁の重み、みたいな感じではないか。試訳: あと二セント分のトラブルで
p241 『ザ・ラスト・ラウンドアップ』の一節を口笛で(whistling a bar of “The Last Round-Up”)♦️JDC『死時計』(1935)でハドリーが歌ってた1933年の大ヒットC&W。
p252 石の根(leaving no turn unstoned)… 虫の根(leaving no worm unturned)♦️正しくは”leave no stone unturned” 草の根わけても、全部の石をひっくり返して徹底的に探す。 試訳: 「全部の裏を石かえして」… 「全部の虫を裏返して、でしょ?」
p285 屋台引きからアメリカ有数のキャンディ会社の社長に(had risen from his pushcart to become head of the Candy Company)♦️シカゴのガム会社社長リグリー(William Mills Wrigley Jr. 1861-1932)のイメージなのか。最初13歳の時、フィラデルフィアで父の会社製の石けんをバスケットに入れ、手売りしていた、というエピソードあり。
p286 リグリー・ビルディング(the Wrigley Building)♦️これもシカゴに現存するランドマーク。1921年建造、1924年北館完成。

No.352 9点 三つの棺- ジョン・ディクスン・カー 2021/08/09 21:34
1935年出版。フェル博士第6作。私の妄想では1933年出版予定だったジェフ・マール第6作&バンコラン最後の事件(第5作)。早川文庫の新訳で読了。翻訳について、ハドリーのフェルに対するセリフは、もっとタメ口で良いのでは?という感じ以外は文句なし。
さて、冒頭を読んで確信しました。我が妄想を裏付けるような記述が堂々と。
これってJDCの『黄色い部屋』本歌取りだ!完全密室プラス通路での消失トリック、というのは、間違いなく『黄色い部屋』の大ネタを意識している。じゃあ『黄色い部屋』のラストの大ネタ、犯人像は?と考えると、JDCの初期構想では『黄色い部屋』を超えるものを用意していたはず。まさにバンコラン最後の事件が相応しい。
あんまり詳しく書くと多方面でのネタバレになるのでやめておくが、私の妄想の中ではグリモー=バンコラン、ミルズ=ジェフ・マール(これなら証言が確実であることを文章内で保証する必要は無い)で決まり。バンコランの謎の過去が暴かれ、素晴らしい血みどろのフィナーレ…
まあこれ以上は私の正気が疑われるので書きません。
実際の本作に関しては、小説中にも出て来るが、非常によく出来たマジックの種明かしを読んでる感じで、やっぱりこれが探偵小説の醍醐味だろう。ある部分、がっかり感もあるが、でも素晴らしい力技だよね(空間をねじ曲げる重力場じみたパワー)。そしてがっかりが当たり前なんだよ、嫌な奴は探偵小説なんか読むな!という後年の自作に対する評価への先回りの言い訳と思われるようなフェル博士のセリフが微笑ましい。(p289の「密室講義」冒頭の堂々たる(異常な)宣言は、40年ほど前に初めて読んだ時、物凄い衝撃を受けたものです…)
さて『毒のたわむれ』にちょっと書いたフリードリヒ・ハルム『マルチパンのリーゼ婆さん』(Die Marzipanliese 1856)の紹介(水野光二1990明治大学)だが、そこに書かれてるあらすじ(梗概)を読んだらさらにびっくり!これ絶対JDCが本書のネタにしてる。というわけで是非Webにある論文を読んでいただきたい。登場人物の名前ホルヴァート(Horvath)だけでない類似が見つかるはず。(HalmのほうはHorváth)
トリビアは銃に関するものだけをあげておこう。
「銃身の長い三八口径のコルトのリボルバーで、30年前の型(a long - barrelled .38 Colt revolver, of a pattern thirty years out of date)」が出てくる。本作の年代は「2月9日土曜」とあることから1935年。約30年前の38口径コルト製リボルバーならNew Army and Navyと呼ばれた原型が1892年製のものだろう(マイナーモデルチェンジがあって他に1894, 1896, 1901,及び 1903の各モデルがある)。これらは38 Long Colt弾を使用するモデルだが1908年以降はお馴染み38 Special弾対応のThe Colt Army Special(海軍用はNavy Specialと呼ばれたようだが同じもの)が製造されている。本書の銃は後者の38 Special用だと思う。(原文のout of dateを「時代遅れになった」と捉えると前者New ArmyモデルがArmy Specialに切り替わったこととまさに合致するから、New Army説が良いのかなあ。私はp389の説明から38 Special説としたのだが…)(追記: 『ピストル弾薬事典』で確認したら38 Long Colt弾でもp389の話と矛盾しないことがわかったので、Colt New Armyで間違いなし!)

(追記2021-8-13) 上記を書いた後で、他の方の書評を読んで、特におっさんさまご指摘の新訳の誤訳が気になりました。おっさんさまが具体的に指摘している箇所とは別に、私も一件、ちょっと大事な部分の誤訳をお知らせしたいと思います。(他にはどんな誤訳があるのだろう…)
プロローグ、グリモーVSフレイのシーン。何やってんの?と思った場面です。
p18 [フレイは]手袋をした両手でグリモーのコートの襟を引き下げ(his gloved hands twitching down the collar of his coat)♠️最初のhisと次のhisは同一人物です。フレイは自分の顔をグリモーだけに見せる目的で近寄って、コートの襟元をちょっと下げた、という場面。「(自分の)コート」が正しい翻訳。(Webサイト「黄金の羊毛亭」さんちで教えていただきました) だいたい飲食店でくつろいでるグリモーがコートを着てるわけがないよね。
クリスティ再読さまは「改め」という用語で、本作品の本質をズバリ!流石です。

No.351 6点 毒のたわむれ- ジョン・ディクスン・カー 2021/08/09 09:09
1932年出版。ジェフ・マールもの第5弾。JDCはマール語り手のバンコラン探偵ものを4作続けた後、語り手はそのままに、何故か探偵だけを変えた本作を発表。まあ私の妄想(『四つの凶器』をご覧ください)では、次作でこの探偵VSバンコランをやるつもりだったJDCならば当然の布石なんだが… (この構想が何故ポシャったのかは1933年に超有名シリーズ最終作が発表され、JDCが先をこされちゃったから… というのが私の妄想。同時期に似たような構想を思いついちゃうってあるよね。EQが1939年『そして誰も…』の連載を読んでガーン!となったのは有名な話)
実はジェフ・マールものは舞台が国際的なシリーズで、第一作パリ、第二作ロンドン、第三作ライン川、第四作はパリに戻っちゃったが、第五作は満を持してJDCの生まれ故郷米国ペンシルヴァニア州ユニオンタウン(名指しはされていないが「青年ワシントンがネセシティ砦で最初の一戦をまじえ(p18)」とかで明白)。JDCとしては米国が舞台の小説はこれが初めてだ。
それで第一印象は、登場する陰気な旧家の感じがJDCが嫌になって飛び出した米国の田舎名家っぽい雰囲気の反映なのか?と思ったが、あとから、仲の良かった叔父さん夫婦やいとこを小説に登場させた悪趣味な内輪ネタがなんじゃ無いか、と考え直したりした。「わしが被害者役か、ガッハッハ」とか「もっと私に良い役を振って頂戴よ」みたいな感じ。(ここはまたまた根拠のない私の妄想)
さて発表の1932年はWikiによるとJDCが英国女性Clarice Cleavesと結婚した年。ということは花嫁候補を連れて久し振りに里帰りしたJDCの姿も浮かぶ。小説の中で町一番の美女の名前はクラリッサ(Clarissa)だし… (だがその扱いはフィアンセに割り振る役としては最悪の部類。ここでも作者の悪趣味が発揮されている。JDCの役はクラリッサの夫、ツイルズだろうから自分も軽く笑い者にしてバランスをとっていると言えるか…)
マールの回想で12年前の若い頃の思い出が語られる。JDCの実年齢なら当時14歳。マールはもうちょっと歳上のイメージだが、ほんのちょっとだけ描かれる、往時の高校生、大学生のほろ苦い回想が本作では一番印象的だった。
ミステリ的には、探偵に魅力が薄く(細身の長身はJDCでは流行らない)、ストーリー展開もごたついた印象でメリハリに欠けている。強烈な謎も無いし、恐怖感もコレジャナイ風味。村崎さんの翻訳は実は悪くなくて、かなり堅実。でもバンコラン新訳四部作を完成させた創元さんにはぜひ新しい翻訳をお願いしたい。
さて、これで『三つの棺』を読む準備は完了。JDCがバンコランにどんな最後を用意してたのか(しつこいようですが妄想です)とても楽しみだ。
以下、トリビア。
p9 提琴軒(The Old Fiddle)♣️何故冒頭がウィーンなのか。JDCの新婚旅行はウィーンだったもかも。そして幻の『バンコラン最後の事件』(ur三つの棺)はウィーンを経てトランシルヴァニアを舞台にするつもりだった?(またしても根拠のない妄想です…)
p9 キュンメル酒(kummel)
p14 十二年前(a dozen years ago)…ダンスオーケストラ(あの頃はていねいな言葉が使われていた)が「ささやき」や「ダルダネラ」を演奏した(A dance orchestra—the polite term was then employed—played "Whispering" and "Dardanella.")♣️今なら「ジャズバンド」という無粋な言い方だが… という趣旨か。登場する二曲はいずれもYouTubeにオリジナルと思われる音源あり。翻訳には便利な世の中になったものですなあ。
Whispering: 1920年の流行歌。Malvin Schonberger詞、John Schonberger曲。録音Paul Whiteman(1920-8)、11週全米No.1ヒット。シングル盤のリズム指定はFox Trot。(昔のレコードにはリズム指定の表記が大抵付いていた。ダンスの伴奏音楽として捉えられていたのだろう)
Dardanella: 1919年の流行歌。Fred Fisher詞、Felix Bernard & Johnny S. Black曲。録音Ben Selvin(1919-11)、13週全米No.1ヒット。シングル盤のリズム指定はFox Trot。
p30 外国人の不思議な物の考え方と切り放すわけにはいかない—フランスのコーヒーやドイツの巻煙草と同じようなもの…(like the coffee of France or the cigarettes of Germany — inseparable from the weird minds of foreigners)♣️仏国コーヒーはファイロ・ヴァンスも大いにクサしていた(『スカラベ殺人事件』1930)が、ドイツ煙草というのはイメージに無かった。嫌な匂いなのか?
p32 一八七○のシェルラクのシェリー酒(Ferlac cherry, 1870)♣️ググっても出てこない。架空?
p36 ドービル(Deauville)でバンコランと一緒にテリア事件(the Tellier case)で働いたときに彼にもらった… ジッと見つめている目と「パリ警視庁」という文字が書いてある有名な三色のバッジ(the famous tricoloured badge, with the staring eye, and the words Prefecture de Police)♣️これは「語られざる事件」なのだろう。言及されてるバッヂを探したが合致するデザインが見当たらない。架空のもの?
p37 あの十一月の気味の悪い晩に、ロンドンのブリムストン・クラブでバンコランとぼくが… ジャック・ケッチと自称する悪党を見張っていた(in that weird November night at the Brimstone Club in London when Bencolin and I watched with Scotland Yard to trap a criminal who called himself Jack Ketch)♣️これはバンコランもの第2作『絞首台の謎』の一シーン。
p42 ゴルフもやれないし、ブリッジもできないが、それをとほうもなくよろこんでいます— それにダンスもできません(I can't play golf, and I can't play bridge, and I'm damn glad of it—oh, and I don't dance, either)♣️当時の社交の代表。作者も嫌いだったろう。
p45 ローゼンバーグ服とフランク靴(wore Rosenberg suits and Frank shoes)♣️服は1898年New Haven創業、1920年代New Yorkで知られていた男性服飾店Arthur M. Rosenberg Co.のものか。靴は1865年創業のFrank Brothers(Fifth Avenue in New York)か。老舗の衣装に身を包んだ、やや古めかしいキャラという感じ?
p58 フットボールのスター(football star)♣️サッカーではなくアメフトの方。大学フットボール対抗戦は1869-11-6 Rutgers対Princetonが最初。Webを探すとHaverford High Schoolのアメフト記録が1887年からあった。
p58 ベランダの蓄音機(ビクトローラ)が「だれも嘘などつきやしない」をうたっていた(A Victrola on the veranda was playing "Nobody Lied.")♣️ Nobody Lied (When They Said That I Cried Over You)は1922年の流行歌。Karyl Norman & Hyatt Berry詞、Edwin J. Weber曲。レコードはMarion Harrisの歌(1922-6-7録音Columbia)、Ross Gorman指揮The Virginiansのインスト”Fox Trot”(1922-6-2録音Victor)が見つかった。歌の方はWebに音源あり。
p64 子供の時分からいつだって白髪のおじいさんみたいだった(always the little white-haired boy)♣️お気に入り、という意味。
p71 電気椅子に送られる(send you to the electric chair)♣️ペンシルヴァニアでは1913年採用。1915〜1962に350人が電気椅子送りになった(うち二人だけが女性)。”Capital punishment in Pennsylvania”(Wiki)より。こーゆー項目があるのがWikiの凄いところだと思う。
p73 サイホン(syphon)… 炭酸水(soda-water)… 空き瓶を返すと戻りがある(You get a rebate on the ones you return)♣️瓶売りの炭酸水は1920から30年代に流行った、という。”Soda siphon”(Wiki)より。空き瓶を店に持って行くと小銭がもらえるシステムを実際に体験した人は減ってるんだろうなあ。
p80 まるであの殺人ごっこというゲームみたい(It’s like that game called Murder)… 誰かに『きみは有罪か?』ときく(say to somebody, 'Are you guilty?')… その人が『ハイ、そうです』と言って、そこでゲームがおしまいになる(the person will say, 'Yes,' and then the game will be over)♣️私が最近気になってる「殺人ゲーム」の起源、良いネタを拾ったので、いずれまとめを書きます。
p82 受取りに走り書きしてから、[メッセンジャー・]ボーイに1ドル(scribbled on the receipt and gave the boy a dollar)♣️米国消費者物価指数基準1931/2021(17.87倍)で$1=1970円。当時の1ドル銀貨はPeace Dollar、0.9 silver、重さ26.73g、直径38.1mm。チップとしてはちょっと多めに感じる。料金着払い?
p83 二つの心が一つになって鳴り響く(Two hearts that beat as one)♣️「訳注 19世紀べリングハウゼンの劇詩中の一句」とあるが、Webで調べるとU2の曲ばかり出てくるなかに、引用元無しでJohn Keatsの詩’Two souls with but a single thought, Two hearts that beat as one’からとしているのがある。正しくは独詩人、劇作家Eligius Franz Joseph von Münch-Bellinghausen(1808-1871、ペンネームFriedrich Halmで知られている)の劇“Der Sohn der Wildnis”(1842) Act 2から’Zwei Seelen und ein Gedanke, Zwei Herzen und ein Schlag’(英訳はMaria Lovell “Ingomar the Barbarian” (1870c)、グリフィスが1908年に映画化している)がオリジナル。この一節は”Bartlett's Familiar Quotations” 10th ed. (1919)に出てくるらしいので、結構有名な文句だったようだ。このタイトルの流行歌も二曲見つかった。1890年頃シカゴ出版、Harry B. Smith詞、J. E. Hartel曲。1901年シカゴ出版、Adam Craig詞、W. C. Powell曲、Jolly May La Reno歌。残念ながら音源データは見つからず。
ところでフリードリヒ・ハルムって日本で有名なのかな?と調べたら、作品『マルチパンのリーゼ婆さん』(Die Marzipanliese 1856)の紹介(水野光二1990明治大学)を見てびっくり。ハンガリーが舞台で主要登場人物がホルヴァートというのだ!そしてこの中篇小説はドイツ語による最初の犯罪フィクションとされているらしい… これで本作と『三つの棺』のつながりが見えた!というのは重度の妄想ですね。
p87 陰気なウィーン風の『おはよう』をとりかわし…『ピンク・レディ』から取ったあの歌を(exchange that doleful Viennese 'Guten morgen'… that song out of The Pink Lady)♣️”The Pink Lady”は1911年のブロードウェイ喜劇(312回公演)。台本・詞C. M. S. McLellan、作曲Ivan Caryll、フランス喜劇Le satyre(1907 Georges Berr & Marcel Guillemaud作)の翻案。このSatyre(仏Wikiに記載無し)はTheatre Royale, Parisで250回の公演を記録し、ベルリンとペテルスブルグでは公演が未だ続いている(NYTimes 1911-2-11記事)とあった。
p87「きれいなご婦人」♣️ “(My) Beautiful Lady”は上述のミュージカル第三幕の歌。オリジナルに近いYouTube音源あり。Gems from “The Pink Lady,” Victor Light Opera Co (1912)の2:00以降。インスト版は”The Pink Lady Waltz”のタイトルで新しい録音も多数ある有名曲。本作のBGMとして是非聴いて欲しい。
p93 きれいなご婦人、あなたにわたしは目を上げる(To thee, beautiful lady, I raise my eyes…)♣️上述の曲のリフレイン。
p108 探偵小説では、いつも本を取りに下へ行く(They always go downstairs for a book in the detective stories)♣️探偵小説への(メタ的な)言及は黄金時代の特徴。
p108 『アフロデイト(Aphrodite)』♣️古代アレキサンドリアを舞台にしたPierre Louÿs(1870-1925)の官能小説(1896)、英訳はAncient Manners(1900)、スキャンダルとなりVanity Fair1920年1月号に載ったDorothy Parkerの書評によると「入手がとても難しい本」だったようだ。
p125 昨夜の日附(Next appeared the date of last night)、一九三一年十月十二日(12/10/31)♣️後の方で、約二週間前が「11月28日金曜日(p137)」とあるので、ここは明白な誤り。本書の作中年月日は1931年12月10日。
p125 ラムベルトとグラーフシュタインを(Lambert, Grafenstein)♣️調べつかず。
p125 わたしを船でどこかスエズの東に送ってくれ(Ship me somewhere east of Suez)♣️キプリングの詩Mandalay(1890)の一節。
p135 ブランビリエ公爵(Marquise de Branvilliers)♣️原文では正しく「公爵夫人」、続くセリフに合わせた翻訳。
p149 ラフカディオ・ハーンから抜け出したような姿(You’re like something out of Lafcadio Hearn)♣️ Kwaidan: Stories and Studies of Strange Things(1904 Houghton Mifflin)
p149 音楽コップ(musical-glasses)♣️グラス・ハープのこと。村崎さんお馴染みの直訳責め。
p149 サミットホテルのお雇い探偵(house detective at the Summit)♣️ ユニオンタウンの実在のホテル。Webに当時物の絵葉書あり。UNIONTOWN PA Summit Hotel & Golf Country Club Aerial view 1930's
p173 空気鉄砲(popgun)♣️原文では、おもちゃの鉄砲、の意味。
p177 黒い選挙バッジのような器具からかなり長い針金を巻き戻して取り出したふちなし眼鏡を手さぐりしながら、やっとそれを鼻にのせた(had unreeled a length of wire from an apparatus like a black campaign button, and fumbled with the rimless glasses until she got them on her)♣️状況がよくわからないが、ワイヤーが眼鏡についてて、使用するときに引っ張り出す仕組みなのかも。
p182 われわれは二度と♣️ここら辺の書き方は全然感心しないなあ。
p184 時計の向こうを一目見ることが出来たら♣️同上。
p184 誰でもよく知っている古いことわざ(a certain well-known Latin proverb)♣️酔っ払いの相手をする気になったのだから「酒に真実あり(In vino veritas)」か。
p197 ごまかし(eyewash)♣️ここは「出鱈目、駄法螺」という意味だろう。見当違いなだけで、誤魔化す意図は無いはずだ。
p190 週5ドル(five dollars a week)♣️月給4万3千円。あくせく働いてこれだけ、ということは凄い低賃金だ。
p212 クリーブランド♣️ふと思いついて調べると、この地に当時有名だった精神病院が見つかった。The Cleveland State Hospital(1852-1975)、最初はNorthern Ohio Lunatic Asylumという名称で、後にNewburgh State Hospitalとして知られた。
p241 ひねくれジャネット(Thrawn Janet)♣️R. L. スティーヴンスンの作品(1881)。
p241 五本の指のある野獣(The Beast With Five Fingers)♣️ W. F. Harvey(1885-1937)の短篇小説(1919)
p247 ブキャナン、アームストロング、ホッホ、ルイズ・バーミリア、バワーズ、ウエイト、バーサ・ギフォード、アーチャー夫人(Buchanan, Armstrong, Hoch, Louise Vermilya, Bowers, Waite, Bertha Gifford, Mrs. Archer)♣️有名な毒殺者たちのリストだが、調べるのが面倒なので参考まで原綴を書いておく。
p248 クラフト・エービング… わたし自身は、あの大将のたわ言を読むくらいなら、ヒマシ油を飲むほうがましだが(Krafft-Ebing. I'd sooner drink castor oil than read the chap's stuff, myself)♣️JDCの感想だろう。
p248アラゲニイの天使と呼ばれた陽気な貴婦人(the cheerful lady they called The Angel of Allegheny)♣️毒殺者らしいが調べつかず。

No.350 6点 オシリスの眼- R・オースティン・フリーマン 2021/05/26 05:11
1911年出版。ちくま文庫(2016)で読了。
渕上さまの行き届いた解説で元々は1910年ごろ、米出版者マクルーアと雑誌連載の話を進めていた、という。初稿と最終版には結構な異動があり、詳細は渕上解説をご覧ください。こーゆー解説が全ての翻訳本についてると嬉しいなあ。(現状は何も調べてない個人の妄言ばっかり… おっと批判はそこまでだ) 翻訳は英初版(限定版)によるもので、後年の版には誤植や脱落が目立つらしい。
オシリスの眼、とはWiki「ホルスの目」として項目だてされている「ウアジェト(ウジャト)の目」のこと。文庫カバー絵上部に描かれている有名な象形文字としても有名。
小説自体はゆっくりと時が流れる物語で、やや起伏に乏しいけれど、解決篇の緊迫感はなかなかのもの。
ミステリとしては中レベル。いつもの通り、右に振って左が正解というミスディレクション成分が不足してるのがフリーマン流。ソーンダイク博士も本心を明かさず「君も同じものを見聞きしているのだから、よく考えればわかるよ」とお馴染みのセリフで、怠惰な読者は置いてけぼり。
小説として面白くないか、というとそんなことはなくて、大英博物館所蔵のアルテミドロスのミイラ(1888年獲得、Artemidorus MummyでWeb検索すると非常に楽しめる)のネタなどがとても良い場面に仕上がっていて、楽しい読書だった。最近、とても興味がある検死法廷(the coroner’s court=inquest)の場面もたっぷり描写されていて非常に興味深かったし…
小説の作中年代は1902年と明記。価値換算は英国消費者物価指数基準1902/2021(126.08倍)で£1=17721円。
原文はMysterious Press版によるもの。
トリビアは暇になったら埋めるかも。とりあえず一件。
p97 黒い司祭服に山高帽といういでたちなのに、いきなり振り向くと、実は中年の女性と分かってびっくりさせられる、あの背の低い年配の紳士は?(Or the short, elderly gentleman in the black cassock and bowler hat, who shatters your nerves by turning suddenly and revealing himself as a middle-aged woman?)♦︎渕上さまの翻訳は丁寧な仕上がりで、訳注も適切、本当に文句なしなんですが、この文章だけはハテナ。ここは文の最後に「紳士」を持ってきたのが失敗。黒い司祭服に山高帽だから年配の紳士かと思いきや、振り向くと中年女性だったのでビックリ、という原文ですね。

No.349 6点 仮面荘の怪事件- カーター・ディクスン 2021/05/12 03:28
1942出版。創元文庫で読了。原題はThe Gilded Man「金ピカの男」というような訳が適当か。HPB「神像」はちょっとズレちゃう気がする。
フェル博士ものの短篇『軽率だった野盗』(A Guest in the House, 初出The Strand 1940-10, 創元『カー短編集2』収録)を長篇に仕立て直したもの。比較はネタバレになるので止めておこう。
私には意外なボーナスがあった大ネタ。HMのドタバタも上手に物語に嵌っているが、主人公が間抜けに思えるので全体の印象はそんなに良くない。ミステリ的なアイディアは結構良い。
結末を読んでJDC/CDのコンプレックスがわかったような気がする。ネタバレになるのでボカすが、重要なキャラへの言及が無いのだ。ということはJDCにはそのキャラが非常に身につまされるのだろうか… とりあえずJDCの諸作品からは、ある種の劣等感を感じる、とだけ言っておこう(まあ私の読みは薄っぺらいので全然合っていないとも思います)。
以下、トリビア。原文は入手できず。(2021-8-14追記: 原文を入手した。以下、追記箇所は{8/14★}で表記)
作中年代は冒頭付近に明記。1939年(p28)を迎える直前の木曜(p32)深夜なので1938年12月29日から始まる物語。
貨幣換算は英国消費者物価指数基準1939/2021(67.05倍)で£1=9429円。
p9 女優フレヴィア・ヴェナー(Flavia Venner)… <サロメ>上演中に急死… <サロメ>は彼女のために特に書かれた劇で… 作者は——[彼女は]ヴィクトリア時代のある詩人の名をあげた♣️モデルはSarah Bernhardt(1844-1923)とOscar Wilde(1854-1900)だとバレバレだが、何故か匿名。意外なことにサラ・ヴェルナールによるSalomé(初出1891)の上演は行われていないようだ。
p38 郵便屋ゲーム♣️英Wikiに項目があるPost office (game)か。別名Postman’s knockという若い男女のグループでやる他愛もないキスごっこ。米国では1880年代から流行していたようだ。{8/14★}原文はPostman’s knock
p43 クリケットの速球投手♣️fast bowler。残念ながら、これ以上のクリケットねたは言及されず。JDCは米国生まれなのであまり興味がなかったのだろう。
p49 エル・グレコ…この絵を<池>と命名♣️この画家でこの主題の作品は見当たらず。架空のものか。少し後(p147, p169)にこの絵の詳細な描写がある。{8/14★}原文はThe Pool、もちろん、この英名を持つEl Grecoの絵は存在しない。
p59 ヴェラスケスの<チャールズ四世>… ムリリョの黒ずんだ<ゴルゴダの丘>… ゴヤの<若い魔女>♣️ベラスケスの時代ならフェリペ四世(スペイン王カルロス四世はゴヤの時代)だろうし、ムリーリョの磔刑図も無さそう(全作品を確認していないが…)。ゴヤなら若い魔女の主題はありそうだが。{8/14★}原文はそれぞれVelasquez's Charles IV, … Murillo's smoky Calvary…. Goya's The Young Witch。
p69 ラッフルズかアルセーヌ・ルパン以上の大犯罪者♣️英国らしくラッフルズが先。
p88 十万ポンドを楽に超える♣️短篇では三枚の絵(レンブラント2枚とヴァン ダイク1枚)の価値は「3万ポンド(2億2千万円)」だった。
p88 ミュンヘン協定以来世情が不安定になって、絵は市場にだぶついている
p99 ニッケルの小さな懐中電灯♣️1920年代には単四電池二本を縦に使用するflashlightがあったようだ。(WebサイトFlashlight Museum参照)
p105 カーター・パタスン社♣️Carter Paterson (CP) は英国の運送会社。1860年創業、元はCarter, Paterson & Co., Ltd.だったが、1933年に英国鉄道四大会社(Big Four)が当分の持ち分で支配下に置くことになった。
p116 ダグラス・フェアバンクス♣️Douglas Fairbanks(1883-1939) サイレント映画時代の活劇スター。代表作はThe Mark of Zorro(1920), Robin Hood(1922), The Thief of Bagdad(1924)
p136 バガテル♣️Bagatelle。ピンボールの祖先のような室内テーブル・ゲーム。
p137 一ポンド札♣️当時の札はSeries A(1st issue)と呼ばれるもの(1928-1962流通)。表が左にブリタニカの正面座像、裏が龍を仕留める馬上の聖ジョージ(左右とも同じ)のデザイン。緑色、サイズ151×85mm。
p138 ランズ・エンドからジョン・オ・グローツまで♣️ Land's End to John o' Groats。英国本島の南西端から北東端まで。
p150 フレッド・ペリー♣️Fred Perry(1909-1995) 英国の「テニスの神様」
p150 ラクロッス♣️Lacrosse。今は「ラクロス」が定訳。国会図書館デジタルコレクションに『ラクロッス術・クロッケー術』高見沢宗蔵, 鳥飼英次郎 著(明治35年10月)があった。
p150 ペロータ♣️Basque pelotaとしてWikiに項目のあるゲームの事か。スカッシュ系の壁打ち対戦の球技のようだ。
p150 スピット・イン・ジ・オーシャン♣️Spit in the Ocean。ポーカーの変種の一つのようだ。某Tubeにやり方動画が色々あるが、ここで言ってる当時のイメージと同じものかどうかは不明。
p152 W・G・グレース♣️William Gilbert Grace(1848-1915) クリケット界の大スター。右投げ右打ち。打者、投手、野手の全てに傑出していた。野球で例えるとベーブ・ルースや長嶋茂雄クラスの誰でも知ってる選手だろうか。
p181 ウィーダ♣️Ouida(1839-1908)、本名Marie Louise de la Ramée。代表作は映画化されたUnder Two Flags(1867)、A Dog of Flanders(1872) 日本では非常に有名。
p181 マリー・コレリ♣️Marie Corelli(1855-1924) 売上では同世代のドイル、ウエルズ、キプリングを凌いだ、という。代表作Vendetta!(1886)は涙香により翻案(白髪鬼 1893)され、乱歩の同題小説(1931)の元ネタになった。
p186 チャーリー・ピース… 犯罪の芸術家で、詩人で、ヴァイオリンの名手♣️Charles Peace(1832-1879) その生涯は演劇、小説、映画のネタになったが、それは事実を大幅に脚色したものだった。
p190 ブローディー助祭♣️William Brodie(1741-1788)、エジンバラの押し込み強盗。家具職人組合の長だったためDeacon Brodieの名で知られている(「助祭」ではない)。
p198 エッチング♣️Want to come up and see my etchings?という古いセリフ(男が女を自室に誘う)があって、HitchcockのBlackmail(1929)が初出か。殺されたプレイボーイの建築家Stanford White(1853-1906)が良く使っていた文句、という家族の証言があるらしい。
p202 エドワード・バーン・ジョーンズ卿♣️Sir Edward Coley Burne-Jones, 1st Baronet(1833-1898)、ラファエル前派のデザイナー。サラ・ベルナールの肖像画(制作年不明)あり。
p204 チェスタトン流に逆の方向から♣️JDCが崇めた作家だが、小説中の言及は珍しいかも。{8/14★}原文はthe Chestertonian principle of looking in the wrong direction。
p207 サザビーの特許♣️調べつかず。{8/14★}原文はThe Southerby Patent、やはり調べつかず。
p220 トミー・ファーがジョー・ルイスをノックアウト♣️ウェールズ出身の全英ヘビー級チャンピオンTommy Farr(1913-1986)が、1937-8-30にニューヨークのヤンキースタジアムで世界ヘビー級王座Joe Louis(1914-1981)と闘い15回判定負け(微妙な判定だった)試合の不満が英国人には残っている、という事だろう。
p235 かつて、とても有名だった推理小説中の人物の名前{8/14★}原文はthe name of a character once very famous in fiction、ここは原文通り「ある小説中の」とすべきところだろう。
p240 モンマルトルの<地獄(ヘル)>という馬鹿げた見世物♣️19世紀末Paris(No. 53 Boulevard de Clichy)のCabaret de L'Enfer(1892-1950)のことか。英Wikiに項目あり。{8/14★}原文はa silly exhibition in Montmartre, called Hell。
p249 九ペンス貨幣くらいの[大きさ]♣️当時英国で9ペンス貨幣は存在しないが、イングランドでは約9ペンスの値打ちしかなかった16世紀アイルランドの 1 シリング硬貨(サイズ約33mm)、のことか。米国ニューイングランドでは古いスペインのレアル硬貨のこと(12.5セント相当、サイズ38mm)とも。{8/14★}原文はcop a ninepenny one、ninepennyは「くぎの長さ」で7cmほど、と辞書にあった。
p251 ユダヤの喜劇役者の二人組♣️何のイメージか調べつかず。{8/14★}原文はlike a pair of Hebrew comedians、この表現では情報不足だが、Wikiで調べると当時のユダヤ系コメディアン二人組が二組ほど見つかった。
p252 イザドラ・ダンカン♣️Isadora Duncan(1977-1927)、米国モダンダンスの祖。
p267 ベートーヴェンのコンサート
p268 サイン帳♣️英wikiにAutograph bookとして項目あり。ドイツ16世紀中ごろに源流があり、18世紀末に米国に拡がったらしい。{8/14★}原文はsign my autograph book。
p276 三千ポンド
p296 フェニモア・クーパー

No.348 6点 もの言わぬ証人- R・オースティン・フリーマン 2021/05/08 21:35
ソーンダイク博士ものの長篇第四作。出版1914年。初出は英雑誌の連載か、と思ったが当時ソーンダイクものを掲載していたPearson’sやNovel Magazineではない。FictionMags Indexには米国週刊誌All-Story Cavalier Weekly 1914-6-20〜7-18(5回)連載との記録があった。この米誌が初出であっても不思議は無い。
私家版の電子書籍(Kindleで安く入手可能)だが、翻訳は流麗。日本語が良く、会話も上手い。訛りの処理も素晴らしい。以下では数か所、翻訳上の異論を書いたが、気になったのは挙げているほんの数カ所だけ。自信を持ってお薦めできる翻訳です。
内容は、面白い巻き込まれ型の冒険談。結構起伏に富んだ流れ。でも解決にいたる部分がちょっと残念(なんかモタモタしている)。フリーマンはこういう構成があまり上手くない印象。本格ミステリ味は薄い、と思ってください。
以下、トリビア。原文はWikisourceによるもの。H. Weston Taylorのイラスト4枚付き。米国人画家なのでAll-Story誌連載時のものか。Wikisourceの元本は米初版The John C. Winston Company, Philadelphia 1915、と記載されている。
翻訳には欠けているが献辞あり。
To, Dorothy Cuthbert and Gerald Bishop [二人が何者かは調べつかず]
In Memory of Labors that are Past and in Token of Friendship that Endures (拙訳: 過ぎ去りし労苦の思い出と変わらぬ友情の証しとして)
冒頭「私の学生時代の最後の年、九月のある夜に(a certain September night in the last year of my studentship)(前編p38/3531)」とあり、数年前を思い出して語っている感じだが、どのくらい前だかどこにもはっきり書いておらず、日付と曜日を同時に明記している箇所もない。しかし年代確定のヒントが結構あり(以下の各トリビア参照: 前編p531, 638, 695, 1257, 後編p2881)作中年代は1901年9月であることがわかる。後編第16章の記述から冒頭は9月18日深夜だろう。
貨幣換算は英国消費者物価指数基準1901/2021(126.08倍)で£1=19149円。
前編p38/3531 ハイゲート・ロード(Highgate Road)... ミルフィールドの小道(Millfield Lane)... ハイゲート低地からハムステッドの高台まで(from Lower Highgate to the heights of Hampstead)♣️舞台はロンドンの自然保護区域Hampstead Heath近郊。フリーマンの描写が良く、作者お気に入りの公園だったのだな、と思われる。私は新宿御苑をイメージしました。
前編p198 ハムステッド小道の入口のいわゆる『キス・ゲート』(the “kissing-gate” at the Hampstead Lane entrance)♣️キッシングゲートが定訳か。人は通れるが家畜は通れない構造の門。もしかして訳者さんはロマンチックな門だと勘違いしてる?
(2021-5-10追記: 「地球の歩き方」公式Blogで以下の記述があった。
“ところで、だれが思いついたのか。このゲートには名まえがついています。その名も、「キッシングゲート(Kissing Gate)」、つまり、「キス(Kiss)して(ing)通るゲート(Gate)」。
このゲートを通過するときばかりはレディファーストではなくて、男の子がひと足先に通ってしまうのです。そして、向こう側からゲートを押して、手前にいる女の子を通せんぼして言うのです。「キスをしてくれたら通してあげるよ」って……”
嘘くさい由来だけど、こーゆーロマンチックなエピソードもあるんだね。Wikiには別の由来が書いてあり、このネタは出てこない。でも訳者さんはご存知だったのだろう。)
前編p226 自分の髭剃り用カップになみなみと熱いグロッグを(a jorum of hot grog in my shaving pot)♣️なぜ髭剃り用のを使う? 若い独身男の自由な生活の描写か。Grogはラム酒の水割り。英国海軍Vice Admiral Edward Vernon(1684-1757)のあだ名Old Grogに由来。
前編p439 かなりオーソドックスな服装の(Quite the orthodox get up)♣️試訳「全く型通りの身なり」
前編p439 スケッチ用の眼鏡を掛けてたわ。ほら、半月型のやつ(sketching-spectacles–half-moon-shaped things)♣️近くを見る用か。
前編p449 チラ見(snooper)… 学生の間で使われているスラング♣️オランダ語snoepenから。スパイする、の意味のようだ。1891年に米国New Englandでこの意味のsnoop(動詞)が使われている。Cookies, Coleslaw, and Stoops: The Influence of Dutch on the North American Languages (2009) by Nicoline van der Sijsによる。コールスローってオランダ語由来だったのか。
前編p488 態度にはほんの少し上流階級らしさを感じさせるところがあった。が、だからと言って彼女への好感度が薄れることはなかった(with just a hint of the fine lady in her manner; but I liked her none the less for that)♣️反感を覚えるとしたら、ちょっとすまし気味の、貴婦人を気取った感じ、だろうか。
前編p494 マトンのカツレツとフライドポテト(mutton cutlets and fried potatoes)♣️昼食のようだ
前編p506 十一月も半ば(It was getting well on into November)♣️「十一月に入っても良い天候は続いた」というような意味か。「半ば」だと後々の時間経過の描写と合わない。
前編p531 メンデル… 誰ですか? そんな名前聞いたことがありません… 彼の発見の重要性がようやく今になって評価され始めたところなのだ♣️英国ではWilliam Bateson(1861-1926)が再評価を推進。1902年にメンデルの論文を英語に翻訳(Principles of Heredity: A Defenceの序文には1902年3月とあった)、1908年ケンブリッジ大学の遺伝学教授に就任。1910年にReginald Punnett(1875-1967)とともに"The Journal of Genetics"を創刊。
前編p573 昔の教え子(our old students)♣️「医学部の同窓生」という意味か。この後出て来るのは結構ベテランの医者な感じなので、ソーンダイク博士の「教え子」ではなさそう。
前編p638 電気普及以前のこととて、チリンチリンと鳴りながら走る乗合馬車(the jingling horse-tram of those pre-electric days)♣️試訳「チリンチリンと走る電化以前の馬車鉄道」馬車鉄道(horsecarでWikiに項目あり)は英国で19世紀初頭に登場。ロンドンでは1870〜1915に採用、最初の電車(Electric tramway)は1901年。別のWeb記事でロンドンでは1912年にはほとんどの馬引きの乗り物が自動車などに代わった、とあった。交通の発達で馬の数が急激に増えるので、1894年にThe Timesが「50年後、ロンドンは厚さ9フィートの馬糞に埋もれる」という記事を載せたという(Great Horse Manure Crisis of 1894)。
前編p638 『ミカド』の中の曲を…♣️時間通りに(Punctual to the minute)現れたので、Act I, Part XIのPooh-Bahの台詞To ask you what you mean to do we punctually appearからの連想?
前編p649 壜の封の仕方(how to wrap up a bottle of medicine)♣️ここは「包み方」だろう。最後は封蝋(sealing-wax)で留めている(セロハンテープの代わり)。「封」と訳すと壜の口のシーリングだと誤解される。
前編p676 バンブルの言うことはもっともだ。法律なんてクソだよ(Bumble was right. Law’s an ass)♣️DickensのOliver Twist(1838)から”...If the law supposes that," said Mr. Bumble, squeezing his hat emphatically in both hands, "the law is a ass — a idiot...”
前編p676 生きているうちに埋葬されるなんて、小説の中だけ(Premature burial only occurs in novels)♣️このネタ、ポオが嚆矢か。"The Premature Burial"(The Dollar Newspaper[Philadelphia]1844-7-31)
前編p695 火葬(cremation)… それについて新しい法律が制定されるという話もある... 墓地株式会社はそれ自体が法律だから(there is some talk of new legislation on the subject, but the Company are a law unto themselves)... ロンドンの近くにはウォーキング以外には火葬場がない(there is no crematorium near London excepting the one at Woking)♣️サリー州Woking火葬場は1878年開設。ロンドンでは1902年11月、Golders Green Crematoriumが初。1年間で全英で1000件に達したのは1911年が最初で、そのうち542件がゴルダース・グリーンで実施(当時の死者数は50万人程度、火葬率0.2%)。言及されているthe Companyは1900年創立のLondon Cremation Company Limitedのことだろう。
ロンドン近くの火葬場がWokingだけ、とあり、「新しい法律」はCremation Act 1902(1902年7月22日に成立、火葬に英国法律上の根拠を与えたもの)のことだろうから、作中年代は1900年以降1902年7月以前と思われる。
前編p809 検死解剖は行ったか?(Have you made a post mortem?)♣️死因をきちんと確定する検討行為の事だろう。解剖するほどの手間までは要求していないと思う。
前編p810 七十ポンド
前編p868 せっかちな男というのは、自分自身より他の人間の神経を疲れさせるものだ
前編p937 葬式♣️当時の火葬の情景。A Francis Frith postcard of Woking Crematorium, 1901とWeb検索すれば当時ものの絵葉書が見られる。
前編p1121 ポケットナイフの中には工夫に富んだタイプのものがある。主に食卓用ナイフ・フォーク業界(the cutlery trade)のために考案されたものだ… コルク抜き、手錐、まごつくほど多種の刃、鉄へら(蹄に喰い込んだ石などをほじるもの)、爪楊枝、毛抜き、ヤスリ、ねじ回し、その他諸々の道具がセットに♣️VictrinoxのSwiss army knifeの特許は1897年から。「大抵、女性が薦めて男に贈るプレゼント」という観察が面白い。
前編p1236 ハンサム♣️長い訳註あり。思い出した!『二輪馬車の秘密』の評も書かなくちゃ!
前編p1257 私はジャービス。ソーンダイク・オーケストラの第二バイオリンさ。(my name is Jervis. Second violin in the Thorndyke orchestra)♣️第一バイオリンはポルトンか。ジャービスの感じから『赤い拇指紋』(1901年3月9日の事件)の後であることは確実。
前編p1434 入念な予防措置を講じておいても、現場ではこのざまだ… 火葬の危険性がここにある。毒殺者に安全を与えてしまう♣️規則と現実の実態との差をフリーマンは嘆いている。
前編p1473 警察の仕組みというのはプロの犯罪者に合わせて作られている。押し込み、贋金造り、文書偽造、そういった犯罪だ。
前編p1819 私はバイアダクトの手摺に寄り掛かって立っていた。それは見栄えの良い煉瓦造りの高架橋で、私は名前を知らないが、ある建築家によってアッパーヒースを越えたところにある池の上に架けられたものだった♣️建築家はJoseph Gwilt、当時の地主Sir Thomas Maryon WilsonがViaduct Pondにかかるred brick viaductを設置した(1844-1847)。Web検索: The Viaduct Hampstead Heath 1906で、当時の絵葉書が見られる。
前編p1855 ハムステッドは---当時のハムステッドは---奇妙に田舎風で辺鄙な感じがした。しかし、森の中からでさえ、信じられないことに、教会の鐘の音や弾丸の射程距離の範囲内であるほどにロンドンの市街地はすぐ近くなのだ。(Hampstead–the Hampstead of those days–was singularly rustic and remote. But, within the wood, it was incredible that the town of London actually lay within the sound of a church bell or the flight of a bullet)♣️こういう表現(those days)は一昔前(10年ほど前)の回想に感じられる。ガンマニアとしては、教会の鐘の聞こえる範囲と銃弾の有効射程を同列にしているのが面白い。生粋のロンドンっ子はSt Mary-le-Bowの鐘が聞こえる範囲(半径5kmくらい?)で、そこからハムステッド・ヒースまでは7.7km。ここではa churchなので特定の教会は想定していないのだろう。当時のライフルはMauser Gew98を例にとると最長射程3735m。
前編p1948 ミルフィールド小道の回転木戸、別名キス・ゲートを通りかかった(I passed through the turnstile, or “kissing-gate,” at the entrance to Millfield Lane)♣️「回転木戸、というか“キッシングゲート”を」と言い直した感じか。「回転」しないので。
前編p2095 名刺(a card)… カッパープレート書体で印刷された文字(at the neat copper-plate)♣️Copperplateは17世紀初期ヨーロッパで生まれた書体。書体習字の見本帳が銅版印刷だったことから、この名前となった。
前編p2105 ジョン・オ・グローツからランズ・エンドまで(from John o’ Groats to Land’s End)♣️Wikiの項目ではLand's End to John o' Groats、英国本島の南西端から北東端まで。直線距離だと603 miles (970km) だがアイリッシュ海を渡る。伝統的には陸路で歩いてその距離874 miles (1,407km)、自転車で10日から14日が普通。走って9日というのが記録(英Wiki)。
前編p2556 彼らの言葉を借りると『大洞をかます』(to “pitch them my yarn,” as they expressed it)♣️船員がそう言ったのだろう。
前編p2574 ブリキの紅茶ポット、二個の卵焼き、そしてタラの皿を♣️朝食
前編p2611 所持金は四、五ポンド
前編p2655 金貨(a gold coin)♣️当時の最低額の金貨はヴィクトリア女王の肖像でHalf Sovereign, 重さ4g, 直径19mm。0.5ポンド=9575円。
前編p2683 弱き器の方は説明のつかぬ病気を引き起こしたりする[以下、差別的表現があるため削除]。(the weaker vessels develop inexplicable diseases, with a tendency to social reform and emancipation)♣️with以下を訳者さんは削除。だが、取り立てて酷い表現ではない、と思うのだが… 一応、他の電子版も見たが同文であった。
「弱き器」は聖書から。1 Peter 3:7(KJV) Likewise, ye husbands, dwell with them according to knowledge, giving honour unto the wife, as unto the weaker vessel, and as being heirs together of the grace of life; that your prayers be not hindered. 文語訳「ペテロの前の書」夫たる者よ、汝らその妻を己より弱き器の如くし、知識にしたがひて偕に棲み、生命の恩惠を共に嗣ぐ者として之を貴べ、これ汝らの祈に妨害なからん爲なり。
前編p2740 朝刊を持って喫煙コンパートメントの窓際の席に腰を落ち着けたとき、よく言われる英国人の非社交性でもって、私はコンパートメントを独り占めできそうだ、しめしめと思っていた。(when I had established myself with the morning paper in the off-side corner seat of a smoking compartment, I began, with an Englishman's proverbial unsociability, to congratulate myself on the prospect of having the compartment to myself)♣️この感じだとコンパートメントは廊下で繋がっていない古いタイプの客車。off-sideは英国表現で「右側」。
前編p2821 サンドフォードとマートンに出て来てもいいような言い回しだ(It might have come straight out of Sandford and Merton)♣️訳註では英国のベストセラーだった教育的児童書Thomas Day作 The History of Sandford and Merton (1783–89)としているが、もっと読みやすくした多くのリライト版が出ており、Sandford and Mertonもの、として流通していたようだ。(Lucy Aikin編Sandford and Merton: In Words of One Syllable 1868など)
前編p2841 年齢約二十六歳、身長六フィート強、平均的な顔色、髪は褐色、目は灰色、鼻はまっすぐで、やや細い顔、髭は剃ってある(about twenty-six years of age; is somewhat over six feet in height; of medium complexion; has brown hair, grey eyes, straight nose and a rather thin face, which is clean-shaved)♣️人相書の例。
上巻p2942 私はね、地方の旧家で女中頭をやっていて、亡くなった夫は御者をしていました。その私が… 淑女を区別できないとお思いですか?(I who have been a head parlour-maid in a county family where my poor husband was coachman, don't know a real gentlewoman when I meet one? )
前編p2952 お昼… ポーターハウス・ステーキ(your lunch. It's a small porterhouse steak)♣️T-boneステーキのこと。サーロインとヒレを骨で挟んだ部位。ポーターハウスはヒレ多め、との説あり。
前編p2961 求婚に行くカエル(the frog that would a-wooing go)♣️Charles Henry Bennett(1829-1867)の絵本“The Frog Who Would A-Wooing Go”(1864)から。Gutenbergで文章も絵も見ることが出来る。
前編p3061 ミス・ヴァイン♣️ミス呼びの風習に基づく楽しい場面。私は『ノーサンガー・アビー』で初めて知った。親族に広げると最年長者が、になるのだろう。
前編p3064 アメンホテップ三世が座ってサンドイッチとビールで食事(the seated statue of Amenhotep the Third in the act of refreshing itself with a sandwich and a glass of beer)♣️英国が1823年に獲得した座像。
前編p3064 まるでオセロを演じてでもいる気分(feel like a very Othello)♣️熱演の独白だからか。
前編p3147 伯母は自分の鼻を利用している(she trades on her nose)♣️意味がわからない。ジョークらしいが…
前編p3312 スパークラー氏(訳註: ディケンズの『二都物語』に出てくる人物か)ならば「浮っついたとこなど、これっぽちもねえ」と言うところだろう(a girl—as Mr. Sparkler would have said—"with no bigod nonsense about her.")♣️残念ながらDickens作 Little Dorrit(1855-1857) Book 1, Chapter 21から。she was 'a doosed fine gal--well educated too--with no biggodd nonsense about her.'
前編p3413 わが君は考え事をしておられる(My lord is pleased to meditate)♣️何かの引用?調べつかず。
後編p86 黒蠅(a bluebottle)... オオツノ黄金虫(a Goliath beetle)♣️bluebottleはアオバエが正解だろう。後者はゴライアスオオツノコガネが一般的か。
後編p190 現代版ミュンヒハウゼン(a sort of modern Munchausen)♣️Baron Munchausen's Narrative of his Marvellous Travels and Campaigns in Russia(1785)は英語で書かれた独逸人Rudolf Erich Raspeの作。元は実在のホラ吹き男爵Hieronymus Karl Friedrich, Freiherr von Münchhausen (1720–1797)のエピソード(ベルリン1781年、著者不明)にRaspeが色々付け加えて英国で出版したもの。
後編p228 曲がり角のない一本の道(it is a long road that has no turning)♣️「たまたま今までは全然曲がり角の無い道だったのですよ。」いずれ良いことがあるでしょう、という意味(「どんな真っ直ぐな一本道でもいずれ曲がり角は来る」英語には続く苦労を慰める似たような表現が多数。Every cloud has a silverlining, After night comes the dayなど)だが、じゃあThe Long and Winding Roadっていうのは、沢山の良いことがあった、という含意あり? 日本語だと「曲がり角」は波瀾、トラブルの比喩なのだが。
後編p268 「女は悲しい依存的な生き物です... 依存的というのは、自分の幸福が周囲の人々に依存しているという意味です... 男の人は... 仕事があって、野心があって、それで他人に依存することなく生きて行けます。ところが女の方は、人生にはより大きな目的があるなどと口ではどんなことを言おうと、夫と家庭と可愛い子供が一人か二人いれば、それで野心は満たされるんです♣️フリーマンの女性観。当時の英国男性は皆そうかも。
後編p317 羨望の緑の目(the green eyes of envy)
後編p596 トラップドア(the trap)♣️訳註「ハンサム馬車には屋根の後方に上げ蓋式のドアがあり、それを開けて御者に指示を与えた」TVシリーズRaffles(1977)第三話に映像資料あり。
後編p660 帽子に封筒を二枚挟んで(stuffing a couple of envelopes into the lining of [個人名]'s hat)♣️帽子の中の「ビン皮(lining)」に挟んだ、ということ。
後編p710 グリーン・ルーム(the green-room)♣️楽屋
後編p747 チャーリーの伯母さん(Charley's Aunt)♣️Brandon Thomas作の喜劇。初演はTheatre Royal (サフォーク州Bury St Edmunds) 1892年2月。連続上演記録を塗り替えたヒット作(1466回)。ブロードウェイやパリでもヒットとなり、数度の映画化(1925他)、ミュージカル化がなされている。
後編p1391 アン女王と同じぐらい死んでいた(as dead as Queen Anne)♣️アン女王の死(1714-8-1)は、当初王室で秘密にされていたが、その情報は早くから漏れており、皆に知れ渡っていて誰も驚かないよ、という歴史上の逸話から出来た言葉。
後編p1391 死亡を証明する唯一の決定的指標は腐敗だということだ。確かテイラーだったと思う(the only conclusive proof of death is decomposition. I believe it was old Taylor who said so)♣️Alfred Swaine Taylor(1806-1880)のことだろうか。英国の毒物学者で英国法医学の父と呼ばれている。
後編p1401 最初の疑問:ラインハルトは生きているのか?にはイエスだね(You answer his first question: 'Is Reinhardt alive?' in the affirmative)♣️これは誤読を誘う翻訳。試訳「彼の最初の疑問〜に君はイエスと答えたね」
後編p2094 通常の五ギニーの報酬(the usual fee of five guineas)♣️医者への報酬の相場なのか。1ギニー=1.05ポンド、報酬として良く使われる単位。今までの印象としては1ポンドと同じに使われている感じ。
後編p2326 近頃の小口径の連発ピストルは殺傷能力は高いのに、音は非常に小さいものですよ。特に弾頭部分を開けておけばね(these modern, small-bore, repeating pistols make very little noise, though they are uncommonly deadly, especially if you open the nose of the bullets)「リピーティング・ピストル」という言い方は1900年ごろには残っていたが1910年ごろには廃れている(オートマチック・ピストルという用語が一般的になった)。open the nose of the bulletsはソフトポイント弾みたいなものか。でもそれが消音効果を持つというのは聞いたことがない。
後編p2662 『復讐するは我にあり』とは主の言葉(Vengeance is mine, saiz ze Lordt!)♣️原文では最後が訛ってるが引用元はRomans 12:19 (KJV) Dearly beloved, avenge not yourselves, but rather give place unto wrath: for it is written, Vengeance is mine; I will repay, saith the Lord. 文語訳「ロマ人への書」愛する者よ、自ら復讐すな、ただ神の怒に任せまつれ。録して『主いひ給ふ、復讐するは我にあり、我これに報いん』とあり。
後編p2691 骨壺... それは側面が長方形の粘土の素焼きの容器で、高さ約十四インチのものだった(the urn—which was an oblong, terracotta vessel some fourteen inches in length)
後編p2881 一八七〇年頃のシャスポー銃(a chassepot of about 1870)♣️普仏戦争(1870-1871)でフランス軍が使用。プロシア軍のドライゼ銃(当時の日本では普式ツンナール銃と呼ばれた)に比べ、最新式で長射程(最長1200m)だったが、フランス軍は惨敗し、銃の評判も下がった。このライフル銃はソーンダイクもののとある短篇にも出てくる。それから「三十年以上前に(more than thirty years ago)後編p2881」ということなので作中年代は1901年以降か。

No.347 7点 最後に二人で泥棒を -ラッフルズとバニー(3)- E・W・ホーナング 2021/05/03 23:57
単行本1905年出版。初出は前半5作が米国週刊誌コリヤーズ誌、連載タイトルはA Thief in the Night、イラストは不明。英国月刊誌ペルメル誌の方は同じ連載タイトルA Thief in the Nightでコリヤーズ誌掲載分を連載(1905年1月号〜5月)し、引き続き6話〜9話を掲載、イラストはCyrus Cuneo。最後の作品は短篇集初出。
前二冊ではホンヤク者さんの誤訳をあげつらったが、翻訳全体の雰囲気は良くラッフルズものの本質を捉えている。脳天気で大胆でちょっとドジなラッフルズと純情なバニーのコンビの楽しさが伝わってくる。でも細かい文章や語釈を見るとかなりの出鱈目訳。意味が通じなくても豪傑パワーで押し切るところがラッフルズに通じるのだろう。きっとホンヤク者さんは性格が良い人なんだと思う。
さて、おっさん様も評しているとおり、ホームズものに匹敵するシリーズものなんだから創元さんが全部翻訳し直して欲しい。英国風の控えめではっきり言わないストーリーの微妙な綾を日本語でも読みたい。アガサさんやJDCやEQの再訳なんて後回しで良いから是非、と思う次第です。
本作の評では細かい詮索は省く。文章は相変わらず意味不明なところが多いけど、概ねオッケー(もちろん薄目で見て、の話)。なお、各短篇の評価点は翻訳で割引してない、物語としての評価です。
以下、Reduxはラッフルズ・シリーズの注釈と雑誌掲載のイラスト満載の楽しいサイトRaffles Reduxからのネタ。
(1)Out of Paradise (初出: Collier’s Weekly 1904-12-10)「楽園からの追放」: 評価6点
初出誌コリヤーズの表紙がRafflesを痺れるくらいにカッコよく描いた超絶美麗絵師J. C. Leyendeckerの手によるもの。大きな活字で「ラッフルズ再登場!」と大宣伝。とても力が入っている。ビタースイートな話なんだが、翻訳は肝心のところ(p26)でズッコケ。この本の最優秀誤訳賞を差し上げましょう。正しいネタは英Wikiのこの話のPlotを読めば平易な英語なので明快にわかるはず。誤訳の正解はReduxの注を見ると良い。
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(2)The Chest of Silver (初出: Collier’s Weekly 1905-01-21)「銀器の大箱」: 評価5点
ラッフルズもバニーもトルコ風呂が好きだったんだね。
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(3)The Rest Cure (初出: Collier’s 1905-02-25)「休暇療法」: 評価7点
こーゆー話をぬけぬけと書くホーナングって、いったいどういうつもりなんだろう。
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(4)The Criminologists’ Club (初出: Collier’s 1905-03-25)「犯罪学者クラブ」: 評価6点
挑戦されたら受けて立つ、の精神が良い。冒頭は「そんなクラブの名前、ウィテカーには載ってないよ」ということ。後半に突然「愛犬レガリア(p109)」が出てくるが、原文はthe regalia under his bed(試訳: 式服がベッドの下にある)で「正装(p98)」との関係に気づいていない。おおらかだなあ。
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(5)The Field of Philippi (初出: Collier’s 1905-04-29)「効きすぎた薬」: 評価5点
冒頭の「校長(head of our school)」は「筆頭生、生徒会長」の意味。詳しい注がReduxにある。英国のパブリックスクールでは結構な権限を持っていたようだ。親の金の力で筆頭生になった、というわけなのだろう。ここを間違えるとトンチンカンになるよね。
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(6)A Bad Night (初出: The Pall Mall Magazine 1905-06)「散々な夜」: 評価6点
Reduxによるとホーナングも喘息持ちだったという。どおりで薬などの描写がやけに詳細だ。当時の(怪しい対処法も含め)治療法は実際、こんな感じだったのだろう。
クリケットのくだりの翻訳はかなり怪しい。「交流試合」と訳されてるが、原文はTest Match。数日かけて2イニングを戦う由緒ある国家対抗の頂上決戦。特にイングランド対オーストラリア戦はAshesの異名がある伝統のシリーズ。ざっと原文を読んで再構成すると、当初、イングランド(以下「英国」)は豪州に大量点を許し、続く英国の攻撃は「7アウト(wicket)時点で200点以上負けていた(クリケットは1イニング10アウト制)。大量得点したのはラッフルズで、62点獲得。最後まで打席で粘っていた(not out at close of play)」「じゃあ明日は彼一人で100点以上(century)を期待しよう!」みたいな感じが正しそう。この試合はReduxによると会場(Old Trafford)、月日(the third Thursday, Friday, and Saturday in July)と展開から1896年7月16〜18日のAshesシリーズ第二戦がモデル。初日は豪の第一イニング8アウト366点まで、二日目は英国第二イニング4アウト109点まで、三日目で豪州の勝ち確定で終了。イニングごとの得点は豪1stイニング412点、英1stイニング231点(7アウト時点で154点なので、物語の通り200点以上負けている。このイニングの最高得点65点を叩き出した(ピッチャーもこなす)Lilleyはイニング最後まで打席に立っていた。) 引き続き(交互に攻撃すると決まっているわけではない)英2ndイニング305点、豪2ndイニング(最終イニング)で7アウト時点で125点取ってサヨナラ勝利。だが、その頃バニーは刑務所、ラッフルズはイタリアのはず。(この1896年のAshesシリーズは結局英国2勝豪州1勝で、無事英国の勝利で終わっている)
モデルとなった試合と違い、本作では英国1stイニング7アウトのところで第一日目が終わった、という設定か。それでバニーが列車で読んだ記事にはそこまでの情報しか載っていなかったのだろう。
Reduxには1905年7月8日The Evening World [New York]紙に「ファウスティーナの運命」が掲載された時のイラスト入り広告、ラッフルズとバニーが登場する盗難保険(burglary insurance)の宣伝が載っていて楽しい。「バニー、この部屋番号はNew Amsterdam Casualty Companyの盗難保険加入リストに載ってる!盗みは止そう。地の果てまで追っかけられちゃうよ」
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(7)A Trap to Catch a Cracksman (初出: The Pall Mall Magazine 1905-07)「ラッフルズ、罠におちる」: 評価7点
バニーはまたしても無謀なラッフルズに振り回され、絶体絶命のシチュエーションに投げ込まれる。非常に面白い。「特別な鍵(p191)」はBramah lock。Reduxによると解錠困難として製造元が博覧会で200ギニーの賞金を賭けたことがある。
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(8)The Spoils of Sacrilege (初出: The Pall Mall Magazine 1905-08)「バニーの聖域」: 評価7点
子供の頃の思い出が詰まった作品。いいねえ。
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(9)The Raffles Relics (初出: The Pall Mall Magazine 1905-09)「ラッフルズの遺品」: 評価5点
雑誌連載では最後となった作品。この案内人、何者?(実は地獄の使者だったりして…)
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(10) The Last Word (短篇集A Thief in the Night, Chatto & Windus 1905)「最後のことば」: 評価7点
沁みるなあ。ところでバニーの実名がHarryだというのは、ここが初出か?Mandersという名字は短篇では出てこない。長篇Mr. Justice Raffles (初出The Grand Magazine of Fiction 1909-01)の第四章で初めて明かされる。
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住田 忠久さんの解説は素晴らしい。きっとこの出鱈目翻訳は読んでいないはず。ルパンとの関係も明快に書かれている。amateur=gentlemanなんだよね。フランス語じゃないGentlemanをメイン・テーマに使った社主兼編集長Pierre Lafitteは分かっている、という事。多分、ラフィットがラッフルズを読んで、ルブランに吹き込んだのだろう(フランスのコナン・ドイル、としてルブランを売り出したのもラフィットだ)。さて、これでルパンのことを書く準備は完了。
ついでにRaffles, the Amateur Cracksman (1917) John Barrymore主演も某Tubeで見た。クリケットの試合も交えながらの楽しい古式ゆかしいサイレント映画。上手くまとまってるので、ファン必見。必見といえば1975-1977の英国TVシリーズRafflesは素晴らしい。いたいけなバニーがハマってるのでぜひ。当時の感じも良く出ている。これも某Tubeで(英語だが)見ることが出来る。事前に小説を読んでおけばストーリーはわかるので、心配無用。楽しいよ!

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弾十六さん
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